説明

海塩粒子量推定装置および方法

【課題】任意の地点における海塩粒子量を高い精度で推定する。
【解決手段】関数当てはめ部14Aで、任意の地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、実測点と第1の観測点との距離に基づき第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、パラメータとして実測海塩粒子量と推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定し、粒子量推定部14Bで、推定点と第2の観測点との距離に基づき第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、最適パラメータを用いた解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩害予測技術に関し、特に海から飛来する海塩粒子の量を示す海塩粒子の量推定する海塩粒子量推定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
屋外で用いられている材料は自然環境に曝されているため、材料本来の性質が変わってしまうという劣化現象が問題の一つとなっている(例えば、非特許文献1など参照)。この劣化現象は腐食現象とも呼ばれており、我々の生活環境において甚大なる被害を与えることもある。特に、沿岸部では海面や波から飛来する海塩粒子の材料表面への付着が劣化を加速する要因の一つとして注目が集まっており、塩分が関わることによる腐食は塩害と呼ばれている。
【0003】
塩害は、気象条件や地理条件との関わりが高いとされており、その因子である風、湿度、気温、あるいは海岸からの距離など複数のものが絡んでいる。実際、各因子が不均一であることが多いため、塩害状況は材料の設置場所ごとに異なっていることが多い。そういった状況は全国に広くわたっていることや、扱うデータの種類と量が過去のデータを考慮すると膨大なものになるため、計算機による解析が必要不可欠である。
【0004】
従来、このような塩害を解析する技術として、塩害解析モデルが提案されている(例えば、非特許文献2など参照)。このモデルでは、亜鉛や鉄といった金属材料を一定期間、幾つかの沿岸部に設定して自然環境に曝し、海塩粒子量解析や材料表面の減肉解析を施している。同時に、同一期間における気象データとの因果関係を多変量解析することに観点が置かれている。
【0005】
この場合、解析モデルにおける解析関数において、因子間の重み係数は経験的に推定されている。また、海岸からの距離については具体的に解析関数として示されていない。特に、重み係数を推定するときに用いられた気象データは、大きくばらついているため、試行錯誤的に決定するには限界があった。さらに、千葉県銚子付近など、限られた地域でのモデリングに留まっていた。そのため、任意地点における海塩粒子量の複数の因子に対する推定精度の向上が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】http://tri-osaka.jp/research-info/07015tec_sheettaiki.pdf
【非特許文献2】宮田恵守、竹越良治、高沢壽佳、“海岸における亜鉛の待機腐食速度の推定”、防食技術、38, 540-545, 1989.
【非特許文献3】http://www.koushi.pref.okinawa.jp/home.nsf/fb079c74eda3509e49256b0e00604b58/d8458547bc9a77984925739a000dfcd3/$FILE/2006_P061_web.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
電力や電気通信の分野において、送電線や通信線を支える構造物に付着した塩分が構造物の腐食に大きな影響を及ぼす。このため、海塩粒子量に関する実測データのない地点に設置された構造物の腐食を把握する上で、大気中の海塩粒子量を正確に推定することは、極めて重要となる。
しかしながら、前述した従来技術では、海岸からの距離をパラメータとして、推定点における海塩粒子量を推定しており、推定点における風向や平均風速など、海塩粒子量に大きな影響を与える気象データが推定値計算に反映されておらず、気象条件によって大きな測定誤差が発生するという問題点があった。
【0008】
本発明はこのような課題を解決するためのものであり、任意の地点における海塩粒子量を高い精度で推定できる海塩粒子量推定技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的を達成するために、本発明にかかる海塩粒子量推定装置は、任意の地点に位置する実測点で実測した実測海塩粒子量と、実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点における風向および風速からなる気象データと、海塩粒子量の推定を行う推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、実測点と第1の観測点の位置関係を示す位置データと、推定点と第2の観測点の位置関係を示す位置データとを記憶するデータ蓄積部と、任意の地点における風向および風速と、当該地点から複数方位における海岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、各方位において海岸から飛来する海塩粒子量を求めて合計することにより、当該地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、実測点と第1の観測点との距離に基づき第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、パラメータとして実測海塩粒子量と推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定する関数当てはめ部と、推定点と第2の観測点との距離に基づき第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、最適パラメータを用いた解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する粒子量推定部とを備えている。
【0010】
この際、解析関数で、複数方位のうち任意の地点から任意の方位における海岸までの距離を算出する際、当該実測点と当該海岸とを結ぶ方位と、当該地点における風向とがなす相対角度の余弦で、当該地点から任意の方位における海岸までの距離を補正するようにしてもよい。
【0011】
また、任意の地点pcの任意の時点tにおける風向をw(pc,t)とし、当該地点pcにおける風速をv(pc,t)とし、K個の方位のうち方向kにおける当該地点pcから海岸までの距離をdk(pc)とし、パラメータをe,f,g,hとした場合、当該地点における海塩粒子量s(pc,t)を算出する解析関数として、後述する式(6)を用いてもよい。
【0012】
また、関数当てはめ部で、解析関数に関する最適パラメータを特定する際、ロバスト関数を用いた非線形最小二乗法に基づいて、反復誤差がしきい値未満となるまで、各パラメータの値を変化させて海塩粒子量を反復計算するとともに、当該反復計算の回数に応じて、当該ロバスト関数内の係数を段階的に変化させるようにしてもよい。
【0013】
また、本発明にかかる海塩粒子量推定方法は、任意の地点に位置する実測点で実測した実測海塩粒子量と、実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点における風向および風速からなる気象データと、海塩粒子量の推定を行う推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、実測点と第1の観測点の位置関係を示す位置データと、推定点と第2の観測点の位置関係を示す位置データとを記憶するデータ蓄積ステップと、任意の地点における風向および風速と、当該地点から複数方位における海岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、各方位において海岸から飛来する海塩粒子量を求めて合計することにより、当該地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、実測点と第1の観測点との距離に基づき第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、パラメータとして実測海塩粒子量と推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定する関数当てはめステップと、推定点と第2の観測点との距離に基づき第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、最適パラメータを用いた解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する粒子量推定ステップとを備えている。
【0014】
この際、解析関数に、複数方位のうち任意の地点から任意の方位における海岸までの距離を算出する際、当該実測点と当該海岸とを結ぶ方位と、当該地点における風向とがなす相対角度の余弦で、当該地点から任意の方位における海岸までの距離を補正するステップを含むようにしてもよい。
【0015】
また、任意の地点pcの任意の時点tにおける風向をw(pc,t)とし、当該地点pcにおける風速をv(pc,t)とし、K個の方位のうち方向kにおける当該地点pcから海岸までの距離をdk(pc)とし、パラメータをe,f,g,hとした場合、当該地点における海塩粒子量s(pc,t)を算出する解析関数として、後述する式(6)を用いるようにしてもよい。
【0016】
また、関数当てはめステップに、解析関数に関する最適パラメータを特定する際、ロバスト関数を用いた非線形最小二乗法に基づいて、反復誤差がしきい値未満となるまで、各パラメータの値を変化させて海塩粒子量を反復計算するとともに、当該反復計算の回数に応じて、当該ロバスト関数内の係数を段階的に変化させるステップを含むようにしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、推定点での海塩粒子量を推定する際、推定点における風向や平均風速など、海塩粒子量に大きな影響を与える気象データが推定値計算に反映されているため、気象条件によって発生する推定誤差を低減することができ、推定点における海塩粒子量を高い精度で推定することが可能となる。したがって、海塩粒子量を用いた構造物の腐食速度を、海塩粒子量や腐食速度の実測データが存在しない地点であっても、正確に推定することができ、構造物の寿命や最適な腐食対策などを、簡便かつ正確に判断することが可能となる。特に、電力や電気通信の分野において、送電線や通信線を支える構造物など、広範囲で僻地に建設された構造物の腐食対策において、極めて高い効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】海塩粒子量推定装置の構成を示すブロック図である。
【図2】海塩粒子量推定処理を示すフローチャートである。
【図3】海面や海岸で発生・飛来する粒子の様子を示す説明図である。
【図4】ある推定点における粒子量に関する精度の違いに対する評価値を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の一実施の形態について図面を参照して説明する。
[海塩粒子量推定装置の構成]
まず、図1を参照して、本発明の一実施の形態にかかる海塩粒子量推定装置10について説明する。図1は、海塩粒子量推定装置の構成を示すブロック図である。
この海塩粒子量推定装置10は、全体としてサーバ装置などのコンピュータからなり、入力された各種データに基づいて、海岸から任意の地点まで飛来する海塩粒子の量を推定する装置である。
【0020】
本実施の形態は、任意の地点における風向および風速と、当該地点から沿岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、当該地点における海塩粒子量を算出する解析関数について、当該解析関数に用いる最適なパラメータを、実測点で実測した実測海塩粒子量と、当該実測点における風向および風速から特定し、得られた最適パラメータを用いた当該解析関数に基づいて、推定点における風向および風速と、当該推定点から沿岸までの距離とから、推定点における海塩粒子量を算出するようにしたものである。
【0021】
この際、実測点における風向および風速は、当該実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点で得られた風向および風速を、当該第1の観測点までの距離に基づき加重平均して求め、推定点における風向および風速は、当該推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点で得られた風向および風速を、当該第2の観測点までの距離に基づき加重平均して求めるようにしたものである。
また、解析関数では、任意の地点における風向および風速と、任意の地点から複数方位における海岸までの距離とから、各方位において海岸から飛来する海塩粒子量を求めて合計することにより、当該地点における推定海塩粒子量を算出するようにしたものである。
【0022】
次に、図1を参照して、本実施の形態にかかる海塩粒子量推定装置10の構成について説明する。
海塩粒子量推定装置10には、主な機能部として、データ入力部11、データ蓄積部12、表示部13、および演算処理部14が設けられている。
【0023】
データ入力部11は、外部装置(図示せず)との間でデータ通信を行うデータ通信装置や、オペレータのデータ入力操作を検出するキーボートなどの操作入力装置からなり、海塩粒子量の推定処理に用いる各種処理データを入力して、データ蓄積部12へ保存する機能を有している。主な処理データとしては、任意の地点に位置する実測点で実測した実測海塩粒子量と、この実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点における風向および風速からなる気象データと、海塩粒子量の推定を行う推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、実測点と第1の観測点の位置関係を示す位置データと、推定点と第2の観測点の位置関係を示す位置データとがある。
【0024】
データ蓄積部12は、ハードディスクな半導体メモリなどの記憶装置からなり、データ入力部11で入力された各種処理データのほか、演算処理部14での海塩粒子量の推定に用いる各種データやプログラムを記憶する機能を有している。
表示部13は、LCDなどの画面表示装置からなり、演算処理部14からの指示に応じて、操作メニューや演算結果などの各種情報を画面表示する機能を有している。
【0025】
演算処理部14は、CPUとその周辺回路を有し、データ蓄積部12からプログラムを読み込んで実行することにより、各種処理部を実現する機能を有している。
演算処理部14で実現される主な処理部として、関数当てはめ部14Aと粒子量推定部14Bがある。
【0026】
関数当てはめ部14Aは、任意の地点における風向および風速と、当該地点から複数方位における海岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、各方位において海岸から飛来する海塩粒子量を求めて合計することにより、当該地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、実測点と第1の観測点との距離に基づき第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、パラメータとして実測海塩粒子量と推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定する機能を有している。
【0027】
粒子量推定部14Bは、推定点と第2の観測点との距離に基づき第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、最適パラメータを用いた解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する機能を有している。
【0028】
[海塩粒子量推定装置の動作]
次に、図2を参照して、本実施の形態にかかる海塩粒子量推定装置10の動作について説明する。図2は、海塩粒子量推定処理を示すフローチャートである。
海塩粒子量推定装置10は、推定点における海塩粒子量を推定する際、図2の海塩粒子量推定処理を実行する。
【0029】
まず、データ入力部11は、海塩粒子量の推定処理に用いる各種処理データ、ここでは、第1および第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、実測点で実測した実測海塩粒子量と、実測点と第1の観測点の位置関係、および推定点と第2の観測点の位置関係を示す位置データとを入力し(ステップ100)、データ蓄積部12へ保存する(ステップ101)。
【0030】
続いて、関数当てはめ部14Aは、海岸からの距離や、複数の方位をもつ風ベクトルを含んだ、海塩粒子量を求めるための解析関数を用いて、入力した各種処理データから解析関数で用いる未知のパラメータの値を特定する(ステップ102)。
【0031】
この際、関数当てはめ部14Aは、解析関数において、実測点と第1の観測点との距離、および第1の観測点における最大風速観測時の風向と平均風速を用いる。特に、複数の第1の観測点で得られた気象データを考慮する場合は、実測点と第1の観測点との距離に関する加重平均を、風向および風速に適用する。また、海岸から任意の地点へ風向きについては、複数の方位を考慮する。この際、海岸からの距離、および海岸と実測点を結んだ方位に基づいて、例えば後述のようにして第1の観測点の風向から求めた当該地点における風の方向とがなす相対角度の余弦で、海岸と実測点との距離を補正する。
【0032】
また、関数当てはめ部14Aは、データ間のばらつきという外れ値に応じるために、統計的な手段であるロバスト推定法に基づいた非線形最小二乗法を用い、収束性を高めるために、ロバスト関数中の係数を段階的に変化させる。
【0033】
この後、粒子量推定部14Bは、関数当てはめ部14Aで特定された最適パラメータを用いた解析関数に基づいて、推定点における海塩粒子量を算出して(ステップ103)、1次元的もしくは2次元的に解析された結果を表示部13で表示し(ステップ104)、一連の海塩粒子量推定処理を終了する。
【0034】
この際、粒子量推定部14Bは、解析関数において、推定点と第2の観測点との距離、および第2の観測点における最大風速観測時の風向と平均風速を用いる。特に、複数の第2の観測点で得られた気象データを考慮する場合は、推定点と第2の観測点との距離に関する加重平均を風向および風速に適用する。また、海岸から任意の地点へ風向きについては、複数の方位を考慮する。この際、海岸からの距離、および海岸と任意の地点を結んだ方位に基づいて、例えば後述のようにして第2の観測点の風向から求めた当該地点における風の方向とがなす相対角度の余弦で、海岸と推定点との距離を補正する。
【0035】
[海塩粒子量推定処理の詳細]
次に、数式を用いて、本実施の形態にかかる海塩粒子量推定処理の詳細について説明する。
本実施の形態では、事前に、一定期間の間、海塩粒子(以下、粒子と呼ぶ)量を専用の計測器を用いて解析し、計測期間中の気象条件、海岸から計測器までの距離を考慮したモデリングを行っている。計測器の1つとして、ウェットキャンドルが使用される(例えば、非特許文献3など参照)。気象条件については、粒子量が海面や海岸での波しぶきからの塩分を伴った微粒子が風に乗って内陸部へ飛来することを条件としている。そのため、風と粒子量との関係を事前に実験により解析している。
【0036】
また、観測される気象データが空間的に密ではなく、一方で、海岸からの風を考慮する問題が生じる。図3は、海面や海岸で発生・飛来する粒子の様子を示す説明図である。灯台付近の磯には常時大小の波20が打ち寄せており、波の飛沫が舞い上がりながら、内陸部へ海風により運ばれていくものが粒子21と考えられている。粒子21には、塩分やマグネシウムが含まれており、湿り気を伴っている特徴がある。
【0037】
そこで、内陸部のある地点での風を決定するために、海岸線とある地点とを結んだ方向と、アメダスや観測所で観測された風の方向とを考慮する。特に、アメダスや観測所では、一定間隔ごとに計測された風の大きさと風向(併せて、風ベクトルと呼ぶ)については1日の最大瞬間風速とその方向が記録されたときのデータが一般に配信されているため、これを利用する。
【0038】
観測される方向については、東西南北を含んだ16方位がある。さらに、粒子量は波しぶきなどの発生源での量に比べると、内陸部へ飛来するに従って、時空間的に拡散現象や道路や樹木などに付着していくことから、対象とする金物などに補足される確率は急速に減少していくことを仮定する。
なお、計測器において、無数の飛来粒子量のうちの一部が補足されると仮定している。
【0039】
次に、上記のモデルに基づいて、粒子量を気象条件と海岸からの距離に基づいて推定するための解析関数について、具体的に説明する。ここでは、粒子量を推定する任意の地点を推定点と呼ぶ。また、気象データを観測する観測点については、アメダスと地域観測所を含めている。なお、アメダス、地域観測所以外で気象データが観測され、入手できれば用いるものとする。
【0040】
(A)任意の地点pcと観測点psとの距離ds(pc)
任意の地点pc(推定点または実測点)から観測点psまでの距離をds(pc)とすると、地点pcの緯度la(pc)・経度lo(pc)と観測点の緯度la(ps)・経度lo(ps)との距離はds(pc)は、次の式(1)で与えられる。
【数1】

【0041】
これら地点と観測点については、緯度、経度以外の座標系でもよい。なお、海岸までの距離dck(pc)は、単位をmとし、16方位での方位の海岸までの距離とする。ただし、一定の距離(例えば50,000m)を超える場合は、一定値(50,000m)とする。
【0042】
(B)最大風速観測時の風向w(pc)
任意の地点pcにおける気象に関する値を決定するために、その周辺にある観測所における気象データを用いる。複数の観測所があるが、最も単純には、最も近い観測所の気象データを用いることである。しかし、ある推定点との距離が同じ観測所が数ヶ所存在する場合がある。そのため、複数の観測所における気象データを同時に反映させるための客観的な評価基準が必要となる。これについては、ある推定点に近い距離にある観測所の気象データを重視し、遠い距離のものほど関わり合いが少ないと仮定した。これについては、距離の逆数を重み付けとすることで容易に表現できる。そこで、距離に関する加重平均の考え方を取り入れ、Nヶ所の観測所からの気象データの寄与度を緯度方向と経度方向について定義する。
【0043】
任意の地点pcでの日付tにおける風向w(pc,t)は、地点pcに近い、例えば3ヶ所の観測点psでの日付tにおける風向w(ps,t)(最大風速観測時の風向)の加重平均として、次の式(2)〜式(4)で与えられる。
【数2】

【数3】

【数4】

【0044】
ただし、地点pcに最も近い観測点が、地点pcから緯度0.5′×経度0.5′以内にある場合は、当該観測点の風向w(ps,t)を使用する。また、観測点が地点pcと同一地点に存在する場合も、当該観測点の風向w(ps,t)を使用する。
【0045】
(C)平均風速v(pc,t)
次に、任意の地点pcにおける風の大きさについて述べる。これについては、Nヶ所の観測点における風の大きさを考慮した平均風速を求める。(B)で述べた最大風速観測時の風向と同様に、距離に関する加重平均を計算する。すなわち、任意の地点pcでの日付tにおける平均風速v(pc,t)は、地点pcに近い、例えば3ヶ所の観測点psでの日付tにおける平均風速v(ps,t)の加重平均として、次の式(5)で与えられる。
【数5】

【0046】
ただし、地点pcに最も近い観測点が、地点pcから緯度0.5′×経度0.5′以内ある場合は、当該観測点の平均風速v(pc,t)を使用する。また、観測点が地点pcと同一地点に存在する場合も、当該観測点の平均風速v(pc,t)を使用する。
【0047】
(D)粒子量推定値s(p,t)
粒子量を推定するために、式(1)〜(4)を用いる。本発明では、粒子量が海岸からの距離に依存して指数関数的に変化するモデルを想定した。ここで、任意の地点pcと海岸線とがなす方向をkとしたとき、地点pcと海岸線との距離をdkと定義する。従って、粒子量を求めるための最も単純な近似表現として、距離dkを変数とした指数関数に対して、地点pcと海岸線とを結ぶ方向と、地点pcにおける風向とがなす相対角度による内積を重み係数とみなしたものが考えられる。
【0048】
しかし、実環境での観測データや、地点pcと海岸線との間の地形の違いによる誤差がつきまとうため、誤差を考慮した粒子量の推定式が必要不可欠である。また、気象条件が場所ごとに大きく異なっていることから、一意に、粒子量と気象条件および海岸からの距離に基づいた関係を求めることは難しい。一方で、全国各地(推定点)においても精度のばらつきが少ない粒子量の推定が必要である。
【0049】
そこで、本発明では、気象条件である風や海岸からの距離などといった変数に関して、粒子量を決定するそれぞれの寄与率が異なるという統計的な観点から、各変数に重みづけを行う。重みづけについては、事前に、異なる地点間の観測データに当てはめるような重み係数を求めることである。この重み係数を設定することで、観測誤差などの誤差の影響を緩和することができる。ここで、重み係数をf,g,hとする。fは相対角度に関する重み係数であり、g、hは風の大きさに関する重み係数である。また、eは相対角度に関するバイアスとする。以上より、ある1つの地点pcにおける粒子量は、16方位の影響を考慮した場合、次の式(6)に示す解析関数で表すことができる。
【数6】

【0050】
続けて、式(6)における4つのパラメータ、e,f,g,hを推定する方法について述べる。その一つの求め方は、実際の粒子量を解析したときの気象条件と海岸からの距離に基づくことである。実際の粒子量については、実際に解析を行った地点が1点からP点まで合った場合、試行錯誤的に、4つのパラメータを手作業で変更しながら、P点分での、実際の粒子量と式(6)により推定された粒子量の誤差が小さくなるように求めていく方法が取られてきた。しかし、この方法では、パラメータの組み合わせに限界があるため、非常に狭い範囲での当てはめしか評価できない問題があった。
【0051】
そこで、本発明では最小二乗法の考え方に基づいた客観的な方法を適用する。ここで、実際に観測された地点p,時期tにおける粒子量をr(p,t)とし、式(5)により推定された粒子量s(p,t)との誤差をεとすると、観測地点数Pの場合、次の式(7)のように定義できる。
【数7】

【0052】
次に、式(7)を最小化するための必要条件として、次の式(8)に示すように、4つのパラメータに関する偏微分がゼロという条件を課すことができる。
【数8】

【0053】
従って、最小二乗法の基本的な数値解法である、擬似逆行列に基づいて4つのパラメータを容易に得ることができる。しかし、最小二乗法におけるパラメータ推定問題に関して、観測誤差が大きい場合には、式(8)の条件だけでは精度が低下することが知られている。そこで、本発明では、式(6)について、ロバスト統計学で用いられている、次の式(9)のようなロバスト関数ρを用いた非線形最小二乗法を適用する。
【数9】

【0054】
ただし、ロバスト関数は、ローレンツ関数の場合、次の式(10)で与えられる。
【数10】

また、式(8)を最小化するための必要条件は、次の式(11)で与えられる。
【数11】

【0055】
式(8)を最小化するような4つのパラメータを求めるためには、最も利便性の高い最急降下法による反復計算を適用すればよい。ただし、初期値として、4つのパラメータについてすべてゼロとする。これら4つのパラメータのすべてについて、反復計算前後のパラメータ値の差、すなわち反復誤差が一定値(例えば、0.001)未満になったときを収束条件として与える。また、収束性を高めるために、ロバスト関数において、反復回数ごとに、ロバスト関数内で用いられる変数σ(分布の裾野の広がり程度を規定するパラメータ)を大きい値(120など)から、小さい値(10など)へ段階的に小さくしていく。
【0056】
粒子量の単位としては、mg/100cm2/dayやmg/100cm2/monthなどが用いられる。
上述したような方法により、4つのパラメータを客観的にかつ、効率的に推定することができる。
【0057】
(E)海塩粒子量月平均推定値Sav(pc,m)
式(9)より、4つのパラメータe’,f’,g’,h’が求めれた後、式(12)に代入することで、粒子量Sav(pc,t)を推定することができる。
【数12】

【0058】
ただし、これはある1日の粒子量であるため、必要に応じて、月当の平均値を求める必要がある。これについては、月m(月の日数days)における、地点pcでの海塩粒子量推定値の平均値Sav(pc,m)として、次の式(13)で求めることができる。
【数13】

【0059】
図4は、ある推定点における粒子量に関する精度の違いに対する評価値を示す説明図である。実際に粒子量が観測された地点3ヶ所において、粒子量を求める実験を行った。これについては、従来のように式(6)において、4つのパラメータを試行錯誤的に与えた場合と本発明である式(12)により推定した場合について行った。その結果、実測された粒子量と推定された粒子量について、平均誤差は従来法30に比べて本発明による方法31の方が大幅に低くなった。なお、ここで平均誤差とは、各観測地点において、一定期間のデータから求められた平均値に基づいている。
【0060】
[本実施の形態の効果]
このように、本実施の形態は、関数当てはめ部14Aで、任意の地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、実測点と第1の観測点との距離に基づき第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、パラメータとして実測海塩粒子量と推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定し、粒子量推定部14Bで、推定点と第2の観測点との距離に基づき第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、最適パラメータを用いた解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出するようにしたものである。
【0061】
これにより、推定点での海塩粒子量を推定する際、推定点における風向や平均風速など、海塩粒子量に大きな影響を与える気象データが推定値計算に反映されているため、気象条件によって発生する推定誤差を低減することができ、推定点における海塩粒子量を高い精度で推定することが可能となる。したがって、海塩粒子量を用いた構造物の腐食速度を、海塩粒子量や腐食速度の実測データが存在しない地点であっても、正確に推定することができ、構造物の寿命や最適な腐食対策などを、簡便かつ正確に判断することが可能となる。特に、電力や電気通信の分野において、送電線や通信線を支える構造物など、広範囲で僻地に建設された構造物の腐食対策において、極めて高い効果が得られる。
【0062】
また、本実施の形態では、解析関数において、複数方位のうち任意の地点から任意の方位における海岸までの距離を算出する際、当該地点と当該海岸とを結ぶ方位と、当該実測点における風向とがなす相対角度の余弦で、当該地点から任意の方位における海岸までの距離を補正するようにしたので、風向を考慮した海岸までの距離を用いて、より正確に各方位ごとの海塩粒子量を推定することができる。
【0063】
また、本実施の形態では、関数当てはめ部14Aで、解析関数に関する最適パラメータを特定する際、ロバスト関数を用いた非線形最小二乗法に基づいて、反復誤差がしきい値未満となるまで、各パラメータの値を変化させて海塩粒子量を反復計算するとともに、当該反復計算の回数に応じて、当該ロバスト関数内の係数を段階的に変化させるようにしたので、海塩粒子量を推定する際、入力されるデータ間のばらつきという外れ値に対応することができるとともに、収束性を高めることができる。これにより、解析関数で用いるパラメータを、客観的かつ効率的に特定することができるとともに、特定精度を向上させることができる。
【0064】
[実施の形態の拡張]
以上、実施形態を参照して本発明を説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。本発明の構成や詳細には、本発明のスコープ内で当業者が理解しうる様々な変更をすることができる。
【符号の説明】
【0065】
10…海塩粒子量推定装置、11…データ入力部、12…データ蓄積部、13…表示部、14…演算処理部、14A…関数当てはめ部、14B…粒子量推定部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の地点に位置する実測点で実測した実測海塩粒子量と、前記実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点における風向および風速からなる気象データと、海塩粒子量の推定を行う推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、前記実測点と前記第1の観測点の位置関係を示す位置データと、前記推定点と前記第2の観測点の位置関係を示す位置データとを記憶するデータ蓄積部と、
任意の地点における風向および風速と、当該地点から複数方位における海岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、各方位において海岸から飛来する海塩粒子量を求めて合計することにより、当該地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、前記実測点と前記第1の観測点との距離に基づき前記第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、前記パラメータとして前記実測海塩粒子量と前記推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定する関数当てはめ部と、
前記推定点と前記第2の観測点との距離に基づき前記第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、前記最適パラメータを用いた前記解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する粒子量推定部と
を備えることを特徴とする海塩粒子量推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の海塩粒子量推定装置において、
前記解析関数は、前記複数方位のうち前記地点から任意の方位における海岸までの距離を算出する際、当該実測点と当該海岸とを結ぶ方位と、当該地点における風向とがなす相対角度の余弦で、当該地点から任意の方位における海岸までの距離を補正することを特徴とする海塩粒子量推定装置。
【請求項3】
請求項1に記載の海塩粒子量推定装置において、
任意の地点pcの任意の時点tにおける風向をw(pc,t)とし、当該地点pcにおける風速をv(pc,t)とし、K個の方位のうち方向kにおける当該地点pcから海岸までの距離をdk(pc)とし、前記パラメータをe,f,g,hとした場合、当該地点における海塩粒子量s(pc,t)を算出する前記解析関数として、次の式
【数1】

を用いることを特徴とする海塩粒子量推定装置。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1つに記載の海塩粒子量推定装置において、
前記関数当てはめ部は、前記解析関数に関する前記最適パラメータを特定する際、ロバスト関数を用いた非線形最小二乗法に基づいて、反復誤差がしきい値未満となるまで、前記各パラメータの値を変化させて前記海塩粒子量を反復計算するとともに、当該反復計算の回数に応じて、当該ロバスト関数内の係数を段階的に変化させることを特徴とする海塩粒子量推定装置。
【請求項5】
任意の地点に位置する実測点で実測した実測海塩粒子量と、前記実測点の周辺に位置する複数の第1の観測点における風向および風速からなる気象データと、海塩粒子量の推定を行う推定点の周辺に位置する複数の第2の観測点における風向および風速からなる気象データと、前記実測点と前記第1の観測点の位置関係を示す位置データと、前記推定点と前記第2の観測点の位置関係を示す位置データとを記憶するデータ蓄積ステップと、
任意の地点における風向および風速と、当該地点から複数方位における海岸までの距離とから、予め定められたパラメータを用いて、前記各方位の海岸から飛来する海塩粒子量の合計から当該地点における推定海塩粒子量を算出する解析関数に対して、前記実測点と前記第1の観測点との距離に基づき前記第1の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該実測点における風向および風速と、当該実測点から複数方位における海岸までの距離と、当該実測点で計測した実測海塩粒子量とを適用することにより、前記パラメータとして前記実測海塩粒子量と前記推定海塩粒子量との誤差が最も少ない最適パラメータを特定する関数当てはめステップと、
前記推定点と前記第2の観測点との距離に基づき前記第2の観測点における風向および風速を加重平均して求めた当該推定点における風向および風速と、当該推定点から複数方位における海岸までの距離とから、前記最適パラメータを用いた前記解析関数に基づいて当該推定点における海塩粒子量を算出する粒子量推定ステップと
を備えることを特徴とする海塩粒子量推定方法。
【請求項6】
請求項5に記載の海塩粒子量推定方法において、
前記解析関数は、前記複数方位のうち前記地点から任意の方位における海岸までの距離を算出する際、当該実測点と当該海岸とを結ぶ方位と、当該地点における風向とがなす相対角度の余弦で、当該地点から任意の方位における海岸までの距離を補正するステップを含むことを特徴とする海塩粒子量推定方法。
【請求項7】
請求項5に記載の海塩粒子量推定方法において、
任意の地点pcの任意の時点tにおける風向をw(pc,t)とし、当該地点pcにおける風速をv(pc,t)とし、K個の方位のうち方向kにおける当該地点pcから海岸までの距離をdk(pc)とし、前記パラメータをe,f,g,hとした場合、当該地点における海塩粒子量s(pc,t)を算出する前記解析関数として、次の式
【数2】

を用いることを特徴とする海塩粒子量推定方法。
【請求項8】
請求項5〜請求項7のいずれか1つに記載の海塩粒子量推定方法において、
前記関数当てはめステップは、前記解析関数に関する前記最適パラメータを特定する際、ロバスト関数を用いた非線形最小二乗法に基づいて、反復誤差がしきい値未満となるまで、前記各パラメータの値を変化させて前記海塩粒子量を反復計算するとともに、当該反復計算の回数に応じて、当該ロバスト関数内の係数を段階的に変化させるステップを含むことを特徴とする海塩粒子量推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−251847(P2012−251847A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124087(P2011−124087)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】