説明

敗血症又は多臓器不全の予後診断方法及び予後診断用キット

【課題】敗血症又はそれに伴う多臓器不全の患者の予後を簡便かつ高精度に診断可能な予後診断方法、及びその予後診断方法に使用するための予後診断用キットを提供する。
【解決手段】本発明に係る予後診断方法は、被験者から採取した尿に含まれる肝型脂肪酸結合蛋白質を特異的抗体で検出する第1の検出工程と、上記尿をヘミン等の酸化還元試薬で処理し、処理後の尿に含まれる肝型脂肪酸結合蛋白質を上記特異的抗体で検出する第2の検出工程と、第1の工程における検出値と第2の工程における検出値とを比較する比較工程と、を含む。第2の工程における検出値が第1の工程における検出値と比較して大きいほど、予後が不良と判断される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敗血症又はそれに伴う多臓器不全の予後診断方法、及びその予後診断方法に使用するための予後診断用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
敗血症は、感染を伴う全身性炎症反応症候群(SIRS)であり、感染を伴い、体温(<36℃、又は>38℃)、心拍数(>90回/min)、呼吸(呼吸数>20回/分、又はPaCO<32mmHg)、白血球数(≧12,000/mm、又は≦4,000mm、或いは10%以上の幼若球出現)の4項目の規定のうち、2項目以上の条件を満たすことと定義されている(非特許文献1参照)。非特許文献1では、敗血症に引き続く臓器の機能障害、血流低下、血圧低下、組織循環障害等の規定により敗血症の重篤度が定義されている。この重篤度は、敗血症、重症敗血症、敗血症性ショックの順に高くなり、重篤度が高くなると多臓器不全(MOF:Multiple Organ Failure)に陥る。
【0003】
ところで、現在、敗血症の治療では、輸液蘇生、抗生物質の投与、血液浄化療法、血糖値のコントロール、コルチコステロイドや活性化プロテインCの投与等が行われているが、敗血症又はそれに伴う多臓器不全の患者の予後を診断することは、今後の治療方針を決める上で重要なことである。特に、集中治療室(ICU)に運ばれる重症患者には、敗血症から多臓器不全に至る全ての段階が想定されるため、最終的な臨床上の転帰(生存・死亡)と相関する指標をICUへの入室時に測定できることは、治療方針の選択に有用と考えられる。
【0004】
従来、幾つかの血液マーカーが敗血症の予後を反映していることが報告されている。例えば、非特許文献2では、血中のIL−1の含有量と予後不良の敗血症患者との間に相関関係があると報告されている。しかし、この結果に反する報告もあり、予後診断方法として確立されたものではない。また、非特許文献3では、血中のIL−10の含有量は予後不良の敗血症患者において高い一方、予後の良好な敗血症患者においては有意に減少していることが報告されている。しかし、IL−10の増加は敗血症ショック患者の80%においてしか検出できないため、予後診断方法としては不十分であった。
【0005】
一方、脂肪酸結合蛋白質(FABP:Fatty Acid Binding Protein)は、サイトゾルに存在して脂肪酸と結合する能力を有する分子量15kD前後の蛋白質群である。それらの生理機能については、脂肪酸の細胞内転送や蓄積によって代謝酵素系の調節に関与していると考えられているが詳細は不明である。FABPとしては、肝型(L−FABP)、腸型(I−FABP)、心筋型(H−FABP)、脳型(B−FABP)、皮膚型(C−FABP/E−FABP)、脂肪細胞型(aP2)、末梢神経細胞型(ミエリンP2)等の少なくとも7つの分子種が知られており、その一次構造が決定されている。これらはいずれも脂肪酸結合能を有し、一部に配列がよく保存された領域が認められること等から、共通の祖先遺伝子から進化したファミリーであると考えられているが、全体としては互いに異なる一次構造を有し、各々特異的な組識分布を示す。なお、肝型、腸型といった命名は、最初にどの組織から見出されたかを意味し、必ずしもその組織にしか存在しないことを意味するものではない。
【0006】
最近になり、敗血症性ショック患者の尿中に含まれるL−FABPが健常者と比較して有意に増加していることが報告されている(非特許文献4参照)。また、非特許文献4では、敗血症性ショック患者のうち、生存群は血液浄化療法(エンドトキシン吸着:PMX)の施行により尿中L−FABPが有意に低下するが、死亡群は尿中L−FABPが低下しないため、尿中L−FABPが血液浄化療法の効果判定指標になり得ることも報告されている。しかし、この報告では血液浄化療法の施行を前提としており、単純に尿中L−FABPの量によって予後が診断できるものではないため、予後診断方法として実用的ではなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Crit. Care Med., 20: 864−874, 1992
【非特許文献2】Thijs, L. G. and Hack, C. E., Inten. Care Med., 21:S258−263, 1995
【非特許文献3】Van der Poll, J. Infect. Dis., 175: 118−122, 1997
【非特許文献4】第24回日本アフェレシス学会抄録(2004年11月)演題番号O−65
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、敗血症又はそれに伴う多臓器不全の患者の予後を簡便かつ高精度に診断可能な予後診断方法、及びその予後診断方法に使用するための予後診断用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、(i)採取した尿をヘミン(=クロロ(ポルフィリナト)鉄(III)錯体)等の酸化還元試薬で処理することで、尿中L−FABPの免疫反応性が増強されること、(ii)その増強程度(誘導倍率)が大きいほど、敗血症又は多臓器不全の患者の予後が不良であること、を見出した。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0010】
(1) 被験者から採取した尿に含まれるL−FABPを特異的抗体で検出する第1の検出工程と、
前記尿を酸化還元試薬で処理し、処理後の尿に含まれるL−FABPを前記特異的抗体で検出する第2の検出工程と、
前記第1の工程における検出値と前記第2の工程における検出値とを比較する比較工程と、
を含む敗血症又は多臓器不全の予後診断方法。
【0011】
(2) 前記比較工程では、前記第1の検出工程における検出値と前記第2の検出工程における検出値との比を閾値と比較する(1)記載の予後診断方法。
【0012】
(3) 前記酸化還元試薬がヘミンである(1)又は(2)記載の予後診断方法。
【0013】
(4) (1)から(3)のいずれか記載の予後診断方法に使用するための予後診断用キット。
【0014】
(5) L−FABPに対する特異的抗体及び酸化還元試薬を含む(4)記載の予後診断用キット。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、敗血症又はそれに伴う多臓器不全の患者の予後を簡便かつ高精度に診断可能な予後診断方法、及びその予後診断方法に使用するための予後診断用キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】リコンビナントヒトL−FABPを用いた免疫反応性増強効果を示す図であり、同図(A)は酸化還元試薬としてヘミンを用いた場合の相対吸光度を示し、同図(B)は酸化還元試薬としてTCEPを用いた場合の相対吸光度を示す。
【図2】重症度別のCLPモデルマウスから採取された尿をヘミンで処理した後の尿中hL−FABPの測定値を示す図である。
【図3】ICU入室時における尿から検出されたhL−FABP量と、同じ尿検体を0.5mM ヘミンを含む処理液で処理した後に検出されたhL−FABP量とを、生存群と死亡群とについて比較して示す図である。
【図4】ICU入室時における尿から検出されたhL−FABP量と、同じ尿検体を0.5mM ヘミンを含む処理液で処理した後に検出されたhL−FABP量との比(誘導倍率)を、生存群と死亡群とについて比較して示す図である。
【図5】予後診断方法の精度を示すための図であり、同図(A)は誘導倍率についてのROC曲線を示し、同図(B)はCRPについてのROC曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[予後診断方法]
本発明に係る予後診断方法は、被験者から採取した尿に含まれるL−FABPを特異的抗体で検出する第1の検出工程と、上記尿を酸化還元試薬で処理し、処理後の尿に含まれるL−FABPを上記特異的抗体で検出する第2の検出工程と、上記第1の工程における検出値(検出結果)と上記第2の工程における検出値(検出結果)とを比較する比較工程と、を含むものである。
【0018】
<第1の検出工程>
第1の検出工程では、被験者から採取した尿に含まれるL−FABPを、L−FABPに対する特異的抗体を用いて免疫化学的方法により検出する。
【0019】
抗体は、免疫抗原としてL−FABPを用いることにより調製できる。免疫抗原として天然由来のL−FABPを用いる場合、L−FABPは肝臓や腎臓等から精製可能である。精製は、Kelvinらの文献(J. Biol. Chem., 263: 15762−15768, 1988)記載の方法等に準じて以下のように実施できる。すなわち、摘出した臓器をホモジナイズした後、超遠心して得られる細胞質画分を、ゲル濾過、陰イオン交換クロマトグラフィー等により分画し、分子量や脂肪酸結合活性を指標としてL−FABPを含有する画分を選択して精製する。さらに、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動を行い、精製を加えるか、又は単一バンドとなっていることを確認する。そして、精製蛋白質のアミノ酸組成やN末端側アミノ酸配列を決定し、報告された組成や配列と比較することにより、目的とする分子種であることを確認する。
【0020】
L−FABPの脂肪酸結合活性は、例えば、ANS(1,8−アニリノナフタレンスルホン酸)等の蛍光プローブを用いて容易に測定できる。これらの蛍光プローブは、L−FABPの脂質結合部位等の疎水性の高い領域と結合することにより蛍光強度が上昇する。例えば、L−FABPを含む溶液にANSを添加混合した後、蛍光強度(励起波長372nm;蛍光波長480nm)を測定すればよい。そのほか、RI標識した脂肪酸を用いることによってもL−FABPの脂肪酸結合活性を測定することもできる。
【0021】
なお、L−FABPは、ヒト、マウス、ブタ、ウシ、ラット間でホモロジーが高く、アミノ酸レベルで90%以上であることが知られているので、ヒトL−FABPと結合する抗体を得るために、例えばマウスL−FABPを抗原として用いることもできる。この場合、抗原の調製が容易であるという利点がある。
【0022】
免疫抗原として用いるL−FABPは、遺伝子工学的手法によって製造されたリコンビナント蛋白質であってもよい。L−FABPのアミノ酸配列や遺伝子配列は既に報告されているため(Veerkamp and Maatman, Prog. Lipid Res., 34: 17−52, 1995)、例えば、それらを基にプライマーを設計し、PCR法により適当なcDNAライブラリ等からcDNAをクローニングし、これを用いて遺伝子組換えを行うことより、リコンビナントL−FABPを調製することができる。
【0023】
また、免疫抗原として、L−FABPの断片、又はその部分配列を有する合成ペプチド等を、必要に応じてキャリア高分子物質(牛血清アルブミン、ヘモシアニン等)と結合させて用いることもできる。
【0024】
L−FABPに対する特異的抗体は、抗血清、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体等のいずれであってもよい。
【0025】
抗体は、高い特異性を有するものが好ましく、例えば心筋型脂肪酸結合蛋白質(H−FABP)とは実質的に交差反応しないことが望ましい。より特異性の高い抗体を取得するためには、より高度に精製され純度の高い抗原を用いることが望ましい。
【0026】
抗体の調製に際しては、上述のように調製した精製抗原を温血動物に接種して免疫する。免疫する温血動物としては、哺乳類(ウサギ、ヒツジ、ラット、マウス、モルモット、ウマ、ブタ等)、鳥類(ニワトリ、アヒル、ガチョウ等)が挙げられる。ウサギの場合、例えば、抗原100μg〜1mg程度を約1mlの生理食塩水及びフロイントの完全アジュバント中に乳化したものを、背部又は後肢掌皮下に接種し、2回目以降はアジュバントをフロイントの不完全アジュバントに代えて、これを2〜4週間おきに3〜8回接種して免疫し、最終接種の約7〜12日後に使用する。マウスの場合、1回あたり10〜30μg/匹の抗原を、通常、皮下、腹腔内、静脈内に、約2週間おきに3〜8回接種して免疫し、最終接種の約2〜4日後に使用する。
【0027】
ポリクローナル抗体は、上述のように免疫した動物から採血し、血清(抗血清)を分取して、得られた抗血清からIg画分を回収して調製できる。例えば、抗血清からProtein Gカラムを用いるアフィニティークロマトグラフィー等によりIgG画分を回収してポリクローナルIgGを得ることができる。
【0028】
モノクローナル抗体は、免疫動物から採取した抗体産生細胞を、不死化細胞と融合させて得られるハイブリドーマにより産生される。モノクローナル抗体のための免疫動物としては、マウス及びラットが好適に用いられる。ハイブリドーマの作製は、Kohler及びMilsteinの方法(Nature, 256: 495−897, 1975)に準じて以下のように実施できる。すなわち、上述のように免疫した動物から抗体産生細胞(脾細胞、リンパ節細胞等)を採取し、これを適当な不死化細胞と細胞融合させる。不死化細胞としては、例えば骨髄腫細胞の細胞株(NSI−Ag4/1、Sp2/O−Agl4等)が好適に用いられる。骨髄腫細胞は、それ自身が抗体又は免疫グロブリンのH鎖又はL鎖を産生しない非分泌型であることが好ましい。また、未融合の骨髄腫細胞と融合したハイブリドーマとを選択培地中で選別し得るような選択マーカーを有していることが好ましい。例えば選択マーカーとして、8−アザグアニン耐性(ヒポキサンチン−グアニン−ホスホリボシルトランスフェラーゼ欠損)、チミジンキナーゼ欠損等を有する細胞株がよく使用される。
【0029】
細胞融合は、ポリエチレングリコール等の適当な融合促進剤を添加して行う。細胞融合は、不死化細胞あたり約10の抗体産生細胞の比率で行うことが好ましく、また、抗体産生細胞約10個/mlの細胞密度で好適に実施できる。
【0030】
融合処理した細胞を、適当に希釈した後、選択培地中で1〜2週間培養する。例えば、8−アザグアニンに耐性の骨髄腫細胞を用いる場合、HAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)培地中で培養すると、未融合骨髄腫細胞は死滅し、未融合の抗体産生細胞も分裂サイクルが限られているため死滅するが、融合細胞だけは選択培地中で分裂を続け生存できる。
【0031】
選択培地中での培養後、その上清について例えばエンザイムイムノアッセイを行って目的とする抗体の有無を検出し、限界希釈法によってクローニングすることにより、目的抗原を認識するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選択できる。選択に際しては、抗体価、抗体のクラス、サブクラス、抗原との親和性、特異性、エピトープ等が好適な性質を有するハイブリドーマ(モノクローナル抗体)を選択できる。モノクローナル抗体のクラスとしては一般にIgGが好ましい。
【0032】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、例えば免疫に使用した動物の腹腔内に移植し、一定期間後、腹水を採取し、それから目的のモノクローナル抗体を単離することができる。あるいは、ハイブリドーマを適当な動物細胞培養用の培地中で培養し、その培養液からモノクローナル抗体を単離することもできる。また、一旦目的のハイブリドーマを得たら、これからモノクローナル抗体をコードする遺伝子を取得し、通常の遺伝子組換え技術により適当な宿主中で目的のモノクローナル抗体を発現させ産生させることができる。
【0033】
抗体の分離・精製は、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を必要に応じて組み合わせた通常の精製法に従って行うことができる。
【0034】
上述のようにして得られた特異的抗体を用いた尿中L−FABP(抗原)の検出・定量は、公知のエンザイムイムノアッセイ(EIA)、ケミルミネッセントイムノアッセイ、エレクトロルミネッセンスアッセイ等の方法を採用して実施できる。また、所望により、ラジオイムノアッセイ(RIA)、フルオロイムノアッセイ等の方法を採用することもできる。具体的には、例えば、抗体及び標識抗原を用いる競合法、抗原に対する認識部位が異なる2種類のモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体(あるいはモノクローナル抗体及びポリクローナル抗体)を組み合わせて用いるサンドイッチEIA法等が挙げられる。これらアッセイ法においては、必要に応じて、抗原又は抗体を適当な担体(ゲル粒子、セルロース粒子、ポリアクリルアミドゲル、物理的吸着剤(ガラス、スチレン系樹脂)等)上に保持する。例えば、抗原又は抗体をポリスチレン製のプレートやビーズ等の固相に吸着させて用いる固相法がよく採用される。また、検出のためには、例えばウエスタンブロッティング法を採用することもできる。
【0035】
上述のような免疫化学的方法において、抗体や抗原は必要に応じて標識したものが使用される。このような標識としては、酵素(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ等)、発光物質(アクリジニウムエステル、イソルミノール、ルシフェリン等)のほか、放射性同位元素(124I、14C、H)、蛍光物質(フルオレッセインイソチオシアネート等)等が挙げられる。このほか、ビオチン標識とストレプトアビジンとを組み合わせて用いる方法も採用できる。
【0036】
<第2の検出工程>
第2の検出工程では、上記被験者から採取した尿を酸化還元試薬で処理し、処理後の尿に含まれるL−FABPを、上記第1の検出工程と同様に特異的抗体で検出・定量する。上述したように、尿を酸化還元試薬で処理することにより、尿中L−FABPの免疫反応性が増強される。これは、尿中L−FABPの一部はシステイン残基等において化学修飾を受けているが(Peter Dormann et al., J. Biol. Chem., 268: 16286−16292, 1993)、酸化還元試薬で処理することによりこの化学修飾が外れ、抗体との結合性が向上するためと推測される。なお、この増強効果は、リコンビナントL−FABPについても観察される。
【0037】
酸化還元試薬としては、タンパク質の遊離のアミノ酸残基(例えばシステインのSH基)に中性付近のpHにて化学的修飾を起こし得るものであれば特に限定されず、公知の酸化還元試薬を使用することができる。具体的には、ヘミン、硝酸アルミニウム九水和物、過塩素酸アンモニウム、ペルオキソ二硫酸アンモニウム、硝酸セシウム、硝酸セリウム(III)六水和物、硝酸二アンモニウムセリウム(III)四水和物、硝酸カルシウム四水和物、グアニジン硝酸塩、硝酸インジウム(III)三水和物、五酸化二ヨウ素、過塩素酸リチウム三水和物、硝酸リチウム、硝酸ランタン六水和物、過塩素酸リチウム、硝酸マグネシウム六水和物、過塩素酸マグネシウム、ヨウ素酸カリウム、オルト過ヨウ素酸、臭素酸カリウム、硝酸カリウム、過塩素酸カリウム、硝酸ルビジウム、ヨウ素酸ナトリウム、クロロイソシアヌル酸ナトリウム、臭素酸ナトリウム、ルオキソ二硫酸ナトリウム、過ヨウ素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム、過塩素酸ナトリウム一水和物、臭化トリメチルフェニルアンモニウム、硝酸イッテルビウム(III)四水和物、硝酸ジルコニル二水和物、トリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン塩酸塩(TCEP)等が挙げられる。この中でも、へミン、トリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン塩酸塩(TCEP)、ペルオキソ二硫酸アンモニウム、硝酸カルシウム四水和物、グアニジン硝酸塩、及び硝酸マグネシウム六水和物から選ばれる少なくとも1種が好ましく、へミンが最も好ましい。
【0038】
酸化還元試薬で処理するには、例えば、上記被験者から採取した尿と酸化還元試薬を含む処理液とを混合し、所定時間反応させればよい。処理液の溶媒としては、Trisバッファー、リン酸バッファー等が挙げられる。また、処理液中の酸化還元試薬の濃度は0.1〜100mMが好ましい。反応時間は特に限定されないが、30秒間〜10分間程度である。
【0039】
<比較工程>
比較工程では、上記第1の工程における検出値(検出結果)と上記第2の工程における検出値(検出結果)とを比較する。上述したように、採取した尿を酸化還元試薬で処理することで、尿中L−FABPの免疫反応性が増強され、その増強程度(誘導倍率)が大きいほど、敗血症又は多臓器不全の患者の予後は不良である。したがって、上記第1の工程における検出値と上記第2の工程における検出値とを比較し、誘導倍率が閾値を超えるか否かにより、予後を診断することができる。この閾値は、予後の良好な患者と予後が不良な患者とにおける誘導倍率の統計により設定される。例えば、当該閾値は、予後の良好な患者と不良な患者との誘導倍率を基に、ROC解析(Receiver Operating Characteristic analysis)を行い、感度、特異度ともに80%以上、好ましくはROC曲線下面積(AUC:Area Under the Curve)が0.8以上となるように設定される。
【0040】
[予後診断用キット]
本発明に係る予後診断用キットは、上述した予後診断方法に使用するものである。この予後診断用キットとしては、例えば、ビーズやプレート(96穴マイクロプレート等)等の担体上に抗L−FABP抗体を吸着/結合させたものが挙げられる。この場合、予後診断用キットには、L−FABPに対する特異的抗体や酸化還元試薬が組み合わされる。特異的抗体は標識物であってもよい。標識物としては、ペルオキシダーゼ等の酵素が結合された抗体(酵素標識抗体)、ビオチン化された抗体(ビオチン標識抗体)等が挙げられる。また、酸化還元試薬は溶媒に溶解された状態の処理液であってもよい。さらに、予後診断用キットには、EIA等に必要となる試薬(酵素標識した2次抗体や発色基質等)が組み合わされていてもよい。
さらに、迅速・簡便に結果を判断できるイムノクロマトキットを基にした定性、半定量、又は定量測定法を利用したものであってもよい。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0042】
<実施例1:リコンビナントヒトL−FABP(rhL−FABP)を用いた免疫反応性増強効果>
0.5mM ヘミン又は10mM トリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン塩酸塩(TCEP)を含む処理液(溶媒:Trisバッファー)とrhL−FABP標準品(50〜400ng/mL)とを等量混合し、室温で10分間静置後、ELISA法(hL−FABP測定キット、IBL社製)により吸光度を検出した。ベースラインとしては、処理液の溶媒であるTrisバッファーとrhL−FABP標準品とを混合したものを準備した。
【0043】
酸化還元試薬としてヘミンを用いた場合の結果を図1(A)に示し、トリス(2−カルボキシエチル)フォスフィン塩酸塩(TCEP)を用いた場合の結果を図1(B)に示す。なお、この図1(A),(B)は、酸化還元試薬を含む処理液と400ng/mLのrhL−FABPとを混合したときの吸光度を100%としたときの相対強度(%)で示している。図1から分かるように、いずれの酸化還元試薬についても、添加量に比例した免疫反応性の増強効果が確認された。また、希釈直進性やベースラインのバックグラウンドを抑える観点から、へミンの方がより好ましいことが明らかとなった。
【0044】
<実施例2:マウスCLPモデル重症度と尿中L−FABP測定値との関係>
まず、ヒトL−FABP遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(hL−FABP−Tgマウス)を作製するため、13週齢以上のBCF1系雄マウスを不妊交配用及び自然交配用に、10週齢以上のICR系雌マウスを胚移植用及び里親用に、13週齢以上のBDF1系雄マウスを交配用に、8週齢以上のBCF1系雌マウスを採卵用に、それぞれ使用した。これにより得られるトランスジェニックマウス(B6C3F1系)について、BALB/cAマウスと戻し交配を行い、hL−FABP−Tgマウスを作製した。
【0045】
次に、このhL−FABP−Tgマウスを用いて盲腸の穿孔性腹膜炎(CLP:Cecal Ligatation and Puncture)モデルマウス(重症及び軽症の2種類)を作製し、重症度の異なる敗血症患者のモデルとした。具体的には、エーテル吸入麻酔下、hL−FABP−Tgマウスを腹部正中切開で開腹し、回盲弁を温存して3−0絹糸を用いて盲腸根部を結紮した。その後、18G針(重症モデルの場合)又は21G針(軽症モデルの場合)を用いて盲腸壁全層に亘り穿刺、穿孔させた。開腹創は一層縫合で閉鎖した。手術操作の直後(0時間後)、6時間後、18時間後の3回に亘り尿を採取し、0.5mM ヘミンを含む処理液(溶媒:Trisバッファー)と等量混合し、室温で10分間静置後、ELISA法(hL−FABP測定キット、IBL社製)によりhL−FABP量を測定した。
【0046】
重症モデル(6時間後の時点でN=7、18時間後の時点までに2匹死亡したため、N=5)及び軽症モデル(18時間後の時点まで死亡例なし、N=4)のそれぞれにおける尿中hL−FABPの測定値を図2に示す。図2から分かるように、重症モデルのマウスではヘミン処理によって尿中hL−FABPの免疫反応性が大きく増強されたが、軽症モデルのマウスでは免疫反応性は殆ど変化しなかった。この増強作用は非常に早期の段階から確認され、手術操作から6時間後の時点で既に有意差が認められた(P<0.01)。この結果は、本発明の方法によれば非常に早期の段階で予後が診断できることを示唆している。
【0047】
<実施例3:ICU患者重症度と尿中hL−FABP測定値との関係>
東京大学医学部附属病院集中治療部(ICU)にて治療を受けた患者のうち、入室時に2臓器以上の多臓器不全を呈し、血液浄化療法の開始が検討された症例を対象に、入室時における尿を採取し、ELISA法(hL−FABP測定キット、IBL社製)によりhL−FABP量を測定した。また、同じ尿検体と0.5mM ヘミンを含む処理液(溶媒:Trisバッファー)と等量混合し、室温で10分間静置後、同様にしてhL−FABP量を測定した。生存群(N=16)と死亡群(N=6)とにおける、未処理の場合の尿中hL−FABP測定値(ng/mL)、ヘミン処理を行った場合の尿中hL−FABP測定値(ng/mL)、誘導倍率を下記表1に示す。この表1には、各患者の転帰、臨床情報についても併せて示す。また、この表における数値を生存群、死亡群について纏めたものを図3,4に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1、図3から分かるように、未処理の尿から検出されたhL−FABP量は、生存群と死亡群とで有意差はなかったが、尿検体を0.5mM ヘミンを含む処理液で処理した後に検出されたhL−FABP量は、死亡群の方が生存群よりも増加傾向であった。また、表1、図4から分かるように、未処理の尿から検出されたhL−FABP量と、同じ尿検体を0.5mM ヘミンを含む処理液で処理した後に検出されたhL−FABP量との比(誘導倍率)は、死亡群の方が生存群よりも有意に高かった(P<0.01)。
【0050】
参考のため、同じ患者群について、ICU入室時及び1週間後の急性腎障害スコア(RIFLE;R1点、I2点、F3点、障害なし0点)、白血球数、CRP、血液浄化療法(CHDF,PMX;各1点)の有無を下記表2に示す。
【0051】
【表2】

【0052】
表2から分かるように、急性腎障害スコア、白血球数、CRP、血液浄化療法の有無と臨床転帰との間には明確な相関は見られなかった。
【0053】
さらに、本発明に係る予後診断方法の精度を評価するため、ROC解析を行った。誘導倍率についてのROC曲線を図5(A)に示し、比較のため、CRPについてのROC曲線を図5(B)に示す。ROC解析の結果、図5(A)についてのROC曲線下面積(AUC)は0.875であり、図5(B)についてのROC曲線下面積は0.609であった。また、カットオフ値を20としたときの誘導倍率についての感度は0.83であり、特異度は1.00であった。
【0054】
これらの結果から、本発明に係る予後診断方法によれば、敗血症又はそれに伴う多臓器不全の患者の予後を簡便かつ高精度に診断可能であることが分かる。特に、本発明に係る予後診断方法では、未処理の尿から検出されたL−FABP量と、酸化還元試薬で処理した尿から検出されたL−FABP量との比率を指標としているため、尿検体の濃度補正のために尿中クレアチニンを測定し、補正計算する必要がないという利点がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取した尿に含まれる肝型脂肪酸結合蛋白質を特異的抗体で検出する第1の検出工程と、
前記尿を酸化還元試薬で処理し、処理後の尿に含まれる肝型脂肪酸結合蛋白質を前記特異的抗体で検出する第2の検出工程と、
前記第1の工程における検出値と前記第2の工程における検出値とを比較する比較工程と、
を含む敗血症又は多臓器不全の予後診断方法。
【請求項2】
前記比較工程では、前記第1の検出工程における検出値と前記第2の検出工程における検出値との比を閾値と比較する請求項1記載の予後診断方法。
【請求項3】
前記酸化還元試薬がヘミンである請求項1又は2記載の予後診断方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか記載の予後診断方法に使用するための予後診断用キット。
【請求項5】
肝型脂肪酸結合蛋白質に対する特異的抗体及び酸化還元試薬を含む請求項4記載の予後診断用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−22000(P2011−22000A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−167191(P2009−167191)
【出願日】平成21年7月15日(2009.7.15)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(510089214)