説明

放射線防護剤

【課題】放射性医薬品において、水の放射線分解によって生じる水ラジカルが主剤と反応することによって主剤が分解するのを防ぎ、かつ、還元され易い主剤を還元分解しない放射線防護剤の提供。
【解決手段】医薬品中に添加される生理的認容性の高い有機化合物よりなり、かつ、放射性医薬品における放射性同位元素で標識された主剤を放射線の作用から防護することを特徴とする放射線防護剤を使用する。該有機化合物はOHラジカル、Hラジカルあるいは水和電子との反応速度定数が1×108 〜5×1010-1-1の範囲にあり、放射性医薬品に添加するとき、そのモル濃度は主剤のモル濃度の50倍以上を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性医薬品における主剤の放射線分解を抑制する放射線防護剤に関する。
【背景技術】
【0002】
放射性医薬品とは、核医学診断または治療のために生体内に投与される医薬品である。放射性医薬品は、一般に、放射性同位元素イオンそのもの、或いは放射性同位元素を安定的に結合した有機化合物を主剤とし、製剤学的に必要な添加物を含有するもので、多くは水溶性溶液の形をとる。有機化合物を主剤とする場合、放射性同位元素は共有結合あるいは配位結合により主剤の分子構造の中に組み込まれる。
【0003】
放射性医薬品において、放射性同位元素が放出する放射線は直接作用あるいは間接作用により主剤を分解する。直接作用とは、放射性同位元素の放出した放射線自身が直接主剤分子と衝突することによる分解作用のことであり、間接作用とは、放射性同位元素が放出した放射線のエネルギーが溶媒である水に吸収されて、OHラジカル、Hラジカル、水和電子という水ラジカルを生成させ、それが主剤分子を攻撃することにより起こる分解作用のことである。このような放射線の作用は放射線分解と称するが、一般に主剤濃度が希薄な水溶性放射性医薬品では、主剤の放射線分解のほとんどが間接作用によって起こる。放射線の吸収エネルギー100eV あたりのラジカル発生個数(ラジカル収率)はOHラジカルが2.5 、Hラジカルが0.5 、水和電子が2.7 であり、この値と反応機構の特徴から、放射線分解に関与する主たる水ラジカルは、OHラジカルであることが多い。
【0004】
また、水ラジカルはそれ自身の再結合反応の過程で過酸化水素を生成させるが、これは放射性診断剤の代表的な核種であるテクネチウム-99m(以下Tc-99mと略す)を主剤に配位結合させる場合、主剤の形成反応(錯化)を妨害し、さらに主剤からのTc-99mの脱離を促進する。Tc-99mを含む診断剤では、過テクネチウム酸(以下 99mTcO4- と略す)を還元し、キレート剤との間で錯体を形成させるために還元剤(多くの場合第一スズ塩)を加えるが、過酸化水素はこの還元剤を酸化して錯体形成反応を妨害したり、配位したTc-99mを再酸化することによりTc-99mの脱離を促進する。以上のような水ラジカルの攻撃や過酸化水素の酸化作用は、主剤の分解を招来し放射性医薬品の品質を著しく損なう。この品質低下を抑制するため、従来より、放射性医薬品には安定化剤が加えられてきた。
【0005】
特公昭57−36894号公報、特公昭57−6409号公報、特公平2−33019号公報には、Tc-99mで標識した放射性診断剤に、アスコルビン酸やエリトルビン酸等を安定化剤として添加する技術が記載されている。これらの公報で安定化剤として提案されたアスコルビン酸やエリトルビン酸はいずれも還元性を有するという点で共通の特徴があり、添加すべき量はTc-99mの還元剤である第一スズ塩の量に対して規定されている。これらの安定化作用の本質は、還元能力により過酸化水素を分解し、還元剤である第一スズ塩の酸化を防止する点にある。しかしながら、還元され易い主剤や他の添加物が共存する場合、上述の安定化剤はそれらを還元分解するため全く使うことができない。例えば、ポルフィリン環を基本化学構造とする主剤を含む放射性医薬品では、主剤は後述の如くアスコルビン酸と反応して分解し、本来の薬理作用を失うという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる状況に鑑み、放射性医薬品において、還元され易い主剤を還元分解することなく、水の放射線分解によって生じる水ラジカルが主剤と反応することによって、主剤が分解するのを防ぐ放射線防護剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、医薬品中に添加される生理的認容性の高い有機化合物よりなり、かつ、放射性医薬品における放射性同位元素で標識された主剤を放射線の作用から防護することを特徴とする放射線防護剤である。該有機化合物はOHラジカル、Hラジカルあるいは水和電子との反応速度定数が高いことが好ましく、特に、その反応速度定数が1×108 〜5×1010-1-1の範囲にある有機化合物よりなる放射線防護剤である。この放射線防護剤は、放射性診断剤や放射性治療剤に添加されるとき、そのモル濃度は主剤のモル濃度の50倍以上が通常用いられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において生理的認容性の高い有機化合物とは、該放射線防護剤を放射性医薬品に添加物として加えるとき、その臨床使用量において毒性及び薬理学的作用がない化合物のことをいう。それらの例として単糖類、二糖類、有機酸及びその塩もしくはエステル等が示される。
本発明における放射性医薬品の主剤とは、放射性同位元素イオンまたは放射性同位元素を安定的に結合し、または安定的な錯体を形成する有機化合物よりなり、医療における診断、治療等に用いられる。例えば、放射性診断剤では、ヒドロキシメチレンジホスホン酸テクネチウム(99mTc) 、ジメルカプトコハク酸テクネチウム(99mTc) 、N−ピリドキシル−5−メチルトリプトファンテクネチウム(99mTc) 、ジエチレントリアミン五酢酸インジウム(111In) 、N−イソプロピル−p−ヨードアンフェタミン(123I)、15−(p−ヨードフェニル)−3(R,S)−メチルペンタデカン酸(123I)、7-[1-(2-ハイドロオキシエチルオキシ)エチル]-12- エテニル-3, 8, 13, 17-テトラメチル- ポルフィン-2, 18- ジプロパノン酸マンガン(III) 錯体ジエチレントリアミン五酢酸モノエステルテクネチウム(99mTc) 等があげられる。また、放射性治療剤では、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸サマリウム(153Sm) 、ジエチレントリアミン五酢酸スズ(117mSn) 、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸レニウム(186Re) 等があげられる。
【0009】
本発明の放射線防護剤は、主剤と水ラジカルの反応に競合して水ラジカルの大部分を捕捉することが必要である。そのためには、主剤より高い反応速度定数をもつ化合物から選択するか、或いは主剤のモル濃度より圧倒的に高いモル濃度で存在させることを要する。しかし、多くの場合、例えば標識反応の妨害など、個々の医薬品にはそれぞれ固有の製剤学的制約があり、常に添加物を大量に加えられるとは限らない。従って、本発明の放射線防護剤が主剤と水ラジカルの反応に競合して水ラジカルの大部分を捕捉するには、放射線防護剤と水ラジカルの反応速度が高いことを要する。一般的な低分子と水ラジカル、すなわちOHラジカル、Hラジカル、水和電子との反応速度定数は106 〜109 -1-1であるが、放射線防護剤と水ラジカルの反応速度定数はこれよりも高いことが好ましく、放射線防護剤として確実に効果を得るためには、1×108 〜5×1010-1-1の範囲にあることがより好ましい。
本発明の放射線防護剤としては、単糖類ではグルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、アラビノース、ソルビトール、メグルミン、二糖類ではスクロース、マルトース、ラクトース、有機酸類ではシアル酸、乳酸、安息香酸等が例示される。
【0010】
本発明の放射線防護剤は以上述べたように水の放射線分解によって生ずる水ラジカルとは反応するが、放射性医薬品の主剤とは反応しないことが好ましい。そこで、反応性の高い主剤の例としてポルフィリン環含有化合物を選択し、本発明の放射線防護剤との反応性を検討した。本化合物は放射性同位元素と安定的な錯体を形成し、診断剤または治療剤として用いられる放射性医薬品の主剤として有望な化合物であると同時に、酸化還元反応を起こしやすいなど極めて反応性に富み、反応後の状態変化はスペクトル測定から簡単に検出できる利点がある。
【0011】
選択された放射線防護剤候補化合物が、実際に放射性医薬品における主剤を放射線の間接作用から防衛することを明確にするために、まず、候補化合物と水ラジカルの一つであるOHラジカル(以下OH. と略す)との反応速度定数を二分子競合反応系で測定した。ここでOH. を選択したのは、反応速度定数はいずれも同程度であることが多い三種類の水ラジカルの中で、OH. が最も強い分解作用を持つためである。本測定法の概要は次の通りである(基礎放射線化学:Henglein他著、相馬純吉他訳、東京化学同人社刊参照)。
(1) OH. の反応速度定数が既知の標準物質溶液に、濃度を変えた未知物質を加えて両者間でOH. に対する競合反応を行わせる。
(2) 標準物質のUV吸収スペクトル変化量から、OH. と反応分解した標準物質の量を求める。
(3) (2)で求めた値から、計算により未知物質の反応速度定数を求める。理論の詳細を以下に示す。
【0012】
放射線化学の分野で反応速度定数測定のために標準OH. 補足剤として用いられるp−ニトロソジメチルアニリン(以下NDA と略す)は、OH. と反応して分解し440 nmの光吸収を失う。この反応のG値(放射線の照射によっておこる各変化の量を示すために用いる数値。物質が放射線のエネルギーを100eV 吸収したときに変化を受ける分子の数で示される。)は1.2 、反応速度定数は1.25×1010-1-1である。未知物質X が、標準物質 NDAと競合してOH. と反応し、X のラジカルとNDA の反応が無視し得るとき、均一系における反応速度論により標準物質とOH. の反応速度定数からX とOH. の反応速度定数を求めることができる。 99mTcO4- はきわめて低濃度であるため、反応要素と見なさない。また、反応系を単純化するため、溶液を窒素(N2O )置換し水和電子(e aq- )をOH. に変換した。
N20 +e aq- +H20 →N2+OH. +OH-
[N2O] = ca.24 mM(N2O 飽和)、k=8.7 ×109-1-1
【0013】
X とNDA のみが存在する系では、OH. は以下の反応により消失する。
NDA+OH.→NDA* NDA*:反応生成物
X+OH.→X* X* :反応生成物
OH.の消失速度は、下記の式1、式2で表される。
−d[OH.]NDA/dt=k1[NDA][OH.] 式1
(ただし、k1はOH.とNDAの反応速度定数を表す。)
−d[OH.]X/dt=kX[X][OH.] 式2
(ただし、kxはOH.とXの反応速度定数を表す。)
OH.の全消失速度は、式1と式2の和であるから、下記式3で表される。
−d[OH.]/dt=−d[OH.]NDA/dt+(−d[OH.]X/dt) 式3
このときNDAと反応するOH.の割合FNDAは、式4で表され、式4の逆数をとったものが式5である。
FNDA=(−d[OH.]NDA/dt)/(−d[OH.]/dt)
=k1[NDA][OH.]/(k1[NDA][OH.]+kx[X][OH.]) 式4
1/FNDA=1+kx[X]/k1[NDA] 式5
式5は、1/FNDAが[X]に対して一次関数となることを示す。式5を変換したものが式6である。
1/FNDA=1+kx・C・[X] 式6
(ただし、C=1/k1[NDA]であり、k1は1.25×1010-1-1、[NDA]は実験的に決める一定濃度を示す。)
式6において、様々な[X]に対して1/FNDAをプロットすると、その傾きからkXを求めることができる。
【0014】
1/ FNDA は、次のようにして決定できる。NDA は、水溶液中で440 nmに強い吸収を有するがOH. と反応した生成物 NDA* はその吸収を有さない。X が存在しない水溶液中で観測される440 nmの吸収減少は、その時生成した全OH. 量を示す。一方、X が存在すると、X とOH. が反応した分だけNDA の吸収の減少が小さくなる。X が存在しない時の吸光度減少をΔAbs0、存在する時の吸光度減少を ΔAbsx とおくと、NDA と反応したOH. の割合 FNDA は、式7で表される。これを式5に代入すると式8に変換できる。
FNDA=ΔAbsX/ΔAbs0 式7
ΔAbs0/ΔAbsx=1+kx[X]/k1[NDA] 式8
この反応系において、ΔAbs の変化が測定しやすい範囲に、NDA の濃度と 99mTc量を最適化すれば、実験データを式8に従ってプロットし、最少自乗法より傾き kx が求められる。以上の理論をもとに実験を行った結果、単糖類、二糖類、有機酸候補化合物が水ラジカルといずれも充分高い反応速度定数をもつことが判明し、放射線防護効果が期待できることがわかった。
【0015】
次に、医薬品添加物として安全性及び生理的認容性を有する糖類、有機酸等を主剤と混合し、放射性医薬品として実用化された場合に想定される使用条件で放射線防護作用が認められるかどうか検討した。その結果、グルコース、フルクトース、スクロース、ソルビトール、メグルミン、乳酸、安息香酸等では高い放射線防護効果があることが分かった。詳細を実施例に示す。
【0016】
放射線防護剤を放射性医薬品に添加する目的は、放射線の間接作用から主剤分子を守ることにある。放射線の間接作用のメカニズムは、α線、β線、γ線の種類や放射性同位元素の種類によらず同じである。よって、本発明における放射線防護剤は、放射性医薬品で用いられる放射性同位元素の種類によらず使用できる。放射性医薬品で汎用される放射性同位元素は、Tc-99m、I-123 、I-131 、Ga-67 、In-111、Ru-97 、Pb-203、C-11、N-13、O-15、F-18、Cu-62 、Rb-87 、Y-90、Sm-153、Dy-165、Ho-166、Lu-177、Re-186、Re-188、At-211、Cu-67 等である。
【0017】
本発明の放射線防護剤は、放射性医薬品調製用の組成物に前もって添加しておくことも後で添加することも可能である。組成物の形は、凍結乾燥組成物、単純な粉末混合物、水溶性の液体あるいはその凍結品でもよい。また、酸、塩基のごときpH調製剤、塩化ナトリウムのごとき等張化剤、ベンジルアルコールのごとき保存剤、あるいはラクトースのごとき凍結乾燥賦形剤を添加することも、本発明の実施を何ら妨げるげるものではない。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
ポルフィリン誘導体が放射線防護剤の探索研究をする上で適切なモデル化合物であることを確認するため、ポルフィリン誘導体の一つである、7-[1-(2-ハイドロオキシエチルオキシ)エチル]-12- エテニル-3, 8, 13, 17-テトラメチル- ポルフィン-2, 18- ジプロパノン酸マンガン(III) 錯体のジエチレントリアミン五酢酸モノエステル(以下HP-DTPA と略す)の放射線分解の状況を試験した。
【0019】
まず、HP-DTPA 溶液(0.20mg/ml, 溶媒:精製水, pH5)に99mTcO4- 溶液を放射能量として50mCi 加えたものを2サンプル用意し、一方を空気飽和の条件下でガラスバイアルに密封(サンプルA)し、他方をアルゴン飽和の条件下でガラスバイアルに密封(サンプルB)した。また、HP-DTPA 溶液(0.20mg/ml, 溶媒:精製水, pH5)を空気飽和の条件下でガラスバイアルに密封したものをコントロールとした。コントロールのUV吸収スペクトルの結果を図1に示した。サンプルA、Bそれぞれを24時間以上室温放置した後に、UV吸収スペクトルを測定した結果を図2(サンプルA)、図3(サンプルB)に示した。図1、2、3から放射線分解により、ポルフィリン誘導体に特有の368nm と461nm のUV吸収ピークが消失したことがわかる。
【0020】
次に、HP-DTPA 溶液(0.20mg/ml, 溶媒:精製水, pH5)に 99mTcO4- 溶液を放射能量として10、24、50mCi 添加したものを2サンプルずつ用意し、そのうちの一方を空気飽和条件下でガラスバイアルに密封し、もう一方をアルゴン飽和条件下でガラスバイアルに密封した。これら6サンプルを室温で24時間以上放置した後、UV吸収スペクトルを測定し、放射能量に対してプロットした(図4)。図4は368nm の吸光度が添加放射能量に比例して減少することを示している。また、同時に、これらのサンプルの蛍光強度も測定した(図5)。図5は、放射能の添加により、HP-DTPA が放射線分解し、分解生成物(蛍光性不純物)が産生したことを示している。しかし、この蛍光性不純物の産生は、コントロール溶液を室温放置したり、コントロール溶液に減衰した 99mTcO4- 溶液を添加しただけでは起こらなかった。また、HP-DTPA 溶液に放射能を加えたサンプルのHPLC分析を行うと、HP-DTPAの分解生成物と考えられるピークも検出された。以上の試験から、HP-DTPA が極めて放射線分解しやすい化合物であることがわかった。従って、放射線防護剤の探索研究を行ううえで、ポルフィリン誘導体が適切なモデル化合物であることが確認された。
【0021】
(実施例2)
本発明の放射線防護剤は水ラジカルとの反応速度定数が充分高くなければ有効でない。そこで、水ラジカルとして最も反応性の高いOH. と、放射線防護剤との反応速度定数の測定を行った。測定に供した化合物X は、医薬品添加物としてすでに安全性が確保され生理的認容性を有する糖類(グルコース、フルクトース)、アミノ酸(グリシン)、有機酸(乳酸、安息香酸)とした。
NDA の希薄溶液(2 ×10-5M)に様々な濃度(0, 2×10-5, 5 ×10-5, 1 ×10-4, 2 ×10-4, 5 ×10-4M)の化合物X 及び 99mTcO4- 溶液(20 mCi/ml)を加え、24時間室温に放置した後、光吸収スペクトルを測定した。化合物自身のUV吸収のためNDA と直接競合反応系を組めないHP-DTPA は、NDA との反応で速度定数を決定したグルコースあるいはフルクトースを標準物質に用い、同様の方法でHP-DTPA の368 nm吸収の減少を測定した。NDA あるいはHP-DTPA の吸光度減少分を式8に従ってプロットし、回帰直線の傾きより kx を計算した。
【0022】
NDA を用いた実験では、化合物X を添加するに従ってNDA の44O nmの吸光度減少が緩和した(図6)。これは、Tc-99mのγ線により発生したOH. がX と反応していることを示す。式7に従って1 / FNDA を計算してプロットしたところ、低濃度領域ではほぼ直線関係が得られた(図7)。得られた直線の傾きから計算した kx を表1に示した。
【0023】
【表1】

【0024】
一方、グリシンは、他の化合物のようにNDA の吸光度減少を緩和させることはなかった。これは、グリシンがOH. と反応しなかったというより、恐らくグリシンとOH. が反応して生成したグリシンラジカルが、さらにNDA と反応したことによると思われる。反応性に富む化合物は、ラジカル反応の連鎖を繰り返すため主剤と反応する可能性もあり、放射線防護剤として不適格である。アミノ酸はそのような化合物の一群と考えられる。
試験した化合物は、いずれも充分高い反応速度定数をもつことが判明し、アミノ酸を除いて放射線防護剤として有用であると考えられた。
【0025】
(実施例3)
ポルフィリン誘導体を主剤として含有する放射性医薬品に放射線防護剤を添加し、標識後、主剤の放射線分解が実際に放射線防護剤によって阻止されるか否か検討した。放射性医薬品を前提とした組成のHP-DTPA 溶液(0.2 mM )に種々の濃度のグルコース(2.5、5 、10、20 mM)を添加した後、99m TcO4- を10 mCi加えて室温で24時間放置し、それぞれのサンプルにつきUV吸収スペクトルを測定した。結果を図8に示す。本溶液の吸光度は 0.88 であるが、 99mTcO4- を加えることにより0.76に低下した。しかし、グルコースを10mM以上加えることにより、吸光度の低下を完全に阻止することができた。このときのHP-DTPA のモル濃度は0.2 mMであるから、グルコースによるHP-DTPA の放射線分解阻止はモル濃度比較で50倍量で達成された。以上の実験より、反応速度定数が108-1-1のオーダーにある放射線防護剤は、主剤に対して50倍モル量以上存在すれば、充分機能することが確かめられた。
【0026】
(実施例4)
本発明の放射線防護剤は主剤と反応しないことが好ましい。そこで、放射線の存在下で放射線防護剤が主剤と反応するか否かを検討した。
実際にポルフィリン誘導体が放射性医薬品として調製される条件を踏まえ、表2に示したように16種のサンプルを調製した。各サンプルには表2に示した成分のほか、HP-DTPA 溶液(10mM)、塩化カルシウム(12mM)、塩化ナトリウム(80mM)、酢酸緩衝液(pH 5.3, 20mM)、99m TcO4- (100mCi/ml) が含まれている。ここで、SnCl2 を含むサンプルにおいては、HP-DTPA は99m Tcと錯体を形成しており、SnCl2 を含まないサンプルにおいては、HP-DTPA は99m Tcと錯体を形成していない。これらのサンプルを調製後、暗所、室温にて24時間放置し、HP-DTPA 溶液中の蛍光性不純物の発生を検出するために、逆相HPLC分析を行った。逆相HPLC分析には、(株)東ソー製HPLC装置、Waters社製Puresil-C18 (4.6 mmφx25 mmL )カラムを用いた。送液量は1 ml/min、溶離液は50 mM リン酸緩衝液(pH 3.5)とアセトニトリルのグラジェントで、アセトニトル濃度は0 分で15%、15分で30%、28分で31%、40〜55分で95%となるように調整した。また、検出は、UV検出器(368 nm)、γ線検出器及び蛍光スペクトロメータ(励起光:378nm、検出:618nm)で行った。結果を表2に示す。アスコルビン酸以外の放射線防護剤は、蛍光性不純物の発生を引き起こさず、また、主剤とも反応しないことが確認された。
【0027】
【表2】

【0028】
一方、アスコルビン酸を放射線防護剤として加えた実験例では、蛍光性不純物が発生している。この結果は、主剤の反応性が高い場合、アスコルビン酸は放射線防護剤として不適当なケースがあり得ることを示している。従来、アスコルビン酸は、Tc-99mを含む放射性診断剤において、 99mTcO4- とキレート剤の錯化に必要である還元剤(第一スズ塩)の酸化を防止する目的で、安定化剤として頻繁に用いられてきた。しかし、上述の如く蛍光性不純物の発生によりアスコルビン酸が使用できない場合でも、本発明の放射線防護剤は使用でき、有用であることがこの結果から結論される。
【0029】
本発明の放射線防護剤は、放射性医薬品に本剤を添加することにより、水の放射線分解で生じる水ラジカルが主剤を攻撃するのを競合的に阻止し、放射性医薬品の品質低下を防止する効果を持つ。この防護効果は、放射線防護剤の水ラジカルとの反応速度定数が1×108 〜5×1010-1-1の間にあり、かつ主剤と反応しない化学的不活性が確保されるとき期待される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】HP-DTPA 溶液のUV吸収スペクトルを示した図である。
【図2】放射線分解後のHP-DTPA 溶液のUV吸収スペクトル(空気飽和溶液に室温で24時間放置後)を示した図である。
【図3】放射線分解後のHP-DTPA 溶液のUV吸収スペクトル(アルゴン飽和溶液に室温で24時間放置後)の図である。
【図4】放射線分解によるHP-DTPA のUV吸収ピーク(368nm 、461nm)の減少を添加放射能量に対してプロットした図である。
【図5】放射線分解によるHP-DTPA 分解産物の蛍光強度を添加放射能量に対してプロットした図である。
【図6】放射線防護剤添加に応じた標準OH. 捕捉剤NDA の光吸収消失の減少を示した図である。
【図7】式7に従ってNDA の光吸収ピーク減少をプロットした図である。
【図8】HP-DTPA の放射線分解が放射線防護剤の添加により阻止されることをUV吸収スペクトルの変化から示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
医薬品中に添加される生理的認容性の高い有機化合物よりなり、放射性医薬品における放射性同位元素で標識された主剤を放射線の作用から防護することを特徴とする放射線防護剤。
【請求項2】
生理的認容性の高い有機化合物とOHラジカル、Hラジカルあるいは水和電子との反応速度定数が、1×108 〜5×1010-1-1の範囲にある請求項1記載の放射線防護剤。
【請求項3】
生理的認容性の高い有機化合物が放射性医薬品における放射性同位元素で標識された主剤と反応しないことを特徴とする請求項1または2記載の放射線防護剤。
【請求項4】
生理的認容性の高い有機化合物が、単糖類、二糖類または有機酸及びその塩もしくはエステルである請求項1、2または3記載の放射線防護剤。
【請求項5】
生理的認容性の高い有機化合物が、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、スクロース、マルトース、ラクトース、アラビノース、ソルビトール、メグルミン、シアル酸、乳酸、安息香酸から選ばれる1または2以上よりなる請求項1、2、3、または4記載の放射線防護剤。
【請求項6】
請求項1、2、3、4または5記載の放射線防護剤のモル濃度が主剤のモル濃度の50倍以上含有することを特徴とする放射性診断剤。
【請求項7】
請求項1、2、3、4または5記載の放射線防護剤のモル濃度が主剤のモル濃度の50倍以上含有することを特徴とする放射性治療剤。
【請求項8】
放射性同位元素が、Tc-99m、I-123 、I-131 、Ga-67 、In-111、C-11、N-13、O-15、F-18、Ga-68 、Cu-62 、Rb-87 のいずれかであることを特徴とする請求項6記載の放射性診断剤。
【請求項9】
放射性同位元素が、Y-90、I-131 、Sm-153、Dy-165、Ho-166、Lu-177、Re-186、Re-188、At-211、Cu-67 のいずれかであることを特徴とする請求項7記載の放射性治療剤。
【請求項10】
請求項1、2、3、4または5記載の放射線防護剤を請求項8または9記載の放射性診断剤または放射性治療剤の主剤のモル濃度に対して50倍以上使用することを特徴とする放射線防護剤の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−222723(P2008−222723A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−136705(P2008−136705)
【出願日】平成20年5月26日(2008.5.26)
【分割の表示】特願平9−270491の分割
【原出願日】平成9年9月17日(1997.9.17)
【出願人】(000230250)日本メジフィジックス株式会社 (75)
【Fターム(参考)】