説明

水素吸蔵用合金

【目的】 広い温度範囲で水素吸蔵放出が極めて速やかであり、かつ吸蔵放出可能な水素吸蔵用合金を提供する。
【構成】 Ti 33〜47モル%、V 42〜67モル%、およびFe 2.5〜14モル%から成る水素吸蔵用合金。
【効果】 −20℃〜300℃の広い温度範囲で水素吸蔵放出速度が極めて速く、かつ吸蔵放出水素量が多く、かつ耐被毒性に優れ、空気中で取扱うことも可能である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は水素吸蔵用合金に関し、より詳細には−20℃〜300℃の広い範囲のいづれの温度においても水素吸蔵、放出速度が極めて大きく、空気等の被毒に対して安定であり、また被毒した状態からの回復能力が高く、かつ微粉化傾向の少ない水素吸蔵用合金に関する。
【0002】
【従来の技術】水素を金属水素化物として吸蔵させるための水素吸蔵用金属および合金は従来から知られており、Ca、Li、K、Ti、V、Mg、希土類金属や、LaNi5、FeTi、Mg2Ni、TiMn1.5 などの合金が用いられている。これらの金属や合金は、夫々に適した水素ガス圧と温度において水素を吸蔵する水素化反応、およびその逆の分解放出反応を容易に行なう。金属水素化物は低い水素平衡圧力範囲で多量の水素を吸蔵しており、その貯蔵密度は液体水素に匹敵する。
【0003】ところで、反応容器内に水素ガスを導入し、終了後に水素ガスを取り去る必要のある反応容器があるとする。高圧ボンベからの水素ガスを水素源として、この容器内に水素ガスを充填することは容易であるが、使用後の水素をこの容器から完全に回収することはきわめて困難である。これに対して、金属水素化物を利用する場合は、金属水素化物を収容した容器の温度を変化させるのみで反応容器への水素ガスの充填および回収が可能であり、上述したようなプロセスに対しては、きわめて優れた性能を有する。核融合反応に利用されるトリチウム (T2) を例にして説明する。なおこの反応装置は現在開発中なので反応時に必要なT2 の圧力は明らかでないが、今仮に100000Pa (常圧) とする。
【0004】T2 は極めて危険な気体であり、T2 を使用した核融合炉ではT2 が反応容器内に放出され、ある期間の反応を行った後に保守修理点検が必要である。このときT2 は完全に再吸収されることが必要で、反応容器に残るT2 の圧力は低いほど好ましい (少なくとも100Pa 以下) 。しかしながら、従来知られている幅広い水平なプラトーを持つ水素吸蔵合金は、この目的のためには図4のファントホフプロットに示すように好ましくない。このファントホフプロットは、プラトーを持つ水素吸蔵合金の pct測定値から、水素量一定 (H/M一定) のときの2点の温度 (K) と平衡水素圧力を求め、x軸に温度の逆数を、y軸に平衡水素圧力を対数でプロットし、直線で結び外挿したものであり、水素化合物の温度と平衡圧力との関係を示している (*:測定点) 。代表的なLaNi5H3 (吸収) 、Mg2NiH2 (放出) およびVH0.3 (吸収) を例示した。
【0005】この線の勾配が水素と金属が反応するときの反応熱 (−△H) であり、高温度用の金属ほどその値が大きい。常温で使用される水素吸蔵合金 (LaNi15、FeTl等) は勾配が小さく、冷却しても容易に平衡圧力が低くならない。平衡水素圧力が100000Paと100Pa になる温度 (℃) は下記のとおりである。


【0006】後述する本発明のTi−V−Fe合金は水平なプラトーがないので、ファントホフプロットは出来ないが、参考としてVの水素吸収圧力をプロットした。上記温度から明らかなように、常温用水素吸蔵合金の代表とされるLaNi5 も、−83℃のような低温では化学反応である水素吸収が起こりにくく、吸収速度が非常に小さくなる欠点が生じる。また高温度用の水素吸蔵合金の代表のMg2Niは、計算上では上記のように87℃で平衡水素圧力100Pa になるが、実際には 200℃以下ではほとんど反応が進行せず、実用可能な温度範囲はMg2Niでは 400〜200℃である。従来型の合金はこのように、■一定の温度で広い圧力一定のプラトーがある。
■ある温度範囲でプラトーの幅に大きな変化がない。
■使用できる温度範囲と圧力範囲が比較的小さい。
という特徴がある。これは、■常圧の放出圧力、■きわめて低い吸収圧力、■速やかな反応速度を必要とする核融合反応装置には不適当である。そこで本発明の水素吸蔵合金は、T2 を利用する核融合反応をふくむ、水素の吸放出過程を伴うプロセスをスムーズに行ない、反応終了後の水素を完全に吸収出来ることを主な目標として開発された。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明が解決せんとする課題は、広い温度範囲で水素吸収放出が極めて速やかであり、かつ吸蔵放出可能な水素量が多い水素吸蔵用合金にある。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の水素吸蔵合金は、Ti 33〜47モル%、V 42〜67モル%、および Fe2.5〜14モル%から成ることを特徴とする。Tiの含有量は好ましくは40±4モル%であり、Vのそれは好ましくは52±4モル%、Feのそれは好ましくは8±4モル%である。Tiの含有量が33モル%に満たない場合と47モル%を越える場合、およびVが42モル%に満たない場合と67モル%を越える場合は、−30〜300℃の温度変化をさせたとき、吸蔵放出可能な水素量は著るしく低下する。さらにFeの含有量が2.5モル%に満たないときは最初の活性化がやや困難となり、また14モル%を越えると吸蔵可能な水素量が減少する。
【0009】後に触れる図1 (実施例1) から明らかなように、最大水素吸放出量を示す合金は、ほぼTi:40モル%、かかる組合せを含む本発明の (V+Fe) :60モル%の組成を示す線上にある。VはFe、Mn、Co、Ni等と同様な遷移元素として取り扱われ、これら遷移金属とは異なって、それ自身で水素の吸蔵放出が可能な、特異な金属である (Tiも遷移金属とされることもある) 。水素吸蔵と遷移金属の働きを兼ねそなえたVとTiをベースとする事で、従来知られている合金に比較して、はるかに大量の水素吸蔵能力を持ち、しかもTiとVの完全固溶性から、ゲッターとして適した低温ではきわめて広い低圧力領域があり、高温では吸蔵できる水素量(H/M) の限界が減少するという特異な pct特性を有する。Tiと (V+Fe) の比は40:60を8%外れると、吸収放出量にかなり大きな減少傾向が生じる。Feは8±4モル%の範囲で最も良好な特性を示す合金が得られる。Feが入らない場合、初期活性化が進行しにくいことと、水素吸蔵放出速度がおそくなる傾向がある。Feは活性化や、反応速度とは関係するが、水素の吸収量には関係しないから、のぞむべくは多くない方がよい。Ti−V−Fe合金は、従来型の合金と異なり、温度により吸蔵できる水素量 (H/M) の限界が変化するので、水素の圧力を10MPa 〜1Paあるいはそれ以下にまで自由に制御できる。
【0010】本発明の水素吸蔵用合金はTi、V、Fe金属をアルゴン雰囲気内で溶融すれば容易に製造することができる。そして、得られた合金を 500℃で真空処理した後に5MPa の水素雰囲気中に置けば速やかに活性化する。また、JIS 1級のフェロバナジウム (ほぼV 80、Fe 17、Al 3重量%) にTiを添加して同様条件下で溶融すれば本発明の合金を安価に製造することができる。このフェロバナジウムから得られた合金と4Nの純度の試薬を用いて得られた合金とを比較しても水素吸蔵放出特性には、さしたる変化は認められない。
【0011】本発明の水素吸蔵用合金は、従来知られている水素吸蔵合金と比較して以下に述べるような特長を有する。
イ. 広い温度範囲(−20℃〜300℃)で使用でき、吸放出速度が速やかである。
ロ. 300℃以上の温度に加熱して使用することもできる。
ハ. 水素吸収圧力は−20℃で1Paよりも低い。
ニ. 最大水素吸蔵量はH/M=2.0で、これはほぼ4.0重量%であり、水素吸蔵合金でこのように大量の水素を吸蔵できる合金は実用化されていない (LaNi5で1.6重量%程度である) 。
【0012】更に本発明の水素吸蔵合金は活性化後に 500℃で脱水素したもの以外は、大気中で取り扱う事が可能である。室温で大気中に取り出した水素化物粉末を他の耐圧容器に入れ、 500℃で真空処理すれば、 200℃前後で急速な水素の放出が開始し、 500℃でほぼ完全に当初の水素吸放出の活性が回復する。活性化後に 500℃で脱水素したものに空気が漏れ込んだ場合は、室温で真空脱気し、ついで室温で高圧の水素を吸収させ、再度 500℃で脱水素すると、吸放出速度性能が回復できる。また本発明の合金は、水素化によりLaNi5 のように数ミクロンまで微粉化する現象は認められない。従って本合金の水素化物の総合熱伝達係数は、従来の水素吸蔵合金に比較して大きいことが期待できる。水素化合金粉末を室温の大気中に取り出しても安全で、TiMn1.5Hxのように花火状に飛び散って燃え上がったり、LaNi5Hxのように隅からじわじわと炭火のように着火して火の塊になるような現象は認められず、極めて安全である。以下、本発明の実施例を述べる。
【0013】
【実施例】
実施例1アーク溶解炉を使用して、常圧に近いアルゴン雰囲気内で、純度99.9%のTi、V、Feを溶解し、本発明の合金24種類を作成した。表1に作成した合金の成分をモル%で示した。耐圧容器に収めた合金を10-2Pa以下の圧力で約500℃に加熱したのち、ほぼ5MPa の水素を導入して室温まで冷却すると、速やかに水素を吸収して活性化し、最大でH/M≒2.0 (≒4wt%) の水素化物を生成する。
【0014】
【表1】


【0015】また作成した合金のTi、V、Feの組成と水素吸蔵放出量との関係を図1に示した。すなわち24種類の合金について測定した pct線から求めた吸放出可能な水素量を10倍した数値を夫々の組成に相当した位置に示した (たとえば、24は2.4wt%を意味する) 。なお図1において丸印はJIS 1号のフェロバナジウム(:V 80.2、A 13.19、Fe 15.8wt%)にTiを添加して製作した合金である。
【0016】実施例2図2に、組成がTi 43.5、V 49.0、Fe 7.5モル%の合金 (表1、No.11 および図1において24と表示されている点) の300、100、−20℃に於ける pct線を示した。点線で示された部分は測定に使用した圧力計の測定限界(100Pa)以下で、実際の圧力はさらに低いと推測される。なお、図2において*印は吸収、○印は放出を示す。耐圧容器内の合金を−20℃で、完全に水素化すれば3.9wt%(0.1MPa)の水素を吸蔵した。次に容器を 300℃に加熱した。 300℃の放出曲線は0.1MPa で1.50wt%であった。従って2.4wt%の水素を放出することが出来るとして合金の性能の評価をすることが可能である。この合金を使用した実験では、 300℃で0.1MPaの水素を放出し、−20℃で0.1MPa(大気圧)の水素を吸収する事は容易であった。
【0017】実施例3フェロアロイとTiとから合成した合金 (表1、No.1) の300、100、−20℃に於ける pct線を図3に示した。点線、*印および○印は図2と同様である。フェロバナジウムを利用したときは、0.1MPa に於ける差は2.2wt%で純粋の金属から合成した場合と殆ど等しい値(2.2wt%)が得られた。図1で、丸で示してある直線に並んだ22、21、12はフェロバナジウムから作成した合金である。この合金の水素ゲッターとしての能力は、−20℃で pct特性を測定する際に1〜2分間で平衡に到達し、LaNi5 (10分間以上の時間を必要とする)に比較して際だって大きな反応速度を持つことが示された。
【0018】ここでFeの作用について触れる。Vはそれ自身でも分子状の水素を原子に分解し、吸収する作用を持ってはいるがその作用は弱い。Feは強磁性体で、アンモニア合成に於ける触媒として使用されているように分子状水素を原子状水素に分解する高い能力をもっている。しかし、Feはそれ自身水素化物となる働きはしないから、適当な量以上に存在すると、水素吸収量を減少させ、吸収圧力を高くするので望ましくない。例えば図1で、Ti4:V6の組成で、Feが2.5%〜12%の範囲で変化しても、吸蔵放出可能量は2.0〜2.2wt%で殆ど変化しないのは、Feは水素吸収放出に本質的な存在ではなく、適当な量があればよいという事を示している。試作したFeを含まない試料は初期活性化がかなり困難であった。
【0019】
【発明の効果】以上述べたように本発明の水素吸蔵用合金は、−20℃〜300℃の広い温度範囲で水素吸収、放出速度が極めて速やかであり、放出、吸蔵可能な水素量が多く、空気等による被毒に対する性能が優れ、被毒状態からの回復能力が高く、水素吸蔵状態の粗粉を空気中で取り扱う事も可能で、微粉化する傾向が少ない、将来の核融合反応にも応用が可能なきわめて優れた能力を持つ水素吸蔵用合金に関する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の水素吸蔵用合金の組成と、その組成の合金を 300℃に加熱、および−20℃に冷却したときに放出、吸蔵可能な水素量を10倍値で示した図である。
【図2】Ti 43.5モル%、V 49.0モル%、Fe 7.5モル%組成の合金 (水素吸蔵放出量2.4wt%) のpct線図である。
【図3】フェロバナジウムとTiから作成した合金のpct線図である。
【図4】従来の水素吸蔵用合金のファントホフプロットを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 Ti 33〜47モル%、V 42〜67モル%、およびFe 2.5〜14モル%から成ることを特徴とする水素吸蔵合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開平6−93366
【公開日】平成6年(1994)4月5日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−268180
【出願日】平成4年(1992)9月10日
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【指定代理人】
【氏名又は名称】工業技術院物質工学工業技術研究所長