説明

毛髪中ミネラル成分の網羅的分析に基づく癌の検出方法

【課題】
頭髪中の複数の微量ミネラル成分の網羅的な超微量分析という、極めて非侵襲的な超微量分析手段によって、癌の新たな検出方法等を提供すること。
【解決手段】
被験者の毛髪中のヨウ素、ヒ素、亜鉛、鉄、ナトリウム、セレン、カリウム、及びマンガン等のミネラル成分濃度を測定し、得られた測定値と被験者の年齢及び性別から多重ロジスティック回帰分析等の統計的解析によって、統計学的に有意な変化を与える値を得、その値に基づき癌を検出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は毛髪中ミネラル成分の網羅的分析に基づく癌の検出方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
癌は先進国において死亡の第一原因であり、毎年一千万人以上の新たな癌患者が見出されている。これまでに、癌の潜在危険因子を同定するために関する実証的及び疫学的な研究報告が数多くなされており、その中には、カドミウム、ニッケル、ベリリウム又はヒ素等の発癌性金属に関する研究がある(非特許文献1〜4)。
【0003】
しかしながら、これまでに、発癌の危険性と複数の生体ミネラル成分との関連に関する網羅的な詳細解析研究はなされていない。
【0004】
本発明者等は、これまでに数多くの検体に関して毛髪中のミネラル成分を網羅的に分析し、それらの値と様々な肉体的又は精神的疾患との関連について解析・研究してきた(非特許文献5〜7)。例えば、毛髪中のミネラルと肥満度や癌リスクとの関係を多変量解析した結果から、数種類のミネラル濃度と肥満度や癌リスクとの間に正又は負の相関がみられることを見出した(非特許文献7,8及び9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Navarro Silvera SA, et al., Cancer Causes Conrol. 2007;18:7-27
【非特許文献2】Drasch G, et al., Biol. Trace Elem. Res. 2005;103:103-7
【非特許文献3】Cantor KP, et al., Toxicol. Appl. Pharmacol., 2007;222:252-7
【非特許文献4】Boffetta P., Scand. J. Work Environ. Health, 1993;19 (suppl 1):67-70
【非特許文献5】Yasuda H., et al., Biomed. Res. Trace Elem., 2005;16:39-45
【非特許文献6】Yasuda H., et al., Biomed. Res. Trace Elem., 2005;16:285-91
【非特許文献7】Yasuda H., et al., Biomed. Res. Trace Elem., 2006;17:316-21
【非特許文献8】安田 寛ら, 日衛誌(Jpn. J. Hyg.)62 (2): 514、2007年3月
【非特許文献9】安田 寛ら, 日衛誌(Jpn. J. Hyg.)63 (2): 548、2008年3月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の目的は、頭髪中の複数のミネラル成分量に基づく癌の新たな検出方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、多重ロジスティック回帰分析を用いた詳細な統計学的解析によって、癌、特に固形癌の有無と、頭髪中の必須及び有害ミネラルを含む複数のミネラル成分濃度が統計学的に有意に相関することを見出し、それに基づき本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の各態様を包含する。
【0009】
[態様1]
被験者の毛髪中のミネラル成分濃度を測定し、得られた測定値と被験者の年齢及び性別を指標として癌を検出する方法。
[態様2]
被験者の毛髪中のミネラル成分濃度を測定し、得られた測定値と被験者の年齢及び性別から統計的解析によって、統計学的に有意な変化を与える値を得、その値に基づき癌を検出する、態様1記載の方法。
[態様3]
統計的解析として、多重ロジスティック回帰分析を用いる、態様1又は2記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明方法により、頭髪中の微量ミネラル成分の網羅的な超微量分析という、極めて非侵襲的な超微量分析手段によって、癌、特に固形癌を約84%の高い精度(正確度)で検出することが可能となり、癌を発見・診断し、又は、癌患者をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】頭髪中のヨウ素濃度と癌リスクとの正の相関を示すロジスティック回帰分析の結果、及び、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線、並びに、ROC曲線下面積(AUC)値を示す。ヨウ素濃度は、相関係数 r = 0.31, R2 = 0.096 で癌リスクと有意な正の相関(p<0.0001)を示し、AUC 値は 0.704 であった。
【図2】頭髪中のヒ素濃度と癌リスクとの正の相関を示すロジスティック回帰分析の結果、及び、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線、並びに、ROC曲線下面積(AUC)値を示す。ヒ素濃度は、相関係数 r = 0.210, R2 = 0.044 で癌リスクと有意な正の相関(p=0.0004)を示し、AUC 値は 0.647 であった。
【図3】頭髪中の亜鉛濃度と癌リスクとの正の相関を示すロジスティック回帰分析の結果、及び、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線、並びに、ROC曲線下面積(AUC)値を示す。亜鉛濃度は、相関係数 r = 0.243, R2 = 0.059 で癌リスクと有意な正の相関 (p<0.0001)を示し、AUC 値は 0.662 であった。
【図4】頭髪中のセレン濃度と癌リスクとの負の相関傾向を示すロジスティック回帰分析の結果、及び、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線、並びに、ROC曲線下面積(AUC)値を示す。セレン濃度は、相関係数 r = -0.10, R2 = 0.010 で負の相関傾向にあり(p=0.10)、AUC 値は 0.558 であった。
【図5】式(1)を用いて得られた多重直線回帰の値と癌リスクとの相関を示す多重ロジスティック回帰分析の結果、及び、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線、並びに、ROC曲線下面積(AUC)値と、その他の各種統計値を示す。相関係数は r = 0.661, R2 = 0.437 で有意な正の相関 (p<0.0001)を示し、AUC 値も 0.918 と高値であった。図1−4に比べて、ROC曲線下面積(AUC)値は著しく向上し、感度 (Sensitivity): 87.1 %、特異度 (Specificity): 79.1 %、及び、正確度 (Accuracy): 83.8 % においても、信頼性の高い評価法であることが示唆された。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の最良の実施形態について詳細に説明するが、本発明は当業者に自明のその他の多くの異なる形態による実施が可能であり、本発明の技術的範囲は以下に説明する実施形態及び実施例の記載に限定されるものではない。
【0013】
本発明方法で検体として使用する被験者の生体サンプルは毛髪であり、被験者から極めて非侵襲的な手段で取得することができる。量としては約0.1-0.3 gあれば十分であり、本発明方法の精度を確保するためには、出来るだけ頭皮に近い根元から採取した部分(長さ2−3cm程度)を使用することが好ましい。
【0014】
毛髪検体中のミネラル成分量(濃度)の測定は当業者に公知の任意の方法で行うことができる。好ましくは、本明細書の実施例に記載したように、洗浄処理後、アルカリ又は硝酸等を使用する適当な溶解処理を経た後に、誘導結合プラズマ質量分析機を用いて測定することが好ましい。
【0015】
本発明方法では、被験者の毛髪中ミネラル成分濃度の測定値と被験者の年齢及び性別から、適当な統計的解析によって統計学的に有意な変化を与える値を得、その値に基づき癌を検出する。統計的解析の一例として、例えば、多重ロジスティック回帰分析や重回帰分析を挙げることができる。各検体について多重直線回帰により得られた値と癌リスクとの多重ロジスティック回帰分析における相関を用いることが好ましい。ミネラル成分には必須ミネラル及び有害ミネラルが含まれる。又、癌リスクと正の相関が高いミネラル成分、及び、癌リスクと負の相関が高いミネラル成分の夫々数種類を含むことが好ましく、特に、ヨウ素、ヒ素、亜鉛、鉄、ナトリウム、セレン、カリウム、及びマンガン8種類のミネラル濃度を使用することが好ましい。
【0016】
特に、多重直線回帰に以下の式(1):
多重直線回帰(値)=0.70 (男性の場合:(+)、女性の場合(−)) + 0.023 x年齢 + 1.75 x LogI+3.59 x LogAs++5.38 x LogZn+6.67 x LogFe+2.04 x LogNa−6.47 x LogSe−1.48 x LogK−1.47 x LogMn−50.88、
を用いることが好ましい。
【0017】
検出の対象である癌の種類・原発部位等に特に制限はない。
【0018】
上記の適当な統計的解析によって得られる、統計学的に有意な変化を与える値として、「カットオフ値」を挙げることができる。「カットオフ値」は、特定の疾患の検出を目的として設定する値である。かかる「カットオフ値」は当業者に公知の手段で設定することが可能である。例えば、上記の多重直線回帰式(1)により得られた値と癌リスクとの多重ロジスティック回帰分析における相関に基づき、市販の統計解析ソフトを使用してROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、最適な感度及び特異度を求め、検出の目的に応じて、例えば、一次スクリーニング等の目的の検査では感度が高い方を優先し、精査目的の検査では特異度が高くなるようなカットオフ値を設定することが可能である。
【実施例】
【0019】
素問八王子クリニックで癌治療を受けている124名の患者(乳癌:28例、胃癌:22例、肺癌:11例、大腸癌:10例、前立腺癌:9例、肝臓癌:7例、膵臓癌:5例、子宮癌:5例、卵巣癌:4例、食道癌:4例、悪性リンパ腫:4例、腎臓癌:3例、及び、甲状腺癌:2例を含む)の癌患者(男性52名:平均年齢60.9 + 12.2、女性:72名:平均年齢54.9 + 10.6)から、インフォームド・コンセントに基づき、毛髪検体(約0.2 g)を入手し、更に、対照検体として東京都内に住む20−80歳の健常人86名(男性53名:平均年齢51.6 + 11.9、女性:33名:平均年齢53.7 + 16.0)から同様に毛髪検体を入手した。
【0020】
毛髪検体(75 mg)を精秤して、プラスチック容器(50 ml)に入れ、毛髪分析標準委員会推薦の洗浄操作(Cranton EM, et al., Standardization and interpretation of human hair for elemental concentrations. J. Holistic Med. 1982;4:10-20)に従い、アセトンで洗浄した後、トライトン溶液(0.01 %)で洗浄した。
【0021】
洗浄した毛髪検体を10 mlの6.25%水酸化テトラメチルアンモニウム(多摩化学、日本)及び50μlの0.1% 金溶液(SPEX Certi Prep.)と混合し、撹拌しながら75℃で2時間溶解させた。室温まで冷却後、内部標準(Sc, Ga 及びIn)溶液を添加し、その重量を調整して、得られた溶液を測定に使用した。ミネラル濃度の測定は、誘導結合プラズマ質量分析機(ICP-MS;Agilent-7500ce)を用いて国際標準に基づき実施し(Yasuda H, et al., Anti-Aging Med., 2007;4:38-42)、その濃度をng/g(毛髪)で示した。尚、ミネラル分析における品質管理の目的で、国立環境研究所から提供されるヒト頭髪環境標準試料(NIES CRM No.13)を使用した(Yoshinaga J., et al., Fresenius J. Anal. Chem., 1997;357:279-83)。
【0022】
毛髪中のミネラル成分濃度は対数正規分布しているので、毛髪中ミネラル濃度の代表値として相乗(幾何)平均値を用いた。統計学的解析にはミネラル成分濃度の対数値を使用した。24種類のミネラル成分と癌リスクとの関係を多重ロジスティック回帰分析(JMP6; SAS Institute)によって解析した。その結果を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
この多重ロジスティック回帰分析における決定係数(R2)は0.465であった。尚、表1中、(Part.coeff.)及び(Corr.coeff.)は、夫々、多重ロジスティック回帰分析による部分相関係数及び単回帰分析における相関係数を示す(*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001, ****p<0.0001)。
【0025】
更に、毛髪中の濃度と癌リスクとの間に正の相関が見られた代表的な3種類のミネラル(ヨウ素、ヒ素、亜鉛)、及び、負の相関傾向が見られたセレンに関して、ロジスティック回帰分析の結果、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線とAUC、及び、その他の各種統計値を図1〜図4に示す。
【0026】
更に、性別、年齢、及び、有害及び必須ミネラル(計8種類)の濃度を独立変数とする、以下の式(1)を用いて得られた多重直線回帰の値と癌リスクとの相関を多重ロジスティック回帰分析により求めた(R2 = 0.437, r = 0.661, p<0.0001)。更に、受診者動作特性(Receiver Operating Characteristic: ROC)曲線の下の領域の面積(AUC)は0.918であった。これらの結果を図5に示す。
【0027】
(式1)
多重直線回帰(値)=0.70 (男性の場合:(+)、女性の場合(−)) + 0.023 x年齢+1.75 x LogI+3.59 x LogAs++5.38 x LogZn+6.67 x LogFe+2.04 x LogNa−6.47 x LogSe−1.48 x LogK−1.47 x LogMn−50.88
【0028】
更に、表2に示すような分割表(図5における癌の確率(縦軸)が「0.50」となるときの式1の値(横軸)をカットオフ値として使用)を用いた解析、及びχ検定により、感度(sensitivity):87.1 %, 特異度(specificity):79.1 %、及び、正確度(accuracy): 83.8 % (108+68)/210、χ=99.1、p=0.0001)であることが示された。
【0029】
【表2】

【0030】
以上の結果が示すように、式1で定義したような、複数の微量ミネラル成分の多重直線回帰の値と癌リスクとの間には極めて有意な相関があることが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の検出方法を用いて、極めて非侵襲的な手段によって、癌、特に固形癌を高い精度(正確度)で検出することが可能となり、癌を発見・診断し、又は、癌患者をスクリーニングする方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の毛髪中のミネラル成分濃度を測定し、得られた測定値と被験者の年齢及び性別を指標として癌を検出する方法。
【請求項2】
被験者の毛髪中のミネラル成分濃度を測定し、得られた測定値と被験者の年齢及び性別から統計的解析によって、統計学的に有意な変化を与える値を得、その値に基づき癌を検出する、請求項1記載の方法。
【請求項3】
統計的解析として、多重ロジスティック回帰分析を用いる、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
統計的解析として、各検体について多重直線回帰により得られた値と癌リスクとの多重ロジスティック回帰分析における相関を用いて、統計学的に有意な変化を与える値を得る、請求項3記載の方法。
【請求項5】
ミネラル成分として有害ミネラル及び必須ミネラルを測定する、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ミネラル成分として癌リスクと正の相関が高いミネラル成分、及び、癌リスクと負の相関が高いミネラル成分を含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
ミネラル成分として、ヨウ素、ヒ素、亜鉛、鉄、ナトリウム、セレン、カリウム、及びマンガンの濃度を測定する、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
多重直線回帰に以下の式(1):
多重直線回帰(値)=0.70 (男性の場合:(+)、女性の場合(−)) + 0.023 x 年齢+1.75 x LogI+3.59 x LogAs++5.38 x LogZn+6.67 x LogFe+2.04 x LogNa−6.47 x LogSe−1.48 x LogK−1.47 x LogMn−50.88
を用いる、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
癌が固形癌である請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−47715(P2011−47715A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194688(P2009−194688)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年6月26日 ホームページのアドレス「http://springerlink.com/content/y704060056j8u45m/」に発表
【出願人】(504010361)ら・べるびぃ株式会社 (1)
【Fターム(参考)】