説明

斜方蒸着による複屈折素子製造方法

【課題】1枚の基板から、効率良く、安定した品質の複屈折素子を複数得る。
【解決手段】複屈折基板18は、ガラス基板上に複屈折性を示す斜方蒸着膜を設けたものであり、その大きさは複数の複屈折素子を切り出すことができる大きさとなっている。複屈折基板18の進相軸の方向は複屈折基板18内の位置によって異なり、複屈折基板18の中央及び左右各部において進相軸22C,22R,22Lのように放射状に分布する。このため、複屈折基板18から複屈折素子を切り出すときに、複屈折基板18内での各々の複屈折素子の向きが、複屈折基板18内で斜方蒸着膜の蒸着源に近い側から遠い側にかけて広がる放射状の向きとなるように、複屈折基板18を切断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機の誘電体材料を斜方蒸着して製造される複屈折素子の製造方法に関し、さらに詳しくは、斜方蒸着膜が設けられた複屈折基板を切断して複屈折素子を複数得る複屈折素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
複屈折性を示す光学素子は、波長板や位相差補償板として広く利用されている。複屈折素子としては、高分子フィルムを延伸したものや、液晶高分子を所定の配向で重合させたもの、無機の誘電体材料をガラス基板等に斜方蒸着したものなどが知られている。
【0003】
高分子フィルムや液晶高分子のような有機材料を用いる複屈折素子は、高照度環境や紫外線や青紫光等短波長の光によってその光学特性は劣化してしまう。しかし、斜方蒸着膜による複屈折素子は、無機材料からなるので、光の波長や使用環境を問わず、耐久性に優れることが知られている。また、斜方蒸着膜による複屈折素子は、その複屈折性を自在にかつ容易に設計できることが知られている。こうしたことから斜方蒸着膜が複屈折素子として種々の光学システムで利用されている。
【0004】
斜方蒸着による複屈折素子の製造方法としては、製造効率の点から、複数個の複屈折素子を得ることができる比較的大きな基板上に斜方蒸着膜を成膜し、これを切断して個々の複屈折素子を得る製造方法が知られている。
【0005】
このとき、数mm角程度の大きさに切り分けた個々の複屈折素子よりも、斜方蒸着膜を成膜した切断前の基板の方が品質検査時等に取り扱いやすいが、切断前の基板と切断後の個々の複屈折素子とでは、その光学特性が異なることがあることが知られている。このため、斜方蒸着膜を成膜するガラス基板上に、予め切断位置を示す溝を設けておき、この溝によって個々の複屈折素子に対応する斜方蒸着膜を予め分断して成膜することで、基板切断時に斜方蒸着膜にかかる応力を低減させ、取り扱いやすい切断前の基板の状態のままで、個々の複屈折素子の品質検査を行えるようにした製造方法が知られている(特許文献1)。
【特許文献1】特開2001−228327号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
斜方蒸着膜の複屈折特性は、無機の誘電体材料である蒸着物が基板に飛来する方向によって定まり、基板に対して蒸着物の飛来する方向(以下、蒸着方向という)に平行な方向が進相軸となり、これに垂直な方向が遅相軸となる。通常、蒸着源とこれを蒸着する基板との距離は十分に離されており、蒸着源から飛来する蒸着物は、基板のどの位置においても全て平行に飛着するものとみなされる。このため、基板の内では位置によらず一様な光学特性の斜方蒸着膜が成膜されることを前提として、斜方蒸着膜を成膜した基板は、格子状に切断され、個々の複屈折素子とされる。
【0007】
しかしながら、比較的大きな基板上に斜方蒸着膜を成膜し、これを切断して複数の複屈折素子を得る場合には、斜方蒸着膜を成膜する際に、基板の中央部分と周縁部分とでは蒸着方向に無視できない角度差が生じる。このため、前述のように、単に格子状に基板を切断すると、基板中央部分から得られた複屈折素子では、素子の端に平行な方向が進相軸となっていても、基板周縁部分から得られた複屈折素子では、素子の端辺に対して傾斜した方向が進相軸となり、端辺に対する各素子内での進相軸(遅相軸)の方向に差異が生じてしまう。また、このような、同じ基板から得られた各素子間で生じる進相軸方向の差異は、蒸着装置への基板の設置角度が僅かに傾いてしまっただけでも異なるだけでさらに顕著となるため、多数の複屈折素子を製造する場合には、進相軸方向のばらつき幅が大きくなる。
【0008】
このように、同じ基板から切り出される各複屈折素子の進相軸が大きく異なると、複屈折素子を複数個同時に製造できるにしても、その全てについて所定規格内の光学特性となっているか否かを検査しなければならず、かえって製造効率が悪化してしまうという問題もある。
【0009】
また、複数個の複屈折素子を切り出す比較的大きな基板に斜方蒸着膜を設ける場合に、これを格子状に一様に切断して、中央部分と周縁部分とで略同質の複屈折素子を得るためには、複屈折素子を個々に製造する場合よりも、蒸着源を基板から離しておくことが必要となるが、蒸着効率や蒸着装置の大きさの制約から、このような対処は困難である。
【0010】
本発明は上述の問題点に鑑みてなされたものであり、斜方蒸着膜を成膜した基板から、効率良く、安定した品質の複屈折素子を得ることができる複屈折素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の複屈折素子製造方法は、複屈折性を示す斜方蒸着膜が表面に成膜された複屈折基板を切断して、複屈折素子を複数個得る複屈折素子製造方法であり、前記複屈折基板内での各々の前記複屈折素子の向きが前記斜方蒸着膜の蒸着源に近い側から遠い側にかけて広がるように、前記複屈折基板を放射状に切断することを特徴とする。
【0012】
また、前記複屈折素子の幅の間隔で平行な対となるように、かつ、前記対が前記放射状の向きに設けられ、前記複屈折基板から複数個の前記複屈折素子からなる列への切断方向を定める第1切断線と、対になる前記第1切断線の間に設けられ、前記複屈折素子の長さの間隔で前記第1切断線に垂直な方向に前記列の切断方向を定める第2切断線とを設け、前記第1切断線及び前記第2切断線に沿って前記複屈折基板を割断して前記複屈折素子を得ることを特徴とする。
【0013】
また、前記第2切断線は、隣接する前記列の前記第1切断線に交わらないように、隣接する前記列の前記第1切断線から所定の間隔をあけて設けられることを特徴とする。
【0014】
また、前記第1切断線または前記第2切断線を設けるときに、前記複屈折素子となる面内に前記複屈折素子の方向を識別するマークを設けることを特徴とする。
【0015】
また、前記マークは、前記第2切断線が設けられるときに、前記第2切断線と平行に前記第2切断線と同じ方法で設けられる識別線であり、該識別線で前記列が割断されないように、前記第2切断線よりも浅く設けられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、斜方蒸着膜を成膜した基板から、効率良く、安定した品質の複屈折素子を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1に示すように、斜方蒸着装置11は、無機の誘電体材料等の蒸着物を、ガラス基板等の被蒸着物の表面に対して斜め方向から蒸着する蒸着装置であり、回転ドーム12や蒸着源13を真空槽(図示しない)に配置したものである。
【0018】
蒸着源13には、斜方蒸着膜の材料となる無機の誘電体材料が配置される。蒸着源13は、真空槽内を真空引きした状態で電子銃(図示しない)等によって加熱,熔融され、配置された誘電体材料を回転ドーム12の方向へと飛散させる。このとき、真空槽が十分に真空引きされていれば、破線矢印で示すように、蒸着源13から飛散する誘電体材料は、回転ドーム12の各所へ向けて直線的に飛散される。
【0019】
回転ドーム12は、側面が蒸着源13に向けて開いた円錐面となっており、回転自在に設けられている。また、回転ドーム12の内面には基板ホルダ14が複数設けられている。基板ホルダ14は、回転ドーム12の内壁に斜め方向に設けられており、複屈折素子の基材となるガラス基板16(図2参照)を内側に向けて保持する。このため、蒸着源13から飛散する誘電体材料は、基板ホルダ14に保持されたガラス基板16に、ガラス基板16の表面に対して斜め方向から飛着し、堆積され、斜方蒸着膜17(図2参照)となる。
【0020】
図2に示すように、基板ホルダ14に配置されるガラス基板16は、長方形で、複屈折性を示さない透明なガラス板であり、その表面には斜方蒸着装置11によって斜方蒸着膜17が成膜され、複屈折基板18となる。また、ガラス基板16の大きさは、複数個(図2では3列9個)の複屈折素子21を得られる大きさとなっており、ガラス基板16上に斜方蒸着膜17を成膜して複屈折基板18とした後に、この複屈折基板18を破線で示す所定の大きさに切断して、複数の複屈折素子21に切り分けられる。
【0021】
斜方蒸着膜17は、複屈折性を示す誘電体薄膜であり、蒸着源13からガラス基板16への誘電体材料の蒸着方向によって進相軸(遅相軸)の方向が定まる。ガラス基板16の各辺が鉛直及び水平となるように基板ホルダ14に正確に配置された状態で斜方蒸着膜17が成膜されると、複屈折基板18の中央部分では、斜方蒸着膜17の成膜時に鉛直に配置される辺(以下、縦辺という)に平行な方向が進相軸22Cとなり、これに垂直な方向が遅相軸となる。
【0022】
一方、図2及び図3(A)に示すように、ガラス基板16が複数の複屈折素子21を含む比較的大きな基板であるために、中央部分での蒸着方向と、周縁部分での蒸着方向とでは角度差θが生じる。前述のように、進相軸の方向は蒸着方向を複屈折基板18に正射影した方向となるので、斜方蒸着膜17の進相軸は、蒸着源13を中心として、蒸着源13に近い側から遠い側にかけて広がる放射状の方向が複屈折基板18の各箇所での進相軸の方向となる。
【0023】
ガラス基板16の各辺が鉛直及び水平となるように、ガラス基板16が基板ホルダ14に保持された状態で斜方蒸着膜17を成膜した場合に、切断後に複屈折素子21となる複屈折基板18の各部分を蒸着源13から見て中央及び左右の部分に分け、これら中央部分、右部分、左部分3箇所の進相軸の方向を代表して表すと、複屈折基板18の中央では鉛直に配置した縦辺に平行な進相軸22Cとなる。また、複屈折基板18の右部分では、進相軸22Rの方向は進相軸22Cから角度θだけ傾斜したものとなる。同様に、複屈折基板18の左部分では進相軸22Lの方向は、進相軸22Cから角度−θだけ傾斜した方向となる。
【0024】
さらに、図3(B)に示すように、基板ホルダ14に対してガラス基板16が傾斜して配置された状態で斜方蒸着膜17が成膜されると、ガラス基板16の基板ホルダ14への設置角度に応じて、複屈折基板18内での進相軸の方向は相対的に回転した方向となる。蒸着源13から見て反時計回りに角度αだけ回転していた場合には、複屈折基板31中央部分の進相軸32Cは、前述の場合(進相軸22C)よりも角度αだけ時計回りに回転した方向となる。同様に、複屈折基板31の右部分における進相軸32Rは、複屈折基板31の縦辺と平行な方向を基準として、θ+αだけ時計回りに回転した方向となり、複屈折基板31の左部分における進相軸32Lは、θ−αだけ時計回りに回転した方向となる。
【0025】
このように、複屈折基板18の縦辺の方向を基準として、複屈折基板18内の位置に応じて進相軸の方向が異なるときに、縦辺に平行及び垂直な方向に沿って、格子状に複屈折基板18を切断して、複屈折素子21を得ようとすると、同じ複屈折基板18であっても、その位置によって各複屈折素子21の光学特性に大きなばらつきが生じる。
【0026】
図4(A)に示すように、ガラス基板16の各辺が正確に鉛直及び水平となるように、ガラス基板16が基板ホルダ14に保持された状態で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板18を、複屈折基板18の縦辺に平行に、3列9個の複屈折素子21に切り分ける。
【0027】
このとき、複屈折基板18の中央部分の列41(以下、中央列という)では、進相軸22Cの方向が、中央列41の長辺方向と一致する。このため、中央列41から切り分けられた3個の複屈折素子21の左右の辺と、進相軸22Cの方向とは平行となる。
【0028】
一方、複屈折基板18の右部分の列42(以下、右列という)では、進相軸22Rの方向が、右列42の長辺方向に対して時計回りにθ度傾斜している。このため、右列42から切り分けられた3個の複屈折素子21の左右の辺と、進相軸22Rの方向は非平行となる。同様に、複屈折基板18の左部分の列43(以下、左列という)では、進相軸22Lの方向が、左列43の長辺方向に対して反時計回りにθ度傾斜しているから、これを切り分けて得られる3個の複屈折素子21の左右の辺と、進相軸22Lの方向は非平行となる。
【0029】
さらに、図4(B)に示すように、ガラス基板16の各辺が鉛直及び水平方向から角度αだけ回転した状態で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板31を、複屈折基板31の縦辺に平行に3列9個の複屈折素子21に切り分ける。このため、複屈折基板31の中央列41では、進相軸32Cの方向は時計回りにα度傾斜する。また、複屈折基板31の右列42では、進相軸32Rの方向が複屈折素子21の縦辺に平行な方向からθ+α度傾斜した方向となり、複屈折基板31の左列43では、進相軸32Lの方向が複屈折素子21の縦辺に平行な方向からθ−α度傾斜した方向となる。
【0030】
複屈折基板18内での進相軸の傾斜角θの大きさは、複屈折基板18内の位置とともに、ガラス基板16と蒸着源13との距離や、ガラス基板16の大きさ、各複屈折素子21の大きさといった斜方蒸着膜17の成膜条件に依存するが、概ね1度程度である。また、ガラス基板16の基板ホルダ14への設置角度αのばらつきは、概ね0.5度程度である。
【0031】
斜方蒸着膜17によって複屈折性を示すようにした複屈折素子21は、進相軸の方向が素子の縦辺に平行となっていることが求められ、実際上は進相軸と縦辺とのなす角が0±1.5度以内におさまっていることが求められる。
【0032】
したがって、上述のように、ガラス基板16が基板ホルダ14に各辺が鉛直及び水平に正確に保持された状態で斜方蒸着膜17が成膜されれば、複屈折基板18の左右両列42,43から得られる複屈折素子21においても、素子の縦辺に対する角度は0±1.5度の範囲内となり、複屈折基板18から9個の複屈折素子21を得ることができる。
【0033】
しかし、複屈折基板31のように、僅かでも基板ホルダ14へのガラス基板16の設置角度がずれていると、中央列41及び左列43では各々の進相軸の方向が縦辺に対して0±1.5度の範囲におさまるものの、右列42から得られる複屈折素子21では、その進相軸32Rの方向が縦辺に対して1.5度程度となり、場合によっては進相軸の傾斜角度が0±1.5度の範囲を超えることもあり、複屈折基板18をその縦辺に平行に格子状に切断しても、一部複屈折素子21として用いることができないことがある。このことは、基板ホルダ14へのガラス基板16の設置角度の回転が上述の例の逆方向(時計回り)である場合にも同様である。こうしたことから、複屈折基板31を切断して複数の複屈折素子21を得る場合には、全ての複屈折素子21について、その光学特性(進相軸の方向等)について検査を実施しなければならない。
【0034】
そこで、図5に示すように、複屈折基板18を切断して複屈折素子21を得るときに、各々の複屈折素子21の向きが複屈折基板18内で、斜方蒸着膜17の蒸着源13に近い側から遠い側にかけて広がる放射状の向きとなるように屈折基板18を切断することで、各々の複屈折素子21の進相軸の方向が複屈折基板18の各箇所での進相軸の方向に沿うようにする。
【0035】
ガラス基板16の各辺が正確に鉛直及び水平方向となるように保持された状態で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板18を切断して3列9個の複屈折素子21を得るときには、図5(A)に示すように、中央列52はその長辺が複屈折基板18の縦辺に平行になるようにし、右列53はその長辺が複屈折基板18の縦辺に対して所定角度βだけ進相軸22Rに沿って傾斜させて切断する。同様に、左列54はその長辺が複屈折基板18の縦辺に対して所定角度βだけ進相軸22Lに沿って傾斜させて切断する。そして、各列52〜54を、長辺に垂直な方向に切断して、各々から3個の複屈折素子21を得る。
【0036】
このように、複屈折基板18を切断して複屈折素子21を得るときに、中央列52、右列53、左列54を放射状に分布するようにすると、各列52〜54から得られる複屈折素子21の進相軸の方向は、各複屈折素子21の辺の方向と略平行となる。
【0037】
右列53から得られる複屈折素子21の進相軸方向は、正確には複屈折基板18の進相軸22Rに等しく、図5(A)の右列53内に破線で示す右列53の長辺方向からθ−β度傾斜している。しかし、右列53から得られる複屈折素子21の進相軸の傾斜角度(θ−β)は、複屈折基板18の縦辺に平行に、格子状に切断する場合(図4(A)参照)と比較すれば、複屈折素子21の辺に対して平行により近くなっている。このことは、左列54から得られる複屈折素子21についても同様である。
【0038】
さらに、ガラス基板16が角度αだけ回転した状態で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板31を切断して、3列9個の複屈折素子21を得る場合に、図5(B)に示すように、中央列52をその長辺が複屈折基板31の縦辺に平行になるようにし、右列53及び左列54は所定角度βだけ各々の位置の進相軸に沿った方向に傾斜させて切断する。
【0039】
このとき、中央列52から得られる複屈折素子21の進相軸方向は、複屈折基板31の進相軸32Cに等しく、図5(B)の中央列52内に破線で示す中央列52の長辺方向からα度傾斜しており、複屈折素子21の縦辺に平行に格子状に切断する場合(図4(B))と同じである。
【0040】
一方、右列53から得られる複屈折素子21の進相軸方向は、複屈折基板31の進相軸32Rに等しく、右列53の長辺方向(右列53内に破線で示す方向)からθ+α−β度傾斜している。この進相軸の傾斜角度(θ+α−β)は、複屈折基板18の縦辺に平行に、格子状に切断する場合(図4(B))と比較すれば、複屈折素子21の辺に対して平行な方向により近くなっている。特に、複屈折基板18の縦辺方向を基準とした右列53の長辺方向の傾斜角度βの大きさを、複屈折素子21の右部分の進相軸22Rの傾斜角度θと略等しい1度程度とすれば、右列53から得られる複屈折素子21の進相軸の傾斜角はα程度の範囲になる。このため、ガラス基板16が回転した状態で斜方蒸着膜17が成膜された場合にも、右列53から得られる複屈折素子21は、進相軸の傾きが所定の規格(縦辺に対して0±1.5度)に十分に収まるようになる。
【0041】
また、同様にして、左列54から得られる複屈折素子21の進相軸方向は、複屈折基板31の進相軸32Lに等しく、左列54の長辺方向(左列54内に破線で示す方向)からθ−α−β度傾斜している。この進相軸の傾斜角度(θ−α−β)は、複屈折素子21の縦辺に平行に、格子状に切断する場合(図4(B))と比較すれば、複屈折素子21の辺に対して平行な方向により近くなっている。
【0042】
上述のように、複屈折基板18,31内の各位置における進相軸方向に沿うように、切り出す複屈折素子21の向きを、複屈折基板18,31内で放射状に傾斜して分布するようにして複屈折基板18を切断すれば、複屈折素子21が複屈折基板18,31のどの位置から切断されたものかによらず、複屈折素子21の進相軸方向は、各々の複屈折素子21の縦辺に略平行な方向となり、全て所定規格内に安定して収まるようにすることができる。このため、複屈折基板18,31から切断して製造された全ての複屈折素子21について光学特性を検査する必要は無くなり、斜方蒸着膜17の成膜条件によらない偶発的な欠陥を検査のための抜き取り検査だけで安定した品質の複屈折素子21を製造することができるようになる。
【0043】
なお、前述のように、斜方蒸着膜17の進相軸の方向は、蒸着源13を中心とした放射状になるから、同じ列(例えば、右列53)から得られる複屈折素子21であっても、蒸着源13から遠い回転ドームの上段側から得られる複屈折素子21と、蒸着源13に近い回転ドームの下段側から得られる複屈折素子21とを比較すれば、上段側から得られる複屈折素子21の方が進相軸は縦辺方向に近くなる。このように、同じ列から得られる複屈折素子21であっても、蒸着方向の様態(進相軸の方向)に差異が生じる。
【0044】
このため、下段側から得られる複屈折素子21までもその進相軸方向が所定規格内に十分に収まるようにし、複屈折素子21を数多く得るためには、複屈折基板18,31の周縁部分から切り出す各列(右列53,左列54)の傾斜角度βは、左右各列53,54の各々の位置における蒸着方向の傾斜角度θと等しくすることが好ましい。
【0045】
なお、前述のように、斜方蒸着膜17の進相軸の方向は、蒸着源13を中心とした放射状になるから、ガラス基板16の回転ドーム12内での保持位置によっては同じ列(例えば、右列53)から得られる複屈折素子21であっても、蒸着源13から遠い回転ドーム12の上段側で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板18の右列から得られる複屈折素子21と、蒸着源13に近い回転ドーム12の下段側で斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板18の右列53からえら得る複屈折素子21とを比較すれば、回転ドーム12の上段側の複屈折基板18から得られる複屈折素子21の方が、進相軸方向が縦辺方向に近くなる。このため、回転ドーム21内での保持位置によらず、1度の蒸着で得られる複数の複屈折基板18から、進相軸方向が所定規格内におさまった複屈折素子21をできるだけ多く得るためには、複屈折基板18,31の周縁部分から切り出す各列(右列53,左列54)の傾斜角度βを、左右各列53,54の各々の位置における蒸着方向の傾斜角度θと等しくなるように、各ガラス基板16でそれぞれに調節することが好ましい。
【0046】
また、一度に多数の複屈折基板18,31を製造するときには、製造効率等の点から、回転ドーム12内での個々のガラス基板16の保持位置に応じて傾斜角度βを調節することが難しいことがある。こうした場合には、同時に斜方蒸着膜17が成膜された複屈折基板18,31の全てで、周縁部分から切り出す各列の傾斜角度βが、回転ドーム12の各段における蒸着方向の傾斜角度θの平均値と等しくなるようにすることが好ましい。例えば、回転ドーム12に4段の基板ホルダ14が設けられているときに、1段目から4段目までの蒸着方向の傾斜角度θの平均値が0.7度の場合、全段から得られる全ての複屈折基板18で、傾斜角度βが0.7度となるように切断して複屈折素子21を得ることが好ましい。
【0047】
上述のように、複屈折基板18,31内の各位置における進相軸方向に沿うように、切り出す複屈折素子21の向きを、複屈折基板18,31内で放射状に傾斜して分布するようにして複屈折基板18を切断する場合には、以下に説明するように複屈折基板18を切断することが好ましい。なお、複屈折基板31を切断する場合にも、複屈折基板18を切断する手順と同様なので、複屈折基板18を例に説明する。
【0048】
まず、図6(A)に示すように、複屈折基板18の中央部分では端辺に平行に、左右各部分では蒸着源13に近い側から遠い側にかけて広がるように放射状に、第1切断線61を設ける。このとき、第1切断線61は、中央及び左右各部で2つの第1切断線61が複屈折素子21の幅の間隔で平行な対となるように設ける。この第1切断線61は、スクライバによって複屈折基板18の表面に設けられた溝構造であり、僅かな衝撃を与えることで複屈折基板18に第1切断線61に沿った亀裂を生じさせて割断することができる深さに設けられる。
【0049】
このように設けた第1切断線61は複屈折基板18の各部分における進相軸22C,22R,22Lに略平行となり、また、対になる第1切断線61の間の領域についても、その進相軸は複屈折基板18の各部分における進相軸22C,22R,22Lと略等しくなる。さらに、対になるように設けられた第1切断線61は、後にいくつかの複屈折素子21へ切り分けられる列への切断方向を定める。第1切断線61a,61bは、互いに平行であるとともに、複屈折基板18の左部分の進相軸22Rに略平行に設けられており、左列54の長辺方向を定める。同様に、第1切断線61c,61dは、互いに平行であるとともに、複屈折基板18の中央部分の進相軸22Cに略平行に設けられており、中央列52の長辺方向を定める。さらに、第1切断線61e,61fは、互いに平行であるとともに、複屈折基板18の右部分の進相軸22Rに略平行に設けられており、右列53の長辺方向を定める。
【0050】
次に、図6(B)に示すように、対になる第1切断線61の間に、第1切断線61に垂直な方向に第2切断線62を設ける。また、第2切断線62は、隣接する列(中央列52,左列54,右列53)の第1切断線61に交わらないように、隣の列の第1切断線61から所定の間隔をあけて設けられる。さらに、第2切断線62は、第1切断線61に沿って複屈折素子21の長さの間隔で複数設けられる。この第2切断線62は、第1切断線61と同様に、スクライバによって複屈折基板18の表面に設けられた溝構造であり、僅かな衝撃を与えることで各列52,53,54に第2切断線62に沿った亀裂を生じさせ、複屈折素子21に割断することができる深さに設けられる。切断線62a,62bの間が左列上段の複屈折素子21となり、切断線62b,62cの間が左列54中段の複屈折素子21に、切断線62c,62dが左列54下段の複屈折素子21となる。また、符号を付さないが、中央列52、右列53についても同様である。
【0051】
そして、上述のように設けた第1切断線61及び第2切断線62に沿って複屈折基板18を割断し、個々の複屈折素子21を得る。
【0052】
ダイサーのような直接基板を切断する治具によって複屈折基板18を切断すると、ダイサーの刃は厚みや径が大きいために切断代を大きく取る必要があるばかりか、近接する位置から切り出される複屈折素子21にひび割れを生じさせたり、細かい削り屑が付着することによって光学特性に悪影響を与えたりする等の不具合が生じることがある。また、レーザーによって複屈折基板18を切断すると、発生する熱によって斜方蒸着膜17の膜質に悪影響を及ぼすことがある。しかし、ダイサーやレーザーなどによるのではなく、上述のようにスクライバによって第1切断線61,第2切断線62を設け、これに沿って複屈折基板18を割断し、個々の複屈折素子21を得るようにすることで、近接する位置から切り出される複屈折素子21にひび割れ等の不具合を生じさせること無く、また、複屈折基板18から複数の複屈折素子21を効率良く得ることができる。
【0053】
なお、上述の手順によって複屈折基板18を切断すると、切り出された個々の複屈折素子21の上下左右の区別がつかなくなる。このため、複屈折素子21の方向を示すマークを複屈折素子21に設けるようにしても良い。例えば、図7(A)に示すように、横方向の切断線62を設けるときに、複屈折素子21の上側(蒸着源13からより遠い位置)を示す識別線63を、切断線62に沿って複屈折素子21の面内に設ける。この識別線63は、切断線62を設けるときに同時に設けられ、切断線62と同様にスクライバで複屈折基板18の表面に設けた浅い溝であり、視認できるが、複屈折基板18を割断するときにこの識別線63に沿っては亀裂が生じないように切断線62よりも浅く設ける。こうして識別線63を設けておけば、図7(B)に示すように、複屈折基板18を個々の複屈折素子21に割断した後にも、複屈折素子21の上下左右の方向が識別できるようになる。
【0054】
ここでは、複屈折素子21の上側に識別線63を設ける例を説明したが、これに限らず、複屈折素子21の下側に識別線63を設けるようにしても良い。また、複屈折素子21の方向識別のために設けるマークは、上述の識別線63に限らず、模様や文字、切り欠き等であっても良いが、切断線62と同時に、容易に設けられることから、上述のように、識別線63を設けることが好ましい。さらに、複屈折素子21の方向を識別するためのマークとして識別線63を、第2切断線62を設けるときに、第2切断線62に平行に設ける例を説明したが、第1切断線61を設けるときに、第1切断線61と平行に設けるようにしても良い。
【0055】
なお、上述の実施形態では、複屈折基板18から3列9個の複屈折素子21を得る例を説明したが、これに限らず、さらに多数の複屈折素子21を得るようにしても良い。また、列の数も3列に限らず、2列や4列以上にしても良い。さらに、上述の実施形態では、列ごとに縦辺方向が揃うようにして複屈折基板18を切断するが、これに限らない。例えば、複屈折基板18から切り出す複屈折素子21の位置が各々の位置の進相軸の方向に沿って放射状に分布されていれば良く、縦辺方向が揃った列状にではなく、個々の複屈折素子21を得る複屈折基板18内の位置は任意に定めて良い。しかし、第1切断線61,第2切断線62を設けやすくなるとともに、これに沿って割断しやすく、欠け等も生じにくくなるから、上述の実施形態のように、列毎に複屈折素子21の縦辺方向を揃えて、複屈折素子21を切り出すことが好ましい。
【0056】
なお、上述の実施形態では、複屈折基板18内で蒸着方向の傾斜角度θが1度程度となっている例を説明したが、斜方蒸着装置11の構成やガラス基板16の大きさ、1枚の複屈折基板18から得る複屈折素子21の個数等によって定まるものであるから、上述の実施形態で用いた角度θ,α,βは実際の条件によって定められる。また、上述の実施形態では、複屈折素子21の進相軸が縦辺の方向を基準として0±1.5度を所定の規格として説明したが、これに限らず、他の規格の複屈折素子についても上述の実施形態と同様にして製造することができる。
【0057】
なお、上述の実施形態では、複屈折基板18の基板として長方形のガラス基板16を用いる例を説明したが、これに限らず、樹脂等のガラス以外の材料を基板として用いても良い。また、基板の形状も長方形に限らず、円形等、任意の形状としても良い。
【0058】
なお、上述の実施形態では、ガラス基板16上に斜方蒸着膜17を成膜した後に、第1切断線61,第2切断線62を設け、これに沿って複屈折基板18,31を割断して複屈折素子を得る例を説明したが、これに限らず、斜方蒸着膜17を成膜する前のガラス基板16に予め第1切断線61,第2切断線62を設けておき、第1切断線61,第2切断線62が設けられたガラス基板上に斜方蒸着膜17を成膜し、ガラス基板16に予め設けた切断線に沿って割断して複屈折素子を得るようにしても良い。また、このように斜方蒸着膜17の成膜前にガラス基板16に予め設ける切断線は、斜方蒸着膜17が成膜されるガラス基板16の前面に設けても良く、斜方蒸着膜17の成膜されない背面に設けておいても良い。
【0059】
なお、上述の実施形態では、複屈折基板18,21を放射状に切断し、切断線61,62(複屈折素子21の辺)と各複屈折素子21の進相軸の方向が略平行になるようにした例を説明したが、これに限らず、複屈折素子21の進相軸の方向が複屈折素子21の辺に対して一定の角度だけ傾斜するように、切断腺61,62の方向を、進相軸の方向に対して一定角度だけ傾斜する方向にしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】斜方蒸着装置の構成を概略的に示す説明図である。
【図2】複屈折基板の構成を示す説明図である。
【図3】複屈折基板内の進相軸方向を示す説明図である。
【図4】複屈折基板を格子状に切断して複屈折素子を得る場合に、複屈折素子と進相軸の関係を示す説明図である。
【図5】複屈折基板から進相軸に沿って放射状に切断して複屈折素子を得る場合に、複屈折素子と進相軸の関係を示す説明図である。
【図6】複屈折基板から進相軸に沿って放射状に切断して複屈折素子を得る手順を示す説明図である。
【図7】複屈折素子に識別線を設ける例を示す説明図である。
【符号の説明】
【0061】
11 斜方蒸着装置
12 回転ドーム
13 蒸着源
14 基板ホルダ
16 ガラス基板
17 斜方蒸着膜
18,31 複屈折基板
21 複屈折素子
22C,22R,22L,32C,32R,32L 進相軸
41,52 中央列
42,53 右列
43,54 左列
61 第1切断線
62 第2切断線
63 識別線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複屈折性を示す斜方蒸着膜が表面に成膜された複屈折基板を切断して、複屈折素子を複数個得る複屈折素子製造方法において、
前記複屈折基板内での各々の前記複屈折素子の向きが前記斜方蒸着膜の蒸着源に近い側から遠い側にかけて広がるように、前記複屈折基板を放射状に切断することを特徴とする複屈折素子製造方法。
【請求項2】
前記複屈折素子の幅の間隔で平行な対となるように、かつ、前記対が前記放射状の向きに設けられ、前記複屈折基板から複数個の前記複屈折素子からなる列への切断方向を定める第1切断線と、対になる前記第1切断線の間に設けられ、前記複屈折素子の長さの間隔で前記第1切断線に垂直な方向に前記列の切断方向を定める第2切断線とを設け、
前記第1切断線及び前記第2切断線に沿って前記複屈折基板を割断して前記複屈折素子を得ることを特徴とする請求項1に記載の複屈折素子製造方法。
【請求項3】
前記第2切断線は、隣接する前記列の前記第1切断線に交わらないように、隣接する前記列の前記第1切断線から所定の間隔をあけて設けられることを特徴とする請求項2に記載の複屈折素子製造方法。
【請求項4】
前記第1切断線または前記第2切断線を設けるときに、前記複屈折素子となる面内に前記複屈折素子の方向を識別するマークを設けることを特徴とする請求項2または3に記載の複屈折素子製造方法。
【請求項5】
前記マークは、前記第2切断線が設けられるときに、前記第2切断線と平行に前記第2切断線と同じ方法で設けられる識別線であり、
該識別線で前記列が割断されないように、前記第2切断線よりも浅く設けられることを特徴とする請求項4に記載の複屈折素子製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−101950(P2010−101950A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−270870(P2008−270870)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(000005430)フジノン株式会社 (2,231)
【Fターム(参考)】