説明

核酸抽出方法

【課題】比較的広範な微生物に適用可能で、迅速に核酸を抽出できる核酸抽出方法を提供する。
【解決手段】細胞懸濁液を容器に導入する工程と、前記容器を密閉する工程と、加熱部を100℃以上の設定温度まで予熱する工程と、を備える。さらに、前記容器を前記設定温度とされた前記加熱部に接触させることにより、前記容器に収容された前記細胞懸濁液を、前記容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱する工程を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞から核酸を抽出する核酸抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸を抽出するためには、細胞の膜構造を破壊(溶解)し、細胞の内容物を細胞外に放出させる必要がある。微生物は、細菌、古細菌、原生生物、真菌類など、一般に顕微鏡的な大きさ以下の生物とされる。それぞれ特徴が異なり、細菌においては、細胞の膜構造の違いによって、大腸菌などのグラム陰性細菌、枯草菌などのグラム陽性菌へと大別されている。例えば、グラム陽性菌の細胞壁は、グラム陰性菌の細胞壁よりもペプチドグリカン層がより厚くより高密度となっている。また、カンジダ菌などの真菌は、細胞壁の主成分がβ−グルカンおよびキチンであり、上述の細菌とは組成が異なる。このようなことから、酵素的・化学的な細胞溶解法を利用する場合、その対象に応じたプロトコルが用いられる。特に酵素を用いる場合、細菌ではリゾチーム、真菌ではザイモリアーゼが多く用いられるといった違いがある。また、グラム陽性菌の中でも、黄色ブドウ球菌に関しては、リゾスタフィンが有効であるため、多く用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3866762号公報
【特許文献2】特公平07−002120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
酵素的・化学的な細胞溶解法は、広く市販の核酸抽出キットに採用されている。しかし、核酸抽出キットにおける細胞の溶解から核酸抽出までの総処理時間と、その内細胞溶解の処理時間とを比較すると、多くのキットにおいて、細胞の溶解に処理時間の大部分が割かれている。また、試薬の添加や攪拌など複数工程が存在し煩雑である。そのため、感染症の防疫対策、バイオテロ対策など迅速検出が要求される場合においては、特に処理時間の短縮が求められる。
【0005】
また、上記のように酵素的・化学的な細胞溶解法では、プロトコルは一様化されず、細胞の種類によって、酵素やプロトコルを変更する必要があり煩雑である。特に含まれる微生物が未知である試料を検査する場合、複数のプロトコルを試験する必要がある。さらに、長鎖の核酸が得られるが、酵素の反応時間が長く迅速性に乏しい。このため、酵素的・化学的な細胞溶解法は、迅速性が要求されるアプリケーションには適していない。
【0006】
本発明の目的は、比較的広範な微生物に適用可能で、迅速に核酸を抽出できる核酸抽出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の核酸抽出方法は、細胞から核酸を抽出する核酸抽出方法において、細胞懸濁液を容器に導入する工程と、前記容器を密閉する工程と、前記容器に収容された前記細胞懸濁液を、前記容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱する工程と、を備えることを特徴とする。
この核酸抽出方法によれば、細胞懸濁液を、容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱することにより、迅速に核酸を抽出できる。
【0008】
前記加熱する工程では、前記容器を加熱する時間が120秒間未満であってもよい。
【0009】
前記細胞はグラム陰性菌であり、前記規定最高温度が105℃以上125℃以下であってもよい。
【0010】
前記細胞はグラム陽性菌であり、前記規定最高温度が125℃以上160℃以下であってもよい。
【0011】
前記細胞は真菌であり、前記規定最高温度が125℃以上160℃以下であってもよい。
【0012】
前記規定最高温度まで加熱された前記細胞懸濁液を、前記容器の密閉状態を保持したまま冷却する工程を備えてもよい。
【0013】
前記加熱する工程を経た容器を、内圧が大気圧以上となっている状態で開放する工程を備えてもよい。
【0014】
前記規定最高温度まで加熱された前記細胞懸濁液を、冷却後、再加熱する工程を備えてもよい。
【0015】
前記細胞懸濁液に細胞溶解促進剤を混合する工程を備えてもよい。
【0016】
前記容器を密閉する工程では、前記容器内に気体がない状態で前記容器が密閉されてもよい。
【0017】
前記容器を密閉する工程では、前記容器内に前記細胞懸濁液よりも高沸点の溶媒が前記容器内に密閉されてもよい。
【0018】
前記加熱する工程が、加熱部を100℃以上の設定温度まで予熱する工程と、前記容器を前記設定温度とされた前記加熱部に接触させる工程とにより、構成されてもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の核酸抽出方法によれば、細胞懸濁液を、容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱することにより、迅速に核酸を抽出できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】容器を加熱手段の加熱部に接触させている時間と、データロガーで計測された容器内の溶液温度との関係を示す図。
【図2】大腸菌への加熱時の最高処理温度と、DNAの検出値との関係を示す図。
【図3】大腸菌への加熱時間と、DNAの検出値との関係を示す図。
【図4】カンジダ菌への加熱時の最高処理温度と、DNAの検出値との関係を示す図。
【図5】加熱条件が異なる加熱工程を経たカンジダ菌細胞の画像を示す図。
【図6】カンジダ菌への各処理によるDNA抽出効果を比較する図。
【図7】異なる細胞溶解促進剤(界面活性剤)中におけるカンジダ菌への高温加熱処理のDNA抽出効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明による核酸抽出方法の一実施形態について説明する。
【実施例1】
【0022】
以下、実施例1として、細胞懸濁液を加熱する条件と、細胞懸濁液の温度変化との関係を求めた実験について説明する。
【0023】
細胞懸濁液を収容する容器としては、密閉のための機械的な構造を有するボイルロックタイプチューブ(容量:0.6ml)が使用可能である。また、加熱のための手段としては、オイルバス(温度範囲:室温〜200℃)が使用可能である。なお、実験および本発明の実施のために用いる装置は、これに限られるものではない。
【0024】
以下、実験の手順について説明する。
(手順1)容器に熱電対をセットするとともに、細胞懸濁液を20μlの導入バッファー(20 mM Tris-HCl(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩酸塩)、2% TritonX-100(商品名))とともに容器内に気層部分が無いように導入した。さらに、機械的な構造を用いて容器を密閉した。
ここで、導入バッファーとは、核酸抽出の安定化や効率化のために使用するもので、Tris-HClは溶液のpH値変動を抑え、抽出した核酸を安定的に保持するための緩衝液である。また、TritonX-100は、(C14H22O(C2H4O)n) を組成としているSIGMA社製のポリマーで、細胞溶解促進剤として添加する界面活性剤である。
(手順2)加熱手段を設定温度になるまで予熱した。
(手順3)容器を加熱手段の加熱部(例えば、オイルバス中のオイル)に30秒間接触させて加熱した。
(手順4)容器を加熱手段の加熱部から脱離させた。
(手順5)熱電対に接続されているデータロガーで加熱中および加熱後の細胞懸濁液の温度変化を計測した。
【0025】
図1は、以上の手順を繰り返すことにより計測された温度変化を示す図である。
【0026】
図1のグラフにおいて横軸は容器を加熱手段の加熱部に接触させている時間を示しており、縦軸はデータロガーで計測された温度を示している。また、加熱部温度を、95℃、105℃、115℃、125℃、135℃、または145℃とした場合のそれぞれについて、温度を計測している。
【0027】
図1に示すように、加熱部の温度を115℃程度以上とすることにより、細胞懸濁液を100℃以上の温度まで迅速に加熱することができた。また、加熱開始から30秒後の温度変化として示されるように、加熱部からの脱離による急激な温度の低下が見られた。
【実施例2】
【0028】
次に、実施例2として、大腸菌からのDNA抽出における最高処理温度と抽出量との関係について説明する。
【0029】
以下、大腸菌からのDNA抽出結果を得るために行った実験の手順について述べる。
(手順1)大腸菌DH-5α株をLB培地中で1晩培養した。
(手順2)大腸菌培養液と2倍濃度の導入バッファー(40 mM Tris-HCl、4% TritonX-100)を等量ずつ混合し、サンプルとした。
(手順3)サンプル20μlを容器に導入し、容器を密閉した。
(手順4)容器を予熱してあった加熱手段の加熱部に接触させ、30秒間加熱した。
(手順5)加熱部から容器を脱離させた。
(手順6)容器から加熱後のサンプルを取り出し、試験チューブに移し替えた。
(手順7)サンプルが導入された試験チューブを15300×gで10分間遠心分離した。
(手順8)沈殿した未破砕菌体や残渣を吸い込まないように、上清を新しい試験チューブに移し替えた。
(手順9)大腸菌ゲノムDNA中に存在するgyrB遺伝子を増幅可能なプライマーを用いて、リアルタイムPCRを行った。増幅長の異なる4種類(64、180、409、896 bp)のプライマーセットで同一のサンプルを評価した。
(手順10)三度の繰り返し実験により、平均値および標準偏差を求めた。
(手順11)横軸に実施例1の実験結果と加熱手段の予熱温度に基づいて把握される、加熱時の最高処理温度をとり、縦軸にリアルタイムPCRより算出されたサンプル中に抽出されたPCR可能なDNA量(検出値)をプロットした。エラーバーには標準偏差を用いた。
【0030】
図2は、上記の手順11により得られたプロットを示す図である。
【0031】
図2に示すように、最高処理温度が100℃以上となる加熱処理により検出値が増大し、約115℃で最大となった。それ以上の高温では検出値は減少した。これは、処理温度が高すぎる場合にはDNAの断片化が進行し、一部がPCR増幅の鋳型として機能しなくなったものと考えられる。図2に示すように、4種類(64、180、409、896 bp)のうち、どの増幅長のプライマーセットを用いて評価した場合も、ほぼ同等の傾向を示し、105℃〜125℃程度の最高処理温度において高い検出値が得られた。
【実施例3】
【0032】
次に、実施例3として、大腸菌からのDNA抽出における加熱処理時間と抽出量との関係について説明する。
【0033】
以下、実験の手順について述べる。
(手順1)実施例2と同様にサンプルを調製した。
(手順2)加熱手段を125℃に予熱した。これは実施例2で示した実験において、30秒間加熱した際、DNAの抽出量が最大となった条件と同等である。
(手順3)容器を加熱手段の加熱部に接触させ、一定時間(0〜300秒間)の加熱を行った。
(手順4)加熱部から容器を脱離し、サンプルを新しい試験チューブに導入した。
(手順5)サンプルが導入された試験チューブを15300×gで10分間遠心分離した。
(手順6)沈殿した未破砕菌体や残渣を吸い込まないように、上清を新しい試験チューブに移し替えた。
(手順7)大腸菌ゲノムDNA中に存在するgyrB遺伝子を増幅可能なプライマーを用いて、リアルタイムPCRを行った。増幅長180 bpのプライマーセットで同一のサンプルを評価した。
【0034】
図3は、手順3における加熱時間と、手順7において得られたDNA量(検出値)との関係を示す図であり、横軸に加熱時間を、縦軸に検出値を示している。
【0035】
図3に示すように、約30秒間の処理で、PCR増幅可能なゲノムDNAが効率よく抽出されていることが確認された。しかし、長時間の加熱処理によりDNAの分解が進み、PCR増幅を行い難くなる。図3によれば、加熱時間として30秒前後が最も望ましいが、「検出値=2」を閾値とすると、15秒以上、120秒未満の処理が望ましいと考えられる。
【実施例4】
【0036】
次に、実施例4として、カンジダ菌からのDNA抽出実験について説明する。
【0037】
実験の手順は以下の通りである。
(手順1)カンジダ菌をGP培地中で15時間培養した。
(手順2)カンジダ菌培養液と2倍濃度の導入バッファー(40 mM Tris-HCl、4% TritonX-100)を等量ずつ混合し、サンプルとした。
(手順3)サンプル20μlを容器に導入した。
(手順4)容器を予熱してあった加熱手段の加熱部に接触させ、30秒間加熱した。
(手順5)加熱部から容器を脱離させた。
(手順6)容器から加熱後のサンプルを取り出し、試験チューブに移し替えた。
(手順7)サンプルが導入された試験チューブを2000×gで3分間遠心分離した。
(手順8)沈殿した未破砕菌体や残渣を吸い込まないように、上清を新しい試験チューブに移し替えた。
(手順9)カンジダ菌ゲノムDNA中に存在するTOP2遺伝子を112bpで増幅可能なプライマーを用いて、リアルタイムPCRを行った。
(手順10)殺菌処理(80℃、20分間加熱)やオートクレーブ滅菌処理(121℃、15分間)を行ったサンプルについても遠心分離を行い、上清のリアルタイムPCR測定を行った。
【0038】
殺菌処理は、『Rapid simultaneous detection and identification of six species Candida using polymerase chain reaction and reverse line hybridization assay』( J Microbiol Methods. 2007 May;69(2):282-7. )を基に設定した。
【0039】
図4は、横軸に実施例1の実験結果と加熱手段の予熱温度に基づいて把握される、加熱時の最高処理温度をとり、縦軸にリアルタイムPCRより算出されたサンプル中に抽出されたPCR可能なDNA量(検出値)をプロットした図である。エラーバーには標準偏差を用いている。
【0040】
図4に示すように、最高処理温度が100℃以上の範囲で抽出DNA量の増加が見られ、130℃以上で効率よく抽出された。殺菌処理やオートクレーブ処理を行ったサンプルからはDNAが検出されなかった。
【実施例5】
【0041】
次に、実施例5として、本発明を用いてDNA抽出する場合と、殺菌処理を行う場合との比較実験について説明する。
【0042】
図4に示すように、前記の実施例4においては、95℃ではDNAは抽出されず、132℃の処理では効率よくDNAが抽出された。本発明にDNA抽出と類似する処理として、殺菌が知られている。たとえば、殺菌の条件として、80℃において20分の加熱などが用いられている。しかし、この殺菌条件を満たすだけではDNAの抽出が可能となるわけではない。これを示すため、以下の実験を行った。実験には、生細胞は染色せずに、死細胞は染色可能となる蛍光試薬であるエチジウムホモダイマーを用いて染色した各処理後のカンジダ菌を、明視野および励起光照射下で光学顕微鏡により観察し、撮影した画像の比較を行った。
【0043】
図5は、実施例4において行った処理(最高処理温度:25℃、95℃および132℃)、殺菌処理、およびオートクレーブ処理を経た光学画像および蛍光画像を示す図である。また、図6は、各処理によるDNA抽出効果を比較する図である。
【0044】
図5に示すように、実施例4における25℃の処理では蛍光が検出されず、カンジダ菌は死滅していないことが確認された。一方、95℃では蛍光が観察され、殺菌が確認された。同様に133℃においても、蛍光は確認された。
【0045】
また、図6に示すように、殺菌処理およびオートクレーブ後のサンプルからは、加熱を行わなかったサンプル(例えば、実施例4における25℃の処理)と同等の検出値を示し、ほとんどDNAが抽出されないことが確認された。以上のように、殺菌される条件であっても、DNAが抽出されるとは限らないことが示された。
【実施例6】
【0046】
次に、実施例6として、細胞溶解促進剤として界面活性剤SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)の併用による抽出効率の向上について説明する。
【0047】
図7は、異なる細胞溶解促進剤(界面活性剤)中におけるカンジダ菌への高温加熱処理のDNA抽出効果を示す図である。加熱前のサンプル中に添加する細胞溶解促進剤として、TritonX-100およびSDSを用いた場合を比較している。
【0048】
図7に示すように、細胞溶解促進剤として、TritonX-100よりもSDSを用いた場合のほうが、カンジダ菌から効率よくDNAを抽出可能であった。例えば、図7において、最高処理温度132℃での高温加熱処理の場合、SDSを添加した場合には検出値が300以上となっている。
【0049】
このことから、抽出したDNAの用途に応じて細胞溶解促進剤を選択できることが判る。例えば、DNAの高感度な検出が必要な場合にはSDSを、SDSによって阻害される酵素反応にDNAを用いる場合には、より温和な界面活性剤であるTritonX-100を用いればよい。
また、細胞溶解促進剤の溶解能力の強さによって、DNAの抽出に最適な処理温度・時間条件が異なることが考えられる。SDSのように強力な細胞溶解促進剤では、TrionX-100のような温和なものより低温において充分な細胞の膜構造の破壊が行われ、DNAが抽出される可能性がある。
【0050】
以下、本発明の変形例や適用例について説明する。
【0051】
(高温処理後の減温)
高温処理後の減温工程として、以下の工程を選択することができる。
(A−1)密閉状態を保持しての急冷却
【0052】
容器の密閉状態を保持したまま、加熱後のサンプルを容器ごとペルチェ素子などで急速に冷却させると、熱衝撃が発生し、細胞破砕効率が向上するため核酸抽出率が向上する。グラム陽性菌や真菌など堅い構造を有する細胞に対し有効な方法である。
(A−2)密閉状態を保持しての自然冷却
容器の密閉状態を保持したまま、加熱後のサンプルを自然冷却する場合、熱衝撃を加えないことで核酸への損傷を抑制した状態で核酸を抽出することができる。この方法は、長鎖の核酸が抽出でき、長いPCR増幅産物が必要な際に有効である。
【0053】
(密閉状態の開放)
容器の密閉状態を開放するタイミングとして、以下のタイミングを選択できる。
(B−1)100℃以上の高温保持状態において実施
加熱後の容器が100℃以上の高温となっている間に容器の密閉状態を開放すると、開放時の内圧が大気圧以上になっており、急激な圧力変化が生じる。このため、せん断力が発生することで細胞破砕効率が向上し、核酸抽出率が向上する。グラム陽性菌や真菌など堅い構造を有する細胞に対し有効な方法である。
(B−2)100℃以下にまで冷却し、内圧を大気圧まで低減後に実施
加熱後の容器が100℃以下まで冷却下後に容器の密閉状態を開放すると、開放時にせん断力を加えないことで、核酸への損傷を抑制した状態で核酸を抽出できる。長鎖の核酸を抽出できるため、長いPCR増幅産物が必要な際に有効である。
【0054】
(細胞溶解促進剤の併用)
細胞溶解促進剤を使用することにより、グラム陽性菌や真菌など堅い構造を有する細胞や芽胞、オーシストなどより強固な状態になっている細胞に対し効率よく核酸抽出を行うことが可能となる。細胞溶解促進剤を添加するタイミングには、以下のものがある。
(C−1)高温処理前に添加
高温処理前にサンプルに細胞溶解促進剤を添加する場合には、細胞溶解促進剤により細胞の膜構造を弱め、高温処理が効果的に作用し、核酸抽出効率が向上する。細胞溶解促進剤中での高温処理により、その作用を効果的に発揮させることができる。サンプル量が少なく、より確実に単一条件で抽出させたい場合に有効である。
(C−2)高温処理後に添加
高温処理後にサンプルに細胞溶解促進剤を添加する場合には、高温処理により細胞の膜構造を弱めた後、溶解促進剤を効果的に作用させることが可能となり、短時間で高効率に核酸を抽出させることができる。強固な構造を有する細胞に対し有効である。
【0055】
細胞溶解促進剤としては、アルカリ(NaOH,KOHなど)、酸(HCl,H2SO4など)、酵素(タンパク分解酵素:Proteinase Kなど、多糖分解酵素:chitinase,lysozyme,zymolyaseなど)、界面活性剤(陰イオン性:SDSなど、陽イオン性:CTAB(臭化セチルトリメチルアンモニウム)など、非イオン性:Triton-Xなど、両イオン性:ベタイン(特定の構造を有する化合物の総称で、トリメチルグリシンなど)など)、酸化還元剤(過酸化水素水、β-メルカプトエタノール、ジチオトレイトールなど)、タンパク変性剤(グアニジン塩酸塩、尿素など)、キレート剤(EDTA(エチレンジアミン四酢酸)など)を挙げることができる。上記を複数混合し、使用しても良い。必要に応じて緩衝液を加えても良い。
【0056】
(複数回にわたる高温処理)
複数回にわたり、高温加熱(100℃以上までの加熱)と冷却を繰り返してもよい。この方法は、とくに、グラム陽性菌や真菌など堅い構造を有する細胞に対し有効である。具体的な工程としては、次のものがある。
(D−1)高温処理後、上記の冷却工程(A−1)実施し、再度高温処理を実施することができる。加熱と冷却を少なくとも2回実施する。
(D−2)高温処理後、冷却工程(A−2)を実施し、再度高温処理を実施することができる。この場合も、加熱と冷却を少なくとも2回実施する。
(D−3)高温処理後、開放工程(B−1)を実施し、再度高温処理を実施することができる。この場合も、加熱と冷却を少なくとも2回実施する。
【0057】
(反応容器)
加熱に使用する容器(反応容器)として、例えば以下のものを使用できる。
(E−1)反応用プラスチックチューブ
(E−2)熱融着可能な袋
(E−3)ガラス試験管
(E−4)マイクロTASチップ
【0058】
(液体による完全充填)
容器内の状態を制御することにより、高温加圧状態への移行の迅速化を図ることができる。具体的には、以下の方法がある。
(F−1)容器に気泡や気層などが残らないように細胞懸濁液を導入し、密閉する。その後、加熱工程に移行する。
(F−2)容器の内容積に対し少ない細胞懸濁液に対して、気層部分にミネラルオイルなどの高沸点溶媒を重層することで、密閉性を向上させることができる。この場合にも容器を密閉後、加熱工程に移行する。この場合、蒸気が気相部分で満たされて、飽和蒸気圧に達した後に沸点以上の加熱が行われる。このため、容器内がより迅速に加圧され、100℃以上の高温にすることが可能となる。
【0059】
(容器の機械的な封鎖)
容器を機械的に封鎖することにより、容器の内圧が上昇した際に密閉状態が解除されることを防止できる。これにより、加熱処理を安定的に実施可能とすることができる。
(G−1)機械的な密閉例として、容器に対合する形状の部材で押さえ込む方法(はめごろし)がある。
【0060】
(グラム陰性菌に好適な条件)
(H−1)グラム陰性菌に好適な加熱条件の一例として、加熱時間が15秒以上2分未満かつ最高処理温度が105℃以上125℃以下を満たす条件(図2参照)を挙げることができる。
【0061】
(グラム陽性菌、真菌に好適な条件)
(I−1)グラム陽性菌、真菌に好適な加熱条件の一例として、加熱時間が1分以内かつ最高処理温度が125℃以上160℃以下を満たす条件(図4参照)を挙げることができる。(細胞溶解促進剤としてTritonX-100を添加した場合)
【0062】
(短時間で均一に加熱するために望ましい容量)
加熱工程において、短時間で均一にサンプルを加熱できる容器の容量として、以下の範囲を挙げることができる。
(J−1)少なくとも2ml以下。
(J−2)望ましくは0.6ml以下。
(J−3)より望ましくは0.2ml以下。
【0063】
(対象細胞)
本発明における核酸抽出の対象となる細胞は、主に微生物細胞である。
【0064】
微生物としては、アシントバクター(Acintobacter)種、アクチノミセス(Actinomyces)種、アエロコッカス(Aerococcus)種、アエロモナス(Aeromonas)種、アルクライゲネス(Alclaigenes)種、バチルス(Bacillus)種、バクテリオデス(Bacteriodes)種、ボルデテラ(Bordetella)種、ブランハメラ(Branhamella)種、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)種、カンピロバクター(Campylobacter)種、カンジダ(Candida)種、カプノシトファギア(Capnocytophagia)種、クロモバクテリウム(Chromobacterium)種、クロストリジウム(Clostridium)種、コリネバクテリウム(Corynebacterium)種、クリプトコッカス(Cryptococcus)種、デイノコッカス(Deinococcus)種、エンテロコッカス(Enterococcus)種、エリシエロトリックス(Erysielothrix)種、エシェリシア(Escherichia)種、フラボバクテリウム(Flavobacterium)種、ゲメラ(Gemella)種、ヘモフィルス(Haemophilus)種、クレブシエラ(Klebsiella)種、ラクトバチルス(Lactobacillus)種、ラクトコッカス(Lactococcus)種、レギオネラ(Legionella)種、ロイコノストック(Leuconostoc)種、リステリア(Listeria)種、ミクロコッカス(Micrococcus)種、ミコバクテリウム(Mycobacterium)種、ネイセリア(Neisseria)種、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium)種、ノカルディア(Nocardia)種、オエルスコビア(Oerskovia)種、パラコッカス(Paracoccus)種、ペディオコッカス(Pediococcus)種、ペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcus)種、プロピオニバクテリウム(Propionibacterium)種、プロテウス(Proteus)種、シュードモナス(Pseudomonas)種、ラーネラ(Rahnella)種、ロドコッカス(Rhodococcus)種、ロドスピリリウム(Rhodospirillium)種、スタフロコッカス(Staphlococcus)種、ストレプトミセス(Streptomyces)種、ストレプトコッカス(Streptococcus)種、ビブリオ(Vibrio)種、およびイェルシニア(Yersinia)種からなる群より選択可能である。微生物以外の動物細胞や昆虫細胞、植物細胞、マイコプラズマ、ウィルスなどへの本発明の適用も可能である。本発明による処理対象には、上記のような種類の異なる細胞が複数混在していても構わない。また、貧栄養状態に芽胞や胞子といった形態をとる微生物が存在するが、そのような生育状態による細胞の状態を問わない。
【0065】
(核酸の種類)
本発明における抽出の対象となる核酸は、主にゲノムDNA、リボソーマルRNA、プラスミドDNAである。
【0066】
(用途)
本発明の核酸抽出方法は、核酸精製の粗抽出液(シリカメンブレン法、荷電微粒子法、フェノールクロロフォルム法など向け)、核酸増幅の鋳型(PCR、RT-PCR、LAMP、NASBAなど)、核酸検出の標的(real-time PCR検出、マイクロアレイ検出、ハイブリダイゼーションプロテクトアッセイ、核酸配列シーケンスなど)などに適用することができる。
【0067】
また、本発明の核酸抽出方法を核酸抽出キットに適用することもできる。例えば、シリカメンブレン、帯電磁性粒子などを担体として使用もしくはアルコール沈殿法を使用したものを挙げることができる。
【0068】
以上説明したように、本発明の核酸抽出方法によれば、細胞懸濁液を、容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱することにより、迅速に核酸を抽出できる。
【0069】
本発明の適用範囲は上記実施形態に限定されることはない。本発明は、細胞から核酸を抽出する核酸抽出方法に対し、広く適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞から核酸を抽出する核酸抽出方法において、
細胞懸濁液を容器に導入する工程と、
前記容器を密閉する工程と、
前記容器に収容された前記細胞懸濁液を、前記容器を密閉した状態で100℃以上の規定最高温度まで加熱する工程と、
を備えることを特徴とする核酸抽出方法。
【請求項2】
前記加熱する工程では、前記容器を加熱する時間が120秒間未満であることを特徴とする請求項1に記載の核酸抽出方法。
【請求項3】
前記細胞はグラム陰性菌であり、前記規定最高温度が105℃以上125℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸抽出方法。
【請求項4】
前記細胞はグラム陽性菌であり、前記規定最高温度が125℃以上160℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸抽出方法。
【請求項5】
前記細胞は真菌であり、前記規定最高温度が125℃以上160℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の核酸抽出方法。
【請求項6】
前記規定最高温度まで加熱された前記細胞懸濁液を、前記容器の密閉状態を保持したまま冷却する工程を備えることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項7】
前記加熱する工程を経た容器を、内圧が大気圧以上となっている状態で開放する工程を備えることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項8】
前記規定最高温度まで加熱された前記細胞懸濁液を、冷却後、再加熱する工程を備えることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項9】
前記細胞懸濁液に細胞溶解促進剤を混合する工程を備えることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項10】
前記容器を密閉する工程では、前記容器内に気体がない状態で前記容器が密閉されることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項11】
前記容器を密閉する工程では、前記容器内に前記細胞懸濁液よりも高沸点の溶媒が前記容器内に密閉されることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。
【請求項12】
前記加熱する工程は、加熱部を100℃以上の設定温度まで予熱する工程と、前記容器を前記設定温度とされた前記加熱部に接触させる工程と、により構成されることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の核酸抽出方法。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−157265(P2012−157265A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18172(P2011−18172)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】