説明

流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度分布モニタリング方法、温度推定装置、溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法、溶融亜鉛めっき鋼板、およびタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法

【課題】温度計測装置の配置に制約を与えることなく流体の流れによる熱輸送を考慮した高精度な温度推定を実現すること。
【解決手段】温度推定装置は、流体系の流れ場を取得する。続いて、温度推定装置は、流体系内の温度実測部位A〜D、発吸熱部位E、および流入出部位F,Gの各々を個別に包含する領域であって、互いに重複しない領域E31〜E34,E,F,Gを設定する。続いて、温度推定装置は、流れ場による移流拡散現象に従って、各領域E31〜E34,E,F,Gを通過した、または各領域E31〜E34,E,F,G内で生成した流体のうち、他の領域を通過することなく温度推定点まで到達した流体の温度推定点の全流体中に占める比率を、部位A〜G毎の下流側勢力として取得する。そして、温度推定装置は、各部位A〜Gの既知温度をもとに、温度推定点における部位毎の下流側勢力を用いて温度推定点の温度を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度分布モニタリング方法、温度推定装置、溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法、溶融亜鉛めっき鋼板、およびタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業プロセスで用いられる流体設備や建造物内部等の壁で区切られた空間を流れる流体系の温度分布を直接知るためには、流体系内に温度分布の特徴を捉えるのに十分な数、配置で温度計測装置を設置する必要がある。しかしながら、流体設備や建造内部等は複雑な形状をしていることが多く、温度計測装置を設置できない場所も存在する。また、流体系が高温である場合や高腐食性である場合には、温度計測装置を用いた温度の計測が制限される場合があり、温度分布を知るのに十分な数、配置で温度計測装置を設置できないことが多い。このように温度計測装置を設置できないことによる温度実測部位の不足を補うためには、計測された温度実測値から流体系全体の温度分布を推定し、補間する必要がある。
【0003】
温度分布を推定する対象物が均質な固体である場合、幾何学的に近い位置にある温度実測部位と温度推定点との間の温度相関が大きいことから、スプライン補間等のよく知られた補間法を用いて比較的容易に温度分布を推定し、補間することが可能である。例えば、実測部位と推定点との間の距離をもとに推定点の温度等を含む各種の値を推定する逆距離加重法と呼ばれる方法が知られている(例えば、非特許文献1を参照)。非特許文献1記載の方法は、実測部位の位置と推定点との間の距離を算出し、算出された距離が大きい実測部位の値ほど重みが小さくなるような重み付けをし、重み付き平均として推定点における値を推定する。具体的には、非特許文献1記載の方法は、距離の逆数(l/l)の累乗を重みとする次式(1)を用い、例えば温度推定点の温度を推定する。ここで、Teは、温度推定点における推定温度であり、liは、温度実測部位iの位置と温度推定点との間の距離であり、Tは、温度実測部位iにおける温度実測値である。また、uは、正の値をとる補間パラメータである。
【0004】
【数1】

【0005】
これに対し、温度分布を推定する対象物が流体系である場合、対流による熱輸送が発生するため、温度実測部位と温度推定点とが幾何学的に近い位置にある場合であっても温度相関が大きいとは限らない。このような流体系の温度分布を推定する方法として、例えば、特許文献1には、温水の移動速度と貯湯槽内での実測温度の履歴とをもとに貯湯槽内の温度分布を推定する温度分布推定システムが開示されている。また、特許文献2には、航法装置で得た位置データである航跡および水温計により得た水温データとともに、潮流計で得た潮流ベクトルデータを重ねて表示する水温分布表示装置が開示されている。また、特許文献3には、屋内に設けたセンサーの実測値をもとに境界条件を構築し、指定箇所の温度や湿度、二酸化炭素濃度等の環境状態を熱伝導に関する式またはナビエストークスの式を用いて推定する空調用センサーシステムが開示されている。
【0006】
一方、流体系の流れ場に関する技術として、例えば非特許文献2、非特許文献3、および特許文献4には、換気効率の指標の1つとして用いる吹出口および吸込口の勢力範囲の概念が記載されている。この非特許文献2、非特許文献3、および特許文献4に記載されている吹出口の勢力範囲は、複数の吹出口を備えた室内のある特定の点に注目したときに、検討対象とする吹出口からの気流がその点にどれだけ到達しているかを表す。また、吸込口の勢力範囲は、検討対象とする吸込口を通して排出される空気の室内各点での分布状態を表す。また、非特許文献2、非特許文献3、および特許文献4には、数値解析による勢力範囲の算出方法についても記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−214622号公報
【特許文献2】特開昭61−151428号公報
【特許文献3】特開2008−75973号公報
【特許文献4】特開2004−101058号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Shepard, D. : A two-dimensional interpolating function for irregularly spaced data. Proc. ACM. nat. Conf.,517-524,1968.
【非特許文献2】村上周三:CFDによる建築・都市の環境設計工学,東京学出版会
【非特許文献3】S. Kato, S. Murakami, H. Kobayashi : New scales for evaluating ventilation efficiency as affected by supply and exhaust openings based on spatial distribution of contaminant, Proceedings of the 12th ISCC, 341-348, 1994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1記載の逆距離加重法では、温度実測部位と温度推定点との間の距離lのみに基づいた重みによる重み付け平均によって例えば温度を推定するため、得られる温度推定結果には流体の流れの影響が反映されない。このため、実際の流体プロセス等の熱輸送に対する流動の寄与が非常に大きい流体系では、流速が大きい場合と小さい場合とで温度分布が大きく異なるにも関わらず、同じ温度分布が推定されてしまう。したがって、流体の流れによる熱輸送が支配的となる流体系への適用は困難である。
【0010】
また、特許文献1記載のシステムは、1次元の流体流れにしか適用できず、3次元の流体流れ場を有する流体系への適用は困難である。また、特許文献2には、水温の分布と潮流の方向およびその速さとに相関があることが記載されてはいるものの、その相関を具体的にどのように求めて水温分布を推定するかは開示されておらず、流体系が必要とする非計測箇所の推定の精度が得られない。さらに、水温データと潮流ベクトルデータとは、2次元の海面上の場合のみについて想定されているため、3次元の流体流れ場を有する流体系への適用は困難である。
【0011】
また、特許文献3記載のシステムのように、熱伝導に関する式またはナビエストークスの式を用いる方法では、空気が室内に流入する窓や空調設備の吹出口といった空気の流れの最上流位置の全てにセンサーを設けることが必須となる。このため、最上流位置の全てにセンサーを設置できない場合、流体系の全域で温度分布が推定できなくなる。したがって、流体の流入位置にセンサーを設置できないような流体系には適用が困難である。
【0012】
また、非特許文献2および非特許文献3記載の方法は、空気の吹出口や吸込口から流入出した流体の存在位置を可視化することのみに注目しており、温度推定への適用を想定していない。特許文献4記載の方法も同様に、空気齢の空間分布を算出することに着目しており、温度推定への適用を想定していない。
【0013】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、温度計測装置の配置に制約を与えることなく流体の流れによる熱輸送を考慮した高精度な温度推定を実現することができる流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度分布モニタリング方法、および温度推定装置を提供することを目的とする。
【0014】
また、本発明の他の目的は、表面欠陥がない溶融亜鉛めっき鋼板を製造可能な溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法、およびこの溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法を用いて製造した溶融亜鉛めっき鋼板を提供することにある。さらに、本発明の他の目的は、タンディッシュの耐火物損傷を抑制可能なタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる流体系の温度推定方法は、温度既知領域が2箇所以上ある流体系の任意の温度推定点における温度を推定する流体系の温度推定方法であって、前記温度既知領域の位置情報と流体系全域における流体の流れを表す流体系の流れ場に関する情報とを用いて、温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく前記温度推定点まで到達した流体の、温度推定点の全流体中に占める比率を温度推定点における温度既知領域の勢力として取得する勢力取得工程と、各温度既知領域の温度と前記温度推定点における勢力とに関する情報を用いて、前記温度推定点における温度を推定する温度推定工程と、を含むことを特徴とする。
【0016】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる流体系の温度分布推定方法は、温度分布を有する流体系の温度分布推定方法であって、上記の発明を用いて前記流体系の全域に設定した温度推定点の温度を推定し、前記各温度推定点について推定した温度を前記流体系の温度分布として推定することを特徴とする。
【0017】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる流体系の温度分布モニタリング方法は、温度分布を有する流体系の温度分布モニタリング方法であって、上記の発明を用いて推定した前記流体系の温度分布をもとに、前記流体系の任意の断面における温度分布を可視化して画面表示することを特徴とする。
【0018】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる温度推定装置は、温度既知領域が2箇所以上ある流体系の任意の温度推定点における温度を推定する温度推定装置であって、前記温度既知領域の位置情報と流体系全域における流体の流れを表す流体系の流れ場に関する情報とを用いて、温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく前記温度推定点まで到達した流体の、温度推定点の全流体中に占める比率を温度推定点における温度既知領域の勢力として取得する勢力取得手段と、各温度既知領域の温度と前記温度推定点における勢力とに関する情報を用いて、前記温度推定点における温度を推定する温度推定手段と、を備えることを特徴とする。
【0019】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法は、本発明にかかる流体系の温度推定方法により推定した前記溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度データから、前記溶融亜鉛めっきポット内の所定の領域における溶融亜鉛の温度を抽出する温度抽出ステップと、抽出した温度が、所定の閾値範囲内にあるか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記抽出した温度が閾値範囲外と判定された場合、前記抽出した温度が閾値範囲内となるよう前記溶融亜鉛めっきポットの加熱手段の出力を操作する制御ステップと、を含むことを特徴とする。
【0020】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかる溶湯亜鉛めっき鋼板は、本発明にかかる溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法を用いて製造したことを特徴とする。
【0021】
上述した課題を解決し、目的を達成するため、本発明にかかるタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法は、本発明にかかる流体系の温度推定方法により推定した前記タンディッシュ内の溶鋼温度データから、前記タンディッシュ内の所定の領域における溶鋼の温度を抽出する温度抽出ステップと、抽出した温度が、所定の閾値範囲内にあるか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記抽出した温度が閾値範囲外と判定された場合、前記抽出した温度が閾値範囲内となるよう前記タンディッシュの加熱手段の出力を操作する制御ステップと、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、温度計測装置の配置に制約を与えることなく流体の流れによる熱輸送を考慮した高精度な温度推定を実現することができる。本発明によれば、表面欠陥がない溶融亜鉛めっき鋼板を製造することができる。本発明によれば、タンディッシュの耐火物損傷を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本発明の概念を説明するためのブロック図である。
【図2】図2は、本発明を実施するための装置構成を示すブロック図である。
【図3−1】図3−1は、流体系の一例を示す図である。
【図3−2】図3−2は、温度既知領域R1の下流側勢力分布を示す図である。
【図3−3】図3−3は、温度既知領域R2の下流側勢力分布を示す図である。
【図3−4】図3−4は、温度既知領域R3の下流側勢力分布を示す図である。
【図3−5】図3−5は、温度既知領域R1の上流側勢力分布を示す図である。
【図3−6】図3−6は、温度既知領域R2の上流側勢力分布を示す図である。
【図3−7】図3−7は、温度既知領域R3の上流側勢力分布を示す図である。
【図4】図4は、流体系の温度場が時間変化しない場合の重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図5】図5は、図4に続く重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図6】図6は、図5に続く重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図7】図7は、温度推定処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図8】図8は、伝達時間算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図9】図9は、流体系の温度場が時間変化しうる場合の重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図10】図10は、図9に続く重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図11】図11は、図10に続く重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図12】図12は、流体系の温度場が時間変化しうる場合の温度推定処理の処理手順を示すフローチャートである。
【図13】図13は、実施の形態1において適用対象とする部屋の内部を上方から示した模式図である。
【図14】図14は、実施の形態1の温度推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【図15】図15は、図13の部屋の実際の流れ場を示す模式図である。
【図16−1】図16−1は、温度実測部位Aの下流側勢力を示す図である。
【図16−2】図16−2は、温度実測部位Bの下流側勢力を示す図である。
【図16−3】図16−3は、温度実測部位Cの下流側勢力を示す図である。
【図16−4】図16−4は、温度実測部位Dの下流側勢力を示す図である。
【図16−5】図16−5は、発吸熱部位Eの下流側勢力を示す図である。
【図16−6】図16−6は、流入出部位Fの下流側勢力を示す図である。
【図16−7】図16−7は、流入出部位Gの下流側勢力を示す図である。
【図17−1】図17−1は、温度実測部位Aの上流側勢力を示す図である。
【図17−2】図17−2は、温度実測部位Bの上流側勢力を示す図である。
【図17−3】図17−3は、温度実測部位Cの上流側勢力を示す図である。
【図17−4】図17−4は、温度実測部位Dの上流側勢力を示す図である。
【図17−5】図17−5は、発吸熱部位Eの上流側勢力を示す図である。
【図17−6】図17−6は、流入出部位Fの上流側勢力を示す図である。
【図17−7】図17−7は、流入出部位Gの上流側勢力を示す図である。
【図18−1】図18−1は、温度実測部位Aの重みを示す図である。
【図18−2】図18−2は、温度実測部位Bの重みを示す図である。
【図18−3】図18−3は、温度実測部位Cの重みを示す図である。
【図18−4】図18−4は、温度実測部位Dの重みを示す図である。
【図18−5】図18−5は、発吸熱部位Eの重みを示す図である。
【図18−6】図18−6は、流入出部位Fの重みを示す図である。
【図18−7】図18−7は、流入出部位Gの重みを示す図である。
【図19−1】図19−1は、温度実測部位Aの重みを示す他の図である。
【図19−2】図19−2は、温度実測部位Bの重みを示す他の図である。
【図19−3】図19−3は、温度実測部位Cの重みを示す他の図である。
【図19−4】図19−4は、温度実測部位Dの重みを示す他の図である。
【図19−5】図19−5は、発吸熱部位Eの重みを示す他の図である。
【図19−6】図19−6は、流入出部位Fの重みを示す他の図である。
【図19−7】図19−7は、流入出部位Gの重みを示す他の図である。
【図20】図20は、実施の形態1における実験例1の推定結果を示す図である。
【図21】図21は、実施の形態1における実験例2の推定結果を示す図である。
【図22】図22は、実施の形態1における比較例の推定結果を示す図である。
【図23】図23は、図13の部屋内の真の温度分布を示す図である。
【図24】図24は、実施の形態2において適用対象とする水槽の内部を側方から示した模式図である。
【図25】図25は、図24の水槽の内部を上方から示した模式図である。
【図26】図26は、実施の形態2の温度推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【図27】図27は、実施の形態2における実験例1の推定結果を示す図である。
【図28】図28は、実施の形態2における実験例2の推定結果を示す図である。
【図29】図29は、実施の形態2における比較例の推定結果を示す図である。
【図30】図30は、水槽内の温度計の追加設置位置を示す図である。
【図31−1】図31−1は、水槽内の位置P41で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図31−2】図31−2は、水槽内の位置P42で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図31−3】図31−3は、水槽内の位置P43で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図31−4】図31−4は、水槽内の位置P44で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図31−5】図31−5は、水槽内の位置P45で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図31−6】図31−6は、水槽内の位置P46で測定された温度の時間推移を示す図である。
【図32−1】図32−1は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より1分後)。
【図32−2】図32−2は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より2分後)。
【図32−3】図32−3は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より3分後)。
【図32−4】図32−4は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より4分後)。
【図32−5】図32−5は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より5分後)。
【図32−6】図32−6は、図25の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である(流入水温度変化より6分後)。
【図33】図33は、実施の形態4において適用対象とする溶融亜鉛めっきポットの内部を側方から示した模式図である。
【図34】図34は、実施の形態4の温度推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【図35】図35は、実施の形態4における推定結果を示す図である。
【図36】図36は、実施の形態5において適用対象とするタンディッシュの構成を模式的に示した斜視図である。
【図37】図37は、実施の形態5のタンディッシュに設置される熱電対の設置位置を示す図である。
【図38】図38は、実施の形態5の温度推定装置の機能構成を示すブロック図である。
【図39】図39は、実施の形態5における推定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して、本発明の流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度分布モニタリング方法、および温度推定装置を実施するための形態について説明する。なお、この実施の形態によって本発明が限定されるものではない。また、図面の記載において、同一部分には同一の符号を付して示している。
【0025】
〔本発明の概念〕
図1は、本発明の概念を説明するための機能ブロック図である。図1に示すように、本発明は、温度既知領域が2箇所以上ある流体中の任意の温度推定点における温度を推定するものである。詳しくは、本発明は、2箇所以上の温度既知領域の位置情報である座標と流体系全域における流体の流れを表す流体系の流れ場に関する情報とを用いて温度推定点における各温度既知領域の勢力に関する情報を取得し、各温度既知領域の温度実測値(既知温度)と温度推定点における勢力とに関する情報を用いて流体中の任意の温度推定点における温度を推定する。各温度既知領域の勢力は、温度推定点における全流体のうち、温度既知領域から流れ場又は反転流れ場による移流拡散現象に従って流れてきた流体であって、且つ、温度既知領域から他の温度既知領域を通過することなく温度推定点まで到達した流体の比率(寄与率)のことを意味している。
【0026】
〔温度推定装置の構成〕
図2は、本発明を実施するための装置構成の一例を示すブロック図である。図2に示す温度推定装置1は、温度を推定する推定対象の流体系内の所定の温度実測部位に設置される1つ以上の温度計測装置2と接続される。温度推定装置1は、CPU、フラッシュメモリ等のROMやRAMといった各種ICメモリ、ハードディスク、各種 記憶媒体等の記憶装置、通信装置、表示装置や印刷装置等の出力装置、入力装置等を備えた公知のハードウェア構成で実現でき、例えばワークステーションやパソコン等の汎用コンピュータを用いることができる。
【0027】
この温度推定装置1は、温度既知領域を少なくとも2箇所含む流体系を推定対象とし、温度既知領域の温度(既知温度)をもとに流体系内の所定の温度推定点における温度を推定する。温度推定点の位置および数は適宜設定できる。代表的な温度既知領域としては、温度計測装置を配置して温度を直接測定した温度実測領域がある。その際、温度実測値が既知温度となる。図2は温度計測装置を用いた場合の装置構成図である。上記説明では温度実測領域を温度既知領域としたが、温度既知領域は温度が既知であればどのような領域でもよく、温度実測領域に限定されない。
【0028】
温度場がほぼ定常とみなせる場合は、温度推定を行う時点付近の温度の瞬時値をそのまま既知温度としてかまわない。もし温度場が時間的に変化しうる場合は、既知温度と観測された時間を逐次保存した時系列温度データが必要となるので、温度既知領域において温度と時間とを対応させて逐次時系列で保存するようにする。そして、任意の時間における温度既知領域の温度を適宜抽出もしくは補間もしくは外挿して出力できるようにすると良い。温度が例えば固定である等既知であり、記憶装置に予め保存されている場合等、何らかの手段で取得が可能な場合には、この温度も温度既知領域の温度と同等に扱い、温度と時間とを対応させて時系列で保存しておき、任意の時間における温度の値を適宜抽出もしくは補間もしくは外挿して出力できるようにすると良い。
【0029】
温度既知領域はその領域の熱流体的な特性によって温度実測領域、発吸熱領域、および流入出領域に分類して考えることができる。温度実測領域は温度実測部位、もしくは温度実測部位とその近傍まで含めた領域を指す。発吸熱領域は発吸熱部位、もしくは発吸熱部位とその近傍まで含めた領域を指す。流入出領域は流入出部位、もしくは流入出部位とその近傍まで含めた領域を指す。温度実測部位とは、実際に温度を計測するなどの手段により温度が既知となっており、その部位またはその近傍まで含めた領域で流体の流入出や発熱・吸熱が起こっていない流体系内の点、面、または領域のことをいう。温度実測部位は必ずしも直接温度を計測している部位に限定されない。例えばモデル式等で他のパラメータから温度を換算することができる部位、制御装置等により温度を制御している部位等の温度が間接的に既知となっている部位も含まれる。流体系内の温度実測部位の位置や数、例えば温度計測装置2の設置位置や数は、適宜設定できる。発吸熱部位とは、発熱または吸熱が生じている流体系内の点、面、または領域のことをいう。流入出部位とは、系内への流体の流入または系外への流体の流出が生じている点、面、または領域のことをいう。発吸熱部位および流入出部位に関しては、温度が未知の部位も含めることができ、これにより温度推定の信頼性を向上させることも可能である。
【0030】
〔温度の推定原理〕
先ず、温度推定点における温度の推定原理について説明する。なお、以下の説明では、推定対象の流体系が、K箇所の温度実測部位i(i=1〜K)と、L箇所の発熱部位または吸熱部位である発吸熱部位i(i=K+1〜K+L)と、M箇所の流入部位または流出部位である流入出部位i(i=K+L+1〜K+L+M)とを含むこととし、この流体系内に設定されるN箇所の温度推定点j(j=1〜N)の温度を推定することとする。
【0031】
本実施の形態の温度推定装置1は、流体系の流れ場を用い、温度推定点jにおける流体の勢力、詳細には、温度推定点jにおける流体の温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの勢力を取得する。そして、温度推定装置1は、この流体の勢力を指標値として用いることで、その流れ場のもとでの熱の移流拡散を考慮した温度推定点jの温度を推定する。以下では、温度推定装置1は、前述の勢力として、下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの2種類の勢力(R1ij,R2ij)を取得し、温度推定の指標値として用いる。
【0032】
図3−1〜図3−7を参照して、下流側勢力および上流側勢力の概念について説明する。図3−1は流体系の一例であり、流体100、容器101、および仕切り板102で構成されている。図3−1に示す流体系内には流れ場Fがあり、図中の矢印の向きに循環する流れを形成しているとする。簡単のため、図3−1の流体系には外部からの流入、外部への流出、化学反応等による流体の生成や消失は起こらないものとする。図3−1に示す流体系には3箇所の温度既知領域R1、R2、R3があり、それぞれ丸で図示している。このとき、流体系内の任意の温度推定点における温度既知領域R1の下流側勢力の定義は次の通りである。
【0033】
すなわち、温度推定点における温度既知領域R1の下流側勢力は、温度推定点における全流体のうち、温度既知領域R1から流れ場Fによる移流拡散現象に従って流れてきた流体であり、温度既知領域R1から他の温度既知領域、本例では温度既知領域R2および温度既知領域R3を通過することなく温度推定点まで到達した流体の比率と定義される。この定義によって温度既知領域R1の下流側勢力は、流体系内の全ての場所に対して算出することができる。同様に、温度既知領域R2の下流側勢力および温度既知領域R3の下流側勢力も算出できる。この結果、温度既知領域R1、R2、R3に対する下流側勢力分布I11,I12、I13はそれぞれ図3−2、図3−3、および図3−4に示すようになる。図3−2、図3−3、および図3−4から明らかなように、温度既知領域R1、R2、R3に対する下流側勢力分布I11、I12、I13は、温度既知領域R1、R2、R3の各領域から流れに沿って下流側に伸びた分布となる。また、途中に別の温度既知領域があると、その領域を避けた形の分布になる。温度既知領域R1、R2、R3の下流側勢力分布で示された領域はそれぞれ温度既知領域R1、R2、R3から流れてきた流体が多く含まれている領域であるため、それぞれ温度既知領域R1、R2、R3の既知温度と強い温度相関を持つ。
【0034】
一方、温度推定点における温度既知領域R1の上流側勢力の定義は次の通りである。まず、上記流れ場Fに対して、流速ベクトルの大きさは同じで、方向のみを全て反転させた流れ場(本明細書では、反転流れ場と呼ぶ)を取得する。そして、温度推定点における全流体のうち、温度既知領域R1から反転流れ場による移流拡散現象に従って流れてきた流体であり、温度既知領域R1から他の温度既知領域、本例では温度既知領域R2および温度既知領域R3を通過することなく推定点まで到達した流体の比率を温度推定点における温度既知領域R1の上流側勢力と定義する。上記定義により温度既知領域R1の上流側勢力は流体系内の全ての場所に対して算出することができる。同様にして、温度既知領域R2の上流側勢力および温度既知領域R3の上流側勢力を算出できる。この結果、温度既知領域R1、R2、R3に対する上流側勢力分布I21,I22、I23はそれぞれ図3−5、図3−6、および図3−7に示すようになる。図3−5、図3−6、および図3−7から明らかなように、温度既知領域R1、R2、R3に対する上流側勢力分布は、温度既知領域R1、R2、R3の各領域から流れとは反対向きの上流側に伸びた分布となる。また、途中に別の温度既知領域があると、その領域を避けた形の分布になる。温度既知領域R1、R2、R3の上流側勢力分布で示された領域にある流体の多くはそれぞれ温度既知領域R1、R2、R3へ流れていくことになるため、温度既知領域R1、R2、R3の上流側勢力分布が示す領域の温度と温度既知領域R1、R2、R3の既知温度とは強い温度相関を持つ。
【0035】
下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijを取得するため、本実施の形態では、K箇所の温度実測部位i、L箇所の発吸熱部位i、およびM箇所の流入出部位iの各部位iに対して、各部位iをそれぞれ包含し、かつお互いが重複しないような有限の領域i(i=1〜K+L+M)を設定する。具体的には、温度実測部位iに対応する領域iとして温度実測領域iを設定し、発吸熱部位iに対応する領域iとして発吸熱領域iを設定し、流入出部位iに対応する領域iとして流入出領域iを設定する。設定する温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iの形状は、その温度実測部位i、発吸熱部位i、または流入出部位iを包含していればどのような形状でも構わない。すなわち、各領域iは、例えば点や線、面であってもよいし、3次元の有限な体積を持つ領域としてもよい。
【0036】
幅広い対象に適用できるようにするためには、以下の方法を用いて温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iに対応する温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iを設定するとよい。例えば、温度実測部位iは、流体系内に設置される温度計測装置2の設置位置である。このため、温度実測領域iは、この温度実測部位iである温度計測装置2の設置位置を中心とした半径rの球領域を設定し、温度実測領域iとするとよい。設定する球領域の半径rを大きい値とすると推定される流体系の温度分布は急峻な温度分布になり、小さい値とすると平滑化された温度分布となる。具体的な半径rの値は、流体系の流動特性によって最適値が異なる。例えば1辺が1mの水槽を適用対象とし、この水槽内に6個の温度計測装置2を適所に設置して温度実測部位iを6箇所設ける場合、温度実測領域iは、例えば半径r=0.05m程度の球領域とするのが好ましい。この球領域の半径rは、温度実測領域i、発吸熱領域i、流入出領域iの各領域iが重複しない限りにおいて、どのような値としてもよいが、各温度実測部位iについてそれぞれ設定する温度実測領域iの半径は、全て同じにするのが好ましい。
【0037】
流体系内に加熱装置による加熱や吸熱装置による吸熱、化学反応等によって発熱または吸熱が生じる領域が含まれる場合、その領域が発吸熱部位iとなる。この場合には、この領域を発吸熱領域iとする。例えば、発熱や吸熱が流体系の端、具体的には、例えば推定対象の流体系の流れを区画する設備等の壁面や、推定対象の流体系の浴面で生じる場合は、この壁面や浴面を発吸熱領域iとする。また、例えば、流体系内に浸漬された固体が発熱し、または吸熱する場合、化学反応等によって発熱または吸熱を生じる物質が流体系内に浸漬される場合は、この固体の表面を発吸熱領域iとする。また、発熱や吸熱が流体系内の一部の領域で生じる場合、例えば誘導加熱装置が流体系内に設けられる場合には、加熱エネルギーが印加される流体系内の領域を発吸熱領域iとする。
【0038】
系内への流体の流入や系外への流体の流出が存在する場合、その流入する領域や流出する領域が流入出部位iとなる。この場合には、この領域を流入出領域iとする。例えば、推定対象の流体系の流れを区画する境界面から流体が流入し、またはこの境界面から流体が流出する場合は、該当する境界面を流入出領域iとする。
【0039】
ただし、温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iとする領域i,i´同士(i=1〜K+L+M,i´=1〜K+L+M,i≠i´)が重複すると、下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijを取得できなくなる。このため、各領域iが必ず温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iのいずれか1つに属するように、すなわち、各領域iが重複しないように、温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iの形状および大きさを決定する必要がある。
【0040】
注目する1つの領域(注目領域)iを通過した、または注目領域i内で生成した流体であって、かつ他の領域i´を通過することなく温度推定点jまで到達した流体を、温度推定点jにおける注目領域iの流体成分と定義する。そして、温度推定点jにおける全流体に対する注目領域iの流体成分の比率を、温度推定点jにおける該当する部位iの勢力と定義し、流体系の流れ場(以下、「実際の流れ場」と呼ぶ。)を用いて取得した勢力を温度推定点jにおける該当する部位iの下流側勢力R1ij、流体系の反転流れ場を用いて取得した勢力を温度推定点jにおける該当する部位iの上流側勢力R2ijと定義する。
【0041】
すなわち、下流側勢力R1ijは、流体系の流れ場(以下、「実際の流れ場」と呼ぶ。)を用いて取得する。実際の流れ場は、例えば数値シミュレーションや、実機、実機を模擬した実験装置等を用いて計算する。例えば、推定対象の流体系全域の流速ベクトル、具体的には、流体系全域を同一サイズで区画した各領域における流体の向きおよび流速を表す流速ベクトルを求め、実際の流れ場とする。
【0042】
この実際の流れ場を用い、温度推定点jにおける流体成分の比率を全ての領域iについて算出し、下流側勢力R1ijとして取得する。具体的には、温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iの各領域iについて、該当する領域iを通過した、またはこの領域i内で生成した流体であり、かつ他の温度実測領域i´、発吸熱領域i´、および流入出領域i´を通過することなく温度推定点jまで到達した流体(流体成分)の、温度推定点jの全流体に対する比率を算出し、下流側勢力R1ijとする。
【0043】
一方、上流側勢力R2ijは、流体系の反転流れ場を用いて取得する。この反転流れ場は、実際の流れ場として求めた流速ベクトルを全て反転させることで得られる。そして、この反転流れ場を用い、温度推定点jにおける流体成分の比率を全ての領域iについて算出し、上流側勢力R2ijとして取得する。具体的には、温度実測領域iおよび流入出領域iの各領域iについて、該当する領域iを通過した、またはこの領域i内で生成した流体であり、かつ他の温度実測領域i´、発吸熱領域i´、または流入出領域i´を通過することなく温度推定点jまで到達した流体(流体成分)の温度推定点jの全流体に対する比率を算出し、上流側勢力R2ijとする。また、発吸熱領域iについては、流体成分の比率を「0」とし、上流側勢力R2ijとする(上流側勢力R2ij=0とする)。発吸熱部位iとこの発吸熱部位iの下流側の位置とには温度相関があるものの、発吸熱部位iとこの発吸熱部位iの上流側の位置とには温度相関がないためである。
【0044】
その後、以上のようにして取得した下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの対である勢力(R1ij,R2ij)をもとに、温度推定点jに対する部位i毎の重みWij、詳細には、各部位iの既知温度に対して重み付けを行うための重みWijを算出する。例えば、単調非減少関数となる重み関数W(R,R)を用い、重みWijをWij=W(R1ij,R2ij)として算出する。
【0045】
なお、非特許文献2では吹出口および吸込口の勢力範囲が定義されている。これは本発明で述べている下流側勢力および上流側勢力と類似しているが、異なった概念である。すなわち、非特許文献2の吹出口および吸込口の勢力範囲は、流体系の流入部位と流出部位、つまり境界条件として設定できる部位に対してのみ適用できる方法である。従って、実測部位や発吸熱部位に対しては吹出口および吸込口の勢力範囲は定義できない。これに対して、本発明で新たに考案した下流側勢力および上流側勢力は、境界のみならず流体系内部に存在する実測部位や発吸熱部位に対しても定義できる。本発明では実測部位や発吸熱部位を考慮することが極めて重要であり、本発明で新たに考案した下流側勢力および上流側勢力の概念を使うことが必須である。
【0046】
流れ場がほぼ定常であるとみなせる場合は、その後、以上のようにして取得した下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの対である勢力(R1ij,R2ij)をもとに、温度推定点jに対する部位i毎の重みWij、詳細には、各部位iの既知温度に対して重み付けを行うための重みWijを算出する。例えば、単調非減少関数となる重み関数W(R1ij,R2ij)を用い、重みWijをWij=W(R1ij,R2ij)として算出する。
【0047】
そして、温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iの既知温度Tと、算出した温度推定点jに対する部位i毎の重みWijとを用いた重み付き平均によって、温度推定点jにおける推定温度を算出する。各部位iの既知温度Tと、温度推定点jの推定温度Teとの関係は、次式(2)によって表される。温度実測部位iの既知温度Tは、温度計測装置2によって計測される温度実測値である。発吸熱部位iおよび流入出部位iの既知温度Tは、該当する部位iの温度が既知の場合にその値を用いる。発吸熱部位iや流入出部位iの温度が未知である場合には、該当する部位iに対する重みWijの値を「0」に置き換えた上で、次式(2)に従って温度推定点jの推定温度Teを算出する。
【0048】
【数2】

【0049】
一方、本発明は流れ場がほぼ定常であるとみなせるならば、温度場が時間的に変化しうる場合でも利用できる。この場合は、上記勢力とともに後述する伝達時間を取得し、時系列温度データを用いて温度を推定する。時系列温度データは温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iにおいて観測された実測温度もしくは他の手段で確認された既知の温度と、観測された時間とを対応させて逐次記録したものであり、任意の時間tにおける温度T(t)を実測温度と時間との記録から補間、外挿して出力できるものである。計測器故障などにより時間tにおいて実測温度が観測されていない場合は温度が未知であるとして扱っても良いが、他の時間において実測温度が観測されている場合は、近傍の時間におけるデータを補間、外挿した温度をT(t)として出力するようにしても良い。
【0050】
伝達時間は、各部位iと温度推定点jとの間を流体が移流拡散によって移動するのに要する時間である。具体的には、伝達時間は下流側伝達時間と上流側伝達時間とからなり、流体が各部位iから温度推定点jへ移動するのに要する時間が下流側伝達時間τ1ij、流体が温度推定点jから各部位iへ移動するのに要する時間が上流側伝達時間τ2ijとなる。そして、時系列温度データと温度を推定したい時間tと伝達時間(τ1ij、τ2ij)を用いて、温度を推定したい時間から伝達時間分だけ過去もしくは未来の時点における温度を算出して既知温度とする。具体的には、温度を推定したい時間tを基準にして下流側伝達時間τ1ij分だけ過去の時点で観測された部位iの温度を、温度推定点jにおける部位iの下流側既知温度とする。すなわち、時系列温度データから時間t−τ1ijにおける実測温度T(t−τ1ij)を出力し、下流側既知温度とすればよい。同様に、温度を推定したい時間tを基準にして上流側伝達時間τ2ij分だけ未来の時点で観測された部位iの温度を温度推定点jにおける部位iの上流側既知温度とする。すなわち、時系列温度データから時間t+τ2ijにおける実測温度T(t+τ2ij)を出力し、上流側既知温度とすればよい。
【0051】
下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの対である勢力(R1ij,R2ij)をもとに、下流側重みW1ijと上流側重みW2ij、詳細には、各部位iの下流側既知温度T(t−τ1ij)、上流側既知温度T(t+τ2ij)それぞれに対応する重みW1ij、W2ijを算出する。下流側重みW1ijに対しては任意の上流側勢力R2ijに対して下流側勢力R1ijの単調非減少関数となる重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて重みW1ijをW1ij=W(R1ij,R2ij)とし、上流側重みW2ijに対しては任意の下流側勢力R1ijに対して上流側勢力Rの単調非減少関数となる重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて重みW2ijをW2ij=W(R1ij,R2ij)として算出すればよい。
【0052】
温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iの下流側既知温度T(t−τ1ij)と温度推定点jに対する部位i毎の下流側重みW1ij、および上流側既知温度T(t+τ2ij)と上流側重みW2ijを用いた重み付き平均によって、時間tにおける温度推定点jの推定温度を算出する。時間tにおける温度推定点jの推定温度Te(t)は次式(3)によって表される。
【0053】
【数3】

【0054】
発吸熱部位iおよび流入出部位iの下流側既知温度T(t−τ1ij)、上流側既知温度T(t+τ2ij)は、該当する部位iの温度が既知の場合にその値を用いる。発吸熱部位iや流入出部位iの温度が未知である場合には、該当する部位iに対する下流側重みW1ijと上流側重みW2ijの値を「0」に置き換えた上で、上記式(3)に従って温度推定点jの推定温度Te(t)を算出する。
【0055】
次に、温度推定装置1が行う処理手順について図4〜図12を参照して説明する。対象の流体系の温度場がほぼ定常とみなせる場合は図4〜図7の処理手順を用い、対象の流体系の温度場が時間変化しうる場合は図8〜図12の処理手順を用いる。温度推定装置1は、図4〜図7または図8〜図12に示す処理手順に従って処理を行うことで流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、および流体系の温度分布モニタリング方法を実施する。ここで説明する処理は、この処理を実現するためのプログラムを例えば温度推定装置1の記憶装置に保存しておき、このプログラムを読み出して実行することで実現できる。
【0056】
最初に対象の流体系の温度場がほぼ定常とみなせる場合の処理手順について図4〜図7を参照して説明する。先ず、温度推定装置1が上記した重みWijを算出するために行う処理(重み算出処理)の手順について説明する。図4〜図6は、重み算出処理の処理手順を示すフローチャートである。ここでは、数値流体シミュレーションを用いた温度分布解析によって勢力(R1ij,R2ij)を取得する方法を例にとって重みWijを算出する場合の処理手順を例示する。
【0057】
図4および図5に示す重み算出処理では、先ず、図4に示すように、流れ場取得工程として、数値流体シミュレーションを用い、推定対象の流体系の代表的な流れ場計算条件を設定し(ステップS1)、設定した流れ場計算条件をもとに定常流れ場を計算して、実際の流れ場とする(ステップS3)。ここで、流体の流れ場の計算は、公知技術を用いて行う。具体的には、流体の流れ場と温度場とを求めることができる流体解析ソルバーであれば、市販品を含め何を用いてもよく、例えば、ANSYS FLUENT(登録商標)等を用いることで実際の流れ場を計算する。また、従来から、2次元の流れ場を算出する方法や、3次元の流れ場を算出する方法が知られているが、推定対象の流体系の特徴に応じて、2次元の流れ場または3次元の流れ場を算出する方法を適宜選択して用いることとしてもよい。
【0058】
続いて、領域設定工程として、流体系内の温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iに対応する温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域iの各領域i(i=1〜K+L+M)を設定する(ステップS5)。また、推定点設定工程として、流体系内に温度推定点j(j=1〜N)を設定する(ステップS7)。続いて、温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iの中から、下流側勢力R1ijを取得する部位iを指定する(ステップS9)。ここでの処理は、ステップS9〜ステップS23の繰り返しの度にiの値を1〜K+L+Mの範囲で順次インクリメントしていくことで実現できる。
【0059】
続いて、温度推定点jを指定する(ステップS11)。ここでの処理は、ステップS11〜ステップS21の繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていくことで実現できる。その後、下流側勢力取得工程として、先ず、数値流体シミュレーションに必要な境界条件を与えるが、ここでは、温度分布解析によって勢力を算出するため、境界条件として、各領域iにおける温度の値を与える。具体的には、指定した部位iに対応する領域iの温度を「1」に固定する境界条件を与え、他の領域i´(i≠i´)の温度を「0」に固定する境界条件を与える(ステップS13)。その後、実際の流れ場を用い、移流拡散現象の数値流体シミュレーションを行って、与えた境界条件で温度分布解析を行う。具体的には、定常温度分布の計算を行い(ステップS15)、得られた定常温度分布に従って温度推定点jにおける温度値を取得する(ステップS17)。この温度値が、実際の流れ場での温度推定点jにおける領域iの流体成分の比率に相当する。そして、取得した温度値を、温度推定点jにおける指定した部位iの下流側勢力R1ijの値とする(ステップS19)。
【0060】
続いて、温度推測値jのすべてについて下流側勢力R1ijを取得したか否かを判定する。下流側勢力R1ijが未取得の温度推測値jがある場合には(ステップS21:No)、ステップS11に戻って上記した処理を繰り返す。続いて、温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの全ての部位iについて下流側勢力R1ijを取得したか否かを判定する。下流側勢力R1ijが未取得の部位iがある場合には(ステップS23:No)、ステップS9に戻って上記した処理を繰り返す。全ての部位iについて下流側勢力R1ijを取得したならば(ステップS23:Yes)、続いて、図5に示すように、反転流れ場取得工程として、実際の流れ場の流速ベクトルを反転させた流れ場を反転流れ場として計算する(ステップS25)。そして、温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの各部位iの中から、上流側勢力R2ijを取得する部位iを指定する(ステップS27)。ステップS9と同様に、ステップS27〜ステップS45の繰り返しの度にiの値を1〜K+L+Mの範囲で順次インクリメントしていけばよい。
【0061】
続いて、上流側勢力R2ijを取得する温度推定点jを指定する(ステップS29)。ステップS11と同様に、ステップS29〜ステップS43の繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていけばよい。続いて、指定した部位iが温度実測部位iまたは流入出部位iの場合と、発吸熱部位iの場合とで処理を分岐する。すなわち、指定した部位iが温度実測部位iまたは流入出部位iの場合には(ステップS31:Yes)、上流側勢力取得工程として、先ず、この指定した温度実測部位iまたは流入出部位iに対応する領域iの温度を「1」に固定する境界条件を与え、他の領域i´(i≠i´)の温度を「0」に固定する境界条件を与える(ステップS33)。その後、反転流れ場を用いて数値流体シミュレーションを行い、与えた境界条件で温度分布解析 を行う。具体的には、定常温度分布の計算を行い(ステップS35)、得られた定常温度分布に従って温度推定点jにおける温度値を取得する(ステップ S37)。この温度値が、反転流れ場での温度推定点jにおける領域iの流体成分の比率に相当する。そして、取得した温度値を、温度推定点jにおける指定した部位iの上流側勢力R2ijの値とし(ステップS39)、その後ステップS43に移行する。
【0062】
一方、指定した部位iが温度実測部位iまたは流入出部位iではなく、発吸熱部位iの場合には(ステップS31:No)、指定した部位iの上流側勢力R2ijの値を「0」とし(ステップS41)、その後ステップS43に移行する。そして、ステップS43では、全ての温度推定点jについて上流側勢力R2ijを取得したか否かを判定する。上流側勢力R2ijが未取得の温度推定点jがある場合には(ステップS43:No)、ステップS29に戻って上記した処理を繰り返す。全ての温度推定点jについて上流側勢力R2ijを取得したならば(ステップS43:Yes)、全ての部位iについて上流側勢力R2ijを取得したか否かを判定する。上流側勢力R2ijが未取得の部位iがある場合には(ステップS45:No)、ステップS27に戻って上記した処理を繰り返す。
【0063】
上記下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの取得法では、指定された温度推定点jに対して、下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijを取得するとしたが、本手法は容易に流体領域全体に拡張し、流体領域全体の下流側勢力分布および上流側勢力分布を取得することができる。具体的には、流体領域内を十分細かく覆うような配置、たとえば数値流体シミュレーションの全ての計算グリッドj’の位置にそれぞれ温度推定点jを配置し、全ての温度推定点jに対して下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijを取得すれば、流体領域全体の下流側勢力分布および上流側勢力分布を取得できる。
【0064】
全ての部位iについて上流側勢力R2ijを取得したならば(ステップS45:Yes)、続いて、図6に示すように、重み算出工程として、先ず、各部位iの中から、重みWijを算出する部位iを指定する(ステップS47)。ステップS9と同様に、ステップS47〜ステップS59の繰り返しの度にiの値を1〜K+L+Mの範囲で順次インクリメントしていけばよい。続いて、重みWijを算出する温度推定点jを指定する(ステップS49)。ステップS11と同様に、ステップS49〜ステップS57の繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていけばよい。
【0065】
続いて、指定した部位iの温度が既知であるか否かを判定する。一般に指定した部位iが温度実測部位iの場合、温度は既知である。ただし、計測器の故障などで一時的に温度観測が不可能となる場合があるが、このような場合は実測部位iの温度を未知としても良い。一方、発吸熱部位iまたは流入出部位iについては、温度が未知の場合がある。このため、指定した部位iの温度が既知の場合には(ステップS51:Yes)、指定した部位iの勢力(R1ij,R2ij)をもとに、重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて温度推定点jにおける指定した部位iの重みWijを算出する(ステップS53)。
【0066】
重み関数W(R1ij,R2ij)は、次式(4)に示すように、任意のR2ijに対してR1ijの単調非減少関数となり、任意のR1ijに対してR2ijの単調非減少関数となるような関数であって、かつ下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijがともに「0」の場合、すなわち、R1ij=R2ij=0の場合に「0」となる関数であれば、どのようなものでも適用できる。
【0067】
【数4】

【0068】
重み関数W(R1ij,R2ij)は、空間スケールや流速スケール、温度実測部位間の間隔等によって最適な関数形が変わってくるが、比較的簡単で、どのような流体系を推定対象とする場合であっても幅広く利用できる重み関数として、次式(5)に示すような下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijの部位i毎の平均値を算出する重み関数W(R1ij,R2ij)が挙げられる。例えば、この次式(5)に示す重み関数W(R1ij,R2ij)は、推定対象の流体系における発吸熱部位iの有無が把握できない場合、または、流体系が発吸熱部位iを含むものの、その正確な位置が把握できない場合等に適している。
【0069】
【数5】

【0070】
全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの温度が既知である、または、全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの近傍に温度実測部位iが存在していて(全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの予め設定される所定の距離範囲内にそれぞれ温度実測部位iが存在していて)かつ全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iが温度実測部位iから見て流れの上流側にある場合には、上流側勢力R2ijよりも下流側勢力R1ijの方が精度が高いため、重み関数W(R1ij,R2ij)として、下流側勢力R1ijのみを用いる次式(6)に示す重み関数W(R1ij,R2ij)を用いるとよい。
【0071】
【数6】

【0072】
全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの温度が既知である、または、全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの近傍に温度実測部位iが存在していてかつ全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iが温度実測部位iから見て流れの下流側にある場合には、下流側勢力R1ijよりも上流側勢力R2ijの方が精度が高いため、重み関数W(R1ij,R2ij)として、上流側勢力R2ijのみを用いる次式(7)に示す重み関数W(R1ij,R2ij)を用いるとよい。
【0073】
【数7】

【0074】
温度分布に大きく寄与する発吸熱部位iまたは流入出部位iの流体系内の位置がすべて特定できており、この発吸熱部位iおよび流入出部位iのうちの一部または全ての温度が未知である場合には、次式(8)に示す重み関数W(R1ij,R2ij)を用いるとよい。S1jは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての下流側勢力R1ijの総和であり、S2jは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての上流側勢力R2ijの総和である。
【0075】
【数8】

【0076】
温度分布に大きく寄与する発吸熱部位iまたは流入出部位iの流体系内の位置がすべて特定できており、この発吸熱部位iおよび流入出部位iのうちの一部または全ての温度が未知であり、かつ温度推定点jにおいて下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijともに小さな値となってしまうような場合は、次式(9)に示す重み関数W(R1ij,R2ij)を用いるとよい。S1jは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての下流側勢力R1ijの総和であり、Savejは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての下流側勢力と上流側勢力との平均値(1/2)×(R1ij+R2ij)の総和である。
【0077】
【数9】

【0078】
重み関数W(R1ij,R2ij)は、ステップS7で設定した全ての温度推定点jに対して同じものを一律に適用してもよいし、温度推定点j毎に、条件に合った適切な重み関数W(R1ij,R2ij)を選択的に用いることとしてもよい。
【0079】
図6に戻り、以上のようにして重みWijを算出したならば、ステップS57に移行する。また、指定した部位iの温度が未知の場合には(ステップS51:No)、温度推定点jにおける指定した部位iの重みWijを「0」とし(ステップS55)、その後ステップS59に移行する。ステップS57では、全ての温度推定点jについて重みWijを算出したか否かを判定する。重みWijが未算出の温度推定点jがある場合には(ステップS57:No)、ステップS49に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての温度推定点jについて重みWijを算出したならば(ステップS57:Yes)、ステップS59に移行する。
【0080】
ステップS59では、全ての部位iについて重みWijを算出したか否かを判定する。重みWijが未算出の部位iがある場合には(ステップS59:No)、ステップS47に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての部位iについて重みWijを算出したならば(ステップS59:Yes)、算出した温度推定点jにおける部位i毎の重みWijを記憶装置に保存し(ステップS61)、重み算出処理を終える。流体系内のある温度推定点jの推定温度Teは、この温度推定点jにおける部位i毎の重みWijを上記した手順で算出すれば推定できるが、流体系全体の温度分布を推定し、可視化するためには、流体系の全域に温度推定点jを設定し、設定した全ての温度推定点jについて重みWijを算出しておく必要がある。この場合には、事前に全ての温度推定点jについて部位i毎の重みWijを算出し、記憶装置にデータベース(重みデータベース)として保存しておくことが好ましい。
【0081】
次に、以上のようにして算出した温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを用いて任意の温度推定点jの温度を推定するための処理(温度推定処理)の手順について説明する。図7は、温度推定処理の処理手順を示すフローチャートである。
【0082】
温度推定処理では、図7に示すように、温度推定工程として、先ず、温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iの既知温度Tを取得する(ステップS71)。温度実測部位iについては、該当する温度実測部位iに設置された温度計測装置2から入力される温度実測値を既知温度Tとして取得する。発吸熱部位iおよび流入出部位iについては、該当する部位iに温度計測装置が設置されており、温度を計測している場合や、該当する部位iの温度が例えば固定である等既知であり、記憶装置に予め保存されている場合等、何らかの手段で取得が可能な場合には、これを取得する。
【0083】
続いて、温度を推定する温度推定点jを指定する(ステップS73)。ここでの処理は、ステップS73〜ステップS81の繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていくことで実現できる。続いて、指定した温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを記憶装置から読み出して取得する(ステップS75)。例えば、上記した重みデータベースから指定した温度推定点jについての重みWijを取得する。そして、上記した式(2)に従い、ステップS71で取得した各部位iの既知温度TとステップS75で取得した重みWijとを用いた重み付き平均処理を行って、温度推定点jの推定温度Teを算出する(ステップS77)。その後、算出した温度推定点jの推定温度Teを記憶装置に保存する(ステップS79)。
【0084】
その後、全ての温度推定点jについて推定温度Teを算出したか否かを判定する。推定温度Teが未算出の温度推定点jがある場合には(ステップS81:No)、ステップS73に戻って上記した処理を繰り返す。一方、全ての温度推定点jの推定温度Teを算出したならば(ステップS81:Yes)、温度推定処理を終える。
【0085】
次に、対象の流体系の温度場が時間変動しうる場合の処理手順について同様に図8〜図12を参照して説明する。温度場が変動しうる場合は、前記勢力に加え、時系列の温度データの取得、伝達時間の算出、下流側重みと上流側重みとの算出、下流側既知温度と上流側既知温度との算出が必要になる。
【0086】
まず、伝達時間、すなわち下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとの算出について説明する。図8は、伝達時間算出処理の処理手順を示すフローチャートである。下流側伝達時間τ1ijは移流拡散によって流体が温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iから温度推定点jへ移動するのに要する時間を意味し、上流側伝達時間τ2ijは流体が温度推定点jから温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iへ移動するのに要する時間を意味する。τ1ijは温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iから見て流れの下流側の温度推定点jの方向へ流体が移動するのに要する時間なので、下流側伝達時間と呼び、同様に、τ2ijは温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iから見て流れの上流側の温度推定点jの方向から流体が移動するのに要する時間なので、上流側伝達時間と呼ぶ。以下、下流側伝達時間と上流側伝達時間の対(τ1ij、τ2ij)を伝達時間と呼ぶ。
【0087】
以下、伝達時間算出方法の一例として、温度の数値流体シミュレーションを用いた伝達時間(τ1ij、τ2ij)の算出方法を説明する。
【0088】
まず、数値流体シミュレーションを用い、流体系の代表的な境界条件を設定した後(ステップS101)、設定した境界条件に基づいて流れ場を算出する(ステップS103)。この流れ場は、温度場がほぼ定常とみなせる場合の手順(図4のステップS3)でもとめた実際の流れ場と同じものであるので、前記実際の流れ場をそのまま使ってもよい。
【0089】
次に、流体系の温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位i(i=1〜K+L+M)を設定した後(ステップS105)、温度推定点j(j=1〜N) を設定する(ステップS107)。設定した温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位i(i=1〜K+L+M)と温度推定点j(j=1〜N)から、伝達時間(τ1ij、τ2ij)を算出する部位iと温度推定点jをそれぞれ指定する(ステップS109およびステップS111)。ここでの処理は、ステップS109〜ステップS131の繰り返しの度に、iの値を1からK+L+Mの範囲で順次インクリメントし、 ステップS109〜ステップS129の繰り返しの度に、jの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていくことで実現できる。
【0090】
続いて、流体系全体に初期温度T(単位K)を与えるとともに(ステップS113)、部位iの位置に発熱量S(単位W)の発熱条件を設定する(ステップS115)。この条件で温度分布の非定常計算を行い(ステップS117)、温度推定点jにおける温度上昇挙動を計算する。温度推定点jにおける温度が閾値温度T(単位K)に到達したら、温度がTからTに到達するまでにかかった時間τ1ijを算出する(ステップS119)。τ1ijが下流側伝達時間となる。初期温度Tは、伝達時間に影響を与えない値なので、どのような値を与えても良い。発熱量Sおよび閾値温度Tに関しては、対象の流体系によって最適値が異なる。例えば、溶融亜鉛めっきポット、溶銑保持炉およびタンディッシュの一般的な場合、S=2,000KW、T=T+1K程度とすればよい。
【0091】
同様にして、流体系全体に初期温度Tを与えた後(ステップS121)、温度推定点jの位置に発熱量Sを与え(ステップS123)、温度分布の非定常計算を行い(ステップS125)、部位iの位置の温度がTからTに到達するまでにかかった時間τ2ijを算出する(ステップS127)。τ2ijが上流側伝達時間となる。伝達時間(τ1ij、τ2ij)は、移流拡散によって流体が温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iから温度推定点jへ移動するのに要する時間および温度推定点jから温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iへ流体が移動するのに要する時間と対応する指標であれば何でも良く、定義方法は特に限定されない。
【0092】
ステップS129では、全ての温度推定点jについて伝達時間を算出したか否かを判定する。伝達時間(τ1ij、τ2ij)が未算出の温度推定点jがある場合には(ステップS129:No)、ステップS111に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての温度推定点jについて伝達時間を算出したならば(ステップS129:Yes)、ステップS131に移行する。ステップS131では、全ての部位iについて伝達時間を算出したか否かを判定する。伝達時間(τ1ij、τ2ij)が未算出の部位iがある場合には(ステップS131:No)、ステップS109に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての部位iについて伝達時間(τ1ij、τ2ij)を算出したならば(ステップS131:Yes)、算出した部位i毎の下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijを記憶装置に保存し(ステップS133)、伝達時間算出処理を終了する。流体系全体の温度分布を推定し、可視化するためには、事前に全ての温度推定点jについて部位i毎の下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijを算出し、記憶装置にデータベースとして保存しておくことが好ましい。
【0093】
続いて、図9および図10に示す、流れ場取得工程、領域設定工程、下流側勢力取得工程および上流側勢力取得工程を行う。図9および図10は、下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijの算出処理の処理手順を示すフローチャートである。これらは、対象の流体系の温度場がほぼ定常とみなせる場合について述べた前記手順(図4および図5のステップS1〜ステップS45)と同じ手順でよい。
【0094】
次に、温度推定装置1が重みを算出するために行う処理(重み算出処理)の手順について説明する。温度場が時間変動しうる場合は、重みとして、下流側重みW1ijおよび/または上流側重みW2ijを算出する。全ての部位iについて下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijを取得したならば(ステップS201〜ステップS245、図8および図9参照)、続いて、図11に示すように、各部位iの中から、下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出する部位iを指定する(ステップS247)。ここで、繰り返しの度にiの値を1〜K+L+Mの範囲で順次インクリメントしていけばよい。
【0095】
続いて、下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出する温度推定点jを指定する(ステップS249)。繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていけばよい。続いて、指定した部位iの温度が既知であるか否かを判定する(ステップS251)。一般に指定した部位iが温度実測部位iの場合、温度は既知である。ただし、計測器の故障などで一時的に温度観測が不可能となる場合、実測部位iの温度を未知としても良い。一方、発吸熱部位iまたは流 入出部位iについては、温度が未知の場合がある。このため、指定した部位iの温度が既知の場合には(ステップS251:Yes)、指定した部位iの勢力(R1ij,R2ij)をもとに、下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて温度推定点jにおける指定した部位iの下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出する(ステップS253およびステップS255)。
【0096】
下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は、次式(10)に示すように、任意のR2ijに対してR1ijの単調非減少関数となり、任意のR1ijに対してR2ijの単調非減少関数となるような関数であって、かつ下流側勢力R1ijおよび上流側勢力R2ijがともに「0」の場合、すなわち、R1ij=R2ij=0の場合に「0」となる関数であれば、どのようなものでも適用できる。
【0097】
【数10】

【0098】
下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は、空間スケールや流速スケール、温度実測部位間の間隔等によって最適な関数形が変わってくる。比較的簡単で、どのような流体系を推定対象とする場合であっても幅広く利用できる下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)として、次式(11a)、(11b)に示すように、下流側勢力の0.5倍を下流側重みとし、上流側勢力の0.5倍を上流側重みとする下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)が挙げられる。例えば、この次式(11)は、推定対象の流体系における発吸熱部位iの有無が把握できない場合、または、流体系が発吸熱部位iを含むものの、その正確な位置が把握できない場合等に適している。
【0099】
【数11】

【0100】
全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの温度が既知である、または、全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの近傍に温度実測部位iが存在していて(全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの予め設定される所定の距離範囲内にそれぞれ温度実測部位iが存在していて)かつ全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iが温度実測部位iから見て流れの上流側にある場合には、次式(12a)、(12b)に示すように下流側重み関数W(R1ij,R2ij)は下流側勢力R1ijとし、上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は0とすると良い。
【0101】
【数12】

【0102】
全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの温度が既知である、または、全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iの近傍に温度実測部位iが存在していてかつ全ての発吸熱部位iおよび流入出部位iが温度実測部位iから見て流れの下流側にある場合には、次式(13a)、(13b)に示すように下流側重み関数W(R1ij,R2ij)は0とし、上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は上流側勢力R2ijとすると良い。
【0103】
【数13】

【0104】
温度分布に大きく寄与する発吸熱部位iまたは流入出部位iの流体系内の位置がすべて特定できており、この発吸熱部位iおよび流入出部位iのうちの一部または全ての温度が未知である場合には、次式(14a)、(14b)に示すとおり、下流側重み関数W(R1ij,R2ij)は下流側勢力R1ijとし、上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は式(14b)を用いるとよい。S1jは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての下流側勢力R1ijの総和であり、Savejは、温度が既知である温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iについての下流側勢力と上流側勢力の平均値(1/2)×(R1ij+R2ij)の総和である。
【0105】
【数14】

【0106】
下流側重み関数W(R1ij,R2ij)および上流側重み関数W(R1ij,R2ij)は、設定した全ての温度推定点jに対して同じものを一律に適用してもよいし、温度推定点j毎に、条件に合った適切な下流側重み関数、上流側重み関数を選択的に用いることとしてもよい。
【0107】
指定した部位iの温度が未知の場合には(ステップS251,No)、温度推定点jにおける指定した部位iの下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを「0」とする(ステップS257)。そして、全ての温度推定点jについて下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出したか否かを判定する(ステップS259)。下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijが未算出の温度推定点jがある場合には(ステップS259:No)、ステップS249に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての温度推定点jについて重みを算出したならば(ステップS259:Yes)、ステップS261に移行する。
【0108】
ステップS261では、全ての部位iについて下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出したか否かを判定する。下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijが未算出の部位iがある場合には(ステップS261:No)、ステップS247に戻って上記した処理を繰り返す。そして、全ての部位iについて下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出したならば(ステップS261:Yes)、算出した温度推定点jにおける部位i毎の下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを記憶装置に保存し(ステップS263)、重み算出処理を終える。
【0109】
流体系全体の温度分布を推定し、可視化するためには、流体系の全域に温度推定点jを設定し、設定した全ての温度推定点jについて下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出しておく必要がある。この場合には、事前に全ての温度推定点jについて部位i毎の下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出し、記憶装置にデータベースとして保存しておくことが好ましい。
【0110】
次に、以上のようにして算出した温度推定点jに対する部位i毎の下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ1ijおよび下流側重みW1ij、上流側重みW2ijおよび部位iごとの時系列温度データを用いて、任意の温度推定点jの温度を推定するための処理(温度推定処理)の手順について説明する。図12は、温度推定処理の処理手順を示すフローチャートである。
【0111】
温度推定処理では、図12に示すように、まず温度推定を行う時点tを決定する(ステップS301)。続いて、温度を推定する温度推定点jを指定する(ステップS303)。ここでの処理は、繰り返しの度にjの値を1〜Nの範囲で順次インクリメントしていくことで実現できる。続いて、指定した温度推定点jに対する部位i毎の下流側重みW1ij、上流側重みW2ij、下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijを記憶装置から読み出して取得する(ステップS305)。例えば、上記したデータベースから指定した温度推定点jについての下流側重みW1ij、上流側重みW2ij、下流側伝達時間τ1ij、および上流側伝達時間τ2ijを取得する。
【0112】
上記した式(3)に従い、取得した各部位iの時系列温度データT(t)と下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijとから下流側既知温度T(t−τ1ij)および上流側既知温度T(t+τ2ij)を求めるとともに(ステップS307)、下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijとを算出する(ステップS309)。その後、算出した下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを用いた重み付き平均処理を行って、時間tにおける温度推定点jの推定温度Te(t)を算出する(ステップS311)。その後、算出した温度推定点jの推定温度Te(t)を記憶装置に保存する(ステップS313)。
【0113】
その後、全ての温度推定点jについて推定温度Te(t)を算出したか否かを判定する(ステップS315)。推定温度Te(t)に未算出の温度推定点jがある場合には(ステップS315:No)、ステップS303へ戻って上記した処理を繰り返す。一方、全ての温度推定点jの推定温度Te(t)を算出したならば(ステップS315:Yes)、温度推定処理を終える。
【0114】
以上説明したように、本実施の形態では、流体系内の任意の温度推定点jにおける全流体に対する領域i(温度実測領域i、発吸熱領域i、および流入出領域i)毎の流体成分の比率を勢力(R1ij,R2ij)として取得し、取得した勢力(R1ij,R2ij)をもとに、温度推定点jに対する部位i毎の重みWijまたは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ij、伝達時間(τ1ij,τ2ij)を算出することとした。そして、この部位i毎の重みWijを該当する部位iにおける既知温度Tに重み付けして平均(重み付き平均処理)する、もしくは、時系列温度データを用いて、温度推定を行う時点tに対して、下流側重みW1ijを該当する部位iにおける下流側既知温度T(t−τ1ij)に、上流側重みW2ijを該当する部位iにおける上流側既知温度T(t+τ2ij)に対応させて重み付けして平均することで、温度推定点jの推定温度を算出することとした。したがって、流体系の流れ場のもとでの熱の移流拡散を考慮して、温度推定点jの温度を高精度に推定することできる。これによれば、実際に温度計測装置2を設置する等して温度を実測するのが困難な場所であっても、温度を高精度に把握することが可能となる。したがって、温度計測装置2の配置に制約を与えることなく流体の流れによる熱輸送を考慮した高精度な温度推定を実現することができる。
【0115】
流体系内の全域に温度推定点jを設定し、各温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを算出して例えば重みデータベースとして記憶装置に保存しておけば、この重みWijを読み出して取得するとともに、各部位iの既知温度Tを取得して上記した式(2)に代入するだけで、瞬時に各部位iの既知温度Tを補間した流体系の温度分布を推定することが可能となる。また、温度の時間変動が起こりうる流体系に対しても同様に、流体系内の全域に温度推定点jを設定し、各温度推定点jに対する部位i毎の下流側重みW1ij、上流側重みW2ij、および伝達時間(τ1ij,τ2ij)を算出して例えばデータベースとして記憶装置に保存しておき、温度計測装置2にて各部位iの温度と観測された時間とを逐次計測・保存し、任意の時点tにおける温度実測値を時系列温度データT(t)として読み出せるようにしておけば、この下流側重みW1ij、上流側重みW2ij、および伝達時間(τ1ij,τ2ij)を読み出して取得するとともに、温度を推定したい時点tと時系列温度データT(t)とを用いて式(3)に代入するだけで、瞬時に時点tにおける流体系の温度分布を推定することが可能となる。これによれば、本実施の形態の温度推定装置1は、リアルタイムの計算が不可欠な産業プロセスのオンラインモニタリングにも十分に活用でき、操業管理や制御機構に利用することが可能となる。
【0116】
上流側勢力R2ijを取得し、この上流側勢力R2ijや上流側伝達時間τ2ijを用いて重みWijもしくは下流側重みW1ijと上流側重みW2ijとを算出することとしたので、温度実測部位iから見て流れの上流側となる位置の温度についても、温度実測部位iの既知温度T(温度実測値)や時系列温度データT(t)をもとに推定することができる。さらに、発吸熱部位iや流入出部位iの温度が既知の場合には、これら発吸熱部位iや流入出部位iの既知温度をさらに用いて温度推定点jの温度を推定することができる。これによれば、必ずしも流体の流れの最上流位置に温度計測装置2を配置する必要がない。したがって、温度計測 装置2の配置に制約を与えることなく流体系内の任意の位置の温度を推定することができる。
【0117】
上記した実施の形態では、流体系が温度実測部位i、発吸熱部位i、および流入出部位iを含むこととして説明したが、発吸熱部位iおよび/または流入出部位を含まない場合には、これらを除いた部位iの勢力(R1ij,R2ij)および伝達時間(τ1ij,τ2ij)を取得し、重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijと、下流側既知温度Ti(t−τ1ij)および上流側既知温度Ti(t+τ2ij)とを算出すればよい。例えば、流体系が発吸熱部位iを含まない場合であれば、温度推定点jにおける流体の温度実測部位iおよび流入出部位iの勢力(R1ij,R2ij)、伝達時間(τ1ij,τ2ij)を取得し、取得した勢力(R1ij,R2ij)および伝達時間(τ1ij,τ2ij)をもとに、温度推定点jに対する温度実測部位iおよび流入出部位i毎の重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijと、下流側既知温度Ti(t−τ1ij)および上流側既知温度Ti(t+τ2ij)とを算出すればよい。同様に、流体系が流入出部位iを含まない場合には、温度推定点jにおける流体の温度実測部位iおよび発吸熱部位iの勢力(R1ij,R2ij)および伝達時間(τ1ij,τ2ij)を取得して温度推定点jに対する温度実測部位iおよび発吸熱部位i毎の重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijと、下流側既知温度Ti(t−τ1ij)および上流側既知温度Ti(t+τ2ij)とを算出し、流体系が発吸熱部位iおよび流入出部位iを含まない場合には、温度推定点jにおける流体の温度実測部位iの勢力(R1ij,R2ij)および伝達時間(τ1ij,τ2ij)を取得して温度推定点jに対する温度実測部位i毎の重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijと、下流側既知温度Ti(t−τ1ij)および上流側既知温度Ti(t+τ2ij)とを算出すればよい。これによれば、少なくとも流体系内の設置スペースが確保できる任意の位置に温度計や熱電対等の温度計測装置2を設置することで、この温度計測装置2が計測する温度実測値をもとに流体系内の任意の位置における温度を精度よく推定することが可能となる。
【0118】
本実施の形態では、勢力(R1ij,R2ij)をもとに重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを算出し、算出した重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijを記憶装置に保存することとしたが、勢力(R1ij,R2ij)を保存しておき、重みWijもしくは下流側重みW1ijおよび上流側重みW2ijについては、温度推定の都度算出するようにしてもよい。
【0119】
(実施の形態1)
次に、実施の形態1として、室内を適用対象とし、この室内を流れる流体系の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図13は、実施の形態1において適用対象とする部屋3の内部を上方から示した模式図である。
【0120】
図13に示す部屋3は、例えば、一辺が1(m)の平面視略正方形状を有する。この部屋3は、図13に向かって左側の側壁311および右側の側壁312の対角においてそれぞれ幅が約0.2(m)の通路321,322を備え、この通路321,322の終端にそれぞれ窓331,332が取り付けられている。部屋3の図13に向かって上側の側壁313は、不図示の発熱源を備え、熱を発する発熱壁となっている。部屋3内の図13中に「×」を付して示す4箇所A〜Dにおいて、温度を推定するための温度計測装置としての温度計34−1〜34−4が設置されている。
【0121】
本適用対象では、推定対象の流体系が、部屋3内を流れる空気、具体的には、図13中に矢印A3で示すように窓331から通路321を経て室内に流入し、通路322を経て窓332から室外へと流出する空気である。本適用対象では、温度計34−1〜34−4の設置位置A〜Dが温度実測部位iであり、例えば温度実測部位iである設置位置A〜Dを中心とした半径0.05(m)の円領域E31〜E34をそれぞれ温度実測領域iとする。発熱源を備えた側壁313が発吸熱部位i(発熱部位)であり、例えばこの側壁313の壁面領域Eを発吸熱領域iとする。窓331,332の領域F,G、すなわち、通路321,322の終端面がそれぞれ流入出部位i(窓331の領域Fが流入部位、窓332の領域Gが流出部位)であり、例えばこの領域F,Gを流入出領域iとする。側壁313が備える発熱源は、例えばその温度が50(℃)に制御され、窓331からは、10(℃)の空気が流入する。ただし、温度推定を行う際には、発吸熱部位iおよび流入出部位iの温度は未知とする。以下では、温度計34−1〜34−4の設置位置A〜Dに相当する温度実測部位iを適宜温度実測部位A〜Dと表記し、側壁313の壁面領域Eに相当する発吸熱部位iを適宜発吸熱部位Eと表記し、窓331の領域Fに相当する流入出領域iを適宜流入出領域Fと表記し、窓332の領域Gに相当する流入出領域iを適宜流入出領域Gと表記する。
【0122】
図14は、実施の形態1における温度推定装置10の機能構成を示すブロック図である。図14に示すように、温度推定装置10は、入力部11と、表示部12と、記憶部13と、制御部14とを備え、部屋3内に設置された温度計34−1〜34−4からの温度実測値が制御部14に入力される構成となっている。
【0123】
入力部11は、ユーザが温度推定に必要な情報の入力等の各種操作を行うためのものであり、入力信号を制御部14に出力する。この入力部11は、キーボードやマウス、タッチパネル等によって実現される。表示部12は、LCDやELディスプレイ等の表示装置によって実現され、制御部14の制御のもと、温度推定の結果等を画面表示する。
【0124】
記憶部13は、更新記録可能なフラッシュメモリ等のROMやRAMといった各種ICメモリ、内蔵或いはデータ通信端子で接続されたハードディスク、CD−ROM等の情報記録媒体およびその読取装置等によって実現されるものであり、温度推定装置10を動作させ、この温度推定装置10が備える種々の機能を実現するためのプログラムや、このプログラムの実行中に使用されるデータ等が記録される。この記憶部13には、部屋3内に設定される温度推定点jの重みWijを登録した重みデータベースや、温度推定点jの推定温度Teを該当する温度推定点jの部屋3内における位置と対応付けて設定した温度データ等が保存される。
【0125】
制御部14は、CPU等のハードウェアによって実現される。この制御部14は、入力部11から入力される入力信号、記憶部13に記録されるプログラムやデータ等をもとに温度推定装置10を構成する各部への指示やデータの転送等を行い、温度推定装置10全体の動作を統括的に制御する。この制御部14は、温度推定部141と、温度分布表示処理部143とを含む。
【0126】
温度推定部141は、図4〜図6に示した処理手順に従って重み算出処理を行うことで、温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを算出し、算出した温度推定点jについての重みWijを重みデータベースとして記憶部13に保存する。具体的には、温度推定部141は、例えば、数値流体シミュレーションとして有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用して勢力(R1ij,R2ij)を取得し、重みWijを算出する。実施の形態1では、流体系の高さ方向の流れは無視できるものとして部屋3内の流体系の2次元の温度分布を推定することとし、重みWijの算出においても、2次元モデルで近似を行うこととする。
【0127】
この場合には、温度推定部141は、図4のステップS3の処理として、2次元の流れ場を実際の流れ場として計算する。図15は、ここで計算される部屋3の実際の流れ場を示す模式図である。図15に示すように、流れ場の計算では、部屋3内の全域における空気の流れを表す流速ベクトルV3、具体的には、図15中に矢印A3で示すように窓331(図13を参照)から室内に流入して窓332(図13を参照)から室外に流出する空気の部屋3内の各位置での流れの向きおよびその流速を表す流速ベクトルV3が得られる。
【0128】
温度推定部141は、図4のステップS7の処理として、温度推定点jを等間隔で部屋3内の全域に設定する。温度推定部141は、ステップS9〜ステップS23の処理として、図15に示す実際の流れ場を用い、前述のように部屋3内の全域に設定した各温度推定点jにおける流体の各部位iの下流側勢力R1ijを取得する。図16−1〜図16−7は、それぞれ各温度推定点jにおける各部位A〜Gの下流側勢力R1ijを等値線図化して示した図である。
【0129】
その後、温度推定部141は、図5のステップS25の処理として、図15に示す実際の流れ場の各流速ベクトルV3の向きを逆向きにした反転流れ場を計算する。温度推定部141は、図5のステップS27〜ステップS45の処理として、反転流れ場を用い、部屋3内の全域に設定した各温度推定点jにおける流体の各部位iの上流側勢力R2ijを取得する。図17−1〜図17−7は、それぞれ温度推定点jにおける各部位A〜Gの上流側勢力R2ijを等値線図化して示した図である。
【0130】
温度推定部141は、図6のステップS47〜ステップS59の処理として、式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いた重みWijの算出と、式(8)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いた重みWijの算出とをそれぞれ行い、用いた重み関数W(R1ij,R2ij)毎に各温度推定点jの重みWijをデータベース化して記憶部13に保存する。図18−1〜図18−7は、それぞれ式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて算出した各温度推定点jに対する部位A〜G毎の重みWijを等値線図化して示した図である。図19−1〜図19−7は、それぞれ式(8)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いて算出した各温度推定点jに対する部位A〜G毎の重みWijを等値線図化して示した図である。実施の形態1では、発吸熱部位Eおよび流入出部位F,Gの温度を未知としており、図18−5〜図18−7や図19−5〜図19−7に示すように、部位E,F,Gの重みWijは「0」として算出される。
【0131】
温度推定部141は、図7に示した処理手順に従って温度推定処理を行うことで、温度計34−1〜34−4が計測する温度実測値である温度実測部位i(A〜D)の既知温度Tをもとに、各温度推定点jについての重みWijを用いることで各温度推定点jの推定温度Teを算出する。そして、温度推定部141は、算出した各温度推定点jの推定温度Teを、温度データとして記憶部13に保存する。
【0132】
温度分布表示処理部143は、温度推定部141が推定して記憶部13に保存した温度データを参照し、各温度推定点jの推定温度Te、すなわち、既知温度Tである温度実測部位i(A〜D)の温度実測値を補間した部屋3内の流体系全体の温度分布を例えば等値線図化し、温度分布モニタリング画面として表示部12に表示する。
【0133】
以上説明した構成の温度推定装置10において、上記した式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)によって算出した重みWijを用いた場合(実験例1)と、式(8)の重み関数W(R1ij,R2ij)によって算出した重みWijを用いた場合(実験例2)とで、それぞれ各温度推定点jにおける汚染物質の推定温度Teを算出した。また、比較例として、従来法である逆距離加重法を用いた重みの算出を行い、得られた重みを用いて各温度推定点jの推定温度Teを算出した。比較例での重みの算出は、図4〜図6の重み算出処理と同様の処理手順で行い、ステップS53において、次式(15)で示す、逆距離補間の式の重みWij´を用いる。lijは、温度実測部位iと温度推定点jとの直線距離である。uは、補間パラメータであり、例えば、u=2として重みWijを算出した。
【0134】
【数15】

【0135】
具体的には、温度推定部141が、実験例1,2および比較例での3種類の重みWijをそれぞれ用いて各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度分布表示処理部143が、実験例1,2および比較例での各温度推定点jの推定温度Teを等値線図化することで、実験例1,2および比較例のそれぞれについての推定結果を得た。推定に用いた各温度実測部位A〜Dの既知温度T、すなわち、部屋3内の対応する設置位置A〜Dに設置された温度計34−1〜34−4の温度実測値を表1に示す。
【0136】
【表1】

【0137】
さらに比較のため、数値流体解析を用い、各温度実測部位A〜Dの既知温度Tを表1に示す温度実測値として、部屋3内の真の温度分布を算出した。
【0138】
図20は、実施の形態1における実験例1の推定結果、すなわち、部屋3内の流体系の温度分布を等値線図化した図である。図21は、実施の形態1における実験例2の推定結果を示す図であり、図22は、実施の形態1における比較例の推定結果を示す図である。図23は、部屋3内の真の温度分布を示す図である。実験例1,2と比較例とを比較すると、図22に示すように、比較例では、温度実測部位A〜Dの周囲に等値線が同心円状に広がる温度分布が推定されている。このように、比較例では、部屋3内の空気の流れが温度推定に反映されず、図23に示す部屋3内の真の温度分布に対応しない推定結果となった。これに対し、図20,21に示すように、実施の形態1の実験例1,2では、どちらも等値線が部屋3内の空気の流れの方向に沿って長く伸びた温度分布が推定されており、図23に示す部屋3内の真の温度分布に対応した推定結果が得られた。このように、実施の形態1によれば、部屋3内の空気の流れを反映させた温度推定が実現でき、部屋3内の温度分布を精度よく再現することができた。
【0139】
(実施の形態2)
次に、実施の形態2として、水槽を適用対象とし、この水槽内を流れる流体系の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図24は、実施の形態2において適用対象とする水槽4の内部を側方から示した模式図である。図25は、図14の水槽4の内部を上方から示した模式図である。
【0140】
図24および図25に示す水槽4は、例えば、奥行方向(図25の上下方向)が1(m)、幅方向(図24および図25の左右方向)が1(m)、深さ(図24の上下方向の幅)が0.5(m)の直方体形状を有し、水槽4内は常に水が満たされる構成となっている。すなわち、水槽4の上面には、図25に向かって左側の両角において水槽4の内部空間と連通する2本のパイプ41,42が設けられ、このパイプ41,42から水槽4内に水が注入されるようになっている。一方、水槽4の底面には、図25に向かって右側中央において水槽4の内部空間と連通する1本のパイプ43が設けられ、このパイプ43からは、パイプ41,42から流入した水の総量と同量の水が流出するようになっている。
【0141】
水槽4の内部空間には、水槽4の幅方向に沿って幅方向の半分を仕切る仕切り板44が配設されており、その奥行方向の位置が、水槽4の奥行方向中央を通る垂直断面S4に対して0.2(m)だけパイプ41側に寄った配置になっている。水槽4内の図24および図25中に「×」を付して示す6箇所P41〜P46において、温度を推定するための温度計測装置としての温度計45−1〜45−6が設置されている。温度計45−1〜45−6の深さ方向の位置は、水槽4のちょうど中央深さとなる位置とした。
【0142】
本適用対象では、推定対象の流体系が水槽4内を流れる水であり、温度計45−1〜45−6の設置位置P41〜P46が温度実測部位iとなる。パイプ41,42の下端が流入部位、パイプ43の上端が流出部位であり、これらが流入出部位iとなる。ただし、パイプ41〜43の流路全域を流入出部位iとしてもよいし、パイプ41,42の上端やパイプ43の下端を流入出部位iとしてもよい。例えば、パイプ41からは10(℃)の水が注入され、パイプ42からは50(℃)の水が注入される。ただし、温度推定を行う際には、流入出部位iの温度は未知とする。本適用対象の流体系は、水槽4内に満たされる水の水面や水槽4の内壁面における伝熱が十分に小さいものとし、発吸熱部位iを含まないこととする。図24,図25では図示しないが、実施の形態2においても、これら温度実測部位iおよび流入出部位iについて、それぞれ対応する温度実測領域iおよび流入出領域iが設定される。
【0143】
図26は、実施の形態2における温度推定装置10aの機能構成を示すブロック図である。図26において、実施の形態1と同様の構成には同一の符号を付する。図26に示すように、温度推定装置10aは、入力部11と、表示部12と、記憶部13と、制御部14aとを備え、水槽4内に設置された温度計45−1〜45−6からの温度実測値が制御部14aに入力される構成となっている。
【0144】
記憶部13は、水槽4内に設定される温度推定点jの重みWijを登録した重みデータベースや、温度推定点jの推定温度Teを該当する温度推定点jの水槽4内における位置と対応付けて設定した温度データ等を保存する。
【0145】
制御部14aは、温度推定部141と、温度データ抽出部142aと、温度分布表示処理部143aとを含む。
【0146】
温度推定部141は、図4〜図6に示した処理手順に従って重み算出処理を行うことで、温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを算出し、算出した温度推定点jについての重みWijを重みデータベースとして記憶部13に保存する。例えば、温度推定部141は、数値流体シミュレーションとして有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用して勢力(R1ij,R2ij)を取得し、重みWijを算出する。このとき、温度推定部141は、図4のステップS7の処理として、奥行方向、幅方向、および深さ方向に沿って0.04(m)間隔で温度推定点jを水槽4内の全域に設定する。また、温度推定部141は、図6のステップS47〜ステップS59の処理として、式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いた重みWijの算出と、式(8)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いた重みWijの算出とをそれぞれ行い、用いた重み関数W(R1ij,R2ij)毎に各温度推定点jの重みWijをデータベース化して記憶部13に保存する。実施の形態2では、流入出部位iの温度を未知としており、この流入出部位iの重みWijは「0」として算出される。
【0147】
温度推定部141は、実施の形態1と同様に、図7に示した処理手順に従って温度推定処理を行うことで、既知温度Tである温度実測部位iの温度実測値をもとに各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度データとして記憶部13に保存する。
【0148】
温度データ抽出部142aは、温度推定部141が推定して記憶部13に保存した温度データを参照し、水槽4の任意の断面における推定温度Te(任意の断面内の温度推定点jの推定温度Te)を抽出する。推定温度Teを抽出する断面は、予め固定的に設定しておく構成としてもよいし、ユーザ操作に従って決定することとしてもよい。ユーザ操作に従って決定する場合には、温度データ抽出部142aは、入力部11を介してユーザによる断面の指定操作を受け付け、ユーザが指定した断面における推定温度Teを抽出する。
【0149】
温度分布表示処理部143aは、温度データ抽出部142aが抽出した任意の断面における推定温度Teを例えば等値線図化することでこの任意の断面における温度分布を可視化し、温度分布モニタリング画面として表示部12に表示する。
【0150】
以上説明した構成の温度推定装置10aにおいて、上記した式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)によって算出した重みWijを用いた場合(実験例1)と、式(8)の重み関数W(R1ij,R2ij)によって算出した重みWijを用いた場合(実験例2)とで、それぞれ各温度推定点jの推定温度Teを算出した。また、比較例として、従来法である逆距離加重法を用いた重みの算出を行い、得られた重みを用いて各温度推定点jの推定温度Teを算出した。比較例での重みの算出は、図4〜図6の重み算出処理と同様の処理手順で行い、ステップS53において式(15)に示す重みWij´を用いる。
【0151】
具体的には、温度推定部141が、実験例1,2および比較例での3種類の重みWijをそれぞれ用いて各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度データ抽出部142aが、実験例1,2および比較例での各温度推定点jの推定温度Teから水槽4の深さ方向の中央を通る水平断面における推定温度Teを抽出し、温度分布表示処理部143aが、前述の水平断面における推定温度Teを等値線図化することで、実験例1,2および比較例のそれぞれについての推定結果を得た。推定に用いた各温度実測部位iの既知温度T、すなわち、水槽4内の対応する設置位置P41〜P46に設置された温度計45−1〜45−6の温度実測値を表2に示す。
【0152】
【表2】

【0153】
図27は、実施の形態2における実験例1の推定結果、すなわち、水槽4の深さ方向の中央を通る水平断面における温度分布を等値線図化した図である。図28は、実施の形態2における実験例2の推定結果を示す図であり、図29は、実施の形態2における比較例の推定結果を示す図である。
【0154】
従来法である逆距離加重法を用いた比較例の場合、温度実測部位iと温度推定点jとの距離という幾何学的な情報のみを指標として重みを算出するが、この方法では、流体設備内の構造が考慮されないため、実際の温度分布と大きく異なる推定結果が得られる場合があった。すなわち、例えば本適用対象の水槽4の内部空間に配設された仕切り板44のような流体の流れを遮る部材を備えた流体設備に適用した場合、仕切り板44を越えて連続的な温度分布が推定されてしまう場合があった。しかしながら、実際には、仕切り板44によって流体の流れが遮られるため、この仕切り板44を境に温度が不連続となることがある。
【0155】
実際に、実験例1,2と比較例とを比較すると、図27および図28に示すように、実施の形態2の実験例1,2の推定結果では、仕切り板44を境に温度分布が不連続となっており、仕切り板44によって整流された流れ場の影響を反映した温度分布が推定できている。一方、比較例の推定結果では、図29に示すように、仕切り板44を乗り越えて連続的な温度分布となっており、仕切り板44によって整流された流れ場の影響が温度分布に反映されていない。このように、実施の形態2では、従来法である逆距離加重法を用いた場合と異なり、流れ場の影響を反映した温度推定が実現でき、水槽4内の温度分布を精度よく再現することが確認できた。したがって、実施の形態2によれば、複雑な3次元の流れ場を有する流体系を推定対象とする場合においても、高精度な温度推定が実現できる。
【0156】
水槽4内の温度推定精度を定量的に検証するため、水槽4内にさらに温度計を追加設置して実験を行った。図30は、水槽4内に追加設置した温度計45−7〜45−9の設置位置を示す図である。図30に示すように、水槽4内に「×」を付して示す3箇所P47〜P49に温度計45−7〜45−9を追加設置し、各設置位置P47〜P49の温度実測値を取得するとともに、各設置位置P47〜P49を温度実測部位iとして実験例1,2および比較例による温度推定を行った。温度計45−7〜45−9の深さ方向の位置は、温度計45−7〜45−9と同様に、水槽4のちょうど中央深さとなる位置とした。
【0157】
温度計45−7〜45−9の設置位置P47〜P49である各温度実測部位iにおける温度実測値、実施の形態2の実験例1による推定温度Te、実験例2による推定温度Te、および比較例による推定温度Teを表3に示す。表3に示すように、実施の形態2の実験例1,2で得た推定温度Teは、比較例で得た推定温度Teと比べて温度実測値に近い値となっており、実施の形態2による温度推定精度が優れていることが確認できた。
【0158】
【表3】

【0159】
(実施の形態3)
実施の形態3として、実施の形態2と同じ水槽で、流入水温が時間変化する場合の温度分布推定および可視化について説明する。図24および図25に示すパイプ41からは常に10℃の水が流入する。パイプ42からは一定流量の水が流入し、最初は水温が10℃、途中から水温が50℃になる。温度計45−1〜45−6は、実施の形態2と同じ位置(P41、P42、P43、P44、P45、P46)に配置される。
【0160】
実施の形態3において、下流側勢力R1ij、上流側勢力R2ij、下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ij、下流側重みW1ij、および上流側重みW2ijを実施の形態2と同様に数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。流れ場計算では、パイプ41上端から流量0.765L/sで水が流入し、パイプ42上端から流量1.531L/sで水が流入し、パイプ43下端では圧力一定で流出することとし、水槽4の上面は滑り条件、側壁、および底壁は壁の対数則を用いた壁境界条件として境界条件を与えて計算を行った。伝達時間の算出は、水の初期温度27℃、発熱量2,200kW、閾値温度28℃として計算した。温度推定点jは0.04m間隔で配置し、水槽4内全域に配置した。
【0161】
重み関数W1ij、W2ijの算出には、式(14a)および式(14b)を用いた。温度計45−1〜45−6により水槽4内の各位置(P41、P42、P43、P44、P45、P46)において測定された温度の時間推移を図31−1〜図31−6に示す。
【0162】
温度推定を行う時間tとして、パイプ42の水温が50℃に変わった時間から1分後、2分後、3分後、4分後、5分後、および6分後の6つの時点を考える。水槽4の中央を通る水平断面における温度分布について、上記位置P41〜P46において測定された時系列温度データT(t)から上記で算出した下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijを用いて、下流側既知温度T(t−τ1ij)および上流側既知温度T(t+τ2ij)を抽出した。そして式(14a)と式(14b)とを用いて、水温Teを推定した。
【0163】
パイプ42から流入する水温が50℃に変わった時間から1分後、2分後、3分後、4分後、5分後、および6分後の水槽4の中央を通る水平断面における水温について等値線図化した。等値線図を図32−1〜図32−6に示す。パイプ42から流入する水の温度が10℃から50℃に変わると、パイプ42に近い位置から徐々に温度が上昇していく様子がうまく現れており、温度分布の時間推移が有る場合でも温度分布を推定することができた。
【0164】
(実施の形態4)
次に、実施の形態4として、溶融亜鉛めっきポットを適用対象とし、この溶融亜鉛めっきポット内を流れる流体系の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図33は、実施の形態4において適用対象とする溶融亜鉛めっきポット5の内部を側方から示した模式図である。自動車や建材などに利用される亜鉛めっき鋼板を製造する鉄鋼プロセスのひとつである溶融亜鉛めっきラインでは、図33に例示するような溶融亜鉛めっきポット5において鋼板51を溶融亜鉛中に浸漬させた後、不図示の付着量制御装置でそのめっき付着量を調整し、冷却等の所定の後処理を施してめっき鋼板とする。操業条件は、例えばライン速度を120(mpm)とし、鋼板の板幅を1,500(mm)とする。
【0165】
実施の形態4で適用対象とする図33の溶融亜鉛めっきポット5の溶融亜鉛の容量は、例えば250(t)であり、溶融亜鉛めっきポット5内は溶融亜鉛で満たされている。この溶融亜鉛めっきポット5は、図33の紙面と平行な対向する内側壁面のそれぞれに設置された誘導加熱装置52を備える。溶融亜鉛めっきポット5は、内部空間に亜鉛インゴット53を投入するためのインゴット投入部(不図示)を備えている。誘導加熱装置52は、このインゴット投入部に投入される亜鉛インゴット53を溶解して溶融亜鉛とし、この溶解した溶融亜鉛の温度を所定の温度に維持するためのものである。
【0166】
溶融亜鉛めっきポット5の内部空間にはシンクロール54が設置されており、このシンクロール54によって、溶融亜鉛中に浸漬されてこの溶融亜鉛中で搬送される鋼板51の通板方向が方向転換されるようになっている。鋼板51への付着によって消費される亜鉛は、インゴット投入部(不図示)に対する亜鉛インゴット53の投入により補給される。溶融亜鉛めっきポット5内の図31中に「×」を付して示す8箇所P51〜P58において、温度を推定するための温度計測装置としての熱電対55−1〜55−8が設置されている。各熱電対55−1〜55−8は、溶融亜鉛めっきポット5の図33の紙面と平行な一方の内側壁面、例えば、シンクロール54から見て紙面手前側の内側壁面からの距離が300(mm)となる面内において、各々が図33に示す位置関係で設置されている。
【0167】
本適用対象では、推定対象の流体系が溶融亜鉛めっきポット5内に満たされる溶融亜鉛であり、熱電対55−1〜55−8の設置位置P51〜P58が温度実測部位iとなる。実施の形態4では、発熱が生じる流体系内の部位である誘導加熱装置52の加熱位置およびインゴット投入部の2箇所が発吸熱部位iとなる。誘導加熱装置52の加熱位置に相当する発吸熱部位iの温度を既知とし、具体的には、487.72(℃)とする(表4を参照)。一方、インゴット投入部に相当する発吸熱部位iの温度については、未知とする。本適用対象では、推定対象の流体系の流入出、すなわち、溶融亜鉛めっきポット5内への溶融亜鉛の流入および溶融亜鉛めっきポット5外への溶融亜鉛の流出は存在しないため、実施の形態4の流体系は、流入出部位iを含まないこととする。実施の形態4では、これら温度実測部位iおよび発吸熱部位iについて、それぞれ対応する温度実測領域iおよび発吸熱領域i(不図示)が設定される。
【0168】
図34は、実施の形態4における温度推定装置10bの機能構成を示すブロック図である。図34において、実施の形態1と同様の構成には同一の符号を付する。図34に示すように、温度推定装置10bは、入力部11と、表示部12と、記憶部13と、制御部14bとを備え、溶融亜鉛めっきポット5内に設置された熱電対55−1〜55−8からの温度実測値が制御部14bに入力される構成となっている。
【0169】
記憶部13は、溶融亜鉛めっきポット5内に設定される温度推定点jの重みWijを登録した重みデータベースや、温度推定点jの推定温度Teを該当する温度推定点jの溶融亜鉛めっきポット5内における位置と対応付けて設定した温度データ等を保存する。
【0170】
制御部14bは、温度推定部141と、温度データ抽出部142bと、温度分布表示処理部143bとを備える。
【0171】
温度推定部141は、図4および図5に示した処理手順に従って重み算出処理を行うことで、温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを算出し、算出した温度推定点jについての重みWijを重みデータベースとして記憶部13に保存する。例えば、温度推定部141は、数値流体シミュレーションとして有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用して勢力(R1ij,R2ij)を取得し、重みWijを算出する。このとき、温度推定部141は、図4のステップS7の処理として、温度推定点jを等間隔で溶融亜鉛めっきポット5内の全域に設定する。また、温度推定部141は、図6のステップS47〜ステップS59の処理として、例えば式(5)の重み関数W(R1ij,R2ij)を用いた重みWijの算出を行い、各温度推定点jの重みWijをデータベース化して記憶部13に保存する。実施の形態4では、インゴット投入部に相当する発吸熱部位iの温度を未知としており、このインゴット投入部に相当する発吸熱部位iの重みWijは「0」として算出される。
【0172】
温度推定部141は、実施の形態1と同様に、図7に示した処理手順に従って温度推定処理を行うことで、既知温度Tである温度実測部位iの温度実測値と誘導加熱装置52の加熱位置に相当する発吸熱部位iの温度とをもとに各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度データとして記憶部13に保存する。
【0173】
温度データ抽出部142bは、温度推定部141が推定して記憶部13に保存した温度データを参照し、溶融亜鉛めっきポット5の任意の断面における推定温度Teを抽出する。温度分布表示処理部143bは、温度データ抽出部142bが抽出した任意の断面における推定温度Teを例えば等値線図化することでこの任意の断面における温度分布を可視化し、温度分布モニタリング画面として表示部12に表示する。
【0174】
以上説明した構成の温度推定装置10bにおいて、各温度推定点jの温度推定を行った。具体的には、温度推定部141が、各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度データ抽出部142bが、溶融亜鉛めっきポット5の例えば内側壁面から300(mm)の鉛直断面における推定温度Teを抽出し、温度分布表示処理部143bが、前述の鉛直断面における推定温度Teを等値線図化することで推定結果を得た。推定に用いた各温度実測部位iの既知温度T、すなわち、溶融亜鉛めっきポット5内の対応する設置位置P51〜P58に設置された熱電対55−1〜55−8の温度実測値を、誘導加熱装置52の加熱位置の既知温度Tとともに表4に示す。
【0175】
【表4】

【0176】
図35は、実施の形態4における推定結果、すなわち、溶融亜鉛めっきポット5の内側壁面から300mmの鉛直断面における温度分布を等値線図化した図である。この実施の形態4によれば、溶融亜鉛めっきポット5内での溶融亜鉛の流動の影響を反映した温度推定が実現でき、溶融亜鉛の流動効果を考慮して温度分布を高精度に推定できる。また、各温度推定点jについての重みWijを重みデータベースとして記憶部13に保存しておくこととしたので、温度推定および温度分布の可視化の際は、既知温度Tをもとに重み付き平均処理を行うだけでよく、計算時間を1秒以内とすることができた。よってオンライン(リアルタイム)での温度分布の可視化も可能である。なお、溶融亜鉛めっきポット5内の溶融亜鉛の温度が所定範囲内にない場合、溶融亜鉛めっき鋼板に表面欠陥が発生することが知られている。従って、上述の処理によって溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛の温度を推定し、推定結果に基づいて溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛の温度が所定範囲内となるように誘導加熱装置52を制御することによって、表面欠陥のない溶融亜鉛めっき鋼板を製造することができる。
【0177】
具体的には、図34に示すように、制御部14bは、溶融亜鉛めっきポット5内の所定の領域における溶融亜鉛の温度が所定の閾値内にあるか否かを判定する判定部144bと、溶融亜鉛めっきポット5の誘導加熱装置52の出力を操作して溶融亜鉛の温度を制御する温度制御部145bとを備えている。なお、「溶融亜鉛めっきポット5内の所定の領域」とは、例えば表面欠陥に影響を与える鋼板51の表面と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール54と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール54上部と鋼板51とで囲まれた領域などをいう。溶融亜鉛温度の閾値は予め判定部144bに入力されるか、操作者により入力部11を介して入力され、判定部144bは、温度データ抽出部142bが抽出した、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値内にあるか否かを判定する。判定部144bが、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部145bは、所定の領域における溶融亜鉛の温度が閾値範囲内となるよう誘導加熱装置52の出力を操作する。本実施の形態4によれば、温度制御部145bが誘導加熱装置52を制御することにより所定の領域における溶融亜鉛温度を制御することが可能となる。これにより、鋼板51の表面欠陥を防止できる。
【0178】
(実施の形態5)
次に、実施の形態5として、連続鋳造用のタンディッシュを適用対象とし、このタンディッシュ内を流れる流体系の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図36は、実施の形態5において適用対象とするタンディッシュ6の構成を模式的に示した斜視図である。図37は、実施の形態5のタンディッシュ6に設置される熱電対64−1〜64−5の設置位置を示す図であり、タンディッシュ6の長辺側方の図37に向かって右側半分について、その内部の様子を模式的に示している。
【0179】
図36に示すタンディッシュ6は、奥行方向が1(m)、幅方向が8(m)、高さが1(m)の直方体形状を有し、内部に溶鋼を収容する。図36において、タンディッシュ6に収容される溶鋼の液面S7を破線で示している。このタンディッシュ6は、 取鍋からの溶鋼を注入するノズル61と、底部の2箇所に設けられ、溶鋼を鋳型へと導入するための流出孔62,62と、溶鋼を加熱して温度を制御する2つのプラズマ加熱装置63,63とを備える。タンディッシュ6は、取鍋からの溶鋼を注入するノズル61が中央上部に設けられ、鋳型への流出孔 62,62が幅方向の両端に設けられた2ストランド仕様である。
【0180】
実施の形態5では、図37に示すタンディッシュ6の長辺方向の右側半分において、短辺方向中央を通る鉛直面内の図37中に「×」を付して示す5箇所P61〜P65に、温度を推定するための温度計測装置としての熱電対64−1〜64−5が設置されている。タンディッシュ6の長辺方向右側だけに注目し、右側の5箇所に熱電対64−1〜64−5を設置したのは、タンディッシュ6が左右対称の構造を有するためであるが、長辺方向左側にも同様に熱電対64−1〜64−5を設置し、温度推定に用いるようにしてもよい。
【0181】
本適用対象では、推定対象の流体系が、タンディッシュ6の内部に収容される溶鋼、具体的には、ノズル61の下端からタンディッシュ6の内部に流入し、流出孔62,62からタンディッシュ6の外部(鋳型)へと流出する溶鋼である。本適用対象では、熱電対64−1〜64−5の設置位置P61〜P65が温度実測部位iとなる。プラズマ加熱装置63,63の加熱位置が発吸熱部位iとなり、ノズル61の下端および流出孔62,62が流入出部位i(ノズル61の下端が流入部位、流出孔62,62が流出部位)となる。溶鋼の液面S7は、外部から強い冷却を受けるので発吸熱部位iとなる。プラズマ加熱装置63,63の加熱位置に相当する発吸熱部位iとノズル61の下端の流入位置に相当する流入出部位iは温度が既知であり、流出孔62,62に相当する流入出部位i、溶鋼の液面S7に相当する発吸熱部位iの温度は未知である。
【0182】
図38は、実施の形態5における温度推定装置10cの機能構成を示すブロック図である。図38において、実施の形態1と同様の構成には同一の符号を付する。図38に示すように、温度推定装置10cは、入力部11と、表示部12と、記憶部13と、制御部14cとを備え、タンディッシュ6内に設置された熱電対64−1〜64−5からの温度実測値が制御部14cに入力される構成となっている。
【0183】
記憶部13は、タンディッシュ6内に設定される温度推定点jの重みWijを登録した重みデータベースや、温度推定点jの推定温度Teを該当する温度推定点jのタンディッシュ6内における位置と対応付けて設定した温度データ等を保存する。
【0184】
制御部14cは、温度推定部141と、温度データ抽出部142cと、温度分布表示処理部143cと、判定部144cと、温度制御部145cとを含む。
【0185】
温度推定部141は、図4〜図6に示した処理手順に従って重み算出処理を行うことで、温度推定点jに対する部位i毎の重みWijを算出し、算出した温度推定点jについての重みWijを重みデータベースとして記憶部13に保存する。例えば、温度推定部141は、数値流体シミュレーションとして有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用して勢力(R1ij,R2ij)を取得し、重みWijを算出する。このとき、温度推定部141は、図4のステップS7の処理として、温度推定点jを等間隔でタンディッシュ6内の全域に設定する。実施の形態5では、プラズマ加熱装置63,63の加熱位置に相当する発吸熱部位iおよび流出孔62,62に相当する流入出部位iの温度を未知としており、これらの部位iの重みWijは「0」として算出される。
【0186】
温度推定部141は、実施の形態1と同様に、図7に示した処理手順に従って温度推定処理を行うことで、既知温度Tである温度実測部位iの温度実測値をもとに各温度推定点jの推定温度Teを算出し、温度データとして記憶部13に保存する。
【0187】
温度データ抽出部142cは、温度推定部141が推定して記憶部13に保存した温度データを参照し、タンディッシュ6の任意の断面における推定温度Teを抽出する。タンディッシュ6内の溶鋼は、その浴面やタンディッシュ6の内側壁面との接触部分において冷却されるため、取鍋から注入された溶鋼は、下方に流れて流出孔62,62に近づくに従って温度が低下していく。タンディッシュ6は、内側壁面が耐火物で覆われており、この耐火物は常に高温の溶鋼と接触している。この耐火物と接触している溶鋼の温度が急激に変化すると、耐火物に大きな熱応力が発生し、耐火物損傷の問題が起こる。したがって、内側壁面と接触する溶鋼の温度が所定の閾値内となるように溶鋼の温度を制御することが好ましい。そこで、実施の形態5では、温度データ抽出部142cは、例えばタンディッシュ6の長辺方向の内側壁面近傍、例えば図37の紙面手前側の内側壁面近傍の鉛直断面における推定温度Teを抽出する。
【0188】
温度分布表示処理部143cは、温度データ抽出部142cが抽出した任意の断面(例えばタンディッシュ6の長辺方向の内側壁面近傍の鉛直断面)における推定温度Teを例えば等値線図化することでこの任意の断面における温度分布を可視化し、温度分布モニタリング画面として表示部12に表示する。
【0189】
判定部144cは、タンディッシュ6の内側壁面近傍、すなわち、内側壁面を覆う耐火物との接触部分における溶鋼の温度が所定の温度範囲内であるか否かを判定する。例えば、判定部144cは、温度データ抽出部142cが抽出した鉛直断面における推定温度Teの最大温度または最低温度が所定の温度範囲内であるか否かを判定する。所定の温度範囲は予め固定的に設定しておく構成としてもよいし、ユーザ操作に従って決定することとしてもよい。ユーザ操作に従って決定する場合には、入力部11を介してユーザによる温度範囲の入力操作を受け付け、判定部144cは、ユーザが入力した温度範囲に従って前述の判定を行う。
【0190】
温度制御部145cは、判定部144cが行った判定結果に従ってプラズマ加熱装置63,63による加熱温度を制御する。具体的には、温度制御部145cは、判定部144cにおいて温度範囲外と判定した場合には、その温度範囲外と判定した最大温度または最低温度が温度範囲内となるようにプラズマ加熱装置63,63の出力を制御する。
【0191】
以上説明した構成の温度推定装置10cにおいて、各温度推定点jの温度推定を行った。具体的には、温度推定部141が、各温度推定点jの推定温度Tejを算出し、温度データ抽出部142cが、タンディッシュ6の例えば内側壁面近傍(壁面から50mm)の鉛直断面における推定温度Tejを抽出し、温度分布表示処理部143cが、前述の鉛直断面における推定温度Tejを等値線図化することで推定結果を得た。推定に用いた各温度実測部位iの既知温度Ti、すなわち、タンディッシュ6内の対応する設置位置P61〜P65に設置された熱電対64−1〜64−5の温度実測値を、プラズマ加熱装置63の加熱位置の既知温度Tiおよびノズル61の既知流入温度Tiとともに表5に示す。
【0192】
【表5】

【0193】
図39は、実施の形態5における温度推定結果、すなわち、タンディッシュ6の内側壁面近傍(壁面から50mm)の鉛直断面における温度分布を等値線図化した図である。図39に示すように、この実施の形態5によれば、タンディッシュ6内の溶鋼流動の影響を反映した温度推定が実現でき、溶鋼の流動効果を考慮して温度分布を高精度に推定できる。また、例えばタンディッシュ6の長辺方向の内側壁面近傍の鉛直断面の推定温度Teを抽出し、この断面における推定温度Teを例えば等値線図化して提示することができるので、ユーザは、内側壁面を覆う耐火物との接触部分における溶鋼の温度を容易に把握できる。また、この接触部分における溶鋼の温度が所定の温度範囲外の場合に、プラズマ加熱装置63,63の出力を制御して溶鋼の温度制御を行うことができるので、タンディッシュ6の内側壁面を覆う耐火物損傷を防止できる。
【0194】
上記した実施の形態では、本発明の適用対象として部屋、水槽、溶融亜鉛めっきポット、および連続鋳造用のタンディッシュを例示したが、これらに限定されるものではなく、本発明は、流体がかかわるものであれば幅広く適用することができる。例えば、鉄鋼プロセスでは、溶融金属保持炉や、連続鋳造鋳型、取鍋等における温度推定に適用が可能である。また、鉄鋼分野に限らず、化学プロセスや水処理設備等にも同様に適用が可能である。また、本発明は、単純な1次元流れの流体系のみならず、複雑な3次元流れとなる流体系まで幅広い流動状態の流体系に対して適応することが可能である。
【0195】
以上のように、本発明の流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度分布モニタリング方法、および温度推定装置は、温度計測装置の配置に制約を与えることなく流体の流れによる熱輸送を考慮した高精度な温度推定を実現するのに適している。また、本発明の溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法および溶融亜鉛めっき鋼板によれば、表面欠陥がない溶融亜鉛めっき鋼板を提供することができる。また、本発明のタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法によれば、タンディッシュの耐火物損傷を抑制することができる。
【符号の説明】
【0196】
1,10,10a,10b,10c 温度推定装置
2 温度計測装置
11 入力部
12 表示部
13 記憶部
14,14a,14b,14c 制御部
141 温度推定部
142a,142b,142c 温度データ抽出部
143,143a,143b,143c 温度分布表示処理部
144b,144c 判定部
145b,145c 温度制御部
3 部屋
4 水槽
34−1〜34−4,45−1〜45−9 温度計
5 溶融亜鉛めっきポット
52 誘導加熱装置
6 タンディッシュ
63 プラズマ加熱装置
55−1〜55−8,64−1〜64−5 熱電対

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度既知領域が2箇所以上ある流体系の任意の温度推定点における温度を推定する流体系の温度推定方法であって、
前記温度既知領域の位置情報と流体系全域における流体の流れを表す流体系の流れ場に関する情報とを用いて、温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく前記温度推定点まで到達した流体の、温度推定点の全流体中に占める比率を温度推定点における温度既知領域の勢力として取得する勢力取得工程と、
各温度既知領域の温度と前記温度推定点における勢力とに関する情報を用いて、前記温度推定点における温度を推定する温度推定工程と、
を含むことを特徴とする流体系の温度推定方法。
【請求項2】
前記勢力取得工程は、前記流れ場による移流拡散現象に従って、前記温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく温度推定点まで到達した流体の、温度推定点の全流体中に占める比率を温度推定点における温度既知領域の下流側勢力として取得する下流側勢力取得工程を含み、
前記温度推定工程は、前記温度推定点における各温度既知領域の下流側勢力に関する情報を用いて前記温度推定点の温度を推定する工程を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の流体系の温度推定方法。
【請求項3】
前記勢力取得工程は、前記流体の流れと逆向きの流れを表す前記流体系の反転流れ場による移流拡散現象に従って、前記温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく温度推定点まで到達した流体の、温度推定点の全流体中に占める比率を温度推定点における温度既知領域の上流側勢力として取得する上流側勢力取得工程を含み、
前記温度推定工程は、前記温度推定点における各温度既知領域の上流側勢力に関する情報を用いて前記温度推定点の温度を推定する工程を含む
ことを特徴とする請求項1または2に記載の流体系の温度推定方法。
【請求項4】
時系列で温度が既知となっている温度既知領域の温度を含む時系列温度データを取得する時系列温度データ取得工程と、
前記流体が前記温度既知領域と前記温度推定点との間で移動する際に要する伝達時間を取得する伝達時間取得工程と、
を含み、
前記温度推定工程は、温度推定を行う時点に対して前記伝達時間だけ過去、もしくは未来における時点を抽出時点とし、前記時系列温度データから前記抽出時点における温度既知領域の温度を抽出し、抽出された温度を用いて前記温度推定点の温度を推定する工程を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の流体系の温度推定方法。
【請求項5】
各温度既知領域の勢力に関する情報を用い、各温度既知領域の重みを算出する重み算出工程を含み、
前記温度推定工程は、各温度既知領域の前記重みを用いた重み付き平均処理を行って、前記温度推定点の温度を推定する工程を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の流体系の温度推定方法。
【請求項6】
前記温度推定工程は、前記流体系が発熱または吸熱が発生する1箇所以上の発吸熱部位および/または系内外に対して流体が流入または流出する1箇所以上の流入出部位を含む場合であって、該部位の温度が未知の場合に、該温度が未知である前記部位についての前記重みの値を0として前記温度推定点の温度を推定する工程を含むことを特徴とする請求項5に記載の流体系の温度推定方法。
【請求項7】
前記流体系は溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の流体系の温度推定方法。
【請求項8】
前記流体系はタンディッシュ内の溶鋼であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の流体系の温度推定方法。
【請求項9】
温度分布を有する流体系の温度分布推定方法であって、
請求項1〜8のいずれか1つに記載の流体系の温度推定方法を用いて前記流体系の全域に設定した温度推定点の温度を推定し、
前記各温度推定点について推定した温度を前記流体系の温度分布として推定することを特徴とする流体系の温度分布推定方法。
【請求項10】
温度分布を有する流体系の温度分布モニタリング方法であって、
請求項9に記載の流体系の温度分布推定方法を用いて推定した前記流体系の温度分布をもとに、前記流体系の任意の断面における温度分布を可視化して画面表示することを特徴とする流体系の温度分布モニタリング方法。
【請求項11】
温度既知領域が2箇所以上ある流体系の任意の温度推定点における温度を推定する温度推定装置であって、
前記温度既知領域の位置情報と流体系全域における流体の流れを表す流体系の流れ場に関する情報とを用いて、温度既知領域を通過した、または温度既知領域内で生成した流体のうち、他の温度既知領域を通過することなく前記温度推定点まで到達した流体の、前記温度推定点の全流体中に占める比率を前記温度推定点における温度既知領域の勢力として取得する勢力取得手段と、
各温度既知領域の温度と前記温度推定点における勢力とに関する情報を用いて、前記温度推定点における温度を推定する温度推定手段と、
を備えることを特徴とする温度推定装置。
【請求項12】
溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法であって、
請求項7に記載の流体系の温度推定方法により推定した前記溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度データから、前記溶融亜鉛めっきポット内の所定の領域における溶融亜鉛の温度を抽出する温度抽出ステップと、
抽出した温度が、所定の閾値範囲内にあるか否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップにおいて、前記抽出した温度が閾値範囲外と判定された場合、前記抽出した温度が閾値範囲内となるよう前記溶融亜鉛めっきポットの加熱手段の出力を操作する制御ステップと、
を含むことを特徴とする溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法。
【請求項13】
請求項12に記載の溶融亜鉛めっきポット内の溶融亜鉛温度制御方法を用いて製造したことを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項14】
タンディッシュ内の溶鋼温度制御方法であって、
請求項8に記載の流体系の温度推定方法により推定した前記タンディッシュ内の溶鋼温度データから、前記タンディッシュ内の所定の領域における溶鋼の温度を抽出する温度抽出ステップと、
抽出した温度が、所定の閾値範囲内にあるか否かを判定する判定ステップと、
前記判定ステップにおいて、前記抽出した温度が閾値範囲外と判定された場合、前記抽出した温度が閾値範囲内となるよう前記タンディッシュの加熱手段の出力を操作する制御ステップと、
を含むことを特徴とするタンディッシュ内の溶鋼温度制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図3−3】
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【図3−4】
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【図3−5】
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【図3−6】
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【図3−7】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16−1】
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【図16−2】
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【図16−3】
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【図16−4】
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【図16−5】
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【図16−6】
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【図16−7】
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【図17−1】
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【図17−2】
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【図17−3】
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【図17−4】
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【図17−5】
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【図17−6】
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【図17−7】
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【図18−1】
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【図18−2】
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【図18−3】
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【図18−4】
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【図18−5】
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【図18−6】
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【図18−7】
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【図19−1】
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【図19−2】
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【図19−3】
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【図19−4】
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【図19−5】
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【図19−6】
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【図19−7】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31−1】
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【図31−2】
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【図31−3】
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【図31−4】
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【図31−5】
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【図31−6】
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【図32−1】
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【図32−2】
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【図32−3】
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【図32−4】
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【図32−5】
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【図32−6】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【公開番号】特開2012−233869(P2012−233869A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−210259(P2011−210259)
【出願日】平成23年9月27日(2011.9.27)
【特許番号】特許第4984000号(P4984000)
【特許公報発行日】平成24年7月25日(2012.7.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)