新規耐酸性改変型S−ヒドロキシニトリルリアーゼ
【課題】天然のS-ヒドロキシニトリルリアーゼに比較して耐酸性が向上した新規なS-ヒドロキシニトリルリアーゼを提供すること。
【解決手段】特定のアミノ酸配列で示される天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの配列において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【解決手段】特定のアミノ酸配列で示される天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの配列において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な耐酸性改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(SHNL)に関する。より詳細には、特定部位のアミノ酸配列を改変して得られる天然型SHNLよりも耐酸性が向上したSHNLに関する。
【背景技術】
【0002】
S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(SHNL)は、青酸とアルデヒド、あるいはケトンとの反応を触媒し、光学活性シアノヒドリン類を生成させる工業上重要な酵素である。
【0003】
SHNLとしては、例えば、キャッサバ(Manihot esculenta)由来のSHNL、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNL、又はイネ科植物であるモロコシ(Sorghum bicolor)由来のSHNLなどが知られている。しかしながら、酵素を生物より分離するコストが高額であるため、工業的には、天然のSHNLに加えて組換え型SHNLが用いられている。
【0004】
組換え型SHNLは、大腸菌や酵母等を宿主として製造することが出来るが、工業的にはさらにコストパフォーマンスを向上させるため、耐性や活性の向上した改変型SHNLが望ましい。特にSHNLの触媒するカルボニル化合物と青酸の反応では、同時に酵素に因らないラセミ化反応が進行するが、この競合反応は酸性条件で反応することによって抑制できることが知られている。したがって、耐酸性を有する改変SHNLを作製できれば、より効率よく光学活性シアノヒドリン類を製造することができる。
【0005】
改変型SHNLとしては、これまでSHNLのアミノ酸配列の128番目のトリプトファンをアラニンに置換することで酵素活性を向上させた改変型SHNLが知られている(特許文献1、非特許文献1)。しかしながら、耐酸性を向上させたSHNLについてはこれまで報告されたことはない。
【0006】
【特許文献1】特開2000-125886号公報
【非特許文献1】Lauble et al. protein science. 2002 11:p65-71
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、天然のSHNLに比較して顕著に耐酸性が向上した新規なSHNLを提供し、光学活性シアノヒドリンのより効率的な製造を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、SHNLのアミノ酸を遺伝子工学的に置換することで、改変前の酵素に比較して著しく耐酸性の向上した酵素が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型SHNL、あるいはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号3)において36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型SHNLに関する。
【0010】
前記改変型SHNLの具体例としては、キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、以下のアミノ酸置換:
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの置換、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの置換、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する改変型SHNLを挙げることができる。
【0011】
前記改変型SHNLは、さらに以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、及び
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有していてもよい。
【0012】
本発明は、前記改変型SHNLのアミノ酸配列をコードするDNAも提供する。
また本発明は、前記DNAを導入した宿主を培養し、得られる培養物からSHNL活性を有するタンパク質を回収することを特徴とする、改変型SSHNLの製造方法も提供する。
さらに本発明は、本発明の改変型SHNLをカルボニル化合物及びシアン化合物と接触させることを特徴とする光学活性シアノヒドリンの製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の耐酸性改変型SHNLは、従来の酵素に比較して耐酸性が著しく向上している。そのため、酸性条件下での反応が可能となり、競合するラセミ化反応を抑えて、光学活性シアノヒドリンの効率的生産を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
1.天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ
本発明において、「天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(以下SHNLと略記する)」とは、植物から単離・精製されたSHNL、あるいは当該SHNLと同じアミノ酸配列を有するSHNLを意味する。前記天然型SHNLの由来は特に限定されず、例えば、モロコシ(Sorghum bicolor)などのイネ科植物由来のSHNL、キャッサバ(Manihot esculenta)やパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などのトウダイグサ科植物由来のSHNL、キシメニア(Ximenia america)などのボロボロノキ植物由来のSHNL等を挙げることができる。これらSHNLのアミノ酸配列や遺伝子の塩基配列は既に公知であり、GenBank等の公共データベースを通じて容易に入手することができる。例えば、パラゴムノキ由来SHNL遺伝子はAccession No.U40402(配列番号3はU40402のCDSに該当)、キャッサバ由来のSHNL遺伝子はAccession No. Z29091、モロコシ由来SHNL遺伝子はAccession No.AJ421152として、それぞれGenBankに登録されている。
【0016】
図1は、キャッサバ(Manihot esculenta)及びパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNLのアミノ酸配列をアラインメントしたものである。両SHNLのアミノ酸の相同性は74%であり、個々のアミノ酸は必ずしも完全に同一ではない。例えば、パラゴムノキ由来のSHNLでは、キャッサバ由来のSHNLの139番に該当するアミノ酸が欠失しているため、ヘリックスD3’領域のアミノ酸番号が1つずれている。すなわち、キャッサバ由来のSHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において36番目、140番目、及び209番目のアミノ酸は、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNLのアミノ酸配列(配列番号4)において、それぞれ36番目、139番目、及び208番目に該当する。
【0017】
キャッサバ由来のSHNLとパラゴムノキ由来のSHNLは、いずれもα/βヒドロラーゼスーパーファミリーに属し、その立体構造は酷似している。従って、キャッサバ由来のSHNLによるアミノ酸配列の改変効果から、パラゴムノキ由来のSHNLについても該当部位のアミノ酸配列の改変により同様の効果を期待することができる。
【0018】
2.改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ
本発明は、キャッサバあるいはパラゴムノキ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列において、特定部位のアミノ酸配列を改変(置換あるいは挿入)して得られる、耐酸性改変型SHNLに関する。具体的には:
キャッサバ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる改変型SHNL;
パラゴムノキ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号4)において、36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる改変型SHNLに関する。
【0019】
より具体的には、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの変異、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの変異、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの変異
から選ばれる少なくとも1つ以上のアミノ酸配列の改変を有する改変型SHNLを挙げることができる。
【0020】
さらに、上記改変部位を複合させたSHNLはより高い耐酸性を有する。例えば、キャッサバ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、前記36番目と140番目のアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLや、36番目、140番目、及び209番目のアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLは高い耐酸性を有する。
【0021】
さらにまた、上記改変部位に、既に発明者らが報告している耐熱性向上のための改変部位:21番目、163番目、165番目、169番目、172番目、173番目、及び174番目から選ばれる1以上の部位におけるアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLは高い耐酸性と耐熱性を併せ持つ。具体的には、本発明の改変型SHNLは、耐熱性向上のための以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換、から選ばれる1以上のアミノ酸置換を複合させることにより、高い耐酸性と耐熱性を併せ持つようになる。
【0022】
こうしたアミノ酸の置換及び挿入は、周知の方法に従い、当該アミノ酸配列をコードする遺伝子に部位特異的変異を導入すればよい。そのような部位特異的変異は、市販のキット(例えば、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)、TransformerTMSite-Directed Mutagenesis Kit(CLONTECH)等)を用いて容易に行うことができる。本発明の改変型SHNLは、天然型SHNLと比較して耐酸性が向上しているため、ラセミ化反応を抑えた酸性条件下での反応が可能になり、光学活性シアノヒドリンの工業的生産工程において非常に有用な酵素といえる。
【0023】
3.耐酸性改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの製造
3.1 耐酸性改変型SHNLをコードするDNA
本発明にかかる改変型SHNLタンパク質をコードするDNAは、公知の天然型SHNL遺伝子に、部位特異的変異を導入して得られる。すなわち、置換部位のコドンを目的とするアミノ酸をコードするコドンに改変しうるプライマーを設計し、該プライマーを用いて天然型SHNLをコードするDNAを鋳型として伸長反応を行えばよい。部位特的変異導入は、市販のキット(例えば、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)、TransformerTM Site-Directed Mutagenesis Kit(CLONTECH)等)を用いて容易に行うことができる。
【0024】
3.2 組換えベクター
次いで、前記耐酸性改変型SHNLをコードするDNAをプラスミド等の公知のベクターに連結(挿入)して組換えベクターを作製する。前記ベクターは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。
【0025】
前記プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えば pBR322, pBR325, pUC18, pUC119, pHCE IIB, pTrcHis, pBlueBacHis 等、特に強力なT7プロモーターを有するpET21ベクターが好ましい)、枯草菌由来のプラスミド(例えば pUB110, pTP5 等)、酵母由来のプラスミド(例えば YEp13, YEp24, YCp50, pYE52 等)などが、ファージ DNAとしてはλファージ等が挙げられる。
【0026】
前記ベクターへの本発明の遺伝子の挿入は、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの適当な制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法が採用される。
【0027】
宿主内で外来遺伝子を発現させるためには、構造遺伝子の前に、適当なプロモーターを配置させる必要がある。前記プロモーターは特に限定されず、宿主内で機能することが知られている任意のものを用いることができる。なおプロモーターについては、後述する形質転換体において、宿主ごとに詳述する。また、必要であればエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、ターミネーター配列等を配置させてもよい。
【0028】
3.3 改変型SHNL発現系(形質転換体)
次いで、前記組換えベクターを目的遺伝子が発現しうるように宿主中に導入し、改変型SHNL発現系を作製する。ここで宿主としては、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されず、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロテイ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌、またサッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cervisiae)、チゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces. pombe)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)等の酵母、その他COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf19、Sf21等の昆虫細胞を挙げることができる。
【0029】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明の遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)HMS174(DE3)、K12、DH1、B株等が挙げられ、枯草菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)MI 114、207-21等が挙げられる。プロモーターとしては、大腸菌等の上記宿主中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の、大腸菌やファージに由来するプロモーターが挙げられる。また、tacプロモーター等のように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、特に限定されず、例えば、カルシウムイオンを用いる方法[Cohen, S.N. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110-2114 (1972)]や、エレクトロポレーション法等を挙げることができる。
【0030】
酵母を宿主とする場合は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ、シゾサッカロミセス・ポンベ、ピキア・パストリス等が用いられる。プロモーターとしては、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等を挙げることができる。酵母へのベクターの導入方法は、特に限定されず、例えば、エレクトロポレーション法[Becker, D.M. et al.:Methods. Enzymol., 194: 182-187 (1990)]、スフェロプラスト法[Hinnen, A.et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75: 1929-1933 (1978)]、酢酸リチウム法[Itoh, H.:J. Bacteriol., 153:163-168 (1983)]等を挙げることができる。
【0031】
3.4 形質転換体の培養
本発明の改変型SHNLは、本発明の形質転換体を適当な培地で培養し、その培養物から該酵素活性を有するタンパク質を採取することによって得ることができる。本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主に応じて、適宜決定される。例えば、大腸菌や酵母等の微生物を宿主とする形質転換体の場合は、微生物が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体を効率的に培養しうる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いても良い。
【0032】
培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加しても良い。プロモーターとして誘導性のものを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加しても良い。例えば、lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インドールアクリル酸(IAA)等を培地に添加しても良い。
【0033】
培養後、本発明の酵素タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合は、菌体又は細胞を破砕する。一方、本発明のタンパク質が菌体外又は細胞外に分泌される場合は、培養液をそのまま用いるか、遠心分離等によって回収する。
【0034】
タンパク質の単離・精製には、例えば硫安沈澱、SDS−PAGE、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独であるいは適宜組み合わせて用いればよい。
【0035】
本発明の改変型SHNLの酵素活性は、基質となりうる適当なシアン化合物とアルデヒド、あるいはケトンを含む反応液に該酵素を添加し、生成する光学活性シアノヒドリンを検出することにより確認することができる。光学活性シアノヒドリンの確認は、例えば、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を用いることができる。あるいは、本発明の改変型SHNLに特異的に結合する抗体を作製し、該抗体を用いたウェスタンブロッティングによって発現を確認することもできる。例えば、SHNLの酵素活性は、マンデロニトリルのSHNLによる分解によって生じるアルデヒドの単位時間あたりの生成量(波長249.6nmにおける吸光度から算出)を測定することによって確認できる。
【0036】
本発明の改変型SHNLの製造法としては、例えば、特開平10-373246号、特開平10-373248号、特開平11-367251号を参考にすることができる。
【0037】
4.耐酸性改変型SHNLによる光学活性シアノヒドリンの合成
本発明の改変型SHNLは、天然型SHNLよりも高い生産効率で光学純度の高い光学活性シアノヒドリンを合成できる。本発明の耐酸性改変型SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの合成は、天然型SHNLと全く同様の方法で実施できる。
【0038】
すなわち、反応溶媒中に、本発明の改変型SHNL及び反応基質を加え、反応温度10〜50℃において、20分間〜24時間反応させることによって、光学活性シアノヒドリンを合成することができる。反応時間は、基質の転換速度に応じて適宜調整する。反応基質としては、カルボニル化合物及びシアン化合物を使用することができる。カルボニル化合物は、COR1R2で示されるアルデヒド又はケトンであり、R1とR2は水素原子、置換又は非置換の炭素数1〜18の線状又は分枝鎖状の飽和アルキル基、あるいは置換又は非置換の環員が5〜22の芳香族基である(ただし、R1とR2は同時に水素原子を表すことはない)。シアン化合物は、シアン化物イオン(CN-)を生じる物質であれば特に限定されず、例えば、シアン化ナトリウムやシアン化カリウムなどのシアン化水素塩、アセトンシアンヒドリンなどのシアノヒドリン類を用いることができる。
【0039】
反応溶媒としては、反応系内に水が大量に存在すると、酵素反応によって生成した光学活性シアノヒドリンのラセミ化が起こりやすくなったり、水に対する溶解度の小さいアルデヒド又はケトンを原料として用いる場合には生産効率が低下するなどの点から、水に難溶又は不溶である有機溶媒を主成分とする反応溶媒を用いることが好ましい。このような有機溶媒としては、酵素反応による光学活性シアノヒドリンの合成反応に影響を与えないものであれば特に制限はなく、合成反応に用いる原料のアルデヒド又はケトンの物性、生成物であるシアノヒドリンの物性に応じて適宜選択することができる。具体的には、ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和炭化水素系溶媒、例えば、ペンタン、ヘキサン、トルエン、キシレン、塩化メチレンなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和アルコール系溶媒、例えば、イソプルピルアルコール、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−アミルアルコールなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和エーテル系溶媒、例えば、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソピルエーテル、ジブチルエーテル、メチル−t−ブチルエーテルなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和エステル系溶媒、例えば、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチルなどが挙げられ、これらを単独で用いても、また複数を混合して用いてもよい。また、上記溶媒は水又は水系の緩衝液を含有又は飽和させたものを用いることもできる。
【0040】
工業的生産工程において、改変型SHNLは適当な無機担体に固定化させた固定化酵素として用いてもよい(例えば、特開2002-176974号参照)。本発明の改変型SHNLを用いたシアノヒドリンの好適な合成方法としては、例えば、特開2002-355085号、特開2002-176974号、特開2001-363840号、特開2001-346596号、特開2001-190275号、特開2000-245286、特開2001-120289号、特開2000-217590号等に記載された方法を挙げることができる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例及び参考例を用いて本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例及び参考例に限定されるものではない。
【0042】
実施例1 ランダム変異SHNLライブラリーからの耐酸性変異SHNLのスクリーニング
[材料及び方法]
1)ランダム変異SHNLライブラリー
本発明で用いたSHNL遺伝子は、キャッサバ(Manihot esculenta)よりクローニングされたSHNLの遺伝子配列を大腸菌型のコドンに変換した配列(配列番号1:特願2002-365675(以下、このSHNLを「Wild-SHNL」と記載する))を用いた。このSHNL-Wild遺伝子がベクターpET21a(Novagen社製)に組み込まれたベクタープラスミドSHNL-Wild/pET21aを鋳型として、GeneMorphTMPCR Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)により無作為に変異を導入し、ランダム変異SHNLライブラリーを作製した。作製したランダム変異SHNLライブラリーは、ベクタープラスミドpKK223-3(アマシャム・バイオサイエンス社製)のマルチクローニングサイトに挿入し、大腸菌Escherichia coli DH5αに組み込んだ状態で凍結保存した。
【0043】
2)耐酸性変異酵素のスクリーニング
前記ランダム変異SHNLライブラリークローンを表1に示されるNS-2培地が分注されたディープウェルプレートに接種し、20℃、1100rpmの条件で振盪培養を行った。
【0044】
【表1】
【0045】
菌体が十分増殖した後、培養液を遠心分離し、菌体ペレットを得た。pH5.5クエン酸Naバッファー150μL中に菌体ペレットを懸濁した後シェイクマスター(BMS社製)を用いて菌体を破砕し、粗酵素液を得た。次に粗酵素液10μLをpH4.15クエン酸Naバッファー150μLに添加し、1100rpm、20℃の条件で2hの攪拌による酸処理を行った。次に酸処理後の粗酵素液にpH4.15クエン酸Naバッファー150μLを加え、更に基質であるDL-マンデロニトリルを0.04μL添加し、振盪により酵素反応を行った。20min後にリン酸を30μL添加し、反応を停止させ、反応液をUVプレートに移し、プレートリーダー(GENios:TECAN社製)により波長260nmにおける吸光度を測定し、活性値とした。次にコントロールとして、pH5.5クエン酸Naバッファー中1100rpm、20℃の条件で2hの攪拌を行った粗酵素液を用いて、pH5.5における酵素反応を行い、同様に活性値を測定した。酸処理済み酵素液の活性値をコントロールの活性値で除して得られる値を耐酸性の指標として用いた。比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5αの培養液より調製された粗酵素液を用いた同様の測定よりWild-SHNLの耐酸性指標を算出した。Wild-SHNLと比較して高い耐酸性指標を有する変異株を耐酸性変異株として選抜した。選抜された耐酸性変異株は、プラスミド抽出を行い、これを鋳型とした配列解析により変異部位の特定をした。
【0046】
3) 選抜した変異株の耐酸性評価
選抜した耐酸性酵素株、及び比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5αを試験管で培養し、培養終了後培養液の破砕により粗酵素液を調製した。得られた粗酵素液にpH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を添加し、酵素液の活性値を2U/mL、タンパク質濃度を1mg/mLに調製した。
【0047】
上記大腸菌株の培養には、表1に示されるNS-2培地5mLを用いた。培養は20℃、120rpmの振盪攪拌で行った。SHNL酵素活性はDL-マンデロニトリルを基質として、DL-マンデロニトリルが酵素により分解されて精製するベンズアルデヒドの生成速度を249.6nmの吸光度変化の測定から算出した。タンパク質濃度はBCA protein assay kit (Pierce社製)を用い、BSAを標準品として測定した。大腸菌由来非活性タンパク質は大腸菌株pKK223-3/DH5α培養液を破砕することで得た。
【0048】
次に、調製済み粗酵素液30μLにpH 4.15クエン酸バッファー150μLを添加し20℃、2h攪拌する酸処理を行った。酸処理後の粗酵素液を用いて活性測定を行い、酸処理前の活性を100%として残存活性を算出した。
【0049】
[結果]
選抜された耐酸性変異SHNL株の変異箇所を表2に示した。選抜された耐酸性変異株Lot002H6及びLot034B10は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の106番目のシトシンがアデニンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列36番目ロイシンがメチオニンへ変異していた。同じくLot023F12は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の419番目のシトシンがチミンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列140番目トレオニンがイソロイシンへ変異していた。またLot016G12は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の627番目のアデニンがチミンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列209番目リジンがアスパラギンへ変異していた。
【0050】
【表2】
【0051】
耐酸性評価結果を図2に示した。この結果より、SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)のうち、36番目ロイシンのメチオニンへの変異(以下L36Mと表記する)、140番目トレオニンのイソロイシンへの変異(以下T140Iと表記する)、及び209番目リジンのアスパラギンへの変異(以下K209Nと表記する)のうち少なくとも1つの変異を有するSHNLは耐酸性が向上することが明らかとなった。
【0052】
以下、Lot002H6又はLot034B10を培養して得られる耐酸性SHNLをL36M-SHNLと、同じくLot023F12より得られる耐酸性SHNLをT140I-SHNL、Lot016G12より得られる耐酸性SHNLをK209N-SHNLと記載する。
【0053】
実施例2 変異部位の複合による耐酸性の向上
ランダム変異SHNLライブラリーより選抜された耐酸性酵素株はそれぞれ1つのアミノ酸変異部位を有していた。そこで、これらの変異部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐酸性を更に向上させることを試みた。
【0054】
[材料及び方法]
変異部位の複合は、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用い、SHNLアミノ酸配列にL36M、T140I、K209Nの3つの変異を様々な組み合わせで部位特異的変異導入を行った。鋳型としてはSHNL-Wild遺伝子が組み込まれたベクタープラスミドSHNL-Wild/pKK223-3 10ngを用いた。
【0055】
L36Mの部位特異的変異導入には以下に示す配列番号5、6のプライマーを用いた。同様にT140Iの部位特異的変異導入には配列番号7、8を、K209Nの部位特異的変異導入には配列番号9、10で示されるプライマーを用いた。
【0056】
配列番号5:GGCCACAAAGTTACTGCAATGGACATGGCAGCCAGTGGC
配列番号6:GCCACTGGCTGCCATGTCCATTGCAGTAACTTTGTGGCC
配列番号7:CACGTTCACCAACATCATCGGCGAAACCATCACTACCATG
配列番号8:CATGGTAGTGATGGTTTCGCCGATGATGTTGGTGAACGTG
配列番号9:ATTTGGACCGATCAAGACAACATATTCCTGCCGGACTTCCAACGC
配列番号10:GCGTTGGAAGTCCGGCAGGAATATGTTGTCTTGATCGGTCCAAAT
【0057】
得られたPCR産物をコンピテントセルDH5αに形質転換し、複合変異SHNL組換え大腸菌株を作成した。
【0058】
次に実施例1の3)に示された方法に従って得られた組換え大腸菌株を培養し、得られた粗酵素液を用いて複合変異株の耐酸性の評価を行った。ただし酵素液の活性は43U/mL、タンパク質濃度は19.25mg/mLとなるよう、pH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を適宜添加した。比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5α及びLot002H6、Lot016G12及びLot023F12も同様に培養し、粗酵素液を調製し、評価に用いた。
【0059】
[結果]
それぞれ単独の変異部位を有する耐酸性酵素L36M-SHNL及びT140I-SHNLは酸処理後それぞれ70%程度の残存活性であったが、2つの変異を複合したL36M,T140I-SHNL株及び3つの変異を複合したL36M,T140I,K209D-SHNL株はこれらと比較してさらに耐酸性が向上し、両者ともpH4.15、2hの酸処理の後、活性が80%以上残存した(図3)。これらの結果より、個々の変異部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐酸性を更に向上させられることが明らかとなった。
【0060】
実施例3 耐酸性SHNLの耐溶媒性
[材料及び方法]
DH5α/pKK223-3/SHNL-K209Dを実施例1の3)と同様の方法で培養し、酵素液を得た。得られた酵素液にバッファー及び牛血清アルブミンを添加し、酵素液の活性値、タンパク質濃度を一定値に揃えた後、エタノール及び酢酸エチルを用いて酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0061】
[結果]
エタノールを用いて酵素液を処理した結果、K209D-SHNLは同処理時間において50%の活性が残存した(図4)。酢酸エチルについてもK209D-SHNLは高い耐性を有し、48時間の処理後も50%以上活性が残存した。これらの結果から、耐酸性変異酵素は有機溶媒耐性をも有していることが示された。
【0062】
実施例4 耐酸性酵素の耐熱性
[材料及び方法]
実施例2で作成した耐酸性酵素液及びWild-SHNLを用いて、酵素液温が60℃となるよう加熱し、30min後に残存活性を測定した。
【0063】
[結果]
耐酸性酵素の熱処理後の残存活性について図5に示した。耐酸性酵素は耐酸性のみならず、耐熱性も向上していることが示された。
【0064】
実施例5 耐酸性変異部位と耐熱性変異部位の複合
[材料及び方法]
改変部位の複合にはQuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてSHNL-G165E,V173L / pET21a プラスミドを用い、3つの変異部位アミノ酸をそれぞれSHNL-G165E,V173L遺伝子上に複合した。構築した複合変異株及び比較としてBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild 、SHNL-G165E,V173Lを用いて酵素液を作成し、酵素液の活性は43U/mL、タンパク質濃度は19.25mg/mLとなるよう、pH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を適宜添加した。次に酵素液温が45〜70℃となるよう加熱し、30min後に残存活性を測定した。
【0065】
[結果]
耐熱性複合変異酵素遺伝子にL36M又はT140Iを新たに複合した複合変異酵素は更に耐熱性が向上し、70℃において100%、72.5℃においても90%以上の活性が残存した(図6)。
従って耐熱性複合変異酵素遺伝子に耐酸性変異部位を新たに複合することで、更に耐熱性を向上することができる。
【0066】
以下、耐熱性向上のためのSHNLの改変に関する例を参考例として示す。
【0067】
参考例1:改変酵素Actmt-001f2-SHNLの調製
1.変異導入
キャッサバ(Manihot esculenta)由来のS-ヒドロキシニトリルリアーゼ(Wild-SHNL)遺伝子(配列番号1)への変異導入はGeneMorphTMPCR Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いて行った。鋳型として、pKK223-3(アマシャム・バイオサイエンス社製)のマルチクローニングサイトにWild-SHNL遺伝子が組み込まれているpKK223-3/SHNL-Wildプラスミド600ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、PCRを行った。
Forward primer: 5’-GGG GAA TTC ATG GTT ACT GCA CAC TTC GTT CTG ATT CAC-3’(配列番号11)
Reverse primer: 5’-GGG AAG CTT TTA AGC GTA TGC ATC AGC AAC TTC TTG CAG-3’(配列番号12)
【0068】
2.形質転換
得られたPCR産物(SHNL-Mutants)を制限酵素EcoRI、HindIII(TOYOBO社製)を用いて消化し、同じく制限酵素EcoRI、HindIIIによりマルチクローニングサイトが消化されているベクターpKK223-3とライゲーションを行った。ライゲーションにはLigaFastTMRapid DNA Ligation System(Promega社製)を用いた。ライゲーション反応液をコンピテントセルDH5α(TOYOBO社製)に形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmtを得た。
【0069】
3.選抜及び高発現ベクターへの組換え
複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmtを試験管で培養し、培養液をそれぞれ1mLずつ取り、遠心分離を行って上清を除去し、細胞ペレットを得た。得られた細胞をクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)200μLで再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を60℃、2hの条件で加熱し、加熱後にそれぞれの細胞破砕液のSHNL活性を測定した。SHNL活性は、反応温度20℃においてマンデロニトリルのSHNLによる分解によって生じるアルデヒドの単位時間あたりの生成量から算出した。なお、アルデヒドの単位時間あたりの生成量は、波長249.6nmにおける吸光度を測定すること(島津製作所製 分光光度計使用)によって算出される。
【0070】
この結果、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001f2を耐熱株として選抜した。選抜された株をコロニーPCRし、得られたPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001f2は配列番号1に示される塩基配列の494番目のグアニンがアデニンに改変された塩基配列を有することが確認された。したがって、Actmt001f2-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の165番目のグリシンがアスパラギン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、この改変型SHNL(165番目のグリシンをアスパラギン酸に置換したSHNL)をActmt-001f2-SHNLと呼ぶ。
【0071】
次に、SHNL-Actmt001f2遺伝子をタンパク質高発現ベクターpET21(Novagen社製)へ導入した。pKK223-3/SHNL-Actmt001f2プラスミドを調製し、これを鋳型として、下記のプライマーとDNAポリメラーゼKODplus(TOYOBO社製)を用いてPCRを行うことで、鋳型の両末端に付加されている制限酵素サイトEcoRI、HindIIIを除き、代わりに制限酵素サイトNdeI、BamHIを付加した。
【0072】
Forward primer: 5’-GGG GGG GGG CAT ATG GTT ACT GCA CAC TTC GTT CTG ATT CAC AC-3’(配列番号13)
Reverse primer: 5’-GGG GGA TCC TTA AGC GTA TGC ATC AGC AAC TTC TTG CAG-3’(配列番号14)
【0073】
得られたPCR産物を制限酵素NdeI(New England Bio Labs社製)、BamHI(TOYOBO社製)を用いて消化し、同じく制限酵素NdeI、BamHIによりマルチクローニングサイトが消化されているベクターpET21a(Novagen社製)とライゲーションを行った。ライゲーションにはLigaFastTMRapid DNA Ligation System(Promega社製)を用いた。ライゲーション反応液をコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、165番目のアミノ酸がAspに置換されたSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2を得た。
【0074】
参考例2:Actmt001f2-SHNLの熱安定性実験
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2をLB培地5mLを用いて37℃で12h培養した。得られた培養液100μLを下記に示すNS-2培地5mLに接種し、IPTGを添加して20℃、60hで培養を行った。培養終了後培養液を遠心分離し、細胞を回収した。この細胞を0.2Mクエン酸Na buffer(pH5.5)に懸濁し、超音波により細胞を破砕した。この破砕液を遠心分離し、上清を回収しWild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液を得た。酵素液はWild-SHNLが活性値74U/mL、タンパク質濃度6.29mg/mL、Actmt-001f2-SHNLが活性値69U/mL、タンパク質濃度5.96mg/mLであった。
【0075】
【表3】
【0076】
上記を加熱減菌した後、フィルター減菌したアンピシリン100mg/L(終濃度)、及びフィルター減菌したIPTG 238mg/L(終濃度)を添加する。
【0077】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が45〜70℃となるよう加熱した。30min後に遠心分離し、サンプルを回収し、開始時の酵素活性に対する残存活性を測定した。酵素活性の測定は参考例1に記載したとおりである。
【0078】
2.実験結果
この結果、Wild-SHNLでは温度65℃において活性が半減したのに対し、Actmt-001f2-SHNLは90%以上の残存活性を示した(図7)。Actmt-001f2-SHNLについて活性の半減がみられたのは70℃付近で、Wild-SHNLと比較して約5℃の耐熱性向上が見られた。この結果より、キャッサバ由来のSHNLでは、165番目のアミノ酸がグリシンからアスパラギン酸へ置換されることにより、熱に対する安定性が向上することが明らかとなった。
【0079】
加熱後の酵素液サンプルをSDS-PAGEにより解析した(図8)。サンプルは前述のように加熱後遠心分離されているため、熱により変性し、水に不溶となったタンパク質は除去されている。
【0080】
図5に示すよう、Wild-SHNLにおいては、加熱温度60℃より酵素量(図11の矢印部分のバンド 参照)が急激に減少し、70℃ではバンドがほぼ消滅している。一方、Actmt-001f2-SHNLにおいても、酵素量の減少はみられるが、70℃においても酵素は十分残存している。このSDS-PAGEの結果は、酵素活性の測定結果(図7)と一致している。
【0081】
図6に加熱によるサンプル中のタンパク質濃度の変化を示す。45℃のサンプルではホストである大腸菌に由来するタンパク質が多く認められる(図11及び図12)が、このタンパク質も加熱により変性し不溶化するため、加熱温度の上昇と共にサンプル中から除去される。そのため、サンプル中のタンパク質濃度はWild-SHNLとActmt-001f2-SHNLのいずれについても、加熱温度の上昇に伴いほぼ直線的に減少した。
【0082】
一般に、酵素を精製する際にはゲルろ過クロマトグラフィー等の操作が必要であるが、Actmt-001f2-SHNLは加熱処理を行うことで、遠心分離などの操作により酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去することができる。したがって、Actmt-001f2-SHNLは低コストで簡便に精製を行うことが可能であると考えられた。
【0083】
参考例3:Actmt-001f2-SHNLの60℃加熱処理における安定性、及びタンパク濃度変化の検討
加熱処理により、酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去することが実際に可能であることを確認するため、次の実験を行った。
【0084】
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2をLB培地5mLを用いて37℃で12h培養。得られた培養液100μLをNS-2培地5mLに接種し、IPTGを添加して20℃、60hで培養を行った。培養終了後培養液を遠心分離し、細胞を回収した。この細胞を0.2M クエン酸Na buffer(pH5.5)に懸濁し、超音波により細胞を破砕した。この破砕液を遠心分離し、上清を回収しWild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液を得た。酵素液の濃度はWild-SHNLが活性値83U/mLタンパク質濃度7.01mg/mL、Actmt-001f2-SHNLが活性値81U/mLタンパク質濃度6.65mg/mLであった。
【0085】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が60℃となるよう加熱した。30min毎に遠心分離し、サンプルを10μLずつ回収し、残存活性、タンパク濃度を測定した。
【0086】
2.実験結果
1)残存活性
Wild-SHNLは加熱時間1.5hで活性が半減したのに対し、Actmt-001f2-SHNLは加熱時間1.5hでも75%の活性が残存していた(図14)。
【0087】
2)タンパク濃度変化
得られたサンプルをSDS-PAGEにより解析した。SDS-PAGEの結果(図15)から、0h(加熱なし)の状態では大腸菌に由来するタンパク質が多く混合しているが、加熱後のサンプルでは、Wild-SHNLもActmt-001f2-SHNLも、大腸菌に由来するタンパク質がサンプル中から除去されていることが明らかとなった。
【0088】
加熱時間1hにおけるActmt-001f2-SHNLサンプル中のタンパク質濃度は4.25mg/mLであり、初期の64%まで減少していた(表4)。一方、加熱時間1hにおけるActmt-001f2-SHNLの残存活性は80%以上であった。したがって、Actmt-001f2-SHNLは、加熱処理により酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去できることが明らかになった。Wild-SHNLについては、1hにおけるタンパク質濃度が4.21mg/mLであり、初期の63%まで減少したものの残存活性は60%まで減少した。
【0089】
【表4】
【0090】
以上より、Wild-SHNLは、60℃の加熱処理では他の共雑タンパク質と共に変性、失活してしまうため、この温度以上の加熱処理による分離精製は困難であることがわかった。なお、45℃〜55℃の範囲で加熱処理することも可能であるが、図13から明らかなように、この温度範囲では共雑タンパク質の変性が極めて緩やかであるため、十分な分離精製を行うためには、かなりの時間を要することになる。
【0091】
参考例4:Actmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性
一般に、酵素の熱安定性と他の環境ストレス、例えば有機溶媒などに対する安定性には高い関連性がある。したがって、Actmt-001f2-SHNLは有機溶媒に対する安定性も向上している可能性がある。このためActmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性に関する検討を行った。
【0092】
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例2と同様の方法で酵素液を調製した。ストレスに対する酵素の耐性を測定する場合、サンプル中の共雑タンパク質が保護剤として働き、見かけ上耐性が向上する場合がある。したがって上記のサンプルをそれぞれ牛血清アルブミン及びバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値44.19U/mL、比活性値6.50U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0093】
2)有機溶媒処理
有機溶媒としてエタノール及び酢酸エチルを用い、これを酵素液に添加した。エタノールの終濃度は30%、酢酸エチルは40%とした。その後サンプルを攪拌しながら50時間保持した。数時間毎に遠心分離を行い、上清(水相)をサンプルとして10μL取り、活性測定を行った。
【0094】
2.実験結果
Actmt-001f2-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール(図12A)、及び酢酸エチル(図12B)に対して耐性を有することが明らかとなった。
【0095】
参考例5:Actmt-001f2-SHNLによる光学活性シアノヒドリンの製造
SHNLはアルデヒド及びケトンと青酸の反応を触媒し、光学活性なシアノヒドリンを合成する酵素である。Actmt-001f2-SHNLの上記反応に対する触媒能を、Wild-SHNLとの比較により検討した。
【0096】
1.実験方法
1)酵素液調製
BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2を培養し、培養液を遠心分離して上清を除去し、細胞ペレットを得た。この細胞ペレット0.33gにクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)0.66gを加えて再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を50℃、3hの条件で加熱し、加熱後に細胞破砕液を遠心分離した。この上清を0.45μmフィルターでろ過した後、限外ろ過濃縮した。これらの濃縮酵素液にクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)を加え、両者の活性を下表のように揃えた。調製した酵素液0.3mLをシリカゲル300mgと混合し、固定化酵素を得た。
【0097】
【表5】
【0098】
2)酵素反応
1.61MのHCNを溶解したt-ブチルメチルエーテル4.492mLに0.2Mクエン酸バッファー(pH5.5)0.337mLを加え、30分間攪拌した後、静置し水相を除去した。この溶液を上記で調製した固定化酵素300mgを入れた9mLのスクリューバイアルへ添加した。ここにベンズアルデヒド0.508mLを添加し、ボトルローラーで攪拌することにより酵素反応を実施した。反応開始1時間後に反応液4mLを回収した。引き続き同じ処理を行ったHCN/t-ブチルメチルエーテル溶液を同量添加し、ベンズアルデヒドを同量添加して、酵素反応を行った。反応開始1時間後に反応液5mLを回収した。この反応操作を繰り返し行い、計11回の酵素反応を行った。11回目では、酵素反応経過を測定するため、反応時間を延長し、経過分析を行った。
【0099】
2.実験結果
耐熱性酵素 Actmt-001f2-SHNLは、Wild-SHNLと同じ反応速度でS-マンデロニトリルを生成した。この結果から、Actmt-001f2-SHNLは光学活性シアノヒドリン合成においてWild-SHNLと同等の能力を有していることが明らかとなった。反応を繰り返すことにより、両者ともに反応速度が徐々に低下してきたが、反応速度の減少度合いはActmt-001f2-SHNLの方が緩やかであった。(図16A)。
【0100】
反応11回目の反応経過を比較したところ、Actmt-001f2-SHNLの方が反応速度が10%程度高くなった(図16B)。この原因として、耐熱性酵素Actmt-001f2-SHNLは、耐熱性だけではなく、酵素反応系での安定性も向上している可能性があると考えられた。
【0101】
3.結論
Actmt-001f2-SHNLはWild-SHNLと同じ生産性、光学純度で光学活性シアノヒドリンを合成できることが明らかとなった。更に繰り返し反応においては、10%程度の寿命延長が認められた。
【0102】
参考例6:BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eの作製
耐熱性酵素Actmt001f2-SHNLはそのアミノ酸配列の165番目が酸性アミノ酸のアスパラギン酸に置き換えられていた。そこで、165番目のアミノ酸を、同じ酸性アミノ酸であるグルタミン酸で置換したSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eを作製した。
【0103】
1.変異導入
参考例1と同様、165番目のアミノ酸の改変には、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wildプラスミド10 ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0104】
Forward primer: 5’-CGT GAA AAC CTG TTC ACC AAA TGC ACT GAT GAA GAA TAT GAA CTG GCA AAA ATG-3’(配列番号15)
Reverse primer: 5’-CAT TTT TGC CAG TTC ATA TTC TTC ATC AGT GCA TTT GGT GAA CAG GTT TTC ACG-3’(配列番号16)
【0105】
2.形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物をキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、得られた株をコロニーPCRした。このPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行い、反応物を解析することで塩基配列494-495番目のGCがAAに改変されている株を選抜した。この株よりプラスミドpET21a/SHNL-G165Eを調製し、コンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、165番目のアミノ酸がGluに置換されたSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eを作製した。
【0106】
参考例7:置換部位のアミノ酸種による耐熱性の変化
SHNLのアミノ酸配列165番目を様々な極性のアミノ酸に置換し、それがSHNLの耐熱性にどのように影響するのかを確認した。
【0107】
1.実験方法
参考例1及び参考例6にしたがい、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)を用いて165Glyへの変異導入を行い、以下の変異株を作製した。
i)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Glu (165アミノ酸がグルタミン酸に置換)
ii)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Lys (165アミノ酸がリジンに置換)
iii)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Arg (165アミノ酸がアルギニンに置換)
iv)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Ala (165アミノ酸がアラニンに置換)
【0108】
グルタミン酸はアスパラギン酸と同様、酸性残基を持つアミノ酸である。リジン、アルギニンは塩基性であり、アラニンはグリシンと同様中性アミノ酸である。これら4株と、DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001-f2及びSHNL-Wildを合わせた合計6株を用いて、参考例2と同様の方法で加熱試験を行った。
【0109】
2.実験結果
参考例2にしたがって加熱試験を行った結果、改変SHNLは導入されたアミノ酸残基の性質の違いにより、大きく3つの耐熱性パターンを示した(図15)。
【0110】
1)塩基性アミノ酸(Arg、Lys)への置換:
30minで活性がほぼ完全に消滅した。Wild-SHNLと比較して明らかに耐熱性が低下した。
2)中性アミノ酸(Ala)への置換:
Wild-SHNL(165Gly、中性)と同程度の耐熱性であった。
3)酸性アミノ酸(Glu)への置換:
Actmt-001f2-SHNL(165Asp、酸性)とほぼ同じパターンで活性が変化した。3種のアミノ酸グループの中で、最も高い耐熱性を示した。
【0111】
以上の結果より、165番目のアミノ酸が酸性アミノ酸に置換された改変SHNLでは耐熱性が向上し、塩基性アミノ酸に置換された改変SHNLでは逆に耐熱性が大きく減少することが明らかとなった。
【0112】
参考例8:ヘリックスD3’の改変−BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1e9の作製
ヘリックスD3’(163-174)の165-173までのアミノ酸と、ヘリックスAの17-21までのアミノ酸とは交差するように配置され、近接している。これらの区間のアミノ酸を置換することで、耐熱性が変化する可能性がある。そこで、SHNLのアミノ酸配列173番目のアミノ酸をValからLeuに置換し、それがSHNLの耐熱性にどのように影響するのかを確認した。
【0113】
1.変異導入
参考例1及び参考例6にしたがい、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)を用いて173番目のアミノ酸をLeuに置換したSHNLを調製した。
鋳型としてpET21a/SHNL-Wildプラスミド10 ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0114】
Forward primer:5’-GGC GAA TAT GAA CTG GCA AAA ATG NNN ATG CGC AAG GGC TCT CTG-3’(配列番号17)
Reverse primer:5’-CAG AGA GCC CTT GCG CAT NNN CAT TTT TGC CAG TTC ATA TTC GCC-3’(配列番号18)
【0115】
2.形質転換と耐熱性アッセイ
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを全てLB(Amp)液体培地に懸濁した。この懸濁液よりプラスミドpET21a/SHNL-SD173-1NNNMutantsを調製し、コンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行いBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1NNNMutants株を作成した。
【0116】
複数のBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1NNNMutants株を試験管で培養し、培養液をそれぞれ1mLずつ取り、遠心分離を行って上清を除去し、細胞ペレットを得た。得られた細胞をクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)200μLで再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を60℃、2hの条件で加熱し、加熱後に細胞破砕液それぞれのSHNL活性を測定した。この結果加熱後も活性を有していたBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1e9他3株を耐熱株として選抜した。選抜された株をコロニーPCRし、得られたPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行った。これら反応物の解析より、SHNL-SD173-1e9は塩基配列517-519番目のGTT(V)がCTG(L)に改変され、173番目のバリンがロイシンに置換されていることが明らかとなった。以下、SHNL-SD173-le9をSHNL-V173Lと呼ぶ。他の3株も全て173番目のバリンがロイシンに置換した変異株であった。
【0117】
参考例9:V173L-SHNLの耐熱性評価
V173-SHNLの耐熱性をWild-SHNL及びActmt001-f2-SHNLと比較した。
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001-f2、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-V173Lをそれぞれ参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を得た。上記のサンプルをそれぞれ牛血清アルブミン及びバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値17.6 U/mL、比活性値4.5U/mg、タンパク濃度3.9 mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0118】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt001-f2-SHNL及びV173L-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が45〜70℃となるよう加熱した。30min後に遠心分離し、サンプルを回収し、残存活性を測定した(図17)。
【0119】
その結果、上記サンプル条件において、酵素活性が半減した加熱温度はWild-SHNLが60℃であったのに対し、V173L-SHNL及びActmt001-f2-SHNLでは65℃付近であり、Wild-SHNLに比較して約5℃の耐熱性向上が見られた。以上の結果より、V173L-SHNLは、Actmt001-f2-SHNLと同等の耐熱性を有することが明らかとなった。
【0120】
SHNLの173番目のアミノ酸Valは、ダイマー形成時において、もう一方のモノマーのアミノ酸Valと近接している(末端同士の距離が約4.5オングストローム)。バリンからロイシンへの置換により、173番目のアミノ酸残基は炭素一つ分伸長することになる。したがって、炭素鎖が互いに伸長することで残基同士の距離が縮まり、非極性アミノ酸残基同士の疎水性相互作用が強まった可能性が高い。
【0121】
参考例10:改変酵素V173L-SHNLの有機溶媒耐性
参考例4において示されたように、熱安定性を有する改変酵素Actmt001-f2-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール、酢酸エチルに対して耐性を有していた。
【0122】
一方、参考例9に記載の改変酵素V173L-SHNLもActmt001-f2-SHNLとほぼ同等の耐熱性を示している。従って、V173L-SHNLについても同様にエタノール、酢酸エチルに対する耐性を確認した。
【0123】
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001-f2、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-V173Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。さらにこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値45U/mL、比活性値6.5U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
2)有機溶媒処理
エタノール及び酢酸エチルを用いて、参考例4と同様の方法で酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0124】
2.実験結果
V173L-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール(図18A)及び酢酸エチル(図18B)に対して耐性を有することが明らかとなった。更にV173L-SHNLはエタノールに対してActmt001-f2-SHNL以上の耐性を示し、添加後16時間の時点でActmt001-f2-SHNLの残存活性が23%であったのに対し、V173L-SHNLは34%活性が残存していた。酢酸エチルに対しては2つの改変酵素の耐性はほぼ同等であった。
【0125】
参考例11:改変酵素Actmt020-b8-SHNLの獲得
1.変異導入
参考例1と同様、GeneMorphTM PCR Mutagenesis Kitを用いてWild-SHNL 遺伝子へ変異導入を行った。鋳型、プライマーとも参考例1と同じものを用いた。
【0126】
2.形質転換
参考例1と同様、得られたPCR産物をベクターpKK223-3にライゲーション後、コンピテントセルDH5αへ形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020を得た。
【0127】
3.熱安定性酵素の選抜と配列解析
参考例1と同様の選抜法により、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020-b8を選抜した。配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて選抜された株を鋳型にコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、SHNL-Actmt020-b8は配列番号1に示される塩基配列の520番目のアデニンがチミンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SHNL-Actmt020-b8はWild-SHNLのアミノ酸配列の174番目のメチオニンがロイシンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、この改変型SHNLをActmt020-b8-SHNLと呼ぶ。
【0128】
参考例12:改変酵素Actmt020-b8-SHNLの熱安定性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例11において構築された大腸菌株DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020-b8、及び比較としてDH5α/pKK223-3/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値3.15U/mL、タンパク質濃度1.38mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0129】
2)酵素液の加熱処理
参考例3と同様の方法で、酵素液温が60℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30min毎に酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0130】
2.実験結果
Actmt020-b08-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図19)。従ってヘリックスD3’を構成する174番目アミノ酸であるメチオニンをロイシンへ置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【0131】
参考例13:改変酵素Actmt022-g12-SHNLの獲得
1.変異導入
参考例1と同様、GeneMorphTM PCR Mutagenesis Kitを用いてWild-SHNL遺伝子へ変異導入を行った。鋳型、プライマーとも参考例1と同じものを用いた。
【0132】
2.形質転換
参考例1と同様、得られたPCR産物をベクターpKK223-3ライゲーション後、コンピテントセルDH5αへ形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt022を得た。
【0133】
3.熱安定性酵素の選抜と配列解析
参考例1と同様の選抜法により、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt022-g12を選抜した。配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて選抜された株を鋳型にコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、SHNL-Actmt022-g12は配列番号1に示される塩基配列の63番目のアデニンがチミンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、Actmt022-g12-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。アミノ酸配列21番目のリジンは、ダイマー形成部位であるヘリックスAを構成するアミノ酸の一つである。
【0134】
参考例14:Lys21部位のアミノ酸を改変した改変酵素の構築
SHNLのアミノ酸配列21番目を様々なアミノ酸で置換し、SHNLの耐熱性に対する影響を確認した。
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wild 10ngを用い、配列番号19及び配列番号20で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0135】
ggcgcatgga tttggcacnn nctgaaaccg gccctggaa(配列番号19)
ttccagggcc ggtttcagnn ngtgccaaat ccatgcgcc(配列番号20)
【0136】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上で培養した。この結果プレート上に得られたコロニーをLB(Amp)液体培地で再懸濁し、プラスミドpET21a/SHNL-SDLys21NNNを調製した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21NNN株を複数作成した。
【0137】
3)改変SHNLの選抜
作成した大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21NNN株を参考例2と同様の方法により培養した。これら培養液を用いて、参考例1と同様の選抜法により耐熱性が向上した改変株を選抜した結果、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM1、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM6、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM8の3つの改変株が加熱後も活性を有していた。次に、配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いてこれら選抜された株を鋳型としてコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析した結果、SHNL-SDLys21-RAM1は配列番号1に示される塩基配列の61番目のアデニンがグアニンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SDLys21‐RAM1-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがグルタミン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。同様にSHNL-SDLys21-RAM6は配列番号1に示される塩基配列の61-63番のAAAがGACに改変された塩基配列を有しており、従って、SDLys21‐RAM6-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであり、更にSHNL-SDLys21-RAM8は配列番号1に示される塩基配列の63番目のアデニンがシトシンに改変された塩基配列を有しているため、SDLys21‐RAM8 SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、SDLys21-RAM1 SHNLをK21E-SHNLと呼ぶこととし、同様にRAM6をK21D-SHNL、RAM8をK21N-SHNLと呼ぶ。
【0138】
参考例15:改変酵素K21E-SHNL、K21D-SHNL、及びK21N-SHNLの耐熱性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例14において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-K21E、BL21(DE3)/pET21a /SHNL-K21D及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-K21N、更に比較としてBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値11U/mL、タンパク質濃度6.8(mg/mL)で揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0139】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が45-65℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0140】
2.実験結果
K21E-SHNL、K21D-SHNL、及びK21N-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図20)。従ってヘリックスAを構成する21番目のアミノ酸リジンをグルタミン酸、アスパラギン酸及びアスパラギンで置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【0141】
参考例16:改変部位を複合したSHNL遺伝子SHNL-G165E,V173L及びSHNL-G165E,V173L,M174Lの調製
改変SHNL: Actmt001-f2-SHNL、V173L-SHNL及び Actmt020-b8-SHNLはそれぞれ1つのアミノ酸改変部位を有し、Wild-SHNLと比較して優れた耐熱性、耐溶媒性を有していた。これら個々の改変部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐熱性、耐溶媒性を更に向上させることを試みた。
【0142】
1.改変部位複合SHNL遺伝子SHNL-G165E,V173Lの構築
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-SD173-1e9 プラスミド10ng を用い、配列番号15及び配列番号16で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0143】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを取り、LB(Amp)液体培地で37℃、12hの培養を行った。この培養液よりプラスミドを調製し、このプラスミドを鋳型として配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて伸長反応を行い、更に得られた反応産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析し、Gly165GluとVal173Leuの2つのアミノ酸変異を持つSHNL遺伝子を保有するプラスミドpET21a/SHNL-G165E,V173Lを選抜した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L株を作成した。
【0144】
2.改変部位複合SHNL遺伝子SHNL-G165E,V173L,M174Lの構築
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型として上記で構築されたpET21a/SHNL-G165E,V173Lプラスミド10ng を用い、配列番号21及び配列番号22で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0145】
tatgaactgg caaaaatgct gctgcgcaag ggctctctgt tc(配列番号21)
gaacagagag cccttgcgca gcagcatttt tgccagttca ta(配列番号22)
【0146】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを取り、LB(Amp)液体培地で37℃、12hの培養を行った。この培養液よりプラスミドを調製し、このプラスミドを鋳型として配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて伸長反応を行い、更に得られた反応産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析し、Gly165Glu、V173L及びMet174Leuの3つのアミノ酸変異を持つSHNL遺伝子を保有するプラスミドpET21a/SHNL-G165E,V173L,M174Lを選抜した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174L株を作成した。
【0147】
参考例17:変異部位複合SHNL遺伝子G165E,V173L,M174L-SHNL及びG165E,V173L、M174L-SHNLの熱安定性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例16において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174L及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値70U/mL、タンパク質濃度6mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0148】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が45-75℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0149】
2.実験結果
G165E,V173L-SHNL及び G165E,V173L,M174L-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上し、両者とも70℃において活性が90%近く残存した(図21)。G165E,V173L-SHNLでは75℃において急激な失活が観察され、残存した活性は2%であった。一方で3つの改変部位を複合したG165E,V173L,M174L-SHNLは75℃において13%の活性が残存した。これらの結果より、個々の改変部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐熱性を更に向上させられることが明らかとなった。
【0150】
参考例18:変異部位複合SHNL-G165E,V173L-SHNL及びG165E,V173L,M174L-SHNLの耐溶媒性
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値45U/mL、比活性値6.5U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0151】
2)有機溶媒処理
エタノール及び酢酸エチルを用いて、参考例4と同様の方法で酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0152】
2.実験結果
エタノールを用いて酵素液を処理した結果、Wild-SHNLは処理16時間目で活性がほぼ消滅したが、改変部位複合G165E,V173L-SHNLは73%もの活性が残存した(図22)。参考例4、11で示されたようにアミノ酸1つの変異を持つActmt001-f2、V173L-SHNLにおいて、エタノールに対して16時間の処理後に20-30%活性が残存することから、改変部位複合SHNLは複合によりエタノール耐性が大幅に向上していたことが明らかとなった。
【0153】
酢酸エチルを用いた場合、G165E,V173L,M174L-SHNLは24時間の処理後も80%以上の活性が残存した(図23)。エタノール耐性と同様に、個々の改変部位の複合により、大幅に有機溶媒耐性を向上することができた。
【0154】
参考例19:変異部位複合酵素G165E,V173L-SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの合成
変異部位複合酵素G165E,V173L-SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの繰り返し合成反応を行い、酵素反応系での安定性についての検討を行った。また、改変により基質特異性が変化したり、不斉合成能力が消滅したりしている恐れがある。従って通常のSHNLと同様に光学活性シアノヒドリンの製造が行えることも合わせて確認した。
【0155】
1.実験方法
1)酵素液調製
大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild 及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液にクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)を加え、両者の活性を500 U/mLに揃えた。G165E,V173L-SHNL酵素液にはBSAを添加し、総タンパク質濃度をWild-SHNLと一致させた。これら酵素液0.3mLに対しシリカゲルを300mgの比率で混合し、固定化酵素を得た。
【0156】
2)酵素反応
参考例5に示した反応条件で酵素反応を行った。ただし反応基質としてベンズアルデヒドの代わりに、2-クロルベンズアルデヒド(2CBA)を終濃度1.0Mで用いた。1時間毎にサンプルを回収し、反応液の2CBA濃度及び(R/S)-2-クロルマンデロニトリルの濃度を測定した。反応の終了は2-クロルベンズアルデヒドの転換率が95%を超えた時点と定義し、反応終了後に反応液4mLを回収した。引き続き同じ処理を行ったHCN/t-ブチルメチルエーテル溶液を同じ量添加し、ベンズアルデヒドを同じ量添加して、2回目の酵素反応を行った。2回目以降は反応終了後に反応液5mLを回収した。この反応操作を繰り返し行い、計4回の酵素反応を行った。
【0157】
2.実験結果
1)光学純度
G165E,V173L-SHNLは、4回の繰り返し反応において、平均95%eeの光学純度で(S)-2-クロルマンデロニトリルを生産した。一方でWild-SHNLも同様に95%ee程度の光学純度であった。従って、G165E,V173L-SHNLは光学活性シアノヒドリンの製造に関して、光学純度の点からはWild-SHNLとほぼ同等の能力を有していることが明らかとなった。
【0158】
2)反応速度及び活性低下度合いの比較
G165E,V173L-SHNLは、反応1回目において、Wild-SHNLと同様の速度で(S)-2-クロルマンデロニトリルを生産した。従って、G165E,V173L-SHNLは光学活性シアノヒドリンの製造に関して、生産性の点からはWild-SHNLと同等の能力を有していることが明らかとなった。反応を繰り返すに従い、両者とも酵素活性が低下し、反応速度が減少していくが、G165E,V173L-SHNLはWild-SHNLと比較して明らかに減少度合いが緩やかであった(図24)。従ってG165E,V173L-SHNLは、耐熱性だけではなく、酵素反応系での安定性も向上していることが明らかとなった。
【0159】
参考例20:Thr163部位のアミノ酸を改変した改変酵素の構築
SHNLのアミノ酸配列163番目を様々なアミノ酸で置換し、SHNLの耐熱性に対する影響を確認した。
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wild 10ngを用い、配列番号23及び配列番号24で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0160】
tgaaaacctg ttcaccaaat gcnnngatgg cgaatatgaa ctggc(配列番号23)
gccagttcat attcgccatc nnngcatttg gtgaacaggt tttca(配列番号24)
【0161】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上で培養した。この結果プレート上に得られたコロニーをLB(Amp)液体培地で再懸濁し、プラスミドpET21a/SHNL-SDThr163NNNを調製した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDThr163NNN株を複数作成した。
【0162】
3)改変SHNLの選抜
作成した大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDThrNNN株を参考例2と同様の方法により培養した。これら培養液を用いて、参考例1と同様の選抜法により耐熱性が向上した改変株を選抜した結果、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1b5、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1f5、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1f7の改変株が加熱後も活性を有していた。次に、以下に示すプライマーを用いてこれら選抜された株を鋳型としてコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。
【0163】
Forward primer: 5’- TGAAAACCTGTTCACCAAATGCNNNGATGGCGAATATGAACTGGC-3’(配列番号25)
Reverse primer: 5’- GCCAGTTCATATTCGCCATCNNNGCATTTGGTGAACAGGTTTTCA-3’(配列番号26)
【0164】
反応物を解析した結果、SHNL-SD163-1b5は配列番号1に示される塩基配列の487-489番目がGATに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SD163-1b5-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがアスパラギン酸へ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。同様にSHNL-SD163-1f5は配列番号1に示される塩基配列の487-489番がGAAに改変された塩基配列を有しており、従って、SD163-1f5-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがグルタミン酸へ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。更にSHNL-SD163-1f7は配列番号1に示される塩基配列の487-489番目がTCTに改変された塩基配列を有しており、従って、SD163-1f7-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがセリンへ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。
【0165】
以下、SD163-1b5-SHNLをT165D-SHNLと呼ぶこととし、同様にSD163-1f5-SHNLをT163E-SHNL、SD163-1f7-SHNLをT163S-SHNLと呼ぶこととする。
【0166】
参考例21:改変酵素T163D-SHNL、T163E-SHNL、T163S-SHNLの耐熱性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例20において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163D、BL21(DE3)/pET21a /SHNL- T163E及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163Sを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163D、BL21(DE3)/pET21a /SHNL- T163Eについては活性値70U/mL、タンパク質濃度7mg/mLとし、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163Sについては活性値70U/mL、タンパク質濃度14mg/mLに調製した。比較としてそれぞれ同濃度に調製されたBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを用いた。
【0167】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が50-70℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0168】
2.実験結果
T163S-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図16)。またT163D-SHNL、T163E-SHNLも60℃における熱安定性はWild-SHNLを上回っていた。従ってヘリックスD3’を構成する163番目のアミノ酸トレオニンをアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンで置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0169】
本発明の耐酸性変異SHNLは、天然型SHNLと比較して耐酸性が向上しているため、酸性条件下での反応が可能となり、競合するラセミ化反応を抑えて高純度の光学活性シアノヒドリンを高効率で合成することができる。したがって、本発明の耐酸性変異SHNLは光学活性シアノヒドリンの工業的生産用酵素として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0170】
【図1】図1は、キャッサバ(Manihot esculenta)及びパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来SHNLのアミノ酸配列をアラインメントした図である。
【図2】図2は、変異株の耐酸性を評価した結果である。
【図3】図3は、複合変異株の耐酸性を評価した結果である。
【図4】図4は、耐酸性酵素の耐熱性を評価した結果である。
【図5】図5は、耐熱性変異酵素遺伝子に耐溶媒性を評価した結果である(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図6】図6は、耐熱性変異酵素遺伝子に耐酸性変異部位を新たに複合することによる耐熱性の向上をみた結果である。
【図7】図7は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図8】図8は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプルのSDS-PAGEによる解析結果を示す写真である。
【図9】図9は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプルのタンパク質濃度の変化を示すグラフである。
【図10】図10は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図11】図11は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプル(上清)のSDS-PAGEによる解析結果を示す写真である。
【図12】図12は、Actmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性を示すグラフである(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図13】図13は、Actmt-001f2-SHNLの繰り返し反応における反応1時間目のS-マンデロニトリルの光学純度を示すグラフである。
【図14】図14は、Actmt-001f2-SHNLの繰り返し反応におけるベンズアルデヒド転換率を示すグラフである(A:反応1時間目の転換率の繰り返し回数による変化、B:反応11回目の転換率の経時的変化)。
【図15】図15は、種々の改変型SHNLの加熱による酵素活性の変化を示すグラフである。
【図16】図16は、改変酵素T163S-SHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図17】図17は、Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL、V173L-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図18】図18は、V173L-SHNLの有機溶媒耐性を示すグラフである(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図19】図19は、改変酵素Actmt020-b8-SHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図20】図20は、Lys21改変酵素の熱に対する安定性を示すグラフである。
【図21】図21は、改変部位を複合したSHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図22】図22は、G165E,V173L-SHNLのエタノール耐性を示すグラフである。
【図23】図23は、G165E,V173L,M174L-SHNLの酢酸エチル耐性を示すグラフである。
【図24】図24は、G165E,V173L,M174L-SHNLを用いた繰り返し反応における反応1時間目の2CMN生産量を示すグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0171】
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配列番号6−人工配列の説明:プライマー
配列番号7−人工配列の説明:プライマー
配列番号8−人工配列の説明:プライマー
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配列番号24−人工配列の説明:プライマー
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【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な耐酸性改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(SHNL)に関する。より詳細には、特定部位のアミノ酸配列を改変して得られる天然型SHNLよりも耐酸性が向上したSHNLに関する。
【背景技術】
【0002】
S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(SHNL)は、青酸とアルデヒド、あるいはケトンとの反応を触媒し、光学活性シアノヒドリン類を生成させる工業上重要な酵素である。
【0003】
SHNLとしては、例えば、キャッサバ(Manihot esculenta)由来のSHNL、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNL、又はイネ科植物であるモロコシ(Sorghum bicolor)由来のSHNLなどが知られている。しかしながら、酵素を生物より分離するコストが高額であるため、工業的には、天然のSHNLに加えて組換え型SHNLが用いられている。
【0004】
組換え型SHNLは、大腸菌や酵母等を宿主として製造することが出来るが、工業的にはさらにコストパフォーマンスを向上させるため、耐性や活性の向上した改変型SHNLが望ましい。特にSHNLの触媒するカルボニル化合物と青酸の反応では、同時に酵素に因らないラセミ化反応が進行するが、この競合反応は酸性条件で反応することによって抑制できることが知られている。したがって、耐酸性を有する改変SHNLを作製できれば、より効率よく光学活性シアノヒドリン類を製造することができる。
【0005】
改変型SHNLとしては、これまでSHNLのアミノ酸配列の128番目のトリプトファンをアラニンに置換することで酵素活性を向上させた改変型SHNLが知られている(特許文献1、非特許文献1)。しかしながら、耐酸性を向上させたSHNLについてはこれまで報告されたことはない。
【0006】
【特許文献1】特開2000-125886号公報
【非特許文献1】Lauble et al. protein science. 2002 11:p65-71
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、天然のSHNLに比較して顕著に耐酸性が向上した新規なSHNLを提供し、光学活性シアノヒドリンのより効率的な製造を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、SHNLのアミノ酸を遺伝子工学的に置換することで、改変前の酵素に比較して著しく耐酸性の向上した酵素が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型SHNL、あるいはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号3)において36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型SHNLに関する。
【0010】
前記改変型SHNLの具体例としては、キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、以下のアミノ酸置換:
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの置換、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの置換、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する改変型SHNLを挙げることができる。
【0011】
前記改変型SHNLは、さらに以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、及び
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有していてもよい。
【0012】
本発明は、前記改変型SHNLのアミノ酸配列をコードするDNAも提供する。
また本発明は、前記DNAを導入した宿主を培養し、得られる培養物からSHNL活性を有するタンパク質を回収することを特徴とする、改変型SSHNLの製造方法も提供する。
さらに本発明は、本発明の改変型SHNLをカルボニル化合物及びシアン化合物と接触させることを特徴とする光学活性シアノヒドリンの製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の耐酸性改変型SHNLは、従来の酵素に比較して耐酸性が著しく向上している。そのため、酸性条件下での反応が可能となり、競合するラセミ化反応を抑えて、光学活性シアノヒドリンの効率的生産を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
1.天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ
本発明において、「天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ(以下SHNLと略記する)」とは、植物から単離・精製されたSHNL、あるいは当該SHNLと同じアミノ酸配列を有するSHNLを意味する。前記天然型SHNLの由来は特に限定されず、例えば、モロコシ(Sorghum bicolor)などのイネ科植物由来のSHNL、キャッサバ(Manihot esculenta)やパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などのトウダイグサ科植物由来のSHNL、キシメニア(Ximenia america)などのボロボロノキ植物由来のSHNL等を挙げることができる。これらSHNLのアミノ酸配列や遺伝子の塩基配列は既に公知であり、GenBank等の公共データベースを通じて容易に入手することができる。例えば、パラゴムノキ由来SHNL遺伝子はAccession No.U40402(配列番号3はU40402のCDSに該当)、キャッサバ由来のSHNL遺伝子はAccession No. Z29091、モロコシ由来SHNL遺伝子はAccession No.AJ421152として、それぞれGenBankに登録されている。
【0016】
図1は、キャッサバ(Manihot esculenta)及びパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNLのアミノ酸配列をアラインメントしたものである。両SHNLのアミノ酸の相同性は74%であり、個々のアミノ酸は必ずしも完全に同一ではない。例えば、パラゴムノキ由来のSHNLでは、キャッサバ由来のSHNLの139番に該当するアミノ酸が欠失しているため、ヘリックスD3’領域のアミノ酸番号が1つずれている。すなわち、キャッサバ由来のSHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において36番目、140番目、及び209番目のアミノ酸は、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のSHNLのアミノ酸配列(配列番号4)において、それぞれ36番目、139番目、及び208番目に該当する。
【0017】
キャッサバ由来のSHNLとパラゴムノキ由来のSHNLは、いずれもα/βヒドロラーゼスーパーファミリーに属し、その立体構造は酷似している。従って、キャッサバ由来のSHNLによるアミノ酸配列の改変効果から、パラゴムノキ由来のSHNLについても該当部位のアミノ酸配列の改変により同様の効果を期待することができる。
【0018】
2.改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ
本発明は、キャッサバあるいはパラゴムノキ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列において、特定部位のアミノ酸配列を改変(置換あるいは挿入)して得られる、耐酸性改変型SHNLに関する。具体的には:
キャッサバ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる改変型SHNL;
パラゴムノキ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号4)において、36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる改変型SHNLに関する。
【0019】
より具体的には、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの変異、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの変異、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの変異
から選ばれる少なくとも1つ以上のアミノ酸配列の改変を有する改変型SHNLを挙げることができる。
【0020】
さらに、上記改変部位を複合させたSHNLはより高い耐酸性を有する。例えば、キャッサバ由来の天然型SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)において、前記36番目と140番目のアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLや、36番目、140番目、及び209番目のアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLは高い耐酸性を有する。
【0021】
さらにまた、上記改変部位に、既に発明者らが報告している耐熱性向上のための改変部位:21番目、163番目、165番目、169番目、172番目、173番目、及び174番目から選ばれる1以上の部位におけるアミノ酸置換を複合させた改変型SHNLは高い耐酸性と耐熱性を併せ持つ。具体的には、本発明の改変型SHNLは、耐熱性向上のための以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換、から選ばれる1以上のアミノ酸置換を複合させることにより、高い耐酸性と耐熱性を併せ持つようになる。
【0022】
こうしたアミノ酸の置換及び挿入は、周知の方法に従い、当該アミノ酸配列をコードする遺伝子に部位特異的変異を導入すればよい。そのような部位特異的変異は、市販のキット(例えば、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)、TransformerTMSite-Directed Mutagenesis Kit(CLONTECH)等)を用いて容易に行うことができる。本発明の改変型SHNLは、天然型SHNLと比較して耐酸性が向上しているため、ラセミ化反応を抑えた酸性条件下での反応が可能になり、光学活性シアノヒドリンの工業的生産工程において非常に有用な酵素といえる。
【0023】
3.耐酸性改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの製造
3.1 耐酸性改変型SHNLをコードするDNA
本発明にかかる改変型SHNLタンパク質をコードするDNAは、公知の天然型SHNL遺伝子に、部位特異的変異を導入して得られる。すなわち、置換部位のコドンを目的とするアミノ酸をコードするコドンに改変しうるプライマーを設計し、該プライマーを用いて天然型SHNLをコードするDNAを鋳型として伸長反応を行えばよい。部位特的変異導入は、市販のキット(例えば、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)、TransformerTM Site-Directed Mutagenesis Kit(CLONTECH)等)を用いて容易に行うことができる。
【0024】
3.2 組換えベクター
次いで、前記耐酸性改変型SHNLをコードするDNAをプラスミド等の公知のベクターに連結(挿入)して組換えベクターを作製する。前記ベクターは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えばプラスミドDNA、ファージDNA等が挙げられる。
【0025】
前記プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えば pBR322, pBR325, pUC18, pUC119, pHCE IIB, pTrcHis, pBlueBacHis 等、特に強力なT7プロモーターを有するpET21ベクターが好ましい)、枯草菌由来のプラスミド(例えば pUB110, pTP5 等)、酵母由来のプラスミド(例えば YEp13, YEp24, YCp50, pYE52 等)などが、ファージ DNAとしてはλファージ等が挙げられる。
【0026】
前記ベクターへの本発明の遺伝子の挿入は、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、ベクターDNAの適当な制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法が採用される。
【0027】
宿主内で外来遺伝子を発現させるためには、構造遺伝子の前に、適当なプロモーターを配置させる必要がある。前記プロモーターは特に限定されず、宿主内で機能することが知られている任意のものを用いることができる。なおプロモーターについては、後述する形質転換体において、宿主ごとに詳述する。また、必要であればエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、ターミネーター配列等を配置させてもよい。
【0028】
3.3 改変型SHNL発現系(形質転換体)
次いで、前記組換えベクターを目的遺伝子が発現しうるように宿主中に導入し、改変型SHNL発現系を作製する。ここで宿主としては、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されず、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロテイ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌、またサッカロミセス・セルビシエ(Saccharomyces cervisiae)、チゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces. pombe)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)等の酵母、その他COS細胞、CHO細胞等の動物細胞、あるいはSf19、Sf21等の昆虫細胞を挙げることができる。
【0029】
大腸菌等の細菌を宿主とする場合は、本発明の組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、本発明の遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。大腸菌としては、例えば、エッシェリヒア・コリ(Escherichia coli)HMS174(DE3)、K12、DH1、B株等が挙げられ、枯草菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)MI 114、207-21等が挙げられる。プロモーターとしては、大腸菌等の上記宿主中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の、大腸菌やファージに由来するプロモーターが挙げられる。また、tacプロモーター等のように、人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、特に限定されず、例えば、カルシウムイオンを用いる方法[Cohen, S.N. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110-2114 (1972)]や、エレクトロポレーション法等を挙げることができる。
【0030】
酵母を宿主とする場合は、例えば、サッカロミセス・セレビシエ、シゾサッカロミセス・ポンベ、ピキア・パストリス等が用いられる。プロモーターとしては、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、例えば、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等を挙げることができる。酵母へのベクターの導入方法は、特に限定されず、例えば、エレクトロポレーション法[Becker, D.M. et al.:Methods. Enzymol., 194: 182-187 (1990)]、スフェロプラスト法[Hinnen, A.et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75: 1929-1933 (1978)]、酢酸リチウム法[Itoh, H.:J. Bacteriol., 153:163-168 (1983)]等を挙げることができる。
【0031】
3.4 形質転換体の培養
本発明の改変型SHNLは、本発明の形質転換体を適当な培地で培養し、その培養物から該酵素活性を有するタンパク質を採取することによって得ることができる。本発明の形質転換体を培養する方法は、宿主に応じて、適宜決定される。例えば、大腸菌や酵母等の微生物を宿主とする形質転換体の場合は、微生物が資化しうる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体を効率的に培養しうる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いても良い。
【0032】
培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加しても良い。プロモーターとして誘導性のものを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加しても良い。例えば、lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)等を、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した微生物を培養する場合は、インドールアクリル酸(IAA)等を培地に添加しても良い。
【0033】
培養後、本発明の酵素タンパク質が菌体内又は細胞内に生産される場合は、菌体又は細胞を破砕する。一方、本発明のタンパク質が菌体外又は細胞外に分泌される場合は、培養液をそのまま用いるか、遠心分離等によって回収する。
【0034】
タンパク質の単離・精製には、例えば硫安沈澱、SDS−PAGE、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独であるいは適宜組み合わせて用いればよい。
【0035】
本発明の改変型SHNLの酵素活性は、基質となりうる適当なシアン化合物とアルデヒド、あるいはケトンを含む反応液に該酵素を添加し、生成する光学活性シアノヒドリンを検出することにより確認することができる。光学活性シアノヒドリンの確認は、例えば、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を用いることができる。あるいは、本発明の改変型SHNLに特異的に結合する抗体を作製し、該抗体を用いたウェスタンブロッティングによって発現を確認することもできる。例えば、SHNLの酵素活性は、マンデロニトリルのSHNLによる分解によって生じるアルデヒドの単位時間あたりの生成量(波長249.6nmにおける吸光度から算出)を測定することによって確認できる。
【0036】
本発明の改変型SHNLの製造法としては、例えば、特開平10-373246号、特開平10-373248号、特開平11-367251号を参考にすることができる。
【0037】
4.耐酸性改変型SHNLによる光学活性シアノヒドリンの合成
本発明の改変型SHNLは、天然型SHNLよりも高い生産効率で光学純度の高い光学活性シアノヒドリンを合成できる。本発明の耐酸性改変型SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの合成は、天然型SHNLと全く同様の方法で実施できる。
【0038】
すなわち、反応溶媒中に、本発明の改変型SHNL及び反応基質を加え、反応温度10〜50℃において、20分間〜24時間反応させることによって、光学活性シアノヒドリンを合成することができる。反応時間は、基質の転換速度に応じて適宜調整する。反応基質としては、カルボニル化合物及びシアン化合物を使用することができる。カルボニル化合物は、COR1R2で示されるアルデヒド又はケトンであり、R1とR2は水素原子、置換又は非置換の炭素数1〜18の線状又は分枝鎖状の飽和アルキル基、あるいは置換又は非置換の環員が5〜22の芳香族基である(ただし、R1とR2は同時に水素原子を表すことはない)。シアン化合物は、シアン化物イオン(CN-)を生じる物質であれば特に限定されず、例えば、シアン化ナトリウムやシアン化カリウムなどのシアン化水素塩、アセトンシアンヒドリンなどのシアノヒドリン類を用いることができる。
【0039】
反応溶媒としては、反応系内に水が大量に存在すると、酵素反応によって生成した光学活性シアノヒドリンのラセミ化が起こりやすくなったり、水に対する溶解度の小さいアルデヒド又はケトンを原料として用いる場合には生産効率が低下するなどの点から、水に難溶又は不溶である有機溶媒を主成分とする反応溶媒を用いることが好ましい。このような有機溶媒としては、酵素反応による光学活性シアノヒドリンの合成反応に影響を与えないものであれば特に制限はなく、合成反応に用いる原料のアルデヒド又はケトンの物性、生成物であるシアノヒドリンの物性に応じて適宜選択することができる。具体的には、ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和炭化水素系溶媒、例えば、ペンタン、ヘキサン、トルエン、キシレン、塩化メチレンなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和アルコール系溶媒、例えば、イソプルピルアルコール、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−アミルアルコールなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和エーテル系溶媒、例えば、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソピルエーテル、ジブチルエーテル、メチル−t−ブチルエーテルなど;ハロゲン化されていてもよい脂肪族又は芳香族の直鎖状又は分枝状又は環状の飽和又は不飽和エステル系溶媒、例えば、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチルなどが挙げられ、これらを単独で用いても、また複数を混合して用いてもよい。また、上記溶媒は水又は水系の緩衝液を含有又は飽和させたものを用いることもできる。
【0040】
工業的生産工程において、改変型SHNLは適当な無機担体に固定化させた固定化酵素として用いてもよい(例えば、特開2002-176974号参照)。本発明の改変型SHNLを用いたシアノヒドリンの好適な合成方法としては、例えば、特開2002-355085号、特開2002-176974号、特開2001-363840号、特開2001-346596号、特開2001-190275号、特開2000-245286、特開2001-120289号、特開2000-217590号等に記載された方法を挙げることができる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例及び参考例を用いて本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例及び参考例に限定されるものではない。
【0042】
実施例1 ランダム変異SHNLライブラリーからの耐酸性変異SHNLのスクリーニング
[材料及び方法]
1)ランダム変異SHNLライブラリー
本発明で用いたSHNL遺伝子は、キャッサバ(Manihot esculenta)よりクローニングされたSHNLの遺伝子配列を大腸菌型のコドンに変換した配列(配列番号1:特願2002-365675(以下、このSHNLを「Wild-SHNL」と記載する))を用いた。このSHNL-Wild遺伝子がベクターpET21a(Novagen社製)に組み込まれたベクタープラスミドSHNL-Wild/pET21aを鋳型として、GeneMorphTMPCR Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)により無作為に変異を導入し、ランダム変異SHNLライブラリーを作製した。作製したランダム変異SHNLライブラリーは、ベクタープラスミドpKK223-3(アマシャム・バイオサイエンス社製)のマルチクローニングサイトに挿入し、大腸菌Escherichia coli DH5αに組み込んだ状態で凍結保存した。
【0043】
2)耐酸性変異酵素のスクリーニング
前記ランダム変異SHNLライブラリークローンを表1に示されるNS-2培地が分注されたディープウェルプレートに接種し、20℃、1100rpmの条件で振盪培養を行った。
【0044】
【表1】
【0045】
菌体が十分増殖した後、培養液を遠心分離し、菌体ペレットを得た。pH5.5クエン酸Naバッファー150μL中に菌体ペレットを懸濁した後シェイクマスター(BMS社製)を用いて菌体を破砕し、粗酵素液を得た。次に粗酵素液10μLをpH4.15クエン酸Naバッファー150μLに添加し、1100rpm、20℃の条件で2hの攪拌による酸処理を行った。次に酸処理後の粗酵素液にpH4.15クエン酸Naバッファー150μLを加え、更に基質であるDL-マンデロニトリルを0.04μL添加し、振盪により酵素反応を行った。20min後にリン酸を30μL添加し、反応を停止させ、反応液をUVプレートに移し、プレートリーダー(GENios:TECAN社製)により波長260nmにおける吸光度を測定し、活性値とした。次にコントロールとして、pH5.5クエン酸Naバッファー中1100rpm、20℃の条件で2hの攪拌を行った粗酵素液を用いて、pH5.5における酵素反応を行い、同様に活性値を測定した。酸処理済み酵素液の活性値をコントロールの活性値で除して得られる値を耐酸性の指標として用いた。比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5αの培養液より調製された粗酵素液を用いた同様の測定よりWild-SHNLの耐酸性指標を算出した。Wild-SHNLと比較して高い耐酸性指標を有する変異株を耐酸性変異株として選抜した。選抜された耐酸性変異株は、プラスミド抽出を行い、これを鋳型とした配列解析により変異部位の特定をした。
【0046】
3) 選抜した変異株の耐酸性評価
選抜した耐酸性酵素株、及び比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5αを試験管で培養し、培養終了後培養液の破砕により粗酵素液を調製した。得られた粗酵素液にpH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を添加し、酵素液の活性値を2U/mL、タンパク質濃度を1mg/mLに調製した。
【0047】
上記大腸菌株の培養には、表1に示されるNS-2培地5mLを用いた。培養は20℃、120rpmの振盪攪拌で行った。SHNL酵素活性はDL-マンデロニトリルを基質として、DL-マンデロニトリルが酵素により分解されて精製するベンズアルデヒドの生成速度を249.6nmの吸光度変化の測定から算出した。タンパク質濃度はBCA protein assay kit (Pierce社製)を用い、BSAを標準品として測定した。大腸菌由来非活性タンパク質は大腸菌株pKK223-3/DH5α培養液を破砕することで得た。
【0048】
次に、調製済み粗酵素液30μLにpH 4.15クエン酸バッファー150μLを添加し20℃、2h攪拌する酸処理を行った。酸処理後の粗酵素液を用いて活性測定を行い、酸処理前の活性を100%として残存活性を算出した。
【0049】
[結果]
選抜された耐酸性変異SHNL株の変異箇所を表2に示した。選抜された耐酸性変異株Lot002H6及びLot034B10は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の106番目のシトシンがアデニンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列36番目ロイシンがメチオニンへ変異していた。同じくLot023F12は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の419番目のシトシンがチミンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列140番目トレオニンがイソロイシンへ変異していた。またLot016G12は配列番号1に示されるSHNL遺伝子配列の627番目のアデニンがチミンに変異しており、その結果、配列番号2に示されるSHNLアミノ酸配列209番目リジンがアスパラギンへ変異していた。
【0050】
【表2】
【0051】
耐酸性評価結果を図2に示した。この結果より、SHNLのアミノ酸配列(配列番号2)のうち、36番目ロイシンのメチオニンへの変異(以下L36Mと表記する)、140番目トレオニンのイソロイシンへの変異(以下T140Iと表記する)、及び209番目リジンのアスパラギンへの変異(以下K209Nと表記する)のうち少なくとも1つの変異を有するSHNLは耐酸性が向上することが明らかとなった。
【0052】
以下、Lot002H6又はLot034B10を培養して得られる耐酸性SHNLをL36M-SHNLと、同じくLot023F12より得られる耐酸性SHNLをT140I-SHNL、Lot016G12より得られる耐酸性SHNLをK209N-SHNLと記載する。
【0053】
実施例2 変異部位の複合による耐酸性の向上
ランダム変異SHNLライブラリーより選抜された耐酸性酵素株はそれぞれ1つのアミノ酸変異部位を有していた。そこで、これらの変異部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐酸性を更に向上させることを試みた。
【0054】
[材料及び方法]
変異部位の複合は、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用い、SHNLアミノ酸配列にL36M、T140I、K209Nの3つの変異を様々な組み合わせで部位特異的変異導入を行った。鋳型としてはSHNL-Wild遺伝子が組み込まれたベクタープラスミドSHNL-Wild/pKK223-3 10ngを用いた。
【0055】
L36Mの部位特異的変異導入には以下に示す配列番号5、6のプライマーを用いた。同様にT140Iの部位特異的変異導入には配列番号7、8を、K209Nの部位特異的変異導入には配列番号9、10で示されるプライマーを用いた。
【0056】
配列番号5:GGCCACAAAGTTACTGCAATGGACATGGCAGCCAGTGGC
配列番号6:GCCACTGGCTGCCATGTCCATTGCAGTAACTTTGTGGCC
配列番号7:CACGTTCACCAACATCATCGGCGAAACCATCACTACCATG
配列番号8:CATGGTAGTGATGGTTTCGCCGATGATGTTGGTGAACGTG
配列番号9:ATTTGGACCGATCAAGACAACATATTCCTGCCGGACTTCCAACGC
配列番号10:GCGTTGGAAGTCCGGCAGGAATATGTTGTCTTGATCGGTCCAAAT
【0057】
得られたPCR産物をコンピテントセルDH5αに形質転換し、複合変異SHNL組換え大腸菌株を作成した。
【0058】
次に実施例1の3)に示された方法に従って得られた組換え大腸菌株を培養し、得られた粗酵素液を用いて複合変異株の耐酸性の評価を行った。ただし酵素液の活性は43U/mL、タンパク質濃度は19.25mg/mLとなるよう、pH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を適宜添加した。比較としてSHNL-Wild/pKK223-3/DH5α及びLot002H6、Lot016G12及びLot023F12も同様に培養し、粗酵素液を調製し、評価に用いた。
【0059】
[結果]
それぞれ単独の変異部位を有する耐酸性酵素L36M-SHNL及びT140I-SHNLは酸処理後それぞれ70%程度の残存活性であったが、2つの変異を複合したL36M,T140I-SHNL株及び3つの変異を複合したL36M,T140I,K209D-SHNL株はこれらと比較してさらに耐酸性が向上し、両者ともpH4.15、2hの酸処理の後、活性が80%以上残存した(図3)。これらの結果より、個々の変異部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐酸性を更に向上させられることが明らかとなった。
【0060】
実施例3 耐酸性SHNLの耐溶媒性
[材料及び方法]
DH5α/pKK223-3/SHNL-K209Dを実施例1の3)と同様の方法で培養し、酵素液を得た。得られた酵素液にバッファー及び牛血清アルブミンを添加し、酵素液の活性値、タンパク質濃度を一定値に揃えた後、エタノール及び酢酸エチルを用いて酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0061】
[結果]
エタノールを用いて酵素液を処理した結果、K209D-SHNLは同処理時間において50%の活性が残存した(図4)。酢酸エチルについてもK209D-SHNLは高い耐性を有し、48時間の処理後も50%以上活性が残存した。これらの結果から、耐酸性変異酵素は有機溶媒耐性をも有していることが示された。
【0062】
実施例4 耐酸性酵素の耐熱性
[材料及び方法]
実施例2で作成した耐酸性酵素液及びWild-SHNLを用いて、酵素液温が60℃となるよう加熱し、30min後に残存活性を測定した。
【0063】
[結果]
耐酸性酵素の熱処理後の残存活性について図5に示した。耐酸性酵素は耐酸性のみならず、耐熱性も向上していることが示された。
【0064】
実施例5 耐酸性変異部位と耐熱性変異部位の複合
[材料及び方法]
改変部位の複合にはQuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてSHNL-G165E,V173L / pET21a プラスミドを用い、3つの変異部位アミノ酸をそれぞれSHNL-G165E,V173L遺伝子上に複合した。構築した複合変異株及び比較としてBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild 、SHNL-G165E,V173Lを用いて酵素液を作成し、酵素液の活性は43U/mL、タンパク質濃度は19.25mg/mLとなるよう、pH5.5 クエン酸Naバッファー及び大腸菌由来非活性タンパク質を適宜添加した。次に酵素液温が45〜70℃となるよう加熱し、30min後に残存活性を測定した。
【0065】
[結果]
耐熱性複合変異酵素遺伝子にL36M又はT140Iを新たに複合した複合変異酵素は更に耐熱性が向上し、70℃において100%、72.5℃においても90%以上の活性が残存した(図6)。
従って耐熱性複合変異酵素遺伝子に耐酸性変異部位を新たに複合することで、更に耐熱性を向上することができる。
【0066】
以下、耐熱性向上のためのSHNLの改変に関する例を参考例として示す。
【0067】
参考例1:改変酵素Actmt-001f2-SHNLの調製
1.変異導入
キャッサバ(Manihot esculenta)由来のS-ヒドロキシニトリルリアーゼ(Wild-SHNL)遺伝子(配列番号1)への変異導入はGeneMorphTMPCR Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いて行った。鋳型として、pKK223-3(アマシャム・バイオサイエンス社製)のマルチクローニングサイトにWild-SHNL遺伝子が組み込まれているpKK223-3/SHNL-Wildプラスミド600ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、PCRを行った。
Forward primer: 5’-GGG GAA TTC ATG GTT ACT GCA CAC TTC GTT CTG ATT CAC-3’(配列番号11)
Reverse primer: 5’-GGG AAG CTT TTA AGC GTA TGC ATC AGC AAC TTC TTG CAG-3’(配列番号12)
【0068】
2.形質転換
得られたPCR産物(SHNL-Mutants)を制限酵素EcoRI、HindIII(TOYOBO社製)を用いて消化し、同じく制限酵素EcoRI、HindIIIによりマルチクローニングサイトが消化されているベクターpKK223-3とライゲーションを行った。ライゲーションにはLigaFastTMRapid DNA Ligation System(Promega社製)を用いた。ライゲーション反応液をコンピテントセルDH5α(TOYOBO社製)に形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmtを得た。
【0069】
3.選抜及び高発現ベクターへの組換え
複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmtを試験管で培養し、培養液をそれぞれ1mLずつ取り、遠心分離を行って上清を除去し、細胞ペレットを得た。得られた細胞をクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)200μLで再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を60℃、2hの条件で加熱し、加熱後にそれぞれの細胞破砕液のSHNL活性を測定した。SHNL活性は、反応温度20℃においてマンデロニトリルのSHNLによる分解によって生じるアルデヒドの単位時間あたりの生成量から算出した。なお、アルデヒドの単位時間あたりの生成量は、波長249.6nmにおける吸光度を測定すること(島津製作所製 分光光度計使用)によって算出される。
【0070】
この結果、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001f2を耐熱株として選抜した。選抜された株をコロニーPCRし、得られたPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001f2は配列番号1に示される塩基配列の494番目のグアニンがアデニンに改変された塩基配列を有することが確認された。したがって、Actmt001f2-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の165番目のグリシンがアスパラギン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、この改変型SHNL(165番目のグリシンをアスパラギン酸に置換したSHNL)をActmt-001f2-SHNLと呼ぶ。
【0071】
次に、SHNL-Actmt001f2遺伝子をタンパク質高発現ベクターpET21(Novagen社製)へ導入した。pKK223-3/SHNL-Actmt001f2プラスミドを調製し、これを鋳型として、下記のプライマーとDNAポリメラーゼKODplus(TOYOBO社製)を用いてPCRを行うことで、鋳型の両末端に付加されている制限酵素サイトEcoRI、HindIIIを除き、代わりに制限酵素サイトNdeI、BamHIを付加した。
【0072】
Forward primer: 5’-GGG GGG GGG CAT ATG GTT ACT GCA CAC TTC GTT CTG ATT CAC AC-3’(配列番号13)
Reverse primer: 5’-GGG GGA TCC TTA AGC GTA TGC ATC AGC AAC TTC TTG CAG-3’(配列番号14)
【0073】
得られたPCR産物を制限酵素NdeI(New England Bio Labs社製)、BamHI(TOYOBO社製)を用いて消化し、同じく制限酵素NdeI、BamHIによりマルチクローニングサイトが消化されているベクターpET21a(Novagen社製)とライゲーションを行った。ライゲーションにはLigaFastTMRapid DNA Ligation System(Promega社製)を用いた。ライゲーション反応液をコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、165番目のアミノ酸がAspに置換されたSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2を得た。
【0074】
参考例2:Actmt001f2-SHNLの熱安定性実験
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2をLB培地5mLを用いて37℃で12h培養した。得られた培養液100μLを下記に示すNS-2培地5mLに接種し、IPTGを添加して20℃、60hで培養を行った。培養終了後培養液を遠心分離し、細胞を回収した。この細胞を0.2Mクエン酸Na buffer(pH5.5)に懸濁し、超音波により細胞を破砕した。この破砕液を遠心分離し、上清を回収しWild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液を得た。酵素液はWild-SHNLが活性値74U/mL、タンパク質濃度6.29mg/mL、Actmt-001f2-SHNLが活性値69U/mL、タンパク質濃度5.96mg/mLであった。
【0075】
【表3】
【0076】
上記を加熱減菌した後、フィルター減菌したアンピシリン100mg/L(終濃度)、及びフィルター減菌したIPTG 238mg/L(終濃度)を添加する。
【0077】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が45〜70℃となるよう加熱した。30min後に遠心分離し、サンプルを回収し、開始時の酵素活性に対する残存活性を測定した。酵素活性の測定は参考例1に記載したとおりである。
【0078】
2.実験結果
この結果、Wild-SHNLでは温度65℃において活性が半減したのに対し、Actmt-001f2-SHNLは90%以上の残存活性を示した(図7)。Actmt-001f2-SHNLについて活性の半減がみられたのは70℃付近で、Wild-SHNLと比較して約5℃の耐熱性向上が見られた。この結果より、キャッサバ由来のSHNLでは、165番目のアミノ酸がグリシンからアスパラギン酸へ置換されることにより、熱に対する安定性が向上することが明らかとなった。
【0079】
加熱後の酵素液サンプルをSDS-PAGEにより解析した(図8)。サンプルは前述のように加熱後遠心分離されているため、熱により変性し、水に不溶となったタンパク質は除去されている。
【0080】
図5に示すよう、Wild-SHNLにおいては、加熱温度60℃より酵素量(図11の矢印部分のバンド 参照)が急激に減少し、70℃ではバンドがほぼ消滅している。一方、Actmt-001f2-SHNLにおいても、酵素量の減少はみられるが、70℃においても酵素は十分残存している。このSDS-PAGEの結果は、酵素活性の測定結果(図7)と一致している。
【0081】
図6に加熱によるサンプル中のタンパク質濃度の変化を示す。45℃のサンプルではホストである大腸菌に由来するタンパク質が多く認められる(図11及び図12)が、このタンパク質も加熱により変性し不溶化するため、加熱温度の上昇と共にサンプル中から除去される。そのため、サンプル中のタンパク質濃度はWild-SHNLとActmt-001f2-SHNLのいずれについても、加熱温度の上昇に伴いほぼ直線的に減少した。
【0082】
一般に、酵素を精製する際にはゲルろ過クロマトグラフィー等の操作が必要であるが、Actmt-001f2-SHNLは加熱処理を行うことで、遠心分離などの操作により酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去することができる。したがって、Actmt-001f2-SHNLは低コストで簡便に精製を行うことが可能であると考えられた。
【0083】
参考例3:Actmt-001f2-SHNLの60℃加熱処理における安定性、及びタンパク濃度変化の検討
加熱処理により、酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去することが実際に可能であることを確認するため、次の実験を行った。
【0084】
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2をLB培地5mLを用いて37℃で12h培養。得られた培養液100μLをNS-2培地5mLに接種し、IPTGを添加して20℃、60hで培養を行った。培養終了後培養液を遠心分離し、細胞を回収した。この細胞を0.2M クエン酸Na buffer(pH5.5)に懸濁し、超音波により細胞を破砕した。この破砕液を遠心分離し、上清を回収しWild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液を得た。酵素液の濃度はWild-SHNLが活性値83U/mLタンパク質濃度7.01mg/mL、Actmt-001f2-SHNLが活性値81U/mLタンパク質濃度6.65mg/mLであった。
【0085】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が60℃となるよう加熱した。30min毎に遠心分離し、サンプルを10μLずつ回収し、残存活性、タンパク濃度を測定した。
【0086】
2.実験結果
1)残存活性
Wild-SHNLは加熱時間1.5hで活性が半減したのに対し、Actmt-001f2-SHNLは加熱時間1.5hでも75%の活性が残存していた(図14)。
【0087】
2)タンパク濃度変化
得られたサンプルをSDS-PAGEにより解析した。SDS-PAGEの結果(図15)から、0h(加熱なし)の状態では大腸菌に由来するタンパク質が多く混合しているが、加熱後のサンプルでは、Wild-SHNLもActmt-001f2-SHNLも、大腸菌に由来するタンパク質がサンプル中から除去されていることが明らかとなった。
【0088】
加熱時間1hにおけるActmt-001f2-SHNLサンプル中のタンパク質濃度は4.25mg/mLであり、初期の64%まで減少していた(表4)。一方、加熱時間1hにおけるActmt-001f2-SHNLの残存活性は80%以上であった。したがって、Actmt-001f2-SHNLは、加熱処理により酵素活性を保持したまま大腸菌に由来するタンパク質を除去できることが明らかになった。Wild-SHNLについては、1hにおけるタンパク質濃度が4.21mg/mLであり、初期の63%まで減少したものの残存活性は60%まで減少した。
【0089】
【表4】
【0090】
以上より、Wild-SHNLは、60℃の加熱処理では他の共雑タンパク質と共に変性、失活してしまうため、この温度以上の加熱処理による分離精製は困難であることがわかった。なお、45℃〜55℃の範囲で加熱処理することも可能であるが、図13から明らかなように、この温度範囲では共雑タンパク質の変性が極めて緩やかであるため、十分な分離精製を行うためには、かなりの時間を要することになる。
【0091】
参考例4:Actmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性
一般に、酵素の熱安定性と他の環境ストレス、例えば有機溶媒などに対する安定性には高い関連性がある。したがって、Actmt-001f2-SHNLは有機溶媒に対する安定性も向上している可能性がある。このためActmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性に関する検討を行った。
【0092】
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例2と同様の方法で酵素液を調製した。ストレスに対する酵素の耐性を測定する場合、サンプル中の共雑タンパク質が保護剤として働き、見かけ上耐性が向上する場合がある。したがって上記のサンプルをそれぞれ牛血清アルブミン及びバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値44.19U/mL、比活性値6.50U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0093】
2)有機溶媒処理
有機溶媒としてエタノール及び酢酸エチルを用い、これを酵素液に添加した。エタノールの終濃度は30%、酢酸エチルは40%とした。その後サンプルを攪拌しながら50時間保持した。数時間毎に遠心分離を行い、上清(水相)をサンプルとして10μL取り、活性測定を行った。
【0094】
2.実験結果
Actmt-001f2-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール(図12A)、及び酢酸エチル(図12B)に対して耐性を有することが明らかとなった。
【0095】
参考例5:Actmt-001f2-SHNLによる光学活性シアノヒドリンの製造
SHNLはアルデヒド及びケトンと青酸の反応を触媒し、光学活性なシアノヒドリンを合成する酵素である。Actmt-001f2-SHNLの上記反応に対する触媒能を、Wild-SHNLとの比較により検討した。
【0096】
1.実験方法
1)酵素液調製
BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001f2を培養し、培養液を遠心分離して上清を除去し、細胞ペレットを得た。この細胞ペレット0.33gにクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)0.66gを加えて再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を50℃、3hの条件で加熱し、加熱後に細胞破砕液を遠心分離した。この上清を0.45μmフィルターでろ過した後、限外ろ過濃縮した。これらの濃縮酵素液にクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)を加え、両者の活性を下表のように揃えた。調製した酵素液0.3mLをシリカゲル300mgと混合し、固定化酵素を得た。
【0097】
【表5】
【0098】
2)酵素反応
1.61MのHCNを溶解したt-ブチルメチルエーテル4.492mLに0.2Mクエン酸バッファー(pH5.5)0.337mLを加え、30分間攪拌した後、静置し水相を除去した。この溶液を上記で調製した固定化酵素300mgを入れた9mLのスクリューバイアルへ添加した。ここにベンズアルデヒド0.508mLを添加し、ボトルローラーで攪拌することにより酵素反応を実施した。反応開始1時間後に反応液4mLを回収した。引き続き同じ処理を行ったHCN/t-ブチルメチルエーテル溶液を同量添加し、ベンズアルデヒドを同量添加して、酵素反応を行った。反応開始1時間後に反応液5mLを回収した。この反応操作を繰り返し行い、計11回の酵素反応を行った。11回目では、酵素反応経過を測定するため、反応時間を延長し、経過分析を行った。
【0099】
2.実験結果
耐熱性酵素 Actmt-001f2-SHNLは、Wild-SHNLと同じ反応速度でS-マンデロニトリルを生成した。この結果から、Actmt-001f2-SHNLは光学活性シアノヒドリン合成においてWild-SHNLと同等の能力を有していることが明らかとなった。反応を繰り返すことにより、両者ともに反応速度が徐々に低下してきたが、反応速度の減少度合いはActmt-001f2-SHNLの方が緩やかであった。(図16A)。
【0100】
反応11回目の反応経過を比較したところ、Actmt-001f2-SHNLの方が反応速度が10%程度高くなった(図16B)。この原因として、耐熱性酵素Actmt-001f2-SHNLは、耐熱性だけではなく、酵素反応系での安定性も向上している可能性があると考えられた。
【0101】
3.結論
Actmt-001f2-SHNLはWild-SHNLと同じ生産性、光学純度で光学活性シアノヒドリンを合成できることが明らかとなった。更に繰り返し反応においては、10%程度の寿命延長が認められた。
【0102】
参考例6:BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eの作製
耐熱性酵素Actmt001f2-SHNLはそのアミノ酸配列の165番目が酸性アミノ酸のアスパラギン酸に置き換えられていた。そこで、165番目のアミノ酸を、同じ酸性アミノ酸であるグルタミン酸で置換したSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eを作製した。
【0103】
1.変異導入
参考例1と同様、165番目のアミノ酸の改変には、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wildプラスミド10 ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0104】
Forward primer: 5’-CGT GAA AAC CTG TTC ACC AAA TGC ACT GAT GAA GAA TAT GAA CTG GCA AAA ATG-3’(配列番号15)
Reverse primer: 5’-CAT TTT TGC CAG TTC ATA TTC TTC ATC AGT GCA TTT GGT GAA CAG GTT TTC ACG-3’(配列番号16)
【0105】
2.形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物をキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、得られた株をコロニーPCRした。このPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行い、反応物を解析することで塩基配列494-495番目のGCがAAに改変されている株を選抜した。この株よりプラスミドpET21a/SHNL-G165Eを調製し、コンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、165番目のアミノ酸がGluに置換されたSHNLの発現系BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165Eを作製した。
【0106】
参考例7:置換部位のアミノ酸種による耐熱性の変化
SHNLのアミノ酸配列165番目を様々な極性のアミノ酸に置換し、それがSHNLの耐熱性にどのように影響するのかを確認した。
【0107】
1.実験方法
参考例1及び参考例6にしたがい、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)を用いて165Glyへの変異導入を行い、以下の変異株を作製した。
i)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Glu (165アミノ酸がグルタミン酸に置換)
ii)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Lys (165アミノ酸がリジンに置換)
iii)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Arg (165アミノ酸がアルギニンに置換)
iv)DH5α/pKK223-3/ Actmt001f2-Ala (165アミノ酸がアラニンに置換)
【0108】
グルタミン酸はアスパラギン酸と同様、酸性残基を持つアミノ酸である。リジン、アルギニンは塩基性であり、アラニンはグリシンと同様中性アミノ酸である。これら4株と、DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt001-f2及びSHNL-Wildを合わせた合計6株を用いて、参考例2と同様の方法で加熱試験を行った。
【0109】
2.実験結果
参考例2にしたがって加熱試験を行った結果、改変SHNLは導入されたアミノ酸残基の性質の違いにより、大きく3つの耐熱性パターンを示した(図15)。
【0110】
1)塩基性アミノ酸(Arg、Lys)への置換:
30minで活性がほぼ完全に消滅した。Wild-SHNLと比較して明らかに耐熱性が低下した。
2)中性アミノ酸(Ala)への置換:
Wild-SHNL(165Gly、中性)と同程度の耐熱性であった。
3)酸性アミノ酸(Glu)への置換:
Actmt-001f2-SHNL(165Asp、酸性)とほぼ同じパターンで活性が変化した。3種のアミノ酸グループの中で、最も高い耐熱性を示した。
【0111】
以上の結果より、165番目のアミノ酸が酸性アミノ酸に置換された改変SHNLでは耐熱性が向上し、塩基性アミノ酸に置換された改変SHNLでは逆に耐熱性が大きく減少することが明らかとなった。
【0112】
参考例8:ヘリックスD3’の改変−BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1e9の作製
ヘリックスD3’(163-174)の165-173までのアミノ酸と、ヘリックスAの17-21までのアミノ酸とは交差するように配置され、近接している。これらの区間のアミノ酸を置換することで、耐熱性が変化する可能性がある。そこで、SHNLのアミノ酸配列173番目のアミノ酸をValからLeuに置換し、それがSHNLの耐熱性にどのように影響するのかを確認した。
【0113】
1.変異導入
参考例1及び参考例6にしたがい、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis kit(STRATAGENE)を用いて173番目のアミノ酸をLeuに置換したSHNLを調製した。
鋳型としてpET21a/SHNL-Wildプラスミド10 ng を用い、下記のオリゴDNAをプライマーとして、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0114】
Forward primer:5’-GGC GAA TAT GAA CTG GCA AAA ATG NNN ATG CGC AAG GGC TCT CTG-3’(配列番号17)
Reverse primer:5’-CAG AGA GCC CTT GCG CAT NNN CAT TTT TGC CAG TTC ATA TTC GCC-3’(配列番号18)
【0115】
2.形質転換と耐熱性アッセイ
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを全てLB(Amp)液体培地に懸濁した。この懸濁液よりプラスミドpET21a/SHNL-SD173-1NNNMutantsを調製し、コンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行いBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1NNNMutants株を作成した。
【0116】
複数のBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1NNNMutants株を試験管で培養し、培養液をそれぞれ1mLずつ取り、遠心分離を行って上清を除去し、細胞ペレットを得た。得られた細胞をクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)200μLで再懸濁した後、超音波細胞破砕機で細胞を破砕した。細胞破砕物を15000rpm、5minの条件で遠心分離し、細胞破砕液を得た。この細胞破砕液を60℃、2hの条件で加熱し、加熱後に細胞破砕液それぞれのSHNL活性を測定した。この結果加熱後も活性を有していたBL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD173-1e9他3株を耐熱株として選抜した。選抜された株をコロニーPCRし、得られたPCR産物を鋳型としてシーケンス反応を行った。これら反応物の解析より、SHNL-SD173-1e9は塩基配列517-519番目のGTT(V)がCTG(L)に改変され、173番目のバリンがロイシンに置換されていることが明らかとなった。以下、SHNL-SD173-le9をSHNL-V173Lと呼ぶ。他の3株も全て173番目のバリンがロイシンに置換した変異株であった。
【0117】
参考例9:V173L-SHNLの耐熱性評価
V173-SHNLの耐熱性をWild-SHNL及びActmt001-f2-SHNLと比較した。
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001-f2、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-V173Lをそれぞれ参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を得た。上記のサンプルをそれぞれ牛血清アルブミン及びバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値17.6 U/mL、比活性値4.5U/mg、タンパク濃度3.9 mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0118】
2)酵素液の加熱処理
Wild-SHNL、Actmt001-f2-SHNL及びV173L-SHNL酵素液200μLをエッペンドルフチューブに入れ、ヒートブロックにより酵素液温が45〜70℃となるよう加熱した。30min後に遠心分離し、サンプルを回収し、残存活性を測定した(図17)。
【0119】
その結果、上記サンプル条件において、酵素活性が半減した加熱温度はWild-SHNLが60℃であったのに対し、V173L-SHNL及びActmt001-f2-SHNLでは65℃付近であり、Wild-SHNLに比較して約5℃の耐熱性向上が見られた。以上の結果より、V173L-SHNLは、Actmt001-f2-SHNLと同等の耐熱性を有することが明らかとなった。
【0120】
SHNLの173番目のアミノ酸Valは、ダイマー形成時において、もう一方のモノマーのアミノ酸Valと近接している(末端同士の距離が約4.5オングストローム)。バリンからロイシンへの置換により、173番目のアミノ酸残基は炭素一つ分伸長することになる。したがって、炭素鎖が互いに伸長することで残基同士の距離が縮まり、非極性アミノ酸残基同士の疎水性相互作用が強まった可能性が高い。
【0121】
参考例10:改変酵素V173L-SHNLの有機溶媒耐性
参考例4において示されたように、熱安定性を有する改変酵素Actmt001-f2-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール、酢酸エチルに対して耐性を有していた。
【0122】
一方、参考例9に記載の改変酵素V173L-SHNLもActmt001-f2-SHNLとほぼ同等の耐熱性を示している。従って、V173L-SHNLについても同様にエタノール、酢酸エチルに対する耐性を確認した。
【0123】
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Actmt001-f2、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-V173Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。さらにこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値45U/mL、比活性値6.5U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
2)有機溶媒処理
エタノール及び酢酸エチルを用いて、参考例4と同様の方法で酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0124】
2.実験結果
V173L-SHNLはWild-SHNLと比較して、エタノール(図18A)及び酢酸エチル(図18B)に対して耐性を有することが明らかとなった。更にV173L-SHNLはエタノールに対してActmt001-f2-SHNL以上の耐性を示し、添加後16時間の時点でActmt001-f2-SHNLの残存活性が23%であったのに対し、V173L-SHNLは34%活性が残存していた。酢酸エチルに対しては2つの改変酵素の耐性はほぼ同等であった。
【0125】
参考例11:改変酵素Actmt020-b8-SHNLの獲得
1.変異導入
参考例1と同様、GeneMorphTM PCR Mutagenesis Kitを用いてWild-SHNL 遺伝子へ変異導入を行った。鋳型、プライマーとも参考例1と同じものを用いた。
【0126】
2.形質転換
参考例1と同様、得られたPCR産物をベクターpKK223-3にライゲーション後、コンピテントセルDH5αへ形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020を得た。
【0127】
3.熱安定性酵素の選抜と配列解析
参考例1と同様の選抜法により、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020-b8を選抜した。配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて選抜された株を鋳型にコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、SHNL-Actmt020-b8は配列番号1に示される塩基配列の520番目のアデニンがチミンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SHNL-Actmt020-b8はWild-SHNLのアミノ酸配列の174番目のメチオニンがロイシンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、この改変型SHNLをActmt020-b8-SHNLと呼ぶ。
【0128】
参考例12:改変酵素Actmt020-b8-SHNLの熱安定性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例11において構築された大腸菌株DH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt020-b8、及び比較としてDH5α/pKK223-3/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値3.15U/mL、タンパク質濃度1.38mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0129】
2)酵素液の加熱処理
参考例3と同様の方法で、酵素液温が60℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30min毎に酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0130】
2.実験結果
Actmt020-b08-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図19)。従ってヘリックスD3’を構成する174番目アミノ酸であるメチオニンをロイシンへ置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【0131】
参考例13:改変酵素Actmt022-g12-SHNLの獲得
1.変異導入
参考例1と同様、GeneMorphTM PCR Mutagenesis Kitを用いてWild-SHNL遺伝子へ変異導入を行った。鋳型、プライマーとも参考例1と同じものを用いた。
【0132】
2.形質転換
参考例1と同様、得られたPCR産物をベクターpKK223-3ライゲーション後、コンピテントセルDH5αへ形質転換し、複数のDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt022を得た。
【0133】
3.熱安定性酵素の選抜と配列解析
参考例1と同様の選抜法により、加熱後も活性を有していたDH5α/pKK223-3/SHNL-Actmt022-g12を選抜した。配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて選抜された株を鋳型にコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物の解析結果より、SHNL-Actmt022-g12は配列番号1に示される塩基配列の63番目のアデニンがチミンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、Actmt022-g12-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。アミノ酸配列21番目のリジンは、ダイマー形成部位であるヘリックスAを構成するアミノ酸の一つである。
【0134】
参考例14:Lys21部位のアミノ酸を改変した改変酵素の構築
SHNLのアミノ酸配列21番目を様々なアミノ酸で置換し、SHNLの耐熱性に対する影響を確認した。
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wild 10ngを用い、配列番号19及び配列番号20で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0135】
ggcgcatgga tttggcacnn nctgaaaccg gccctggaa(配列番号19)
ttccagggcc ggtttcagnn ngtgccaaat ccatgcgcc(配列番号20)
【0136】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上で培養した。この結果プレート上に得られたコロニーをLB(Amp)液体培地で再懸濁し、プラスミドpET21a/SHNL-SDLys21NNNを調製した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21NNN株を複数作成した。
【0137】
3)改変SHNLの選抜
作成した大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21NNN株を参考例2と同様の方法により培養した。これら培養液を用いて、参考例1と同様の選抜法により耐熱性が向上した改変株を選抜した結果、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM1、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM6、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDLys21-RAM8の3つの改変株が加熱後も活性を有していた。次に、配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いてこれら選抜された株を鋳型としてコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析した結果、SHNL-SDLys21-RAM1は配列番号1に示される塩基配列の61番目のアデニンがグアニンに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SDLys21‐RAM1-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがグルタミン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。同様にSHNL-SDLys21-RAM6は配列番号1に示される塩基配列の61-63番のAAAがGACに改変された塩基配列を有しており、従って、SDLys21‐RAM6-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギン酸へ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであり、更にSHNL-SDLys21-RAM8は配列番号1に示される塩基配列の63番目のアデニンがシトシンに改変された塩基配列を有しているため、SDLys21‐RAM8 SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の21番目のリジンがアスパラギンへ置き換えられたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。以下、SDLys21-RAM1 SHNLをK21E-SHNLと呼ぶこととし、同様にRAM6をK21D-SHNL、RAM8をK21N-SHNLと呼ぶ。
【0138】
参考例15:改変酵素K21E-SHNL、K21D-SHNL、及びK21N-SHNLの耐熱性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例14において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-K21E、BL21(DE3)/pET21a /SHNL-K21D及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-K21N、更に比較としてBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値11U/mL、タンパク質濃度6.8(mg/mL)で揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0139】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が45-65℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0140】
2.実験結果
K21E-SHNL、K21D-SHNL、及びK21N-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図20)。従ってヘリックスAを構成する21番目のアミノ酸リジンをグルタミン酸、アスパラギン酸及びアスパラギンで置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【0141】
参考例16:改変部位を複合したSHNL遺伝子SHNL-G165E,V173L及びSHNL-G165E,V173L,M174Lの調製
改変SHNL: Actmt001-f2-SHNL、V173L-SHNL及び Actmt020-b8-SHNLはそれぞれ1つのアミノ酸改変部位を有し、Wild-SHNLと比較して優れた耐熱性、耐溶媒性を有していた。これら個々の改変部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐熱性、耐溶媒性を更に向上させることを試みた。
【0142】
1.改変部位複合SHNL遺伝子SHNL-G165E,V173Lの構築
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-SD173-1e9 プラスミド10ng を用い、配列番号15及び配列番号16で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0143】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを取り、LB(Amp)液体培地で37℃、12hの培養を行った。この培養液よりプラスミドを調製し、このプラスミドを鋳型として配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて伸長反応を行い、更に得られた反応産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析し、Gly165GluとVal173Leuの2つのアミノ酸変異を持つSHNL遺伝子を保有するプラスミドpET21a/SHNL-G165E,V173Lを選抜した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L株を作成した。
【0144】
2.改変部位複合SHNL遺伝子SHNL-G165E,V173L,M174Lの構築
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型として上記で構築されたpET21a/SHNL-G165E,V173Lプラスミド10ng を用い、配列番号21及び配列番号22で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0145】
tatgaactgg caaaaatgct gctgcgcaag ggctctctgt tc(配列番号21)
gaacagagag cccttgcgca gcagcatttt tgccagttca ta(配列番号22)
【0146】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上に得られたコロニーを取り、LB(Amp)液体培地で37℃、12hの培養を行った。この培養液よりプラスミドを調製し、このプラスミドを鋳型として配列番号11及び配列番号12のプライマーを用いて伸長反応を行い、更に得られた反応産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。反応物を解析し、Gly165Glu、V173L及びMet174Leuの3つのアミノ酸変異を持つSHNL遺伝子を保有するプラスミドpET21a/SHNL-G165E,V173L,M174Lを選抜した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174L株を作成した。
【0147】
参考例17:変異部位複合SHNL遺伝子G165E,V173L,M174L-SHNL及びG165E,V173L、M174L-SHNLの熱安定性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例16において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174L及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値70U/mL、タンパク質濃度6mg/mLで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0148】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が45-75℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0149】
2.実験結果
G165E,V173L-SHNL及び G165E,V173L,M174L-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上し、両者とも70℃において活性が90%近く残存した(図21)。G165E,V173L-SHNLでは75℃において急激な失活が観察され、残存した活性は2%であった。一方で3つの改変部位を複合したG165E,V173L,M174L-SHNLは75℃において13%の活性が残存した。これらの結果より、個々の改変部位を1つの遺伝子上に複合することで、耐熱性を更に向上させられることが明らかとなった。
【0150】
参考例18:変異部位複合SHNL-G165E,V173L-SHNL及びG165E,V173L,M174L-SHNLの耐溶媒性
1.実験方法
1)酵素液の調製
大腸菌BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173L,M174Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、全てのサンプルを活性値45U/mL、比活性値6.5U/mgで揃え、共雑タンパク質の影響を実験系から排除した。
【0151】
2)有機溶媒処理
エタノール及び酢酸エチルを用いて、参考例4と同様の方法で酵素液を処理し、残存活性を測定した。
【0152】
2.実験結果
エタノールを用いて酵素液を処理した結果、Wild-SHNLは処理16時間目で活性がほぼ消滅したが、改変部位複合G165E,V173L-SHNLは73%もの活性が残存した(図22)。参考例4、11で示されたようにアミノ酸1つの変異を持つActmt001-f2、V173L-SHNLにおいて、エタノールに対して16時間の処理後に20-30%活性が残存することから、改変部位複合SHNLは複合によりエタノール耐性が大幅に向上していたことが明らかとなった。
【0153】
酢酸エチルを用いた場合、G165E,V173L,M174L-SHNLは24時間の処理後も80%以上の活性が残存した(図23)。エタノール耐性と同様に、個々の改変部位の複合により、大幅に有機溶媒耐性を向上することができた。
【0154】
参考例19:変異部位複合酵素G165E,V173L-SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの合成
変異部位複合酵素G165E,V173L-SHNLを用いた光学活性シアノヒドリンの繰り返し合成反応を行い、酵素反応系での安定性についての検討を行った。また、改変により基質特異性が変化したり、不斉合成能力が消滅したりしている恐れがある。従って通常のSHNLと同様に光学活性シアノヒドリンの製造が行えることも合わせて確認した。
【0155】
1.実験方法
1)酵素液調製
大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wild 及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-G165E,V173Lを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液にクエン酸ナトリウムバッファー(pH5.5)を加え、両者の活性を500 U/mLに揃えた。G165E,V173L-SHNL酵素液にはBSAを添加し、総タンパク質濃度をWild-SHNLと一致させた。これら酵素液0.3mLに対しシリカゲルを300mgの比率で混合し、固定化酵素を得た。
【0156】
2)酵素反応
参考例5に示した反応条件で酵素反応を行った。ただし反応基質としてベンズアルデヒドの代わりに、2-クロルベンズアルデヒド(2CBA)を終濃度1.0Mで用いた。1時間毎にサンプルを回収し、反応液の2CBA濃度及び(R/S)-2-クロルマンデロニトリルの濃度を測定した。反応の終了は2-クロルベンズアルデヒドの転換率が95%を超えた時点と定義し、反応終了後に反応液4mLを回収した。引き続き同じ処理を行ったHCN/t-ブチルメチルエーテル溶液を同じ量添加し、ベンズアルデヒドを同じ量添加して、2回目の酵素反応を行った。2回目以降は反応終了後に反応液5mLを回収した。この反応操作を繰り返し行い、計4回の酵素反応を行った。
【0157】
2.実験結果
1)光学純度
G165E,V173L-SHNLは、4回の繰り返し反応において、平均95%eeの光学純度で(S)-2-クロルマンデロニトリルを生産した。一方でWild-SHNLも同様に95%ee程度の光学純度であった。従って、G165E,V173L-SHNLは光学活性シアノヒドリンの製造に関して、光学純度の点からはWild-SHNLとほぼ同等の能力を有していることが明らかとなった。
【0158】
2)反応速度及び活性低下度合いの比較
G165E,V173L-SHNLは、反応1回目において、Wild-SHNLと同様の速度で(S)-2-クロルマンデロニトリルを生産した。従って、G165E,V173L-SHNLは光学活性シアノヒドリンの製造に関して、生産性の点からはWild-SHNLと同等の能力を有していることが明らかとなった。反応を繰り返すに従い、両者とも酵素活性が低下し、反応速度が減少していくが、G165E,V173L-SHNLはWild-SHNLと比較して明らかに減少度合いが緩やかであった(図24)。従ってG165E,V173L-SHNLは、耐熱性だけではなく、酵素反応系での安定性も向上していることが明らかとなった。
【0159】
参考例20:Thr163部位のアミノ酸を改変した改変酵素の構築
SHNLのアミノ酸配列163番目を様々なアミノ酸で置換し、SHNLの耐熱性に対する影響を確認した。
1)変異導入
参考例8と同様、QuikChange XL Site-Directed Mutagenesis Kit (STRATAGENE社製)を用いた。鋳型としてpET21a/SHNL-Wild 10ngを用い、配列番号23及び配列番号24で示されるプライマーを用いて、伸長反応を行った。次に得られた反応産物をキット付属の制限酵素DpnIで消化した。
【0160】
tgaaaacctg ttcaccaaat gcnnngatgg cgaatatgaa ctggc(配列番号23)
gccagttcat attcgccatc nnngcatttg gtgaacaggt tttca(配列番号24)
【0161】
2)形質転換
得られた制限酵素処理済反応産物を同じくキット付属のコンピテントセルXL10-Goldに形質転換し、LB(Amp)プレート上で培養した。この結果プレート上に得られたコロニーをLB(Amp)液体培地で再懸濁し、プラスミドpET21a/SHNL-SDThr163NNNを調製した。このプラスミドをコンピテントセルBL21(DE3)(Novagen社製)に形質転換を行い、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDThr163NNN株を複数作成した。
【0162】
3)改変SHNLの選抜
作成した大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SDThrNNN株を参考例2と同様の方法により培養した。これら培養液を用いて、参考例1と同様の選抜法により耐熱性が向上した改変株を選抜した結果、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1b5、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1f5、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-SD163-1f7の改変株が加熱後も活性を有していた。次に、以下に示すプライマーを用いてこれら選抜された株を鋳型としてコロニーPCRを行い、更に得られたPCR産物を鋳型に同じプライマーを用いてシーケンス反応を行った。
【0163】
Forward primer: 5’- TGAAAACCTGTTCACCAAATGCNNNGATGGCGAATATGAACTGGC-3’(配列番号25)
Reverse primer: 5’- GCCAGTTCATATTCGCCATCNNNGCATTTGGTGAACAGGTTTTCA-3’(配列番号26)
【0164】
反応物を解析した結果、SHNL-SD163-1b5は配列番号1に示される塩基配列の487-489番目がGATに改変された塩基配列を有していることが確認された。従って、SD163-1b5-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがアスパラギン酸へ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。同様にSHNL-SD163-1f5は配列番号1に示される塩基配列の487-489番がGAAに改変された塩基配列を有しており、従って、SD163-1f5-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがグルタミン酸へ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。更にSHNL-SD163-1f7は配列番号1に示される塩基配列の487-489番目がTCTに改変された塩基配列を有しており、従って、SD163-1f7-SHNLはWild-SHNLのアミノ酸配列の163番目のトレオニンがセリンへ置換されたアミノ酸配列を有する改変型SHNLであることが確認された。
【0165】
以下、SD163-1b5-SHNLをT165D-SHNLと呼ぶこととし、同様にSD163-1f5-SHNLをT163E-SHNL、SD163-1f7-SHNLをT163S-SHNLと呼ぶこととする。
【0166】
参考例21:改変酵素T163D-SHNL、T163E-SHNL、T163S-SHNLの耐熱性
1.実験方法
1)酵素液の調製
参考例20において構築された大腸菌株BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163D、BL21(DE3)/pET21a /SHNL- T163E及びBL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163Sを参考例2と同様の方法で培養し、酵素液を調製した。更にこれらの調製された酵素液をそれぞれ牛血製アルブミン及び0.2Mクエン酸Naバッファーで希釈し、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163D、BL21(DE3)/pET21a /SHNL- T163Eについては活性値70U/mL、タンパク質濃度7mg/mLとし、BL21(DE3)/pET21a/SHNL-T163Sについては活性値70U/mL、タンパク質濃度14mg/mLに調製した。比較としてそれぞれ同濃度に調製されたBL21(DE3)/pET21a/SHNL-Wildを用いた。
【0167】
2)酵素液の加熱処理
参考例2と同様の方法で、酵素液温が50-70℃となるよう加熱を行った。加熱開始後30minの時点で酵素液を遠心分離し、上清を用いて加熱前の酵素活性に対する残存活性を測定した。
【0168】
2.実験結果
T163S-SHNLはWild-SHNLと比較して大きく熱安定性が向上していた(図16)。またT163D-SHNL、T163E-SHNLも60℃における熱安定性はWild-SHNLを上回っていた。従ってヘリックスD3’を構成する163番目のアミノ酸トレオニンをアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンで置換することでSHNLの熱安定性を向上できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0169】
本発明の耐酸性変異SHNLは、天然型SHNLと比較して耐酸性が向上しているため、酸性条件下での反応が可能となり、競合するラセミ化反応を抑えて高純度の光学活性シアノヒドリンを高効率で合成することができる。したがって、本発明の耐酸性変異SHNLは光学活性シアノヒドリンの工業的生産用酵素として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0170】
【図1】図1は、キャッサバ(Manihot esculenta)及びパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来SHNLのアミノ酸配列をアラインメントした図である。
【図2】図2は、変異株の耐酸性を評価した結果である。
【図3】図3は、複合変異株の耐酸性を評価した結果である。
【図4】図4は、耐酸性酵素の耐熱性を評価した結果である。
【図5】図5は、耐熱性変異酵素遺伝子に耐溶媒性を評価した結果である(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図6】図6は、耐熱性変異酵素遺伝子に耐酸性変異部位を新たに複合することによる耐熱性の向上をみた結果である。
【図7】図7は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図8】図8は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプルのSDS-PAGEによる解析結果を示す写真である。
【図9】図9は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプルのタンパク質濃度の変化を示すグラフである。
【図10】図10は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図11】図11は、Wild-SHNLとActmt-001f2-SHNLの加熱処理サンプル(上清)のSDS-PAGEによる解析結果を示す写真である。
【図12】図12は、Actmt-001f2-SHNLの有機溶媒耐性を示すグラフである(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図13】図13は、Actmt-001f2-SHNLの繰り返し反応における反応1時間目のS-マンデロニトリルの光学純度を示すグラフである。
【図14】図14は、Actmt-001f2-SHNLの繰り返し反応におけるベンズアルデヒド転換率を示すグラフである(A:反応1時間目の転換率の繰り返し回数による変化、B:反応11回目の転換率の経時的変化)。
【図15】図15は、種々の改変型SHNLの加熱による酵素活性の変化を示すグラフである。
【図16】図16は、改変酵素T163S-SHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図17】図17は、Wild-SHNL、Actmt-001f2-SHNL、V173L-SHNLの熱に対する安定性を比較したグラフである。
【図18】図18は、V173L-SHNLの有機溶媒耐性を示すグラフである(A:エタノール耐性、B:酢酸エチル耐性)。
【図19】図19は、改変酵素Actmt020-b8-SHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図20】図20は、Lys21改変酵素の熱に対する安定性を示すグラフである。
【図21】図21は、改変部位を複合したSHNLの熱に対する安定性を示すグラフである。
【図22】図22は、G165E,V173L-SHNLのエタノール耐性を示すグラフである。
【図23】図23は、G165E,V173L,M174L-SHNLの酢酸エチル耐性を示すグラフである。
【図24】図24は、G165E,V173L,M174L-SHNLを用いた繰り返し反応における反応1時間目の2CMN生産量を示すグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0171】
配列番号5−人工配列の説明:プライマー
配列番号6−人工配列の説明:プライマー
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配列番号9−人工配列の説明:プライマー
配列番号10−人工配列の説明:プライマー
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配列番号22−人工配列の説明:プライマー
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配列番号24−人工配列の説明:プライマー
配列番号25−人工配列の説明:プライマー
配列番号26−人工配列の説明:プライマー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ、あるいはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号3)において36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項2】
キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号2)において、以下のアミノ酸置換:
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの置換、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの置換、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項3】
さらに、以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、及び
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する請求項2に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列をコードするDNA。
【請求項5】
請求項4記載のDNAを導入した宿主を培養し、得られる培養物からS-ヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有するタンパク質を回収することを特徴とする、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼをカルボニル化合物及びシアン化合物と接触させることを特徴とする光学活性シアノヒドリンの製造方法。
【請求項1】
キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号2)において、36番目、140番目、及び209番目から選ばれるアミノ酸のうち、少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ、あるいはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号3)において36番目、139番目、及び208番目から選ばれるアミノ酸のうち少なくとも1つを他のアミノ酸に置換して得られる、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項2】
キャッサバ(Manihot esculenta)由来の天然型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列(配列番号2)において、以下のアミノ酸置換:
a) 36番目のロイシンのメチオニンへの置換、
b) 140番目のトレオニンのイソロイシンへの置換、
c) 209番目リジンのアスパラギンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項3】
さらに、以下のアミノ酸置換:
a) 21番目のリジンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はアスパラギンへの置換、
b) 165番目のグリシンのアスパラギン酸又はグルタミン酸への置換、
c) 173番目のバリンのロイシンへの置換、
d) 174番目のメチオニンのロイシンへの置換、及び
e) 163番目のトレオニンのアスパラギン酸、グルタミン酸、又はセリンへの置換
から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸置換を有する請求項2に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼのアミノ酸配列をコードするDNA。
【請求項5】
請求項4記載のDNAを導入した宿主を培養し、得られる培養物からS-ヒドロキシニトリルリアーゼ活性を有するタンパク質を回収することを特徴とする、改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼの製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の改変型S-ヒドロキシニトリルリアーゼをカルボニル化合物及びシアン化合物と接触させることを特徴とする光学活性シアノヒドリンの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
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【図10】
【図11】
【図12】
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【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2007−89513(P2007−89513A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285049(P2005−285049)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(301037213)独立行政法人製品評価技術基盤機構 (25)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(301037213)独立行政法人製品評価技術基盤機構 (25)
【Fターム(参考)】
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