説明

泌尿器系疾患マーカー及びその抗体、並びに泌尿器系疾患診断用キット

【課題】
泌尿器系疾患マーカー、特に腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎の検出に有用なマーカーを提供する。
【解決手段】
14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、泌尿器系疾患マーカー、詳細には腎臓及び/又は膀胱の疾患マーカー、より詳細には腎癌マーカー、及び該泌尿器系疾患マーカーに特異性を有する抗体、並びに泌尿器系疾患診断用キットに関する。また、本発明は、泌尿器系疾患を有する患者のスクリーニング方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
腎癌(腎臓癌)は、成人悪性腫瘍の約3%を占める。2006年には米国で約36000人が新たに腎癌と診断され、約13000人が該疾患により死亡した。腎癌に初発症状はなく、病状が進行するまで多くは無症状である。画像診断等の技術の改善に伴い偶発癌(約40%)が増えた一方で、約3分の1の症例が診断時にすでに転移を認めており、腎癌の生存率は改善されていない。
この理由の一つに腎癌の診断、治療のモニタリングに有用な腫瘍マーカーがないことが挙げられる。また腎癌の種類には嚢胞随伴性腎細胞癌があり、しばしば良性病変との鑑別が困難であり得る。この癌は嚢胞性腫瘍であるため針生検による組織採取が困難であり、また嚢胞液の吸引細胞診は感受性が低く、偽陰性率が高いことも知られている。
【0003】
現在、腎癌の鑑別診断は、超音波やCT(コンピュータ断層撮影法(Computed Tomography))、及びMRI(磁気共鳴画像法(Magnatic Resonance Image))などによる画像診断に依存している。腎癌の鑑別診断には、嚢胞病変の形態や隆起性病変の有無、嚢胞壁及び隔壁の血流分布などを経時的に観察して診断することが一般的である。しかし、腎癌の鑑別診断には有用な腫瘍マーカーが存在していないことから確定診断となる要因が不足し、長期的な経過観察が必要となることもある。このように、腎癌に対する腫瘍マーカーの発見は急務の課題である。
これまでにも腎癌マーカーを探索する試みがなされてきた。例えば、特許文献1は腎細胞癌の腫瘍マーカーを開示し、特許文献2は腎癌の腫瘍マーカー及び腎癌の罹患の識別方法を開示する。しかしながら、精度、実施容易性、費用などの面から実用化されるには至っていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2004-531713号公報
【特許文献2】再公表公報WO2008/032868
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、泌尿器系疾患マーカー、詳細には腎臓及び/又は膀胱の疾患マーカー、より詳細には腎癌マーカーを提供することである。特に本発明は、採取が容易な及び/又は検出が容易な試料に含まれる泌尿器系疾患マーカー、詳細には腎臓及び/又は膀胱の疾患マーカー、より詳細には腎癌マーカーを提供する。また、該泌尿器系疾患マーカーを特異的に認識する抗体を提供する。さらに、該泌尿器系疾患マーカーを検出することを特徴とする腎癌診断用キット、及び泌尿器系疾患を有する患者のスクリーニング方法も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、泌尿器系疾患マーカー、詳細には腎癌マーカーを同定するために、嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液をサンプルとして使用した。これは、嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液が直接癌組織に接しており、これまでの解析では検出されなかった微量なタンパク質が多く含まれている可能性が高いと考えたことによる。そこで発明者らは、嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液をサンプルとしてプロテオーム解析を実施し、14-3-3タンパク質β/α(すなわち、14-3-3タンパク質β及び/又は14-3-3タンパク質α)、プロテインS100-A9及びプラスチン-2を泌尿器系疾患マーカー、特に腎癌マーカーとして同定することに成功した。
【0007】
嚢胞液は、侵襲的手法によって患者から採取しなければならないが、鑑別診断において実際に用いる試料は、非侵襲的かつ簡易に採取できることが好ましい。この点、尿は、非侵襲的にかつきわめて簡易に採取できる試料である。そこで発明者らは、上記タンパク質が腎癌患者の尿中において検出されるか否かについて解析し、14-3-3タンパク質β/αが、腎癌患者の尿中で特異的に検出されることを実証した。さらに、他の14-3-3ファミリータンパク質である14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び/又は14-3-3タンパク質τも腎癌特異的に尿中で検出されることも実証した。これらの結果から、発明者らは、14-3-3ファミリータンパク質が、生体液(例えば、嚢胞液又は尿)での泌尿器系疾患マーカー(例えば、腎臓及び/又は膀胱の疾患マーカー、特に腎癌マーカー)として有用であり得ることを見出した。
【0008】
また驚くべきことに、14-3-3タンパク質β/αは、腎癌のみならず、膀胱癌及び/又は膀胱炎などの泌尿器系疾患に罹患した患者から得られた生体液(例えば尿)においても特異的に検出された。
これらの結果から、発明者らは、14-3-3ファミリータンパク質(例えば、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び/又は14-3-3タンパク質τ;好ましくは14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び/又は14-3-3タンパク質τ;より好ましくは14-3-3タンパク質α及び/又は14-3-3タンパク質β)は、腎臓の疾患(例えば腎癌)のみならず、膀胱、尿管、前立腺及び/又は尿道などを含む他の泌尿器系器官の疾患(例えば膀胱癌及び/又は膀胱炎)においても、疾患マーカーとして利用できる可能性を見出した。
【0009】
したがって、本発明は、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーを提供する。
【0010】
また本発明は、泌尿器系疾患の(鑑別)診断における、本発明の泌尿器系疾患マーカーの使用を提供する。
また本発明は、本発明の泌尿器系疾患マーカーを特異的に認識する泌尿器系疾患診断用抗体及びその製法を提供する。
また本発明は、本発明の泌尿器系疾患マーカーを検出することを特徴とする、泌尿器系疾患診断用キットを提供する。
【0011】
また本発明は、該泌尿器系疾患マーカー又はその抗体を使用することを特徴とする、泌尿器系疾患を有する対象のスクリーニング方法又はその診断方法であって、
(1)該対象から得られた生体液において本発明の泌尿器系疾患マーカーを検出する工程;及び、
(2)工程(1)において検出された該泌尿器系疾患マーカーの検出パターンに基づき、該対象が泌尿器系疾患陽性であると判定する工程;
を含む、前記方法又は診断方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の泌尿器系疾患マーカーは、泌尿器系疾患、詳細には腎臓又は膀胱の疾患、より詳細には腎臓の疾患(例えば、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎)を有する患者の生体液(例えば、嚢胞液又は尿)において特異的に検出される。したがって、本発明の泌尿器系疾患マーカーは、対象(例えば、ヒト患者)が、泌尿器系疾患を有するか否かを判別することに有用である。
また本発明の泌尿器系疾患マーカーは、検査試料として尿を使用し、検出することができる。尿は、非侵襲的にかつきわめて簡便に採取できる試料である。したがって、本発明の泌尿器系疾患マーカーを使用することによって、泌尿器系疾患、好適には腎臓又は膀胱の疾患、より好適には腎臓の疾患(例えば、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎)の鑑別診断に用いられるサンプルの採取をきわめて容易にすることができる。これはまた、従来型の生検鑑別診断において患者に多大な負担を強いていた侵襲的なサンプリングを回避することができるという効果にも寄与する。
このように、本発明の泌尿器系疾患マーカーを用いることにより、これまで実質的に実用化に至っていなかった泌尿器系疾患マーカー、好適には腎臓又は膀胱の疾患マーカー、より好適には腎臓の疾患マーカー(例えば、腎癌マーカー、膀胱癌マーカー及び/又は膀胱炎マーカー)を提供することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】嚢胞随伴性腎癌及び単純性嚢胞に由来する嚢胞液における、14-3-3タンパク質β/α、プロテインS100-A9及びプラスチン-2の各タンパク質についてのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。嚢胞随伴性腎癌由来の嚢胞液において、14-3-3タンパク質β/α及びプロテインS100-A9は4検体中3検体において検出され、プラスチン-2は4検体中2検体において検出された。一方、これらのタンパク質は、単純性嚢胞由来の嚢胞液において7検体のいずれにも検出されなかった。
【図2】腎癌患者由来の尿サンプルにおける、14-3-3タンパク質β/αのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。14-3-3タンパク質β/αは、腎癌患者由来の尿サンプル6検体中6検体において検出された。健常者由来の尿サンプル(6検体)には検出されなかった。T:癌患者由来の尿サンプル、N:健常者由来の尿サンプル。
【0014】
【図3】腎癌患者由来の尿サンプルにおける、他の14-3-3ファミリータンパク質についてのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。腎癌患者由来の尿サンプルにおいて、14-3-3タンパク質εは7検体中5検体、14-3-3タンパク質σは7検体中3検体、14-3-3タンパク質τ/θは7検体中5検体でそれぞれ検出された。一方、14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ(すなわち14-3-3タンパク質ζ、δ、η又はγの少なくとも1つ)は、腎癌患者由来の尿サンプル(7検体)において検出されなかった。健常者由来の尿サンプル(24検体)には、14-3-3タンパク質ε、σ若しくはτ/θ、又は14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ(すなわち14-3-3タンパク質ζ、δ、η又はγの少なくとも1つ)のいずれも検出されなかった。T:癌患者由来の尿サンプル、N:健常者由来の尿サンプル。
【図4】膀胱癌又は膀胱炎患者由来の尿サンプルにおける、14-3-3タンパク質β/αのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。(A)14-3-3タンパク質β/αは、膀胱癌患者由来の尿サンプルでは5検体中4検体において検出された。(B)14-3-3タンパク質β/αは、膀胱炎患者由来の尿サンプルでは5検体中1検体において検出された。T:癌患者由来の尿サンプル、C:膀胱炎由来の尿サンプル。
【0015】
【図5】転移巣を有する腎癌患者の腎摘出前後における、14-3-3タンパク質β/αのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。各患者は腎癌を有し、かつそれぞれ肺などに転移巣を有する患者である。これらの患者において、腎摘出前の尿サンプル(前)に14-3-3タンパク質β/αが検出されたのは5検体中3検体であったが、腎摘出後の尿サンプル(後)ではいずれも14-3-3タンパク質β/αが検出されなくなった。
【図6】腎臓移植の後に経時的に採取した尿中における、14-3-3タンパク質β/αのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。14-3-3タンパク質β/αは、腎臓移植後1〜8日目までは尿中において検出されたが、少なくとも15日までに尿中から検出されなくなった。
【0016】
【図7】腎癌組織及び正常腎組織の組織抽出液における、14-3-3タンパク質β/α(A)、14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ(すなわち、14-3-3タンパク質ζ、δ、η又はγの少なくとも1つ)(B)、及びプロテインS100-A9(C)についてのウエスタンブロッティングによる検出結果を示す。(A)14-3-3タンパク質β/αは、腎癌組織及び正常腎組織のいずれにも発現していた。(B)14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ(すなわち、14-3-3タンパク質ζ、δ、η又はγの少なくとも1つ)は、嚢胞随伴性腎癌組織及び正常腎組織のいずれにも発現しており、その発現量には有意な差が認められなかった。(C)プロテインS100-A9は、正常腎組織よりも嚢胞随伴性腎癌組織において顕著に発現が高いことが示された。T:腎癌組織抽出液サンプル、N:正常腎組織抽出液サンプル。
【図8】病理標本を用いた免疫組織化学。(A)正常腎組織における14-3-3タンパク質β/α(YWHAB) の発現について陽性の結果を示す。(B)腎癌組織(淡明細胞癌(Clear cell carcinoma))における14-3-3タンパク質β/α(YWHAB) の発現について陽性の結果を示す。(C)正常腎組織でのプロテインS100-A9の発現について陰性の結果を示す。(D)腎癌組織(淡明細胞癌(Clear cell carcinoma))におけるプロテインS100-A9の発現について陽性の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(定義)
本明細書において、用語「泌尿器系疾患」とは、任意の泌尿器系器官についての疾患をいい、以下を含むがこれらに限定されない:腎癌、腎炎、腎盂癌、腎盂腎炎、膀胱癌、膀胱炎、尿道癌、尿道炎、尿管癌、尿管炎、前立腺癌、前立腺炎、腎不全、急性腎不全、慢性腎不全、腎移植の慢性若しくは急性拒絶反応、腎炎症候群、ネフローゼ症候群、無症候性血尿・タンパク尿症候群、尿細管間質性腎炎、腎動脈の閉塞、アテローム塞栓性腎疾患、腎皮質壊死、悪性腎硬化症、腎静脈血栓症、尿細管性アシドーシス、腎性糖尿、腎性尿崩症、シスチン尿症、ファンコニ症候群、低リン酸血症性くる病、ハートナップ病、バーター症候群、リドル症候群、多発性嚢胞腎、髄質嚢胞性疾患、海綿腎、アルポート症候群、爪・膝蓋骨症候群、水腎症、尿路結石及び尿路感染症。
【0018】
本明細書において、用語「腎癌」とは、乳頭状/管状乳頭状腺腫、オンコサイトーマ、後腎性腺腫、淡明細胞癌、顆粒細胞癌、嫌色素細胞癌、紡錘細胞癌、嚢胞随伴性細胞癌(嚢胞由来腎細胞癌及び嚢胞性腎細胞癌を含む)、乳頭状腎細胞癌、及び集合細胞癌を含むがこれらに限定されない、任意の腎臓の癌をいう。好ましくは、用語「腎癌」は、淡明細胞癌、顆粒細胞癌、嫌色素細胞癌、紡錘細胞癌、嚢胞随伴性細胞癌(嚢胞由来腎細胞癌及び嚢胞性腎細胞癌を含む)及び乳頭状腎細胞癌を含む悪性腫瘍、並びに集合細胞癌をいう。
【0019】
本明細書において、用語「膀胱癌」とは、尿路上皮癌、扁平上皮癌及び腺癌を含むがこれらに限定されない、任意の膀胱の癌をいう。また、用語「膀胱癌」には、TNM分類によって分類される全ての病期の膀胱癌も含み、例えば、非浸潤性乳頭癌、上皮内癌、及び浸潤性癌(例えば、粘膜下結合組織、筋層及び/又は膀胱周囲脂肪組織などの組織に浸潤した癌を含む)などを含む。
【0020】
本明細書において、用語「膀胱炎」とは、膀胱に生じる任意の炎症をいい、例えば、細菌性膀胱炎、無菌性膀胱炎、CIS性膀胱炎、慢性膀胱炎、複雑性膀胱炎及び/又は間質性膀胱炎などを含むがこれらに限定されない。
【0021】
本明細書において、用語「泌尿器系」とは、腎臓、腎盂、膀胱、尿管、尿道又は前立腺などを含む、尿の生成、貯蔵及び輸送に関連する任意の泌尿器系の器官をいう。
【0022】
本明細書において、用語「14-3-3ファミリータンパク質」とは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び14-3-3タンパク質τを含む、任意の14-3-3タンパク質アイソフォームをいう。
【0023】
14-3-3ファミリータンパク質の特定のアイソフォームは、互いに異なる名前が付けられているにも関わらず、同じ遺伝子及び/又はタンパク質を示す場合がある。例えば、14-3-3タンパク質βと14-3-3タンパク質αは同じ遺伝子及び/又は遺伝子産物(例えば、ポリペプチド、タンパク質など)を示し、それゆえ、本明細書では「14-3-3タンパク質β/α」としても記載する。また、例えば、14-3-3タンパク質ζと14-3-3タンパク質δは同じ遺伝子及び/又は遺伝子産物(例えば、ポリペプチド、タンパク質など)を示し、それゆえ、本明細書では「14-3-3タンパク質ζ/δ」としても記載する。また、例えば、14-3-3タンパク質τと14-3-3タンパク質θは同じ遺伝子及び/又は遺伝子産物(例えば、ポリペプチド、タンパク質など)を示し、それゆえ、本明細書では「14-3-3タンパク質τ/θ」としても記載する。上記の14-3-3ファミリータンパク質の対は、本明細書において互換的に使用することができる。それゆえ、上記の対の一方の14-3-3タンパク質のみを記載する場合、その記載は、その対のもう一方の14-3-3タンパク質も意味し得る。
【0024】
本明細書において、用語「泌尿器系疾患マーカー」とは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、タンパク質又は(ポリ)ペプチドマーカー(群)をいう。本発明の泌尿器系疾患マーカーには、例えばリン酸化、糖鎖付加、アミド化、ユビキチン化及びアセチル化などにより修飾されたものも含み得る。
【0025】
本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質のアミノ酸配列は、以下のものである。
・14-3-3タンパク質β/α(Swiss-Protアクセッション番号: P31946)(配列番号1)
・14-3-3タンパク質γ(Swiss-Protアクセッション番号: P61981)(配列番号2)
・14-3-3タンパク質ζ/δ(Swiss-Protアクセッション番号:P63104)(配列番号3)
・14-3-3タンパク質ε(Swiss-Protアクセッション番号:P62258)(配列番号4)
・14-3-3タンパク質η(Swiss-Protアクセッション番号:Q04917)(配列番号5)
・14-3-3タンパク質τ/θ(Swiss-Protアクセッション番号:P27348)(配列番号6)
・14-3-3タンパク質σ(Swiss-Protアクセッション番号:P31947)(配列番号7)
・プロテインS100-A9(Swiss-Protアクセッション番号:P06702)(配列番号8)
・プラスチン-2(Swiss-Protアクセッション番号:P13796)(配列番号9)
【0026】
当業者であれば、これらの泌尿器系疾患マーカータンパク質の独自性、すなわち該タンパク質を特徴づける特異的なアミノ酸配列(例えば、モチーフ、ドメイン又はボックス配列など)などが保持されることを条件として、該タンパク質におけるアミノ酸配列の欠失、付加、変異又は置換が許容され得ることは理解されるであろう。そのような欠失、付加、変異又は置換の数は、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質の独自性が保持されることを条件として、限定されない(例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、又はそれ以上)。一般的に、同じ性質を有するアミノ酸相互間での変異又は置換は、当該タンパク質の機能に全くあるいはほとんど影響を与えないので、該変異又は置換を含むタンパク質は、元のタンパク質(例えば、上記配列番号で特定される本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質)と同等であるとみなすことができる。そのようなアミノ酸の性質としては、例えば以下のようなカテゴリーを挙げることができる:例えば、酸性アミノ酸(アスパラギン酸及びグルタミン酸)、塩基性アミノ酸(リジン、ヒスチジン及びアルギニン)、疎水性(脂肪族)アミノ酸(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン及びイソロイシン)、含硫アミノ酸(メチオニン及びシステイン)、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシン)、酸性アミノ酸アミド(アスパラギン及びグルタミン)、又は中性アミノ酸(グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、プロリン、セリン、スレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン及びグルタミン)。
【0027】
本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質のcDNA配列は、以下のものである。
・14-3-3タンパク質β/α cDNA(配列番号10)
・14-3-3タンパク質γ cDNA(配列番号11)
・14-3-3タンパク質ζ/δ cDNA(配列番号12)
・14-3-3タンパク質ε cDNA(配列番号13)
・14-3-3タンパク質η cDNA(配列番号14)
・14-3-3タンパク質τ/θ cDNA(配列番号15)
・14-3-3タンパク質σ cDNA(配列番号16)
・プロテインS100-A9 cDNA(配列番号17)
・プラスチン-2 cDNA(配列番号18)
【0028】
当業者であれば、これらの泌尿器系疾患マーカーcDNAによってコードされるタンパク質の独自性、すなわち該タンパク質を特徴づける特異的なアミノ酸配列(例えば、モチーフ、ドメイン又はボックス配列など)などが保持されることを条件として、該cDNA配列におけるヌクレオチドの欠失、付加、変異又は置換が許容され得ることは理解されるであろう。そのような欠失、付加、変異又は置換の数は、本発明の泌尿器系疾患マーカーcDNAによってコードされるタンパク質の独自性が保持されることを条件として、限定されない(例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、又はそれ以上)。特に、コードするアミノ酸が変化しない、いわゆる「コドンのゆらぎ」が、上記配列番号で特定した配列と全く同等の機能を有することは、当業者に理解されるであろう。
【0029】
また、上記配列番号で特定されるcDNA配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ該cDNA配列に少なくとも30%(好ましくは35%、40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、96%、97%、98%若しくは99%又はそれ以上)の同一性を有する核酸配列も、本発明の泌尿器系疾患マーカーcDNAによってコードされるタンパク質の独自性を保持することを条件として、本発明に包含され得る。ストリンジェントな条件は、一般に、規定されたイオン強度のpHで、特定配列(例えば、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質のcDNA)に関して、融解温度(Tm)よりも約5〜10℃低いように選択される。Tmは、特定配列と50%相補的なプローブが、規定されたイオン強度、pH及び核酸濃度において、平衡状態で該特定の配列とハイブリダイズする温度である。特定配列は過剰に存在するので、Tmで平衡時にプローブの50%は占拠される。ストリンジェントな条件は、例えば:pHについては7.0〜8.3;塩濃度については約1.0M未満のナトリウムイオン、典型的には約0.01〜1.0Mナトリウムイオン濃度(又は他の塩);並びに、温度については、短いプローブ(例えば10〜50ヌクレオチド)の場合には少なくとも約30℃、及び長いプローブ(例えば50ヌクレオチドよりも大きい)の場合には少なくとも60℃;であり得る。ストリンジェントな条件は、例えばホルムアミドなどの脱安定化剤の添加により実現することもできる。選択的又は特異的ハイブリダイゼーションに関して、陽性シグナルは、少なくともバックグラウンドの2倍であり、好ましくはバックグラウンドハイブリダイゼーションの10倍である。非限定的な例において、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、6×塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム(SSC)中、約45℃でのハイブリダイゼーション、それに続く0.1×SSC、0.2%SDS中で約68℃での1回以上の洗浄である。好ましい非限定的な例において、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、6×SSC中、約45℃でのハイブリダイゼーション、それに続く0.2×SSC、0.1%SDS中で50〜65℃での洗浄(すなわち、50℃、55℃、60℃又は65℃での1回又は複数回の洗浄)である。
【0030】
また、本発明の泌尿器系疾患マーカーは、遺伝子名でも表すことができる。それぞれの本発明の泌尿器系疾患マーカーに対応する遺伝子名を括弧内に示す。
・14-3-3タンパク質β/α (YWHAB)
・14-3-3タンパク質γ (YWHAG)
・14-3-3タンパク質ζ/δ (YWHAZ)
・14-3-3タンパク質ε (YWHAE)
・14-3-3タンパク質η (YWHAH)
・14-3-3タンパク質τ/θ (YWHAQ)
・14-3-3タンパク質σ (SFN)
・プロテインS100-A9 (S100A9)
・プラスチン-2 (LCP1)
また、同じ遺伝子及び/又はその遺伝子産物(例えば、タンパク質)に複数の名前が付けられる場合があることは、当業者に周知である。したがって、本発明の泌尿器系疾患マーカーについて本明細書に記載した以外の別名も本発明の範囲内であることが意図されている。
【0031】
本明細書における用語「泌尿器系疾患マーカー」の文脈において、用語「断片」とは、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質、すなわち14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質の一部のアミノ酸配列を含むポリペプチド、又は該ポリペプチドをコードする核酸配列(例えばcDNA配列)をいう。したがって、用語「断片」は、タンパク質又は(ポリ)ペプチドの文脈において、本発明の各泌尿器系疾患マーカータンパク質の全長の範囲内で、そのアミノ酸残基数が、全長から少なくとも1アミノ酸残基短いポリペプチド、例えば1〜1000、1〜500、1〜200、1〜100、1〜50、1〜20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2又は1アミノ酸残基短いポリペプチドをいう。また、用語「断片」は、核酸配列(例えばcDNA)の文脈において、本発明の各泌尿器系疾患マーカータンパク質をコードする核酸配列(例えばcDNA配列)の全長の範囲内で、その塩基数が、全長から少なくとも1塩基短い核酸配列、例えば1〜2000、1〜1000、1〜500、1〜200、1〜100、1〜50、1〜20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2又は1塩基短い核酸配列をいう。
【0032】
本明細書において、用語「抗原結合部位」とは、本発明の泌尿器系疾患マーカーをエピトープとして認識し結合し得る部位をいう。したがって、用語「抗原結合部位を含む断片」には、抗体の一部分、例えばFab又はF(ab')2などを含み得る。
【0033】
本明細書において、用語「対象」には任意の哺乳動物(例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ネコ、イヌ、ラット、マウス、サル、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン及びヒト)を含み、好ましくは霊長類(例えば、サル、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン及びヒト)、最も好ましくはヒトをいう。
【0034】
本明細書において、用語「生体液」とは、当業者に周知の方法により、生体から得ることができる任意の液体成分をいう。例えば、用語「生体液」には、尿、嚢胞液、血漿、血清、リンパ液、唾液、涙液、脳脊髄液、腹水及び胸水などを含む。用語「生体液」には、生体由来の任意の器官、組織又は細胞、特に泌尿器系(例えば、腎臓、腎盂、膀胱、尿管及び尿道)の器官、組織又は細胞から調製した溶液も含み得る。また本明細書における用語「生体液」は、泌尿器系疾患、特に腎癌、腎炎、腎盂癌、腎盂腎炎、膀胱癌、膀胱炎、尿道癌、尿道炎、尿管癌、尿管炎、前立腺癌、前立腺炎などに罹患した患者由来の任意の器官、組織又は細胞から調製した溶液も含み得る。これらの生体液は、当業者に周知の方法で得ることができ、かつ本発明の実施に適合するように任意に調製することができる。
【0035】
本明細書において、用語「嚢胞液」とは、当業者に周知の方法により、生体内の任意の器官に生じた嚢胞から得られる液体成分を含む。好適には、「嚢胞液」は、用語腎臓、腎盂、膀胱、尿管又は尿道などの泌尿器系器官、より好適には腎臓に由来する嚢胞液をいう。嚢胞液は当業者に周知の方法で得ることができる。例えば腎嚢胞液を得ることを望む場合、腎嚢胞穿刺又は嚢胞開窓術などを実施することができる。
【0036】
(本発明の泌尿器系疾患マーカー)
本発明は、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーを提供する。
本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質は、それぞれ、先に定義した配列によって特定される。また、本発明の泌尿器系疾患マーカーは、それぞれ、先に定義した配列の全て又は一部の配列を含む断片であってよい。本発明の泌尿器系疾患マーカーは、任意の1つであってよく、又は特定の組合せであってよい。
【0037】
本発明の泌尿器系疾患マーカーは、生体由来の任意の生体液、細胞、組織、器官又は組織切片などにおいて、その存在及び/又は非存在を検出することができる。本発明の泌尿器系疾患マーカーは、該マーカーに親和性を有する任意の分子により検出することができる。そのような親和性分子には、例えば、抗体、低分子化合物、高分子化合物、タンパク質、ペプチド及び核酸(DNA又はRNA)などを含む。好ましくは、該親和性分子は、抗体又はその抗原結合部位を含む断片である。該親和性分子は、1種のみを使用してもよく、又は任意の組合せであってよい。好ましい実施態様において、親和性分子は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である。本発明の実施態様において、本発明の疾患マーカーに親和性を有する分子は、色素又は蛍光色素、放射性同位体、及び酵素などで任意に標識されたものであってよい。
【0038】
典型的な実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーが検出される場合、当該泌尿器系疾患に陽性と判定される。本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出パターンと、陽性と判定される泌尿器系疾患との対応関係は、予め設定することができる。好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の1つの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。別の好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の組合せの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。特定の実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出及び不検出の特定の組合せは、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。
【0039】
本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出は、任意の当業界で公知の検出技術を利用して実施できる。この検出に利用できる技術には、ウエスタンブロット法、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、サンドイッチELISA、酵素免疫測定法(EIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射免疫測定法(RIA)、蛍光偏光免疫測定法(FPIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、ELISPOT法、免疫沈降アッセイ、沈降素反応、ゲル拡散沈降素反応、免疫拡散アッセイ、凝集アッセイ、補体固定アッセイ、免疫放射線測定法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイ、免疫組織化学及び蛍光標示式細胞分取(FACS)などを含むが、これらに限定されない。
このようにして検出される本発明の泌尿器系疾患マーカーは、例えばリン酸化、糖鎖付加、アミド化、ユビキチン化及びアセチル化などによって修飾されたものであってよい。
【0040】
本発明の実施態様において、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び14-3-3タンパク質τからなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーが提供される。この実施態様は、サンプルが尿である場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌の鑑別に好ましい。
【0041】
本発明の実施態様において、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーが提供される。この実施態様は、サンプルが嚢胞液である場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌の鑑別に好ましい。
【0042】
本発明の実施態様において、本発明は、14-3-3タンパク質α若しくは14-3-3タンパク質βタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーである。この実施態様は、サンプルが尿である場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎の鑑別に好ましい。
【0043】
(本発明の泌尿器系疾患診断用抗体)
本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその断片を抗原として使用して、本発明の泌尿器系疾患マーカー若しくはその断片に対する抗体又はその抗原結合部位を含む断片(例えば、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質γ抗体、抗14-3-3タンパク質δ抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質ζ抗体、抗14-3-3タンパク質η抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体、抗14-3-3タンパク質τ抗体、抗プロテインS100-A9タンパク質抗体及び抗プラスチン-2タンパク質抗体からなる群から選択される抗体若しくはこれらの抗原結合部位を含む断片)を作製できる。本発明の抗体は、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片を特異的に認識できるポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である。特にモノクローナル抗体は、特定のエピトープのみを認識し得るので、抗原特異性に優れる。
【0044】
(本発明の泌尿器系疾患診断用抗体又はその抗原結合部位を含む断片の調製)
本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片に免疫特異的なポリクローナル抗体は、当該技術分野において周知の様々な手法により作製することができる。例えば、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片を、非ヒト哺乳動物、例えば、ウサギ、ラット、マウス、モルモット、ヤギ、ラクダ、サル、ヒツジ、ブタ、イヌなどを含むが、これらに限定されない任意の宿主動物へ投与(免疫)し、該抗原に対し特異的なポリクローナル抗体を含有する血清の生成を誘導することができる。宿主種に応じ免疫学的応答を増大させるために、様々なアジュバントを使用してもよく、これにはフロイント(完全及び不完全)、水酸化アルミニウムなどの無機ゲル、リゾレシチンなどの界面活性剤、プルロニックポリオール、ポリアニオン、ペプチド、油状乳剤、キーホールリンペットヘモシアニン、ジニトロフェノールなどがある。
【0045】
本発明の抗体の調製において、免疫感作は常法により行うことができる。例えば本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片を抗原として、例えば7〜30日間隔で2〜3回投与するのが好ましい。抗原の投与量は1回当たり、例えばマウスでは約0.05〜2mg程度とする。投与経路も特に限定する必要はなく、皮下、皮内、腹膜腔内、静脈、筋肉内を適宜選択できる。
【0046】
免疫感作した哺乳動物を一定期間飼育した後、抗体価の上昇後、例えば100μg〜1000μgの抗原で追加免疫することができる。最後の投与から通常1〜2ケ月後に免疫感作した哺乳動物から血液を採取して、該血液を、例えば遠心分離、硫酸アンモニウム又はポリエチレングリコールを用いた沈澱、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィー等の常法によって分離・精製することにより、ポリクローナル抗血清として、本発明の泌尿器系疾患マーカーを認識するポリクローナル抗体を得ることができる。
【0047】
また、モノクローナル抗体は、抗体産生細胞をクローニングすることによって得ることができる。モノクローナル抗体は、ハイブリドーマ、組換え体、及びファージディスプレー技術、又はそれらの組合せを含む、当該技術分野において公知の多種多様な技術を用いて調製することができる。一般的には、免疫動物から回収した抗体産生細胞を適当な融合パートナーと細胞融合させることによってハイブリドーマを形成し、HAT培養液によって癌細胞のハイブリドーマを選択した後、産生される抗体の活性を指標としてスクリーニングを行う。より詳細には、マウスを、非マウス抗原で免疫処置し、一旦免疫応答が検出されたならば(例えば、その抗原、すなわち本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片に対する特異抗体がマウス血清中に検出されたならば)、マウス脾臓を摘出し、脾細胞を単離する。次に脾細胞を、周知の技術により、適当な骨髄腫細胞、例えばATCCより入手可能な細胞株SP20由来の細胞へ融合する。ハイブリドーマを選択し、限定希釈によりクローニングする。さらにRIMMS(多位置反復免疫)技術を使用し、動物を免疫処置する(Kilpatrackらの論文、1997, Hybridoma 16:381-9)。次にハイブリドーマクローンは、本発明のポリペプチドの結合が可能な抗体を分泌する細胞について、当該技術分野において公知の方法を用いてアッセイする。高レベルの抗体を含有する腹水を、マウスを陽性ハイブリドーマクローンで免疫処置することにより作製することができる。マウスを免疫動物とするときには、融合パートナーとしては、マウス由来のミエローマ細胞が好ましい。
【0048】
本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定のエピトープを認識する抗体断片は、当業者に公知の技術により作製することができる。例えば、本発明のFab及びF(ab')2断片は、パパイン(Fab断片を作製)又はペプシン(F(ab')2断片を作製)などの酵素を使用して、免疫グロブリン分子のタンパク質分解性切断により作製することができる。F(ab')2断片は、可変領域、軽鎖定常領域及び重鎖のCH1ドメインを含む。更に本発明の抗体は、当該技術分野に公知の様々なファージディスプレイ法を用いて、作製することもできる。単ドメイン抗体、例えば軽鎖を欠いている抗体も、当該技術分野において周知の方法により作製することができる。
【0049】
(抗原として使用する本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその断片の調製)
先に記載した本発明の抗体又はその抗原結合部位を含む断片を作製するために、本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその断片を発現させて使用することができ、又は生体液などの生体試料から精製して使用することができる。例えば、本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその断片に対応するcDNAを組み込んだベクターを作製し、適切な宿主細胞に導入して形質転換した後、該形質転換細胞を培養し、該細胞若しくは培養液から抽出及び/又は精製することにより、抗原として抗体産生誘導に用いることができる。
このようなベクター作製に使用できる本発明の泌尿器系疾患マーカーのcDNA配列は、それぞれ、先に定義した配列によって特定される。本発明の抗体作製に使用する核酸配列(例えばcDNA)は、それぞれ、先に定義した配列の全て又は一部を含む断片であってよい。
【0050】
該宿主細胞は、哺乳動物の遺伝子を発現し得る任意の細胞であってよく、例えば細菌(例えば、大腸菌及び枯草菌)、酵母(例えば、サッカロミセス・ピキア)、哺乳類細胞(例えば、COS、CHO、BHK、293、NSO及び3T3細胞)、昆虫(Sf-9またはSf-21)及び植物等の細胞を用いることができる。これらの細胞の形質転換には、抗原コード配列を含む組換えバクテリオファージDNA、プラスミドDNA又はコスミドDNAなどを含む発現ベクター、抗原コード配列を含む組換え酵母発現ベクター、抗原コード配列を含む組換えウイルス発現ベクター(例えば、バキュロウイルス)、抗原コード配列を含む組換えウイルス発現ベクター(例えば、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)及びタバコモザイクウイルス(TMV))、抗原コード配列を含む組換えプラスミド発現ベクター(例えば、Tiプラスミド)などであってよい。また、これらのベクターは、それぞれの宿主内での発現に必要な任意のプロモーター、例えば、SV40プロモーター、CMVプロモータ、メタロチオネインプロモーター、アデノウイルス後期プロモーター、ワクシニアウイルス7.5Kプロモーター、ヒトサイトメガロウイルス由来主要中初期プロモーターエレメントなどを含み得る。発現ベクターは、Lipofectamin(商標)などのリポソーム系試薬、jetPRIME(商標)などの非リポソーム系試薬、ジエチルアミノエチル(DEAE)−デキストラン法(Luthman, H.及びMagnusson, G.の文献 (1983) Nucleic Acids Res, 11, 1295-1308)、リン酸カルシウム−DNA共沈殿法(Graham, F. L.及びvan der Eb, A. J.の文献 (1973) Virology 52, 456-457)、及び電気パルス穿孔法(Neumann, E.らの文献 (1982) EMBO J. 1, 841-845)等により該宿主細胞に取り込ませることができる。
【0051】
また、宿主細胞としてCHO細胞や293細胞を用いる場合には、発現ベクターと共に、抗生物質G418耐性マーカーとして機能するneo遺伝子を発現し得るベクター、例えば、
pRSVneo(Sambrook, J.らの文献(1989) : 「分子クローニング:研究室マニュアル(Molecular Cloning A Laboratory Manual)」、Cold Spring Harbor Laboratory, NY)やpSV2neo(Southern, P. J.及びBerg, P.の文献 (1982) J. Mol. Appl. Genet. 1, 327-341)等をコトランスフェクトし、G418耐性のコロニーを選択することにより、目的のポリペプチドを安定に産生する形質転換細胞を得ることができる。
【0052】
細菌系において、多くの発現ベクターは、発現される抗体分子の意図された用途に応じて選択及び使用できる。例えば、本発明の抗体作製のために大量の抗原(すなわち本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片)が所望される場合、迅速に精製される高レベルの融合タンパク質産物の発現を指示するベクターが望ましい。典型的には、このようなベクターは、該抗原のコード配列が、融合タンパク質が産生されるように、lac Zコード領域と共にインフレームで連結されている。ベクターには、例えば、大腸菌発現ベクターpUR278(Rutherらの論文、1983, EMBO 12:1791);pINベクター(Inouye及びInouyeの論文、1985, Nucleic Acids Res. 13:3101- 3109;Van Heeke及びSchusterの論文、1989, J. Biol. Chem. 24:5503-5509);などを含むが、これらに限定されるものではない。pGEXベクターも、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質として外来ポリペプチドを発現するために、使用できる。一般にこのような融合タンパク質は可溶性であり、マトリクスグルタチオンアガロースビーズへの吸着及び結合、それに続く遊離のグルタチオンの存在下での溶離により、溶解された細胞から容易に精製することができる。pGEXベクターは、クローニングされた標的遺伝子産物がGST部分から放出されるように、トロンビン又は第Xa因子プロテアーゼ切断部位を含むようにデザインされる。Hisタグなどの他のタグを付加できる、pETベクターシリーズ(タカラバイオ社から入手可能)なども使用できる。
【0053】
また、昆虫細胞を宿主細胞として用いる場合には、鱗翅類ヤガ科のヨトウガ(Spodoptera frugiperda)の卵巣細胞由来株化細胞(Sf-9またはSf-21)やイラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)の卵細胞由来High Five細胞(Wickham, T. J.らの文献 (1992) Biotechnol. Prog. 5:391-396)等が宿主細胞としてよく用いられ、バキュロウイルスベクターとしてはオートグラファ核多角体ウイルス(AcNPV)のポリヘドリン蛋白質のプロモーターを利用したpVL1392/1393を用いることができる(Kidd,i. M.及びV.C. Emery (1993)の文献、Applied Biochemistry and Biotechnology 420, 137-159)。さらに、バキュロウイルスのP10や同塩基性蛋白質のプロモーターを利用したベクターも使用できる。さらに、AcNPVのエンベロープ表面蛋白質GP67の分泌シグナル配列を目的蛋白質のN末端側に繋げることにより、組換え蛋白質を分泌蛋白質として発現させることも可能である(Zhe-mei Wang,らの文献 (1998) Biol. Chem., 379, 167-174)。前記組換え細胞を常法に従って培養することにより、その細胞膜上に目的の蛋白質を産生する。該培養に用いられる培地としては、採用した宿主細胞に応じて慣用される各種の培地を適宜選択できる。
【0054】
(化学合成法による作成)
該ポリペプチド断片の化学合成は、当分野で周知の化学的方法によって行うことができる。例えば、固相技術を用いるペプチド合成は、バッチ式或いは連続的なフロープロセスによって行うことができる。連続的なフロープロセスでは、αアミノ保護及び側鎖保護アミノ酸残基をリンカーを介して不溶性の高分子支持物に連続的に追加する。メチルアミン誘導体化ポリエチレングリコールなどのリンカーを、ポリ(スチレン-co-ジビニルベンゼン)に結合させて支持レジンを形成する。このアミノ酸残基は、酸不安定Boc(t-ブチルオキシカルボニル)法、若しくは塩基不安定Fmoc(9-フルオレニルメトキシカルボニル)法によって保護されたN-α-である。保護されたアミノ酸のカルボキシル基をリンカーのアミンに結合して、この残基を固相支持レジンに結合させる。Boc若しくはFmocを用いた場合、トリフルオロ酢酸若しくはピペリジンを用いて保護基を除去する。カップリング試薬若しくは予め活性化されたアミノ酸誘導体を用いて、追加する各アミノ酸を結合された残基に付加してから、レジンを洗浄する。完全長のペプチドは、連続的な保護の停止、即ち誘導体化アミノ酸を結合させて合成し、ジクロロメタン及び/またはN、N-ジメチルホルムアミドで洗浄する。このペプチドは、ペプチドカルボキシル末端とリンカーとの間で切断され、ペプチド酸またはペプチドアミドが作られる(Novabiochem社 1997/98 カタログ及びペプチド合成ハンドブック(Catalog and Peptide Synthesis Handbook), San Diego CA pp. S1-S20)。ABI 431 A ペプチドシンセサイザー(Applied Biosystems社)などの装置を用いて、ペプチドを自動合成することができる。合成したポリペプチド断片を高性能液体クロマトグラフィーによって精製し、その組成をアミノ酸解析またはシークエンシングによって確認することができる(Creightonの文献 (1984) 「タンパク質:構造及び分子特性(Proteins: Structures and Molecular Properties)」, WH Freeman, New York NY)。
【0055】
得られた抗体の検定には、例えばELISAなどが利用できる。ELISAを利用する場合、抗原(すなわち、本発明の泌尿器系疾患マーカータンパク質又はその断片)を処理したマイクロプレートを用意し、これにハイブリドーマの培養上清を適当に希釈した試料を加えて反応させる。十分に反応させた後にウエルを洗浄し、イムノグロブリンに対する二次抗体を更に反応させる。最終的にウエルに結合した二次抗体を測定すれば、培養上清中に存在する抗体の前記抗原に対する結合活性を定量的に知ることができる。
【0056】
(本発明の泌尿器系疾患診断用キット)
本発明は、本発明の泌尿器系疾患マーカーを検出することを特徴とする、泌尿器系疾患診断用キットを提供する。本発明のキットには、本明細書に定義する生体液を必要に応じて適切に処理して適用できる。好ましくは、該泌尿器系疾患は、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎、より好ましくは腎癌である。本発明のキットで検出される本発明の泌尿器系疾患マーカーは、例えばリン酸化、糖鎖付加、アミド化、ユビキチン化及びアセチル化などによって修飾されたものであってよい。一実施態様において、本発明は、本発明の泌尿器系疾患マーカーを特異的に認識する親和性試薬を含む、泌尿器系疾患診断用キットである。ある実施態様において、本発明は、本発明の泌尿器系疾患マーカーを特異的に認識する泌尿器系疾患診断用抗体を含む、泌尿器系疾患診断用キットである。特定の実施態様において、本発明の抗体は、固相支持体上に固定されている。該固相支持体は、プラスチック又はガラスなど任意の適切な材質から作成されたディッシュ、ウエル、ストリップ又はチップなどの基板であってよい。該基板の表面は任意に被覆修飾されたものでよい。
【0057】
一実施態様において、本発明は泌尿器系疾患の診断用キットであって、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質γ抗体、抗14-3-3タンパク質δ抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質ζ抗体、抗14-3-3タンパク質η抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体、抗14-3-3タンパク質τ抗体、抗プロテインS100-A9タンパク質抗体及び抗プラスチン-2タンパク質抗体からなる群から選択される抗体又はその抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含むキットである。
【0058】
好ましい実施態様において、本発明のキットに供される試料は、尿である。尿は、そのまま使用することができ、又は予め脱塩若しくは濃縮などの適切な処理を実施することができる。別の実施態様において、本発明のキットに供される試料は、嚢胞液(例えば、腎臓由来)である。嚢胞液は、そのまま使用することができ、又は予めタンパク質抽出若しくは濃縮などの適切な処理を実施することができる。
【0059】
典型的な実施態様において、本発明のキットにおいて本発明の泌尿器系疾患マーカーが検出される場合、当該泌尿器系疾患に陽性と判定される。本発明のキットにおける本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出パターンと、陽性と判定される泌尿器系疾患との対応関係は、予め設定することができる。好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の1つの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。別の好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の組合せの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。特定の実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出及び不検出の特定の組合せが、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。
【0060】
本発明のキットは、特定の泌尿器系疾患(例えば、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎)に特異的であるように調製されていてよい。
好ましい実施態様において、本発明は腎癌診断用キットであって、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体及び抗14-3-3タンパク質τ抗体からなる群から選択される抗体又はその抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含むキットである。この実施態様において好ましいサンプルは尿である。この実施態様において、本発明の抗体又はその抗原結合部位を含む断片は、好ましくは固相支持体上に固定されている。
【0061】
別の好ましい実施態様において、本発明は腎癌診断用キットであって、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗プロテインS100-A9抗体及び抗プラスチン-2抗体からなる群から選択される抗体又はその抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含むキットである。この実施態様において好ましいサンプルは嚢胞液である。この実施態様において、本発明の抗体又はその抗原結合部位を含む断片は、好ましくは固相支持体上に固定されている。
【0062】
別の好ましい実施態様において、本発明は腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎診断用キットであって、抗14-3-3タンパク質α抗体若しくは抗14-3-3タンパク質β抗体又はその抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含むキットである。この実施態様において好ましいサンプルは尿である。この実施態様において、本発明の抗体又はその抗原結合部位を含む断片は、好ましくは固相支持体上に固定されている。
【0063】
本発明のキットは、ウエスタンブロット法、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、サンドイッチELISA、酵素免疫測定法(EIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射免疫測定法(RIA)、蛍光偏光免疫測定法(FPIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、ELISPOT法、免疫沈降アッセイ、沈降素反応、ゲル拡散沈降素反応、免疫拡散アッセイ、凝集アッセイ、補体固定アッセイ、免疫放射線測定法、蛍光イムノアッセイ、プロテインAイムノアッセイ、免疫組織化学及び蛍光標示式細胞分取(FACS)などによる、本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出に適合化されたものであり得る。例えば、本発明がサンドイッチELISAに適合化されたキットである場合、本発明の泌尿器系疾患マーカーに対する親和性試薬(例えば抗体)は、例えばプレートのウエル内に予め固定されていてよい。
【0064】
(本発明の泌尿器系疾患を有する患者のスクリーニング方法又はその診断方法)
本発明は、泌尿器系疾患を有する可能性のある対象のスクリーニング方法又はその診断方法であって:
(1)該対象から得られた生体液において本発明の泌尿器系疾患マーカーを検出する工程;及び、
(2)工程(1)において検出された該泌尿器系疾患マーカーの検出パターンに基づき、該対象が泌尿器系疾患陽性であると判定する工程;
を含む、前記方法を提供する。
【0065】
前記検出工程(1)は、該マーカーに親和性を有する任意の分子により実施することができる。そのような親和性分子には、例えば、抗体、低分子化合物、高分子化合物、タンパク質、ペプチド及び核酸(DNA又はRNA)などを含む。好ましくは、該親和性分子は、抗体又はその抗原結合部位を含む断片である。より詳細には、該親和性分子は、好ましくは抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質γ抗体、抗14-3-3タンパク質δ抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質ζ抗体、抗14-3-3タンパク質η抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体、抗14-3-3タンパク質τ抗体、抗プロテインS100-A9タンパク質抗体及び抗プラスチン-2タンパク質抗体からなる群から選択される抗体又はこれらの抗原結合部位を含む断片であり得る。該親和性分子は、1種のみを使用してもよく、又は任意の組合せであってよい。好ましい実施態様において、親和性分子は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体である。本発明の実施態様において、本発明の疾患マーカーに親和性を有する分子は、色素又は蛍光色素、放射性同位体、及び酵素などで任意に標識されたものであってよい。
【0066】
典型的な実施態様において、本発明のスクリーニング方法又はその診断方法において本発明の泌尿器系疾患マーカーが検出される場合、当該泌尿器系疾患に陽性と判定される。本発明のスクリーニング方法又はその診断方法における本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出パターンと、陽性と判定される泌尿器系疾患との対応関係は、予め設定することができる。好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の1つの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。別の好ましい実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの特定の組合せの検出が、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。特定の実施態様において、本発明の泌尿器系疾患マーカーの検出及び不検出の特定の組合せは、特定の泌尿器系疾患に対応付けられている。
【0067】
前記検出工程(1)は、任意の当業界で公知の検出技術を利用して実施できる。この検出に利用できる技術には、ウエスタンブロット法、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、サンドイッチELISA、酵素免疫測定法(EIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射免疫測定法(RIA)、蛍光偏光免疫測定法(FPIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、ELISPOT法、免疫沈降アッセイ、沈降素反応、ゲル拡散沈降素反応、免疫拡散アッセイ、凝集アッセイ、補体固定アッセイ、免疫放射線測定法、蛍光イムノアッセイ及びプロテインAイムノアッセイなどを含むが、これらに限定されない。
このようにして検出される本発明の泌尿器系疾患マーカーは、例えばリン酸化、糖鎖付加、アミド化、ユビキチン化及びアセチル化などによって修飾されたものであってよい。
【0068】
本発明の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、特定の本発明の泌尿器系疾患マーカーが検出されることを特徴とする。別の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、特定の本発明の泌尿器系疾患マーカーが検出されないことを特徴とする。さらに、別の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、検出される本発明の泌尿器系疾患マーカーと、検出されない本発明の泌尿器系疾患マーカーとの特定の組合せによることを特徴とする。
【0069】
前記判定工程(2)における検出パターンは、特定の泌尿器系疾患(例えば、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎)と関連付けることができる。
本発明の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び14-3-3タンパク質τからなる群から選択されるタンパク質、又はこれらの断片の少なくとも1が検出されることを特徴とする。この実施態様は、サンプルとして尿を用いる場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌の鑑別に好ましい。
【0070】
本発明の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーが提供される。この実施態様では、サンプルとして嚢胞液を用いる場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌の鑑別に好ましい。
【0071】
本発明の実施態様において、前記判定工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α若しくは14-3-3タンパク質βタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカーである。この実施態様は、サンプルとして尿を用いる場合に好ましい。また、この実施態様は、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎の鑑別に好ましい。
【0072】
(組織サンプルを使用する本発明のスクリーニング方法又はその診断方法)
組織サンプルを得ることができる場合には、泌尿器系疾患を有する可能性のある対象から得られた泌尿器系組織切片又は組織抽出物中の本発明の泌尿器系疾患マーカーの発現量を、泌尿器系疾患を有しない対象から得られた泌尿器系組織切片又は組織抽出物中の本発明の泌尿器系疾患マーカーの発現量と比較することができる。典型的実施態様において、該泌尿器系疾患は、腎癌である。この実施態様において、好ましくは、泌尿器系組織には、正常腎組織、又は腎疾患(例えば腎癌)に罹患した腎臓組織が使用される。この実施態様において、好ましくは、泌尿器系疾患マーカーは、プロテインS100-A9タンパク質又はその断片である。好ましい実施態様において、前記生体液中に前記タンパク質又はその断片の少なくとも1つが検出された対象から得られた泌尿器系組織切片又は組織抽出物中のプロテインS100-A9タンパク質又はその断片の発現量が、前記泌尿器系疾患を有しない対象から得られた泌尿器系組織切片又は組織抽出物中のプロテインS100-A9タンパク質若しくはその断片の発現量よりも少なくとも2倍多い場合、例えば少なくとも5倍多い場合、例えば少なくとも10倍多い場合に、泌尿器系疾患陽性と判定される。このような比較は、尿などの他の生体液サンプルを使用して実施した本発明のスクリーニング方法又はその診断方法の判定の結果の精度を高めるために、実施できる。典型的には、該比較は、ウエスタンブロッティング、ELISA、サンドイッチELISA及び免疫組織化学などの当業界において一般的に使用される検出技術により達成できる。
【0073】
下記実施例は本発明の説明を意図するものであり、いかなる意味においても本発明の保護範囲を制限するものではない。本発明の精神及び範囲から逸脱しない限り、当業者は、本発明の変更、同等物の置換、及び他の種類の代替を実施できる。本発明の保護範囲は、本件出願の特許請求の範囲に記載される。
【実施例】
【0074】
(サンプルの採取及び調製)
以下に記載する実施例において使用した生体液(例えば、血液、尿、嚢胞検体及び組織検体)は、北里大学病院(神奈川、日本)で採取された。研究目的の検体使用の許可を得るため、北里大学病院内倫理委員会から承認を得て、かつ患者に十分なインフォームドコンセントをし、書面で同意を得た。
血清、尿、嚢胞液は、室温にて1,000×g、20分で遠心分離し、その上澄みを採取し、使用する時まで-80℃で保存した。組織はパラフィンブロックとして処理し、使用するまで室温で保存した。以下の実施例において特に断りのない限り、各生体液試料の解析は、以下の量又はタンパク質相当量で実施した:血清及び嚢胞液については0.5μL;組織標本については、検体バッファー(50 mM トリス-HCl, pH 6.8, 0.1 M DTT, 10%グリセロール, 2% SDS 及び0.1%ブロモフェノールブルー)と混合してホモジナイザーで均質にした後の0.5mg組織相当量;及び、尿サンプルについては、分離限外ろ過(Vivaspin 2、Vivascience、ドイツ)で脱塩濃縮した後の200μL相当量。
【0075】
(実施例1):嚢胞液からの腎癌マーカー候補タンパク質の同定
発明者らは、これまで解析されたことのなかった嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液中のタンパク質発現を正常嚢胞液とプロテオーム解析技術を使用して比較解析することにより、腎癌に特異的な腫瘍マーカー候補タンパク質の探索を行った。
【0076】
(腎嚢胞液の採取)
嚢胞性腎癌患者から腎摘出を実施し、腎嚢胞穿刺又は嚢胞開窓術により嚢胞性腎癌嚢胞液を採取した。検体は速やかに液体窒素で凍結させ、使用するまで -80℃で保存した。
【0077】
(嚢胞液からの2次元電気泳動用サンプル調製)
Calbiochem カラム(ProteoExtract(商標)Albumin/IgG Removal Kit, カタログ番号122642, Calbiochem, USA)を使用して、嚢胞液から主要蛋白質であるアルブミン・IgGを可能な限り取り除いた。その後、限外濾過膜(VIVASPIN 2 10000 MWCO PES, 製品番号VS0202, VIVASCIENCE: 分画分子量 10,000)を使用して脱塩濃縮を行った。脱塩濃縮後の嚢胞液約80l相当を液体クロマトグラフィーを使用して9画分に分画し2次元電気泳動用サンプルとした。
【0078】
(2次元電気泳動(2-DE))
1次元目のIEFゲル長さ 12 cm, 内径 2 mmのガラス管を用いて作成し、二次元目のSDS-PAGEはディー・アール・シー社の Perfect NT Gel(幅 140 mm×高さ 80 mm×ゲル厚 1.0 mm、ゲル濃度 10〜20%)を使用した。1次元目のゲルに実験2で作成した検体を乗せ4℃下で定電圧 400V 、15 時間の泳動を行った。一次元目の泳動後にゲルを10% TCA、5% スルホサリチル酸溶液に5分間浸しタンパク質を固定した。固定したアガロースゲルを二次元目のSDS-PAGEゲルの上端に設置し1% アガロースでゲル間を密着させ、固定した。SDS泳動バッファー(2% SDS, 10% グリセロール, 5% 2-メルカプトエタノール, 0.02%ブロモフェノールブルー, 0.05Mトリス-HCl pH6.5)をアガロースゲル上に注入し、定電圧 300V で泳動した。泳動が終了したゲルはCBB R-350(PhastGel Blue R, GE Healthcare, Little Chalfont, UK) で染色した。
【0079】
(腎癌マーカー候補タンパク質の選別)
腎癌由来嚢胞液と正常嚢胞液とでは、その二次元泳動パターンに個人差が大きいことが認められた。そのため、比較した個々のゲルにおいて発現量に差を認めたタンパク質スポットをすべて切り出し同定した。嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液から236スポット、正常嚢胞液からは23スポット、合計259スポット切り出し切り出し、235スポットのタンパク質を質量分析に供した。
【0080】
(質量分析)
2-DEゲルから切り出したタンパク質スポットの質量分析解析には50% v/vアセトニトリルで脱色した後に100% アセトニトリルで脱水、乾燥させた。0.5 ng/μLトリプシン(Roche Diagnostics, Mannheim, Germany)、50 mM NH4HCO3緩衝液(pH8.0)で37℃24時間タンパク質のゲル内消化を行った。この消化産物ペプチドを50 mMトリス-HCl (pH9.0)と70% アセトニトリル溶液で溶出させた。ゲル内消化後のペプチド混合物を液体クロマトグラフィー質量分析計[液体クロマトグラフィー:Nanospace SI-2, (Shiseido Fine Chemicals, Tokyo, Japan)質量分析計:LCQ-DECA(Thermo Finnigan, San Jose, CA, USA)]により分析した。
【0081】
(ペプチドの同定)
上記に記した質量分析計によって得られた各トリプシン消化ペプチドのMSスペクトルとタンデムMSスペクトル(MS/MSスペクトル)を質量分析計に装備されているタンパク質同定用プログラム(SEQUEST Search Ver 2.0, http://fields.scripps.edu/sequest/index.html)を用いて、シークエンスタグ法によりデータベース検索を行った。このプログラムは、測定で得たMSスペクトル、MS/MSスペクトルと、データベース上の各タンパク質を理論的に酵素消化して得られるMSスペクトル、MS/MSスペクトルを比較する。その結果として一致度合いの高いタンパク質を選び出し、可能性に応じて一致度合いの評点(スコア)を付ける。本研究では、タンパク質のスコアが70以上のものを同定されたタンパク質とした。スコアが 70 未満の場合は、信憑性の高いMS/MSスペクトルが2つ以上観測されていることを確認し、同定されていると判断した。この基準は一般的な質量分析計の同定基準以上のものであり、十分に信頼できるものである。
同定されたタンパク質を文献的に詳細に検討した結果、表1に示す3種類のタンパク質、すなわち14-3-3タンパク質β/α、プロテインS100-A9、及びプラスチン-2が腎癌マーカーとして有用であり得ることを見出した。
【0082】
(実施例2):嚢胞液サンプルにおける腎癌マーカーの検出
(ウエスタンブロッティング)
以下の実施例におけるタンパク質の検出は、特に断りのない限り、ウエスタンブロッティングにより実施した。ウエスタンブロッティングは、タンパク質の存在又は発現を検出する際に当業者によって使用される周知技術である。特に断りのない限り、ウエスタンブロッティング法は、当該技術分野で一般的に使用される手順に従った。
以下に記載する本発明の実施例では、生体液、すなわち嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液若しくは正常の嚢胞液、尿、組織又は血液などから調製したタンパク質溶液をサンプルとして使用した。血清及び嚢胞液は0.5μLを使用した。該サンプルを10-20%SDS-PAGEゲル (DRC, Tokyo, Japan)で展開し、PVDF膜に転写した。転写の終了したPVDF膜はBlock Ace(大日本製薬、大阪)でブロッキングを行った。一次抗体には、抗プロテインS100-A9抗体、抗14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)抗体、及び抗プラスチン-2 (L-プラスチン)抗体の3種類(全てABNOVA(Thaipei, Thaiwan)から購入)をそれぞれ1:1000の希釈倍率で使用した。キャリブレーションにはマウス抗ヒトアクチン抗体(Cell Signaling Technology, Danvers, MA, USA)を1:10000の希釈倍率で使用した。抗体希釈バッファーとして2%正常ブタ血清(Dako Cytomation,Denmark)/ TBSを使用した。HRP標識二次抗体は1:1000で希釈して使用し、検出にはImmobilon Western detection regents (Millipore, Billerica, USA) による化学発光試薬を用いた。
【0083】
(嚢胞液サンプルにおける腎癌マーカーの検出)
実施例1において同定した14-3-3タンパク質β/α、プロテインS100-A9、及びプラスチン-2の嚢胞液における発現を検証するために、ウエスタンブロットによる発現解析を行った。解析には、嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液(4例)及び正常嚢胞液(7例)から調製したサンプルを使用した。この解析の結果、14-3-3タンパク質β/α、プロテインS100-A9、及びプラスチン-2の各タンパク質は、嚢胞液嚢胞随伴性腎癌の嚢胞液に特異的に検出され、正常嚢胞液からは検出されなかった(図1)。この結果から、14-3-3タンパク質β/α、プロテインS100-A9、及びプラスチン-2は、腎癌特異的に嚢胞液において検出され、嚢胞液嚢胞随伴性腎癌を識別するのに有用な腫瘍マーカーであり得ることが実証された。
【0084】
(実施例3):尿サンプルにおける腎癌マーカーの検出
(腎癌患者由来の尿サンプルを使用したウエスタンブロッティング)
腫瘍マーカーが、侵襲的手法(例えば、生体からの嚢胞液吸引、臓器又は組織摘出など)により得られるサンプルでしか検出できない場合、患者及び医療従事者の双方にとって大きな負担であり得る。したがって、鑑別診断に使用されるサンプルの採取は、簡便に実施できることが好ましい。この点につき、尿は、採取するのに侵襲的手順を全く伴わず、きわめて簡便に採取できる。
そこで、発明者らは、本発明の腎癌マーカーが尿中で検出されるか否かについて解析を行った。尿サンプルは、分離限外ろ過(Vivaspin 2、Vivascience、ドイツ)で脱塩濃縮し、200μL相当をウエスタンブロッティングに供した。この結果、本発明の腎癌マーカーのうち14-3-3タンパク質β/αのみが腎癌患者由来の尿中に特異的に検出され、プロテインS100-A9及びプラスチン-2は腎癌患者及び健常者のいずれにおいても検出されなかった(図2)。したがって、14-3-3タンパク質β/αは、尿サンプルにおいて検出できる腎癌マーカーとして有用であり得ることが実証された。
【0085】
(実施例4):他の14-3-3ファミリータンパク質の腎癌患者由来の尿サンプルにおける検出
14-3-3タンパク質がファミリーを構成していることは公知である(例えば、Obsilov V, Silhan J, Boura E, Teisinger J, Obsil T.の文献「14-3-3タンパク質:多能分子制御因子のファミリー(14-3-3 proteins: a family of versatile molecular regulators.)」 Physiol Res. 2008;57 Suppl 3:S11-21. Epub 2008 May 13を参照されたい。)。そこで、14-3-3タンパク質β/α以外の他の14-3-3ファミリータンパク質、すなわち14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ/θ(14-3-3タンパク質τ及び/又はθ)、及び14-3-3タンパク質ζ/δ(14-3-3タンパク質ζ及び/又はδ)についても同様に、腎癌患者由来の尿サンプルを使用して発現解析を行った。この解析に使用した抗体は下記のとおりである:抗14-3-3タンパク質τ/θ抗体(abcam社、コード番号:ab10439)、抗14-3-3タンパク質ε抗体(abcam社、コード番号:ab71506)、抗14-3-3タンパク質σ抗体(abcam社、コード番号:ab14123)、抗14-3-3タンパク質ζ/δ/γ/η抗体(Millipore社、カタログ番号:06-408)。抗14-3-3タンパク質ζ/δ/γ/η抗体(Millipore社、カタログ番号:06-408)は、14-3-3タンパク質ζ/δ、γ又はηのいずれか1つが存在する場合に反応する抗体である。
この解析の結果、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質σ、及び14-3-3タンパク質τ/θは腎癌患者由来の尿サンプルにおいて検出されたが、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質η、及び14-3-3タンパク質ζ/δは検出されなかった(図3)。
したがって、14-3-3タンパク質α及び/又は14-3-3タンパク質βのみならず、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び/又は14-3-3タンパク質τ/θも腎癌マーカーとして尿サンプルにおいて使用し得ることが実証された。この結果は、特定の14-3-3ファミリータンパク質の尿中での発現パターンが腎癌の診断に有用であり得ることを示す。またこの結果は、別の特定の14-3-3ファミリータンパク質が検出されないことも腎癌の診断の指標となり得ることも示唆する。
【0086】
(実施例5):膀胱癌又は膀胱炎患者由来の尿サンプルにおける14-3-3タンパク質β/αの検出
尿は、腎臓において生成され、尿管を通って膀胱に輸送され、尿道を通って体外に排出される。前立腺は、膀胱と尿道との間に位置する。従って、腎臓、尿管、膀胱、前立腺及び尿道などの泌尿器系器官は、尿の生成、貯蔵及び輸送などを介して密接な関連性を有する。そこで、発明者らは、腎癌以外の他の泌尿器系疾患についても同様に解析を行った。具体的には、膀胱癌及び膀胱炎に罹患した患者由来の尿サンプルについて、14-3-3タンパク質β/αの発現について解析した。この結果、14-3-3タンパク質β/αが、膀胱癌及び膀胱炎患者の尿中に検出された(図4)。これは、癌及び/又は炎症など疾患に罹患することに伴って、腎臓のみならず(図2を参照されたい)膀胱からも、14-3-3タンパク質β/αが尿中に放出又は分泌されることを示すものである。ここで、腎臓は主に尿の生成に関与し、膀胱は主に尿の貯蔵に関与するという異なる機能を有する器官ではあるものの、共に尿の生成、貯蔵及び/又は輸送に関与する泌尿器系器官であることを考慮すると、14-3-3タンパク質β/αの尿中への放出又は分泌は、泌尿器系の疾患(例えば、癌及び/又は炎症など)を示す指標となり得ることを示唆する。
【0087】
(実施例6):腎摘出手術前後の腎癌患者由来の尿サンプルにおける14-3-3タンパク質β/αの検出
腎癌との直接的な関連性を証明するために、腎摘出手術前後の腎癌患者由来の尿サンプルにおいて14-3-3タンパク質β/αの発現を解析した。その結果、14-3-3タンパク質β/αは、腎摘出手術により尿中から消失することが示された(図5)。一方、腎癌患者及び腎摘出術後患者から血清を調製し、同様に14-3-3タンパク質β/αの存在量を比較解析したがこれらに差異は認められなかった。ここで、本実施例の腎癌患者は、腎臓以外(例えば、肺)に転移を有していることに留意されたい。すなわち、本実施例の結果は、(a)腎臓が、14-3-3タンパク質β/αの尿中への放出又は分泌に直接的に関与していること、及び(b)転移先の器官の癌ではなく、腎癌が、14-3-3タンパク質β/αの特異的放出又は分泌に関与することを証明する。
【0088】
(実施例7):腎移植手術後の尿サンプルにおける14-3-3タンパク質β/α発現の経時解析
腎癌との直接的な関連性をさらに検証するために、腎移植手術後に経時的に採取した腎癌患者由来の尿サンプルについて14-3-3タンパク質β/αの発現を解析した。その結果、腎移植後8日までは尿中に14-3-3タンパク質β/αが検出されるが、腎移植後15日までには検出されなくなることが示された(図6)。この結果は、腎臓が14-3-3タンパク質β/αの尿中への放出又は分泌に直接的に関与していることを裏付けるとともに、正常な腎機能が14-3-3タンパク質β/αの尿中への放出又は分泌を抑止するのに機能し得ることを実証する。
【0089】
(実施例8):腎組織抽出液における14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)、14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ、及びプロテインS100-A9の検出
腎癌組織及び正常腎組織において、14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)、14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γ(すなわち、14-3-3タンパク質ζ、δ、η又はγの少なくとも1つ)、及びプロテインS100-A9の発現量を解析した。組織標本は、検体バッファー(50 mM Tris-HCl, pH 6.8, 0.1 M DTT, 10%グリセロール, 2% SDS、及び 0.1%ブロモフェノールブルー)と混合し、ホモジナイザーで均質化した。ウエスタンブロッティングには、0.5mg組織相当量のタンパク質溶液を使用した。
ウエスタンブロッティングによる解析の結果、プロテインS100-A9が、腎癌組織において有意に発現量が増加することが示された(図7c)。一方、14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)、及び14-3-3タンパク質ζ/δ+η+γは、腎癌組織及び正常腎組織の両方において、発現量に有意な差は認められなかった(図7a又はb)。この結果は、プロテインS100-A9が、腎癌組織を使用する生検において腎癌マーカーとして使用できる可能性を実証するものである。
【0090】
(実施例9):腎組織における14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)及びプロテインS100-A9についての免疫組織化学
腎癌組織及び正常腎組織において、14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)及びプロテインS100-A9についての免疫組織化学を行った。この結果、14-3-3タンパク質β/α(YWHAB)は、正常腎組織及び腎癌組織(淡明細胞癌(Clear cell carcinoma))の両方で陽性反応が認められた(図8a及びb)。一方、プロテインS100-A9は腎癌組織において有意に陽性反応が多いことが示された(図8c及びd)。この結果は、プロテインS100-A9が、腎癌組織を使用する生検において腎癌マーカーとして使用できる可能性をさらに実証するものである。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の泌尿器系疾患マーカーは、泌尿器系疾患、例えば、腎癌、膀胱癌及び/又は膀胱炎、好適には腎癌の鑑別診断に使用することができる。また、本発明の泌尿器系疾患マーカーに対する抗体を作成することにより、泌尿器系疾患診断用抗体の開発が可能となる。さらに本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその特異抗体を使用することにより、泌尿器系疾患を有する患者のスクリーニング又は診断に幅広く応用することができる。また、本発明の泌尿器系疾患マーカー又はその特異抗体を使用することにより、泌尿器系疾患診断用キットの開発が可能となる。このようなキットは自動化することができ、それゆえ泌尿器系疾患診断用装置の開発にも寄与し得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカー。
【請求項2】
14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び14-3-3タンパク質τからなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカー。
【請求項3】
14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカー。
【請求項4】
14-3-3タンパク質α若しくは14-3-3タンパク質βから選択されるタンパク質又はこれらの断片の少なくとも1を含む、泌尿器系疾患マーカー。
【請求項5】
前記泌尿器系疾患が、腎癌、腎炎、腎盂癌、腎盂腎炎、膀胱癌、膀胱炎、尿道癌、尿道炎、尿管癌、尿管炎、前立腺癌、前立腺炎、腎不全、急性腎不全、慢性腎不全、腎移植の慢性若しくは急性拒絶反応、腎炎症候群、ネフローゼ症候群、無症候性血尿・タンパク尿症候群、尿細管間質性腎炎、腎動脈の閉塞、アテローム塞栓性腎疾患、腎皮質壊死、悪性腎硬化症、腎静脈血栓症、尿細管性アシドーシス、腎性糖尿、腎性尿崩症、シスチン尿症、ファンコニ症候群、低リン酸血症性くる病、ハートナップ病、バーター症候群、リドル症候群、多発性嚢胞腎、髄質嚢胞性疾患、海綿腎、アルポート症候群、爪・膝蓋骨症候群、水腎症、尿路結石及び尿路感染症からなる群から選択される、請求項1〜4記載の泌尿器系疾患マーカー。
【請求項6】
前記泌尿器系疾患が、腎癌、膀胱癌及び膀胱炎からなる群から選択される、請求項1〜4のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカー。
【請求項7】
前記泌尿器系疾患が、腎癌である、請求項1〜4のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカー。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカーを特異的に認識する、泌尿器系疾患診断用抗体。
【請求項9】
モノクローナル抗体である、請求項8記載の泌尿器系疾患診断用抗体。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカーを検出することを特徴とする、泌尿器系疾患診断用キット。
【請求項11】
請求項8又は9記載の抗体を含む、泌尿器系疾患診断用キット。
【請求項12】
前記抗体が固相支持体上に固定されている、請求項11記載の泌尿器系疾患診断用キット。
【請求項13】
泌尿器系疾患を有する可能性のある対象のスクリーニング方法であって:
(1)該対象から得られた生体液において請求項1〜7のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカーを検出する工程;及び、
(2)工程(1)において検出された該泌尿器系疾患マーカーの検出パターンに基づき、該対象が泌尿器系疾患陽性であると判定する工程;
を含む、前記方法。
【請求項14】
前記泌尿器系疾患が、腎癌、腎炎、腎盂癌、腎盂腎炎、膀胱癌、膀胱炎、尿道癌、尿道炎、尿管癌、尿管炎、前立腺癌、前立腺炎、腎不全、急性腎不全、慢性腎不全、腎移植の慢性若しくは急性拒絶反応、腎炎症候群、ネフローゼ症候群、無症候性血尿・タンパク尿症候群、尿細管間質性腎炎、腎動脈の閉塞、アテローム塞栓性腎疾患、腎皮質壊死、悪性腎硬化症、腎静脈血栓症、尿細管性アシドーシス、腎性糖尿、腎性尿崩症、シスチン尿症、ファンコニ症候群、低リン酸血症性くる病、ハートナップ病、バーター症候群、リドル症候群、多発性嚢胞腎、髄質嚢胞性疾患、海綿腎、アルポート症候群、爪・膝蓋骨症候群、水腎症、尿路結石及び尿路感染症からなる群から選択される、請求項13記載の方法。
【請求項15】
前記泌尿器系疾患が、腎癌、膀胱癌及び膀胱炎からなる群から選択される、請求項13記載の方法。
【請求項16】
前記泌尿器系疾患が、腎癌である、請求項13記載の方法。
【請求項17】
前記対象が、哺乳動物である、請求項13〜16のいずれか1項記載の方法。
【請求項18】
前記対象が、ヒトである、請求項13〜16のいずれか1項記載の方法。
【請求項19】
前記生体液が、尿、嚢胞液、血漿、血清及びリンパ液からなる群から選択される、請求項13〜18のいずれか1項記載の方法。
【請求項20】
前記生体液が、尿である、請求項13〜18のいずれか1項記載の方法。
【請求項21】
前記生体液が嚢胞液であって、該嚢胞液が腎臓、腎盂、膀胱、尿管、前立腺及び尿道からなる群から選択される器官に由来する、請求項13〜18のいずれか1項記載の方法。
【請求項22】
前記工程(1)における検出が、請求項1〜4のいずれか1項記載の泌尿器系疾患マーカーに対する親和性分子を前記生体液に接触させる工程を含む、請求項13〜21のいずれか1項記載の方法。
【請求項23】
前記親和性分子が、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質γ抗体、抗14-3-3タンパク質δ抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質ζ抗体、抗14-3-3タンパク質η抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体、抗14-3-3タンパク質τ抗体、抗プロテインS100-A9タンパク質抗体及び抗プラスチン-2タンパク質抗体からなる群から選択される抗体又はこれらの抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含む、請求項22記載の方法。
【請求項24】
前記親和性分子が、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗14-3-3タンパク質ε抗体、抗14-3-3タンパク質θ抗体、抗14-3-3タンパク質σ抗体又は抗14-3-3タンパク質τ抗体からなる群から選択される抗体又はこれらの抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含む、請求項22記載の方法。
【請求項25】
前記親和性分子が、抗14-3-3タンパク質α抗体、抗14-3-3タンパク質β抗体、抗プロテインS100-A9タンパク質抗体及び抗プラスチン-2タンパク質抗体からなる群から選択される抗体又はこれらの抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含む、請求項22記載の方法。
【請求項26】
前記親和性分子が、抗14-3-3タンパク質α抗体若しくは抗14-3-3タンパク質β抗体又はこれらの抗原結合部位を含む断片の少なくとも1を含む、請求項22記載の方法。
【請求項27】
前記工程(1)における検出が、ウエスタンブロット法、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、サンドイッチELISA、酵素免疫測定法(EIA)、蛍光免疫測定法(FIA)、放射免疫測定法(RIA)、蛍光偏光免疫測定法(FPIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、ELISPOT法、免疫沈降アッセイ、沈降素反応、ゲル拡散沈降素反応、免疫拡散アッセイ、凝集アッセイ、補体固定アッセイ、免疫放射線測定法、蛍光イムノアッセイ及びプロテインAイムノアッセイからなる群から選択されるアッセイにより実施される、請求項13〜26のいずれか1項記載の方法。
【請求項28】
前記工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質γ、14-3-3タンパク質δ、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質ζ、14-3-3タンパク質η、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ、14-3-3タンパク質τ、プロテインS100-A9及びプラスチン-2からなる群から選択されるタンパク質、又はこれらの断片の少なくとも1が検出されることを特徴とする、請求項13〜27のいずれか1項記載の方法。
【請求項29】
前記工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、14-3-3タンパク質ε、14-3-3タンパク質θ、14-3-3タンパク質σ及び14-3-3タンパク質τからなる群から選択されるタンパク質、又はこれらの断片の少なくとも1が検出されることを特徴とする、請求項13〜27のいずれか1項記載の方法。
【請求項30】
前記工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α、14-3-3タンパク質β、プロテインS100-A9タンパク質及びプラスチン-2タンパク質からなる群から選択されるタンパク質、又はこれらの断片の少なくとも1が検出されることを特徴とする、請求項13〜27のいずれか1項記載の方法。
【請求項31】
前記工程(2)における検出パターンは、14-3-3タンパク質α若しくは14-3-3タンパク質βから選択されるタンパク質、又はこれらの断片の少なくとも1が検出されることを特徴とする、請求項13〜27のいずれか1項記載の方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−226882(P2011−226882A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−95867(P2010−95867)
【出願日】平成22年4月19日(2010.4.19)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【出願人】(510109040)
【Fターム(参考)】