説明

水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法

【課題】 水系におけるレジオネラ属細菌、特にアメーバなどとの共存状態におけるレジオネラ属細菌を、効果的に除菌する方法を提供する。
【解決手段】 本発明の水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法は、アメーバとレジオネラ属細菌とが共存している水系に対して、ピリジニウム塩化合物を添加することを特徴とするもので、その添加量は1〜1000mg/L の範囲であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は冷凍装置の循環冷却水や24時間風呂の循環温水などの、冷温水系あるいは蓄熱水系などにおける細菌類、特にレジオネラ属細菌を殺菌し、且つその増殖を防止する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】空調設備や冷蔵あるいは冷凍庫などに用いられる冷凍装置では、熱交換を効率的に行なうために、開放型の冷却塔などを用いて冷却した循環水を利用することが多い。かかる循環水中には外部から微生物などが入り込んで増殖し易く、スライムなどによる熱交換器の熱交換効率の低下や、濾過器の詰まりなどの障害を起こすほか、病原細菌、特にレジオネラ属細菌などが増殖して飛散すると、特殊な肺炎たとえば在郷軍人病やポンテアック熱のような病気の原因となる。
【0003】このような微生物による問題の対策として、循環水系に抗菌剤を注入して細菌類の増殖を抑制する方法や、装置内を物理的に清掃洗浄しあるいは洗浄剤を用いて化学的に洗浄する方法などが用いられてきた。そして、レジオネラ属細菌を防除する殺菌剤として、従来から種々の化合物が提案されているが、実験室内で殺菌効果を示す薬剤でも、実際に稼働している水系に使用してみると、必ずしも十分な効果が得られないことが多かった。
【0004】また、自然界におけるレジオネラ属細菌は、アメーバなどの細菌捕食性原生動物等に捕食されてもなお寄生して繁殖し、共生することが知られている。しかしこのようなアメーバなどとレジオネラ属細菌との共生関係が、レジオネラ属細菌の殺菌剤抵抗性にどのように影響するかについては、明らかではなかった。
【0005】一方、ピリジニウム塩化合物が抗菌活性を有することは知られており、従来から消毒剤や殺菌剤として種々の用途に使用されている。しかし、冷却水などに添加して、レジオネラ属細菌を除菌するのに特に有効であるとは考えられていなかった。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、水系におけるレジオネラ属細菌、特にアメーバなどとの共存状態におけるレジオネラ属細菌の、増殖を防止するための有効な手段がなかったことに鑑み、かかる水系中、特にアメーバ共存水系中のレジオネラ属細菌を、効果的に除菌する方法を提供することを目的とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記のような本発明の目的は、アメーバとレジオネラ属細菌とが共存している水系に対して、ピリジニウム塩化合物を添加することを特徴とする、水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法によって達成することができる。かかるピリジニウム塩化合物としては、下記の化7、化8、化9、化10、化11及び化12のいずれかの式で表される化合物から選ばれたものであるのがよい。
【0008】
【化7】


式中、Rはアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、XはCl,Br,Iのいずれかであり、Y及びZはそれぞれが−H,−COOH,−NH2 のいずれかである。
【化8】


式中、R1 はアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、R2 は炭素数2以上、好ましくは炭素数2〜8のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化9】


式中、R1 はアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、R2 は炭素数2以上、好ましくは炭素数2〜8のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化10】


式中、R1 はアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、R2 は炭素数2以上、好ましくは炭素数2〜8のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化11】


式中、R1 はアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、R2 は炭素数2以上、好ましくは炭素数2〜8のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化12】


式中、R1 はアルキル基、好ましくは炭素数6〜16のアルキル基であり、R2 は炭素数2以上、好ましくは炭素数2〜8のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【0009】
【発明の実施の形態】本発明の水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法は、水系中にレジオネラ属細菌が単独で存在している場合のみならず、特にアメーバとレジオネラ属細菌とが共存している水系に対して、ピリジニウム塩化合物を添加することにより、細菌類や原生動物等を共に防除でき、極めて効果的にレジオネラ属細菌を除菌できるものである。
【0010】本発明の方法において、水系中に添加されるピリジニウム塩化合物の量は、1〜1000mg/L の範囲であってよいが、経済上などの点から、1〜500mg/L の範囲となるよう添加するのが好ましい。また、水系中へのピリジニウム塩化合物の添加方法については特に制限はないが、対象水系に対して数日から1ケ月の範囲の間隔をおいて間欠的に添加する方法や、水系中の薬剤濃度が一定値以上に維持できるように、補給水などに対して連続的に添加する方法などを利用することができ、これらの方法によって十分な除菌効果を得ることができる。
【0011】ここでレジオネラ属細菌の除菌に用いられるピリジニウム塩化合物としては、例えばドデシルピリジニウム−アイオダイドなどの前記化7に示される式Aの化合物、例えば4,4′−(ヘキサメチレンジチオ)ビス(1−オクチルピリジニウム−ブロマイド)などの前記化8に示される式Bの化合物、例えば4,4′−(ヘキサメチレンジオキシジカルボニル)ビス(1−オクチルピリジニウム−アイオダイド)などの前記化9に示される式Cの化合物、例えばN,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−デシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)、N,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−ドデシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)などの前記化10に示される式Dの化合物、例えば4,4′−(テトラメチレンジカルボニルジアミノ)ビス(1−デシルピリジニウム−ブロマイド)、4,4′−(p−フタルアミド)ビス(1−オクチルピリジニウム−ブロマイド)などの前記化11に示される式Eの化合物、例えばN,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−ドデシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)などの前記化12に示される式Fの化合物等を挙げることができる。
【0012】本発明の方法に従ってピリジニウム塩化合物を使用するに当たり、通常の水処理剤に配合される腐食防止剤、スケール防止剤、分散剤などの薬剤を併用することができる。かかる併用可能な薬剤として、1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸、2−ホスホノブタン−1,2,4−トリカルボン酸、ポリマレイン酸、ポリアクリル酸、ホスフィン酸又はその塩、正リン酸又はその塩、重合リン酸塩、モリブデン酸塩、亜硝酸塩、珪酸塩、水溶性亜鉛化合物などを挙げることができる。
【0013】
【実施例】(第1実施例)表1に示した配合組成を有するBCYEα平板培地上に、レジオネラ(Legionella pneumophila)を接種して36℃で2日間培養した。
【0014】
【表1】BCYEα平板培地純水 1000 mL酵母エキス 10.0 gACESバッファー 10.0 gL−システイン1塩酸塩 0.4 g可溶性ピロ燐酸鉄 0.25gαケトグルタル酸 1.0 g活性炭粉末 1.5 g寒天 15 gpH 6.9
【0015】次に、ピリジニウム塩化合物として、式Aの化合物であるドデシルピリジニウム−アイオダイド(P-12と略記)、式Bの化合物である4,4′−(ヘキサメチレンジチオ)ビス(1−オクチルピリジニウム−ブロマイド)(S-6,8 と略記)、式Cの化合物である4,4′−(ヘキサメチレンジオキシジカルボニル)ビス(1−オクチルピリジニウム−アイオダイド)(4DOCBP-6,8と略記)、式Dの化合物であるN,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−デシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)(4BP-6,10と略記)及びN,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−ドデシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)(4BP-6,12と略記)、式Eの化合物である4,4′−(テトラメチレンジカルボニルジアミノ)ビス(1−デシルピリジニウム−ブロマイド)(4RBP-4,10 と略記)及び4,4′−(p−フタルアミド)ビス(1−オクチルピリジニウム−ブロマイド)(4DCABP-P,8と略記)、式Fの化合物であるN,N′−ヘキサメチレン−ビス(1−ドデシル−4−カルバモイルピリジニウム−ブロマイド)(3BP-6,12と略記)を用意し、また比較のために、ピリジニウム塩化合物の代わりの公知の殺菌剤である、10.1%の5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンと3.8%の2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンとを含む薬剤(ローム・アンド・ハース社商品、KATHON WT と略記)、及び2−ブロモ−2−ニトロプロパン−1,3−ジオール(一般名:ブロノポール、BRNPOLと略記)を用意した。
【0016】そして、前記の培養レジオネラをpH7の燐酸緩衝液に104 個/mLオーダーとなるように接種したのち、その液の一部をBCYEα平板培地に塗布し、36℃で5日間培養後のコロニー数をカウントすることにより、生菌数を測定したところ、3.3×104 個/mLであることを確認した。次いでこの液をそれぞれの培養フラスコに分けて入れ、殺菌剤無添加のものと、上記の各殺菌剤をそれぞれ1、5、10及び50mg/L の濃度となるよう添加したものとを調製し、37℃で24時間振盪培養したのち、それぞれの生菌数(個/mL)を上記と同様にして測定した。こうして得た培養後の生菌数の値を、表2に示した。
【0017】
【表2】


【0018】表2の結果から、ピリジニウム塩化合物はレジオネラに対して、従来公知の殺菌剤に比較して略同等の殺菌力を有するものであることが分かる。
【0019】(第2実施例)表3に示した配合組成を有するPYGC培地を入れた培養フラスコに、アメーバ(Acanthamoeba)を接種して30℃で4日間培養し、古い培地を捨てて新しいPYGC培地を加え、これに第1実施例と同様にしてBCYEα平板培地上で2日間培養したレジオネラを接種し、30℃で4日間培養して、アメーバとレジオネラとが共生している状態とした。
【0020】この培養フラスコ内の培地を攪拌してアメーバを壁面から剥離し、培養液の一部を血球計数盤に滴下して顕微鏡下でアメーバ数を測定したところ、アメーバ数は1.3×106 個/mLであった。また、培養液の別の一部を取り出し、10000rpm で20分間の遠心操作を行ってアメーバを破壊したのち、BCYEα平板培地に塗布し、36℃で5日間培養後のコロニー数をカウントすることにより、レジオネラの菌数を測定したところ、8.9×105 個/mLであった。
【0021】
【表3】PYGC培地純水 950 mLプロテアーゼペプトン 10.0 g酵母エキス 10.0 g50%ブドウ糖水溶液 20 mLL−システイン1塩酸塩 0.95g塩化ナトリウム 5.0 g0.5モル燐酸水素2ナトリウム水溶液 20 mL0.5モル燐酸2水素カリウム水溶液 10 mL0.4モル塩化マグネシウム水溶液 5 mL0.4モル塩化カルシウム水溶液 1 mLpH 6.5
【0022】前記のアメーバとレジオネラとが共生した培地を入れた培養フラスコに、第1実施例で用いたのと同じ各殺菌剤を、それぞれ10、30及び100mg/L の濃度となるようそれぞれ添加したもの、及び殺菌剤無添加のものを調製し、30℃で7日間培養した。そして、顕微鏡観察によりアメーバの形態を調べた後、培養液を攪拌してアメーバとレジオネラとを均一に分散させ、その培養液の一部を取り出し、10000rpm で20分間の遠心操作を行ってアメーバを破壊したのち、BCYEα平板培地に塗布し、36℃で5日間培養後のコロニー数をカウントすることによりレジオネラの生菌数(個/mL)を測定し、その結果を表4に示した。
【0023】その一方で上記の均一に混合分散させた培養液の別の一部を、そのまま新しいPYGC培地に接種して30℃で7日間培養し、アメーバの生死状態を調べた。そして前記の顕微鏡観察結果とあわせて、栄養体として生存している状態を+、嚢子化して生存している状態を±、死滅している状態を−として、表4に併せて示した。
【0024】
【表4】


【0025】表4の結果から、レジオネラに対して優れた殺菌力を示す従来公知の殺菌剤が、アメーバ共存状態ではレジオネラを有効に除菌することができないのに対し、ピリジニウム塩化合物はアメーバに対しても殺生力があり、アメーバ共存状態のレジオネラをも効果的に除菌できることが分かる。
【0026】
【発明の効果】本発明は、水系中にピリジニウム塩化合物を添加することにより、水系中のレジオネラ属細菌を除菌するもので、従来のレジオネラ属細菌用の殺菌剤では除菌できなかったようなアメーバ共存下の水系中のレジオネラ属細菌を、効果的に除菌することができるという効果があり、しかも濃度の高い水溶液として使用する場合でも、一般的な第四級アンモニウム塩のように泡立ちが著しくないので、取扱いが容易であるという利点がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 アメーバとレジオネラ属細菌とが共存している水系に対して、ピリジニウム塩化合物を添加することを特徴とする、水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法。
【請求項2】 ピリジニウム塩化合物が、下記の化1、化2、化3、化4、化5及び化6のいずれかの式で表される化合物から選ばれたものである、請求項1に記載の水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法。
【化1】


式中、Rはアルキル基、XはCl,Br,Iのいずれかであり、Y及びZはそれぞれが−H,−COOH,−NH2 のいずれかである。
【化2】


式中、R1 はアルキル基、R2 は炭素数2以上のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化3】


式中、R1 はアルキル基、R2 は炭素数2以上のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化4】


式中、R1 はアルキル基、R2 は炭素数2以上のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化5】


式中、R1 はアルキル基、R2 は炭素数2以上のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【化6】


式中、R1 はアルキル基、R2 は炭素数2以上のポリメチレン基か、またはp−フェニレン基であり、XはCl,Br,Iのいずれかである。
【請求項3】 ピリジニウム塩化合物の添加量が1〜1000mg/L の範囲にある、請求項1又は2に記載の水系中のレジオネラ属細菌の除菌方法。