説明

有機化合物蒸気の吸着挙動迅速評価方法

【課題】ガスクロマトグラフィーを応用することで、吸着剤への有機化合物蒸気吸着挙動を迅速に評価する。
【解決手段】評価対象の吸着剤4を充填したカラム3を任意の温度に設定できるカラム槽2内に設置し、該カラム3にキャリアーガスを流通させながらカラム3入り口手前から有機化合物蒸気を注入し、カラム3出口の後ろに設置した検出器5で有機化合物蒸気を検出することで得られるクロマトグラムを解析することで有機化合物蒸気の吸着挙動を迅速に評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物蒸気の吸着挙動を迅速かつ簡便に評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
揮発性有機化合物(VOC)は洗浄剤や溶剤あるいは化成品原料等として産業界で広く使用されているが、近年これらによる大気汚染が強く懸念されている。VOCの除去技術として吸着法や燃焼法等が挙げられるが、燃焼法はVOCをCO2として大気中に排出する方法であり、3R推進、温暖化ガス低減といった環境政策と整合しているとは言い難い。VOCは本来、有機化合物が気化したものすなわち有機化合物蒸気であり、適切に回収すれば再利用が可能な有価物とみなすことができることから、吸着法による除去回収が注目されている。
【0003】
吸着法の技術開発においては、有機化合物蒸気の吸着挙動の評価が重要な技術要素である。工業的な吸着除去プロセスにおいては通常、吸着剤が充填された吸着塔に連続的に有機化合物蒸気を含む排気ガスを通気することで有機化合物蒸気のみが吸着除去される。このような工業プロセスに適用する吸着剤の開発において、吸着挙動を評価するためには吸着破過曲線の測定と、そこから得られる破過時吸着量の把握が重要であった。吸着破過曲線を測定するためには、対象有機化合物蒸気を安定な濃度でかつ連続的に発生させる必要があるが、有機化合物蒸気を得るために通常用いられるベーパライザーでは、濃度の安定までに1〜2時間程度の時間を要することも少なくなかった。さらに吸着破過曲線の測定は数十分から数時間程度要し、測定後は吸着塔に不活性ガスを通気させながら高温下で脱着操作を数時間行う必要があるなど、すべての操作時間を合計すると4〜10時間程度かかるという、極めて長時間を要する評価方法であった。
【0004】
さて、工場等で取り扱われる有機化合物蒸気として、ペンタン等の炭化水素類、メチルエチルケトン等のカルボニル化合物類、2−プロパノール等のアルコール類、トリクロロエチレンなどのハロゲン化炭化水素類、酢酸エチルなどのエステル類等が挙げられ、その種類は数百種類に及ぶと言われている。このように数多くの有機化合物蒸気の吸着挙動を評価するために吸着破過曲線を測定するのは、効率的とは言い難かった。
【0005】
そこで、有機化合物蒸気の吸着挙動を評価する方法として特許文献1には少量の試料物質を使用した簡便な吸着等温線測定方法が示されている。しかしながら該手法では、連続的に試料物質が導入される状況における吸着挙動を評価するには難しい面があった。
【0006】
【特許文献1】特開平5−34325号
【0007】
一方、近年の化学分析機器の発達は目覚しく、中でもガスクロマトグラフィーは室温での気体成分からカラムの最高温度で数Torr程度の蒸気圧を有する比較的揮発性に富んだ成分を対象とする分析機器として大いに発達してきた。検出器の性能向上による高感度化、制御技術の向上による優れた温度制御機能の実現など機能面の発達のみならず、オートサンプリング機能や温度制御のプログラム化などによる利便性向上など、近年その性能向上が目覚しい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
すなわち本発明の目的は、有機化合物蒸気を吸着する吸着剤の開発に資するため、ガスクロマトグラフィーを応用して有機化合物蒸気の吸着挙動を迅速かつ簡便に評価する技術を提供することを目的とする。また、このような発展著しいガスクロマトグラフィーの要素技術を効果的に活用することによる測定精度及び利便性の向上も期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、有機化合物蒸気の吸着挙動を評価する手法について鋭意研究開発した結果、評価対象の吸着剤を充填したカラムを任意の温度に設定できるカラム槽内に設置し、該カラムにキャリアーガスを流通させながらカラム入り口手前から有機化合物蒸気を注入し、カラム出口の後ろに設置した検出器で有機化合物蒸気を検出することで得られるクロマトグラムを解析して基準物質のクロマトグラムと比較することで有機化合物蒸気の吸着挙動を迅速に評価する手法を見出し、本発明を完成するに至った。(ここで、予め、基準物質の破過時吸着量Qbs及び平衡吸着量Qesを測定しておく。)
【0010】
すなわち本発明の技術解決手段は、(1):カラムに吸着剤を充填し、該カラムにキャリアーガスを流通させながらカラム入り口手前から有機化合物蒸気を注入し、カラム出口の後ろに設置した検出器で有機化合物蒸気を検出することで得られるクロマトグラムを解析することを特徴とする有機化合物蒸気の吸着挙動迅速評価方法であり、(2):有機化合物の沸点が−10℃以上400℃以下であることを特徴とする(1)記載の方法であり、(3):吸着剤が活性炭、シリカゲル、アルミナ又はゼオライトであることを特徴とする(1)又は(2)記載の方法であり、(4):カラムを設置するカラム槽の温度が−10℃以上450℃以下であることを特徴とする(1)、(2)又は(3)記載の方法であり、(5):クロマトグラムから得られる有機化合物蒸気の保持時間を、基準物質の保持時間で除して常用対数を算出することで得られる保持指標から、該有機化合物蒸気を用いたときの破過時吸着量を平衡吸着量で除することで算出される吸着レシオを予測することを特徴とする(1)、(2)、(3)、又は(4)記載の方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来は吸着挙動を評価するために不可欠であった吸着破過曲線を測定することなく、迅速かつ簡便に有機化合物蒸気の吸着挙動を評価することができる。即ち、基準物質の破過時吸着量Qbs及び平衡吸着量Qesを予め測定して、基準物質の吸着レシオ Rs=Qbs/Qesを算出しておき、評価対象有機化合物蒸気の保持指標を本発明による方法で測定することで、評価対象有機化合物の吸着レシオを予測可能とし、便利である。
【実施例】
【0012】
以下に、本発明の詳細を実施例により詳細に示すが、本発明の技術内容を具体的に説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0013】
(有機化合物蒸気の種類)
吸着挙動を評価できる有機化合物種は、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化炭化水素類、カルボニル化合物類、アルコール類、エステル類、エーテル類など沸点が好ましくは−10℃以上400℃以下、さらに好ましくは20℃以上260℃以下の化合物である。これら有機化合物分子中に窒素、リン、硫黄、ハロゲン等の異種原子を含んでいることを妨げない。
【0014】
(有機化合物蒸気の導入方法)
該有機化合物は、気体状であればそのままカラムに導入することができる。液状であればカラム入り口手前に設置した気化室に注入し、高温の室内で気化させた後にカラムに導入しても良い。また該有機化合物は単独でカラムに導入しても良いし、複数種を混合して導入しても良い。
【0015】
(基準物質)
基準物質としては、有機化合物蒸気であればどのような物質でも使用できるが、特に評価対象とする物質と分子量が近接している及び/若しくは同族の化合物がより好ましい。
【0016】
(吸着剤の種類)
有機化合物蒸気の吸着挙動を評価する吸着剤として、活性炭、シリカゲル、アルミナ、ゼオライトなどが挙げられるが、必ずしもこれらの吸着剤に限定されるものではない。
【0017】
(カラム槽)
吸着剤を充填したカラムは、内部を任意の温度に設定可能なカラム槽内に設置される。クロマトグラムはカラムの温度によって大きく異なるため、基準物質と評価対象の有機化合物蒸気を比較するためには、同一のカラム槽温度で測定したクロマトグラムを得る必要がある。クロマトグラムを測定するときのカラム槽の温度範囲として−10℃以上450℃未満が好ましく、20℃以上300℃未満がより好ましい。また、カラム槽が任意の昇温速度で温度を上昇させる機能を備えていることも好ましい。
【0018】
(検出器)
カラムの出口の後ろに設置し有機化合物蒸気を検出する検出器としては、有機化合物蒸気の量を計測できる検出器であればいずれの検出器であってもよいが、熱伝導度検出器(TCD)、水素炎イオン化検出器(FID)、電子捕獲型検出器(ECD)、質量分析計(MS)などを好ましく用いることができる。中でも熱伝導度検出器又は水素炎イオン化検出器がより好ましい。
【0019】
(キャリアーガス)
キャリアーガスとしてはガスクロマトグラフィーで通常用いられるキャリアーガスを用いることができ、例えばヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガス等を好ましく用いることができる。
【0020】
(本発明における有機化合物蒸気の吸着挙動評価方法)
図1は、本発明による有機化合物蒸気の吸着挙動評価方法を示している。まず評価対象の吸着剤4を充填したカラム3をカラム槽2内に設置する。有機化合物はカラム3入り口からキャリアーガスとともにカラム3に導入される。有機化合物蒸気はカラム3内で吸着剤4との間の気固分配平衡を繰り返しながら、キャリアーガスに随伴されてカラム3内を移動し、カラム3出口に到達して検出器5で検出される。検出器5からの信号は記録計の演算器で処理されて該有機化合物蒸気のクロマトグラムが得られる。
【0021】
得られたクロマトグラムから、有機化合物蒸気を注入した時から検出器で検出されるまでに要した時間からキャリアーガスがカラム内の空隙をぬってカラムの入り口から出口に到るまでに要する時間を差し引いた時間、すなわち保持時間trが計算される。基準物質の保持時間をtrsとすると次式によって保持指標Iが算出される。
【0022】
【数1】

【0023】
工業プロセスにおける吸着剤の評価指標として重要な破過時吸着量は次のようにして算出することができる。すなわち、所定の濃度に調整された有機化合物蒸気を所定の流量で吸着剤に通気して、有機化合物蒸気を通気開始してから出口における濃度が破過濃度に達するまでの時間から、破過時間を測定し、原料濃度と破過時間と流量の積から破過時吸着量を算出する。破過濃度としては一般的に排出規制濃度等が選ばれるが、これに限定されることなく数ppbから数千ppmの範囲、さらに好ましくは数十ppbから数百ppmの範囲で自由に選ぶことができる。
【0024】
流通系における有機化合物蒸気の吸着剤への吸着力を示す指標として吸着レシオRを次式で定義する。ここでQb及びQeはそれぞれ同じ温度・圧力・有機化合物蒸気濃度で測定した破過時吸着量及び平衡吸着量を表す。
【0025】
【数2】

【0026】
吸着レシオRは、値が大きいほど破過時吸着量が大きい、すなわち工業プロセスにおいてより好ましく吸着されることを表す。基準物質の破過時吸着量Qbs及び平衡吸着量Qesを予め測定して該基準物質の吸着レシオRsを算出しておき、評価対象有機化合物蒸気の保持指標を本発明による方法で測定することで、該有機化合物の吸着レシオを予測できる。すなわち、保持指標Iが0以上の時、「R大なりイコールRs」となることが予測でき、保持指標Iが負の値の時、「R小なりRs」となることが予測できる。このような評価方法によって、吸着破過曲線を測定することなく、基準物質と比較して吸着レシオが大きくなるか小さくなるかを予測することができる。ただし、保持指標は誤差を含む計測値から算出するため、本予測方法はある程度の予測誤差を含んでいることを妨げない。
【0027】
保持指標Iの算出に必要なクロマトグラムは通常数分から長くても数十分で測定でき、さらに異なる有機化合物種を混合して注入することで一度に複数のクロマトグラムを得るという効率化が可能なので、長時間を要する吸着破過曲線の測定より、はるかに迅速であり評価方法も簡便である。
【0028】
(実験例)
以下に本発明の特徴を具体的な実験例により説明するが、本実験例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0029】
(実験例1)
ペンタンを基準物質としてメチルエチルケトンの活性炭への吸着挙動を評価した。以下にその方法を記述する。下水汚泥を500℃で炭化して850℃で賦活することで得られた活性炭を、吸着している水分等を除去するため250℃で6時間加熱処理して放冷後、室温(25℃)下約30,000ppmに調製したペンタン/窒素又はメチルエチルケトン/窒素混合ガスに接触させたときの平衡吸着量を測定したところ、0.43及び0.74mmol/gであった。次にクロマトグラムを測定するため、該活性炭0.9gを外径1/8インチ、長さ25cmのステンレスカラムに充填し、カラム槽内に設置した後、カラムにヘリウムを流通させながら250℃で6時間加熱処理した。次に該カラム槽内を200℃に保持し、キャリアーガスとしてヘリウムを20ml/minの流速で導入しながら、ペンタン又はメチリエチルケトンをマイクロシリンジでそれぞれ0.6μL、気化室に注入することでカラムに導入し、カラム出口の後ろに設置した熱伝導度検出器でペンタン又はメチルエチルケトンを検出することでクロマトグラムを得た。なお、クロマトグラムから計算された保持時間は、ペンタン、メチルエチルケトンそれぞれ2.6及び23.2分であった。よってメチルエチルケトンの保持指標は0.95と計算された。一方、流通系吸着評価装置を用いて該活性炭の破過時吸着量を以下の通り測定した。該活性炭16.8gを内径16mmの吸着塔に充填し、吸着塔に窒素を流通させながら250℃で6時間加熱処理して放冷後、室温(25℃)下、濃度約30,000ppmに調製したペンタン/窒素又はメチルエチルケトン/窒素混合ガスを流量400ml/minで該吸着塔に導入し、吸着塔出口の後ろに設置した熱伝導度検出器で有機化合物蒸気濃度を測定することで吸着破過曲線を得た。吸着破過曲線から求めた破過時間はペンタン、メチルエチルケトンそれぞれ8.8及び21.2分であった。なお、破過濃度は100ppmとした。破過時間から破過時吸着量を算出したところペンタン、メチルエチルケトンそれぞれ0.29及び0.70mmol/gであった。従ってペンタン、メチルエチルケトンの吸着レシオはそれぞれ0.68及び0.94であった。これは、保持指標が0以上の時に吸着レシオが基準物質より大きくなる、すなわち吸着力が大きくなることを示す例である。
【0030】
(実験例2)
実験例1と同様にして吸着剤として同じ活性炭を用いて、ペンタンを基準物質としたときの2−プロパノールの保持指標を算出したところ、−1.0であった。また2−プロパノールの平衡吸着量は0.51mmol/g、破過時吸着量は0.26mmol/gであったことから、吸着レシオは0.51となり、ペンタンの吸着レシオを下回った。これは保持指標が負の値の時に吸着レシオが基準物質より小さくなる、すなわち吸着力が小さくなることを示す例である。
【0031】
(実験例3)
実験例1と同様にして吸着剤として市販活性炭(二村化学製CG48AR)を用いて、ペンタンを基準物質としたときのメチルエチルケトンの保持指標を算出したところ、0.07であった。該活性炭のペンタン、メチルエチルケトンの平衡吸着量は3.6及び4.7mmol/gであった。また、流通系吸着評価装置を用いて吸着破過曲線を測定した結果、ペンタン、メチルエチルケトンの破過時吸着量は2.8及び4.2mmol/gであった。よってペンタン、メチルエチルケトンの吸着レシオは0.78及び0.88と計算された。これは吸着剤が異なる場合でも保持指標が0以上の時に吸着レシオが基準物質より大きくなることを示す例である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明による有機化合物蒸気の吸着挙動評価方法の概略図
【符号の説明】
【0033】
1 気化室
2 カラム槽
3 カラム
4 吸着剤
5 検出器


【特許請求の範囲】
【請求項1】
カラムに吸着剤を充填し、該カラムにキャリアーガスを流通させながらカラム入り口手前から有機化合物蒸気を注入し、カラム出口の後ろに設置した検出器で有機化合物蒸気を検出することで得られるクロマトグラムを解析することを特徴とする有機化合物蒸気の吸着挙動迅速評価方法
【請求項2】
有機化合物の沸点が−10℃以上400℃以下であることを特徴とする請求項1記載の方法
【請求項3】
吸着剤が活性炭、シリカゲル、アルミナ又はゼオライトであることを特徴とする請求項1又は2記載の方法
【請求項4】
カラムを設置するカラム槽の温度が−10℃以上450℃以下であることを特徴とする請求項1又は2又は3記載の方法
【請求項5】
クロマトグラムから得られる有機化合物蒸気の保持時間を、基準物質の保持時間で除して常用対数を算出することで得られる保持指標から、該有機化合物蒸気を用いたときの破過時吸着量を平衡吸着量で除することで算出される吸着レシオを予測することを特徴とする請求項1又は2又は3又は4記載の方法


















【図1】
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【公開番号】特開2010−66095(P2010−66095A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−231968(P2008−231968)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)