説明

液滴抽出システム

【課題】微少量の有機溶媒によって、水溶性成分の抽出と濃縮とを同時に行うことができ、しかも環境上の問題も少ない抽出システムの提供。
【解決手段】液滴形成部、抽出管及び液滴回収部から構成される液滴抽出システムであって、液滴形成部は、試料水溶液より比重が大きくかつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を形成し、抽出管は、垂直に保持され、試料水溶液、又は無機塩を溶解させた試料水溶液が充填されており、この試料水溶液中を、液滴形成部によって形成及び連続的に滴下された微小液滴が自然落下し、液滴回収部は、フッ素系親水性溶媒中に抽出・濃縮された抽出対象成分を回収するものである液滴抽出システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料溶液中に抽出溶媒の液滴を自然落下させることによる液滴抽出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液中の目的成分を抽出する方法として代表的なものに液−液抽出があり、幅広く用いられている。通常の液−液抽出操作においては、分液ロート等の中に試料溶液に有機溶媒を入れて振盪した後、静置して溶媒層と水層に分離させ、水層を除去し、溶媒層に脱水のため硫酸ナトリウム等を添加して水分を除去した後、ロータリーエバポレータ等を用いて有機溶媒を減圧留去して濃縮する、という手順が採られる。
【0003】
しかし、通常の液−液抽出では、上記手順の各工程ごとに人間による操作を必要とし煩雑であると共に、有機溶媒は相当量を要し、濃縮時に回収された有機溶媒は多くの場合廃棄されるか、又は再利用する場合には更に精製処理を要することになる。従って、抽出に使用する有機溶媒を減少させ、また抽出操作を簡単にする新たな液−液抽出技術の開発が望まれている。
【0004】
一方、非特許文献1には、シャンプー、ヘアーリンス等の洗髪料からピリチオン亜鉛(ZPT)を抽出するに際し、クロロホルムの液滴を用いる連続抽出法が開示されている。この方法は、洗髪料の振盪による激しい乳濁化を回避し、遠心分離等の操作を必要とすることなくエマルジョン中から目的成分を抽出することができるというものである。
【0005】
しかしながら、上記方法では抽出溶媒としてクロロホルムを用いており、このため水溶性成分の抽出はできず、またクロロホルム等の塩素系溶媒は、環境や人体に対する悪影響の問題も大きい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】千葉衛研報告, 第14号, 17-20, 1990年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、微少量の有機溶媒によって、水溶性成分の抽出と濃縮とを同時に行うことができ、しかも環境上の問題も少ない抽出システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、抽出溶媒として試料水溶液より比重が大きく、試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を利用することで、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明は、液滴形成部、抽出管及び液滴回収部から構成される液滴抽出システムであって、液滴形成部は、試料水溶液より比重が大きくかつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を形成し、抽出管は、垂直に保持され、試料水溶液、又は無機塩を溶解させた試料水溶液が充填されており、この試料水溶液中を、液滴形成部によって形成及び連続的に滴下された微小液滴が自然落下し、液滴回収部は、フッ素系親水性溶媒中に抽出・濃縮された抽出対象成分を回収するものである液滴抽出システムを提供するものである。
【0010】
また本発明は、試料水溶液より比重が大きくかつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を、垂直に保持された抽出管中に充填された、試料水溶液中に、又は無機塩を溶解させた試料水溶液中に、連続的に滴下して該水溶液中を自然落下させることにより、試料水溶液に含まれる抽出対象成分をフッ素系親水性溶媒中に抽出・濃縮することを特徴とする液滴抽出方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、微少量の有機溶媒によって、抽出と濃縮とを同時に行うことができ、しかも環境面の問題も少ない。更には生体液中の生体関連物質の抽出のように、希少量で、また界面活性を有する試料溶液に対しても適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の液滴抽出システムの一実施態様の構成を示す図である。
【図2】本発明の液滴抽出システムにおける液滴形成部の一実施態様を示す図である。
【図3】本発明の液滴抽出システムを使用してエリスロシン(モデル試料)を抽出した場合の滴下液滴数(n)と試料溶液の吸光度(An)との関係を示す図である(実施例1)。
【図4】本発明の液滴抽出システムを使用してポンソーSX(モデル試料)を抽出した場合の滴下液滴数(n)と試料溶液の吸光度(An)との関係を示す図である(実施例2)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の態様について、図面を用いて説明する。
【0014】
本発明の液滴抽出システムは、例えば図1に示すような装置によって実現される。図1において、抽出管1には試料水溶液2が満たされており、抽出管上部には液滴形成部3が設置されている。
【0015】
液滴形成部3では、試料水溶液より比重が大きく、かつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴4を連続的に形成する。液滴の大きさは、小さいほど体積当たりの表面積が大きくなるので、抽出効率が高くなると考えられるが、管内を自由落下でき、かつ落下後に液滴として存在できる大きさが望ましい。具体的には、1滴の容量が1μL以下、特に0.5〜1.0μLであることが好ましい。このような微小液滴は、例えば、図2に示すようにフッ素系親水性溶媒を中空の微細針の先端から吐出することにより形成することができ、またこの吐出を、マイクロポンプを使用して極微少流量で行えば、微小液滴を連続的に形成することができる。中空の微細針としては、例えば市販の無痛針を利用することができる。
【0016】
抽出管1は、前記微小液滴を自然落下させるために、垂直に保持される。抽出管1は、抽出の効率性の観点と、液滴の管内壁との接触を回避する観点、及び操作性の観点より、内径1〜10mm、特に2〜3mmが好ましく、長さは10〜100cm、特に20〜50cmが好ましい。
【0017】
液滴回収部5は、抽出管1の最下部に設置され、試料水溶液中を自然落下することで抽出対象成分を溶解したフッ素系親水性溶媒が溜まるようになっている。液滴回収部5は、例えば、シリコーンチューブを取り付けクリップで封じる、あるいは、耐溶媒性の3方コックを設置するなど、抽出対象成分を溶解したフッ素系親水性溶媒を取り出し易い構造とすることが好ましい。
【0018】
抽出溶媒であるフッ素系親水性溶媒としては、試料水溶液より比重が大きく、かつ試料水溶液と分相するものが選ばれる。例えば、フルオロアルコールが好ましく、より好適には、炭素数1〜10、特に2〜4のフルオロアルコールが挙げられる。フルオロアルコールは、クロロホルム等の塩素系溶媒に比べて毒性が小さく、環境面でも有利である。
このようなフルオロアルコールとしては、例えば、パーフルオロエタノール、トリフルオロ-1-プロパノール、テトラフルオロ-1-プロパノール、ヘキサフルオロ-1-プロパノール、パーフルオロ-1-プロパノール、トリフルオロ-2-プロパノール、テトラフルオロ-2-プロパノール、ヘキサフルオロ-2-プロパノール(ヘキサフルオロイソプロパノール)、パーフルオロ-2-プロパノール、テトラフルオロブタノール、ヘキサフルオロブタノール、オクタフルオロブタノール、パーフルオロブタノール、テトラフルオロ-s-ブタノール、ヘキサフルオロ-s-ブタノール、オクタフルオロ-s-ブタノール、パーフルオロ-s-ブタノール、テトラフルオロ-t-ブタノール、ヘキサフルオロ-t-ブタノール、オクタフルオロ-t-ブタノール、パーフルオロ-t-ブタノール、オクタフルオロ-1-ペンタノール等が挙げられる。これらのうち、トリフルオロ-1-プロパノール、テトラフルオロ-1-プロパノール、オクタフルオロ-1-ペンタノールなど、R−CH2OH(R:フルオロアルキル基)の分子形状を有するフルオロアルコールは毒性が比較的小さく、かつ浸食性も比較的小さいので、本発明にはより好ましい。その他、ヘキサフルオロ-2-プロパノール(ヘキサフルオロイソプロパノール)も好ましく用いることができる。これらのフルオロアルコールは、単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0019】
これらのフルオロアルコールのなかでも、沸点が30〜90℃、より好ましくは40〜80℃であり、かつ入手が比較的容易なものが好ましい。これらの観点より、炭素数2又は3のフルオロアルコール、具体的にはトリフルオロ-1-プロパノール、テトラフルオロ-1-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノール、特にヘキサフルオロ-2-プロパノールが好ましい。
【0020】
試料水溶液には、フッ素系親水性溶媒と分相しやすくするとともに、塩析により目的物質の抽出を促進するため、無機塩類を溶解させることが好ましい。無機塩類としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸ナトリウム等が好ましく用いられる。
【実施例】
【0021】
実施例1 エリスロシン(モデル試料)の抽出
抽出管は、内径2.6mm、長さ50cmのパイレックス(登録商標)管(内容積2.6mL)を使用し、垂直に保持した。抽出管上部には、マイクロポンプに接続したテフロン(登録商標)管を介して、市販の無痛針(外径0.2mm)を設置し、その先端からヘキサフルオロイソプロパノールを極微少流量で吐出することにより、その微小液滴を連続形成させた。液滴回収部は、抽出管下部にシリコンチューブをはめ込み、下端をクリップにより封じることにより、抽出管内の溶液の出し入れができる構造とした。
試料溶媒には20質量%塩化ナトリウム水溶液を用い、モデル試料としてキサンテン色素であるエリスロシンを6.6×10-6M溶解させた。
ヘキサフルオロイソプロパノールの吐出流量を一定(50μL/min)にして、その液滴を管上端から自然落下させることにより、1、3、5及び7分間連続的に液滴抽出を行った。この間、各液滴が落下するにつれ、着色していくことが肉眼で確認された。
抽出後の試料溶液についてそれぞれ吸光度測定(λmax=525nm)を行った。この吐出流量における1分間あたりの滴下数は69滴であり、平均液滴体積は0.72μLと算出された。
測定の結果、滴下液滴数(n)とn滴滴下後の試料水溶液の吸光度(An)との間に図3に示す相関が得られた。エリスロシンの液滴−試料溶媒間の分配比が一定であると仮定して、上記相関から当該分配比は8.1と求められた。この結果は、各液滴の濃縮率が8.1倍であることを示す。
【0022】
実施例2 ポンソーSX(モデル試料)の抽出
抽出装置は、実施例1と同様のものを用いた。
試料溶媒には15質量%塩化ナトリウム水溶液を用い、モデル試料としてアゾ色素であるポンソーSXを2.3×10-6M溶解させた。
ヘキサフルオロイソプロパノールの吐出流量を一定(50μL/min)にして、その液滴を管上端から自然落下させることにより、3、5及び9分間連続的に液滴抽出を行った。この間、各液滴が落下するにつれ、着色していくことが肉眼で確認された。
抽出後の試料溶液についてそれぞれ吸光度測定(λmax=502nm)を行った。この吐出流量における1分間あたりの滴下数は69滴であり、平均液滴体積は0.50μLと算出された。
測定の結果、滴下液滴数(n)とn滴滴下後の試料水溶液の吸光度(An)との間に図4に示す相関が得られた。ポンソーSXの液滴−試料溶媒間の分配比が一定であると仮定して、上記相関から当該分配比は10と求められた。この結果は、各液滴の濃縮率が10倍であることを示す。
【符号の説明】
【0023】
1 抽出管
2 試料水溶液
3 液滴形成部
4 フッ素系親水性溶媒の微小液滴
5 液滴回収部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴形成部、抽出管及び液滴回収部から構成される液滴抽出システムであって、液滴形成部は、試料水溶液より比重が大きくかつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を形成し、抽出管は、垂直に保持され、試料水溶液、又は無機塩を溶解させた試料水溶液が充填されており、この試料水溶液中を、液滴形成部によって形成及び連続的に滴下された微小液滴が自然落下し、液滴回収部は、フッ素系親水性溶媒中に抽出・濃縮された抽出対象成分を回収するものである液滴抽出システム。
【請求項2】
フッ素系親水性溶媒が、フルオロアルコールである請求項1記載の液滴抽出システム。
【請求項3】
フッ素系親水性溶媒が、トリフルオロ-1-プロパノール、テトラフルオロ-1-プロパノール及びヘキサフルオロ-2-プロパノールから選ばれるものである請求項1記載の液滴抽出システム。
【請求項4】
試料水溶液中に溶解する無機塩が、塩化ナトリウム、塩化カリウム及び硫酸ナトリウムから選ばれるものである請求項1〜3のいずれかに記載の液滴抽出システム。
【請求項5】
試料水溶液より比重が大きくかつ試料水溶液と分相するフッ素系親水性溶媒の微小液滴を、垂直に保持された抽出管中に充填された、試料水溶液中に、又は無機塩を溶解させた試料水溶液中に、連続的に滴下して該水溶液中を自然落下させることにより、試料水溶液に含まれる抽出対象成分をフッ素系親水性溶媒中に抽出・濃縮することを特徴とする液滴抽出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−31198(P2011−31198A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181313(P2009−181313)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「平成20年度卒業研究(S)・卒業研究論文要旨集」において文書をもって発表
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】