説明

活エビ類の保存方法

【課題】クルマエビなどのエビ類を生きたままの状態で、低い輸送コストで安全に輸送するための活エビ類の保存(延命)方法を提供することを課題とする。
【解決手段】過酸化水素または過酸化水素発生化合物を有効成分として添加した海水中で活エビ類を薬浴処理し、次いで前記有効成分を含まない海水中で前記活エビ類を養生処理して、前記活エビ類の生存率を改善することを特徴とする活エビ類の保存方法により、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活エビ類の保存方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、クルマエビなどの活エビ類の生存率を改善して、エビ類を生きたままの状態で、安全に輸送するための活エビ類の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、クルマエビ、ボタンエビ、イセエビなどの食用のエビ類を生きたままの状態で消費地に輸送するために、様々な方法が用いられ、様々な工夫がなされてきた。
このような方法としては、例えば、大鋸屑を充填した輸送用容器に活エビ類を梱包し、容器を冷凍輸送車などに積載して輸送する方法やエアポンプを備えた生簀に活エビ類を収容し、生簀ごと輸送する方法などが挙げられる。
【0003】
エビ類は細毛が生えたエラを胸の内側に有し、そのエラは細毛を介して海水中の溶存酸素をエビ類の体内に送り込む働きをしている。そのため、海水中でなくても、エラが水で濡れていればエビ類は呼吸が可能となる。大鋸屑を用いる輸送方法では、水で湿らせた大鋸屑がエビ類のエラの隙間を塞いで、エラの乾燥を防止することにより、エビ類の呼吸を確保している。
しかしながら、この方法では、輸送中あるいは消費地に到着後にエビ類が死滅し易いという問題がある。
【0004】
一方、生簀ごと輸送する方法は、輸送コストが掛かるという問題があるものの、エビ類を比較的長期間生存させることができ、エビ類の商品価値を低下させる傷つきを防止できることから実用されている。
例えば、特開2007−259766号公報(特許文献1)には、活イカ、活エビなどの活魚介類を海水に収容して保存または輸送するに当たり、活魚介類を収容する海水にグリシンを添加して、活魚介類の生存期間を延長する方法が記載されている。
しかしながら、この方法は、海水を収容した生簀を用いるために輸送コストが掛かるだけでなく、アミノ酸の1種である高価なグリシンを用いるので実施コストも掛かるという問題がある。
【0005】
また、特開2006−149247号公報(特許文献2)には、魚介類を冷却水に浸けて冷却し、冬眠様状態にして輸送する方法が記載されている
しかしながら、この方法は、魚介類を冬眠様状態にする装置や魚介類を蘇生する装置などの様々な装置が必要であり、実施コストが掛かるだけでなく、輸送コストが掛かるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−259766号公報
【特許文献2】特開2006−149247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、クルマエビなどのエビ類を生きたままの状態で、低い輸送コストで安全に輸送するための活エビ類の保存(延命)方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、所定濃度の過酸化水素を添加した海水中で所定時間、クルマエビなど活エビ類を薬浴処理し、次いで過酸化水素を含まない海水中で活エビ類を養生処理することにより、活エビ類の生存率を改善し、活エビ類を安定して生存させることができ、エビ類を生きたままの状態で、低い輸送コストで安全に輸送できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0009】
かくして、本発明によれば、過酸化水素または過酸化水素発生化合物を有効成分として添加した海水中で活エビ類を薬浴処理し、次いで前記有効成分を含まない海水中で前記活エビ類を養生処理して、前記活エビ類の生存率を改善することを特徴とする活エビ類の保存方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、活エビ類の生存率を改善し、活エビ類を安定して生存させることができ、クルマエビなどのエビ類を生きたままの状態で、低い輸送コストで安全に輸送でき、本発明は産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の活エビ類の保存方法における薬浴処理の処理(薬浴)時間と過酸化水素(H22)濃度との関係(クルマエビの24時間後の生存状態確認)を示す図である。
【図2】本発明の活エビ類の保存方法における薬浴処理の処理(薬浴)時間と過酸化水素(H22)濃度との関係(クルマエビの12時間後の生存状態確認)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の活エビ類の保存方法は、過酸化水素または過酸化水素発生化合物を有効成分として添加した海水中で活エビ類を薬浴処理し、次いで前記有効成分を含まない海水中で前記活エビ類を養生処理して、前記活エビ類の生存率を改善することを特徴とする。
【0013】
本発明の対象となる活エビ類としては、クルマエビ、ウシエビ、バナメイエビなどのクルマエビ科、テナガエビ、スジエビなどのテナガエビ科、イセエビなどのイセエビ科、ロブスターなどのアカザエビ科、ウチワエビなどのセミエビ科などのエビが挙げられる。
本発明の方法は、上記の活エビ類の中でも、クルマエビの保存に好適に用いられる。
【0014】
過酸化水素は、水中で容易に水と酸素に分解する安全性の高い成分である。
本発明で使用する過酸化水素としては、通常、工業用として市販されている濃度3〜60%の過酸化水素水溶液が挙げられ、安全性や作業性の点で濃度25〜35%程度の過酸化水素水溶液が好ましい。
【0015】
また、過酸化水素発生化合物(「過酸化水素供給化合物」ともいう)とは、水中で過酸化水素を発生し得る化合物を意味し、過炭酸、過ホウ酸、ペルオキシ硫酸などの無機過酸、過酢酸のような有機過酸およびこれらの塩類が挙げられる。そのような塩類としては、過炭酸ナトリウム、過ホウ酸ナトリウムなどが挙げられる。
これらを海水に添加するにあたっては、所望の濃度になるように過酸化水素または過酸化水素発生化合物を海水や淡水で適宜希釈または溶解して用いてもよい。
【0016】
また、海水または淡水を含む用水中で発生させた過酸化水素を用いることもできる。過酸化水素を用水中で発生させる方法としては、水またはアルカリ溶液の電気化学的分解、紫外線や放射線などの高エネルギー線を水に照射する方法、あるいは水生生物[例えば、Poecillia vellifere(メダカ目カダヤシ科)]による代謝などの方法が挙げられる。
【0017】
本発明の方法では、まず過酸化水素または過酸化水素発生化合物を有効成分として添加した海水中で活エビ類を薬浴処理する。
【0018】
薬浴処理は、有効成分を添加した海水中の過酸化水素換算濃度30〜500mg/L、処理時間10〜180分の条件で行われるのが好ましい。
薬浴処理における過酸化水素換算濃度、処理時間などの条件は、エビ類の保存(延命)効果、エビ類の生態に対する影響度などを考慮して、エビ類の種類や周辺環境などの状況により適宜設定すればよい。
過酸化水素換算濃度が低すぎたり、処理時間が短すぎる場合には、十分な保存効果が得られないことがある。また、過酸化水素換算濃度が高すぎたり、処理時間が長すぎる場合には、エビ類が死滅してしまうおそれがある。
【0019】
活エビ類がクルマエビの場合、薬浴処理は、図1に示すように、処理時間(分)を横軸(x)に、有効成分を添加した海水中の過酸化水素換算濃度(mg/L)を縦軸(y)に表したときに、
処理時間が10分である直線と、
処理時間が180分である直線と、
y=−103.79Ln(x)+688.99で表される対数曲線と、
y=−26.09Ln(x)+206.61で表される対数曲線と
に囲まれた範囲の条件で行われるのが好ましい。
【0020】
また、薬浴処理は、上記の範囲の中でも、処理時間が10分以上30分未満であるとき、過酸化水素換算濃度が250〜450mg/Lの条件で、処理時間が60分以上180分以下であるとき、過酸化水素換算濃度が90〜150mg/Lの条件で行われるのは好ましい。
【0021】
本発明の方法では、次いで有効成分を含まない海水中で活エビ類を養生処理する。
養生処理は、活エビ類を養生させ、その運動を低下させると共に、活エビ類に付着した過酸化水素を除去することを目的の1つとする。過酸化水素は水中で容易に水と酸素に分解するが、薬浴処理後に過酸化水素が活エビ類に付着した状態で放置すると活エビ類が死滅することがある。
養生処理の処理時間は、輸送の前処理として本発明の方法を実施する場合には、60分〜24時間程度である。
この養生処理と併せて、活エビ類の選別作業を行ってもよい。
【0022】
一連の薬浴処理および養生処理は、通常、エビ類の養殖で用いられる容量10000〜100000L程度の飼育水槽で行われるのが好ましいが、海水交換などの作業性を考慮し、1000〜5000L程度の小型水槽で実施してもかまわない。
【0023】
薬浴処理は、水温15〜30℃、好ましくは18〜28℃の海水中で行われ、養生処理は、薬浴処理の水温よりも低くかつ水温5〜25℃、好ましくは15〜23℃の海水中で行われるのが好ましい。
【0024】
本発明の方法により得られた活エビ類は安定して生存するので、長時間の輸送に供することができる。
例えば、養生処理後、さらに含水緩衝材を用いて活エビ類を輸送用容器に梱包し、輸送するのが好ましい。
【0025】
梱包および輸送方法としては、特に限定されず、公知の方法が挙げられる。
例えば、水を含ませた、大鋸屑、バーミキュライト、発泡スチロールなどの含水緩衝材(含水充填材)と共に活エビ類を、発泡スチロール箱、ダンボールなどの輸送用容器に梱包すればよい。水は、緩衝材の重量に対して10〜50%程度含浸させればよい。
次いで、保冷剤や冷凍輸送車などを用いて、輸送用容器を5〜10℃程度になるように保持しながら輸送すればよい。
緩衝材に大鋸屑を用いず、再利用可能な発泡スチロールなどのプラスチック製の緩衝材を用いることにより、輸送資源の無駄遣いをなくすことができると共に、エビ類への大鋸屑の臭い移りや大鋸屑内における虫の増殖の問題も解消できる。
【実施例】
【0026】
本発明を試験例により具体的に説明するが、本発明はこれらの試験例により限定されるものではない。
【0027】
試験例1(クルマエビの生存状態確認試験)
容量4Lの飼育水槽に入れた海水3Lに、それぞれ表1に示す過酸化水素換算濃度になるように過酸化水素を添加した。このときの水温は18℃であった。
次いで、各海水に、クルマエビ(平均体長:11.5cm、平均体重:12.9g)を10尾ずつ投入し、それぞれ表1に示す処理時間、クルマエビを薬浴処理に付した。
処理後、同容量の飼育水槽に入れた水温18℃の海水3L中に、クルマエビを移し、養生処理に付した。
【0028】
薬浴処理終了時から24時間後に、飼育水槽からクルマエビ取り上げ、一般的な活魚輸送の状態と同様の条件で梱包した。
すなわち、ダンボール箱底部に、水を10%程度含浸させた緩衝材(樹脂綿)、クルマエビおよび前記と同様の緩衝材を順次重ね、クルマエビが動かないように固定し、ダンボール箱を発泡スチロール箱に入れ、箱全体に冷気が均一に行き渡るように箱の上部に保冷剤を置き、宅配便の冷蔵便で輸送した。
薬浴処理の翌々日に梱包を解き、前記と同容量の飼育水槽に入れた水温25℃の海水3L中に、クルマエビを移し、養生処理終了(梱包開始)から24時間経過後のクルマエビの生存状態を観察した。また、一部の試験例については、12時間経過後のクルマエビの生存状態も観察した。
比較例8はブランクであり、薬浴処理に付さないこと以外は、上記と同様にして活エビ類を梱包・輸送した例である。
得られた結果を表1ならびに図1(24時間後)および図2(12時間後)に示す。表1の評価の記号は図1および図2の各プロットに対応する。
【0029】
【表1】

【0030】
表1の結果から、次のことがわかる。
(1)過酸化水素換算濃度および薬浴処理時間が450mg/Lで10分、100mg/Lで120分および90mg/Lで180分である場合、24時間後に全てのクルマエビが生存すること(実施例1、3および6)
(2)過酸化水素換算濃度および薬浴処理時間が300mg/Lで10分、100mg/Lで90分および100mg/Lで60分である場合、12時間後にクルマエビ10尾中7〜9尾、24時間後にクルマエビ10尾中8〜9尾生存し、過酸化水素換算濃度が高い程、薬浴処理時間が短くても同程度の保存(延命)効果が得られること(実施例2、4および5参照)
(3)薬浴処理時間を180分に固定し、過酸化水素換算濃度を30〜180mg/Lに変化させた場合、24時間後のクルマエビの生存は10尾中3〜5尾で、その保存(延命)効果は上記(1)には及ばず、過酸化水素換算濃度が低い程、保存(延命)効果が低下すること(比較例3、4、6および7)
(4)低濃度の過酸化水素換算濃度が60mg/Lで薬浴処理時間が60分の場合、薬浴処理に付さないブランク(比較例8)と同程度であること(比較例5)
(5)高濃度の過酸化水素換算濃度および薬浴処理時間の条件、すなわち270mg/Lで90分および200mg/Lで120分の場合、24時間後および12時間後に全てのクルマエビが死滅してしまうこと(比較例1および2)
上記の結果から、活エビ類がクルマエビの場合、その薬浴処理条件は図1において2本の直線と2本の曲線で囲まれた範囲がより好ましいことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素または過酸化水素発生化合物を有効成分として添加した海水中で活エビ類を薬浴処理し、次いで前記有効成分を含まない海水中で前記活エビ類を養生処理して、前記活エビ類の生存率を改善することを特徴とする活エビ類の保存方法。
【請求項2】
前記薬浴処理が、前記有効成分を添加した海水中の過酸化水素換算濃度30〜500mg/L、処理時間10〜180分の条件で行われる請求項1に記載の活エビ類の保存方法。
【請求項3】
前記活エビ類が、クルマエビであり、
前記薬浴処理が、処理時間(分)を横軸(x)に、前記有効成分を添加した海水中の過酸化水素換算濃度(mg/L)を縦軸(y)に表したときに、
前記処理時間が10分である直線と、
前記処理時間が180分である直線と、
y=−103.79Ln(x)+688.99で表される対数曲線と、
y=−26.09Ln(x)+206.61で表される対数曲線と
に囲まれた範囲の条件で行われる請求項1に記載の活エビ類の保存方法。
【請求項4】
前記薬浴処理が、前記処理時間が10分以上30分未満であるとき、前記過酸化水素換算濃度が250〜450mg/Lの条件で行われ、前記処理時間が60分以上180分以下であるとき、前記過酸化水素換算濃度が90〜150mg/Lの条件で行われる請求項3に記載の活エビ類の保存方法。
【請求項5】
前記薬浴処理が水温15〜30℃の海水中で行われ、前記養生処理が前記薬浴処理の水温よりも低くかつ水温5〜25℃の海水中で行われる請求項1〜4のいずれか1つに記載の活エビ類の保存方法。
【請求項6】
前記薬浴処理および養生処理が、飼育水槽で行われる請求項1〜5のいずれか1つに記載の活エビ類の保存方法。
【請求項7】
前記養生処理後、さらに含水緩衝材を用いて前記活エビ類を輸送用容器に梱包し、輸送する請求項1〜6のいずれか1つに記載の活エビ類の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−4652(P2011−4652A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−151039(P2009−151039)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(000154727)株式会社片山化学工業研究所 (82)
【Fターム(参考)】