説明

木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法、およびこの方法によりアルデヒド類の放散の抑止処理が施された木質建材

【課題】木質建材からのアルデヒド類の直接放散の抑止、およびエタノールと木質建材との接触によるアルデヒド類の生成の抑止、の双方を十分に実現することができ、室内アセトアルデヒド濃度低減に大きく寄与する、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法を提供することにある。
【解決手段】木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止するにあたり、上記木質建材に含まれる酵素成分の失活処理を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法に関する。より詳しくは、本発明の木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法は、シックハウス症候群を誘引しない木質建材が得られる方法に関する。本発明は、このような方法によりアルデヒド類の放散の抑止処理が施された木質建材に関する。
【背景技術】
【0002】
アセトアルデヒドはシックハウス症候群の原因物質の一つであり、発がん性も疑われているため、室内濃度が高ければ健康への悪影響が懸念される物質である。
【0003】
しかしながら、非特許文献1には、最近の調査結果として、新築家屋の約1割、新築木造家屋に限れば9割近い室内で厚生労働省制定の室内濃度指針値(48μg/m3、0.03ppm)を超過しているという報告が開示されている。
【0004】
その一方で、室内アセトアルデヒドの主要発生源は十分に解明されておらず、具体的対策を講じるための情報が不足しているため、近年、室内アセトアルデヒドは減少傾向にない。
【0005】
室内アセトアルデヒドの発生源は、木材および接着剤などの住宅建材、燃焼系暖房機器、ならびに飲酒および喫煙などの生活活動に用いられる物品であることが指摘されている。しかしながら、非特許文献1に開示されているように、アセトアルデヒドは新築未入居の家屋においても高濃度で検出されている。このため、アセトアルデヒドは、主に生活活動以外から発生している可能性が高いと推察される。
【0006】
このように、生活活動以外からのアセトアルデヒドの発生を防止する技術に関する研究開発が多数行なわれており、特に、木質建材からのアルデヒド類等の発生を防止する手段が注目されている。
【0007】
木質建材からアルデヒド類等の有害化学物質発生を防止する既存の方法として、アルデヒドキャッチャー剤を塗布したり、フィルムもしくは樹脂などによるコーティングを施工前の建材に施したりする方法が存在する。また、当該既存の方法として、家屋内の温度を上昇させて施工後の建材から有害化学物質を揮発・放散させる、ベイクアウト法等が存在する。
【0008】
しかしながら、前者はアルデヒドキャッチャー剤等の使用により、建材製造時の工程およびコストが増加し、後者は屋内全体を高温処理するため、木材の変形および/または接着剤の劣化により家屋の劣化が促進されるおそれが指摘されている。また、これらの方法は、接着剤、塗料、および日用品類に含まれるアルコール類と建材の接触により新規的に酸化生成されるアルデヒド類の発生には対応していない。
【0009】
近年においては、木質建材からのアルデヒド類等の発生を防止する手段として、以下の技術が開示されている。即ち、特許文献1には、成木質建材の製造時または製造後、60〜140℃の温度下で、ヒドラジド類、アゾール類及びアジン類から選ばれる少なくとも1種の化合物を処理することを特徴とする合成木質建材の消臭方法が開示されている。
【0010】
【特許文献1】特開2002−301706号公報
【非特許文献1】樋田淳平ら、木材学会誌、vol. 53, 34-39, 2007
【非特許文献2】Shinichiro T, et al., J. Wood Sci., vol. 51, 421-423, 2005
【非特許文献3】中西準子ら、詳細リスク評価書シリーズ11 アセトアルデヒド、丸善、2007年
【非特許文献4】E. A. Cossins, et al., Phytochemistry, vol. 7, 1125-1134, 1968
【非特許文献5】K. Yoshida, et al., Tree Physiology, vol. 27, 1-9, 2007
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のとおり、室内空気中のアルデヒド類は健康影響が懸念される有害化学物質である。その一種であるアセトアルデヒドは厚生労働省によって室内濃度指針値が制定されているが、主要発生源が明確でないため対策が進んでいない。また、アセトアルデヒドは、多くの新築家屋で指針値を超過して検出されており、近年も減少の傾向はないことから特に問題視されている。
【0012】
通常の室内におけるアセトアルデヒド発生原因としては、主に、(1)木質建材からの直接放散、および(2)エタノールと木質建材との接触による生成、による2つの発生原因が考えられている。
【0013】
従って、本発明の主な目的は、木質建材からのアルデヒド類の直接放散の抑止、およびアルコール類と木質建材との接触によるアルデヒド類の生成の抑止、の双方を十分に実現することができ、ひいては室内アルデヒド類の濃度低減に大きく寄与する、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、当該方法によりアルデヒド類の放散の抑止処理が施された木質建材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止するにあたり、上記木質建材に含まれる酵素成分の失活処理を行なう、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法に関する。本発明は、シックハウス症候群を誘引しない木質建材の提供に使用することができる。
【0015】
このような方法においては、上記失活処理を、(1)上記木質建材の成分であるアルコールデヒドロゲナーゼの触媒速度を低下させる阻害剤を含む水溶液への、上記木質建材の浸漬処理、(2)上記木質建材への上記阻害剤を含む水溶液の塗布処理、または(3)上記木質建材への上記阻害剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理とすることができる。これらの処理(1)〜(3)においては、上記阻害剤を含む水溶液が、1〜10Mのピラゾール水溶液または0.01〜0.10Mのホウ酸ナトリウム水溶液であることが望ましい。
【0016】
また、上記方法においては、上記失活処理を、上記木質建材の、(イ)60〜150℃の温度で3〜72時間にわたる加熱処理、または(ロ)オートクレーブ処理とすることもできる。当該加熱処理は、水蒸気を用いる処理であることが望ましい。また、上記加熱処理の温度は120〜150℃であることが望ましい。
【0017】
さらに、上記方法においては、上記失活処理を、(A)タンパク質変性剤を含む水溶液への、上記木質建材の浸漬処理、(B)上記木質建材への上記タンパク質変性剤を含む水溶液の塗布処理、または(C)上記木質建材への上記タンパク質変性剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理とすることもできる。これらの処理(A)〜(C)においては、上記タンパク質変性剤を含む水溶液が、1〜18Mの尿素水溶液又は水酸化ナトリウム水溶液であることが望ましい。
【0018】
本発明は、上記のいずれかの方法によりアルデヒド類の放散の抑止処理が施された木質建材を包含する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法によれば、木質建材に含まれる酵素成分に対する所定の失活処理を施すことで、木質建材からのアルデヒド類の直接放散の抑止、およびエタノールと木質建材との接触によるアルデヒド類の生成の抑止、の双方を十分に実現することができる。このため、本発明の方法によれば、室内アルデヒド類の濃度を大きく低減でき、ひいては、シックハウス症候群を誘引しない木質建材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法を、図面を参照して説明する。なお、以下に示す例は、本発明の単なる一例であり、当業者であれば、適宜設計変更することができる。
【0021】
<本発明への着想および当該着想に基づく予備実験>
本発明者らは、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法について鋭意検討した。具体的には、まず、図1に示すように、建材用接着剤12(または塗料)中に含まれているエタノールと木材14との接触によってアセトアルデヒド16が大量に生成するという現象(非特許文献2)に着目した。
【0022】
また、本発明者らは、自然木材からのアセトアルデヒド放散量は5〜130μg/m2/hourであるが、エタノールを含む樹脂接着剤を使用した集成材からの放散量は600〜1500μg/m2/hour程度であるという報告(非特許文献3)にも着目した。
【0023】
その結果、本反応が室内アセトアルデヒドの主要発生要因となっている可能性が指摘されるが、その反応のメカニズムは不明であるため、反応因子を解明して、具体的な対策を考案することが重要である。
【0024】
(エタノールと木材との接触によりアセトアルデヒドを生成させる因子の特定)
本発明者らは、木材を介したアセトアルデヒド生成反応の樹種依存性確認実験を行なった。木材を介して、エタノールからアセトアルデヒドを酸化的に生成する因子が何であるかは全く不明である。このため、この反応が特定の樹種に特徴的であるかどうかを実験的に確認し、酸化反応に関与している因子を探索する対象となる樹種を絞り込むことを試みた。
【0025】
本実験では、3種類ずつの針葉樹・広葉樹の建材サンプルを粉砕し、図2に示すように、これらの木粉(符号22)500mgにエタノール(符号24)0.10molを添加して、酸化反応により木粉から放散されるアセトアルデヒド26をDNPHサンプラ28に捕集した。
【0026】
捕集したアセトアルデヒド26は、アセトニトリルで溶媒抽出してから高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって分析・定量して、捕集量を求めた。同様の実験を、エタノールを添加しない木粉に対しても行って、エタノール添加の有無によるアセトアルデヒド捕集量の違いを比較し、アセトアルデヒドがエタノールの酸化により生成されているかを確認した。その結果を表1に示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1に示すように、針葉樹では実験した3つ全ての樹種で、エタノールを添加した際のアセトアルデヒドの捕集量が、添加のない場合と比較して2桁程度増加しており、その捕集量はスギ、ヒノキ、レッドパインの順に多かった。
【0029】
一方、広葉樹では、針葉樹ほどの生成は確認されなかった。これより、木材を介したエタノールからのアセトアルデヒド生成反応は、スギをはじめとした針葉樹類で顕著に進行することが判明した。
【0030】
また、最も一般的な国産建材用木材であるスギ材で最大量のアセトアルデヒド生成が確認されたことから、本反応が室内アセトアルデヒドの大きな発生源になっている可能性が示唆された。
【0031】
次に、本発明者らは、スギ材の各種アルコール類との反応性確認実験を行なった。即ち、木材を介してエタノールを酸化する因子を特定するために、本反応の特性について調査した。
【0032】
本実験では、エタノールからアセトアルデヒドを生成する代表的な樹種であるスギ材の木粉500mgにメタノール、1−プロパノール、2−プロパノールを0.10mol添加して、酸化による生成が予想されるカルボニル化合物(ホルムアルデヒド、プロピオンアルデヒド、アセトン)をDNPHサンプラで捕集した。
【0033】
捕集物質はHPLCで定量し、エタノールの場合と同様の酸化反応が起きるかどうかを生成物のモル量で比較して確認した。その結果を表2に示す。
【0034】
【表2】

【0035】
表2に示すように、酸化反応はエタノール、1−プロパノールの順で顕著であり、メタノールと2−プロパノールではほとんど反応が進行しないことが判明した。
【0036】
さらに、本発明者らは、酵素アルコールデヒドロゲナーゼの関与の検討を行なった。即ち、各種アルコール類添加実験で確認された反応性は、酵素成分であるアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)の触媒活性と類似しているという報告(非特許文献4)に着目した。非特許文献4には、酸化反応を進行させる因子としてADHの関与が示唆されている。
【0037】
ADHは、スギ材中において針葉樹特有の二次代謝物を生成するために存在している酵素成分であり(非特許文献5)、下記式(1)に示すように、補酵素のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の共存時にアルコール類酸化反応を進行させる性質を有する。
RCH2OH+NAD+⇔RCHO+NADH+H+ (1)
【0038】
なお、植物由来ADHの触媒活性は、直鎖で分子量が小さいアルコール類に対して大きく、エタノールで最大となり、メタノールの反応にはほとんど寄与しないことが知られている。
【0039】
図3に、高等植物由来ADHのエタノールに対する触媒活性を100としたメタノール、1−プロパノール、2−プロパノールの相対触媒活性値を、先述したスギ木粉への各種アルコール類添加実験の結果(酸化性生物の捕集モル量)とともに示す。
【0040】
図3に示す結果は、上記表2に示す実験結果と植物由来ADHの活性が大変似た傾向を示している。これにより、本発明者らは、スギ材を介したエタノールからのアセトアルデヒド生成にADHが関与しているという確証を得た。なお、実際の反応にADHが関与しているかどうかについては、以下に示す実験により検証した。
【0041】
<本発明の好適な実施形態>
以上に示す本発明への着想および当該着想に基づく予備実験に基づく、本発明の好適な実施形態を、以下に詳細に説明する。
【0042】
(実施形態1:酵素阻害剤を用いたADH反応に関する形態)
本発明は、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法であって、上記木質建材に含まれる酵素成分の失活処理を行なう、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法に関する。実施形態1は、当該失活処理を、(1)木質建材の成分であるアルコールデヒドロゲナーゼの触媒速度を低下させる阻害剤を含む水溶液への、木質建材の浸漬処理、(2)木質建材への阻害剤を含む水溶液の塗布処理、または(3)木質建材への阻害剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理とした形態である。
【0043】
ここで、阻害剤とは、特定の酵素または酵素群の触媒速度を特異的に低下させる物質を意味し、特に、酵素タンパク(この場合、ADH)の酵素作用に対し、特異的に阻害効果を示し、酵素タンパク以外のタンパク質には、特に作用を及ぼさないものを意味する。木質建材を介したアセトアルデヒド生成にADHが関与していると予想されるため、ADHの阻害剤を、アルコール類と木質建材との反応場に添加する。
【0044】
上記添加により、下記式(2)に示す反応が起こり、阻害剤がADHの活性部位に競争的に結合して、アルコール脱水素反応の進行を特異的に阻害するため、木質建材からのアルデヒド類の生成量が低減する。
【0045】
【化1】

【0046】
E:酵素(ADH)
S:基質(アルコール類(例えば、エタノール))
ES:酵素−基質複合体
P:反応生成物(アルデヒド類(例えば、アセトアルデヒド))
I:阻害剤(例えば、ピラゾール)
i:阻害剤のミカエリス定数
【0047】
木質建材としては、針葉樹材および広葉樹材を用いることができ、例えば、スギ、ヒノキ、レッドパイン、ナラ、タモ、およびキリを用いることができる。
【0048】
アルコール類については、炭素数が2個以上の直鎖のアルコール類(エタノール、1−プロパノールなど)においてアルデヒドへの酸化反応を阻害することができ、中でも、エタノールにおいて最大の阻害作用を示す。
【0049】
阻害剤としては、ピラゾールまたはホウ酸ナトリウムを用いることができ、中でも、ピラゾールが、強力な阻害作用を有するため好ましい。
【0050】
ピラゾールを含む水溶液の濃度は、1〜10Mとすることが好ましい。1M以上とすることで、ピラゾールを含む水溶液で処理していない場合と比較して約20%までアセトアルデヒドの放散を抑制することができる。これに対し、ホウ酸ナトリウムを含む水溶液の濃度は、0.01〜0.10Mとすることが好ましい。0.01M以上とすることで、ホウ酸ナトリウムを含む水溶液で処理していない場合と比較して8%までアセトアルデヒドの放散を抑制することができ、0.10Mとすることで、約35ものアセトアルデヒドの放散を抑制することができる。
【0051】
浸漬処理は、常温において、所定の木質建材を、阻害剤を含む水溶液に数分以上浸漬して行なう。なお、浸漬処理装置は、木質建材を収容できるものであれば、特に限定されず、既知の装置を用いることができる。
【0052】
塗布処理は、常温において、所定の木質建材に、阻害剤を含む水溶液を、既知の刷毛または吹き付け器を用いて行う。
【0053】
建材接着剤の塗布処理は、まず、所定の建材接着剤に対して阻害剤を含む水溶液を混合する。建材接着剤は既知のものを使用でき、混合も既知の方法により行うことができる。次に、常温にて、所定の木質建材に、阻害剤を含む水溶液を混合した建材接着剤を、既知の刷毛または吹き付け器を用いて塗布する。
【0054】
これらの浸漬処理または塗布処理により、触媒速度を好適に低下させることができ、これにより、アセトアルデヒド生成量を高いレベルで低減させることができる。
【0055】
(実施形態2:酵素の熱変性処理によるアルデヒド類生成対策に関する形態)
実施形態2は、失活処理を、熱エネルギーを利用して行う形態であり、酵素タンパク(この場合、ADH)のみならず、タンパク質全般を非特異的に熱変性させる形態である。具体的には、実施形態2では、失活処理を、木質建材の、60〜150℃の温度で3〜72時間にわたる加熱処理またはオートクレーブ処理とする。
【0056】
木材を介したアセトアルデヒド生成反応には、酵素成分のADHが関与していることが上述の実験で示唆されたが、酵素は適切な処理によって変性させればその触媒能が失われるため、変性処理によってアルデヒド類の生成を抑止できる可能性がある。実施形態2では、実現可能な酵素の変性方法として、木質建材を所定の温度範囲で所定時間加熱し、アルデヒド類の生成を低減させる。
【0057】
木質建材としては、針葉樹材および広葉樹材を用いることができ、例えば、スギ、ヒノキ、レッドパイン、ナラ、タモ、およびキリを用いることができる。
【0058】
加熱処理は、既知の人工乾燥処理装置内に、所定の木質建材を設置して行なう。
【0059】
加熱処理温度を60℃以上とすることで、木質建材中のADHの熱変性による失活を実現することができる一方、150℃以下とすることで、木質建材の強度、耐久性低下の防止を実現することができる。また、加熱処理時間を3時間以上とすることで、木質建材中のADHの熱変性による失活を十分に実現することができる一方、72時間以下とすることで、加熱時間の短縮化による消費エネルギーの低減を実現することができる。
【0060】
なお、上記加熱処理は適切な湿度条件で行わなければ含水率が極端に低下し、木質建材の商品価値低下(強度・防虫性低下、変形、変色など)に繋がる上、大気中の湿気で含水率は10%程度に戻ることから、適切な加湿条件で処理を行う必要があると考えられる。
【0061】
そこで、オートクレーブ装置を用いて木質建材に対し水蒸気による加熱処理を行うことが好ましい。オートクレーブ処理は、既知のオートクレーブ内に、所定の木質建材を設置して行なう。これにより、含水率を高い値に保ったままADHを変性させることができる。
【0062】
特に、水蒸気の温度は、120℃以上とすることで、木質建材中のADHの十分な熱変性を実現することができる一方、150℃以下とすることで、木質建材の強度、耐久性低下の防止を実現することができる。
【0063】
以上に示す実施形態2の木質建材の加熱による失活処理は、木質建材からのアルデヒド類の直接放散を抑止することができるのみならず、アルコール類と木質建材との接触によるアルデヒド類の生成を十分に抑止することができる。
【0064】
(実施形態3:尿素を用いた化学変性処理によるアルデヒド類生成対策に関する形態)
実施形態2の後段で説明した、水蒸気加熱による変性処理は、材質損傷防止のための温湿度調節について詳細な検討が必要であるおそれがある他、施工前の建材しか処理できない。このため、設備投資およびエネルギー消費が大きいなどの欠点を有すると考えられる。
【0065】
そこで、以下に、これらの欠点を伴わない別の形態として、タンパク質変性剤としての機能を有する尿素等の水溶液が、ADHの変性処理剤として有効性を示すことを利用する形態を説明する。
【0066】
実施形態3は、失活処理を、(A)タンパク質変性剤を含む水溶液への、木質建材の浸漬処理、(B)木質建材へのタンパク質変性剤を含む水溶液の塗布処理、または(C)木質建材へのタンパク質変性剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理とした形態である。
【0067】
木質建材としては、針葉樹材および広葉樹材を用いることができ、例えば、スギ、ヒノキ、レッドパイン、ナラ、タモ、およびキリを用いることができる。
【0068】
ここで、タンパク質変性剤とは、酵素タンパク(この場合、ADH)のみならず、タンパク質全般を非特異的に化学変性させるものを意味する。タンパク質変性剤としては、尿素または水酸化ナトリウムが挙げられる。
【0069】
タンパク質変性剤を含む水溶液を、1〜18Mの尿素水溶液または水酸化ナトリウム水溶液とすることが好ましい。1M以上とすることで、木質建材中のADHの化学変性を十分に実現することができる一方、18M以下とすることで、溶解しきれない尿素または水酸化ナトリウムが存在することがなく、尿素または水酸化ナトリウムを効率良く使用することができる。
【0070】
浸漬処理は、常温において、所定の木質建材を、タンパク質変性剤を含む水溶液に数分以上浸漬して行なう。なお、浸漬処理装置は、木質建材を収容できるものであれば、特に限定されず、既知の装置を用いることができる。
【0071】
塗布処理は、常温において、所定の木質建材に、タンパク質変性剤を含む水溶液を、既知の刷毛または吹き付け器を用いて行う。
【0072】
建材接着剤の塗布処理は、まず、所定の建材接着剤に対してタンパク質変性剤を含む水溶液を混合する。建材接着剤は既知のものを使用でき、混合も既知の方法により行うことができる。次に、常温にて、所定の木質建材に、タンパク質変性剤を含む水溶液を混合した建材接着剤を、既知の刷毛または吹き付け器を用いて塗布する。
【0073】
以上に示す実施形態3の木質建材のタンパク質変性剤を含む水溶液を用いた失活処理は、木質建材からのアルデヒド類の直接放散を抑止することができるのみならず、アルコール類と木質建材との接触によるアルデヒド類の生成を十分に抑止することができる。
【実施例】
【0074】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明し、本発明の効果を実証する。
【0075】
(実施例1)
上記実施形態1に従って失活処理を行なった。即ち、ピラゾールまたはホウ酸ナトリウムがADHの活性部位に競争的に結合して、アルコール脱水素反応の進行を特異的に阻害することを利用した。
【0076】
[実施例1−a]
スギ木粉50mgを阻害剤溶液の1Mピラゾール水溶液1mLに浸してからエタノール0.010μmolを反応場に添加した場合に、アセトアルデヒド生成量が低減するかを実験的に確認した。その結果を図4(a)に示す。
【0077】
図4(a)により明らかなように、反応場にピラゾールを添加することによって、アセトアルデヒドの生成が大幅に低減された。
【0078】
[実施例1−b]
スギ木粉50mgを阻害剤溶液の0〜0.10Mホウ酸ナトリウム水溶液1mLに浸してからエタノール0.010μmolを反応場に添加した場合に、アセトアルデヒド生成量が低減するかを実験的に確認した。その結果を図4(b)に示す。
【0079】
図4(b)により明らかなように、反応場にホウ酸ナトリウムを添加することによって、アセトアルデヒドの生成が大幅に低減された。
【0080】
(実施例2)
上記実施形態2に従って失活処理を行なった。
【0081】
実施例2−1:木粉からのアルデヒド類の直接放散の抑止
スギ木粉50mgを65℃の温度で24時間加熱し、エタノール0.010molを添加したものと添加しない試料を作製して、アセトアルデヒドの捕集量をそれぞれ測定した。その結果を表3に示す。
【0082】
【表3】

【0083】
表3から明らかなように、加熱処理により、エタノールとの接触によるアセトアルデヒドの生成量は1/200程度まで低減しており、さらに、エタノールとの接触がない場合でもアセトアルデヒド放散量が低減していることが判る。
【0084】
実施例2−2:木粉とアルコール類との接触後のアルデヒド類の生成の抑止
スギ木粉50mgを60〜150℃の温度範囲で24時間加熱してからエタノール0.010molを添加し、アセトアルデヒドの捕集量を測定した。その結果を図5に示す。
【0085】
図5から明らかなように、加熱温度が高いほどADHがより熱変性して失活し、アセトアルデヒド生成反応が抑止されることが確認された。
【0086】
次に、オートクレーブ装置を用いて120℃の水蒸気による加熱処理をスギ木粉に施した後、エタノールを添加する実験を行った。その結果を表4に示す。
【0087】
【表4】

【0088】
表4によれば、含水率を高い値に保ったままADHを変性させることができることも判明したため、高温水蒸気による加熱処理は、木材を介したアセトアルデヒド生成の対策法として有効であるといえる。
【0089】
(実施例3)
上記実施形態3に従って失活処理を行なった。
【0090】
1M尿素水溶液を変性剤溶液として調製し、スギ木粉50mgに添加した。続いて木粉から水分を飛ばし、エタノール0.010μmolを添加してアセトアルデヒドの生成を確認した。その結果を表5に示す
【0091】
【表5】

【0092】
表5によれば、尿素処理により木粉からのアセトアルデヒド生成は大幅に低減され、本方法も木材中のADHを失活させる有効な方法でることが判明した。このため、本方法は施工後の建材に対しても適用でき、常温での処理が可能であるから、高い実用性を有するといえる。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明によれば、木質建材に所定の失活処理を施すことで、室内におけるアルデヒド類の発生量を大幅に低減することができる。
【0094】
また、本発明は、比較的簡易な方法でアルデヒド類の放散量を大幅に低減でき、しかも、国産木質建材で最も一般的なスギ材での有効性が示されたことから、建材製造者が積極的に活用することができる。
【0095】
さらに、本発明は、既存の木材の加熱乾燥装置を用いて実施でき、また、比較的低温での処理でも十分な効果を発揮するためエネルギー消費も少ないことから、低コストでの実施が可能である。
【0096】
加えて、本発明は、木質建材の変形および変性など商品価値に対する悪影響を与える可能性も低いため、実用化の可能性は極めて高い。
【0097】
以上により、本発明は、シックハウス症候群を誘引しない木質建材の提供が今後益々高いレベルで望まれる、建材製造者をはじめとする木質建材使用者の間で、極めて高い有用性を有する点で有望である。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】建材用接着剤12(または塗料)中に含まれているエタノールと、木材14との接触によってアセトアルデヒド16が大量に生成するという現象を説明する模式図である。
【図2】木粉22にエタノール24を添加して、酸化反応により木粉から放散されるアセトアルデヒド26をDNPHサンプラ28に捕集する、捕集装置を示す模式図である。
【図3】各アルコール類についての、植物由来ADHの相対触媒活性と、酸化生成物の捕集モル量(μmol)との関係を示すグラフである。
【図4】所定の処理を施したスギ木粉および所定の処理を施さないスギ木粉についての、アセトアルデヒド捕集量(μg)を示すグラフであり、(a)は阻害剤としてピラゾールを、(b)は阻害剤としてホウ酸ナトリウムを用いた場合である。
【図5】複数のスギ木粉に異なる温度の熱処理を施した場合の、アセトアルデヒド捕集量(μg)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0099】
12 建材用接着剤
14 木材
16 アセトアルデヒド
22 木粉
24 エタノール
26 アセトアルデヒド
28 DNPHサンプラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法であって、前記木質建材に含まれる酵素成分の失活処理を行なうことを特徴とする、木質建材からのアルデヒド類の放散を抑止する方法。
【請求項2】
前記失活処理が、(1)前記木質建材の成分であるアルコールデヒドロゲナーゼの触媒速度を低下させる阻害剤を含む水溶液への、前記木質建材の浸漬処理、(2)前記木質建材への前記阻害剤を含む水溶液の塗布処理、または(3)前記木質建材への前記阻害剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記阻害剤を含む水溶液が、1〜10Mのピラゾール水溶液または0.01〜0.10Mのホウ酸ナトリウム水溶液であることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記失活処理が、前記木質建材の、(イ)60〜150℃の温度で3〜72時間にわたる加熱処理、または(ロ)オートクレーブ処理であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記加熱処理が、水蒸気を用いる処理であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記加熱処理の温度が120〜150℃であることを特徴とする、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記失活処理が、(A)タンパク質変性剤を含む水溶液への、前記木質建材の浸漬処理、(B)前記木質建材への前記タンパク質変性剤を含む水溶液の塗布処理、または(C)前記木質建材への前記タンパク質変性剤を含む水溶液を混合した建材接着剤の塗布処理であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記タンパク質変性剤を含む水溶液が、1〜18Mの尿素水溶液または水酸化ナトリウム水溶液であることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の方法によりアルデヒド類の放散の抑止処理が施された木質建材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−184232(P2009−184232A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26693(P2008−26693)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年度 室内環境学会総会東北大会 学会講演要旨集 平成19年12月1日〜2日開催
【出願人】(504014060)
【出願人】(508039054)
【出願人】(508039065)
【出願人】(508039087)
【出願人】(508039168)
【Fターム(参考)】