説明

水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに水素化物複合体

【課題】有効水素量を低下させることなく、より低温での可逆的な水素の吸蔵/放出が可能な水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに、水素化物複合体を提供すること。
【解決手段】NaHと、0.05mass%以上2.0mass%以下のFeを含むAlとを配合する配合工程と、前記配合工程で得られた配合物を非酸化雰囲気下において粉砕混合する粉砕混合工程を備え、前記粉砕混合工程は、Feを含む複合粒子の粒径が10nm未満となるように、前記粉砕混合を行うものである水素吸蔵材料の製造方法。NaHと、Alと、NaAlH4との混合物からなるマトリックスと、前記マトリックス中に分散しているFeを含む複合粒子とを備え、前記複合粒子の粒径は、10nm未満である水素吸蔵材料、及びこれに水素を吸蔵させることにより得られる水素化物複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに水素化物複合体に関し、さらに詳しくは、NaAlH4又はその分解生成物を主成分とし、相対的に低温において可逆的に水素の吸蔵/放出が可能な水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに、このような水素吸蔵材料に水素を吸蔵させることにより得られる水素化物複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球の温暖化等の環境問題や、石油資源の枯渇等のエネルギー問題から、クリーンな代替エネルギーとして水素エネルギーが注目されている。水素は、クリーンであるだけでなく、最も軽い燃料であり、質量当たりのエネルギー密度が大きいという特徴がある。しかしながら、水素は、常温・常圧では気体であり、単位体積当たりのエネルギー貯蔵量が小さいという欠点がある。そのため、水素エネルギーを実用化するためには、水素を安全にかつ効率的に貯蔵、輸送する技術の開発が重要となる。
【0003】
水素を貯蔵する方法としては、
(1) 高圧の水素ガスを耐圧容器に貯蔵する第1の方法、
(2) 液体水素を断熱容器に貯蔵する第2の方法、
(3) ある種の材料に水素を物理的又は化学的に吸着させる第3の方法、
などが知られている。
これらの内、第1の方法は、耐圧容器の重量が大きく、かつ、水素ガスの圧縮には限界があるので、単位体積当たり及び単位重量当たりの水素密度は相対的に小さい。また、第2の方法は、液化によって水素の体積を大幅に縮小することはできるが、水素の液化に多量のエネルギーを消費し、かつ、液体水素の貯蔵のために特殊な断熱容器が必要となる。これに対し、第3の方法は、液体水素と同等以上の密度で水素を貯蔵でき、かつ、貯蔵のために特殊な容器や多量のエネルギーを必要としないので、輸送可能な水素貯蔵方法として注目されている。
【0004】
水素を物理的又は化学的に吸着(貯蔵)できる材料としては、具体的には、
(1) 活性炭、フラーレン、ナノチューブ等の炭素材料、
(2) LaNi、TiFe等の水素吸蔵合金、
などが知られている。
これらの内、水素吸蔵合金は、炭素材料に比べて単位体積当たりの水素密度が高いので、水素を貯蔵・輸送するための水素貯蔵材料として有望視されている。しかしながら、LaNi、TiFe等の水素吸蔵合金は、La、Ni、Ti等の希少金属を含んでいるため、その資源確保が困難であり、コストも高いという問題がある。また、従来の水素吸蔵合金は、合金自体の重量が大きいために、単位重量当たりの水素密度が小さい、すなわち、大量の水素を貯蔵するために極めて重い材料を必要とするという問題がある。
【0005】
そこでこの問題を解決するために、軽元素を含む各種の水素吸蔵材料の開発が試みられている。
例えば、非特許文献1には、NaH(95%、〜200メッシュ)、Al粉末(99.95+%、〜200メッシュ)、及びTi粉末(99.98%、〜325メッシュ)を1:1:0.04のモル比で配合し、水素雰囲気下(0.8MPa)又はアルゴン雰囲気下(0.1MPa)において遊星ボールミルで粉砕混合することにより得られるTiドープNaAlH4が開示されている。同文献には、このような方法により得られるTiドープNaAlH4は、水素を可逆的に吸蔵/放出することができる点が記載されている。
【0006】
また、特許文献1には、LiH粒子(純度90%以上、粒径80μm以下)、Al粒子(純度99%、粒径80μm以下)、及びTiH2粒子(純度99%、粒径50〜300nm)を48:48:4のモル比で配合し、水素雰囲気下(2.0MPa)において横型ボールミルで粉砕混合することにより得られる水素貯蔵材粉末が開示されている。同文献には、このような方法により得られる水素貯蔵材粉末は、水素を可逆的に吸蔵/放出することができる点が記載されている。
さらに、非特許文献2には、各種の触媒を用いて固相反応により合成されたNa2LiAlH6が開示されている。同文献には、各種の触媒を添加することによって水素の吸蔵/放出が可能となるが、有効水素量が低下(2〜2.5wt%)し、水素の吸蔵/放出温度も230℃に上昇する点が記載されている。
【0007】
【非特許文献1】J.Phys.Chem.B 2004, 108, 15827-15829
【特許文献1】特開2004−283694号公報
【非特許文献2】Journal of Alloys and Compounds 404-406(2005)771-774
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
Na、Liなどの軽元素を含む水素吸蔵材料は、単位重量当たりの水素密度が高いという利点がある。しかしながら、軽元素を含む水素吸蔵材料は、貯蔵した水素の放出のみが可能なものが多く、可逆的に水素を吸蔵/放出できるものが少ない。
NaAlH4は、単独では水素を可逆的に吸蔵/放出することはできないが、Tiを触媒として添加すると、可逆的な水素の吸蔵/放出が可能となる材料の1つである(非特許文献1参照)。しかしながら、原料粉末に触媒粉末を加えて混合粉砕する方法では、触媒微粒子の微細化及び高分散化に限界がある。そのため、相対的に高い性能を得るためには、相対的に多量の触媒の添加が必要になる。また、Tiは、一般に高価である。
一方、特許文献1には、TiH2超微粒子の存在下で固相合成されたLiAlH4は、水素を可逆的に吸蔵/放出できる点が記載されている。しかしながら、本願発明者らが追試を行ったところでは、水素の可逆的な吸蔵/放出は確認できなかった。
さらに、有効水素量を低下させずに、より低温での水素吸蔵/放出が可能なAl系水素吸蔵材料、及びこのような材料を簡便に製造する方法が提案された例は、従来にはない。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、可逆的な水素の吸蔵/放出が可能な水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに、このような水素吸蔵材料に水素を吸蔵させることにより得られる水素化物複合体を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、低コストであり、かつ、有効水素量を低下させることなく、より低温での可逆的な水素の吸蔵/放出が可能な水素吸蔵材料及びその製造方法、並びに、水素化物複合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係る水素吸蔵材料の製造方法は、NaHと、0.05mass%以上2.0mass%以下のFeを含むAlとを配合する配合工程と、前記配合工程で得られた配合物を非酸化雰囲気下において粉砕混合する粉砕混合工程を備え、前記粉砕混合工程は、Feを含む複合粒子の粒径が10nm未満となるように、前記粉砕混合を行うものであることを要旨とする。
また、本発明に係る水素吸蔵材料は、NaHと、Alと、NaAlH4との混合物からなるマトリックスと、前記マトリックス中に分散しているFeを含む複合粒子とを備え、前記複合粒子の粒径は、10nm未満であることを要旨とする。
さらに、本発明に係る水素化物複合体は、本発明に係る水素吸蔵材料に水素を吸蔵させることにより得られるものからなる。
【発明の効果】
【0011】
NaHとAlから固相反応によりNaAlH4を合成する場合において、所定量のFeを不純物として含むAlを出発原料に用いると、Feを含む複合粒子が均一に分散した水素吸蔵材料が得られる。Feを含む複合粒子は、NaAlH4が水素を放出し、又は、NaAlH4の分解生成物が水素を再吸蔵する際に触媒として機能する。しかも、Feは、あらかじめ微粒子としてAl中に含まれているので、粉砕混合条件を最適化することによって、複合粒子の粒径を容易に10nm未満にすることができる。そのため、複合粒子の量が極めて少量であっても、高い触媒能を発揮する。また、有効水素量を低下させることなく、より低温での可逆的な水素の吸蔵/放出が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
本発明に係る水素吸蔵材料は、マトリックスと、マトリックス中に分散している複合粒子とを備えている。
「マトリックス」とは、NaHと、Alと、NaAlH4との混合物をいう。本発明に係る水素吸蔵材料は、後述するように、NaHと所定量のFeを含むAlを粉砕混合することにより得られる。そのため、水素吸蔵材料中には、微細に粉砕されたNaHとAlの混合物の他に、固相反応により生成したNaAlH4が含まれる。粉砕直後の材料中に含まれるNaAlH4の粒径及び量は、粉砕条件により異なる。後述する条件下では、粉砕直後のNaAlH4の粒径は、数十μm程度となる。
【0013】
「複合粒子」とは、主成分としてFeを含む微粒子をいう。複合粒子は、出発原料中に予め添加されるものではなく、出発原料であるAlに不純物として含まれるFeが粉砕される過程で複合粒子となる。
複合粒子は、実質的にFeのみからなるものでも良く、あるいは、Feと他の金属又は半金属との混合物であっても良い。また、複合粒子は、Feに加えて又はこれに代えて、Feを含む合金又は化合物が含まれていても良い。
複合粒子に含まれる他の金属、半金属、化合物としては、以下のようなものがある。
(1) 出発原料であるAlに不純物として含まれるSi。
(2) 粉砕容器又は粉砕媒体から混入する金属若しくは化合物(例えば、Fe3C、Crなど)。
なお、Fe3C、Crなどの遷移金属又はその化合物は、NaAlH4の水素の吸蔵/放出反応を促進させる触媒能を持つ。一方、Siは、NaAlH4の水素の吸蔵/放出反応を促進させる触媒能はないが、吸蔵/放出反応を阻害することもないので、複合粒子に含まれていても良い。
【0014】
複合粒子の粒径は、10nm未満が好ましい。複合粒子の粒径が10nm以上になると、触媒活性が低下するので、高い触媒能を得るためには、相対的に多量の複合粒子が必要となる。複合粒子の粒径は、さらに好ましくは、5nm以下である。
【0015】
一般に、水素吸蔵材料中に含まれる複合粒子の量が多くなるほど、可逆的な水素の吸蔵/放出が容易化する。また、複合粒子の粒径が小さくなるほど、相対的に少量で高い触媒能が得られる。本発明に係る複合粒子は、極めて微細であるので、その量が0.1モル%未満であっても極めて高い触媒能が得られる。複合粒子の量は、さらに好ましくは、0.05モル%以下である。
一方、水素吸蔵材料中に含まれる複合粒子の量が少なくなりすぎると、水素の吸蔵/放出温度が上昇し、あるいは、可逆的な水素の吸蔵/放出が困難となる。可逆的な水素の吸蔵/放出を容易化するためには、水素吸蔵材料中に含まれる複合粒子の量は、0.001モル%以上が好ましい。複合粒子の量は、さらに好ましくは、0.01モル%以上である。
なお、「複合粒子の量(モル%)」とは、水素吸蔵材料を構成する主元素であるNaのモル数(x)及びAlのモル数(y)に対するFeのモル数(z)の割合(=z×100/(x+y))をいう。
【0016】
図1に、本発明に係る水素吸蔵材料(粉砕直後)の概念図を示す。粉砕直後の水素吸蔵材料は、主原料であるNaH及びAlの微細な混合物に加えて、固相反応により生成した数十μm程度のNaAlH4を含む。また、主原料の粉砕混合の過程で生じた10nm未満の微細な複合粒子がマトリックス(NaH、Al及びNaAlH4の混合物)中に均一に分散した状態になっている。
【0017】
NaAlH4の水素吸蔵/放出反応は、周知のように、次の(1)式で表される。
NaAlH4⇔1/3Na3AlH6+2/3Al+H2⇔NaH+Al+3/2H2 ・・・(1)
図1に示す組織を有する水素吸蔵材料に対して水素を吸蔵させると、(1)式の左側に向かって反応が進行する。すなわち、マトリックス中に残存しているNaH及びAlがH2と反応し、NaAlH4となる。この時、吸蔵条件を最適化すると、理想的には、マトリックス全体がNaAlH4に変化した水素化物複合体となる。
一方、水素化物複合体を所定の温度に加熱すると、(1)式の右側に向かって反応が進行し、水素を放出する。その結果、マトリックス中のNaAlH4の全部又は一部がNa3AlH6、NaH又はAlに分解する。また、放出条件を最適化すると、理想的には、マトリックス全体がNaHとAlの混合物に変化した水素吸蔵材料となる。
なお、本発明において、「水素吸蔵材料」とは、水素ガスを吸蔵する能力を有するものをいう。「水素吸蔵材料」という時は、水素を完全に放出した材料だけでなく、最大吸蔵量に満たない水素を吸蔵している材料も含まれる。
また、本発明において、「水素化物複合体」とは、NaAlH4を含む複合体であって、水素ガスを放出する能力を有するものをいう。
【0018】
次に、本発明に係る水素吸蔵材料の製造方法について説明する。
本発明に係る水素吸蔵材料の製造方法は、配合工程と、粉砕混合工程とを備えている。
配合工程は、NaHとAlとを所定の比率で配合する工程である。
出発原料であるNaHとAlの形態は、特に限定されるものではないが、通常は、粉末を用いる。また、出発原料として粉末を用いる場合、その粒径は、特に限定されるものではない。一般に、出発原料として粒径の細かい粉末を用いるほど、粉砕混合の際の負荷を軽減することができる。一方、必要以上に細かい粉末を出発原料として用いると、粉末表面が酸化等により被毒されるおそれがある。従って、粉末の粒径は、作業性、コスト、被毒の有無等を考慮して、最適な粒径を選択するのが好ましい。
【0019】
工業的に生産されるNaHには、一般に、不純物として、Ca、K、Al、Bなどが含まれている。これらは、いずれも、水素吸蔵/放出反応を阻害する作用はないが、少ない方が好ましい。原料として用いるNaHの純度は、95%以上が好ましく、さらに好ましくは、99%以上である。
Alには、所定量のFeを含むものを用いる。Al中に不純物として含まれるFeが複合微粒子の主要構成元素となる。水素の吸蔵/放出反応を容易化するためには、Al中に含まれるFeの量は、0.05mass%以上が好ましい。Fe量は、さらに好ましくは、0.08mass%以上である。一方、過剰のFeを含むAlは、実益が無いだけでなく、入手も困難である。従って、Fe量は、2.0mass%以下が好ましく、さらに好ましくは、1.5mass%以下である。
このような条件を満たすAlとしては、純度が99%以上99.95%未満の純Al(JIS 1050、1060、1070、1100、1200相当)、市販のAlホイル、タブレット、ワイヤー、小径棒、条(リボン)などがある。
【0020】
NaHとAlの配合比は、理想的にはモル比で1:1であるが、化学量論比から若干ずれていても良い。但し、化学量論比からのずれが大きくなりすぎると、反応に消費されない原料が残り、材料全体の水素吸蔵量が低下する。従って、NaHとAlの配合比は、化学量論比に近く、かつ、複合粒子のモル数が所定の範囲となるように、出発原料の純度に応じて最適な配合比を選択する。
【0021】
粉砕混合工程は、配合工程で得られた配合物を非酸化雰囲気下において粉砕混合する工程である。
粉砕混合は、粉砕容器の中に配合物及び粉砕媒体(例えば、ボール)を入れ、粉砕媒体を介して配合物に機械的応力を加えることにより行う。これにより、配合物が微細に粉砕され、かつ均一に混合されると同時に、固相反応が部分的に進行する。
粉砕混合方法は、特に限定されるものではなく、相対的に大きな機械的エネルギーを配合物に加えられるものであればよい。使用する粉砕機としては、具体的には、遊星ボールミル、回転ミル、振動ミルなどが好適である。
【0022】
粉砕容器及び粉砕媒体の材料には、
(1) クロムモリブデン鋼、ニッケルクロム鋼、ニッケルクロムモリブデン鋼、高炭素鋼などのクロムを含有する高炭素な鋼、
(2) ジルコニアなどのセラミックス、
などを用いることができる。また、粉砕媒体は、上述した材料のいずれか1種のみからなるものでも良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
さらに、粉砕媒体の表面に、所定量のFeを含むAlをコーティング、メッキなどの手段であらかじめ付着させておいても良い。粉砕媒体表面をAlで被覆すると、粉砕混合時にAl層が摩砕され、原料中にFeを効率よく混入させることができる。
【0023】
粉砕混合は、Feを含む複合粒子の粒径が10nm未満となるように行う。一般に、別個の触媒粒子を配合物に加えて粉砕混合する場合、触媒粒子の粒径を10nm未満にするのは容易でない。これに対し、本発明においては、Al中に不純物として含まれるFeを利用するので、複合粒子の粒径を比較的容易に10nm以下にすることができる。
具体的な粉砕条件は、粉砕方法により異なる。一般に、粉砕時の加速度が大きくなるほど、短時間で複合粒子の粒径を10nm以下にすることができる。例えば、遊星ボールミルを用いて加速度2〜6Gの条件下で粉砕する場合、粉砕時間は、5時間以上が好ましく、さらに好ましくは、10時間以上である。
【0024】
粉砕混合は、非酸化雰囲気下で行う。粉砕時の雰囲気としては、具体的には、
(1) 不活性ガス雰囲気(例えば、アルゴン)、
(2) 水素雰囲気、
などがある。本発明においては、いずれの雰囲気を用いても良い。
特に、水素雰囲気下で粉砕混合を行うと、その理由の詳細は不明であるが、不活性ガス雰囲気下で粉砕混合する場合に比べて、水素の吸蔵/放出特性が向上する。水素雰囲気下で粉砕混合する場合、水素雰囲気圧は、0.2〜1MPaが好ましい。
【0025】
このようにして得られた水素吸蔵材料は、粉末状態のまま使用しても良く、あるいは、これを適当な大きさに成形した圧粉体の状態で使用しても良い。また、粉末の表面を他の材料(例えば、銅などの熱伝導性の良い材料)からなる被膜で被覆し、これを成形して使用しても良い。この場合、被覆方法には、PVD法、CVD法などの物理的方法を用いるのが好ましい。
【0026】
次に、本発明に係る水素吸蔵材料及びその製造方法の作用について説明する。
NaAlH4は、単独では、水素を可逆的に吸蔵/放出することはできないが、触媒が共存すると、水素を可逆的に吸蔵/放出する。この場合、高い触媒活性を得るには、相対的に多量の触媒を添加するか、あるいは、触媒を微細化する必要がある。しかしながら、非特許文献1に開示されているように、原料配合物にTi粉末を添加する方法では、Ti粉末の微細化には限界がある。そのため、相対的に高い触媒活性を得るためには、相対的に多量の触媒の添加が必要となる。
【0027】
これに対し、NaHとAlから固相反応によりNaAlH4を合成する場合において、所定量のFeを不純物として含むAlを出発原料に用いると、Feを含む複合粒子が均一に分散した水素吸蔵材料が得られる。Feを含む複合粒子は、NaAlH4が水素を放出し、又は、NaAlH4の分解生成物が水素を再吸蔵する際に触媒として機能する。しかも、Feは、あらかじめ微粒子としてAl中に含まれているので、粉砕混合条件を最適化することによって、複合粒子の粒径を容易に10nm未満にすることができる。そのため、複合粒子の量が極めて少量であっても、高い触媒能を発揮する。また、有効水素量を低下させることなく、より低温での可逆的な水素の吸蔵/放出が可能となる。具体的には、100〜150℃の低い温度と高圧水素により、3〜3.5wt%の水素を吸蔵/放出することが可能な水素吸蔵材料が得られる。しかも、原料であるNaH及びAlは、ありふれた材料であるので、製造コストを低減することができる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
[1. 試料の作製]
NaH粉末(純度95%、粒径10〜50μm、Aldrich社製)及び純Al粉末(純度99.9%、粒径5〜20μm、レアメタリック社製)をモル比で1:1に配合した。表1に、使用したNaH及び純Alの分析値を示す。なお、表1には、市販のAlホイルの分析値も併せて示した。クロムモリブデン鋼(SCM)の容器に高炭素クロム鋼(SUJ)のボール及び配合物を入れ、水素圧力1MPa、加速度6Gの条件下で5〜72時間のメカニカルグラインディング(MG)処理を行った。
【0029】
【表1】

【0030】
[2. 評価(1):TEM観察]
純Alを用いて72時間MG処理により得られた水素吸蔵材料について、TEM観察を行った。図2(a)及び図2(b)に、それぞれ、水素吸蔵材料の低倍率TEM写真及び高倍率TEM写真を示す。図2より、マトリックス中に、10nm未満の黒い微細な粒子(複合粒子)が含まれていることがわかる。
次に、図2(b)中、矢印で示した4箇所について、TEMにて組成分析を行った。図3に、その結果を示す。図3より、複合粒子には、Fe(6.40、7.00keV)が含まれていることがわかった。
【0031】
[3. 評価(2):ラマンスペクトル]
純Alを用いて24時間MG処理により得られた水素吸蔵材料について、光学顕微鏡観察及びラマンスペクトルの測定を行った。図4に、その結果を示す。
光学顕微鏡により、黒い部位の中に数十μmサイズの白い部位が多数析出しているのが観察された。ラマンスペクトルから、白い部位はNaAlH4からなり、黒い部位は、非晶質なNaH/Alであることがわかった。
TEM観察及びラマンスペクトルから、本発明に係る水素吸蔵材料の構造は、図1の概略図に示すような構造を持つことが確認された。
【0032】
[4. 評価(3):水素吸蔵/放出特性]
純Alを用いて5〜72時間MG処理により得られた水素吸蔵材料について、温度150℃、水素圧6MPaの条件下で水素を吸蔵させた。図5に、水素吸蔵時間と水素吸蔵量との関係を示す。図5より、MG処理時間が長くなるほど、短時間で多量の水素を吸蔵することがわかる。これは、長時間MG処理することにより、NaHとAlの微細化が進行し、触媒である複合粒子の混合分散度が高まったためと考えられる。
【0033】
次に、純Alを用いて72時間MG処理により得られた水素吸蔵材料について、水素吸蔵量の水素圧力依存性を調べた。吸蔵温度は、150℃とした。図6に、その結果を示す。図6より、本発明に係る水素吸蔵材料は、水素吸蔵量の水素圧力依存性が顕著であり、吸蔵時の水素圧力が高くなるほど、水素吸着速度が大きくなることがわかる。
さらに、純Alを用いて72時間のMG処理により得られた水素吸蔵材料について、水素吸蔵量の温度依存性を調べた。水素圧力は、6MPaとした。図7に、その結果を示す。図7より、本発明に係る水素吸蔵材料は、6MPa、150℃、24時間の条件で、3〜3.5%の水素を吸蔵できること、及び、温度を100℃に低下させても、約3日で3〜3.5wt%の水素を吸蔵できることがわかる。
【0034】
[5. 評価(4):Alの純度と水素吸蔵/放出特性との関係]
10nm未満の複合粒子は、主にFeとSi(データ省略)であることがTEMによる分析から判断できる。その他、Feとして検出されるものの一部は、Fe3Cになっている可能性もあり、Crも微量存在する。水素吸蔵材料の触媒として機能すると考えられるFeをICP(誘導結合プラズマ)発光分析すると、5時間MG処理と72時間MG処理ではその量に大きな変化はなく、その量は、原料中のAlに含まれるFe量とほぼ同等であった。すなわち、10nm未満の複合粒子の約80%は、Al中の不純物に起因すると考えられる。上述の結果は、純Alの上限に近い素材を用いて得られた結果であるが、純Alの下限に近い素材(純度99%)を用いれば、Fe量を約10〜20倍増加させることができるので、水素吸蔵放出特性を大幅に改善できると考えられる。
この点を確認するために、表1に示す組成を有する家庭用アルミ箔(クッキングホイル、東洋アルミ製)を用いて、同様の実験を行った。その結果、MG処理時間:24時間、水素吸蔵温度:150℃、水素圧:6MPaの条件下では、約10時間で1.5wt%の水素吸蔵量が得られ、水素吸蔵速度は、純Al粉末を用いた場合の約2倍であった。
【0035】
(比較例1)
実施例1で用いたNaH及びAlをモル比で1:1に配合し、乳鉢を用いて5分間混合した。得られた粉末について、温度:150℃、水素圧:6MPaの条件下で水素と接触させた。しかしながら、24時間経過後の水素吸蔵量は、ゼロであった。これは、軽度の粉砕混合を短時間行ったために、触媒となる複合粒子の微細化及び均一分散が不十分であるためと考えられる。
【0036】
(比較例2、3)
[1. 試料の作製]
LiH粉末(粒径10〜50μm、Aldrich社製)及び純Al粉末(表1に示す純度99.9%Al、レアメタリック社製)をモル比で1:1に配合した。クロムモリブデン鋼(SCM)の容器に高炭素クロム鋼(SUJ)のボール及び配合物を入れ、水素圧力1MPa、加速度6Gの条件下で65時間のMG処理を行った(比較例2)。
また、LiH粉末(粒径1〜50μm、Aldrich社製)及び純Al粉末(表1に示す純度99.9%Al、レアメタリック社製)をモル比で1:1に配合し、これにさらに5wt%のTiCl3粉末を加えた。クロムモリブデン鋼(SCM)の容器に高炭素クロム鋼(SUJ)のボール及び配合物を入れ、水素圧力1MPa、加速度6Gの条件下で70時間のMG処理を行った(比較例3)。
さらに、得られた試料(比較例2、3)について、温度170℃、水素圧70MPa、処理時間168時間(1w)の条件下で水素と接触させる処理(高圧処理)を行った。
【0037】
[2. 評価(1):X線回折]
図8に、比較例2で得られた高圧処理後の試料のX線回折パターンを示す。X線回折では、LiAlH4の確認は難しいが、ラマンスペクトル(図示せず)からLiAlH4の生成を確認した。
【0038】
[3. 評価(2):水素放出特性]
図9(a)に、比較例2で得られた試料の水素MG処理後の水素放出量、及び水素MG処理+高圧処理後の水素放出量を示し、図9(b)に、同試料の水素放出速度を示す。また、図9(c)に、比較例3で得られた試料の水素MG処理後の水素放出量、及び水素MG処理+高圧処理後の水素放出量を示し、図9(d)に、同試料の水素放出速度を示す。
図9より、
(1)触媒を添加しない試料(比較例2)の場合、高圧処理の有無にかかわらず、300℃での水素放出量は、わずか0.25wt%であること、及び、
(2)触媒を添加した試料(比較例3)の場合、300℃での水素放出量は、高圧処理を行わないときは0.35wt%、高圧処理を行ったときは0.5wt%であること、
がわかる。
この結果は、LiH/Alの混合物にTiCl3を添加して粉砕混合しても、水素放出温度は低下せず、かつ、可逆的な水素の吸蔵/放出がほとんどできないこと(すなわち、添加したTiCl3がほとんど触媒として機能していないこと)を示している。
【0039】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明に係る水素吸蔵材料及び水素化物複合体は、燃料電池システム用の水素貯蔵手段、超高純度水素製造装置、ケミカル式ヒートポンプ、アクチュエータ、金属−水素蓄電池用の水素貯蔵体等に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明に係る水素吸蔵材料の微構造を示す概略図である。
【図2】図2(a)及び図2(b)は、それぞれ、純Alを用いて72時間MG処理により得られた水素吸蔵材料の低倍率TEM写真、及び高倍率TEM写真である。
【図3】図3(a)〜図3(d)は、それぞれ、図2(b)に矢印で示した領域について測定された元素分析結果である。
【図4】純Alを用いて24時間のMG処理により得られた水素吸蔵材料の光学顕微鏡写真、並びに、白い部位及び黒い部位のラマンスペクトルである。
【図5】MG処理時間の異なる水素吸蔵材料に対し、温度150℃、水素圧力6MPaの条件で水素を吸蔵させたときの時間と水素吸蔵量との関係を示す図である。
【図6】純Alを用いて72時間のMG処理により得られた水素吸蔵材料に対し、温度150℃、水素圧力3〜9MPaの条件で水素を吸蔵させたときの時間と水素吸蔵量との関係を示す図である。
【図7】純Alを用いて72時間のMG処理により得られた水素吸蔵材料に対し、温度100〜150℃、水素圧力6MPaの条件で水素を吸蔵させたときの時間と水素吸蔵量との関係を示す図である。
【図8】LiH/Alに対し、水素MG処理及び高圧処理をした後のX線回折パターンである。
【図9】図9(a)は、LiH/Alに対し、水素MG処理のみ又は水素MG処理+高圧処理をした後の水素放出量であり、図9(b)は、同試料の水素放出速度である。また、図9(c)は、(LiH/Al)/5wt%TiCl3に対し、水素MG処理のみ又は水素MG処理+高圧処理をした後の水素放出量であり、図9(d)は、同試料の水素放出速度である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
NaHと、0.05mass%以上2.0mass%以下のFeを含むAlとを配合する配合工程と、
前記配合工程で得られた配合物を非酸化雰囲気下において粉砕混合する粉砕混合工程を備え、
前記粉砕混合工程は、Feを含む複合粒子の粒径が10nm未満となるように、前記粉砕混合を行うものである水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項2】
前記粉砕混合工程は、水素雰囲気下において前記粉砕混合を行うものである請求項1に記載の水素吸蔵材料の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法により得られる水素吸蔵材料。
【請求項4】
NaHと、Alと、NaAlH4との混合物からなるマトリックスと、
前記マトリックス中に分散しているFeを含む複合粒子とを備え、
前記複合粒子の粒径は、10nm未満である水素吸蔵材料。
【請求項5】
前記複合粒子の量は、0.001モル%以上0.1モル%未満である請求項4に記載の水素吸蔵材料。
【請求項6】
請求項3から5までのいずれかに記載の水素吸蔵材料に水素を吸蔵させることにより得られる水素化物複合体。
【請求項7】
請求項6に記載の水素化物複合体から水素の全部又は一部を放出させることにより得られる水素吸蔵材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−289877(P2007−289877A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−121618(P2006−121618)
【出願日】平成18年4月26日(2006.4.26)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】