説明

新規なインフルエンザ治療および/または予防薬

【課題】本発明の課題は、新規な抗インフルエンザ薬を提供することにある。
【解決手段】本発明によれば、ヒトインフルエンザ・ウイルスの感染に関与するプロテアーゼを阻害することにより、既存のインフルエンザ薬とは異なる作用を有する新規な抗インフルエンザ薬を提供可能である。これは、HGFアクチベーター・インヒビター1のKunitzドメイン1 、もしくはHGFアクチベーターインヒビター2のKunitzドメイン1および/またはKunitzドメイン2を有効成分として含有する医薬組成物を用いることにより達成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor、またはHGF activator inhibitor、またはHAIと証することもある)1内クニッツ(Kunitz)ドメイン1を有する蛋白質並びにHGF activator inhibitor-2蛋白質の、抗インフルエンザ薬としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
現在インフルエンザは予防的観点から、ワクチン接種が基本と考えられている。ワクチン以外の抗インフルエンザ薬としては、M2蛋白質イオンチャネル機能阻害活性を持つアマンタジン(医薬品名:シンメトレル)とノイラミニダーゼ阻害剤であるオセルタミビル(医薬品名:タミフル)やザナミビル(医薬品名:リレンザ)などが認可されているのみである。
【0003】
ウイルスの細胞への感染は、次のような過程で始まる。まずウイルスの持つヘムアグルチニン蛋白質(以下、HA蛋白質と称することもある)が細胞側のシアル酸レセプターに結合し、エンドサイトーシスによってウイルスが細胞内に取り込まれる。続いてエンドソーム内の酸性化によって起こるウイルス膜とエンドソーム膜の融合により、ウイルス遺伝子が細胞質内に進入する。この融合には、宿主細胞由来のエンドプロテアーゼによる、HA蛋白質の特異的配列部位でのペプチド結合の開裂が必須であり、この開裂によりHAの膜融合ドメインが露出し、エンドソーム膜との融合が起こると報告されている(非特許文献1)。この感染成立後、ウイルスは細胞内で増殖し、新たな細胞・組織へ感染を拡大するために感染細胞から出芽する。この出芽には、ウイルス由来ノイラミダーゼによるHA蛋白質とシアル酸レセプターの切断が必須である。既存の抗インフルエンザ薬であるオセルタミビルやザナミビルは、この感染後のウイルス出芽時に働くため、初期感染成立阻止にはならない。さらに、ノイラミダーゼはウイルスの頻繁な遺伝子変異等に伴い構造が変化するため、これをターゲットとする既存阻害剤の効果の減少等が将来起こる可能性が考えられる。また、アマンタジンは、それが作用するM2蛋白質をB型ウイルスは保持しないため、この型のウイルス感染には効果がなく、むしろ耐性ウイルスの高率な出現が報告されている(非特許文献2)。
【0004】
インフルエンザ・ウイルスの感染阻止方法の一つとして、HA蛋白質とシアル酸レセプターとの結合阻害によるHA蛋白質の機能阻害を狙った創薬が考えられるが、いまだ研究段階である(非特許文献3)。他に、ウイルス感染に必要とされる宿主・細胞側のエンドプロテアーゼを特異的に阻害することが考えられる。例えば、ヒトアデノイド上皮細胞によるin vitro培養細胞感染実験系において、ウシ由来のセリンプロテアーゼ・インヒビターであるAprotininや微生物由来のLeupeptinの添加によって、HA蛋白質の開裂の阻止とウイルス感染の抑制が報告され、プロテアーゼ・インヒビターの投与による感染阻止の可能性が示唆されている(非特許文献4)。しかし、ヒト呼吸系組織において特異的にHA蛋白質を開裂させるプロテアーゼの断定にまでは至っていなかったため、ヒト呼吸系組織におけるプロテアーゼ・インヒビターによるウイルス感染阻止の開発は進められていなかった。
【0005】
最近、ヒト呼吸器系組織の上皮細胞に発現する2種類の膜型プロテアーゼが、in vitro細胞培養実験系において複数の異なる亜型(H1N1、H2N9、H3N2)のヒトインフルエンザ・ウイルスの感染に関与することが報告された(非特許文献5)。これら2種のプロテアーゼはTMPRSS2(別名、Epitheliasin)と呼ばれるタイプII膜結合型セリン・プロテアーゼとhuman airway trypsin-like protease(略してHAT、別名、TMPRSS11D)と呼ばれるタイプII膜結合型セリン・プロテアーゼである。
【0006】
ヒトTMPRSS2は1997年に最初に報告され(非特許文献6)、2001年にそのバリアントとしてのEpitheliasin(非特許文献7)の遺伝子クローニングならびに気管上皮細胞での蛋白質発現が報告された。一方HATは1996年に慢性気管支炎患者の痰中に存在が報告され(非特許文献8)、1998年にヒト遺伝子のクローニング報告がなされた(非特許文献9)。その後、HAT蛋白質の気管繊毛細胞での発現が報告されている(非特許文献10)。これら両プロテアーゼは共にPAR-2(protease-activated receptor-2)を介して種々の生理的作用を担うことが推測され(非特許文献11)、機能解析が進められているにも関わらず、現在までこれらプロテアーゼに対するヒトの内因性インヒビターに関する報告はない。
【0007】
一方、我々は1997年に肝細胞増殖因子活性化因子(Hepatocyte Growth Factor activator、以下、HGF アクチベーターと称することもある)の阻害蛋白質Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1(以下HGFアクチベーター・インヒビター-1あるいはHAI-1と称することもある)(特許文献1)とHepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2(以下HGFアクチベーター・インヒビター-2あるいはHAI-2と称することもある)(別名placental bikunin)を見出し報告している(特許文献2、非特許文献12)。これらインヒビターはHGFアクチベーターのみならず、トリプシン、プラスミンなどの他の分泌型セリン・プロテアーゼを阻害すること、および、膜型プロテアーゼであるmatriptase(非特許文献13)、hepsin(非特許文献14)、prostasin(非特許文献15)などを阻害することが報告されている。
【0008】
さらに、分泌型HAI-1にはプロテアーゼインヒビター・ドメインであるKunitz1のみを保持する約40kDa型のタイプ(以下NK1型と称することもある)と、Kunitz1ならびにLDLRaドメインおよびプロテアーゼインヒビター・ドメインであるKunitz2を持つ58kDa型のタイプ(以下、NK1LK2と称することもある)があること(非特許文献16)、さらにこれら両タイプにはターゲットとなるプロテアーゼの種類によってはその反応性の違いがあることが報告されている。またこれらインヒビターは主に上皮系の細胞によって産生され、HAI-1に関しては気管支上皮を含めて種々の上皮細胞の膜表面に存在することも報告されている(非特許文献17)。
【0009】
しかしこれらインヒビターの、上記のヒトインフルエンザウイルスの感染に関与する膜型プロテアーゼに対する作用については、一切知られていない。
【特許文献1】特開平9-95497号公報
【特許文献2】特開平9-95498号公報
【非特許文献1】最新医学、2004、Vol. 59, 215-222
【非特許文献2】Arch Intern Med, 2000, Vol. 160, 1485-1488
【非特許文献3】Angew Chem Int Ed Engl, 2003, Vol. 42, 5186-5189
【非特許文献4】J Virol, 2002, vol. 76, 8682-8689
【非特許文献5】Journal of Virology, 2006, Vol. 80, No. 19, 9896-9898
【非特許文献6】Genomics, 1997, Vol. 44, 309-320
【非特許文献7】Eur. J. Biochem, 2001, Vol. 268, 2687-2699
【非特許文献8】Nihon Kyobu Shikkan Gakkai Zasshi, Vol. 34, 678-684
【非特許文献9】The Journal of Biological Chemistry, 1998, Vol. 273, 11895-11901
【非特許文献10】Histochem Cell Biol, 2001, vol. 115, 181-187
【非特許文献11】Am J. Respir Cell Mol Biol, 2004, Vol. 30, 470-478
【非特許文献12】The Journal of Biological Chemistry, 1997, Vol. 272, 6370-6376、27558-27564
【非特許文献13】The Journal of Biological Chemistry, 1999, Vol. 274, 18237-18242
【非特許文献14】FEBS Letters, 2005, Vol. 579, 1945-1950
【非特許文献15】The Journal of Biological Chemistry, 2005, Vol. 280, 34513-34520
【非特許文献16】J Biochem, 1999, 126, 821-828
【非特許文献17】The Journal of Histochemistry & Cytochemistry, 1999, Vol. 47, 673-682
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、インフルエンザ・ウイルス感染に関与するTMPRSS2ならびにHATプロテアーゼを阻害する内因性インヒビターとしてHGFアクチベーター・インヒビターが有効であることを見出し、このインヒビターを抗インフルエンザ薬として提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意に検討した結果、HGFアクチベーター・インヒビター-1とHGFアクチベーター・インヒビター-2がTMPRSS2並びにHATプロテアーゼの活性を抑制することを見出し、これらインヒビターが抗インフルエンザ薬として使用可能なことを見出して本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち本発明の要旨は、以下の通りである。
1)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitorを有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
2)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1のKunitzドメイン1を有する蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
3)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
4)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1のKunitzドメイン1蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
5)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2のKunitzドメイン1および/またはKunitzドメイン2を有する蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
6)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
7)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2のKunitzドメイン1および/またはKunitzドメイン2を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、HGFアクチベーター・インヒビター-1およびHGFアクチベーター・インヒビター-2が、ヒトにおけるインフルエンザウイルスの感染に関与するプロテアーゼであるTMPRSS2およびHATを阻害することを利用して、両インヒビターを含有する医薬組成物を抗インフルエンザ薬として提供することが可能である。また、両インヒビターは肺上皮細胞での上皮ナトリウム・チャンネルの活性化プロテアーゼのひとつとして報告されているprostasinを抑制し、気道粘膜上の粘液の流動性を高めウイルスを含む異物の排出能の向上にも寄与することが予想される(The Journal of Biological Chemistry, 2002, Vol. 277, 8338-8345)。従って、既存インフルエンザ薬と異なり、HGFアクチベーター・インヒビター-1およびHGFアクチベーター・インヒビター-2は、宿主側の蛋白質に複合的に作用することにより抗インフルエンザ薬として働くことが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明のひとつの態様としては、HGFアクチベーター・インヒビター-1のKunitzドメイン1を有する蛋白質、HGFアクチベーター・インヒビター-1、HGFアクチベーター・インヒビター-1のKunitzドメイン1蛋白質、HGFアクチベーター・インヒビター2のKunitzドメイン1および/またはKunitzドメイン2を有する蛋白質、HGFアクチベーター・インヒビター2あるいはHGFアクチベーター・インヒビター-2のKunitzドメイン1蛋白質および/またはKunitzドメイン2蛋白質を含有する医薬組成物を、インフルエンザの治療および/または治療薬として用いることが挙げられる。
【0016】
(1)Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1およびHepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2
本発明で用いられるHGFアクチベーター・インヒビター-1とHGFアクチベーター・インヒビター-2は、それ自体公知の蛋白質である。従って、HAI-1に関してはThe Journal of Biological Chemistry, 1997, Vol. 272, 6370-6376記載のcDNA配列をもとに、HAI-2に関してはThe Journal of Biological Chemistry, 1997, Vol.272, No.10, 27558-27564記載のcDNA配列をもとに入手することができる。すなわち、常法に従い当該蛋白質の目的配列部分のみをコードする配列を挟み込むようにして、種々の改変体を発現できるcDNAを構築することが可能である。これらのcDNAを挿入した組換えベクターを導入した形質転換体を作製して、目的の蛋白質を発現させることができる。
【0017】
(2)Kunitzドメイン
Kunitzインヒビターは、1936年、M. KunitzとJ. H. Northropによって結晶化された塩基性ウシ膵トリプシンインヒビター(Kunitz bovine pancreatic trypsin inhibitor, BPTI/別名aprotinin)のインヒビター活性ドメインと類似の構造を持つ蛋白質群である(J. Gen. Physiol. Vol. 19, 991-1007)。分泌シグナル配列(35アミノ酸)が除去された成熟型BPTIのN末端アミノ酸(Arg)から58個のアミノ酸からなるペプチド部分をKunitzドメインといい、6個のCysにより形成される3個のジスルフィド結合が作る高次構造に特徴付けされる。そのインヒビター活性の反応部位はN末端(Arg)から数えて15番目のアミノ酸(2番目CysのC末側)であり、BPTIにおいてはArgである。
【0018】
HAI-1(Genbank Accesion No. NM_003710)に関しては、2つのKunitzドメインが存在する。すなわちKunitzドメイン1(250番目Cysから300番目Cysまでを最低限含む配列、配列表の配列番号1)およびKunitzドメイン2(375番目Cysから425番目Cysまでを最低限含む配列、配列表の配列番号2)である。またHAI-2(Genbank Accesion No. E12900)に関しても2つのKunitzドメインが存在し、それらはKunitzドメイン1(38番目Cysから88番目Cysまでを最低限含む配列、配列表の配列番号3)、Kunitzドメイン2(133番目Cysから183番目Cysまでを最低限含む配列、配列表の配列番号4)である。
【0019】
これらのKunitzドメインのみを真核生物由来の細胞で発現させる場合は、本来の分泌シグナル配列(N末端アミノ酸から10数アミノ酸を含む配列)を付加させた上記の塩基配列を有するcDNAを挿入した発現ベクターまたは他の蛋白質の分泌シグナル配列を付加させた市販ベクター(例:p3xFLAG-CMV9(SIGMA))に上記の塩基配列を有するcDNAを挿入した発現ベクターを作製し、それを導入した形質転換体によって産生できる。
【0020】
(3)蛋白質の製造方法
HGFアクチベーター・インヒビター-1、-2、それらのKunitzドメインの蛋白質あるいはそれらの改変体は、上記の塩基配列を有するcDNAの全部または一部を既存の技術により組換えベクターに挿入し、それら組み換えベクターを導入した形質転換体を作製して、目的の蛋白質を産生させることができる。
【0021】
本発明において蛋白質の製造に使用される組換えベクターは、大腸菌のような原核細胞において発現可能なベクター(例えばpBR322、pUC119またはこれらの派生物)や、真核生物の哺乳動物由来の細胞において発現可能なベクターとしては、例えば実施例に記載のようなプラスミドベクター、あるいはpcDNA3.1(Invitrogen社)、pDON-AI(宝バイオ社)などが挙げられる。または、全配列の化学合成ペプチドであっても構わない。
【0022】
本発明において蛋白質の製造に使用される形質転換体としては、大腸菌のような原核生物であっても構わない。哺乳動物由来の細胞としては、例えば、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)などが挙げられる。上記以外にも種々の培養動物細胞株、酵母、バクテリア、動物個体を用いて組換え蛋白質として製造することが可能である。
【0023】
(4)インフルエンザ
インフルエンザウイルスはA、B、C型に分類され、臨床上特に問題となるのはA型とB型である。特にA型は表面抗原となるノイラミダーゼ並びにヘムアグルチニンの遺伝子型によって亜型に分類される。当該Kunitzインヒビターの効果はその亜型に依存しない。
【0024】
(5)医薬組成物
本発明に係るHGFアクチベーター・インヒビター、Kunitzドメインおよびその改変体、あるいはそれらを含む蛋白質をインフルエンザ予防および/または治療剤として用いる場合には、公知の方法によって製剤化し、投与する医薬組成物とすることができる。例えば、生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定化剤などを用いて、そのまま液剤としてまたは適当な剤形の医薬組成物とできる。また、これらと薬物とを適宜組合せて製剤化して提供することも可能である。また、患者への投与は、第一義的には吸入器を用いての気道内投与ではあるが、例えば、経口投与、静脈内注射、皮下注射なども可能であり、薬物に応じて、また、患者の体重や年齢、症状等により適宜選択することができる。本発明に係る蛋白質のヒトに対する投与量は、0.01mg〜50mg/kgが挙げられる。
【0025】
なお投与量は年齢、体重、一般的健康状態、性別、食餌、投与期間、投与方法、排泄速度、薬物の組み合わせ、患者に治療を行っている際の病状の程度に応じ、それらあるいはその他の要因を考慮して決められる。
【実施例】
【0026】
以下に本発明を実施例を挙げて詳細に説明するが、その要旨を超えない限り以下に限定されるものではない。
【0027】
実験例1:組換え分泌型HAI-1蛋白質(58kDa型/NK1LK2並びに40kDa型/NK1)の動物細胞発現プラスミドベクターの構築と組換え蛋白質調製
動物発現プラスミドベクターの構築:HindIII認識配列を付加したセンス鎖とXbaI認識配列を付加したアンチセンス鎖の合成プライマー(Sigma Genosysより購入)を用いて、HAI-1遺伝子(The Journal of Biological Chemistry, 1997, Vol. 272, 6370-6376、特許公開平9-95497)をテンプレートとし、KOD PLUS DNA polymerase(TOYOBOより購入)を用いて40kDa型と58kDa型それぞれのHAI-1遺伝子断片を増幅する方法を用いた。40kDa型用の合成プライマーの塩基配列を配列表の配列番号5と6に、58kDa型用の合成プライマーの塩基配列を配列表の配列番号5と7に示す。
【0028】
増幅された遺伝子断片をpCR-Blunt-II TOPOベクター(Invitrogenより購入)に挿入後、このベクターを用いてE.coliのコンピテントセルTOP10(Invitrogenより購入)をヒートショック法によりトランスフォーメーションした。トランスフォーメーション処理後のE.coliを、カナマイシンを含む寒天固形培地上に播種し、37℃にて一昼夜培養した。形成されたコロニーに対して、当該ベクターの市販のベクタープライマー(M13RとM13F)を用いて常法にてコロニーPCRを行い、目的の遺伝子断片が増幅されたコロニーを選抜し、それらを数mlの一昼夜の液体培養に供した。
【0029】
培養液から遠心分離によりE.coliを回収し、プラスミド精製キットQIAprep Spin Miniprep Kit(Qiagenより購入)を用いて、マニュファクチャーズプロトコルに従い目的遺伝子断片を含むプラスミドを回収した。精製されたプラスミドに挿入された目的遺伝子断片の塩基配列解析を、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(Beckman Coulter)を用いて行った。
【0030】
上記精製プラスミドを、制限酵素HindIIIとXbaIで処理して目的遺伝子断片を切り出した。この切り出し断片を常法により動物細胞発現ベクターpcDNA3.1/MycHis(Invitrogenより購入)の制限酵素HindIIIとXbaIサイトの間に挿入し、C末MycHisタグ付蛋白質発現プラスミドを構築した。再度、当該ベクターの市販のベクタープライマーと内部配列プライマーを用いて、作製プラスミド中に挿入された目的遺伝子の配列確認をCEQ2000を用いて行った。ベクターのHindIII並びにXbaIサイト中に挿入された40kDa型および58kDa型それぞれのHAI-1遺伝子断片の塩基配列並びにアミノ酸配列を、配列表の配列番号8(58kDA型/NK1LK2)、配列番号9(40kDa型/NK1)に示す。
【0031】
組換え蛋白質の調製:CHO細胞(ATCC No. CCL-61、チャイニーズハムスター卵巣由来)にplasmidトランスフェクション試薬Superfect transfection Reagent(Qiagenより購入)を用いて、上記にて構築した40kDa型および58kDa型HAI-1それぞれの動物細胞発現用plasmidを導入した。トランスフェクション翌日に薬剤耐性遺伝子に合わせた抗生物質を添加し培養を継続した。抗生物質存在下で増殖して来た細胞から、培養上清を大量に調製するため、最終的にローラーボトル数本にまで細胞を増殖させた。ローラーボトルにてコンフルエントになった時点で、血清無添加の培地と入替え、4-5日間培養を継続した。この培地交換操作を数回繰り返して目的の蛋白質を含む無血清培養液を数L取得した。
【0032】
得られた培養液を0.22mmのフィルターにてろ過後、10kDa限外ろ過膜(Filtronから購入)を用いて数100mlに濃縮した。濃縮した培養液を、抗Myc抗体9E10固定樹脂を詰めたカラムに供した。抗Myc抗体9E10固定樹脂は、予め平衡化バッファー(10mM Tris・HCl、150mM NaCl、0.05% Tween20(pH7.5))で平衡化しておいた。培養液アプライ後、カラム容量の10倍量以上の平衡化バッファーで洗浄し、さらにTween20を除去した平衡化バッファーで洗浄した。目的蛋白質の溶出は20mM HCl、150mM NaClを用いて行い、溶出後直ちに1M HEPES (pH8.0)にて約pH7に中和した。得られた溶出液は、更にNi-NTA Buffer kit(Novagen)を用いて、操作マニュアルに従い精製した。得られた溶出液に対して、セルロース透析膜(三光純薬)を用い、PBSに対し透析を行なった。精製蛋白は0.05% CHAPSを添加し使用時まで-30℃にて保存した。
【0033】
溶出液の一部を用いて、吸光度の測定および還元SDS-PAGE後に銀染色を実施し純度検定を行った。蛋白質濃度は精製品の吸光度280nmの値1.0を1mg/mlと規定した。40kDaおよび58kDaの蛋白質が、銀染色にて単一バンドであることを確認した。
【0034】
上記記載の、抗Myc抗体9E10固定樹脂は以下の方法により作製した。抗Myc抗体9E10蛋白質をハイブリドーマ9E10(ATCCより購入)の培養上清よりProtein A Sepharose樹脂(GEヘルスケア バイオサイエンスより購入)を用いて精製した。その精製9E10抗体を操作マニュアルに従いアフィゲル10樹脂(BIO-RADより購入)に固定し、抗Myc抗体9E10固定樹脂とした。
【0035】
実験例2:組換え分泌型HAI-2蛋白質の動物細胞発現プラスミドベクターの構築と組換え蛋白質調製
HAI-1と同様に、HindIII認識配列を付加したセンス鎖とXbaI認識配列を付加したアンチセンス鎖の合成プライマー(Sigma Genosysより購入)を用いて、HAI-2遺伝子(The Journal of Biological Chemistry, 1997, Vol.272, No.10, 27558-27564)をテンプレートとして、KOD PLUS DNA polymerase(TOYOBOより購入)により目的遺伝子断片を増幅した。後の操作は組換えHAI-1調製と同様に行った。合成プライマーの塩基配列を配列表の配列番号10と11に示す。
【0036】
ベクターのHindIII並びにXbaIサイト中に挿入されたHAI-2遺伝子断片の塩基配列並びにアミノ酸配列を配列表の配列番号12に示す。蛋白質濃度は精製品の吸光度280nmの値1.0を1mg/mlと規定した。
【0037】
実験例3:組換えTMPRSS2蛋白質の発現プラスミドベクターの構築と組換え蛋白質調製
プラスミドベクターの構築:NCBI(National Center for Biotechnology Information)のデータベースより検索したヒトTMPRSS2遺伝子配列(Accession No. NM_005656)を基に、EcoRI認識配列を付加したセンス鎖(配列表の配列番号13)とXbaI認識配列を付加したアンチセンス鎖(配列表の配列番号14)の合成プライマーを設計し、その配列の合成オリゴヌクレオチド(Sigma Genosysより購入)を購入した。それらプライマーとKOD PLUS DNA polymerase(TOYOBOより購入)を用いて、標準的PCR法によりヒト肝臓cDNA library(TAKARAより購入)をテンプレートとしてTMPRSS2遺伝子を増幅した。得られたPCR産物をpCR2.1 Blunt II-TOPO cloning vector(Invitorogenより購入)にライゲーションした。
【0038】
常法に従い、上記によるライゲーション産物を用いてE.coliのコンピテントセルDH5a(Invitrogenより購入)をヒートショック法によりトランスフォーメーションし、寒天固形培地上で一昼夜37℃にて培養した。翌日、形成されたコロニーから目的の遺伝子が挿入されたプラスミドを保持するクローンを実験例1と同様にPCRにより検出後、そのコロニーから一部抜き取り2-3mlの液体培養に供した。
【0039】
培養後、遠心分離によりE.coliを回収してQIAGEN社のQIAprep Spin Miniprep Kitを用いて目的プラスミドを回収した。精製したプラスミドに対して、ベクタープライマーM13RとM13F並びに内部配列のベクターを用いて挿入遺伝子の塩基配列確認を行った。反応条件は、5%DMSO添加並びにポリメラーゼ反応(60℃/3min)変更以外は操作マニュアルに従い行った。配列解析にはマルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000(Beckman Coulter)を用いた。
【0040】
上記クローニングベクター より、TMPRSS2遺伝子を制限酵素EcoRIとXbaIサイトで切り出した。この切り出し断片を常法により動物細胞発現ベクターp3XFLAG-CMV14(Sigmaより購入)のEcoRIとXbaIサイトの間に挿入し、C末FLAG-tag付蛋白発現プラスミドを構築した。再度、作製プラスミド中挿入の目的遺伝子の配列確認を行なった。
【0041】
組換え蛋白質の調製:CHO細胞にプラスミド・トランスフェクション試薬Superfect transfection Reagent(Qiagenより購入)を用いて、上記にて構築した動物細胞発現用プラスミドを導入した。トランスフェクション翌日に薬剤耐性遺伝子に合わせた抗生物質を添加し培養を継続した。抗生物質存在下で増殖して来た細胞から、培養上清を大量に調製するため、最終的にローラーボトル数本にまで細胞を増やした。ローラーボトルにてコンフルエントになった時点で、血清無添加の培地と入替え、4-5日間培養を継続した。この培地交換操作を数回繰り返して目的の蛋白質を含む無血清培養液を数L取得した。得られた培養液を0.22mmのフィルターにてろ過後、10kDa限外ろ過膜(Filtronから購入)を用いて数100mlに濃縮した。濃縮した培養液を、Aprotinin固定樹脂(Sigmaより購入)を詰めたカラムに供した。Aprotinin固定樹脂は、予め平衡化バッファー(10mM Tris・HCl、150mM NaCl、0.05% Tween20(pH7.5))で平衡化しておいた。培養液アプライ後、カラム容量の10倍量以上の平衡化バッファーで洗浄し、さらにTween20を除去した平衡化バッファーで洗浄した。目的蛋白質の溶出は20mM HCl、150mM NaClを用いて行い、溶出後直ちに1M HEPES (pH8.0)にて約pH7に中和した。さらに、溶出液に0.05% CHAPSを添加し使用時まで-30℃に保存した。蛋白質濃度は精製品の吸光度280nmの値1.0を1mg/mlと規定した。
【0042】
実施例:プロテアーゼ阻害実験系構築
実施例1:TMPRSS2プロテアーゼ活性阻害実験
基質には合成基質Boc-FSR-AMC(ペプチド研より購入)を、アッセイバッファーには50mM Tris・HCl、150mM NaCl、0.05% Briji35 (pH7.5)を用いた。アッセイは以下の手順に従って行った。
【0043】
120ngのTMPRSS2をプロテアーゼインヒビター含溶液(NK1, NK1LK2あるいはHAI-2)に添加し、溶液総量をアッセイ バッファーを用いて20から40mlに調整後、室温にて5から10分間静置した。その後総量200mlになるように調整した基質溶液(終濃度10-200mM)を添加し37℃にてインキュベーション後、355nm励起/460nm放射の蛍光をARVO-SX(Wallac製)にて測定した。インヒビターを含まない状態の基質分解を100%として、プロテアーゼインヒビターNK-1およびHAI-2の阻害活性を図1に示す。その結果、NK1およびHAI-2はそれぞれ2ug/ml, 1ug/mlの濃度において、著しく高いTMPRSS2プロテアーゼ活性阻害効果を示した。
【0044】
実施例2:HAT/ TMPRSS11Dプロテアーゼ活性阻害実験
基質には合成基質Boc-FSR-AMC(ペプチド研より購入)を、アッセイバッファーには50mM Tris・HCl、150mM NaCl、0.05% Briji35 (pH7.5)を用いた。HAT/TMPRSS11DはR & D Systems, Inc.より購入した。アッセイは以下の手順に従って行った。
【0045】
1ngのHAT/TMPRSS11Dをプロテアーゼインヒビター含溶液(Aprotinin、NK1、NK1LK2あるいはHAI-2)に添加し、総量をアッセイ バッファーを用いて20から40mlに調整後、室温にて5から10分間静置した。対照として用いたAprotininは、ウシ肺から精製した製品(SIGMA社)を用いた。その後総量200mlになるように調整した基質溶液(終濃度200mM)を添加後、355nm励起/460nm放射の蛍光をARVO-SX(Wallac製)にて測定した。インヒビターを含まない状態の基質分解を100%として、プロテアーゼインヒビターAprotinin、NK-1およびHAI-2の阻害活性を図2に示す。その結果、NK1(約40kDa)はHATへの阻害効果がすでに知られているAprotinin(約6.5kDa)の1/2の濃度(モル濃度では1/10以上)でより高い阻害効果を示した。また、HAI-2は更に高い阻害効果を示した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明において、ヒト呼吸器系組織の上皮細胞に発現する2種のプロテアーゼ(TMPRSS2およびHAT)の活性を、HAI-1のNK1型ドメインおよびHAI-2が抑制することが示された。本発明によれば、ヒトインフルエンザ・ウイルスの感染に関与するプロテアーゼを阻害することによる、新規な抗インフルエンザ薬を提供可能である。特にインフルエンザ・ウイルスによる初期感染の予防に有効な抗インフルエンザ薬を提供可能である。
【0047】
本発明を特定の態様を用いて詳細に説明したが、本発明の意図と範囲を離れることなく様々な変更および変形が可能であることは、当業者にとって明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】プロテアーゼインヒビターHAI-1のKunitzドメイン(NK1)およびHAI-2の、TMPRSS2プロテアーゼ活性阻害を示した図である。無添加のカラムは、プロテアーゼインヒビター無添加の場合のTMPRSS2プロテアーゼ活性を示す。その他のカラムは、NK1、HAI-2それぞれを添加した場合のTMPRSS2プロテアーゼ活性を示す。縦軸はTMPRSS2プロテアーゼ活性を、プロテアーゼインヒビター無添加群を100%とした場合の値を示す。
【図2】プロテアーゼインヒビターAprotinin、HAI-1のKunitzドメイン(NK1)およびHAI-2の、HATプロテアーゼ活性阻害を示した図である。無添加のカラムは、プロテアーゼインヒビター無添加の場合のHATプロテアーゼ活性を示す。その他のカラムは、Aprotinin、NK1、HAI-2それぞれを添加した場合のHATプロテアーゼ活性を示す。縦軸はHATプロテアーゼ活性を、プロテアーゼインヒビター無添加群を100%とした場合の値を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor)を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項2】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子1(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1)のクニッツ(Kunitz)ドメイン1を有する蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項3】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子1(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1)を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項4】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子1(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-1)のクニッツ(Kunitz)ドメイン1蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項5】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子2(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2)のクニッツ(Kunitz)ドメイン1および/またはクニッツ(Kunitz)ドメイン2を有する蛋白質を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項6】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子2(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2)を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。
【請求項7】
肝細胞増殖因子活性化因子阻害因子2(Hepatocyte Growth Factor activator inhibitor-2)のクニッツ(Kunitz)ドメイン1および/またはクニッツ(Kunitz)ドメイン2を有効成分として含有する、インフルエンザの治療および/または予防薬。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−308438(P2008−308438A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−157513(P2007−157513)
【出願日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【出願人】(000002956)田辺三菱製薬株式会社 (225)
【Fターム(参考)】