説明

栄養富化米製造方法

【課題】搗精して糠層と胚芽とを除去してもγ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含む栄養富化米の製造方法の提供。
【解決手段】原料となる生籾2を圃場の稲から得る収穫S1と、生籾2を乾燥させずに、56℃以上の所定の温度の浸漬槽に所定時間にわたって浸漬し、生籾2の胚乳部を含む部分におけるγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化させて生籾2を栄養富化籾3にする栄養富化工程S8と、栄養富化籾3を乾燥させる乾燥工程S9と、乾燥された栄養富化籾4の籾殻を除去した栄養富化玄米4aを搗精して胚芽および糠層を除去して白米とし、γ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含有する栄養富化白米5を得る搗精工程S10とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚乳部にγ−アミノ酪酸を豊富に含む米の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、γ−アミノ酪酸の摂取は、高血圧の予防や血流の改善の効果があるといわれ、γ−アミノ酪酸を多く含有する食品が製造されている。また、胚芽を有する玄米を発芽させて発芽玄米にすると、γ−アミノ酪酸やビタミンB群等の栄養分を通常の玄米よりも富化させることができると、一般に知られている。
【0003】
従来の発芽玄米は、発芽に適した温度の水中に玄米を浸漬して発芽させることで製造されていた。従来の発芽玄米は、胚芽が0.5mm〜2.0mm程度の大きさに成長し外見的に発芽が確認できるいわゆる「ハト胸状態」になったものであり、発芽にともなう生理作用によって、主に胚芽と糠層とに集中してγ−アミノ酪酸等の栄養分が富化していた。また、発芽玄米の技術を応用し、胚芽を残して糠層を除去した発芽胚芽米を製造する技術も一般に知られている(例えば、特許文献1を参照)。通常の玄米にはγ−アミノ酪酸が2mg/100g〜3mg/100g、白米には約1mg/100g程度しか含まれていないのに対し、発芽玄米や発芽胚芽米においてはγ−アミノ酪酸が5mg/100g〜20mg/100g程度にまで富化しており、白米と比較して5倍〜20倍相当に達する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、発芽玄米や発芽胚芽米は、胚芽および糠層が残存しているために白米より食味が劣るという問題があり、一般に広く消費されるに至っていなかった。また、発芽玄米や発芽胚芽米は、γ−アミノ酪酸等の栄養分が胚芽および糠層に集中して富化しているので、搗精して胚芽および糠層を除去した白米にすると、発芽にともなって富化したγ−アミノ酪酸等の栄養分が通常の白米と同等になるまで低下してしまうという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、上記の実状に鑑み、搗精して糠層と胚芽とを除去してもγ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含む栄養富化米を製造する栄養富化米製造方法の提供を課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の栄養富化米製造方法は、「平均含水率が23%以上であって発芽していない未発芽籾を、
加熱手段によって56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することで前記未発芽籾の胚乳部においてγ−アミノ酪酸を含む栄養分を富化する栄養富化工程
を有する」ことを特徴とするものである。
【0007】
ここで、「未発芽籾」とは、胚芽の伸長が外観的に確認困難な状態である籾を意味する。先述のように発芽玄米は、胚芽が膨らんでハト胸状態となったことが目視で確認できるものであるのに対し、未発芽籾は、ハト胸状態となるまで胚芽の伸長が進んでいないものを示す。
【0008】
また、「γ−アミノ酪酸を含む栄養分」とは、デンプンの他に米に含有される種々の栄養分であり、γ−アミノ酪酸以外にも、例えば、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンE、葉酸、パントテン酸等を挙げることができる。以下、「γ−アミノ酪酸等の栄養分」と記す場合には、「γ−アミノ酪酸を含む栄養分」を示すものとする。
【0009】
また、本発明においては、「胚乳部」は、厳密に胚乳のみに限定されるものではなく、一般的な方法で精白された白米に含まれる米の部分全体を示すものである。すなわち、搗精によって白米を得るときには、一般的には所謂「十分搗き」として歩留まり90%程度に精米して白米を得る。本発明においても、一般的な白米において付着する程度の微量の胚芽および糠層の付着分を含めて「胚乳部」とする。
【0010】
また、「栄養富化米」とは、γ−アミノ酪酸等の栄養分について、発芽過程の生体活動、特に胚芽の伸長に先立つ生体活動によって胚乳部において栄養富化が生じた米を示す。従来の発芽玄米は、胚芽の伸長にともなう生体活動の中で特に胚芽および糠層に集中して栄養富化が生じた米であったが、胚芽が未成長のままでγ−アミノ酪酸等の栄養分がより多く富化している方が胚芽の伸長による栄養分の消費を防ぐことができるので、胚芽の伸長は進行していない方がむしろ望ましい。また、「栄養富化米」は、胚乳部においてγ−アミノ酪酸等の栄養分が富化しているので、胚芽および糠層を除去してもγ−アミノ酪酸等の栄養分の喪失を抑制することができる。従って、「栄養富化米」には、上記の栄養富化の後に搗精等によって胚芽および糠層が除去された白米、胚芽米および分搗き米も含まれる。
【0011】
なお、以下において籾の含水率について言及する際は、その籾から籾殻を除去した状態の玄米の含水率を示すものとする。
【0012】
本発明によれば、籾殻がついており胚芽および糠層を有し平均含水率が23%以上の状態にある籾を、栄養富化工程において56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することにより、γ−アミノ酪酸等の栄養分が、胚芽や糠層だけでなく胚乳部においても富化した栄養富化米を製造することができる。
【0013】
従来の発芽玄米では、発芽過程において富化するγ−アミノ酪酸等の栄養分は、主に胚芽に集中しており、白米にするために胚芽と糠層とを除去してしまうとこれらの栄養分は大幅に失われてしまったが、本発明の栄養富化米製造方法によって得られる栄養富化米は、胚芽および糠層のみでなく胚乳部においても栄養が富化するため、搗精して白米にしても富化した栄養の大部分が残存し高い栄養価を保持することができる。本発明によって得られた栄養富化米は、乾燥・搗精によって糠層および胚芽が除去されても、通常の白米の5倍以上に相当する5mg/100g以上のγ−アミノ酪酸を含有する。
【0014】
また、本発明によれば、籾殻が付いた状態の籾を加熱するため、米粒の内部への熱の伝導が間接的となり、米粒の内部における熱の変化を緩やかにすることができる。これにより、米粒の内部における熱による酵素の不活性化の進行を緩やかにすることができる。
【0015】
また、本発明によれば、原料の籾の平均含水率が23%以上であれば、籾を発芽させることなくγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化することができる。栄養富化工程に先立って浸漬によって平均含水率を23%以上に高められた籾であってもよいし、収穫直後の高水分状態にあって浸漬によらずとも平均含水率が23%以上である籾であってもよい。原料の籾を発芽させないので、発芽のための浸漬も不要であり、浸漬にともなう籾の胴割れの発生を抑制することができる。本発明によって得られる栄養富化米は、胴割れが抑制されているため、籾摺り、乾燥、および搗精を経ても砕米になる虞を低減することができる。
【0016】
原料に使用する籾の含水率が低すぎると、栄養富化工程における反応が進まず十分にγ−アミノ酪酸等の栄養分が富化しない場合がある。本発明では籾の平均含水率が23%以上であるときに効果を得ることができるが、より顕著な効果を得るためには平均含水率24%以上とすることがより望ましく、平均含水率26%以上とするとさらに効果を高めることができる。
【0017】
一般に、乾燥された籾の平均含水率は、14〜16%程度に維持されているが、このような含水率が低い籾を原料として使用する場合には浸漬等によって含水率を適切な水準まで高める必要がある。含水率を高める手段は特に限定するものではなく、浸漬、テンパリング、加圧加水など種々の方法が可能である。また、生籾のようにあらかじめ含水率が高い状態の籾を原料とする場合には水分を付加する必要はない。なお、本発明では平均含水率が23%を超える水準に達すれば効果を得ることができるため、浸漬によって水分付加する場合であっても、従来の発芽玄米における発芽のための浸漬のように胚芽が伸長するほど長時間の浸漬を行う必要はない。
【0018】
また、従来の発芽玄米は、炊飯時に通常の白米と混ぜることで胚芽と糠層とに起因する食味の問題が改善されていたが、通常の白米と混合すると重量あたりのγ−アミノ酪酸等の栄養分が減少し摂取量が小さくなってしまっていたのに対し、本発明の栄養富化米は、通常の白米と同様の精白度に搗精してもγ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含む栄養富化白米を得ることができるので、炊飯時に通常の白米と混ぜる必要がなく、同量の米飯で、従来の発芽玄米よりも豊富にγ−アミノ酪酸を摂取することができる。
【0019】
また、本発明によれば、栄養富化米の製造のために必要な設備を簡素なものとすることができる。すなわち、加熱手段として、例えば、温水を満たした浸漬槽があれば本発明を実施することが可能である。その他の加熱手段としては、電熱ヒーター、ガスヒーター、高温高湿状態を維持する空調設備を備えたタンク、マイクロ波を照射して加熱する装置、遠赤外線を照射して加熱する装置等を挙げることができる。事業規模や栄養富化米の生産量に応じて設備の規模を最適化することで、製造コストの上昇を抑制することができる。栄養富化米の製造に必要なその他の設備としては、乾燥機、籾摺機、精米機などがあるが、これらは一般に白米を製造する場合に使用される設備を利用することができる。
【0020】
また、加熱手段は、単に原料の未発芽籾に熱を加えて温度を上昇させるだけではなく、所定の温度に調節して保持するためのものであり、各種の付随する構成を備える。例えば、浸漬槽であれば、温水を供給する給湯手段、冷水を供給する給水手段、浸漬槽内部を攪拌して温度を均等化する攪拌手段、浸漬槽の水温を検出する水温検出部、および水温検出部が検出した水温と所定の温度とを比較して給湯手段および給水手段を制御する水温制御部を備えるものを示すことができる。
【0021】
なお、栄養富化工程における加熱温度が50℃を超えると酵素の働きが活性化され、栄養富化の作用が生じる。この栄養富化の作用は56℃前後から顕著となり、温度の上昇につれてさらに向上する。一方、加熱温度が60℃を超えると酵素の変性による不活性化が生じるようになり、温度が高まるほど酵素の変性による不活性化が急速に進行する。本発明においては、加熱温度が56℃より低い場合には、酵素の反応性が低下し栄養富化の効率が低く、γ−アミノ酪酸等の栄養分の増加が不十分となる。一方、加熱温度が62℃〜63℃前後を超えると、酵素の不活性化による反応の低下が生じる。さらに、加熱温度が68℃を超えると、温度上昇にともなう栄養富化の作用の向上よりも、酵素の不活性化による反応の低下が顕著となるために栄養富化が不十分となる虞がある。このため、栄養富化工程における加熱温度は56℃以上68℃以下とすることが望ましく、栄養富化の効率を考慮すると、加熱温度は60℃以上63℃以下とすることが特に望ましい。
【0022】
また、栄養富化工程においては、加熱時間が3分以上であれば、γ−アミノ酪酸の含有量が通常の白米の5倍以上となるまで富化させることができる。また、15分以上の加熱時間を設けると、γ−アミノ酪酸の含有量を通常の白米の10倍以上となるまで富化させることができる。加熱時間が30分程度までは栄養富化の進行速度が比較的大きく効率が高いが、加熱時間が30分を超えると栄養富化が鈍化し効率が低下する。さらに、60分を超えると栄養富化の効果の向上は著しく鈍化する。栄養富化が鈍化した後にも加熱を続けることは時間効率およびエネルギー効率の点において無駄が多いため、加熱時間は60分以内に限定することが望ましく、時間効率およびエネルギー効率を考慮すると、加熱時間は30分以下がより望ましい。
【0023】
さらに、本発明によれば、原料の籾は未発芽籾であり、栄養富化工程において56℃以上68℃以下の温度で加熱することによって胚芽を伸長させることなくγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化することができるため、胚芽の伸長のために栄養分が消費されることを抑制し、γ−アミノ酪酸等の栄養分を保持し、さらに栄養豊富な米を製造することができる。
【0024】
また、本発明によれば、原料の籾を発芽させる必要がないため、従来の発芽玄米製造方法が必要とした発芽のための長時間の浸漬を省略することができる。一般に、発芽玄米の製造においては、24〜72時間に及ぶ長時間の浸漬が必要とされているのに対し、本構成によれば、極めて短時間に栄養富化米を製造することができる。
【0025】
さらに、本発明の栄養富化米製造方法は、「前記未発芽籾は、未乾燥の生籾である」ものとしてもよい。
【0026】
本発明によれば、収穫後に未乾燥のままの生籾を使用することができる。これにより、収穫後の籾を乾燥する工程や、乾燥籾に対して水分を付加する工程を省略し、効率よく栄養富化米を製造することができる。
【0027】
また、生籾を使用すれば、浸漬等による水分付加の必要がなく、雑菌の繁殖を抑制することができるので、殺菌のための設備や工程を省略することができる。これにより、低コストにて品質を損なうことなく栄養富化米を製造することができる。
【0028】
さらに、本構成によれば、生籾を使用するため、胴割れ発生の虞を大幅に抑制することができる。胴割れが発生すると、乾燥後に搗精したときに米粒が砕けて砕米となりやすい上に、炊飯時にはべとべとした飯になりやすいので食味が著しく低下するが、本構成によれば、栄養富化米は搗精が容易であり、胴割れに起因する食味の低下を抑制することができる。
【0029】
また、収穫後まもなくの生籾を原料として栄養富化米を製造することができるので、一旦乾燥した籾を原料とする場合とは製造時期をずらすことが可能であり、設備の稼働率を向上させることができる。また、高水分状態で収穫された籾を原料として利用することが可能であるので、栄養富化米製造用の籾の収穫時期を一般の収穫時期から意図的にずらして早期収穫を行ったり雨天の後に収穫したりして、製造設備の負荷集中を抑制することもできる。
【0030】
生籾を原料として使用した場合にも乾燥籾を原料とした場合と同様に56℃以上68℃以下の範囲の温度条件で栄養富化米の製造が可能であり、栄養富化工程の設備を共通化することができるが、生籾を使用する場合には、さらに収穫後の乾燥にともなうコストを低減させることができる。
【0031】
また、本発明の栄養富化米製造方法は、「前記未発芽籾を、0℃より高く10℃以下の温度の水に所定時間にわたって浸漬し、前記未発芽籾の平均含水率を23%以上に高める低温浸漬工程
を、前記栄養富化工程よりも前に、さらに有する」構成としてもよい。
【0032】
本構成によれば、栄養富化工程に先立って籾の含水率を高める低温浸漬工程では、籾の発芽には不適な10℃以下の低温の水に浸漬するため、発芽を抑制しながら籾の含水率を高めることができる。これにより、栄養富化工程に必要な含水率まで水分付加しつつ、胚芽の伸長のためにγ−アミノ酪酸等の栄養分が消費される虞を抑制することができる。
【0033】
また、従来の発芽玄米の製造工程における浸漬のように、発芽に適した20℃〜35℃程度の温度域で浸漬を行うと雑菌の繁殖が促進され、異臭の発生や食味の劣化の原因となるのに対し、本構成の低温浸漬工程においては10℃以下の低温で浸漬するために雑菌の繁殖を抑制することができる。これにより、殺菌処理を省略し、製造コストを低減させることができる。また、オゾン曝露や高温蒸気曝露等の殺菌処理による食味の悪化を抑制することができる。
【0034】
さらに、本構成によれば、寒冷期には自然の冷気によって0℃よりも高く10℃以下の温度に水温を保つ環境を準備することができるので、栄養富化米製造に要するエネルギー消費を抑制することができる。
【0035】
なお、低温浸漬工程における浸漬時間は、平均含水率14〜16%程度の通常の乾燥籾を原料とした場合には、30時間以上の浸漬を行うことで所定の含水率の水準に到達させることができる。浸漬時間は品種や浸漬水の水温等によって多少異なるが、通常は30時間から60時間で十分な含水率とすることができる。
【0036】
また、本発明の栄養富化米製造方法は、「前記未発芽籾を、50℃以上65℃以下の温度の水に浸漬し、前記未発芽籾の平均含水率を23%以上に高める高温浸漬工程
を、前記栄養富化工程よりも前に、さらに有する」構成としてもよい。
【0037】
本構成によれば、50℃以上の高温の水に浸漬するため、速やかに籾に吸水させて含水率を高めることができる。一般的な発芽玄米の製造工程のように20℃〜35℃の水に浸漬した場合と比較すると極めて短時間に含水率を高めることができる。また、50℃以上の温度域では籾は発芽しないので、発芽を抑制しながら籾の含水率を高めることができる。これにより、栄養富化工程に必要な含水率まで水分付加しつつ、胚芽の伸長のためにγ−アミノ酪酸等の栄養分が消費される虞を抑制することができる。
【0038】
高温浸漬工程の浸漬時間は、通常は60分以上であればよいが、籾の品種や高温浸漬工程以前の含水率、浸漬する水温等によって所要時間は変動するため、十分に含水率を高めるためには、90分乃至180分にわたって浸漬を行うことが望ましい。高温浸漬工程が長時間にわたると籾に変色や異臭が生じる虞があるので、浸漬時間は120分以下がより望ましい。また、水温が60℃を超えて高くなるほど酵素の変性が進行するため、高温浸漬工程の水温は65℃以下に留めることが望ましい。なお、生籾等、比較的含水率が高い状態にある籾を原料とする場合には、平均含水率を23%以上に高めることが可能な範囲で60分未満の時間で高温浸漬工程を行うようにしてもよい。
【0039】
また、高温浸漬工程と栄養富化工程とを連続的に行ってもよい。すなわち、高温浸漬工程において56℃〜65℃の水に籾を浸漬して水分を付加し、籾の含水率が所定の水準に達した後に引き続き浸漬を行って栄養富化させる構成としてもよい。また、50℃〜65℃の水に浸漬して含水率を高めた後に56℃〜68℃に水温を調整して栄養富化工程を行ってもよい。このように高温浸漬工程と栄養富化工程とを連続して行うと、同一の浸漬槽で高温浸漬工程と栄養富化工程とを比較的短時間に済ませることができるので、加熱に要するエネルギーの損失を抑制することができる。
【0040】
ところで、栄養富化工程においては、原料の籾が平均含水率23%以上の状態であって、なおかつ56℃以上の温度で籾を加熱する必要がある。従って、高温浸漬工程において栄養富化工程と共通する温度域である56℃〜65℃の水温で浸漬を行ったとしても、平均含水率が23%未満の場合には顕著な栄養富化の効果は得られない。ただし、56℃〜65℃の水温で浸漬中に平均含水率が23%以上となれば、続いて栄養富化工程に移行することができる。
【0041】
さらに、高温浸漬工程は、より低い温度における浸漬と組み合わせて行うようにしてもよく、例えば、本発明の栄養富化米製造方法は、「前記未発芽籾を、0℃より高く10℃以下の温度の水に5時間以上にわたって浸漬して吸水させた後に、50℃以上65℃以下の水に浸漬して前記未発芽籾の平均含水率を23%以上に高める段階浸漬工程を、前記栄養富化工程よりも前にさらに有する」構成とすることができる。
【0042】
本構成によれば、米の発芽には不適な温度域である10℃以下の低温の水に浸漬して籾の含水率を高めた後に、50℃〜65℃の水に浸漬して平均含水率を23%以上となるまでさらに高める。当初は発芽には不適な低温で浸漬するため、原料の籾は発芽しないまま含水率が上昇する。また、50℃以上の比較的高温における浸漬においても、籾の発芽には温度が高過ぎるので、籾は発芽しないままで、低温の水に浸漬し続けた場合よりも早期に栄養富化工程に必要な水準まで含水率を高めることができる。米を発芽させることなく栄養富化工程によってγ−アミノ酪酸等の富化を行うことができるので、胚芽の伸長にともなう米の内部におけるγ−アミノ酪酸等の消費を抑制し、より栄養の豊富な栄養富化米を提供することができる。
【0043】
本構成によれば、50℃〜65℃の水に浸漬する高温浸漬工程と、より低温の水に浸漬する工程とを組み合わせた段階浸漬工程により、加熱に要するエネルギーを減少させ、エネルギー効率を改善することができる。特に、本構成のように低温浸漬工程の後に高温浸漬工程を短時間行うように組み合わせると、加熱に必要なエネルギー消費を小さくすることができる上、雑菌の繁殖の抑制や、胚芽の伸長の抑制が可能である。低温浸漬工程によって含水率が高められた後に高温浸漬工程を行う場合には、高温浸漬工程の浸漬時間は1時間以上とする必要はなく、通常より短い時間で平均含水率を23%以上に高めることが可能である。
【0044】
なお、段階浸漬工程においては、「50℃以上65℃以下の水」の代わりに「10℃より高く50℃未満の温度の水」に浸漬するようにしてもよい。10℃以下の低温における浸漬で含水率が高まっているので、発芽に適した温度域であっても胚芽の伸長が進まない内に所定の含水率に到達させることが可能であり、10℃以下の水に浸漬した後に、引き続き10℃より高く50℃未満の温度の水に浸漬する構成によっても栄養豊富な栄養富化米を製造することができる。
【0045】
また、本発明の栄養富化米製造方法は、「胚芽および糠層を有し平均含水率が23%以上であって発芽していない玄米を、
加熱手段によって56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することで前記玄米の胚乳部においてγ−アミノ酪酸を含む栄養分を富化する栄養富化工程
を有する」構成としてもよい。
【0046】
本構成によれば、籾摺りを済ませた玄米を原料として栄養富化米を製造することができる。籾殻がついていない玄米を原料として使用すると、籾を原料とした場合よりも米粒の内部への熱の伝達が早いために栄養富化工程における所要時間を短くすることができる。本構成における栄養富化工程の加熱時間は、20秒〜60分とすることができる。また、玄米の場合には栄養富化の進行が早いだけでなく、籾の場合よりも熱の伝達が早いので酵素の変性による効率低下もより早く生じるため、栄養富化工程は、20秒〜30分に留めることが望ましく、さらには、栄養富化工程の効率がより高い20分以内に留めることがより望ましい。
【0047】
玄米を原料とする場合にも、籾の場合と同様に浸漬によって水分付加して含水率を高めてから栄養富化工程を行うことができる。玄米を原料とすると籾殻がないので吸水性が高く、籾よりも早く含水率を高めることが可能である。
【0048】
また、生籾を未乾燥のままで籾摺りした生玄米を原料として利用することもできる。生玄米を原料とすると、生籾を原料とした場合よりも栄養富化工程における加熱時に胚芽、糠層、および胚乳部に熱が伝わりやすく、かつ、栄養富化に先立つ水分付加の必要がないので、栄養富化米製造の所要時間をさらに短縮することができる。
【発明の効果】
【0049】
このように、本発明によれば、米が発芽しない高温で加熱する栄養富化工程によって、短時間で胚乳部においてγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化し、搗精して胚芽および糠層を除去してもγ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含む栄養富化米を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の栄養富化米製造方法を示す説明図である。
【図2】実験1の実験結果を示すグラフである。
【図3】実験2の実験結果を示すグラフである。
【図4】実験3の実験結果を示すグラフである。
【図5】実験5の実験結果を示すグラフである。
【図6】実験7の実験結果を示すグラフである。
【図7】実験10の実験結果を示すグラフである。
【図8】実験12の実験結果を示すグラフである。
【図9】実験13の実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0051】
以下、本発明の栄養富化米製造方法の一実施形態について、図1に基き説明する。図1は、栄養富化米製造方法1の工程を示す説明図である。
【0052】
まず、原料として生籾を利用する場合を説明する。図1に示すように、まず、コンバイン等で圃場で稲を収穫し(収穫S1)、生籾2を得る。未乾燥の生籾2は、通常は平均含水率が23%〜27%程度の高水分状態にある。通常の米の収穫後には、この生籾2を乾燥機で乾燥し、保存に適した状態まで含水率を低下させるが、本例の栄養富化米製造方法1においては、この生籾2を、乾燥させず高水分状態のままで栄養富化工程S8にて処理する。栄養富化工程S8では、温度が60℃に調整された水を内部に溜めた浸漬槽に生籾2を浸漬する。浸漬時間は20分間である。従来の発芽玄米の製造方法とは異なり、生籾2を浸漬する浸漬槽の水温は60℃と高く、籾の発芽には温度が高過ぎる。また、浸漬時間も20分間と短いので籾は発芽しない。栄養富化工程S8が終了すると、外見的に発芽の兆候は現れないが、米粒の内部においては酵素の働きによってγ−アミノ酪酸等の栄養分の富化が生じており、処理された籾は栄養富化籾3となる。栄養富化籾3は、γ−アミノ酪酸を10〜23mg/100g程度含有しており、通常の玄米の約5〜約10倍程度にγ−アミノ酪酸が富化している。また、栄養富化籾3においては、γ−アミノ酪酸の多くは胚乳部に含まれている。栄養富化籾3を穀物用の乾燥機で乾燥し(乾燥工程S9)、含水率を約15%に低下させて乾燥された栄養富化籾4を得ることができる。ここで、生籾2が、本発明の未発芽籾に相当し、栄養富化籾3および乾燥された栄養富化籾4が、本発明の栄養富化米に相当する。
【0053】
栄養富化籾4を籾摺りした栄養富化玄米4aは、搗精して胚芽および糠層を除去し(搗精工程S10)、白米である栄養富化白米5とすることができる。栄養富化白米5は、胚芽および糠層が除去されているが、胚乳部にγ−アミノ酪酸等の栄養分を豊富に含んでいる。例えばγ−アミノ酪酸の含有量は、栄養富化玄米4aの75〜90%相当に達し、従来の白米と比較すると10倍以上に富化している。ここで、栄養富化白米5が、本発明の栄養富化米に相当する。
【0054】
次に、収穫後、保存に適した含水率まで乾燥(乾燥S2)した乾燥籾8を原料とする場合を説明する。乾燥籾8を原料とした場合には、栄養富化工程S8に先立って含水率を高めることで乾燥籾8を原料として栄養富化米を製造することができる。この場合には、栄養富化工程S8における処理が可能な水準まで含水率を上昇させるために、水分富化工程S3を栄養富化工程S8に先立って行う。水分富化工程S3は、種々の方法が可能であるが、本実施形態においては低温浸漬工程S5を行う。低温浸漬工程S5では、6℃前後の水温の低温浸漬槽に乾燥籾8を30〜60時間にわたって浸漬して平均含水率を23%以上に高める。浸漬時間は、原料とする米の品種等の諸条件に合わせて決定する。浸漬によって原料の含水率が所定の水準に到達し高水分籾6となったら、低温浸漬工程S5を終了し、栄養富化工程S8以降の処理を行う。一般的な籾の発芽には浸漬水の温度は10℃より高いことが必要とされるのに対し、低温浸漬工程S5の浸漬水の温度は6℃前後であり発芽には適さない低温であるので高水分籾6の発芽を抑制することが可能であり、未発芽状態のままで栄養富化工程S8の処理を行うことができる。
【0055】
水分富化工程S3としては、低温浸漬工程S5の他に、浸漬工程S4、高温浸漬工程S6、段階浸漬工程S7等を例示することができる。浸漬工程S4は、低温浸漬工程S5よりも水温が高い10℃〜50℃の水に浸漬する処理を行う。これにより、低温浸漬工程S5よりも短時間の内に含水率を高めることができるが、籾の発芽および雑菌の繁殖に適した温度域であるため、処理が長時間に及ぶと胚芽が伸長してしまったり、細菌が繁殖して異臭を生じさせる虞があるので注意が必要である。高温浸漬工程S6は、50℃〜65℃の比較的高い水温で浸漬するため、浸漬工程S4よりもさらに早く吸水させることが可能であり、3時間以内に乾燥籾8の平均含水率を23%以上に高めることができる。また、高温浸漬工程S6によれば、発芽に適した温度域よりも高温である50℃以上の水温に籾を浸漬するため、胚芽の伸長を抑制することができる。段階浸漬工程S7は、低温浸漬工程S5、浸漬工程S4、および高温浸漬工程S6を組み合わせ、段階的に浸漬処理を行って籾の含水率を高めるものである。例えば、低温浸漬工程S5で12時間浸漬して吸水させた後に高温浸漬工程S6で1時間浸漬して含水率を所定の水準まで高めることができる。段階浸漬工程S7によれば、比較的低い温度域で長時間の浸漬を行うことで細菌の繁殖や胚芽の伸長などの籾の変質を抑制しつつ含水率をゆっくり上昇させた後に、比較的高い温度域で短時間の浸漬を行って吸水させて所定の水準まで含水率を高めることができるので、低温浸漬工程S5のみで所定の水準まで含水率を高める場合よりも所要時間を短縮することができる。
【0056】
また、生籾2が気候の影響などによって乾燥してしまった場合など、生籾2の平均含水率が必要な水準に満たない場合には、生籾2に水分富化工程S3の処理を行って含水率を向上させてもよい。
【0057】
また、籾殻を除去して玄米としてから各工程を行うこともできるので、収穫S1の後に籾摺りして生籾2を生玄米2aとしてから後の工程の処理を行ってもよい。同様に乾燥籾8を籾摺りして乾燥玄米8aとしてから後の工程の処理を行ってもよい。籾殻を除去すると、吸水性や熱の伝達性が高まるため、籾殻を除去した後の工程の所要時間を短縮することが可能である。ここで、生玄米2aおよび乾燥玄米8aが、本発明の玄米に相当する。
【0058】
以下、上記の実施例に関する実験の結果を示して栄養富化米製造方法1の効果について表1〜表10および図2〜図9に基づき詳細な説明を行う。図2は、実験1の実験結果を示すグラフであり、図3は、実験2の実験結果を示すグラフであり、図4は、実験3の実験結果を示すグラフであり、図5は、実験5の実験結果を示すグラフであり、図6は、実験7の実験結果を示すグラフであり、図7は、実験10の結果を示すグラフであり、図8は、実験12の結果を示すグラフであり、図9は、実験13の結果を示すグラフである。
【0059】
以下の実験において、米の平均含水率は、一般の直流抵抗式の単粒水分計を使用して測定した。また、米に含まれるγ−アミノ酪酸等の栄養分は、財団法人日本食品分析センターにて分析した。
【0060】
実験1
実験1は、本発明の栄養富化米製造方法によって胚乳部においてγ−アミノ酪酸が富化することを示す実験である。以下、表1および図2に基づき、実験1について詳細に説明する。
【0061】
まず、実施例1および実施例2について説明する。
収穫後の含水率が高いままの平成19年産秋田こまちの生籾を原料とし、浸漬槽にて60℃〜63℃の水中に30分間にわたって浸漬して栄養富化した。栄養富化後は脱水および乾燥を行い、籾殻を除去して栄養富化玄米とした。ここで得られた栄養富化玄米が実施例1であり、実施例1と同じ条件で製造された栄養富化玄米を搗精して胚芽と糠層とを除去して得られた栄養富化白米が実施例2である。実施例1および実施例2についてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0062】
実施例1の栄養富化玄米のγ−アミノ酪酸含有量は、18.8mg/100gであり、実施例2の栄養富化白米のγ−アミノ酪酸含有量は、14.2mg/100gであった。実施例2の栄養富化白米のγ−アミノ酪酸の重量あたり含有量は、実施例1の約75%に相当する。
【0063】
続いて、実施例3および実施例4について説明する。
収穫後に乾燥して保管されていた平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、25℃の水に25時間にわたって浸漬して含水率を28.1%まで高めた後、浸漬槽にて60℃の水中に20分間にわたって浸漬して栄養富化した。栄養富化後は脱水および乾燥を行い、籾殻を除去して栄養富化玄米とした。ここで得られた栄養富化玄米が実施例3であり、実施例3と同じ条件で製造された栄養富化玄米を搗精して得られた栄養富化白米が実施例4である。実施例3および実施例4についても同様にγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0064】
実施例3の栄養富化玄米のγ−アミノ酪酸含有量は、20.4mg/100gであり、実施例4の栄養富化白米のγ−アミノ酪酸含有量は、17.9mg/100gであった。実施例4の栄養富化白米のγ−アミノ酪酸の重量あたり含有量は、実施例3のγ−アミノ酪酸の重量あたり含有量の約88%に相当する。
【0065】
次に、比較例1および比較例2について説明する。
比較例1および比較例2は平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とした。比較例1は、原料の籾を35℃の水に24時間にわたり浸漬して催芽した後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去した玄米であり、比較例2は、比較例1の玄米から胚芽および糠層を除去して得られた白米である。比較例1および比較例2についても同様にγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0066】
比較例1は、従来の発芽玄米と同様に浸漬により催芽しただけで栄養富化工程を行っていないものであり、γ−アミノ酪酸含有量は9.5mg/100gであった。また、比較例2の白米のγ−アミノ酪酸含有量は、2.3mg/100gであった。
【0067】
次に、実施例5および比較例3について説明する。
収穫後に乾燥させて保管されていた平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、約20℃の水に27時間にわたって一次浸漬して含水率を25.6%まで高めた後、実施例5は、約5℃の水に48時間にわたって二次浸漬を行ったものであり、比較例3は、約30℃の水に48時間にわたって二次浸漬を行ったものである。実施例5および比較例3は、二次浸漬終了後に浸漬槽にて60℃の水中に20分間にわたって浸漬して栄養富化した。いずれも栄養富化後は脱水および乾燥を行い、籾殻を除去して搗精し栄養富化白米とした。
【0068】
実施例5は、発芽の進行を阻害する低温にて二次浸漬を行ったものであり、発芽は認められなかった。一方、比較例3は、発芽に適した温度で二次浸漬を行ったものであり、発芽が認められた。γ−アミノ酪酸の含有量を比較すると、実施例5は、22.9mg/100gであったのに対し、発芽後に栄養富化工程を行った比較例3は、11.3mg/100gであった。
【0069】
【表1】

【0070】
以上のように、本発明の栄養富化米製造方法によれば、生籾および乾燥籾の双方について、胚乳部でγ−アミノ酪酸が富化する効果が得られた。また、未発芽状態で栄養富化した場合には、発芽状態で栄養富化した場合よりも大きな効果が得られた。
【0071】
実験2
実験2は、栄養富化工程における加熱温度と栄養富化の効果との関係を示す実験である。以下、表2および図3に基づき、実施例で説明する。
実験2においては、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、35℃の水中に24時間にわたり浸漬して平均含水率を約29%に高めた後、浸漬槽にて20分間浸漬して栄養富化した。栄養富化工程の浸漬温度は夫々55℃〜68℃の異なる温度で10群の試料について実験を行った。各試料とも栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去した後に、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0072】
実験2の結果、栄養富化工程における浸漬温度が55℃の試料においてはγ−アミノ酪酸は4.1mg/100gであったが、56℃〜58℃の範囲では5.0mg/100gを超えており、さらに59℃〜68℃の範囲では10mg/100gを超えるγ−アミノ酪酸含有量の栄養富化白米を得ることができた。
【0073】
【表2】

【0074】
以上のように、栄養富化工程における浸漬温度が56℃以上68℃以下の範囲においてγ−アミノ酪酸を富化することができた。
【0075】
実験3
実験3は、栄養富化工程における加熱時間と栄養富化の効果との関係を示す実験である。以下、表3および図4に基づき、実施例で説明する。
実験3においては、平成19年産キヌヒカリの乾燥籾を原料とし、30℃の水中に25時間にわたり浸漬して平均含水率を約28%に高めた後、浸漬槽にて63℃の水に浸漬して栄養富化した。浸漬時間は3分、5分および7分の3通りとして夫々1群の試料について実験を行った。各試料とも栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去した後に、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米とした。さらに、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、35℃の水中に24時間にわたり浸漬して平均含水率を約29%に高めた後、浸漬槽にて60℃の水に浸漬して栄養富化した。栄養富化工程の浸漬時間を夫々15分〜180分の異なる時間として6群の試料について実験を行った。各試料とも栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去して栄養富化白米とした。以上の全ての試料についてγ−アミノ酪酸の含有量を測定した。以下、実験条件の相違を考慮し、浸漬時間3分〜7分の試料を「A群」、浸漬時間15分〜180分の試料を「B群」と示す。
【0076】
実験3の結果、A群およびB群のすべての試料でγ−アミノ酪酸の含有量が6.0mg/100g以上となり、栄養富化工程の浸漬時間が15分以上であるB群の試料では10mg/100g以上となった。
【0077】
【表3】

【0078】
以上のように、栄養富化工程における浸漬時間が3分以上180分以下の範囲においてγ−アミノ酪酸の富化を確認した。また、50分〜60分程度の浸漬時間を経過した後には、さらに浸漬を継続しても栄養富化の効果の向上が認められなくなった。
【0079】
実験4および実験5
実験4および実験5は、栄養富化工程における原料の籾の含水率と栄養富化の効果との関係を示す実験である。以下、表4、表5および図5に基づき、実施例で説明する。
実験4では、実施例7、比較例4および比較例5について比較を行った。平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、水分付加して含水率を高めるために25時間にわたって25℃の水に乾燥籾を浸漬した。その後、脱水および乾燥を行い籾殻を除去して玄米として比較例4とした。また、水分付加のための浸漬の後に栄養富化工程として60℃の水に20分間浸漬したものから得た玄米を実施例7とし、浸漬の後に一旦乾燥してから栄養富化工程として60℃の水に20分間浸漬したものから得た玄米を比較例5とし、夫々γ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0080】
表4に示すように、実験4の結果、実施例7は、γ−アミノ酪酸の含有量が20.4mg/100gに達したのに対し、栄養富化の前に乾燥を行った比較例5は、5.8mg/100gの含有量にとどまった。また、栄養富化工程を行わなかった比較例4のγ−アミノ酪酸含有量は、4.6mg/100gであった。
【0081】
【表4】

【0082】
実験5では、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、5通りの浸漬時間を設定し、6時間30分〜27時間30分にわたって25℃の水に夫々原料の乾燥籾を浸漬し、平均含水率が夫々23%〜27.4%と相違するようにして5群の試料を得た。各試料について栄養富化工程として60℃の水に20分間浸漬した後、脱水および乾燥を行い、籾殻を除去し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を測定した。
【0083】
表5および図5に示すように、実験5の結果、平均含水率23%の状態で栄養富化した場合のγ−アミノ酪酸含有量は5.0mg/100gに達した。また、含水率の上昇にともなって栄養富化後のγ−アミノ酪酸含有量も増加し、平均含水率27.4%では栄養富化後のγ−アミノ酪酸含有量は14.9mg/100gに達した。
【0084】
【表5】

【0085】
以上のように、平均含水率が23%以上の状態で栄養富化工程を行うとγ−アミノ酪酸の含有量が胚乳部において顕著に富化した(5mg/100g以上)。また、平均含水率が高まるにつれて栄養富化の効果は向上した。
【0086】
実験6
実験6は、籾の発芽が阻害される50℃以上の高温または10℃以下の低温で籾を浸漬して含水率を高めた場合の栄養富化の効果を示す実験である。以下、表6に基づき、実施例で説明する。
実施例9は、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、51℃の水に浸漬して含水率を28.4%に高めた後に栄養富化、乾燥、籾摺り、搗精を行って白米としたものである。実施例10は、同じく平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、6℃の水に浸漬して含水率を24.6%に高めた後に60℃の水に20分間浸漬して栄養富化し、乾燥、籾摺り、搗精を行って白米としたものである。以上についてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0087】
実験6の結果、実施例9のγ−アミノ酪酸含有量は、14.4mg/100gであり、実施例10のγ−アミノ酪酸含有量は、11.1mg/100gであった。
【0088】
【表6】

【0089】
以上のように、籾の発芽に不適当な10℃以下の水および50℃以上の水に浸漬して含水率を高めてから栄養富化工程を行った場合にも胚乳部にγ−アミノ酪酸を富化する効果が得られた。
【0090】
実験7
実験7は、10℃以下の低温で浸漬した場合の浸漬時間、および50℃以上の高温で浸漬した場合の浸漬時間と含水率との関係を示す実験である。以下、表7および図6に基づき、実施例で説明する。
実験7では、平成19年産ハツシモの乾燥籾を原料として浸漬し、浸漬時間による平均含水率の変化を計測した。乾燥籾の浸漬前の平均含水率は13.9%であった。浸漬温度は10℃および50℃であり、10℃の試料に関しては浸漬開始から48時間経過するまで、50℃の試料に関しては浸漬開始から16時間が経過するまでの平均含水率を随時測定した。また、60℃および65℃の水に浸漬した場合についてもあわせて表7に結果を示す。
【0091】
実験7の結果、10℃の水に浸漬した場合には、31時間経過した時点での計測値で平均含水率が23.1%に到達した。一方、50℃の水に浸漬した場合には、2時間30分経過した時点で平均含水率が23.8%に到達した。また、60℃の水に1時間15分浸漬した場合には平均含水率が24.2%となり、65℃の水に1時間15分浸漬した場合には平均含水率が25.4%となった。
【0092】
【表7】

【0093】
以上のように、10℃の水に浸漬した場合には、浸漬時間が約30時間で平均含水率が23%を超えた。また、50℃の水に浸漬した場合には、2時間30分以内に平均含水率が23%を超えた。また、60℃および65℃の水に浸漬した場合には、1時間15分経過時点で24%以上の含水率に達しており、1時間前後で平均含水率が23%を超えたと推定された。
【0094】
実験8
実験8では、表8に基づき、乾燥した籾の含水率を高めるための浸漬と、栄養富化のための浸漬とを一連の浸漬によって行う方法について実施例で説明する。
実験8では、平成19年産コシヒカリの籾を原料とし、3群に試料を分けて夫々55℃〜65℃の水に浸漬して栄養富化した後に、脱水、乾燥し、籾殻を除去し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を測定した。浸漬時間は5時間〜7時間であり、実験後に測定された平均含水率は29.9%〜30.7%であった。
【0095】
実験8によれば、実験後の白米のγ−アミノ酪酸含有量は、14.8mg/100g〜17.9mg/100gに達した。
【0096】
【表8】

【0097】
以上のように、55℃〜65℃の水に浸漬して含水率を高め、そのまま引き続き浸漬して栄養富化した場合にも、γ−アミノ酪酸を富化する効果が得られた。
【0098】
実験9
実験9では、表9に基づき、玄米を原料とした場合の栄養富化の効果について実施例で説明する。
実験9では、平成19年産秋田こまちの生籾を27℃の水に12時間にわたって浸漬した高水分籾を原料とし、籾摺りして高水分玄米とした後に、浸漬槽にて63℃の水中に8秒〜30秒にわたって浸漬して栄養富化した。その後、脱水および乾燥し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0099】
実験9の結果によれば、浸漬時間が20秒でγ−アミノ酪酸は5.5mg/100gに富化した。また、浸漬時間が8秒の場合においても、4.9mg/100gと、通常の白米よりもγ−アミノ酪酸が富化していた。
【0100】
【表9】

【0101】
以上のように、生玄米を原料とした場合において、8秒という短時間の栄養富化工程でγ−アミノ酪酸を多少富化する効果が生じ、20秒以上の加熱を行うことによってさらに高い栄養富化の効果を得ることができた。
【0102】
実験10
実験10では、表10および図7に基づいてビタミン類の栄養分の富化について実施例で説明する。
実験10では、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、17℃〜25℃の水温で28時間にわたって浸漬して高水分籾とした後に、浸漬槽にて60℃の水中に20分間にわたって浸漬して栄養富化した。栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、実施例11の栄養富化白米を得た。また、実施例11の原料と同じ乾燥籾の籾殻を除去し、搗精して胚芽および糠層をさらに除去して得た白米を比較例6とし、夫々についてビタミンB1、ビタミンB2、ビタミン6、ビタミンE、葉酸、およびパントテン酸について含有量を計測した。
【0103】
表10および図7に示したように、実施例11のビタミン類(ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンE、葉酸、パントテン酸)の含有量は、比較例6に対して1.2倍〜2.5倍となっていた。
【0104】
【表10】

【0105】
以上のように、本発明の栄養富化米製造方法によるビタミン類の栄養分の富化が認められた。
【0106】
実験11
実験11は、空気中で加熱した場合の栄養富化の効果を示す実験である。以下、表11に基づき、実施例で説明する。
実験11では、平成19年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、浸漬によって含水率を高めた後に水切りし籾摺りして高水分玄米とたものを、ビニル袋に詰めて63℃で1時間保温して栄養富化した後に、乾燥および搗精を行い、胚芽と糠層とをさらに除去して栄養富化白米とした。実験は、浸漬時間を変えて含水率に差異を生じさせた5群の試料について行った。含水率を高めるための浸漬時間は夫々約8時間〜約22時間であり、含水率は、23.5%〜27.2%であった。
【0107】
実験11の結果によれば、白米のγ−アミノ酪酸含有量は、7.4mg/100g〜13.8mg/100gとなった。
【0108】
【表11】

【0109】
以上のように、原料の米を水中に浸漬せず空気中で加熱した場合でも栄養富化の効果を得ることができた。
【0110】
実験12
実験12は、生籾を原料として用いた場合の栄養富化工程における加熱温度と栄養富化の効果との関係を示す実験である。以下、表12および図8に基づき、実施例で説明する。
実験12においては、平成20年産コシヒカリの生籾を原料とした。実験開始時の原料の生籾の平均含水率は26.5%であり、含水率を高めるための浸漬は行わず、そのまま栄養富化工程として浸漬槽にて60分間浸漬して加熱した。栄養富化工程の加熱温度は、52℃、56℃、60℃、63℃、68℃、73℃の6通りとし、夫々1群の試料について実験を行った。各試料とも栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去した後に、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0111】
実験12の結果、加熱温度が52℃の試料においてはγ−アミノ酪酸の含有量は1.3mg/100gであったが、56℃〜73℃の試料では5.0mg/100g以上であった。さらに56℃〜68℃の試料におけるγ−アミノ酪酸の含有量は10mg/100g以上であった。
【0112】
【表12】

【0113】
以上のように、56℃〜73℃の浸漬温度における栄養富化工程によりγ−アミノ酪酸を所定の水準以上に富化することができた。ただし、73℃の加熱温度においては56℃〜68℃の場合よりもγ−アミノ酪酸の含有量が低下しており、56℃〜68℃の範囲においてより優れた効果を得ることができた。
【0114】
実験13
実験13は、栄養富化工程における加熱時間と栄養富化の効果との関係を示す実験である。以下、表13および図9に基づき、実施例で説明する。
実験13においては、平成20年産コシヒカリの生籾を原料とした。実験開始時の原料の生籾の平均含水率は26.5%であり、含水率を高めるための浸漬は行わなず、そのまま栄養富化工程として浸漬槽にて浸漬して加熱した。栄養富化工程の加熱温度は63℃であり、加熱時間は夫々5分、10分、20分、30分、60分、120分および180分の7通りとして夫々1群の試料について実験を行った。各試料とも栄養富化後に脱水および乾燥を行い、籾殻を除去した後に、搗精して胚芽および糠層をさらに除去し、栄養富化白米としてγ−アミノ酪酸の含有量を測定した。
【0115】
実験13の結果、栄養富化工程において5分以上の加熱を行った全ての試料でγ−アミノ酪酸の含有量が5.0mg/100g以上となり、栄養富化工程の加熱時間が10分以上の試料では10mg/100g以上となった。さらに、栄養富化工程の加熱時間が20分以上の試料では20mg/100g以上となった。
【0116】
【表13】

【0117】
以上のように、生籾を原料とした場合にも、栄養富化工程における加熱時間が5分〜180分の範囲においてγ−アミノ酪酸の富化を確認した。ただし、60分程度の加熱時間を経過した後には、栄養富化を継続しても栄養富化の効果の向上が認められなくなった。
【0118】
実験14
実験14は、低温浸漬工程S5の後に栄養富化を行った場合の効果、及び段階浸漬工程S7の後に栄養富化を行った場合の効果を示す実験である。以下、表14に基づき説明する。
実施例12は、平成20年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、低温浸漬工程S5として1℃〜5℃の水に40時間にわたって浸漬して平均含水率を23.0%に高めた後に、栄養富化工程S8として60分間にわたり空気中で63℃で保温して栄養富化し、乾燥、籾摺り、搗精を行って白米としたものである。実施例13は、同じく平成20年産コシヒカリの乾燥籾を原料とし、段階浸漬工程S7として、4℃〜5℃の水に27時間にわたって浸漬し(低温浸漬工程S5)、さらに50℃の水に30分間浸漬して(高温浸漬工程S6)平均含水率を23.0%に高めた後に、栄養富化工程S8として60分間にわたり空気中で63℃で保温して栄養富化し、乾燥、籾摺り、搗精を行って白米としたものである。以上についてγ−アミノ酪酸の含有量を計測した。
【0119】
実験14の結果、実施例12のγ−アミノ酪酸含有量は、12.9mg/100gであり、実施例13のγ−アミノ酪酸含有量は、12.8mg/100gであった。
【0120】
【表14】

【0121】
以上のように、籾を10℃以下の水に浸漬して23%以上の含水率にして栄養富化工程を行った場合に、胚乳部にγ−アミノ酪酸が富化した。同様に、籾を10℃以下の水に浸漬した後に、50℃以上の水に浸漬して含水率を高めてから栄養富化工程を行った場合にも、胚乳部にγ−アミノ酪酸が富化した。10℃以下の低温及び50℃以上の高温のもとにおいては籾を浸漬しても発芽しないため、未発芽のままの籾の胚乳部にγ−アミノ酪酸を富化することができる。
【0122】
実験15
実験15は、段階浸漬工程S7における含水率向上に要する時間を示す実験である。実験15では、平成20年産コシヒカリの乾燥籾を5℃〜8℃の水に300分間(5時間)〜480分間(8時間)にわたって浸漬(低温浸漬工程S5)した後に、引き続き50℃の水に60分間〜120分間にわたって浸漬(高温浸漬工程S6)して水分を付加し、籾の含水率を向上させた。以下、表15に基づき説明する。
【0123】
実験15の結果、浸漬前の乾燥籾の平均含水率は14.7%であったのに対し、浸漬後の籾の平均含水率は23.0%〜24.5%であった。300分間(5時間)にわたり5℃〜8℃での低温浸漬を行った後に、続いて50℃での高温浸漬を90分間行うことで平均含水率を23%以上とすることができた。また、低温浸漬の浸漬時間を480分間(8時間)と変えた場合、及び高温浸漬の浸漬時間を120分と変えた場合にも同様に平均含水率を23%以上とすることができた。表7及び図6に示したように、低温浸漬工程S5では、10℃の低温で浸漬した場合には300分間の浸漬を行っても平均含水率が17.7%であり、23%以上となるまでに1860分間(31時間)必要であったのに対して、実験15によれば、390分間(6時間30分)で平均含水率を23%以上とすることができ、必要な含水率まで水分付加を行うのに要する時間を顕著に短縮することができた。なお、実験15においては高温での浸漬の浸漬温度を50℃としたが、これをより高い温度とすれば籾に対する水分の浸透を早めることができる。これにより、浸漬時間が60分間であっても23%以上の平均含水率とすることが可能である。
【0124】
【表15】

【0125】
このように、上記の栄養富化米製造方法1によれば、籾殻がついており胚芽および糠層を有する生籾2または高水分籾6を、栄養富化工程において56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することにより、γ−アミノ酪酸等の栄養分が、胚乳部において富化した栄養富化籾3を製造することができる。
【0126】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、栄養富化籾3は、胚芽および糠層のみでなく胚乳部においても栄養が富化するため、籾摺りおよび搗精を行って栄養富化白米5としても富化した栄養の大部分を残存させることができる。すなわち、通常の白米のγ−アミノ酪酸の含有量は約1mg/100gであり、比較例2の催芽した玄米由来の白米のγ−アミノ酪酸の含有量は2.3mg/100gであるのに対し、栄養富化白米5は、生籾を原料とした実施例2は14.2mg/100gであり、乾燥籾を原料とした実施例4は17.9mg/100gであり、胚芽および糠層が除去されていてもγ−アミノ酪酸の含有量は、通常の白米と比較して14倍〜18倍相当に富化する。
【0127】
また、本発明によれば、原料の籾の平均含水率が23%以上であれば、発芽していない籾においてγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化することができる。栄養富化工程に先立って浸漬によって平均含水率を23%以上に高められた高水分籾6であってもよいし、未発芽の生籾2であってもよい。
【0128】
なお、上記の栄養富化米製造方法1によれば、表5および図5に示すように、籾の平均含水率が23%以上であるときに顕著な栄養富化の効果を得ることができ、含水率が高まるほどその効果を高めることができる。顕著な栄養富化の効果を得るためには平均含水率24%以上とすることがより望ましく、平均含水率26%以上とするとさらに効果を高めることができる。
【0129】
さらに、上記の栄養富化米製造方法1によれば、原料の生籾2および乾燥籾8はいずれも未発芽籾であり、かつ発芽を抑制することによって、胚芽を伸長させることなくγ−アミノ酪酸等の栄養分を富化することができる。これにより、胚芽が伸長するために栄養分を消費することを抑制し、従来の発芽玄米よりも栄養豊富な栄養富化白米5を製造することができる。
【0130】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、収穫後に未乾燥のままの生籾2を原料として使用することができる。これにより、乾燥S2および水分富化工程S3を省略し、効率よく栄養富化白米5を製造することができる。また、水分富化工程S3を省略することで雑菌の繁殖を抑制することができるので、殺菌のための設備や工程を省略することができる。
【0131】
さらに、生籾2を原料とする場合には、胴割れ発生の虞を大幅に抑制することができるので、搗精S10によって精白して栄養富化白米5を製造することができる。
【0132】
また、収穫後まもなくの生籾2から栄養富化白米5を製造することができるので、一旦乾燥した籾を原料とする場合とは製造時期をずらすことが可能であり、設備の稼働率を向上させることができる。また、高水分状態で収穫された籾を原料として利用することが可能であるので、栄養富化米製造用の籾の収穫時期を一般の収穫時期から意図的にずらして早期収穫を行ったり雨天の後に収穫したりして、製造設備の負荷集中を抑制することもできる。
【0133】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、栄養富化工程S8においては、籾殻が付いた状態の米粒を加熱するため、米粒の内部への熱伝達が緩やかとなり、米粒の内部における酵素の変性の急速な進行を抑制することができる。
【0134】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、γ−アミノ酪酸等の栄養分を富化した栄養富化白米5を製造することができる。従来の発芽玄米とは異なり、食味を改善するためにγ−アミノ酪酸の乏しい通常の白米を混合する必要がないので、同量の米飯で、従来の発芽玄米よりも豊富にγ−アミノ酪酸を摂取することができる。
【0135】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、浸漬槽によって栄養富化工程S8を行うことができるので、特別な設備は必要なく、簡単な設備で栄養富化白米5を製造することができる。
【0136】
なお、籾に対する加熱温度が68℃を超えると、酵素が変性して不活性化が急速に進行するために反応が低下し栄養富化が不十分となりやすい。一方、加熱温度が56℃より低い場合には、酵素の反応性が低下し栄養富化の効率が著しく低下する。このため、栄養富化工程における加熱温度は56℃以上68℃以下とすることが望ましく、栄養富化効率と、品質水準の安全マージンとを考慮すると、加熱温度は60℃以上63℃以下とすることが特に望ましい。
【0137】
また、実験3で示すように、栄養富化工程S8においては、加熱時間が3分以上であれば、γ−アミノ酪酸の含有量が通常の白米の5倍以上に相当する5mg/100g以上となるまで富化させることができる。また、15分以上の加熱時間を設けると、γ−アミノ酪酸の含有量を10mg/100g以上となるまで富化させることができる。図4に示すように、加熱時間が30分程度までは栄養富化の進行速度が比較的大きく効率が高いが、加熱時間が30分を超えると栄養富化が鈍化し効率が低下する。また、加熱時間が約50分〜60分の辺りで栄養富化は頭打ちとなっており、品種等による特性の差異を想定すると栄養富化の処理は60分以内とすることが効率的である。また、栄養富化が鈍化した後にも加熱を続けることは時間効率およびエネルギー効率の点において無駄が多い。このため、栄養富化工程S8における加熱時間は60分以内に限定することが望ましく、時間効率およびエネルギー効率を考慮すると、加熱時間は30分以下がより望ましい。
【0138】
さらに、上記の栄養富化米製造方法1によれば、籾の発芽には不適な10℃以下の低温の水に浸漬する低温浸漬工程S5や、同じく籾の発芽に不適な50℃以上の高温の水に浸漬する高温浸漬工程S6によって籾の含水率を高めることができる。これにより、栄養富化工程S8に必要な含水率まで含水率を高めつつ、胚芽の伸長を抑制し、γ−アミノ酪酸等の栄養分が胚芽によって消費される虞を抑制することができる。
【0139】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、低温浸漬工程S5においては10℃以下の低温で浸漬するために雑菌の繁殖を抑制することができる。これにより、殺菌処理を省略し、製造コストを低減させることができる。低温浸漬工程S5では、浸漬時間は品種や浸漬水の水温等によって多少異なるが、通常は30時間から60時間で十分な含水率とすることができる。
【0140】
さらに、上記の栄養富化米製造方法1によれば、寒冷期には自然の冷気によって0℃よりも高く10℃以下の温度に水温を保つ環境を準備することができるので、栄養富化米製造に要するエネルギー消費を抑制することができる。
【0141】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、50℃以上の高温の水に浸漬する高温浸漬工程S6によって原料の籾に速やかに吸水させて早く含水率を高めることもできる。また、50℃以上の温度域では籾は発芽しないので、発芽を抑制しながら籾の含水率を高めることができる。これにより、栄養富化工程S8に必要な含水率まで水分付加しつつ、胚芽の伸長のためにγ−アミノ酪酸等の栄養分が消費される虞を抑制することができる。高温浸漬工程S6の浸漬時間は、通常は60分以上であればよいが、原料の籾の品種や高温浸漬工程S6以前の含水率、浸漬する水温等によって所要時間は変動するため、十分に含水率を高めるためには、90分〜180分の時間にわたって浸漬を行うことが望ましい。高温浸漬工程S6が長時間にわたると米に変色や異臭が生じる虞があるので、浸漬時間は120分以下がより望ましい。
【0142】
また、高温浸漬工程S6と栄養富化工程S8とを連続的に行ってもよい。すなわち、高温浸漬工程S6において56℃〜65℃の水に籾を浸漬して水分を付加し、籾の含水率が所定の水準に達した後に引き続き浸漬を行って栄養富化させてもよい。また、50℃〜65℃の水に浸漬して含水率を高めた後に56℃〜68℃に水温を調整して栄養富化工程S8を行ってもよい。高温浸漬工程S6において56℃〜65℃の水温で浸漬した場合には、浸漬中に平均含水率が23%以上となれば、そのままの水温を維持して栄養富化工程S8として浸漬を継続して栄養富化させることもできる。このように高温浸漬工程S6と栄養富化工程S8とを連続して行うと、同一の浸漬槽で栄養富化工程S8までの工程を比較的短時間に済ませることができ、加熱に要するエネルギーの損失も抑制することができる。
【0143】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、生籾2を未乾燥のままで籾摺りした生玄米2aを原料として利用することもできる。生玄米2aを原料とすると、水分を加える水分富化工程S3を行う必要がなく、栄養富化工程の加熱時間を20秒〜60分とし、栄養富化米製造の所要時間をさらに短縮することができる。
【0144】
さらに、乾燥玄米8aを原料とする場合にも、乾燥籾8の場合と同様に浸漬によって含水率を高めてから栄養富化工程S8を行うことができる。玄米を原料とすると吸水性が高いので籾よりも早く含水率を高くすることが可能である。
【0145】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良および変更が可能である。
【0146】
すなわち、上記の栄養富化米製造方法1によれば、浸漬によって乾燥籾8の含水率を高めるものを示したが、含水率を高める手段は特に限定するものではなく、テンパリング、加圧加水など種々の方法が可能である。加圧加水によれば、早く含水率を高めることができる。
【0147】
また、上記の栄養富化米製造方法1によれば、加熱手段としては温度調節可能な浸漬槽を示したが、その他の利用可能な加熱手段として、電熱ヒーター、ガスヒーター、高温高湿状態を維持する空調設備を備えたタンク、マイクロ波を照射して加熱する装置、および遠赤外線を照射して加熱する装置等を例示することができる。こうした設備を事業規模や栄養富化米の生産量に応じて選択することで、効率的に栄養富化白米5を製造しコストを抑制することができる。
【0148】
さらに、栄養富化白米5は、通常の白米や玄米と同様に搗精の度合いを調整することが可能である。すなわち、搗精S10において栄養富化玄米4aを栄養富化白米5に搗精するときに、五分搗き、あるいは七分搗きといった分搗き米とすることもできる。これにより、さらに多様な栄養富化米を提供し、様々な調理形態や製品に応用可能とすることができる。
【0149】
また、栄養富化白米5を加工した米加工食品を製造することも可能である。例えば、白米を炊飯してレトルト包装にした米飯製品や、米粉、米味噌、米菓等の米加工食品を提供することが可能である。γ−アミノ酪酸は、炊飯によっては失われないので、栄養富化米は加工食品の原料としても適しており、γ−アミノ酪酸等の栄養分が富化した様々な米加工食品を提供することが可能である。
【0150】
また、上記の実施形態においては、栄養富化工程S8の終了後に乾燥してから籾摺りを行って栄養富化玄米4aを得たものと、栄養富化工程S8の前に未乾燥の状態で籾摺りを行って生玄米2aまたは高水分玄米6aとし、栄養富化工程S8の後に乾燥したものとを示したが、これに限定されるものではなく、栄養富化工程S8の時点で含水率が所定の水準に達していればよく、籾摺りおよび乾燥は工程中の任意の時点で行うことができる。
【0151】
また、実験6の実施例10、および実験14の実施例12はあくまでも一例であり、より長時間にわたって浸漬を行いさらに含水率を高めてもよいし、実施例よりも高い温度である10℃に近い温度の水に浸漬して浸漬時間を短縮してもよい。
【0152】
また、実験5および実験6において、10℃以下の低温浸漬工程S5および50℃以上の高温浸漬工程S6による水分富化を行った実施例を示したが、低温浸漬工程S5および高温浸漬工程S6を組み合わせた段階浸漬工程S7によって水分富化を行うことも可能である。原料の籾や玄米の含水率は、収穫後の乾燥や保管状況によって異なり、同時に収穫された同品種の米であっても含水率は様々になるため、水分富化のための最適な浸漬条件も場合によって異なるし、品種によって吸水性が大きく異なるので、低温浸漬工程S5のみでは含水率を高めるのに極めて長い時間を要する虞があるのに対し、高温浸漬工程S6によれば、1時間〜2時間30分程度でも十分に含水率を高めることが可能である。低温浸漬工程S5では雑菌の繁殖を抑制できるという長所があるので、低温浸漬工程S5で所定の水準、例えば平均20%の含水率に達するまで浸漬を行い、その後に高温浸漬工程S6を行って23%以上の含水率に到達させる段階浸漬工程S7によって含水率を高めるようにすると、雑菌の繁殖を抑制しつつ、浸漬時間の短縮を図ることができる。また、低温浸漬工程S5および高温浸漬工程S6では、いずれも胚芽の伸長が抑制されるので、栄養分の消費を低減させることができる。この段階浸漬工程S7は、必ずしも低温浸漬工程S5と高温浸漬工程S6の組み合わせである必要はなく、低温浸漬工程S5の後に10℃〜50℃の範囲の温度による浸漬工程S4を行うようにしてもよい。この場合には、浸漬温度を低下させることで加熱に必要なエネルギー消費を節減したり、高温で浸漬することに起因する変色や異臭の虞を抑制することができる。
【0153】
実施例13で示したように、段階浸漬工程S7によれば、低温浸漬工程S5の場合(実施例12)よりも短時間で含水率を23%以上に高めることができ、低温浸漬工程S5によって含水率を高めた場合と同様にγ−アミノ酪酸を豊富に含有する栄養富化米を製造することができる。実施例13はあくまでも一例であり、さらに含水率を高めることで栄養富化の効果を一層高めることも可能である。
【符号の説明】
【0154】
S5 低温浸漬工程
S6 高温浸漬工程
S8 栄養富化工程
1 栄養富化米製造方法
2 生籾 (未発芽籾)
2a 生玄米 (玄米)
3 栄養富化籾 (栄養富化米)
3a 栄養富化玄米 (栄養富化米)
4 乾燥された栄養富化籾 (栄養富化米)
4a 栄養富化玄米 (栄養富化米)
5 栄養富化白米 (栄養富化米)
8 乾燥籾 (未発芽籾)
8a 乾燥玄米 (玄米)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0155】
【特許文献1】特許3841801号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均含水率が23%以上であって発芽していない未発芽籾を、
加熱手段によって56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することで前記未発芽籾の胚乳部においてγ−アミノ酪酸を含む栄養分を富化する栄養富化工程
を有することを特徴とする、栄養富化米製造方法。
【請求項2】
前記未発芽籾は、未乾燥の生籾であることを特徴とする、請求項1に記載の栄養富化米製造方法。
【請求項3】
前記未発芽籾を、0℃より高く10℃以下の温度の水に所定時間にわたって浸漬し、前記未発芽籾の平均含水率を23%以上に高める低温浸漬工程
を、前記栄養富化工程よりも前に、さらに有することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の栄養富化米製造方法。
【請求項4】
前記未発芽籾を、50℃以上65℃以下の温度の水に浸漬し、前記未発芽籾の平均含水率を23%以上に高める高温浸漬工程
を、前記栄養富化工程よりも前に、さらに有することを特徴とする、請求項1乃至請求項3のいずれか一つに記載の栄養富化米製造方法。
【請求項5】
胚芽を有し平均含水率が23%以上であって発芽していない玄米を、
加熱手段によって56℃以上68℃以下の所定の温度にて所定時間にわたって加熱することで前記玄米の胚乳部においてγ−アミノ酪酸を含む栄養分を富化する栄養富化工程
を有することを特徴とする、栄養富化米製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−207488(P2009−207488A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−7148(P2009−7148)
【出願日】平成21年1月16日(2009.1.16)
【特許番号】特許第4317258号(P4317258)
【特許公報発行日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【出願人】(306013223)
【出願人】(306013212)
【Fターム(参考)】