説明

染色体領域欠失株の作製方法

【課題】アフラトキシンのような毒性物質の生合成遺伝子クラスターのような数十〜百kbにも及ぶ大きな染色体領域を効率的に欠失させ、遺伝子工学的操作を加えても、該領域にコードされる毒性物質が産生され得ないような形質転換菌を提供すること。
【解決手段】トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌であってKu遺伝子が抑制されていることにより相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌を用いる、染色体領域欠失株の作製方法であって、欠失の対象となる染色体領域の両端に相同領域が含まれるように形質転換した後、該相同領域に基く相同組換えを利用して該染色体領域を欠失させることから成る、前記作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryze)等の麹菌に代表される、トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌由来の染色体領域の欠失株の作製方法、及び、こうして得られる染色体領域の欠失株に関する。
【背景技術】
【0002】
アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae )及びアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)等の麹菌は、醤油、酒、味噌などの伝統的な食品の醸造や酵素の生産等のために工業的に広く用いられている、また近年の麹菌(アスペルギルス・オリゼ)の全ゲノム配列の決定やマイクロアレイを用いた網羅的な遺伝子発現解析などの進展に伴い、遺伝子工学的な改変、特に染色体レベルの改変により酵素等の生産性や増殖速度の改良などの効果が期待される糸状菌である。
【0003】
しかしながら、麹菌は相同組換え頻度が低く、従来の方法では染色体の任意の領域に対する大領域欠失株を作製することは極めて困難であった。例えば一つのベクターを染色体上の任意の領域に組込む場合においても相同組換えの頻度1〜2%と低いために形質転換体を数十から百株程度取得し、その中から目的の株を取得する必要があった(非特許文献1)。またここから大領域の欠失株を取得するには、欠失させる領域の両端間の組換え株を選択する必要があるが、これは相同組換え頻度の低い麹菌では極めて困難であった。しかしながら、本発明者による最近の研究により非相同組換えに関与する遺伝子を破壊することで遺伝子ターゲッティング頻度(相同組換え頻度)が非常に向上することが明らかとなった。
【0004】
ところで、アフラトキシンはAspergillus flavus あるいはAspergillus parasiticusと呼ばれるアスペルギルス属のカビが生産する毒素で、天然物の中では最強の発ガン物質として知られている。熱帯地方ではこのカビによる穀物汚染が大きな問題となっており、1960年には英国でカビに汚染された穀物を食べた七面鳥が大量に死亡する事件(七面鳥X病事件)の原因となった。また麹菌はアフラトキシン生産菌と類縁菌であるため、麹菌にアフラトキシン生産性があるのではないかと疑われ、様々な面から研究が進められた(非特許文献2)。その結果、麹菌はいかなる条件においてもアフラトキシンを生産しないものの、アフラトキシン生産菌が持つアフラトキシンを生合成する為の約60 kbに及ぶ遺伝子クラスター(非特許文献3)のホモローグを保持していることが判明した。
【0005】
そこで、食の安全をより高めるためにもこの遺伝子クラスターを除去することが強く望まれていたが、麹菌の相同組換え頻度が低いことに加えて、アフラトキシン生合成クラスターの遺伝子群は麹菌では発現しておらず(非特許文献4)、表現型による選択が出来ないためにアフラトキシンクラスターの欠失変異株を人為的に作製することは極めて困難であった。
【非特許文献1】Takahashi et al. Mol. Gen. Genet. (2004) 272: 344-52
【非特許文献2】松島ら(2004)日本醤油研究所雑誌31: 5-11
【非特許文献3】Yu et al. (2004) Appl Environ Microbiol 70: 1253-1262
【非特許文献4】Matsushima et al. (2001) Appl Microbiol Biotechnol 55: 771-776
【非特許文献5】Hirashima et al. (2006) Nucleic Acids Res 34: e11
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の主な目的は、アフラトキシンのような毒性物質の生合成遺伝子クラスターのような数十〜百kbにも及ぶ大きな染色体領域を効率的に欠失させ、遺伝子工学的操作を加えても、該領域にコードされる毒性物質が産生され得ないような形質転換菌を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記の相同組換え頻度の向上した麹菌を利用することによって数十〜百kbにも及ぶ大きな染色体領域の欠失株を効率的に作製することに成功し本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は、相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌を用いる、染色体領域欠失株の作製方法であって、欠失の対象となる染色体領域の両端に相同領域が含まれるように形質転換した後、該相同領域に基く相同組換えを利用して該染色体領域を欠失させることから成る、前記作製方法に係るものである。
【0009】
本発明方法で使用する形質転換菌は、例えば、本明細書の実施例に具体的に記載される方法によって作製することが出来る、トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌由来であってKu遺伝子が抑制されていることにより相同組み換え頻度が上昇した菌である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、例えば、アフラトキシン生合成遺伝子クラスターのような数十kbに及ぶ染色体領域を、極めて効率的に欠失させることが出来、その結果、例えば、染色体において大きな領域を占める遺伝子クラスターの欠失株が容易に作製でき、安全性の面から極めて好ましい菌株を提供することが出来る。
【0011】
尚、同様の手法により欠失を起こす方法は相同組換え頻度の高い酵母では知られているが(非特許文献5)、酵母は元々相同組換え頻度が非常に高く、例えば、相同領域が600bp程度あれば88%程度の相同組換え頻度を有している。これに対して、元々、相同組換え頻度の低い麹菌では大領域の欠失はこれまでに報告例はなく、形質転換により相同組換え頻度の向上した麹菌を利用することによって初めて、染色体における大領域の欠損株の作製が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
欠失させる対象となる染色体領域の染色体上の位置、大きさ等に特に制約はないが、約 kbにも及ぶような大きな染色体領域を欠失させることができる点が本発明の特徴の一つである。このような大きな染色体領域の好適例として、アフラトキシンの毒性物質のような、安全面からそれらが菌によって産生されないことが望ましいような物質等の生合成に関与する一連の遺伝子を含むクラスターを挙げることが出来、これらの染色体上の位置、大きさなどは当業者に公知である。例えば、アスペルギルス・ソーヤのアフラトキシンの生合成に関与する一連の遺伝子を含む遺伝子クラスターには、23個の遺伝子が含まれ、その長さは約60kbに及ぶ。
【0013】
本発明方法において、相同領域(二重鎖DNA)に関しては、それによって挟まれた対象となる染色体領域全体を相同組換えによって欠失させることができる限り、その由来、塩基配列、長さ等に関して特に制約はない。形質転換の対象となる菌株とは別の種類の菌株に由来する配列又はDNA合成により人工的に製造されたものでも良い。
【0014】
相同組換えを効率よく行わせるためには、相同配列の長さは、通常、数百bp以上、好ましくは1kb以上とする。尚、相同領域が互いに逆方向を向いていると、切り出しが上手く起こらなかったり、又、染色体の分断化が生じる可能性があるので、相同領域は同じ方向を向いていることが好ましい。
【0015】
相同領域の例として、欠失の対象となる染色体領域と同じ染色体上に元来存在している塩基配列を挙げることが出来る。このような配列を使用する場合には、該配列を該染色体を鋳型とするPCR等の当業者に公知の任意のDNA増幅技術によって増幅し、増幅された配列を相同領域として該染色体領域の他端に相同組換えによって組み込むことによって、簡便に該染色体領域の両端に該相同領域が含まれる形質転換菌を作成することが可能となる。この相同領域を組み込む為の相同組換えは、該染色体を鋳型とするPCR等の適当なDNA増幅技術を用いて、該染色体領域の他端における相同領域を組み込む場所を含む適当な長さの塩基配列を増幅し、こうして増幅された塩基配列内に上記の相同領域を制限酵素処理等で挿入し、その結果得られる「欠失用ベクター」を使用して行われる。
【0016】
上記のように欠失の対象となる染色体領域が遺伝子クラスターである場合には、例えば、欠失の対象となる染色体領域のいずれかの端の最も外側に位置する遺伝子又はその一部を含む塩基配列をPCR等の適当なDNA増幅技術で増幅し、増幅された配列を相同領域として使用することによって、欠失の対象となる染色体領域の両端に該相同領域が含まれる形質転換菌を容易に作製することが出来る。
【0017】
従って、例えば、欠失の対象となる染色体領域がアフラトキシン遺伝子クラスターの場合には、本明細書中の実施例6に記載されたように、相同領域としてmoxY遺伝子を含む塩基配列を使用し、該相同領域をpksA遺伝子内に組み込むことで、目的とする形質転換菌を容易に作製することが出来る。
【0018】
このような場合には、相同領域に含まれている遺伝子クラスターの両端に位置する遺伝子又はその一部の塩基配列は相同領域に含まれているために、対象となる染色体領域が欠失した後も染色体に残る。しかしながら、遺伝子クラスターに含まれる該遺伝子以外の遺伝子群が欠失したことにより、その遺伝子クラスターが関与する物質がもはや生合成されなくなっているので、安全性の面から極めて好ましい菌株を提供するという、本発明の目的は充分に達せられることになる。従って、本発明において欠失の対象となる線束帯領域(遺伝子クラスター)には、或る物質の生合成に関与する全ての遺伝子が必ずしも含まれている必要はない。
【0019】
或いは、相同組換えによって欠失した染色体領域に含まれていた当該遺伝子の他の一部の塩基配列が失われたことにより、当該遺伝子の機能がもはや保持されていない状態(転写不能、機能性の蛋白質又はペプチドの翻訳不能等)になっている限り、本発明の効果は得られる。従って、欠失対象となる遺伝子クラスターの両端に位置する遺伝子が完全に欠失されている必要はない。
【0020】
更に、欠失の対象となる染色体領域の両端に相同領域が含まれるように形質転換した後、該相同領域に基く相同組換えを利用して作製された該染色体領域の欠失株を効率的に選択する目的で、欠失される染色体領域内に当業者に公知の任意のネガティブ選択可能なマーカー遺伝子を含まれているようにすることが好ましい。染色体領域内のネガティブ選択可能なマーカー遺伝子を組み込む位置に特に制約はないが、通常、相同領域と同様に、上記の欠失用ベクター内に制限酵素処理等で予め挿入しておくことが好ましい。
【0021】
その結果、選択用の薬剤を含む培地で得られた形質転換菌を培養することによって、染色体領域が欠失されずに残った菌はそこに含まれている該マーカー遺伝子の発現産物によって選択用の薬剤が細胞毒性物質に変換され細胞死に至る。一方で、対象となる染色体領域が欠失した形質転換菌は該培地で成育可能であり、このような目的とする形質転換菌を選択することが出来る。
【0022】
更に、相同領域が欠失させる染色体領域の他端に相同組換えによって組み込まれたことを確認する目的で、ネガティブ選択可能なマーカー遺伝子と同様に、上記の欠失用ベクター内にポジティブ選択可能なマーカー遺伝子も予め挿入しておくことが好ましい。
【0023】
以上のようなネガティブ選択可能なマーカー遺伝子とポジティブ選択可能なマーカー遺伝子とは別のものであっても良いが、一つの遺伝子で両方の選択が可能なものが依り好ましい。このようなネガティブ及びポジティブ両方の選択が可能なマーカー遺伝子の例として、図15に示したpyrG, sC及びniaD等を挙げることが出来る。
【0024】
本発明方法で使用する、「相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌」はトリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌のKu遺伝子を抑制することにより作製されたものである。
【0025】
本発明において、「相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌」は、トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌のKu遺伝子を抑制することにより作製されたものである。ここで、「有性世代を持たないトリコモナス科糸状菌」に菌学的に分類される菌の種類及び範囲は当業者に明らかであり、その代表的な例としては、アスペルギルス・ソーヤ又はアスペルギルス・オリゼ等のアスペルギルス属に、及びペニシリウム属等に属する菌を挙げることが出来る。これらの菌は、市販品として、又は、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)等の公的寄託機関から入手することも可能である。
【0026】
「Ku遺伝子」は、既に記載したように、例えば、Ku70遺伝子及びKu80遺伝子等の非相同組換え機構に関与する遺伝子である。その具体例として、アスペルギルス・ソーヤ由来のKu70遺伝子(配列番号1)及びKu80遺伝子(配列番号2又は配列番号3)、並びに、アスペルギルス・オリゼ由来のKu70遺伝子(配列番号4)及びKu80遺伝子(配列番号5又は配列番号6)を挙げることが出来る。尚、これらアスペルギルス・ソーヤとアスペルギルス・オリゼーのKu70遺伝子及びKu80遺伝子の相同性(アミノ酸レベル)は95%以上と高いことが判明した。又、これら遺伝子とアカパンカビのホモログとの相同性(アミノ酸レベル)は約50%である。
【0027】
即ち、Ku遺伝子の好適例として、配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたアミノ酸配列から成るタンパク質、又は、該アミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、又は、相同性(同一性)の程度が、全体の平均で、約90%以上、好ましくは約95%以上であり、かつ非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を挙げることが出来る。
【0028】
更に、Ku遺伝子の好適例として、配列番号1ないし6のいずれか一つの配列に示されたコード領域を含むDNA、又は、該DNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、非相同組換え機構に関与する機能を有するタンパク質をコードするDNAを挙げることが出来る。
【0029】
配列番号1ないし6における各コード領域は、アスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列に関する情報に基づいて、アカパンカビKuホモログとの配列の比較及びGT-AG則などによるイントロン配列の規則性を基に決定した。アスペルギルス・ソーヤのKuのゲノム配列はプライマーkuU459-kuL4222およびku2U830-ku2L4937(アスペルギルス・オリゼーのゲノム配列及びアカパンカビKuホモログのゲノム配列を基に作成)を用いてアスペルギルス・ソーヤATCC46250のゲノムDNAを鋳型としPCRにより増幅した断片をTOPO-TAクローニングkit(invitrogen社)によってクローニングした後、定法に従って配列を読むことによって決定した。
【0030】
ここで、ハイブリダイゼーションは、Molecular cloning third.ed.(Cold Spring Harbor Lab.Press,2001)に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0031】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0032】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、温度60℃〜68℃において、ナトリウム濃度150〜900mM、好ましくは600〜900mM、pH 6〜8であるような条件を挙げることが出来る。
【0033】
従って、配列番号1ないし配列番号4に示されたコード領域を含むDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとハイブリダイズできるDNAとしては、例えば、該DNAの全塩基配列との相同性の程度が、全体の平均で、約90%以上、好ましくは約95%以上である塩基配列を含有するDNA等を挙げることができる。尚、塩基配列間の同一性は、当業者に公知のアルゴリズム、例えば、Blastを用いて決定することができる。
【0034】
本発明の形質転換菌において、Ku遺伝子の抑制は当業者に公知の任意の方法で実施することが出来る。例えば、本明細書中の実施例に具体的に記載されているような方法で、Ku遺伝子破壊ベクターを使用してKu遺伝子を破壊したり、又は、Ku遺伝子のアンチセンス発現ベクターを利用するアンチセンスRNA法によって、Ku遺伝子を不活化することが可能である。こうして得られる形質転換菌は、このようなKu遺伝子の抑制に関する遺伝子操作が施される前の元の菌と比較して、相同組み換え頻度が顕著に上昇している。具体的には、少なくとも10倍、好ましくは、少なくとも約60倍上昇している。
【0035】
尚、以下の実施例1で作成された本発明の形質転換菌であるAspergillus sojae I-6株(wh,ΔpyrG)由来のΔKu70株(ASKUPTR8)は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに平成16年12月2日付で寄託され、受領番号FERM P-20311が付されている。その後、平成17年11月17日付で特許手続上の微生物の寄託等の国際的承認に関するブタペスト条約に基く国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-10453が付与されている。
【0036】
以下、実施例に則して本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何等制限されるものではない。尚、以下の実施例における各遺伝子操作の手段・条件等は、特に断わりがない限り、例えば、特開平8−80196号公報等に記載されている当業者に公知の一般的な方法に従い実施した。
【0037】
PCRは当業者に周知の条件及び手段を用いて、本発明の増幅用プライマーセットを使用して行うことが出来る。例えば、94℃で2分の後、94℃で10秒、55℃で20秒、72℃で2分を30サイクル行い、最後に72℃で5分を行う。なお、サーマルサイクラーとしては、Perkin Elmer社製9600など一般のサーマルサイクラーを用いることができる。耐熱性 DNAポリメラーゼとしては、ExTaq DNA Polymerase(宝酒造製)などの一般の市販品を用い、反応液の組成はポリメラーゼに添付の説明書に従って実施する。又、これらPCRで使用される各種プライマーは表3にまとめて示した。
【0038】
[相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌の作製]
使用菌株:
Aspergillus sojae I-6株(wh,ΔpyrG)及びAspergillus oryzae RIB40ΔpyrG株を用いた。ここで、Aspergillus sojae I-6株は ATCC46250から作成したpyrG deletion株(Takahashi et al.2004)であり、Aspergillus oryzae RIB40 ΔpyrG株はAspergillus oryzae ATCC42149から作成したpyrG deletion株である。
【0039】
使用培地:
ポリペプトンデキストリン(PD)培地(polypepton 1%, dextrin 2%, KH2PO4 0.5%, NaNO3 0.1%, MgSO4 0.05%, casamino acid 0.1%, pH 6.0)、CzapekDox (CZ) 最小培地、再生培地として1.2M ソルビトール CZ使用した。2mg/ml 5fluoroortic acid (SIGMA) および20mM Uridine含有CZ培地はpyrG-株のポジティブセレクション用の培地として使用した。.KClO3- mono-methylammonium-CZ agar plates (470 mM KClO3, 100 mM mono-methylammonium, CZ)はareAC末破壊株のネガティブセレクション用の培地として使用した。, タンニン酸培地 (Glucose 1%, Tannic-acid 1%, NH4PO4 0.2%, KH2PO4 0.2%, MgSO4 0.1%, Agar 1.5%, pH 7.5)はタンナーゼ破壊株のセレクション用の培地として使用した。
【0040】
形質転換:
150ml容三角フラスコ中の20mM Uridineを含むポリペプトンデキストリン液体培地50mlに分生子を接種し、30℃で約20時間振とう培養を行い、菌体を回収した。回収した菌体を0.7M KCl bufferで洗浄し、1%Lysing enzyme(シグマ社)を含む0.7M KCl buffer中で30℃、3時間緩やかに振とうし、プロトプラストを調製した。得られたプロトプラストを1.2Mソルビトール bufferで洗浄した後、プロトプラストPEG法により形質転換を行った。形質転換体の再生は0.5%agarを含む1.2Mソルビトール-CZ培地上で行った。
【0041】
Ku70破壊ベクターの構築:
Aspergilllus sojae染色体DNAを鋳型とし、プライマーku78U及びku3482L(アカパンカビのKu70の配列及び対応するアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列を基に作成)を用いたPCRを行った。増幅して得られた3.4kbDNA断片の塩基配列を決定し、それがKu70を含むことを確認した。この断片をTOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした。得られたプラスミドよりKu断片をEcoRIで切り出し、pUC18にサブクローニングした。このプラスミドをBglIIで切断し、末端にBglIIサイトを配置したプライマーpyrU204Bg、pyrL2924Bgを用いて増幅したpyrGを含む2.7kbDNA断片とライゲーションを行い、Ku70内部600bpの領域をpyrGで置き換えたベクターpkupyr1を構築した(図1)。さらにpPTRI(TAKARA社)を鋳型とし、プライマーptrBg2482U、ptrBg4443Lを用いて増幅したピリチアミン耐性遺伝子(ptrA)を含み両末端にBglIIサイトを持つ2.1kb ptrA断片とBglIIにて切断したpkupyr1とのライゲーションを行い、Ku内部600bpの領域がptrAで置き換わったベクターpkuptrHを構築した。Ku70破壊は図1に示すような方法で行った。
【0042】
Ku70アンチセンスRNA発現ベクターの構築:
Aspergillus sojae染色体DNAよりgpdA (glycelaldehyde3-phosphate dehydogenase遺伝子)のプロモーターおよびターミネーター配列を取得し、これに対してKu70のコード領域の5’側半分を逆方向につなぎ、KuアンチセンスRNA発現用のベクターを構築した(図2)。プライマーgp365U-Kおよびgp1458L-BHを用いてgpdプロモーターを増幅し、TOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした後、pUC18のKpnI-BamHIサイトにサブクローニングした。このベクターのBamHI-SalIサイトに、プライマーku714U-Slおよびku1764L-BHを用いて増幅後TAクローニングしたku断片を挿入し、さらにプライマーgpT2855U-SlおよびgpT3954L-Psを用いて増幅したgpdターミネーターをSalI-PstIサイトに挿入し、Kuアンチセンス発現用のコンストラクトを作成した。このコンストラクトを含む3kbKpnI-PstI断片をpPTRIのKpnI-PstIサイトに導入し、KuアンチセンスRNA発現用ベクターpRkuA1を構築した。
【0043】
Ku80破壊ベクターの構築:
Aspergillus sojae染色体DNAよりプライマーku2U936Xbおよびku2L4698K(アカパンカビのKu80の配列及び対応するアスペルギルス・オリゼーのゲノム配列を基に作成)を用いてPCRにより増幅して得られた3.9kbDNA断片の塩基配列を決定し、それがKu80を含むことを確認した。この断片をTOPO TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いてクローニングした。このベクターをBglII-MunIで切断し、pyrU204Bgおよびpyr2939Eを用いて増幅したpyrGを含む2.7kb断片とライゲーションし、Ku80破壊ベクターpKu80polを構築した(図3)。
【実施例1】
【0044】
Ku70破壊株の作成と遺伝子破壊がターゲッティング(相同組換え)頻度に与える影響:
Ku70破壊株を作成するために上記のKu70破壊ベクターpkupyr1を鋳型としてプライマーku78U-3482LでPCRを行い増幅されたDNA断片を用いて、A.sojae pyrG deletion株を形質転換した。0.5%agarを含む1.2Mソルビトール-CZ培地上で再生した形質転換よりゲノムDNAを取得し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果増幅断片が3.4kbから5.9kbにシフトしたKu遺伝子破壊株が99個の形質転換体から1株得られた(図4)。この株に対しpkupyr1中のpyrGをピリチアミン耐性遺伝子ptrAで置き換えたベクターpkuptrHをプライマーku78U-3482Lで増幅した断片で定法に従い、形質転換を行った。得られた形質転換体を2mg/ml-5FOA−CZに移し、5FOA耐性株を選抜した後、染色体DNAを抽出してプライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果、5FOA耐性として得られた12株中5株が、増幅断片が5.9kbから5.2kbへとシフトした株、即ち、Asku70内部のpyrGがptrAで置き換わり且つpyrG deletionであることが確認された。本発明の形質転換菌であるこのような株をA.sojae ASKUPTR8株と名づけた。(図5)。尚、この株には目立った表現形が存在せず、成長速度胞子着生能などについても親株との差は見られなかった。
【0045】
このΔKu70株(ASKUPTR8)を用いて相同組換えによってtannase遺伝子破壊株を取得し、遺伝子破壊(相同組換え)頻度を検証した。実験にはtannase遺伝子破壊ベクターpTanPN07(Takahashi et al. 2004 Mol. Gen.Genet.)を使用した。プライマーtanU250Xb-tanL3406EIを用いてpTanPN07を鋳型としてPCRを行い遺伝子破壊用の断片を増幅した。これを用いてA.sojae pyrG deletion株I-6およびA.sojae Ku70破壊株ASKUPTR8を形質転換した(図6)。野生型麹菌はタンニン酸プレート上でハローを形成するが、tannase遺伝子破壊株はハローを形成しなくなるため、容易にスクリーニングが可能である(図7)。それぞれ得られた形質転換体をタンニン酸プレート上に接種し、ハロー形成の有無を見た。表1に示すように親株のI-6株由来の形質転換体はほとんどがハローを形成し、破壊株は150株中2株しか得られず、破壊頻度は約1.3 %であったが、Ku70破壊株であるASKUPTR8由来の形質転換体は56株中42株がハローを形成しなくなり、破壊頻度が75%へと顕著に上昇することが明らかとなった(表1A)。また形質転換体ゲノムDNAを鋳型としてプライマーtanU42-tanL3518を用いてPCRを行った際に増幅されるバンドが3.5kbから6.0kbへシフトすることからtannase遺伝子の破壊が確認された(図8)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は1.4kbであった。
【実施例2】
【0046】
次にこの株を用いてKu80に対する遺伝子破壊頻度を調べた。Ku80破壊ベクターpKu80pol(図3)をプライマーku2U936Xb-ku2L4698Kを用いて増幅し、得られた断片を用いてI-6株およびASKUPTR8を形質転換した。得られた形質転換体よりゲノムDNAを抽出し、これを鋳型としてku2U830-ku2L4937によりPCRを行った。親株では3.5kbのバンドがKu80破壊株では4.0kbにシフトするため、破壊株が判別できる(図9)。その結果I-6株では42株中1株のみでKu80が破壊されており破壊頻度は2.4%であったが、ASKUPTR8株(ΔKu70株)では25株中18株でKu80が破壊されており破壊頻度は72%に上がっていることが確認された(表1C)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は1.0kbであった。
【実施例3】
【0047】
Ku70アンチセンスRNA発現株の作成とターゲッティング頻度に与える影響:
上記のKuアンチセンスRNA発現ベクターpRkuA1を環状の状態でA.sojae pyrG deletion株I-6に導入し、KuアンチセンスRNA発現用のコンストラクトが導入された本発明の形質転換体4株(kuA1,A2,A3,A4株)を得た。形質転換体の選択はピリチアミンにより行った。またKuアンチセンスRNA発現用のコンストラクト導入の確認はPCRおよびサザンハイブリダイゼーションにより行った。これらの株を用いてareA C末破壊実験を行った。実験にはベクターarePXB(Takahashi et al. 2004)を用いた。arePXBをNotI-Xhoでcutした後、これを用いてkuA1株等を形質転換し、得られた形質転換体をCZ-KClO3-100mM モノメチルアンモニウム培地上に移し、生育抑制が見られる株の数を調べた。その結果親株のI-6由来の形質転換体でareA C末破壊が見られたのは約0%あるいは0.7%に過ぎなかったのに対し、kuA1株、 kuA3株、 及びkuA4株ではそれぞれ約12.5%、8%の株で破壊が見られ、破壊頻度は10倍以上に上昇していた(表1B)。尚、上記相同組換えにおける相同領域アーム長は0.9kbであった。
【0048】
次にtannase破壊用ベクターpTanPNO7(Takahashi et al. 2004)を使用してtannase破壊実験を行った。野生株はタンニン酸培地上でハローを形成するが、Tannase破壊株はハローを形成しなくなるため判別できる。その結果I-6由来の形質転換体ではtannase破壊の頻度は約1%であったのに対し、kuA1株及びkuA4株ではそれぞれ約16%、12%となり親株の10倍以上に上昇していることが判明した(表1A)。
【実施例4】
【0049】
A.oryzaeのKu70遺伝子破壊株を用いたtannase破壊頻度の検証:
A.oryzae RIB40 pyrG deletion株を用いてプロトプラストを調製し、Ku70破壊ベクターpkupyr1を鋳型としてプライマーku78U-3482Lで増幅した断片を用いて定法に従い形質転換を行った。1.2MソルビトールCZで再生し、得られた形質転換体からゲノムDNAを抽出し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果増幅断片が3.4kbから5.9kbにシフトしたku遺伝子破壊株が30株中3株得られた(図10)。この株に対しpkupyr1中のpyrGを含む2.7kbBglII断片をピリチアミン耐性遺伝子ptrAで置き換えたベクターpkuptrHをプライマーku78U-3482Lで増幅した断片で定法に従い、形質転換を行った。得られた形質転換体のうち5FOA-CZプレート上で生育する株からゲノムDNAを抽出し、プライマーkuU459-kuL4222を用いてPCRを行った。その結果、5FOA耐性として得られた6株中4株が増幅断片が5.9kbから5.2kbへとシフトした株、即ち、Ku70内部のpyrGがptrAで置き換わり且つpyrG deletionである株であることが確認された。本発明の形質転換菌であるこのような株をA.oryzae RkuN16ptr1株と名づけた。
【0050】
この株を使用してtannase破壊頻度を検証するためにプライマーtanU250Xb-tanL3406EIを用いてpTanPN07(Takahashi et al. 2004)を鋳型としてPCRを行いtannase遺伝子破壊用の断片を増幅した。この断片を用いて定法に従いA.oryzae Ku70破壊株RkuN16ptr1を形質転換した。得られた22個の形質転換体をタンニン酸培地に移しハロー形成の有無を見た。その結果、22株中14株がハローを形成しなくなり、この株のtannase破壊頻度は63.4%に上昇したことが判明した(表1A)。
【実施例5】
【0051】
相同領域アーム長がターゲッティング頻度に与える影響:
tannase遺伝子座をtargetとして相同領域アーム長のターゲッティング頻度に与える影響を検証した。tannase破壊ベクターpTanPNO7を鋳型とし、プライマーtanU889-tanL2473、tanU1350-tanL2134、tanU1379-tanL1986を用いてそれぞれアーム長500bp、100bp、50bpに相当する断片を増幅し、Ku70破壊株(ASKUPTR8)を用いて形質転換をおこなった。結果を表2に示す。その結果アーム長が.1.4kbの場合にはターゲッティング頻度が75%であるのに対し、アーム長が500bp,100bp,50bpの場合はそれぞれ、ターゲッティング頻度が14.3%、0%、0%であった。これらの結果から相同領域アーム長と相同組換え頻度には正の相関があり、100bp以下の極端に短いアームの場合には相同組換え株はほとんど得られないが、500bp程度でも約14%の頻度でターゲッティングできることが判明した(表2)。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【実施例6】
【0055】
[該染色体領域欠失株の作製]
実験方法
実施例1で作製したAspergillus sojae ASKUPTR8株(wh, ΔpyrG, Ku70::ptrA)を使用した。尚、使用培地及び形質転換は、相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌の作製の場合と同様である。
【0056】
アフラトキシン生合成遺伝子クラスター欠失用ベクターの構築
pksAの領域を含む3kbの断片をprimer pkdelUおよびpkdelL(表4参照)を用いてPCRにより増幅し、TOPO-TAクローニングキットを用いてクローニングした。このプラスミドをSmaIで消化し、脱リン酸化した後、primer vbdelUおよびvbdelLを用いてPCRにより増幅したmoxYを含む2.1kb をHincIIで消化することにより得られた1.7kb断片(配列番号7)をライゲーションした。得られたプラスミドをHpaIで消化した後、脱リン酸化を行い、ここにprimer pyrGUstおよびpyrGLstを用いて増幅したpyrGマーカーを含む2.7kb断片をStuIで消化してライゲーションし、アフラトキシン生合成遺伝子クラスター全長欠失ベクターpVb3-PG2を作製した(図12A)。
【0057】
【表4】

【0058】
サザンハイブリダイゼーション
サザンハイブリダイゼーションはHybond-N+のメンブレンフィルター(アマシャムファルマシア社)を使用し、一般的な方法により行った。検出にはDIG Luminescent Detection Kit(ロシュ社)を使用し、メーカーの推奨する方法で行った。pksAおよびmoxYのプローブの作製はそれぞれpkUとpkLおよびmoxUとmoxLのプライマーを用い、PCR DIG Probe Synthesis Kit(ロシュ社)によって行った。
【0059】
結果と考察
アフラトキシンクラスター全長欠失用ベクターpvb3-PG2を鋳型とし、primer pkdelUおよびpkdelLを用いてPCRにより増幅した8kb断片を用いてA. sojae ASKUPTR8株を親株として形質転換を行った(図11、図12A)。得られた形質転換体6株からゲノムDNAを抽出し、サザンハイブリダイゼーションによるベクター組込みの確認を行った。サザンハイブリダイゼーションによる解析の結果、pksAプローブを用いた場合には親株で5.7 kbと1.3 kbのバンド(図12B、レーン1)がベクター組込み株では10 kbと1.3 kbへとシフトした(図12B、レーン2)。またmoxYプローブを用いた場合には親株では6 kbのバンドのみが見られる(図12C、レーン1)のに対し、ベクター組込み株では6 kbのバンドに加えて10 kbのバンドが見られるようになった(図12C、レーン2)。このことからpksAサイトへのベクターの組込みが確認され、ベクター組込み株AskuptrP2-1株が得られた。また解析した6株全てで同様のベクター組込みが確認された。このAspergillus sojae由来のAskuptrP2-1株は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに2006年2月1日付で、特許手続上の微生物の寄託等の国際的承認に関するブタペスト条約に基く国際寄託され、受領番号FERM BP-10498が付されている。
【0060】
ここからアフラトキシンクラスター全長欠失株を取得するために、ベクター組込み株(AskuptrP2-1)から分生子を回収し、5FOA含有CZプレートにまいて30℃で10日間培養した後、5FOA耐性株を選択した(図13参照)。耐性株の出現頻度は1X105あたり1個の割合であった。
【0061】
5FOA耐性株を10株選択し、DNAを抽出してサザンハイブリダイゼーションを行った。図14B、レーン1は親株に対応し、レーン2からレーン11は5FOA耐性株(AskuptrP2-1-F1~ AskuptrP2-1-F10)に対応する。その結果pksAをプローブとして使用した場合にはBglII消化で親株では5.7 kbと1.3 kbにバンドが見られるが(図14B、レーン1)、5FOA耐性株では10株中9株で7.5 kbへのバンドのシフトが見られた(図14B、レーン2、レーン4〜11)。残りの1株では10 kbと1.3 kbのバンドが見られる(図14B、レーン3)ことからクラスターの切り出しが起こらずにベクターが残ったままの状態であると考えられた。またmoxYをプローブとして用いた場合には親株では6 kbのバンドのみであるのに対し(図14C、レーン1)、5FOA耐性株の10株中9株では7.5 kbのバンドへのシフトが見られた(図14C、レーン2、レーン4〜11)。これらの結果はアフラトキシンクラスターの全長が切り出されたパターンと一致しており、このことからこれらの株(AskuptrP2-1-F1, AskuptrP2-1-F3 ~ AskuptrP2-1-F10)はアフラトキシン生合成遺伝子クラスターの全長が欠失している株であることが確認された(図12A下段)。また残りの1株(AskuptrP2-1-F2)では6kbと10kbのバンドが見られることからベクターが残ったままの状態であることが確認され、このことからpyrG部位に何らかの変異が起きて不活性化してものと考えられる。尚、このAspergillus sojae由来のAskuptrP2-1-F1株は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに2006年2月1日付で、特許手続上の微生物の寄託等の国際的承認に関するブタペスト条約に基く国際寄託され、受領番号FERM BP-10499が付されている。
【0062】
以上の結果より取得された5FOA耐性株10株中9株でアフラトキシンクラスター内部の領域(約55kb)の切り出しが起きており、高頻度でアフラトキシンクラスターの欠失株が作製できることが起こることが確認された。よって本発明方法により麹菌ではこれまで作製することが非常に困難であった染色体大領域の欠失変異株が効率的に取得できることが示された。また本方法で得られた変異株はpyrGマーカーを欠失しているため、pyrGマーカーを使用して何度でも繰り返しの改変が可能なだけでなく、外来DNA等の挿入が必要ないため、食品生産に使用するにも問題がない変異株の作製が可能であり、工業的にも極めて有用であると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の方法を用いて得られた染色体領域欠損株ではアフラトキシン等の毒性物質の遺伝子クラスターを欠失していることから、安全性の面から極めて好ましいものである。その結果、これまでは非常に困難であった麹菌の染色体レベルでの遺伝子改変更に効率的に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】Ku70遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図2】Ku70アンチセンスRNA発現株の作成を示す模式図である。
【図3】Ku80遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図4】アスペルギルス・ソーヤKu70破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図5】アスペルギルス・ソーヤKu部位へのptrA挿入の結果を示す電気泳動の写真である。
【図6】Tannase遺伝子破壊株の作成を示す模式図である。
【図7】Tannase遺伝子破壊株の表現形によるスクリーニングの結果を示す写真である。
【図8】Tannase遺伝子破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図9】Ku80破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図10】アスペルギルス・オリゼKu70破壊の結果を示す電気泳動の写真である。
【図11】本発明の一例である、アフラトキシン(AF)遺伝子クラスター欠失株作製のストラテジーを示す概略図である。
【図12】アフラトキシン遺伝子クラスター欠失用ベクターの構造、及びその組込みの結果を示すサザンブロットの写真である。
【図13】5FOA耐性株の取得を示す写真である。
【図14】アスペルギルス・ソーヤのアフラトキシン遺伝子クラスター欠失株が作製されたことを示すサザンブロットの写真である。
【図15】麹菌で使用可能なポジティブ・ネガティブ両方の選択が可能なマーカーを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリコモナス科糸状菌に属し有性世代を持たない菌であってKu遺伝子が抑制されていることにより相同組み換え頻度が上昇した形質転換菌を用いる、染色体領域欠失株の作製方法であって、欠失の対象となる染色体領域の両端に相同領域が含まれるように形質転換した後、該相同領域に基く相同組換えを利用して該染色体領域を欠失させることから成る、前記作製方法。
【請求項2】
染色体領域が毒性物質の生合成に関与する遺伝子クラスターを構成している、請求項1記載の作製方法。
【請求項3】
毒性物質がアフラトキシンである、請求項2記載の作製方法。
【請求項4】
相同領域が欠失の対象となる染色体領域と同じ染色体上に元来存在している塩基配列である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項5】
相同領域が欠失の対象となる染色体領域のいずれかの端の最も外側に位置する遺伝子又はその一部を含む塩基配列から成る、請求項4記載の作製方法。
【請求項6】
欠失の対象となる染色体領域の一端の最も外側に位置する遺伝子又はその一部を含む塩基配列を増幅し、増幅された配列を相同領域として該染色体領域の他端の最も外側に位置する遺伝子内に相同組換えによって組み込むことによって、該染色体領域の両端に相同領域が含まれるようにすることを特徴とする、請求5記載の作製方法。
【請求項7】
相同領域がmoxY遺伝子を含む塩基配列であり、該相同領域がpksA遺伝子内に組み込まれていることを特徴とする、請求項6記載の作製方法。
【請求項8】
相同領域が配列番号7に示される塩基配列を有する、請求項7記載の作製方法。
【請求項9】
相同領域に基く相同組換えにより欠失される染色体領域内にネガティブ選択可能なマーカー遺伝子が含まれる、請求項1〜8のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項10】
ネガティブ選択可能なマーカー遺伝子がpyrG, sC 又はniaDから選択される、請求項9記載の作製方法。
【請求項11】
形質転換菌がアスペルギルス・ソーヤ及びアスペルギルス・オリゼ由来である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の作製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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