説明

有用部分の生産性が高められた植物及びその作製方法

【課題】有用部分の生産性が高められた植物およびその作製方法を提供することを主な課題とする。
【解決手段】(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種で形質転換され、且つ、有用部分の生産性が高められた、形質転換植物。有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法、並びに、該方法により作製された有用部分の生産性が高められた植物、及び、その有用部分。植物の有用部分の生産性を高める方法。有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、有用部分の生産性が高められた植物及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソプレンは、多くの高等植物、特にユーカリやポプラといった落葉広葉樹から多量に放出されている炭素数5のテルペノイドとして知られ、高等植物の細胞においてイソプレンは、クロロプラスト内で非メバロン酸経路を介して、ジメチルアリルピロリン酸からイソプレン合成酵素の働きにより生合成される。地球レベルで見た植物からのイソプレン年間総放出量は莫大で、炭素量換算で5x1014gyr−1にものぼるが、それにも関わらず、植物にとっての意義は未解明のままである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、有用部分の生産性が高められた植物及びその作製方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、当初、植物におけるイソプレンの生産及び放出の生理学的役割の一部を解明することを主目的として研究を開始したところ、鋭意研究を重ねるうちに、イソプレンの大気放出量が少ないと報告されているシロイヌナズナに、イソプレン生成に至る反応を触媒する酵素の遺伝子を導入することにより得られた形質転換シロイヌナズナの葉の重量、サイズ及び数が、野生型のシロイヌナズナよりも増大していることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
本発明は、主に、以下の事項に関する。
[項1]
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種で形質転換され、且つ、有用部分の生産性が高められた、形質転換植物。
[項2]下記(1)〜(3)からなる群より選択される少なくとも1の特徴を有する、項1に記載の形質転換植物:
(1)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量が野生型よりも高い、
(2)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量が野生型よりも高い、並びに、
(3)イソプレンの放出量が野生型よりも多い。
[項3]イソプレン放出量が、野生型の150〜3000%である、項1又は2に記載の形質転換植物。
[項4]
有用部分が、葉、茎、幹、根、果実、花、種子、樹皮及び地下茎からなる群より選択される少なくとも1種、或いは、その一部である、項1〜3のいずれかに記載の形質転換植物。
[項5]さらに、下記(A)〜(G)からなる群より選択される少なくとも1の特徴を有する、項1〜4のいずれかに記載の形質転換植物:
(A)農薬耐性が野生型よりも高い、
(B)重金属耐性が野生型よりも高い、
(C)病害虫耐性が野生型よりも高い、
(D)低温耐性が野生型よりも高い、
(E)塩耐性が野生型よりも高い、
(F)乾燥耐性が野生型よりも高い、及び、
(G)弱光耐性が野生型よりも高い。
[項6]食用、食品又は食品組成物製造用、化粧品製造用、医薬品製造用、工業製品製造用、鑑賞用、森林再生用、砂漠再生用及びファイトリメディエーション用からなる群より選択される少なくとも1種の用途に使用される、項1〜5のいずれかに記載の形質転換植物。
[項7]種子、芽生え、稚苗、中苗、成苗、又は、これらの間の成長過程にある植物体である、項1〜6のいずれかに記載の形質転換植物。
[項8]
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種がホモ接合型で細胞染色体に組み込まれている、項1〜7のいずれかに記載の形質転換植物。
[項9]
(I) (a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入することにより、形質転換体を得る工程を包含する、有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法。
[項10]
さらに、(II)下記の(i)〜(iv)からなる群より選択される少なくとも1を実施する工程:
(i) 有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1が野生型よりも大きい形質転換体を選択すること、
(ii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、
(iii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該mRNAの発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、並びに、
(iv)イソプレン放出量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該イソプレン放出量が野生型よりも多い形質転換体を選択すること、
を包含する、項9に記載の有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法。
[項11]項9又は10に記載の方法により作製された、有用部分の生産性が高められた植物。
[項12]項11に記載の植物の有用部分。
[項13]
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入する工程を包含する、植物の有用部分の生産性を高める方法。
[項14]
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を有する植物発現用プラスミドを備える、有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキット。
[項15]さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドで形質転換されている、項1〜8のいずれかに記載の形質転換植物。
[項16](d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを植物細胞に導入することにより、形質転換体を得る工程をさらに包含する、項9に記載の有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法。
[項17]項16に記載の方法により作製された、有用部分の生産性が高められた植物。
[項18]項17に記載の植物の有用部分。
[項19]さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを植物細胞に導入する工程を包含する、項13に記載の植物の有用部分の生産性を高める方法。
[項20]さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを有する植物発現用プラスミドを備える、項14に記載の有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキット。
[項21]項14に記載の植物発現用プラスミドが、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドをさらに有する、項14に記載の有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキット。
【0006】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0007】
イソプレン(2−メチル−1,3−ブタジエン)は、多くの植物に存在しているテルペン類(イソプレノイド類)の構成単位であり、構造式CH=C(CH)CH=CHで表される共役二重結合をもつ炭化水素である。イソプレンは、多くの植物で放出され、特に、ユーカリやポプラといった広葉樹から多量に放出されることが知られている。イソプレンは、針葉樹や草本でも生産されるが、通常、広葉樹と比べて放出量が少ない。イソプレンの放出量が少ない種としては、例えば、マメ科、イネ科、クマツヅラ科の植物が例示される。
【0008】
イソプレンは、イソプレンの前駆体であるジメチルアリルピロリン酸(DMAPP)が酸化的に脱リン酸されて生成される。この反応を触媒するのがイソプレン合成酵素である。DMAPPは、イソペンテニル二リン酸Δ-イソメラーゼの作用により、イソペンテニルピロリン酸(IPP)が異性化されて生成される。イソペンテニル二リン酸Δ-イソメラーゼによる異性化反応は、DMAPPとIPPとの間で双方向に起こる。すなわち、DMAPPとIPPは、イソペンテニル二リン酸Δ-イソメラーゼにより相互変換されている。IPP/DMAPPを生合成する経路には、従来から知られていた「メバロン酸経路」と未解明な「非メバロン酸経路(1−デオキシキシルロース経路)」の2種類の経路があることが最近の研究によりわかった。メバロン酸経路は、ほとんど全ての生物が備えていると考えられる。メバロン酸経路の律速段階は、ヒドロキシメチルグルタミル補酵素A(HMG−CoA)がメバロン酸に還元される反応であり、これが名称の由来であると考えられる。
【0009】
一方、IPP又はDMAPPから、ゲラニルピロリン酸を経てテルペノイド、ステロイド、カロテノイド、天然ゴムなどが生合成される。
【0010】
即ち、大きく分けて、IPPからDMAPPを経由してイソプレンを合成するパスウエイと、IPP又はDMAPPからゲラニルピロリン酸に行くパスウエイの2つが存在する。前者が律速の場合はイソプレンが多量合成され、大気放出される。後者が律速の場合はイソプレンが生成されないで、他の2次代謝産物が多量合成される。
【0011】
メバロン酸経路の反応は、以下の通りである。
【0012】
【化1】

【0013】
上記反応7により生成されるDMAPPがイソプレン合成酵素により脱リン酸されてイソプレンが生成する。一方、IPP又はDMAPPは、2次代謝を受けて、テルペノイドなどの複雑な化合物を生成する。
【0014】
本発明は、(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種で形質転換され、且つ、有用部分の生産性が高められた、形質転換植物を提供する。
【0015】
(a)イソプレン合成酵素は、DMAPPからイソプレンを合成する反応を触媒する酵素である。
【0016】
イソプレン合成酵素としては、イソプレン合成酵素を生産するあらゆる種に由来するものが挙げられるが、その中でも、例えば、高等植物又はシダ植物に由来のものが好ましく、特に、広葉樹、シダ類、針葉樹等のイソプレンの放出量が多い種に由来するものが好ましい。特に、イソプレンの放出量が多いヤナギ科(例えば、ポプラ)、フトモモ科(例えば、ユーカリ)、ブナ科(例えば、コナラ属クヌギ、コナラ属ナラガシワ)、オシダ科(例えば、オシダ)等が好ましい。一例として、ヤナギ科のポプラ(Populus alba)のイソプレン合成酵素のアミノ酸配列を配列番号4(Genbankアクセッション番号:BAD98243)、及び、マメ科のクズ(Pueraria montana var. lobata)のアミノ酸配列を配列番号10(Genbankアクセッション番号:AAQ84170)に示す。イソプレン合成酵素には、例えば、配列番号4又は10に示されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するイソプレン合成酵素が含まれる。
【0017】
イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドとしては、前記イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドが好適である(ここで、各アミノ酸に対応するコドンは、いかなるものであってもよい)。イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドの一例として、配列番号3にポプラのイソプレン合成酵素遺伝子の塩基配列(Genbankアクセッション番号:AB198180)及び配列番号9にクズのイソプレン合成酵素遺伝子の塩基配列(Genbankアクセッション番号:AY316691)を示す。イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドには、配列番号3又は9に示される塩基配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の同一性を有する塩基配列を有するポリヌクレオチドが含まれる。
【0018】
(b)5-ホスホメバロン酸キナーゼ(EC 2.7.4.2)は、前記反応5(5−ホスホメバロン酸+ATP → 5−ジホスホメバロン酸+ADP)を触媒する酵素である。
【0019】
5-ホスホメバロン酸キナーゼとしては、5-ホスホメバロン酸キナーゼを生産するあらゆる種に由来するものが挙げられるが、その中でも、例えば、酵母、細菌、植物、動物由来のもの、特に、酵母、植物、細菌由来のものを好適に用いることができる。一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)の5-ホスホメバロン酸キナーゼのアミノ酸配列を配列番号6(Genbankのアクセッション番号:AAA34596)に示す。5-ホスホメバロン酸キナーゼには、例えば、配列番号6に示されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有する5-ホスホメバロン酸キナーゼが含まれる。
【0020】
5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドとしては、前記5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドが好適である(ここで、各アミノ酸に対応するコドンは、いかなるものであってもよい)。5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドの一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)の5−ホスホメバロン酸キナーゼ遺伝子の塩基配列を配列番号5(Genbankのアクセッション番号:M63648)に示す。5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチドには、配列番号5に示される塩基配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の同一性を有する塩基配列を有するポリヌクレオチドが含まれる。
【0021】
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.33)は、反応6(5−ジホスホメバロン酸+アデノシン三リン酸 → IPP+二酸化炭素+リン酸+ADP)を触媒する酵素である。
【0022】
ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼとしては、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼを生産するあらゆる種に由来するものが挙げられるが、その中でも、例えば、酵母、細菌、植物、動物由来のもの、特に、酵母、細菌、植物、由来のものを好適に用いることができる。一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼのアミノ酸配列を配列番号8(Genbankのアクセッション番号:CAA66158)に示す。ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼには、例えば、配列番号8に示されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼが含まれる。
【0023】
ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドとしては、前記ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドが好適である(ここで、各アミノ酸に対応するコドンは、いかなるものであってもよい)。ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドの一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の塩基配列を配列番号7(Genbankのアクセッション番号:X97557)に示す。ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドには、配列番号7に示される塩基配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の同一性を有する塩基配列を有するポリヌクレオチドが含まれる。
【0024】
本発明の形質転換植物は、前記(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される少なくとも1種(以下、(a)〜(c)のポリヌクレオチドと称する場合もある)を植物細胞に導入することにより得ることができる。
【0025】
本発明の1つの実施形態に従って、前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドに加え、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを植物細胞に導入してもよい。(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼ(EC 5.3.3.2)は、IPPとDMAPPとの間の異性化反応を双方向に触媒する酵素である。
【0026】
例えば、(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドと共に、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを導入することにより、IPP→DMAPP→イソプレンという一連のパスウエイを促進させることができ、結果的に有用部分の生産性を効率的に高めることができると考えられる。また、例えば、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド及び/又は(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドと共に、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを導入することにより、前記反応5及び/又は反応6→IPP→DMAPPという一連のパスウエイを促進させることができ、延いてはDMAPP→イソプレンの反応を促進させることができ、結果的に有用部分の生産性を効率的に高めることができると考えられる。
【0027】
イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼとしては、イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼを生産するあらゆる種に由来するものが挙げられるが、その中でも、例えば、酵母、細菌、植物、動物由来のもの、特に、酵母、細菌、植物由来のものを好適に用いることができる。一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のイソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼのアミノ酸配列を配列番号12(Genbankのアクセッション番号:AAA34708)に示す。イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼには、例えば、配列番号12に示されるアミノ酸配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するイソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼが含まれる。
【0028】
イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドとしては、前記イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドが好適である(ここで、各アミノ酸に対応するコドンは、いかなるものであってもよい)。イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドの一例として、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のイソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼ遺伝子の塩基配列を配列番号11(Genbankのアクセッション番号:J05090)に示す。イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドには、配列番号11に示される塩基配列と約80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは約90%以上、より好ましくは93%、より好ましくは約96%以上、さらに好ましくは約98%以上の同一性を有する塩基配列を有するポリヌクレオチドが含まれる。
【0029】
なお、(d)のポリヌクレオチドの形質転換、スクリーニング等の各種操作は、以下に記載する(a)〜(c)のポリヌクレオチドと同様の方法により行なうことができる。また、形質転換において、(d)のポリヌクレオチドは、(a)〜(c)のポリヌクレオチドと一緒に発現プラスミドに挿入されて植物細胞に導入されてもよいし、(a)〜(c)のポリヌクレオチドとは別に発現プラスミドに挿入されて植物細胞に導入されてもよい。また、(d)のポリヌクレオチドの導入と(a)〜(c)のポリヌクレオチドの導入の順序は問わない。
【0030】
(a)〜(c)のポリヌクレオチドは、PCR法、LAMP法、EMSA法、自動合成等の常法により入手することができる。
【0031】
例えば、PCR法は、基本的に、鋳型となり得るポリヌクレオチド、フォワードプライマー及びリバースプライマー、DNAポリメラーゼ、dNTP mixture(デオキシヌクレオシド三リン酸の混合物)、及びPCRバッファーを含む一反応液を、温度変化を伴う(1)変性(2)アニーリング(3)伸長の3つのステップに繰り返し供することにより、フォワードプライマー及びリバースプライマーの間に挟まれた特定のポリヌクレオチドを増幅する方法である。例えば、イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチドを増幅する場合、鋳型となり得るポリヌクレオチドとしては、例えば、イソプレン合成酵素遺伝子を発現する生物から作製されたゲノムDNA、ゲノムライブラリー、cDNAライブラリー等を用いることができる。フォワードプライマー及びリバースプライマーは、例えば、イソプレン合成酵素遺伝子の5’末端又はその周辺、及び、3’末端又はその周辺に位置する任意の約10〜30bpのヌクレオチド配列に基づき設計され得、自動合成等の常法により合成することができる。増幅される配列が開始コドンを含んでいない場合、開始コドンをin−frameで含むようフォワードプライマーを設計するか、後述の発現ベクターにin−frameで開始コドンを導入しておく。DNAポリメラーゼとしては、市販の耐熱性ポリメラーゼ、例えば、Pfu(Promega社製)、Taq(TOYOBO社製)、KOD(TOYOBO社製)、Vent(NEB社製)、ExTaq(TaKaRa社製)、PlatinumPfx(invitrogen社製)等を好適に用いることができる。dNTP mixtureとしては、市販されているdATP、dCTP、dGTP及びdTTPの混合物を好適に用いることができる。PCRバッファーは、使用するDNAポリメラーゼ等に応じて適宜選択され、市販品又はDNAポリメラーゼの添付品を好適に用いることができる。PCR反応は、慣用的な手順に従って又はDNAポリメラーゼの指示書に従って行なうことができる。また、当業者であれば、温度、時間、サイクル数、反応組成等のPCR反応条件を適宜変更することができる。
【0032】
前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドは、発現ベクターへ連結された発現プラスミドとして植物細胞に導入されることが望ましい。
【0033】
発現ベクターとしては、宿主において自律複製可能又は染色体中への組み込みが可能で、ポリヌクレオチドの転写を可能にする位置にプロモーターを含有しているものが好適に用いられる。PCRによって増幅されたポリヌクレオチドの5’末端は、直接又は適当な配列(例えば、制限酵素認識部位)を介してin−frameでプロモーターの3’末端へ連結される。発現ベクターは、さらに、植物細胞用エンハンサー(例えば、EL2エンハンサー、CaMV35Sエンハンサー等)、選択マーカー遺伝子、標識タグ等を含有してもよい。終止コドンは、必ずしも必要ではないが、構造遺伝子の直下に配置されることが好ましい。また、アミノ酸配列を参考にして、ポリヌクレオチドをin−frameで発現プロモーター、エンハンサー、開始コドン等と連結することができる。各種塩基配列及びアミノ酸配列は、Genbank、EMBL等の検索システムから入手できる。また、アミノ酸配列は、塩基配列に基づきアミノ酸配列を推定するシステム、N末端分析、C末端分析等の常法によっても決定することができる。
【0034】
プロモーターとしては、宿主の細胞中でイソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び/又はジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼの発現を促進する限りにおいて特に限定されない。高等植物における高発現には、構成的発現プロモーターであるEL2プロモーター、CaMV35Sプロモーター、Cabプロモーター、RuBisCoプロモーター、PR1プロモーター、ユビキチンプロモーター等を用いることができる。また、イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び/又はジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼが植物の特定の器官(例えば、葉、茎、幹、根、果実、花、種子、樹皮及び地下茎からなる群より選択される少なくとも1種)で特異的に発現するプロモーターが用いられてもよい。このようなプロモーターとしては、例えば、葯特異的プロモーターRA8(特表2002−528125号)、花器特異的プロモーターRPC213(国際公開WO99/43818)、葉肉細胞特異的プロモーターrbcS(Plant Physiol. 102,991−1000(1993))等を用いることができるが、これらに限定されない。
【0035】
植物細胞(宿主)は、目的や用途等に応じて適宜選択されるため特に限定されないが、好ましくは高等植物の細胞である。高等植物としては、特に限定されないが、イネ科、マメ科、イモ科、アブラナ科、ラン科、ユリ科、アヤメ科、キク科、ツツジ科、バラ科、マツ科、クスノキ科、クルミ科、ヤナギ科、クマツヅラ科等の植物が挙げられる。高等植物の具体例としては、イネ、アワ、ヒエ、キビ、サトウキビ、モロコシ、トウモロコシ、ソバ、コムギ、オオムギ、ライムギ、ライコムギ、カラスムギ、ハトムギ、ダッタンソバ、コウリャン等の穀類;ダイズ、アズキ、エンドウマメ、ソラマメ、インゲンマメ、アルファルファ、ラッカセイ、クルミ、アーモンド、ケシ、コーヒー、ピスタチオ、マカデミア等の豆類又はナッツ類;サツマイモ、ジャガイモ、ヤマイモ、サトイモ、キャッサバ、ナガイモ、タロイモ等のイモ類;ゴマ、ナタネ、ベニバナ、ヒマワリ、ココナッツ、ヤシ、オリーブ、綿実、カカオ、サフラワー、アボガド等の油脂植物;ニンジン、ダイコン、カブ、ラディッシュ、レンコン、ゴボウ、タマネギ、ネギ、セロリ、ニラ、ミツバ、シュンギク、チンゲンサイ、ハクサイ、ホウレンソウ、ミズナ、パセリ、レタス、キャベツ、ブロッコリー、アスパラガス、カリフラワー、ピーマン、シシトウ、キュウリ、ウリ、ゴーヤ、ズッキーニ、スイカ、トマト、カボチャ、ナス、ショウガ、ミョウガ、ニンニク、ラッキョウ、コマツナ等の野菜類;オレンジ、グレープフルーツ、レモン、ブドウ、マスカット、モモ、スモモ、アンズ、リンゴ、ナシ、カキ、ウメ、イチジク、ザクロ、イチゴ、メロン、パイナップル、マンゴー、マンゴスチン、パパイヤ、アセロラ、キウイ、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリー、サクランボ等の果実類;スギ、ヒノキ、マツ、ヤナギ、キリ、カエデ、ポプラ、オーク、ニレ、ペカン、チーク、サクラ、ウメ、モミジ等の樹木類;シロイヌナズナ、バラ、カーネーション、チューリップ、トルコギキョウ、リンドウ、ペチュニア、カスミソウ、ナデシコ、ユリ、スミレ、パンジー、ラベンダー、ガーベラ、コスモス、キク、ゼラニウム、ツルウリクサ、ベゴニア、シクラメン、ニーレンベルギア、ニチニチソウ、テンジクアオイ、ラン、ヒマワリ、アイビー、アジアンタム、アレカヤシ、インドゴム、オリヅルラン、サンセベリア、シェフレラ、スパティフィラム、ドラセナ、ネオレゲリア、パキラ、ベンジャミン、ポトス、モンステラ、ポインセチア、アネモネ、キキョウ等の草木類が挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
植物細胞は、もともと、イソプレン合成酵素遺伝子、5−ホスホメバロン酸キナーゼ遺伝子、及び/又は、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ遺伝子を有していなくてもよいし、有していてもよい。これらの遺伝子の存在量がもともと少ない又は無い種を、本発明に従って前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドで形質転換することによって、有用部分の生産性の顕著な増大を達成し得る。イソプレン合成酵素遺伝子、5−ホスホメバロン酸キナーゼ遺伝子、及び/又は、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ遺伝子の存在量がもともと少ない又は無い種としては、例えば、マメ科、イネ科、クマツヅラ科、アブラナ科、クワ科、キク科、モクセイ科等が考えられる。
【0037】
植物細胞は、前記(a)〜(c)のポリヌクレオチド以外のポリヌクレオチドを導入された植物細胞、交雑により改変された植物細胞等の改変された植物細胞であってもよい。このように改変された植物細胞を用いることにより、本発明の形質転換植物にさらに有利な性質を付与することができる。
【0038】
植物細胞への前記(a)〜(c)のポリヌクレオチド又はそれを含む発現プラスミドの導入方法としては、常法、例えば、酢酸リチウム法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、遺伝子銃(パーティクルガン)法、リン酸カルシウム法、プロトプラスト法、又は、Gene,17,107(1982)、Molecular & General Genetics,168,111(1979)及びMolecular Cloning 2nd ed.(Sambrook,J., Fritsch,E.F., Maniatis,T. Cold Spring Harvor Laboratory Press 1989)、Plant Molecular Biology Manual (Stanton B. Gelvin and Robert A. Schilperoort. Kluwer Academic Publishers 1988)等の文献(これらは、本書においてその全体が援用される)に記載の方法を好適に用いることができる。さらに、通常、発現プラスミドが導入されている個体を選択する。発現プラスミドが導入されている個体の選択は、常法、例えば、薬物含有培地による選択、ホルモン含有培地による選択、栄養要求性による選択により行なうことができる。さらに、ゲノムPCR、RT−PCR、ノザンハイブリダイゼーション、ウェスタン解析等の常法を用いて、植物細胞染色体への上記(a)〜(c)のポリヌクレオチドの組み込み、イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ又はジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼのmRNA又はタンパク質の発現等を確認することができる。このようにして、前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞を得ることができる。
【0039】
さらに、必要に応じて、前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドが導入された形質転換細胞を分化・生長させることにより、形質転換植物を得ることができる。例えば、植物ホルモンを含有した培地に植物細胞を移すことで、植物細胞から植物に分化・生長させることができる。分化・生長の方法については、本書においてその全体が援用される「Growth & Differentiation in Plants,3rd Edition by P.F.Wareing & I.D.J.Phillips, 1981,ISBN 4−7622−6365−6 [83.5刊](植物の成長と分化(上)P.F.ウェアリング・I.D.J.フィリップス 著/古谷雅樹 監訳)」及び「Growth & Differentiation in Plants,3rd Edition by P.F.Wareing & I.D.J.Phillips, 1981,ISBN 4−7622−7366−X [83.11刊](植物の成長と分化(下)、P.F.ウェアリング・I.D.J.フィリップス 著/古谷雅樹 監訳)」を参考にすることができる。
【0040】
さらに、このようにして得られた形質転換体について、スクリーニングを行なってもよい。
【0041】
スクリーニングは、例えば、下記(i)〜(iv)からなる群より選択される少なくとも1を実施することにより行なわれる:
(i) 有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1について、得られた形質転換体と野生型とを比較し、該有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1が野生型よりも大きい形質転換体を選択すること、
(ii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量について、得られた形質転換体と野生型とを比較し、該発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、
(iii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量について、得られた形質転換体と野生型とを比較し、該mRNAの発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、並びに、
(iv)イソプレン放出量について、得られた形質転換体と野生型とを比較し、該イソプレン放出量が野生型よりも多い形質転換体を選択すること。
【0042】
「形質転換」とは、一般的に、ある細胞から単離したDNAが他の細胞に取り込まれ、細胞染色体と組換えを起こす遺伝現象をいうが(東京化学同人 生化学辞典 第2版、416〜417ページ)、現在では、プラスミドやそれに結合した遺伝子なども含めてDNA分子を直接細胞に導入することを意味する(岩波 生物学辞典 第4版、380ページ〜381ページ)。本書において、形質転換とは、ポリヌクレオチド(例えば、DNA、mRNA)を細胞に導入することを意味し、このときポリヌクレオチドが細胞染色体との組換えを起こしてもよいし起こさなくてもよい。表現型及び遺伝型を安定して発現させるには、オリゴヌクレオチドが細胞染色体との組換えを起こすことが望ましく、さらに、その細胞染色体との組換えがホモ接合型であることが望ましい。
【0043】
「植物」には、あらゆる生長過程の植物体が含まれ、例えば、種子、芽生え、稚苗、中苗、成苗、結実、又は、これらの間の成長過程にある植物体が含まれる。また「植物」には、特に言及されない限り、植物体の部分も含まれ、例えば、根、シュート、葉、茎、幹、果実、花、種子、樹皮及び地下茎も含まれる。「細胞」には、細胞(例えば、培養細胞)、細胞の集合体(例えば、カルス、組織切片、不定胚)、植物体における個々の細胞が含まれる。
【0044】
「形質転換体」には、形質転換細胞及び形質転換植物が含まれる。「形質転換体」には、前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドを植物細胞に導入することにより得られたT世代の形質転換体だけでなく、その子孫(T世代、T世代、及び、それ以降の世代)も含まれる。形質転換体は、その子孫が表現型及び遺伝型を安定して発現できるよう、ホモ接合型で細胞染色体に前記(a)〜(c)のポリヌクレオチドを有することが望ましい。
【0045】
このように得られた本発明の形質転換植物は、有用部分の生産性が高められている。
【0046】
有用部分とは、目的や用途等に応じて異なるため特に限定されず、植物のあらゆる器官が含まれるが、例えば、葉、茎、幹、根、果実、花、種子、樹皮及び地下茎からなる群より選択される少なくとも1種、或いは、その一部である。植物の種類によって器官の名称が異なる場合があるが、このような異なる名称の器官は、葉、茎、幹、根、果実、花、種子、樹皮及び地下茎等の一般的な名称で称される器官に相当すると理解されるべきである。例えば、イネ科の場合、穎果や穀果が果実に相当し、マメ科の場合、豆果が果実に相当すると理解される。
【0047】
茎には、地上茎、地下茎、根茎、塊茎、花軸等が含まれる。
【0048】
根には、多肉根、毛状根、支柱根等が含まれる。
【0049】
果実には、果実を構成している花部器官の発生的由来を問わず、子房が発達した真果、及び、子房以外の器官から発達した組織を含む偽果も果実に含まれる。
【0050】
果実の一部には、子房、果托、がく、総包、子房壁、外果皮、中果皮、内果皮、ナシ状果及びウリ状果等が含まれる。また、果実には果穎も含まれる。
【0051】
花の一部には、花被、花冠、花弁、がく、総包、花柄、おしべ、めしべ、花粉、胚珠及び副冠等が含まれる。
【0052】
植物の器官の名称については、例えば、原色牧野日本植物図鑑I(平成11年9月6日発行、発行所 株式会社北隆館、著者 牧野富太郎)及び原色牧野日本植物図鑑II(平成12年5月10日発行、発行所 株式会社北隆館、著者 牧野富太郎)を参照することができる。
【0053】
有用部分の生産性が高められるとは、有用部分又はその一部の重量(フレッシュ重量、乾燥重量)、表面積、体積、数、大きさ、長さ、幅等が増大することを意味する。有用部分の生産性が高まるとは、例えば、下記の群より選択される少なくとも1の事項を意味する:(1)全体の重量が増大する、(2)地上部の重量が増大する、(3)葉の重量が増大する、(4)葉の数が増大する、(5)葉の大きさ(長さ又は幅)が増大する、(6)葉の肉厚が増大する、(7)茎又は幹の重量が増大する、(8)茎又は幹の太さが増大する、(9)茎又は幹の丈が増大する、(10)根の重量が増大する、(11)根の長さが増大する、(12)果実の重量が増大する、(13)果実の数が増大する、(14)果肉の重量が増大する(15)花の重量が増大する、(16)花の数が増大する、(17)花弁の重量が増大する、(18)花弁の数が増大する、(19)花弁の大きさが増大する、(20)花弁の肉厚が増大する、(21)種子の重量が増大する、(22)種子の数が増大する、(23)樹皮の重量が増大する、(24)樹皮の厚みが増大する。
【0054】
本発明のイソプレン合成酵素形質転換植物は、例えば、下記の群より選択される少なくとも1の特徴を有する:(1)全体の重量が野生型の200%以上、好ましくは250%以上である、(2)地上部の重量が野生型の200%以上、好ましくは250%以上である、(3)葉の重量が野生型の200%以上、好ましくは250%以上である、(4)葉の数が野生型の130%以上、好ましくは150%以上である、(5)葉の大きさ(長さ又は幅)が野生型の130%以上、好ましくは150%以上である、(6)葉の肉厚が野生型の130%以上、好ましくは150%以上である、(7)茎又は幹の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(8)茎又は幹の太さ(直径又は周径)が野生型の150%以上、好ましくは200%以上である、(9)茎又は幹の丈が野生型の150%以上、好ましくは200%以上である、(10)根の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(11)根の長さが野生型の150%以上、好ましくは200%以上である、(12)果実の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(13)果実の数が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(14)果肉の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(15)花の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(16)花の数が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(17)花弁の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(18)花弁の数が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(19)花弁の大きさ(周径)が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(20)花弁の肉厚が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(21)種子の重量が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である、(21)種子の数が野生型の200%以上、好ましくは300%以上である。
【0055】
ここで、本書において野生型とは、(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドからなる群より選択される少なくとも1種で形質転換されていない植物体又は植物細胞を意味する。
【0056】
有用部分の生産性の増大には、細胞数の増大又は細胞サイズの増大のいずれか、或いは、細胞数の増大及び細胞サイズの増大の両方が寄与している。それゆえ、本発明の形質転換植物における細胞数は、例えば、野生型の130%、好ましくは200%以上、より好ましくは300%以上となり得る、或いは/並びに、本発明の形質転換植物における個々の細胞の大きさは、例えば、野生型の130%、好ましくは200%以上、より好ましくは300%以上となり得る。
【0057】
本発明の形質転換植物は、そのイソプレン放出量が、例えば、野生型の約150〜3000%、好ましくは約200〜2000%、好ましくは約300〜1500%、より好ましくは約500〜1000%であり得る。このような量のイソプレンを放出する形質転換植物は、有用部分の生産性が高く、各種用途に好適に用いることができる。
【0058】
本発明の形質転換植物は、さらに、下記(A)〜(G)の群より選択される少なくとも1の特徴を有し得る:
(A)農薬耐性が野生型よりも高い、
(B)重金属耐性が野生型よりも高い、
(C)病害虫耐性が野生型よりも高い、
(D)低温耐性が野生型よりも高い、
(E)塩耐性が野生型よりも高い、
(F)乾燥耐性が野生型よりも高い、及び、
(G)弱光耐性が野生型よりも高い。
【0059】
例えば、有用部分の生産性の増大に伴い植物の樹皮や果皮が厚くなることにより、あるいは、イソプレン合成に至る経路におけるホルモン等の様々な物質の量が変化することにより、上記(A)〜(G)の耐性が付与されることが考えられる。
【0060】
(A)農薬耐性が野生型よりも高い植物又は(B)重金属耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、農薬又は重金属汚染土壌のファイトリメディエーション用植物として適している。(C)病害虫耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、熱帯又は温帯地域での栽培用植物として適している。(D)低温耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、寒冷地域での栽培用植物として適している。(E)塩耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、塩害地域又は海岸周辺地域での栽培用植物、塩水栽培用植物として適している。(F)乾燥耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、砂漠再生用植物、乾燥地域での栽培用植物、観葉植物として適している。(G)弱光耐性が野生型よりも高い形質転換植物は、例えば、日照時間が少ない地域での栽培用植物、観葉植物として適している。
【0061】
もちろん、上記(A)〜(G)の耐性を有さない形質転換植物も、本発明の形質転換植物に含まれる。
【0062】
本発明の形質転換植物は、食用、食品又は食品組成物製造用、化粧品製造用、医薬品製造用、工業製品製造用、鑑賞用、森林再生用、砂漠再生用及びファイトリメディエ−ション用からなる群より選択される少なくとも1種の用途に使用され得る。
【0063】
食用の形質転換植物は、通常、そのまま又は加工され、ヒトを含む動物に摂取される。植物の種類は、摂食可能な部分を含む食用種である限りにおいて特に限定されない。
【0064】
食品又は食品組成物製造用の形質転換植物は、通常、そのまま又は加工され、或いは、特定の成分だけ抽出され、食品又は食品組成物に添加される。植物の種類は、摂食可能な部分を含む食用種である限りにおいて特に限定されない。また食品又は食品組成物には、ペットフード、家畜用飼料等のヒト以外の動物の食物も含まれる。
【0065】
化粧品製造用の形質転換植物は、通常、特定の成分又はエキスだけを抽出され、化粧品に添加される。化粧品には、スキンケア製品、ネイルケア製品、ヘアケア製品等が含まれる。特定の成分又はエキスとしては、美白成分、保湿成分、抗酸化成分、鎮静成分等として、ビタミン類、アミノ酸、ヒアルロン酸、コラーゲン、イソフラボン、ハーブエキス等が例示されるが、これらに限定されない。植物の種類としては、所望の成分又はエキスに応じて異なり、特に限定されない。
【0066】
医薬品製造用の形質転換植物は、通常、特定の成分又はエキスだけを抽出され、医薬品に添加される。医薬品の有効成分のみならず、清涼剤、結合剤、甘味料、崩壊剤、滑沢剤、着色料、香料、安定化剤、防腐剤、徐放調整剤、界面活性剤、溶解剤、湿潤剤、栄養補助成分等として添加されてもよい。植物の種類としては、特定の成分又はエキスに応じて異なり、特に限定されない。
【0067】
工業製品製造用の形質転換植物は、通常、そのまま又は加工され、或いは、特定の成分だけ抽出され、工業製品の原料又は部材として使用される。例えば、樹木を加工し、建築物、家具、工芸品、割り箸等の原料又は部材として使用することができる。例えば、ジャガイモ、サツマイモ、キャッサバ等のイモ類、又は、イネ、コムギ、トウモロコシ等の穀類からデンプンを抽出し、各種工業製品の原料として使用することができる。また、例えば、樹木又は草本から、セルロース、ゴム、樹脂等を抽出し、輸送用機器、電気製品、繊維製品等の原料として使用することができる。サトウキビ、カンショ、オオムギ、トウモロコシ等の穀類、又は、ジャガイモ、サツマイモ等のイモ類のグルコース等を発酵させてエタノールを製造し、化学薬品の原料、消毒薬、燃料等として使用することができる。植物の種類は、目的や用途等に応じて異なるため、特に限定されない。
【0068】
鑑賞用の形質転換植物は、通常、そのまま又は鑑賞に適した形状にアレンジされて流通され、主に、家庭、店舗、オフィス等で鑑賞に供される。植物の種類としては、例えば、熱帯、亜熱帯又は乾燥帯原産の観葉植物、花又は果実を実らせる植物等が好ましいが、これらに限定されない。観葉植物としては、前述の草本類を好適に例示できる。
【0069】
森林再生用の形質転換植物は、通常、種子〜中苗の成長段階で森林再生が所望される土地に植林される。植物の種類としては、森林再生が所望される土地の気象条件で生育可能な種類が望ましく、特に限定されない。また、農地開拓等の行為により森林が破壊された場合には、元の森林に戻すよう、森林が破壊される以前と同種の種類を選択することが望ましいが、酸性雨等の環境の変化により森林が破壊された場合には、変化した後の環境でも生育可能な種類を選択することが望ましい。
【0070】
本発明は、また、工程(I)(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入することにより、形質転換体を得る工程を包含する、有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法を提供する。該方法は、さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを植物細胞に導入することにより、形質転換体を得る工程を包含してもよい。該方法は、必要に応じて、所望の生長段階の植物体に生長させる工程をさらに包含してもよい。生長の方法は、前述の通りである。また、該方法は、更に、(II)下記の(i)〜(iv)からなる群より選択される少なくとも1を実施する工程を含んでもよい:
(i) 有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1が野生型よりも大きい形質転換体を選択すること、
(ii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、
(iii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該mRNAの発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、並びに、
(iv)イソプレン放出量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該イソプレン放出量が野生型よりも多い形質転換体を選択すること。
【0071】
(i)は、直接的に有用部分の生産性を比較しているため、確実性が高い方法である。後述の実施例において、イソプレン合成酵素mRNAの発現量又はタンパク量が野生型よりも高く、イソプレン放出量が野生型よりも高い形質転換植物体で有用部分の生産性の顕著な増大が確認されたことから、(ii)〜(iv)も、有用部分の生産性が高められた個体の選択の方法として好適である。(ii)及び(iii)は、慣例的な方法によって実施できる点、形質転換体が有用部分を生じる段階まで成長していなくても実施できる点などにおいても有利である。
【0072】
本発明は、前記有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法により得られた有用部分の生産性が高められた植物、及び、その有用部分も提供する。有用部分の生産性が高められた植物及びその有用部分については、前述の通りである。
【0073】
本発明は、また、(I)(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入する工程を包含する、植物の有用部分の生産性を高める方法を提供する。該方法は、さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを植物細胞に導入する工程を包含してもよい。
【0074】
本発明は、また、(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種を有する植物発現用プラスミドを備える、有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキットを提供する。植物用発現プラスミドとしては、前述のものを使用することができる。ここで、植物発現用プラスミドとは、植物においてイソプレン合成酵素を発現できる限りにおいて特に限定されず、植物以外の生物(例えば、微生物、動物)においてイソプレン合成酵素を発現するか否かは問わない。該キットにおける植物発現プラスミドは、さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを有してもよい。あるいは、前記キットは、さらに、(d)イソペンテニル二リン酸Δ−イソメラーゼをコードするポリヌクレオチドを有する植物発現用プラスミドを備えてもよい。
【0075】
本書における各操作については、本書においてその全体が援用されるMolecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed.,(Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989)を参照することができる。各操作は、適宜、改変又は省略されてもよいし、必要な操作が追加されてもよい。
【0076】
本書において、種々の反応、現象、代謝経路等に関する説明がなされているが、これらの説明は他の可能性を排除するものではない。本発明は、理論に拘束されるものではない。
【0077】
また、当業者は、本発明の精神を逸脱しない範囲で種々の改変をなし得るであろう。
【発明の効果】
【0078】
本発明によって、有用部分の生産性が高められた形質転換植物、及び、その作製方法が提供された。さらに、本発明によって、有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法、該方法により有用部分の生産性が高められた植物、及び、該植物の有用部分も提供された。さらに、本発明によって、植物の有用部分の生産性を高める方法、及び、有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキットも提供された。
【0079】
本発明によって、(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、からなる群より選択される少なくとも1種で形質転換することにより得られた形質転換体は、その有用部分の生産性が野生型と比べて有意に高められている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0080】
以下、本発明の実施例を示す。これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0081】
植物材料及び生育条件
ポプラ(Populus alba)は、Murashige−Skoog(MS)(sucrose3%,イノシトール0.01%,インドール酪酸 終濃度4μM,pH5.6−5.8)1%寒天培地で継代培養を行い、約2ヶ月に一度、植え継ぎを行った。培養条件は25℃、長日条件(16時間明期(120μmolm−2−1)、8時間暗期)であった。培地の量は、カルチャーフラスコ(900ml)1個につき100mlとした。植え継ぎの際には、側芽を2、3個含むように切り取った茎部分を新しい培地に移植した。
【0082】
シロイヌナズナ(ecotype Col−0)の植物体は、土壌条件の場合、21℃、長日条件下(16時間明期(120μmolm−2−1)、8時間暗期)に設定した人工気象器内で生育させた。無菌条件で生育させる場合には、種子の表面を種子滅菌液(30%[v/v]sodium hypochloride,0.02% Triton X−100)で20分間滅菌した後、滅菌水で4回洗浄し、その種子を1/2MS(0.5%sucrose,pH5.8,0.8%agar)培地に播種した。
【0083】
Populus albaからのtotal RNAの抽出
Total RNAの抽出は、RNeasy Plant Mini Kit(Qiagen,Valencia,CA,USA)のプロトコールに従って行った。試料はP.alba(約5cm草丈)緑葉130mgをサンプリングし、液体窒素で凍結したものを用いた。
【0084】
P.alba total RNAを用いた逆転写反応
Total RNA 2.4μgをSuperScript III RNase Hreverse transcriptase Kit(Invitrogen,Carlsbad,CA,USA)を用いて逆転写反応に供した。
【0085】
Total RNA(2.4μg)12μl(RNase free水でメスアップ)
50μM oligo(dT)20 1μl
10mM dNTP Mix 1μl
14μl

上記の反応液を65℃で5分間加熱後、氷上に移し、5 x First−Strand Buffer 4μl,0.1M DTT1μl,RNaseOUTTM RNase inhibitor 1μl,SuperScriptTM III reverse transcriptase 1μlを加え50℃で60分間インキュベートして逆転写反応を行った。その際、反応液をまず湯浴にて一気に温め、反応液の蒸発を防ぐためにエアインキュベーターに移し、反応を行った。その後ヒートブロック(70℃)で15分間加熱し酵素を失活させた。室温に戻した後、反応液にRNase H 1μlを加え、37℃で20分間インキュベートしてテンプレートのRNAを分解した。この逆転写反応産物をテンプレートとしてポジティブコントロールであるβ−actin(ベータ−アクチン)が増幅することを確認した。
【0086】
RT−PCRによるP.alba イソプレン合成酵素(PaIspS)遺伝子の単離
Hybrid poplar(P.tremula x P.alba)イソプレン合成酵素遺伝子の配列を基に設計したプライマーペア(Fw.1,Rv.1)を用いて、上記逆転写産物をテンプレートとして、KOD−Plus−DNA polymerase(TOYOBO,Osaka,Japan)によりRT−PCRを行った。
【0087】

Fw.1: 5’- ggggacaagtttgtacaaaaaagcaggcttcatggcaactgaattattgtgcttgc -3’
(配列番号1)
Rv.1: 5’- ggggaccactttgtacaagaaagctgggtcttatctctcaaagggtagaataggctctg -3’
(配列番号2)
(アンダーラインの配列はサブクローニングのためのGATEWAY systemのattBサイトの配列)

10 x KOD plus buffer 5μl
2mM dNTP 5μl
25mM MgSO 2μl
50μM プライマー(Fw.1、Rv.1) 各1μlずつ
RTproduct 1μl
1U/μlKOD−Plus−DNA polymerase 1μl
Oで50μlまでメスアップ

PCR program
#1:95℃ 4min
#2:95℃ 1min
53℃ 30sec
68℃ 2min
(30cycles)
#3:68℃ 5min
#4:4℃ ∞

アガロース電気泳動により目的の大きさのバンドが増幅したことを確認した後、GATEWAYTMsystem(Invitrogen)を用いてBPrecombinationにより、pDONR221にサブクローニングした後、シーケンスにより配列を確認した。得られたコンストラクトをpDONR221−PaIspSとした。
【0088】
PaIspS構成的発現用コンストラクトの作製
pDONR221−PaIspSをentry vectorとし、植物における構成的発現用のbinary destination vectorであるpGWB2にGATEWAYTMsystemを用いて、PaIspS全長cDNAを移しかえた。得られたコンストラクトをpGWB2−PaIspSとした。このコンストラクトをエレクトロポレーション(GIBCO(Invitogen),Carlsbad,CA,USA)によりAgrobacterium tumefaciens GV3101(pMP90)に導入した。
【0089】
花序浸透法によるシロイヌナズナの形質転換
(1)植物体の準備
播種から約1ヶ月後、一次花序が数cmになった個体の一次花序を切り取り、二次花序を誘導した。一次花序を切り取ってから、約1週間後の個体を形質転換に用いた。
(2)アグロバクテリウム懸濁液の調製
pGWB2−PaIspSを有するAgrobacterium tumefaciens GV3101(pMP90)を抗生物質を含むLB培地に植菌し、25℃、200rpmでOD600が1.2から1.5になるまで培養した。培養液を4800rpmで20分間遠心し、上清を取り除き、OD600が0.8程度になるように5%sucrose水溶液を加え、菌体を懸濁し、この溶液にsilwet L−77(日本ユニカー)を終濃度0.05%となるように加えた。
(3)形質転換
植物体を逆さにして、アグロバクテリウム懸濁液に約10秒間浸けた後、シロイヌナズナ野生株(Col−0)を横向きに倒し、10分間程乾燥させた。この植物体を2Lのコニカルビーカーに入れラップでふたをして湿度の高い状態に保ち、人工気象器に移して1日置いた。植物体を容器から出し、水を与えて2週間ほど生育させた後、乾燥させて、種を収穫した。
【0090】
形質転換体の選抜
(1)T種子の選抜
形質転換により得られた種子を1/2MS(0.5%sucrose,pH5.8,0.8%agar,50μg/mlカナマイシン,0.05%PPM)プレートに約2000個播種し、2晩低温処理後、人工気象器で生育させた。カナマイシン耐性の29個体を土に移植し、ロゼット葉が8枚以上になったらそのうち1枚をサンプリングし、ゲノムPCRによりT−DNAの確認を行った。
(2)T個体の選抜
導入したPaIspS遺伝子の発現を確認するため、T世代のseedlingを用いてnorthern解析を行うこととした。サンプルには播種後2週間のT世代seedlingを用いた。total RNAを抽出し、7.5μg相当のtotal RNAサンプルをHybondN+にトランスファーし、ハイブリダイゼーションを行った。メンブレンを2 x SSC/0.1%SDS中で室温15分間振とうさせた。洗浄液を捨て、あらかじめ60℃に温めた2 x SSC/0.1%SDS中で、60℃で15分振とうさせた。さらに洗浄液を捨て、0.2 x SSC/0.1%SDS中で、60℃で20分間振とうさせた。この洗浄後、ラップに包んだメンブレンをBASイメージングプレート及びX線フィルムに感光させて(2時間及び24時間)、シグナルを検出した。
【0091】
上記のように、Populus albaの実生からtotal RNAを抽出し、RT−PCRによりPaIspS候補遺伝子の全長cDNAを得た。このcDNAを大腸菌発現系を用いて発現させ、種々のプレニル二リン酸を基質として酵素活性を測定した。ここで、酵素活性の測定は、種々のプレニル二リン酸を含有した大腸菌用培地に、PaIspS候補遺伝子の全長cDNAを導入した大腸菌を加えて培養し、この培養液のヘッドスペースを試料としてGCによりイソプレンの濃度を測定した。得られた生成物をイソプレンと同定し、本cDNAがイソプレン合成酵素をコードすることを確認した(cDNAの1次スクリーニング)。
【0092】
大腸菌を使って1次スクリーニングを行ったcDNAを、Agrobacterium法でシロイヌナズナに導入し、Northern解析によるPaIspS遺伝子の発現及びイソプレン放出の確認(Fig.1a,b)により2次スクリーニングを行った。
【0093】
播種後約4週間のシロイヌナズナにおいて、通常生育条件下での表現型解析を行った。その結果、高発現植物体の方が野生株と比較して葉の大きさや数が増大している傾向が見られた(Fig.2a)。実際に測定した結果、イソプレン合成酵素高発現植物体のロゼット葉の数は、野生株よりも平均で1.3〜1.5倍増大していた(Fig.2b)。さらに葉の大きさも長さ、幅ともに高発現植物体の方が野生株よりも1.3〜1.4倍増大していた(Fig.2c,d)。その結果、植物体のロゼット葉の新鮮重の総量は、高発現植物体の方が1.9〜2.2倍増大していた(Fig.2e)。花茎の出る時期に差は見られなかった。
【0094】
ロゼット葉の数や大きさには、細胞数の増大又は細胞サイズの増大のいずれか、或いは、細胞数の増大と細胞サイズの増大の両方が寄与していると考えられる。
【0095】
そこで、高発現植物体でロゼット葉の大きさや数が増大している原因を調べるために、ロゼット葉の表皮細胞の大きさを検定した。検定には、発芽後直後のロゼット葉と、播種後約4週間のロゼット葉を用いた。
【0096】
発芽後直後のロゼット葉の表皮細胞の大きさを検定した。同じ大きさの葉を比較した場合、高発現植物体の方が野生株よりも細胞のサイズは小さく、数が多いことが分かった。このことから、同じ大きさの葉の中にある細胞数は高発現植物体の方が多いことがわかり、この細胞数の増大が最終的にはロゼット葉の大きさや数の増大に繋がっている可能性が示唆された。細胞数が増大していることに対しては、細胞分裂の速度が高まっている可能性も示唆される。
【0097】
一方、播種後約4週間のロゼット葉の表皮細胞の大きさを検定した。同じ面積の葉を比較した場合、高発現植物体の方が野生株よりも細胞のサイズは大きく、数が少ないことが分かった。このことから、同じ面積の葉の中にある細胞数は高発現植物体の方が少ないことがわかり、この細胞サイズの増大が最終的にはロゼット葉の大きさや数の増大に繋がっている可能性が示唆された。細胞サイズが増大していることに対しては、細胞の肥大化が高まっている可能性も示唆される。
【0098】
このように発芽後直後のロゼット葉では細胞数の増大が確認されたのに対し、播種後約4週間のロゼット葉では細胞サイズの増大が確認された。
【0099】
このような現象が起こる理由としては、イソプレンがIPPやDMAPPから生合成されることに関係している可能性が考えられる。すなわち、DMAPPやIPPから生合成される様々な植物ホルモン、例えばジベレリンやサイトカイニン、ブラシノステロイド等のバランスが改変され、細胞分裂、肥大化等に影響を及ぼしたという可能性がある。つまり、イソプレン自身が細胞数や細胞サイズに直接影響を及ぼしたのではなく、間接的な原因であるという可能性である。また、今までに報告はないがイソプレン自身が何かのシグナルとなり、細胞分裂や肥大化を促進したりする可能性も考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
近年、農業人口の減少、農地の減少、人口増加等による食糧不足の問題が深刻化している。本発明によれば、植物の食用部分の収量を高めることができ、食糧を効率的に生産することができるため、食糧不足の問題を改善することができる。
【0101】
また、近年、天然資源の枯渇の問題が深刻化している。本発明によれば、工業製品や燃料の原料を多量に含む有用部分の収量を高めることができ、工業製品や燃料(例えば、石油代替燃料として利用可能なバイオマスエタノール)を植物から効率的に製造することができるため、天然資源の枯渇の問題を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】図1aは、PalsPsmRNAの発現量を示したものである。ノザン解析により*印が高発現株であると判断出来る。図1bは、PalsPs高発現シロイヌナズナのイソプレン放出量を示したものである。PalsPs高発現シロイヌナズナのイソプレン放出量は、個体によって異なるが、いずれも野生型よりも多い傾向を示した。イソプレン放出量は、約200〜1000%であった。
【図2】図2aはロゼット葉の写真である。明らかにPalsPs高発現シロイヌナズナ株で野生株より葉の数・長さ・面積が増大していることがわかる。図2bはロゼット葉の枚数を示したものである。PalsPs高発現シロイヌナズナ株で野生株より葉の枚数が増大していることがわかる。図2cはロゼット葉の長さを示したものである。PalsPs高発現シロイヌナズナ株で野生株より葉の長さが増大していることがわかる。図2dはロゼット葉の幅を示したものである。PalsPs高発現シロイヌナズナ株で野生株より葉の大きさが増大していることがわかる。図2eはロゼット葉の新鮮重量を示したものである。PalsPs高発現シロイヌナズナ株で野生株より葉の新鮮重量が増大していることがわかる。
【配列表フリーテキスト】
【0103】
配列番号1はプライマーである。
配列番号2はプライマーである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種で形質転換され、且つ、有用部分の生産性が高められた、形質転換植物。
【請求項2】
下記(1)〜(3)からなる群より選択される少なくとも1の特徴を有する、請求項1に記載の形質転換植物:
(1)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量が野生型よりも高い、
(2)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量が野生型よりも高い、並びに、
(3)イソプレンの放出量が野生型よりも多い。
【請求項3】
イソプレン放出量が、野生型の150〜3000%である、請求項1又は2に記載の形質転換植物。
【請求項4】
有用部分が、葉、茎、幹、根、果実、花、種子、樹皮及び地下茎からなる群より選択される少なくとも1種、或いは、その一部である、請求項1〜3のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項5】
さらに、下記(A)〜(G)からなる群より選択される少なくとも1の特徴を有する、請求項1〜4のいずれかに記載の形質転換植物:
(A)農薬耐性が野生型よりも高い、
(B)重金属耐性が野生型よりも高い、
(C)病害虫耐性が野生型よりも高い、
(D)低温耐性が野生型よりも高い、
(E)塩耐性が野生型よりも高い、
(F)乾燥耐性が野生型よりも高い、及び、
(G)弱光耐性が野生型よりも高い。
【請求項6】
食用、食品又は食品組成物製造用、化粧品製造用、医薬品製造用、工業製品製造用、鑑賞用、森林再生用、砂漠再生用及びファイトリメディエーション用からなる群より選択される少なくとも1種の用途に使用される、請求項1〜5のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項7】
種子、芽生え、稚苗、中苗、成苗、又は、これらの間の成長過程にある植物体である、請求項1〜6のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項8】
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種がホモ接合型で細胞染色体に組み込まれている、請求項1〜7のいずれかに記載の形質転換植物。
【請求項9】
(I) (a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入することにより、形質転換体を得る工程を包含する、有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法。
【請求項10】
さらに、(II)下記の(i)〜(iv)からなる群より選択される少なくとも1を実施する工程:
(i) 有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該有用部分の重量、大きさ及び数の少なくとも1が野生型よりも大きい形質転換体を選択すること、
(ii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種の発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、
(iii)イソプレン合成酵素、5−ホスホメバロン酸キナーゼ、及び、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼからなる群より選択される少なくとも1種のmRNAの発現量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該mRNAの発現量が野生型よりも高い形質転換体を選択すること、並びに、
(iv)イソプレン放出量について、前記工程(I)で得られた形質転換体と野生型とを比較し、該イソプレン放出量が野生型よりも多い形質転換体を選択すること、
を包含する、請求項9に記載の有用部分の生産性が高められた植物を作製する方法。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の方法により作製された、有用部分の生産性が高められた植物。
【請求項12】
請求項11に記載の植物の有用部分。
【請求項13】
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を植物細胞に導入する工程を包含する、植物の有用部分の生産性を高める方法。
【請求項14】
(a)イソプレン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、
(b)5−ホスホメバロン酸キナーゼをコードするポリヌクレオチド、及び、
(c)ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチド、
からなる群より選択される少なくとも1種を有する植物発現用プラスミドを備える、有用部分の生産性が高められた植物を作製するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−35831(P2008−35831A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−217474(P2006−217474)
【出願日】平成18年8月9日(2006.8.9)
【出願人】(000111085)ニッタ株式会社 (588)
【Fターム(参考)】