説明

海藻類の未成熟体を成熟させる方法及びその方法により得られた海藻類

【課題】海藻類の未成熟体の成熟を誘導するため、光周期、水温、培地等の培養条件を設定することにより、迅速かつ安定した海藻類の未成熟体を成熟させる方法及びその方法により得られた海藻類を提供する。
【解決手段】 海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することを特徴とする、海藻類の未成熟体を成熟させる方法。前記褐藻類は、形態的に幼体と成体との区別があるコンブ目である。前記未成熟体の一部は、未成熟体を円形状、多角形状又は櫛状にくり抜いた組織片である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海藻類の未成熟体を成熟させる方法及びその方法により得られた海藻類に関するものであり、例えば、育種、増養殖用種苗生産、研究、教育等の分野において利用されるものである。
【0002】
本発明において「未成熟体」とは、天然海域において成熟しない発芽から成体となる前の葉体をいうものとする。
【0003】
本発明において「コンブ目」とは、コンブ科とチガイソ科とツルモ科とニセツルモ科とよりなるコンブ目植物をいうものとする。この「コンブ目植物」なる語は、「新日本海藻誌」(吉田忠生著、出版元:内田老鶴圃)に記載されている。なお、コンブ科にはアラメ、カジメ、サガラメ等が含まれ、チガイソ科にはワカメ、チガイソ等が含まれる。
【背景技術】
【0004】
海藻類においても特にアラメ、カジメ、ワカメ、コンブに代表される褐藻類のコンブ目は、食品としての利用に加えて、沿岸域に海中林を形成し、魚介類等の産卵・生育場や幼稚魚等の育成場となり、漁業及び環境面からも重要である。また海藻類は、食品、医薬品ないし化粧品への添加物となるアルギン酸の原藻であると共に、近年では生理活性物質であるフコイダンの原藻となるなど多様な産業に使用されている。
【0005】
コンブ目の成熟誘導方法は、成体の一部を切り出し、適当な栄養塩補強海水中で培養することにより成熟させる方法である。
【0006】
特開2004-135562号公報は、コンブ目の幼体を切断し、海洋深層水を掛け流した水槽中で培養することにより成熟を誘導する培養方法(以下「従来の培養方法」という。)を開示している。
【特許文献1】特開2004-135562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかるに、ほとんどのコンブ属植物は、幼体・成体共に単葉の形態を有し、幼体と成体との明確な区別がなく、天然海域では10数cm程度の幼体でも成熟することがある。また、種苗生産には、天然海域で成熟した胞子体を採取して母藻としており、成体の生育状況・成熟状況や採取時の天候等により採苗は不安定である。
【0008】
コンブ目未成熟体の成熟を誘導する上記従来の培養方法は、培養海水が海洋深層水の掛け流しに限定されているため、専ら海洋深層水を豊富に使用することができる場所においてのみ適用することができるに過ぎない。
【0009】
また、止水で培養する場合、胞子体片の緑変・腐敗を防ぐため、切断後に清浄な状態を保つ必要があり、その際に水温、光周期条件等の培養条件も成熟に影響を及ぼす。
【0010】
以上の如き状況に鑑み、本発明は、海藻類の未成熟体の成熟を誘導するため、光周期、水温、培地等の培養条件を設定することにより、迅速かつ安定した海藻類の未成熟体を成熟させる方法及びその方法により得られた海藻類を提供しようとしてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明は、下記の如き海藻類の未成熟体を成熟させる方法及びその方法により得られた海藻類を提供するものである。
【0012】
(1)海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することを特徴とする、海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【0013】
(2)前記海藻類は褐藻類である(請求項2)。
【0014】
(3)前記褐藻類は、形態的に幼体と成体との区別があるコンブ目である(請求項3)。
【0015】
(4)前記未成熟体の一部は、未成熟体を円形状、多角形状又は櫛状にくり抜いた組織片である(請求項4)。
【0016】
(5)前記未成熟体の一部に付着している夾雑物と該未成熟体の切断面から出る粘液とを除去した後、当該一部を清浄な海水で洗浄する(請求項5)。
【0017】
(6)前記培養水をろ過又は滅菌することにより該培養水を清浄な状態に保持する(請求項6)。
【0018】
(7)12時間以上の連続した暗期を含む光周期である短日条件を培養のための光条件とする(請求項7)。
【0019】
(8)前記培養水の温度は0〜30℃の範囲である(請求項8)。
【0020】
(9)前記培養水は、海洋深層水、表層海水、該海洋深層水若しくは表層海水を基とした栄養塩補強海水又は人工海水である(請求項9)。
なお、海洋深層水は水深200m以深の海水をいい、表層海水は水深200m以浅の海水をいうものとする。
【0021】
(10)前記海藻類は、海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することにより該未成熟体を成熟させてなるものである(請求項10)。換言すれば、海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することにより該未成熟体を成熟させてなる海藻類について、さらに、その未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することにより該未成熟体を成熟させるようにしたものである。いわば、海藻類の子世代、孫世代について本発明を適用するのである。
【0022】
(11)前記いずれかの海藻類の未成熟体を成熟させる方法により得られた海藻類(請求項11)。すなわち、該方法により得られた生活史各世代の海藻類又はその各々の細胞又は組織を有する海藻類。
【発明の効果】
【0023】
本発明の方法によれば、海藻類の未成熟体を成熟させることができるため、世代交代を人為的に早めることが可能であり、本発明の方法は育種技術の開発に応用することができる。また、本発明によれば、海藻増殖・養殖等の種苗生産において、室内培養で得た未成熟体や天然採集した未成熟体からも採苗ができるため、安定した種苗生産が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することにより海藻類の未成熟体を成熟させる方法の一例をコンブ目について説明する。
【0025】
コンブ目の幼体の一部をくり抜くことにより、胞子体片を作製し、その切断面から出る粘液と表面の夾雑物とをペーパータオル等で除去した後、該胞子体片を滅菌海水で数回洗浄する。
【0026】
該胞子体片を滅菌海水中又は滅菌海水を基とした栄養塩補強海水中で培養することにより成熟を誘導する。その間、随時、該胞子体片の変色又は海水の白濁がないことを確認する。因みに、滅菌海水とは加熱、濾過等により滅菌してなる海水であり、栄養塩補強海水とは窒素、リン、金属類等の栄養成分を加えてなる海水である。
【0027】
培養中、胞子体片の変色又は海水・栄養塩補強海水の白濁があったときは、直ちに培養容器と海水を交換すると共に、胞子体片の表面ないし断面の夾雑物ないし汚損物の除去を行う。培養する際の光条件は明期が短い条件が好ましく、水温は生長可能な温度帯で培養する。この培養の結果、胞子体片の表面が隆起し、濃い褐色を呈した遊走子嚢斑(子嚢斑)が形成される。遊走子嚢斑から遊走子を得て、これを培養することにより配偶体を得ることができる。また、この配偶体を成熟させることにより胞子体を得て、さらにこの胞子体(未成熟体)を本発明の成熟誘導方法により成熟させることにより生活環を複数回完結させることが可能となる。
【実施例】
【0028】
成体と幼体との区別が容易なカジメについて、未成熟体を下記の如く成熟させた。
【0029】
天然海域で2004年11月2日に採取したカジメから遊走子を放出させ、保存しておいた配偶体を材料として用いた。この配偶体を2005年12月12日から成熟させ、15日後の12月27日に胞子体を確認した。
【0030】
この胞子体を2リットル容のガラスフラスコ、80μE m-2 s-1、明暗周期12時間:12時間、18℃、Provasoliの栄養塩補強海水中で培養し、葉長約1cmの胞子体を得た。この胞子体を室内に設置した30リットル及び100リットル容の円形水槽、天然光下、水深397mから取水した水温18℃の駿河湾深層水中で培養した。2006年6月2日に葉長10〜15cmの胞子体を得た。
【0031】
これらの胞子体11個体から各1枚、基部から5cmの部分をくり抜き、ろ過滅菌海水中でエアレーションした。胞子体片から分泌された粘液をペーパータオルで拭き取り、さらにろ過滅菌海水中でエアレーション後、再び粘液を拭き取った。
【0032】
この作業を粘液が出なくなるまで行った後、50μE m-2 s-1、明暗周期8時間:16時間、20℃、ろ過滅菌海水中もしくは1/4〜1/10倍に希釈したProvasoliの栄養塩補強海水で培養した。2006年7月5日に11枚中5枚が成熟し、7月13日には遊走子を採取した。これを7月13日から8月24日まで、鉄無添加Provasoliの栄養塩補強海水50mlを満たした円形のプラスチックシャーレで、光量60μE m-2 s-1、明暗周期12時間:12時間、水温20℃で培養し、配偶体とした。
【0033】
その後、培養海水を1/4濃度のProvasoliの栄養塩補強海水に交換し、配偶体の成熟を誘導して胞子体を9月1日に確認した。その後、9月15日から10月26日にProvasoliの栄養塩補強海水300mlを満たしたガラスフラスコに移し、週に一度の頻度で水換えをしながら培養を続け、葉長約1cmの胞子体を得た。
【0034】
これらの胞子体を2006年10月26日から2007年1月29日まで、室内に設置した30リットル及び100リットル容の円形水槽、天然光下、水温16〜18℃、水深397もしくは687mから取水した駿河湾深層水中で培養し、葉長10〜15cmの胞子体を得た。これを上記と同様の成熟誘導方法で成熟させた。なお、この際に培養条件を変更し、水温15℃、培養海水にはろ過滅菌海水を用いた。これにより3月16日に成熟が確認され、3月23日に遊走子を採取した。その後、配偶体に分化した状態で培養を継続している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することを特徴とする、海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項2】
前記海藻類は褐藻類であることを特徴とする請求項1に記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項3】
前記褐藻類は、形態的に幼体と成体との区別があるコンブ目であることを特徴とする請求項2に記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項4】
前記未成熟体の一部は、未成熟体を円形状、多角形状又は櫛状にくり抜いた組織片であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項5】
前記未成熟体の一部に付着している夾雑物と該未成熟体の切断面から出る粘液とを除去した後、当該一部を清浄な海水で洗浄することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項6】
前記培養水をろ過又は滅菌することにより該培養水を清浄な状態に保持することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項7】
12時間以上の連続した暗期を含む光周期である短日条件を培養のための光条件としたことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項8】
前記培養水の温度は0〜30℃の範囲であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項9】
前記培養水は、海洋深層水、表層海水、該海洋深層水若しくは表層海水を基とした栄養塩補強海水又は人工海水であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項10】
前記海藻類は、海藻類の未成熟体の一部を培養水中で清浄な状態に保持することにより該未成熟体を成熟させてなるものであることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の海藻類の未成熟体を成熟させる方法により得られた海藻類。

【公開番号】特開2009−232806(P2009−232806A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85722(P2008−85722)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】