説明

溶接継手及び溶接継手の製造方法

【課題】 ピーニング処理が施された溶接継手の耐疲労特性をさらに向上させる。
【解決手段】 ピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部105a、105bに対して、研削研磨深さdを0.1[mm]以上2[mm]以下とする研削研磨処理を行って、ピーニング処理部105a、105bの表層に生じた硬化層と、細かな凹凸を除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接継手及び溶接継手の製造方法に関し、特に、溶接止端部にピーニング処理を行うために用いて好適なものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、溶接継手の疲労強度を向上するために、溶接継手の止端部(以下「溶接止端部」と称する)に対してピーニング処理が行われている。特許文献1及び非特許文献1には、空気圧式工具を用いたハンマーピーニング処理を行うことが記載されている。また、非特許文献2には、UIT(Ultrasonic Impact Treatment)装置を用いた超音波ピーニング処理を行うことが記載されている。
【0003】
これらのピーニング処理は、2[mm]〜6[mm]程度の曲率半径を有する硬質の先端を持つ振動端子で溶接止端部を繰り返し打撃して塑性加工させることにより実施される。一般に、溶接止端部には溶接の際の入熱により引張残留応力が発生している。また、溶接止端部の曲率半径は0.1[mm]〜1[mm]程度であり、溶接されたままの溶接止端部は応力集中が高い状態となっている。そこで、溶接止端部に対してこのようなピーニング処理を行うと、溶接止端部の近傍に圧縮残留応力を導入することが出来ると共に、ピーニング処理に用いた振動端子の先端部の形状が溶接止端部に転写されることで、溶接止端部の曲率半径を2[mm]〜6[mm]程度に拡大することができる。これにより溶接止端部における応力集中を緩和することが可能となり、溶接継手の疲労強度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−21717号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】IIW Commission XIII, IIW recommendation Post Weld Improvement of Steel and Aluminum Structures, Revised March 2009, p.20〜27
【非特許文献2】野瀬哲郎著、「疲労強度向上向け超音波ピーニング方法」、溶接学会誌、第77巻(2008)、第3号、p.210〜213
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献2にも記載があるように、ピーニング処理部の表層(ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材(金属板)の板厚方向の距離が0.2[mm]未満の領域)では、ピーニング処理後に材料の結晶粒径が1[μm]以下の超微細粒に変化し、硬さ(強度)が大きく増加する。一般に、表層の硬さが増加すると、疲労特性は向上する傾向にあると考えられているが、一方、過度な表層の硬さの増加は材料を脆化させることとなり、微小なき裂を早期に発生させる原因になる。また、ピーニング処理部の表面には、複数の打撃痕が重なり合うことによって細かい凹凸が形成される。このような細かい凹凸は局所的な応力集中源となることがある。すなわち、ピーニング処理を行うと、ピーニング処理を行わない場合に比べて、溶接止端部の曲率半径を拡大し、マクロには応力集中を緩和できるものの、ピーニング処理部の表層に細かい凹凸を形成するため、ミクロには応力集中が十分に緩和されていない。このため、ピーニング処理部における応力集中を緩和する効果を十分に得ることが困難であった。特に、母材の降伏点に近い応力が作用する荷重条件下では、ピーニング処理によりピーニング処理部に導入された圧縮残留応力の効果が低下することから、従来のピーニング処理だけでは、溶接継手の疲労寿命を十分延長することができなかった。
【0007】
本発明は、以上の問題点に鑑みてなされたものであり、ピーニング処理が施された溶接継手の耐疲労特性をさらに向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は上記問題を解決するために鋭意研究を行った。この結果、ピーニング処理部の表層に生じた硬化層と、細かい凹凸とを研削・研磨処理により除去することにより、ピーニング処理が施された溶接継手の耐疲労特性をさらに向上させることができることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1] 溶接止端部に対してピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部の表面からの距離であって、前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値が、前記ピーニング処理部の表面からの距離であって、前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下であり、前記ピーニング処理部の表面の粗さ曲線における最高点と最低点との間隔である最大高さRyが0.01[μm]以上100[μm]以下であり、前記ピーニング処理部の残留応力が、100[MPa]以上、母材である金属板の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力であり、前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の表面を基準としたときの当該ピーニング処理部の深さであって、当該母材である金属板の板厚方向における最深部の深さである研削研磨深さが、0.1[mm]以上2[mm]以下であることを特徴とする溶接継手。
[2] 母材である複数の金属板を溶接する溶接工程と、前記溶接工程により形成された溶接止端部の少なくとも1つに対してピーニング処理を施すピーニング工程と、前記ピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部の表面を機械的又は化学的に研削又は研磨する研削研磨工程と、を有する溶接継手の製造方法であって、前記研削研磨工程において、前記研削又は研磨されたピーニング処理部に繋がる母材である金属板の表面を基準としたときの当該ピーニング処理部の深さであって、当該母材である金属板の板厚方向における最深部の深さである研削研磨深さを、0.1[mm]以上2[mm]以下とする研削研磨を行うことにより、前記研削又は研磨されたピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値を、当該ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下とし、前記研削又は研磨されたピーニング処理部のピーニング処理部の表面の粗さ曲線における最高点と最低点との間隔である最大高さRyを、0.01[μm]以上100[μm]以下とし、前記研削又は研磨されたピーニング処理部の残留応力を、100[MPa]以上、母材の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力としたことを特徴とする溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ピーニング処理部の表面における微小なき裂の発生源となる脆化層を除去し、かつ局所的な応力集中を緩和すると共に、ピーニング処理部に十分な圧縮残留応力を保持させることができる。よって、ピーニング処理が施された溶接継手の耐疲労特性をさらに向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】溶接継手の製造方法の一例を説明する図である。
【図2】研削研磨処理を行う前の溶接止端部と、研削研磨処理が行われた溶接止端部の様子の一例を概念的に示す断面図である。
【図3】ピーニング処理部の最大高さの一例を説明する図である。
【図4】実施例及び比較例で用いた十字溶接継手試験片の構成を示す図である。
【図5】本実施例と比較例を表形式で示す図である。
【図6】面外ガセット継手における研削研磨深さを測定する領域の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態を説明する。
図1は、本実施形態の溶接継手の製造方法の一例を説明する図である。尚、図1では、溶接継手がすみ肉継手(T継手)である場合を例に挙げて示しているが、本実施形態で対象とする溶接継手は、すみ肉継手に限定されるものではなく、どのような溶接継手であっても本実施形態の手法を適用することができる。
【0012】
図1(a)は、主要な構造物をなす金属板101と、当該主要な構造物の部品となる金属板102とを溶接して、溶接ビード103a、103bが形成された様子を示す斜視図である。ここでは、金属板101、102を溶接することにより形成される溶接止端部(溶接ビードと母材の境界)のうち、溶接止端部104a、104bに対してピーニング処理を行うものとする。ただし、全ての溶接止端部に対してピーニング処理を行うようにしてもよい。尚、溶接は、アーク溶接等、公知の方法で実現することができるので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0013】
図1(b)は、図1(a)に示す溶接止端部104a、104bに対してピーニング処理を行ったときの様子を示す斜視図である。図1(b)に示すように、ピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部105a、105bは、振動端子の打撃が繰り返されることにより塑性加工される。ピーニング処理としては、例えば、ハンマーピーニング処理や超音波ピーニング処理を採用することができる。ただし、溶接止端部104a、104bを、溶接ビード103a〜103bの長手方向に沿って連続的にピーニング処理を行うことができれば、ピーニング処理は、これらに限定されるものではない。尚、ピーニング処理は、公知の方法で実現することができるので、ここでは、その詳細な説明を省略する。
【0014】
ピーニング処理部105a、105bの曲率半径は、ピーニング処理が行われる前の溶接止端部104a、104bの曲率半径に比べて大きくなっている。しかしながら、ピーニング処理では、2[mm]〜6[mm]程度の曲率半径を有する硬質の先端を持つ振動端子で溶接止端部104a、104bを繰り返し打撃することにより、ピーニング処理部105a、105bの表層(ピーニング処理部105a、105bの表面からの距離であって、当該ピーニング処理部105a、105bに繋がる母材(図2では金属板101)の板厚方向の距離が0.2[mm]未満の領域)では、ピーニング処理後に材料の結晶粒径が1[μm]以下の超微細粒に変化し、硬さ(強度)が大きく増加する。また、ピーニング処理部105a、105bの表面には複数の打撃痕が重なり合うことによって細かい凹凸が形成される。そこで、本実施形態では、このピーニング処理部105a、105bの表面に生じている硬化層と、細かい凹凸とを、機械的又は化学的に研削又は研磨することによって除去する。尚、以下の説明では、この「研削又は研磨」する処理を必要に応じて「研削研磨処理」、「研削処理」、又は「研磨処理」と称する。
【0015】
図1(c)は、図1(b)に示すピーニング処理部105a、105bに対して研削研磨処理を行ったときの様子を示す斜視図である。また、図2は、研削研磨処理を行う前のピーニング処理部105aと、研削研磨処理が行われた後のピーニング処理部106aの様子の一例を概念的に示す断面図である。図2に示す断面は、溶接ビード103aの長手方向に対して垂直な方向で切ったときの断面である。尚、ピーニング処理部105b、106bの様子も図2と同じであるので、ここでは、これらの詳細な説明を省略する。
【0016】
研削又は研磨は、例えば、ハンドグラインダーの先端に、超硬バーや軸付砥石を取り付けたものを用いることができる。このようにした場合には、高速で回転している超硬バーや軸付砥石を、ピーニング処理部105aに押し当てることにより研削研磨処理を実行することができる。尚、ピーニング処理部105a、105bを研削又は研磨することができれば、研削研磨処理の方法は、このようなものに限定されない。例えば、ハンドグラインダーの代わりにハンドドリルを用いることができる。また、超硬バーや軸付砥石の代わりに、刃物やヤスリを用いるようにしてもよい。また、金属表面を化学的に溶解させる手法である、電解研磨や化学研磨によりピーニング処理部105a、105bを研磨してもよい。
【0017】
本実施形態では、研削研磨処理で研削又は研磨される深さとして、図2に示す研削研磨深さdを定義する。研削研磨深さdは、研削研磨処理が行われたピーニング処理部(図2ではピーニング処理部106a)に繋がる母材(図2では金属板101)の表面を基準としたときの当該ピーニング処理部の深さであって、当該母材の板厚方向(図2の上下方向)における最深部の深さである。
【0018】
本実施形態では、研削研磨処理が行われた後の溶接継手の特性が以下の(A)〜(D)の全てを満たすように、研削研磨処理を行う。
(A)研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材である金属板(図2では金属板101)の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値が、ピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の範囲の領域のうち、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下となるようにする。
【0019】
(B)研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyが0.01[μm]以上100[μm]以下となるようにする。ここで、最大高さRyについて説明する。
図3は、ピーニング処理部106a、106bの最大高さRyの一例を説明する図である。具体的に図3は、ピーニング処理部106a、106bの所定の位置(例えば、ピーニング処理部106a、106bの最深部)の所定の方向(例えば、溶接ビード103a、103bの長手方向)における粗さ曲線を示す図である。図3では、基準長さlにおける粗さ曲線を示している。基準長さlは、溶接ビード103a、103bの長手方向の全体であっても一部であってもよい。ただし、基準長さlの中には、研削研磨処理によるものとは明らかに異なる凹凸が含まれないようにするのが好ましい。
図3に示すように、最大高さRyは、粗さ曲線における最高点302と最低点303との間隔となる。尚、最大高さRyについては、JIS B 0031(1994)の記載により特定することもできる。
【0020】
(C)研削研磨深さdが、0.1[mm]以上2[mm]以下となるようにする。
(D)研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの残留応力が、100[MPa]以上、母材である金属板の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力となるようにする。
【0021】
次に、以上のようにして溶接継手の特性を規定した理由を説明する。
まず、(A)の規定を採用した理由について説明する。
前述したように、ピーニング処理部105a、105bの表層(ピーニング処理部105a、105bの表面からの距離であって、当該ピーニング処理部105a、105bに繋がる母材である金属板(図2では金属板101)の板厚方向の距離が0.2[mm]未満の領域)では、ピーニング処理後に材料の結晶粒径が1[μm]以下の超微細粒に変化するため、硬さ(強度)が大きく増加している。しかし、過度な表層の硬さの増加は材料を脆化させることとなり、微小なき裂を早期に発生させる原因になる。
【0022】
そこで、ピーニング処理部105a、105bの表層に研削研磨処理を施し、硬化した材料の層を除去することで、研磨研削処理後のピーニング処理部106a、106bの表層(すなわち、ピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、当該ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]未満の領域)の、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面におけるビッカース硬さの最大値を、ピーニング処理により材料が硬化していないとみなせる領域(すなわち、研磨研削処理後のピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、当該ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の領域)の、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面のビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下にする。
【0023】
ただし、前述したように、この規定((A)の規定)は、硬化層を除去するという観点から定められるものであるので、「0.9倍以上1.4倍以下」に代えて「1倍以上1.3倍以下」とするのが、より好ましい。尚、研磨研削処理後のピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、当該ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.01[mm]未満の領域は、実験上、ビッカース硬さを測定することが困難であることから、本実施形態では、この領域を、ビッカース硬さの最大値を規定する範囲から除外した。
【0024】
次に、(C)の規定を採用した理由について説明する。
研削研磨深さdが0.1[mm]を下回ると、ピーニング処理部105a、105bの表層の硬化層を十分に除去できない。一方、研削研磨深さdが2[mm]を超えると、ピーニング処理によってピーニング処理部105a、105bに導入した圧縮残留応力を十分に残すことができない。そこで、本実施形態では、研削研磨深さdの範囲を0.1[mm]以上2[mm]以下にした。
【0025】
次に、(B)の規定を採用した理由について説明する。
研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyは0[μm]であることが望ましいが、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyが0.01[μm]を下回るようにするのは、通常の研削研磨処理では極めて困難である。一方、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyが100[μm]を超えると、ピーニング処理によってピーニング処理部105a、105bに生じた凸部を研削又は研磨することによって、溶接止端部105a、105bの表面の形状を滑らかにするという本実施形態の目的を十分に達成することができない。そこで、本実施形態では、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyの範囲を0.01[μm]以上100[μm]以下にした。ただし、前述したように、この規定((B)の規定)は、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bを滑らかにするという観点から定められるものであり、このような観点と、研削研磨処理の処理効率を高くするという観点とから、「0.01[μm]以上100[μm]以下」に代えて、「10[μm]以上80[μm]以下」とするのが、より好ましい。
【0026】
最後に、(D)の規定を採用した理由について説明する。
研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの残留応力が100[MPa]未満の圧縮残留応力であると、ピーニング処理によって溶接止端部105a、105bに導入した圧縮残留応力が十分に残っていないと見なせる。また、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの圧縮残留応力は出来るだけ大きい方が望ましいが、通常のピーニング処理では、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの圧縮残留応力を母材の降伏応力の2倍を超えるようにすることはできない。そこで、本実施形態では、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの残留応力の範囲を、100[MPa]以上、母材である金属板の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力にした。
【0027】
(実施例)
次に、本発明の実施例について説明する。
図4は、本実施例及び比較例で用いた十字溶接継手試験片の構成を示す図である。具体的に図4(a)は、十字溶接継手試験片を3つの板面の全てに平行な方向から見た図であり、図4(b)は、図4(a)のA方向から見た図である。また、図4に示す両矢印線の傍に示している数字は、それぞれ、当該両矢印線が指している部分の長さ(単位[mm])を表している。
【0028】
ここでは、板厚が16[mm]の溶接構造用圧延鋼材SM490A(JIS G 3106)を供試材として図4に示す十字溶接継手試験片400を作製した。そして、以下の条件で供試材401及び供試材402、403に対してすみ肉溶接を行って溶接ビード404a〜404dを形成した。
溶接材料:フラックス入りワイヤ(JIS Z 3313 YFW-C50DR、ワイヤ径1.2[mm]
溶接方法:半自動ガスシールドアーク溶接
入熱量:入熱量15000[J/cm]
シールドガス:炭酸ガス(CO2:100[%])
【0029】
その後、ピーニング処理部405a〜405dに、超音波衝撃処理(超音波ピーニング処理)又はハンマーピーニング処理を施した。
超音波衝撃処理は、以下の条件で実施した。
打撃ピンの先端部の曲率半径:3[mm]
打撃ピンの直径:3[mmφ]
周波数:27[kHz]
出力:約1000[W]
処理速度:約500[mm/min]
パス数:5
【0030】
一方、ハンマーピーニング処理は、空気圧式のリベッティングハンマー(打撃数:2800[B.P.M]、ピストン径:14.3[mm]、ストローク:38[mm])の振動端子を先端の曲率半径が2[mm]又は6[mm]のピーニングハンマーに付け替えたハンマーピーニング装置を使用して以下の条件で実施した。
空気圧:約0.2[MPa]
処理速度:約100[mm/min]
パス数:3
【0031】
更に、溶接処理又はピーニング処理が終了した後、機械的な研削研磨処理としては、超硬バー(球形、マスターカット、直径:6.4[mmφ])又は軸付砥石(球形、白色アルミナ系砥粒、直径:3[mmφ]、粒度:#500)を用いて、十字溶接継手試験片300の「ピーニング処理部」を研削処理した。
一方、化学的な研磨処理としては、硫酸溶液(混合比 硫酸:蒸留水=1:5)を用いて、十字溶接継手試験片300の「ピーニング処理部」を化学研磨した。
【0032】
ピーニング処理又は研削処理・研磨処理が終了した後、レーザー変位計を用いて、ピーニング処理部の「供試材401の板厚方向における最深部」の「溶接ビードの長手方向に沿った形状」を測定し、表面粗さ(前述した最大高さRy)を算定した。
また、ピーニング処理又は研削処理・研磨処理が終了した後、レーザー変位計を用いて溶接ビード404aの長手方向に直交する断面の表面形状を5箇所(領域406a〜406e)について測定して、図2に示す研削研磨深さdを測定し、それらの算術平均をとった。
【0033】
また、ピーニング処理又は研削処理・研磨処理が終了した後、十字溶接継手試験片400の幅方向中心の溶接ビード404aの長手方向に直交する断面を切り出し、供試材401のピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材(供試材401)の板厚方向のビッカース硬さ分布を測定した。ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材の板厚方向の距離が0.01[mm]から0.2[mm]までの範囲では、ビッカース硬さの測定ピッチを0.01[mm]ピッチとした。そして、ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材の板厚方向の距離が0.2[mm]から2[mm]までの範囲では、ビッカース硬さの測定ピッチを0.1[mm]ピッチとした。なお、ビッカース硬さの測定はJIS Z2244に準拠し、試験荷重を10[gf]として実施した。
【0034】
また、ピーニング処理又は研削処理・研磨処理が終了した後のピーニング処理部の残留応力の測定を、X線回折法による残留応力測定装置を使用して行った。ここでは、表面加工の影響を取り除くために、研削処理又はピーニング処理・研磨処理が終了したピーニング処理部の表層を、電解研磨により、その表面から0.1[mm]だけ除去してから後、残留応力を測定した。
【0035】
また、以下の条件で疲労試験を実施し、ピーニング処理又は研削処理・研磨処理が終了した後の十字溶接継手試験片の破断までの繰り返し数を評価した。
荷重条件:条件1:応力範囲:220[MPa]、応力比:0.1
条件2:応力範囲:160[MPa]、応力比:0.5
試験周波数:10[Hz]
温度:室温
試験雰囲気:大気
ここで、条件2は、母材(SM490A)の降伏点(350[MPa])に近い応力が作用する荷重条件となる。
【0036】
図5は、本実施例と比較例を表形式で示す図である。
図5において、「ピーニング処理」が「無し」となっているのは、ピーニング処理を行っていないことを示す。「ハンマーピーニング」における「先端曲率半径」はピーニングハンマーの先端の曲率半径を示し、「超音波衝撃処理」における「先端曲率半径」は打撃ピンの先端の曲率半径を示す。また、「Hv1」は、ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値を示す。また、「Hv2」は、ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2「mm」以下の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値を示す。また、「Hv1/Hv2」は、それらのビッカース硬さHv1、Hv2の比を示す。
【0037】
また、「研削研磨方法」が「無し」となっているのは、研削研磨処理を行っていないことを示す。また、「d」は、領域406a〜406eの5箇所の研削研磨深さdの平均値である。また、「残留応力」の値が負になっていることは圧縮残留応力であることを示す(「残留応力」の値が「−200[MPa]」であることは、「200[MPa]」の圧縮残留応力であることを示す)。一方、「残留応力」の値が正になっていることは引張残留応力であることを示す(「残留応力」の値が「100[MPa]」であることは、「100[MPa]」の引張残留応力であることを示す)。
ここで、「ピーニング処理」と「研削研磨方法」の両方が「無し」となっている比較例18は、溶接止端部に後処理を行っていない(溶接したままの)十字溶接継手試験片400に対するものである。この比較例18における条件1と条件2の両方の繰り返し数の3倍以上、すなわち条件1は60万回以上、条件2は90万回以上の疲労寿命条件を満足すれば、日本鋼構造協会の疲労設計指針における疲労強度等級で2ランク向上とみなせるため、実用上の利用価値が高い。
【0038】
まず、図5の比較例13の結果から、ピーニング処理を行わずに研削処理を行うと、溶接処理により溶接止端部に導入された引張残留応力が維持され、条件1の繰り返し数が非常に小さくなることが分かる。これに対し、実施例1のようにしてピーニング処理を行った上で研削処理を行うと、ピーニング処理により溶接止端部に導入された圧縮残留応力が維持され、且つ、条件1及び条件2共に、前述した疲労寿命条件を十分に満足する。
【0039】
また、実施例5、9と比較例10、実施例6と比較例11、及び実施例7と比較例12のそれぞれの結果から、研削研磨処理を行うと、圧縮残留応力が少し低下するものの、硬さの比Hv1/Hv2と最大高さRyが大幅に減少するため、条件2(母材(SM490A)の降伏点に近い応力が作用する荷重条件)での繰り返し数が大幅に大きくなり、前述した疲労寿命条件を満足することが分かる。
以上のことから、本実施形態のように、ピーニング処理を行った上で研削研磨処理を行うことが必要になると言える。
【0040】
また、実施例8と比較例16の結果から、最大高さRyが100[μm]を超えると、繰り返し数が低下し、前述した疲労寿命条件を満足しないことが分かる。
また、実施例2、3と比較例14、15の結果から、研削研磨深さdが大きくなるに従い圧縮残留応力が減少し、条件1での繰り返し数が極端に小さくなり、研削研磨深さdが2[mm]を超えると前述した疲労寿命条件を満足しないことが分かる。また、実施例4の結果から、研削研磨深さdが0.1[mm]であれば、高い圧縮残留応力を示し、且つ、前述した疲労寿命条件を満足することが分かる。そして、比較例17の結果から、研削研磨深さdが0.1[mm]を下回ると、ピーニング処理部表層の硬化層が十分に除去できないため、前述した疲労寿命条件を満足しないことが分かる。
【0041】
以上のように本実施形態では、ピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部105a、105bに対して、研削研磨深さdを0.1[mm]以上2[mm]以下とする研削研磨処理を行って、ピーニング処理部105a、105bの表層に生じた硬化層と、細かな凹凸とを除去する。このような研削研磨処理を行うことにより、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.1[mm]以下の領域のうち、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値が、ピーニング処理部106a、106bの表面からの距離であって、ピーニング処理部106a、106bに繋がる母材の板厚方向の距離が0.1[mm]以上2[mm]以下の領域のうち、溶接ビード103a、103bの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下となるようにする。さらに、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの最大高さRyが0.01[μm]以上100[μm]以下となるようにする。さらに、研削研磨処理が行われたピーニング処理部106a、106bの残留応力が、100[MPa]以上、母材の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力となるようにする。したがって、ピーニング処理部106a、106bの表面における微小なき裂の発生源となる脆化層を除去し、かつ局所的な応力集中を緩和すると共に、ピーニング処理部106a、106bに十分な圧縮残留応力を保持させることで、耐疲労特性を高めた溶接継手を形成することができる。
【0042】
前述した実施例では、十字溶接継手試験片400の溶接を行う部分は、供試材401の幅方向において同じ形状が連続しているので、5箇所の研削研磨深さdの平均を求めるようにした。しかしながら、必ずしも研削研磨深さdの平均をとる必要はない。例えば、図6に示すようにして供試材601、602を溶接して形成される面外ガセット継手では、研削研磨処理が行われた溶接止端部603の中央の1箇所の領域604で評価してもよい。
また、前述した実施例では、2枚の供試材401及び402、401及403を溶接する場合を例に挙げて説明した。しかしながら、溶接を行う金属板の数は3以上であってもよい。
【0043】
尚、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【符号の説明】
【0044】
101、102 金属板
103 溶接ビード
104 溶接止端部
105 ピーニング処理部
106 研削研磨処理が行われたピーニング処理部
400 十字溶接継手試験片
401〜403 供試材
404 溶接ビード
405 溶接止端部
406 研削研磨深さを測定する領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接止端部に対してピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部の表面からの距離であって、前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値が、前記ピーニング処理部の表面からの距離であって、前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下であり、
前記ピーニング処理部の表面の粗さ曲線における最高点と最低点との間隔である最大高さRyが0.01[μm]以上100[μm]以下であり、
前記ピーニング処理部の残留応力が、100[MPa]以上、母材である金属板の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力であり、
前記ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の表面を基準としたときの当該ピーニング処理部の深さであって、当該母材である金属板の板厚方向における最深部の深さである研削研磨深さが、0.1[mm]以上2[mm]以下であることを特徴とする溶接継手。
【請求項2】
母材である複数の金属板を溶接する溶接工程と、
前記溶接工程により形成された溶接止端部の少なくとも1つに対してピーニング処理を施すピーニング工程と、
前記ピーニング処理が施された領域であるピーニング処理部の表面を機械的又は化学的に研削又は研磨する研削研磨工程と、を有する溶接継手の製造方法であって、
前記研削研磨工程において、前記研削又は研磨されたピーニング処理部に繋がる母材である金属板の表面を基準としたときの当該ピーニング処理部の深さであって、当該母材である金属板の板厚方向における最深部の深さである研削研磨深さを、0.1[mm]以上2[mm]以下とする研削研磨を行うことにより、
前記研削又は研磨されたピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.01[mm]以上0.2[mm]未満の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの最大値を、当該ピーニング処理部の表面からの距離であって、当該ピーニング処理部に繋がる母材である金属板の板厚方向の距離が0.2[mm]以上2[mm]以下の範囲の領域のうち、溶接ビードの長手方向に垂直な方向の断面の領域におけるビッカース硬さの平均値の0.9倍以上1.4倍以下とし、
前記研削又は研磨されたピーニング処理部のピーニング処理部の表面の粗さ曲線における最高点と最低点との間隔である最大高さRyを、0.01[μm]以上100[μm]以下とし、
前記研削又は研磨されたピーニング処理部の残留応力を、100[MPa]以上、母材の降伏応力の2倍以下の圧縮残留応力としたことを特徴とする溶接継手の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−106285(P2012−106285A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−229589(P2011−229589)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)