説明

消化管に対する医療用オゾンナノバブル水

【課題】安定化したオゾンナノバブルを含有しているオゾンナノバブル水の強力な殺菌効果を利用して歯周治療等、医療分野に応用している例は従来からあるが、オゾンナノバブル水を、夫々の用途に対して最適化したオゾンナノバブル水の条件、特に、その塩分濃度の最適条件は提案されていない。特に、消化管感染性疾患の治療や、低侵襲の外科手術前処置としての消化管殺菌等の、消化管に対しての医療用に使用されている例は未だ報告されておらず、従って、これらの用途に最適化されたオゾンナノバブル水も未だ提案されていない。
【解決手段】そこで、本発明では、塩分濃度が、0.9%又はその近傍の値の水中に、安定化したオゾンナノバブルが含有しているオゾンナノバブル水を消化管に対する医療用オゾンナノバブル水として提案する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定化したオゾンのナノバブルを含有する水、いわゆるオゾンナノバブル水に関し、特に、消化管感染性疾患の治療や、低侵襲の外科手術前処置としての消化管殺菌のために最適化されたオゾンナノバブル水に関する。
【背景技術】
【0002】
消化管感染性疾患の抗菌療法において、大量の抗菌剤を長期間に渡って使用することは、多剤耐性菌を発生させる可能性があるばかりか、そのことで耐性菌による菌交代により病状を悪化させる可能性があった。また、多剤あるいは長期間の抗菌療法は、医療費の面で患者に経済的負担を強いる結果ともなっていた。
【0003】
また、消化器の外科手術においては、近年、低侵襲を目標として、腹壁に全く傷をつけず、経消化管的に臓器を切除する手術法である、経管腔的内視鏡手術(Natural Orifice Translumenal Endoscopic Surgery:NOTES)法が開発されているが、このNOTES法によって、術前の短時間に消化管滅菌を完遂する必要性が生じた。
【0004】
歴史的には、外科手術前処置として、抗生剤による消化管殺菌を行っていた時代も存在したが、上記消化管感染症の抗菌療法と同様に、耐性菌の増殖や菌交代現象を惹起することにより施行されなくなっている。また、抗菌剤では術前の短時間での殺菌を期待することは困難であり、NOTES法に対しての、新たな効率的術前洗浄法の確立が迫られている状況である。
【0005】
ところで、近年、水中にナノレベルの大きさの気泡、即ち、所望の気体のナノバブルを含有させた水が注目されており、医療、農業、水産・養殖等の各分野への応用が図られている。
【0006】
例えば、非特許文献1には、マイクロバブルとナノバブルの基礎と工学的な応用について記載されている。また非特許文献2〜4には、オゾンナノバブルの殺菌能や、オゾンナノバブルの細胞賦活化能、組織保存能等を利用した医療分野への応用について記載されている。また、非特許文献5には、農業への応用、非特許文献6にはマイクロあるいはナノバブルの水産・養殖分野への応用について記載されている。また上記非特許文献1には、ナノバブルの解析方法として、動的光散乱光度計による測定方法や、ナノバブルに起因するフリーラジカルを計測する電子スピン共鳴法(ESR)による計測方法が記載されている。
【0007】
更に、マイクロバブルの生成と、ナノバブルとしての安定化のメカニズム、そして概念的な安定化の方法は、上記非特許文献1に記載されており、またオゾンナノバブル水の製造方法の具体例が特許文献1に記載されている。
【0008】
即ち、特許文献1に記載されたオゾンナノバブルの製造方法は、ミネラル類の電解質イオンが混入した水に、直径が10〜50μmの微小気泡としてオゾンを供給し、そして水中放電に伴う衝撃波や、水の流動時に生じる圧縮、膨張及び渦流等の物理的刺激を加えることにより、微小気泡を縮小させ、この際、水素イオンや水酸化物イオン及び電解質イオンが気液界面に濃縮されて縮小された微小気泡の周囲を取り囲む殻として作用させることにより、縮小した微小気泡、即ち、オゾンナノバブルを水中に安定化して存在するようにするものである。本発明においては、オゾンのナノバブルを含む水を「オゾンナノバブル水」と称する。
【0009】
ナノバブルを含む水は、非特許文献2の項目3に記載されているように、生体に対して、組織の保存能力の他、修復、再生などの様々な力価や殺菌効果を有しており、非特許文献3では、オゾンナノバブル含む水の強力な殺菌効果(塩素系の殺菌剤と比較して10〜30倍の殺菌効果)を利用した歯周治療への応用において、含嗽による歯周ポケットの改善、BOPの減少が報告されている。またオゾン又はオゾンナノバブル水による殺菌では耐性菌を発生させないということが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4059506号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】高橋、「マイクロバブルとナノバブルの基礎と工学的応用」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.2-19
【非特許文献2】眞野、「ナノバブルの医療分野への応用」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.30-35
【非特許文献3】荒川、外2名、「ナノバブル水の歯周治療への応用」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.36-43
【非特許文献4】北條、「オゾンナノバブルの抗炎症・抗細胞増殖作用−血管内皮および平滑筋細胞における効果−」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.44-48
【非特許文献5】玉置、「マイクロバブルの農業分野への利用の可能性−オゾンマイクロバブルを利用した水耕培養液の殺菌−」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.20-23
【非特許文献6】山本、「マイクロバブルの水産・養殖分野への応用」、月刊マテリアルインテグレーション、株式会社ティー・アイ・シー、2009年4月25日、第22巻、第5号、p.24-29
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述した文献に示されるように、オゾンナノバブル水の強力な殺菌効果を利用して歯周治療等、医療分野に応用している例は従来からあるが、オゾンナノバブル水を、夫々の用途に対して最適化したオゾンナノバブル水の条件、特に、その塩分濃度の最適条件は提案されていない。
【0013】
例えば、従来は、例えば非特許文献3の第40頁左欄4行〜8行に「4名の中等度の歯周炎患者を被験者として、オゾンナノバブル水原液1回,20ml,20秒間の含嗽を毎日2回、2週間続けていただきました.その結果,3mm以上の歯周ポケットの61.8%(225部位中139部位)が1mm以上改善しました。」と記載されているように、工業用や水産加工用として入手可能なオゾンナノバブル水をそのまま使用しており、塩分濃度を最適化する点は開示されていない。尚、このように入手可能なオゾンナノバブル水の塩分濃度は約2%であった。
【0014】
またオゾンナノバブル水、上述したような消化管感染性疾患の治療や、低侵襲の外科手術前処置としての消化管殺菌等の、消化管に対しての医療用に使用されている例は未だ報告されておらず、従って、これらの用途に最適化されたオゾンナノバブル水も未だ提案されていない。
【0015】
そこで本発明では、消化管に対しての医療用に最適化されたオゾンナノバブル水を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明では、上記課題を解決するために、塩分濃度が、0.9%又はその近傍の値の水中に、安定化したオゾンナノバブルが含有している消化管に対する医療用オゾンナノバブル水を提案する。
【0017】
そして本発明では、上述したオゾンナノバブル水は、消化管の殺菌、消化管の粘膜上皮一層の除去又は上皮内リンパ球の誘導に供することを提案する。
【発明の効果】
【0018】
本発明者は、消化管に対する医療の上述したような現状に鑑み、数多くの特徴を有するオゾンナノバブル水に着目して、鋭意研究、実験の結果、消化管に対する医療に最適なオゾンナノバブル水を想到するに至った。
【0019】
即ち、まず、オゾンナノバブル水の殺菌効果を、その塩分濃度を変えて試験した。その結果、殺菌効果は、好気性、嫌気性の菌種に因らず塩分濃度依存性があり、塩分濃度が0.9%にピークがあることが判明した。そして従来、工業分野や水産加工分野において殺菌用として使用されている塩分濃度が約2%オゾンナノバブル水では殺菌効果が著しく小さいことが判明した。
【0020】
このことから、塩分濃度が0.9%、又はその近傍の塩分濃度のオゾンナノバブル水を消化管、例えば胃、小腸、大腸等に洗浄水等として用いることにより、ヘリコバクター・ピロリ菌を始めとする好気性菌、嫌気性菌の除菌が、耐性菌の問題を生ぜずに可能となる。
【0021】
次に、オゾンナノバブル水による消化管粘膜に対する作用を、その塩分濃度を変えて調べた。その結果、オゾンナノバブル水では、粘膜損傷とも捉えることができる粘膜上皮の除去効果が、上述した殺菌効果と同様に塩分濃度依存性があり、塩分濃度が0.9%において最も高いことが判明した。そしてこの際の粘膜の状態を詳細に観察すると、通常のオゾン水では、腐食作用が粘膜全層に渡って、潰瘍が形成されてしまうのに対して、オゾンナノバブル水では、粘膜上皮の一層のみが除去されるという、特異的粘膜除去効果を有するとの知見を得た。
【0022】
このことから、塩分濃度が0.9%、又はその近傍の塩分濃度のオゾンナノバブル水を、消化管粘膜のウイルス性炎症、例えばウイルス性胃腸炎に使用した場合には、この炎症が、粘膜上皮のみに感染し、破壊してその臨床症状を発現する病態であることから、感染した粘膜上皮をオゾンナノバブル水によって、早期に除去を行って、健常な粘膜再生に寄与することができる。
【0023】
一方、上述した塩分濃度が0.9%、又はその近傍の塩分濃度のオゾンナノバブル水による消化管粘膜に対する作用を調べた結果、粘膜上皮には、除去対象の一層以外に、抗腫瘍効果で有名な上皮内リンパ球の誘導現象が確認された。
【0024】
上皮内リンパ球の誘導現象は、粘膜の局所免疫の増強を意味しており、従ってオゾンナノバブル水を消化管粘膜に使用することにより、細菌に対する遅発性の殺菌効果を供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は本発明の、塩分濃度0.9%オゾンナノバブル水にて洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真である。
【図2】図2は本発明の、塩分濃度0.9%オゾンナノバブル水にて洗浄した結腸の粘膜の拡大した顕微鏡写真である。
【図3】図3は塩分濃度0.1%オゾンナノバブル水にて洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真である。
【図4】図4は生理的食塩水にて洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。
本発明のオゾンナノバブル水は、例えば、上述した特許文献1に示されるような製造方法を用い、0.9%又はそれよりも高い塩分濃度の原料水に、オゾンガスをサイズ50μm以下のマイクロバブルとして供給し、混合状態において物理的刺激が加えられて生成される。
【0027】
即ち、サイズ50μm以下のマイクロバブルとして供給されたオゾンは、物理的刺激により圧壊されて縮小し、この際、水中の水素イオンや水酸化物イオン及び電解質イオンが気液界面に濃縮されて、縮小された微小気泡の周囲を取り囲む殻として作用することにより、縮小した微小気泡として水中に安定化して存在するようになり、こうして、安定化したオゾンナノバブルが含有しているオゾンナノバブル水が生成される。
【0028】
オゾンナノバブル水の塩分濃度は、上述した圧壊の工程の前又は後に0.9%又はその近傍の値に調整される。例えば、原料水としては、塩分濃度が2%程度の海辺の井戸水や、塩分濃度が3%程度の清浄な海域の海水が用いられ、この場合、これらの原料水を圧壊後に逆浸透膜を透過させて脱塩した水を希釈水として使用して、塩分濃度を所定の値に調整することができる。
【実施例1】
【0029】
<本発明に係るオゾンナノバブル水の各種効果を確認するための試験>
本発明に係るオゾンナノバブル水の上述した各種効果を確認するために、下記に示すような、ブタによる結腸洗浄試験を行った。
1.試験モデル作成
・ブタの経肛門による結腸洗浄度を評価するモデルを作成した。
・ブタの種類は家畜ブタに統一し、40Kg、BMI:20にほぼ統一した。
・モデル作成の対象となったブタは、モデル作成に先立ち一切の腸準備(下剤投与・絶食)を行わなかった。
・試験に先立ちブタに対して使用した肥料内容は統一してPig feed(BREED 72:Corn61%, Oil cake22%, Rice bran9%, Fish
meal1%, Calcium carbonate 0.8%, Calcium phosphate 0.55%: Japan Agriculture East Papan Kumiai Shiryo
co.)を摂取させた。
・モデル作成は、GOF(フォーレン:登録商標)による全身麻酔にて行った。
2.洗浄方法
結腸洗浄は、洗浄用通常内視鏡と、消化管高速洗浄用の腹腔鏡下加圧洗浄システム(バード社の「ハイドロフレックス:登録商標」)を使用し、その口側に結腸腹腔鏡下洗浄ノズルを装着した上で、腸管1.5cm部分を幅4mmの結紮帯にて2箇所結紮して固定し、漏れが無いようにして高速洗浄を行う。
3.検体作成方法
洗浄対象となった大腸から短軸方向に同じ部分をφ5mm切除して細菌検体、ホルマリン組織検体及び凍結切片検体を作成する。
4.検体試験方法
・細菌検体は、超音波ホモジナイザーにより、加熱させないように粘膜を嫌気性条件下にホモジナイズし、次いで好気性培養のセルポーターと嫌気性培養のセルポーターに振り分けて、夫々において細胞培養した後、細菌の種類及び数を算出した。
・ホルマリン組織検体は4μmに薄切してヘマトキシリンエオジン染色を施し、組織学的に判定した。
・凍結用切片は、CD56およびCD14を免疫染色することによって樹状細胞と細胞障害性Tリンパ球の同定を行った。
【0030】
[試験1]
ブタの左側腹部に長径10cmの小切開を行い、直腸上縁より横行結腸までと、更に口側30cmまでの螺旋結腸を解除して、全長120cmを採取し、それを15cmずつ切り離して、8条件の洗浄による殺菌の実験が行えるようにモデルを作成した。そしてそれらのモデルにおいて、洗浄液として、本発明に係るオゾンナノバブル水に加えて、本発明よりも塩分濃度が低い0.10%、0.25%及び0.75%と、より塩分濃度が高く、従来、工業分野や水産加工分野において殺菌用として使用されている2.0%のオゾンナノバブル水と、コントロールとしての生理的食塩水を用いて所定の洗浄を行い、細菌検体について超音波ホモジナイザーにより、加熱させないように粘膜を嫌気性条件下にホモジナイズし、次いで好気性培養のセルポーターと嫌気性培養のセルポーターに振り分けて、夫々において細胞培養した後、細菌の種類及び数を算出した。結果を表1に示した。
【0031】
表1に示されるようにオゾンナノバブル水の殺菌効果は、好気性、嫌気性の菌種に因らず、その塩分濃度に対しての依存性があり、0.9%において殺菌効果が最大であり、それよりも高くても、低くても殺菌効果が低下することが分かる。例えば、0.1%では殺菌効果は非常に低く、残存する細菌は生理的食塩水と殆ど同程度であり、また、従来、工業分野や水産加工分野において殺菌用として使用されている、塩分濃度が約2%のオゾンナノバブル水は、生理的食塩水や0.1%と比較して殺菌効果は示しているものの、殺菌効果は、濃度0.25%や0.75%と同程度で、本発明に係る0.9%と比較して非常に低いことが分かる。
【0032】
【表1】

【0033】
[試験2]
試験1と同様な試験を、試験1とは異なったブタにつき行った。この場合、洗浄液としては、本発明に係るオゾンナノバブル水に加えて、塩分濃度0.10%及び2.0%のオゾンナノバブル水と、コントロールとしての生理的食塩水を用いた。試験1と同様に、細胞培養した後、細菌の種類及び数を算出した結果を表2に示した。
【0034】
【表2】

【0035】
表2からもオゾンナノバブル水の殺菌効果は、好気性、嫌気性の菌種に因らず、その塩分濃度に対しての依存性があり、塩分濃度0.9%において殺菌効果が最大であることが分かる。
【0036】
[試験3]
ブタの左側腹部に長径10cmの小切開を行い、肛門縁から横行結腸までと、横行結腸の螺旋結腸の接合部より口側に30cmまで、螺旋を解除して、上述した洗浄方法により洗浄を行った。この場合、洗浄水としては、試験1、試験2により最も殺菌効果の高かった、本発明に係るオゾンナノバブル水について行った。
【0037】
洗浄後、洗浄対象となった結腸を全長に渡って切除し、肛門から10cmを中心とする部分と、肛門から30cmを中心とする部分の2個所に切離した上で、腸管を長軸方向に瞬時に切開し、直ぐに粘膜を合計3個所、短軸方向に同じ部分をφ5mm切除して、上述したように細菌検体、ホルマリン組織検体及び凍結切片検体を作成した。
【0038】
表3は、本発明に係るオゾンナノバブル水で結腸を洗浄した場合の菌数の変化を、肛門から30cm離れた部位の細菌検体と、肛門から10cmの直腸上部における細菌検体について、洗浄前からの細菌数の変化を示すものであり、図中、1Lは1リットル洗浄した場合、2Lは2リットル洗浄した場合を示すものである。
【0039】
【表3】

【0040】
表3に示される試験結果は、本発明に係るオゾンナノバブル水による洗浄において、消化管の解剖学的部位による殺菌効果の差を示している。即ち、表3に示されるように、本発明に係るオゾンナノバブル水で大腸を洗浄することにより、好気性・嫌気性を問わない良好な殺菌効果が得られることが分かる。
【0041】
一方、この試験のように、大腸の口側より肛門側に向けて洗浄を行った場合には、直腸部、特に直腸上部における殺菌効果が、他の部位と比較して小さいことが、試験結果から判明した。この現象は、大腸の構造上の特性に由来すると推定され、大腸における殺菌を考える場合には、直腸内の殺菌効果を確認することが必須であるとの知見を得た。
【0042】
そこで、本発明者は、オゾンナノバブル水により、口側から持続洗浄を行いながら直腸内に内視鏡を留置し、メチレンブルーを少量流すことによって、その消化管内での渦流を確認した。すると、直腸上部においては、下部からの逆流により粘膜面でのオゾンナノバブル水の停滞が起こっており、このことから、直腸上部における殺菌効果が悪くなる理由の一つは、オゾンナノバブル水の粘膜クリプト内へ進入が阻害されるからであると分かった。
【0043】
以上のことから、オゾンナノバブル水を消化管殺菌に適応する場合には、消化管の解剖学的構造の特徴と、粘膜構造を考慮して洗浄条件(洗浄時間と量)を決定する必要があるとの知見を得た。
【0044】
[試験4]
試験3と同様にブタの左側腹部に長径10cmの小切開を行い、肛門縁から横行結腸までと、横行結腸の螺旋結腸の接合部より口側に30cmまで、螺旋を解除して、上述した洗浄方法により洗浄を行った。この場合、洗浄水としては、本発明に係るオゾンナノバブル水に加え、本発明よりも塩分濃度が高い2.0%オゾンナノバブル水と、コントロールとしての生理的食塩水を用いた。更に、それらの洗浄水に、従来からの液状下剤、例えばニフレック(登録商標)を併用した場合の効果を試験した。そして上述の試験と同様に、細菌検体をホモジナイズ後、細胞培養を行って、細菌の種類及び数を算出した。結果を表4、表5に示した。尚、表4は肛門から30cmの部位の細菌検体についての試験結果を示し、また表5は肛門から10cmの部位の細菌検体についての試験結果を示すものである。
【0045】
【表4】

【0046】
【表5】

【0047】
表4及び表5の試験結果から、大腸の洗浄において、本発明に係るオゾンナノバブル水が、塩分濃度2.0%のオゾンナノバブル水よりも非常に高い殺菌効果を示すこと、そして上述したように大腸の口側より肛門側に向けて洗浄を行った場合には、直腸部、特に直腸上部における殺菌効果が、他の部位と比較して小さいことに加えて、本発明に係るオゾンナノバブル水を、従来から用いられているニフレック(登録商標)等の液状下剤を併用した場合には、殺菌効果がより高くなることが分かった。
【0048】
[試験5]
試験3により得られたホルマリン組織検体を4μmに薄切りし、ヘマトキリシンエオジン染色を施した粘膜につき、組織学的に観察を行った。
上述したとおり、図1は本発明に係るオゾンナノバブル水により洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真であり、図2は拡大写真である。また図3は塩分濃度0.1%オゾンナノバブル水にて洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真、図4は生理的食塩水にて洗浄した結腸の粘膜の顕微鏡写真である。
【0049】
まず図3、図4に示されるように、塩分濃度0.1%オゾンナノバブル水や生理的食塩水にて洗浄した結腸の粘膜の細胞には異常が認められず、粘膜上のムチン質も保持されている。
【0050】
これに対して、塩分濃度0.9%のオゾンナノバブル水により洗浄した結腸の粘膜では、図1、図2に示されるように、表層の上皮細胞の一層のみが刃物にて削ぎ落としたように欠落しており、また粘膜クリプト(陥入部)の粘液の消失が観察される。
【0051】
オゾンを単に水に溶解させた、いわゆるオゾン水を殺菌に用いることは従来から行われていることであり、このオゾン水により粘膜を洗浄した場合には、腐食作用が粘膜全層に渡って、潰瘍が形成されてしまうことは知られていることであるが、これに対して、本発明に係るオゾンナノバブル水では、粘膜上皮の一層のみが除去されるという、特異的粘膜除去効果を有するとの知見が図1、図2から得られた。
【0052】
このような特異的粘膜除去効果の用途を考察すると、例えば消化管粘膜のウイルス性炎症、例えばウイルス性胃腸炎は、粘膜上皮のみに感染し、破壊してその臨床症状を発現する病態であることから、本発明に係るオゾンナノバブル水の使用では、このような疾病にを使用した場合に、感染した粘膜上皮のみを除去して、健常な粘膜再生に寄与することができる可能性がある。
【0053】
一方、上述したとおり、塩分濃度0.9%のオゾンナノバブル水により洗浄した結腸の粘膜では、粘膜上皮の一層のみの欠落に加えて、粘膜クリプト(陥入部)の粘液も消失していることから、オゾンナノバブル水が粘膜クリプト内にも到達して殺菌効果を及ぼしていると考えられ、このことが細菌検体をホモジナイズした後の培養でも細菌が検出されない理由であると解釈される。
【0054】
このことから、本発明に係るオゾンナノバブル水を手術前の消化管の洗浄による殺菌に使用すると、洗浄後、手術時間が経過しても細胞に細菌が増殖せず、長時間手術に対応できる可能性を示している。
【0055】
以上に加えて、塩分濃度0.9%のオゾンナノバブル水により洗浄した結腸の粘膜では、図1、図2に示されるように、粘膜上皮内にリンパ球の介在が多数観察される。このリンパ球は、抗腫瘍効果で有名なIntra Epithrial Lymphocyteであり、粘膜の局所への誘導現象が観察される。
【0056】
このような上皮内リンパ球の誘導現象は、粘膜の局所免疫の増強を意味しており、従って本発明に係るオゾンナノバブル水を消化管粘膜に使用することにより、細菌に対する遅発性の殺菌効果を供する可能性が考えられる。
【実施例2】
【0057】
上述したように殺菌効果の高い本発明に係るオゾンナノバブル水を用いて胃の洗浄を行う場合には、胃酸により、オゾンナノバブル水の殺菌効果が減殺されないように、胃液の洗浄の後にオゾンナノバブル水を投与するのが良い。
【0058】
胃液の洗浄は、胃潰瘍治療薬の水酸化アルミニウムを保険認定されている通常量投与することにより行うことができ、この後に、オゾンナノバブル水を投与することによって、胃内の効果的な除菌を行うことができる。また、水酸化アルミニウムを投与した30分後に300ml程度の蒸留水(イオンを含まない水道水であれば問題ない)を経口摂取し、その後、例えば10分経過した後に、オゾンナノバブル水を投与するのが更に効果的である。このタイミングは胃粘膜の萎縮の程度と胃内pHによって著しく異なるため、水酸化アルミニウムを使用した後、pH測定を行って、中和を確認した後に、オゾンナノバブル水を投与するのが更に効果的である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係るオゾンナノバブル水は以上の通りであるので、消化管の各部に対して使用して、以下のような格別なる作用、効果を得ることができる。
( 大腸 )
1:好気性・嫌気性を問わない広い殺菌効果
2:粘膜上皮一層の除去効果(感染性粘膜の除去と正常粘膜再生)
3:上皮内リンパ球の誘導(遅発性免疫細胞による殺菌効果)
( 胃 )
1:好気性・嫌気性を問わない広い殺菌効果
2:粘膜上皮一層の除去効果(感染性粘膜の除去と正常粘膜再生)
【0060】
また、使用に際しては、以下の点に留意することにより、効果的である。
( 大腸 )
1:上部直腸の殺菌効果が最も弱いので、この部位では、洗浄条件(洗浄時間と量)をより大とする。
( 胃 )
1:胃酸の影響による効果の減殺を防ぐために、飲水や、水酸化アルミニウムによる胃酸中和及び飲水後に投与するのが、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌に効果的である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩分濃度が、0.9%又はその近傍の値の水中に、安定化したオゾンナノバブルが含有していることを特徴とする消化管に対する医療用オゾンナノバブル水。
【請求項2】
消化管の殺菌に供されることを特徴とする請求項1に記載の消化管に対する医療用オゾンナノバブル水。
【請求項3】
消化管の粘膜上皮一層の除去に供されることを特徴とする請求項1に記載の消化管に対する医療用オゾンナノバブル水。
【請求項4】
上皮内リンパ球の誘導に供されることを特徴とする請求項1に記載の消化管に対する医療用オゾンナノバブル水。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−105642(P2011−105642A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−262140(P2009−262140)
【出願日】平成21年11月17日(2009.11.17)
【出願人】(505246789)学校法人自治医科大学 (49)
【出願人】(503357735)株式会社REO研究所 (21)
【出願人】(508144369)株式会社ナノサイエンス (7)
【Fターム(参考)】