説明

新規ペプチド及び鎮静剤並びに精神安定用食品

【目的】 本発明の目的は、鎮静作用をもつペプチドまたはその塩及びこれを含んで成る鎮静剤並びに精神安定用食品を提供することである。
【構成】 下記一般式(I)で表されるペプチドまたはその塩、及びこれを含有することを特徴とする鎮静剤並びに精神安定用食品。
H−Arg−Tyr−Leu−Gly−Tyr−Leu−Glu−Gln−Leu−Leu−Arg−Leu−Lys−Lys−Tyr−Lys−Val−Pro−Gln−Leu−OH・・・(I)

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、鎮静作用を有するペプチドまたはその塩、及び鎮静剤並びに精神安定用食品に関する。
【0002】
【従来の技術】カゼインは、乳汁中に存在する分子量約19,000〜25,000の燐蛋白質で会合体を形成して存在するが、これから中枢神経系の調節に関与する成分を見い出す試みは既になされている。
【0003】例えば、α−カゼインのペプシンにより加水分解して得られるフラグメントペプチドにオピオイド受容体に対するアゴニストが報告されている(J. Biol. Chem.,254巻, 2446頁, 1979年、 Biochemistry,22 巻, 4567頁, 1983年参照) 。本発明の新規ペプチド(I)のN端7残基は、α−カゼインのペプシンにより加水分解して得られるオピオイド受容体に対するアゴニスト活性を有するフラグメントのアミノ酸配列に相当するものである。しかし、このヘプタペプチドに鎮静作用は見い出せない。この様に,未だカゼイン由来オピオイドペプチドの鎮静作用に関する報告はない。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】従って本発明の目的とするところは、鎮静作用を有するペプチドまたはその塩、及び鎮静剤並びに精神安定用食品を提供するにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】上述の目的は、下記一般式(I)
H−Arg−Tyr−Leu−Gly−Tyr−Leu−Glu−Gln−Leu−Leu−Arg−Leu−Lys−Lys−Tyr−Lys−Val−Pro−Gln−Leu−OH・・・(I)
で表される新規ペプチドまたはその塩,あるいは、それを含有する鎮静剤または精神安定用食品によって達成される。
【0006】本明細書において、アミノ酸、アミノ酸残基、アミノ酸誘導体、ペプチド、保護基はIUPAC-IUB 生化学命名委員会で推奨された記号(Biochemistry, 11巻, 1726頁, 1972年、IUPAC Pure Appl., 40巻,317頁, 1974年参照)または当該分野において慣用される記号を用い、L−アミノ酸およびその残基のL記号は省略する。かかる記号は例えば以下の通りである。
【0007】Arg:アルギニン、Tyr:チロシン、Leu:ロイシン、Gly:グリシン、Glu:グルタミン酸、Gln:グルタミン、Lys:リジン、Val:バリン、Pro:プロリン、Boc:t−ブチルオキシカルボニル、Br−Z:p−ブロモベンジルオキシカルボニル、Cl−Z:p−クロロベンジルオキシカルボニル、OBzl:ベンジルエステル、Mts:メシチレン- 2-スルホニル。
【0008】一般式(I)で表されるペプチドまたはその塩は、例えば固相法(ペプチド合成の基礎と実験,泉屋信夫ら,丸善株式会社,1985年出版,194頁参照)により逐次、保護アミノ酸を縮合して合成することが出来る。固相担体には4−(ヒドロキシメチル)フェニルアセトアミドメチルポリ(スチレン−コ−ジビニルベンゼン)(J. Amer. Chem. Soc. 98巻, 7357頁, 1976年参照、以下、HOCH2-Pam-樹脂と略記)が好適に用いられる。
【0009】アミノ酸のα−アミノ基の保護には、トリフルオロ酢酸あるいは塩酸で切断され易い保護基、例えば Boc基が用いられる。アミノ酸の側鎖官能基にはこれら酸で切断され難い保護基を用いる。すなわちTyr の水酸基はBr-Z基で、 Argのグアニジル基はMts 基で、 Lysのε−アミノ基はCl-Z基で、Glu のカルボキシル基はOBzl基で保護するのが好適である。
【0010】担体上でのペプチド鎖の延長は、通常の固相法に従い行うことが出来る。すなわち、N端アミノ基の脱保護と保護アミノ酸との縮合反応をくり返し担体上にC端から順次ペプチド鎖を延長させ保護ペプチド- Pam-樹脂を得る。
【0011】縮合反応は、活性エステル法、特に保護アミノ酸の1−ヒドロキシベンゾトリアゾールエステルを用いる活性エステル法が副反応が少なく好ましい。担体からのペプチドの切断および保護基の除去は、アニソール存在下にフッ化水素で同時に行うことも出来るが、チオアニソールおよびエタンジチオールの存在下にトリフルオロ酢酸とトリフルオロメタンスルホン酸とで行うことも出来る。担体からのペプチドの切断および保護基により得られた粗ペプチドまたはその塩は、カラムクロマトグラフィーあるいは高速液体クロマトグラフィー等により精製することが出来る。
【0012】得られたペプチドは,通常医学的に許容される薬剤形態で提供でき、投与方法についても医薬の投与に一般に使用されている投与方法、例えば静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経口投与等によって投与することができる。また、直腸、舌下、鼻内など消化管以外の粘膜から吸収せしめる投与方法を採用することも可能であり、この場合、例えば坐剤、舌下錠、点鼻スプレ─剤等の形で投与することができる。
【0013】さらに、得られたぺプチドはそのまま摂取しても適当な飲料に溶解して摂取しても効果の面でなんら問題はない。また、予めガム、キャンディ、飲料などに含有させて精神安定用食品として摂取することも可能である。以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明する。
【0014】
【実施例】
実施例1(H−Arg−Tyr−Leu−Gly−Tyr−Leu−Glu−Gln−Leu−Leu−Arg−Leu−Lys−Lys−Tyr−Lys−Val−Pro−Gln−Leu−OH・塩酸塩の合成)
アプライド・バイオシステム社製モデル431Aペプチド合成装置を使用し、固相法にて室温で合成した。
【0015】Boc−Leu−Pam樹脂 0.5mmolを出発原料とし、Boc−Arg(Mts)、Boc−Tyr(Br−Z)、Boc−Leu、Boc−Gly、Boc−Glu(OBzl)、Boc−Gln、Boc−Lys(Cl−Z)、Boc−Val、Boc−Proの各保護アミノ酸を使用し、■N端Bocの脱保護■洗浄■中和■洗浄■縮合反応■洗浄■未反応N端アミノ基のアセチル化■洗浄、の各工程を繰り返してC端部から逐次、樹脂上にペプチド鎖を延長させた。
【0016】■N端のBocの脱保護は、トリフルオロ酢酸−ジクロロメタン(25:75)で3分間ついでトリフルオロ酢酸−ジクロロメタン(50:50)で16分間処理することにより行った。
■の洗浄は、ジクロロメタンで5回行った。
■の中和は、ジイソプロピルエチルアミン−N-メチルピロリドン(5:95)で行った。
■の洗浄は、N-メチルピロリドンで6回行った。
■の縮合反応は、保護アミノ酸より調製した4当量の保護アミノ酸の1-ヒドロキシベンゾトリアゾールエステル(活性エステル)N-メチルピロリドン溶液を加え30分間、次いでジメチルスルホキシドを15%になるように加え16分間、さらに 3.8当量のジイソプロピルエチルアミンを加えて5分間行った。なお、活性エステル溶液は、N-メチルピロリドン7.3ml にそれぞれ2mmolの保護アミノ酸、ジシクロヘキシルカルボジイミド、 1- ヒドロキシベンゾトリアゾールを加え、室温で40分間攪拌の後、生成するジシクロヘキシルウレアを濾別することにより調製した。
■の洗浄は、N-メチルピロリドンで行った。
■のアセチル化は、無水酢酸10%とジイソプロピルエチルアミン5%とを含むN-メチルピロリドンで20分間行った。
■の洗浄は、ジクロロメタンで5回行った。
最後のBoc−Arg(Mts)の縮合反応終了後、乾燥し保護ペプチド−Pam−樹脂2.35gを得た。
【0017】得られた保護ペプチド−Pam−樹脂1gに対しチオアニソール1ml 、エタンジチオール0.5ml を加え室温で10分間攪拌した。つぎに氷冷下で、トリフルオロ酢酸10mlをゆっくり加え、10分間攪拌した後、トリフルオロメタンスルホン酸1mlを滴下した後、室温に戻して25分間攪拌した。反応終了後、冷ジエチルエーテル100ml でフラスコを満たし、1 分間攪拌しペプチドおよびPam−樹脂を析出させた。これをポリフロンフィルターPF060(アドバンテック製)で濾取し、冷ジエチルエーテル(-40 ℃)で洗浄した。予め用意した冷ジエチルエーテル300ml にペプチドをトリフルオロ酢酸約30mlで溶解させて滴下し、再び析出させた。これを 3μm 孔PTFE膜(アドバンテック製)で濾取し冷ジエチルエーテル(-40 ℃)で洗浄し、ペプチドを2N酢酸に溶解後、凍結乾燥した。保護ペプチド−Pam−樹脂2.35gより粗ペプチド1.25g を得た。
【0018】得られた粗ペプチドを下記条件の高速液体クロマトグラフィーで精製した。
カラム:R−355−15ODS(50×500mm、株式会社山村化学研究所製)
溶出:水−アセトニトリル−トリフルオロ酢酸(77:23:0.1)から水−アセトニチリル−トリフルオロ酢酸(67:33:0.1)の直線濃度勾配(25分間かけて濃度勾配をかける。)
流速:100ml/分検出:235nm における吸光度保持時間約19.8分の画分を分取し、標記ペプチド・トリフルオロ酢酸塩 635mgを得た。
【0019】ペプチド・トリフルオロ酢酸塩 257mgを、 0.1N 塩酸10mlに溶解後凍結乾燥した。乾燥後、水5mlを加え再び凍結乾燥する操作を3回行い標記ペプチド・塩酸塩 217mgを得た。
【0020】比較例1(H−Arg−Tyr−Leu−Gly−Tyr−Leu−Glu−OH・塩酸塩の合成)
【0021】Boc−Glu(OBzl)−Pam樹脂 0.5mmolを出発原料とし、 Boc−Arg(Mts)、Boc−Tyr(Br−Z)、Boc−Leu、Boc−Glyの各保護アミノ酸を使用し、実施例1と同様にして固相法にて合成した。最後のBoc−Arg(Mts)の縮合反応終了後、乾燥し保護ペプチド−Pam−樹脂1.32gを得た。得られた保護ペプチド−Pam−樹脂を実施例1と同様に担体からのペプチドの切断および保護基の除去を施し粗ペプチド 607mgを得た。
【0022】得られた粗ペプチドを下記条件の高速液体クロマトグラフィーで精製した。
カラム:R−355−15ODS(50×500mm、株式会社山村化学研究所製)
溶出:水−アセトニトリル−トリフルオロ酢酸(78:22:0.1)から水−アセトニチリル−トリフルオロ酢酸(70:30:0.1)の直線濃度勾配(25分間かけて濃度勾配をかける。)
流速:100ml/分検出:235nm における吸光度保持時間約 8.3分の画分を分取し、標記ペプチド・トリフルオロ酢酸塩 338mgを得た。
【0023】ペプチド・トリフルオロ酢酸塩 122mgを、 0.1N 塩酸10mlに溶解後凍結乾燥した。乾燥後、水5mlを加え再び凍結乾燥する操作を3回行い標記ペプチド・塩酸塩 103mgを得た。
【0024】試験例1(実施例1で得た式(I)のペプチドの塩酸塩及び比較例1で得たヘプタペプチドの塩酸塩の自発運動量抑制試験)
検体を精製水に溶解し、この溶液を20ml/kg 体重の割合で ddY雄性マウス(5週齢)に経口投与した。検体は実施例1で得た式(I)のペプチドの塩酸塩(投与量は100, 200, 500mg/kg体重)及び比較例1で得たヘプタペプチドの塩酸塩(投与量は50, 100, 200mg/kg 体重)を用いた。対照群マウスには精製水のみを20ml/kg 体重の割合で投与した。
【0025】次に、 実験動物運動量測定装置ACTY-303(バイオメディカ社製)でマウスの自発運動量を測定した。検体投与直後から30分間に於ける各群の自発運動量の平均値および標準誤差を算出すると共に、検体投与群の自発運動量と対照群の自発運動量との間の有意差検定を行なった。試験結果を表1に示した。
【0026】
【表1】


【0027】本発明ペプチドは、200 及び500mg/kg体重の投与量で有意に自発運動を抑制した。一方、比較ペプチドは、200mg/kg体重の投与量まで自発運動の抑制効果はなかった。
【0028】実施例2(鎮静剤の製造)
実施例1で得た式(I)のペプチド100mg を0.1N酢酸水溶液10mlにて溶解し、1mlずつポリスチレン管に分注し凍結乾燥し、凍結乾燥製剤とした。
【0029】
実施例3(精神安定用チュ─インガムの製造)
以下に示す組成にて精神安定用チューインガムを製造した。
【0030】
【表2】


【0031】60℃に保温したチューインガムベース及び水飴をニーダーに投入して、10分間混練し、粉糖の1/3量及びブドウ糖を投入して5分間、ついで粉糖の1/3量を投入して、5分間混練した。次に、ペパーミントオイル、粉末ペパーミント香料およびの1/3量を実施例1で得た本発明のペプチドを残りの1/3量の粉糖に混合してから投入し、5分間混練してガムミックスを得た。このガムミックスを通常の方法で、押出、圧延、切断、包装し板ガムとして製品化した。
【0032】実施例4(精神安定用キャンディの製造)
以下に示す組成にて精神安定用キャンディを製造した。
【0033】
【表3】


【0034】予備溶解釜に,グラニュー糖、水飴及び少量の水を投入し、一度沸騰させて、グラニュー糖を完全に溶解し、この混合物を真空クッカーにポンプで送り込み、真空度460mmHg、温度130℃で煮詰めた後、取出釜に取り、混合釜に移した。ついでアップルフレーバー、クエン酸及びクチナシ色素を投入して充分混合後、冷却盤上に広げ、温度が110℃以下になった時点で本発明ペプチドを混合しキャンディマスを得た。このキャンディマスを、通常の方法で、コーンローラーに投入し、サイジング、型打後、包装して粒状ハードキャンディとして製品化した。
【0035】
実施例5(精神安定用スポ─ツ飲料の製造)
以下に示す組成にて精神安定用スポ─ツ飲料を製造した。
【0036】
【表4】


【0037】全原料を水に溶解させ、フィルターを通過させ85℃まで加温した後、充填巻き締めクーラーにて40℃まで冷却して製品化した。
【0038】
【発明の効果】以上の様に、本発明の新規ペプチドおよびその塩は、経口投与で鎮静作用を有し、鎮静剤、精神安定用食品として提供できることは明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 下記一般式(I)で表されるペプチドまたはその塩。
H−Arg−Tyr−Leu−Gly−Tyr−Leu−Glu−Gln−Leu−Leu−Arg−Leu−Lys−Lys−Tyr−Lys−Val−Pro−Gln−Leu−OH・・・(I)
【請求項2】 請求項1記載のペプチドまたはその塩を含有することを特徴とする鎮静剤。
【請求項3】 請求項1記載のペプチドまたはその塩を含有することを特徴とする精神安定用食品。