説明

易溶解性三酸化モリブデンの製造方法および易溶解性三酸化モリブデン

【課題】多成分混合溶液などの溶液への溶解性が高い三酸化モリブデンを製造できる易溶解性三酸化モリブデンの製造方法および易溶解性三酸化モリブデンを提供する。
【解決手段】モリブデン含有液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う三酸化モリブデンの製造方法であって、モリブデン酸塩回収工程では、モリブデン含有液のpHを0.8以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持する。モリブデン酸塩回収工程において回収されるモリブデン酸塩粒子を適切な大きさにすることができるので、製造される三酸化モリブデン粒子を多成分混合溶液などの溶液に溶解し易い適切な大きさとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、易溶解性三酸化モリブデンの製造方法および易溶解性三酸化モリブデンに関する。さらに詳しくは、多成分混合液などの液体への溶解性の高い易溶解性三酸化モリブデンの製造方法および易溶解性三酸化モリブデンに関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製所における脱硫塔では、脱硫触媒によって各種石油留分の水素化脱硫が行われるが、かかる脱硫触媒は、水素化脱硫作業を行うにつれその触媒活性が低下するので、触媒活性を失った脱硫触媒(廃触媒)は新しい脱硫触媒と交換される。
【0003】
ここで、脱硫触媒はモリブデンを含有しているので、廃触媒からモリブデンを回収して再利用することが行われている。
廃触媒からバナジウムやモリブデンを回収する方法として、有価金属を水に溶解する可溶性塩としてから回収することが行われている(例えば、特許文献1)。
具体的には、廃触媒と、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩(以下、両者を含めてソーダ灰という)とを、酸素が存在する雰囲気においてロータリーキルンによって焙焼する。すると、廃触媒中のモリブデンは、酸化しかつソーダ灰と反応(ソーダ化反応)して可溶性塩(水溶性化合物)となる。この可溶性塩となった有価金属を含む焙焼物を水浸出すると、モリブデンおよびバナジウムを含有する水溶液が得られるので、この水溶液について溶媒抽出を行えば、バナジウムとモリブデンを分離できる。そして、モリブデンを含有する水相について、塩析・酸沈法などを適用すればモリブデン酸アンモニウムの沈殿を生じさせることができ、このモリブデン酸アンモニウムの沈殿を焼成することによって、三酸化モリブデン(MoO)の製品(固形物)を得ることができる。
【0004】
ここで、石油精製用の水素化脱硫触媒は、三酸化モリブデンを原料として製造される。具体的には、酸を添加してpHを調製した溶液に、モリブデン化合物を、ニッケル化合物やコバルト化合物などとともに溶解して含浸液(多成分混合溶解液)を形成する(例えば、特許文献2,3)。そして、耐火性酸化物を多成分混合溶解液に含浸させて焼成して担持処理を行えば、モリブデンを含有する水素化脱硫触媒を製造することができる。
水素化脱硫触媒の性質は、担持処理に使用する多成分混合溶解液における各化合物の混合割合などの影響を受けるので、この混合割合を適切に維持するためにも、三酸化モリブデンには高い溶解性が要求される。
【0005】
一般的に、三酸化モリブデンなどの粒子について溶解性を高める方法として、粒子の非表面積を大きくする、粒子を多孔性とするなどの方法が考えられるが、現在のところ、溶解性の高い三酸化モリブデン粒子を効率よく形成する方法は開発されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−262181号公報
【特許文献2】特開平6−277520号公報
【特許文献3】特開平11−319567号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑み、多成分混合溶液などの溶液への溶解性が高い三酸化モリブデンを製造できる易溶解性三酸化モリブデンの製造方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、前記方法によって製造された多成分混合溶液などの溶液への溶解性が高い三酸化モリブデンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、モリブデン含有液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、該モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う三酸化モリブデンの製造方法であって、前記モリブデン酸塩回収工程では、モリブデン含有液のpHを1.0以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持することを特徴とする。
第2発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、第1発明において、前記モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHを1.5以上2.8以下に維持することを特徴とする。
第3発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、第1または第2発明において、前記焼成工程を行う前に、前記モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を破砕する破砕工程を行うことを特徴とする。
第4発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、第1、第2または第3発明において、炉内からアンモニアガスを除去しながら、前記モリブデン酸塩を焼成することを特徴とする。
第5発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、第1、第2、第3または第4発明において、前記モリブデン酸塩が、モリブデン酸アンモニウムを含んでおり、前記焼成工程における焼成温度が、前記モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱する温度より高いことを特徴とする。
第6発明の易溶解性三酸化モリブデンは、モリブデン含有液のpHを1.0以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持した状態で、モリブデン含有液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、該モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行って形成されたものであることを特徴とする。
第7発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、第6発明において、前記モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHを1.5以上2.8以下に維持して形成されたものであることを特徴とする。
第8発明の易溶解性三酸化モリブデンは、第6または第7発明において、前記焼成工程を行う前に、前記モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を破砕する破砕工程を行って形成されたものであることを特徴とする。
第9発明の易溶解性三酸化モリブデンは、第6、第7または第8発明において、炉内からアンモニアガスを除去しながら、前記モリブデン酸塩を焼成して形成されたものであることを特徴とする。
第10発明の易溶解性三酸化モリブデンは、第6、第7、第8または第9発明において、前記モリブデン酸塩が、モリブデン酸アンモニウムを含んでおり、前記焼成工程において、前記モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱する温度より高い焼成温度で焼成されたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
第1発明によれば、モリブデン酸塩回収工程において回収されるモリブデン酸塩粒子を適切な大きさにすることができるので、製造される三酸化モリブデン粒子を多成分混合溶液などの溶液に溶解し易い粒子とすることができる。
第2発明によれば、モリブデン酸塩回収工程において回収されるモリブデン酸塩粒子を適切な大きさにすることができるので、製造される三酸化モリブデン粒子を多成分混合溶液などの溶液により溶解し易い粒子とすることができる。
第3発明によれば、回収されるモリブデン酸塩粒子を破砕するので、製造された三酸化モリブデンを、ほぼ均一かつ良好な溶解性を有するものとすることができる。
第4発明によれば、モリブデン酸塩から発生するガスなどによって三酸化モリブデンが還元されて二酸化モリブデンとなることを防ぐことができる。
第5発明によれば、モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱すると、焼成された三酸化モリブデンは多孔質体となるので、多成分混合溶液などの溶液に溶解しやすくなる。
第6発明によれば、モリブデン酸塩回収工程において回収されるモリブデン酸塩粒子は適切な大きさとなっているので、多成分混合溶液などの溶液に対する溶解性が高い。
第7発明によれば、モリブデン酸塩回収工程において回収されるモリブデン酸塩粒子は適切な大きさとなっているので、多成分混合溶液などの溶液に対する溶解性がより高い。
第8発明によれば、焼成前のモリブデン酸塩粒子を破砕しているので、ほぼ均一かつ良好な溶解性を有する。
第9発明によれば、二酸化モリブデンとなっている粒子が少なくなるので、多成分混合溶液などの溶液に対する溶解性が高い。
第10発明によれば、モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱することによって、多孔質体となっているので、多成分混合溶液などの溶液に溶解しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法の概略フローチャートである。
【図2】本発明の易溶解性三酸化モリブデンの他の製造方法の概略フローチャートである。
【図3】実施例1および実施例2の実験結果を示した図である。
【図4】実施例3の実験結果を示した図である。
【図5】実施例4の実験結果を示した図である。
【図6】三酸化モリブデンのX線回折結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、モリブデン含有液を処理して三酸化モリブデンを製造する方法であり、多成分混合溶液などの溶液に対する溶解性が高い三酸化モリブデンを製造できるようにしたことに特徴を有している。
【0012】
多成分混合溶液とは、複数の塩を酸や水などに溶解して形成された溶液を意味している。例えば、水、アルコール、エーテル等を溶媒として、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩(例えば、長周期表における第8族金属の炭酸塩)、無機複合酸塩(例えば、長周期表における第6族金属の無機複合酸塩)、クエン酸、蟻酸、酢酸などの有機酸化合物を、適宜選択して混合して溶解した溶液であるが、使用する塩、酸、溶媒はとくに限定されない。また、塩、酸、溶媒の混合割合もとくに限定されず、多成分混合溶液を使用して触媒を製造する場合であれば、製造された触媒において、各成分が所定の割合となるように調製されていればよい。
【0013】
なお、本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法において、原料となるモリブデン含有液はとくに限定されないが、アンモニアを含有するモリブデン含有液が好ましい。
例えば、アンモニアを含有するモリブデン含有液としては、石油精製に用いる水素化脱硫触媒からモリブデンをソーダ化し水浸出してモリブデン酸ナトリウムの液とし溶媒抽出などの方法でモリブデン酸アンモニウムとした溶液(モリブデン酸アンモニウム溶液)などを挙げることができる。かかるモリブデン酸アンモニウム溶液は、そのまま使用してもよいが、モリブデン以外の不純物(例えば、リンやバナジウムなど)を除去する除去工程を行ったものが好ましい。具体的には、モリブデン酸アンモニウム溶液に含まれる除去すべき不純物がリンやバナジウムの場合、鉄塩、マグネシウム塩を供給し、pHおよび温度等を適切な条件する。すると、不純物であるリンおよびバナジウムが鉄塩またはマグネシウム塩を形成して沈殿し除去されるので、不純物の少ないモリブデン酸アンモニウム溶液を得ることができる。
【0014】
(本発明の易溶解性三酸化モリブデン)
本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法を説明する前に、この方法によって製造される易溶解性三酸化モリブデン(以下、単に本発明の三酸化モリブデンという)の一例について説明する。
【0015】
本発明の三酸化モリブデンを上述したモリブデン酸アンモニウム溶液から製造した場合には、本発明の三酸化モリブデンは、多孔質構造を有する粒子となる。
具体的には、多孔質構造を有する微細な粒子や、微細な一次粒子が結合して形成された多孔質構造を有する二次粒子となったりする。
とくに、本発明の三酸化モリブデンが、微細な一次粒子が結合して形成された多孔質構造を有する二次粒子である場合には、一次粒子の粒度分布が一つのピークを有するものとなる。すると、二次粒子が一次粒子に分解すれば、粒子が細かくなるし、一次粒子の粒径が小さくしかも粒径が揃っているので、溶液に対する溶解性が高くなる。
【0016】
(製造工程の説明)
つぎに、本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法において、モリブデン含有液から易溶解性三酸化モリブデンを製造する工程を、図1に基づいて簡単に説明する。
【0017】
(モリブデン酸塩回収工程)
図1に示すように、まず、モリブデン含有液から、モリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程を行う。このモリブデン酸塩回収工程では、処理槽内に収容されているモリブデン含有液に対して、酸を添加する。すると、処理槽内にモリブデン酸塩の沈殿物が形成されるので、沈殿生成後の液と沈殿物とを分離すれば、モリブデン酸塩が沈殿物として回収される。
【0018】
(焼成工程)
モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩の沈殿物は、焼成炉において焼成される。すると、モリブデン酸塩が分解して、固体の三酸化モリブデンが製造される。
【0019】
つぎに、各工程の条件について、詳細に説明する。
【0020】
(モリブデン酸塩回収工程)
モリブデン酸塩回収工程では、モリアン溶液などのモリブデンを含有するモリブデン含有液に対して酸を添加して、この酸とモリブデンとを反応させて析出させ、モリブデンをモリブデン酸塩の沈殿物として回収する。モリブデン酸塩回収工程において添加する酸はとくに限定されず、例えば、塩酸、硫酸などを使用することができる。
【0021】
(pHの調整)
モリブデン酸塩回収工程における処理液のpHは、2.8以下が好ましい。pHが2.8よりも高くなると、モリブデン酸塩の粒径が小さくなり、沈殿の固液分離が困難になることおよび、モリブデン酸が沈殿せず液中のモリブデン濃度が高くなりモリブデンのロスが大きくなるからである。
【0022】
一方、処理液のpHが低くなりすぎるとモリブデン酸塩の粒径が大きくなり、このモリブデン酸塩を焼成して得られる三酸化モリブデンの粒径も大きくなる。粒径も大きい三酸化モリブデンは溶解性が低下するので、三酸化モリブデンを溶かして使用する場合に不具合が生じる。
しかし、モリブデン酸塩回収工程において、モリブデン含有液のpHを1.5〜2.8とすれば、回収されるモリブデン酸塩について、全ての粒子を所定の粒径以下(30μm以下)とすることができる。
【0023】
したがって、モリブデン酸塩回収工程における処理液のpHは、2.8以下でもよいが、三酸化モリブデンの溶解性を考えれば、0.8〜2.8が好ましく、1.0〜2.8がより好ましく、1.5〜2.8がさらに好ましい。
【0024】
なお、モリブデン含有液のpHの下限値が0.8〜1.5の場合には、若干粒径の大きい粒子が生成される可能性があるが、この場合には、モリブデン酸塩回収工程の後に、後述する分級工程を行えばよい。この場合、焼成するモリブデン酸塩粒子を全て所定の粒径以下(例えば、100μm以下)とすることができ、焼成された三酸化モリブデンの粒径も所定の粒径以下に揃えることができる。
【0025】
また、モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHは、モリブデン含有液に対して添加する酸の量を調整すれば制御できるが、モリブデン含有液のpHを制御する方法はとくに限定されない。
【0026】
(温度の調整)
モリブデン酸塩回収工程における処理液の温度は、60℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましい。処理液の温度が60℃よりも低くなると、モリブデン酸塩の粒径が小さくなりすぎるので回収が困難になるからである。
また、処理液の温度の上限はとくに限定されず、処理液が沸騰する沸点以下であれば、モリブデン酸塩回収工程は行うことができる。
【0027】
モリブデン酸塩回収工程に使用される設備はとくに限定されないが、処理液はpHが低いので、モリブデン酸塩回収工程に使用される回収処理槽は、耐薬品性の高い材料で形成しなければならない。また、処理液を高温にしてモリブデン酸塩回収工程を行う場合、回収処理槽の材料には、耐薬品性に加えて高い耐熱性も要求されるので、回収処理槽には耐薬品性に加えて高い耐熱性も要求される。例えば、テフロンであれば高い耐薬品性と高い耐熱性を有しているので、回収処理槽の内面にテフロンコーティングを施しておけば、上述した条件において、モリブデン酸塩回収工程を行うことができる。
【0028】
一方、テフロンコーティングを施した回収処理槽は高価であり、かかる回収処理槽を備えた設備は設備コストが高くなる。したがって、設備コストを抑えるのであれば、耐薬品性の高いFRPなどで形成した回収処理槽や、耐薬品性の高いゴムライニングを内面に施した回収処理槽を使用してもよい。しかし、FRPやゴムは耐熱性が高くないので、かかる回収処理槽を使用する場合には、処理液を80℃より高い温度に維持して処理することは困難である。
【0029】
したがって、モリブデン酸塩回収工程における処理液の温度は60℃以上かつ沸点以下であればよいが、回収効率と設備コストを考慮すれば、60〜80℃が好ましく、70〜80℃がより好ましい。
【0030】
なお、モリブデン酸塩回収工程終了後のモリブデン含有液から、モリブデン酸塩の沈殿物と液体とを分離する方法はとくに限定されないが、例えば、遠心分離機やフィルタープレスなどによる濾過によって両者を分離することができる。
【0031】
(反応時間)
また、モリブデン酸塩回収工程では、モリブデン含有液を撹拌しながら反応を進行させるが、反応時間はバッチ処理であれば3時間程度が好ましく、連続処理であれば6時間程度が好ましい。反応時間が短い場合、モリブデン酸塩の生成が十分に進まず、モリブデン含有液中に残留するモリブデンの量が多くなってしまう可能性がある。また、反応時間が長すぎても、形成される沈殿物の量は変化しない。
【0032】
(焼成工程)
焼成工程では、回収されたモリブデン酸塩を、例えば、ロータリーキルンなどの焼成炉に投入して焼成する。
【0033】
(焼成温度)
焼成工程における焼成温度はとくに限定されないが、焼成温度が高くなると、製造される三酸化モリブデンの結晶性が高くなり、溶解度が低下する。また、焼成温度が低くなると、モリブデン酸塩の分解が不十分となり、モリブデン酸塩に含まれる不純物(例えば、アンモニアなど)が焼成された三酸化モリブデンに残留してしまう。不純物の残留は、製品の純度を低下させる上、不純物がアンモニアであれば三酸化モリブデンの溶解性が悪化する。
したがって、溶解性が高い品質に維持された三酸化モリブデンを製造するのであれば、焼成炉内の温度が、400〜550度、好ましくは420〜480度で、3時間以上(好ましくは4時間程度)の期間、モリブデン酸塩を焼成することが好ましい。
【0034】
とくに、モリブデン酸塩が、モリブデン酸アンモニウムを含んでいる場合には、焼成する温度は、モリブデン酸塩が分解されモリブデン酸塩に含まれるアンモニアが離脱する温度が好ましい。例えば、焼成炉内の温度を、モリブデン酸アンモニウムが分解する温度以上かつ550度以下、好ましく420〜480度、より好ましくは450度として、3時間以上、好ましくは4時間程度、モリブデン酸塩を焼成すればアンモニアが残留しない高純度の三酸化モリブデンを確実に製造することができる。しかも、モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱すると、焼成された三酸化モリブデンは多孔質体となる。すると、製造される三酸化モリブデンは、その表面積が大きくなるので、多成分混合溶液などの溶液に溶解しやすくなる。
【0035】
(焼成雰囲気)
また、焼成雰囲気にアンモニアが存在する可能性がある場合、焼成炉内の気体を排出しながら、言い換えれば、焼成炉内からアンモニアガスを除去しながら、モリブデン酸塩を焼成することが好ましい。
例えば、モリブデン酸塩がモリブデン酸アンモニウムを含んでいる場合には、焼成の際に、モリブデン酸塩が分解してアンモニアガスが発生する。かかるアンモニアガスが存在する状態でモリブデン酸塩を焼成すると、焼成によって製造された三酸化モリブデンが還元されて二酸化モリブデンとなる可能性がある。二酸化モリブデンは溶解性が低いので、二酸化モリブデンが混入した三酸化モリブデンは、全体では溶解性が低くなる。
したがって、二酸化モリブデンが生成されることを防ぐために、焼成炉内からアンモニアガスを除去しながら、モリブデン酸塩を焼成することが好ましい。
【0036】
(分級工程)
また、焼成工程を行う前に、モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を分級してもよい。
回収されたモリブデン酸塩は、析出する段階で形成される粒子の大きさにばらつきが生じるために、そのまま焼成すると、そのばらつきが製造される三酸化モリブデン粒子にも維持され、製造される三酸化モリブデン粒子の均一性が低くなる。しかし、大径の粒子を除いておけば、焼成前のモリブデン酸塩の大きさをある程度揃えることができる。すると、製造された三酸化モリブデンの粒径も均一かつ所定の粒径以下にすることができるので、三酸化モリブデン粒子を、溶解性が良好であって、粒子間での溶解性のばらつきが少ないものとすることができる。
【0037】
分級する粒径の敷居値、つまり、上述した所定の粒径はとくに限定されないが、所定の粒径を100μmとし、回収されたモリブデン酸塩から100μm以上の粒子を除去すれば、非常に大きい粒径の粒子が存在しない状態で焼成工程を行うことができる。すると、製造される三酸化モリブデンは、粒径が小さくしかも粒径の揃ったものとなり、多成分混合溶液などの溶液への溶解性が高いものとすることができる。なお、所定の粒径は、100μmでも十分であるが、溶解性が高くする上では、50μmが好ましく、30μmがより好ましく、20μmがさらに好ましく、10μmがとくに好ましい。
【0038】
回収されたモリブデン酸塩を分級する方法はとくに限定されず、例えば、篩にかけて分級してもよいし、風力分級によって分級してもよい。また、回収されたモリブデン酸塩を乾燥させてから分級してもよいし、モリブデン含有液から分離したままの状態(水分を含んでいる状態)で分級(湿式分級)してもよい。
【0039】
(破砕工程)
さらに、焼成工程を行う前(分級工程を行う場合には分級工程の後)に、モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を破砕する破砕工程を行ってもよい。
焼成する前に回収されたモリブデン酸塩を破砕しておけば、焼成前のモリブデン酸塩の大きさをある程度揃えることができる。すると、製造された三酸化モリブデンの粒径も均一かつ所定の粒径以下にすることができるので、三酸化モリブデン粒子を、溶解性が良好であって、粒子間での溶解性のばらつきが少ないものとすることができる。また、焼成時に粒径が小さい方が粒子内部まで分解・酸化が進みやすく粒子間での溶解性のばらつきが少ないものとすることができる。
【0040】
なお、焼成工程の後、製造された三酸化モリブデンを破砕してもよい。すると、製造された三酸化モリブデンに大径の粒子が含まれていても、大径の粒子を所定の粒径以下にすることができ、粒径を揃えることができる。
【0041】
本発明の易溶解三酸化モリブデンの製造方法の有効性を実験により確認した。
【実施例1】
【0042】
実験は、モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHを変化させて、製造される三酸化モリブデンの粒径に与える影響を確認した。
【0043】
実験に使用したモリブデン含有液は、以下のとおりである。
モリブデン含有液:
Mo含有量35.6g/L、V含有量0.046g/L、P含有量0.039g/L、
【0044】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液:終液pH9.0、温度80℃
撹拌時間:60分
【0045】
なお、pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
平均粒子径は、フィッシャー・サブシーブ・サイザー(Fisher Scientific社製:Model195)によって測定した。
また、モリブデン含有液の終液pH(処理終了時における液のpH)は、pHの測定値に基づいて、pH9.0に維持されるように、塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整した。
【0046】
実験結果を図3(A)に示す。
図3(A)に示すように、モリブデン含有液中のpHが高くなると、焼成後の三酸化モリブデンの粒径が小さくなることが確認できる。しかも、pHが1.0以上では、粒径が25μm以下となり、pHが1.5以上であれば、粒径が20μm以下となることが確認できる。
【0047】
以上の結果より、焼成後の三酸化モリブデンの粒径を小さくして、溶解性を向上させる上では、pHが1.0以上が好ましく、pHが1.5以上がより好ましいことが確認できる。
【実施例2】
【0048】
実験は、モリブデン含有液から、酸沈法によってモリブデンをモリブデン酸塩として回収する場合に、回収率にモリブデン含有液のpHが与える影響を確認した。
実験では、モリブデン含有液の終液pHを変化させた場合において、モリブデン含有液に残留するモリブデンの量を確認した。
【0049】
実験に使用したモリブデン含有液および添加した酸は、以下のとおりである。
モリブデン含有液:
Mo含有量42.4g/L、V含有量0.0003g/L、P含有量0.0006g/L
【0050】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液の温度:70℃、80℃
撹拌時間:180分
【0051】
なお、モリブデン含有液中のバナジウムおよびリンの量は、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製:SPS3100)によって測定し、pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
また、pHの調整は塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整し、温度は、ヒータによる加熱を制御して調整した。
【0052】
実験結果を図3(B)に示す。
図3(B)に示すように、モリブデン含有液の温度に係わらず、pHが1.0〜3.0の間、より詳しく見ると、1.5〜2.8の間では、モリブデン含有液(母液)に残留するモリブデンの量が0.1g/Lよりも少なくなっており、モリブデンを99%以上回収できていることが確認できる。
一方、pHが3.0よりも高くなると、モリブデン含有液に残留するモリブデンの量が急激に多くなり、回収効率が大幅に低下していることが確認できる。
【0053】
以上の結果より、モリブデン含有液からにおいて、酸沈法によってモリブデンを回収する上では、pHが1.0〜3.0程度が好ましく、1.5〜2.8の間がより好ましいことが確認できた。
【実施例3】
【0054】
実験は、モリブデン酸塩を焼成した場合において、焼成温度がアンモニア残存割合および溶解度に与える影響を確認した。
【0055】
実験に使用したモリブデン酸塩は、以下のモリブデン含有液から酸沈法によってモリブデン酸塩を回収したものである。
モリブデン含有液:
Mo含有量42.4g/L、V含有量0.0003g/L、P含有量0.0006g/L
【0056】
実験条件は、以下のとおりである。
モリブデン含有液の終液pH:pH1.8
モリブデン含有液の温度:温度80℃
撹拌時間:8時間
【0057】
なお、モリブデン含有液中のバナジウムおよびリンの量は、ICP発光分光分析装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製:SPS3100)によって測定し、モリブデン含有液の終液pHは、ガラス電極式水素イオン濃度指示計(東亜電波工業製:HM-20J)、温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
また、pHの調整は塩酸またはアンモニアを適宜添加して調整し、温度は、ヒータによる加熱を制御して調整した。
【0058】
焼成条件は、以下のとおりである。
焼成炉:マッフル炉(アドバンテック東洋社製:KM−800)
焼成時間:3時間
なお、焼成炉は炉内の気体を排気する条件で運転した。焼成炉の温度は、マッフル炉付設の熱電対によって測定した。
また、焼成後の三酸化モリブデン中のアンモニア残存割合は、蒸留中和滴定法(ビュッヒ社製:ケルダール蒸留装置B324)によって測定した。
【0059】
残渣率を測定した溶解液は以下のとおりである。
溶解液:三酸化モリブデンと炭酸コバルトの混合溶液(有機酸添加)
溶解液温度:90℃
反応時間:60分
なお、溶解液の温度は、ガラス棒温度計によって測定した。
【0060】
実験結果を図4に示す。
図4に示すように、焼成温度を上昇させていくと、焼成温度が350度では、アンモニアの残存量が2重量%と多かったが、焼成温度が400度以上となるとほとんど残留していないことが確認できる。
一方、焼成温度が350度では、残渣率が56%であり、三酸化モリブデンほとんど多成分溶解液に溶解していないことが確認できる。焼成温度が400〜550度では、残渣率が2%以下であり、ほとんど三酸化モリブデンほとんど多成分溶解液に溶解していることが確認できる。550度よりも焼成温度が高くなると、再び残渣率が増加することも確認できる。
【0061】
したがって、多成分溶解液に対する溶解性を向上させる上では、焼成温度が400〜550度が好ましいことが確認できた。
【実施例4】
【0062】
実験は、モリブデン酸塩を焼成した場合において、アンモニアガスが焼成物に与える影響を確認した。
【0063】
実験に使用したモリブデン酸塩は、以下のものである。
AHM(アンモニア含有率8.7%)
【0064】
焼成は、アルミナ坩堝内にモリブデン酸塩を入れ、アルミナ坩堝に蓋をしない状態(大気解放状状態)およびアルミナ坩堝に蓋をした状態(アルミナ坩堝内封入状態)、で行った。また、他の焼成条件は以下の通りである。
焼成炉:マッフル炉(アドバンテック東洋社製:KM−800)
焼成温度:450℃
焼成時間:2時間
なお、焼成炉は炉内の気体を排気する条件で運転した。焼成炉の温度は、マッフル炉付設の熱電対によって測定した。
また、焼成後の三酸化モリブデンは、X線回折(PANalytical社製:PertPRO)によって測定した。
【0065】
実験結果を図5に示す。なお、参考までに、三酸化モリブデンのX線回折結果を図6に示している。
大気解放状状態で焼成した場合には、全てのモリブデン酸塩が三酸化モリブデンとなっているが、図5に示すように、アルミナ坩堝内封入状態で焼成した場合には、一部のモリブデン酸塩が二酸化モリブデンとなっていることが確認できた。
アルミナ坩堝内封入状態で焼成した場合には、モリブデン酸塩から発生するアンモニアガスなどは坩堝内に維持されるので、このアンモニアガスなどの影響により、二酸化モリブデンが生成されると推定される。
【0066】
したがって、全てのモリブデン酸塩を三酸化モリブデンとする上では、モリブデン酸塩から発生するアンモニアガスなどがモリブデン酸塩や三酸化モリブデンなどに接触しないような条件で焼成することが好ましいと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法は、触媒などを製造する際に使用される易溶解性三酸化モリブデンの製造方法に適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン含有液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、
該モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行う三酸化モリブデンの製造方法であって、
前記モリブデン酸塩回収工程では、モリブデン含有液のpHを0.8以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持する
ことを特徴とする易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項2】
前記モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHを1.5以上2.8以下に維持する
ことを特徴とする請求項1記載の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項3】
前記焼成工程を行う前に、前記モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を破砕する破砕工程を行う
ことを特徴とする請求項1または2記載の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項4】
炉内からアンモニアガスを除去しながら、前記モリブデン酸塩を焼成する
ことを特徴とする請求項1、2または3記載の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項5】
前記モリブデン酸塩が、モリブデン酸アンモニウムを含んでおり、
前記焼成工程における焼成温度が、前記モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱する温度より高い
ことを特徴とする請求項1、2、3または4記載の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項6】
モリブデン含有液のpHを0.8以上2.8以下、かつ、温度を60℃以上、に維持した状態で、モリブデン含有液に酸を添加してモリブデン酸塩を沈殿分離するモリブデン酸塩回収工程と、
該モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を焼成する焼成工程と、を順に行って形成されたものである
ことを特徴とする易溶解性三酸化モリブデン。
【請求項7】
前記モリブデン酸塩回収工程におけるモリブデン含有液のpHを1.5以上2.8以下に維持して形成されたものである
ことを特徴とする請求項6記載の易溶解性三酸化モリブデンの製造方法。
【請求項8】
前記焼成工程を行う前に、前記モリブデン酸塩回収工程において回収されたモリブデン酸塩を破砕する破砕工程を行って形成されたものである
ことを特徴とする請求項6または7記載の易溶解性三酸化モリブデン。
【請求項9】
炉内からアンモニアガスを除去しながら、前記モリブデン酸塩を焼成して形成されたものである
ことを特徴とする請求項6、7または8記載の易溶解性三酸化モリブデン。
【請求項10】
前記モリブデン酸塩が、モリブデン酸アンモニウムを含んでおり、
前記焼成工程において、前記モリブデン酸アンモニウムが分解してアンモニアが離脱する温度より高い焼成温度で焼成されたものである
ことを特徴とする請求項6、7、8または9記載の易溶解性三酸化モリブデン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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