説明

水銀の定量方法

【課題】簡易で正確に分析を行うことができる水銀の定量方法を提供する。
【解決手段】2枚重ねにした袋状オブラート1の中に試料を含む混合物2を置く。混合物2としては、灰又は土壌の粉末及び燃焼剤を混練したものを用いる。燃焼剤としては、水銀が除去されたグラファイトを用いる。次に、袋状オブラート1を縦方向に二つ折りにする。その後、横方向に三つ折りにし、上側の1/3程度の部分を斜めに切り取る。袋状オブラート1を燃焼フラスコの共栓部3に取り付けた白金バスケット4に入れる。また、燃焼フラスコの三角フラスコ5には、少量の吸収剤6を入れ、更に酸素を満たしておく。そして、袋状オブラート1に点火し、袋状オブラート1が固定された白金バスケット4を三角フラスコ5に挿入し、内部で試料2を燃焼させ、燃焼により発生した水銀を吸収剤6に吸収させる。このようにして、水銀を溶液化する。その後、水銀を吸収した吸収剤6の分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境汚染の改善に好適な灰及び土壌等に含まれている水銀の定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水銀は、医療関係、電池、蛍光灯、触媒等多くの分野に使用されている。その一方で、現在、日本では、特に廃病院及び廃工場跡地土壌の水銀汚染、並びに廃棄物焼却灰による水銀汚染が問題となっている。また、化石燃料の燃焼及び廃棄物焼却に伴う大気中への水銀の放出が世界的に注目されている。大気中に放出された水銀は、再び地表に降り、陸上及び海洋を汚染するからである。
【0003】
このため、灰及び土壌中に含まれる水銀の量を正確に分析し、その分析結果に応じて水銀を除去することが重要である。このような除去の方法としては、熱脱着法及び水蒸気加熱法等が挙げられる。
【0004】
灰及び土壌中の水銀の量を定量するためには、固体である灰及び土壌から水銀を回収し、分析装置に導入する必要がある。そして、この導入の方法として、加熱気化法とよばれる方法が主流となっている。この方法は、例えば米国環境保護庁が定める方法(EPA Method 7473)等でも採用されている。
【0005】
しかしながら、加熱気化法には、処理の煩雑さ及び習熟の必要性等が伴い、容易に実施することができない。また、この方法を自動化し、操作を簡易化した自動水銀分析計が市販されているが、この装置は非常に高価である。
【0006】
また、灰については、マイクロ波照射で援助された酸分解により溶液化する方法もある。これは、例えばアメリカ材料試験協会が定める方法(ASTM Method D5513)でも採用されている。
【0007】
しかしながら、この方法を実施するために必要な装置も非常に高価であり、また、その処理自体が煩雑である。
【0008】
また、わが国の法律である土壌汚染対策法では、土壌含有量基準が定められており、この基準では、試料を溶媒(1N塩酸)中に3質量%の割合で混合し、2時間振盪し、溶出した水銀等の量を含有量と定義されている。しかしながら、必ずしも試料中の全水銀が溶出するわけではなく、定量方法として十分とはいえない。
【0009】
また、土壌中の元素の分析に関する種々の提案もされているが、これらは水銀の簡易分析に適用できるものではない。
【0010】
【特許文献1】特開2006−61851号公報
【特許文献2】特開2005−249584号公報
【特許文献3】特開2004−198324号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、簡易で正確に分析を行うことができる水銀の定量方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、以下に示す発明の諸態様に想到した。
【0013】
本発明に係る水銀の定量方法は、水銀を含有する試料と燃焼剤とを混ぜ合わせた混合物を酸素フラスコ燃焼法により燃焼させることにより、前記試料から発生した水銀が溶解した溶液を得る工程と、前記溶液中の水銀濃度を測定する工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、酸素フラスコ燃焼法を採用して水銀を含む溶液を取得するので、正確且つ簡易な分析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して具体的に説明する。図1は、本発明の実施形態に係る水銀の定量方法を示す模式図である。
【0016】
本実施形態では、先ず、図1に示すように、例えば2枚重ねにした袋状オブラート1の中に試料を含む混合物2を置く。混合物2としては、例えば、灰又は土壌の粉末(0.03g)及び燃焼剤(0.05g)をめのう乳鉢等を用い混練したものを用いる。また、燃焼剤としては、例えば、水銀の割合が0.01μg/g以下のグラファイトを用いる。なお、グラファイト中の水銀の割合が0.01μg/gを超える場合でも、例えば、このグラファイトを管状炉内に置き、窒素気流下で500℃、1時間の加熱を行うことにより、水銀が気化して離脱する。このため、水銀の割合を0.01μg/g以下にすることは容易である。
【0017】
混合物2を袋状オブラート1内に置いた後には、袋状オブラート1を縦方向に二つ折りにする。その後、横方向に三つ折りにし、上側の1/3程度の部分を斜めに切り取る。続いて、混合物2を含包した袋状オブラート1を燃焼フラスコの共栓部(ガラス栓)3に取り付けた白金バスケット4に入れる。また、燃焼フラスコの三角フラスコ5には、少量の吸収剤6、例えば5mlの0.01M過マンガン酸カリウムの3体積%硫酸溶液を入れ、更に酸素を満たしておく。そして、袋状オブラート1に点火し、袋状オブラート1が固定された白金バスケット4を三角フラスコ5に挿入し、内部で混合物2を燃焼させる。
【0018】
そして、燃焼終了後に燃焼フラスコを傾斜させて2分間振盪し、その後20分間放置することにより、燃焼により発生した水銀を吸収剤6に吸収させる。このようにして、水銀を溶液化する。
【0019】
その後、水銀を吸収した吸収剤6の分析を行う。この分析では、吸収剤6に20g/lの塩酸ヒドロキシルアミン水溶液を添加することで、残存している過マンガン酸カリウムを分解した後、濾過を行い、濾液に純水を加え、例えば最終的な体積を25mlとする。そして、例えば冷蒸気原子蛍光分析装置を用いて、この溶液中の水銀濃度の測定を行う。この溶液中の水銀濃度Aは、試料、燃焼剤、オブラート及び吸収剤中の水銀の総量を反映している。
【0020】
その後、上記の燃焼剤と同一で同量の燃焼剤を混合物2に代えて用いた場合の水銀濃度の測定を、上記の工程に沿って行う。この水銀濃度Bは、燃焼剤、オブラート及び吸収剤中の水銀の量を反映している。そして、水銀濃度Aから水銀濃度Bを減じることにより、試料中の水銀の量を反映する水銀濃度を得る。その後、この水銀濃度を、試料1g中の水銀の質量等に換算する。
【0021】
なお、燃焼フラスコ等のガラス器具は、使用後に3M塩酸中に保存することが好ましい。そして、器具を再び使用するときは、例えば、純水を用いた洗浄、及び0.01M過マンガン酸カリウムの3%硫酸溶液を用いた洗浄をこの順で洗い、その後に、20g/lの塩酸ヒドロキシルアミン水溶液ですすぎ、純水を用いた洗浄を3回洗う。
【0022】
酸素フラスコ燃焼法では、1回の燃焼操作に要する時間は、数分間程度(放置時間を含めると30分間程度)である。このため、短時間で水銀の溶液化を行うことが可能である。また、混合物2の準備等の各処理も容易であり、特別な習熟がなくとも正確な操作を行うことが可能である。従って、本実施形態によれば、容易且つ正確に灰及び土壌等の中の水銀を定量することができる。
【0023】
次に、本願発明者が実際に行った実験の結果について説明する。
【実施例1】
【0024】
実施例1では、表1に示す水銀含有量が既知の3種類の石炭灰(No.1〜No.3)及び3種類の土壌(No.4〜No.6)に対して、上述の酸素フラスコ燃焼法を用いた水銀の溶液化及び冷蒸気原子吸光法を用いた水銀の定量を実施し、回収率を調査した。表1中の水銀含有量(μg)は、石炭灰又は土壌1g当たりの水銀含有量である。試料No.1及びNo.3〜No.6の水銀含有量は、米国のNISTにより認証された値である(NIST1633b、NIST2709、NIST2710、NIST2711)。試料No.2の水銀含有量は、欧州のBCRにより認証された値である(BCR038)。試料No.3の水銀含有量は、中国のNRCCRMにより参考値として示された値である(GBW08401)。なお、この調査では、燃焼剤として水銀が除去されたグラファイトを用いた。
【0025】
【表1】

【0026】
図2に、各試料の回収率を示す。図2中の回収率は、認証値に対する平均実測値の割合を示している。平均実測値は、3回以上の実測値より求めた。回収率は95%〜105%程度であることが好ましい。No.1〜No.6の全ての試料において良好な回収率が得られた。
【実施例2】
【0027】
実施例2では、試料No.2を用いて燃焼剤の影響について調査した。この調査では、燃焼剤として、水銀が除去されたグラファイト、酢酸セルロース、ナフタレン及びフェナントレンの4種類を用い、実施例1と同様にして回収率を調査した。この結果を図3に示す。なお、酢酸セルロース、ナフタレン及びフェナントレンに対しては、水銀を除去する処理を行わなかった。
【0028】
図3に示すように、燃焼剤として水銀が除去されたグラファイトを用いた場合には良好な回収率が得られたが、酢酸セルロース、ナフタレン又はフェナントレンを用いた場合には、回収率は低くなった。
【実施例3】
【0029】
実施例3では、試料No.1〜No.6に対して、燃焼剤として酢酸セルロースを使用した場合の水銀の定量を実施し、回収率を調査した。この結果を図4に示す。なお、酢酸セルロースに対しては、水銀を除去する処理を行わなかった。
【0030】
図4に示すように、試料No.1〜No.6のいずれにおいても、回収率は74%〜91%であり、十分な回収率は得られなかった。これは、酢酸セルロースの燃焼性が低いためである。また、例え燃焼剤(酢酸セルロース)中の水銀を反映する水銀濃度を差し引いているといっても、実施例1よりも多くの水銀が燃焼剤(酢酸セルロース)に含まれていたため、測定誤差が大きくなった。
【実施例4】
【0031】
実施例4では、試料No.2を用いて試料質量と回収率との関係について調査した。この調査では、燃焼剤として、水銀が除去されたグラファイトを用いた。この結果を図5に示す。
【0032】
図5に示すように、試料の質量が0.01g〜0.03gのときに、特に良好な回収率が得られた。
【実施例5】
【0033】
実施例5では、日本の火力発電所において発生した9種の石炭灰を試料とし、2種類の方法により、石炭灰中の水銀の量を定量した。一方の方法は、上述の酸素フラスコ燃焼法を採用した定量方法である。この定量方法では、燃焼剤として水銀が除去されたグラファイトを用いた。もう一方の方法は、マイクロ波照射で援助された酸分解法である。そして、これらの定量結果を比較した。この結果を図6に示す。
【0034】
図6に示すように、上述の酸素フラスコ燃焼法を採用した定量方法による分析結果は、マイクロ波照射により援助された酸分解法による分析結果とほぼ一致した。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施形態に係る水銀の定量方法を示す模式図である。
【図2】実施例1の分析結果を示すグラフである。
【図3】実施例2の分析結果を示すグラフである。
【図4】実施例3の分析結果を示すグラフである。
【図5】実施例4の分析結果を示すグラフである。
【図6】実施例5の分析結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0036】
1:袋状オブラート
2:混合物
3:共栓部
4:白金バスケット
5:三角フラスコ
6:吸収剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水銀を含有する試料と燃焼剤とを混ぜ合わせた混合物を酸素フラスコ燃焼法により燃焼させることにより、前記試料から発生した水銀が溶解した溶液を得る工程と、
前記溶液中の水銀濃度を測定する工程と、
を有することを特徴とする水銀の定量方法。
【請求項2】
前記試料として、灰又は土壌を用いることを特徴とする請求項1に記載の水銀の定量方法。
【請求項3】
前記燃焼剤として、水銀の含有量が0.01μg/g以下のグラファイトを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の水銀の定量方法。
【請求項4】
前記溶液を得る工程の前に、窒素気流下でグラファイトを加熱することにより、前記グラファイトに含まれていた水銀を気化させて除去する工程を有し、
前記水銀が除去されたグラファイトを前記燃焼剤として使用することを特徴とする請求項1又は2に記載の水銀の定量方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−286557(P2008−286557A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−129773(P2007−129773)
【出願日】平成19年5月15日(2007.5.15)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】