説明

湯流れ性に優れた鋳造品用のTi合金

【課題】鋳造時の湯流れ性が良く、鋳造品用の材料としても好適に使用可能なFe含有の安価なTi合金を提供する。
【解決手段】Ti合金を質量%でAl:4.4〜7.0%,Fe:0.5%未満,残部Ti及び不可避的不純物の組成を有するものとなす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は湯流れ性に優れた鋳造品用のTi合金に関し、特にFeを含有したTi合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、Ti合金としてα+β型のTi−6Al−4V合金が汎用的なTi合金として広く用いられている。
このTi−6Al−4Vの組成を有するTi合金は、β安定化元素として高価なVを添加しているため合金の価格が高価である問題がある。
そこで高価なVを安価なFeで置換したTi合金が各種提案されている。
例えば下記特許文献1には、Al:4.4〜5.5%未満,Fe:0.5〜1.4%未満、残部Tiの組成を有する高い熱間加工性を有するTi合金が開示されている。
【0003】
ところでTi合金は酸化され易い合金であり、そこで従来Ti合金を溶解、鋳造する方法としてレビテーション溶解、減圧吸上鋳造が好適に用いられてきた。
図6はその一例を示している。
同図において200はレビテーション溶解炉(以下単に溶解炉とする)で、水冷の銅るつぼ202と、その外側に配した高周波誘導加熱コイル204とを有している。
この溶解炉200では、高周波誘導加熱コイル204による高周波誘導加熱によりTi合金を銅るつぼ202内部で溶解する。
【0004】
このときTi合金の溶湯は、その表層部に惹起される電流による磁界と、銅るつぼ202の壁部に発生する電流による磁界とが互いに逆位相となってそれらの間に生ずる反発力、即ちローレンツ斥力によって、銅るつぼ202の壁部から離れた状態となる。即ちTi合金の溶湯が銅るつぼ202の内壁面から離間し浮遊状態となる。
【0005】
206は減圧チャンバで、その内部にロストワックス法(インベストメントモールド法ともいう)にて作製されたセラミックス製且つ通気性の多孔質の鋳型208が収容されている。
ここで鋳型208の内部には製品成形のためのキャビティ212が備えられている。
【0006】
214は鋳型208の内部に連通して設けられた吸上管で、この吸上管214を通じて溶解炉200内部のTi合金の溶湯が鋳型208の内部、詳しくはキャビティ212に吸い上げられる。
【0007】
減圧チャンバ206は外筒216の内面に沿って昇降可能とされており、そして減圧チャンバ206の下降により吸上管214が共に下降して、溶解炉200内のTi合金の溶湯に浸漬される。また減圧チャンバ206が上昇することで吸上管214が溶解炉200上に引き上げられる。
【0008】
218はガス導入口で、このガス導入口218を通じて非酸化性のガス(例えばArガス)が導入される。
尚220はガス排出口で、222は減圧チャンバ206内部を減圧するための減圧吸引管である。
【0009】
この図6に示す減圧吸上鋳造法では、減圧チャンバ206の下降により吸上管214を溶湯に浸漬させて溶解炉200内部のTi合金の溶湯を吸上管214を通じてキャビティ212に吸い上げげて充填し、その後これを凝固させる。
【0010】
そして溶湯が凝固した後、再び減圧チャンバ206を上昇させて、減圧チャンバ206内部の鋳型208を鋳造品とともに取り出す。
以上の鋳造法によれば、酸化され易いTi合金の鋳造品を非酸化性雰囲気中で良好に鋳造することが可能である。
尚この種の減圧吸上鋳造法については、例えば下記特許文献2にその一例が開示されている。
【0011】
上記汎用的なTi合金であるTi−6Al−4V合金は、オートバイのマフラー等の排気部品やゴルフヘッド等の鋳造品用の材料としても用いられているが、コスト低減のためにVを0.5%以上のFeで置換してなるTi合金を用いて、上記減圧吸上鋳造を行ったところ、Ti−6Al−4VのTi合金の場合には良好に鋳造を行うことができたものが、VをFeで置換した組成のTi合金を用いた鋳造では良好に鋳造を行うことができず、製品に欠損を生ぜしめてしまうことが判明した。
【0012】
図7は鋳造品としてゴルフヘッド224を、上記の減圧吸引鋳造にて鋳造した例を示しているが、図示のようにVを0.5%以上のFeで置換してなるTi合金の場合、湯流れ不良による欠損226を生じてしまう。
【0013】
このようにFeを含有させたTi合金で鋳造性が悪化するのは、合金成分としてのFeが湯流れ性を悪くしていることが原因であると考えられる。
鋳造時の湯流れ性に影響を及ぼす要因として溶湯の動粘度(合金溶湯の粘性係数を密度で割った値)が大きく関与し、粘度の値が小さいほど鋳造時の湯流れ性が良いと考えられる。
【0014】
因みにTiの動粘度は0.5,Alは0.2,鋳鉄は0.7(何れも単位は10−2×cm/s)であり、Feの添加による影響で合金溶湯の動粘度が高くなることが鋳造時の湯流れ性を悪化させている原因と推察される。
【0015】
以上Feを含有させたTi合金を鋳造用に用いた場合の問題点について、特に鋳造品に欠損を生じ易い減圧吸上鋳造の場合を例として説明したが、こうした問題はその他の鋳造方法にて鋳造品を製造する場合においても生じ得る問題である。
【0016】
【特許文献1】特開平7−70676号公報
【特許文献2】特開平6−114532号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は以上のような事情を背景とし、鋳造時の湯流れ性が良く、鋳造品用の材料としても好適に使用可能なFe含有の安価なTi合金を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
而して請求項1のものは、質量%で、Al:4.4〜7.0%,Fe:0.5%未満,残部Ti及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする。
【発明の作用・効果】
【0019】
以上のように本発明は、Ti−6Al−4V合金のVをFeで置換してなるTi合金を鋳造用に用いる場合において、Feの添加量を0.5%未満に抑制するようになしたものである。
【0020】
本発明者等は、Feの量と鋳造性、具体的には鋳造品に生ずる欠損との関係を調べたところ、Feの添加量が多くなるほど欠損が発生し易いこと、またFeの添加量を0.5%未満に抑制した場合、鋳造条件を適正に制御するならば欠損を無くすことができることの知見を得た。
本発明はこのような知見に基づいてなされたものである。
【0021】
かかる本発明によれば、Ti−6Al−4VのVをFeで置換してなる安価なTi合金を用いて鋳造品を製造することが可能となり、従ってゴルフヘッド,排気部品その他の鋳造品のコストを従来に増して低廉化することが可能となる。
【0022】
本発明は、特に鋳型の内部を減圧として鋳型のキャビティにTi合金の溶湯を吸い上げて鋳造する減圧吸上鋳造のためのTi合金として好適なものである。
ここで減圧吸上鋳造は、一般には鋳型を通気性を有する多孔質鋳型となして、これを減圧チャンバ内にセットし、その減圧チャンバを減圧吸引することで溶湯をキャビティに吸い上げて鋳造する方法が用いられる。
【0023】
尚、本発明のTi合金においてAl,Feの添加量を上記の量としているのは次の理由による。
Al:4.4〜7.0%
Alは主としてα相に固溶してα相を強化するので、そのために含有させる元素である。その効果を得るためには4.4%以上含有させる必要がある。一方7.0%を超えるとα相(TiAl)が析出して延性を低下する場合があり、またこの上限値を超えると機械的な特性が悪化するため本発明では含有量を7.0%までとする。
【0024】
Fe:0.5%未満
FeはVと同様にβ相を安定化し且つコストを低下させるために含有させる元素である。但しFeはTi合金の湯流れ性に大きく影響を及ぼす元素であり、本発明では良好な湯流れ性、即ち鋳造性を確保するためにその含有量を0.5%未満とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
次に本発明の実施形態を以下に詳しく説明する。
図1は減圧吸上鋳造の装置例を示したもので、図中10はレビテーション溶解炉(以下単に溶解炉とする)であり、水冷の銅るつぼ12と、その外側に配された高周波誘導加熱コイル14とを有している。
【0026】
この溶解炉10では、高周波誘導加熱コイル14による高周波誘導加熱によりTi合金を銅るつぼ12内部で溶解する。
溶解したTi合金の溶湯は、その表層部に惹起される電流による磁界によって銅るつぼ12の壁部から離れて浮遊状態となる。
尚16は炉内空間を表している。また18はこの炉内空間16に連通して設けられた不活性ガス(ここではArガス)導入用のガス導入管で、この導入管18上にはこれを開閉するバルブ20が設けられている。
【0027】
22は外チャンバで、内側に減圧チャンバ(内チャンバ)24が昇降可能に設けられている。
この減圧チャンバ24の内部には、ロストワックス法にて作製された通気性を有するセラミックス製且つ多孔質の鋳型26が収容されている。
ここで鋳型26は、湯道30に連通した製品成型用の複数のキャビティ28をその内部に備えている。
【0028】
32は減圧チャンバ24から下向きに突き出した吸上管で、Ti合金の溶湯は、この吸上管32を通じて各キャビティ28へと吸い上げられる。
減圧チャンバ24の上端には環状の外向きのフランジ部34が設けられており、これに対応して外チャンバ22には環状の段付部36が設けられている。ここでフランジ部34の下面にはOリング等の環状のシール部材38が装着されている。
【0029】
この装置では、減圧チャンバ24が下降して図2に示しているようにフランジ部34が外チャンバ22の段付部36に密着することで、炉内空間16が減圧チャンバ24内部と遮断され、炉内空間16が密閉状態となる。
【0030】
42は減圧チャンバ24の蓋であり、ロッド44によって昇降可能とされている。
46は減圧吸引口で、この減圧吸引口46を通じて外チャンバ22,減圧チャンバ24の各内部及び炉内空間16が減圧吸引される。
【0031】
次にこの装置を用いた減圧吸引鋳造の方法を説明する。
図1は減圧吸引前の状態を表しており、このとき減圧チャンバ24は上昇位置にあり、この状態で減圧吸引口46を通じて減圧吸引(真空吸引)を行う。
これにより外チャンバ22内部、減圧チャンバ24内部及び溶解炉10内部の炉内空間16が減圧吸引される。
この減圧吸引状態では、減圧チャンバ24内部と炉内空間16とは同圧となる。
【0032】
減圧吸引が十分に行われたところで、図2に示しているように減圧チャンバ24が下降して、そのフランジ部34が外チャンバ22の段付部36に密着し、ここにおいて減圧チャンバ24内部と炉内空間16とが遮断されて、それぞれが独立した空間となり、炉内空間16は密閉状態となる。
尚、減圧チャンバ24内部の鋳型26が、下降した蓋42にて押えられるが、蓋42と減圧チャンバ24との間は隙間が確保されている。
【0033】
その後バルブ20を開いてガス導入管18を通じ炉内空間16にArガスを導入し、炉内空間16を加圧することにより、溶解炉10内部のTi合金の溶湯が、吸上管32を通じて鋳型26内部に吸い上げられ、各キャビティ28に溶湯が充填される。
尚、溶湯の充填は1秒以内で完了するが、減圧吸引状態を10秒程度維持した後、減圧吸引口46を通じての減圧吸引は停止される。
各キャビティ28を充填した溶湯は、その後凝固してキャビティ28に対応した形状の鋳造品となる。
減圧チャンバ24はその後に再び上昇させられて、しかる後鋳型26の取出しと更に鋳造品との取出しとが行われる。
【0034】
上記の装置により、表1に示す様々な組成を有するTi合金を用いてゴルフヘッドの鋳造試験を行い、鋳造性の良否を調べた。
その際の鋳造条件と湯廻り不良率とが表1に併せて示してある。
【0035】
【表1】

【0036】
ここで湯廻り不良率は、鋳造品に直径2mm以上の貫通穴が1個所以上ある場合には湯廻り不良とし、そして1回の鋳造試験で発生した湯廻り不良数を1回の鋳造での総鋳込み数で除した値(湯廻り不良数/総鋳込み数)に基づいてその値を求めた。
尚、鋳造は2種類の鋳造条件A,Bの下で行なった。これら鋳造条件A,Bについては、それぞれ表2及び表3に具体的内容が示してある。
【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
これら表2,表3において,保持電力とは溶解温度を調整するための出力のことで、保持電力450kWの場合溶解温度は1700〜1730℃となる。
また鋳造条件のパターンとは、炉内空間16へのArガスの導入による加圧速度のパターンを表し、数字が大きいほど鋳造速度(吸上速度)が速くなる。
【0040】
詳しくは、真空状態の炉内空間16にArガスを導入して加圧する際、炉内空間16と減圧チャンバ24内部との圧力差(差圧)をより短時間で設定値(設定差圧)に近づけるほど鋳造速度(吸上速度)が速くなる。
図3に、表2のパターン4と表3のパターン10の、Arガス導入による加圧のパターン、即ち、鋳込み(減圧吸引)開始後の減圧チャンバ24内部と炉内空間16との差圧と時間との関係が表してある。
【0041】
図3においてパターン4とパターン10とを比較すると、パターン10の方が、パターン4よりも短時間で設定差圧に近づいていることが分る。即ちパターン10の方が、パターン4に較べて鋳造速度(吸上速度)が速いことを意味している。
【0042】
表2及び表3において設定差圧到達時間とは、Arガス導入により炉内空間16を加圧したときの、減圧チャンバ24内の圧力と炉内空間16との圧力との差圧が 設定差圧(56kPa)到達に要する時間を意味している。
また表2及び表3において、加圧時間とはArガス導入による加圧時間を表している。尚、加圧開始後1秒以内に鋳込みは終了し、その後もArガス導入による加圧を継続している。
【0043】
表1の結果から、Fe含有量が低い値(テストNo.1〜4)のときには、鋳造条件A(低速鋳込)の下でも湯廻り不良率はゼロで、問題なく鋳造品を製造することができる。
ところがFeを0.4%程度まで含有させると、鋳造条件A(低速鋳込)では湯廻り不良が30%弱発生している。
しかしながらテストNo7,8で示しているように鋳造条件をA(低速鋳込)からB(高速鋳込)に変えることによって、湯廻り不良をなくすことができる。
【0044】
一方、Fe含有量が0.5%を超えているNo.9,No.10については、鋳造条件Aの下で100%湯廻り不良となっており、またこれらのものについては、鋳造条件をAからBに変更した場合であっても、依然として30%程度湯廻り不良が発生しており、鋳造条件を変えても湯廻り不良がなくならないことを示している。
即ちこの結果は、Fe含有量を0.5%未満とすることで、鋳造条件を適正に選択することにより湯廻り不良率をゼロとすることができるが、0.5%を超えてFeを含有している場合、鋳造条件を選択しても湯廻り不良をなくすことができないことを表している。
【0045】
図4は表1のテストNo.1のFe量0.08%の組成のTi合金,No.6のFe量0.44%のTi合金,No.14のFe量0.92%のTi合金のそれぞれについて鋳造条件Aにて鋳造を行い、JIS14号試験片を作製し、JIS-Z2241に基づく引張試験を行ったときの引張り強さの値を示し、また図5はJIS4号試験片を作製し、JIS-Z2242に基づくシャルピー衝撃試験を行ったときの結果を表している。
【0046】
図5に示しているようにシャルピー衝撃特性については、Fe量0.5%未満で、Ti−6Al−4V合金の平均値を上回る値を示し、また図4に示しているように引張り強さについては何れのものも目標値を上回っている。特に伸びについては、Fe量が0.5%以上のものでは目標値に達していないが、Fe量0.5%未満のものは伸びが目標値を上回っている。
即ちFeを0.5%未満の量で添加した場合、良好な機械的特性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本実施形態で用いた減圧吸引鋳造の装置例を示した図である。
【図2】図1の装置の一作用状態を示した図である。
【図3】本実施形態で実施した減圧吸引鋳造における2種類の鋳造条件の違いを表した図である。
【図4】本実施形態で得たFe含有Ti合金のFe含有量と、伸び及び引張り強さとの関係を表した図である。
【図5】本実施形態で得たFe含有Ti合金のFe含有量と、シャルピー衝撃値との関係を表した図である。
【図6】従来の減圧吸引鋳造の一例を示した図である。
【図7】鋳造品の一例としてゴルフヘッドを鋳造したときの湯廻り不良による欠損が生じた状態を表した図である。
【符号の説明】
【0048】
24 減圧チャンバ
26 鋳型
28 キャビティ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
Al:4.4〜7.0%
Fe:0.5%未満
残部Ti及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする湯流れ性に優れた鋳造品用のTi合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−133511(P2008−133511A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−320901(P2006−320901)
【出願日】平成18年11月28日(2006.11.28)
【出願人】(502230882)株式会社大同キャスティングス (32)