説明

株主資本価値算出方法及び装置

【課題】非上場企業の株主資本価値を予測や仮定を用いずに算出する。
【解決手段】本方法は、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の負債ベータβD1を特定する工程と、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLを算出する工程と、アンレバード・ベータβUを分析対象非上場企業の同業種の各上場企業について算出する工程と、分析対象非上場企業の同業種についての平均アンレバード・ベータβUaを算出する工程と、分析対象非上場企業の負債ベータβD2を特定する工程と、βUa及びβD2と、分析対象非上場企業の有利子負債額D2及び株主資本帰属の過去の営業キャッシュフローECPと実効税率Tと、マーケット・リターンrMとを用いて、分析対象非上場企業の株主資本価値を算出する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非上場企業の株主資本価値を算出するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
(1)事業価値算出の方法
事業価値を算出するには、(a)株式時価総額を使用する方法と、(b)その他の方法がある。事業価値の算出対象となる企業が上場企業の場合は、(a)の方法により「株主資本価値=時価総額」となるが、非上場の場合は、(a)の方法は使えず、(b)「その他の方法」によることとなる。
【0003】
「その他の方法」の代表的な手法として、割引現在価値法(DCF(Discounted Cash Flow)法)がある。これは、事業から生み出されるキャッシュ・フロー(CF:Cash Flow)を、一定の方法で求めた割引率(すなわち資本コスト)により、割引き(逆複利計算)を行い、その結果算出されるキャッシュ・フローの割引額の合計を、事業価値とするものである。図1は、DCF法の概念を示したものであり、初期投資を含むため負の値となる初年度のキャッシュ・フローCF0と、次年度以降のキャッシュ・フローCFi(1≦i≦n)とを示している。そして、(1)式は、株主資本価値Eを求めるための割引計算の式である。
【0004】
【数1】

【0005】
DCF法を用いるためには、(1)式や図1からも分かるように、事業から生み出される毎年の将来キャッシュ・フローを想定するか、それが困難な時はキャッシュ・フローの現在値と一定の仮定を基に、毎年の将来キャッシュ・フローを作成することが必要になる。例えば、図2に示すように、今後20年間、キャッシュ・フローは現在値から毎年2%成長を続け、その後一定となるといった仮定をおく必要がある。しかしながら、キャッシュ・フローは、図3に示すように、毎年上下するのが通常であり、このような単純なモデルでは正確にはキャッシュ・フローを表すことができない。
【0006】
(2−1)割引率の設定
割引率は、通常、WACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)を使用する。すなわち、株主資本と負債の各々の資本コストを、両者の金額で加重平均することにより加重平均資本コストを求め、これを割引率としている。
WACC=rd*(1−T)*D/(D+E)+re*E/(D+E)
なお、rdは負債コスト、reは株主資本コスト、Tは実効税率、Dは有利子負債の額、Eは株主資本の時価総額である。
【0007】
株主資本コストについては、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)に基づき、マーケット・リターン(市場ポートフォリオによる収益率)との関係で事業リスクを指標化(ベータ)し、これを基に計算する。
e=rF+β*(rM−rF
なお、rFはリスク・フリー・レート、rMはマーケット・リターンである。
【0008】
(2−2)マーケット・データによる事業リスク(ベータ)の算出
事業リスクを表す指標は、ベータと呼ばれ、事業に供された資本の調達源泉ごとに、株主資本ベータ(β)、負債ベータ(βD)に分類される。さらに、株主資本ベータは、有利子負債がある場合のレバード・ベータ(βL)と、有利子負債がない場合のアンレバード・ベータ(βU)に分けられる。
【0009】
株主資本ベータは、マーケット・データから算出できる。簡略化すれば、株主資本ベータは、横軸にマーケット・リターン、縦軸に当該企業の株価収益率をグラフ上にプロットした場合の、傾きであるといえる。
【0010】
また、株主資本ベータは、業種によって水準が異なる。IT業種のようにβが1を超える高い業種もあれば、電気・ガスのようにベータが1を下回る低い業種もある。さらに、有利子負債の水準も、βに影響を及ぼす。有利子負債が増えればβは高くなり、それが減ればβは低くなる。
【0011】
こうした特性を持つβであるが、マーケット・データから、以下の式で算出することができる。
βL=Covar(ri,rM)/Var(rM) (2)
なお、Covarは共分散、Varは分散、riは当該企業の株価収益率を示す。
【0012】
さらに、以下の式も成り立つ。
βL=(ri−rF)/(rM−rF) (2−1)
βD=(rD−rF)/(rM−rF) (2−2)
なお、rDは負債コスト(借入利子率)である。
【0013】
さらに、レバード・ベータβLとアンレバード・ベータβUの関係は、以下のとおりとされている。
βL=βU+(βU−βD)*D/E*(1−T) (3)
【0014】
ある業種に属する上場企業全てについて、(2)により、レバード・ベータβLを算出し、(2−2)式により負債ベータを算出し、これらを基に、(3)式により、アンレバード・ベータβUを計算し、その平均値を求めることで、有利子負債の水準による影響を排除した、当該業種の事業リスク(業種別アンレバード・ベータ)を得ることができる。
業種別アンレバード・ベータ=ΣβU/n (4)
なお、nは当該業種に属する会社数である。
【0015】
一方、例えば特開2004−13382号公報には、確率的な事業価値評価の演算処理の効率化を図ることができ、計画の進行と共に実施可能な施策の効果の評価を支援することのできる事業価値評価システムが開示されている。具体的には、事業計画を立案する際、当該事業進行に必要な投資、当該事業から得られる収益についての予測に基づいて事業価値を評価するシステムにおいて、計画時点において想定される複数の事象を分岐表示するスケジュールと、スケジュールにおける事象の分岐に依存して事業の進行を変える基準を設定する事業進行変更基準とを備えたものである。しかしながら、このような構成においても確率論的に収益を予測しており、モデルの構築法に事業価値の評価が依存する。
【特許文献1】特開2004−13382号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従来技術では、非上場企業の場合、以下の理由により、事業価値の算出がうまくできないという問題があった。すなわち、未上場企業などの事業価値を見積もるため、従来から利用されてきたDCF法においては、(1)事業から生み出される将来キャッシュ・フローを毎年予想しなければならない、(2)それができない場合は、一定の仮定をおいて、将来のキャッシュ・フローを毎年分作成しなければならない。
【0017】
しかし、(1)の場合、将来のキャッシュ・フローの予想値は、一定の恣意が介在することになるので、算出される事業価値も一定の主観に左右されるものとなる。従って、DCF法により算出された事業価値は、客観的なものというよりは、分析者の主観を色濃く反映したものとなり、プロジェクト間等での比較可能性の面から、困難な点が存在している。
【0018】
また、(2)の場合、将来のキャッシュ・フローの作成にあたって、一定の仮定を置くので、毎年のキャッシュ・フローは、非常に規則性のある安定したもの(例えば図2)となる。
【0019】
ところが、現実のビジネスでは、事業から生み出されるキャッシュ・フローは、不規則且つ不安定に変動することがしばしば生じる。具体的な事例を見ても、マイナスになったり、プラスになったりと、大きく且つ非常に不規則に変化している。従って、DCF法の仮定する規則的なキャッシュ・フローの動きは、現実のものとはかけ離れたものであり、その算出結果は、必ずしも現実的なものとはいえない面がある。
【0020】
また、非上場の企業の場合、マーケット・データが入手できないので、(2)式によって、事業リスクを示すベータを直接求めることはできない。そこで、(4)式で別途計算した業種別アンレバード・ベータと、当該企業の有利子負債、実効税率等を(2)式に当てはめ、有利子負債のある場合の事業リスクを示すレバード・ベータβLを求めることとなる。
【0021】
レバード・ベータβLを(3)式で求めることの問題点は、非上場企業の場合、株主資本価値Eがわからないので、負債資本比率(D/E)がわからないことである。また、負債のベータも、常にゼロである(負債にデフォルトリスクがない)とは限らないことも問題である。
【0022】
従って、本発明の目的は、非上場企業の株主資本価値を予測や仮定を用いずに算出する新規の技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明に係る株主価値算出方法は、処理部を有し、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率及び有利子負債額D1並びに株主資本時価Eとマーケット・リターンrMとを格納する第1データ格納部と、分析対象非上場企業の有利子負債額と株主資本帰属の過去の営業キャッシュフローECPとを格納する第2データ格納部と、記憶装置とにアクセス可能なコンピュータにより実行される。そして、(A)処理部により、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の負債ベータβD1を特定し、記憶装置に格納する第1負債ベータ算出ステップと、(B)処理部により、第1データ格納部から分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率とマーケット・リターンrMを読み出し、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率とマーケット・リターンrMとの共分散をマーケット・リターンの分散で除することによって、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLを算出し、記憶装置に格納するステップと、(C)処理部により、記憶装置に格納されている分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLと、記憶装置に格納されている分析対象企業と同業種の企業の負債ベータβL1と、第1データ格納部に格納されている分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の有利子負債額D1及び株主資本時価Eと、実効税率Tを用いて、{βL+βD1*D1/E*(1−T)}/{1+D/E*(1−T)}によってアンレバード・ベータβUを分析対象非上場企業の同業種の各上場企業について算出し、記憶装置に格納するステップと、(D)処理部により、記憶装置に格納されている分析対象非上場企業の同業種の各上場企業についてのアンレバード・ベータβUを用いて、分析対象非上場企業の同業種についての平均アンレバード・ベータβUaを算出し、記憶装置に格納するステップと、(E)処理部により、分析対象非上場企業の負債ベータβD2を特定し、記憶装置に格納する第2負債ベータ算出ステップと、(F)処理部により、記憶装置に格納されている平均アンレバード・ベータβUa及び分析対象非上場企業の負債ベータβD2と、第2データ格納部に格納されている分析対象非上場企業の有利子負債額D2及び株主資本帰属の過去の営業キャッシュフローECPと実効税率Tと、第1データ格納部に格納されているマーケット・リターンrMとを用いて、(βD2/βUa−1)*D2*(1−T)+Covar(ECF,rM)/Var(rM)/βUa(但しCovarは共分散を表し、Varは分散を表す)によって分析対象非上場企業の株主資本価値を算出し、記憶装置に格納するステップとを含む。
【0024】
このようにマーケットデータと分析対象非上場企業の過去の株主資本帰属のキャッシュフローなどのデータとに基づき、予測や仮定を用いずに株主資本価値を一意に算出できるようになる。
【0025】
なお、上で述べた第1データ格納部が、分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の格付データ及び借入利子率とリスクフリー・レートとをさらに格納するようにしてもよい。そして、上で述べた第1負債ベータ算出ステップが、第1データ格納部に格納されている分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の格付が所定レベル以上であるか判断するステップと、格付が所定レベル以上である分析対象非上場企業の同業種の上場企業については、負債ベータβD1を0に設定するステップと、格付が所定レベル未満である分析対象非上場企業の同業種の上場企業については、当該上場企業の借入利子率とリスクフリー・レートとの差と、マーケット・リターンとリスクフリー・レートとの差との比によって負債ベータβD1を算出するステップとを含むようにしてもよい。所定レベル以上の格付であれば、負債の返済リスクが相当程度低くなるためである。
【0026】
また、上で述べた第1データ格納部が、格付と借入利子率との対応関係に係るデータとリスクフリー・レートとをさらに格納するようにしてもよい。また、上で述べた第2データ格納部が、分析対象非上場企業の借入利子率をさらに格納するようにしてもよい。そして、上で述べた第2負債ベータ算出ステップが、第1データ格納部に格納されている格付と借入利子率との対応関係に係るデータに基づき、分析対象非上場企業の借入利子率が所定の格付未満の借入利子率であるか判断するステップと、分析対象非上場企業の借入利子率が所定の格付未満の借入利子率である場合には、分析対象非上場企業の借入利子率とリスクフリー・レートとの差と、マーケット・リターンとリスクフリー・レートとの差との比によって負債ベータβD2を算出するステップと、分析対象非上場企業の借入利子率が所定の格付以上の借入利子率である場合には、負債ベータβD2を0と設定するステップとを含むようにしてもよい。非上場企業であっても、借入利子率から推定される格付が所定レベル以上であれば、負債の返済リスクが相当程度低くなるためである。
【0027】
なお、本方法をコンピュータに実行させるためのプログラムを作成することができ、このプログラムは、例えばフレキシブルディスク、CD−ROM、光磁気ディスク、半導体メモリ、ハードディスク等の記憶媒体又は記憶装置に格納される。また、ネットワークなどを介してデジタル信号として配信される場合もある。尚、中間的な処理結果はメインメモリ等の記憶装置に一時保管される。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、非上場企業の株主資本価値を予測や仮定を用いずに算出することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
[本発明の原理]
本発明は、分析対象の事業によるキャッシュ・フロー実績値(過去数年間分)、同一業種に属する上場企業の時価変動率、マーケット・リターン(TOPIXなどの収益率)、リスク・フリー・レート(国債など無リスクの利子率)等のマーケット・データを基に、事業価値を一意に見積もるための技術である。
【0030】
1.マーケット・データによる事業リスクの算出
事業リスクの算出については、株式上場企業をサンプルとして、マーケット・データから株主資本ベータを算出し、さらに各企業の負債資本比率を適用することで、アンレバード・ベータを算出し、それらの業種別平均を計算することで、業種別の事業リスクを求めることができる。
【0031】
具体的には、(2)式に基づき、同業種の各上場企業のマーケット・データから同業種の各上場企業のレバード・ベータβLを算出する。
βL=Covar(ri,rM)/Var(rM) (2)
【0032】
また、同業種の各上場企業の負債ベータβDは、(2−2)式から算出できる。但し、格付けがBBB以上である場合には、βD=0とみなすことができる。
βD=(rD−rF)/(rM−rF) (2−2)
【0033】
このように求められた、同業種の各上場企業のレバード・ベータβLと、同業種の各上場企業の負債ベータβDと、同業種の各上場企業の負債資本比率D/Eと、実効税率Tとから、(3)式を解けば、同業種の各上場企業のアンレバード・ベータβUを得ることができる。
βL=βU+(βU−βD)*D/E*(1−T) (3)
βU={βL+βD*D/E*(1−T)}/{1+D/E*(1−T)} (3−1)
【0034】
そして(4)式に従えば、業種別のアンレバード・ベータβUを算出できる。
業種別アンレバード・ベータ=ΣβU/n (4)
【0035】
2.事業によるキャッシュ・フロー実績に基づく事業リスクの算出
事業リスクを示すベータのうち、株主資本が負担するリスクを表すのは、株主資本ベータであるが、これは、当該事業の生むキャッシュ・フローの実績値とその変動状況から、求めることができる。
【0036】
株主資本ベータを求めるので、事業によるキャッシュ・フローのうち、株主に帰属する部分を算出する必要があるが、以下の式で算出できる。
株主資本帰属キャッシュ・フロー(ECF)=(営業利益−支払利息)*(1−調整済実効税率)+減価償却費 (5)
【0037】
事業リターン率は、毎年のキャッシュ・フローを事業価値で割ったものであるが、株主資本に関して見れば、
株主資本リターン率=株主資本帰属キャッシュ・フロー(ECF)/株主資本価値(E)となる。
【0038】
さらに、株主資本リターン率(ECP/E)とマーケット・リターン(rM)の過去実績値から、株主資本の負担する事業リスクを示すベータ(通常は有利子負債があるのでレバード・ベータ)を計算することができる。
βL=Covar(ECF/E,rM)/Var(rM
=Covar(ECF,rM)/Var(rM)/E (6)
なお、Covar(ECF,rM)は株主資本帰属キャッシュ・フローECFとマーケット・リターンrMの共分散であり、Var(rM)はマーケット・リターンrMの分散である。
【0039】
(6)式は、例えば創業以来の当該事業によるキャッシュ・フローと、同期間におけるマーケット・リターンのデータセットを入手すれば、株主資本のリスクが簡単に計算できることを示している。
【0040】
但し、(6)式にも株主資本価値Eが含まれているが、(3)式をも同時に満足するEを計算することができるので、問題は生じない。
【0041】
従って、(3)式及び(6)式を解けば、以下の(6−2)式のとおり、株主資本価値Eを求めることができる。
E=(βD/βU−1)*D*(1−T)+Covar(ECF,rM)/Var(rM)/βU (6−2)
なお、(6−2)式においてβDは基本的には(2−2)式で算出し、βUは(4)で算出される業種別アンレバード・ベータを用いる。
【0042】
[実施の形態]
図4に、上で述べた本発明の原理を実施する株主資本価値算出装置の機能ブロック図を示す。本実施の形態に係る株主資本価値算出装置は、上場企業についてのデータ等を格納する上場企業データ格納部1と、上場企業データ格納部1に格納されているデータ等を用いて特定業種のアンレバード・ベータβUを算出する特定業種アンレバード・ベータ算出部3と、特定業種アンレバード・ベータ算出部3によって算出されたアンレバード・ベータβUを格納するβU格納部5と、分析対象企業のデータなどを格納する分析対象企業データ格納部7と、分析対象企業データ格納部7や上場企業データ格納部1に格納されているデータを用いて上場企業や分析対象企業の負債ベータβDを算出する負債ベータ算出部9と、負債ベータ算出部9によって算出された負債ベータβDを格納するβD格納部11と、分析対象企業データ格納部7とβD格納部11とβU格納部5と上場企業データ格納部1とに格納されているデータを用いて株主資本価値を算出する株主資本価値算出部13と、株主資本価値算出部13によって算出された分析対象企業の株主資本価値Eを格納する株主資本価値格納部15と、株主資本価値格納部15に格納されている株主資本価値Eを出力する出力部17とを有する。なお、特定業種アンレバード・ベータ算出部3は、上場企業のβDをβD格納部11から取得して処理を行う。
【0043】
特定業種アンレバード・ベータ算出部3は、分散算出部31と共分散算出部33とを有する。また、株主資本価値算出部13は、分散算出部131と共分散算出部133とを有する。
【0044】
上場企業データ格納部1に格納されるデータの一例を図5に示す。図5(a)は、上場企業データ格納部1に格納される一般的なデータを示しており、リスクフリー・レート(国債の利率)rFと、実効税率Tとを含む。また、図5(b)は、上場企業データ格納部1に格納される上場企業の個別データを示しており、企業コードと、業種と、借入利子率と、格付と、株主資本の時価と、有利子負債額とを含む。さらに、図5(b)に登録されている上場企業毎に、図5(c)に示すように、各年の株価収益率ri(図5(c)では上場企業Aの株価収益率であるからrAiと記している)を含む。なお、各年におけるマーケット・リターンrMについても含まれる。さらに、図5(d)に示すように、格付と借入利子率の対応関係を格納するテーブルについても保持する。
【0045】
分析対象企業データ格納部7に格納されるデータの一例を図6に示す。図6(a)は、分析対象企業の財務データの一部を示しており、分析対象企業名と、業種と、借入利子率と、有利子負債額とを含む。また、図6(b)に示すように、財務データの一部として、各年の株主資本帰属営業キャッシュフロー(ECF)を含む。なお、図6(b)に示した株主資本帰属営業キャッシュフローは、図3に示すように上下している。
【0046】
次に、図4に示した株主資本価値算出装置の処理フローを図7を用いて説明する。まず、ユーザは、分析対象企業のデータを入力し、株主資本価値算出装置は、当該データ入力を受け付け、分析対象企業データ格納部7に格納する(ステップS1)。上で述べたようなデータが格納される。また、負債ベータ算出部9は、上場企業データ格納部1に格納されているデータを用いて、分析対象企業と同業種の各上場企業について負債ベータβDを算出し、βD格納部11に格納する(ステップS3)。上場企業データ格納部1に格納されている格付がBBB以上であれば、βDは0とする。一方、BB以下であれば、負債ベータβDについては上で述べた(2−2)式に従って算出するので、上場企業データ格納部1から、分析対象企業と同業種の各上場企業について借入利子率と、リスクフリー・レートrF及びマーケット・リターンrMとを読み出して計算を行う。
【0047】
また、特定業種アンレバード・ベータ算出部3は、上場企業データ格納部1に格納されているデータを用いて、分析対象企業と同業種の各上場企業について、アンレバード・ベータβUを算出し、βU格納部5に格納する(ステップS5)。ここでは(3−1)式に従ってアンレバード・ベータβUを算出するが、そのため、分散算出部31は、各年のマーケット・リターンrMからマーケット・リターンrMの分散を算出し、共分散算出部33は、各年のマーケット・リターンrMと各年における当該上場企業の株価収益率riとからそれらの共分散を算出する。そして(2)式によってレバード・ベータβLを算出する。そして上場企業データ格納部1から実効税率と各上場企業の有利子負債額と株主資本の時価とを読み出し、βD格納部11から各上場企業のβDを読み出せば、(3−1)式に従ってアンレバード・ベータβUを算出することができる。さらに、特定業種アンレバード・ベータ算出部3は、同業上場企業のアンレバード・ベータβUの平均値を算出し、βUの平均値をβU格納部5に格納する(ステップS7)。
【0048】
そして、負債ベータ算出部9は、上場企業データ格納部1に格納されている格付毎の借入利子率のテーブルを参照し、分析対象企業データ格納部7に格納されているデータを用いて、分析対象企業の負債ベータβDを算出し、βD格納部11に格納する(ステップS9)。分析対象企業データ格納部7から分析対象企業の借入利子率を読み出し、格付がBBB以上相当であるかを確認する。BBB以上である場合には、βD=0とする。一方、格付がBB以下相当である場合には、上場企業データ格納部1からリスクフリー・レートrF及びマーケット・リターンrMを読み出して(2−2)式に従って計算を行う。
【0049】
また、株主資本価値算出部13は、分析対象企業データ格納部7に格納されているデータと、βD格納部11に格納されている分析対象企業の負債ベータβDと、分析対象企業と同業種の上場企業についてアンレバード・ベータβUの平均値と、上場企業データ格納部1に格納されているデータとを用いて、株主資本価値Eを算出し、株主資本価値格納部15に格納する(ステップS11)。上で述べた(6−2)式に従って株主資本価値Eを算出するが、そのために分散算出部131は、各年のマーケット・リターンrMを上場企業データ格納部1から読み出してその分散を算出する。特定業種アンレバード・ベータ算出部3の分散算出部31の処理結果を用いるようにしても良い。また、共分散算出部133は、分析企業データ格納部7に格納されている各年の株主資本帰属営業CF(ECF)を読み出し、上場企業データ格納部1から各年のマーケット・リターンrMを読み出してその共分散を算出する。そして、分析対象企業データ格納部7から有利子負債額Dを読み出し、上場企業データ格納部1から実効税率Tを読み出せば、(6−2)式に必要なデータがそろうので、(6−2)式に従って株主資本価値Eを算出する。
【0050】
そして、出力部17は、株主資本価値格納部15から株主資本価値Eを読み出して、出力装置に出力する(ステップS13)。
【0051】
以上のような処理を実施すれば、非上場企業であっても、分析対象企業の状態及びマーケットデータを用いて一意に株主資本価値Eを算出することができるようになる。
【0052】
例えば、X社が、借入利子率が1.9%であるとすると、図5(d)から格付はBBBを下回ると判断されるので(2−2)式に従って、rM=0.361及びrF=0.0007とすると、X社についてはβD=0.052と算出される。
【0053】
また、X社の属するホームセンター事業では、上場企業の実績値から求めたアンレバード・ベータβU=1.43となっており、上で求めたβD=0.052、X社の有利子負債額D=4530百万円、実効税率T=0.4と合わせて、(3)式に代入すると、X社のレバード・ベータβLは以下のように表される。
βL=1.43+(1.43-0.052)*4530/E*(1-0.4)=1.43+3745.404/E (7)
【0054】
さらに、X社の過去の株主資本帰属営業キャッシュフロー(ECF)と、マーケット・リターン(rM)の組み合わせから、両者の共分散Covar(ECF,rM)、マーケット・リターンの分散Var(rM)を求め、これらを(6)式に代入することにより、レバード・ベータβLを求めることとなる。
【0055】
X社の過去の株主資本帰属営業キャッシュフローECFが、図6(b)に示したとおりであり、マーケット・リターンrMが図5(c)に示したとおりであるとすると、Covar(ECF,rM)=−54.499及びVar(rM)=0.00719が算出される。従って、(6)式から以下の関係が算出される。
βL=−54.499/0.0719/E=−757.528/E (8)
【0056】
そして(7)式=(8)式としてEについて解くと、E=−3149及びβL=0.2406となる。
【0057】
このような事例の計算過程をグラフ化すると図8のようになる。図8では、横軸を株主資本価値E、縦軸をレバード・ベータβLとしており、両者の関係をマーケット・データから表現した式(3)は、上に凸の曲線となり、事業のキャッシュ・フローの実績から表現した式(6)は、下に凸の曲線となる。Eの値に応じて、(6)式によるβL>(3)式によるβLとなったり、(6)式によるβL<(3)式によるβLとなったりするが、Eを増減させることで、両者が一致する交点を見つけることも可能である。
【0058】
以上述べたように、本発明によれば、事業のキャッシュ・フローの過去実績値、マーケットデータ(同一業種上場企業の株価収益率、マーケット・リターン、リスク・フリー・レート等)に基づき、事業価値の見積もりを客観的に行うことができる。そして、従来技術とは異なり、企業価値の推計に当たって、事業から生み出される将来のキャッシュ・フローを予想したり、一定の仮定を置いて、毎年の将来キャッシュ・フローを作成したりすることは必要ない。従って、将来に関する予測や仮定といった恣意性を取り除いた客観的な事業価値の推計が可能となるだけでなく、実際のビジネスのしばしば見られるような、不規則で不安定なキャッシュ・フローを伴う事業についても、その事業価値を簡易に推計できるようになる。
【0059】
以上本発明の実施の形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば図4に示した機能ブロック図は一例であって、必ずしも実際のプログラムモジュールに対応するものではない。また、株主資本価値算出装置は、1台のコンピュータによって実装される場合もあれば、クライアント・サーバ形式にてシステム化される場合もある。
【0060】
また、例えばマーケットデータなど一般に流通しているようなデータについては、ネットワークを介して他のコンピュータに保持されているデータを取得するような構成を採用するようにしても良い。
【0061】
なお、株主価値算出装置はコンピュータ装置であって、図9に示すように当該コンピュータ装置においては、メモリ2501(記憶部)とCPU2503(処理部)とハードディスク・ドライブ(HDD)2505と表示装置2509に接続される表示制御部2507とリムーバブル・ディスク2511用のドライブ装置2513と入力装置2515とネットワークに接続するための通信制御部2517とがバス2519で接続されている。オペレーティング・システム(OS)及びWebブラウザを含むアプリケーション・プログラムは、HDD2505に格納されており、CPU2503により実行される際にはHDD2505からメモリ2501に読み出される。必要に応じてCPU2503は、表示制御部2507、通信制御部2517、ドライブ装置2513を制御して、必要な動作を行わせる。また、処理途中のデータについては、メモリ2501に格納され、必要があればHDD2505に格納される。このようなコンピュータは、上で述べたCPU2503、メモリ2501などのハードウエアとOS及び必要なアプリケーション・プログラムとが有機的に協働することにより、上で述べたような各種機能を実現する。なお、コンピュータ装置は複数台のコンピュータによって構成される場合もある。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】DCF法の概念を表す図である。
【図2】規則的な変動を仮定したキャッシュフローの一例を示す図である。
【図3】不規則な変動を伴うキャッシュフローの一例を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る機能ブロック図である。
【図5】(a)乃至(d)は、上場企業データ格納部に格納されるデータの一例を示す図である。
【図6】(a)及び(b)は、分析対象企業データ格納部に格納されるデータの一例を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態における処理フローを示す図である。
【図8】計算過程の一例を示す図である。
【図9】コンピュータの機能ブロック図である。
【符号の説明】
【0063】
1 上場企業データ格納部 3 特定業種アンレバード・ベータ算出部
5 βU格納部 7 分析対象企業データ格納部
9 負債ベータ算出部 11 βD格納部
13 株主資本価値算出部 15 株主資本価値格納部
17 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理部を有し、分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率及び有利子負債額D1並びに株主資本時価Eとマーケット・リターンrMとを格納する第1データ格納部と、前記分析対象非上場企業の有利子負債額と株主資本帰属の営業キャッシュフローECPとを格納する第2データ格納部と、記憶装置とにアクセス可能なコンピュータにより実行される株主資本価値算出方法であって、
前記処理部により、前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の負債ベータβD1を特定し、前記記憶装置に格納する第1負債ベータ算出ステップと、
前記処理部により、前記第1データ格納部から前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率と前記マーケット・リターンrMを読み出し、前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率と前記マーケット・リターンrMとの共分散を前記マーケット・リターンの分散で除することによって、前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLを算出し、前記記憶装置に格納するステップと、
前記処理部により、前記記憶装置に格納されている前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLと、前記記憶装置に格納されている前記分析対象企業と同業種の企業の負債ベータβL1と、前記第1データ格納部に格納されている前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の有利子負債額D1及び株主資本時価Eと、実効税率Tを用いて、{βL+βD1*D1/E*(1−T)}/{1+D/E*(1−T)}によってアンレバード・ベータβUを前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業について算出し、前記記憶装置に格納するステップと、
前記処理部により、前記記憶装置に格納されている前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業についての前記アンレバード・ベータβUを用いて、前記分析対象非上場企業の同業種についての平均アンレバード・ベータβUaを算出し、前記記憶装置に格納するステップと、
前記処理部により、前記分析対象非上場企業の負債ベータβD2を特定し、前記記憶装置に格納する第2負債ベータ算出ステップと、
前記処理部により、前記記憶装置に格納されている前記平均アンレバード・ベータβUa及び前記分析対象非上場企業の負債ベータβD2と、前記第2データ格納部に格納されている前記分析対象非上場企業の有利子負債額D2及び株主資本帰属の営業キャッシュフローECPと前記実効税率Tと、前記第1データ格納部に格納されている前記マーケット・リターンrMとを用いて、(βD2/βUa−1)*D2*(1−T)+Covar(ECF,rM)/Var(rM)/βUa(但しCovarは共分散を表し、Varは分散を表す)によって前記分析対象非上場企業の株主資本価値を算出し、前記記憶装置に格納するステップと、
を含む株主資本価値算出方法。
【請求項2】
前記第1データ格納部が、前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の格付データ及び借入利子率とリスクフリー・レートとをさらに格納しており、
前記第1負債ベータ算出ステップが、
前記第1データ格納部に格納されている前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の格付が所定レベル以上であるか判断するステップと、
前記格付が前記所定レベル以上である前記分析対象非上場企業の同業種の上場企業については、前記負債ベータβD1を0に設定するステップと、
前記格付が前記所定レベル未満である前記分析対象非上場企業の同業種の上場企業については、当該上場企業の前記借入利子率と前記リスクフリー・レートとの差と、前記マーケット・リターンと前記リスクフリー・レートとの差との比によって前記負債ベータβD1を算出するステップと、
を含む請求項1記載の株主価値算出方法。
【請求項3】
前記第1データ格納部が、格付と借入利子率との対応関係に係るデータとリスクフリー・レートとをさらに格納しており、
前記第2データ格納部が、前記分析対象非上場企業の借入利子率をさらに格納しており、
前記第2負債ベータ算出ステップが、
前記第1データ格納部に格納されている前記格付と借入利子率との対応関係に係るデータに基づき、前記分析対象非上場企業の借入利子率が所定の格付未満の借入利子率であるか判断するステップと、
前記分析対象非上場企業の借入利子率が前記所定の格付未満の借入利子率である場合には、前記分析対象非上場企業の借入利子率とリスクフリー・レートとの差と、前記マーケット・リターンと前記リスクフリー・レートとの差との比によって前記負債ベータβD2を算出するステップと、
前記分析対象非上場企業の借入利子率が前記所定の格付以上の借入利子率である場合には、前記負債ベータβD2を0と設定するステップと、
を含む請求項1記載の株主価値算出方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1つ記載の株主価値算出方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項5】
分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率及び有利子負債額D1並びに株主資本時価Eとマーケット・リターンrMとを格納する第1データ格納部と、
前記分析対象非上場企業の有利子負債額と株主資本帰属の営業キャッシュフローECPとを格納する第2データ格納部と、
前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の負債ベータβD1を特定し、記憶装置に格納する第1負債ベータ算出手段と、
前記第1データ格納部から前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率と前記マーケット・リターンrMを読み出し、前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業の株価収益率と前記マーケット・リターンrMとの共分散を前記マーケット・リターンの分散で除することによって、前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLを算出し、前記記憶装置に格納する手段と、
前記記憶装置に格納されている前記分析対象非上場企業と同業種の各上場企業のレバード・ベータβLと、前記記憶装置に格納されている前記分析対象企業と同業種の企業の負債ベータβL1と、前記第1データ格納部に格納されている前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業の有利子負債額D1及び株主資本時価Eと、実効税率Tを用いて、{βL+βD1*D1/E*(1−T)}/{1+D/E*(1−T)}によってアンレバード・ベータβUを前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業について算出し、前記記憶装置に格納する手段と、
前記記憶装置に格納されている前記分析対象非上場企業の同業種の各上場企業についての前記アンレバード・ベータβUを用いて、前記分析対象非上場企業の同業種についての平均アンレバード・ベータβUaを算出し、前記記憶装置に格納する手段と、
前記分析対象非上場企業の負債ベータβD2を特定し、前記記憶装置に格納する第2負債ベータ算出手段と、
前記記憶装置に格納されている前記平均アンレバード・ベータβUa及び前記分析対象非上場企業の負債ベータβD2と、前記第2データ格納部に格納されている前記分析対象非上場企業の有利子負債額D2及び株主資本帰属の営業キャッシュフローECPと前記実効税率Tと、前記第1データ格納部に格納されている前記マーケット・リターンrMとを用いて、(βD2/βUa−1)*D2*(1−T)+Covar(ECF,rM)/Var(rM)/βUa(但しCovarは共分散を表し、Varは分散を表す)によって前記分析対象非上場企業の株主資本価値を算出し、前記記憶装置に格納する手段と、
を有する株主資本価値算出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−217258(P2008−217258A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−51849(P2007−51849)
【出願日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)