新規核初期化物質
本発明は、IRXファミリーのメンバー(例: IRX6)、GLISファミリーのメンバー(例: GLIS1)、PTXファミリーのメンバー(例: PITX2)及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、Klf4を代替し得る各初期化物質を提供する。本発明はまた、上記核初期化物質の1種以上と、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とを、体細胞に導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法を提供する。さらに、該方法により得られうる、上記核初期化物質のいずれかをコードする外来性核酸を含むiPS細胞、該iPS細胞に分化を誘導することによる体細胞の製造方法も提供される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、新規核初期化物質及びその用途に関する。より詳細には、本発明は、Klf4の代替となり得る新規核初期化物質、並びにそれを用いた人工多能性幹(以下、iPSという)細胞の樹立方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
近年、マウスおよびヒトのiPS細胞が相次いで樹立された。Yamanakaらは、ESTデータベースの解析により、ES細胞や生殖細胞などの多能性細胞で特異的に発現する遺伝子を同定し、ノックアウトマウス技術等を用いてそれらの機能解析を行い、さらに他の研究グループの報告を合わせて、24遺伝子を、体細胞に多能性を誘導する(核を初期化する)物質の候補として選択した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.とYamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006))。この24遺伝子を、Fbx15遺伝子座にネオマイシン耐性遺伝子をノックインしたレポーターマウス由来の線維芽細胞(MEF)に、レトロウイルスを用いて導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した。次に1遺伝子を差し引いた23遺伝子を導入することにより核初期化に最重要な遺伝子の絞込みを行い、最終的にOct3/4, Sox2, Klf4及びc-Myc遺伝子の4遺伝子を、体細胞の核初期化に必要な因子として同定した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.とYamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006))。
【0003】
また、Yamanakaらは、Fbx15よりも多能性細胞に発現が限局しているNanogの遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)及びピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウスを作製し、該マウス由来のMEFで上記4遺伝子を強制発現させ、ピューロマイシン耐性かつGFP陽性の細胞を選別することにより、遺伝子発現やエピジェネティック修飾が胚性幹(ES)細胞とほぼ同等のiPS細胞(Nanog iPS細胞)を樹立し、キメラマウスを作製することに成功した(Okita, K.ら, Nature, 448: 313-317 (2007))。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を作製でき、キメラマウスの生殖系列にも寄与することが明らかとなった(Nakagawa, M.ら, Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008))。
【0004】
さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子もしくは3遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.ら, Cell, 131: 861-872 (2007))。このように、体細胞に特定因子を導入することにより、ヒト及びマウスで、分化多能性においてES細胞と遜色のないiPS細胞を作製できることが示された。
【0005】
Oct3/4, Sox2, Klf4及びc-Mycの4遺伝子のうち、Oct3/4及びSox2はES細胞の自己複製能と多能性の維持に必須であるといわれており、c-MycもまたES細胞の自己複製能及び多能性維持への関与が報告されている。一方、Klf4は、増殖、分化、発生、アポトーシス等の種々の生物学的プロセスを制御する転写因子であるKruppel-like factor(Klf)ファミリーに属するが(McConnell, B.B.ら, Bioassays, 29: 549-557 (2007))、詳しい働きはよくわかっていない。着床後胚のエピブラストから樹立されるepiblast stem cell(EpiSC)は、ES細胞と異なり、宿主胚盤胞に注入してもキメラ胚を形成することができないが、EpiSCではOct3/4やSox2はES細胞と同等に発現しているのに対し、Klf4遺伝子の発現が顕著に低下している。また最近、EpiSCにKlf4遺伝子のみを導入することにより、ES細胞に近い性質を獲得させることができることが報告された(Guo, G.ら, Development, 136: 1063-1069 (2009))。
【0006】
しかし、Klf4をRNAiによりノックダウンしても、ES細胞の形態学的変化は認められないことから(Nakatake, Y.ら, Mol. Cell. Biol., 26: 7772-7782 (2006))、Klf4はES細胞の未分化状態維持に必須でないことが示唆されている。Yamanakaらは、4遺伝子はそれぞれ同一ファミリーに属する他の遺伝子によって代替できると考え、Klf4をKlf1、Klf2もしくはKlf5に代えてもiPS細胞を樹立できることを示している(WO2007/069666 A1; Nakagawa, M.ら, Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008))。また、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製できることを報告しており(WO 2008/118820 A2; Yu, J.ら, Science, 318: 1917-1920 (2007))、Klf4の機能はNanogと共通点が多いとも考えられる。
【0007】
Jiangらのグループは、ES細胞にレチノイン酸による分化誘導処理を施すと、Klf4だけでなくKlf2やKlf5の発現も低下することに着目し、Klf2、Klf4及びKlf5を同時にノックダウンしたところ、ES細胞の分化が誘導されることを見出し、Klf2やKlf5等のKlfファミリーの少なくとも一部は、ES細胞におけるKlf4の機能を代替し得る可能性を示した(Jiang, J.ら, Nat. Cell Biol., 10: 353-360 (2008))。彼らはさらに、Oct3/4, Sox2及びc-Mycの3遺伝子とともに、Klf2もしくはKlf5遺伝子、あるいは他の転写因子やエピジェネティック調節因子をMEFに導入し、Klf2やKlf5がKlf4を代替し得ることを確認するとともに、エストロゲン受容体に類似するオーファン核内受容体であるEsrrbもまた、Klf4を代替し得ることを見出した(Feng, B.ら, Nat. Cell Biol., 11: 197-203 (2009))。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
発明の要約
iPS細胞の臨床応用を目指す上で、核初期化メカニズムの全貌を解明することは極めて重要である。従来公知の核初期化物質を代替し得る未知の核初期化物質を同定することは、核初期化メカニズムの解明の一助となるのみならず、臨床応用に最適なiPS細胞の樹立プロセスを確立する意味でもその意義は大きい。したがって、本発明の目的は、新規核初期化物質、特にKlf4の代替となり得る新規核初期化物質を同定し、それを用いた新規なiPS細胞の樹立方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、ES細胞等の多能性細胞で特異的に発現する遺伝子に拘らず、広く転写因子の遺伝子ライブラリーの中から、Klf4の代替因子としてiPS細胞を樹立することができる遺伝子を網羅的に探索した。その結果、IRXファミリーに属する遺伝子、GLISファミリーに属する遺伝子、PTXファミリーに属する遺伝子またはDMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)遺伝子を、Oct3/4, Sox2及びc-Mycの3遺伝子とともにアダルトマウスの皮膚由来線維芽細胞またはMEFに導入した場合に、iPS細胞を効率よく樹立することができ、これらの転写因子を、Klf4の機能を代替し得る新規核初期化物質として同定して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1] 以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を体細胞に導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
[2] 前記(1)の物質が、iroquois homeobox protein 6 (IRX6)、GLIS family zinc finger 1 (GLIS1)、paired-like homeodomain transcription factor 2 isoform b (PITX2)及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、上記[1]記載の方法。
[3] 前記(2)の物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Mycファミリーのメンバー、Nanog及びLinファミリー、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、上記[1]記載の方法。
[4] 前記(2)の物質がOct3/4である、上記[1]記載の方法。
[5] 前記(2)の物質がOct3/4及びSox2である、上記[1]記載の方法。
[6] 前記(2)の物質がOct3/4及びc-Mycである、上記[1]記載の方法。
[7] 前記(2)の物質がOct3/4、Sox2及びc-Mycである、上記[1]記載の方法。
[8] 以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤。
[9] 前記(1)の物質が、IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、上記[8]記載の剤。
[10] IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
[11] IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、上記[10]記載のiPS細胞。
[12] 少なくとも1種の外来性核酸がゲノムに組み込まれている、上記[10]記載のiPS細胞。
[13] 上記[10]記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
[14] IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、剤。
[15] iPS細胞の製造のための、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質の使用であって、該物質が、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
[16] 体細胞からのiPS細胞の誘導剤としての、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される物質であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、物質。
[17] 体細胞の製造における、上記[10]記載のiPS細胞の使用。
[18] 体細胞の製造における細胞ソースとしての、上記[10]記載のiPS細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1が、核初期化におけるKlf4の機能を代替し得ることが明らかになった。これらの核初期化物質の作用機序を研究することにより、核初期化メカニズムの解明がさらに進むことが期待される。また、ES細胞で特異的に発現している遺伝子以外の遺伝子が、本発明により新たに核初期化物質として同定されたことは、未知の核初期化物質が今後もさらに見出される可能性を示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、ヒトGateway(登録商標)エントリークローン(N. Goshima et al., Nature methods, 2008)から機能別エントリークローンを絞り込むまでのステップを示した概念図である。
【図2】図2は、転写因子のエントリークローンから体細胞初期化因子スクリーニング用の転写因子発現ライブラリーを作製した手順を示す図である。
【図3】図3は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)と、G06(遺伝子名:GLIS1)、H08(遺伝子名:DMRTB1)またはH10(遺伝子名:PITX2)との計4種の遺伝子をレトロウイルスでNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して得られたGFP陽性コロニーの形態を示す写真である。「Klf-G6-1」は3遺伝子と共にG06(遺伝子名:GLIS1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H8-2」は3遺伝子と共にH08(遺伝子名:DMRTB1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H10-1」および「Klf-H10」は3遺伝子と共にH10(遺伝子名:PITX2)を導入して得られたiPS細胞クローンを、それぞれ示す。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目(24ウエル)、P2は2継代目(6ウエル)を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。Klf-H10-1のみReseed法で樹立し、それ以外はMSTO法で樹立した。
【図4】図4は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)と、F09(遺伝子名:IRX6)、G06(遺伝子名:GLIS1)、H08(遺伝子名:DMRTB1)またはH10(遺伝子名:PITX2)との計4種の遺伝子をレトロウイルスでNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して得られたGFP陽性コロニーのコロニー樹立時の形態を示す写真である。「Klf-F9」は3遺伝子と共にF09(遺伝子名:IRX6)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-G6-1」および「Klf-G6-2」は3遺伝子と共にG06(遺伝子名:GLIS1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H8-1」および「Klf-H8-2」は3遺伝子と共にH08(遺伝子名:DMRTB1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H10」は3遺伝子と共にH10(遺伝子名:PITX2)を導入して得られたiPS細胞クローンを、それぞれ示す。「Reseed」はReseed法で樹立した結果を、「MSTO」はMSTO法で樹立した結果を示す。
【図5】図5は、G6-1(Klf-G6-1)、H8-2(Klf-H8-2)およびH10(Klf-H10)の各iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図6】図6は、図5とは別のH10(Klf-H10)iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図7】図7は、G6-1(Klf-G6-1)、H8-2(Klf-H8-2)およびH10(Klf-H10)の各iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞およびiPS細胞を示す。また「Sox2 RT-」はネガティブコントロールである。
【図8】図8は、図7とは別のH10(Klf-H10)iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞およびiPS細胞を示す。また「Sox2 RT-」はネガティブコントロールである。
【図9】図9は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな6回の実験結果をまとめた。
【図10】図10は、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな2回の実験結果をまとめた。
【図11】図11は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)またはH8(DMRTB1)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図12】図12は、図11に示した各iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図13】図13は、図11に示した各iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図14】図14は、2因子(Oct3/4,c-Myc)とH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図15】図15は、図14に示したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図16】図16は、図14に示したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図17】図17は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな4回の実験結果をまとめた。
【図18】図18は、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。2(OS)+H10における樹立コロニー数は1個(MSTO)および1個(Reseed)であった。
【図19】図19は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。OS+G6、OS+H8、OS+H10の写真はP0のものである。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図20】図20は、図19に示した各iPS細胞クローン(3因子+G6, H8またはH10)についてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図21】図21は、図19に示した各iPS細胞クローン(3因子+G6, H8またはH10)についてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図22】図22は、成体マウス(Nanog-GFPマウス)の皮膚由来線維芽細胞から樹立したiPSクローン:G6-1クローン、G6-6クローン、H8-2クローンおよびH10クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図23】図23は、G6-1クローンまたはG6-6クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【図24】図24は、H8-2クローンまたはH10クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【図25】図25は、K-G6とMEF、またはK-G6と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図26】図26は、K-H8とMEF、またはK-H8と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図27】図27は、K-H10とMEF、またはK-H10と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図28】図28は、各細胞間の相関係数に基づきクラスタリングを行った結果を示す図である。
【図29】図29は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞のコロニー像およびアルカリフォスファターゼ染色像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図30】図30は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞の2継代目のコロニー像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図31】図31は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「4 factors」は4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞を、「AHDF」は体細胞ソースとして用いた成人皮膚由来線維芽細胞を、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図32】図32は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「4 factors」および「AHDF」は図31と同じである。また「KhES1」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図33】図33は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)とH8(DMRTB1)、または3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像およびアルカリフォスファターゼ染色像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図34】図34は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞の1継代目のコロニー像を示す写真である。
【図35】図35は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図36】図36は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「hES」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図37】図37は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞の1継代目のコロニー像を示す写真である。
【図38】図38は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図39】図39は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「hES」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図40】図40は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)で樹立したiPS細胞クローンをScidマウスの精巣内に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明の詳細な説明
本発明は、Klf4の代替となり得る新規核初期化物質、並びに該物質と、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる核初期化物質とを体細胞に導入することによる、iPS細胞の製造方法を提供する。
【0014】
(a) 新規核初期化物質(Klf4の代替因子)
本発明において「核初期化物質」とは、体細胞からiPS細胞を誘導することができる物質(群)であれば、タンパク性因子またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)、あるいは低分子化合物等のいかなる物質から構成されてもよい。本発明により同定されたKlf4を代替し得る核初期化物質は、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバーまたはDMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)のいずれかのタンパク質またはそれをコードする核酸である。
【0015】
IRX(iroquois homeobox)ファミリーは、homeoboxドメインを有し、脊椎動物胚のパターン形成の間、多面的な役割を果たすと考えられている。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、iroquois homeobox protein 1(IRX1)、IRX2、IRX3、IRX4、IRX5、IRX6などが挙げられ、IRX6が好ましく例示されるが、これに限定されない。尚、IRX6はヒト及びマウスのES細胞では発現していない遺伝子である。
【0016】
GLISファミリーは、5つのC2H2型Zincフィンガー領域を有し、胚発生の過程における種々の遺伝子発現を正もしくは負に制御する転写因子で構成される。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、GLIS family zinc finger 1(GLIS1)、GLIS2、GLIS3などが挙げられ、GLIS1が好ましく例示されるが、これに限定されない。尚、GLIS1はマウスES細胞では発現していない遺伝子である。
【0017】
PTXファミリーは、homeoboxドメインを有し、臓器発生や左右非対称性の決定に関わる。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、paired-like homeodomain transcription factor 1(PITX1)、PITX2、PITX3などが挙げられ、PITX2が好ましく例示されるが、これに限定されない。PITX2には3つのアイソフォーム(isoforms a, b及びc)が知られており、いずれのアイソフォームも用いられ得るが、例えばisoform bが好ましく用いられる。
【0018】
DMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)は、doublesex DNA結合モチーフを有する機能未知の転写因子である。尚、DMRTB1はヒト及びマウスのES細胞では発現していない遺伝子である。
【0019】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1としては、任意の哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ等)由来のタンパク質またはそれをコードする核酸を用いることができるが、ヒト又はマウス由来のものが好ましい。ヒト及びマウス由来の上記核初期化物質のアミノ酸配列およびcDNA配列情報は、表1に記載されるNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ、当業者は、該cDNA配列情報に基づいて容易に各タンパク質をコードする核酸を単離し、また必要に応じて、組換えタンパク質を製造することができる。
【0020】
【表1】
【0021】
また、上記の各アミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有し、且つKlf4の代替因子として野生型タンパク質と同等の核初期化能力を有する天然もしくは人工の変異タンパク質及びそれをコードする核酸も、本発明のKlf4を代替する核初期化物質として利用することができる。
【0022】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1(それらをコードする核酸を含む)は、いずれか1種のみを用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
(b) Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質
これまで、体細胞からiPS細胞を誘導し得る核初期化物質の組み合わせの中でKlf4を含むものとしては、以下の組み合わせが知られている(以下においては、タンパク性因子の名称のみを記載する)。
(1) Oct3/4, Klf4, c-Myc
(2) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2(ここで、Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能である。また、c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能である。)
(3) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Fbx15, Nanog, Eras, ECAT15-2, TclI, β-catenin (活性型変異体S33Y)
(4) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, SV40 Large T
(5) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6
(6) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E7
(7) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6, HPV16 E7
(8) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, Bmil
(以上、WO 2007/069666を参照(但し、上記(2)の組み合わせにおいて、Sox2からSox18への置換については、Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2」の組み合わせについては、Cell,126, 663-676 (2006)、Cell, 131, 861-872 (2007) 等も参照。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, hTERT, SV40 Large T」の組み合わせについては、Nature, 451, 141-146 (2008)も参照)
(9) Oct3/4, Klf4, Sox2(Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)
(10) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28(Cell Research (2008) 600-603を参照)
(11) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, SV40 Large T(Stem Cells, 26, 1998-2005 (2008)も参照)
(12) Oct3/4, Klf4(Nature, 454, 646-650 (2008)、Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008)を参照)
(13) Oct3/4, Klf4, L-Myc
【0024】
したがって、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としては、上記(1)-(13)の組み合わせからKlf4を除いた物質の組み合わせ、即ち、
(i) Oct3/4, c-Myc
(ii) Oct3/4, c-Myc, Sox2(Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能。c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能。)
(iii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, Fbx15, Nanog, Eras, ECAT15-2, TclI, β-catenin (活性型変異体S33Y)
(iv) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, SV40 Large T
(v) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6
(vi) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E7
(vii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6, HPV16 E7
(viii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, Bmil
(ix) Oct3/4, Sox2
(x) Oct3/4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28
(xi) Oct3/4, c-Myc, Sox2, SV40 Large T
(xii) Oct3/4、並びに
(xiii) Oct3/4, L-Myc
が好ましく例示される。また、上記(i)-(xiii)において、Oct3/4に代えて他のOctファミリーのメンバー、例えばOct1A、Oct6などを用いることもできる。さらに、Sox2(またはSox1、Sox3、Sox15、Sox17、Sox18)に代えて他のSoxファミリーのメンバー、例えばSox7などを用いることもできる。
【0025】
以上を総合すると、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質は、好ましくは、Octファミリーのメンバー(例: Oct3/4、Oct1A、Oct6)、Soxファミリーのメンバー(例: Sox2、Sox1、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、Sox18)、Mycファミリーのメンバー(例: c-Myc、n-Myc、L-Myc)、Nanog及びLinファミリーのメンバー(例: Lin28、Lin28b)から選択される。より好ましくは、少なくともOct3/4を含み、かつ任意でSox2及び/又はc-Mycを含んでいてもよい組み合わせ(即ち、(a) Oct3/4、(b) Oct3/4+Sox2、(c) Oct3/4+c-Myc、(d) Oct3/4+Sox2+c-Mycのいずれか)が挙げられ、これにさらにNanog及び/又はLin28を組み合わせて用いてもよい。ここでc-MycをL-Mycに変えた組み合わせも、好ましい態様として挙げられる。
【0026】
さらに、上記(i)-(xiii)には該当しないが、それらのいずれかにおける構成要素をすべて含み、且つ任意の他の物質をさらに含む組み合わせも、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。例えば、他の物質として、Klfファミリーのメンバー(例: Klf1、Klf2、Klf5)もしくは公知のその代替因子(例: Esrrb、EsrrgなどのEsrrファミリーのメンバー)等を組み合わせてもよい。また、核初期化の対象となる体細胞が上記(i)-(xiii)のいずれかにおける構成要素の一部を、核初期化のために十分なレベルで内在的に発現している条件下にあっては、当該構成要素を除いた残りの構成要素のみの組み合わせもまた、本発明における「Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質」の範疇に含まれ得る。
【0027】
これらの組み合わせの中で、得られるiPS細胞を治療用途に用いることを念頭においた場合、Oct3/4及びSox2の2因子の組み合わせ(即ち、上記(ix))、またはOct3/4、Sox2及びL-Mycの3因子の組み合わせ(即ち、上記(ii))が好ましい。一方、iPS細胞を治療用途に用いることを念頭に置かない場合(例えば、創薬スクリーニング等の研究ツールとして用いる場合など)は、Oct3/4, c-Myc(またはL-Myc), Sox2及びLin28の4因子か、それにNanogを加えた5因子(即ち、上記(x))が好ましい。
【0028】
上記の各タンパク性因子のマウス及びヒトcDNA配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ(Nanogは当該公報中では「ECAT4」との名称で記載されている。尚、Lin28のマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_145833及びNM_024674を参照することにより取得できる。またLin28bのマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_001031772及びNM_001004317を参照することにより取得できる。またL-Mycのマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_008506及びNM_001033081を参照することにより取得できる。)、当業者は容易にこれらのcDNAを単離することができる。核初期化物質としてタンパク性因子自体を用いる場合には、得られたcDNAを適当な発現ベクターに挿入して宿主細胞に導入し、該細胞を培養して得られる培養物から組換えタンパク性因子を回収することにより調製することができる。一方、核初期化物質としてタンパク性因子をコードする核酸を用いる場合、得られたcDNAを、ウイルスベクターもしくはプラスミドベクターに挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。
【0029】
尚、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としては、Klf4とともに体細胞に導入した場合に該体細胞をiPS細胞に変換し得る限り、上記した従来公知のタンパク性因子もしくはそれをコードする核酸の組み合わせのみならず、新たに見出されるタンパク性因子もしくはそれをコードする核酸の組み合わせをも包含し、さらには、低分子化合物等の非タンパク性因子を含む組み合わせも包含し得る。
【0030】
(c) 体細胞ソース
本発明においてiPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0031】
体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。また、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、同様に患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子多型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
【0032】
哺乳動物から分離した体細胞は、核初期化工程に供するに先立って、細胞の種類に応じてその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。核初期化物質(さらに必要に応じて、後述するiPS細胞の樹立効率改善物質)との接触に際し、例えば、カチオニックリポソームなど導入試薬を用いる場合には、導入効率の低下を防ぐため、無血清培地に交換しておくことが好ましい場合がある。
【0033】
(d) 核初期化物質の体細胞への導入方法
前記(a)の「Klf4を代替し得る核初期化物質」及び前記(b)の「Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質」の体細胞への導入は、該物質がタンパク性因子である場合、自体公知の細胞へのタンパク質導入方法を用いて実施することができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)もしくは細胞透過性ペプチド(CPP)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。タンパク質導入試薬としては、カチオン性脂質をベースとしたBioPOTER Protein Delivery Reagent(Gene Therapy Systmes)、Pro-JectTM Protein Transfection Reagent(PIERCE)及びProVectin(IMGENEX)、脂質をベースとしたProfect-1(Targeting Systems)、膜透過性ペプチドをベースとしたPenetrain Peptide(Q biogene)及びChariot Kit(Active Motif)、HVJエンベロープ(不活化センダイウイルス)を利用したGenomONE(石原産業)等が市販されている。導入はこれらの試薬に添付のプロトコルに従って行うことができるが、一般的な手順は以下の通りである。核初期化物質を適当な溶媒(例えば、PBS、HEPES等の緩衝液)に希釈し、導入試薬を加えて室温で5-15分程度インキュベートして複合体を形成させ、これを無血清培地に交換した細胞に添加して37℃で1ないし数時間インキュベートする。その後培地を除去して血清含有培地に交換する。
【0034】
PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT(Frankel, A. et al, Cell 55, 1189-93 (1988); Green, M. & Loewenstein, P.M. Cell 55, 1179-88 (1988))、Penetratin (Derossi, D. et al, J. Biol. Chem. 269, 10444-50 (1994))、Buforin II (Park, C. B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 8245-50 (2000))、Transportan (Pooga, M. et al. FASEB J. 12, 67-77 (1998))、MAP (model amphipathic peptide) (Oehlke, J. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1414, 127-39 (1998))、K-FGF (Lin, Y. Z. et al. J. Biol. Chem. 270, 14255-14258 (1995))、Ku70 (Sawada, M. et al. Nature Cell Biol. 5, 352-7 (2003))、Prion (Lundberg, P. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 299, 85-90 (2002))、pVEC (Elmquist, A. et al. Exp. Cell Res. 269, 237-44 (2001))、Pep-1 (Morris, M. C. et al. Nature Biotechnol. 19, 1173-6 (2001))、Pep-7 (Gao, C. et al. Bioorg. Med. Chem. 10, 4057-65 (2002))、SynBl (Rousselle, C. et al. MoI. Pharmacol. 57, 679-86 (2000))、HN-I (Hong, F. D. & Clayman, G L. Cancer Res. 60, 6551-6 (2000))、HSV由来のVP22等のタンパク質の細胞通過ドメインを用いたものが開発されている。PTD由来のCPPとしては、11R (Cell Stem Cell, 4:381-384(2009)) や9R (Cell Stem Cell, 4:472-476(2009))等のポリアルギニンが挙げられる。
【0035】
マイクロインジェクションは、先端径1μm程度のガラス針にタンパク質溶液を入れ、細胞に穿刺導入する方法であり、確実に細胞内にタンパク質を導入することができる。
【0036】
その他、エレクトロポレーション法、セミインタクトセル法(Kano, F. et al. Methods in Molecular Biology, Vol. 322, 357-365(2006))、Wr-t ペプチドによる導入法(Kondo, E. et al., Mol. Cancer Ther. 3(12), 1623-1630(2004))などのタンパク質導入法も用いることができる。
【0037】
タンパク質導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0038】
iPS細胞の樹立効率を重視するのであれば、核初期化物質を、タンパク性因子自体としてではなく、それをコードする核酸の形態で用いることがむしろ好ましい。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。好ましくは該核酸は二本鎖DNA、特にcDNAである。
【0039】
核初期化物質のcDNAは、宿主となる体細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
【0040】
用いるベクターの種類は、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、アデノウイルスベクター、プラスミドベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが使用され得る。
【0041】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0042】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0043】
核初期化物質である核酸(初期化遺伝子)は、各々別個の発現ベクター上に組み込んでもよいし、1つの発現ベクターに2種類以上、好ましくは2〜3種類の遺伝子を組み込んでもよい。遺伝子導入効率の高いレトロウイルスやレンチウイルスベクターを用いる場合は前者が、プラスミド、アデノウイルス、エピソーマルベクターなどを用いる場合は後者を選択することが好ましい。さらに、2種類以上の遺伝子を組み込んだ発現ベクターと、1遺伝子のみを組み込んだ発現ベクターとを併用することもできる。
【0044】
上記において複数の初期化遺伝子を1つの発現ベクターに組み込む場合、これら複数の遺伝子は、好ましくはポリシストロニック発現を可能にする配列を介して発現ベクターに組み込むことができる。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、口蹄疫ウイルスの2A配列(配列番号:2; PLoS ONE3, e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007)、IRES配列(U.S. Patent No. 4,937,190)など、好ましくは2A配列を用いることができる。
【0045】
核初期化物質である核酸を含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が WO2007/69666、Cell, 126, 663-676 (2006) 及び Cell, 131, 861-872 (2007) に開示されており、ベクターとしてレンチウイルスベクターを用いる場合については、Science, 318, 1917-1920 (2007) に開示がある。iPS細胞を再生医療のための細胞ソースとして利用する場合、初期化遺伝子の発現(再活性化)は、iPS細胞由来の分化細胞から再生された組織における発癌リスクを高める可能性があるので、初期化遺伝子は細胞の染色体に組み込まれず、一過的に発現することが好ましい。かかる観点からは、染色体への組込みが稀なアデノウイルスベクターの使用が好ましい。アデノウイルスベクターを用いる具体的手段は、Science, 322, 945-949 (2008) に記載されている。また、アデノ随伴ウイルスも染色体への組込み頻度が低く、アデノウイルスベクターと比べて細胞毒性や炎症惹起作用が低いので、別の好ましいベクターとして挙げられる。センダイウイルスベクターは染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。センダイウイルスベクターについては、J. Biol. Chem., 282, 27383-27391 (2007)、Proc. Jpn. Acad., Ser. B 85, 348-362(2009)、または特許第3602058号に記載のものを用いることができる。
【0046】
レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いる場合は、いったん導入遺伝子のサイレンシングが起こったとしても、後に再活性化される可能性があるので、例えば、Cre/loxPシステムを用いて、不要となった時点で核初期化物質をコードする核酸を切り出す方法が好ましく用いられ得る。即ち、該核酸の両端にloxP配列を配置しておき、iPS細胞が誘導された後で、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞にCreリコンビナーゼを作用させ、loxP配列に挟まれた領域を切り出すことができる。また、LTR U3領域のエンハンサー−プロモーター配列は、挿入突然変異によって近傍の宿主遺伝子を上方制御する可能性があるので、当該配列を欠失、もしくはSV40などのポリアデニル化配列で置換した3’-自己不活性化(SIN)LTRを使用して、切り出されずゲノム中に残存するloxP配列より外側のLTRによる内因性遺伝子の発現制御を回避することがより好ましい。Cre-loxPシステムおよびSIN LTRを用いる具体的手段は、Chang et al., Stem Cells, 27: 1042-1049 (2009) に開示されている。
【0047】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。ベクターとしてプラスミドを用いる具体的手段は、例えばScience, 322, 949-953 (2008) 等に記載されている。
【0048】
プラスミドベクターやアデノウイルスベクター等を用いる場合、遺伝子導入は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができる。2種以上の発現ベクターを体細胞に導入する場合には、これらの全ての種類の発現ベクターを同時に体細胞に導入することが好ましいが、この場合においても、導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。
【0049】
尚、アデノウイルスやプラスミドを用いる場合でも、導入遺伝子が染色体に組み込まれることがあるので、結局はサザンブロットやPCRにより染色体への遺伝子挿入がないことを確認する必要がある。そのため、上記Cre-loxPシステムのように、いったん染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、該遺伝子を除去する手段を用いることは好都合であり得る。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる。piggyBacトランスポゾンを用いる具体的手段は、Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770 (2009) に開示されている。
【0050】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピゾーマルベクターが挙げられる。エピゾーマルベクターを用いる具体的手段は、Yu et al., Science, 324, 797-801 (2009)に開示されている。必要に応じて、エピソーマルベクターの複製に必要なベクター要素の5’側および3’側にloxP配列を同方向に配置したエピソーマルベクターに初期化遺伝子を挿入した発現ベクターを構築し、これを体細胞に導入することもできる。
【0051】
該エピゾーマルベクターとしては、例えば、EBV、SV40等に由来する自律複製に必要な配列をベクター要素として含むベクターが挙げられる。自律複製に必要なベクター要素としては、具体的には、複製開始点と、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば、EBVにあっては複製開始点oriPとEBNA-1遺伝子、SV40にあっては複製開始点oriとSV40 large T antigen遺伝子が挙げられる。
【0052】
また、エピゾーマル発現ベクターは、初期化遺伝子の転写を制御するプロモーターを含む。該プロモーターとしては、前記と同様のプロモーターが用いられ得る。また、エピゾーマル発現ベクターは、前記と同様に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子などをさらに含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0053】
本発明で使用されるloxP配列としては、バクテリオファージP1由来の野生型loxP配列(SEQ ID NO:17)の他、初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素を挟む位置に同方向で配置された場合に、組換えを起こしてloxP配列間の配列を欠失させ得る任意の変異loxP配列が挙げられる。変異loxP配列としては、例えば、5’側反復配列に変異のあるlox71(SEQ ID NO:18)、3’側反復配列に変異のあるlox66(SEQ ID NO:19)、スペーサー部分に変異のあるlox2272やlox511などが挙げられる。該ベクター要素の5’側および3’側に配置される2つのloxP配列は、同一であっても異なっていてもよいが、スペーサー部分に変異のある変異loxP配列の場合は同一のもの(例、lox2272同士、lox511同士)が用いられる。好ましくは、5’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox71)と3’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox66)との組合せが挙げられる。この場合、組換えの結果染色体上に残るloxP配列は5’側および3’側の反復配列に二重変異を有するため、Creリコンビナーゼに認識されにくく、不必要な組換えにより染色体の欠失変異を起こすリスクが低減される。lox71とlox66とを用いる場合、前記ベクター要素の5’側および3’側にいずれの変異loxP配列を配置してもよいが、変異部位がloxP配列の外端に配置されるような向きで変異loxP配列を挿入する必要がある。
【0054】
2つのloxP配列は、初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素(即ち、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列)の5’側および3’側に、同方向に配置される。loxP配列が挟むベクター要素は、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列のいずれか一方だけであってもよいし、両方であってもよい。
【0055】
エピソーマルベクターは、例えばリポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。具体的には、例えばScience, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0056】
iPS細胞から初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素が除去されたか否かの確認は、該ベクター要素内部および/またはloxP配列近傍の塩基配列を含む核酸をプローブまたはプライマーとして用い、該iPS細胞から単離したエピソーム画分を鋳型としてサザンブロット分析またはPCR分析を行い、バンドの有無または検出バンドの長さを調べることにより実施することができる。エピソーム画分の調製は当該分野で周知の方法と用いて行えばよく、例えば、Science, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0057】
Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質が低分子化合物である場合、該物質の体細胞への導入は、該物質を適当な濃度で水性もしくは非水性溶媒に溶解し、ヒトまたはマウスより単離した体細胞の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)中に、核初期化物質濃度が体細胞において核初期化が起こるのに十分で且つ細胞毒性がみられない範囲となるように該物質溶液を添加して、細胞を一定期間培養することにより実施することができる。核初期化物質濃度は用いる核初期化物質の種類によって異なるが、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。接触期間は細胞の核初期化が達成されるのに十分な時間であれば特に制限はないが、通常は陽性コロニーが出現するまで培地に共存させておけばよい。
【0058】
(e) iPS細胞の樹立効率改善物質
従来iPS細胞の樹立効率が低いために、近年、その効率を改善する物質が種々提案されている。よって前記核初期化物質に加え、これら樹立効率改善物質を体細胞に接触させることにより、iPS細胞の樹立効率をより高めることが期待できる。
【0059】
iPS細胞の樹立効率改善物質としては、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA SmartpoolO (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-azacytidine)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA (Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、UTF1(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、2i/LIF (2iはmitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、ES細胞特異的miRNA(例えば、miR-302-367クラスター (Mol. Cell. Biol. doi:10.1128/MCB.00398-08)、miR-302 (RNA (2008) 14: 1-10)、miR-291-3p, miR-294およびmiR-295 (以上、Nat. Biotechnol. 27: 459-461 (2009)))等が挙げられるが、それらに限定されない。前記で核酸性の発現阻害剤はsiRNAもしくはshRNAをコードするDNAを含む発現ベクターの形態であってもよい。
【0060】
尚、前記核初期化物質の構成要素のうち、例えばSV40 large T等は、体細胞の核初期化のために必須ではなく補助的な因子であるという点において、iPS細胞の樹立効率改善物質の範疇にも含まれ得る。核初期化の機序が明らかでない現状においては、核初期化に必須の因子以外の補助的な因子について、それらを核初期化物質として位置づけるか、あるいはiPS細胞の樹立効率改善物質として位置づけるかは便宜的であってもよい。即ち、体細胞の核初期化プロセスは、体細胞への核初期化物質およびiPS細胞の樹立効率改善物質の接触によって生じる全体的事象として捉えられるので、当業者にとって両者を必ずしも明確に区別する必要性はないであろう。
【0061】
iPS細胞の樹立効率改善物質の体細胞への接触は、該物質が(a) タンパク性因子である場合、(b) 該タンパク性因子をコードする核酸である場合、あるいは(c) 低分子化合物である場合に応じて、核初期化物質についてそれぞれ上記したと同様の方法により、実施することができる。
【0062】
iPS細胞の樹立効率改善物質は、該物質の非存在下と比較して体細胞からのiPS細胞樹立効率が有意に改善される限り、核初期化物質と同時に体細胞に接触させてもよいし、また、どちらかを先に接触させてもよい。一実施態様において、例えば、核初期化物質がタンパク性因子をコードする核酸であり、iPS細胞の樹立効率改善物質が化学的阻害物質である場合には、前者は遺伝子導入処理からタンパク性因子を大量発現するまでに一定期間のラグがあるのに対し、後者は速やかに細胞に作用しうることから、遺伝子導入処理から一定期間細胞を培養した後に、iPS細胞の樹立効率改善物質を培地に添加することができる。別の実施態様において、例えば、核初期化物質とiPS細胞の樹立効率改善物質とがいずれもウイルスベクターやプラスミドベクターの形態で用いられる場合には、両者を同時に細胞に導入してもよい。
【0063】
(f) 培養条件による樹立効率の改善
体細胞の核初期化工程において低酸素条件下で細胞を培養することにより、iPS細胞の樹立効率をさらに改善することができる。本明細書において「低酸素条件」とは、細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、大気中のそれよりも有意に低いことを意味する。具体的には、通常の細胞培養で一般的に使用される5-10% CO2/95-90%大気の雰囲気中の酸素濃度よりも低い酸素濃度の条件が挙げられ、例えば雰囲気中の酸素濃度が18%以下の条件が該当する。好ましくは、雰囲気中の酸素濃度は15%以下(例、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下など)、10%以下(例、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下など)、または5%以下(例、4%以下、3%以下、2%以下など)である。また、雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは0.1%以上(例、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上など)、0.5%以上(例、0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、0.95以上など)、または1%以上(例、1.1%以上、1.2%以上、1.3%以上、1.4%以上など)である。
【0064】
細胞の環境において低酸素状態を創出する手法は特に制限されないが、酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーター内で細胞を培養する方法が最も容易であり、好適な例として挙げられる。酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーターは、種々の機器メーカーから販売されている(例えば、Thermo scientific社、池本理化学工業、十慈フィールド、和研薬株式会社などのメーカー製の低酸素培養用CO2インキュベーターを用いることができる)。
【0065】
低酸素条件下で細胞培養を開始する時期は、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、体細胞への核初期化物質の接触より前であっても、該接触と同時であっても、該接触より後であってもよいが、例えば、体細胞に核初期化物質を接触させた直後から、あるいは接触後一定期間(例えば、1ないし10(例、2,3,4,5,6,7,8または9)日)おいた後に低酸素条件下で培養することが好ましい。
【0066】
低酸素条件下で細胞を培養する期間も、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、例えば3日以上、5日以上、7日以上または10日以上で、50日以下、40日以下、35日以下または30日以下の期間等が挙げられるが、それらに限定されない。低酸素条件下での好ましい培養期間は、雰囲気中の酸素濃度によっても変動し、当業者は用いる酸素濃度に応じて適宜当該培養期間を調整することができる。また、一実施態様において、iPS細胞の候補コロニーの選択を、薬剤耐性を指標にして行う場合には、薬剤選択を開始する迄に低酸素条件から正常酸素濃度に戻すことが好ましい。
【0067】
さらに、低酸素条件下で細胞培養を開始する好ましい時期および好ましい培養期間は、用いられる核初期化物質の種類、正常酸素濃度条件下でのiPS細胞樹立効率などによっても変動する。
【0068】
核初期化物質(及びiPS細胞の樹立効率改善物質)を接触させた後、細胞を、例えばES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。マウス細胞の場合、通常の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行う。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および/または幹細胞因子(SCF)を添加することが望ましい。また通常、細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞(MEF)の共存下で培養される。MEFとしては、通常STO細胞等がよく使われるが、iPS細胞の誘導には、SNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))等がよく使われている。フィーダー細胞との共培養は、核初期化物質の接触より前から開始してもよいし、該接触時から、あるいは該接触より後(例えば1-10日後)から開始してもよい。
【0069】
iPS細胞の候補コロニーの選択は、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanog又はOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用い、薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。そのような組換え体細胞としては、例えばFbx15遺伝子座にβgeo(β-ガラクトシダーゼとネオマイシンホスホトランスフェラーゼとの融合タンパク質をコードする)遺伝子をノックインしたマウス由来のMEF(Takahashi & Yamanaka, Cell, 126, 663-676 (2006))、あるいはNanog遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス由来のMEF(Okita et al., Nature, 448, 313-317 (2007))等が挙げられる。一方、目視による形態観察で候補コロニーを選択する方法としては、例えばTakahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の方法が挙げられる。レポーター細胞を用いる方法は簡便で効率的ではあるが、iPS細胞がヒトの治療用途を目的として作製される場合、安全性の観点から目視によるコロニー選択が望ましい。Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としてOct3/4及びSox2の2因子を用いた場合、樹立クローン数は減少するものの生じるコロニーのほとんどがES細胞と比較して遜色のない高品質のiPS細胞であることから、レポーター細胞を用いなくとも効率よくiPS細胞を樹立することが可能である。
【0070】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、上記したNanog(もしくはOct3/4)レポーター陽性(ピューロマイシン耐性、GFP陽性など)および目視によるES細胞様コロニーの形成によっても行い得るが、より正確を期すために、アルカリフォスファターゼ染色や、各種ES細胞特異的遺伝子の発現を解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成を確認する等の試験を実施することもできる。
【0071】
Klf4を代替し得る核初期化物質が、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1から選ばれるタンパク質をコードする核酸の形態で体細胞に導入された場合、得られるiPS細胞は、当該外来性核酸を含む点で、従来公知のiPS細胞とは異なる新規細胞である。特に、当該外来性核酸がレトロウイルスやレンチウイルス等を用いて体細胞に導入された場合、当該外来性核酸は通常、得られるiPS細胞のゲノム中に組み込まれているので、外来性核酸を含むという形質は安定に保持される。
【0072】
このようにして樹立されたiPS細胞は、種々の目的で使用することができる。例えば、ES細胞で報告されている分化誘導法を利用して、iPS細胞から種々の細胞(例、心筋細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、インスリン分泌細胞等)への分化を誘導することができる。したがって、患者本人やHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞を用いてiPS細胞を誘導すれば、そこから所望の細胞(即ち、該患者が罹病している臓器の細胞や疾患に対する治療効果を発揮する細胞など)に分化させて該患者に移植するという、移植による幹細胞療法が可能となる。さらに、iPS細胞から分化させた機能細胞(例、肝細胞)は、対応する既存の細胞株よりも実際の生体内での該機能細胞の状態をより反映していると考えられるので、医薬候補化合物の薬効や毒性のin vitroスクリーニング等にも好適に用いることができる。
【0073】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0074】
以下において、実施例および参考例により本発明をより具体的にするが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
[実施例1: 新規初期化因子のスクリーニング]
Goshimaらが作製したヒトGateway(登録商標)エントリークローン(N. Goshima et al., Nature methods, 2008記載のライブラリーを用いる。Y. Maruyama et al., Nucleic Acid Res., 2009でデータベース公開)をもとに、図1に記載の方法で、ヒトの網羅的遺伝子約20000クローンを整列化した。即ち、ヒトGateway(登録商標)エントリークローン中全長ORFを含む約50000クローンを、NCBI RefSeqの37900配列(24200遺伝子)に対してcoverage 80%以上、アミノ酸同一性95%以上の基準でblastp検索をかけ、ORFの3’末端に終止コドンを持つN-typeと、終止コドンを持たないF-typeの各type内で配列に重複のない、約20000エントリークローンからなるサブライブラリーを構築した。この整列化した約20000エントリークローンを、バイオインフォマティクス手法によりタンパク質キナーゼ、タンパク質フォスファターゼ、転写因子、GPCR、及びその他のクローン群に分類し、転写因子のエントリークローンからなるサブライブラリー(ヒトの全転写因子の50%以上をカバー)を構築した(図1)。この転写因子のサブライブラリーから、エントリークローンごとに、図2に示すようにpMXs-GWデスティネーションベクターとのLR反応により発現クローンDNAを作製し、この反応液を大腸菌DH5αに導入し、クローン化して転写因子発現ライブラリーを構築した(初期化因子スクリーニング用転写因子発現ライブラリー)。また、ヒトOct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの各遺伝子も同じpMXs-GWに組み込み、各発現クローンを構築した。このDNAよりリコンビナントレトロウィルスを作製し、以下の実験に用いた。
【0076】
iPS細胞誘導実験は、Nanog-GFPマウス(Okita et al., Nature,448, 313-317(2007))の皮膚由来線維芽細胞を用いて行った。その際、フィーダー細胞であるMSTO(マイトマイシンCで処理して細胞分裂を止めたSNL細胞)上でレトロウイルスの感染を行う系(以下MSTO法、Cell, 126, 663-676 (2006))と、感染時はフィーダー細胞を用いず、感染後、細胞を播き直した後にMSTO上で培養を行う系(以下Reseed法、Nature Biotech., 26, p101-106(2008))の両方の系で実験を行った。
【0077】
1stスクリーニングとして24-well plateでiPS細胞誘導を行った。Gelatin(Reseed法)またはMSTO上(MSTO法)にNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞を播き、翌日、各種プラスミドから作製したレトロウイルスを感染させた(Day0)。具体的にはOct3/4、Sox2およびc-Mycの3遺伝子と前述の転写因子ライブラリーからの1遺伝子とを、1:1:1:1の割合で感染させた。ネガティブコントロールとしてOct3/4、Sox2およびc-Mycの3遺伝子を1:1:1の割合で感染させた。またポジティブコントロールとしてOct3/4、Sox2、Klf4 およびc-Mycの4遺伝子を1:1:1:1の割合で感染させた。
【0078】
感染から2日目までは10%FBS/DMEMで、3日目からはES培地(Cell, 126, 663-676 (2006))で培養した。はじめにGelatin上に播いた場合(Reseed法)は、3日目にMSTO上に播き直した。以後2日ごとに培地の交換を行い、21日目からはピューロマイシン選択を行い、28日目に細胞の観察を行った。その結果、3遺伝子と共に、サンプルF09(遺伝子名:IRX6)、サンプルG06(遺伝子名:GLIS1)、サンプルH08(遺伝子名:DMRTB1)、サンプルH10(遺伝子名:PITX2)の各遺伝子を導入したウエルにおいて、GFP-positiveのコロニーが現われ、マウスのiPS細胞が樹立されたことが確認された。また6-well plateで再度iPS誘導を行ったところ、同様にGFP-positiveコロニーが現われ、再現性が得られた。各iPS細胞のコロニー形成時、1継代目および2継代目のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図3および図4に示す。
【0079】
以上の結果より、これら4つの因子はKlf4の代替えとなる新規初期化因子であることが明らかとなった。尚、アダルトマウスの皮膚由来線維芽細胞の代わりにMEFを用いた場合も、同様にiPS細胞(GFP陽性コロニー)が樹立された。
【0080】
[実施例2: 樹立したマウスiPS細胞の解析]
QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、実施例1で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図5および図6に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。なお、G6-1クローン(遺伝子名:GLIS1)においては、導入に用いたc-Mycがゲノム上に挿入されていなかった(図5)。レトロウイルスベクターはゲノム上に挿入されなければ安定的に発現しないので、このクローンG6-1はOct3/4, Sox2およびGLIS1の3因子のみの発現で樹立されたと考えられた。
【0081】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図7および図8に示す。実施例1で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0082】
[実施例3:マウスiPS細胞の樹立と解析(2)]
実施例1と同様の方法によって、以下の初期化因子を導入することにより、マウスiPS細胞の樹立を行った。細胞としては、実施例1と同じNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞を用い、MSTO法とReseed法の両方を行った。
(1) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(遺伝子名:GLIS1)
(2) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(遺伝子名:DMRTB1)
(3) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(遺伝子名:PITX2)
(4) Oct3/4、Sox2、およびG6
(5) Oct3/4、Sox2、およびH8
(6) Oct3/4、Sox2、およびH10
【0083】
遺伝子導入から28日目にGFP陽性コロニー数をカウントした。上記(1)〜(3)の結果を図9に示す(6回の実験結果をまとめたものである)。3因子(Oct3/4、Sox2、c-Myc)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立された。特にDMRTB1を加えた場合に顕著な効果が認められた。以上の結果より、これら本発明の因子が初期化因子であることが確認された。
【0084】
上記(4)〜(6)の結果を図10に示す(2回の実験結果をまとめたものである)。2因子(Oct3/4、Sox2)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1またはDMRTB1)を加えることによりコロニーが樹立された。なおPITX2を加えた場合は、この2回の実験ではコロニーは観察されなかった。
【0085】
各iPS細胞のコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図11に示した。
【0086】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図12に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。なお、3因子+G6(GLIS1)においては、導入に用いたc-Mycがゲノム上に挿入されていなかった(図12の左端レーン)。レトロウイルスベクターはゲノム上に挿入されなければ安定的に発現しないので、このクローンはOct3/4, Sox2およびGLIS1の3因子のみの発現で樹立されたと考えられた。
【0087】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図13に示す。上記で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0088】
[実施例4:マウスiPS細胞の樹立と解析(3)]
実施例3と同様の方法によって、Oct3/4およびc-Mycと、本発明の初期化因子(G6(GLIS1)、H8(DMRTB1)、H10(PITX2))との組み合わせにより、マウスiPS細胞の樹立を行った。その結果、Oct3/4、c-MycおよびH10(PITX2)の組み合わせにおいて、GFP陽性コロニー(iPSコロニー)が検出された。iPSコロニーのコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図14に示した。
【0089】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図15に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0090】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図16に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0091】
[実施例5:マウスiPS細胞の樹立と解析(4)]
Nanog-GFPマウスの胎仔(受精後13.5日)から、線維芽細胞(MEF)を単離した。このMEFに、実施例3や4と同じ手法で以下の初期化因子を導入した。
(1) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(遺伝子名:GLIS1)
(2) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(遺伝子名:DMRTB1)
(3) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(遺伝子名:PITX2)
(4) Oct3/4、Sox2、およびG6
(5) Oct3/4、Sox2、およびH8
(6) Oct3/4、Sox2、およびH10
【0092】
遺伝子導入から28日目にGFP陽性コロニーをカウントした。上記(1)〜(3)の結果を図17に示す(4回の実験結果をまとめたものである)。3因子(Oct3/4、Sox2、c-Myc)のみではほとんどコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立され、特にDMRTB1を加えた時に顕著な効果が認められた。
【0093】
上記(4)〜(6)の結果を図18に示す(1回の実験結果)。2因子(Oct3/4、Sox2)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立された。特にDMRTB1を加えた時に顕著な効果が認められた。
【0094】
各iPS細胞のコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図19に示した。
【0095】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。上記(1)〜(3)の結果を図20に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0096】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。上記(1)〜(3)の結果を図21に示す。上記で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0097】
[実施例6:テラトーマの作製およびキメラマウスの作出]
前記の実施例で樹立した成体マウス(Nanog-GFPマウス)の皮膚由来線維芽細胞から樹立した以下のiPS細胞クローンを用いて、テラトーマの作製を行った。
・G6-1クローン:Oct3/4、Sox2、およびG6(GLIS1)の3因子で樹立
・G6-6クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(GLIS1)の4因子で樹立
・H8-2クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(DMRTB1)の4因子で樹立
・H10クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(PITX2)の4因子で樹立
【0098】
テラトーマの作製は、Cell, 126, 663-676 (2006) に記載の方法に従って行った。具体的には1×106個のiPS細胞を免疫不全マウスの皮下に注射し、4週間後にテラトーマを単離した。このテラトーマより上記と同様にしてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図22に示す。いずれのテラトーマにおいても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0099】
次に、このテラトーマを切り刻んで4%フォルムアルデヒドを含有するPBS(-)で固定した。パラフィン包埋組織をスライスし、ヘマトキシリン・エオシンで染色した。結果を図23及び図24に示す。組織学的に見ると、腫瘍は複数の種類の細胞から構成されており、脂肪組織、横紋筋組織、角化上皮組織、繊毛円柱上皮組織、神経組織、軟骨組織、膠原繊維組織および平滑筋組織などが認められたことから、iPS細胞の多能性が証明された。
【0100】
また、これらのiPS細胞をICRマウス由来の胚盤胞にマイクロインジェクションした結果、アダルトキメラを作出することができた。
【0101】
[実施例7:マイクロアレイ解析]
本発明の新規初期化因子(G6、H8、H10)を用いて樹立したiPS細胞と、従来の4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)で樹立したiPS細胞とで、遺伝子発現に違いがあるかどうか調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った。解析は、以下に記載するiPS細胞およびMEF由来のtotal RNAを用いて、Cell,131,861-872(2007)に記載の手法にて行った。
・K-G6:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・K-H8:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびH8の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・K-H10:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびH10の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・4F:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・MEF:導入に用いたMEF細胞 (1継代目)
【0102】
Scatter Plotの結果を図25〜図27に示す(fold change line:2-fold)。また各細胞間の相関係数を表2に、それに基づきクラスタリングを行った結果を図28に示す。
【0103】
【表2】
【0104】
本発明の新規初期化因子を用いて樹立したiPS細胞は、いずれも、従来の4因子で樹立したiPS細胞と同様の遺伝子発現パターンを示したことから、4因子で樹立したiPS細胞と比べて遜色ないこと、すなわち本発明の新規初期化因子はKlf4の代替となっていることが示された。
【0105】
[実施例8:ヒトiPS細胞の樹立と解析(1)]
成人または新生児の皮膚由来線維芽細胞(HDF)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007)に記載の方法に従い、レンチウイルス(pLenti6/UbC-Slc7a1)を用いて、マウスエコトロピックウイルスレセプターSlc7a1遺伝子を発現させた。この細胞(1×105個/well、6 well plate)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007) に記載の方法に従い、Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)の4遺伝子をレトロウイルスで導入した。また、コントロールとしてOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子の導入も行った。
【0106】
ウイルス感染から6日後に細胞を回収し、フィーダー細胞上への蒔き直しを行った(5×105個/100 mmディッシュ)。フィーダー細胞にはマイトマイシンCで処理して、細胞分裂を止めたSNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))を用いた。感染7日後から霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL) に4 ng/mlの組換えヒトbFGF(WAKO)を加えた培地で培養を行った。感染35日目頃(around)のiPS細胞のコロニー像を図29に、また2継代目のiPS細胞のコロニー像を図30に示す。Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)で樹立したiPS細胞は、Oct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4で樹立したiPS細胞と同様のES細胞様の形態を示した。またアルカリフォスファターゼ活性も陽性であった。
【0107】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図31に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0108】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図32に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるOct3/4、Sox2およびRex1を発現していた。これらの結果から、新規初期化因子G6(GLIS1)を用いて樹立した細胞はヒトiPS細胞であることが確認された。
【0109】
[実施例9:ヒトiPS細胞の樹立と解析(2)]
歯髄幹細胞(J.Dent.Res., 87(7): 676-681 (2008))に対して、実施例8と同様の手法によりOct3/4、Sox2およびH8(DMRTB1)の3遺伝子、またはOct3/4、Sox2、c-MycおよびH10(PITX2)の4遺伝子をレトロウイルスで導入した。また、コントロールとしてOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子の導入も行った。
【0110】
実施例8と同様の手法により培養を行って得られた感染35日目頃(around)のiPS細胞のコロニー像を図33に、また1継代目のiPS細胞のコロニー像を図34(Oct3/4、Sox2、H8)および図37(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞はOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4で樹立したiPS細胞と同様のES細胞様の形態を示した。またアルカリフォスファターゼ活性も陽性であった。
【0111】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図35(Oct3/4、Sox2、H8)および図38(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0112】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図36(Oct3/4、Sox2、H8)および図39(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるOct3/4、Sox2、NanogおよびRex1を発現していた。これらの結果から、新規初期化因子H8(DMRTB1)、H10(PITX2)を用いて樹立した細胞はヒトiPS細胞であることが確認された。
【0113】
[実施例10:テラトーマの作製]
Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)の4因子で樹立したiPS細胞をScid mouseの精巣に挿入し分化多能性を調べた。具体的にはまず前記iPS細胞を、組換えヒトbFGF(4ng/ml)及びRhoキナーゼ阻害剤Y-27632(10μM)を含有する霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL、コスモバイオ)中で培養した。1時間後、collagen IVで処理して細胞を採取後、遠心して回収し、Y-27632(10μM)を含有するDMEM/F12中に浮遊させた。コンフルエントになった細胞(100mmディッシュ)の1/4量をScidマウスの精巣内に注射した。2〜3ヶ月後、腫瘍を切り刻んで4%フォルムアルデヒドを含有するPBS(-)で固定した。パラフィン包埋組織をスライスし、ヘマトキシリン・エオシンで染色した。結果を図40に示す。組織学的に見ると腫瘍は複数の種類の細胞から構成されており、cartilage, epithelia smooth muscle, epithelia, nerve tissueなど3胚葉系に分化していたことから、iPS細胞の多能性が証明された。
【0114】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
【0115】
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0116】
本願は、米国仮特許出願番号61/208,853 および 61/276,123に基づくものであり、その内容は参照により本明細書に含まれる。
【技術分野】
【0001】
発明の技術分野
本発明は、新規核初期化物質及びその用途に関する。より詳細には、本発明は、Klf4の代替となり得る新規核初期化物質、並びにそれを用いた人工多能性幹(以下、iPSという)細胞の樹立方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
近年、マウスおよびヒトのiPS細胞が相次いで樹立された。Yamanakaらは、ESTデータベースの解析により、ES細胞や生殖細胞などの多能性細胞で特異的に発現する遺伝子を同定し、ノックアウトマウス技術等を用いてそれらの機能解析を行い、さらに他の研究グループの報告を合わせて、24遺伝子を、体細胞に多能性を誘導する(核を初期化する)物質の候補として選択した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.とYamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006))。この24遺伝子を、Fbx15遺伝子座にネオマイシン耐性遺伝子をノックインしたレポーターマウス由来の線維芽細胞(MEF)に、レトロウイルスを用いて導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した。次に1遺伝子を差し引いた23遺伝子を導入することにより核初期化に最重要な遺伝子の絞込みを行い、最終的にOct3/4, Sox2, Klf4及びc-Myc遺伝子の4遺伝子を、体細胞の核初期化に必要な因子として同定した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.とYamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006))。
【0003】
また、Yamanakaらは、Fbx15よりも多能性細胞に発現が限局しているNanogの遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)及びピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウスを作製し、該マウス由来のMEFで上記4遺伝子を強制発現させ、ピューロマイシン耐性かつGFP陽性の細胞を選別することにより、遺伝子発現やエピジェネティック修飾が胚性幹(ES)細胞とほぼ同等のiPS細胞(Nanog iPS細胞)を樹立し、キメラマウスを作製することに成功した(Okita, K.ら, Nature, 448: 313-317 (2007))。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を作製でき、キメラマウスの生殖系列にも寄与することが明らかとなった(Nakagawa, M.ら, Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008))。
【0004】
さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子もしくは3遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(WO2007/069666 A1; Takahashi, K.ら, Cell, 131: 861-872 (2007))。このように、体細胞に特定因子を導入することにより、ヒト及びマウスで、分化多能性においてES細胞と遜色のないiPS細胞を作製できることが示された。
【0005】
Oct3/4, Sox2, Klf4及びc-Mycの4遺伝子のうち、Oct3/4及びSox2はES細胞の自己複製能と多能性の維持に必須であるといわれており、c-MycもまたES細胞の自己複製能及び多能性維持への関与が報告されている。一方、Klf4は、増殖、分化、発生、アポトーシス等の種々の生物学的プロセスを制御する転写因子であるKruppel-like factor(Klf)ファミリーに属するが(McConnell, B.B.ら, Bioassays, 29: 549-557 (2007))、詳しい働きはよくわかっていない。着床後胚のエピブラストから樹立されるepiblast stem cell(EpiSC)は、ES細胞と異なり、宿主胚盤胞に注入してもキメラ胚を形成することができないが、EpiSCではOct3/4やSox2はES細胞と同等に発現しているのに対し、Klf4遺伝子の発現が顕著に低下している。また最近、EpiSCにKlf4遺伝子のみを導入することにより、ES細胞に近い性質を獲得させることができることが報告された(Guo, G.ら, Development, 136: 1063-1069 (2009))。
【0006】
しかし、Klf4をRNAiによりノックダウンしても、ES細胞の形態学的変化は認められないことから(Nakatake, Y.ら, Mol. Cell. Biol., 26: 7772-7782 (2006))、Klf4はES細胞の未分化状態維持に必須でないことが示唆されている。Yamanakaらは、4遺伝子はそれぞれ同一ファミリーに属する他の遺伝子によって代替できると考え、Klf4をKlf1、Klf2もしくはKlf5に代えてもiPS細胞を樹立できることを示している(WO2007/069666 A1; Nakagawa, M.ら, Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008))。また、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製できることを報告しており(WO 2008/118820 A2; Yu, J.ら, Science, 318: 1917-1920 (2007))、Klf4の機能はNanogと共通点が多いとも考えられる。
【0007】
Jiangらのグループは、ES細胞にレチノイン酸による分化誘導処理を施すと、Klf4だけでなくKlf2やKlf5の発現も低下することに着目し、Klf2、Klf4及びKlf5を同時にノックダウンしたところ、ES細胞の分化が誘導されることを見出し、Klf2やKlf5等のKlfファミリーの少なくとも一部は、ES細胞におけるKlf4の機能を代替し得る可能性を示した(Jiang, J.ら, Nat. Cell Biol., 10: 353-360 (2008))。彼らはさらに、Oct3/4, Sox2及びc-Mycの3遺伝子とともに、Klf2もしくはKlf5遺伝子、あるいは他の転写因子やエピジェネティック調節因子をMEFに導入し、Klf2やKlf5がKlf4を代替し得ることを確認するとともに、エストロゲン受容体に類似するオーファン核内受容体であるEsrrbもまた、Klf4を代替し得ることを見出した(Feng, B.ら, Nat. Cell Biol., 11: 197-203 (2009))。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
発明の要約
iPS細胞の臨床応用を目指す上で、核初期化メカニズムの全貌を解明することは極めて重要である。従来公知の核初期化物質を代替し得る未知の核初期化物質を同定することは、核初期化メカニズムの解明の一助となるのみならず、臨床応用に最適なiPS細胞の樹立プロセスを確立する意味でもその意義は大きい。したがって、本発明の目的は、新規核初期化物質、特にKlf4の代替となり得る新規核初期化物質を同定し、それを用いた新規なiPS細胞の樹立方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、ES細胞等の多能性細胞で特異的に発現する遺伝子に拘らず、広く転写因子の遺伝子ライブラリーの中から、Klf4の代替因子としてiPS細胞を樹立することができる遺伝子を網羅的に探索した。その結果、IRXファミリーに属する遺伝子、GLISファミリーに属する遺伝子、PTXファミリーに属する遺伝子またはDMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)遺伝子を、Oct3/4, Sox2及びc-Mycの3遺伝子とともにアダルトマウスの皮膚由来線維芽細胞またはMEFに導入した場合に、iPS細胞を効率よく樹立することができ、これらの転写因子を、Klf4の機能を代替し得る新規核初期化物質として同定して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1] 以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を体細胞に導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
[2] 前記(1)の物質が、iroquois homeobox protein 6 (IRX6)、GLIS family zinc finger 1 (GLIS1)、paired-like homeodomain transcription factor 2 isoform b (PITX2)及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、上記[1]記載の方法。
[3] 前記(2)の物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Mycファミリーのメンバー、Nanog及びLinファミリー、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、上記[1]記載の方法。
[4] 前記(2)の物質がOct3/4である、上記[1]記載の方法。
[5] 前記(2)の物質がOct3/4及びSox2である、上記[1]記載の方法。
[6] 前記(2)の物質がOct3/4及びc-Mycである、上記[1]記載の方法。
[7] 前記(2)の物質がOct3/4、Sox2及びc-Mycである、上記[1]記載の方法。
[8] 以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤。
[9] 前記(1)の物質が、IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、上記[8]記載の剤。
[10] IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
[11] IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、上記[10]記載のiPS細胞。
[12] 少なくとも1種の外来性核酸がゲノムに組み込まれている、上記[10]記載のiPS細胞。
[13] 上記[10]記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
[14] IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、剤。
[15] iPS細胞の製造のための、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質の使用であって、該物質が、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
[16] 体細胞からのiPS細胞の誘導剤としての、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される物質であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、物質。
[17] 体細胞の製造における、上記[10]記載のiPS細胞の使用。
[18] 体細胞の製造における細胞ソースとしての、上記[10]記載のiPS細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1が、核初期化におけるKlf4の機能を代替し得ることが明らかになった。これらの核初期化物質の作用機序を研究することにより、核初期化メカニズムの解明がさらに進むことが期待される。また、ES細胞で特異的に発現している遺伝子以外の遺伝子が、本発明により新たに核初期化物質として同定されたことは、未知の核初期化物質が今後もさらに見出される可能性を示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、ヒトGateway(登録商標)エントリークローン(N. Goshima et al., Nature methods, 2008)から機能別エントリークローンを絞り込むまでのステップを示した概念図である。
【図2】図2は、転写因子のエントリークローンから体細胞初期化因子スクリーニング用の転写因子発現ライブラリーを作製した手順を示す図である。
【図3】図3は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)と、G06(遺伝子名:GLIS1)、H08(遺伝子名:DMRTB1)またはH10(遺伝子名:PITX2)との計4種の遺伝子をレトロウイルスでNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して得られたGFP陽性コロニーの形態を示す写真である。「Klf-G6-1」は3遺伝子と共にG06(遺伝子名:GLIS1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H8-2」は3遺伝子と共にH08(遺伝子名:DMRTB1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H10-1」および「Klf-H10」は3遺伝子と共にH10(遺伝子名:PITX2)を導入して得られたiPS細胞クローンを、それぞれ示す。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目(24ウエル)、P2は2継代目(6ウエル)を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。Klf-H10-1のみReseed法で樹立し、それ以外はMSTO法で樹立した。
【図4】図4は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)と、F09(遺伝子名:IRX6)、G06(遺伝子名:GLIS1)、H08(遺伝子名:DMRTB1)またはH10(遺伝子名:PITX2)との計4種の遺伝子をレトロウイルスでNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して得られたGFP陽性コロニーのコロニー樹立時の形態を示す写真である。「Klf-F9」は3遺伝子と共にF09(遺伝子名:IRX6)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-G6-1」および「Klf-G6-2」は3遺伝子と共にG06(遺伝子名:GLIS1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H8-1」および「Klf-H8-2」は3遺伝子と共にH08(遺伝子名:DMRTB1)を導入して得られたiPS細胞クローンを、「Klf-H10」は3遺伝子と共にH10(遺伝子名:PITX2)を導入して得られたiPS細胞クローンを、それぞれ示す。「Reseed」はReseed法で樹立した結果を、「MSTO」はMSTO法で樹立した結果を示す。
【図5】図5は、G6-1(Klf-G6-1)、H8-2(Klf-H8-2)およびH10(Klf-H10)の各iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図6】図6は、図5とは別のH10(Klf-H10)iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図7】図7は、G6-1(Klf-G6-1)、H8-2(Klf-H8-2)およびH10(Klf-H10)の各iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞およびiPS細胞を示す。また「Sox2 RT-」はネガティブコントロールである。
【図8】図8は、図7とは別のH10(Klf-H10)iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞およびiPS細胞を示す。また「Sox2 RT-」はネガティブコントロールである。
【図9】図9は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな6回の実験結果をまとめた。
【図10】図10は、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな2回の実験結果をまとめた。
【図11】図11は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)またはH8(DMRTB1)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図12】図12は、図11に示した各iPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図13】図13は、図11に示した各iPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図14】図14は、2因子(Oct3/4,c-Myc)とH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図15】図15は、図14に示したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図16】図16は、図14に示したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図17】図17は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。インディペンデントな4回の実験結果をまとめた。
【図18】図18は、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞(GFP陽性細胞)のコロニー数をカウントした結果を示すグラフである。2(OS)+H10における樹立コロニー数は1個(MSTO)および1個(Reseed)であった。
【図19】図19は、3因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞、2因子(Oct3/4, Sox2)とG6(GLIS1)、H8(DMRTB1)またはH10(PITX2)とを組み合わせてNanog-GFPマウスのMEFに導入して樹立したiPS細胞のコロニー像を示す写真である。P0はコロニー樹立時、P1は1継代目、P2は2継代目を示す。OS+G6、OS+H8、OS+H10の写真はP0のものである。それぞれ3枚づつの写真のうち、左はGFP陽性コロニー像、中央は位相差像、右はGFP陽性コロニー像と位相差像とを重ね合わせた写真を示す。
【図20】図20は、図19に示した各iPS細胞クローン(3因子+G6, H8またはH10)についてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図21】図21は、図19に示した各iPS細胞クローン(3因子+G6, H8またはH10)についてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を、また「ES」および「iPS」は、マウス由来のES細胞および4因子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)を用いて樹立したiPS細胞を示す。
【図22】図22は、成体マウス(Nanog-GFPマウス)の皮膚由来線維芽細胞から樹立したiPSクローン:G6-1クローン、G6-6クローン、H8-2クローンおよびH10クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「skin」は体細胞ソースとして用いた線維芽細胞を示す。また「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールである。
【図23】図23は、G6-1クローンまたはG6-6クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【図24】図24は、H8-2クローンまたはH10クローンを免疫不全マウスの皮下に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【図25】図25は、K-G6とMEF、またはK-G6と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図26】図26は、K-H8とMEF、またはK-H8と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図27】図27は、K-H10とMEF、またはK-H10と4Fとの間で遺伝子発現パターンに違いがあるかどうかを調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った結果を示すScatter Plotの図である(Fold change line: 2-fold)。
【図28】図28は、各細胞間の相関係数に基づきクラスタリングを行った結果を示す図である。
【図29】図29は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞のコロニー像およびアルカリフォスファターゼ染色像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図30】図30は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞の2継代目のコロニー像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図31】図31は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「4 factors」は4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞を、「AHDF」は体細胞ソースとして用いた成人皮膚由来線維芽細胞を、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図32】図32は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)をHDFに導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「4 factors」および「AHDF」は図31と同じである。また「KhES1」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図33】図33は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)とH8(DMRTB1)、または3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞のコロニー像およびアルカリフォスファターゼ染色像を示す写真である。コントロールとして4遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc, Klf4)で樹立したiPS細胞のコロニー像も示した。
【図34】図34は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞の1継代目のコロニー像を示す写真である。
【図35】図35は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図36】図36は、2遺伝子(Oct3/4, Sox2)およびH8(DMRTB1)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「hES」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図37】図37は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞の1継代目のコロニー像を示す写真である。
【図38】図38は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてgenomic-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「plasmid」はpMXsに組み込まれた各遺伝子を増幅したポジティブコントロールを示す。
【図39】図39は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)とH10(PITX2)をDP31に導入して樹立したiPS細胞クローンについてRT-PCRを行った結果を示す写真である。図中「DP31」は体細胞ソースとして用いた歯髄幹細胞クローンを、「hES」はヒトES細胞を、「201B7」は過去に樹立したiPS細胞(Cell, 131:861-872 (2007))を、それぞれ示す。
【図40】図40は、3遺伝子(Oct3/4, Sox2, c-Myc)およびG6(GLIS1)で樹立したiPS細胞クローンをScidマウスの精巣内に注射して作製したテラトーマの組織染色像(ヘマトキシリン・エオシン染色)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明の詳細な説明
本発明は、Klf4の代替となり得る新規核初期化物質、並びに該物質と、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる核初期化物質とを体細胞に導入することによる、iPS細胞の製造方法を提供する。
【0014】
(a) 新規核初期化物質(Klf4の代替因子)
本発明において「核初期化物質」とは、体細胞からiPS細胞を誘導することができる物質(群)であれば、タンパク性因子またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)、あるいは低分子化合物等のいかなる物質から構成されてもよい。本発明により同定されたKlf4を代替し得る核初期化物質は、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバーまたはDMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)のいずれかのタンパク質またはそれをコードする核酸である。
【0015】
IRX(iroquois homeobox)ファミリーは、homeoboxドメインを有し、脊椎動物胚のパターン形成の間、多面的な役割を果たすと考えられている。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、iroquois homeobox protein 1(IRX1)、IRX2、IRX3、IRX4、IRX5、IRX6などが挙げられ、IRX6が好ましく例示されるが、これに限定されない。尚、IRX6はヒト及びマウスのES細胞では発現していない遺伝子である。
【0016】
GLISファミリーは、5つのC2H2型Zincフィンガー領域を有し、胚発生の過程における種々の遺伝子発現を正もしくは負に制御する転写因子で構成される。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、GLIS family zinc finger 1(GLIS1)、GLIS2、GLIS3などが挙げられ、GLIS1が好ましく例示されるが、これに限定されない。尚、GLIS1はマウスES細胞では発現していない遺伝子である。
【0017】
PTXファミリーは、homeoboxドメインを有し、臓器発生や左右非対称性の決定に関わる。この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、paired-like homeodomain transcription factor 1(PITX1)、PITX2、PITX3などが挙げられ、PITX2が好ましく例示されるが、これに限定されない。PITX2には3つのアイソフォーム(isoforms a, b及びc)が知られており、いずれのアイソフォームも用いられ得るが、例えばisoform bが好ましく用いられる。
【0018】
DMRT-like family B with proline-rich C-terminal, 1(DMRTB1)は、doublesex DNA結合モチーフを有する機能未知の転写因子である。尚、DMRTB1はヒト及びマウスのES細胞では発現していない遺伝子である。
【0019】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1としては、任意の哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ等)由来のタンパク質またはそれをコードする核酸を用いることができるが、ヒト又はマウス由来のものが好ましい。ヒト及びマウス由来の上記核初期化物質のアミノ酸配列およびcDNA配列情報は、表1に記載されるNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ、当業者は、該cDNA配列情報に基づいて容易に各タンパク質をコードする核酸を単離し、また必要に応じて、組換えタンパク質を製造することができる。
【0020】
【表1】
【0021】
また、上記の各アミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有し、且つKlf4の代替因子として野生型タンパク質と同等の核初期化能力を有する天然もしくは人工の変異タンパク質及びそれをコードする核酸も、本発明のKlf4を代替する核初期化物質として利用することができる。
【0022】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1(それらをコードする核酸を含む)は、いずれか1種のみを用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
(b) Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質
これまで、体細胞からiPS細胞を誘導し得る核初期化物質の組み合わせの中でKlf4を含むものとしては、以下の組み合わせが知られている(以下においては、タンパク性因子の名称のみを記載する)。
(1) Oct3/4, Klf4, c-Myc
(2) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2(ここで、Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能である。また、c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能である。)
(3) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Fbx15, Nanog, Eras, ECAT15-2, TclI, β-catenin (活性型変異体S33Y)
(4) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, SV40 Large T
(5) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6
(6) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E7
(7) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6, HPV16 E7
(8) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, Bmil
(以上、WO 2007/069666を参照(但し、上記(2)の組み合わせにおいて、Sox2からSox18への置換については、Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2」の組み合わせについては、Cell,126, 663-676 (2006)、Cell, 131, 861-872 (2007) 等も参照。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, hTERT, SV40 Large T」の組み合わせについては、Nature, 451, 141-146 (2008)も参照)
(9) Oct3/4, Klf4, Sox2(Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)
(10) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28(Cell Research (2008) 600-603を参照)
(11) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, SV40 Large T(Stem Cells, 26, 1998-2005 (2008)も参照)
(12) Oct3/4, Klf4(Nature, 454, 646-650 (2008)、Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008)を参照)
(13) Oct3/4, Klf4, L-Myc
【0024】
したがって、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としては、上記(1)-(13)の組み合わせからKlf4を除いた物質の組み合わせ、即ち、
(i) Oct3/4, c-Myc
(ii) Oct3/4, c-Myc, Sox2(Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能。c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能。)
(iii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, Fbx15, Nanog, Eras, ECAT15-2, TclI, β-catenin (活性型変異体S33Y)
(iv) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, SV40 Large T
(v) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6
(vi) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E7
(vii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6, HPV16 E7
(viii) Oct3/4, c-Myc, Sox2, TERT, Bmil
(ix) Oct3/4, Sox2
(x) Oct3/4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28
(xi) Oct3/4, c-Myc, Sox2, SV40 Large T
(xii) Oct3/4、並びに
(xiii) Oct3/4, L-Myc
が好ましく例示される。また、上記(i)-(xiii)において、Oct3/4に代えて他のOctファミリーのメンバー、例えばOct1A、Oct6などを用いることもできる。さらに、Sox2(またはSox1、Sox3、Sox15、Sox17、Sox18)に代えて他のSoxファミリーのメンバー、例えばSox7などを用いることもできる。
【0025】
以上を総合すると、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質は、好ましくは、Octファミリーのメンバー(例: Oct3/4、Oct1A、Oct6)、Soxファミリーのメンバー(例: Sox2、Sox1、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、Sox18)、Mycファミリーのメンバー(例: c-Myc、n-Myc、L-Myc)、Nanog及びLinファミリーのメンバー(例: Lin28、Lin28b)から選択される。より好ましくは、少なくともOct3/4を含み、かつ任意でSox2及び/又はc-Mycを含んでいてもよい組み合わせ(即ち、(a) Oct3/4、(b) Oct3/4+Sox2、(c) Oct3/4+c-Myc、(d) Oct3/4+Sox2+c-Mycのいずれか)が挙げられ、これにさらにNanog及び/又はLin28を組み合わせて用いてもよい。ここでc-MycをL-Mycに変えた組み合わせも、好ましい態様として挙げられる。
【0026】
さらに、上記(i)-(xiii)には該当しないが、それらのいずれかにおける構成要素をすべて含み、且つ任意の他の物質をさらに含む組み合わせも、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。例えば、他の物質として、Klfファミリーのメンバー(例: Klf1、Klf2、Klf5)もしくは公知のその代替因子(例: Esrrb、EsrrgなどのEsrrファミリーのメンバー)等を組み合わせてもよい。また、核初期化の対象となる体細胞が上記(i)-(xiii)のいずれかにおける構成要素の一部を、核初期化のために十分なレベルで内在的に発現している条件下にあっては、当該構成要素を除いた残りの構成要素のみの組み合わせもまた、本発明における「Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質」の範疇に含まれ得る。
【0027】
これらの組み合わせの中で、得られるiPS細胞を治療用途に用いることを念頭においた場合、Oct3/4及びSox2の2因子の組み合わせ(即ち、上記(ix))、またはOct3/4、Sox2及びL-Mycの3因子の組み合わせ(即ち、上記(ii))が好ましい。一方、iPS細胞を治療用途に用いることを念頭に置かない場合(例えば、創薬スクリーニング等の研究ツールとして用いる場合など)は、Oct3/4, c-Myc(またはL-Myc), Sox2及びLin28の4因子か、それにNanogを加えた5因子(即ち、上記(x))が好ましい。
【0028】
上記の各タンパク性因子のマウス及びヒトcDNA配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ(Nanogは当該公報中では「ECAT4」との名称で記載されている。尚、Lin28のマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_145833及びNM_024674を参照することにより取得できる。またLin28bのマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_001031772及びNM_001004317を参照することにより取得できる。またL-Mycのマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれNCBI accession number NM_008506及びNM_001033081を参照することにより取得できる。)、当業者は容易にこれらのcDNAを単離することができる。核初期化物質としてタンパク性因子自体を用いる場合には、得られたcDNAを適当な発現ベクターに挿入して宿主細胞に導入し、該細胞を培養して得られる培養物から組換えタンパク性因子を回収することにより調製することができる。一方、核初期化物質としてタンパク性因子をコードする核酸を用いる場合、得られたcDNAを、ウイルスベクターもしくはプラスミドベクターに挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。
【0029】
尚、Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としては、Klf4とともに体細胞に導入した場合に該体細胞をiPS細胞に変換し得る限り、上記した従来公知のタンパク性因子もしくはそれをコードする核酸の組み合わせのみならず、新たに見出されるタンパク性因子もしくはそれをコードする核酸の組み合わせをも包含し、さらには、低分子化合物等の非タンパク性因子を含む組み合わせも包含し得る。
【0030】
(c) 体細胞ソース
本発明においてiPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0031】
体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。また、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、同様に患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子多型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
【0032】
哺乳動物から分離した体細胞は、核初期化工程に供するに先立って、細胞の種類に応じてその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。核初期化物質(さらに必要に応じて、後述するiPS細胞の樹立効率改善物質)との接触に際し、例えば、カチオニックリポソームなど導入試薬を用いる場合には、導入効率の低下を防ぐため、無血清培地に交換しておくことが好ましい場合がある。
【0033】
(d) 核初期化物質の体細胞への導入方法
前記(a)の「Klf4を代替し得る核初期化物質」及び前記(b)の「Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質」の体細胞への導入は、該物質がタンパク性因子である場合、自体公知の細胞へのタンパク質導入方法を用いて実施することができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)もしくは細胞透過性ペプチド(CPP)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。タンパク質導入試薬としては、カチオン性脂質をベースとしたBioPOTER Protein Delivery Reagent(Gene Therapy Systmes)、Pro-JectTM Protein Transfection Reagent(PIERCE)及びProVectin(IMGENEX)、脂質をベースとしたProfect-1(Targeting Systems)、膜透過性ペプチドをベースとしたPenetrain Peptide(Q biogene)及びChariot Kit(Active Motif)、HVJエンベロープ(不活化センダイウイルス)を利用したGenomONE(石原産業)等が市販されている。導入はこれらの試薬に添付のプロトコルに従って行うことができるが、一般的な手順は以下の通りである。核初期化物質を適当な溶媒(例えば、PBS、HEPES等の緩衝液)に希釈し、導入試薬を加えて室温で5-15分程度インキュベートして複合体を形成させ、これを無血清培地に交換した細胞に添加して37℃で1ないし数時間インキュベートする。その後培地を除去して血清含有培地に交換する。
【0034】
PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT(Frankel, A. et al, Cell 55, 1189-93 (1988); Green, M. & Loewenstein, P.M. Cell 55, 1179-88 (1988))、Penetratin (Derossi, D. et al, J. Biol. Chem. 269, 10444-50 (1994))、Buforin II (Park, C. B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 8245-50 (2000))、Transportan (Pooga, M. et al. FASEB J. 12, 67-77 (1998))、MAP (model amphipathic peptide) (Oehlke, J. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1414, 127-39 (1998))、K-FGF (Lin, Y. Z. et al. J. Biol. Chem. 270, 14255-14258 (1995))、Ku70 (Sawada, M. et al. Nature Cell Biol. 5, 352-7 (2003))、Prion (Lundberg, P. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 299, 85-90 (2002))、pVEC (Elmquist, A. et al. Exp. Cell Res. 269, 237-44 (2001))、Pep-1 (Morris, M. C. et al. Nature Biotechnol. 19, 1173-6 (2001))、Pep-7 (Gao, C. et al. Bioorg. Med. Chem. 10, 4057-65 (2002))、SynBl (Rousselle, C. et al. MoI. Pharmacol. 57, 679-86 (2000))、HN-I (Hong, F. D. & Clayman, G L. Cancer Res. 60, 6551-6 (2000))、HSV由来のVP22等のタンパク質の細胞通過ドメインを用いたものが開発されている。PTD由来のCPPとしては、11R (Cell Stem Cell, 4:381-384(2009)) や9R (Cell Stem Cell, 4:472-476(2009))等のポリアルギニンが挙げられる。
【0035】
マイクロインジェクションは、先端径1μm程度のガラス針にタンパク質溶液を入れ、細胞に穿刺導入する方法であり、確実に細胞内にタンパク質を導入することができる。
【0036】
その他、エレクトロポレーション法、セミインタクトセル法(Kano, F. et al. Methods in Molecular Biology, Vol. 322, 357-365(2006))、Wr-t ペプチドによる導入法(Kondo, E. et al., Mol. Cancer Ther. 3(12), 1623-1630(2004))などのタンパク質導入法も用いることができる。
【0037】
タンパク質導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0038】
iPS細胞の樹立効率を重視するのであれば、核初期化物質を、タンパク性因子自体としてではなく、それをコードする核酸の形態で用いることがむしろ好ましい。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよいが、また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。好ましくは該核酸は二本鎖DNA、特にcDNAである。
【0039】
核初期化物質のcDNAは、宿主となる体細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
【0040】
用いるベクターの種類は、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、アデノウイルスベクター、プラスミドベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが使用され得る。
【0041】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0042】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0043】
核初期化物質である核酸(初期化遺伝子)は、各々別個の発現ベクター上に組み込んでもよいし、1つの発現ベクターに2種類以上、好ましくは2〜3種類の遺伝子を組み込んでもよい。遺伝子導入効率の高いレトロウイルスやレンチウイルスベクターを用いる場合は前者が、プラスミド、アデノウイルス、エピソーマルベクターなどを用いる場合は後者を選択することが好ましい。さらに、2種類以上の遺伝子を組み込んだ発現ベクターと、1遺伝子のみを組み込んだ発現ベクターとを併用することもできる。
【0044】
上記において複数の初期化遺伝子を1つの発現ベクターに組み込む場合、これら複数の遺伝子は、好ましくはポリシストロニック発現を可能にする配列を介して発現ベクターに組み込むことができる。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、口蹄疫ウイルスの2A配列(配列番号:2; PLoS ONE3, e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007)、IRES配列(U.S. Patent No. 4,937,190)など、好ましくは2A配列を用いることができる。
【0045】
核初期化物質である核酸を含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が WO2007/69666、Cell, 126, 663-676 (2006) 及び Cell, 131, 861-872 (2007) に開示されており、ベクターとしてレンチウイルスベクターを用いる場合については、Science, 318, 1917-1920 (2007) に開示がある。iPS細胞を再生医療のための細胞ソースとして利用する場合、初期化遺伝子の発現(再活性化)は、iPS細胞由来の分化細胞から再生された組織における発癌リスクを高める可能性があるので、初期化遺伝子は細胞の染色体に組み込まれず、一過的に発現することが好ましい。かかる観点からは、染色体への組込みが稀なアデノウイルスベクターの使用が好ましい。アデノウイルスベクターを用いる具体的手段は、Science, 322, 945-949 (2008) に記載されている。また、アデノ随伴ウイルスも染色体への組込み頻度が低く、アデノウイルスベクターと比べて細胞毒性や炎症惹起作用が低いので、別の好ましいベクターとして挙げられる。センダイウイルスベクターは染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。センダイウイルスベクターについては、J. Biol. Chem., 282, 27383-27391 (2007)、Proc. Jpn. Acad., Ser. B 85, 348-362(2009)、または特許第3602058号に記載のものを用いることができる。
【0046】
レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いる場合は、いったん導入遺伝子のサイレンシングが起こったとしても、後に再活性化される可能性があるので、例えば、Cre/loxPシステムを用いて、不要となった時点で核初期化物質をコードする核酸を切り出す方法が好ましく用いられ得る。即ち、該核酸の両端にloxP配列を配置しておき、iPS細胞が誘導された後で、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞にCreリコンビナーゼを作用させ、loxP配列に挟まれた領域を切り出すことができる。また、LTR U3領域のエンハンサー−プロモーター配列は、挿入突然変異によって近傍の宿主遺伝子を上方制御する可能性があるので、当該配列を欠失、もしくはSV40などのポリアデニル化配列で置換した3’-自己不活性化(SIN)LTRを使用して、切り出されずゲノム中に残存するloxP配列より外側のLTRによる内因性遺伝子の発現制御を回避することがより好ましい。Cre-loxPシステムおよびSIN LTRを用いる具体的手段は、Chang et al., Stem Cells, 27: 1042-1049 (2009) に開示されている。
【0047】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。ベクターとしてプラスミドを用いる具体的手段は、例えばScience, 322, 949-953 (2008) 等に記載されている。
【0048】
プラスミドベクターやアデノウイルスベクター等を用いる場合、遺伝子導入は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができる。2種以上の発現ベクターを体細胞に導入する場合には、これらの全ての種類の発現ベクターを同時に体細胞に導入することが好ましいが、この場合においても、導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、又は1回以上5回以下など)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回又は4回)繰り返して行うことができる。
【0049】
尚、アデノウイルスやプラスミドを用いる場合でも、導入遺伝子が染色体に組み込まれることがあるので、結局はサザンブロットやPCRにより染色体への遺伝子挿入がないことを確認する必要がある。そのため、上記Cre-loxPシステムのように、いったん染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、該遺伝子を除去する手段を用いることは好都合であり得る。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる。piggyBacトランスポゾンを用いる具体的手段は、Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770 (2009) に開示されている。
【0050】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピゾーマルベクターが挙げられる。エピゾーマルベクターを用いる具体的手段は、Yu et al., Science, 324, 797-801 (2009)に開示されている。必要に応じて、エピソーマルベクターの複製に必要なベクター要素の5’側および3’側にloxP配列を同方向に配置したエピソーマルベクターに初期化遺伝子を挿入した発現ベクターを構築し、これを体細胞に導入することもできる。
【0051】
該エピゾーマルベクターとしては、例えば、EBV、SV40等に由来する自律複製に必要な配列をベクター要素として含むベクターが挙げられる。自律複製に必要なベクター要素としては、具体的には、複製開始点と、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば、EBVにあっては複製開始点oriPとEBNA-1遺伝子、SV40にあっては複製開始点oriとSV40 large T antigen遺伝子が挙げられる。
【0052】
また、エピゾーマル発現ベクターは、初期化遺伝子の転写を制御するプロモーターを含む。該プロモーターとしては、前記と同様のプロモーターが用いられ得る。また、エピゾーマル発現ベクターは、前記と同様に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子などをさらに含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0053】
本発明で使用されるloxP配列としては、バクテリオファージP1由来の野生型loxP配列(SEQ ID NO:17)の他、初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素を挟む位置に同方向で配置された場合に、組換えを起こしてloxP配列間の配列を欠失させ得る任意の変異loxP配列が挙げられる。変異loxP配列としては、例えば、5’側反復配列に変異のあるlox71(SEQ ID NO:18)、3’側反復配列に変異のあるlox66(SEQ ID NO:19)、スペーサー部分に変異のあるlox2272やlox511などが挙げられる。該ベクター要素の5’側および3’側に配置される2つのloxP配列は、同一であっても異なっていてもよいが、スペーサー部分に変異のある変異loxP配列の場合は同一のもの(例、lox2272同士、lox511同士)が用いられる。好ましくは、5’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox71)と3’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox66)との組合せが挙げられる。この場合、組換えの結果染色体上に残るloxP配列は5’側および3’側の反復配列に二重変異を有するため、Creリコンビナーゼに認識されにくく、不必要な組換えにより染色体の欠失変異を起こすリスクが低減される。lox71とlox66とを用いる場合、前記ベクター要素の5’側および3’側にいずれの変異loxP配列を配置してもよいが、変異部位がloxP配列の外端に配置されるような向きで変異loxP配列を挿入する必要がある。
【0054】
2つのloxP配列は、初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素(即ち、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列)の5’側および3’側に、同方向に配置される。loxP配列が挟むベクター要素は、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列のいずれか一方だけであってもよいし、両方であってもよい。
【0055】
エピソーマルベクターは、例えばリポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。具体的には、例えばScience, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0056】
iPS細胞から初期化遺伝子の複製に必要なベクター要素が除去されたか否かの確認は、該ベクター要素内部および/またはloxP配列近傍の塩基配列を含む核酸をプローブまたはプライマーとして用い、該iPS細胞から単離したエピソーム画分を鋳型としてサザンブロット分析またはPCR分析を行い、バンドの有無または検出バンドの長さを調べることにより実施することができる。エピソーム画分の調製は当該分野で周知の方法と用いて行えばよく、例えば、Science, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0057】
Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質が低分子化合物である場合、該物質の体細胞への導入は、該物質を適当な濃度で水性もしくは非水性溶媒に溶解し、ヒトまたはマウスより単離した体細胞の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)中に、核初期化物質濃度が体細胞において核初期化が起こるのに十分で且つ細胞毒性がみられない範囲となるように該物質溶液を添加して、細胞を一定期間培養することにより実施することができる。核初期化物質濃度は用いる核初期化物質の種類によって異なるが、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。接触期間は細胞の核初期化が達成されるのに十分な時間であれば特に制限はないが、通常は陽性コロニーが出現するまで培地に共存させておけばよい。
【0058】
(e) iPS細胞の樹立効率改善物質
従来iPS細胞の樹立効率が低いために、近年、その効率を改善する物質が種々提案されている。よって前記核初期化物質に加え、これら樹立効率改善物質を体細胞に接触させることにより、iPS細胞の樹立効率をより高めることが期待できる。
【0059】
iPS細胞の樹立効率改善物質としては、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA SmartpoolO (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-azacytidine)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA (Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、UTF1(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、2i/LIF (2iはmitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、ES細胞特異的miRNA(例えば、miR-302-367クラスター (Mol. Cell. Biol. doi:10.1128/MCB.00398-08)、miR-302 (RNA (2008) 14: 1-10)、miR-291-3p, miR-294およびmiR-295 (以上、Nat. Biotechnol. 27: 459-461 (2009)))等が挙げられるが、それらに限定されない。前記で核酸性の発現阻害剤はsiRNAもしくはshRNAをコードするDNAを含む発現ベクターの形態であってもよい。
【0060】
尚、前記核初期化物質の構成要素のうち、例えばSV40 large T等は、体細胞の核初期化のために必須ではなく補助的な因子であるという点において、iPS細胞の樹立効率改善物質の範疇にも含まれ得る。核初期化の機序が明らかでない現状においては、核初期化に必須の因子以外の補助的な因子について、それらを核初期化物質として位置づけるか、あるいはiPS細胞の樹立効率改善物質として位置づけるかは便宜的であってもよい。即ち、体細胞の核初期化プロセスは、体細胞への核初期化物質およびiPS細胞の樹立効率改善物質の接触によって生じる全体的事象として捉えられるので、当業者にとって両者を必ずしも明確に区別する必要性はないであろう。
【0061】
iPS細胞の樹立効率改善物質の体細胞への接触は、該物質が(a) タンパク性因子である場合、(b) 該タンパク性因子をコードする核酸である場合、あるいは(c) 低分子化合物である場合に応じて、核初期化物質についてそれぞれ上記したと同様の方法により、実施することができる。
【0062】
iPS細胞の樹立効率改善物質は、該物質の非存在下と比較して体細胞からのiPS細胞樹立効率が有意に改善される限り、核初期化物質と同時に体細胞に接触させてもよいし、また、どちらかを先に接触させてもよい。一実施態様において、例えば、核初期化物質がタンパク性因子をコードする核酸であり、iPS細胞の樹立効率改善物質が化学的阻害物質である場合には、前者は遺伝子導入処理からタンパク性因子を大量発現するまでに一定期間のラグがあるのに対し、後者は速やかに細胞に作用しうることから、遺伝子導入処理から一定期間細胞を培養した後に、iPS細胞の樹立効率改善物質を培地に添加することができる。別の実施態様において、例えば、核初期化物質とiPS細胞の樹立効率改善物質とがいずれもウイルスベクターやプラスミドベクターの形態で用いられる場合には、両者を同時に細胞に導入してもよい。
【0063】
(f) 培養条件による樹立効率の改善
体細胞の核初期化工程において低酸素条件下で細胞を培養することにより、iPS細胞の樹立効率をさらに改善することができる。本明細書において「低酸素条件」とは、細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、大気中のそれよりも有意に低いことを意味する。具体的には、通常の細胞培養で一般的に使用される5-10% CO2/95-90%大気の雰囲気中の酸素濃度よりも低い酸素濃度の条件が挙げられ、例えば雰囲気中の酸素濃度が18%以下の条件が該当する。好ましくは、雰囲気中の酸素濃度は15%以下(例、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下など)、10%以下(例、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下など)、または5%以下(例、4%以下、3%以下、2%以下など)である。また、雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは0.1%以上(例、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上など)、0.5%以上(例、0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、0.95以上など)、または1%以上(例、1.1%以上、1.2%以上、1.3%以上、1.4%以上など)である。
【0064】
細胞の環境において低酸素状態を創出する手法は特に制限されないが、酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーター内で細胞を培養する方法が最も容易であり、好適な例として挙げられる。酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーターは、種々の機器メーカーから販売されている(例えば、Thermo scientific社、池本理化学工業、十慈フィールド、和研薬株式会社などのメーカー製の低酸素培養用CO2インキュベーターを用いることができる)。
【0065】
低酸素条件下で細胞培養を開始する時期は、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、体細胞への核初期化物質の接触より前であっても、該接触と同時であっても、該接触より後であってもよいが、例えば、体細胞に核初期化物質を接触させた直後から、あるいは接触後一定期間(例えば、1ないし10(例、2,3,4,5,6,7,8または9)日)おいた後に低酸素条件下で培養することが好ましい。
【0066】
低酸素条件下で細胞を培養する期間も、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、例えば3日以上、5日以上、7日以上または10日以上で、50日以下、40日以下、35日以下または30日以下の期間等が挙げられるが、それらに限定されない。低酸素条件下での好ましい培養期間は、雰囲気中の酸素濃度によっても変動し、当業者は用いる酸素濃度に応じて適宜当該培養期間を調整することができる。また、一実施態様において、iPS細胞の候補コロニーの選択を、薬剤耐性を指標にして行う場合には、薬剤選択を開始する迄に低酸素条件から正常酸素濃度に戻すことが好ましい。
【0067】
さらに、低酸素条件下で細胞培養を開始する好ましい時期および好ましい培養期間は、用いられる核初期化物質の種類、正常酸素濃度条件下でのiPS細胞樹立効率などによっても変動する。
【0068】
核初期化物質(及びiPS細胞の樹立効率改善物質)を接触させた後、細胞を、例えばES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。マウス細胞の場合、通常の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行う。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および/または幹細胞因子(SCF)を添加することが望ましい。また通常、細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞(MEF)の共存下で培養される。MEFとしては、通常STO細胞等がよく使われるが、iPS細胞の誘導には、SNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))等がよく使われている。フィーダー細胞との共培養は、核初期化物質の接触より前から開始してもよいし、該接触時から、あるいは該接触より後(例えば1-10日後)から開始してもよい。
【0069】
iPS細胞の候補コロニーの選択は、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanog又はOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子及び/又はレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用い、薬剤耐性及び/又はレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。そのような組換え体細胞としては、例えばFbx15遺伝子座にβgeo(β-ガラクトシダーゼとネオマイシンホスホトランスフェラーゼとの融合タンパク質をコードする)遺伝子をノックインしたマウス由来のMEF(Takahashi & Yamanaka, Cell, 126, 663-676 (2006))、あるいはNanog遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス由来のMEF(Okita et al., Nature, 448, 313-317 (2007))等が挙げられる。一方、目視による形態観察で候補コロニーを選択する方法としては、例えばTakahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の方法が挙げられる。レポーター細胞を用いる方法は簡便で効率的ではあるが、iPS細胞がヒトの治療用途を目的として作製される場合、安全性の観点から目視によるコロニー選択が望ましい。Klf4と組み合わせることによりiPS細胞を誘導しうる核初期化物質としてOct3/4及びSox2の2因子を用いた場合、樹立クローン数は減少するものの生じるコロニーのほとんどがES細胞と比較して遜色のない高品質のiPS細胞であることから、レポーター細胞を用いなくとも効率よくiPS細胞を樹立することが可能である。
【0070】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、上記したNanog(もしくはOct3/4)レポーター陽性(ピューロマイシン耐性、GFP陽性など)および目視によるES細胞様コロニーの形成によっても行い得るが、より正確を期すために、アルカリフォスファターゼ染色や、各種ES細胞特異的遺伝子の発現を解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成を確認する等の試験を実施することもできる。
【0071】
Klf4を代替し得る核初期化物質が、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1から選ばれるタンパク質をコードする核酸の形態で体細胞に導入された場合、得られるiPS細胞は、当該外来性核酸を含む点で、従来公知のiPS細胞とは異なる新規細胞である。特に、当該外来性核酸がレトロウイルスやレンチウイルス等を用いて体細胞に導入された場合、当該外来性核酸は通常、得られるiPS細胞のゲノム中に組み込まれているので、外来性核酸を含むという形質は安定に保持される。
【0072】
このようにして樹立されたiPS細胞は、種々の目的で使用することができる。例えば、ES細胞で報告されている分化誘導法を利用して、iPS細胞から種々の細胞(例、心筋細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、インスリン分泌細胞等)への分化を誘導することができる。したがって、患者本人やHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞を用いてiPS細胞を誘導すれば、そこから所望の細胞(即ち、該患者が罹病している臓器の細胞や疾患に対する治療効果を発揮する細胞など)に分化させて該患者に移植するという、移植による幹細胞療法が可能となる。さらに、iPS細胞から分化させた機能細胞(例、肝細胞)は、対応する既存の細胞株よりも実際の生体内での該機能細胞の状態をより反映していると考えられるので、医薬候補化合物の薬効や毒性のin vitroスクリーニング等にも好適に用いることができる。
【0073】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0074】
以下において、実施例および参考例により本発明をより具体的にするが、この発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
[実施例1: 新規初期化因子のスクリーニング]
Goshimaらが作製したヒトGateway(登録商標)エントリークローン(N. Goshima et al., Nature methods, 2008記載のライブラリーを用いる。Y. Maruyama et al., Nucleic Acid Res., 2009でデータベース公開)をもとに、図1に記載の方法で、ヒトの網羅的遺伝子約20000クローンを整列化した。即ち、ヒトGateway(登録商標)エントリークローン中全長ORFを含む約50000クローンを、NCBI RefSeqの37900配列(24200遺伝子)に対してcoverage 80%以上、アミノ酸同一性95%以上の基準でblastp検索をかけ、ORFの3’末端に終止コドンを持つN-typeと、終止コドンを持たないF-typeの各type内で配列に重複のない、約20000エントリークローンからなるサブライブラリーを構築した。この整列化した約20000エントリークローンを、バイオインフォマティクス手法によりタンパク質キナーゼ、タンパク質フォスファターゼ、転写因子、GPCR、及びその他のクローン群に分類し、転写因子のエントリークローンからなるサブライブラリー(ヒトの全転写因子の50%以上をカバー)を構築した(図1)。この転写因子のサブライブラリーから、エントリークローンごとに、図2に示すようにpMXs-GWデスティネーションベクターとのLR反応により発現クローンDNAを作製し、この反応液を大腸菌DH5αに導入し、クローン化して転写因子発現ライブラリーを構築した(初期化因子スクリーニング用転写因子発現ライブラリー)。また、ヒトOct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycの各遺伝子も同じpMXs-GWに組み込み、各発現クローンを構築した。このDNAよりリコンビナントレトロウィルスを作製し、以下の実験に用いた。
【0076】
iPS細胞誘導実験は、Nanog-GFPマウス(Okita et al., Nature,448, 313-317(2007))の皮膚由来線維芽細胞を用いて行った。その際、フィーダー細胞であるMSTO(マイトマイシンCで処理して細胞分裂を止めたSNL細胞)上でレトロウイルスの感染を行う系(以下MSTO法、Cell, 126, 663-676 (2006))と、感染時はフィーダー細胞を用いず、感染後、細胞を播き直した後にMSTO上で培養を行う系(以下Reseed法、Nature Biotech., 26, p101-106(2008))の両方の系で実験を行った。
【0077】
1stスクリーニングとして24-well plateでiPS細胞誘導を行った。Gelatin(Reseed法)またはMSTO上(MSTO法)にNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞を播き、翌日、各種プラスミドから作製したレトロウイルスを感染させた(Day0)。具体的にはOct3/4、Sox2およびc-Mycの3遺伝子と前述の転写因子ライブラリーからの1遺伝子とを、1:1:1:1の割合で感染させた。ネガティブコントロールとしてOct3/4、Sox2およびc-Mycの3遺伝子を1:1:1の割合で感染させた。またポジティブコントロールとしてOct3/4、Sox2、Klf4 およびc-Mycの4遺伝子を1:1:1:1の割合で感染させた。
【0078】
感染から2日目までは10%FBS/DMEMで、3日目からはES培地(Cell, 126, 663-676 (2006))で培養した。はじめにGelatin上に播いた場合(Reseed法)は、3日目にMSTO上に播き直した。以後2日ごとに培地の交換を行い、21日目からはピューロマイシン選択を行い、28日目に細胞の観察を行った。その結果、3遺伝子と共に、サンプルF09(遺伝子名:IRX6)、サンプルG06(遺伝子名:GLIS1)、サンプルH08(遺伝子名:DMRTB1)、サンプルH10(遺伝子名:PITX2)の各遺伝子を導入したウエルにおいて、GFP-positiveのコロニーが現われ、マウスのiPS細胞が樹立されたことが確認された。また6-well plateで再度iPS誘導を行ったところ、同様にGFP-positiveコロニーが現われ、再現性が得られた。各iPS細胞のコロニー形成時、1継代目および2継代目のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図3および図4に示す。
【0079】
以上の結果より、これら4つの因子はKlf4の代替えとなる新規初期化因子であることが明らかとなった。尚、アダルトマウスの皮膚由来線維芽細胞の代わりにMEFを用いた場合も、同様にiPS細胞(GFP陽性コロニー)が樹立された。
【0080】
[実施例2: 樹立したマウスiPS細胞の解析]
QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、実施例1で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図5および図6に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。なお、G6-1クローン(遺伝子名:GLIS1)においては、導入に用いたc-Mycがゲノム上に挿入されていなかった(図5)。レトロウイルスベクターはゲノム上に挿入されなければ安定的に発現しないので、このクローンG6-1はOct3/4, Sox2およびGLIS1の3因子のみの発現で樹立されたと考えられた。
【0081】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図7および図8に示す。実施例1で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0082】
[実施例3:マウスiPS細胞の樹立と解析(2)]
実施例1と同様の方法によって、以下の初期化因子を導入することにより、マウスiPS細胞の樹立を行った。細胞としては、実施例1と同じNanog-GFPマウスの皮膚由来線維芽細胞を用い、MSTO法とReseed法の両方を行った。
(1) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(遺伝子名:GLIS1)
(2) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(遺伝子名:DMRTB1)
(3) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(遺伝子名:PITX2)
(4) Oct3/4、Sox2、およびG6
(5) Oct3/4、Sox2、およびH8
(6) Oct3/4、Sox2、およびH10
【0083】
遺伝子導入から28日目にGFP陽性コロニー数をカウントした。上記(1)〜(3)の結果を図9に示す(6回の実験結果をまとめたものである)。3因子(Oct3/4、Sox2、c-Myc)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立された。特にDMRTB1を加えた場合に顕著な効果が認められた。以上の結果より、これら本発明の因子が初期化因子であることが確認された。
【0084】
上記(4)〜(6)の結果を図10に示す(2回の実験結果をまとめたものである)。2因子(Oct3/4、Sox2)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1またはDMRTB1)を加えることによりコロニーが樹立された。なおPITX2を加えた場合は、この2回の実験ではコロニーは観察されなかった。
【0085】
各iPS細胞のコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図11に示した。
【0086】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図12に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。なお、3因子+G6(GLIS1)においては、導入に用いたc-Mycがゲノム上に挿入されていなかった(図12の左端レーン)。レトロウイルスベクターはゲノム上に挿入されなければ安定的に発現しないので、このクローンはOct3/4, Sox2およびGLIS1の3因子のみの発現で樹立されたと考えられた。
【0087】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図13に示す。上記で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0088】
[実施例4:マウスiPS細胞の樹立と解析(3)]
実施例3と同様の方法によって、Oct3/4およびc-Mycと、本発明の初期化因子(G6(GLIS1)、H8(DMRTB1)、H10(PITX2))との組み合わせにより、マウスiPS細胞の樹立を行った。その結果、Oct3/4、c-MycおよびH10(PITX2)の組み合わせにおいて、GFP陽性コロニー(iPSコロニー)が検出された。iPSコロニーのコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図14に示した。
【0089】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図15に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0090】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図16に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0091】
[実施例5:マウスiPS細胞の樹立と解析(4)]
Nanog-GFPマウスの胎仔(受精後13.5日)から、線維芽細胞(MEF)を単離した。このMEFに、実施例3や4と同じ手法で以下の初期化因子を導入した。
(1) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(遺伝子名:GLIS1)
(2) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(遺伝子名:DMRTB1)
(3) Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(遺伝子名:PITX2)
(4) Oct3/4、Sox2、およびG6
(5) Oct3/4、Sox2、およびH8
(6) Oct3/4、Sox2、およびH10
【0092】
遺伝子導入から28日目にGFP陽性コロニーをカウントした。上記(1)〜(3)の結果を図17に示す(4回の実験結果をまとめたものである)。3因子(Oct3/4、Sox2、c-Myc)のみではほとんどコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立され、特にDMRTB1を加えた時に顕著な効果が認められた。
【0093】
上記(4)〜(6)の結果を図18に示す(1回の実験結果)。2因子(Oct3/4、Sox2)のみではコロニーが樹立できなかったのに対して、本発明の初期化因子(GLIS1、DMRTB1またはPITX2)を加えることによりコロニーが樹立された。特にDMRTB1を加えた時に顕著な効果が認められた。
【0094】
各iPS細胞のコロニー形成時(P0)、1継代目(P1)および2継代目(P2)のGFP陽性コロニー像および位相差像を、図19に示した。
【0095】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。上記(1)〜(3)の結果を図20に示す。いずれのiPS細胞においても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0096】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。上記(1)〜(3)の結果を図21に示す。上記で樹立したiPS細胞は、いずれもES細胞特異的なマーカー遺伝子であるNanog、Oct3/4、Sox2、Rex1およびECAT1を発現していた。以上の結果から、新規初期化因子を用いて樹立した細胞はiPS細胞であることが確認された。
【0097】
[実施例6:テラトーマの作製およびキメラマウスの作出]
前記の実施例で樹立した成体マウス(Nanog-GFPマウス)の皮膚由来線維芽細胞から樹立した以下のiPS細胞クローンを用いて、テラトーマの作製を行った。
・G6-1クローン:Oct3/4、Sox2、およびG6(GLIS1)の3因子で樹立
・G6-6クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびG6(GLIS1)の4因子で樹立
・H8-2クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH8(DMRTB1)の4因子で樹立
・H10クローン:Oct3/4、Sox2、c-Myc、およびH10(PITX2)の4因子で樹立
【0098】
テラトーマの作製は、Cell, 126, 663-676 (2006) に記載の方法に従って行った。具体的には1×106個のiPS細胞を免疫不全マウスの皮下に注射し、4週間後にテラトーマを単離した。このテラトーマより上記と同様にしてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図22に示す。いずれのテラトーマにおいても導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0099】
次に、このテラトーマを切り刻んで4%フォルムアルデヒドを含有するPBS(-)で固定した。パラフィン包埋組織をスライスし、ヘマトキシリン・エオシンで染色した。結果を図23及び図24に示す。組織学的に見ると、腫瘍は複数の種類の細胞から構成されており、脂肪組織、横紋筋組織、角化上皮組織、繊毛円柱上皮組織、神経組織、軟骨組織、膠原繊維組織および平滑筋組織などが認められたことから、iPS細胞の多能性が証明された。
【0100】
また、これらのiPS細胞をICRマウス由来の胚盤胞にマイクロインジェクションした結果、アダルトキメラを作出することができた。
【0101】
[実施例7:マイクロアレイ解析]
本発明の新規初期化因子(G6、H8、H10)を用いて樹立したiPS細胞と、従来の4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)で樹立したiPS細胞とで、遺伝子発現に違いがあるかどうか調べるために、DNAマイクロアレイ解析を行った。解析は、以下に記載するiPS細胞およびMEF由来のtotal RNAを用いて、Cell,131,861-872(2007)に記載の手法にて行った。
・K-G6:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・K-H8:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびH8の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・K-H10:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびH10の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・4F:Oct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子をMEFに導入して樹立したiPS細胞 (5継代目)
・MEF:導入に用いたMEF細胞 (1継代目)
【0102】
Scatter Plotの結果を図25〜図27に示す(fold change line:2-fold)。また各細胞間の相関係数を表2に、それに基づきクラスタリングを行った結果を図28に示す。
【0103】
【表2】
【0104】
本発明の新規初期化因子を用いて樹立したiPS細胞は、いずれも、従来の4因子で樹立したiPS細胞と同様の遺伝子発現パターンを示したことから、4因子で樹立したiPS細胞と比べて遜色ないこと、すなわち本発明の新規初期化因子はKlf4の代替となっていることが示された。
【0105】
[実施例8:ヒトiPS細胞の樹立と解析(1)]
成人または新生児の皮膚由来線維芽細胞(HDF)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007)に記載の方法に従い、レンチウイルス(pLenti6/UbC-Slc7a1)を用いて、マウスエコトロピックウイルスレセプターSlc7a1遺伝子を発現させた。この細胞(1×105個/well、6 well plate)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007) に記載の方法に従い、Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)の4遺伝子をレトロウイルスで導入した。また、コントロールとしてOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子の導入も行った。
【0106】
ウイルス感染から6日後に細胞を回収し、フィーダー細胞上への蒔き直しを行った(5×105個/100 mmディッシュ)。フィーダー細胞にはマイトマイシンCで処理して、細胞分裂を止めたSNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))を用いた。感染7日後から霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL) に4 ng/mlの組換えヒトbFGF(WAKO)を加えた培地で培養を行った。感染35日目頃(around)のiPS細胞のコロニー像を図29に、また2継代目のiPS細胞のコロニー像を図30に示す。Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)で樹立したiPS細胞は、Oct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4で樹立したiPS細胞と同様のES細胞様の形態を示した。またアルカリフォスファターゼ活性も陽性であった。
【0107】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図31に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0108】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図32に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるOct3/4、Sox2およびRex1を発現していた。これらの結果から、新規初期化因子G6(GLIS1)を用いて樹立した細胞はヒトiPS細胞であることが確認された。
【0109】
[実施例9:ヒトiPS細胞の樹立と解析(2)]
歯髄幹細胞(J.Dent.Res., 87(7): 676-681 (2008))に対して、実施例8と同様の手法によりOct3/4、Sox2およびH8(DMRTB1)の3遺伝子、またはOct3/4、Sox2、c-MycおよびH10(PITX2)の4遺伝子をレトロウイルスで導入した。また、コントロールとしてOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4の4遺伝子の導入も行った。
【0110】
実施例8と同様の手法により培養を行って得られた感染35日目頃(around)のiPS細胞のコロニー像を図33に、また1継代目のiPS細胞のコロニー像を図34(Oct3/4、Sox2、H8)および図37(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞はOct3/4、Sox2、c-MycおよびKlf4で樹立したiPS細胞と同様のES細胞様の形態を示した。またアルカリフォスファターゼ活性も陽性であった。
【0111】
次に、QIAGEN社の「Gentra Puregene Cell Kit」を用いてゲノムを抽出し、PCR酵素(Takara Ex Taq)を用いて、上記で樹立したiPS細胞を用いてGenomic-PCRを行った。結果を図35(Oct3/4、Sox2、H8)および図38(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞においては導入した遺伝子のみがゲノム上に挿入されており、導入に用いなかった遺伝子はゲノム上に挿入されていないことが確認された。
【0112】
次に、Rever Tra Ace kit(Takara)を使用してRT-PCR解析を行った。結果を図36(Oct3/4、Sox2、H8)および図39(Oct3/4、Sox2、c-Myc、H10)に示す。樹立したiPS細胞は、ES細胞特異的なマーカー遺伝子であるOct3/4、Sox2、NanogおよびRex1を発現していた。これらの結果から、新規初期化因子H8(DMRTB1)、H10(PITX2)を用いて樹立した細胞はヒトiPS細胞であることが確認された。
【0113】
[実施例10:テラトーマの作製]
Oct3/4、Sox2、c-MycおよびG6(GLIS1)の4因子で樹立したiPS細胞をScid mouseの精巣に挿入し分化多能性を調べた。具体的にはまず前記iPS細胞を、組換えヒトbFGF(4ng/ml)及びRhoキナーゼ阻害剤Y-27632(10μM)を含有する霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL、コスモバイオ)中で培養した。1時間後、collagen IVで処理して細胞を採取後、遠心して回収し、Y-27632(10μM)を含有するDMEM/F12中に浮遊させた。コンフルエントになった細胞(100mmディッシュ)の1/4量をScidマウスの精巣内に注射した。2〜3ヶ月後、腫瘍を切り刻んで4%フォルムアルデヒドを含有するPBS(-)で固定した。パラフィン包埋組織をスライスし、ヘマトキシリン・エオシンで染色した。結果を図40に示す。組織学的に見ると腫瘍は複数の種類の細胞から構成されており、cartilage, epithelia smooth muscle, epithelia, nerve tissueなど3胚葉系に分化していたことから、iPS細胞の多能性が証明された。
【0114】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
【0115】
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0116】
本願は、米国仮特許出願番号61/208,853 および 61/276,123に基づくものであり、その内容は参照により本明細書に含まれる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を体細胞に導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
【請求項2】
前記(1)の物質が、iroquois homeobox protein 6 (IRX6)、GLIS family zinc finger 1 (GLIS1)、paired-like homeodomain transcription factor 2 isoform b (PITX2)及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記(2)の物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Mycファミリーのメンバー、Nanog及びLinファミリー、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記(2)の物質がOct3/4である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
前記(2)の物質がOct3/4及びSox2である、請求項1記載の方法。
【請求項6】
前記(2)の物質がOct3/4及びc-Mycである、請求項1記載の方法。
【請求項7】
前記(2)の物質がOct3/4、Sox2及びc-Mycである、請求項1記載の方法。
【請求項8】
以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤。
【請求項9】
前記(1)の物質が、IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、請求項8記載の剤。
【請求項10】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
【請求項11】
IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、請求項10記載のiPS細胞。
【請求項12】
少なくとも1種の外来性核酸がゲノムに組み込まれている、請求項10記載のiPS細胞。
【請求項13】
請求項10記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
【請求項14】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、剤。
【請求項15】
iPS細胞の製造のための、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質の使用であって、該物質が、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
【請求項16】
体細胞からのiPS細胞の誘導剤としての、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される物質であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、物質。
【請求項17】
体細胞の製造における、請求項10記載のiPS細胞の使用。
【請求項18】
体細胞の製造における細胞ソースとしての、請求項10記載のiPS細胞。
【請求項1】
以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を体細胞に導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
【請求項2】
前記(1)の物質が、iroquois homeobox protein 6 (IRX6)、GLIS family zinc finger 1 (GLIS1)、paired-like homeodomain transcription factor 2 isoform b (PITX2)及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記(2)の物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Mycファミリーのメンバー、Nanog及びLinファミリー、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記(2)の物質がOct3/4である、請求項1記載の方法。
【請求項5】
前記(2)の物質がOct3/4及びSox2である、請求項1記載の方法。
【請求項6】
前記(2)の物質がOct3/4及びc-Mycである、請求項1記載の方法。
【請求項7】
前記(2)の物質がOct3/4、Sox2及びc-Mycである、請求項1記載の方法。
【請求項8】
以下の(1)及び(2):
(1) IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質、
(2) Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質
を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤。
【請求項9】
前記(1)の物質が、IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される少なくとも1種の物質を含む、請求項8記載の剤。
【請求項10】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
【請求項11】
IRX6、GLIS1、PITX2及びDMRTB1からなる群より選択される1種以上の因子をコードする外来性核酸を含む、請求項10記載のiPS細胞。
【請求項12】
少なくとも1種の外来性核酸がゲノムに組み込まれている、請求項10記載のiPS細胞。
【請求項13】
請求項10記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
【請求項14】
IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質を含有してなる、体細胞からiPS細胞への誘導剤であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、剤。
【請求項15】
iPS細胞の製造のための、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される1種以上の物質の使用であって、該物質が、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
【請求項16】
体細胞からのiPS細胞の誘導剤としての、IRXファミリーのメンバー、GLISファミリーのメンバー、PTXファミリーのメンバー及びDMRTB1、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される物質であって、Klf4と組み合わせることにより体細胞からiPS細胞を誘導しうる物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、物質。
【請求項17】
体細胞の製造における、請求項10記載のiPS細胞の使用。
【請求項18】
体細胞の製造における細胞ソースとしての、請求項10記載のiPS細胞。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
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【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図2】
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【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【公表番号】特表2012−518988(P2012−518988A)
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−536662(P2011−536662)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【国際出願番号】PCT/JP2010/053024
【国際公開番号】WO2010/098419
【国際公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願/平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(500535301)一般社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム (22)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【国際出願番号】PCT/JP2010/053024
【国際公開番号】WO2010/098419
【国際公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「化合物等を活用した生物システム制御基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願/平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「iPS細胞等幹細胞産業応用促進基盤技術開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(500535301)一般社団法人バイオ産業情報化コンソーシアム (22)
【Fターム(参考)】
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