説明

検出センサ、物質検出システム

【課題】物質を検出する検出効率の高い検出センサ、物質検出システムを提供することを目的とする。
【解決手段】感応膜42に成分分子を吸着させる際には感応膜42を冷却し、感応膜42から成分分子を脱離させる際には感応膜42を加熱する。成分分子が振動子41の感応膜42に吸着されると振動子41の振動周波数が変化し、制御部54では、そのセンサ信号の変化分を常時計測する。この変化分が予め定めた閾値を下回ると、検出が飽和状態に達したと判断し、振動子41に組み込んだヒータ90に、予め設定されたヒータ電圧を印加し、感応膜42に吸着した成分分子を脱離させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、VOC(Volatile Organic Compounds:揮発性有機化合物)等の物質の検出等を行うことのできる検出センサ、物質検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、空気中を漂う各種物質や匂いの存在、あるいはその定量的な濃度を検出するためのセンサが存在した。このセンサでは、ガスに含まれる特定種の分子を吸着し、その吸着の有無、あるいは吸着量を検出することで、特定物質等の存在の有無、あるいはその濃度を検出している。
【0003】
空気中を漂う分子をその微小な分子質量によって検出するセンサ素子は、これらの分子を含む気体中で振動子を振動させ、分子が振動子表面に付着または吸着された際の振動子の質量変化を振動子の振動特性の変化として検出する。
このようにして質量検出を行う振動子として、片持ち梁の振動を利用するカンチレバー型の振動子が存在する(例えば、特許文献1参照)。このようなカンチレバー型の振動子は、シリコン薄膜等を写真技術(フォトリソグラフィ)で精密に加工するMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる技術を用いることで、μm(マイクロメートル)単位の領域で作製することが可能となってきた。振動子のサイズを小さくすることで振動子質量が大幅に減少し、付着質量に対する検出感度が向上する。
【0004】
シリコン材料からなる振動子は、ピエゾ抵抗効果を用い、振動子の表面に設けたピエゾ抵抗層の電圧変化を検出することで、振動子の振動数変化を検出する(例えば、特許文献1、2参照。)。また、振動子の共振周波数の変化を用いて、振動子の表面に付着した物質の質量を検出する手法も存在する(例えば、特許文献3参照。)
【0005】
ところで、カンチレバー型の振動子を用いた質量センサは、振動子への分子の付着質量を検出するだけで、それ自身には付着物質を分析・識別する機能はない。そこで、付着物質を識別する機能は、表面に塗布された検出膜の吸着選択性を用い、検出膜に物質(分子)を吸着したときの、振動子の振動数変化を検出することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−56278号公報
【特許文献2】特開2009−133772号公報
【特許文献3】特開2005−148062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、測定を繰り返し行うためには、検出膜における分子の吸着、検出膜で吸着した分子の脱離を繰り返し行う必要がある。測定効率を高めるためには、吸着、脱離をできるだけ短時間で行うのが好ましい。
検出膜で分子を吸着するときには、温度によって吸着効率が異なる。
また、検出膜で吸着した分子の脱離には、窒素ガスや空気等のクリーンガスを流す方法が、化学センサの使用方法・評価方法としては標準的に用いられているが、この方法では脱離に時間がかかる。
本発明は、このような技術的課題に基づいてなされたもので、物質を検出する検出効率の高い検出センサ、物質検出システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる目的のもとになされた本発明は、一端部または両端部が基板に固定された梁状で、感応膜に質量を有した物質が付着または吸着することにより振動特性が変化する振動子と、感応膜を冷却する冷却部と、振動子の振動を検出する歪みセンサと、感応膜を加熱する加熱部と、振動子を振動させる圧電素子と、圧電素子に電圧を印加する素子パッケージと、冷却部と加熱部を制御する制御部と、を備え、制御部は、感応膜にガスに含まれる成分分子を吸着させる際に冷却部により感応膜を冷却し、感応膜に吸着した成分分子を当該感応膜から脱離させる際に加熱部により感応膜を加熱するように制御することを特徴とする。
このようにして、感応膜から成分分子を脱離させる際には、感応膜を加熱することで、短時間で脱離を行える。また、感応膜に成分分子を吸着させる際には、冷却部で感応膜を冷却することで、効率よく吸着が行える。さらに、脱離の際に加熱した感応膜を冷却することもできる。
【0009】
ところで、検出膜で分子を吸着するときには、吸着に最適な温度が分子の種類、検出膜の種類等によって異なる。また、分子を吸着するのに要する時間も、同様にさまざまに異なる可能性がある。上記特許文献に記載の技術は、あくまでも実験レベルであり、上記のように、最適な吸着温度や吸着時間を把握しているわけではなく、実用性に乏しい。
さらには、特定の種類の分子の有無を検出するだけでなく、さまざまな分子の有無や存在量を検出しようとした場合、複数のカンチレバー型の振動子を設け、複数種類の検出膜をこれら複数のカンチレバー型の振動子にそれぞれ塗布して、それぞれの振動子に設けられた検出膜の吸着選択性の違いを利用することになる。このような場合、検出膜の種類毎に最適な吸着温度や吸着時間が異なる可能性もある。当然のことながら、検出膜の種類毎に最適な吸着温度・時間を事前に求めるには手間がかかる。また、複数種の検出膜を適宜組み替えて検出センサを構成する場合、検出センサに備える検出膜の種類に応じて、最適な吸着温度・時間を、検出センサの動作を司るコントローラに事前にプログラムする必要があり、これには煩雑な手間がかかる。
そこで、歪みセンサで検出される振動子の振動周波数を検出する検出部をさらに備え、
制御部は、検出部によって検出された振動子の単位時間当たりの振動周波数の変化量が所定の閾値以下となったときに、加熱部により感応膜を加熱することを特徴とすることができる。
このように、検出部で検出する振動子の単位時間当たりの振動周波数の変化量が予め定めた閾値以下となったときに、ヒータにより感応膜を加熱して成分分子を感応膜から脱離させるようにした。つまり、感応膜への成分分子の吸着が、ほぼ飽和した状態で吸着を停止し、脱離を開始する。これによって、感応膜の種類に限らず、最適な吸着温度・時間で検出を行うことができる。
【0010】
検出部は、振動子の振動周波数の変化タイミングに基づいて得られる物質の種類および濃度の少なくとも一方を検出することができる。
【0011】
感応膜の種類毎の冷却特性と加熱特性を記憶する記憶部をさらに備え、制御部は、感応膜の種類に対応して、記憶部に記憶された感応膜の冷却特性と加熱特性に基づいて冷却部による感応膜の冷却および加熱部による感応膜の加熱を制御することができる。
このように、感応膜の種類毎に、冷却温度、加熱温度等の冷却特性、加熱特性を記憶部に予め設定しておくこともできる。
【0012】
ここで、感応膜は、多孔性金属錯体(MOF)、ポリブタジエン(PBD)、ポリアクリルニトリル−ブタジエン(PAB)、ポリイソプレン(PIP)、スチレン−ブタジエンコポリマー(PSB)のいずれかを用いるのが好ましい。
検出センサの高感度化には、
1)吸着特性の優れた(即ちKファクターの大きな)材料を用いる。
2)吸着特性が最大になる条件で使用する(例えば温度等)。
3)吸着・脱離応答の速いセンサ材料を用いて効率を上げる。
4)サンプルガスの容量を増やす。
5)周波数の短時間変動を小さくする。
等が考えられるが、3)は測定条件に制限があり、3)或いは4)は電気的、或いは検出期の物理的限界で決まる。そこで、本発明の検出センサは、1)の吸着特性の優れた(即ちKファクターの大きな)材料を用いる。特に、吸着特性の特に優れた材料として、多孔性金属錯体をカンチレバー表面に成膜して感応膜として使用するのが好ましい。このMOFは低温では吸着能が高いが、脱離特性が悪い。
そこで、感応膜が多孔性金属錯体からなる場合、制御部は、感応膜から成分分子を脱離させるときには、ヒータにより感応膜をMOFでは60℃以上、それ以外では40℃以上に加熱するのが好ましい。
また、感応膜が多孔性金属錯体からなる場合、制御部は、検出時には、冷却部により、感応膜の温度を10から25℃に保つのが好ましい。
また、PABやPBDは0〜20℃といった、比較的低温度で吸着能が高く、応答特性も良い。よって、様々なガスに対して選択性を持たせるため、複数のカンチレバー型の振動子を使用する場合、複数の振動子には、MOFやPBD,PAB等を塗布する。これらの材料とガスの選択性の組み合わせにおいては、検出時における感応膜の温度は、0から25℃まの最適な温度に設定するのが好ましい。
このようにして、吸着特性が最大になる条件で振動子を使用することができる。
【0013】
歪みセンサは抵抗素子のピエゾ抵抗効果を利用したものとし、ヒータは、歪みセンサと同一の定抵抗を用いて形成するのが好ましい。これにより、歪みセンサとヒータを同一工程で形成することができる。
【0014】
ここで、カンチレバー式の振動子にP型半導体抵抗で構成されるヒータを組み込むことによって、振動子の温度を室温よりも30〜50℃高温にすることが可能となる。これによって低温で吸着させ、脱離時に振動子表面を瞬時に高温にして脱離を促進させることが可能となる。
【0015】
また、素子パッケージの一面側に圧電素子が接合され、振動子を有した基板が圧電素子に積層されて接合され、素子パッケージの他面側に、冷却部が設けられた構成とすることもできる。
【0016】
本発明は、振動子を2以上備えるとともに、これら2以上の振動子には、互いに異なる材料からなる感応膜が設けられている構成とすることもできる。
このとき、検出部は、検出時の温度を2条件以上として振動子の周波数変化をセンサの応答特性を検出し、2条件以上の温度における周波数変化の差に基づき、ガスの成分および濃度の少なくとも一方を推定することもできる。
【0017】
本発明は、検出対象のガスに含まれる特定物質の種類および濃度の少なくとも一方を検出する物質検出システムであって、検出対象のガスをシステム内に導入するとともに、導入したガスをシステム内で搬送するためのポンプと、ポンプでシステム内に導入したガスに含まれる特定物質を吸着する吸着部と、吸着部で吸着した特定物質を吸着部から脱離させる第一のヒータと、一端部または両端部が基板に固定された梁状で、吸着部から脱離した特定物質を吸着または付着する感応膜を備え、感応膜に特定物質が吸着または付着することにより振動周波数が変化する振動子と、振動子の振動を検出する歪みセンサと、感応膜を冷却する冷却部と、振動子に設けられ、感応膜を加熱する第二のヒータと、振動子を振動させる圧電素子と、圧電素子や歪みセンサに電圧を印加する素子パッケージと、ヒータおよび冷却部を制御し、感応膜にガスに含まれる成分分子を吸着させるときには冷却部により感応膜を冷却し、感応膜に吸着した成分分子を当該感応膜から脱離させるときにはヒータにより感応膜を加熱する制御部と、歪みセンサで検出される振動子の振動から当該振動子の振動周波数の変化を検出し、振動子の振動周波数の変化タイミングに基づいて得られる特定物質の種類、および振動周波数の変化量に基づいて得られる特定物質の濃度の少なくとも一方を検出する検出部と、を備え、制御部は、検出部で検出する振動子の単位時間当たりの振動周波数の変化量が予め定めた閾値以下となったときに、ヒータにより感応膜を加熱して成分分子を感応膜から脱離させることを特徴とする物質検出システムとすることもできる。
【0018】
ここで、振動子は、吸着部から脱離した特定物質がポンプによって送り込まれるチャンバ内に設けるのが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、感応膜に成分分子を吸着させる際には、冷却部で感応膜を冷却し、感応膜から成分分子を脱離させる際には、感応膜を加熱することで、短時間で効率よく成分分子の吸着、脱離を行うことができる。これによって、物質を検出する検出効率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本実施の形態における物質検出システムの構成を示す図である。
【図2】検出センサの構成を示す図である。
【図3】金属有機構造体の構成を示す図である。
【図4】振動子の駆動・冷却機構を示す断面図および斜視図である。
【図5】検知の流れを示す図である。
【図6】金属有機構造体を示す写真である。
【図7】金属有機構造体薄膜および粉末のX線回折測定結果を示す図である。
【図8】金属有機構造体とPBDからなる感応膜における周波数変化の濃度依存性を示す図である。
【図9】金属有機構造体の各種物質に対する吸着特性を示す図である。
【図10】金属有機構造体の温度に応じた振動周波数変化量を示す図である。
【図11】カンチレバー型の振動子上に形成した金属有機構造体薄膜を示す写真である。
【図12】カンチレバー型の振動子上に形成した金属有機構造体薄膜のSEM像である。
【図13】PAB,PBD,PSBおよびPSのアセトン、トルエン、オクタン、エタノールに対する吸着能を温度の関数として示した図である。
【図14】(a)はカンチレバー型の振動子に組み込んだヒータの電圧−電流特性を示す図、(b)はヒータ加熱による共振周波数のシフトを示す図である。
【図15】濃縮管のヒータの温度プロファイルを示す図である。
【図16】感応膜でプロパノール、トルエン、キシレンを検出したときの周波数変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面に示す実施の形態に基づいてこの発明を詳細に説明する。
図1は、本実施の形態における物質検出システム10の全体構成を説明するための図である。
この図1に示す物質検出システム10は、検知対象となる特定種の分子を吸着することで、ガス自体あるいはガスに含まれる複数種の特定物質や匂い等の存在(発生)の有無、あるいはその濃度の検出を行うものである。
この物質検出システム10は、サンプル容器15に収容された検知対象のガスを吸い込むとともに、システム内でガスの流れを生じさせるポンプ20と、ポンプ20で吸い込んだガスを吸着する吸着部30と、吸着部30で吸着したガス中から、ガス成分中に含まれる特定種の分子を吸着し、その分子の吸着に応じた検出信号を出力する検出センサ40と、検出センサ40における検出信号に基づき、特定種の分子の有無またはその量を測定する測定処理部(検出部)50と、を備えている。
【0022】
吸着部30は、例えばステンレス製の円筒状の筒体31の内部に、吸着体として、例えばカーボンファイバーが充填されている。吸着体としては、もちろんこれ以外のものを適宜用いることができる。ポンプ20から吐出されたガスは筒体31内に送り込まれ、吸着体と接触することで吸着体にガス中の成分分子が低い選択性で物理吸着により吸着される。
筒体31の外周面には、シースヒータ34が巻きつけられている。このシースヒータ34に電圧が印加されることで、吸着体に吸着された成分分子が脱離し、ポンプ20によって生じる流れによって成分分子は検出センサ40へと搬送される。
【0023】
図2に示すように、検出センサ40は、機械的振動を生じる振動子41と、振動子41の表面に形成され、吸着部30で脱離した分子を吸着する感応膜42と、を備える。
振動子41は、幅20〜400μm、長さ100〜1000μmで、基端部が固定されて他端部が自由端とされた片持ち梁状のカンチレバー型とする。
振動子41は、駆動源として、例えば圧電素子による圧電駆動方式を用いており、所定周波数で振動子41を振動させるようになっている。また、振動子41は、自身の振動状態(振動周波数)の変化を電気信号として検出するための振動検出部44を備えている。この振動検出部44は、例えばP型半導体ピエゾ抵抗素子により実現できる。
【0024】
振動子41には、その内部に、薄膜抵抗を用いたヒータ(加熱部)90が設けられている。このヒータ90は、振動検出部44を構成するピエゾ抵抗素子を作成すると同時に作成されるP型半導体を用いた抵抗により形成されている。
感応膜42は、ヒータ90上に形成されている。そして、感応膜42の特性を最もよく引き出すように、制御部54によってヒータ90への通電を制御することによって、感応膜42の温度が自動的に調整される。
【0025】
感応膜42は、検出対象のガスを付着または吸着する性質を有するが、金属有機構造体(MOF)、ポリブタジエン(PBD)、ポリアクリルニトリル−ブタジエン(PAB)、ポリイソプレン(PIP)、ポリスチレン(PS)は、特定のガスを選択的に付着または吸着する選択性を有することが本発明者等の研究により明らかとなっている。この他、感応膜42として採用できる材料としては、フタロシアニン誘導体、ポルフィリン誘導体などの金属錯体、ポリチオフェン、ポリアニリンなどの導電性高分子、酸化チタン多孔質膜などの無機材料がある。
【0026】
ポリアクリルニトリル−ブタジエン(PAB)は、オクタン、プロパノール等のガスに選択性を有する。ポリブタジエン(PBD)、ポリイソプレン(PIP)はトルエンに選択性を有する。ポリスチレン(PS)は、n−プロパノールやエタノールに選択性を有する。
【0027】
金属有機構造体(Metal-Organic Frameworks、以下、MOFと略記する)は、有機配位子と金属イオンとが結合してできる三次元構造を有する材料である。
図3は、MOFの構造の一例を模式的に示した図である。図3において、1は金属イオン、2は有機配位子であり、3はこれらが結合してできたMOFである。MOF3は、金属イオン1を構成要素とする頂点と、有機配位子2を構成要素とする辺と、を骨組みとし、中空部4を有する六面体形状を有する。この中空部4に測定対象のガスを付着または吸着するが、このような中空の構造を有することからMOF3は比表面積が大きく、センシングの際の反応表面が増大する。
【0028】
辺を構成する有機配位子3は、鎖の長さを変えることにより辺の長さが変わるため、MOF3の中空部の大きさを調節することが可能である。また、有機配位子3の種類を選定することにより、選択性を付与することが可能となる。有機配位子としては、化1、化2、化3、化4、化5の化学式で示される化合物や、トリメシン酸などを用いることが好ましい。
【0029】
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【0030】
金属イオンとしては、Cu2+,Zn2+などから選ばれる少なくとも1種の金属イオンを用いることが好ましい。金属イオンとしてZn2+を選定する場合には、ZnO等の無機集合体を原料として用いることができる。金属イオンとしてCu2+を選定する場合には、硝酸銅・3水和物(CuNO・3HO)等を原料として用いることができる。
【0031】
MOFの一例としてZn2+を用いた六面体形状のMOFについて説明したが、これに限定されるものではなく、四面体、八面体などの他の多面体形状を構成してもよいことは言うまでもない。
【0032】
MOFは精密な構造であるため安定性が高く高温環境下でも利用可能である。本発明者等は、MOFの温度依存性について検討を行ったところ、測定対象のガスがMOFに吸着する吸着速度と、吸着したガスがMOFから脱離する脱離速度とは温度変化に対する速度の変化が一定ではないことを見出した。
銅イオンとトリメシン酸(1,3,5−benzentricarboxylate:以下、BTCと略記する場合もある)より構成され、八面体の形状を有するCu(BTC)Oは、10℃以上で測定対象のガスを吸着し、40℃以上の温度で測定対象のガスを脱離させることが好ましい。この理由については後述の実施例で詳細に説明するが、Cu(BTC)Oは20℃〜60℃の温度範囲での吸着速度に一定であるのに対し、ガスの脱離速度は30℃未満の場合に比べ40℃以上で約4倍の速度となるため、センサとして良好な応答性が得られるからである。
【0033】
カンチレバー型の振動子の感応膜42としてMOFを用いるためには、金膜上に末端カルボン酸を持つ自己組織化単分子膜(以下、SAM膜と略記する)を形成し、SAM膜のカルボン酸表面にMOFからなる薄膜を成膜することが好ましい。
【0034】
MOFの一例としてCu(BTC)Oを成膜する方法について説明する。硝酸銅・3水和物(CuNO・3HO)とトリメシン酸とを溶解したジメチルスルホキシド溶液を準備し、末端カルボキシル基を有するSAM膜と接触させることにより、末端カルボキシル基を開始点として、Cu(BTC)Oの結晶が析出する。この時、結晶成長はDMSO蒸気下で行うため、100℃〜150℃の温度範囲とすることが好ましい。
【0035】
上記したような感応膜42が形成された振動子41は、所定の容積(例えば0.1〜0.5cc)を有したチャンバ内に設けられている。チャンバ内には、上記したような感応膜42を備えた振動子41が、複数組設置されている。複数の振動子41には、互いに異なった感応膜42が成膜されている。
【0036】
さて、上記のような物質検出システム10における、検出センサ40の振動子41の駆動構造について説明する。
図4に示すように、振動子41は、シリコン系材料からなる振動子チップ(基板)100に形成されている。振動子41は、振動子チップ100を、フォトリソグラフィ法等によりパターン形成し、エッチング等により不要部分を除去することで形成され、基板本体101に基端部が固定された固定端とされ、他端部がオーバーハングした自由端とされている。振動子41の基端部に振動検出部44が配置されており、振動検出部44は振動子41の振動変位を電気信号として検出する。
【0037】
このような振動子チップ100は、検出センサ40のベースとなるベース基板110に、チップ・パッケージ(素子パッケージ)120、PZT板(圧電素子)130を介して支持されている。
【0038】
ベース基板110には、開口部111が形成されている。チップ・パッケージ120は、この開口部111を塞ぐよう、ベース基板110の一面側に、固定部材112により外周部を固定されて設けられている。チップ・パッケージ120は、ICチップを搭載することができ、ICチップの各電極に電気的に接続される配線パターンを有している。このようなチップ・パッケージ120としては、DIP(Dual Inline Package)や、QFP(Quad Flat Package)を用いることができる。
【0039】
PZT板130は、PZT材料からなる板状体で、チップ・パッケージ120の一面側に、接着剤200を介して接合されている。
PZT板130は、正極がチップ・パッケージ120側、負極が振動子チップ100側として配置されている。PZT板130の各電極は、チップ・パッケージ120の配線部と、ワイヤーボンディングによる配線140によって電気的に接続されている。PZT板130は、外部の駆動回路からの制御信号に応じてチップ・パッケージ120から印加される電圧により、所定の周波数で振動を発生する。
【0040】
振動子チップ100は、基板本体101が、PZT板130の他面側に、接着剤210により接合されている。
また、PZT板130で発生した振動を振動子チップ100に効率よく伝達するため、PZT板130と振動子チップ100とは、例えば接着剤210に硬化後の硬度(剛性)の高い、例えばエポキシ系接着剤等を用い、強固に一体化するのが好ましい。接着剤210によって、PZT板130から振動子チップ100に伝達される振動が減衰されるのを抑制することができる。
【0041】
検出センサ40には、冷却機構(冷却部)150が備えられている。この冷却機構150は、振動子41が形成された振動子チップ100を冷却するものである。感応膜42を有する振動子41は、冷却するとガス吸着によるセンサ感度が向上する。その理由は、感応膜42が冷却すると感度が向上するためである。そこで、冷却機構150により、振動子41および感応膜42を、−10〜25℃、より望ましくは−5〜15℃の範囲内の一定温度に温度制御するのが好ましい。
【0042】
冷却機構150は、このような目的を満足できるのであればいかなる構成のものを用いてもよいが、例えば、以下に示すような構成が採用できる。
すなわち、冷却機構150は、ベース基板110の他面側に設けられており、開口部111に露出するチップ・パッケージ120の他面側に、ヒートシンク151を介して設けられた冷却素子152と、放熱フィン153および放熱ファン154からなる。
ヒートシンク151は、例えばCuからなり、冷却素子152で冷却されることで、チップ・パッケージ120から熱を奪う。
冷却素子152としては、いかなるものを用いてもよいが、応答性の面から、ペルチェ素子を用いるのが好ましい。冷却素子152は、制御部54によってその作動が制御される。
放熱フィン153および放熱ファン154は、冷却素子152の熱を放熱する。ここで、放熱フィン153は、冷却素子152の表面に、熱伝導性が高く導電性の低い材料(例えば金属酸化物を含むシリコーンペースト等)により接合するのが好ましい。
【0043】
このような冷却機構150においては、センサ155で検出された検出センサ40の適宜位置(本実施形態では、ヒートシンク151)の温度に基づき、制御部54が冷却素子152を作動させ、ヒートシンク151、チップ・パッケージ120、PZT板130を介して振動子チップ100を冷却することで、振動子41および感応膜42を冷却する。これにより、振動子41および感応膜42における検出感度の向上を図り、物質検出システム10における物質の検出感度の向上を図ることができる。
【0044】
測定処理部50は、上記のような振動子41を駆動するための駆動回路51と、振動検出部44からの電気信号を検出する検出回路52とを有している。
制御部54の制御により、検出センサ40の振動子41を駆動回路51からの電気信号によって駆動して所定周波数で振動させた状態で、感応膜42に質量を有した分子等の検出対象物が付着すると、振動子41の振動周波数が変化する。測定処理部50の検出回路52は、振動検出部44から出力される電気信号を受け、その電気信号の変化を検出することで、感応膜42への特定種の分子の吸着の有無またはその量を測定する。
測定処理部50における測定結果は、表示部53において、ランプ、ブザー等のON/OFF、測定値、測定レベルの表示、検出物質名称・濃度(量)の表示等によって出力できるようにするのが好ましい。
【0045】
このようにして、ガス中に含まれる物質の特定、及びその濃度を測定することができる。このとき、感応膜42の材質を異ならせることで、その識別能は高まる。また、シースヒータ34の加熱により吸着体から物質を脱離させたときの脱離タイミングを検出センサ40、測定処理部50で検出することで、物質の種類の識別能が高まる。
また、ポンプ20においてガスを圧縮して送り込むことで、微小なガス量でも高感度な検出が可能となり、物質検出システム10を、小型ながら、従来にない高感度な検出性能を備えるものとすることができる。このような物質検出システム10は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術等の微細加工技術により製造する振動子41を除けば、簡易に製造することが可能であり、これによって低コスト化が可能となる。
【0046】
さて、上記のようにして感応膜42で吸着された成分分子の種類、量(濃度)を測定した後には、ヒータ90により感応膜42を加熱することで、吸着した成分分子を感応膜42から脱離させる。
【0047】
図1に示した物質検出システム10においては、制御部54によって、ポンプ20の作動、シースヒータ34への通電による加熱、振動子41の駆動および検出、ヒータ90の作動、測定処理部50における測定処理を制御する。
図5にその流れを示す。
まず、物質検出システム10の動作開始時において、振動子41を含む振動子チップ100を、検出センサ40の感度が高まる低温に冷却し、その温度を保冷する(ステップS101)。この温度は振動子41に搭載する感応膜42の種類で決まる。PABやPBDでは0〜10℃程度が好ましい。低温の方が感度は上がるが、感応膜42の種類によって選択性の差がなくなると言った問題が生じる。
【0048】
その後、予め定めた一定時間の間、ポンプ20でガスを吸い込んで濃縮し、ガスに含まれる分子を吸着部30で吸着する(ステップS102)。前記の一定時間の経過後、ポンプ20を作動させたまま、ポンプ20からのガスの吸い込みを中止する。
予め設定した流量でポンプ20から空気、あるいは別に用意した不活性ガスを流し、シースヒータ34に通電して吸着部30を加熱し、吸着部30で吸着した成分分子を脱離させる(ステップS103)。
【0049】
脱離した成分分子は検出センサ40に搬送され、検出センサ40における計測が開始される(ステップS104)。
成分分子は、振動子41の感応膜42に吸着される。これによって振動子41の振動周波数が変化する。このとき、検出が始まるとセンサ信号が徐々に大きくなる。制御部54では、そのセンサ信号の変化分を常時計測し(ステップS105)、この変化分が予め定めた閾値を下回ると、検出が飽和状態に達したと判断する(ステップS106)。
【0050】
制御部54は、検出が飽和状態に達したと判断したら、振動子41に組み込んだヒータ90に、予め設定されたヒータ電圧を印加する(ステップS107)。この時の印加時間も予め定めた設定値とする。
この時にカンチレバー型の振動子41の表面はごく短時間(0.1〜数秒)で設定温度に達する。すると、感応膜42に吸着された成分分子が脱離する(ステップS108)。この脱離時は振動子41の温度も上昇するので、制御部54では、その時の検出周波数の変化は無視する。
【0051】
所定の印加時間が経過してヒータ90への電圧印加が停止されると(ステップS109)、0.1から3秒で温度が一定温度に戻るため、この一定温度に戻るまで、タイマーで設定時間が経過するまで待機する(これを安定化保留と称する;ステップS110)。
【0052】
これにより、一連の検出処理が完了する。
物質検出システム10においては、一定時間ごとに上記一連の検出処理サイクルを繰り返すことで、リアルタイムな物質検出を行うこともできる。その場合、検出センサ40においては、ステップS110の安定化保留が終了した後に、次のサイクルに移行してステップS104の検出センサ40における計測が開始されるようにする。したがって、ステップS110の安定化保留が終了した後、ステップS103の、吸着部30で吸着した成分分子の脱離を行うようにするのが好ましい。
【0053】
ここで、上記のような検出を、検出時の温度を2条件以上に異ならせて複数回行うのが好ましい。それぞれの温度条件において、振動子41の周波数変化を検出し、これら2条件以上の温度条件における周波数変化の差に基づき、ガスの成分および濃度の少なくとも一方を推定することができる。
この推定方法を以下に示す。感応膜を塗布したセンサー1のT1の温度での感度S1aがS1a(T1)とすると、センサー1の周波数変化量はサンプル濃度Caの積でS1a(T1)Caとなる。また他の感応膜を塗布したセンサー2のT1の温度での感度S2aがS2a(T1)とすると、センサー2の周波数変化量はサンプル濃度Caの積でS21a(T1)Caとなる。
次に第二の温度T2でセンサーを駆動した場合は、感応膜を塗布したセンサー1のT2の温度での感度S1aがS1a(T2)とすると、センサー1の周波数変化量はサンプル濃度Caの積でS1a(T2)Caとなる。また他の感応膜を塗布したセンサー2のT2の温度での感度S2aがS2a(T2)とすると、センサー2の周波数変化量はサンプル濃度Caの積でS21a(T2)Caとなる。
この4つの連立方程式を解くことで、ガスの成分や濃度が推定することが可能になる。
【0054】
上述した物質検出システム10においては、感応膜42に成分分子を吸着させる際には感応膜42を冷却し、感応膜42から成分分子を脱離させる際には感応膜42を加熱することで、短時間で効率よく成分分子の吸着、脱離を行うことができる。これによって、物質を検出する検出効率を高めることができる。
また、成分分子が振動子41の感応膜42に吸着されたときには、振動子41の振動周波数が変化し、制御部54では、そのセンサ信号の変化分を常時計測する。そして、この変化分が予め定めた閾値を下回ると検出が飽和状態に達したと判断し、振動子41に組み込んだヒータ90に、予め設定されたヒータ電圧を印加し、感応膜42に吸着した成分分子を脱離させるようにした。これにより、感応膜42の種類に限らず、事前に吸着温度や吸着時間を設定することなく、最適な吸着温度・時間で検出を行うことができる。
【0055】
なお、上述した物質検出システム10においては、感応膜42の種類毎に、冷却温度、加熱温度等の冷却特性、加熱特性を記憶するメモリ等の記憶部54M(図2参照)をさらに備えることもできる。
その場合、制御部54は、振動子41に設けられた感応膜42の種類に対応して、記憶部に記憶された感応膜42の冷却特性と加熱特性に基づいて、冷却機構150による感応膜42の冷却およびヒータ90による感応膜42の加熱を制御する。
このように、感応膜42の種類毎に、冷却温度、加熱温度等の冷却特性、加熱特性を記憶しておくことでも、短時間で効率よく成分分子の吸着、脱離を行うことができる。これによって、物質を検出する検出効率を高めることができる。
【0056】
[実施例1]
ここで、上記に示した構成の検証を行ったのでその結果を以下に示す。
検出センサ40の振動子41としては、カンチレバー型のものを用意した。
カンチレバー型の振動子41は、カンチレバー型の振動子はMEMSプロセスを用い、SOI(Silicon on Insulator)基板から作成した。最初にN型のSOI基板の厚さ5μmの活性層の上に、酸化層の形成、フォトリソグラフィ法によるパターン形成、ボロンP型拡散を行って、検出回路としてのSiピエゾ抵抗層の作成を行ったあと、RIE(Reactive Ion Etching)エッチング法によって、長さ500μm、幅100μmの振動子41を作成した。その後、空気のダンピングによる減衰を低減するために、裏面から支持層のシリコンをDeep−RIEエッチング法によって除去した。
検出回路としてのSiピエゾ抵抗(約2Kオーム)を振動子41の根元に1個、或いは2個配置し、他の参照用ピエゾ抵抗と合わせてホイーストンブリッジを形成した。また、振動子41表面にはシリコン酸化膜、接着層Crを介して約100nmの金膜を成膜した。
【0057】
そして、感応膜材料として、MOFを成膜した。ここでは、QCM上の金電極表面に対して末端カルボン酸を持つ自己組織化単分子膜(Self Assembled monolayer:SAM)を形成させ、カルボン酸表面からのMOF成長を試みた。また、有機配位子と金属イオン種の組み合わせにより様々なMOFが調整されているが、その中から銅イオンとトリメシン酸より構成されるCu(BTC)(HO)をガスセンサ用の認識材料として選択し、SAM膜で修飾した金電極上での結晶成長を行った。さらに、これらMOF薄膜を用いてVOCsの暴露による吸着・脱離過程について検討を行った。
【0058】
「感応膜の評価」
まず、カンチレバー型の振動子上への成膜の前に、簡単な方法で膜厚、ガス吸着が評価可能なQCMの上部に成膜して評価を行った。製法を以下に示す。
まず、エタノールと酢酸の混合溶液に16−mercaptohexadecanoicacidを加え、反応溶液を調整した。ここに洗浄したQCMを一晩浸漬、静置した。浸漬後QCMを溶液から取り出しメタノールで洗浄、乾燥させた。これによりQCM上に末端カルボン酸を持つSAMを形成させた。
次に、SAMを形成させた基板を硝酸銅・3 水和物(CuNO・3HO)とトリメシン酸(1,3,5−benzentricarboxylate:BTC)のDimethylsulfoxide(DMSO)溶液に一定温度、一定時間接触させることにより、SAMを開始点としてCu(BTC)(HO)の結晶性薄膜を形成させた。結晶成長はDMSO蒸気下で行い、金電極部分のみに青緑色のMOF結晶を成長させることに成功した。
このとき、5.0mM CuNO・3HOと2.8mM BTCを含むDMSO溶液を用い、123℃、6時間で結晶成長させたMOFの重量をQCMの周波数変化から見積もったところ、QCMの金基板上に63μgのCu(BTC)(H2O)結晶性薄膜が形成していた。形成させたMOFはSEM観察、FT−IR、およびX線回折測定によって評価した。
【0059】
(走査型電子顕微鏡によるMOF観察)
形成させたMOFに対して走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察を行った。結果を図6に示す。
図6に示すように得られた薄膜は四角錐形であり、結晶が多数密集することにより薄膜を形成していた。また、平均結晶サイズは約4μmであることを確認した。
【0060】
(XRD測定)
作製したQCM上のMOF薄膜および粉末のCu(BTC)(H0)に対してX線回折測定(XRD)を行った。結果を図7に示す。
図7より、粉末サンプル(図中、Powder Sample)ではCu(BTC)(H0)の三次元ネットワークに帰属される複数の反射ピークが得られた。これに対し、カルボン酸表面を持つSAM膜(図中、SAM-COOH)からCu(BTC)(H0)を成長させた薄膜のXRDでは(200)、(400)面に由来する強い反射ピークが得られた。
【0061】
(VOCs吸着測定)
VOCsの吸着測定は一定流量、一定濃度のガスをチャンバ内に流し込みVOCsの吸着量を測定できる装置を用いて行った。また、測定には微量な質量変化を測定する手法であるQCMセンサを用いた。QCMセンサではVOCsの吸脱着による質量変化を周波数変化として検出し、電極表面上の質量変化Δm [ng]により共振周波数変化Δf [Hz]が生じ、Sauerbrey の式に基づき認識膜の付着量、VOCsの吸着量が検出される。
Δf=−2f0Δm/[A(μq・ρq)]1/2.......... (1)
ここで、f0は基本周波数、Aは電極面積、μqは水晶の剪断応力(剛性率)、ρqは水晶の密度を示す。使用したQCMは基本周波数9MHz、電極面積0.196cmであるので電極上での質量変化ΔmとΔfとは次の関係で表すことが出来る。
Δm = −1.07 [Hz/ng] ×Δf ..............(2)
【0062】
上式に示すように、QCMはその周波数変化から吸着するVOCs分子の質量をナノグラムオーダーで測定できる。このQCMの周波数変化を計測し、温度制御したチャンバ内でVOCs吸着測定を行った。今回の測定にはMOF形成に利用した有機配位子と同様に芳香環を有するトルエンを用いてVOCs吸着測定を行い濃度変化に伴う吸脱着量の変化、他物質との吸着量の変化について考察した。また、VOCs吸着測定の前処理としてホットプレートで120℃、20分加熱し、200sccmの窒素ガスを十分に流した後に使用した。以上の計算に基づき周波数変化から形成したMOFの質量及びMOF薄膜に対するVOCsの吸着量を算出した。
【0063】
作製した500nmのMOF薄膜を用いてトルエンの吸着測定を行った。測定濃度を100〜1000ppmの範囲で変化させて吸着量を測定した。また、作製したMOFの薄膜と吸着量を比較する物質としてPoly(butadiene)(PBD)を用いて同一条件下で測定を行った。PBDは質量検出型センサにも用いられている有機高分子の一つであり、いくつかの報告がなされている。
【0064】
測定の結果、図8に示すような周波数変化の濃度依存性がみられた。PBD膜では100ppm〜1000ppmの範囲において吸着量は濃度と比例に関係あるが、MOF薄膜においては飽和状態に近いことが推測される。
1000ppm条件下においてMOFを用いたQCMセンサはPBDを用いたQCMセンサに比べ30倍以上のVOCsが吸着した。さらに、100ppmにおいては300倍以上のトルエン分子の吸着がみられた。低濃度域において非常に高感度の材料であると示唆された。
【0065】
図9(a)、(b)には同じ方法で、トルエン、キシレン、オクタン、アセトン、エタノールとVOCの成分を変えた場合の吸着特性の差を示す。このMOF材料はアセトンやエタノールにも高い感度を示していることがわかった。
【0066】
(温度による吸脱着変化)
次に、測定温度を調節しMOFを用いたQCMセンサにおけるトルエンの吸脱着応答性について評価した。結果は図10に示す通りである。
チャンバ内温度を20℃から60℃まで変化させたところ、どの温度条件においても吸着速度には変化が見られなかったのに対し、脱離速度はチャンバ内温度が増加するに従って速くなることを確認した。60℃で測定した場合には吸着した膜内のトルエンがすべて脱離するまでの時間は15分程度であったのに対し、40℃で測定した場合には約1時間を要した。さらに、20℃と30℃では、3時間経過後でも完全にトルエンを脱離することができなかった。
以上のことより、今回作製したMOFの薄膜をセンサに利用し、良好な応答性を得るためには40℃以上の温度設定が必要であると示唆された。ガス吸脱着における分子とMOF内の孔空間との相関を明らかにすることにより、高感度分子サイズ認識膜の開発が実現できる。
【0067】
「カンチレバー型の振動子における評価」
図11は、このMOF膜をカンチレバー型の振動子上に成膜した例である。カンチレバー型の振動子上には感応膜を成膜する領域に予め金薄膜を形成してあるのでその部分のみにMOFが成膜されている。成膜はQCMの場合と同じ方法で行っている。
図12にカンチレバー型の振動子上のMOFの拡大図を示す。図に示すように得られた材料は四角錐形の結晶粒が観察されており、結晶が多数密集することにより薄膜を形成していた。また、平均結晶サイズはQCMと同様に約2−10μmであることを確認した。
【0068】
また、カンチレバー型の振動子41の上面には他の感応膜42として、トルエンやキシレンに吸着特性の優れた980nmのPAB,PBD,PSBおよびPSからなる膜を、それぞれディスペンサーを用いて成膜後、乾燥させて作成した。
【0069】
図13はPAB,PBD,PSBおよびPSのアセトン、トルエン、オクタン、エタノールに対する吸着能を温度の関数として示した。
ここで吸着能はQCMでもカンチレバー型の振動子でも使用できるようにKファクターを用いた。Kファクターは材料を所定の濃度のVOCに平衡状態で曝した場合に、気体中と材料中の単位体積の濃度の比として表現できる。ここでVOCの濃度は1000ppmである。どの場合でも低温にすることでKファクターは大きくなる。アセトンやアルコールに対して高感度な条件はPABで0度で使用することで達成できる。この場合のKファクターはアセトンに対するPABの場合で、0℃でK=1200となり、エタノールでは2000となった。ここでPSもファクターが大きいが、吸着と脱離の応答が悪いので、濃縮管と分析機能を持つ本化学センサシステムには不向きである。
【0070】
ここで、これらのMOF,PBD,PAB,PSB等の感応膜を1個以上のカンチレバー型の振動子上に塗布し、センサモジュールに組み込んで、それぞれの感応膜に最適な温度で動作させた。
(MOFの場合)
図10に示すように、MOFでは室温では大きな吸着能を示すが、脱離の応答が極端に悪いと言う課題があった。しかし、温度を60度に上げることで応答特性が非常に早くなる。応答性が速いと、濃縮装置からの脱離応答に対してセンサが正しく応答するようになって、正しい検出と分析が可能になる。
(PBD,PAB,PSBの場合)
図13に示すようにこれらの材料では、0〜10℃付近に冷却することで応答特性を保ったまま、感度を室温の2から3倍まで高めることができる。
【0071】
ここで、図10のMOFの特性を見ると、室温付近では吸着能が大きく、吸着時の応答も速いが、脱離時間が極端に遅くなる。温度を60度程度まで上げた場合にのみ脱離特性が良くなる傾向が見られた。よって吸着時に低温で、脱離時に高温にすることで最適なセンサ駆動が得られる。
しかし、センサの入ったパッケージを加熱・冷却するために10度の温度変化に10−20秒の時間がかかってしまう。周波数の変化は温度に対して非常に敏感なので僅かな温度変化にも周波数が変ってしまう。
【0072】
そこで、質量センサとして用いるカンチレバー型の振動子を、厚さ5μmの活性層を持つSOIウエハから作製した。活性層は不純物濃度1×1015/cmのn型であり、幅50μmまたは100μm、長さ200〜500μmのカンチレバー型の振動子構造をDeep Reactive Ion Etching (DRIE)を用いて形成した。
カンチレバー型の振動子のエアダンピングを抑えるため、基板は裏面からDRIEで除去した。カンチレバー型の振動子裏面のBOX層は最後にBHFエッチングにより除去した。
【0073】
カンチレバー型の振動子の表側には、根元に振動検出のためのピエゾ抵抗素子、それ以外の本体部には検出膜塗布のためのCr(10nm)/Au(100nm)膜を形成した。ピエゾ抵抗はBの不純物打ち込み技術により作製され、不純物濃度1×1015/cmのp型、深さは約1μmとなっている。
金属配線とのOhmicコンタクトを取るために、コンタクト部は高濃度のp型不純物(1×1019/cm、深さ約0.3μm)がドープされている。
厚さ500nmのパッシベーション酸化膜を介してAl−Si−Cuの配線が形成されている。
ヒータとして使用するP型半導体は、SOI基板のn型領域と、ピエゾ抵抗と同一プロセスで作られるp型領域を使用する。p型領域の抵抗を安定に保つために、p型拡散領域と周囲のn型領域の電位をpn接合が順方向にならないように電位を高く(この場合は5V)する必要がある。すなわちn型領域にもOhmicコンタクトを取る必要があるため、n型コンタクト部には高濃度のn型不純物(1×1019/cm、深さ約0.3μm)がドープされている。
同一の不純物拡散・配線プロセスで、ピエゾ抵抗素子とヒータの製作が可能であり、ヒータを追加するためのプロセスコスト上昇は、ほとんどない。
【0074】
センサの基本的な特性評価は、センサチップをセラミックパッケージに実装後、恒温槽に入れて行った。セラミックパッケージの裏面にはPZT板が接着されており、カンチレバー型の振動子に振動を印加することができる。
【0075】
電圧−電流特性の測定には半導体パラメータアナライザ(Agilent 4155C)を用いた。振動特性の測定にはネットワークアナライザ(Agilent 4395A)を用い、入力をPZT板駆動、出力をピエゾ抵抗ブリッジ電圧として入出力特性を測定した。ピエゾ抵抗ブリッジには別の電源から直流電圧を供給している。
【0076】
図14にヒータによる温度の上昇を確認したデータを示す。カンチレバー型の振動子の温度を直接計測することは困難であるため、共振周波数の変化を用いて温度の推定を行った。
ヒータに20Vの電圧を印加した時の共振周波数の変化はHT500で400Hzであった。共振周波数の温度係数は、別に恒温槽を用いて35ppm/℃であると計測されているので、400Hzの変化は43℃に相当する。この温度上昇はカンチレバー型の振動子の熱容量が小さいので瞬時に上昇する。このようにカンチレバー型の振動子内に作成されたヒータによって43℃上昇によって、瞬時に27℃から70℃に変化できる。
【0077】
図15に本化学センサシステムに搭載されている濃縮装置の温度プロファイルを示す。
室温から520度まで約1秒間に1.3℃の速度で昇温する。
【0078】
図16はカンチレバー型の振動子への塗布材料はPAB、膜厚890nmの場合で、4次モードの振動約800kHzの場合にプロパノール0.5ppm,トルエン0.69ppm、キシレン0.5ppmの混合ガス10Lを濃縮、検出したときの振動数変化の応答特性を示す。
プロパノール,トルエン、キシレンに対応するピークが現れ、分析が可能であることを示す。ここで各成分に対応する周波数変化が開始されてピークに達する時間は典型的に25秒要する。よって、このピークに達したあと、数秒から10秒の間にカンチレバー型の振動子に搭載したヒータにて瞬時に温度を上げることで、感応膜に吸着したガスを脱離することができるので、MOFのように60度以上でないと脱離が十分に出来ない感応膜であっても有効に利用することが可能となる。
【0079】
なお、上記実施の形態で示した構成については、あくまでも一例であり、本発明の主旨を逸脱しない限り、上記実施の形態で挙げた構成を取捨選択したり、他の構成に適宜変更することが可能である。
【符号の説明】
【0080】
10 物質検出システム
15 サンプル容器
20 ポンプ
30 吸着部
31 筒体
34 シースヒータ
40 検出センサ
41 振動子
42 感応膜
44 振動検出部
50 測定処理部
51 駆動回路
52 検出回路
53 表示部
54 制御部
90 ヒータ(加熱部)
100 振動子チップ
120 チップ・パッケージ
130 PZT板
150 冷却機構(冷却部)
151 ヒートシンク
152 冷却素子
153 放熱フィン
154 放熱ファン
155 センサ
200 接着剤
210 接着剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端部または両端部が基板に固定された梁状で、感応膜に質量を有した物質が付着または吸着することにより振動特性が変化する振動子と、
前記感応膜を冷却する冷却部と、
前記振動子の振動を検出する歪みセンサと、
前記感応膜を加熱する加熱部と、
前記振動子を振動させる圧電素子と、
前記圧電素子に電圧を印加する素子パッケージと、
前記冷却部と加熱部を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記感応膜に前記ガスに含まれる成分分子を吸着させる際に前記冷却部により前記感応膜を冷却し、前記感応膜に吸着した前記成分分子を当該感応膜から脱離させる際に前記加熱部により前記感応膜を加熱するように制御することを特徴とする検出センサ。
【請求項2】
前記歪みセンサで検出される前記振動子の振動周波数を検出する検出部をさらに備え、
前記制御部は、前記検出部によって検出された前記振動子の単位時間当たりの振動周波数の変化量が所定の閾値以下となったときに、前記加熱部により前記感応膜を加熱することを特徴とする請求項1に記載の検出センサ。
【請求項3】
前記検出部は、前記振動子の振動周波数の変化タイミングに基づいて得られる前記物質の種類および濃度の少なくとも一方を検出することを特徴とする請求項2に記載の検出センサ。
【請求項4】
前記感応膜の種類毎の冷却特性と加熱特性を記憶する記憶部をさらに備え、
前記制御部は、前記感応膜の種類に対応して、前記記憶部に記憶された前記感応膜の冷却特性と加熱特性に基づいて前記冷却部による前記感応膜の冷却および前記加熱部による前記感応膜の加熱を制御することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の検出センサ。
【請求項5】
前記感応膜は、多孔性金属錯体(MOF)、ポリブタジエン(PBD)、ポリアクリルニトリル−ブタジエン(PAB)、ポリイソプレン(PIP)、スチレン−ブタジエンコポリマー(PSB)のいずれかであることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の検出センサ。
【請求項6】
前記感応膜が多孔性金属錯体からなり、前記制御部は、前記感応膜から前記成分分子を脱離させるときには、前記ヒータにより前記感応膜が60度以上に加熱することを特徴とする請求項5に記載の検出センサ。
【請求項7】
前記感応膜が多孔性金属錯体からなり、前記制御部は、検出時には、前記冷却部により。前記感応膜の温度を10〜25℃に保つことを特徴とする請求項5または6に記載の検出センサ。
【請求項8】
前記歪みセンサは抵抗素子のピエゾ抵抗効果を利用したものであり、前記ヒータは、前記歪みセンサと同一の定抵抗を用いて形成されたことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載の検出センサ。
【請求項9】
前記素子パッケージの一面側に前記圧電素子が接合され、前記振動子を有した前記基板が前記圧電素子に積層されて接合され、
前記素子パッケージの他面側に、前記冷却部が設けられていることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の検出センサ。
【請求項10】
前記振動子を2以上備えるとともに、これら2以上の前記振動子には、互いに異なる前記材料からなる前記感応膜が設けられていることを特徴とする請求項1から9のいずれか一項に記載の検出センサ。
【請求項11】
前記検出部は、検出時の温度を2条件以上として前記振動子の周波数変化をセンサの応答特性を検出し、前記2条件以上の前記温度における前記周波数変化の差に基づき、前記ガスの成分および濃度の少なくとも一方を推定することを特徴とする請求項10に記載の検出センサ。
【請求項12】
検出対象のガスに含まれる特定物質の種類および濃度の少なくとも一方を検出する物質検出システムであって、
検出対象のガスをシステム内に導入するとともに、導入した前記ガスを前記システム内で搬送するためのポンプと、
前記ポンプで前記システム内に導入した前記ガスに含まれる前記特定物質を吸着する吸着部と、
前記吸着部で吸着した前記特定物質を前記吸着部から脱離させる第一のヒータと、
一端部または両端部が基板に固定された梁状で、前記吸着部から脱離した前記特定物質を吸着または付着する感応膜を備え、前記感応膜に前記特定物質が吸着または付着することにより振動周波数が変化する振動子と、
前記振動子の振動を検出する歪みセンサと、
前記感応膜を冷却する冷却部と、
前記振動子に設けられ、前記感応膜を加熱するヒータと、
前記振動子を振動させる圧電素子と、
前記圧電素子に電圧を印加する素子パッケージと、
前記ヒータおよび前記冷却部を制御し、前記感応膜に前記ガスに含まれる成分分子を吸着させるときには前記冷却部により前記感応膜を冷却し、前記感応膜に吸着した前記成分分子を当該感応膜から脱離させるときには前記ヒータにより前記感応膜を加熱する制御部と、
前記歪みセンサで検出される前記振動子の振動から当該振動子の振動周波数の変化を検出し、前記振動子の振動周波数の変化タイミングに基づいて得られる前記特定物質の種類、および前記振動周波数の変化量に基づいて得られる前記特定物質の濃度の少なくとも一方を検出する検出部と、を備え、
前記制御部は、前記検出部で検出する前記振動子の単位時間当たりの振動周波数の変化量が予め定めた閾値以下となったときに、前記ヒータにより前記感応膜を加熱して前記成分分子を前記感応膜から脱離させることを特徴とする物質検出システム。
【請求項13】
前記感応膜は、多孔性金属錯体(MOF)、ポリブタジエン(PBD)、ポリアクリルニトリル−ブタジエン(PAB)、ポリイソプレン(PIP)、スチレン−ブタジエンコポリマー(PSB)のいずれかであることを特徴とする請求項12に記載の物質検出システム。
【請求項14】
前記振動子は、前記吸着部から脱離した前記特定物質が前記ポンプによって送り込まれるチャンバ内に設けられていることを特徴とする請求項12または13に記載の物質検出システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−220454(P2012−220454A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−89602(P2011−89602)
【出願日】平成23年4月13日(2011.4.13)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)