説明

歯科用接着性組成物

【課題】LED光源を用いた照射器を用いても良好に硬化し、歯牙に対して優れた接着性を示す歯科用接着性組成物の提供。
【解決手段】a)酸性基含有重合性単量体、b)式1の鉄アレーン錯体、


およびc)有機過酸化物を含有する歯科用接着性組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯科医療分野において、歯科用修復物と歯質とを接着するための歯科用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯牙の齲食等により生じた小さい欠損(窩洞)は、金属材料が充填されて治療されてきた。しかし、近年、天然歯牙色と同等の色調を付与できること及び操作が容易なことから、該金属材料に代わり、重合性単量体、無機フィラー、および重合開始剤を主成分とするレジン系の充填修復材が好んで用いられるに至っている。このレジン系充填修復材は、最近では硬化時間の短さや操作性等から光重合開始剤が有利に使用され、このような光重合開始剤としては、カンファーキノン等のα―ジケトン化合物とアミン化合物の組み合わせや、アシルフォスフィンオキシド等のリン系化合物が多く用いられ、このうちα―ジケトン化合物は、アミン化合物と組み合わせることで、硬化速度がより増加し、硬化深度もより深くなるため、充填修復材の光重合開始剤として大変有用である。このような光重合開始剤を活性化するのに有効な歯科用照射器の光は、一般に波長が470nm付近の青色光であり、光源としては、ハロゲンランプ、キセノンランプが用いられ、最近では強力な単一波長光を照射できるLED光源が広く用いられるようになった。
【0003】
また、このような充填修復材自身は歯牙に対する接着性がないのが普通であるため、歯科用接着材を介在させて歯牙に接着されるのが一般的である。この接着材も、充填修復材と同様に、重合性単量体及び重合開始剤を主成分とするものであるが、該重合性単量体の一部として歯牙への接着性に優れるものを配合することにより、歯牙に対する接着性を高めてある。このような歯牙への接着性に優れる重合性単量体として、特に、酸性基を含有する単量体が好適と知られている。斯様な酸性基含有重合性単量体を重合性単量体として含有する接着材は、さらに水を含有させることで、歯質脱灰能も備わり、さらに、該酸性基含有単量体は歯質への浸透性にも優れる。よって、こうした接着材を用いれば、接着性向上のために通常、行われている煩雑な前処理、すなわち、酸水溶液による脱灰処理や、歯質への親和性に優れる重合性単量体による浸透処理も省略可能であり、大変優位である。また、斯様な歯科用接着材においても、重合開始剤は、硬化時間の短さや操作性等から光重合開始剤が有利に使用され、カンファーキノン等のα―ジケトン化合物や、アシルフォスフィンオキシド等のリン系化合物が多く用いられる(特許文献1)。また、最近ではチタノセン系光重合開始剤を接着材に用いる例も報告されている(特許文献2)。一方、歯科用接着剤用途以外では、同様に可視光で利用可能な開始剤組成として、鉄アレーン錯体と有機化酸化物を組み合わせて用いることが知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−201726号公報
【特許文献2】特開2007−145779号公報
【特許文献3】特開昭59−219307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酸性基含有重合性単量体を含有する接着材は、該単量体を含有しないものに比べて高い接着強度が得られるものであり、更に脱灰機能も備えていることから、上述のように接着操作の簡便化を実現できる有用なものであった。しかしながら、光重合開始剤としてカンファーキノンとアミン化合物を用いた場合、アミン化合物が、酸性基含有重合性単量の酸性基と中和反応を起こし、アミン化合物が失活してしまうため、重合開始活性が低下し、十分に光硬化しないという問題があった。そのため、アミン化合物が併用せずとも重合開始活性を有するアシルフォスフィンオキシドからなるリン系重合開始剤を用いることが多かった。しかしながらリン系重合開始剤においても、その吸収波長が歯科用照射器の照射光より短波長(380〜400nm付近)であるため、特に、特異的に470nmの単一波長光を発光するLED光源を用いた照射器では、十分に重合開始活性が得られないという問題が生じる。また、チタノセン系開始剤を用いても、十分な重合開始活性が得られていないというのが実情であった。更に、鉄アレーン錯体と有機化酸化物を組み合わせは、歯科用接着剤以外の用途においては、上述のアルファジケトンとアミン化合物の組み合わせや、アシルフォスフィンオキシドからなるリン系重合開始剤に比べて、重合活性が劣るため、歯科用途に利用されることは殆ど無かった。
【0006】
以上から、470nm付近の青色光に対して高い重合開始活性を有する光重合開始剤を見出し、これを用いることにより、LED光源を用いた照射器を用いても良好に硬化し、歯牙に対して優れた接着性を示す歯科用接着性組成物を開発することが、大きな課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記技術課題を克服すべく鋭意研究を重ねたてきた。その結果、驚くべきことに、光重合開始剤組成として鉄アレーン錯体と有機化酸化物とを組合せ、更に重合性単量体として酸性基含有重合性単量体を用いることで非常に高い重合開始活性が得られ、これにより、歯科用接着材において高い接着強度が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明は、 a)酸性基含有重合性単量体、b)鉄アレーン錯体、およびc)有機過酸化物を含有していることを特徴とする歯科用接着性組成物である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の歯科用接着性組成物に含まれる光重合開始剤組成は、酸性基含有重合性単量体存在下においても高い重合開始活性を維持しており、更に歯科用照射器の照射光においても十分な重合開始能を発揮する。したがって、特異的に470nmの単一波長光を発光するLED光源を用いた照射器を用いても高い重合開始活性が得られる。
【0010】
したがって、本発明の歯科用接着性組成物は、歯科用照射器の光源によらず高い重合活性を有し、この高い重合開始能を利用して、高い接着強度が実現でき、歯質とコンポジットレジン等や補綴物の歯科用修復物とを接着できる接着材として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
歯科用接着性組成物に含有されるa)酸性基含有重合性単量体成分について説明する。本実施の形態に係る歯科用接着性組成物に含まれる酸性基含有重合性単量は、1分子中に少なくとも1つの酸性基と1つのラジカル重合性不飽和基とを有する化合物であれば特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。ここで、酸性基とは、pKaが5より小さく、活性プロトンを解離可能な官能基であり、具体的には、カルボキシル基、スルホ基、ホスホン基、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基等を挙げることができる。その中でも、歯質に対する接着性が高い酸性基として、カルボキシル基、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基がより好ましく、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基が最も好ましい。
【0012】
そのような酸性基含有重合性単量体をより具体的に例示すると、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンマレエート、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンサクシネート、2−(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンフタレート、11−(メタ)アクロイルオキシエチル−1,1−ウンデカンジカルボン酸、2−(メタ)アクロイルオキシエチル−3’−メタクロイルオキシ−2’−(3,4−ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピルサクシネート、4−(2−(メタ)アクロイルオキシエチル)トリメリテートアンハイドライド、N−(メタ)アクロイルグリシン、N−(メタ)アクロイルアスパラギン酸等のカルボン酸酸性ラジカル重合性単量体類;2−(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、ビス((メタ)アクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート、(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、10−(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、6−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート等のリン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;ビニルホスホン酸等のホスホン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;スチレンスルホン酸、3−スルホプロパン(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等のスルホン酸酸性基含有重合性単量体類などが挙げられる。また、これら酸性基含有重合性単量体は、必要に応じて2種以上のものを併用しても良い。
【0013】
酸性基含有重合性単量体は、その量に特に制限はなく、重合性単量体成分全体が酸性基含有重合性単量体のみからなっていてもよいが、接着材の歯質に対する浸透性を調節したり、硬化体を強度を向上させる観点から、酸性基非含有重合性単量体と併用するのが好適である。こうした酸性基非含有重合性単量体を併用する場合においても、エナメル質及び象牙質の両方に対する接着強度を良好にする観点から、全重合性単量体成分中において、これら酸性基含有ラジカル重合性単量体5質量%以上の範囲で使用するのが好適であり、より好ましくは5〜80質量%、特に10〜60質量%の範囲で使用するのが好適である。
【0014】
本発明で用いることのできる、酸性基非含有重合性単量体は、分子中に少なくとも一つの重合性不飽和基を持つ物で有れば、公知の化合物を何等制限無く使用できる。具体例を示すと、メチル(メタ)アクリレート(メチルアクリレート又はメチルメタアクリレートの意である。以下も同様に表記する。)、エチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、2−シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート、2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート等のモノ(メタ)アクリレート系単量体;エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン、2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン、1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、エポキシ(メタ)アクリレート等の多官能(メタ)アクリレート系単量体等を挙げることができる。更に、非酸性モノマーとして、上記(メタ)アクリレート系単量体以外の重合性単量体を混合して重合することも可能である。これらの他の重合性単量体を例示すると、フマル酸ジメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン、α−メチルスチレン誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物等を挙げることができる。これらの重合性単量体は単独で又は二種以上を混合して用いることができる。
【0015】
また、後述する水と疎水性の高い重合性単量体を用いる場合には、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の両親媒性の単量体を使用し、水の分離を防ぎ、均一な組成とした方が接着強度の点で好ましい。
【0016】
本発明において、b)鉄アレーン錯体は光照射によって光を吸収し、鉄原子上の配位子が、有機過酸化物と交換することで該有機化酸化物が活性化され、重合開始種が発生する。したがって、本発明に利用することのできる鉄アレーン錯体は、光を吸収し、配位子が交換するものであれば公知のものがなんら制限無く利用できる。中でも下記式1)に示す鉄アレーン錯体が配位子交換能が高い点で好ましい。
【0017】
【化1】

【0018】
(Rは水素原子又は炭化水素基であり、nは0〜6の整数であって、nが2以上のとき夫々のRは同一又は異種であって良く、さらに、複数のR同士は一緒になって縮合芳香族炭化水素環基を形成していてもよく、X−は、ハロゲン化物イオン、スルホン酸イオン、BF、PF、AsF、SbF、B(C、又はGa(Cから選ばれるアニオンである。)
ここで、Rの炭化水素基は、特に制限されるものではないが、好適には、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基等が挙げられる。ここで、アルキル基は炭素数1〜20、より好適には炭素数 1〜8のものが好ましく、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基、イソプロピル基、イソブチル基、1−メチルプロピル基、2−エチルヘキシル基等の直鎖状または枝分鎖状のものが挙げられる。また、シクロアルキル基は炭素数3〜20、より好適には炭素数3〜8のものが好ましく、具体的には、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。また、アルケニル基は炭素数2〜20、より好適には炭素数2〜8のものが好ましく、具体的には、ビニル基、2−メチルビニル基、ブタジエン−1−イル基、ブタジエン−2−イル基、シクロヘキセン−3−イル基等があげられる。また、アルキニル基は炭素数2〜20、より好適には炭素数2〜8のものが好ましく、具体的には、エチニル基、プロピン−1−イル基、1−ブチン−1−イル基があげられる。さらに、アリール基は芳香環を構成する炭素数6〜18、より好適には同炭素数6〜14のものが好ましく、具体的には、フェニル基、ナフタレン−1−イル基、ナフタレン−2−イル基、アントラセン−9−イル基等があげられる。これらの炭化水素基の中でも、アルキル基が特に好ましく、炭素数1〜3のものが最も好ましい。これらはそれぞれ置換基を1個または2個以上有していても良く、具体的にはメトキシ基、エトキシ基等のアルコキシ基、アセチル基、プロピオニル基等のアシル基、アセトキシ基、プロピオニルオキシ基等のアシルオキシ基、フッ素原子、塩素原子等のハロゲン原子等である。
【0019】
また、nは0〜6の整数、より好適には0〜3の整数であって、nが2以上のとき夫々のRは同一又は異種であって良い。さらに、斯様にnが2以上のとき、複数のR同士(通常は、アルケニル基同士)は一緒になって芳香族炭化水素環基を形成し、Rが置換するベンゼン環に縮合していてもよい。
【0020】
本発明において、b)鉄アレーン錯体として特に好ましく用いられるのは、重合性単量体中への溶解度に優れている点で、上記式(1)中のX−が、BF、PF、AsF、SbF、B(C、又はGa(Cである。このような化合物の具体例を示すと
【0021】
【化2】

【0022】
等が示され、中でも溶解度に優れる上、硬化後の着色が少ない点から、下記式に示される化合物がもっとも好ましい。
【0023】
【化3】

【0024】
これら、鉄アレーン錯体の配合量は、全重合性単量体100質量部に対して0.01〜10質量部、より好ましくは0.1〜5質量部である。
【0025】
また、これら鉄アレーン錯体は2種以上のものを併用しても良い。
【0026】
本発明におけるc)有機過酸化物は、特に制限されるものではなく、従来公知のものが何ら制限無く利用できる。代表的な有機過酸化物としては、公知のハイドロパーオキサイド類、パーオキシケタール類、ケトンパーオキサイド類、アルキルシリルパーオキサイド類、ジアシルパーオキサイド類、パーオキシエステル類等が利用できる。
【0027】
中でも鉄アレーン錯体との反応性がより高いことから、下記式2)
【0028】
【化4】

【0029】
(Rはアルキル基であり、Rは水素原子またはトリアルキルシリル基である。)
で示される有機化酸化物がより好ましい。
【0030】
ここで、Rのアルキル基は炭素数1〜20のものが好ましい。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等の1級アルキル基;イソプロピル基、1−メチルプロピル基等の2級アルキル基;t−ブチル基、1,1−ジメチルエチル基、シクロヘキシルジメチルメチル基、1,1,−ジメチルブチル基、1,1,3,3−テトラメチルブチル基等の3級アルキル基等があげられる。これらのアルキル基の中でも、炭素数1〜5のものがより好ましい。また、これらのアルキル基は、さらに置換基を有していても良く、具体的にはビニル基等のアルケニル基やフェニル基、トリル基等のアリール基等が挙げられる。さらに、置換基としてはハイドロパーオキサイド基またはシリルパーオキサイド基等であっても良く、この場合、前記式(3)で示される有機化酸化物は同一分子内に複数のパーオキサイドを有するものになる。また、Rはトリアルキルシリル基は、個々のアルキル基の炭素数が1〜5のものが好ましく、具体的にはトリメチルシリル基、トリエチルシリル基、t−ブチルジメチルシリル基等があげられる。
【0031】
このような有機過酸化物の具体例を示すと、P−メタンハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンパーオキサイド、1,1,3,3−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド、2,5−ジメチルヘキサン2,5−ジヒドロパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイド、1,1−ジメチルブチルハイドロパーオキサイド、t−ブチルハイドロパーオキサイド、t−ブチルトリメチルシリルパーオキサイド、1,1,3,3−テトラメチルブチルトリメチルシリルパーオキサイド、1,1−ジメチルブチルトリメチルシリルパーオキサイド等が挙げられる。これらの中でもハイドロパーオキサイドが最も好ましい。
【0032】
有機過酸化物の配合量は特に制限されないが、好ましくは、全重合性単量体100質量部に対して、好ましくは0.01〜20質量部、より好ましくは0.1〜10質量部、最も好ましくは0.5〜5質量部である。
【0033】
これら、有機化酸化物は2種類以上のものを併用してもよい。
【0034】
本発明の接着性組成物には、歯質の脱灰を促進させるためにd)水を含んでいてもよい。当該水は、保存安定性、生体適合性及び接着性に有害な不純物を実質的に含まない事が好ましく、例としては脱イオン水、蒸留水等が挙げられる。
【0035】
当該水の配合量も特に制限されるものではないが、接着性組成物中の全重合性単量体100質量部に対して、5〜900質量部であるのが好ましく、15〜110質量部であるのがより好ましい。
【0036】
また、これら水は、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該接着性組成物を硬化させる前にエアブローすることにより除去させて使用されることが通常である。
【0037】
本発明の接着性組成物には、その他の重合開始剤を配合させても良く、特に歯科用接着材として用いる場合、任意のタイミングで重合硬化させることができることから、光重合開始剤が好ましい。光重合開始剤としてはカンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等のα−ジケトン類、2,4−ジエチルチオキサントン等のチオキサントン類、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン等のα−アミノアセトフェノン類、2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド等のアシルフォスフィンオキシド誘導体等が好適に使用される。
【0038】
また、これら光重合開始剤は、重合促進剤と併用することが好ましい。重合促進剤としては、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等の第三級アミン類、5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等のバルビツール酸類、ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等のメルカプト化合物を挙げることができる。
【0039】
特にその他の重合開始剤としてカンファーキノン等のα−ジケトン類を用いる場合には、重合促進剤として第三級アミン類を用いるのが通常である。
【0040】
こうしたその他重合開始剤の配合量は、重合性単量体成分100質量部に対して、0.01〜10質量部、より好ましくは0.1〜5質量部である。
【0041】
更に、上記に重合開始剤、重合促進剤に加え、ヨードニウム塩、トリハロメチル置換S−トリアジン、フェナンシルスルホニウム塩化合物等の電子受容体を加えても良い。
【0042】
また、歯科用接着材として用いる場合には、無機充填剤を添加することが可能である。当該無機充填剤としてシリカやジルコニア、チタニア、シリカ・ジルコニア、シリカ・チタニア、フルオロアルミノシリケートガラスなどが挙げられ上げられる。
【0043】
これら無機充填剤は、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性を向上させることができる。疎水化の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられる。
【0044】
これらの無機充填剤の配合量は、通常、重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。特にコンポジットレジン用接着材として調整する場合は、2〜50質量部の範囲、より好ましくは5〜30質量部である。
【0045】
また、これらの接着性組成物には、揮発性有機溶媒が配合されても良い。ここで、揮発性有機溶媒は、室温で揮発性を有し、水溶性を示すものを使用することができる。ここで言う揮発性とは、760mmHgでの沸点が100°C以下であり、且つ20°Cにおける蒸気圧が1.0KPa以上であることを言う。また、水溶性とは、20°Cでの水への溶解度が20g/100ml以上であり、好ましくは該20℃において水と任意の割合で相溶することを言う。このような揮発性の水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどを挙げることができる。これら有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する毒性を考慮すると、エタノール、イソプロピルアルコール及びアセトンが好ましい。
【0046】
これらの揮発性有機溶媒の配合量は、通常、重合性単量体成分100質量部に対して2〜400質量部の範囲、より好ましくは5〜100質量部である。
【0047】
なお、これらの揮発性有機溶媒も、前記水と同様に、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該接着性組成物を硬化させる前にエアブローすることにより除去させて使用される。
【0048】
さらに、本発明の接着性組成物には、用途に関わらずに必要に応じて、その性能を低下させない範囲で、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール等の高分子化合物などの有機増粘材を添加することが可能である。また、紫外線吸収剤、染料、帯電防止剤、顔料、香料等の各種添加剤を必要に応じて選択して使用することもできる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。尚、実施例中に示した、略称、略号については以下の通りである。
略称及び略号
[リン酸から誘導される酸性基含有重合性単量体]
PM1:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート
PM2:ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンホスフェート
PM:PM1とPM2の2:1の混合物
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
[その他の酸性基含有重合性単量体]
MAC−10:11−(メタ)アクロイルオキシエチル−1,1−ウンデカンジカルボン酸
[酸性基を含有しない重合性単量体]
BisGMA:2,2−ビス(4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル)プロパン
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート
[揮発性の水溶性有機溶媒]
IPA:イソプロピルアルコール
[鉄アレーン錯体]
CPF:(η−クメン)(η−シクロペンタジエン−1−イル)鉄(II)ヘキサフルオロフォスフェート
【0050】
【化5】

【0051】
[有機過酸化物]
POH:1,1,3,3,−テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド
PUH:クメンハイドロパーオキサイド
PBS:t−ブチルトリメチルシリルパーオキサイド
[その他光重合開始剤]
CQ:カンファーキノン
TPO:2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド
BTPO:ビス(2,4,6−トリメチルベンソイル)−フェニルホスフィンオキサイド
CPT:ビス(η−2,4−シクロペンタジエン−1−イル)−ビス(2,6−ジフルオロ−3−(1H−ピロール−1−イル)−フェニル)チタニウム(IV)
[第3級アミン]
DMBE:4−ジメチルアミノ安息香酸エチル
DMEM:2−ジメチルアミノエチルメタクリレート
[重合禁止剤]
BHT:2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール
【0052】
また、以下の実施例および比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
(1)接着試験方法
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、往水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削り出した。次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥した後、エナメル質および象牙質のいずれかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、ついで厚さ0.5mm直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。この模擬窩洞内にコンポジットレジン用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、歯科用LED可視光照射器(L.E.Demetron、Kerr社製)にて10秒間光照射した。更にその上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片作成し、37℃水中にて一晩保管した。
【0053】
その後、万能試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、エナメル質または象牙質とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4本の引張り接着強さを上記方法で測定し、その平均値を接着強度とした。
(2)曲げ強度測定法
コンポジットレジン用接着材から水および有機溶媒をロータリーエバポレーターで除去したものを、2mm×2mm×25mmのポリテトラフルオロエチレン製のモールドに流し込み、PPシートで挟み込んだものを歯科用LED可視光照射器(L.E.Demetron、Kerr社製)にて、表裏各3点ずつをそれぞれ10秒間光照射した。得られた硬化体を37℃水中にて一晩保管した。
【0054】
その後、万能試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード1mm/min、支点間距離20mmにて3点曲げ強度を測定した。1試験当り、5本の3点曲げ強度を上記方法で測定し、その平均値を曲げ強度とした。
【0055】
実施例1
重合性単量体として2.5gのPM、3.0gのBisGMA、2.0gの3G及び2.5gのHEMAと、重合開始剤として0.1gのCPFと、0.15gのPOHと、1.5gの蒸留水、及びその他成分としてBHTを0.03質量部を用い、これらを3時間攪拌混合して本発明の接着性組成物からなる、コンポジットレジン用接着材を得た。
【0056】
この接着材について、曲げ強度測定および接着試験をした。接着材の組成および評価結果を表1に示した。
【0057】
実施例2〜8
実施例1の方法に準じ、表1に示した組成の異なる接着材を調整した。
【0058】
得られた各コンポジットレジン用接着材について、曲げ強度測定および接着試験を行った。接着材の組成および結果を表1に示した。
【0059】
【表1】

【0060】
比較例1〜13
実施例1の方法に準じ、組成の異なる接着材を調整した。得られた各コンポジットレジン用接着材について、曲げ強度測定および接着試験を行った。接着剤の組成および結果を表2に示した。
【0061】
なお、比較例9は、重合開始剤として、単独では化学重合開始剤であるPOHを光重合開始剤と組合せることなく用いた接着材であり、接着試験は、模擬窩洞内に該歯科用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥させた後、37℃で10分間放置して硬化させる態様で実施した。また、比較例11〜13は、酸性基含有重合性単量体を含まず、接着性組成物ではないため、接着試験は行わなかった。
【0062】
【表2】

【0063】
実施例1〜8は、光重合開始剤組成として鉄アレーン錯体と有機過酸化物とが配合されたものであるが、硬化体は良好な曲げ強度を有しており、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても良好であった。
【0064】
これに対して、比較例1〜4は、光重合開始剤組成としてカンファーキノンと第3級アミンとが配合されたものであるが、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた場合に比べて劣るものであった。また、曲げ強度においても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた接着性組成物に比べて劣るものであった。
【0065】
また、比較例5、6は光重合開始剤組成としてリン系重合開始剤が配合されたものであるが、本試験に用いたLED照射器では、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた場合に比べて劣るものであった。また、曲げ強度においても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた接着性組成物に比べて劣るものであった。
【0066】
また、比較例7は光重合開始剤組成としてリン系重合開始剤と有機過酸化物とが配合されたものであるが、本試験に用いたLED照射器では、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた場合に比べて劣るものであった。また、曲げ強度においても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた接着性組成物に比べて劣るものであった。
【0067】
比較例8は光重合開始剤組成としてチタノセン系重合開始剤が配合されたものであるが、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた場合に比べて劣るものであった。また、曲げ強度においても、鉄アレーン錯体と有機過酸化物を用いた接着性組成物に比べて劣るものであった。
【0068】
比較例9は光重合開始剤が用いられずに、有機過酸化物のみが配合されたものであるが、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、鉄アレーン錯体と組合せて用いた場合に比べて劣るものであった。また、硬化体が得られなかったため、曲げ強度は測定できなかった。
【0069】
比較例10は光重合開始剤組成として鉄アレーン錯体のみが配合されたものであるが、接着試験の結果は、エナメル質、及び象牙質のいずれに対しても、有機過酸化物を用いた場合に比べて劣るものであった。また、硬化体が得られなかったため、曲げ強度は測定できなかった。
【0070】
比較例11は重合性単量体として酸性基含有重合性単量体を配合せず、光重合開始剤組成としてカンファーキノンと第3級アミンとが配合されたものであるが、その硬化体の曲げ強度は、酸性基含有重合性単量体を配合した場合(比較例3)に比べて上回る強度が得られたが、それでも各実施例に比べると有意に劣る強度であった。
【0071】
比較例12は重合性単量体として酸性基含有重合性単量体を配合せず、光重合開始剤組成としてリン系重合開始剤が配合されたものであるが、その硬化体の曲げ強度は、酸性基含有重合性単量体を配合した場合と同程度でしかなかった。
【0072】
比較例13は重合性単量体として酸性基含有重合性単量体を配合せず、光重合開始剤組成として鉄アレーン錯体と有機過酸化物とが配合されたものであるが、酸性基含有重合性単量体を配合した各実施例に比べて大きく劣るものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)酸性基含有重合性単量体、b)鉄アレーン錯体、およびc)有機過酸化物を含有していることを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項2】
b)鉄アレーン錯体が、下記式1)に示す化合物である請求項1記載の歯科用接着性組成物。
【化1】

(Rは水素原子又は炭化水素基であり、nは0〜6の整数であって、nが2以上のとき夫々のRは同一又は異種であって良く、さらに、複数のR同士は一緒になって縮合芳香族炭化水素環基を形成していてもよく、Xは、ハロゲン化物イオン、スルホン酸イオン、BF、PF、AsF、SbF、B(C、又はGa(Cから選ばれるアニオンである。)
【請求項3】
c)有機過酸化物が、下記式2)に示す化合物である請求項1または2記載の歯科用接着性組成物。
【化2】

(Rはアルキル基であり、Rは水素原子またはトリアルキルシリル基である。)
【請求項4】
さらにd)水を含有してなる請求項1〜3の何れか一項に記載の歯科用接着性組成物。

【公開番号】特開2012−126666(P2012−126666A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−278287(P2010−278287)
【出願日】平成22年12月14日(2010.12.14)
【出願人】(391003576)株式会社トクヤマデンタル (222)
【Fターム(参考)】