説明

新規人工翻訳合成系

【課題】全ての蛋白質性アミノ酸に加えて、多数の特殊アミノ酸を同時に利用可能な翻訳合成系を提供すること。
【解決手段】特殊アミノ酸を結合したtRNAを無細胞翻訳系に添加し、二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割に従って特殊アミノ酸が導入されたペプチドを合成する、新規な人工翻訳合成系。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割による新規な人工翻訳合成系に関する。本発明者らは、この方法を「Flexible In-vitro Translation (FIT) system」と名付けた。
【背景技術】
【0002】
1.翻訳合成系のメリット、及びその技術的制限
翻訳とは生体内で普遍的に行われているタンパク質合成系であり、遺伝情報をコードしたmRNAを設計図としてリボソームが20種類の蛋白質性アミノ酸を順に繋ぎ合わせていくことでタンパク質が正確に合成されている。この様に多種のビルディングブロックを正確な配列制御を伴って重合できる系は他に例が無く、翻訳は我々が利用できる最高の化合物精密合成システムと言える。特に、ペプチドライブラリーを構築し、その中から機能性ペプチドを単離する用途に用いる場合、翻訳合成は従来の化学合成法と比べて多くの長所を持つ。
【0003】
翻訳反応はmRNA の配列に依存した鋳型合成であるので、ランダム配列を持つmRNA(もしくは対応するDNA)から翻訳反応を行うとランダムペプチドライブラリーを一気に構築することが出来る。その上、mRNA は分子生物学的手法により増幅、配列の読み取りが可能であるため、ライブラリー化合物の再合成やデコンボリューション(本技術においては、ランダムペプチドライブラリーから濃縮された活性ペプチド群を分割し、個々の配列を決定することを意味する)も容易であるという長所も併せ持つ。さらには、mRNA ディスプレイ法に代表されるin vitroディスプレイ技術と組み合わせる事で、翻訳産物である個々のペプチドをその鋳型であるmRNA で直接タグ付けすることができる。すなわち、ライブラリー中のそれぞれのペプチド分子に増幅・読み取り可能なタグが付加される事になる。このライブラリーの中から標的タンパク質に結合する活性種のみを選択し、RT-PCR で対応するmRNA を増幅、再び翻訳するという作業を繰り返すことで、通常の化学合成ライブラリーでは実施不可能である進化分子工学的な活性ペプチドの選択・単離を行うことができる。
【0004】
まとめると、翻訳系においてペプチドライブラリー構築を行うメリットしては
1)容易に高多様性を得られる(〜1013あるいはそれ以上)、2)デコンボリューションが容易、3)ライブラリーの増幅が可能である、4)in vitro ディスプレイ技術によるセレクション法が行える、などが挙げられる。
【0005】
リボソーム翻訳系は、上述の様に効率的に高機能化されたペプチドライブラリーの構築を可能にするが、一方で天然のタンパク質・ペプチドを作ることに特化した機構なので一般には20種類の蛋白質性アミノ酸からなるポリペプチドしか合成できないという致命的な欠点を持つ。つまり、より構造的・官能基的にバリエーションを持つ「特殊アミノ酸」を含んだペプチドは、基本的に翻訳合成することが出来ない。本明細書において、「特殊アミノ酸」とは、蛋白質で見られる蛋白質性アミノ酸とは構造の異なるアミノ酸全般を指す。つまり、蛋白質性アミノ酸の側鎖構造の一部が化学的に変更・修飾された非蛋白質性アミノ酸や人工アミノ酸、D体アミノ酸、N-メチルアミノ酸、N-アシルアミノ酸、β-アミノ酸等が全て含まれる。
【0006】
2.従来までに報告されている遺伝暗号の改変法
20種類の蛋白質性アミノ酸からなるペプチドしか合成できないという、リボソーム翻訳系の致命的な欠点を緩和するため、これまでにいくつかの遺伝暗号の改変法が報告されている。翻訳におけるコドン-アミノ酸の対応関係は遺伝暗号として知られ、20 種類のアミノ酸の利用が厳密に規定されている。この対応関係を人工的に改変することで20 種類以外のアミノ酸を利用しようとする概念である。
【0007】
遺伝暗号の拡張と呼ばれる手法では、天然の翻訳系でアミノ酸の指定に使われていない停止コドンや人工4塩基コドンを利用し、それらのコドンに蛋白質性アミノ酸以外の「21番目のアミノ酸」を割り当てることで、蛋白質性以外のアミノ酸を含むタンパク質・ペプチドの合成を可能にした。しかし、停止コドンや利用可能な4塩基コドンの数に限りがあるため、同時に利用可能な非蛋白質性アミノ酸の数に上限があった(これまでに報告された例としては、最高3種類、通常は2種類あるいは1種類)。一方で2000 年代に入り、蛋白質性アミノ酸を系から除去することで作成した空コドンに非蛋白質性アミノ酸を割り当てる、遺伝暗号のリプログラミング法(初期化による書き換え)が開発され、4 種類以上の非蛋白質性アミノ酸の利用が可能になった(非特許文献1〜3)。しかしながら遺伝暗号のリプログラミング法も、いくつかの蛋白質性アミノ酸を除去する必要があるため利用可能な蛋白質性アミノ酸の種類が犠牲になり、20 種類全ての蛋白質性アミノ酸を利用できないという欠点を持つ。つまり、従来の遺伝暗号の改変法では、利用可能な非蛋白質性アミノ酸もしくは蛋白質性アミノ酸の数に制限があり、自由自在に望みのアミノ酸を利用できる合成系とは言えなかった。
【0008】
また、天然のL-α-アミノ酸から構造がかけ離れた特殊アミノ酸(例えばD体アミノ酸やN-メチルアミノ酸)は、たとえ上述した手法により空きコドンに割り当てたとしても、翻訳系に基質として許容されず、ペプチド合成に取り込まれないことが一般的であった。つまり特殊アミノ酸は、通常の翻訳系もしくは従来の改変翻訳系では、一般にペプチド鎖に取り込まれない、あるいは極めて取り込まれ難いアミノ酸であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Forester, A. C. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, Vol.100, p.6353-6357 (2003)
【非特許文献2】Josephson, K., Hartman, M. C., Szostak, J. W.: J. Am. Chem. Soc., Vol. 127, p. 11727-11735 (2005)
【非特許文献3】Murakami, H. et al.: Nat. Mathods, Vol.3, p.357-359 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の遺伝暗号のリプログラミングでは、蛋白質性アミノ酸を一部取り除くことで、空コドンをつくり特殊アミノ酸をアサインしていたため、取り除いた蛋白質性アミノ酸を使うことができなくなった。
【0011】
全ての蛋白質性アミノ酸に加えて、多数の特殊アミノ酸を同時に利用可能な翻訳合成系を提供することが、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは遺伝暗号の改変において新たに二つの新規概念を提唱・確立することにより、原理的に40 種類以上ものアミノ酸を同時利用可能な新規人工翻訳合成システム(FIT system)を完成した。以下、(1)二重遺伝暗号と、(2)コドンボックスの人工分割の概念を順に説明する。
【0013】
1.二重遺伝暗号
天然の普遍遺伝暗号表では、一つのコドンは1種類のアミノ酸のみを定義している。しかし例外的に、原核生物の翻訳では、AUG コドンは開始反応ではfMet(ホルミルメチオニン)を、その後の伸長反応においてはMet(メチオニン)を指定する。つまり厳密にはfMet とMet という構造的に異なるアミノ酸を開始と伸長でそれぞれ定義している。ここで本発明者らは、他のコドンでも同様に開始・伸長の両方で利用でき、かつ異なるアミノ酸に対応させることが可能ではないかと考えた。つまり、伸長用とは別に開始反応専用の人工コドン表を新たに用意し、その二つが同時に機能する新概念「二重遺伝暗号」である。
【0014】
天然の翻訳系ではAUG のみが開始コドンとして機能するのに対し、二重遺伝暗号ではAUG 以外の複数のコドンが開始反応に参加する。さらにこれらの人工開始コドンは、開始と伸長反応で別々の二つのアミノ酸を指示する、つまり“Dual sense codon”といえる。二重遺伝暗号を用いた翻訳系では複数の人工開始残基が同時に機能するため、様々なN 末端構造を持ったペプチドライブラリーを一挙に合成可能である。これは一つの翻訳系で機能する開始残基が一つに限られる従来の翻訳系と比べて、大きなメリットであると言える。
【0015】
2.コドンボックスの人工分割
二重遺伝暗号では開始残基のバラエティーが大幅に増大しているが、伸長反応で特殊アミノ酸を利用する場合に、依然いくつかの蛋白質性アミノ酸の利用を諦めなければならない。この問題を解決したのがコドンボックスを人工的に分割した遺伝暗号のリプログラミングである。
【0016】
普遍遺伝暗号表では複数のコドンが同じアミノ酸を定義するケースがある。例えば、GUN のコドンボックスはまるまるVal で占められている。コドンボックスの人工分割の概念では、こういったコドンボックスを二つに分割し、一方に元々の蛋白質性アミノ酸を指定し、他方には別の特殊アミノ酸を定義する[図1右の伸長専用遺伝暗号;例えば、GUN のボックスのうち、GU(A/G)にはVal をGU(U/C)には望みの特殊アミノ酸(Xa3)を割り当てる]。 原理上、この翻訳システムでは、天然の20 種類のアミノ酸に加えて、11 種類までの特殊アミノ酸を伸長反応で同時に利用可能である。
【0017】
3.二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割を組み合わせた新規人工翻訳合成システム
二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割を組み合わせることで、同時利用可能なアミノ酸の種類を大幅に増やした翻訳系を創ることが出来る。つまり、二重遺伝暗号表で利用されている複数のDual sense codon を人工的に分割したコドンボックスに配置する。つまり、1 つのコドンボックス内に4 つの異なるアミノ酸残基を割り当てる。さらに、停止コドンにも特殊アミノ酸を割り当てることが可能である。これにより20 種類の全蛋白質性アミノ酸+11種類以上の人工開始残基+最大12種類までの特殊アミノ酸を同時に一つの翻訳系で利用可能になる。さらに人工分割されたコドンボックス以外の場所にもDual sense codon を配置可能なため、全てあわせるとゆうに40種類以上のアミノ酸を同時利用可能な翻訳系となる。
【0018】
このFIT systemを従来の開始反応の書き換えによる環状ペプチドライブラリー合成(Goto et al., ACS Chem. Biol., 2008, 3, 120-129;WO2008/117833「環状ペプチド化合物の合成方法」)と比較したものが図2 である。図2aが従来の開始反応の書き換え法、bが本発明のFIT systemを示す。以前の手法(図2a)では、一つの翻訳系における開始残基
【0019】
【化1】

【0020】
は一種類に限定され、またMet は同時利用が出来なかった。これに対し、Fit systemでは多様な構造で環化し、複数の特殊アミノ酸を含むペプチドからなるライブラリーを得ることができる。
【0021】
さらに、伸長反応で特殊アミノ酸を利用する場合はその分蛋白質性アミノ酸の利用が制限された。しかし、FIT systemではfMet に加えて複数種類の改変開始残基を同時利用可能であり、さらに複数の特殊アミノ酸及び全ての蛋白質性アミノ酸も伸長反応で導入することが可能である。
【0022】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)特殊アミノ酸を結合したtRNAを無細胞翻訳系に添加してペプチド合成を行うことにより、特殊アミノ酸が導入されたペプチドを合成する方法であって、
リボソーム上の翻訳開始反応において、mRNAの翻訳開始部位のコドンに相補的なアンチコドンを持つ開始tRNAに結合した特殊アミノ酸が開始アミノ酸として機能することでペプチドN末端に導入され、
ペプチド鎖伸長反応において、普遍遺伝暗号表で1種の蛋白質性アミノ酸を指定する複数のコドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられることを特徴とする改変された遺伝暗号表に従って、特殊アミノ酸を結合した伸長用tRNAのアンチコドンで指定される位置に特殊アミノ酸が導入される、前記方法。
(2)特殊アミノ酸を結合したtRNAが、in vitroで転写合成されたtRNAを、in vitroでアミノアシル化することにより調製されたものである、前記方法。
(3)伸長反応用の改変された遺伝暗号表が、普遍遺伝暗号表でLeu、Val、Ser、Pro、Thr、Ala、Arg、及びGlyをそれぞれ指定する複数のコドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられることを特徴とする遺伝暗号表である、前記方法。
(4)伸長反応用の改変された遺伝暗号表において、普遍遺伝暗号表でLeu、Val、Ser、Pro、Thr、Ala、Arg、Glyをそれぞれ指定する4個または6個のコドンのうち2個のコドンが元の蛋白質性アミノ酸に割り当てられたままでありながら、これらコドンの残りは任意の特殊アミノ酸に割り当てられる、(3)の方法。
(5)伸長反応用の改変された遺伝暗号表において、さらに停止コドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられる、(3)の方法。
(6)無細胞翻訳系が、蛋白質性アミノ酸用のtRNA及びARS(アミノアシルtRNA合成酵素)のセットとして、天然のtRNAに代えてin vitroで転写合成されたtRNA、及びこれに蛋白質性アミノ酸を特異的に結合させ得るARSのセットを含み、天然のtRNAを含まない、前記方法。
(7)翻訳開始部位のコドンがAUGまたはAUG以外の任意のトリプレット配列からなる人工開始コドンである、前記方法。
(8)人工開始コドンが、AUG, UGG, AUC, ACC, UCG, AAC, GCC, GGC, CCG, CGG, GGG,又はAUA である、(7)の方法。
(9)同一配列のアンチコドンを持つ開始tRNAと伸長tRNAに異なる特殊アミノ酸を結合することにより、翻訳開始反応と伸長反応で同一配列のコドンを異なる特殊アミノ酸に割り当てることができる、前記方法。
(10)翻訳開始反応と伸長反応で異なる特殊アミノ酸に割り当てられる同一配列のコドンが、AUG, UGG, AUC, ACC, UCG, 又はAACである、(8)の方法。
(11)互いに異なる配列の人工開始コドンを持つ複数のmRNAを鋳型として利用し、それぞれの人工開始コドンに相補的なアンチコドンを持つ開始tRNAに異なる人工開始残基が結合したアミノアシル開始tRNAを無細胞翻訳系に添加してペプチド合成を行うことにより、互いに異なるN末端アミノ酸を持つ複数のペプチドが一つの翻訳系中で合成される、前記方法。
(12)互いに異なる様々な配列を持つ鋳型核酸からなる核酸ライブラリー、任意の特殊アミノ酸を結合した様々なアンチコドン配列を持つ開始tRNA、及び任意の特殊アミノ酸を結合した様々なアンチコドン配列を持つ伸長用tRNAを無細胞翻訳系に添加して、様々な配列を持つ特殊ペプチドからなるペプチドライブラリーを合成する、(1)の方法。
(13)特殊ペプチドが、これをコードする鋳型核酸と結合した状態で合成される、(12)の方法。
(14)特殊ペプチドを翻訳合成するためのキットであって、
(i)mRNAであって、ペプチドをコードする領域が、(a)人工開始残基を指定する人工開始コドン、及び(b)特殊アミノ酸を指定する伸長コドン、を含むmRNA;
(ii)人工開始残基及び特殊アミノ酸用のアミノアシルtRNAであって、(c)前記(a)の人工開始コドンと相補的なアンチコドンを有する、人工開始残基を結合した開始tRNA、及び(d)前記(b)の伸長コドンと相補的なアンチコドンを有する、特殊アミノ酸を結合した伸長tRNA;
(iii)蛋白質性アミノ酸用のtRNA及びARSのセットであって、蛋白質性アミノ酸、修飾塩基を含まない人工tRNA、及びこれに蛋白質性アミノ酸を結合させ得るARSを含むセット;及び
(iv)単離されたリボソーム
を少なくとも含む、前記キット。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、無細胞翻訳系により合成する特殊ペプチドの多様性を飛躍的に向上させることが可能となった。さらに、従来公知の翻訳系よりも、少数のコントロールしやすい因子群でペプチド合成を可能にし、かつ簡単に製造できる。
【0024】
本発明の翻訳系(FIT system)を用いて構築されるペプチドライブラリーは従来よりも幅広いシークエンススペースをカバーでき、生理活性ペプチドを探索する上で大きなメリットが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明者らが提案する人工遺伝暗号の例を示す。開始反応専用(左)と伸長反応専用(右)の二つのコドン表を用いる。
【図2】翻訳合成による環状ペプチドライブラリー合成のイメージ図である。(a)従来の開始反応の書き換え法と(b)本発明のFIT systemを比較した。
【化2】


はそれぞれ人工開始残基・特殊アミノ酸・蛋白質性アミノ酸を示す。
【図3】AUG 以外の複数のコドンが人工開始コドンとして機能することの確認実験の結果である。
【図4】同一のコドンが開始・伸長の両方で機能し、別々のアミノ酸をコードすることの確認実験の結果である。
【図5】二重遺伝暗号を利用し合計8 種類の特殊アミノ酸・人工開始残基を同時利用した実験の結果である。
【図6】T7 RNA ポリメラーゼでin vitro 転写合成したtRNA が翻訳反応で機能することの確認実験の結果である。
【図7】コドンボックス分割実験のイメージ図である。
【図8】コドンボックス(Valコドンボックス)の人工分割実験の結果である。
【図9】コドンボックス(Valコドンボックス以外のコドンボックス)の人工分割実験の結果である。
【図10】コドンボックスの人工分割実験(一度に二つのコドンボックスを分割)の結果である。
【図11】二重遺伝暗号と分割コドンボックスの組み合わせによるFIT systemのイメージ図である。
【図12】二重遺伝暗号表と分割コドンボックスを組み合わせたペプチド合成の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本願で使用される重要な用語と技術の説明をする。
「遺伝暗号(コドン)」 天然の翻訳では、以下に示す普遍遺伝暗号表に従って、64種類のコドンそれぞれに、20種類の蛋白質性アミノ酸及び翻訳の終止が割り当てられている。
【0027】
【表1】

【0028】
蛋白質性アミノ酸または天然アミノ酸とは、通常の翻訳で使用されるα-アミノカルボン酸(または置換型α-アミノカルボン酸)である、アラニン(Ala)、バリン(Val)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)、プロリン(Pro)、トリプトファン(Trp)、フェニルアラニン(Phe)、メチオニン(Met)、グリシン(Gly)、セリン(Ser)、トレオニン(Thr)、チロシン(Tyr)、システイン(Cys)、グルタミン(Gln)、アスパラギン(Asn)、リジン(Lys)、アルギニン(Arg)、ヒスチジン(His)、アスパラギン酸(Asp)、及びグルタミン酸(Glu)の20種類のアミノ酸を指す。
【0029】
これに対し、本発明では、人工遺伝暗号により、各コドンに特殊アミノ酸が割り当てられている。図1は、本発明で提案する人工遺伝暗号の例である。開始反応専用(左)と伸長反応専用(右)の二つのコドン表を用いることができる。XiとXaはそれぞれ人工開始残基と伸長用特殊アミノ酸を意味する。
【0030】
開始反応用のコドン表では、AUG以外に複数の「人工開始コドン」が機能することが特徴である。
伸長反応用のコドン表では、コドンボックスを分割し特殊アミノ酸を追加で定義できることが特徴である。20種類の蛋白質性アミノ酸の指定に必須ではない分割コドンボックスが11個ある。そのため、20種類の天然アミノ酸を維持したまま、これらの分割コドンボックスに最大11種類まで非天然アミノ酸を指定できる。例えば、普遍遺伝暗号表でLeu、Val、Ser、Pro、Thr、Ala、Arg、Glyをそれぞれ指定する4個または6個のコドンのうち2個のコドンが元の蛋白質性アミノ酸に割り当てられたままでありながら、これらコドンの残り(2個または4個)を任意の特殊アミノ酸に割り当てることができる。
【0031】
開始用と伸長用の二種類のコドン表を組み合わせることにより、一種類のトリプレット配列からなるコドンが開始反応と伸長反応でそれぞれ異なる二つのアミノ酸を定義する(Dual sense codon)。
【0032】
「特殊アミノ酸」及び「特殊ペプチド」 本願においてアミノ酸とは、蛋白質性アミノ酸と特殊アミノ酸の両方を指す。「特殊アミノ酸」とは、天然の翻訳で使用される20種類の蛋白質性アミノ酸とは構造の異なるアミノ酸全般を指す。つまり、蛋白質性アミノ酸の側鎖構造の一部が化学的に変更・修飾された非蛋白質性アミノ酸や人工アミノ酸、D体アミノ酸、N-メチルアミノ酸、N-アシルアミノ酸、β-アミノ酸、アミノ酸骨格上のアミノ基やカルボキシル基が置換された構造を有する誘導体等が全て含まれる。本願では便宜上、開始反応においてペプチドのN末端に取り込まれる特殊アミノ酸を特に「人工開始残基」と呼び、それに対し伸長反応においてペプチド鎖中に取り込まれる特殊アミノ酸を狭い意味での「特殊アミノ酸」と呼称することもある。
【0033】
「特殊アミノ酸が導入されたペプチド」あるいは「特殊ペプチド」には、これらの様々な特殊アミノ酸を構成要素とする重合体が含まれる。特殊ペプチドは、その構成要素の一部または全部が特殊アミノ酸であることができる。したがって、特殊ペプチドは、主鎖骨格として通常のアミド結合とは異なる構造も有し得るものである。例えば、アミノ酸とヒドロキシ酸から構成されるデプシペプチド、ヒドロキシ酸が連続して縮合したポリエステル、N-メチルペプチド、N-末端に様々なアシル基(アセチル基、ピログルタミン酸、脂肪酸など)を有するペプチドも、特殊ペプチドに含まれる。また、特殊ペプチドには環状ペプチドも含まれる。上述したように、本発明者らは以前に、翻訳合成された直鎖状のペプチドを分子内反応によって環状化させる手法を開発し、報告した(Goto et al., ACS Chem. Biol., 2008, 3, 120-129、WO2008/117833「環状ペプチド化合物の合成方法」)。同様の方法を本願でも利用可能である。N末にクロロアセチル基を有する特殊アミノ酸を配置し、ペプチド鎖中又はC末にシステインを配置したペプチド配列を翻訳合成して得られる、チオエーテル結合で環化した環状ペプチドはその一例である。これ以外にも、結合形成が可能な官能基の様々な組み合わせに応じて、多様な構造で環化することができる。
【0034】
「tRNA」は、クローバー葉構造に類似する2次構造の形成が可能な配列を有するRNA分子であって、さらにL字形のコンパクトな三次構造をとり、L字形構造の一方の端にあたる3’末端にアミノ酸を結合し(アシル化)、もう一方の端に位置するアンチコドンによってmRNA上のコドンを認識するという機能をもつ。本明細書において、tRNAは天然のtRNAと人工的に構築したtRNAの両方を指す。人工的に構築したtRNAの典型的な例は、in vitro転写により合成されたtRNAである。
【0035】
「開始tRNA」 mRNAの翻訳の開始には、「開始tRNA」と呼ばれる特定のtRNAが必要である。開始アミノ酸を結合した開始tRNAが、開始因子(IF)とともにリボソームの小サブユニットに結合し、リボソームの小サブユニットがmRNA上の開始コドンに結合することで、翻訳が始まる。普遍暗号表においては、開始コドンとしては一般的にはメチオニンのコドンであるAUGが用いられるため、開始tRNAはメチオニンに対応するアンチコドンを有し、開始tRNAは必ずメチオニン(原核細胞ではホルミルメチオニン)を運ぶ。しかしながら、本発明においては、任意のアンチコドンを持つ開始tRNAに任意の開始アミノ酸を結合することにより、開始アミノ酸がメチオニンに限定されず、開始コドンもAUGに限定されない。本願では、メチオニン(又はホルミルメチオニン)以外のアミノ酸を指定するAUG又はAUG以外の開始コドンを「人工開始コドン」と呼ぶ。また、人工開始コドンにより指定され、ペプチドN末端に導入される特殊アミノ酸を「人工開始残基」と呼ぶ。
【0036】
原核生物の開始tRNAでは、1番目の塩基(5’末端の最初の塩基)と72番目の塩基がミスマッチ(非相補的)であり、このミスマッチ塩基対がメチオニルホルミルトランスフェラーゼ(MTF)により認識されてホルミル化されることにより開始反応へと取り込まれ、またEF-Tuとの結合が抑制されるといわれている。(Mayer C, Stortchevoi A, Kohrer C, Varshney U, RajBhandary UL. Initiator tRNA and its role in initiation of protein synthesis. Cold Spring Harb Symp Quasnt Biol. 2001;66:195-206.)一般的に、原核生物由来の翻訳開始反応では、ホルミル基転移酵素及びホルミルドナー(10-formyl-5,6,7,8-tetrahydroforlic acid)によって、開始tRNA上のメチオニンのアミノ基がホルミル基で修飾されることが必要と考えられていたが、本発明者らの別の研究により、その制限がないことが明らかとなっている。例えば、アシル基のないアミノ酸でも翻訳を開始できるばかりか、アミノ基に導入するアシル基には任意のRを付けることができる(R-CO-aa-)。したがって、FIT systemにおいてはホルミルドナー及びMTFは必ずしも必須でない。
【0037】
開始tRNAの例として、後述の実施例ではtRNAfMetEを用いている。このtRNAの塩基配列は、大腸菌の天然tRNAfMet:
(5’-CGCGGGGs4UGGAGCAGCCUGGDAGCUCGUCGGGCmUCAUAACCCGAAGAUCGUCGGTYCAAAUCCGGCCCCCGCAACCA-3’ )がベースになっている。(Cm:2’-O-メチルシチジン)。下線部CAUの箇所がアンチコドンに相当し、AUG開始コドンに対応する。
【0038】
本発明者らは、この天然tRNAに対して、修飾塩基を無くし、5’末端最初のCをGに変化させた開始用tRNAfMetEをin vitro転写によって作製した。本願実施例で使用したtRNAfMetEの配列を示す。NNNの箇所がアンチコドンに相当し、開始コドンに対応するように変化させる。
5’-GGCGGGGUGGAGCAGCCUGGUAGCUCGUCGGGCUNNNAACCCGAAGAUCGUCGGUUCAAAUCCGGCCCCCGCAACCA-3’([修飾を無くした箇所、合計6カ所:s4U8U、D20U、Cm32C、T54U、Y55U。][変異の箇所 、合計1カ所:C1G])
「伸長tRNA」 ペプチド鎖伸長反応では、アミノ酸を結合した「伸長tRNA」あるいは「伸長用tRNA」が、伸長因子Tu(原核生物ではEF-Tu、真核生物ではeEF-1Aと呼ばれる)と結合し、リボソームのA部位へ運ばれる。原核生物の伸長tRNAでは、1番目の塩基と72番目の塩基とが塩基対形成し、かつ、50番目の塩基と64番目の塩基とが塩基対形成しており、これらの塩基対形成はEF-Tuによる認識に必要であるといわれている。
【0039】
特殊アミノ酸用の伸長用tRNAの例として、後述の実施例では、tRNAAsn 由来の人工tRNA(tRNAAsnE2)を用いている。このtRNAの塩基配列は、大腸菌の天然tRNAAsn
(5’-UCCUCUGs4UAGUUCAGDCGGDAGAACGGCGGACUQUUt6AAYCCGUAUm7GUCACUGGTYCGAGUCCAGUCAGAGGAGCCA-3’) がベースになっている(s4U:4-チオウリジン、D:ジヒドロウリジン、Q:キューオシン、t6A:6-スレオニルカルバモイルアデニン、Y:ワイブシン、m7G:7-メチルグアノシン、T:リボチミジン)。
【0040】
本発明者らは、この天然tRNAに対して、修飾塩基を無くし、かつ変異を導入することで、大腸菌の20種類のアミノアシル化酵素によってアミノアシル化を受けない伸長用tRNAAsn-E2をin vitro転写によって作製した。NNNの箇所がアンチコドンに相当し、伸長コドンに対応するように変化させる。
(tRNAAsn-E2:5’-GGCUCUGUAGUUCAGUCGGUAGAACGGCGGACUNNNAAUCCGUAUGUCACUGGUUCGAGUCCAGUCAGAGCCGCCA-3’、[修飾を無くした箇所、合計8カ所:s4U8U、D16U、D20U、t6A37A、Y39U、m7G46G、T54U、Y55U。34番目のQに関しては、アンチコドンなので、伸長コドンに対応して変化させる。][変異の箇所 、合計4カ所:U1G、C2G、G71C、A72C])
「相補的」 塩基対を形成し得るような核酸の塩基の組合わせを、互いに「相補的」であるという。DNAではアデニン(A)とチミン(T)、及び、グアニン(G)とシトシン(C)、RNAではAとウラシル(U)、及び、GとCが対合する。さらに、RNAではG−Uなどのいわゆる非ワトソン−クリック塩基対も熱力学的に安定な塩基対として存在するので、本明細書においてはこれらの組合せも「相補的」であるという。mRNAのコドンとtRNAのアンチコドンの対応は、相補的な塩基の対合に依存する。特に、コドンの3’側第三塩基とアンチコドンの5’側第一塩基の相補鎖形成は、Wobble則により、非ワトソン−クリック塩基対のペアが許容される。コドン配列とアンチコドン配列が「対応する」とは、コドンとアンチコドンの配列が相補鎖を組むことを意味する。
【0041】
上述の他、本発明の実施のための材料及び方法は、化学及び分子生物学の技術分野で慣用される技術に従って、様々な一般的な教科書や専門的な参考文献に記載されている方法を用いる。専門的な参考文献には、本発明者らのグループによりこれまで公表された多数の論文や特許文献が含まれる。
【0042】
ペプチド翻訳合成方法
本発明は、二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割による新規な無細胞(in vitro)人工翻訳合成系「Flexible In-vitro Translation (FIT) system」に関する。一般的に、翻訳系あるいは翻訳合成系とは、ペプチド翻訳合成のための方法及びキットの両方を含む概念である。
【0043】
本発明によるペプチド翻訳合成方法は、特殊アミノ酸を結合したtRNAを無細胞翻訳系に添加してペプチド合成を行うことにより、特殊ペプチドを合成する方法である。この場合の無細胞翻訳系である「Flexible In-vitro Translation (FIT) system」は、翻訳に必要な蛋白質・RNA・小分子を任意に混合して調製された混合物である。これに類似した再構成型の翻訳系の例としては、大腸菌のリボソームを用いる系である、次の文献に記載された技術が公知である:H. F. Kung, B. Redfield, B. V. Treadwell, B. Eskin, C. Spears and H. Weissbach (1977) “DNA-directed in vitrosynthesis of beta-galactosidase. Studies with purified factors” The Journal of Biological Chemistry Vol. 252, No. 19, 6889-6894 ;M. C. Gonza, C. Cunningham and R. M. Green (1985) “Isolation and point of action of a factor from Escherichia coli required to reconstruct translation” Proceeding of National Academy of Sciences of the United States of America Vol. 82, 1648-1652 ; M. Y. Pavlov and M. Ehrenberg (1996) “Rate of translation of natural mRNAs in an optimized in Vitrosystem” Archives of Biochemistry and Biophysics Vol. 328, No. 1, 9-16 ; Y. Shimizu, A. Inoue, Y. Tomari, T. Suzuki, T. Yokogawa, K. Nishikawa and T. Ueda (2001) “Cell-free translation reconstituted with purified components” Nature Biotechnology Vol. 19, No. 8, 751-755;H. Ohashi, Y. Shimizu, B. W. Ying, and T. Ueda (2007) “Efficient protein selection based on ribosome display system with purified components” Biochemical and Biophysical Research Communications Vol. 352, No. 1, 270-276。
【0044】
FIT systemの特徴として、その構成成分のうち任意のものを自由に取り除くことができる点が重要である。かかる特徴を有する限りにおいて、FIT systemでは、任意の生物から単離された成分に、in vitro合成された成分を適宜組み合わせて用いることができる。本明細書の説明及び後述の実施例においては、原核生物由来の系を用いて説明しているが、あくまで説明の便宜のためであり、真核生物由来の翻訳系の使用を排除する意図ではない。
【0045】
以下、大腸菌由来のリボソームを用いた実施例に沿って、本発明を説明する。
翻訳系の典型的な構成として、従来は、(i)T7 RNAポリメレース(DNAからの転写も行う場合)、(ii)翻訳因子としての、大腸菌の開始因子・伸長因子・終結因子・リボソームリサイクリング因子、(iii)20種類のアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)、メチオニルtRNAホルミル転移酵素(MTF)、(iv)大腸菌70Sリボソーム、(v)大腸菌tRNA(大腸菌から単離)、(vi)各種アミノ酸、NTP、エネルギー再生系、その他が含まれていた。
【0046】
本発明で使用されるFIT systemにおいては、上記の(ii)及び(iii)及び(v)の材料を全部、あるいは一部加えていない。例えば、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素、メチオニルtRNAホルミル転移酵素、終結因子、tRNA等の構成分子を加えていない翻訳系を調製する。そのような系は、通常の翻訳系としては機能しなくなるが、そこへ、in vitro 転写合成したtRNAにアミノ酸をチャージしたもの等の人工的に合成した要素や、その他の成分を添加することで、ペプチド合成機能を復活させる。言い換えると、翻訳系の構成要素を必要に応じて加えないことにより望みの遺伝暗号のリプログラミングが可能になる。
【0047】
特殊アミノ酸や人工開始残基の割り当てに必要な、アミノアシルtRNA は、in vitroで転写合成されたtRNAを単離し、in vitroでアミノアシル化することにより調製される。単離されたtRNAをin vitroでアミノアシル化するとは、他のtRNAやARSが存在しない条件で、所望のアミノ酸をtRNAの3’末端に結合させることを意味する。このようなアミノアシル化の方法として、本発明ではペプチドに導入される特殊アミノ酸や人工開始残基に制限がないことから、どのようなアミノ酸にも適用できる方法が好ましい。このような方法として、例えば、化学的アミノアシル化法(Heckler T. G., Chang L. H., Zama Y., Naka T., Chorghade M. S., Hecht S. M.: T4 RNA ligase mediated preparation of novel “chemically misacylated” tRNAPheS. Biochemistry 1984, 23:1468-1473.)、または本発明者らが開発したアミノアシルtRNA 合成リボザイム(ARSリボザイム)を用いる方法が公知である。あるいは、適用できるアミノ酸の種類が限られるが、天然のARSを人工的に改変した酵素を用いる方法も利用可能である。
【0048】
本発明において、tRNAをin vitroでアミノアシル化する方法として、最も好ましいものは、in vitro 転写合成したtRNA を基質として、ARSリボザイムを利用して合成する方法である。
【0049】
本発明で使用されるアミノアシルtRNA合成酵素としては、本発明者らが進化分子工学により創製したRNA触媒であるARSリボザイム(フレキシザイム)が好適である。ARSリボザイムは、天然のARSタンパク質酵素とは異なり、各アミノ酸及び各tRNAに対して特異性を持たず、本来チャージすべきアミノ酸以外の任意のアミノ酸またはヒドロキシ酸を用いたアミノアシル化が可能である。
【0050】
フレキシザイムは、ジニトロベンジルフレキシザイム(dFx)、エンハンスドフレキシザイム(eFx)、アミノフレキシザイム(aFx)等の呼称でも知られる。これらのARSリボザイムを利用することにより、任意のtRNA に望みの人工開始残基もしくは特殊アミノ酸を結合させることができる。
【0051】
公知のARSリボザイムの例(RNA配列)を以下に示す。
原型のフレキシザイム Fx
[GGAUCGAAAGAUUUCCGCAGGCCCGAAAGGGUAUUGGCGUUAGGU-3’, 45nt]
ジニトロベンジルフレキシザイム dFx
[5'-GGAUCGAAAGAUUUCCGCAUCCCCGAAAGGGUACAUGGCGUUAGGU-3’,46nt]
エンハンスドフレキシザイム eFx
[5'-GGAUCGAAAGAUUUCCGCGGCCCCGAAAGGGGAUUAGCGUUAGGU-3’,45nt])
アミノフレキシザイム aFx
[5'-GGAUCGAAAGAUUUCCGCACCCCCGAAAGGGGUAAGUGGCGUUAGGU-3’,47nt])
フレキシザイムによるアミノアシル化反応は穏和な条件で行うことができ、容易な後処理を行うだけで翻訳系に導入して用いることができる。フレキシザイムは、弱く活性化されたアミノ酸を基質として、アミノ酸の反応点であるカルボニル基、及びアミノ酸側鎖あるいは脱離基である芳香環、並びにtRNAの3’末端に存在する5'-RCC-3'配列部分(R = A or G)を認識して、3’末端のアデノシンにアミノアシル化する触媒能を有する。フレキシザイムによるアミノアシル化反応は、アミノ酸基質と、結合相手であるtRNA分子を、フレキシザイム存在下、2時間程度氷上に置くだけで進行する。詳細は以下の文献を参照されたい。
H. Murakami, H. Saito, and H. Suga, (2003), Chemistry & Biology, Vol. 10, 655-662; H. Murakami, D. Kourouklis, and H. Suga, (2003), Chemistry & Biology, Vol. 10, 1077-1084; H. Murakami, A. Ohta, H. Ashigai, H. Suga (2006) Nature Methods 3, 357-359 "A highly flexible tRNA acylation method for non-natural polypeptide synthesis"; N. Niwa, Y. Yamagishi, H. Murakami, H. Suga (2009) Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 19, 3892-3894 "A flexizyme that selectively charges amino acids activated by a water-friendly leaving group"; 及びWO2007/066627。
【0052】
本発明において、特殊アミノ酸用の伸長tRNAとしては、天然のARSに対して直交性を持つ人工tRNAを利用する。すなわち、翻訳系に内在する天然のARSによって認識されず、翻訳系中で天然のアミノ酸によってチャージされることがないような人工tRNAを利用する。このような人工tRNAは、in vitroの転写により合成することができる。特殊アミノ酸用の伸長用tRNAの例として、後述の説明及び実施例では、大腸菌tRNAAsn 由来の人工tRNA(tRNAAsnE2)を用いている。しかしながら、これに限定されるものではなく、使用する翻訳系中において、内在ARSに対して直交性であり、リボソーム上のペプチド伸長反応で利用されることが確認されたtRNAであれば、いずれも使用可能である。
【0053】
開始tRNAは伸長tRNAと異なる配列を有し、開始因子によって認識される。後述の実施例では、in vitro転写により合成した、大腸菌tRNAfMet 由来の人工tRNA(tRNAfMetE)を用いている。しかしながら、これに限定されるものではなく、使用する翻訳系中において、リボソーム上のペプチド翻訳開始反応で利用されることが確認されたtRNAであれば、いずれも使用可能である。
【0054】
Fit systemの成分
特殊ペプチドを翻訳合成するための具体的な構成成分を含むキットも、本発明の一態様である。従来公知の系と対比させながら、本発明で利用可能な翻訳系の具体的な構成成分について説明する。
【0055】
翻訳系には、翻訳の鋳型となる塩基配列に対応するDNAまたはRNA分子が供される。鋳型DNAからの転写を行うためには、T7 RNA polymeraseのような適当なRNAポリメレースを加える。あらかじめ転写したmRNAを翻訳系に加える場合、RNA polymeraseの添加は不要である。核酸配列には、生細胞を利用したタンパク質発現系と同様に、目的のアミノ酸配列をコードする領域に加えて、使用する翻訳系に合わせて、翻訳に有利な塩基配列を付加的に含むことができる。例えば、大腸菌由来のリボソームを利用する系の場合は、開始コドンの上流にShine-Dalgarno(SD)配列やイプシロン配列などを含むことにより翻訳反応の効率が上昇する。ここまでは従来の無細胞翻訳系と同様である。ペプチドをコードする領域のN末端には、人工開始残基となる特殊アミノ酸を指定する人工開始コドンが配置される。伸長反応で導入される特殊アミノ酸は、伸長コドンにより指定される。C末端側には、従来の系と同様、in vitroディスプレイ用に、核酸分子とその翻訳産物であるペプチドを連結するための配列を含んでいてもよい。
【0056】
さらに、翻訳系には、人工開始残基・特殊アミノ酸用に、予め人工開始残基もしくは特殊アミノ酸でアミノアシル化されたtRNAが供される。蛋白質性アミノ酸用には、蛋白質性アミノ酸・tRNA・特異的なARS蛋白質酵素のセットが供される。蛋白質性アミノ酸用のtRNAとして、大腸菌のリボソームを用いた従来公知の系では大腸菌由来のtRNAを用いるが、本願発明においてはin vitro転写により合成した人工tRNAを使用する。ARSについても、従来公知の系では全ての蛋白質性アミノ酸に対応する20種類のARSを用いるが、本願発明においては任意に指定した二重遺伝暗号・分割遺伝暗号を利用するため、必ずしも20種類全てのARSを必要としない。
【0057】
通常の翻訳反応では、開始コドンAUGには、開始tRNAにより、N-ホルミルメチオニンが規定されるため、10-formyl-5,6,7,8-tetrahydroforlic acid(Baggott et al., 1995)のようなホルミルドナーが必須であるが、本発明では開始コドンAUG又は人工開始コドンを利用して特殊アミノ酸(人工開始残基)を導入するため、ホルミルドナーは任意である。同様の理由で、methionyl-tRNA formyltransferase(MTF)も必須でない。
【0058】
従来の系と同様、タンパク質合成装置としてのリボソームは必須である。リボソームは50種以上のリボソームタンパク質と数種のRNA分子(rRNA)が集合したRNA-蛋白質複合体であり、mRNAの遺伝情報を読み取り、アミノ酸の重合を触媒する。大腸菌から単離されたリボソームが好適に利用されるが、他の生物由来のものでも利用できる。
【0059】
その他、蛋白質類では、翻訳開始因子(例えば、IF1、IF2、IF3)、翻訳伸長因子(例えばEF-Tu、EF-Ts、EF-G)、翻訳終結因子(例えば、RF1、RF2、RF3、RRF)、エネルギーソース再生のための酵素(例えばcreatine kinase, myokinase, pyrophosphatase, nucleotide-diphosphatase kinase)を使用する。この中で、翻訳終結因子・エネルギーソース再生のための酵素の添加は任意である。
【0060】
加えて、従来の系と同様、適当な緩衝溶液、翻訳反応のエネルギーソースとしてのNTP類、Creatine phosphate、リボソーム活性化、RNA安定化、蛋白質安定化のために必要な因子等を適宜使用することができる。
【0061】
さらに、本発明者らの別の研究で実証された主鎖骨格が環化したペプチドの合成のために(T. Kawakami, A. Ohta, M. Ohuchi, H. Ashigai, H. Murakami, H. Suga, Nat. Chem. Biol., 2009, 5,888-890)、peptide deformylase (PDF)や methionine aminopeptidase (MAP)などの翻訳反応には直接関与しない酵素を追加で適宜加えることも可能である。
【0062】
以下、人工開始残基をXi、伸長反応に用いられる特殊アミノ酸をXa と称して説明を行う。
1.二重遺伝暗号
複数のコドンを人工開始コドンとして利用するために、翻訳系には様々なアンチコドン配列を持つ複数のアミノアシル開始tRNA を加える。そのそれぞれに別々の人工開始残基をチャージさせておけば、アンチコドン配列に対応するコドン(人工開始コドン)にそれぞれの人工開始残基を割り当てることが出来る。翻訳されるmRNA 上の開始コドンの位置に人工開始コドンの配列が存在する場合には、対応するアミノアシル開始tRNA(例えば、対応するアンチコドン配列を有するアミノアシルtRNAfMetE)がそれらを読み取り、望みの人工開始残基をN 末端に持つペプチドが合成される。
【0063】
上述で利用した人工開始コドンの配列をDual sense codon として伸長反応でも利用するために、翻訳系には様々なアンチコドン配列を持つ複数のアミノアシル伸長tRNA(例えば、対応するアンチコドン配列を有するアミノアシルtRNAAsnE2)を加える。
【0064】
開始tRNA と伸長tRNA は異なる配列を持つため、お互いが間違って機能することはない(例えば、伸長tRNAは開始反応では利用されない、逆もまた同じ)。これにより、一つのコドン配列に開始反応と伸長反応で別々のアミノ酸を割り当てることが可能になる。
【0065】
2.コドンボックスの人工分割
天然のtRNA はその塩基配列に修飾を受けているため、3 個以下のtRNA でもひとつのコドンボックス中の4つのコドン配列全てを読み取ることが出来る。例えば、アンチコドン配列UAC 中のU がcmo5U へと修飾されているVal のtRNA はGU(U/C/A/G)の4 つ全てのコドンを読み取る。これがGUNコドンボックスがVal で占められている所以である。
【0066】
本発明においては、こういったコドン-アンチコドン配列のミスマッチの許容を避けるため、コドンボックスの人工分割を行う場合には天然のtRNA を一切使わず、修飾塩基を含まない、人工的に合成されたtRNAを用いる。適当なRNAポリメレースによりin vitro合成したものが好適である。in vitro 合成されたtRNA は修飾塩基を持たないため、上記の様に4 種類のコドンを読み取ることはない。
【0067】
Val のコドンボックスを例にとって説明を続けると、例えば、CAC アンチコドンを持つin vitro 合成されたtRNAValCAC と望みの特殊アミノ酸でアシル化したGAC アンチコドンを持つtRNAAsnE2(Xa-tRNAAsnE2GAC)とを加える。そうするとtRNAValCAC は系中でVal のARS によってVal-tRNAValCACへと変換されてGUG コドンを読み取ることでVal を割り当て、Xa-tRNAAsnE2GAC はそれとは独立してGU(U/C)コドンを読み取りXa を割り当てる。これにより、通常は一つのアミノ酸のみに利用されているコドンボックスを人工的に分割し、元々の蛋白質性アミノ酸を保持したまま望みの特殊アミノ酸を遺伝暗号に追加することが出来る。
【0068】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0069】
AUG 以外の複数のコドンが人工開始コドンとして機能することの確認実験(図3)
開始コドン部位に様々なコドンを配置したmRNA(mRNA1XXX,XXX はそれぞれのmRNAに配置された人工開始コドンの配列を意味する)を用意する。
【0070】
それぞれの人工開始コドン配列に対応するアンチコドン配列を有するtRNAfMetEにN- アセチルフェニルアラニン(AcPhe)をチャージさせたtRNA(AcPhe-tRNAfMetExxx, xxx はそれぞれのアンチコドンを意味する)存在下でmRNA を翻訳し、望みのN 末端にAcPhe を持つペプチドが翻訳産物として得られるかどうかを確認した。
【0071】
その結果、天然開始コドンのAUG に加え、少なくともUGG, AUC, ACC, UCG, AAC, GCC, GGC, CCG, CGG, AUA でも翻訳反応を開始できることが示され、幅広いコドンが人工開始コドンとして利用できることが確認された。
【実施例2】
【0072】
同一のコドンが開始・伸長の両方で機能し、別々のアミノ酸をコードすることの確認実験(図4)
開始コドン部位と伸長部位の両方に様々なコドンを配置したmRNA(mRNA2XXX, XXX はそれぞれのmRNA に配置された評価対象のDual sense codon の配列を意味する)を用意する。それぞれのDual sense codon コドン配列に対応するアンチコドン配列を有するtRNAfMetE にN-アセチルフェニルアラニン(AcPhe)をチャージさせたtRNA(AcPhe-tRNAfMetExxx, xxx はそれぞれのアンチコドンを意味する)と、同じアンチコドン配列を有するtRNAAsnE2にN-アセチルリシン(Aly)をチャージさせたtRNA(Aly-tRNAAsnE2xxx)とを調製する。そして、mRNA を開始・伸長二種類のアミノアシルtRNA 存在下で翻訳し、望みのN 末端にAcPhe を、ペプチド鎖中にAly を含むペプチドが翻訳産物として得られるかどうかを確認した。
【0073】
その結果、少なくともAUG, UGG, AUC, ACC,UCG, AAC のコドンがDual sense codon として機能し、開始反応と伸長反応の両方で別々のアミノ酸を指定出来ることが確認された。
【実施例3】
【0074】
二重遺伝暗号を利用して合計8 種類の特殊アミノ酸・人工開始残基を同時利用した実験(図5)
この実験で用いる二重遺伝暗号ではAUG, UCG, AAC, UGG の人工開始コドンにそれぞれN-アセチルフェニルアラニン(AcPhe)、N-ペンテノイルフェニルアラニン(PePhe)、N-アミノメチルベンゾイルフェニルアラニン(BAPhe)、N-メチルヘキサノイルフェニルアラニン(MhPhe)の4 種類の人工開始残基を、AUG, UCG, AAC,UGG の伸長コドンにそれぞれN-アセチルリシン(Aly)、ヨードフェニルアラニン(Iph)、ヒドロキシプロリン(Hyp)、シトルリン(Cit)の4 種類の特殊アミノ酸を配置する。そのため、AcPhe-tRNAfMetECAU, PePhe-tRNAfMetECGA, BAPhe-tRNAfMetEGUU, MhPhe-tRNAfMetECCA, Aly-tRNAAsnE2CAU, Iph-tRNAAsnE2CGA, Hyp-tRNAAsnE2GUU, Cit-tRNAAsnE2CCA の8 種類のアミノアシルtRNA を調製して翻訳系に加える。さらに、ここでは4種類のmRNA(mRNA2AUG, mRNA2UGG, mRNA2AAC, mRNA2UGG)を混合し一つの翻訳系中で共発現させた。
【0075】
得られた翻訳産物の混合物には望みの4 種類のペプチドのみが存在した。この結果から、実際に二重遺伝暗号による翻訳系を利用し、異なるN 末端(人工開始残基)及び特殊アミノ酸を持つ複数のペプチドを一反応でミックス合成できることが示された。
【実施例4】
【0076】
T7 RNA ポリメラーゼでin vitro 転写合成したtRNA が翻訳反応で機能することの確認実験(図6)
20 種類の蛋白質性アミノ酸それぞれをコードしているコドンを有するmRNA4 XXX(XXX は様々なコドン)を用意し、これらのmRNA をin vitro 転写合成したtRNA のみ存在する翻訳系(translation system without natural tRNAs)で発現した。
【0077】
その結果、全ての種類のアミノ酸を含むペプチドが合成され、T7 RNA ポリメラーゼでin vitro 転写合成されたtRNA を用いても通常通り翻訳合成が機能することが確認された。
【実施例5】
【0078】
コドンボックスの人工分割実験(図7-10)
ここでは、バリン・セリン・アルギニン・グリシンのコドンボックスを人工的に分割した実験について述べる。
【0079】
図7はコドンボックス分割実験のイメージ図である。コドンボックス分割実験では、天然のtRNAを一切含まない翻訳系(translation system without natural tRNAs)を用いる。これに、20種類の蛋白質性アミノ酸を指定するのに必要なtRNA(in vitro転写で合成)と、望みの特殊アミノ酸を指定するのに必要なアミノアシルtRNA(in vitro転写、及びフレキシザイム等のアシル化技術を利用して合成)を加えることで人工的にコドンボックスを分割し、分割したボックスのそれぞれに元の蛋白質性アミノ酸と特殊アミノ酸とを共存させる。
【0080】
分割するコドンに配置されている4種類のアミノ酸をコードするためのin vitro 転写tRNA(tRNAValCAC, tRNAArgCCG, tRNASerCGA, tRNAGlyCCC)、それ以外の16 種類の蛋白質性アミノ酸用のin vitro 転写tRNA、及び四種類の特殊アミノ酸でチャージされたtRNAAsnE2MeTyr-tRNAAsnE2GAC, MeSer-tRNAAsnE2GCG, Aly-tRNAAsnE2GGA, Iph-tRNAAsnE2GCC)を加えた翻訳系を用意する。この翻訳系で用いられる遺伝暗号は上記4つのコドンボックスが人工的に分割されており、その中に元々の蛋白質性アミノ酸と特殊アミノ酸とが共存している。
【0081】
この翻訳系を用いて様々な配列のmRNA を発現した結果、全てのケースで望みのペプチド(つまり分割されたコドンボックス中に存在する天然・非天然両方のアミノ酸を含むペプチド)が得られた。これにより、コドンボックスの人工分割の概念が実験的に実証されたと共に、天然の20 種類のアミノ酸+4 種類の特殊アミノ酸が同時利用可能な翻訳合成系が確立された。
【0082】
図8から図10は、コドンボックス分割実験結果の例示である。
図8では、GUNのコドンボックスを分割し、GUGコドンに蛋白質性アミノ酸のValを、GUCコドンに特殊アミノ酸のMeTyrを割り当てた。
〔上段〕用いたmRNAの配列、及びそれにコードされるアミノ酸配列(P-1及びP-2)。
〔下段・左〕翻訳産物のTricine-SDS PAGE。Lane 1:天然のtRNAを全て含む、通常の翻訳系でmRNAを翻訳し、P-1を合成。Lane 2:天然のtRNAを全て含まず、必要なin vitro転写tRNAを加えた翻訳系でmRNAを翻訳し、P-1を合成。Lane 3:天然のtRNAを全て含まず、必要なin vitro転写tRNAと非天然アミノアシルtRNAを加えた翻訳系でmRNAを翻訳し、P-2を合成。
〔下段・右〕Tricine-SDS PAGEのLane2及び3の条件で翻訳合成したペプチドの質量分析結果(MALTI-TOF MS analysis)。
指定した通り、P-1及びP-2の配列を持つペプチドの合成が確認された。
【0083】
図9では、(1)CGN・(2)UCN・(3)GGNのコドンボックスを分割し、特殊アミノ酸として、(1)MeSer・(2)Aly・(3)Iphを割り当てた。また、分割遺伝暗号を利用して翻訳合成したペプチドの質量分析結果を右に示した。分割遺伝暗号に指定された通り、分割されたコドンボックス中の天然・非天然両方のアミノ酸を含むペプチドの合成が確認された。
【0084】
図10では、一度に二つのコドンボックスを分割した実験を示す。それぞれ、(1)CGN,GUN・(2)UCN,GUN・(3)CGN,GGNのコドンボックスを分割した。実際に翻訳合成を行い、翻訳産物の質量分析を行った結果を右に示した。分割遺伝暗号に指定された通り、複数の分割コドンボックス中の天然・非天然両方のアミノ酸を含むペプチドの合成が確認された。
【実施例6】
【0085】
二重遺伝暗号表と人工コドンボックス分割を組み合わせた新規人工翻訳合成システム(図11-12)
図11は、二重遺伝暗号と分割コドンボックスの組み合わせによる新規人工翻訳システムのイメージ図である。この翻訳システムでは、天然のtRNAを一切含まない翻訳系を用いる。これに、20種類の蛋白質性アミノ酸を指定するのに必要なtRNA(in vitro転写で合成)と、望みの特殊アミノ酸及び人工開始残基を指定するのに必要なアミノアシルtRNA(in vitro転写、及びフレキシザイム等のアシル化技術を利用して合成)を加える。これにより、利用する開始コドンを増やしてそのそれぞれに人工開始残基を割り当て、また一方で伸長反応では、人工的にコドンボックスを分割し、分割したボックスのそれぞれに元の蛋白質性アミノ酸と特殊アミノ酸とを共存させる。
【0086】
本実施例では、セリン・アルギニン・グリシンのコドンボックスを人工的に分割し、かつその中に存在するあるコドンを人工開始コドンとしても利用し、Dual sense codon としても機能させた。
【0087】
三種類の人工開始残基でチャージされたtRNAfMetEAcTyr-tRNAfMetECCG, PenTyr-tRNAfMetECGA, MhPhe-tRNAfMetECCC)・三種類の特殊アミノ酸でチャージされたtRNAAsnE2MeSer-tRNAAsnE2GCG, Aly-tRNAAsnE2GGA, Iph-tRNAAsnE2GCC)・分割するコドンに配置されている3 種類のアミノ酸をコードするためのin vitro 転写tRNA(tRNAArgCCG, tRNASerCGA, tRNAGlyCCC)・それ以外の17 種類の蛋白質性アミノ酸用のin vitro 転写tRNA を加えた翻訳系を用意する。この翻訳系で用いられる遺伝暗号は上記3つのコドンボックスが人工的に分割されており、その中には開始と伸長両方で機能するDual sense codon が配置されているため、元々の蛋白質性アミノ酸・人工開始残基・特殊アミノ酸の3つのアミノ酸が一つのコドンボックス中に共存している。
【0088】
図12は、上述のペプチド合成例の結果を示す。ここでは、(1)CGG・(2)UCG・(3)GGGを人工開始コドンとして利用し、伸長反応では(1)CGN・(2)UCN・(3)GGNのコドンボックスを分割し、特殊アミノ酸を割り当てた。実際に翻訳合成を行い、翻訳産物の質量分析を行った結果、コドン分割を含む二重遺伝暗号に指定された通り、N末端に人工開始残基を持ち、複数の分割コドンボックス中の天然・非天然両方のアミノ酸を含むペプチドの合成が確認された。
【0089】
この翻訳系を用いて様々な配列のmRNA を発現した結果、全てのケースで望みのペプチド(つまり分割されたコドンボックス中で指定された人工開始残基、天然・非天然両方のアミノ酸を含むペプチド)が得られた。これにより、二重遺伝暗号とコドンボックスの人工分割の組み合わせが可能であることが実験的に実証されたと共に、天然の20 種類のアミノ酸+3 種類の人工開始残基+4 種類の特殊アミノ酸が同時利用可能な翻訳合成系が確立された。
【産業上の利用可能性】
【0090】
これまでに本発明者らは、翻訳系において特定の特殊アミノ酸を利用することで様々な特殊な骨格を含むペプチド(特殊ペプチド)の翻訳合成法を複数開発している。特殊ペプチドとはN 末端アシル基・N-メチルアミノ酸・D-アミノ酸・大環状骨格など構造を含むペプチドの総称であり、これら特殊骨格を含むため膜透過性・特異性・生体安定性などの医薬品に必要な特性を併せ持っており、医薬品開発のモチーフとして期待ができる。翻訳系はペプチドライブラリーの構築法として優れた合成手法であるため、翻訳系で特殊ペプチドが合成出来る技術は新たな医薬品候補の探索を行う上で非常に強力なツールとなってきている。
【0091】
本技術によって一つの翻訳系で利用可能な特殊アミノ酸の数を増やすことができる(通常は20 種類の蛋白質性アミノ酸のところ、20 種類以上の特殊アミノ酸を追加して合計40 種類以上)。これにより、翻訳系で構築される特殊ペプチドライブラリーにおける配列空間を大幅に拡げることが出来る。これは得られるペプチドライブラリーが高い配列多様性だけでなく、高い構造的多様性も示すことを意味し、より良いクオリティのライブラリー構築が可能になると言える。

【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号1 開始tRNA tRNAfMetE
配列番号2 伸長tRNA tRNAAsn-E2
配列番号3 フレキシザイム Fx
配列番号4 ジニトロベンジルフレキシザイムdFx
配列番号5 エンハンスドフレキシザイムeFx
配列番号6 アミノフレキシザイム aFx

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特殊アミノ酸を結合したtRNAを無細胞翻訳系に添加してペプチド合成を行うことにより、特殊アミノ酸が導入されたペプチドを合成する方法であって、
リボソーム上の翻訳開始反応において、mRNAの翻訳開始部位のコドンに相補的なアンチコドンを持つ開始tRNAに結合した特殊アミノ酸が開始アミノ酸として機能することでペプチドN末端に導入され、
ペプチド鎖伸長反応において、普遍遺伝暗号表で1種の蛋白質性アミノ酸を指定する複数のコドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられることを特徴とする改変された遺伝暗号表に従って、特殊アミノ酸を結合した伸長用tRNAのアンチコドンで指定される位置に特殊アミノ酸が導入される、前記方法。
【請求項2】
特殊アミノ酸を結合したtRNAが、in vitroで転写合成されたtRNAを、in vitroでアミノアシル化することにより調製されたものである、請求項1の方法。
【請求項3】
伸長反応用の改変された遺伝暗号表が、普遍遺伝暗号表でLeu、Val、Ser、Pro、Thr、Ala、Arg、及びGlyをそれぞれ指定する複数のコドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられることを特徴とする遺伝暗号表である、請求項1または2の方法。
【請求項4】
伸長反応用の改変された遺伝暗号表において、普遍遺伝暗号表でLeu、Val、Ser、Pro、Thr、Ala、Arg、Glyをそれぞれ指定する4個または6個のコドンのうち2個のコドンが元の蛋白質性アミノ酸に割り当てられたままでありながら、これらコドンの残りは任意の特殊アミノ酸に割り当てられる、請求項3の方法。
【請求項5】
伸長反応用の改変された遺伝暗号表において、さらに停止コドンの一部が特殊アミノ酸に割り当てられる、請求項3または4の方法。
【請求項6】
無細胞翻訳系が、蛋白質性アミノ酸用のtRNA及びARSのセットとして、天然のtRNAに代えてin vitroで転写合成されたtRNA、及びこれに蛋白質性アミノ酸を特異的に結合させ得るARSのセットを含み、天然のtRNAを含まない、請求項1または2の方法。
【請求項7】
翻訳開始部位のコドンがAUGまたはAUG以外の任意のトリプレット配列からなる人工開始コドンである、請求項1または2の方法。
【請求項8】
人工開始コドンが、AUG, UGG, AUC, ACC, UCG, AAC, GCC, GGC, CCG, CGG, GGG 又はAUA である、請求項7の方法。
【請求項9】
同一配列のアンチコドンを持つ開始tRNAと伸長tRNAに異なる特殊アミノ酸を結合することにより、翻訳開始反応と伸長反応で同一配列のコドンを異なる特殊アミノ酸に割り当てることができる、請求項1または2の方法。
【請求項10】
翻訳開始反応と伸長反応で異なる特殊アミノ酸に割り当てられる同一配列のコドンが、AUG, UGG, AUC, ACC, UCG, 又はAACである、請求項9の方法。
【請求項11】
翻訳開始部位のコドンとして、AUGまたはAUG以外の任意のトリプレット配列から選択される、互いに異なる配列の人工開始コドンを持つ複数のmRNAを鋳型として利用し、それぞれの人工開始コドンに相補的なアンチコドンを持つ開始tRNAに異なる特殊アミノ酸が結合したアミノアシル開始tRNAを無細胞翻訳系に添加してペプチド合成を行うことにより、互いに異なるN末端アミノ酸を持つ複数のペプチドが一つの翻訳系中で合成される、請求項1または2の方法。
【請求項12】
互いに異なる様々な配列を持つ鋳型核酸からなる核酸ライブラリー、任意の特殊アミノ酸を結合した様々なアンチコドン配列を持つ開始tRNA、及び任意の特殊アミノ酸を結合した様々なアンチコドン配列を持つ伸長用tRNAを無細胞翻訳系に添加して、様々な配列を持つ特殊ペプチドからなるペプチドライブラリーを合成する、請求項1の方法。
【請求項13】
ペプチドが、これをコードする鋳型核酸と結合した状態で合成される、請求項12の方法。
【請求項14】
特殊ペプチドを翻訳合成するためのキットであって、
(i)mRNAであって、ペプチドをコードする領域が、
(a)人工開始残基を指定する人工開始コドン、及び
(b)特殊アミノ酸を指定する伸長コドン
を含むmRNA;
(ii)人工開始残基及び特殊アミノ酸用のアミノアシルtRNAであって、
(c)前記(a)の人工開始コドンと相補的なアンチコドンを有する、人工開始残基を結合した開始tRNA、及び
(d)前記(b)の伸長コドンと相補的なアンチコドンを有する、特殊アミノ酸を結合した伸長tRNA;
(iii)蛋白質性アミノ酸用のtRNA及びARSのセットであって、蛋白質性アミノ酸、修飾塩基を含まない人工tRNA及びこれに蛋白質性アミノ酸を結合させ得るARSを含むセット;
及び
(iv)単離されたリボソーム
を少なくとも含む、前記キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−44925(P2012−44925A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−190315(P2010−190315)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】