説明

放射性物質の分離回収貯蔵設備

【課題】核燃料の溶融によって原子炉建屋から周辺の地下水および土壌に放出された放射性物質を分離回収するため、地下水流を遮断して外洋に向かう海水の流れを止める。これら水系に含まれる放射性物質を分離回収する。
【解決手段】原子炉建屋の山側にトレンチを設け、建屋の地下に流入する地下水を遮断して貯水池に貯留する。貯水は原子炉の冷却水として用いると同時に、建屋の外洋側海水面を仕切って防水性の堰堤を築造し、内部の汚染水が外洋に流出することを防止する。汚染水をリッターや腐植および木炭から構成される緩速濾過吸着装置に通して放射性物質を分離回収し、最終的に乾固した内水面に貯蔵する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は原子力発電所から環境に放出された放射性物質の分離回収貯蔵に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所事故によって放出される放射性物質は種類および拡散過程が多様であり、大気中に拡散した放射性物質を貯蔵分離回収する手段は実質的に存在しない。また大気中への拡散は一時的かつ爆発的な現象であり、長期にわたって継続するとは考え難い。一方で水系(地下水および表流水と海水)拡散と土壌汚染が徐々に進行する場合には、拡散を防止して放射性物質を分離回収して貯蔵しなければならない。とくに事故による場合は通常の拡散防止設備が機能を発揮できず、高濃度の放射性物質が無制限に垂れ流される可能性が考えられる。突発的な事故によって拡散防止設備が無効となった場合には、何らかの応急的手段によって放射性物質を水系および土壌中から分離回収すべきである。
【0003】
少量の放射性物質が水系に拡散しても全量が貯蔵可能な状態であれば、吸着剤と濾過材を用いて分離回収することができる。また長時間を要する方法として風乾によって水の体積を減じれば、容易に放射性物質の濃度を上昇させて分離回収することも不可能ではない。
【0004】
しかしながら地震動などによって爆発的な熱反応が継続した後に、大量の燃料棒が溶融して注水が行われた場合では、圧力容器のみならず格納容器が破損して原発建屋自体にも重大な損傷が及んでいる。このため核燃料ペレットの溶融物が水と接触して地下水系に混入し、複雑な経路を通じて海水中に拡散する現象が発生する。
【0005】
このような場合には地下水系を遮断して海水中への拡散を停止させ、汚染した地下水を貯留分離して放射性物質を回収することが必要となる。ところが地下水系を短期間に遮断して地下水を貯蔵回収する技術は確立していない。たとえば原発施設の周辺を掘り下げて防水コンクリートなどで周囲から隔絶することは、原理的に不可能ではないが長期にわたる土木工事を必要とする。また原発敷地内には複雑な配管や配線網が存在するため、個々の建屋ごとに地下水流を遮断する工事は不可能と言ってよい。
【0006】
さらに海水中に拡散した放射性物資を分離回収することは、潮汐や潮流によって生じるエントロピーの増大過程であり、同時に大量に含まれる塩分の分離が難しいことから、有効な回収方法は存在しないと考えられてきた。仮に海水中に膜状の分離層を設けても、海水流による放射性物質の拡散過程は進行する。
【0007】
また放射性物質による土壌汚染については、土壌と放射性微粒子の結合力が強く、母岩風化物である土砂と放射性物質を分離する有効な方法は知られていない。言い換えれば事故によって発生した水系と土壌に拡散した放射性物質の分離回収貯蔵に関する有効な技術は未達成である。たとえば濾過材を用いる分離法では高濃度の塩分や油分および有機物が濾過の阻害要因となり、ゼオライトなどの吸着材を用いても海水や土壌から放射性物質の分離回収は非現実的である。もちろん人体に付着した放射性物質の除染に用いられる界面活性剤や有機酸あるいはアルカリなどによっても、有機物と結合した放射性物質の除去は困難を極める。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】2010ー194541
【特許文献2】2008ー64703
【特許文献3】2006ー181510
【特許文献4】2005ー177709
【特許文献5】平11ー183693
【特許文献6】平9ー230095
【特許文献7】平5ー80194
【特許文献8】2010ー122230
【特許文献9】2009ー244089
【特許文献10】2006ー78336
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
原子炉から周辺環境へ放出されて水系と土壌中に拡散した放射性物質の分離回収貯蔵を可能にする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、原発建屋の山側に地下水を遮断するための排水溝兼貯水池を掘削し、海洋側を防水性の堰堤で仕切って閉鎖的な内水面を作る。閉鎖的な内水面の海水および地下水を汲み上げて、植物遺骸にゆらいするリッター(落葉落枝)や腐植と木炭などから成る除去装置を通過させ、汚染水に含まれる放射性物質を吸着分離回収する。
【発明の効果】
【0011】
図1に示すように原発建屋の山側に斜行する溝を掘削し、山側から原発敷地内に流入する地下水を遮断する。溝の山側壁には貫通孔を設けて地下水の浸透を可能とするが、底部および原発建屋側は防水構造として原発建屋の地下に達する水系を遮断する。図2のように溝の両端(原発建屋から遠い地点)に地下水を貯蔵する防水性の貯水池を付設し、浸透してきた地下水を原発敷地内で利用できるように貯留するが、原発敷地内での利用量を上回る場合には導水路を通じて外洋に放水できる。
【0012】
一方で図3に示すように原発と面した海水面を防水性の堰堤で仕切り、原発建屋から流出する汚染水を貯留するための貯水池とする。ただし堰堤が完成した段階で内水面の海水は、後述する放射性物質の分離回収装置を通じて放射性物質の含有量を低下させ、改めて外洋に放流することも可能である。
【0013】
外洋から内水面を遮断する堰堤は津波対策などのために多重化することが可能で、図4のように内水面に貯留した液体を乾固して干拓用地あるいは放射性物質の貯蔵保管用地とする。
【0014】
内水面の底土は放射性物質を多く含むが、地下水面および海水面より低くなるため外部への漏出可能性は低下する。代わりに外部から内水面に向かう水流が発生する可能性があり、内水面の底に浸透してくる地下水などを汲み上げて継続的に除染する必要が生じる。したがって図5に示すように底土を樹脂などで固化し、底面を掘削した後に防水性の隔壁を築造して、再び汚染された底土を隔壁上に戻して貯蔵することも可能である。海水および地下水面よりも低い位置に放射性汚染物質の貯蔵施設(防水区画)を作れば、比較的安定した廃棄物処理法の一環となり得る。
【0015】
汚染された水(海水を含む)と土壌から放射性物質を分離回収する方法であるが、まず水から放射性物質を分離回収する設備について述べると、放射性物質と有機物との結合力は多くの無機物と比較して強い。とくに植物遺骸の発酵分解産物である腐植やリッターと呼ばれる落葉落枝は強く放射性物質を吸着するため、水に浮遊および溶解した放射性物質と結合する。逆にリッターや腐植を水に含まれる放射性物質の吸着剤として用いることができる。たとえば茶葉に吸着した放射性物質は、熱湯による抽出では1パーセント未満しか分離されない。茶葉がリッターに近似していることを考えれば、リッターの代替物として人為的に乾燥した葉茎を用いることもできる。また植物遺骸を低温かつ低酸素状態で燃焼させた炭(木炭や竹炭などを含む)は、放射性物質のみならず多くの微粒子を吸着することが広く知られている。これら吸着過程の詳細は明らかになっていないが、物理的な孔隙による篩作用と電気化学的な吸着過程が存在する。
【0016】
したがって図6のようなタンクを作り、内部にリッターや腐植さらに炭を交互に積み重ねた多層式の濾過器とする。上部の注入口より放射性物質で汚染された水を投入すると、下部の排出口から放射性物質の含有量が低下した浄化水が流出する。いわゆる緩速濾過装置に分類されるものであるが、微視的に見れば濾過ではなく吸着によって放射性微粒子を分離する構造である。
【0017】
微細な孔隙が並んだ濾過装置で塩や有機物を大量に含む汚染水を加圧処理しようとすれば、有機物によって孔隙が閉塞する現象すなわち目詰まりを起こしてしまう。しかし吸着を基本原理とする本発明の濾過材では孔隙が大きく、有機物などによる目詰まりが発生し難い。一方で化学的な吸着力が作用するため、有機物と放射性物質(無機物)が結合した微粒子でも容易に分離できる。また緩速濾過の機能を用いるため汚染水に圧力を加える必要がなく、重力作用による自然流下によって放射性物質の除去が達成できる。
【0018】
リッターや炭から成る吸着濾過材は一定期間後にタンクから取り出して乾燥し、さらに低温で酸化焼却すれば吸着した放射性物質の大半は灰として回収できる。吸着材(リッターや腐植および木炭)は基本的に有機物であるため、酸化焼却によって二酸化炭素と水に変わり、少量の無機成分が焼却灰として得られる。有機吸着材の無機成分を1パーセントとすれば、低温での酸化焼却で吸着された放射性物質は100倍に濃縮されることになる。汚染水の有機吸着剤への吸着率は条件によって変動するため正確に算出できないが、有機吸着装置を通過した汚染水の放射性物質が1パーセントまで減少すれば、最終的な濃縮率は1万倍に達する。
【0019】
もちろん焼却過程で発生する煙には放射性物質が含まれるため、既知の濾過装置を用いて分離回収することは言うまでもないが、リッターと木炭を用いる吸着剤によって煙に含まれる放射性物質を回収することも不可能ではない。
【0020】
汚染土壌については土壌中の有機物とくに腐植と放射性物質が強固に結合しているため、水や有機溶剤による洗浄で放射性物質を分離できない。すなわち水系に移行させて汚染水として処理することが困難と思われる。ところが土壌を乾燥後に低温で焼却すると、土壌中の腐植が酸化されて二酸化炭素と水に変化する。焼却後の土壌を水あるいは海水と混和すれば、母岩風化物である土砂と結合していた放射性物質は水中に溶解あるいは浮遊する。とくに土砂の粒子同士が強く摩擦する状態を作り出せば、表面に吸着していた放射性物質は急速に水系へ移行する。言い換えれば汚染土壌中にあった放射性物質が汚染水として回収され、母岩風化物の大部分は沈殿物として分離される。
【0021】
汚染土壌から回収された汚染水を図6の有機物吸着装置(緩速濾過器)に通せば、放射性物質は再びリッターや腐植あるいは木炭に吸着して回収できる。有機物から成る濾過材を低温で焼却すれば灰として放射性物質が残り、これを回収すれば高濃度の放射性物質が得られる。
【0022】
汚染土壌中の有機物部分に結合した放射性物質は分離回収されても、なお母岩風化物の表面に吸着した放射性物質は残存するため、防水堰堤で仕切られた区域の埋め立てに用いればよい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は原発周辺の断面図である。
【図2】図2は原発周辺の平面図である。
【図3】図3は貯水池と防水堰堤の平面図である。
【図4】図4は防水堰堤によって仕切られた区画の断面図である。
【図5】図5は防水貯水槽を干拓した区画の断面図である。
【図6】図6は緩速濾過吸着装置の断面図である。
【図7】図7は原発建屋内部と周辺の地下水流を示す実施例1の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
原発建屋の山側に掘削するトレンチの深さは平均海水面に達すれば十分で、さらに原発建屋に近接する必要はない。なぜなら海水に流入する地下水脈を遮断することが目的であり、さらに深層を流れる地下水路に影響を与える必要はない。したがってトレンチに連結する貯水池も同程度の深さであれば十分で、容量は原子炉建屋への注水量によって左右される。トレンチは海岸線に対して斜行するのを原則とし、貯水池に向かって底面が下がる傾斜を有する。
【0025】
海側に設ける貯水池は防水性の堰堤によって外洋と仕切られるが、その容量は予想される汚染水および汚染土壌の総量に応じて設定される。防水性の堰堤は予想される津波に対して越堤が生じない程度の高さと機械強度を有する。あるいは更に外洋側に津波防波堤(人工島と雁行堤)を設けることも可能である。
【0026】
海面を仕切った防水性堰堤の底部から陸側に向かって水平の防水床を構築し、さらに原子炉建屋のある陸側からの地下水流がなければ、陸側にも堰堤状の仕切りを設けることができる。ただし原子炉周囲から流入する水に高濃度の放射性物質が含まれている場合には、陸側に仕切りを設けることは適当でない。
【0027】
緩速濾過吸着槽は内部の濾過吸着剤として有機物(リッター、腐植および木炭)を用い、網目状の金属支持体の上に積層する。濾過吸着槽は貯水槽の上に置かれるが、両槽は容易に分離して回転できる構造とする。なぜなら放射性物質を吸着した有機物を回収して酸化焼却を行うためであり、空虚となった濾過吸着槽には再び有機物を積層して上部から汚染水を注入する。すなわち貯水槽と濾過吸着槽は繰り返し用いることができ、分離した水と放射性物質を吸着した有機物は分離して回収される。
【実施例1】
【0028】
図3は原発建屋周辺にトレンチと海側貯水池を設けた場合の平面図である。地下水の流入と海水への流出を同時に貯留し、外部への流出を遮断した上で建屋への注水量を増やせば、原子炉地下に堆積した核燃料の溶融物は水によって冷却される。もともと図7に示したような地下水流が存在し、山側から流入した地下水が海に流出していた。これに対して流入側がトレンチによって遮断された上で、(地下水の貯水池から)建屋の上部から注水が行われれば、地下水の全量が冷却水として利用できる。また海水面も仕切られているため、流出した水は塩分濃度を低下させると同時に、放射性物質を除去した後に冷却用水として再利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は核燃料棒が溶融して圧力容器および格納容器が破壊された原発から、周辺環境(水系および土壌)に放出された放射性物質を分離回収貯蔵するための設備である。すなわち福島第一原発のように緊急性を有する国家的および産業上の必要性に対するものであり、多数の設備が実施されるとは考え難い。しかしながら緊急性および必要性が極めて高い設備であり、また他地域で原発の溶融などが発生した場合にも同様の設備が要求される。すなわち産業利用上の応用範囲は狭いが、極めて必要度の高い設備である。
【符号の説明】
【0030】
1 原発建屋
2 地下水流
3 海岸線(平均海水面)
4 トレンチ(集水溝ないし排水溝)
5 貯水池
6 防水性堰堤(防潮堤)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原発建屋の山側にトレンチと貯水槽を設けて地下水流を遮断する構造を特徴とする汚染水の漏出防止設備。
【請求項2】
原発建屋の外洋側にも防水性の堰堤を設けて海水の交換を遮断し、内水面に含まれる海水を除宣した上で区画内を乾固し、汚染水とくに地下水を貯蔵する貯水池あるいは汚染土壌の堆積を特徴とする漏出防止設備。
【請求項3】
重層したリッターや腐植および炭を有機吸着剤とする緩速濾過吸着槽によって、汚染水に含まれる放射性物質の濃縮分離を特徴とする分離回収装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−3044(P2013−3044A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−136331(P2011−136331)
【出願日】平成23年6月20日(2011.6.20)
【出願人】(309027805)