説明

核酸の製造方法と当該核酸を用いた検出方法

【課題】小スケールであっても遺伝子増幅法に用いるのに十分な質・量の核酸を得ることが可能な、植物試料からの抽出による核酸の製造方法を提供すること。
【解決手段】水酸化アルカリ処理を行った植物試料に対して、核酸抽出処理を行って当該植物試料における核酸を得ることを特徴とする、核酸の製造方法を提供することにより、上記の課題を解決し得ることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物試料から抽出して得られる核酸の、効率的な製造方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
近年におけるバイオテクノロジーの発展に伴い、微量の試料からの核酸の抽出方法の確立が望まれている。
【0003】
例えば、植物の品種改良検定を行う場合、検定時期は可能な限り早期であることが効率的である。しかしながら、種子から発芽した初期の実生の段階で品種改良検定を行う場合、個体の生育に実質的な影響を及ぼさない程度のわずかな組織片から核酸(この場合は、ゲノムDNA)の抽出を、可能な限り所望の核酸を、低分子化等により変質させないように行うことが必要となる。
【0004】
現在、植物試料に対して汎用されている核酸抽出法の一つに、CTAB法(Murray M.G.,Thompson W.F.:Nucleic Acids Res.,8,4321〜4325:非特許文献1等)が挙げられる。この方法は、植物試料を液体窒素処理により細胞壁を破砕した後、界面活性剤の一つであるCTAB(Cetyl trimethyl ammonium bromide)で処理して細胞膜や核膜を溶解させた後、蛋白質の変成等の一連の核酸の抽出工程を行う方法である。
【非特許文献1】Murray M.G.,Thompson W.F.:Nucleic Acids Res.,8,4321〜4325
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
品種改良検定を行う場合、抽出した微量のDNAをPCR法等の核酸増幅法で増幅された増幅産物を用いるが、これらの核酸増幅法を行うには、本来の状態が可能な限り保たれた高グレードのDNAを、最低10000細胞分程度必要である。このような質と量のDNAを、初期の実生から植物の生育に実質的な影響を及ぼさないように得ることは、現状のCTAB法等の核酸抽出法では困難であり、現実的には植物の生育が進み、葉等から比較的大量の植物試料が得られる段階になってはじめて品種改良検定を行うことが可能となる場合が多い。
【0006】
また、植物の発生・分化の初期段階での遺伝子レベルの解析を行うには、植物の細胞の個数自体がごく少数(1〜100細胞程度)である段階で、遺伝子の解析をする必要がある場合が想定される。このような場合、上記のように最低10000細胞分程度の植物試料が必要な従来法では対応することができない。
【0007】
本発明の課題は、このような品種改良検定等の今日における技術的な要求に対応することが可能な、小スケールであっても遺伝子増幅法に用いるのに十分な質・量の核酸を得ることが可能な、植物試料からの抽出による核酸の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題の解決に向けて鋭意検討を行った結果、驚くべきことに、植物試料に水酸化アルカリ処理を施すことで、一気に植物試料からの抽出による核酸の製造効率を目的とするレベルまで向上させることが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、水酸化アルカリ処理を行った植物試料に対して、核酸抽出処理を行って当該植物試料における核酸を得ることを特徴とする、核酸の製造方法(以下、本製造方法ともいう)を提供する発明である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、小スケールであっても遺伝子増幅法に用いるのに十分な質・量の核酸を得ることが可能な、植物試料からの抽出による核酸の製造方法が提供される。この製造方法により製造された核酸を遺伝子増幅法の鋳型とすることにより、所望する遺伝子を的確に検出することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本製造方法において、「植物試料」とは、本製造方法において核酸抽出の対象となる植物体の一部又は全部を意味するものである。核酸抽出の対象となる植物試料の基となる植物は特に限定されず、小葉植物、シダ植物、原裸子植物、ソテツ植物、イチョウ植物、球果植物、マオウ植物、被子植物に対して本製造方法を行うことができる。植物の部位も、所望の核酸を抽出可能な部位であれば全く限定されない。前述したように、本発明においては、初期の実生等の小さな対象を植物試料とする場合であっても、当該植物の生育に実質的な影響を与えない程度のわずかな量の採取であっても、PCR法等の増幅法を行うのに十分な質と量の核酸を得ることが可能である。
【0012】
また、核酸とは、植物試料から抽出可能なシングルストランドおよびダブルストランドの核酸全であり、具体的には、核内ゲノムDNA、葉緑体ゲノムDNA、ミトコンドリアゲノムDNA、mRNA、tRNA、rDNAおよびrRNA、ならびに植物生命現象に伴い生産されるDNAおよびRNAフラグメント等である。
【0013】
植物試料は、採取した植物体の一部又は全部そのものであってもよいが、必要に応じて裁断等を行ってもよい。
【0014】
本発明における水酸化アルカリ処理は、植物試料を、当該水酸化アルカリ溶液に浸漬(静置であっても振盪であってもよい)することにより行うことができる。当該アルカリ溶液の濃度は、0.1〜3N、好適には1.5〜2.5Nである。濃度が1Nより低いと、所望の効率的な核酸の抽出を行うためのダメージを細胞壁に対して与えることが困難であり、3Nより大きいとアルカリが強すぎて、核酸自体の質が低下してしまう可能性がある。水酸化アルカリ溶液における植物試料の浸漬時間は、水酸化アルカリ溶液の濃度を考慮に入れて、少なくとも核酸抽出が効率的に行われる程度に細胞壁にダメージを与えられる時間であることが好適であり、かつ、核酸自体の質の低下が起こる前に水酸化アルカリ処理を終了することが好適である。具体的には、2〜8分が好適であり、4〜6分が特に好適である。
【0015】
本製造方法においては、植物試料に対して、水酸化アルカリ処理と共に液化ガス処理を行うことが好適である。液化ガスは、例えば、液体窒素、液体酸素、液体ヘリウム、液体水素等を用いることができるが、液体窒素が好適である。この液化ガス処理は、植物試料を液化ガスの低温により瞬間凍結して、これにより植物試料中の植物細胞の細胞壁にダメージを与える処理である。よって、植物試料に直接液化ガスを接触させることも可能であるが、例えば、植物試料を入れた器やチューブに液化ガスを接触させて、当該器やチューブを急速冷却することにより、上記の植物試料と液化ガスとの直接接触と実質的に同一の効果を上げることができる。この間接的な接触法は、液化ガス自体の化学的な性質(例えば、酸化作用)を植物試料に及ぼすことを回避することが可能であり好適である。
【0016】
また、本製造方法は、これを小スケール、具体的には、一製造単位を、好適には10〜10000細胞分、特に好適には100〜1000細胞分のスケールで行うことにより、核酸の製造効率を向上させることができるが、この小スケールでの製造単位の器として用いられることが好適なマイクロチューブ[例えば、このようなマイクロチューブ中に細断した水酸化アルカリ処理済みの植物試料を入れることが好適である(用いられるチューブの容積:0.1〜1.5mLが好適である)]を、効率的に冷却するために、上記の間接的な液化ガスとの接触は非常に好適である。この小スケール化により、例えば、一製造単位毎に、乳鉢の中で液化ガスとの接触により凍結した植物試料を乳棒で破砕して、約10mLスケールで本製造方法を行う場合に比べて、1/1000〜1/100000程度までコストダウンすることが可能となる。
【0017】
本製造方法においては、上記の工程(必須の工程として水酸化アルカリ処理工程、及び、選択的工程として液化ガス処理工程)と共に(通常は、当該上記の工程の後に行う)、細胞膜や核膜の溶解を行うために、界面活性剤処理を行うことが好適である。
【0018】
ここで用いられる界面活性剤としては、細胞から核酸の抽出を行うために用いられ得る界面活性剤であれば特に限定されず、具体的には、例えば、3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]-2-hydroxy-1-propanesulfonate [CHAPSO]、3-[(3-Cholamidopropyl)dimethylammonio]-1-propanesulfonate [CHAPS]等の両性界面活性剤;Sodium Dodecylsulfate [SDS]、Lithium Dodecyl Sulfate [LDS]、Lithium 3,5-Diiodosalicylate、Tris(hydroxymethyl)aminomethane Dodecyl Sulfate[Tris DS]、Sodium Cholate、N-Lauroylsarcosine、Sodium N-Dodecanoylsalcosinate等の陰イオン界面活性剤;Cetyldimethylethylammonium Bromide、Cetyltrimethylammonium Bromide[CTAB]、Cetyltrimethylammonium Chloride、Guanidine Thiocyanate等の陽イオン界面活性剤等を用いることが可能であるが、これらの中でもCTAB又はGuanidine Thiocyanateを用いることが好適であり、CTABを用いることが特に好適である。
【0019】
なお、この界面活性剤処理に代えて、細胞膜や核膜を破壊するために、物理的な方法、例えば、超音波法、ボールミル法等を用いることも可能である。
【0020】
以下、本製造方法は、通常公知の核酸抽出法に従って行うことができる。すなわち、蛋白質変成(フェノール−クロロホルム法等)、核酸の析出(エタノール法等)等の工程を行うことで、所望の核酸の抽出を行うことが可能である。また、DNAとRNAの分別方法も公知の手段に従い行うことができる。例えば、代表的な蛋白変成処理方法である酸性条件下のフェノール処理を行う際に、DNAは疎水性を示すためにフェノール層(下層)に分配され、RNAは親水性を示すために水層(上層)に分配される性質を利用して、DNAとRNAを分別することができる。例えば、DNA(主にゲノムDNA)は、PCR法、DOP−PCR法、非相称PCR法等の遺伝子増幅法の鋳型核酸として用いることが可能であり、RNA(主に、オリゴdTカラムを用いて、polyA+ RNAとして収集されたmRNA)は、RT−PCR法等のRNAを用いた遺伝子増幅法の鋳型核酸として用いることができる。その他、得られた核酸の精製法、保存法も通常公知の方法に従って行うことができる。
【0021】
なお、本発明は、上記水酸化アルカリ、界面活性剤及び容量0.2〜1.5mLの容器を含むことを特徴とする、本製造方法を行うための核酸製造用キットを提供する。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を、実施例を用いてさらに具体的に説明するが、これにより本発明が限定されるものではない。
【0023】
微量組織からのキュウリ(Cucumis sativus var. Monastyrski)のゲノムDNAの抽出を行い、当該ゲノムDNAを鋳型としてPCR法を行い、遺伝子の増幅を行った。
【0024】
実施例(新法)
200μLの2倍に希釈したCTAB液に対して0.4μLのメルカプトエタノールを入れた処理液を調製した(CTAB処理液1)。上述のキュウリの(例えば、発芽4-7日目の実生を3-10mmにカットした組織片、および0.5-2mmにカットした根端等)を、1Nの水酸化ナトリウム溶液中に5分間浸漬処理して1.5mL容のアルミチューブに入れた。このチューブを、液体窒素によって十分に冷却したアルミチューブラックに配置して、チューブを急冷した。次いで、これらのチューブの内容物を、ホモジナイゼーション用ペッスルを用いてホモジナイズした。このホモジナイズ処理を完了したチューブに、CTAB処理液1を200μL入れた(直ちに凍結した)。解凍後、当該解凍物を1.5mL容のチューブに入れ、55℃で1時間静置した(ただし10分おきに軽く攪拌した)。静置後、当該チューブに等量(200μL)のクロロホルム:イソアミルアルコール(容量比25:1)を加えて、15000rpmで20℃にて10分間の遠心を行い、上澄み(DNA層)を全て回収して、同容量のチューブに入れた。次いで、この回収物に対して、再び、等量(200μL)のクロロホルム:イソアミルアルコール(容量比25:1)を加えて、15000rpmで20℃にて10分間の遠心を行い、上澄み(DNA層)を180μL以上回収した。これにイソプロパノールを、重層するように160μL入れて、静かに混合して、−20℃で2時間保存後、15000rpmで4℃にて10分間の遠心を行った。70%エチルアルコールで2回ペレット及び管壁を洗浄し、ドライアップを行った後、10μLのトリエタノールアミンに溶解した(3回行った)。
【0025】
このようにして得られたDNAを鋳型として、PCR法による遺伝子増幅を行った。このPCR法に用いた増幅用プライマーは、下記の市販のITSプライマーを用いた。
【0026】
Y5プライマー(forward):5’- TAGAGGAAGGAGAAGTCGTAACAA -3’(配列番号1)
Y4プライマー(reverse):5’- CCCGCCTGACCTGGGGTCGC -3’(配列番号2)
【0027】
また、熱サイクルは、市販のサーマルサイクラーにて行った。具体的には、95℃・120秒を1回行った後、「94℃・10秒→53℃・30秒→72℃・80秒」を30サイクル行い、72℃・7分を1回行った後、4℃まで冷却することで、熱サイクル工程を終了した。
【0028】
なお、仮に、本実施例において、DOP−PCR法を行う場合には、プライマーとしては、例えば、
6MWプライマー(市販品):5’- CCGACTCGAGNNNNNNATGTGG -3’(配列番号3)
(Tm=62℃, N = A, T, G or C)
を用い、
【0029】
熱サイクルは、95℃(120秒程度)を1回行った後、「94℃・60秒→30℃・90秒→72℃・180秒」を5サイクル程度行い、さらに、「94℃・15秒→62℃・90秒→72℃・20秒」を35サイクル程度行った後、4℃まで冷却することで、熱サイクル工程を行うことができる。
【0030】
本実施例では、比較例(従来法)として、水酸化ナトリウム処理工程を除く他は、上記の実施例と同様の操作で得たDNA相当物を鋳型として、上記のPCR反応を行った(3回行った)。
【0031】
ポジティブコントロールとして、上記キュウリの葉を従来法、すなわち、乳鉢内に静置したキュウリの葉一枚(約0.1g)に液体窒素をかけて急速凍結を行い、乳棒でパウダー状にすり潰した。これを10倍量のCTAB処理液1中に入れ、ゆっくりと攪拌した。等量のクロロホルム:イソアミルアルコール(容量比25:1)を加えて、15000rpmで20℃にて10分間の遠心を行い、上澄み(DNA層)を全て回収した。以下、上記実施例の方法に従ってDNAを回収し、これを鋳型として用いたPCR反応を、上記と同様に行った。
【0032】
ネガティブコントロールとして、植物材料なしで、上記の実施例の工程を行った例を行った。
【0033】
このようにして得られたPCR産物を、それぞれ常法により、ポリアクリルアミド電気泳動にかけた。図1は、その電気泳動像である。図1から明らかなように、実施例(新法)においては、3例全てにおいて1kb付近に、ポジティブコントロールに匹敵するような明らかなバンドが認められるが、比較例では、3例それぞれにバンドは全く認められなかった。
【0034】
この結果により、本製造方法によれば、わずかな量の植物試料でPCR法の鋳型とするのに十分な質と量のDNAが得られることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の核酸の製造方法により製造された核酸を鋳型としてPCR法を用いて増幅した増幅産物の電気泳動像を示した図面である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸化アルカリ処理を行った植物試料に対して、核酸抽出処理を行って当該植物試料における核酸を得ることを特徴とする、核酸の製造方法。
【請求項2】
前記核酸の製造方法において、前記水酸化アルカリ処理と液化ガス処理を植物試料に対して行うことを特徴とする、請求項1記載の核酸の製造方法。
【請求項3】
前記核酸の製造方法において、前記水酸化アルカリ処理と液化ガス処理、及び、界面活性剤処理を行うことを特徴とする、請求項2記載の核酸の製造方法。
【請求項4】
前記核酸の製造方法において、一製造単位を10〜10000細胞のスケールで行うことを特徴とする、請求項3記載の核酸の製造方法。
【請求項5】
前記液化ガス処理が液体窒素処理であり、かつ、界面活性剤処理がCTAB処理であることを特徴とする、請求項3又は4記載の核酸の製造方法。
【請求項6】
核酸が、ゲノムDNAであることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の核酸の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載された核酸を鋳型として遺伝子増幅法を行うことにより遺伝子を検出することを特徴とする、遺伝子の検出方法。
【請求項8】
水酸化アルカリ、界面活性剤及び容量0.1〜1.5mLの容器を含むことを特徴とする、請求項3〜6の核酸の製造方法を行うための核酸製造用キット。
【請求項9】
水酸化アルカリ処理を行った植物試料に対して、核酸抽出処理を行って当該植物試料における核酸を得ることを特徴とする、核酸の抽出方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−254831(P2006−254831A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−78771(P2005−78771)
【出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【出願人】(303032904)株式会社久留米原種育成会 (1)
【Fターム(参考)】