説明

気泡ボーリング用気泡剤

【課題】合成界面活性剤、例えばAES(アルコールエトキシサルフェート)ベースのものや、特殊アニオン界面活性剤からなる従来品よりも、土壌および地下水への環境負荷が少ない気泡剤を提供することである。
【解決手段】水に配合する成分として、食品指定添加物に用いられる界面活性剤と、食品既存添加物に用いられる多糖類のみを、使用することを特徴とする気泡ボーリング用気泡剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地盤のサンプルを採取する地質調査ボーリングのうち気泡ボーリングに用いる掘削流体を生成するための気泡剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボーリング工法において掘削流体は、地表に設置したポンプからボーリング孔の掘削面先端部に圧送される。掘削流体は、ボーリング工程において、円滑に掘進するための重要な要素で主として以下の働きをする。(1)掘削時に地盤と掘削ビット間に生じる摩擦熱を冷却する働き。(2)掘削時に生じる掘削屑(砂より微細な岩屑)を排出する働き、より詳しく言えば、掘削屑を掘削流体とともにボーリング孔内を上昇させ、ボーリング孔外、即ち地表へ排出する働き。
【0003】
これらの掘削流体の機能を充分に発揮させるためには、ボーリング作業をおこなうオペレータが、長年の経験により培われた技術を有していなければならない。オペレータが掘削流体のコントロール(送水量および送圧力)を誤ると、採取されるサンプルの品質が低下するだけでなく、ボーリング孔内に掘削屑が沈積して地盤の穿孔そのものが不能になることがある。特に、サンプル採取対象地盤が未固結の砂礫層の場合や、固結した岩盤であっても地すべりや断層などの活動により破砕され、硬質部と軟質部が混在している場合に、掘削流体として「水」を用いると(以下、「清水工法」とする)、高度な技術を有したオペレータでも、サンプルを欠損なく採取することは、困難である。
【0004】
このような場合、掘削流体として水より比重が大きく掘削屑排出機能に優れた「泥水」を用いる「泥水工法」が適用されることがある。しかし、ボーリング掘削と同時に「透水試験」等の地下水関連の試験をボーリング孔内で実施する場合は、泥水工法が適用できないことがある。
【0005】
そこで、「清水工法」や「泥水工法」の欠点を補う工法として、気泡ボーリングが知られている(特許文献1、2)。これは、「水と合成界面活性剤の混合物」を、圧縮空気により起泡させ、掘削流体として用い、気泡の特性(粘性及び浮力)によって、高い掘削屑排出能力を有し、過大な送圧や送量を必要とせず、乱れの少ない高品質のサンプルを採取することができるものである。従来は、石油開発や地熱開発の深層掘削に利用されていたものであるが、近年では、地すべりや断層調査等で、採取率の高い高品質サンプルが必要な調査ボーリングにおいても採用されている。ちなみに、合成界面活性剤とは通常、脂肪酸ナトリウム、または脂肪酸カリウム以外を原料に用いたものをいう。
【特許文献1】特開2001−323771号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2003−120165号公報(特許請求の範囲)
【0006】
ところが、気泡ボーリングを実施した場合は、水と共に合成界面活性剤が周辺環境へ拡散する。現在市販されているボーリング用の気泡剤は、AES(アルコールエトキシサルフェート)ベースのものや、特殊アニオン界面活性剤からなるものがある。これらは生分解性が良好で毒性および刺激性が低いという試験結果が得られており、通常の実施においては土壌および地下水への環境負荷は低いとされている。
【0007】
しかし、地質調査実施場所の環境によっては、合成界面活性剤による環境負荷が低度であっても許容されないことがある(例えば養魚場の直近)。また、土壌および地下水の環境保全に対する社会的関心が高まっている昨今、気泡ボーリングの実施にあたって、環境上の制約を受けることが無く、そして、より積極的に周辺環境に配慮するための新しい気泡剤の開発が期待されている。
【0008】
特許文献1の気泡剤の主成分である「α−パラフィンスルホン酸またはその塩」は、食品指定添加物および食品既存添加物ではない。
【0009】
また、特許文献2の気泡剤である「ラウリルアルコールを原料としたアニオン系界面活性剤およびノニオン界面活性剤」の配合物は、また、食品指定添加物および食品既存添加物ではない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記実状を考慮して考案されたもので、その解決課題は、環境負荷が少ない気泡剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明では従来の気泡剤よりも高い安全基準をクリアするために、食品指定添加物と食品既存添加物のみを成分とするというこれまでにはない発想によって、上記の課題を解決するに至った。
【0012】
具体的には、気泡剤を界面活性剤と増粘剤の混和物として考えた上で、前者として、食品指定添加物に登録されている、例えばオレイン酸ナトリウム、ソルビタン脂肪酸エステル、レシチンなどの界面活性剤、後者として、食品既存添加物に登録されているアラビアガム、タラガム、アルギン酸、カラギーナン、ペクチン、キサンタンガムなどの多糖類を使用する。
【0013】
気泡剤における両者の役割は、前者の界面活性剤には起泡力(泡立ちやすさ、起泡力など)の効果を、そして後者の増粘剤には泡(フォーム)の安定性維持(泡の消えにくさ、泡の長寿命化など)の効果を、それぞれが担っている。
【0014】
食品指定添加物とは、食品衛生法施行規則別表第1に定められた指定添加物をいう。
以下に、食品衛生法施行規則別表第1に定められた指定添加物のうち界面活性剤を示す。
1.グリセリン脂肪酸エステル(モノグリセド)
(ポリグリセリン脂肪エステルも含まれる)
2.ショ糖脂肪酸エステル(シュガーエステル)
3.ソルビタン脂肪酸エステル
4.プロピレングリコール脂肪酸エステル
5.レシチン
6.ステアロイル乳酸カルシウム
7.オキシエチレン高級脂肪族アルコール
8.オレイン酸ナトリウム
9.モルホリン脂肪酸塩
10.POE高級脂肪族アルコール
【0015】
食品既存添加物とは、既存添加物名簿収載品目リスト(財団法人日本食品化学研究振興財団)に定められた既存添加物をいう。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、水に配合する材料に、食品指定添加物および食品既存添加物を使用しているので、従来より安全基準の高い気泡剤である。これによって、気泡ボーリングの実施にあたって、環境上の制約を受けることが無く、そして、より積極的に周辺環境への負荷を低減させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、食品指定添加物に登録されている界面活性剤を起泡剤として、また、食品既存添加物に登録されている多糖類を増粘剤として、両者を適切な割合で水に配合することによって、従来の気泡ボーリングよりはるかに高い安全基準を達成することができるだけでなく、既存の気泡ボーリング用気泡剤と同等の起泡性および気泡安定性を実現した(下記実施例参照)。起泡剤としては、公知の食品指定添加物を用いることができる、例えば、オレイン酸ナトリウム。増粘剤としては、公知の食品多糖類を用いることができる、例えば、アラビアガム、タラガム、カラギナン。
【実施例1】
【0018】
以下に本発明を実施例により説明する。上記の起泡剤と増粘剤を異なる濃度の組み合わせで配合し、市販の気泡ボーリング用アニオン系界面活性剤による気泡剤と比較・検討するために、起泡力および気泡安定性の試験を実施した。その結果、以下に示す組み合わせのうち、「A:D−1」「A:C−2」「A:D−2」について、市販の気泡剤とほぼ同等の起泡力および気泡安定性を有することが確認された。
【0019】
(1)配合例
以下の各濃度(水との混合濃度)の起泡剤と安定剤を体積比1:1で配合する。
『起 泡 剤』 A オレイン酸ナトリウム 1000重量ppm
『安 定 剤』 B−1 カラギナン 10重量ppm
B−2 カラギナン 100重量ppm
B−3 カラギナン 1000重量ppm
C−1 アラビアガム 10重量ppm
C−2 アラビアガム 100重量ppm
C−3 アラビアガム 1000重量ppm
D−1 タラガム 10重量ppm
D−2 タラガム 100重量ppm
D−3 タラガム 1000重量ppm
A:オレイン酸ナトリウム:指定添加物
食品衛生法施行規則別表第1:番号65
財団法人日本食品化学研究振興財団による安全性評価>一日摂取許容量、特定しない。
B:カラギナン:既存添加物(イバラノリ、キリンサイ、ギンナンソウ、スギノリ又はツノマタの全藻から得られた、ι-カラギナン、κ-カラギナン及びλ-カラギナンが主成分)
既存添加物名簿収載品目リスト(財団法人日本食品化学研究振興財団):番号83
財団法人日本食品化学研究振興財団による安全性評価>一日摂取許容量、記載なし。
C:アラビアガム:既存添加物(アカシアの分泌液から得られた多糖類が主成分)
既存添加物名簿収載品目リスト(財団法人日本食品化学研究振興財団):番号24
財団法人日本食品化学研究振興財団による安全性評価>一日摂取許容量、特定しない。
D:タラガム:既存添加物(タラの種子から得られた多糖類を主成分とする)
既存添加物名簿収載品目リスト(財団法人日本食品化学研究振興財団):番号241
財団法人日本食品化学研究振興財団による安全性評価>一日摂取許容量、特定しない。
備考:一日摂取許容量を特定しないとは、極めて毒性の低い物質に限られるもので、食品中に常在する成分、又は食品とみなし得るもの若しくはヒトの通常の代謝物とみなし得るものをいう。
【0020】
(2)起泡力の評価
25°C一定温度下で、上記割合の各配合試料を1ccずつ、ふたつきガラス製試験管にとり、振盪器で30秒間、鉛直方向へ振盪させた後、試験管内の気泡高さを測定し起泡力の評価をおこなった。なお、本試験による評価の基準として、市販のボーリング用気泡剤2重量%混合液を用いた(2重量%混合液は、通常の使用濃度である)。
図1に示した試験結果より、以下の配合により、市販の気泡剤に近い起泡力が再現できることを確認することができた。
1.A:D−1(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、タラガム10重量ppmを配合した気泡剤)
2.A:C−2(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、アラビアガム100重量ppmを配合した気泡剤)
3.A:D−2(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、タラガム100重量ppmを配合した気泡剤)
【0021】
(3)気泡安定性の評価
上記の試験に引き続き、振盪後の試験管を鉛直縦置き状態で放置し、気泡高さの経時変化を調べ気泡安定性の評価をおこなった。
図2に、オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとカラギナン各濃度、図3に、オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとアラビアガム各濃度、図4に、オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとタラガム各濃度、の気泡高さの経時変化を示した。
その結果、以下の配合組み合わせでは、60分後の気泡高さが20%以上減少しており、実用上の問題があるが、他の配合組み合わせでは、減少割合が15%以内にとどまっており、高い気泡安定性を示した。
1.A:C−1(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、アラビアガム10重量ppmを配合した気泡剤)60分後気泡減少率22.2%
2.A:D−3(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、タラガム1000重量ppmを配合した気泡剤)60分後気泡減少率50.0%
図5に、起泡力と気泡安定性の評価をまとめた。詳述すると、市販の気泡剤の初期気泡高さに対する各配合成分での初期気泡高さの割合(%)を起泡力とし、各成分での初期気泡高さに対する60分放置後の気泡高さの割合(%)を気泡安定性としてグラフに示した。これらより、以下の成分・濃度を用いると、市販の気泡剤と同等の気泡ボーリング掘削性能と気泡排出による環境負荷の低減を実現できる。
1.A:D−1(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、タラガム10重量ppmを配合した気泡剤)
《起泡力:82.4% 気泡安定性:96.4%》
2.A:C−2(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、アラビアガム100重量ppmを配合した気泡剤)
《起泡力:80.9% 気泡安定性:96.4%》
3.A:D−2(オレイン酸ナトリウム1000重量ppmに、タラガム100重量ppmを配合した気泡剤)
《起泡力:75.0% 気泡安定性:100.0%》
【0022】
本発明の試験では、上記した3種類の組み合わせで、実用性の高い気泡剤をつくりだすことが可能であることを確認した。また、食品指定添加物および食品既存添加物だけを水と混合した本発明の気泡剤は、気泡ボーリング実施時に従来よりも高いレベルで周辺環境の負荷を低減することができる。さらに加えて、今後、産業廃棄物や食品廃棄物(生ごみ)などを再利用し、それらの抽出成分から本発明の気泡剤をつくることができれば、資源循環,資源有効活用,コスト低減などの観点から、さらなる環境負荷低減を実現できると考える。コンブなどの海草類に含まれる「ぬめり」の主な成分であるアルギン酸は天然の粘性多糖類の1つであり,多糖類を多く含む食品廃棄物を再利用すれば資源循環システム社会の構築の観点からも非常に意義深いものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】指定添加物、既存添加物の配合組み合わせと起泡力の関係を示すグラフである。
【図2】オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとカラナギン配合組み合わせと気泡安定性の関係を示すグラフである。
【図3】オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとアラビアガム配合組み合わせと気泡安定性の関係を示すグラフである。
【図4】オレイン酸ナトリウム1000重量ppmとタラガム配合組み合わせと気泡安定性の関係を示すグラフである。
【図5】起泡力と気泡安定性の評価を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に配合する成分として、食品指定添加物として用いられている界面活性剤と、食品既存添加物として用いられている多糖類のみを、使用することを特徴とする気泡ボーリング用気泡剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−190251(P2008−190251A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27076(P2007−27076)
【出願日】平成19年2月6日(2007.2.6)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(399089677)ハイテック株式会社 (3)