説明

染物の製造方法

【課題】絵柄等の部分だけが強調されることがないようにし、絵柄等も画一的となることを有効に解消し、手法も簡単なもので事足りるようにした画期的な染物の製造方法を新たに提供する。
【解決手段】生地1に対し染料を用いて引き染めを行う工程と、引き染め後の生地1を乾燥させる工程との間に、生地1の表面に部分的に乾燥遅延材6を載せ置く工程を介在させ、これにより乾燥遅延材6で覆われた部分1yの生地1の乾燥を周辺部分1xよりも遅延させて、その部分に乾燥遅延材1の形状に略対応した染料の低定着領域を形成するようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆる友禅染め等の染物について、従来にはない画期的な絵柄や模様を施せるようにした染物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の染め物の染色工程は、例えば非特許文献1に見られるように一般に知られている。かかる染色工程において、いわゆる引き染めを行う際に生地に絵柄や模様(以下、絵柄等と称する)を施したい場合には、型を置いた上から染料を吹き付けて型によりマスキングした部分に色の抜けた絵柄等を形成するか、あるいは木版のように上から地色と異なる染料をのせた型を押して絵柄等を付けるか、更には筆などを使って手描きで絵柄等を描き入れていくか、いずれかの方法が採用されているのが通例である。前述した型によるマスキングでは、マスキングした部分に刷毛で色を刷り込んだり、色糊を載せたり、脱色剤を使って脱色する方法等も併用されることがある。
【非特許文献1】きものさんぽみち、[online]、平成18年7月14日、[平成18年7月19日検索]、インターネット<URL:http://www.kimonosanpo.net/jiten/koutei.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、型を使った吹き付けの手法によると、型によるマスキング部分だけ色が完全に脱落するか或いは別異の色が鮮明に付けられ、一方の木版を用いる手法によると木版の部分だけ濃い色が付けられて、何れにしても絵柄等の輪郭がはっきりと表れて形状や大きさも一律となる。しかしながら、このようにすると、その部分だけが強調されて周囲から完全に浮き上がった状態になり、絵柄も画一的なものとなって、たとえ自然界の天然素材を表わしたとしても人工的な印象を与えざるを得ない。特に、葉と葉、花と花が織り成す立体的な奥行きのある絵柄等になると、これを吹き付けや木版の手法等によって表わすことは困難である。一方、手作業で天然素材を適切に表わそうとした場合には、大変な労力と時間を要し、描画にも表現上の限界がある。
【0004】
本発明は、このような観点に立ってなされたものであって、絵柄等の部分だけが強調されることがないようにし、その絵柄等も画一的となることを有効に解消するとともに、手法も簡単な工程の追加で足りるようにした画期的な染物の製造方法を新たに提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、かかる目的を達成するために、次のような手段を講じたものである。
【0006】
すなわち、本発明に係る染物の製造方法は、生地(下地)に対して引き染めを行う工程と、引き染め後の生地を乾燥させる工程との間に、生地の表面に部分的に乾燥遅延材を載せ置く工程を介在させ、これにより乾燥遅延材で覆われた部分の生地の乾燥を周囲よりも遅延させて、その部分に乾燥遅延材の形状に略対応した染料の低定着領域を形成するようにしたことを特徴とする。
【0007】
このような手法によると、乾燥遅延材の存在する部分と存在しない部分との間に乾燥速度に差異が生じ、乾燥過程において乾燥の遅い部分(すなわち乾燥遅延材で覆われた部分)から乾燥の速い部分(すなわち乾燥遅延材で覆われていない部分)に向かって染料が移動するので、結果的に前者の部分の染料定着量は少なく、後者の部分の染料定着量は多くなって、前者の部分に乾燥遅延材の形状に対応した染料の低定着領域、すなわち淡い絵柄、色落ちした模様が形成されることになる。
【0008】
その際、乾燥速度は乾燥遅延材を載せ置いた部分の輪郭の内外で連続して変化するので、色の濃淡は乾燥遅延材の輪郭の内外で連続的な移り変わりとなって表れ、絵柄等の輪郭が曖昧になることにより、周囲から浮いた状態になることを解消するとともに、ぼかし模様等の生成にも積極的に活用することができるようになる。
【0009】
葉や花びらが折り重なった絵柄等を適切に表わすためには、乾燥遅延材の一部を重合させて載せ置くことにより対応することができる。
【0010】
より自然に近い風合いの絵柄等を表わすためには、乾燥遅延材に、木の葉を始めとして各種植物の葉や花びら等の天然素材を用いることが有効である。
【0011】
天然素材を乾燥遅延材として的確に機能させるためには、天然素材に対して、予め押し花状に平坦化する前工程を実施するようにしておくことが望ましい。
【0012】
より好ましくは、前工程において乾燥遅延材を乾燥状態にし、次いで乾燥遅延材に霧吹き等の加湿手段により湿り気を与えた上で生地に載せ置くようにすることが有効である。
【0013】
勿論、本発明は、乾燥遅延材に紙や布などの人工素材を用いた場合にも上記に準じた作用効果が奏される。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、以上説明した方法であるから、周囲の風景(地色)に溶け込むがごとく輪郭をぼかし、絵柄等の部分が周囲よりも淡くなる風合いの模様等を有効に醸し出すことができ、作業も乾燥遅延材を載せ置くという簡便な手順を介在させるだけで実現できる画期的な染物の製造方法を新たに提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0016】
この方法は、いわゆる友禅染めと称される染物の工程に改良を加えたもので、反物の生地に染料を塗布して引き染めをした後、乾燥遅延材を載せ置くという新たな中間工程を踏み、その上で生地を所要時間の下に乾燥させて染料を定着させるようにしたものである。
【0017】
先ず、図1及び図2に示すように、反物の生地(白生地)1を広げて長手方向(L方向)にテンションTを掛けて空中に張設する。その際、必要箇所における縁部1a、1a間にワイヤー2等を弾設して幅方向(W方向)にも張りを与え、かつ同方向に生地1が傾かずに均等な姿勢になるように必要に応じてバランサ3を取り付ける。
【0018】
そして、図3に示すように刷毛4を用いて布糊A(海草を乾燥させて加工したもの。但し、水で溶いてある)を塗布するいわゆる地入れを行い、これを一旦乾燥させた後、その上から図4に示すように別異の刷毛5を用いて所要の染料Bを生地1の全面に均等に塗布する引き染めを行う。布糊Aを塗るのは染料Bの定着をよくするためであり、これがないと色がにじむなどの不具合が生ずる場合が多いが、本発明上、布糊Aの塗布は必須の工程ではない。引き染めの際、染料B自体の水分は一般の引き染めよりも若干多めにしておく。水分が少ないと乾燥遅延材6が定着しにくいからである。ただし、多すぎると乾燥遅延材6が泳いだ状態になって位置ずれを起こすので、水分は乾燥遅延材6が適正に定着する範囲の増量分に抑えることが必要である。
【0019】
そして、上記染料Bの塗布後、図6に示すように速やかに乾燥遅延材6を適宜に並べて生地1上に載せ置く。乾燥遅延材6として、ここでは落葉した紅葉の葉を拾い集めて用いている。乾燥遅延材6には、これ以外に自然界から収穫した各種の木の葉を始め、植物の葉や花などを用いることができる。例えば、イチョウの葉、クローバの葉、笹の葉などが挙げられる。
【0020】
ただし、これらの素材の中には、自然界において平面形状からかけ離れた三次元形状をなしているために、生地1の上に単に載せ置くだけでは部分的に生地1との間に隙間ができて適切に生地1を覆うことができないものがある(例えば紅葉やイチョウの葉など)。
【0021】
このようなものに対しては、必要に応じて図5(a)に示すように、予め乾燥遅延材6を押し型7a、7b間に挟みこんで押し花状にし、平坦な状態で乾燥させるという前工程を実施しておくようにする。押し型7a、7bにはどのような手段を用いてもよい。また、乾燥後の乾燥遅延材6をそのまま生地1上に載せ置くと、摩擦が少ないために僅かの傾きや風などによっても滑って位置ずれを起こし易く、乾燥工程で位置ずれした場合には適切な絵柄等が形成されなくなる場合があるので、同図(b)に示すように霧吹き8等の加湿手段を用いて湿り気を与え、定着性を高めるようにするとよい。
【0022】
何れにせよ、図6において生地1上に乾燥遅延材6を載せ置いた後は、大気中にて所要時間放置するという時効処理を行う。この場合の室内条件は、ある程度時間を掛けて乾燥させることを必要とする。乾燥が速すぎると生地1全体における染料Bの定着が悪くからである。但し、乾燥時間が長すぎると、乾燥遅延材6と周辺との乾燥速度に差がなくなるか、或いは乾燥遅延材6の下から一旦周囲に移動した染料Bが逆戻りする等して黒ずんだ部分が生ずることがあるので、過不足ない乾燥時間を設定することが必要である。乾燥速度は、温度と湿度の双方に依存しているため、空調設備等を用いて所要の乾燥時間が得られるように条件設定して天候や季節等による影響を排除することが望ましい。例えば、室温を12,13℃〜25℃程度、湿度を55〜70%程度に保ち、3〜4時間程度の乾燥時間を確保したときに良好な絵柄等が現われることが確認できており、これを一つの基準とすることができる。比較例としては、通常の染物の場合、上記と同様の温度や湿度の下で8〜10時間程度の乾燥時間を要していることが挙げられる。
【0023】
以上により、乾燥遅延材6を載せ置いた状態で生地1を乾燥させると、図7(a)に矢印Cで示すように乾燥遅延材6の周囲の空気にさらされている部分1xが先に乾燥し、空気から遮蔽されていて乾燥が遅れている乾燥遅延材6の下の部分1yから周囲に向かって同図中矢印Dで示すように毛管現象により染料Bが引っ張られるので、結果的に一旦塗布した染料Bが乾燥遅延材6の下の部分1yから抜け落ちた状態で生地1が乾燥することとなる。このため、図8に示すように、最終的にその部分1yに乾燥遅延材6の形状に対応した染料の低定着領域Z、すなわち色の淡い(色抜けした)絵柄等が形成されることになる。
【0024】
この場合、図7(a)の中間工程において、乾燥速度は乾燥遅延材6を載せ置いた部分1yの輪郭の内外で急激に変化するものではなく、ある程度の勾配をもって推移するため、色の濃淡は乾燥遅延材6の輪郭の内外で連続的な移り変わりとなって表れ、輪郭が曖昧でややぼやけた絵柄等が形成されることとなる。
【0025】
図9に、実際に上記の染め工程をもみじの葉を用いて実施した結果を写真で示す。乾燥遅延材6であるもみじの葉を剥がした部分に淡い絵柄が表われているのが確認できる。
【0026】
このようにして乾燥が完了したら、乾燥遅延材6を除去し、生地1を蒸した後に水洗いをして地染め工程が完了する。その後、必要に応じて適宜の仕上げ加工を施す。
【0027】
以上説明したように、本実施形態は、引き染めを行う工程(特に図4参照)と、引き染め後の生地1を乾燥させる工程(図7(a)参照)との間に、生地1の表面に部分的に乾燥遅延材6を載せ置く工程(図6参照)を介在させ、これにより乾燥遅延材6で覆われた部分の生地1の乾燥を周囲よりも遅延させて、周囲に染料Bを引っ張り、その部分に乾燥遅延材6の形状に略対応した染料Bの低定着領域6を形成するようにしたものである。
【0028】
このように、低定着領域6には周囲よりも色落ちした淡い絵柄模様が形成され、しかも輪郭がややぼやけて周辺の同色系統の地色中に渾然一体に溶け込んだ様相を呈するため、本実施形態によると、従来にはない風合いを醸し出す斬新な地色染めを行うことが可能となる。
【0029】
特に、乾燥遅延材6に拾い集めた紅葉の葉を用いており、これ以外にも本実施形態では木の葉を始めとして各種植物の葉や花びら等の天然素材を用いることができるので、実際に葉や花びらの形や大きさの1つ1つが千差万別であることをそのまま利用して、絵柄が木版等で押したような画一的なものになることを有効に回避することができ、変化に富んだ自然に近い風合いの絵柄等を簡単に構成することができる。
【0030】
さらに、乾燥遅延材6である天然素材に対して、必要に応じて予め押し花状に平坦化する前工程を実施するようにしているので、植物の葉や花びら等の天然素材を乾燥遅延材6として的確に機能させることができる。
【0031】
また、乾燥遅延材6を押し花状態で乾燥させた後に、乾燥遅延材6に霧吹き等の加湿手段により湿り気を与えた上で生地1に載せ置くようにすれば、生地1に対する定着性を良好にして、位置ずれによる絵柄等の不備を有効に解消することができる。この際、図7(b)に示すように、乾燥過程で天然素材に徐々に反り返る現象が生ずる場合があるが、このとき輪郭周辺により大きなぼかしが現れる効果も期待できるものとなる。
【0032】
なお、各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0033】
例えば、本発明の手法を用いれば、図10(a)に示すように乾燥遅延材61,61の一部を重合させて載せ置くことも容易であり、このようにすると、下に配置された乾燥遅延材61は生地1に密着するのに対して、上に配置された乾燥遅延材62は重合部分を中心に全体がやや浮き上がった状態で配置されるので、生地には乾燥遅延材61,62の何れに覆われているかによって乾燥速度に微妙な変化が生じ、その結果、図10(b)に示すように葉同士が織り重なった状態を表わすような奥行きのある絵柄等が形成されることとなる。
【0034】
また、本発明は図11に示すように、天然素材ではなく紙や布などの人工素材を用いて乾燥遅延材106とすることを妨げるものではない。このようにすると、自然の風合いを醸し出す効果は期待できないが、輪郭をぼかした絵柄等が得られる点では上記に準じた作用効果が奏され、また自然界にはない絵柄等も付すことができる利点を有する。しかも、天然素材を収集して乾燥させる工程が不要であるため、作業の簡素化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態が適用される反物の生地をセットした状態の斜視図。
【図2】同模式的な横断面図。
【図3】本発明の一実施形態に係る染物の製造方法を示す工程図。
【図4】本発明の一実施形態に係る染物の製造方法を示す工程図。
【図5】本発明の一実施形態に係る染物の製造方法を示す工程図。
【図6】本発明の一実施形態に係る染物の製造方法を示す工程図。
【図7】同実施形態における乾燥遅延材の作用説明図。
【図8】本発明の一実施形態に係る染物の製造方法を示す工程図。
【図9】同実施形態において完成した染物を表わす写真。
【図10】本発明の変形例を示す斜視図。
【図11】本発明の他の変形例を示す斜視図。
【符号の説明】
【0036】
1…生地
6、61、62,106…乾燥遅延材(天然素材)
A…布糊
B…染料
Z…低定着領域


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生地に対して引き染めを行う工程と、引き染め後の生地を乾燥させる工程との間に、生地の表面に部分的に乾燥遅延材を載せ置く工程を介在させ、これにより乾燥遅延材で覆われた部分の生地の乾燥を周囲よりも遅延させて、その部分に乾燥遅延材の形状に略対応した染料の低定着領域を形成するようにしたことを特徴とする染物の製造方法。
【請求項2】
乾燥遅延材の一部を重合させて載せ置くようにしていることを特徴とする請求項1記載の染物の製造方法。
【請求項3】
乾燥遅延材に、木の葉を始めとして各種植物の葉や花びら等の天然素材を用いるようにしていることを特徴とする請求項1又は2何れかに記載の染物の製造方法。
【請求項4】
乾燥遅延材である天然素材に対して、予め押し花状に平坦化する前工程を実施するようにしていることを特徴とする請求項3記載の染物の製造方法。
【請求項5】
前工程において乾燥遅延材を乾燥状態にし、次いで乾燥遅延材に霧吹き等の加湿手段により湿り気を与えた上で生地に載せ置くようにしていることを特徴とする請求項4記載の染物の製造方法。
【請求項6】
乾燥遅延材に、人工素材を用いるようにしていることを特徴とする請求項1又は2何れかに記載の染物の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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