説明

水系における緑藻類の生育を抑制する方法

水系、例えば湖沼又は河川における緑藻類の生育を抑制する方法において、二酸化炭素、好ましくは工業的に生成された二酸化炭素を処理されるべき水の中に導入し、これによってその水を酸性化し、そして緑藻類の生育を抑制し、かつ珪藻類の生育を促進する方法である。二酸化炭素は、工業的に生成されていてよい。従って、かかる工業的に生成されたガスを水の酸性化のために処分すると、清浄水を提供し、かつ同時に清浄空気をもたらす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系、例えば湖沼又は河川における緑藻類の生育の抑制に関する。
【0002】
緑藻類が豊富に生育すると、湖沼及び河川の汚染が惹起される。このプランクトンの生育は、一般的に富栄養化によるものである。プランクトン生態についての研究によれば、水中における藻類種の生育は、その水のpHに依存することが示されている:緑藻類はアルカリ水中で生育し、かつ珪質藻類又は珪藻類は酸性水中で生育する。懸念される湖沼及び河川中での緑藻類の生育は、汚染された水のpHの増加に関連している。本発明は、湖沼又は河川の水を酸性化して、緑藻類の生育を抑制し、かつ珪藻類の生育を促進させる方法を教示するものである。
【0003】
本発明の背景技術
湖沼及び河川は汚染される。それというのも、それらの水の組成が変化しているからである。本発明の課題の一つは、汚染された湖沼及び河川をそれらの元の汚れていない状態に戻すことを試みることである。
【0004】
流域が花崗岩又は他の結晶岩からなる山地では、その湖沼水はほぼ中性か又は幾分酸性である。そのpH値は、7未満、一般的には5.5〜6.5の範囲にわたる。珪藻類は、それらの湖沼中で大量発生する一般的なプランクトンである。それらの場所においては、その湖沼水はよりいっそう酸性である。湖沼水のpHが5未満に降下する場所では、生物は、珪藻類でさえ生存することができない。この湖沼水は、無色明澄であるが、繁殖不能でもある。
【0005】
流域が石灰岩又は他の堆積岩からなる山麓丘陵又は平野の群では、その湖沼はほとんどがアルカリ性である。石灰岩又は他の炭酸塩岩が存在し、そして酸性度の緩衝作用を有する炭酸イオンを提供する。例えば、チューリッヒ湖の水のpH値は、約7.4(春期)〜8.85(夏期)の範囲にわたる。緑藻類は、アルカリ性の湖沼における非常に一般的なプランクトンである。
【0006】
チューリッヒ湖、中国雲南省のアルハイ(Er−Hai)湖又はテンチ(Dian−Ci)湖の事歴的研究によって、それらの汚染された湖沼の非常に重要な化学変化は、その湖沼水のpH増加であることが示された。チューリッヒ湖及びアルハイ湖の水の最大pH値は8.5を上回り、かつテンチ湖の該値は9を上回る。アルカリ度の増加は、緑藻類の生育及び湖成の白亜の沈殿を促す。
【0007】
スイス及びその他の国の古陸水学的研究によれば、湖沼中におけるプランクトン種の生育は、その湖沼水のpHに依存することが確認されている。例えば、チューリッヒ湖の年層の研究においては、珪藻類の珪殻は春期における堆積物であり、かつ緑藻類によって沈殿された湖成の白亜は、夏期及び秋期における堆積物であることが発見された。冬期における年層は、一般的に、粘土サイズのデトリタスである。プランクトン組成の変化は、チューリッヒ湖の水のpHの変化を反映している。湖沼水の春期の逆転の後に、わずかにアルカリ性にすぎない底水は、表面に到達する。その混合によって、この表面水は4月には約7.5の最小pH値になる。春期は、栄養素豊富な湖沼の水において珪藻類が大量発生する季節である。従って、春期における年層には珪藻類の珪殻が豊富に見られる。夏期の到来とともに、珪藻類は繁殖を停止し、かつ緑藻類が優勢的なプランクトンになる。その湖沼水のpHは、8.7又は8.8まで約10倍だけ増加し、その際、方解石の沈殿を伴い、それが夏期における年層中に湖成の白亜を形成する。このプランクトンの生育は、冬期にわたって阻害され、そして年層堆積の1年サイクルが春期における珪藻類の大量発生から再び始まった。
【0008】
このプランクトン生態学の知見は、本発明の理論的基盤を形成するものである。珪藻類及び緑藻類の生育は、両方とも、栄養を必要とするが、優勢的なプランクトンになるのは珪藻類又は緑藻類であることは真実である;それらの生育は、季節及び湖沼水のpHに依存する。珪藻類は、春期にのみ繁殖することができる。それらは、わずかにアルカリ性の湖沼水中で生育できるが、山地の湖の酸性水中ではそれらのみが生存できる。緑藻類の生育は、珪藻類が大量発生する水の中では抑制される。この生育は、春期にわたって抑制され、かつ酸性水中において阻害される。しかしながら、湖沼水が極端にアルカリ性である汚染された湖沼中では、珪藻類が大量発生するはずの春期においてさえ、緑藻類が優勢的なプランクトンになる。このことは、緑藻類による湖沼水及び河川水の汚染を惹起する決定的な要因である。
【0009】
緑藻類の生育を、湖沼中の栄養素濃度を減らす試みによって抑制しようとするかなりの努力が払われている。それらの努力は、成功に至っていない。更に、湖沼のプランクトンが緑藻類ではなくて珪藻類である場合には、この栄養素は必ずしも有害ではない。プランクトンの生育ではなく、プランクトン種の生育が、この汚染問題を解決する鍵である。緑藻類は、一般的に、魚類によっては消費されなかった。テンチ湖に導入された特殊な種の魚類は、緑藻類を消費できるが、消化できない。この魚類の排泄物は、小型のデブリスを構成し、それが湖沼水中で懸濁され、汚染の悪化を惹起する。緑藻類の生育が抑制される天然水中においては、豊富な栄養素は珪藻類によって消費される。珪藻類は、魚類にとっての良好な餌であり、かつ珪藻類を摂取した魚類の排泄物は、糞粒の形である。従って、珪藻類が生息する山地の湖は、魚類にとっての良好な繁殖地であり、かつその湖沼水は一般的に無色明澄である。それというのも、珪藻類の珪殻及び糞粒は、その湖沼の底部まで急速に降下するからである。
【0010】
先行技術の説明
湖沼及び河川は、緑藻類の生育を介して生物学的に汚染される。このプランクトンの生育は、化学肥料の使用及び都市開発の結果としての富栄養化によるものである。現在では、
1.生物学的又は化学的処理による汚染水中の栄養素濃度の調節(米国特許第5039427号;同第6447681号;同第6524487号)、
2.特殊な化学物質、水性生物又は他の異物の導入による標的水生生物の生育の抑制(米国特許第5069717号;同第5380762号;同第6297193号;同第6340468号;同第6391201号;同第6576594号;同第6391619号;同第6576674号)が強く提案されている。
【0011】
これらの公知の方法の欠点は、これらが経済的でないこと、及び緑藻類の生育を抑制するために導入される異物が毒性を有し、かつ健康に不利益をもたらしうることである。
【0012】
本発明の概要
本発明の全般的な課題は、水系における緑藻類の生育を抑制し、これによって公知の手順の欠点を回避する新規な方法を提供することである。
【0013】
驚くべきことに、簡単な解決法は、水を二酸化炭素で処理して、これによって、特に工業的に生成された二酸化炭素を使用することによって前記水を酸性化し、こうして水を清浄化するだけでなく、より清浄な空気をもたらすことである。
【0014】
理論的考察
天然水中に溶解された二酸化炭素によって、その水は極めて希薄なカルボン酸になる。次いで、このカルボン酸は、水素陽イオンと、重炭酸陰イオンと、炭酸陰イオンとに更に解離される。この3種HCO、HCO及びCO2−の相対存在比は、その水のpHによって調節される。酸性水中においては、この溶解された二酸化炭素は、弱カルボン酸HCOの形で存在する。わずかに酸性か又はわずかにアルカリ性の水の中においては、重炭酸イオンHCO2−が優勢的な溶解種である。pHが9を上回る強アルカリ性水中においては、炭酸イオンCO2−が優勢になる。しかしながら、この炭酸イオン濃度は、方解石沈殿の平衡によっても調節される。この沈殿は、カルシウムと炭酸イオン生産物とがその平衡値を超えた際に始まる。炭酸塩の沈殿は更に、溶解された二酸化炭素の減少を惹起し、かつ水をよりいっそうアルカリ性にする。
【0015】
有機物の腐敗は、天然水中の二酸化炭素の供給源である。深い湖の底水は、表面水と比べてアルカリ性ではない。それというのも、生物起源で生成された二酸化炭素が溶解しているからである。珪藻類が大量発生する春期に底水が表面に運ばれると、原形質を生成する珪質藻類プランクトンの光合成によって、溶解された二酸化炭素がわずかに減少する。次いで、pHが増加し、これに対応して重炭酸イオン及び炭酸イオンの濃度が増加する。この増加がわずかな場所では、その水は緑藻類の生育を誘発するほど十分にアルカリ性ではない。山地の湖沼の水は、酸性のままであり、かつ珪藻類は、緑藻類がほとんど生育しないその場所で生育する唯一のプランクトンである。これと同時に、珪藻類の死骸の腐敗は、生物起源の二酸化炭素を生産し、そして生存している珪藻類の光合成によって惹起される二酸化炭素の減少を補填する。
【0016】
しかしながら、pHの増加及び方解石沈殿は、晩春期及び夏期に緑藻類が生育する湖沼中において顕著に悪化する。原形質を生成する石灰藻の光合成は、珪質藻類の場合と同様に、溶解された二酸化炭素の減少を惹起する。この減少は、生存している緑藻類近傍の微量化学的環境における炭酸イオン濃度の増加を惹起して、そこでは炭酸イオン濃度が十分に増加して方解石の飽和をもたらす。
【0017】
緑藻類の生育による方解石沈殿の開始は、問題の発端となる。湖沼水中のpH値及び溶解された二酸化炭素の低下に伴い、二酸化炭素は炭酸イオンに変化し、それが方解石として沈殿する。次いでこの湖沼水においては、カルボン酸がよりいっそう減少する。原形質を生成する光合成のために生物によって必要とされる二酸化炭素は、大気から供給されねばならず、そしてこの大気の二酸化炭素の供給は限りないものである。緑藻類の生育についての限度は、栄養素濃度によってのみ定められる。栄養素豊富な水の中においては、この生育は継続し、そして炭酸カルシウムの更なる沈殿を惹起する。このように、この循環は継続し、そしてその天然水は藻類の生育によって汚染される。
【0018】
藻類の生育は、栄養素の供給を減らすか又は完全に遮断すれば防ぐことができる。藻類の生育を抑制しようとするかかる試みは、成功に至っていない。本発明は、天然水に化学物質を導入することによってそのpH変化を誘発すると、藻類の生育−方解石の沈殿−藻類の生育という連鎖反応を破綻させることができることを教示する。例えば、天然水が酸性になれば、方解石の沈殿を防ぐことができる。その結果は、大気の二酸化炭素が緑藻類によって光合成のために抜き出されるのを防ぐことである。この「悪循環」は破綻し、かつその効果は緑藻類の生育の抑制である。
【0019】
本発明の説明
藻類の生育から水のpHに関する化学実験によれば、緑藻類が強アルカリ水中で繁茂する観察が説明される。テンチ湖の水が「藻類のスープ(algal soup)」になることは、その酸性度の水素イオン濃度が中性水の1/100であるpH値9の観点に照らして驚くべきことではない。また、酸を添加してプランクトンを抑制する実験を実施した。例えば、テンチ湖の水中における緑藻類の生育が、その水に塩酸を添加してそのpHを6.0以上の酸性にした後に完全に阻害されることを見出した。このように、本実験は、緑藻類の生育を中性水の酸性化によって抑制できるという理論を証明した。しかしながら、巨大な湖沼中におけるプランクトンの生育を塩酸の添加によって抑制することは、経済的に不適であり、かつかかる添加は健康危険性をはらんでいる。
【0020】
中性水中においては、2種の一般的な藻類種が生育する。珪藻類は、温度が適度に低く、かつpH値がさほど高くない春期に生育する。珪藻類は、栄養素豊富な水の中で、生物起源で生成された二酸化炭素を抜き出して、原形質及び珪質骨格を生成する。多くの湖沼の春期における堆積物は、もっぱら珪藻類の珪殻である。この事実は、春期における栄養素豊富な水の中において、首尾良く緑藻類と珪藻類とが競合しないことを示している。早夏には、緑藻類の生育が始まり、かつ湖成の白亜の沈殿が始まり、このことは夏期にわたって継続し、その際、珪藻類の生育は阻害される。それというのも、春期にしか繁殖しないからである。この緑藻類は、水中の栄養素の独占的な消費者になる。この緑藻類の生育によって、水中において溶解された二酸化炭素が抜き出される。同位体トレーサーは、その減少が大気の二酸化炭素によって補填されることを示す。この水の高いpH値は、炭酸イオンが優勢を占め、従って方解石の沈殿をもたらすことを示している。
【0021】
本発明は、藻類の生育を二酸化炭素の導入によって抑制する方法を教示する。湖沼の一領域を、その湖沼の残りの領域から隔離するか又は半隔離する。例えば逆さにした円筒が、その湖沼領域内に浸漬される器具である。岸上の供給源からの二酸化炭素を、その円筒にポンプ圧入する。次いで、ポンプ圧入されたガスを溶解させ、従ってガスを平衡させる水は酸性になる。この酸性水は、pH6.5〜7.5であり、これにより方解石の沈殿が妨げられる。次いで、この酸性化された水を、更なる処理のためにポンプ圧出してよい。
【0022】
この酸性化された水のために、春期には緑藻類はほとんど生育しない。この酸性化された水をその湖沼にポンプ圧入してよい。珪藻類はかかる酸性化された湖沼水中において大量発生し、かつ首尾良く緑藻類は競合できない。酸性化された水の中で珪藻類により栄養素が減少することによって、夏期が到来した際であっても、緑藻類の生育が妨げられる。
【0023】
夏期に緑藻類の生育が始まった場所では、この酸性化された水は、緑藻類の死骸のデブリスを有する。中国特許出願番号第03123273.6号は、藻類のデブリスの濾過を教示しており、これは酸性化された湖沼水を、デブリスを濾過する集積された水循環路を介して浸出させるものである。大都市地域の湖沼、例えば昆明近傍のテンチ湖においては、この濾過された湖沼水を都市消費のために給水することができた。
【0024】
都市消費後の廃水は、一般的に8を上回る高いpHを有している。水処理プラント内で処理される廃水のpHを変化させようとする努力は、ほとんどなされていない。本発明は、この廃水処理が、慣用の手順に加え、その湖沼中に移る処理廃水がpH8を上回らずに6.5〜7になるように酸性化を行うことを含むことが望ましいことを教示する。緑藻類の生育は、かかる処理水内においては、夏季であっても抑制される傾向にある。
【0025】
この湖沼酸性化の循環処理は、高い速度で進行できた。都市の人々が1日当たり300000立方メートルの供給を要求する場所では、この酸性化された水の再循環は、1日当たり100000000平方メートルにできた。かかる方法を用いれば、1000000000000平方メートルの水を有する湖沼でさえ、緑藻類の生育抑制によって10年以内で清浄できた。
【0026】
二酸化炭素は、化石燃料、例えば石炭及び油の燃焼によって生成された最も一般的な廃ガスである。二酸化炭素の別の供給源は、セメント製造用の石灰の燃焼である。
【0027】
汚染された湖沼を処理するために本方法を採用する際には、工業的に生成された二酸化炭素がプラント及び工場から空気中に直接放出されることを禁ずる手段が存在することが好ましい。化石燃料の燃焼及び石灰の燃焼によって生成された二酸化炭素は、汚染された湖沼の酸性化のために回収することが望ましい。かかる規制は、汚染された湖沼の清浄に利用可能な二酸化炭素を作ることができただけでなく、二酸化炭素を酸性化される水へ分流することは温室効果ガスによる大気の汚染を低減させ、かつ地球の温室効果温暖化を減らした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系、例えば湖沼及び河川における緑藻類の生育を抑制する方法において、その水を二酸化炭素で処理して酸性化することを含む方法。
【請求項2】
処理廃水を二酸化炭素で酸性化して、そしてそれを湖沼又は河川中に移すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
水の処理に使用される二酸化炭素が、工業的に生成された廃棄物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
水の処理に使用される二酸化炭素が、化石燃料又は石灰の燃焼によって生成された、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
藻類の死骸のデブリスを有する酸性化された処理水を濾過して、それを都市給水とする、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
藻類の死骸のデブリスを処理水から濾別して、そしてそれを燃焼させて化学肥料を製造する、請求項1に記載の方法。

【公表番号】特表2007−504931(P2007−504931A)
【公表日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504315(P2005−504315)
【出願日】平成15年7月17日(2003.7.17)
【国際出願番号】PCT/CH2003/000482
【国際公開番号】WO2005/007586
【国際公開日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【出願人】(506018488)
【Fターム(参考)】