説明

水質環境改善方法

【課題】長期間に渡り硫化水素を除去可能な水質環境改善方法を提供する。
【解決手段】水質環境改善方法は、石炭灰100重量部に対しセメント10〜15重量部を配合して造粒した石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂又は混合し、5年以上持続して底泥及び水中の硫化水素を吸着、酸化し、硫化水素濃度を低減させ、閉鎖性水域の水質を改善する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水質環境改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内湾や入江、湖沼などの閉鎖性水域の底泥は有機物の堆積が顕著である。このような閉鎖性水域の底泥では、微生物等による有機物の酸化的分解によって溶存酸素が消費されるため、底泥は還元的な環境になりやすい。還元的な環境下では、硫酸還元菌によって硫酸イオンが還元され、硫化水素が発生する。硫化水素は水中で酸化され、青潮や貧酸素水塊の発生などにより、底質及び水質悪化を招く。
【0003】
また、硫化水素は生物への毒性が強い。閉鎖性水域では、微細藻類、ベントス、魚類などの様々な生物が生息し、それらの食物連鎖によって物質が循環し、生態系が形成されている。しかし、この食物連鎖が毒性の強い硫化水素によって破壊され、生物多様性或いは漁業生産性が低下してしまう。したがって、閉鎖性水域における硫化水素の抑制は、生物多様性の維持或いは漁業生産性の観点からも重要な課題となっている。
【0004】
水質を改善する底質改善材として、セメントと石炭灰を用いて形成されたものが開示されている(例えば、特許文献1、非特許文献1など)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−144371号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「中海浚渫窪地における石炭灰造粒物による覆砂効果の検討」;木戸健一郎、斉藤直、魚谷律人、辻幸佑、相崎守弘;日本水環境学会年会講演集第44巻、365頁;2010年3月15日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、硫化水素の除去或いは抑制に関し、何ら開示されていない。また、非特許文献1では、長期に渡り硫化水素を除去或いは抑制されるか否かについて、何ら開示されていない。
【0008】
本発明は上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、長期間に渡り硫化水素を除去可能な水質環境改善方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る水質環境改善方法は、
石炭灰100重量部に対しセメント10〜15重量部を配合して造粒した石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂又は混合し、
5年以上持続して底泥及び水中の硫化水素を吸着、酸化し、硫化水素濃度を低減する、
ことを特徴とする。
【0010】
また、覆砂又は混合した前記石炭灰造粒物の上に堆積した堆積物中の硫化水素を吸着、酸化することが好ましい。
【0011】
また、粒径10mm〜20mmの前記石炭灰造粒物を用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る水質環境改善方法では、石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂又は混合することで、5年以上の長期間にわたって、持続して底泥及び水中の硫化水素を吸着、酸化し、硫化水素濃度を低減でき、閉鎖性水域の水質環境の改善を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1(A)、(B)は、実施例1における硫化物イオン濃度8mg/Lの試料液(以下、試料液S8)、硫化物イオン濃度85mg/Lの試料液(以下、試料液S85)の硫化物イオン濃度の測定結果を示すグラフである。
【図2】図2(A)、(B)は、実施例1における試料液S8、S85の硫酸イオン濃度の測定結果を示すグラフである。
【図3】図3(A)、(B)は、実施例1における試料液S8、S85の石炭灰造粒物の固相及び液相の酸化の寄与率の測定結果を示すグラフである。
【図4】図4(A)、(B)は、実施例1における試料液S8、S85の酸化還元電位の測定結果を示すグラフである。
【図5】実施例2における硫化水素濃度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本実施の形態に係る水質環境改善方法について詳細に説明する。水質環境改善方法は、石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂或いは混合することにより、5年以上持続的に底泥中及び水中の硫化水素を吸着、酸化して、硫化水素濃度を低減し、閉鎖性水域の水質環境を改善する方法である。なお、閉鎖性水域とは、地理的要因で水の流出入の機会が乏しい環境におかれている内湾、入り江、干潟、ダム湖、池、堀等の海や湖沼であり、自然による自浄作用が緩慢なため、人間の生活排水や産業排水等よる自然破壊により、環境破壊につながりやすい状況にある。
【0015】
石炭灰造粒物は、石炭灰及びセメントの混合物に加水し、所定の粒径に造粒して得られる。
【0016】
石炭灰は、石炭火力発電所から排出される、いわゆるフライアッシュが用いられる。フライアッシュは石炭の燃焼時に大量に生成されるものであり、その再利用が望まれていることから、石炭灰造粒物の原料として有効な再利用が可能である。
【0017】
セメントの種類について特に限定されないが、環境維持の観点から、海洋や湖沼などの水中に有毒な成分が溶出しないセメントに限る。例えば、普通セメントと呼ばれるポルトランドセメントで、有毒な六価クロム等の溶出量が高いものは好ましくない。有毒成分の溶出が低いセメントの一例として、海洋投棄が認められている高炉セメント等が挙げられる。
【0018】
石炭灰とセメントの配合比は、石炭灰100重量部に対し、セメントを10〜15重量部とすることが好ましい。石炭灰の配合量が多いため、製造過程でポゾラン反応が生じ、得られる石炭灰造粒物は多孔質状になる。石炭灰造粒物が多孔質状であるため、比表面積が大きくなり、硫化水素の吸着量が多い。なお、上記の配合比で得られた石炭灰造粒物の主成分は、カルシウム、シリカ、アルミナであり、カルシウムを10〜15重量%、シリカを50重量%、アルミナを20重量%程度含有する。また、粘土等の増粘材を添加して形成されていてもよい。
【0019】
上述の石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂或いは混合して用いることで、長期間に渡って底泥中及び水中の硫化水素濃度を低減することができる。
【0020】
用いる石炭灰造粒物の粒径は、3mm以上40mm以下であることが好ましい。また、石炭灰造粒物の平均粒径が10mm以上20mm以下であることが好ましい。石炭灰造粒物の粒径が小さすぎると、石炭灰造粒物同士が固まり易く、一枚岩を形成するおそれがある。このような岩では水の通りが悪化するとともに、底生生物等の住処の減少につながると考えられる。一方、粒径が大きすぎると、水流によって、石炭倍造粒物の下方の硫化水素が上方へと流れ出てしまうおそれがある。
【0021】
石炭灰造粒物の底泥へ施用する量については、施用する閉鎖性水域における硫化水素の産生量に応じて、適宜設定すればよい。
【0022】
石炭灰造粒物は多孔質状であるため、硫化水素が好適に吸着される。また、メカニズムは明らかでないが、吸着した硫化水素が酸化される。更には、石炭灰造粒物はカルシウム分を豊富に含有し、カルシウムが溶出することで硫黄のレドックス境界条件が変化し水中の硫化水素が酸化されやすくなると考えられる。
【0023】
石炭灰造粒物は上記の如く、硫化水素の吸着のみならず、硫化水素を酸化することにより、長期間に渡って持続的に底泥及び水中の硫化水素を抑えることができる。後述の実施例で示すが、5年以上の長期間に渡り、持続して硫化水素を抑えることが可能である。
【0024】
また、底泥に覆砂或いは混合した石炭灰造粒物の上に、有機物等が堆積し、微生物等による酸化的分解により還元的環境下になり、硫酸還元菌によって硫化水素が生じやすくなる。しかしながら、石炭灰造粒物によって、堆積物中で生じる硫化水素をも持続的に吸着、酸化して除去することが可能である。
【0025】
更には、石炭灰造粒物を施用すれば、後述の実施例に示すように、水中の酸化還元電位を上昇させる、即ち酸化的環境にすることができるため、硫酸還元菌の活性を抑え、硫化水素が生成しにくい環境へと変換することが可能である。
【0026】
以下、実施例を参照して、水質改善方法について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
(硫化物イオンの除去試験)
窒素ガスでパージし溶存酸素濃度を1mg/Lとした超純水に、硫化ナトリウムを添加し、硫化物イオン濃度が8mg/L(以下、この試料液を試料液S8と記す)、85mg/L(以下、この試料液を試料液S85と記す)の2種類の濃度の硫化ナトリウム溶液を準備した。さらに塩酸を添加し、海水と同じpH8.2に調整した。
【0028】
それぞれ50mLの試料液S8、S85を100mLの密閉容器に入れ、これに石炭灰造粒物を0.2g添加した。
【0029】
密閉容器内の残りの50mLの気相を窒素ガスでパージし、25℃の湯浴中で継続して穏やかに振とうした。
【0030】
試料液S8、S85中の硫化物イオン濃度を北川式溶存硫化物検知管で経日的に測定した。また、試料液S8、S85中の硫酸イオン濃度をイオンクロマトグラフで経日的に測定した。以下、これを石炭灰区と記す。なお、硫酸イオン濃度の測定の際は、硫化物イオンをZnSにして予め除去してから行った。
【0031】
また、石炭灰造粒物の硫化物イオンの吸着・酸化の作用のみを確認するため、石炭灰造粒物を添加しないこと以外、上記同様の条件にて試料液S8、S85のブランク試験(対照区)を行い、硫化物イオンの損失及び石炭灰造粒物から溶出する硫酸イオン濃度を差し引いた。
【0032】
測定した硫化物イオン濃度の変化を図1に示す。図1(A)が試料液S8の石炭灰区及び対照区の硫化物イオン濃度の変化、図1(B)が試料液S85の石炭灰区及び対照区の硫化物イオン濃度の変化を示している。また、硫酸イオン濃度の変化を図2に示す。図2(A)が試料液S8の石炭灰区及び対照区の硫酸イオン濃度の変化、図2(B)が試料液S85の石炭灰区及び対照区の硫酸イオン濃度の変化を示している。
【0033】
図1(A)、(B)を見ると、石炭灰区では、いずれも対照区に比べて、時間の経過に伴って硫化物イオン濃度が低くなっている。また、図2(A)、(B)を見ると、石炭灰区では、いずれも対照区に比べて硫酸イオン濃度が時間の経過に伴って高くなっている。石炭灰区では、溶液中の硫化物イオンが石炭灰造粒物に吸着され、また、酸化されたことがわかる。
【0034】
なお、対照区においても、硫化物イオン濃度の減少、硫酸イオン濃度の増加が見られている。溶液中及び気相中の酸素を完全に除去できず、溶存酸素による硫化物イオンの酸化や容器壁面への吸着により、硫化物イオン濃度が減少したものと思われる。
【0035】
また、図3(A)、(B)に、石炭灰区の試料液S8、S85における液相及び固相それぞれの酸化の寄与率を算出した結果を示す。なお、液相の寄与率は、減少した硫化物イオンから試料液中に生成し測定された硫酸イオンの割合であり、固相の寄与率は液相の硫化物イオン濃度の減少から算出した。試料液S8、S85いずれにおいても固相に凡そ8割の硫化物イオンが吸着・酸化され、液相で凡そ2割の硫化物イオンが酸化されている。
【0036】
また、液相、即ち試料液S8、S85の酸化還元電位の測定結果を図4に示す。試料液S8、S85いずれにおいても、対照区に比べ、石炭灰区では、石炭灰造粒物によって硫化水素が減少したため、酸化還元電位が上昇、即ち、酸化的環境にシフトしている。硫酸還元菌は、還元的環境下で硫酸イオンを還元し、硫化水素を生成させることから、石炭灰造粒物によって、水質を酸化的環境にすると、硫化水素が生成しにくい条件になる。
【実施例2】
【0037】
(閉鎖性水域の底泥中における硫化水素濃度の低減効果の検証)
中海下意東(島根県)沖の水深3〜3.5mの海底に、平成17年7月に石炭灰造粒物(商品名;Hiビーズ、株式会社エネルギア・エコ・マテリア製、粒径3〜40mm、石炭灰87%:セメント10%:粘土分3%)を敷設した。石炭灰造粒物の敷設は、面積110m×140mの区画の底泥上に、石炭灰造粒物を覆砂し、石炭灰造粒物の厚みが約20cmとなるように行った。以下、石炭灰造粒物を敷設した区域を石炭灰区と記す。
【0038】
また、石炭灰造粒物を敷設していない在来の原地形を対照区として設定した。また、天然の山砂を石炭灰区同様に敷設した区(山砂区)も設けた。
【0039】
敷設して5年経過後の平成22年7月から平成22年10月にかけて、毎月、潜水士が大型のスポイトを用いて各区の所定位置の採水を行った。5年間に積もった堆積物の層約20cmの中間位置の採水(石炭灰造粒物上泥間隙水、山砂上泥間隙水)、その下の石炭灰造粒物及び山砂の層約20cmの中間位置の採水(石炭灰造粒物間隙水、山砂間隙水、原地形間隙水)を行った。採水した試料を3点ずつ採取した。採取した試料は、直ちに密閉容器に酢酸亜鉛と混合して持ち帰り、メチレンブルー法で硫化水素濃度を測定した。
【0040】
硫化水素濃度の測定結果を表1に示す。また、図5にそれぞれ3点の測定値の平均値をプロットしたグラフを示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1及び図5を見ると、硫化水素濃度は、対照区の原地形間隙水では、有機物負荷が高い8月、9月では硫化水素濃度が高く、9月に最大値25ppmの高濃度であった。
【0043】
一方、石炭灰区では、施用して5年を経過しても、石炭灰造粒物層のみならず、その上に堆積した有機物層(石炭灰造粒物上泥間隙水)でも、7〜10月いずれの月でも硫化水素濃度がほぼ0ppmを維持していた。対照区で最も硫化水素が高濃度であった9月でも0.022ppm以下と、ほぼ0ppmであった。
【0044】
また、山砂区では、対照区で最も硫化水素濃度が高かった9月において、砂の内部では石炭灰区と同様に硫化水素濃度はほぼ0(<0.051ppm)に抑えられたものの、その上に堆積した有機物層では、8月に最大9.3ppmとなり、石炭灰区に比べ、硫化水素を抑制する効果は劣っていた。
【0045】
この結果から、石炭灰造粒物を施用すると、少なくとも5年間以上、硫化水素の吸着・酸化作用を発揮することがわかった。そして、石炭灰造粒物を施用すると、夏場の硫化水素の上昇を確実に抑えることができ、貧酸素水塊や青潮を抑制し得ることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
上述したように、石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂又は混合することで、5年以上の長期間に渡り、硫化水素を持続して硫化水素を吸着、酸化することができるので、閉鎖性水域の環境改善に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭灰100重量部に対しセメント10〜15重量部を配合して造粒した石炭灰造粒物を閉鎖性水域の底泥に覆砂又は混合し、
5年以上持続して底泥及び水中の硫化水素を吸着、酸化し、硫化水素濃度を低減する、
ことを特徴とする水質環境改善方法。
【請求項2】
覆砂又は混合した前記石炭灰造粒物の上に堆積した堆積物中の硫化水素を吸着、酸化する、
ことを特徴とする請求項1に記載の水質環境改善方法。
【請求項3】
粒径10mm〜20mmの前記石炭灰造粒物を用いる、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の水質環境改善方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−223733(P2012−223733A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95536(P2011−95536)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本分析化学会 X線分析研究懇談会、第46回X線分析討論会 講演要旨集、2010年(平成22年)10月22日
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【出願人】(504002193)株式会社エネルギア・エコ・マテリア (24)
【Fターム(参考)】