浮遊性有機化合物の分解方法および浮遊性有機化合物分解装置
【課題】低コストかつ高効率で浮遊性有機化合物を分解できる浮遊性有機化合物の分解方法および装置を提供する。
【解決手段】浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、被処理気体のほぼ全てを真空紫外光の照射範囲に導入し、浮遊性有機化合物の分解を真空紫外光の照射により発生した活性酸素種によりおこなうことを特徴とする浮遊性有機化合物の分解方法および浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部24および処理後の気体が排出される排出部41を設けた反応容器3と、中心波長が172nmの真空紫外光を被処理気体に照射する照射手段3とを備え、上記条件を満たすよう反応容器3が形成された浮遊性有機化合物分解装置1。
【解決手段】浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、被処理気体のほぼ全てを真空紫外光の照射範囲に導入し、浮遊性有機化合物の分解を真空紫外光の照射により発生した活性酸素種によりおこなうことを特徴とする浮遊性有機化合物の分解方法および浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部24および処理後の気体が排出される排出部41を設けた反応容器3と、中心波長が172nmの真空紫外光を被処理気体に照射する照射手段3とを備え、上記条件を満たすよう反応容器3が形成された浮遊性有機化合物分解装置1。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浮遊性有機化合物を分解する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、揮発性有機化合物(VOC)、ミスト状有機化合物、粒子状浮遊物質(PM)などの浮遊性有機化合物による大気汚染が大きな問題となっている。
揮発性有機化合物は、常温常圧で大気中に容易に揮発する有機化学物質の総称で、洗浄剤、溶剤、燃料等として、産業界で幅広く使用されている。しかし、揮発性有機化合物が環境中に放出されると、光化学スモッグの原因となる光化学オキシダントの生成、土壌、地下水および飲料水の汚染などを通して、公害や健康被害を引き起こすことが知られている。また、揮発性有機化合物がシックハウス症候群やシックビル症候群の原因物質であることや、粒子状浮遊物質(PM)生成の原因物質であることが明らかにされ、揮発性有機化合物と各種健康被害との因果関係が社会的に注目を集めるようになったのを契機に、揮発性有機化合物を始めとする浮遊性有機化合物の排出規制が強化され、2004年改正大気汚染防止法により、主要な排出施設への規制が強化された。
【0003】
このような背景の下、浮遊性有機化合物の排出量の抑制に加え、大気中に放出された浮遊性有機化合物、特に揮発性有機廃棄物を分解または除去する技術が注目を集めている。揮発性有機廃棄物の分解または除去については、高温下で揮発性有機廃棄物を燃焼させる燃焼法、白金、パラジウム等の貴金属触媒の存在下で揮発性有機廃棄物を酸化分解する触媒法等が知られている。
しかし、現在わが国で排出される揮発性有機廃棄物の多くは、50〜100ppmと比較的低濃度の状態で大気中に存在している。このような自然領域を下回る低濃度の揮発性有機廃棄物を含む気体を燃焼法で処理することは、大量の助燃用の燃料を必要とするため処理効率が低い上に、高温下での燃焼に伴いNOxが副生するという課題がある。
一方、触媒法は、ガソリンエンジンの排気ガス浄化のための三元触媒として実用化しているが、貴金属の価格高騰に伴うコスト上昇や被毒等による触媒の劣化という課題が存在すると共に、希薄燃焼条件下で使用されるディーゼルエンジンの排気ガスの浄化には適用できないという大きな課題が存在する。
【0004】
効率よく揮発性有機化合物を分解するための技術として、例えば特許文献1には、住宅室内の天井および/または壁面の少なくとも一部分に可視光型光触媒が塗布されている光触媒塗布面と、この光触媒塗布面の近傍に設けられた光源と、この光源からの光を前記光触媒塗布面に向けて反射する反射部材と、前記光触媒塗布面の少なくとも一ヶ所に形成された排気口とを備えたことを特徴とする空気清浄化機能付き住宅が開示されている。しかし、特許文献1記載の技術は、大量の揮発性有機化合物や粒子状浮遊物質(PM)の分解処理には不向きである。
【0005】
特許文献2には、吸着体上で濃縮した揮発性有機化合物を放電により分解する揮発性有機化合物処理装置において、吸着した揮発性有機化合物を短時間に全量分解するために電源容量を大きくする必要があるという課題を解決するために、電極の対が複数のグループに分けられており、異なる吸着体の部分が順番に放電に触れるように、放電制御機構が電極の対のグループごとに電圧を印加する揮発性有機化合物処理装置が開示されている。
しかし、特許文献2記載の揮発性有機化合物処理装置は、揮発性有機化合物を分解するための電極に加え、吸着体と放電制御機構を別途必要とするため、小型化および軽量化が困難である。また、プラズマ放電により生成する窒素ラジカルが酸素と反応して、NOxやシアン化合物を生成するおそれがある。
【0006】
特許文献3には、誘電バリア放電エキシマランプの光照射によって発生した活性酸素種を利用して、流体中に含まれるCOや炭化水素などの汚染物質の分解装置が開示されている。しかしながら、該装置は、光照射によって発生した活性酸素種が汚染物質の分解に寄与するものの、該活性酸素種のみで前記汚染物質を十分に分解できるわけではなく、分解中間生成物が残存するため、同文献の実施例1では、光照射と、Pt、Pd、Rhなどの貴金属触媒あるいはTiO2などの光触媒とを組み合わせることが必要と記載されている。光照射分解装置と高価な貴金属触媒の併用は従来の触媒のみでの分解装置よりコストがかかり実用化の障害となる。
また、TiO2のような光触媒は紫外領域(波長範囲380nm以下)の光で作動するが、TiO2は量子収率が1〜2%程度であるため、真空紫外領域の光(例えば、波長172nm)を照射しても、分解効果はほとんどないことが本発明者らの詳細な研究で明らかになっており、無用な光触媒の利用はコストがかかり装置が複雑になるだけで併用効果は期待できない。よって貴金属触媒や光触媒を必要としない廉価で高分解効率の光照射分解装置の開発が実用化のためには不可欠である。
【0007】
また、非特許文献1には、真空紫外光を用いた浮遊性有機化合物の分解装置が開示されており、揮発性有機化合物の一種であるベンゼン(C6H6)、窒素(N2)及び酸素(O2)からなる混合気体を反応容器であるチャンバーに導入し、真空紫外光である波長172nmのXe2エキシマランプをチャンバーに照射することでベンゼンの分解を行っていることが記載されている。
【0008】
ここで、非特許文献1に記載された従来の浮遊性有機化合物分解装置を図14に示す。従来の浮遊性有機化合物分解装置100では、円筒形状のチャンバーである反応容器101の一端側から導入されたN2とO2と、VOCであるC6H6とからなる混合気体が、反応容器101の他端面に設けられたXe2エキシマランプ102からの中心波長(ピーク波長)が172nmの光に照射され、他端側から排出されるように構成されている。真空紫外光の照射を受けたO2は活性酸素種(三重項酸素原子、一重項酸素原子、オゾン等)を生成し、これが揮発性有機化合物であるC6H6を酸化分解する。
【0009】
しかし、非特許文献1記載の浮遊性有機化合物分解装置100は、装置構成が比較的単純で小型化にも適している反面、混合気体に含まれる酸素による真空紫外光の吸収に起因して、エキシマランプ102より照射される真空紫外光の照射範囲が反応容器101内のごく一部の領域に限定される。したがって、浮遊性有機化合物の分解は反応容器101内のごく一部の領域でのみ進行することとなるため、浮遊性有機化合物の分解効率が低いという課題が存在する。活性酸素種のうち、オゾン(O3)は拡散により照射範囲外にも存在しうるが、特に活性の高い三重項酸素原子は、常圧では真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在できないため、反応容器101に導入する被処理気体の流速を増大させる等の手段により浮遊性有機化合物の分解効率を向上させることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−242502号公報
【特許文献2】特開2006−175422号公報
【特許文献3】特開2007−501349号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】川原孝史、外2名、「172nmXe2エキシマーランプによるベンゼンの分解過程に関する研究」,第51回放射線化学討論会講演要旨集,平成20年10月15日,p(117)−p(118)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記の課題に鑑み、低コストかつ高効率で浮遊性有機化合物を分解できる浮遊性有機化合物の分解方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、浮遊性有機化合物として、揮発性有機化合物を含む被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射して揮発性有機化合物の分解を行う場合において、活性酸素種種のうち三重項酸素原子が芳香族炭化水素の分解に主に寄与し、三重項酸素原子とオゾンがアルデヒド類の分解に主に寄与しているという、本発明者らにより見いだされた知見に基づくものである。
【0014】
すなわち、本発明は、浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、前記被処理気体のほぼ全てを前記真空紫外光の照射範囲に導入し、前記浮遊性有機化合物の分解を前記真空紫外光の照射により発生した活性酸素種により浮遊性有機化合物の分解を行うことを特徴とするものである。
【0015】
なお、本発明において、「浮遊性有機化合物」とは、揮発性有機化合物、ミスト状、粒子状浮遊物質(PM)などの有機性の大気汚染物質を意味する。
また、本発明において「酸素存在下」とは、被処理気体が酸素を含んでいる状態をいい、酸素が別途添加された状態および大気のようにもともと酸素を含んでいる状態の両者を意味する。本発明において「被処理気体のほぼ全て」とは、被処理気体の80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上をいう。また、本発明において「照射範囲」とは、入射光の強度の1%以上の強度を有する真空紫外光で照射されている範囲をいう。
【0016】
さらに、本発明において「被処理気体」とは、浮遊性有機化合物を含む任意の気体で、本発明の浮遊性有機化合物の分解方法および分解装置の処理対象となる気体をいう。また、本発明において「活性酸素種」とは、真空紫外光の照射によりO2の分解反応(1)で生成する三重項酸素原子(O(3P))、一重項酸素原子(O(1D))及び三重項酸素原子の三体反応(2)で生成するオゾンまたはそれらの混合物をいう。
O2 + hν(172 nm)→ O(3P) + O(1D) (1)
O(3P) + O2 + M(M= N2 またはO2) → O3 + M (2)
O2は172nmにおいて4.6 × 10-19cm2molecule-1という大きな吸収断面積を有しており、この値はArFエキシマーレーザーの193nmの値(3.2 × 10-22cm2molecule-1)の約1400倍である。そのため反応(1)と後続の(2)により極めて高濃度の活性酸素種を172nm光の照射領域に発生可能である。
【0017】
本発明の構成によれば、被処理気体の大部分を活性酸素種(特に真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在しない三重項酸素原子と一重項酸素原子)に効率的に接触させることができるため、被処理気体に含まれる浮遊性有機化合物の分解効率を従来法に比べ向上させることができる。また、窒素は172nmの波長域に吸収帯を有しないため、中心波長が172nmの真空紫外光を用いると窒素の分解が起こらない。そのため、光反応による有害なNOxやシアン化合物の生成を抑制できる。
【0018】
上述のように浮遊性有機化合物とは、揮発性有機化合物、ミスト状、粒子状浮遊物質(PM)などの有機性の大気汚染物質を意味するが、この中でも、本発明は、揮発性有機化合物の分解に適するものである。本発明の分解方法では、ほとんどの揮発性有機化合物が分解可能であり、その種類は限定されるものではないが、具体例を例示すると、メタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロピレン、アセチレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、アクロレイン、蟻酸、酢酸、酪酸、メチルエチルケトン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、ベンゼン、トルエン、キシレン、フェノール、スチレン、エチルアセテート、ブチルアセテート、一酸化炭素、2―メトキシエタノール、2―エトキシエタノール、2―ブトキシエタノールなどが挙げられる。
なお、本発明では、上述の活性酸素種のすべてが、浮遊性有機化合物の分解に寄与するが、活性酸素種の浮遊性有機化合物の分解活性はそれぞれの汚染ガスの種類により異なり、脂肪族飽和炭化水素では一重項酸素が分解に寄与するのに対して、脂肪族不飽和炭化水素やアルデヒド類では三重項酸素とオゾン、芳香族化合物では三重項酸素が分解に大きく寄与する。
【0019】
本発明の分解方法において、特に、揮発性有機化合物が芳香族炭化水素またはアルデヒド類であることが好ましい。芳香族炭化水素は安定な共鳴構造を有し、脂肪族炭化水素等に比べ分解が困難である上に、ベンゼンやトルエン等のように人体に有害なものも多い。アルデヒド類はホルムアルデヒドのようにシックハウス症候群の原因物質となるものも多い。したがって、芳香族炭化水素やアルデヒド類が分解可能であれば、浮遊性有機化合物の分解方法として強力かつ有益なものとなる。
【0020】
この場合において、前記活性酸素種が主として三重項酸素原子またはオゾンであることが好ましい。
三重項酸素原子は芳香族炭化水素の分解活性が高い反面、真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在できない。そのため、本発明の分解方法において被処理気体のほぼ全てを真空紫外光の照射範囲に導入することにより三重項酸素原子の存在可能範囲を大幅に拡大でき、ひいては浮遊性有機化合物、特に芳香族炭化水素の分解効率を大幅に向上できる。一方オゾンは寿命が長いために拡散により三重項酸素原子と比べて広い範囲に存在可能である。よって浮遊性有機化合物、特にアルデヒド類の分解効率を大幅に向上できる。
【0021】
本発明の分解方法は、常温常圧または浮遊性有機化合物が液化しない程度の低温から500℃程度までの広い温度範囲で適用することができ、反応圧力も減圧、もしくは加圧の条件下でも使用することができるが、真空装置などの設備が不要であり、浮遊性有機化合物の分解を低コストでおこなうことが可能になると共に、浮遊性有機化合物の分解に用いられる装置の小型軽量化が容易になるという観点からは、前記浮遊性有機化合物の分解が常温常圧の条件下でおこなわれることが好ましい。
【0022】
本発明の浮遊性有機化合物分解装置は、浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部および処理後の気体が排出される排出部を設けた反応容器と、中心波長が172nmの真空紫外光を前記被処理気体に照射する照射手段とを備えた浮遊性有機化合物分解装置において、前記反応容器は、前記照射手段より照射される前記真空紫外光の入射面が該真空紫外光を透過する部材からなり、かつ、その内部に収容される被処理気体のほぼ全てが前記真空紫外光の照射範囲内に存在するように形成されていることを特徴とする。
なお、ここで「真空紫外光を透過する部材」とは、反応容器において真空紫外光の入射面に用いた場合に、浮遊性有機化合物の分解に必要な強度の真空紫外光を反応容器中に照射させるために必要な透過率を有する部材をいう。
【0023】
浮遊性有機化合物分解装置において反応容器を上記のような構成とすれば、被処理気体の大部分が活性酸素種と接触することとなるため、被処理気体に含まれる浮遊性有機化合物の分解効率を従来の装置に比べ向上させることができる。また、照射手段として窒素が吸収帯を有しない172nmを中心波長とするものを用いることにより、窒素の光分解およびそれに伴うNOxやシアン化合物の生成を抑制できる。
なお、本発明の装置において、真空紫外光を透過する透明な窓口に、浮遊性有機化合物の分解物(炭素、チャー)が付着し有機膜を形成することがあるが、このような有機膜が形成されたとしても直接光照射と活性酸素種の光洗浄効果によりすぐに分解されるため(セルフクリーニング機能)、反応容器内への光の照射が損なわれることを回避することができる。
【0024】
また、この場合において、前記反応容器は、前記照射手段の照射面のほぼ全てと前記入射面とが重なり合うように、前記反応容器に隣接させて設けられていることが好ましい。
あるいは、前記照射手段は、前記反応容器の内部に配置され、側面より前記真空紫外光を照射する筒状の形状を有していてもよい。
【0025】
これらのような構成とすることにより、照射手段より照射された真空紫外光の大部分を浮遊性有機化合物の分解に利用することができるため、浮遊性有機化合物分解装置におけるエネルギー効率を向上できる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、金属触媒や光触媒を使用することがないため、低コストかつ高効率で浮遊性有機化合物の分解が可能であり、小型化および軽量化も容易で、幅広い用途および分野に応用可能な浮遊性有機化合物分解装置が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施の形態に係る浮遊性有機化合物分解装置を説明するための概略図である。
【図2】図1に示す浮遊性有機化合物分解装置の処理装置を示す図であり、(A)は蓋部を外した状態の底面図、(B)は蓋部を示す図である。
【図3】実施例1における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図4】実施例1及び比較例1における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図5】実施例2及び比較例2における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図6】実施例2における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図7】実施例2において被処理気体のフロー速度が反応物の残留率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図8】実施例2において被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図9】実施例3における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図10】実施例3及び比較例3における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図11】酸素濃度が20%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図12】酸素濃度が10%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図13】酸素濃度が5%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図14】従来の浮遊性有機化合物分解装置を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態に係る浮遊性有機化合物分解装置(以下、単に分解装置と略す。)を図面に基づいて説明する。なお、本実施の形態では、揮発性有機化合物(VOC)の分解実験に使用した装置を例に説明する。
図1に示すように分解装置1は、被処理気体となる混合気体を供給する供給部2と、混合気体を処理する処理装置3と、分解処理された気体の成分を測定する排気部4とを備えている。
【0029】
供給部2は、第1タンク21と、第2タンク22と、第3タンク23と、導入管24と、流量計25a〜25cと、圧力計26と、第1弁27と、第2弁28とを備えている。
第1タンク21には、窒素(N2)ガスが貯蔵されている。第2タンク22には、酸素(O2)ガスが貯蔵されている。第3タンク23には、VOCガスが貯蔵されている。
【0030】
導入管24は、第1〜第3タンク21〜23のそれぞれに一端が接続され、処理装置3に他端が接続され、第1〜第3タンク21〜23に貯蔵された気体を、処理装置3へ供給する導入部として機能する集合管である。流量計25a〜25cは、導入管24のそれぞれの枝管に配設され、窒素ガス、酸素ガス、VOCガスのそれぞれの流量を測定する。圧力計26は、導入管24の本管に配置され、混合気体の圧力を測定する。第1弁27は、圧力計26より上流側の導入管24の本管に配設され、混合気体の流量を調整するニードルバルブである。第2弁28は、処理装置3の下方に位置する導入管24の本管に配設され、混合気体の供給を止めたり、流したりするためのストップバルブである。
【0031】
被処理気体に含まれる揮発性有機化合物の分解に用いられる分解装置1においては、第1〜第3タンク21、22、23を省略し、被処理気体を導入するためのポンプ等を設けてもよい。なお、この場合においても、被処理気体中の窒素濃度および酸素濃度を調節するために、被処理気体を導入するためのポンプ等と共に第1および第2タンク21、22を設けてもよい。
【0032】
処理装置3は、照射部31と、反応容器32とを備えている。照射部31は、ケーシング311と、照射手段の一例であるエキシマランプ312と、密閉容器313と、窒素導入管314とを備えている。ケーシング311は、エキシマランプ312を支持する密閉容器313を搭載するための底板である支持板311aと、エキシマランプ312および密閉容器313を囲む下方が開口した箱部311bとにより形成された箱状容器である。箱部311bには、エキシマランプ312の照射光を通過させるための円形状の開口が設けられている。
【0033】
エキシマランプ312は、サイドオンタイプと称される細長の円柱状に形成され、外周周側面全体が発光することで、照光手段として機能するものである。エキシマランプ312は、反応容器32に隣接して配置されている。分解装置1に用いられるエキシマランプ312では、円筒形状のガラス管にXeガスが封入されているので、中心波長が172nmの真空紫外光を発光する。
【0034】
密閉容器313は、ケーシング311の支持板311aの開口面に合わせて底面が開口した箱状容器である。密閉容器313は、エキシマランプ312の両端部を挿通した状態で支持すると共に、一端側に内部空間に窒素N2を充填するための窒素導入管314が接続されている。密閉容器313は、開口に反応容器32を配置することで、内部空間が閉鎖空間となって気密性が確保される。
窒素導入管314は、密閉容器313の内部空間に窒素ガスを導入するための配管である。窒素導入管314から供給される窒素(N2)ガスにより密閉容器313を充満させることで、エキシマランプ312からの照射光を減衰することなく反応容器32に到達させることができる。
【0035】
図1および図2に示すように、反応容器32は、窓部321と、容器本体322と、蓋部323とにより、エキシマランプ312の照射面である開口のほぼ全体と重なり合う入射面である窓部321を有し、エキシマランプ312と隣接させて設けられている。窓部321は、円形状の開口に、真空紫外光を透過する部材である石英ガラスが設けられており、エキシマランプ312からの照射光の入射面として機能するものである。容器本体322には、内部に、被処理気体が供給されることで分解処理が行われる円筒形状の処理空間Sが形成されている。蓋部323には、エキシマランプ312の一端側となる位置に導入管24が接続され、エキシマランプ312の他端側となる位置に後述する排気管が接続された円盤状体である。蓋部323は、周縁部全体にねじ孔が設けられ、ボルト323aにより容器本体322に固定されている。
【0036】
窓部321および蓋部323と共に処理空間Sを形成する容器本体322の内径および高さは、処理空間Sに導入される被処理気体のほぼ全てがエキシマランプ312の照射範囲に存在するよう適宜調節される。容器本体322の内径については、箱部311bの開口の径とほぼ等しくすればよく、高さについては、被処理気体を充満させた状態で蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度が、窓部321の側から入射する真空紫外光に対し所定の割合になるよう設定すればよい。蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度は、真空紫外光を吸収する酸素ガスの被処理気体中の濃度に主に依存し、例えば、酸素の吸光係数の実験値あるいは文献値をLambert−Beer則に適用することにより計算することができる。例えば、蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度が入射光の強度の1%程度となるようにするためには、容器本体322の高さを、被処理気体中の酸素濃度が1%の場合には20〜25cm、20%の場合には1〜2cmとする。
【0037】
排気部4は、排気管41と、成分分析に使用されるフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)42と、酸素濃度の測定に使用される四重極質量分析装置43と、圧力計44と、第1排気ポンプ45と、第2排気ポンプ46と、第3排気ポンプ47とを備えている。なお、第1排気ポンプ45の前段には、補助ポンプであるブースターポンプ45aが設けられ、さらにその前段には、排気中のオゾンをトラップするオゾン吸収体45bが備えられている。
排気管41は、主管の一端が蓋部323に接続され、他端は枝管となって一方がフーリエ変換赤外分光光度計42へ接続され、他方が四重極質量分析装置43へ接続され、処理後の気体が排出される排出部として機能する配管である。この排気管41の主管には、処理装置3の下方となる位置に、混合気体の排気の流れを止めたり、流したりするためのストップバルブである第3弁48が設けられている。また、排気管41の枝管には、フーリエ変換赤外分光光度計42と四重極質量分析装置43とのそれぞれの上流側に、混合気体の流入量を調整するためのニードルバルブである第4弁49および第5弁50が設けられている。
圧力計44は、ロータリーポンプである第1排気ポンプ45により吸引される混合気体の圧力を測定するものである。圧力計44と第1排気ポンプ45との間の配管には、第6弁51が設けられている。
第2排気ポンプ46はターボポンプであり、第3排気ポンプ47はロータリーポンプである。この第2排気ポンプ46および第3排気ポンプ47は、四重極質量分析装置43による酸素濃度の測定時に動作され、それ以外は停止状態で使用される。第1〜第3排気ポンプ45〜47へのそれぞれの配管には、ニードルバルブである第6〜8弁51〜53が設けられている。
なお、ニードルバルブである第4弁49および第5弁50を閉じ、ニードルバルブである第8弁54および第9弁55を開くことにより、フーリエ変換赤外分光光度計42及び四重極質量分析装置43を介さず直接排気することも可能である。
【実施例】
【0038】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例および比較例について説明する。まず、比較例1、2、3および実施例1、2、3、4において使用した装置および実験操作について説明し、次いで各実験結果について説明する。なお特に断らない限りこれらの比較例と実施例は、すべて常温常圧下での実験結果である。
【0039】
比較例1
本発明の実施の形態に係る分解装置1の分解性能との比較のために、図14に示した従来の分解装置100の分解性能についても検討を行った。なお、図14においては、図1に示す分解装置1と同じ構成のものは同符号を付して説明を省略する。
従来の分解装置100において、反応容器101は直径が約3.2cm、長さが23cm円筒形状に形成されている。エキシマランプ(入力電力20W、光強度50mW/cm2、照射窓面積8cm2、フォトン数3.44×1017個/s)102は、ヘッドオンタイプと称され、円柱状に形成された上面または底面となる一端面側から発光することで照光手段として機能するものである。エキシマランプ102が反応容器101の一端面に配置されていることで、照射光は反応容器の軸線方向に向かって出射されるので、照射面積は反応容器101の円形の断面積となる。
【0040】
このように構成された従来の分解装置100の反応容器101内に、被処理気体として窒素、酸素およびベンゼンからなる混合気体(酸素濃度20%、ベンゼン濃度1000ppm)を導入し、エキシマランプ102を点灯して反応器101に照射することにより分解実験を行った。実験は、反応器101を閉鎖系とするために、第2弁28および第3弁48を閉鎖した状態で行った。所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるベンゼンおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線(既知濃度のサンプルを用い、濃度と各成分固有の吸収帯の吸光度との関係をプロットしたもの。)を用いて求めた。
【0041】
実施例1
本実施の形態に係る分解装置1を用いて分解実験を行った。なお、本実施例では、処理空間Sが直径100mm、厚みが30mmとなる容器本体322を使用した。また、エキシマランプ312については、入力電力20W、光強度10mW/cm2、照射窓面積78.5cm2、フォトン数6.83×1017個/sのものを使用した。そして、供給部2の第1弁27と第2弁28を調整することにより、酸素O2濃度を20%、ベンゼンC6H6濃度を1000ppmとした混合気体を反応容器32に供給し、エキシマランプ312を点灯して、処理空間Sに照射した。このとき処理空間Sを閉鎖系とするために、第1〜第3排気ポンプ45〜47は動作させず、第3弁48は閉鎖した。比較例1の場合と同様、所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるベンゼンおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線を用いて求めた。
【0042】
比較例2および実施例2
それぞれ、比較例1において使用した装置100および実施例1において使用した装置1を使用し、混合気体(酸素濃度5〜20%、ベンゼン濃度200または1000ppm)を所定の流速(250〜1000mL/min)で反応容器101および3に流すフロー系で実験を行った。エキシマランプ102、312による照射は、フロー開始後1分経過時に開始し、15分経過後に終了した。
【0043】
実験結果
(1)実施例1における反応物および生成物濃度の経時変化
図3のグラフに示すように、ベンゼンC6H6は照射開始後約1.5分で分解されたことがわかる。ベンゼン濃度の減少に伴い、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2およびギ酸HCOOHの濃度の濃度が増大している。これらのうち一酸化炭素およびギ酸については、照射開始後1.5分で濃度が最大となり、その後濃度が減少し、照射開始後3〜4分後に完全に消失している。二酸化炭素については、照射開始と共にその濃度が単調に増加し、照射開始後4〜5分後に定常状態に達していることがわかる。これらの結果から、ベンゼンの初期の分解産物として、一酸化炭素、ギ酸および二酸化炭素が生成し、このうち全二者については、さらに酸化を受け最終的には二酸化炭素に変換されると考えられる。
また、オゾンO3濃度が照射開始と共にほぼ直線的に増大し、照射開始後約1分でほぼ一定の値となっていることがわかる。
【0044】
上記のような反応物および生成物濃度の経時変化は、真空紫外光の照射を行わずにオゾンを反応容器中に導入した場合におけるそれと大幅に異なっていることから、ベンゼンの分解に対するオゾンの寄与は大きくないものと考えられる。また、窒素原子との衝突による一重項酸素原子の衝突緩和を低減させるような条件下で実験を行ってもベンゼンの残留率に顕著な変化が見られなかったことから、ベンゼンの分解に対する一重項酸素原子の寄与も大きくないものと考えられる。以上の結果は、三重項酸素原子がベンゼン分解の主な活性種であることを示唆するものである。
【0045】
(2)実施例1および比較例1における分解反応のエネルギー効率の比較
実施例1および比較例1における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係は、図4に示すとおりである。なお、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が200ppmのベンゼンC6H6とからなる混合気体を用いて行った。実施例1の方が、はるかにベンゼンの分解速度が大きく、照射開始後2分以内(90秒)にベンゼンが完全に分解しているのに対し、比較例1においては、照射開始後20分経過後もなお約5%のベンゼンが残存していた。
【0046】
これらの結果を元に、下記の式を用いて、単位量のベンゼンを分解するのに必要なエネルギー量EEOを求めた。
EEO=(1000×P×t)/(V×log(C0/C))
式中、Pは照射強度[W]、tは経過時間[h]、Vは反応容器の容積[L]、C0はベンゼンの初濃度[ppm]、Cは時間t経過時のベンゼンの濃度[ppm]である。
実施例1および比較例1について得られたEEOの値(単位:W・h/order)は、それぞれ、2.876および25.65であった。これらの結果より、本発明の実施形態に係る分解装置1は、従来の実施形態に係る分解装置100の約8.9倍のエネルギー効率を有していることがわかる。
【0047】
(3)実施例2および比較例2における分解性能の比較
次に、分解装置1と従来の分解装置100とで比較実験を行った。比較実験は、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が200ppmのベンゼンC6H6とを混合した気体を、流速1000mL/minで反応容器3または反応容器101に流し、残留濃度を測定するフロー系で行った。
図5に示すように、エキシマランプ312,102を点灯し始めてから、両装置とも、すぐにベンゼンC6H6の残留濃度が減少した。しかし、従来の分解装置100では約90%であったが、分解装置1では約50%であり、分解装置1の方が高い分解性能を示した。
【0048】
(4)実施例2における真空紫外光の照射時間と生成物の濃度との関係
結果は図6に示すとおりである。全ての生成物(オゾン、一酸化炭素、二酸化炭素およびギ酸)について、光照射後に一分程度で一定値となり照射終了後2分で光照射前の状態に戻った。
【0049】
(5)実施例2における被処理気体のフロー速度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(酸素O220%、窒素N280%、ベンゼンC6H6200ppm)の流速を、1000mL/minとする以外に、500mL/min、250mL/minとしたときの残留濃度を測定した。
図7に示すように、混合気体の流速が1000mL/minでは約50%であったが、500mL/minでは約75%、250mL/minでは100%の分解を行うことができた。このように混合気体を反応容器3に通過させる速度を遅くすることにより、分解性能を向上させることができることがわかる。流速が250mL/minの場合では、分解率の向上を反映して生成物中の二酸化炭素の割合が高くなることが確認された。このことから、反応容器中への被処理気体の滞留時間を長くして照射時間をある程度確保することにより分解性能を向上できることが示唆された。
【0050】
(6)実施例2における被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(流速1000mL/min、ベンゼンC6H6200ppm)の酸素濃度を、20%とし残余を窒素N2する以外に、10%、5%としたときのベンゼンC6H6の残留濃度を測定した。
図8に示すように、酸素濃度が20%ではベンゼンの残留濃度が50%であったが、酸素濃度が5%では残留濃度が30%〜35%と向上した。このように混合気体の酸素濃度が低いと、分解性能が高いことがわかる。
ベンゼンの分解効率には、酸素濃度以外に、例えば、被処理気体のフロー速度等の他の要因が影響を与えている可能性もあるが、例えば、被処理気体中の酸素による真空紫外光の吸収に伴う処理空間内部の真空紫外光強度の減少が、酸素濃度の増大に伴う分解効率の低下の一因となっていることも考えられる。
【0051】
実施例3
本実施の形態に係る分解装置1を用いて分解実験を、実施例1,2のベンゼンの代わりに、代表的アルデヒド化合物であるアクロレインについて行った。なお、本実施例では、処理空間Sが直径100mm、厚みが30mmとなる容器本体322を使用した。また、エキシマランプ312については、入力電力20W、光強度10mW/cm2、照射窓面積78.5cm2、フォトン数6.83×1017個/sのものを使用した。そして、供給部2の第1弁27と第2弁28を調整することにより、酸素O2濃度を20%、アクロレイン濃度を500ppmとした混合気体を反応容器32に供給し、エキシマランプ312を点灯して、処理空間Sに照射した。このとき処理空間Sを閉鎖系とするために、第1〜第3排気ポンプ45〜47は動作させず、第3弁48は閉鎖した。比較例1の場合と同様、所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるアクロレインおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ホルムアルデヒドHCHO、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線を用いて求めた。
【0052】
実施例4
実施例1において使用した装置1を使用し、混合気体(酸素濃度5〜20%、アクロレイン濃度500ppm)を所定の流速(1000mL/min)で反応容器101および3に流すフロー系で実験を行った。エキシマランプ101、312による照射は、フロー開始後1分経過時に開始し、15分経過後に終了した。
【0053】
比較例3
アクロレインに対する本発明の実施の形態に係る分解装置1の分解性能との比較のために、図14に示した従来の分解装置100の分解性能についても検討を行った。
【0054】
実験結果
(1)実施例3における反応物および生成物濃度の経時変化
図9のグラフに示すように、アクロレイン(C2H3CHO)は測定開始約30秒の時点で分解されたことがわかる。アクロレイン濃度の減少に伴い、二酸化炭素CO2の濃度が増大している。また一酸化炭素CO、ギ酸HCOOHについては発生後それぞれ減少し、ギ酸においては照射開始後60秒後には完全に消失している。二酸化炭素については、照射開始と共にその濃度が単調に増加し、照射開始後120秒以降は緩やかに増加していることがわかる。これらの結果から、アクロレインの初期の分解産物として、一酸化炭素、ギ酸および二酸化炭素が生成し、このうち全二者については、さらに酸化を受け最終的には二酸化炭素に変換されると考えられる。
また、オゾンO3濃度が照射開始と共にほぼ直線的に増大し、照射開始後約180秒で最大となっていることがわかる。
【0055】
オゾンの寄与を調べるために真空紫外光の照射を行わずに約6000ppmのオゾンを反応容器中に導入した分解実験を実施した。その結果、アクロレインのオゾンによる分解速度は上記活性酸素種全てが存在する真空紫外光の照射下でのそれに近く、オゾンはアクロレインの分解の主要な活性種の一つであることを確認した。
【0056】
(2)実施例3および比較例3における分解反応のエネルギー効率の比較
実施例3および比較例3における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係は、図10に示すとおりである。なお、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が500ppmのアクロレイン(C2H3CHO)とからなる混合気体を用いて行った。実施例1の方が、はるかにアクロレインの分解速度が大きく、照射開始後30秒以内にアクロレインが完全に分解しているのに対し、比較例3においては、完全に分解するまでに照射開始後270秒かかった。よって分解装置1では従来の分解装置100と比較してアクロレインの分解速度が9倍以上速いことを確認した。
【0057】
(3)実施例3における真空紫外光の照射時間と生成物の濃度との関係
次に、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が130ppmのアクロレイン(C2H3CHO)とを混合した気体を、流速1000mL/minで反応容器3に流し、残留濃度を測定するフロー系で行った。結果は図11に示すとおりである。エキシマランプ312を点灯し始めてから、光照射後に1〜2分程度でアクロレイン(C2H3CHO)が完全に分解するとともに、全ての生成物(オゾン、一酸化炭素、二酸化炭素およびギ酸)の濃度はほぼ一定値となり、照射終了後2分で光照射前の状態に戻った。
【0058】
(4)実施例3における被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(流速1000mL/min、アクロレイン(C2H3CHO)120または110ppm)の酸素濃度を、20%とし残余を窒素N2する以外に、10%、5%としたときのアクロレイン(C2H3CHO)の残留濃度を測定した。その結果を図12、13に示す。酸素濃度20%での実験結果と同様に、照射開始後1〜2分程度でアクロレインは完全に分解した。
【0059】
実施例5
メタン、エチレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエン、オルトキシレン、メタキシレン、パラキシレンなどのVOCを常温常圧下で濃度100−1000ppm領域での分解実験を分解装置1を用いて実施し、これらもこの装置で分解可能なことを確認した。これらのVOCは最終的にはすべてCO2、H2Oに分解されるが、途中中間体として表1のような化合物がFT−IR分析からは観測された。また各物質の分解に寄与する主な活性酸素化学種をオゾンのみによる分解実験や一重項酸素の寄与が高い低圧実験結果を実施して得た結果は表1の通りである。なお◎が主要な活性種、○は分解速度は◎と比べて遅いが分解に寄与する活性種、×は分解に寄与しない活性種を表す。
メタンの場合は一重項酸素のみが分解に寄与するため、10kPaの低圧にすることにより一重項酸素の下記の失活反応(3)を抑制し、照射5分後で分解率を常圧の約50%と比べて2倍の100%まで上げることが可能である。
O(1D) + N2 → O(3P) + O(3P) (3)
一方、脂肪族不飽和炭化水素、アルデヒド類の分解には三重項酸素とオゾン、芳香族化合物では三重項酸素が特に有効である。よって対象とするVOCにより有効な活性種の濃度が高い酸素濃度、全圧力に設定することが分解率を高めるためには必要である。
【0060】
【表1】
【0061】
本実施の形態では、図1に示すように照射手段であるエキシマランプ312は反応容器32に隣接して配置されているが、側面より真空紫外光を照射する筒状の形状を有する照射手段を円筒形状の反応容器の内部に配置してもよい。このような構成とすることで、図1に示す分解装置1と同様の効果が得られるだけでなく、照射手段からの真空紫外光を被処理気体である混合気体に直接照射することができるので、照射手段と反応容器との間に窒素N2を充填するための密閉容器を省略することができる。また、反応容器は必ずしも光透過性を要しないので、耐腐食性、耐熱性、耐候性の高い材質もので形成することで、室内だけなく、車両や船舶などに設置することも可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 浮遊性有機化合物分解装置
2 供給部
21 第1タンク
22 第2タンク
23 第3タンク
24 導入管
25a〜25c 流量計
26 圧力計
27 第1弁
28 第2弁
3 処理装置
31 照射部
311 ケーシング
311a 支持板
311b 箱部
312 エキシマランプ
313 密閉容器
314 窒素導入管
32 反応容器
321 窓部
322 容器本体
323 蓋部
323a ボルト
4 排気部
41 排気管
42 フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)
43 四重極質量分析装置
44 圧力計
45 第1排気ポンプ
45a ブースターポンプ
45b オゾン吸収体
46 第2排気ポンプ
47 第3排気ポンプ
48〜55 第3〜10弁
S 処理空間
【技術分野】
【0001】
本発明は、浮遊性有機化合物を分解する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、揮発性有機化合物(VOC)、ミスト状有機化合物、粒子状浮遊物質(PM)などの浮遊性有機化合物による大気汚染が大きな問題となっている。
揮発性有機化合物は、常温常圧で大気中に容易に揮発する有機化学物質の総称で、洗浄剤、溶剤、燃料等として、産業界で幅広く使用されている。しかし、揮発性有機化合物が環境中に放出されると、光化学スモッグの原因となる光化学オキシダントの生成、土壌、地下水および飲料水の汚染などを通して、公害や健康被害を引き起こすことが知られている。また、揮発性有機化合物がシックハウス症候群やシックビル症候群の原因物質であることや、粒子状浮遊物質(PM)生成の原因物質であることが明らかにされ、揮発性有機化合物と各種健康被害との因果関係が社会的に注目を集めるようになったのを契機に、揮発性有機化合物を始めとする浮遊性有機化合物の排出規制が強化され、2004年改正大気汚染防止法により、主要な排出施設への規制が強化された。
【0003】
このような背景の下、浮遊性有機化合物の排出量の抑制に加え、大気中に放出された浮遊性有機化合物、特に揮発性有機廃棄物を分解または除去する技術が注目を集めている。揮発性有機廃棄物の分解または除去については、高温下で揮発性有機廃棄物を燃焼させる燃焼法、白金、パラジウム等の貴金属触媒の存在下で揮発性有機廃棄物を酸化分解する触媒法等が知られている。
しかし、現在わが国で排出される揮発性有機廃棄物の多くは、50〜100ppmと比較的低濃度の状態で大気中に存在している。このような自然領域を下回る低濃度の揮発性有機廃棄物を含む気体を燃焼法で処理することは、大量の助燃用の燃料を必要とするため処理効率が低い上に、高温下での燃焼に伴いNOxが副生するという課題がある。
一方、触媒法は、ガソリンエンジンの排気ガス浄化のための三元触媒として実用化しているが、貴金属の価格高騰に伴うコスト上昇や被毒等による触媒の劣化という課題が存在すると共に、希薄燃焼条件下で使用されるディーゼルエンジンの排気ガスの浄化には適用できないという大きな課題が存在する。
【0004】
効率よく揮発性有機化合物を分解するための技術として、例えば特許文献1には、住宅室内の天井および/または壁面の少なくとも一部分に可視光型光触媒が塗布されている光触媒塗布面と、この光触媒塗布面の近傍に設けられた光源と、この光源からの光を前記光触媒塗布面に向けて反射する反射部材と、前記光触媒塗布面の少なくとも一ヶ所に形成された排気口とを備えたことを特徴とする空気清浄化機能付き住宅が開示されている。しかし、特許文献1記載の技術は、大量の揮発性有機化合物や粒子状浮遊物質(PM)の分解処理には不向きである。
【0005】
特許文献2には、吸着体上で濃縮した揮発性有機化合物を放電により分解する揮発性有機化合物処理装置において、吸着した揮発性有機化合物を短時間に全量分解するために電源容量を大きくする必要があるという課題を解決するために、電極の対が複数のグループに分けられており、異なる吸着体の部分が順番に放電に触れるように、放電制御機構が電極の対のグループごとに電圧を印加する揮発性有機化合物処理装置が開示されている。
しかし、特許文献2記載の揮発性有機化合物処理装置は、揮発性有機化合物を分解するための電極に加え、吸着体と放電制御機構を別途必要とするため、小型化および軽量化が困難である。また、プラズマ放電により生成する窒素ラジカルが酸素と反応して、NOxやシアン化合物を生成するおそれがある。
【0006】
特許文献3には、誘電バリア放電エキシマランプの光照射によって発生した活性酸素種を利用して、流体中に含まれるCOや炭化水素などの汚染物質の分解装置が開示されている。しかしながら、該装置は、光照射によって発生した活性酸素種が汚染物質の分解に寄与するものの、該活性酸素種のみで前記汚染物質を十分に分解できるわけではなく、分解中間生成物が残存するため、同文献の実施例1では、光照射と、Pt、Pd、Rhなどの貴金属触媒あるいはTiO2などの光触媒とを組み合わせることが必要と記載されている。光照射分解装置と高価な貴金属触媒の併用は従来の触媒のみでの分解装置よりコストがかかり実用化の障害となる。
また、TiO2のような光触媒は紫外領域(波長範囲380nm以下)の光で作動するが、TiO2は量子収率が1〜2%程度であるため、真空紫外領域の光(例えば、波長172nm)を照射しても、分解効果はほとんどないことが本発明者らの詳細な研究で明らかになっており、無用な光触媒の利用はコストがかかり装置が複雑になるだけで併用効果は期待できない。よって貴金属触媒や光触媒を必要としない廉価で高分解効率の光照射分解装置の開発が実用化のためには不可欠である。
【0007】
また、非特許文献1には、真空紫外光を用いた浮遊性有機化合物の分解装置が開示されており、揮発性有機化合物の一種であるベンゼン(C6H6)、窒素(N2)及び酸素(O2)からなる混合気体を反応容器であるチャンバーに導入し、真空紫外光である波長172nmのXe2エキシマランプをチャンバーに照射することでベンゼンの分解を行っていることが記載されている。
【0008】
ここで、非特許文献1に記載された従来の浮遊性有機化合物分解装置を図14に示す。従来の浮遊性有機化合物分解装置100では、円筒形状のチャンバーである反応容器101の一端側から導入されたN2とO2と、VOCであるC6H6とからなる混合気体が、反応容器101の他端面に設けられたXe2エキシマランプ102からの中心波長(ピーク波長)が172nmの光に照射され、他端側から排出されるように構成されている。真空紫外光の照射を受けたO2は活性酸素種(三重項酸素原子、一重項酸素原子、オゾン等)を生成し、これが揮発性有機化合物であるC6H6を酸化分解する。
【0009】
しかし、非特許文献1記載の浮遊性有機化合物分解装置100は、装置構成が比較的単純で小型化にも適している反面、混合気体に含まれる酸素による真空紫外光の吸収に起因して、エキシマランプ102より照射される真空紫外光の照射範囲が反応容器101内のごく一部の領域に限定される。したがって、浮遊性有機化合物の分解は反応容器101内のごく一部の領域でのみ進行することとなるため、浮遊性有機化合物の分解効率が低いという課題が存在する。活性酸素種のうち、オゾン(O3)は拡散により照射範囲外にも存在しうるが、特に活性の高い三重項酸素原子は、常圧では真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在できないため、反応容器101に導入する被処理気体の流速を増大させる等の手段により浮遊性有機化合物の分解効率を向上させることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−242502号公報
【特許文献2】特開2006−175422号公報
【特許文献3】特開2007−501349号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】川原孝史、外2名、「172nmXe2エキシマーランプによるベンゼンの分解過程に関する研究」,第51回放射線化学討論会講演要旨集,平成20年10月15日,p(117)−p(118)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記の課題に鑑み、低コストかつ高効率で浮遊性有機化合物を分解できる浮遊性有機化合物の分解方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、浮遊性有機化合物として、揮発性有機化合物を含む被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射して揮発性有機化合物の分解を行う場合において、活性酸素種種のうち三重項酸素原子が芳香族炭化水素の分解に主に寄与し、三重項酸素原子とオゾンがアルデヒド類の分解に主に寄与しているという、本発明者らにより見いだされた知見に基づくものである。
【0014】
すなわち、本発明は、浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、前記被処理気体のほぼ全てを前記真空紫外光の照射範囲に導入し、前記浮遊性有機化合物の分解を前記真空紫外光の照射により発生した活性酸素種により浮遊性有機化合物の分解を行うことを特徴とするものである。
【0015】
なお、本発明において、「浮遊性有機化合物」とは、揮発性有機化合物、ミスト状、粒子状浮遊物質(PM)などの有機性の大気汚染物質を意味する。
また、本発明において「酸素存在下」とは、被処理気体が酸素を含んでいる状態をいい、酸素が別途添加された状態および大気のようにもともと酸素を含んでいる状態の両者を意味する。本発明において「被処理気体のほぼ全て」とは、被処理気体の80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上をいう。また、本発明において「照射範囲」とは、入射光の強度の1%以上の強度を有する真空紫外光で照射されている範囲をいう。
【0016】
さらに、本発明において「被処理気体」とは、浮遊性有機化合物を含む任意の気体で、本発明の浮遊性有機化合物の分解方法および分解装置の処理対象となる気体をいう。また、本発明において「活性酸素種」とは、真空紫外光の照射によりO2の分解反応(1)で生成する三重項酸素原子(O(3P))、一重項酸素原子(O(1D))及び三重項酸素原子の三体反応(2)で生成するオゾンまたはそれらの混合物をいう。
O2 + hν(172 nm)→ O(3P) + O(1D) (1)
O(3P) + O2 + M(M= N2 またはO2) → O3 + M (2)
O2は172nmにおいて4.6 × 10-19cm2molecule-1という大きな吸収断面積を有しており、この値はArFエキシマーレーザーの193nmの値(3.2 × 10-22cm2molecule-1)の約1400倍である。そのため反応(1)と後続の(2)により極めて高濃度の活性酸素種を172nm光の照射領域に発生可能である。
【0017】
本発明の構成によれば、被処理気体の大部分を活性酸素種(特に真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在しない三重項酸素原子と一重項酸素原子)に効率的に接触させることができるため、被処理気体に含まれる浮遊性有機化合物の分解効率を従来法に比べ向上させることができる。また、窒素は172nmの波長域に吸収帯を有しないため、中心波長が172nmの真空紫外光を用いると窒素の分解が起こらない。そのため、光反応による有害なNOxやシアン化合物の生成を抑制できる。
【0018】
上述のように浮遊性有機化合物とは、揮発性有機化合物、ミスト状、粒子状浮遊物質(PM)などの有機性の大気汚染物質を意味するが、この中でも、本発明は、揮発性有機化合物の分解に適するものである。本発明の分解方法では、ほとんどの揮発性有機化合物が分解可能であり、その種類は限定されるものではないが、具体例を例示すると、メタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロピレン、アセチレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、アクロレイン、蟻酸、酢酸、酪酸、メチルエチルケトン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、ベンゼン、トルエン、キシレン、フェノール、スチレン、エチルアセテート、ブチルアセテート、一酸化炭素、2―メトキシエタノール、2―エトキシエタノール、2―ブトキシエタノールなどが挙げられる。
なお、本発明では、上述の活性酸素種のすべてが、浮遊性有機化合物の分解に寄与するが、活性酸素種の浮遊性有機化合物の分解活性はそれぞれの汚染ガスの種類により異なり、脂肪族飽和炭化水素では一重項酸素が分解に寄与するのに対して、脂肪族不飽和炭化水素やアルデヒド類では三重項酸素とオゾン、芳香族化合物では三重項酸素が分解に大きく寄与する。
【0019】
本発明の分解方法において、特に、揮発性有機化合物が芳香族炭化水素またはアルデヒド類であることが好ましい。芳香族炭化水素は安定な共鳴構造を有し、脂肪族炭化水素等に比べ分解が困難である上に、ベンゼンやトルエン等のように人体に有害なものも多い。アルデヒド類はホルムアルデヒドのようにシックハウス症候群の原因物質となるものも多い。したがって、芳香族炭化水素やアルデヒド類が分解可能であれば、浮遊性有機化合物の分解方法として強力かつ有益なものとなる。
【0020】
この場合において、前記活性酸素種が主として三重項酸素原子またはオゾンであることが好ましい。
三重項酸素原子は芳香族炭化水素の分解活性が高い反面、真空紫外光の照射範囲およびそのごく近傍にしか存在できない。そのため、本発明の分解方法において被処理気体のほぼ全てを真空紫外光の照射範囲に導入することにより三重項酸素原子の存在可能範囲を大幅に拡大でき、ひいては浮遊性有機化合物、特に芳香族炭化水素の分解効率を大幅に向上できる。一方オゾンは寿命が長いために拡散により三重項酸素原子と比べて広い範囲に存在可能である。よって浮遊性有機化合物、特にアルデヒド類の分解効率を大幅に向上できる。
【0021】
本発明の分解方法は、常温常圧または浮遊性有機化合物が液化しない程度の低温から500℃程度までの広い温度範囲で適用することができ、反応圧力も減圧、もしくは加圧の条件下でも使用することができるが、真空装置などの設備が不要であり、浮遊性有機化合物の分解を低コストでおこなうことが可能になると共に、浮遊性有機化合物の分解に用いられる装置の小型軽量化が容易になるという観点からは、前記浮遊性有機化合物の分解が常温常圧の条件下でおこなわれることが好ましい。
【0022】
本発明の浮遊性有機化合物分解装置は、浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部および処理後の気体が排出される排出部を設けた反応容器と、中心波長が172nmの真空紫外光を前記被処理気体に照射する照射手段とを備えた浮遊性有機化合物分解装置において、前記反応容器は、前記照射手段より照射される前記真空紫外光の入射面が該真空紫外光を透過する部材からなり、かつ、その内部に収容される被処理気体のほぼ全てが前記真空紫外光の照射範囲内に存在するように形成されていることを特徴とする。
なお、ここで「真空紫外光を透過する部材」とは、反応容器において真空紫外光の入射面に用いた場合に、浮遊性有機化合物の分解に必要な強度の真空紫外光を反応容器中に照射させるために必要な透過率を有する部材をいう。
【0023】
浮遊性有機化合物分解装置において反応容器を上記のような構成とすれば、被処理気体の大部分が活性酸素種と接触することとなるため、被処理気体に含まれる浮遊性有機化合物の分解効率を従来の装置に比べ向上させることができる。また、照射手段として窒素が吸収帯を有しない172nmを中心波長とするものを用いることにより、窒素の光分解およびそれに伴うNOxやシアン化合物の生成を抑制できる。
なお、本発明の装置において、真空紫外光を透過する透明な窓口に、浮遊性有機化合物の分解物(炭素、チャー)が付着し有機膜を形成することがあるが、このような有機膜が形成されたとしても直接光照射と活性酸素種の光洗浄効果によりすぐに分解されるため(セルフクリーニング機能)、反応容器内への光の照射が損なわれることを回避することができる。
【0024】
また、この場合において、前記反応容器は、前記照射手段の照射面のほぼ全てと前記入射面とが重なり合うように、前記反応容器に隣接させて設けられていることが好ましい。
あるいは、前記照射手段は、前記反応容器の内部に配置され、側面より前記真空紫外光を照射する筒状の形状を有していてもよい。
【0025】
これらのような構成とすることにより、照射手段より照射された真空紫外光の大部分を浮遊性有機化合物の分解に利用することができるため、浮遊性有機化合物分解装置におけるエネルギー効率を向上できる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、金属触媒や光触媒を使用することがないため、低コストかつ高効率で浮遊性有機化合物の分解が可能であり、小型化および軽量化も容易で、幅広い用途および分野に応用可能な浮遊性有機化合物分解装置が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施の形態に係る浮遊性有機化合物分解装置を説明するための概略図である。
【図2】図1に示す浮遊性有機化合物分解装置の処理装置を示す図であり、(A)は蓋部を外した状態の底面図、(B)は蓋部を示す図である。
【図3】実施例1における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図4】実施例1及び比較例1における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図5】実施例2及び比較例2における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図6】実施例2における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図7】実施例2において被処理気体のフロー速度が反応物の残留率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図8】実施例2において被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図9】実施例3における真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図10】実施例3及び比較例3における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係を示すグラフである。
【図11】酸素濃度が20%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図12】酸素濃度が10%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図13】酸素濃度が5%である実施例3において真空紫外光の照射時間と反応物及び生成物の濃度との関係を示すグラフである。
【図14】従来の浮遊性有機化合物分解装置を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の実施の形態に係る浮遊性有機化合物分解装置(以下、単に分解装置と略す。)を図面に基づいて説明する。なお、本実施の形態では、揮発性有機化合物(VOC)の分解実験に使用した装置を例に説明する。
図1に示すように分解装置1は、被処理気体となる混合気体を供給する供給部2と、混合気体を処理する処理装置3と、分解処理された気体の成分を測定する排気部4とを備えている。
【0029】
供給部2は、第1タンク21と、第2タンク22と、第3タンク23と、導入管24と、流量計25a〜25cと、圧力計26と、第1弁27と、第2弁28とを備えている。
第1タンク21には、窒素(N2)ガスが貯蔵されている。第2タンク22には、酸素(O2)ガスが貯蔵されている。第3タンク23には、VOCガスが貯蔵されている。
【0030】
導入管24は、第1〜第3タンク21〜23のそれぞれに一端が接続され、処理装置3に他端が接続され、第1〜第3タンク21〜23に貯蔵された気体を、処理装置3へ供給する導入部として機能する集合管である。流量計25a〜25cは、導入管24のそれぞれの枝管に配設され、窒素ガス、酸素ガス、VOCガスのそれぞれの流量を測定する。圧力計26は、導入管24の本管に配置され、混合気体の圧力を測定する。第1弁27は、圧力計26より上流側の導入管24の本管に配設され、混合気体の流量を調整するニードルバルブである。第2弁28は、処理装置3の下方に位置する導入管24の本管に配設され、混合気体の供給を止めたり、流したりするためのストップバルブである。
【0031】
被処理気体に含まれる揮発性有機化合物の分解に用いられる分解装置1においては、第1〜第3タンク21、22、23を省略し、被処理気体を導入するためのポンプ等を設けてもよい。なお、この場合においても、被処理気体中の窒素濃度および酸素濃度を調節するために、被処理気体を導入するためのポンプ等と共に第1および第2タンク21、22を設けてもよい。
【0032】
処理装置3は、照射部31と、反応容器32とを備えている。照射部31は、ケーシング311と、照射手段の一例であるエキシマランプ312と、密閉容器313と、窒素導入管314とを備えている。ケーシング311は、エキシマランプ312を支持する密閉容器313を搭載するための底板である支持板311aと、エキシマランプ312および密閉容器313を囲む下方が開口した箱部311bとにより形成された箱状容器である。箱部311bには、エキシマランプ312の照射光を通過させるための円形状の開口が設けられている。
【0033】
エキシマランプ312は、サイドオンタイプと称される細長の円柱状に形成され、外周周側面全体が発光することで、照光手段として機能するものである。エキシマランプ312は、反応容器32に隣接して配置されている。分解装置1に用いられるエキシマランプ312では、円筒形状のガラス管にXeガスが封入されているので、中心波長が172nmの真空紫外光を発光する。
【0034】
密閉容器313は、ケーシング311の支持板311aの開口面に合わせて底面が開口した箱状容器である。密閉容器313は、エキシマランプ312の両端部を挿通した状態で支持すると共に、一端側に内部空間に窒素N2を充填するための窒素導入管314が接続されている。密閉容器313は、開口に反応容器32を配置することで、内部空間が閉鎖空間となって気密性が確保される。
窒素導入管314は、密閉容器313の内部空間に窒素ガスを導入するための配管である。窒素導入管314から供給される窒素(N2)ガスにより密閉容器313を充満させることで、エキシマランプ312からの照射光を減衰することなく反応容器32に到達させることができる。
【0035】
図1および図2に示すように、反応容器32は、窓部321と、容器本体322と、蓋部323とにより、エキシマランプ312の照射面である開口のほぼ全体と重なり合う入射面である窓部321を有し、エキシマランプ312と隣接させて設けられている。窓部321は、円形状の開口に、真空紫外光を透過する部材である石英ガラスが設けられており、エキシマランプ312からの照射光の入射面として機能するものである。容器本体322には、内部に、被処理気体が供給されることで分解処理が行われる円筒形状の処理空間Sが形成されている。蓋部323には、エキシマランプ312の一端側となる位置に導入管24が接続され、エキシマランプ312の他端側となる位置に後述する排気管が接続された円盤状体である。蓋部323は、周縁部全体にねじ孔が設けられ、ボルト323aにより容器本体322に固定されている。
【0036】
窓部321および蓋部323と共に処理空間Sを形成する容器本体322の内径および高さは、処理空間Sに導入される被処理気体のほぼ全てがエキシマランプ312の照射範囲に存在するよう適宜調節される。容器本体322の内径については、箱部311bの開口の径とほぼ等しくすればよく、高さについては、被処理気体を充満させた状態で蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度が、窓部321の側から入射する真空紫外光に対し所定の割合になるよう設定すればよい。蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度は、真空紫外光を吸収する酸素ガスの被処理気体中の濃度に主に依存し、例えば、酸素の吸光係数の実験値あるいは文献値をLambert−Beer則に適用することにより計算することができる。例えば、蓋部323の側に到達する真空紫外光の強度が入射光の強度の1%程度となるようにするためには、容器本体322の高さを、被処理気体中の酸素濃度が1%の場合には20〜25cm、20%の場合には1〜2cmとする。
【0037】
排気部4は、排気管41と、成分分析に使用されるフーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)42と、酸素濃度の測定に使用される四重極質量分析装置43と、圧力計44と、第1排気ポンプ45と、第2排気ポンプ46と、第3排気ポンプ47とを備えている。なお、第1排気ポンプ45の前段には、補助ポンプであるブースターポンプ45aが設けられ、さらにその前段には、排気中のオゾンをトラップするオゾン吸収体45bが備えられている。
排気管41は、主管の一端が蓋部323に接続され、他端は枝管となって一方がフーリエ変換赤外分光光度計42へ接続され、他方が四重極質量分析装置43へ接続され、処理後の気体が排出される排出部として機能する配管である。この排気管41の主管には、処理装置3の下方となる位置に、混合気体の排気の流れを止めたり、流したりするためのストップバルブである第3弁48が設けられている。また、排気管41の枝管には、フーリエ変換赤外分光光度計42と四重極質量分析装置43とのそれぞれの上流側に、混合気体の流入量を調整するためのニードルバルブである第4弁49および第5弁50が設けられている。
圧力計44は、ロータリーポンプである第1排気ポンプ45により吸引される混合気体の圧力を測定するものである。圧力計44と第1排気ポンプ45との間の配管には、第6弁51が設けられている。
第2排気ポンプ46はターボポンプであり、第3排気ポンプ47はロータリーポンプである。この第2排気ポンプ46および第3排気ポンプ47は、四重極質量分析装置43による酸素濃度の測定時に動作され、それ以外は停止状態で使用される。第1〜第3排気ポンプ45〜47へのそれぞれの配管には、ニードルバルブである第6〜8弁51〜53が設けられている。
なお、ニードルバルブである第4弁49および第5弁50を閉じ、ニードルバルブである第8弁54および第9弁55を開くことにより、フーリエ変換赤外分光光度計42及び四重極質量分析装置43を介さず直接排気することも可能である。
【実施例】
【0038】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例および比較例について説明する。まず、比較例1、2、3および実施例1、2、3、4において使用した装置および実験操作について説明し、次いで各実験結果について説明する。なお特に断らない限りこれらの比較例と実施例は、すべて常温常圧下での実験結果である。
【0039】
比較例1
本発明の実施の形態に係る分解装置1の分解性能との比較のために、図14に示した従来の分解装置100の分解性能についても検討を行った。なお、図14においては、図1に示す分解装置1と同じ構成のものは同符号を付して説明を省略する。
従来の分解装置100において、反応容器101は直径が約3.2cm、長さが23cm円筒形状に形成されている。エキシマランプ(入力電力20W、光強度50mW/cm2、照射窓面積8cm2、フォトン数3.44×1017個/s)102は、ヘッドオンタイプと称され、円柱状に形成された上面または底面となる一端面側から発光することで照光手段として機能するものである。エキシマランプ102が反応容器101の一端面に配置されていることで、照射光は反応容器の軸線方向に向かって出射されるので、照射面積は反応容器101の円形の断面積となる。
【0040】
このように構成された従来の分解装置100の反応容器101内に、被処理気体として窒素、酸素およびベンゼンからなる混合気体(酸素濃度20%、ベンゼン濃度1000ppm)を導入し、エキシマランプ102を点灯して反応器101に照射することにより分解実験を行った。実験は、反応器101を閉鎖系とするために、第2弁28および第3弁48を閉鎖した状態で行った。所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるベンゼンおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線(既知濃度のサンプルを用い、濃度と各成分固有の吸収帯の吸光度との関係をプロットしたもの。)を用いて求めた。
【0041】
実施例1
本実施の形態に係る分解装置1を用いて分解実験を行った。なお、本実施例では、処理空間Sが直径100mm、厚みが30mmとなる容器本体322を使用した。また、エキシマランプ312については、入力電力20W、光強度10mW/cm2、照射窓面積78.5cm2、フォトン数6.83×1017個/sのものを使用した。そして、供給部2の第1弁27と第2弁28を調整することにより、酸素O2濃度を20%、ベンゼンC6H6濃度を1000ppmとした混合気体を反応容器32に供給し、エキシマランプ312を点灯して、処理空間Sに照射した。このとき処理空間Sを閉鎖系とするために、第1〜第3排気ポンプ45〜47は動作させず、第3弁48は閉鎖した。比較例1の場合と同様、所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるベンゼンおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線を用いて求めた。
【0042】
比較例2および実施例2
それぞれ、比較例1において使用した装置100および実施例1において使用した装置1を使用し、混合気体(酸素濃度5〜20%、ベンゼン濃度200または1000ppm)を所定の流速(250〜1000mL/min)で反応容器101および3に流すフロー系で実験を行った。エキシマランプ102、312による照射は、フロー開始後1分経過時に開始し、15分経過後に終了した。
【0043】
実験結果
(1)実施例1における反応物および生成物濃度の経時変化
図3のグラフに示すように、ベンゼンC6H6は照射開始後約1.5分で分解されたことがわかる。ベンゼン濃度の減少に伴い、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2およびギ酸HCOOHの濃度の濃度が増大している。これらのうち一酸化炭素およびギ酸については、照射開始後1.5分で濃度が最大となり、その後濃度が減少し、照射開始後3〜4分後に完全に消失している。二酸化炭素については、照射開始と共にその濃度が単調に増加し、照射開始後4〜5分後に定常状態に達していることがわかる。これらの結果から、ベンゼンの初期の分解産物として、一酸化炭素、ギ酸および二酸化炭素が生成し、このうち全二者については、さらに酸化を受け最終的には二酸化炭素に変換されると考えられる。
また、オゾンO3濃度が照射開始と共にほぼ直線的に増大し、照射開始後約1分でほぼ一定の値となっていることがわかる。
【0044】
上記のような反応物および生成物濃度の経時変化は、真空紫外光の照射を行わずにオゾンを反応容器中に導入した場合におけるそれと大幅に異なっていることから、ベンゼンの分解に対するオゾンの寄与は大きくないものと考えられる。また、窒素原子との衝突による一重項酸素原子の衝突緩和を低減させるような条件下で実験を行ってもベンゼンの残留率に顕著な変化が見られなかったことから、ベンゼンの分解に対する一重項酸素原子の寄与も大きくないものと考えられる。以上の結果は、三重項酸素原子がベンゼン分解の主な活性種であることを示唆するものである。
【0045】
(2)実施例1および比較例1における分解反応のエネルギー効率の比較
実施例1および比較例1における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係は、図4に示すとおりである。なお、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が200ppmのベンゼンC6H6とからなる混合気体を用いて行った。実施例1の方が、はるかにベンゼンの分解速度が大きく、照射開始後2分以内(90秒)にベンゼンが完全に分解しているのに対し、比較例1においては、照射開始後20分経過後もなお約5%のベンゼンが残存していた。
【0046】
これらの結果を元に、下記の式を用いて、単位量のベンゼンを分解するのに必要なエネルギー量EEOを求めた。
EEO=(1000×P×t)/(V×log(C0/C))
式中、Pは照射強度[W]、tは経過時間[h]、Vは反応容器の容積[L]、C0はベンゼンの初濃度[ppm]、Cは時間t経過時のベンゼンの濃度[ppm]である。
実施例1および比較例1について得られたEEOの値(単位:W・h/order)は、それぞれ、2.876および25.65であった。これらの結果より、本発明の実施形態に係る分解装置1は、従来の実施形態に係る分解装置100の約8.9倍のエネルギー効率を有していることがわかる。
【0047】
(3)実施例2および比較例2における分解性能の比較
次に、分解装置1と従来の分解装置100とで比較実験を行った。比較実験は、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が200ppmのベンゼンC6H6とを混合した気体を、流速1000mL/minで反応容器3または反応容器101に流し、残留濃度を測定するフロー系で行った。
図5に示すように、エキシマランプ312,102を点灯し始めてから、両装置とも、すぐにベンゼンC6H6の残留濃度が減少した。しかし、従来の分解装置100では約90%であったが、分解装置1では約50%であり、分解装置1の方が高い分解性能を示した。
【0048】
(4)実施例2における真空紫外光の照射時間と生成物の濃度との関係
結果は図6に示すとおりである。全ての生成物(オゾン、一酸化炭素、二酸化炭素およびギ酸)について、光照射後に一分程度で一定値となり照射終了後2分で光照射前の状態に戻った。
【0049】
(5)実施例2における被処理気体のフロー速度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(酸素O220%、窒素N280%、ベンゼンC6H6200ppm)の流速を、1000mL/minとする以外に、500mL/min、250mL/minとしたときの残留濃度を測定した。
図7に示すように、混合気体の流速が1000mL/minでは約50%であったが、500mL/minでは約75%、250mL/minでは100%の分解を行うことができた。このように混合気体を反応容器3に通過させる速度を遅くすることにより、分解性能を向上させることができることがわかる。流速が250mL/minの場合では、分解率の向上を反映して生成物中の二酸化炭素の割合が高くなることが確認された。このことから、反応容器中への被処理気体の滞留時間を長くして照射時間をある程度確保することにより分解性能を向上できることが示唆された。
【0050】
(6)実施例2における被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(流速1000mL/min、ベンゼンC6H6200ppm)の酸素濃度を、20%とし残余を窒素N2する以外に、10%、5%としたときのベンゼンC6H6の残留濃度を測定した。
図8に示すように、酸素濃度が20%ではベンゼンの残留濃度が50%であったが、酸素濃度が5%では残留濃度が30%〜35%と向上した。このように混合気体の酸素濃度が低いと、分解性能が高いことがわかる。
ベンゼンの分解効率には、酸素濃度以外に、例えば、被処理気体のフロー速度等の他の要因が影響を与えている可能性もあるが、例えば、被処理気体中の酸素による真空紫外光の吸収に伴う処理空間内部の真空紫外光強度の減少が、酸素濃度の増大に伴う分解効率の低下の一因となっていることも考えられる。
【0051】
実施例3
本実施の形態に係る分解装置1を用いて分解実験を、実施例1,2のベンゼンの代わりに、代表的アルデヒド化合物であるアクロレインについて行った。なお、本実施例では、処理空間Sが直径100mm、厚みが30mmとなる容器本体322を使用した。また、エキシマランプ312については、入力電力20W、光強度10mW/cm2、照射窓面積78.5cm2、フォトン数6.83×1017個/sのものを使用した。そして、供給部2の第1弁27と第2弁28を調整することにより、酸素O2濃度を20%、アクロレイン濃度を500ppmとした混合気体を反応容器32に供給し、エキシマランプ312を点灯して、処理空間Sに照射した。このとき処理空間Sを閉鎖系とするために、第1〜第3排気ポンプ45〜47は動作させず、第3弁48は閉鎖した。比較例1の場合と同様、所定時間経過毎に第4弁49および第6弁51を開放し、第1排気ポンプ45を作動させて、一度排気管41とフーリエ変換赤外分光光度計42を真空状態にする。第6弁51を閉め第3弁48を開け、反応容器の内容物の一部をフーリエ変換赤外分光光度計42に導入する。反応物であるアクロレインおよび反応生成物(オゾンO3、一酸化炭素CO、二酸化炭素CO2、ホルムアルデヒドHCHO、ギ酸HCOOH)の濃度を、予め作成した検量線を用いて求めた。
【0052】
実施例4
実施例1において使用した装置1を使用し、混合気体(酸素濃度5〜20%、アクロレイン濃度500ppm)を所定の流速(1000mL/min)で反応容器101および3に流すフロー系で実験を行った。エキシマランプ101、312による照射は、フロー開始後1分経過時に開始し、15分経過後に終了した。
【0053】
比較例3
アクロレインに対する本発明の実施の形態に係る分解装置1の分解性能との比較のために、図14に示した従来の分解装置100の分解性能についても検討を行った。
【0054】
実験結果
(1)実施例3における反応物および生成物濃度の経時変化
図9のグラフに示すように、アクロレイン(C2H3CHO)は測定開始約30秒の時点で分解されたことがわかる。アクロレイン濃度の減少に伴い、二酸化炭素CO2の濃度が増大している。また一酸化炭素CO、ギ酸HCOOHについては発生後それぞれ減少し、ギ酸においては照射開始後60秒後には完全に消失している。二酸化炭素については、照射開始と共にその濃度が単調に増加し、照射開始後120秒以降は緩やかに増加していることがわかる。これらの結果から、アクロレインの初期の分解産物として、一酸化炭素、ギ酸および二酸化炭素が生成し、このうち全二者については、さらに酸化を受け最終的には二酸化炭素に変換されると考えられる。
また、オゾンO3濃度が照射開始と共にほぼ直線的に増大し、照射開始後約180秒で最大となっていることがわかる。
【0055】
オゾンの寄与を調べるために真空紫外光の照射を行わずに約6000ppmのオゾンを反応容器中に導入した分解実験を実施した。その結果、アクロレインのオゾンによる分解速度は上記活性酸素種全てが存在する真空紫外光の照射下でのそれに近く、オゾンはアクロレインの分解の主要な活性種の一つであることを確認した。
【0056】
(2)実施例3および比較例3における分解反応のエネルギー効率の比較
実施例3および比較例3における真空紫外光の照射時間と反応物の残留率との関係は、図10に示すとおりである。なお、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が500ppmのアクロレイン(C2H3CHO)とからなる混合気体を用いて行った。実施例1の方が、はるかにアクロレインの分解速度が大きく、照射開始後30秒以内にアクロレインが完全に分解しているのに対し、比較例3においては、完全に分解するまでに照射開始後270秒かかった。よって分解装置1では従来の分解装置100と比較してアクロレインの分解速度が9倍以上速いことを確認した。
【0057】
(3)実施例3における真空紫外光の照射時間と生成物の濃度との関係
次に、酸素O2を20%および窒素N2を80%と、濃度が130ppmのアクロレイン(C2H3CHO)とを混合した気体を、流速1000mL/minで反応容器3に流し、残留濃度を測定するフロー系で行った。結果は図11に示すとおりである。エキシマランプ312を点灯し始めてから、光照射後に1〜2分程度でアクロレイン(C2H3CHO)が完全に分解するとともに、全ての生成物(オゾン、一酸化炭素、二酸化炭素およびギ酸)の濃度はほぼ一定値となり、照射終了後2分で光照射前の状態に戻った。
【0058】
(4)実施例3における被処理気体中の酸素濃度が反応物の残留率に及ぼす影響
次に、混合気体(流速1000mL/min、アクロレイン(C2H3CHO)120または110ppm)の酸素濃度を、20%とし残余を窒素N2する以外に、10%、5%としたときのアクロレイン(C2H3CHO)の残留濃度を測定した。その結果を図12、13に示す。酸素濃度20%での実験結果と同様に、照射開始後1〜2分程度でアクロレインは完全に分解した。
【0059】
実施例5
メタン、エチレン、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、トルエン、オルトキシレン、メタキシレン、パラキシレンなどのVOCを常温常圧下で濃度100−1000ppm領域での分解実験を分解装置1を用いて実施し、これらもこの装置で分解可能なことを確認した。これらのVOCは最終的にはすべてCO2、H2Oに分解されるが、途中中間体として表1のような化合物がFT−IR分析からは観測された。また各物質の分解に寄与する主な活性酸素化学種をオゾンのみによる分解実験や一重項酸素の寄与が高い低圧実験結果を実施して得た結果は表1の通りである。なお◎が主要な活性種、○は分解速度は◎と比べて遅いが分解に寄与する活性種、×は分解に寄与しない活性種を表す。
メタンの場合は一重項酸素のみが分解に寄与するため、10kPaの低圧にすることにより一重項酸素の下記の失活反応(3)を抑制し、照射5分後で分解率を常圧の約50%と比べて2倍の100%まで上げることが可能である。
O(1D) + N2 → O(3P) + O(3P) (3)
一方、脂肪族不飽和炭化水素、アルデヒド類の分解には三重項酸素とオゾン、芳香族化合物では三重項酸素が特に有効である。よって対象とするVOCにより有効な活性種の濃度が高い酸素濃度、全圧力に設定することが分解率を高めるためには必要である。
【0060】
【表1】
【0061】
本実施の形態では、図1に示すように照射手段であるエキシマランプ312は反応容器32に隣接して配置されているが、側面より真空紫外光を照射する筒状の形状を有する照射手段を円筒形状の反応容器の内部に配置してもよい。このような構成とすることで、図1に示す分解装置1と同様の効果が得られるだけでなく、照射手段からの真空紫外光を被処理気体である混合気体に直接照射することができるので、照射手段と反応容器との間に窒素N2を充填するための密閉容器を省略することができる。また、反応容器は必ずしも光透過性を要しないので、耐腐食性、耐熱性、耐候性の高い材質もので形成することで、室内だけなく、車両や船舶などに設置することも可能である。
【符号の説明】
【0062】
1 浮遊性有機化合物分解装置
2 供給部
21 第1タンク
22 第2タンク
23 第3タンク
24 導入管
25a〜25c 流量計
26 圧力計
27 第1弁
28 第2弁
3 処理装置
31 照射部
311 ケーシング
311a 支持板
311b 箱部
312 エキシマランプ
313 密閉容器
314 窒素導入管
32 反応容器
321 窓部
322 容器本体
323 蓋部
323a ボルト
4 排気部
41 排気管
42 フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)
43 四重極質量分析装置
44 圧力計
45 第1排気ポンプ
45a ブースターポンプ
45b オゾン吸収体
46 第2排気ポンプ
47 第3排気ポンプ
48〜55 第3〜10弁
S 処理空間
【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、
前記被処理気体のほぼ全てを前記真空紫外光の照射範囲に導入し、前記浮遊性有機化合物の分解を前記真空紫外光の照射により発生した活性酸素種によりおこなうことを特徴とする浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項2】
前記浮遊性有機化合物が、揮発性有機化合物であることを特徴とする請求項1記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項3】
前記浮遊性有機化合物が、芳香族炭化水素であることを特徴とする請求項2記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項4】
前記活性酸素種が、主として三重項酸素原子であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項5】
前記浮遊性有機化合物が、アルデヒド類であることを特徴とする請求項2記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項6】
前記活性酸素種が、主として三重項酸素原子とオゾンであることを特徴とする請求項5記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項7】
前記浮遊性有機化合物の分解が常温常圧の条件下でおこなわれることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項8】
浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部および処理後の気体が排出される排出部を設けた反応容器と、中心波長が172nmの真空紫外光を前記被処理気体に照射する照射手段とを備えた浮遊性有機化合物分解装置において、
前記反応容器は、前記照射手段より照射される前記真空紫外光の入射面が該真空紫外光を透過する部材からなり、かつ、その内部に収容される被処理気体のほぼ全てが前記真空紫外光の照射範囲内に存在するように形成されていることを特徴とする浮遊性有機化合物分解装置。
【請求項9】
前記反応容器は、前記照射手段の照射面のほぼ全てと前記入射面とが重なり合うように、前記反応容器に隣接させて設けられていることを特徴とする請求項8記載の浮遊性有機化合物分解装置。
【請求項1】
浮遊性有機化合物を含有する被処理気体に、酸素存在下、中心波長が172nmの真空紫外光を照射し、浮遊性有機化合物を分解する方法において、
前記被処理気体のほぼ全てを前記真空紫外光の照射範囲に導入し、前記浮遊性有機化合物の分解を前記真空紫外光の照射により発生した活性酸素種によりおこなうことを特徴とする浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項2】
前記浮遊性有機化合物が、揮発性有機化合物であることを特徴とする請求項1記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項3】
前記浮遊性有機化合物が、芳香族炭化水素であることを特徴とする請求項2記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項4】
前記活性酸素種が、主として三重項酸素原子であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項5】
前記浮遊性有機化合物が、アルデヒド類であることを特徴とする請求項2記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項6】
前記活性酸素種が、主として三重項酸素原子とオゾンであることを特徴とする請求項5記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項7】
前記浮遊性有機化合物の分解が常温常圧の条件下でおこなわれることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項記載の浮遊性有機化合物の分解方法。
【請求項8】
浮遊性有機化合物を含有する被処理気体を導入する導入部および処理後の気体が排出される排出部を設けた反応容器と、中心波長が172nmの真空紫外光を前記被処理気体に照射する照射手段とを備えた浮遊性有機化合物分解装置において、
前記反応容器は、前記照射手段より照射される前記真空紫外光の入射面が該真空紫外光を透過する部材からなり、かつ、その内部に収容される被処理気体のほぼ全てが前記真空紫外光の照射範囲内に存在するように形成されていることを特徴とする浮遊性有機化合物分解装置。
【請求項9】
前記反応容器は、前記照射手段の照射面のほぼ全てと前記入射面とが重なり合うように、前記反応容器に隣接させて設けられていることを特徴とする請求項8記載の浮遊性有機化合物分解装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−56191(P2011−56191A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212298(P2009−212298)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]