説明

標的物質の検出方法及び装置

【課題】検出すべき標的物質を簡便、迅速、高感度に検出することができる、標的物質の検出方法及びそのための装置を提供すること。
【解決手段】標的物質の検出方法は、検出すべき標的物質と特異的に結合する特異結合性物質と、標的物質を含むかもしれない被検試料とを接触させる工程と、所定のサイズの透孔を有する膜の一方側に前記工程で得られた混合物を接触させる工程と、前記透孔が閉塞されるか否かを調べる工程を含む。所定のサイズは、標的物質と結合していない特異結合性物質は通過できるが、標的物質と結合した特異結合性物質は通過できないサイズである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的物質の検出方法及び装置に関する。本発明は、例えば麻薬や環境物質等の、種々の物質の検出に有用である。
【背景技術】
【0002】
近年、コカインをはじめとする麻薬の使用に関する犯罪が社会的に大きな関心を集めており、その薬物の迅速な分析法が求められている。これまでのコカイン分析では、主に、1)被検者の尿等の体液を試料とし、抗コカイン抗体を用いた免疫測定の一種であるイムノクロマト法により判定する簡易判定法、及び2)被検者の毛髪を試料としたガスクロマトグラフィー装置による高精度な計測、の2つの方法が行われている。
【0003】
1)の方法は、簡便ではあるが検出感度が低いため、麻薬摂取後からの経過時間が数分から数日までの短期間内に採取された試料でないと検出が困難である。また、より格段に高精度である2)の分析では、検体採取が容易であること、さらに麻薬摂取後の経過時間が1)よりも長時間であっても検出が可能であり、詳細な分析を要するケースで実施されてきた。しかしながら、ガスクロマトグラフィー装置が必要であり、分析に長時間を要する。
【0004】
一方、本願発明者らは先に、脂質二重膜中にチャネルタンパクを保持し、膜を介するイオンチャネルを形成することに成功している(非特許文献1)。しかしながら、これを物質の検出に応用することは全く記載されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】R. Kawano, T. Osaki, H. Sasaki, S. Takeuchi Small 2010, 6, 2100-2104.
【非特許文献2】L. Gu, J. Shim Analyst 2010, 135, 441-451.
【非特許文献3】M. Stojanovic, P. Prada, D. Landry J. Am. Chem. Soc., 2001, 123, 4928-4931.
【非特許文献4】Tuerk, C. and Gold L. (1990), Science, 249, 505-510
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本願発明の目的は、検出すべき標的物質を簡便、迅速、高感度に検出することができる、標的物質の検出方法及びそのための装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、標的物質と特異的に結合する、例えばアプタマーのような特異結合性物質は通過できるが、これが標的物質と特異的に結合した結合物はそのサイズの故に通過できない大きさの透孔を有する膜を利用し、標的物質と特異結合性物質との結合物によってこの透孔が閉塞されるか否かを指標とすることにより、簡便、迅速、高感度に標的物質を検出することが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、標的物質の検出方法であって、
検出すべき標的物質と特異的に結合する特異結合性物質と、前記標的物質を含むかもしれない被検試料とを接触させる工程と、
所定のサイズの透孔を有する膜の一方側に前記工程で得られた混合物を接触させる工程と、
前記透孔が閉塞されるか否かを調べる工程を含み、
前記所定のサイズは、前記標的物質と結合していない前記特異結合性物質は通過できるが、前記標的物質と結合した前記特異結合性物質は通過できないサイズである、標的物質の検出方法を提供する。
【0009】
また、本発明は、検出すべき標的物質と結合していない特異結合性物質は通過できるが、標的物質と結合した特異結合性物質は通過できないサイズの透孔を持つ膜を具備する標的物質の検出装置を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、コカイン等の麻薬や、ATP等の環境物質等、広範囲の所望の物質を簡便、迅速、高感度に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の方法に用いられる装置の好ましい一具体例の模式断面図である。
【図2】本発明の好ましい態様の原理を説明するための模式図である。
【図3】本発明の実施例で行った、本発明の自己支持性フィルムのフォトリソグラフィーによる作製工程を説明するための図である。
【図4】本発明の実施例で得られたスパイク電流の測定結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例で得られた、コカインの測定結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例で得られた、ATPの測定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0012】
10 パラキシレン系ポリマー(商品名パリレン)から成るフィルム
12 脂質二重膜
14 チャネルタンパク
16 チャンバ
18 流路
20 電極
22 直流電源
24 DNAアプタマー
26 標的物質
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の方法により検出される標的物質としては、これと特異的に結合できるアプタマーのような特異結合性物質を作出可能な物質であれば何ら限定されるものではなく、例えばコカインのような麻薬、ATP、ADP、AMP等のヌクレオチドような環境物質(環境中のこれらの濃度が生物汚染の指標として用いられている)、感染症の診断や環境汚染の評価において測定される種々の病原体、種々の病気の診断等において測定される種々の生体物質等を例示することができるがこれらに限定されるものではない。
【0014】
本発明の方法では、標的物質と特異的に結合する物質(本発明において「特異結合性物質」と呼ぶ)が用いられる。ここで、「特異的に結合する」とは、標的物質とは結合するが、標的物質以外の物質とは結合しないか、又は少なくとも標的物質以外の物質であって被検試料中に存在する可能性がある他の物質とは結合しないことを意味する。なお、標的物質は、互いに区別することを意図しない一群の類似物質である場合も包含される。
【0015】
特異結合性物質は、標的物質と特異的に結合でき、結合後の結合物のサイズが結合前の特異結合性物質のサイズよりも大きくなる物質であり、アプタマー並びに抗体及びその抗原結合性断片等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0016】
特異結合性物質としては、アプタマーが好ましい。アプタマーは、DNAやRNA等のポリヌクレオチド(安定性の観点から好ましくはDNA)から成るものであり、特定の物質と特異的に結合するものである。アプタマーは、通常、数十〜百数十のヌクレオチドから成るポリヌクレオチドであり、市販の核酸合成機を用いて任意の塩基配列を有するものを容易に化学合成できるので、抗体よりも容易、安価、迅速に製造することができる。このため、種々の免疫測定における抗体に代わるものとして近年盛んに研究されている。
【0017】
任意の物質と特異的に結合するアプタマーは、SELEX (Systematic Evolution of Ligands by EXponential Enrichment)と呼ばれる方法により作出可能である(非特許文献4)。SELEX法自体は既に周知であり、これに基づき、様々な物質と特異的に結合するアプタマーが既に得られている。また、所望の物質と特異的に結合するアプタマーを効率良く作出する、SELEX法の改良法も種々提案されている。SELEX法は、核酸の自動合成装置を用いてランダムな塩基配列を有する非常に多数のポリヌクレオチドのライブラリーを形成し、固相に結合した標的物質とこのライブラリーを反応させ、標的物質に結合したポリヌクレオチドを回収し、これをPCRにより増幅して再び標的物質を固定化した固相に添加するという工程を10回〜数十回程度繰り返して標的物質との結合力が高いポリヌクレオチドを濃縮していく方法であり、偶然を積極的に利用する方法であるので、ほとんど全ての物質に対して特異的に結合可能なアプタマーを作出することができると考えられている。標的物質に特異的に結合するアプタマーが得られ、その塩基配列を決定した後には、その塩基配列を持つポリヌクレオチドは、自動合成装置により容易に化学合成することができる。また、SELEX法によれば、所望の物質と特異的に結合するアプタマーは、通常、複数種類得られるので、その中から、標的物質と未結合の状態で後述する透孔を通過できるものを選択することも可能である。
【0018】
特異結合性物質として用いられるアプタマーは、その一端に、同一の塩基が15個〜50個、さらに好ましくは20個〜40個連続する同一塩基の繰り返し領域を有することが好ましい。このような同一塩基の繰り返し領域は、アプタマー分子内の他の領域や他のアプタマー分子とハイブリダイズすることがほとんどなく、標的物質と結合後も直線状で存在するので、標的物質と結合後、この領域が後述する透孔に突き刺さって、透孔が標的物質とアプタマーの結合物により閉塞されやすくなるので好ましい。同一塩基としては特にシトシン(c)が好ましい。これは、ポリグアニン(g)は化学合成されないので、同一塩基がシトシンであれば、繰り返し領域が同一分子内又は他分子内の領域とハイブリダイズする可能性を排除できるからである。一端にこのような繰り返し領域を持つアプタマーは、標的物質と特異的に結合するアプタマーの一端にこのような繰り返し領域を単に付加することにより通常得ることができるし、上記したSELEX法に用いられるライブラリーとして、一端に繰り返し領域を有するものを用いることによっても作出することができる。
【0019】
本発明の方法においては、標的物質と結合していない前記特異結合性物質は通過できるが、前記標的物質と結合した前記特異結合性物質は通過できないサイズの透孔を有する膜が用いられる。特異結合性物質としてアプタマーを用いる場合、透孔の内径は1nm〜5nm程度が好ましい。もっとも、透孔のサイズは、用いる特異結合性物質や標的物質の種類により適宜選択することができ、必ずしも上記範囲に限定されるものではない。
【0020】
内径が1nm〜5nmの透孔としては、チャネルタンパクのチャネルを好ましく利用することができる。チャネルタンパクは、分子内にチャネルと呼ばれる透孔を有するタンパク質であり、生体内ではこのチャネルを介して各種イオン等の輸送が行われる。チャネルタンパクとしては、α−ヘモリシン、外膜タンパク質(Outer membrane protein) F (OmpF)、マイコバクテリウム・スメグマチスポリン(Mycobacterium smegmatis porin) A (MspA)、ストレプトリジンO等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。
【0021】
チャネルタンパクのチャネルを透孔として利用する場合、チャネルタンパクは好ましくは脂質二重膜中に保持することができる。そして、この脂質二重膜は、自己支持性フィルムに設けられた微小な貫通孔を塞ぐ形で形成することが安定性の観点から好ましい。すなわち、自己支持性フィルムの微小な貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜を形成し、この脂質二重膜にチャネルタンパクを保持し、このチャネルタンパクのチャネルを本発明における透孔として利用することが好ましい。
【0022】
自己支持性フィルムの微小な貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜を形成し、この脂質二重膜にチャネルタンパクを保持する方法は、特願2010-012300として既に出願しており、非特許文献1でも開示しているが、以下に説明する。
【0023】
自己支持性フィルムの材質としては、孔径数μm程度の貫通孔を開けることができ、蒸着により化合物(後述)を被着することができるものであれば、何ら限定されるものではない。たとえばガラスや金属の小孔に蒸着を行うことにより、ナノメートルサイズの微小孔の作製が可能である。蒸着する化合物と同じ材料でフィルムを構成すると、フィルムを一体的に形成することができ、フィルムの耐久性や取扱性が高まるので好ましい。もっとも、蒸着する化合物以外の材料でフィルムを形成することも可能であり、この場合の材料の例としては、例えば、スピンコート可能な高分子材料(ポリオレフィン系、ポリエチレン系)等を挙げることができる。
【0024】
上記自己支持性フィルムは、以下の方法により製造することができる。
【0025】
まず、孔径が数μm、好ましくは2μm〜8μm程度の貫通孔を有する自己支持性フィルムを準備する。この程度の孔径の貫通孔であれば、フォトリソグラフィー等の公知の方法で形成可能であり、この方法については下記実施例に具体的に記載する。なお、次の工程で、フィルム全体に蒸着を施す場合には、蒸着前のフィルムの膜厚は、通常、1μm〜20μm程度、好ましくは2μm〜10μm程度である。
【0026】
次に、自己支持性フィルム上に被着可能な化合物を、蒸着により少なくとも前記貫通孔の内壁上に被着させ、それによって前記貫通孔の孔径を1μm未満に縮小する。蒸着する化合物は、蒸着により、先に準備した貫通孔を有する自己支持性フィルム上に被着することができる化合物であればいずれの化合物であってもよく、好ましい例として、パラキシリレン系ポリマーを挙げることができる。これらのうち、パラキシレン系ポリマーは、等方蒸着が可能であり、貫通孔の内壁にもフィルムの両面にも均一にポリマーが被着(堆積)していく性質を有しており、また、耐熱性及び耐薬品性に優れているので好ましい。さらに、上記のとおり、蒸着に供される自己支持性フィルムも同種のパラキシレン系ポリマーで形成しておくと、蒸着後の自己支持性フィルムは一体的であり、耐久性及び取扱性が優れている。
【0027】
パラキシレン系ポリマーは、下記一般式で表わされる繰返し単位から成るポリマーであり、パリレン(Parylene)の商品名で市販されているので、市販品を好ましく用いることができる。
【0028】
【化1】

【0029】
(式中、Xは水素原子又はフッ素原子、R1及びR2は互いに独立して水素原子又は塩素原子を表す)。
【0030】
パラキシレン系ポリマーは、そのモノマーを真空チャンバー内で支持体に蒸着すると、支持体上で重合が起きてポリマーとなる。ポリマーの分子量は、蒸着量や蒸着時間に依存して変化し、最大50万程度である。モノマーは、蒸着により、種々の材質から成る支持体上に被着(堆積)することができ、支持体がパラキシリレン系ポリマーから形成されている場合のみならず、上記した種々の材質の支持体上に被着可能である。
【0031】
蒸着は、蒸着される化合物を少なくとも前記貫通孔の内壁上に被着させればよいが、蒸着前の自己支持性フィルム全体に蒸着を施すことが簡便で好ましい。自己支持性フィルム全体に蒸着を施すと、貫通孔の内壁上に化合物が被着されるので、貫通孔の孔径が縮小され、これと同時に自己支持性フィルムの両側の表面にも被着されるので、フィルムの膜厚も同時に大きくなる。
【0032】
パラキシレンモノマーを真空チャンバー内で自己支持性フィルム上に蒸着する場合、パリレン(商品名)の使用説明書に記載された方法に従って蒸着を行うことができ、蒸着温度は、通常室温、蒸着時間は通常30分間〜180分間、好ましくは30分間〜60分間である。
【0033】
本発明の脂質二重膜は、孔径が1μm未満の貫通孔の内壁にその周縁部が接し、該貫通孔を塞ぐ脂質二重膜である。該貫通孔は、必ずしも自己支持性フィルムに形成された貫通孔でなくてもよく、他の支持体上に支持されている層であってもよい。もっとも、上記した本発明の自己支持性フィルムに設けられた貫通孔であれば、該フィルムを任意の場所に単独で移動させることができ、後述する流路デバイスへの組込み等を容易に行うことができるので好ましい。
【0034】
貫通孔の内壁にその周縁部が接し、該貫通孔を塞ぐ脂質二重膜は、脂質二重膜を構成する脂質溶液を、単に貫通孔に施すだけで形成することができる。脂質二重膜を構成する脂質としては、脂質二重膜、すなわち、親水性領域と疎水性領域を1分子中に有する脂質分子が、疎水性領域を内側、親水性領域を外側に向けて2層に並んだ膜を形成できる脂質であれば特に限定されないが、生体膜における反応を模するためには、生体膜と同じか類似したものが好ましく、この分野において従来から広く用いられているリン脂質、例えば、ジフィタノイルフォスファチジルコリン(diphytanoyl phosphatidylcholine, DPhPC)、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(dipalmytoyl phosphatidylcholine)、パルミトイルオレオイルフォスファチジルコリン(1-Palmitoyl 2-Oleoyl phosphatidylcholine, POPC)、ジオレオイルフォスファチジルコリン(Dioleoyl phosphatidylcholine, DOPC)等を好ましい例として挙げることができる。これらの多くは市販されているので、市販品を好ましく用いることができる。
【0035】
脂質二重膜の形成に用いられる溶液中のリン脂質の濃度は、脂質二重膜が形成可能な濃度であれば特に限定されないが、通常、5g/L〜20g/L程度、好ましくは7g/L〜15g/L程度である。また、リン脂質溶液の溶媒は、特に限定されないが、有機溶媒が好ましく、n-デカンのような脂肪族炭化水素溶媒が好ましい。また、リン脂質は、この溶液中でリポソームを形成してもよく、この場合には、用いられる液はリポソーム懸濁液になる。
【0036】
チャネルタンパクを保持する脂質二重膜は、上記したリン脂質溶液にチャネルタンパクを溶解しておくことにより形成することもできるし、先に上記のとおり脂質二重膜を形成し、その後、チャネルタンパクの溶液を該脂質二重膜に施すことによっても形成することができる。リン脂質溶液がリポソームを含むリポソーム懸濁液である場合には、タンパク質を保持するリポソームの懸濁液を用いることにより形成することができる。これらの溶液中のチャネルタンパクの濃度は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができるが、通常、1nM〜1mM程度、好ましくは0.1μM〜100μM程度である。
【0037】
なお、パリレン(商品名)の蒸着条件を調節することにより、孔径1〜900nm程度の貫通孔を形成することが可能であるので、上記パリレンフィルムの貫通孔を本発明における透孔として利用することも可能である。この場合には、孔径を上記した広い範囲で任意に調節することができるので、アプタマー以外の特異的結合性物質を用いた場合でも所望の孔径を達成することができる。すなわち、本発明は、上記した所定のサイズの透孔を有する膜があれば、必ずしもチャネルタンパクを用いる必要はない。
【0038】
本発明はまた、透孔を持つ膜を具備する標的物質の検出装置をも提供する。1枚の膜に複数の上記透孔を形成しておくと、同時に複数の被検試料について検出を行うことができるので好ましい。また、透孔がチャネルタンパクのチャネルである場合には、膜の両側に直流電圧を印可する電源と、前記膜を通過する電流を測定する電流測定手段をさらに具備するものであることが好ましい。このような装置を用いれば、後述するパッチクランプ法により、透孔が閉塞したか否かを調べることができる。
【0039】
上記装置は、少なくとも1つの流路を具備する流路チップの形態にあり、前記膜により前記流路が第2の流路又はチャンバーと隔てられ、前記透孔によって前記2つの流路又は前記流路と前記チャンバーが連通していることが好ましい。
【0040】
透孔として、パリレンフィルムに設けられた貫通孔に形成された脂質二重膜中にチャネルタンパクを保持した膜を用い、この膜により1つの流路がチャンバーと隔てられ、透孔によって流路とチャンバーが連通している装置の模式断面図を図1に示す。図1中、10がパリレンフィルム、12が脂質二重膜、14がチャネルタンパク、16がチャンバー、18が流路、20が電極、22が直流電源である。
【0041】
このような装置を用いて本発明の方法を実施する手順を以下に説明する。
【0042】
まず、特異結合性物質と、前記標的物質を含むかもしれない被検試料とを接触させる。これは通常、特異結合性物質の溶液と被検試料溶液を混合することにより行うことができる。被検試料としては、標的物質を含む可能性がある種々の体液やその希釈物、河川水や湖水、海水等の環境水、水道水等を例示することができるがこれらに限定されるものではない。特異結合性物質の終濃度は、特に限定されないが、標的物質が存在する場合に透孔が閉塞されることを促進するために、想定される標的物質の濃度範囲の上限値の全量と結合できる量であることが好ましい。特異結合性物質の終濃度の具体的な濃度範囲は、ケースバイケースで適宜設定されるが、通常、1μM〜1mM程度である。なお、特異結合性物質と、前記標的物質の結合は、通常、室温において速やかに起きる。
【0043】
次に、上記第1工程で得られた混合物を、上記膜の一方側に接触させる。これは、例えば、上記した図1に示すような装置を用いる場合、チャンバー16に上記混合物を入れることにより行うことができる。
【0044】
なお、上記の通り、脂質二重膜にチャネルタンパクを保持する方法としては、先に脂質二重膜を形成し、これにチャネルタンパクの溶液を加える方法があるが、この方法を採用する場合には、上記混合物にさらにチャネルタンパクを添加しておくことも可能である。これを脂質二重膜と接触させると、脂質二重膜にチャネルタンパクが保持され、同時に、特異結合性物質と標的物質との結合物によるチャネルの閉塞が起きる。
【0045】
次に、透孔が閉塞されるか否かを調べる。これは、好ましくは、透孔を介して電流が流れるか否かを調べることにより行うことができる。これは、図1に示すような装置を用いる場合、直流電源22により膜の両側に直流電圧を印可し、膜を介して流れる電流を測定することにより行うことができる。チャネルタンパクを用いる場合、チャネルが閉塞されていない場合には、チャネル内を特異性結合物質が通過する度にスパイク電流が生じる。チャネルが閉塞された場合には、このスパイク電流が発生しなくなるので、この電流を測定することにより、被検試料中に標的物質が存在するか否かを調べること、すなわち、被検試料中の標的物質を検出することができる。この方法は、パッチクランプ法と呼ばれる方法であり、電気生理学の分野で広く用いられている方法である(例えば非特許文献2)。
【0046】
なお、透孔が閉塞されるまでに要する時間は、被検試料中の標的物質の濃度に依存して変化するので、既知の種々の濃度の標的物質溶液を用いて検量線を作成しておけば、透孔が閉塞されるまでに要する時間を測定することにより被検試料中の標的物質を定量することも可能である。なお、標的物質を定量すれば必然的に標的物質が検出されることになるので、標的物質を定量する場合も、本発明の「検出方法」に包含される。
【0047】
上記方法の原理を模式的に図2に示す。図2中の各参照番号は、図1の各参照番号と同じものを示す。24はアプタマー、26は標的物質を示す。図2の左側の図は、被検試料中に標的物質が存在しない場合を示している。標的物質が存在しない場合、直線状のアプタマーは、チャネルタンパク14のチャネルを通過し、スパイク電流が生じる。一方、被検試料中に標的物質26が存在する場合には、アプタマー24と標的物質26が結合し、結合物のサイズがチャネルの内径よりも大きくなるので、チャネルが閉塞され、スパイク電流が観察されなくなる。
【0048】
なお、図2に模式的に示されるように、チャネルタンパクのチャネルを透孔として利用する場合には、アプタマー等の特異結合性物質は、チャネルを通過しやすいように、図2に示すような直線状の形状を有するものが好ましい。また、標的物質と結合した結合物が、しっかりとチャネルに突き刺さって長時間に亘ってチャネルを閉塞することが望まれるので、標的物質と結合した結合物もチャネル内に挿入される部分、すなわち、好ましくは直線状の部分を一端に有することが好ましい。アプタマーの場合、これは、上記した通り、一端に同一塩基の繰り返し領域を付加することにより達成することができるが、繰り返し領域を付加しなくても直線状となる部分が存在していれば繰り返し領域を付加する必要はない。
【0049】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0050】
実施例1
1. 貫通孔を有する自己支持性フィルムの作製
図3に模式的に示すフォトリソグラフィー法により、孔径800nmの貫通孔を有する、パラキシリレン系ポリマーから成る自己支持性フィルムを作製した。
【0051】
まず、シリコンウェハを真空チャンバー内に置き、パラキシリレン系モノマー(商品名パリレンC、上記一般式において、XがH2、R1がCl、R2がH)を蒸着してシリコンウェハ上に厚さ5μmのパラキシリレン系ポリマーから成るフィルムを形成した。蒸着温度は24℃、蒸着時間は50分であった。次に、形成したパラキシリレン系ポリマーフィルム上にアルミニウムを真空蒸着し(蒸着温度:室温、蒸着時間:1分)、厚さ5μmのアルミニウム層を形成した(図3の1)。
【0052】
アルミニウム層上にフォトレジストをスピンコートし、CADにより設計したマスクを用いUV光を露光することにフォトレジストを感光、その後現像し、直径5μmの孔をあけた(図3の2)。UV露光の条件は、UVの照射エネルギー量が24mW/cm2 (@405nm)、露光時間は、6.5秒であった。その後混酸処理することによりアルミニウム層にも直径5μmの孔をあけた。
【0053】
次に、パリレン層を酸素プラズマによりエッチングした(図3の3)。具体的な条件は次の通りであった。酸素量10mL/min、25W。
【0054】
次に、アルミニウム層を混酸処理(60℃、1分)により溶解除去した(図3の4)。
【0055】
自己支持性フィルムの一端をピンセットで把持してシリコンウェハから剥離し、孔径5μmの貫通孔を有する自己支持性フィルムを得た(図3の5)。このように、フィルムは一端を把持して剥離して移動させることができたので、自己支持性であった。得られた自己支持性フィルムの寸法は、3mm x 3mmのものを用いた。
【0056】
剥離した自己支持性フィルムを真空チャンバーに入れ、上記と同じパラキシリレン系モノマーを蒸着した(室温、40分)。これにより、自己支持性フィルムの貫通孔内壁を含む全面にパラキシリレン系ポリマーがさらに被着され、貫通孔の孔径が縮小された(図3の6)。この方法により、直径400nmの貫通孔を有するパラキシリレン系ポリマーフィルム(パリレンフィルム)が得られた。
【0057】
2. デバイスの作製
(1) プラスチック板の加工
得られたパリレンフィルムを組み込んだ、図1に模式的に示す装置を作製した。すなわち、小型NC によりCAD でデザインした設計をポリメチルメタクリレート(PMMA) 板に切削した。その後、電極20として用いるためCr/Ag を真空蒸着により上部PMMA樹脂上に配線した。最終的に熱圧着および接着剤により全ての層を接着し、流路18にチューブを取り付けデバイスとして用いた。なお、流路18の幅及び深さは、それぞれ400μmであった。
【0058】
(2) 脂質二重膜の形成
デバイス中の上部にあるチャンバ16および下部の流路18を1M KCl PBS バッファーで満たしておき、マイクロシリンジを用い下部流路18から脂質分子(DPhPC:diphytanoyl phosphatidylcholine) を溶解させたn-デカン溶液を“バッファー→脂質溶液→バッファー”の順にシークエンシャルにフローすることでパリレン孔中に脂質膜の形成を行った。なお、脂質溶液は、10mgのDPhPC(米国Avanti Polar Lipids社製)を1mLのn-デカンに溶解したものであった。また、バッファーは、1.0M KCl、10mM PBS、pH7.4であった。
【0059】
(3) チャネル膜タンパク質としてα−ヘモリシン(0.3 nM)を用いた。上部チャンバ内にヘモリシンおよびコカインと複合体を形成するDNAアプタマー(非特許文献3)、コカイン溶液で満たし、脂質膜の上下に電圧を印可することでチャネル電流の変化を計測した。DNAアプタマーは2本であり、その塩基配列は、それぞれ5'-atccttcaatgaagtgggtcgaca-3'(配列番号1)及び5'-gggagacaaggaacccccccccccccccccccccccccccccc-3'(配列番号2)であった。この2本のDNAアプタマーが同時にコカインに結合する(図2の右図参照)。なお、このDNAアプタマーは、非特許文献3に記載のコカイン結合性アプタマーの一方の3'末端に30塩基のポリc領域を付加したものである。DNAアプタマーの終濃度は、50μM、コカインの終濃度は1μM〜100μMであった。また、比較のため、コカインを含まない溶液、及びコカインに代えてコカイン誘導体であるアミノベンズトロピンを含む溶液についても同様に測定した。印可電圧は、+100 mVであった。チャンバ16と流路18にそれぞれ配置した電極間の電流、すなわち、脂質二重膜を介して流れる電流(膜電流)を測定した。膜電流は、上記両電極に接続されたパッチクランプ増幅器(patch-clamp amplifier、CEZ-2400、日本光電社製)を用いて測定した。チャンバ16内に配置したAg/AgCl電極は、記録電極であり、流路18内に配置したAg/AgCl電極は、接地電極であった。電流は、デジタルデータ獲得システム(Digidata 1322A及びpCLAMP ver.9, 米国Molecular Devices社製)を用いて記録した。
【0060】
結果を図4及び図5に示す。図4の上図に示されるように、溶液がコカインを含まない場合には、DNAアプタマーがチャネルを通過できるので、スパイク電流が測定される。これに対して、溶液がコカインを含む場合には、長時間に亘ってスパイク電流が生じない(特に下図の右側半分)。これにより、コカインの検出が可能であった。コカインの終濃度が1μM〜100μMの範囲で測定が可能であった。図5中の右上のグラフは、コカインの終濃度が10μMの場合について、上記溶液とチャネルタンパクとの接触時間を横軸、閉塞確率を縦軸にとって、測定結果をプロットしたものである。25秒後には1.0の確率(すなわち100%)でチャネルの閉塞が観察された。図5中の棒グラフは、上記溶液とチャネルタンパクとの接触時間が30秒の時点での、チャネルの閉塞確率を示す。コカインが含まれる場合には、30秒後には、1.0の確率(すなわち100%)でチャネルの閉塞が観察されたが、コカイン誘導体の場合及びコカインを含まない場合(すなわち、DNAアプタマーが未結合の場合)は、チャネルの閉塞確率はほぼ0であった。これにより、本発明の方法にれば、わずか30秒(25秒でも可)で、高感度にコカインを検出することが可能であることが示された。
【0061】
実施例2
コカインに代えてATPを用いて実施例1と同様な実験を行った。ATP結合性DNAアプタマーとしては、5'-tttttttttcactgacctgggggagtattgcggaggaaggt-3'(配列番号3)を用いた。また、比較のため、ATPの類似物質としてGTPも同様に測定した。
【0062】
結果を図6に示す。図6中のa)に示されるように、ATPではチャネルの閉塞時間がGTPの場合の10倍長かった。また、スパイク電流の発生頻度は、図6中のb)に示されるようにATPの濃度依存的に減少した。c)に示すように、横軸にATP濃度、縦軸に閉塞速度の逆数(reciprocal event rate)をとると、ATPの濃度依存的に変化した。
【0063】
なお、実施例1では、より長時間に亘ってチャネルを閉塞できるように、一方のアプタマーの3'末端側に30塩基のポリc領域を付加したので、チャネルの閉塞が実施例2よりもさらに確実であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質の検出方法であって、
検出すべき標的物質と特異的に結合する特異結合性物質と、前記標的物質を含むかもしれない被検試料とを接触させる工程と、
所定のサイズの透孔を有する膜の一方側に前記工程で得られた混合物を接触させる工程と、
前記透孔が閉塞されるか否かを調べる工程を含み、
前記所定のサイズは、前記標的物質と結合していない前記特異結合性物質は通過できるが、前記標的物質と結合した前記特異結合性物質は通過できないサイズである、標的物質の検出方法。
【請求項2】
前記透孔が、チャネルタンパクのチャネルである請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記チャネルタンパクが、脂質二重膜中に保持された状態にある請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記透孔が閉塞されるか否かを調べる前記工程は、パッチクランプ法により行われる請求項2又は3記載の方法。
【請求項5】
前記チャネルタンパクがα−ヘモリシンである請求項2〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記特異結合性物質がアプタマーである請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記アプタマーは、その一端に、同一の塩基が15個〜50個連続する同一塩基の繰り返し領域を有する請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記同一塩基がシトシンである請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記標的物質が麻薬である請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記麻薬がコカインである請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記標的物質がヌクレオチドである請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記ヌクレオチドがATPである請求項11記載の方法。
【請求項13】
検出すべき標的物質と結合していない特異結合性物質は通過できるが、標的物質と結合した特異結合性物質は通過できないサイズの透孔を持つ膜を具備する標的物質の検出装置。
【請求項14】
前記透孔が、チャネルタンパクのチャネルである請求項13記載の装置。
【請求項15】
前記チャネルタンパクが、脂質二重膜中に保持された状態にある請求項14記載の装置。
【請求項16】
前記膜の両側に直流電圧を印可する電源と、前記膜を通過する電流を測定する電流測定手段をさらに具備する請求項14又は15記載の装置。
【請求項17】
前記チャネルタンパクがα−ヘモリシンである請求項14〜16のいずれか1項に記載の装置。
【請求項18】
少なくとも1つの流路を具備する流路チップの形態にあり、前記膜により前記流路が第2の流路又はチャンバーと隔てられ、前記透孔によって前記2つの流路又は前記流路と前記チャンバーが連通している請求項13〜17のいずれか1項に記載の装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−103055(P2012−103055A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−250339(P2010−250339)
【出願日】平成22年11月8日(2010.11.8)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【出願人】(509304287)サントル ナショナル ドゥラ ルシェルシュ シヤンティフィック (3)