説明

新規アミノ酸誘導体及びその製造法

【構成】 次式(I):
【化1】


で示される化合物又はその塩、及びその製造法。
【効果】 海洋生物の増養殖促進剤として有用なアミノ酸誘導体が提供される。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、海洋生物の増養殖促進剤として有用な新しいアミノ酸誘導体に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来より、海洋生物の生態系において、これら生物の行動を制御している化学物質に関して大きな関心が寄せられている。即ち、個々の生物に関しては、生殖、発生等生命の存続に関する現象をコントロールしている物質の構造及び機能に関する研究が行われている。一方、同種の生物間の行動(集合、警報)、あるいは、異種の生物間の行動(防御)において機能していると考えられる化学物質にも多大な興味がもたれている。更に、前記の機能に加えて、抗腫瘍活性、各種酵素阻害等の生物活性を有する化学物質の探索は、医薬品及び研究用試薬の開発のためのリード化合物として供されている。従って、海洋生物から得られる生物活性物質に関する研究は、海洋生物の生態系を解明するための基礎的な研究にとどまらず、ひろく海洋生物資源の有効利用の観点において産業的にも注目されている。
【0003】このような状況において、本発明者らは、海洋生物の幼生の付着・変態機構について研究を進めてきた。この領域は、遊泳している幼生が固着生活をする成体へと変態する過程を制御している化学物質、あるいは、変態に伴う各種器官の変化等、依然として未解明の領域が多数残されている。とりわけ、海洋生物の幼生の付着・変態については、これを誘起する活性物質について十分に把握されていないのが現状である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明者らは、前述した状況に鑑みて、海洋生物、特にマボヤの幼生の付着・変態を誘起する活性物質の検索を海洋生物を対象に行ったところ、海綿動物から、マボヤの幼生の付着・変態を誘起する活性物質を単離し、構造を決定することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明のアミノ酸誘導体は、次式(I):
【0006】
【化2】


【0007】で示される化合物又はその塩である。本発明のアミノ酸誘導体は、海綿動物より抽出・精製することにより得ることができる。ここで用いる原料動物としては、海綿動物であれば特に制限はなく、例えば尋常海綿綱の海綿動物、例えば、Anthosigmella aff. raromicrosclera等の Clionidae科;アバタカイメン、オウパンカイメン等のパンカイメン科;ジュシコルクカイメン、ツミイレカイメン、ハノウラカイメン、ヤマトトメバリカイメン等のコルクカイメン科;トウナスモドキ等のテチス科などの硬海綿目に属するものが挙げられる。
【0008】抽出溶媒としては、一般には有機溶媒、好ましくはメタノール、エタノール、アセトン、プロパノール等の水混和性溶媒が挙げられる。得られた抽出液は濃縮後、好ましくは、水とエーテル等のエーテル系溶媒で分配し、次いで、得られる水層をn−ブタノール等の水と一部しか混和しない高極性有機溶媒で抽出した後、有機層を精製することにより目的とするアミノ酸誘導体を効率よく得ることができる。
【0009】精製は、シリカゲルクロマトグラフィー、逆相シリカゲルクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせることにより行うことができる。本発明のアミノ酸誘導体は、塩酸塩、硫酸塩等の種々の塩に変換することができる。
【0010】以上のようにして得られる本発明のアミノ酸誘導体又はその塩は、マボヤ等の海洋生物の幼生の変態を促進する活性を有し、海洋生物の増養殖促進剤として有用である。
【0011】
【実施例】以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は、かかる実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
(1)単離操作四国佐田岬で採取した海綿(Anthosigmella aff. raromicrosclera) 2.0kg(湿重量)をメタノール2Lで3回抽出し、濃縮後、水 0.7Lとエーテル1Lで3回分配して得られた水層をn−ブタノール1Lで3回抽出し、抽出物11gを得た。
【0012】マボヤの幼生に対する変態誘起活性を指標として、n−ブタノール抽出物の精製を行った。まず、1)逆相シリカゲルカラムクロマトグラフィー(30, 60, 80%メタノール−水、メタノール)、2)逆相高速液体クロマトグラフィー(トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリル−水;A,15%アセトニトリル−水(0.01%トリフルオロ酢酸)、B,50%アセトニトリル−水(0.01%トリフルオロ酢酸);A 100%(0→10分),A 100→B 100%(10→40分);流速:3.0ml/min )による精製の結果、前記活性を有する画分1(保持時間:56分)69.5mg及び画分2(保持時間:60分)38.3mgを得た。
【0013】画分1は、ゲルろ過(90%メタノール−水(0.01%トリフルオロ酢酸);流速:2.0ml/min )により、前記式(I)で示されるアミノ酸誘導体40.7mg(海綿の湿重量に対して2.0 ×10-3%)及び画分3(6.76mg)を与えた。画分3は、逆相高速液体クロマトグラフィー(12%アセトニトリル−水(0.01%トリフルオロ酢酸);流速:2.0ml/min )による精製の結果、次式(A)又は(A’):
【0014】
【化3】


【0015】で示されるピペコリン酸誘導体1.53mg(海綿の湿重量に対して7.7 ×10-5%)を与えた。画分2は、逆相高速液体クロマトグラフィー(15%アセトニトリル−水(0.01%トリフルオロ酢酸);流速:2.0ml/min )による精製の結果、次式(B)又は(B’):
【0016】
【化4】


【0017】で示されるピペコリン酸誘導体4.16mg(海綿の湿重量に対して2.1 ×10-4%)を与えた。
(2)構造決定本発明のアミノ酸誘導体(I)は、FAB(Fast Atom Bombardment)マススペクトル(正イオンモード)ではm/z 318 にイオンピーク[(M+H)+ ]が観測され、対応する分子式は高分解能FABマススペクトルによりC15195 3 であった。2次元NMRスペクトル等各種スペクトルの解析により、本発明のアミノ酸誘導体(I)の構造を前記式(I)に示す通りに決定した。デヒドロチロシン部分の構造は、2次元NOEスペクトル(NOESY)の解析の結果、9.76ppmのNHと7.34ppm のH-5' が立体的に近いことから決定した。アルギニン部分は、本発明のアミノ酸誘導体(I)を加水分解し、加水分解物を光学分割用高速液体クロマトグラフィーカラムで分析した結果、L−型であると決定した。本発明のアミノ酸誘導体(I)の物理化学定数は、以下の通りである。
【0018】IR νmax (KBr) 3340, 3185, 1675, 1425, 1205, 1175, 1135cm-1UV λmax (MeOH) 223.5 (ε4700), 318nm(6000)1H及び13C NMR (DMSO-d6) (表1参照)
【0019】
【表1】
───────────────────────────── atom 13C mult 1H mult J (Hz) ───────────────────────────── Arg 1 166.7 s 2 54.5 d 3.99 (1H) m 3 31.1 t 1.72 (2H) m 4 23.9 t 1.53 (2H) m 5 40.3 t 3.10 (2H) m 6 156.6 s 2-NH 8.39 (1H) s 5-NH 7.56 (1H) br.s 6-NH, NH2 7.10 (3H) br.s ΔTyr 1' 160.8 s 2' 124.0 s 3' 115.1 d 6.61 (1H) s 4' 124.2 s 5', 9' 130.9 d 7.34 (2H) d 8.5 6', 8' 115.5 d 6.78 (2H) d 8.5 7' 157.5 s NH 9.76 (1H) br.s OH 9.76 (1H) br.s ─────────────────────────────FABMS (正イオンモード、マトリックス:チオグリセリン)m/z 318 (M+H)+HRFABMS (正イオンモード、マトリックス:ポリエチレングリコール)実測値m/z 318.1562 (calcd for C15H20N5O3,Δ-0.4mmu)
【0020】画分2から得られたピペコリン酸誘導体((B)又は(B’))は、FAB(Fast Atom Bombardment)マススペクトル(正イオンモード)ではm/z 232 にイオンピーク[(M+H)+ ]が観測され、対応するイオン組成式は高分解能FABマススペクトルによりC1314NO3 であり、従って分子式はC1313NO3 であった。DMSO-d6 中の2次元NMRスペクトル等各種スペクトルの解析により、該化合物の構造を前記式(B)であると決定した。ところで、該化合物は、メタノール中では、前記式(B)とは異なった構造をとることがMeOH-d4 中のNMRスペクトルより明らかとなった。解析の結果、前記式(B)と前記式(B’)が 1:2 の平衡にあると考えられた。前記式(B’)は、ラクトン部分が開環し双性イオン構造となり、共役系がのびて黄色の安定構造をとっている。該アミノ酸誘導体((B)又は(B’))の物理化学定数は、以下の通りである。
【0021】
IR νmax (KBr) 3300, 1680, 1640, 1570cm-1UV λmax (MeOH) 229 (ε7300), 249(6400), 283(4200), 368nm(14500)UV λmax (DMSO) 287nm (ε700)1H及び13C NMR (DMSO-d6) (表2参照)
【0022】
【表2】


FABMS (正イオンモード、マトリックス:m−ニトロベンジルアルコール)m/z 232 (M+H)+, 214 (M+H-H2O)+HRFABMS (正イオンモード、マトリックス:ポリエチレングリコール+m−ニトロベンジルアルコール)実測値 m/z 232.0953 (calcd for C13H14NO3, Δ0.0mmu)
【0023】画分3から得られたピペコリン酸誘導体((A)又は(A’))は、FAB(Fast Atom Bombardment)マススペクトル(正イオンモード)ではm/z 246 [(M+H)+ ]と268 [(M+Na)+]にイオンピークが観測されたが、強度が弱かったため高分解能FABマススペクトルを測定して分子式を得ることができなかった。DMSO-d6 中の2次元NMRスペクトル等各種スペクトルの解析により、該化合物の構造を前記式(A)であると決定した。前記式(A)は、前記式(B)のNHがNMeになったものに相当するが、メタノール中では、前記式(A)と前記式(A’)が 1:10の平衡にあることが分かった。該アミノ酸誘導体((A)又は(A’))の物理化学定数は、以下の通りである。
【0024】IR νmax (KBr) 3200, 1680, 1650, 1570cm-1UV λmax (MeOH) 249 (ε7100), 369(18400), 453nm(1900)UV λmax (DMSO) 285 (ε6000), 357(2400), 486nm(3600)1H及び13C NMR (DMSO-d6) (表3参照)
【0025】
【表3】


FABMS (正イオンモード、マトリックス:m−ニトロベンジルアルコール)m/z 268 (M+Na)+, 246 (M+H)+
【0026】(3)活性本発明のアミノ酸誘導体(I)並びにピペコリン酸誘導体((A)又は(A’))及び((B)又は(B’))をそれぞれマボヤの幼生に50μMの濃度で添加すると、全ての幼生の変態が促進された。一方、無添加の幼生は全く変態しなかった。
【0027】
【発明の効果】本発明により海洋生物の増養殖促進剤として有用なアミノ酸誘導体が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 次式(I):
【化1】


で示される化合物又はその塩。
【請求項2】 海綿動物より抽出・精製することを特徴とする請求項1記載の化合物又はその塩の製造法。

【公開番号】特開平8−198859
【公開日】平成8年(1996)8月6日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平7−5517
【出願日】平成7年(1995)1月18日
【出願人】(390014535)新技術事業団 (20)