説明

温度画像測定法および装置

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、温度画像測定時に量子化誤差を低減させて常に高精度の温度測定をおこなうことができる温度画像測定法およびその測定に用いる温度画像測定装置に関する。
【0002】
【従来の技術】二次元温度画像は、人体の診断、電子機器の欠陥検査、熱プラントの故障診断等に広く応用されている。デイジタル方式を用いた二次元温度画像測定装置は、物体が放射する熱エネルギーの分布をCCD素子や撮像管などにより熱画像として測定し、該熱画像をAD変換器(ADC) を介してデジタル信号に変換してデジタル温度画像に転化する機構となっている。近年発達の著しいCCD素子を用いた温度画像測定システムを例にとると、約 500点× 500点の画素を有する素子で1/30秒毎に熱画像を測定し、8ビット(256区分) のADCでデイジタル化し、温度換算表を参照して温度画像に変換するシステムとなる。
【0003】ところが、上記の温度画像測定において温度測定レンジを900〜1600℃に設定して8ビットでAD変換すると、低温度域では変換時に50〜60℃といった大きな変換誤差を生じてしまい、CCDのもつ温度分解能よりもはるかに低い精度の測定結果しか得られないことになる。このような変換誤差は、一般に量子化誤差と呼ばれ、ディジタル画像処理における基本的な解決課題とされている。
【0004】通常、AD変換の精度を向上させるためにはADCの分解能を高める手段が採られる。例えば、同じCCDを用いても、熱画像を測定した後に12ビットのADCでデイジタル画像に変換すると変換区分は4096となり、温度変換精度は16倍に向上する。しかしながら、ADCを12ビットにすることは、画像メモリが16倍となって演算回路の複雑化するため、演算時間が著しく長くなり、また画像処理装置の価格も大幅に高くなる。このため、この種の高精度画像信号処理装置は特殊な測定対象を除いては一般に使用されていないのが現状である。
【0005】一般の画像処理においては、原信号にノイズを重畳させて量子化誤差を減少させる方法がテレビ映像をデイジタル化する際の「ディザ法」として広く知られている。また、画像信号を種々の空間フィルタを用いてノイズを除去したり、特徴抽出する等の手法は、画像処理では一般的におこなわれている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】このうち、ディザ法は図10の構成説明図に示すように、入力信号にある規則により作成したディザ信号(雑音)を加えて一定しきい値回路により2値化することにより誤差減少を図る方式である。一方、空間フィルタを用いてノイズ除去するシステム操作は、図11により次のように説明される。荷重マトリックスW(k,l) の中心が入力画像f(m,n) のある点(i,j) に一致するように重ね、重なったf(m,n) の部分画像で各対応する位置における要素毎の積を求め、それらの和を主力画像g(m,n) 中の点(i,j) における値とする。この操作を荷重マトリックスの位置を1画素ずつずらせながら、それぞれの位置で前記操作をおこなう。
【0007】しかしながら、これら従来のディザ法および空間フィルタリング法を応用し、これらを組み合わせて温度画像測定における量子化誤差の低減化を図ろうとする試みはなされていない。
【0008】本発明の目的は、ディザ法ならびに空間フィルタリングの技術を複合させて通常の温度画像処理システムに利用し、常に高精度の温度測定をすることができる温度画像測定法とその装置を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】 上記の目的を達成するための本発明による温度画像測定法は、デイジタル方式で二次元の熱画像を温度画像に変換する温度画像処理システムにおいて、熱画像として測定した検出信号に正規化ノイズを重畳してAD変換し、得られた熱画像を温度変換表により温度画像に変換し、生成した温度画像を重ね合わせて平均化するか、該温度画像を局所平均化することによりAD変換時の量子化誤差を低減化させることを構成上の特徴とする。
【0010】具体的には、上記構成において熱画像検出子であるCCD素子または撮像管で測定される検出信号に正規化ノイズを重畳してAD変換し、得られた熱画像を温度変換表により温度画像に変換し、変換された温度画像信号を複数フレームの温度画像を重ね合わせるか、温度画像に変換された信号を空間フィルタリングして平均化処理を施すことが本発明の好適なプロセスとなる。
【0011】表1は、代表的な温度換算表の一部を示したものである。
【0012】
【表1】


【0013】表1の第1欄はビット順序で、CCD素子で測定した輝度信号が8ビットのAD変換器により0〜255 の値に変換されている。第2欄はCCD出力電圧値(mV)で、AD変換器への入力信号である。最後の第3欄が温度換算値(℃)である。該表1から判るように、例えば1ビット目の輝度信号における5.3mV に対応する温度は891 ℃であり、2ビット目の輝度信号における10.5mVに対応する温度は955 ℃であって、その間の温度は識別できない。したがって、低温度域では最大64℃の量子化誤差が生じる可能性がある。
【0014】本発明による誤差低減化は、図1のフローで示されるように入力信号s(t) にノイズn(t) を重畳した後にAD変換をおこない、輝度信号を温度変換表により温度に変換し、さらに平均化処理をおこなって出力信号θ(t) とするプロセスでおこなわれる。この際、入力信号に印加するノイズは振幅p(n) が下記 (1)式のように平均値x0 、標準偏差値σの正規分布をなしている。
p(n) = 1/(√ 2πσ) ×exp(−(x−x0)2/ 2σ2) … (1)
【0015】上(1) 式のσは、下記の (2)式で示すようにAD変換のステップ幅で規格化している。該(2) 式において、ΔsはAD変換のステップ幅を表し、表1の場合には約5mvである。
σ=(∫x2 ×n(t)dt/∫n(t)dt)/Δs≒ 0.5〜1.0 … (2)
【0016】図2および図3は、このようにノイズ重畳した場合の量子化誤差の変化を示したものである。このうち、図2は輝度信号に対する温度変換値の変換曲線で、階段状のパターンとなる。図3は、この換算表を用いて図2のプロセスに従って正規化ノイズを重畳した際の温度変換状態を図示したものである。この場合には、パラメータになっているσが0.5を越えると、出力信号θ(t)は滑らかな曲線となる。
【0017】表2は、対象温度に対応する入力電圧(輝度信号に相当)とσを変えた場合の温度誤差を示したものである。σが 0.5未満であると誤差が大きくなり、これ以上で誤差が減少している。このようにσが大きくなると誤差が減少する理由は、入力電力の平均値x0 前後のビット値が加算平均されるためであるが、σが余りに大きくなると当然に画質が低下するので、AD変換のステップ幅内に抑えることが好ましい。したがって、σの範囲は温度変換のステップ幅を基準にとって、0.5〜1.0 の範囲に制御することが好適である。
【0018】
【表2】


【0019】温度画像を平均化する処理には、時間的平均化または空間的平均化のいずれかの方法が用いられる。このうち、時間的平均化のフロー例は図4によって示すことができる。通常の画像計測においてはテレビと同様に二次元の走査線方式によって画像を生成するが、図4では走査信号が入力信号s(t) になる。これにノイズn(t) を重畳し、AD変換と温度変換をおこなった後にフレームメモリ1において画像を生成する。画像はΔt 間隔(テレビでは1/30秒間隔) で生成される。この画像を、Δt だけ遅らせて一定の荷重係数w を掛けて別のフレームメモリ2にファイルする。Δt だけ遅らせる演算をz-1で示すと、フレームメモリ2には次の関係式(3) で加算された過去の画像Isがファイルされている。
【0020】


【0021】過去の加算画像Isに現在の画像 I{ mΔt }を加えることが時間平均をおこなったことになる。荷重係数は平均する時間によって決められ、小さい値の場合には長い平均時間で、また大きい値の場合には短い平均時間となる。なお、この方法は動画像の処理には適切ではない。例えば、100 フレームの画像の時間平均をとる場合には1/30秒で測定される画面を 100枚加算しなければならないため、3.3 秒(100×1/30) が必要になるからである。しかし、測定対象の時間的な変化が緩慢であれば、適応が可能である。
【0022】空間的平均化に用いられる処理は、図11に示したような空間フィルタリングである。各々の画像に生じるノイズが相互に関係なければ、時間的平均と空間平均は等しくなる。局所フィルタリングのフロー例は図5R>5のようになるが、この場合には荷重マトリックスの選択が重要となる。本発明の目的には、荷重マトリックスとして10×10程度のサイズを用い、単純な積和によるフィルタリングが適当である。フィルタリングは、全画素に対して逐次マトリックスを掛けて加算し、平均値を算出する。
【0023】荷重マトリックスの例 (11×11) を図6に示す。本例では荷重マトリックスの1/4 を部分拡大して示しているが、他の部分も同じである。このほかに、マトリックス単位で画面を分割し、一つのマトリックスに対して一点の代表温度を割り付けるように演算する例もあり、この場合には画質は低下するが画素が大幅に圧縮されて演算速度が向上する利点がある。
【0024】図7は、空間フィルタリングをデイジタル信号処理回路で実現した例のブロック回路図で、#2(i=2)から#11(i =11) までの回路構成は#1(i=1)と同一である。入力信号は、単位時間だけ遅らせて(z-1の演算) 荷重係数aijを掛けて加算し、また、走査線間の演算をおこなうために入力信号はz-jだけ遅らせて加算する。この回路の場合には、11×11画素の積和演算が20msecで実行できるので、通常のリアルタイム演算である1/30秒の演算をおこなう回路に用いることが可能である。
【0025】上記の温度画像測定法に用いるための本発明による温度画像測定装置は、図8に示すように熱画像検出子を内蔵するCCDカメラ1と、カメラコントローラおよびアンプ2と、検出された検出信号に正規化ノイズを重畳するための回路手段と、回路手段から出力される熱画像信号を温度変換表により温度画像に変換するためのAD変換器およびフレームメモリに温度画像を重ね合わせて画像全体を平均化するための処理回路手段または温度画像に変換された信号を空間フィルタリングして平均化するための荷重マトリックスを内蔵する空間フィルタ回路手段を内蔵した画像処理装置3とを主体とし、前記画像処理装置3をモニター部に接続して構成される。
【0026】CCDカメラ1はノズル4内に収納されており、その前段部にはフィルター5およびレンズ6が設置される。CCDカメラ1の内蔵される熱画像検出子としては、CCD素子、撮像管などが適用される。CCD素子には、通常、5mV程度のノイズが存在しているためそのまま利用できる場合が多いが、変換表の条件によってはノイズの大きさを更に低く抑える必要があるケースも考えられる。このため、CCD素子には電子冷凍素子を取りつけて冷却することがノイズレベルを低下させるために好ましい設計となる。この場合、例えば素子冷却温度を−20℃に下げると、ノイズは2.5mV まで低下させることが可能となる。
【0027】本発明による温度画像測定法と装置によれば、原信号に正規化ノイズを重畳させた後にAD変換する段階で機能する第1の誤差低減化作用と、変換後の温度画像を平均化する段階で機能する第2の誤差低減化作用とが相乗してAD変換時の量子化誤差を大幅に減少することが可能となる。したがって、常に高精度の温度画像が測定でき、広い温度域の範囲で正確な温度測定をすることが保証される。
【0028】特に平均化処理に空間フィルタリングを適用する場合には、ノイズの重畳に基づく画質の低下が抑えられるのみならず、画面上の細かなノイズを消去することができる副次的な効果がもたらされ一層正確な測定をおこなうことができる。
【0029】
【実施例】図9の全体図に示すように、本発明の温度画像測定装置7を燃焼炉8の炉壁にノズル筒9を介してセットした。装置は計器室10のモニター部とケーブルで接続しており、パーソナルコンピュータで制御されている。装置に内蔵されているCCDカメラはノイズレベルが5mVに調整されており、該ノイズレベルは温度換算表(表1)の1ビットに対応している。また装置内には11×11サイズの荷重マトリックスを内蔵する空間フィルタ回路が設置されている。
【0030】この装置および条件により1000〜1500℃水準の燃焼温度を画像温度として測定した場合の変換温度と誤差範囲を表3に示した。なお、同燃焼温度を従来方式の温度画像測定法により測定した結果を、比較例として表3に併載した。表3の結果を対比すると、比較例においてはAD変換時の量子化誤差が直接現出しており、低温部(1048℃時)では20〜50℃程度の誤差、中温部(1251℃時)でも3〜5℃程度の誤差が生じているのに対し、実施例の場合には全温度域において正確に温度測定がおこなわれていることが認められる。また、荷重マトリックスが適切に選ばれたことにより、温度画像の画質低下もみられなかった。
【0031】
【表3】


【0032】
【発明の効果】以上のとおり、本発明による温度画像測定法および装置によれば低温域から高温域に至る広い範囲の温度を常に精度よく正確に測定することができる。したがって、各種工業分野の測温操作に極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による温度画像測定法のフローを示したブロック図である。
【図2】輝度信号と温度変換値の関係を例示したグラフである。
【図3】入力信号と出力信号の関係を例示したグラフである。
【図4】時間的平均化処理を含む本発明のフローを示したブロック図である。
【図5】空間的平均化処理を含む本発明のフローを示したブロック図である。
【図6】空間フィルタリングによる荷重マトリックスを例示した説明図である。
【図7】空間フィルタリングのデイジタル信号処理回路を示したブロック図である。
【図8】本発明の温度画像測定装置を示した断面略図である。
【図9】実施例による測定状態を示した全体説明図である。
【図10】従来技術によるディザ方式の説明図である。
【図11】従来技術による空間フィルタリング方式の説明図である。
【符号の説明】
1 CCDカメラ
2 カメラコントローラおよびアンプ
3 画像処理装置
4 ノズル
5 フィルター
6 レンズ
7 温度画像測定装置
8 燃焼炉
9 ノズル筒
10 計器室

【特許請求の範囲】
【請求項1】 デイジタル方式で二次元の熱画像を温度画像に変換する温度画像処理システムにおいて、熱画像として測定した検出信号に正規化ノイズを重畳してAD変換し、得られた熱画像を温度変換表により温度画像に変換し、生成した温度画像を重ね合わせて平均化するか、該温度画像を局所平均化することによりAD変換時の量子化誤差を低減化させることを特徴とする温度画像測定法。
【請求項2】 熱画像検出子であるCCD素子または撮像管で測定される検出信号に正規化ノイズを重畳してAD変換し、得られた熱画像を温度変換表により温度画像に変換変換された温度画像信号を複数フレームの温度画像を重ね合わせるか、温度画像に変換された信号を空間フィルタリングして平均化処理を施す請求項1記載の温度画像測定法。
【請求項3】 熱画像検出子を内蔵するCCDカメラと、カメラコントローラおよびアンプと、検出信号に正規化ノイズを重畳するための回路手段と、回路手段から出力される熱画像信号を温度変換表により温度画像に変換するためのAD変換器およびフレームメモリに温度画像を重ね合わせて画像全体を平均化するための処理回路手段または温度画像に変換された信号を空間フィルタリングして平均化するための荷重マトリックスを内蔵する空間フィルタ回路手段を内蔵した画像処理装置とを主体とし、前記画像処理装置をモニター部に接続してなる温度画像測定装置。

【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図5】
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【図4】
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【図10】
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【図9】
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【図11】
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【図7】
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【特許番号】第2762321号
【登録日】平成10年(1998)3月27日
【発行日】平成10年(1998)6月4日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−203325
【出願日】平成3年(1991)7月19日
【公開番号】特開平5−26734
【公開日】平成5年(1993)2月2日
【審査請求日】平成6年(1994)10月26日
【出願人】(000219576)東海カーボン株式会社 (155)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【参考文献】
【文献】特開 昭62−265536(JP,A)
【文献】特開 昭62−193322(JP,A)