説明

湿し水濃縮組成物

【課題】本発明は、VOC蒸気の発生がほとんどなく、優れた湿し水適性を有する湿し水濃縮組成物を提供することにある。
【解決手段】ジプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物。トリプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平版印刷版用湿し水に関し、より具体的には平版印刷版のオフセット印刷法に有用な湿し水を提供する平版印刷版用湿し水濃縮組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
平版印刷は、本質的に水と油が混じり合わない性質を利用した印刷方式であり、平版印刷の版面は、水を受容し油性インキを反撥する範囲である非画像部と、水を反撥し油性インキを受容する範囲である画像部からなる。非画像部と画像部とは、界面化学的な差を拡大して、非画像領域のインキ反撥性と画像領域のインキ受容性とを増大させることがなされる。そのために、非画像部の形成に用いられる湿し水には、様々な化学物質を添加し、その性能を最大限に発揮できるように鋭意検討されてきた。
【0003】
従来、その機能性の高さから、主な成分としてイソプロピルアルコールを加えた水溶液を湿し水として使用していた。イソプロピルアルコール含有の湿し水は、非画像部への濡れが良く、湿し水の使用量を抑えることができ、インキと水の供給バランスの調整が容易であり、インキと湿し水の乳化を抑えられるなど、様々な利点があった。
【0004】
一方、イソプロピルアルコールは蒸発しやすく、湿し水中のイソプロピルアルコール濃度を一定に保つことが難しかった。さらに、イソプロピルアルコールには独特の不快臭があり、また危険物第4類に該当する火気には細心の注意が必要で、さらに有機溶剤中毒予防規則(有機則)第2種有機溶剤であるため作業環境にも気を遣わなければならなかった。
【0005】
このような問題を解決するために、近年ではイソプロピルアルコールを使用しない湿し水の開発が進められてきた。特許文献1では、イソプロピルアルコールの代わりにプロピレングリコール及び、ジプロピレングリコールモノn−ブチルエーテルもしくはプロピレングリコールモノメチルエーテルを含有する平版印刷版用湿し水濃縮組成物を提案している。
【0006】
また特許文献2では、イソプロピルアルコールの代替溶剤として、プロピレングリコールモノn−ブチルエーテル、及びジプロピレングリコールモノn−ブチルエーテルもしくはプロピレングリコールモノメチルエーテルを含有する平版印刷版用湿し水濃縮組成物を提案している。
【0007】
しかし、これらの2つの例では、揮発性有機溶剤を含んでいるために、揮発性有機化合物(以下、VOCと記す)を削減しようとする印刷業界の要望に充分応えることができていない。
【特許文献1】特開2006−62090号公報
【特許文献2】特開2006−62091号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、VOC蒸気の発生がほとんどなく、優れた湿し水適性を有する湿し水濃縮組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明はこの課題を解決するためになされたものであり、請求項1記載の発明は、ジプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物である。
【0010】
請求項2記載の発明は、トリプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物である。
【0011】
請求項3記載の発明は、ジプロピレングリコールおよびトリプロピレングリコールを総量で1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物である。
【0012】
110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であれば、VOC蒸気がほとんど発生していないことを意味する。110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量を測定する方法は、米国環境保護庁で採用されているVOC蒸気量を測定する方法であるMethod24に準ずるものである。
【発明の効果】
【0013】
ジプロピレングリコールおよび/またはトリプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満である平版印刷版用湿し水濃縮組成物を利用することで、VOC蒸気の発生がほとんどない平版印刷現場の作業環境を実現できる。
【0014】
さらに、平版印刷版用湿し水濃縮組成物にジプロピレングリコールおよび/またはトリプロピレングリコールを利用することで、いままで利用してきたイソプロピルアルコールやVOCを含む湿し水濃縮組成物を利用したときと同等以上の品質の印刷物を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
平版印刷現場を改善するには、湿し水からVOC蒸気をほとんど発生させないようにしなければならない。そのため本発明の湿し水濃縮組成物110℃で1時間加熱した際、VOC蒸気の発生が1質量%未満でなければならない。
【0016】
110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量からVOC蒸気の発生量を算定する方法は、米国環境保護庁においてVOCを測定するMethod24に準ずる方法である。この方法において水分を除く減量が1質量%未満であれば、VOC蒸気がほとんど発生していないことを意味する。
【0017】
湿し水の表面張力と濡れ性を向上させる目的で親水性有機化合物を添加するが、利用する親水性有機化合物は沸点が220℃以上のもの望ましく、このような親水性有機化合物を利用すれば110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満になる。
【0018】
上記のような親水性有機化合物として望ましいものは、ジプロピレングリコールおよび/またはトリプロピレングリコールであり、表面張力が十分に低くなり湿し水としての性能を充分に引き出すことができる。プロピレングリコールでも湿し水としての性能を十分に引き出すことができるが、プロピレングリコールを添加した湿し水濃縮組成物は110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満にならず、VOC対策としては不適である。
【0019】
本発明の湿し水濃縮組成物には、水溶性高分子化合物、pH緩衝剤、界面活性剤、防腐剤、水等の成分を添加する。
【0020】
水溶性高分子化合物としては、アラビアガム、デキストリンなどのデンプン誘導体、アルギニン酸塩、メチルセルロースなどの繊維素誘導体等が挙げられる。特に本発明においてはカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、キサンタンガムを使うことが望ましい。更に望ましくは、ヒドロキシプロピルセルロースである。
【0021】
pH緩衝剤としては、有機酸や無機酸、またこれらの金属塩やアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩等が挙げられる。有機酸としては、クエン酸、アスコルビン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、酢酸、ヒドロキシ酢酸などがある。また無機酸としてはリン酸、ホウ酸、硝酸などである。本発明では、クエン酸、硝酸アンモニウムなどを使うことが望ましい。
【0022】
界面活性剤としては、陰イオン型界面活性剤、非イオン型界面活性剤、フッ素系界面活性剤、シリコーン系界面活性剤等が挙げられる。
【0023】
陰イオン型界面活性剤には、脂肪酸塩類、アビエチン酸塩類、ヒドロキシアルカンスルホン酸塩類、アルカンスルホン酸塩類、ジアルキルスルホこはく酸塩類、アルキルナフタレンスルホン酸塩類、アルキルフェノキシポリオキシエチレンプロピルスルホン酸塩類、ポリオキシエチレンアルキルスルフェニルエーテル塩類、N−メチル−N−オレイルタウリンナトリウム塩類、N−アルキルスルホこはく酸モノアミド二ナトリウム塩類、石油スルホン酸塩類、硫酸化ひまし油、硫酸化牛脂油、脂肪酸アルキルエステルの硫酸エステル塩類、アルキル硫酸エステル塩類、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩類、脂肪酸モノグリセリド硫酸エステル塩類、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸エステル塩類、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル硫酸エステル塩類、アルキルりん酸エステル塩類、ポリオキシエチレンアルキルエーテルりん酸エステル塩類、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルりん酸エステル塩類、スチレン−無水マレイン酸共重合物の部分けん化物類、ナフタレンスルホン酸塩ホルマリン縮合物類、等がある。
【0024】
また非イオン型界面活性剤には、アセチレンジオールエチレンオキサイド付加物類、ポリオキシエチレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレンポリスチリルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、グリセリン脂肪酸部分エステル類、ソルビタン脂肪酸部分エステル類、ペンタエリスリトール脂肪酸部分エステル類、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステル類、蔗糖脂肪酸部分エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸部分エステル類、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸部分エステル類、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル類、ポリグリセリン脂肪酸部分エステル類、ポリオキシエチレン化ひまし油類、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸部分エステル類、脂肪酸ジエタノールアミド類、N,N−ビス−2−ヒドロキシアルキルアミン類、ポリオキシエチレンアルキルアミン類、トリエタノールアミン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックポリマー類、ポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンランダムポリマー類、トリアルキルアミンオキシド類、等がある。
【0025】
これらの界面活性剤のうち、本発明に利用される界面活性剤は、版面に対する濡れ性の良さから非イオン型が良く、その中でもアセチレンジオールエチレンオキサイド付加物類とポリオキシエチレン−ポリオキシプロピレンブロックポリマー類が望ましい。
【0026】
防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル、フェノール及びその誘導体、ホルマリン、イミダゾール誘導体、四級アンモニウム塩、有機窒素硫黄系化合物、ハロゲン化有機窒素硫黄系化合物、有機窒素系化合物、ハロゲン化有機窒素系化合物、臭素系化合物、沃素系化合物などが挙げられる。これらのうちでも、本発明に利用される防腐剤は、有機窒素系化合物が望ましい。
【0027】
このような化合物を用いて作製された湿し水濃縮組成物は、印刷機にて使用の際には20〜200倍に希釈して利用される。
【実施例】
【0028】
実施例1〜5及び比較例1〜5の組成は表1に示した。表1の処方に従って、湿し水濃縮組成物を各々作製した。表1の表中の単位は質量%を表す。
【0029】
【表1】

【0030】
実施例1〜5及び比較例1〜5は、以下の4つの試験方法で評価した。なお1)〜3)の試験に利用した印刷機はリスロン440(枚葉オフセット印刷機、株式会社小森コーポレーション製、コモリマチック給水装置)、使用したインキはニューセルボ紅(東京インキ株式会社製)、使用したプレートはHP−S(富士フイルム株式会社製)である。
【0031】
1)水幅適性
25℃で保存しておいた湿し水濃縮組成物に水道水を加え50倍(質量比)に希釈し、2%の濃度に調製し印刷テストに使用した。印刷機の給水目盛り1〜100において、印刷のできる幅を観察した。給水目盛りを小さくすると印刷物に汚れが生じやすく、大きくすると印刷物のインキ濃度が低下する。給水目盛りの許容幅としては広いほうが好ましく、20目盛以上あれば実用に耐えうる。
○‥‥ 20目盛り以上
△‥‥ 10目盛り以上〜20目盛り未満
×‥‥ 10目盛り未満
【0032】
2)給水ローラ汚れ適性
25℃で保存しておいた湿し水濃縮組成物に水道水を加え50倍(質量比)に希釈し、2%の濃度に調製した湿し水を用いて、10,000枚の印刷を実施した。10,000枚の印刷後、給水ローラ上の汚れを目視により評価した。
○‥‥ほとんど汚れなし
△‥‥やや汚れが見られる
×‥‥汚れる
【0033】
3)乳化適性
25℃で保存しておいた湿し水濃縮組成物に水道水を加え50倍(質量比)に希釈し、2%の濃度に調製した湿し水を用いて、10,000枚の印刷を実施した。10,000枚の印刷後、インキローラ上のインキの乳化状態を目視により評価した。
○‥‥適正な乳化が見られる
△‥‥やや過剰乳化が見られる
×‥‥過剰な乳化が見られ、印刷に耐えられない
【0034】
4)加熱減量測定
湿し水濃縮組成物の加熱減量測定は以下のように行った。あらかじめ湿し水濃縮組成物の水分量(質量%)をカール・フィッシャー水分計により測定しておく。新たに湿し水濃縮組成物をサンプリングして器にとり秤量し、110℃のオーブンに入れ1時間加熱し、水分を含む加熱減量(質量%)を求めた。水分を含む加熱減量(質量%)より、水分量(質量%)を減算し、加熱減量(質量%)を算出した。加熱減量は以下のように評価した。
○‥‥加熱減量が1質量%未満
×‥‥加熱減量が1質量%以上
【0035】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の湿し水濃縮組成物を利用することで、VOCがほとんど発生しない湿し水として良好に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物。
【請求項2】
トリプロピレングリコールを1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物。
【請求項3】
ジプロピレングリコールおよびトリプロピレングリコールを総量で1質量%以上40質量%以下含有し、かつ110℃で1時間加熱した際の水分を除く減量が1質量%未満であることを特徴とする平版印刷版用湿し水濃縮組成物。

【公開番号】特開2009−107309(P2009−107309A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−284675(P2007−284675)
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000219912)東京インキ株式会社 (120)
【Fターム(参考)】