説明

溶接部靱性の優れた低温用ニッケル鋼板の製造方法

【発明の詳細な説明】
<産業上の利用分野> この発明は、溶接部靭性の優れた低温用ニッケル鋼板の製造方法に係わり、とくに液化天然ガス(LNG)用鋼材など−160℃以下のような極低温での使用において溶接部靭性が重要な要因となる低温用ニッケル鋼板の製造方法に関するものである。
<従来の技術> LNGタンクなどに用いられる鋼材、たとえば9%Ni鋼はすでに、再加熱焼入れ−焼戻し処理(RQ−T)によるASTM A553、直接焼入れ−焼戻し処理(DQ−T)によるASTM A844などの規格鋼として知られている。
これらの鋼材には、低温での高靭性、とくに溶接部における低温靭性が要求される。
溶接部のうち、とくに1350℃以上に加熱される熱影響部の靭性を確保するためには種々の手立てが講じられている。
しかしながら最近、溶接部のうち700〜900℃に加熱される熱影響部において、島状マルテンサイトが生成することによる靭性の低下が明らかとなり問題となっている。
溶接の際、700〜900℃に加熱される熱影響部の靭性低下を解決するための手立てとしては、たとえば特開昭53−112219号公報でSi量の低減化が提案されている。しかしながらこの方法では母材強度が規格値を満足できない。また母材靭性の低下を避けることができない。
また、上記問題点を解決するために本願出願人は先にSi量とMn量を低減し、Tiを添加する方法を特開昭63−290246号公報で提案している。しかしながらさらに検討を行った結果、この方法では1000〜1200℃に加熱される熱影響部の−196℃におけるシャルピー衡撃試験において、脆性破面が現れることが明らかとなった。
<発明が解決しようとする課題> この発明は、上記の課題を有利に解決するもので、700℃以上に加熱される溶接部における低温靭性にも優れ、かつASTM A553及びASTM A844に規定されている強度を有する低温用ニッケル鋼板の製造方法を提案することを目的とするものである。
<課題を解決するための手段> 本発明は、重量%で、C:0.04〜0.12%,Si:0.02〜0.19%,Mn:0.05〜0.30%未満,P:0.01%以下,S:0.005%以下,Ni:6.5〜12.0%,Al:0.01〜0.10%及びN:0.0035%以下を含み、必要に応じてさらにNb:0.005〜0.06%,V:0.005〜0.07%及びCu:0.05〜0.50%のうちから選んだ少なくとも一種を含有し、残部は実質的にFeからなるスラブを1100〜1300℃の温度に加熱し、次いで圧延仕上温度1000〜700℃にて熱間圧延し、熱間圧延後の鋼板を冷却する過程で800〜500℃の温度範囲の平均冷却速度を2℃/sec以上として冷却し、次いで450℃〜(Ac1+70℃)の温度範囲で焼もどすことを特徴とする溶接部靭性の優れた低温用ニッケル鋼板の製造方法である。
<作 用> この発明の基礎は、6.5〜12.0%(重量%以下同じ)の範囲のNiを含有する低温用鋼組成のうち、とくにSiを0.02〜0.19%、Mnを0.05〜0.30%未満、Nを0.0035%以下に低減することによって、直接焼入れと焼戻し処理で高強度を確保しつつ、溶接部の高靭性が確保されることを知見したところにある。
まずこの発明における鋼の成分組成の限定理由を説明する。
C:0.04〜0.12% Cは、十分な高張力を得るために有用な元素であるが、含有量が0.04%に満たないと強度上Si,Mnを増加する必要が生じ、前述したとおり700〜900℃に加熱された部分の靭性が低いという問題があり、一方0.12%を超えても靭性を損なうので、0.04〜0.12%の範囲とした。
Si:0.02〜0.19% Siは、この発明の特徴の一つであり、それというのは、Siの低減は溶接部靭性改善に顕著な効果を示すからである。しかしながら、0.02%未満にしても漸進的効果は認められないので下限を0.02%とした。一方0.19%を超えるとかえって靭性の劣化を招くだけでなく強度が過剰に上昇するため0.19%を上限とした。
Mn:0.05〜0.30%未満 Mnも、Siと同様にこの発明の特徴の一つである。Mnの低減もSiの低減と相まることにより溶接部靭性改善に顕著な効果を示す。しかしながら0.05%を下回る低減は漸進的効果を示さないので、下限を0.05%とした。Mnはこの範囲で低減すれば漸進的に溶接部靭性を改善し、とくに0.30%未満で顕著である。このため、Mnは0.05〜0.30%未満とした。
P≦0.01%,S≦0.005% P,Sはいずれも、母材および溶接部の靭性を害するので極力低減することが望ましいが、それぞれ0.01%以下、0.005%以下の範囲で許容できる。
Ni:6.5〜12.0% Niは、この発明の低温用鋼には必須の元素で、低温において高靭性を与える効果を有するが、6.5%未満ではその効果に乏しく、一方12%を超えて多量に添加してもその効果は飽和に達し、また不経済でもあるので、6.5〜12.0%の範囲に限定した。
Al:0.01〜0.10% Alは、脱酸上必要な元素であるが、0.01%未満ではその効果に乏しく、一方0.10%を超えると清浄性を損なうので、0.01〜0.10%の範囲とした。
N:0.0035%以下 Nは本発明の特徴の一つである。Nを低減すると、可動転位が減少しまた島状マルテンサイトが減少するために靭性は向上する。とくに、Nを0.0035%以下とすると、SiとMnの低減と相まることにより、700〜900℃に添加される熱影響部の靭性を著しく改善できる。また、1350℃以上に加熱される熱影響部の靭性も、Tiを添加するのと同等に改善できる。
上記C,Si,Mn,P,S,Ni,Al,Nの各限定量をもってこの発明による低温用鋼の基本成分とするが、この発明ではさらにNb:0.005〜0.06%,V:0.005〜0.07%及びCu:0.05…0.50%のうち少なくとも一種を含有させることもできる。
これらの限定理由について次に説明する。
Nb:0.005〜0.06%,V:0.005〜0.07% Nb及びVはいずれも、折出強化により強度を向上させるのに有効に寄与するが、両者とも0.005%未満では添加効果が少ないので0.005%下限とし、一方Nbは0.06%、またVは0.07%を超えるとかえって靭性を損なうのでそれぞれ上限をNb:0.06%,V:0.07%に限定した。
Cu:0.05〜0.50% Cuは、焼入性向上により強度を改善するのに有効な元素であるが、0.05%未満ではその添加効果に乏しく、一方0.50%を超えるとかえって靭性を損なうので、0.05〜0.50%の範囲に限定した。
以上述べた成分範囲になる鋼材は何れも1100℃以上1300℃以下の温度に加熱して圧延を行うわけであるが、加熱温度が1100℃未満のときは鋼塊冷却時に粗大析出したAlNが溶解せず、靭性を劣化させるほかに十分な圧下比をとることができないことも問題である。一方1300℃を超えて加熱するとオーステナイト粒が粗大化し、また不経済でもあるので、スラブ加熱温度は1100〜1300℃に限定される。
熱間圧延の仕上げ温度は、1000〜700℃に限定される。1000℃超では十分な細粒組織が得られず、この発明で目指した高靭性鋼板の製造に不都合である。一方700℃未満ではひずみが結晶粒に蓄積され、靭性が低い。
圧延後、直ちに焼入れ処理ができることはこの発明の特徴とするところであるが、この処理により再加熱焼入れ処理を省略でき、コストが安くなり、それと同時に直接焼入れでは、再加熱焼入れ処理する場合よりも強度が増加し、そのためSi量,Mn量及びN量を低減することが可能となる。
このSi量,Mn量及びN量の低減が母材及び溶接部靭性を向上させることは前に述べたとおりである。直接焼入れの平均冷却温度は800〜500℃の温度範囲で2℃/sec以上を要し、これより遅い冷却温度では必要強度を充足することができない。また少なくとも800〜500℃の温度範囲を2℃/sec以上の冷却速度とする必要があり、800℃超あるいは500℃未満の温度域における冷却速度については特に限定されない。
直接焼入れ後、焼もどし処理を施すがその加熱温度は450℃以上(Ac1+70℃)温度以下であり、450℃未満では靭性が確保できず、また(Ac1+70℃)温度を超えると強度が低下してしまう。
<実施例>実施例1 表1に示す化学組成になる鋼スラブ加熱温度1200℃、圧延仕上げ温度900℃の条件で15mm厚まで圧延し、直ちに水冷し、800〜500℃の温度範囲の平均冷却速度を50℃/secとし、ついで570℃で70minの焼戻し処理(DQ−T)を施した。比較のため、表1に示す鋼をスラブ加熱温度1200℃、圧延仕上げ温度900℃の条件で15mm厚まで圧延し、室温まで空冷(800〜500℃の平均冷却速度0.8℃/sec)した後、780℃で60min加熱後直ちに水冷する再加熱焼入れを施し、ついで570℃で70minの焼戻し処理(RQ−T)を施した。次いで入熱量20kJ/cm,パス数4の条件でオーステナイト系ワイヤを用いてサブマージアーク溶接した。
その時の母材強度および靭性(vE-196℃)について調べた結果を表2に示す。またBond部、HAZ3,5,7mm部のシャルピー衡撃試験結果を表3に示す。本発明のDQ−T処理において、極めて高い強度,靭性を有する母材から得られるとともに溶接部靭性も改善されている。






実施例2 表4に示す化学組成になる鋼を、スラブ加熱温度1200℃、圧延仕上げ温度900℃の条件で10mm厚まで圧延し、直ちに水冷し、800〜500℃の温度範囲の平均冷却速度を50℃/secとし、ついで570℃で70minの焼戻し処理(DQ−T)を施した。
次いで入熱量19kJ/cm、パス数3の条件でオーステナイト系ワイヤを用いてサブマージアーク溶接した。そして、Bond部、HAZ3,5,7mmからシャルピー衡撃試験片を採取し実験に供した。その結果を母材の強度とともに表5に示す。
表5より本発明の組成を満足する鋼をDQ−T処理した供試鋼No.1〜12はASTM規格に規定されている強度を確保するとともに比較鋼No.13〜19に比して十分な溶接部靭性が得られている。特に加熱温度が700〜900℃に達するHAZ7mmの溶接部の靭性の改善が著しい。これに対して供試鋼13〜18(比較鋼)のように本発明鋼の基本成分のうち例えばC,P,S,Ni,Alを満足していても残りのSi,Mn,Nのうちいずれか一つでも満足できないときには十分な溶接部靭性が確保できず、また供試鋼19(比較鋼)のようにTiを添加すると1000〜1200℃に昇温するHAZ3mmにおいて十分な溶接部靭性が確保できないことがわかる。




<発明の効果> かくしてこの発明の製造方法によれば、低温靭性とくに溶接部靭性に優れた低温用鋼を容易に得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】重量%で、C:0.04〜0.12%,Si:0.02〜0.19%,Mn:0.05〜0.30%未満,P:0.01%以下,S:0.005%以下,Ni:6.5〜12.0%,Al:0.01〜0.10%及びN:0.0035%以下を含み、残部は実質的にFeからなるスラブを1100〜1300℃の温度に加熱し、次いで圧延仕上温度1000〜700℃にて熱間圧延し、熱間圧延後の鋼板を冷却する過程で800〜500℃の温度範囲の平均冷却速度を2℃/sec以上として冷却し、次いで450℃〜(Ac1+70℃)の温度範囲で焼もどすことを特徴とする溶接部靭性の優れた低温用ニッケル鋼板の製造方法。
【請求項2】重量%で、C:0.04〜0.12%,Si:0.02〜0.19%,Mn:0.05〜0.30%未満,P:0.01%以下,S:0.005%以下,Ni:6.5〜12.0%,Al:0.01〜0.10%及びN:0.0035%以下を含み、さらにNb:0.005〜0.06%,V:0.005〜0.07%及びCu:0.05〜0.50%のうちから選んだ少なくとも一種を含有し、残部は実質的にFeからなるスラブを1100〜1300℃の温度に加熱し、次いで圧延仕上温度1000〜700℃にて熱間圧延し、熱間圧延の鋼板を冷却する過程で800〜500℃の温度範囲の平均冷却速度を2℃/sec以上として冷却し、次いで450℃〜(Ac1+70℃)の温度範囲で焼もどすことを特徴とする溶接部靭性の優れた低温用ニッケル鋼板の製造方法。

【特許番号】第2582147号
【登録日】平成8年(1996)11月21日
【発行日】平成9年(1997)2月19日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平1−11810
【出願日】平成1年(1989)1月23日
【公開番号】特開平2−194122
【公開日】平成2年(1990)7月31日
【出願人】(999999999)川崎製鉄株式会社
【参考文献】
【文献】特開 昭63−213620(JP,A)
【文献】特開 昭59−35619(JP,A)
【文献】特開 昭62−174324(JP,A)
【文献】特開 昭58−96819(JP,A)