説明

炭素繊維束

【課題】
温度環境の影響が小さく繊維長さ方向の引張強度に優れ、かつ接着強さに優れた炭素繊維強化複合材料を与える炭素繊維束を提供する。
【解決手段】
エポキシ樹脂を主成分して含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束であって、前記エポキシ樹脂は、それに3,3’−ジアミノジフェニルスルホンを当量配合し、180℃で4時間熱処理して得られる評価用硬化物の熱機械分析測定法により得られる線膨張率が6×10−5/℃以下である炭素繊維束、または、下記式(1)で示されるエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束。
【化1】


[式(1)において、R1及びR2は、エポキシ基、脂環式エポキシ基より選ばれる官能基を具備する有機残基である。R1とR2は同一であってもよい。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機用構造材料をはじめとして、ゴルフシャフトや釣り竿等のスポーツ用途、およびその他一般産業用途に好適に適用しうる繊維強化複合材料を得るための炭素繊維束に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維強化複合材料は、軽量で比強度および比弾性率等の機械的強度に優れているため、ゴルフシャフトや釣り竿等のスポーツ用途や航空機用構造材料等に広く用いられている。特に、近年は炭素繊維強化複合材料の適用範囲が拡大することで、さまざまな環境下で使用され、より耐熱性、耐湿熱性などが求められてきている。
【0003】
例えば、航空機部材などの繊維強化複合材料などの場合は、極低温から高温まで曝され環境劣化による亀裂発生を防ぐため、温度環境に依らない安定した機械物性発現が求められている。例えば、かかる要求に対するマトリックスに関する検討例として、マトリックス樹脂の内部応力を低下させる技術が提案されている(特許文献1参照。)。
【0004】
一方で、炭素繊維束から炭素繊維複合材料を作製するには、織物、組み紐等のさまざまな形態の基材を使用する必要から、製造工程での毛羽発生、糸切れ等の防止するためサイジング剤を炭素繊維束に付与する必要がある。従来から、サイジング剤としては、マトリックスとの親和性から主としてエポキシ樹脂を主成分とするものが使用されている(例えば、特許文献2参照)。また、高温下での機械物性を発現させるためにエポキシ樹脂にポリマレイミド樹脂など耐熱樹脂を混合したサイジング剤が提案されているが(特許文献3参照)、これら技術を採用しても低温での特性は十分とはいえなかった。更には、サイジング剤硬化物の低温での動的粘弾性特性に注目したサイジング剤が提案されているが(特許文献4参照)、この技術によっても低温から高温までの安定した機械物性が得られるとは限らない。このように従来技術ではマトリックスの種類によっては温度環境により複合材料物性に影響する場合があり、温度環境に依らない安定した機械物性発現するサイジング剤が求められている。
【特許文献1】特許第2643518号公報
【特許文献2】特開平9−031851号公報
【特許文献3】特開昭62−21872号公報
【特許文献4】特開2004−149979号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、温度環境の影響が小さい繊維長さ方向の引張強度に優れた炭素繊維強化複合材料を与える炭素繊維束を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、前記課題を解決するために、次のいずれかの手段を採用するものである。すなわち、エポキシ樹脂を主成分して含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束であって、前記エポキシ樹脂は、それに3,3’−ジアミノジフェニルスルホンを当量配合し、180℃で4時間熱処理して得られる評価用硬化物の熱機械分析(TMA)測定法により得られる線膨張率が6×10−5/℃以下である炭素繊維束、または、次の式(1)で示されるエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束である。
【0007】
【化1】

【0008】
[式(1)において、R1及びR2は、エポキシ基、脂環式エポキシ基より選ばれる官能基を具備する有機残基である。R1とR2は同一であってもよい。]
【発明の効果】
【0009】
本発明の炭素繊維束を用いれば、温度環境の影響が小さく繊維長さ方向の引張強度に優れた炭素繊維強化複合材料を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】

本発明の炭素繊維束は、炭素繊維とマトリックスの両方に親和性の高いエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤が付着してなる。そして、本発明の第1の態様では、以下に述べる様に、そこで用いるエポキシ樹脂として、それに特定の硬化剤を当量配合し、特定の条件で熱処理してなる評価用硬化物が、−60℃から180℃までの間の熱機械分析(以下、TMAと略記する)測定法により得られる線膨張率が6×10−5/℃以下、好ましくは5.5×10−5/℃以下となるものを用いるのである。エポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤はマトリックスの硬化反応に取り込まれると同時に、炭素繊維/マトリックス界面に高濃度で存在するために、未硬化特性では炭素繊維複合材料への影響を正しく反映できないため硬化物での特性が意味を持つ。
【0011】
本発明者らは、TMA測定法から得られる線膨張率は、温度環境に対する歪み量、すなわち内部応力の発生量の指標であり、サイジング剤硬化物の線膨張率はサイジング剤組成の存在比率の高い炭素繊維/マトリックス界面の内部応力の発生量の指標となるため、使用される炭素繊維複合材料の温度環境の耐性を推定することができると考えている。また、サイジング剤にはかかる特性を有するエポキシ樹脂を主成分として含有しておれば良く、エポキシ樹脂以外の成分を含有していても良いが、かかる成分は通常マトリックスとの反応性が乏しいため、内部応力抑制の観点からは、サイジング剤に占めるエポキシ樹脂の含有量は50〜100質量%、更には70〜95質量%であることが好ましい。
【0012】
エポキシ樹脂を線膨張率評価用硬化物とするために用いる硬化剤は、炭素繊維複合材料の極低温から高温まで曝される環境劣化の指標とするため、炭素繊維複合材料で一般的に使用される高温硬化型で耐熱性に優れる芳香族アミン系硬化剤を、具体的には3,3’−ジアミノジフェニルスルホンを用いる。その配合量は当量配合、すなわち硬化剤の活性水素当量とエポキシ樹脂のエポキシ当量とが1:1となるよう配合する。そして、その配合物を180℃で4時間熱処理することで配合物を硬化させ評価用硬化物を得る。かかる評価用硬化物が前記した線膨張率を有するようなエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤を用いることにより、本発明の効果を奏するようになる。評価用硬化物の線膨張率が6×10−5/℃を超える場合は、炭素繊維とマトリックス間のエポキシ硬化物に内部応力が残存するため、引張強度が低下傾向となり、特にマトリックスが脆性化する極低温下で引張強度が低下することになる。なお、従来合成手法で粒子充填剤を添加せずに得られるエポキシ樹脂硬化物の線膨張率は2×10−5/℃以上であるのが一般的である。
【0013】
一方で、本発明で用いるサイジング剤には、半導体素子を保護するためのエポキシ樹脂封止材に使用される有機物または無機物から構成される粒子充填材や、硬化剤を実質的に含ませないのが良い。エポキシ樹脂硬化物の線膨張率を低減するため一般的に粒子充填材を添加する技術が知られているが、サイジング剤に粒子充填材を配合すると充填材自体が破壊開始点となり引張強度が低下する。また、マトリックスと同様に硬化剤を配合して線膨張率を低減する方法もあるが、炭素繊維束保管時のサイジング剤自体が硬化進行し、炭素繊維束自体が堅くなり、束内部へのマトリックスの含浸性が悪くなる。
【0014】
本発明でサイジング剤に用いるエポキシ樹脂は、前記した評価用硬化物の線膨張率が6×10−5/℃以下を示すものであれば特に限定しないが、具体的には、特許第2747819号公報などに記載されるビフェニル構造など剛直な骨格を有するエポキシ樹脂や、強い電子吸引性を有するスルホニル基などを有するエポキシ樹脂は分子間結合が強いため低い線膨張率の評価用硬化物が得られやすい。
【0015】
本発明の第2の態様は、次の式(1)で示されるエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤が付着されてなる炭素繊維束である。
【0016】
【化2】

【0017】
式(1)において、R1及びR2は、エポキシ基、脂環式エポキシ基より選ばれる官能基を具備する有機残基である。R1とR2は同一であってもよい。
【0018】
式(1)で示されるエポキシ樹脂は、その評価用硬化物が低い熱膨張率を与えやすく、前記した範囲の評価用硬化物を得るのに好適である。
【0019】
式(1)のエポキシ樹脂は、スルホニル基を有するジヒドロキシ化合物(例えば、式(2)、(3)の化合物)をエピクロロヒドリンで代表されるエピハロヒドリンと触媒の存在下または不存在下で付加反応させた後に、脱塩酸反応剤を用いて脱塩酸反応させることによって得ることができる。具体的には、式(1)のエポキシ樹脂としては、式(2)の化合物である4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン(別称:ビスフェノールS)とエピクロロヒドリンとの反応物であるビスフェノールS型ジグリシジルエーテルや、式(3)の化合物であるビス[4−(ヒドロキシエトキシ)フェニル]スルホンのエチレンオキサイド付加物とエピクロロヒドリンとの反応物などが挙げられ、市販品では、ビスフェノールS型ジグリシジルエーテルとして、大日本インキ化学工業(株)製の“エピクロン”(登録商標)EXA−1514などを用いることができる。
【0020】
【化3】

【0021】
【化4】

【0022】
本発明の第2の態様では、サイジング剤には式(1)のエポキシ樹脂を主成分として含有するが、特に、式(1)のエポキシ樹脂を50〜100質量%、更には70〜95質量%含有するのが内部応力抑制の観点から好ましい。
【0023】
また、本発明において、サイジング剤中に、エポキシ樹脂全量100質量部に対してエチレンオキサイド鎖を有するエーテル化合物を5〜30質量部含有させることが好ましい。線膨張率の低い硬化物を与えるエポキシ樹脂は剛直な骨格を有するため、単独では炭素繊維束内に容易に含浸し難く、付着ムラが生じやすいが、エチレンオキサイド鎖を有するエーテル樹脂をサイジング剤に少量含有させることで、炭素繊維と濡れ性が向上し、炭素繊維束内への含浸性が一層良くなる。更にはエポキシ樹脂などのマトリックスとの親和性もより一層向上するので、濡れ性および界面接着性の極めて良好な炭素繊維をなし得る。かかるエーテル化合物の含有率が30質量%を超えると線膨張率が大きくなり、引張強度低下が起こる場合がある。
【0024】
前記エーテル化合物としては、ポリエチレンエーテル構造を内包するものが、親水性が高まり炭素繊維およびマトリックスとの親和性が高まるため好ましく使える。具体例としては、ポリオキシエチレンラウリルグリシジルエーテル、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物、ポリオキシエチレンフェニルグリシジルエーテル、ポリオキシエチレンフェニルエーテル等が挙げられる。特にビスフェノールSのエチレンオキサイド付加物、あるいはビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物は、前記エポキシ樹脂と親和性が高くより好ましく用いられる。
【0025】
サイジング剤を構成することができる他の成分としては、炭素繊維の取扱い性、耐擦過性および耐毛羽性を高め、マトリックス樹脂の含浸性を向上させるため、必要に応じ、ポリエーテル樹脂、ポリエステル樹脂およびポリウレタン樹脂等や、分散剤および界面活性剤等の補助成分を添加することができる。
【0026】
本発明においては、サイジング剤を炭素繊維束の単位質量当たり0.3〜3質量%の範囲内で炭素繊維束に付着させることが重要である。サイジング剤の付着量は好ましくは0.4〜2.5質量%の範囲内である。炭素繊維束の単位質量当たりのサイジング剤の付着量が少ないと、炭素繊維束を取り扱う時に通過する金属ガイドなどによる摩擦に耐えられず毛羽発生し易くなり取り扱い性が低下する。一方、サイジング剤の付着量が3質量%を超えると、炭素繊維束内部にマトリックスが含浸し難くなり、得られる炭素繊維強化複合材料においてボイドが生成し易く、複合材料の品位低下と同時に機械物性の低下に繋がりやすい。
【0027】
本発明の炭素繊維束は、原料炭素繊維束にサイジング剤が付着している。本発明で好適に用いられる原料炭素繊維束としては、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)系、レーヨン系あるいはピッチ系などの公知の炭素繊維フィラメントが数千から数万本束になったもので、特に、補強効果を得る上で、高強度の炭素繊維束が得られやすいPAN系のものを使用することが好ましい。
【0028】
また、本発明で用いられる原料炭素繊維束の総繊度は、好ましくは400〜3000テックスであり、さらに好ましくは500〜2000テックスである。また総フィラメント数は、好ましくは1000〜100000本であり、さらに好ましくは3000〜50000本である。また、炭素繊維束としてのストランド引張強度は、好ましくは1〜10GPaであり、さらに好ましくは5〜8GPaである。また、炭素繊維束としてのストランド引張弾性率は、好ましくは100〜1000GPaであり、さらに好ましく200〜600GPaである。上記のストランド強度はJIS−R−7601(1986)に準拠して測定される。
【0029】
次に、原料炭素繊維束としてPAN系のものを用いる場合を例にとって、本発明の炭素繊維束を製造する方法を詳細に説明する。
【0030】
原料炭素繊維束を製造するための前駆体繊維を得るための紡糸方法としては、湿式、乾式あるいは乾湿式などの紡糸方法を採用することができるが、高強度の繊維が得られやすい湿式紡糸法あるいは乾湿式紡糸法が好ましく、特に乾湿式紡糸法が好ましく用いられる。紡糸原液には、ポリアクリロニトリルのホモポリマーあるいは共重合体の溶液あるいは懸濁液などを用いることができる。
【0031】
この紡糸原液を口金に通して紡糸し、凝固、水洗および延伸して前駆体繊維とし、この前駆体繊維を耐炎化処理、炭化処理、必要によっては更に黒鉛化処理をすることによって炭素繊維束とする。得られた炭素繊維束は、複合材料化される際に組み合わされるマトリックス樹脂との接着性を良好なものとするため、必要に応じて電解表面処理などの表面酸化処理がなされる。繊維束には撚りが付与されていても良いが、繊維束を均一に拡幅し、単繊維間にマトリックスを含浸したプリプレグを得る観点からは実質的に撚りはないほうが良い。
【0032】
このようにして得た原料炭素繊維束に、サイジング剤を付着させる。炭素繊維束にサイジング剤を付着させるためには、サイジング剤が溶媒に溶解または分散したサイジング液を用い、炭素繊維束に、そのサイジング液を付与した後、溶媒を乾燥、除去する方法が簡便である。サイジング液におけるサイジング剤の濃度は、サイジング液の付与方法および付与した後に余剰のサイジング液を絞り取る絞り量の調整等によって適宜調節する必要があるが、前記したサイジング剤の付着量とするためには、通常は0.2質量%〜20質量%の範囲内とすることができる。
【0033】
本発明において、サイジング液を炭素繊維束に付与する手段としては、ローラーサイジング法、ローラー浸漬法およびスプレー法などを用いることができる。中でも、一束あたりの単繊維数が多い炭素繊維束についても、サイジング剤を均一に付与しうるため、ローラー浸漬法が好ましく用いられる。
【0034】
サイジング液の液温は、溶媒蒸発によるサイジング剤の濃度変動を抑えるため、10〜50℃の範囲内であることが好ましい。また、サイジング液を付与した後に余剰のサイジング液を絞り取る絞り量を調整することにより、サイジング剤を炭素繊維束内に均一に付与することができる。溶媒を乾燥除去する際の処理は、120〜300℃の温度で10秒〜10分間の処理が好適であり、より好適には150〜250℃の温度で30秒〜4分間の処理である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明についてさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。本実施例において用いた各物性の測定法と評価方法は、下記に示すとおりである。
【0036】
<サイジング剤付着量>
約2gの炭素繊維束を秤量(W1)した後、50リットル/分の窒素気流中、温度450℃に設定した電気炉(容量120cm)に15分間放置し、サイジング剤を完全に熱分解させる。そして、20リットル/分の乾燥窒素気流中の容器に移し、15分間冷却した後の炭素繊維束を秤量(W2)して、次式によりサイジング剤付着量を求める。
・サイジング付着量(%)=[W1(g)−W2(g)]/[W1(g)]×100
<コンポジット物性>
[プリプレグの作製]
先ず、円周約2.7mの鋼製ドラムに、炭素繊維束と組み合わせる後述組成のエポキシ樹脂マトリックスを、シリコーン塗布ペーパー上にコーティングした樹脂フィルムを巻き、次にクリールから引き出した炭素繊維束をトラバースを介して前記樹脂フィルム上に巻き取り、配列して、更にその炭素繊維束の上から前記樹脂フィルムを再度かぶせて後、加圧ロールで回転加圧して樹脂を炭素繊維束内に含浸せしめ、幅300mm、長さ2.7mの一方向プリプレグを作製する。
【0037】
このとき、炭素繊維束間への樹脂含浸を良くするために、ドラムは50〜60℃の温度に加熱する。ドラムの回転数とトラバースの送り速度とを調整することによって、繊維目付200±5g/m2 、樹脂量約35質量%のプリプレグを作製する。
【0038】
[0゜引張強度の測定]
プリプレグを裁断し、一方向積層し、オートクレーブを用いて加熱硬化(温度180℃、圧力0.6MPa、2時間)させ、1mm厚の硬化板を作製する。0°引張強度の測定は、JIS−K−7073(1988)に従い、0°引張強度を測定する。硬化板から、長さ230±0.4mm、幅12.5±0.2mm、厚さ1±0.2mmの一方向0゜引張試験片(I形)を作製する。ゲージ長は125±0.2mmとし、試験片引張試験機のクロスヘッドスピードを15mm/分とし、n=5で行う。また、測定温度を−60℃、23℃、80℃で行う。
【0039】
[層間剪断強度の測定]
プリプレグを裁断し、一方向積層し、オートクレーブを用いて加熱硬化(温度180℃、圧力0.6MPa、2時間)させ、2mm厚の硬化板を作製する。層間剪断強度の測定は、JIS−K−7078(1991)に従い、3点曲げ試験で層間剪断強度を測定した。硬化板から、長さ14±0.4mm、幅10±0.2mm、厚さ2±0.4mmの90゜方向材試験片を作製し、スパン(l)と試験片厚み(d)の比はl/d=5±0.2とし、曲げ試験機のクロスヘッドスピードを1mm/分とし、n=5で行う。
【0040】
[評価用硬化物の線膨張率の測定]
測定しようとするエポキシ樹脂100質量部、硬化剤として3,3’−ジアミノジフェニルスルホンを、エポキシ樹脂のエポキシ基と活性水素量が当量配合した配合物を180℃で4時間、金型を用いて成形・硬化させ、評価用硬化物を得る。この評価用硬化物を長さ10mm、一辺の長さ5mm角の角柱状となるように調整し、TMA測定用試験片とする。TMAは、JIS−K−7191(1991)の線膨張率試験方法に従い、TMA装置を用いて測定し、線膨張率は−60℃から180℃の範囲で算出し、n数3の平均値として求める。評価用硬化物のガラス転移温度(Tg)が180℃未満の場合は、線膨張率は−60℃からTgの範囲で算出した。なお、本実施例では、3,3’−ジアミノジフェニルスルホンとして、3,3'−DAS[小西化学(株)製]を用い、TMA装置として、ティー・エイ・インスツルメンツ社製熱機械分析装置TMA2940を用いた。
【0041】
(実施例1)
アクリロニトリル99モル%、イタコン酸1モル%からなる共重合体を紡糸し、焼成し、電解表面処理を行い、総フィラメント数24、000本の原料炭素繊維束を得た。この原料炭素繊維束の特性は、総繊度800テックス、比重1.8、ストランド引張強度 6.2GPa、ストランド引張弾性率300GPaであった。サイジング剤として、ビスフェノールS型ジグリシジルエーテル(“エピクロン”(登録商標)EXA−1514[大日本インキ化学工業(株)製])(95質量部)とビスフェノールA型エチレンオキサイド(8モル)付加物(5質量部)の混合物を用い、N,N’−ジメチルホルムアミドに溶解してサイジング液(サイジング剤濃度2.5質量%)とした。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が4.6×10−5/℃であった。
【0042】
このサイジング液をディップ法により前記の炭素繊維束に含浸させた後、ローラー間で700gの張力を付与し熱風乾燥機で200℃の温度で2分間乾燥することによりサイジング剤の付着量1.0質量%の炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽は観察されなかった。この炭素繊維束を、次に示すマトリックス樹脂を用いて、上記[プリプレグの作製]に従い、プリプレグを得た。炭素繊維束の内部にまでマトリックス樹脂が含浸されていた。
【0043】
[マトリックス樹脂成分]
マトリックス樹脂としては、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン(“スミエポキシ”(登録商標)ELM434)[住友化学工業(株)製]80質量部、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER”(登録商標)828)[ジャパンエポキシレジン(株)製]20質量部、3,3'−ジアミノジフェニルスルホン(3,3'−DAS)[小西化学(株)製]40質量部、ポリエーテルスルホン(“スミカエクセル”(登録商標)5003P)[住友化学工業(株)製]10質量部を用いた。
【0044】
各種評価試験を行った結果を、表1に示す。表1に示す評価結果から判るように、いずれの測定温度でも引張強さの高い機械物性を得た。
【0045】
(実施例2)
サイジング剤を、ビスフェノールS型ジグリシジルエーテル(“エピクロン”(登録商標)EXA−1514[大日本インキ化学工業(株)製])(100質量部)のみに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽がわずかに見られた。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が4.6×10−5/℃であった。炭素繊維束内部までマトリックス樹脂が殆ど含浸されていたが、一部含浸不足部分があった。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。
【0046】
(実施例3)
サイジング剤を、ビスフェノールS型ジグリシジルエーテル(“エピクロン”(登録商標)EXA−1514[大日本インキ化学工業(株)製])(80質量部)、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER”(登録商標)828)[ジャパンエポキシレジン(株)製](15質量部)とビスフェノールA型エチレンオキサイド(8モル)付加物(5質量部)の混合物に変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽は観察されなかった。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が5.4×10−5/℃であった。炭素繊維束の内部にまでマトリックス樹脂が含浸されていた。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。
【0047】
(比較例1)
サイジング剤を、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(“jER”(登録商標)828)[ジャパンエポキシレジン(株)製](95質量部)とビスフェノールA型エチレンオキサイド(8モル)付加物(5質量部)の混合物に変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽は観察されなかった。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が7.1×10−5/℃であった。表1に示す評価結果から判るように、室温はもとより−60℃での引張強度が他の測定温度より低いことがわかる。
【0048】
(比較例2)
サイジング剤を、エポキシ基を有さないビスフェノールS誘導体(ビス[4−(ヒドロキシエトキシ)フェニル]スルホン,SEO−2)[日華化学(株)製]に変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。エポキシ基を有さないため評価用硬化物は得られなかった。炭素繊維束には擦過による毛羽が多く観察された。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。表1に示す評価結果から判るように層間剪断強度が低くく、接着性に劣ることがわかる。
【0049】
(実施例4)
サイジング剤を、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン(“スミエポキシ”(登録商標)ELM434)[住友化学工業(株)製](100質量部)のみに変更した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽がわずかに見られた。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が5.2×10−5/℃であった。炭素繊維束内部までマトリックス樹脂が殆ど含浸されていたが、一部含浸不足部分があった。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。
【0050】
(実施例5)
サイジング剤として、特許2747819号公報の合成実施例6記載の方法に従い合成したビフェニル型エポキシ樹脂を使用した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。炭素繊維束に擦過による毛羽は観察されなかった。各種評価試験を行った結果を、表1に示す。用いたエポキシ樹脂は、評価用硬化物の線膨張率が5.8×10−5/℃であった。表1に示す評価結果から判るように、本発明による炭素繊維束は、いずれの測定温度でも高い引張強さを発現できる。
【0051】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の炭素繊維束は、温度環境の影響が小さい繊維長さ方向の引張強度に優れ、かつ接着強さに優れた炭素繊維強化複合材料を与えるので、航空機用構造材料や、ゴルフシャフト、釣り竿およびテニスラケットのフレーム等のスポーツ用途の中間素材として、また自動車や建築物の補修あるいは補強用などの一般産業用途にも好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシ樹脂を主成分して含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束であって、前記エポキシ樹脂は、それに3,3’−ジアミノジフェニルスルホンを当量配合し、180℃で4時間熱処理して得られる評価用硬化物の熱機械分析測定法により得られる線膨張率が6×10−5/℃以下である炭素繊維束。
【請求項2】
次の式(1)で示されるエポキシ樹脂を主成分として含有するサイジング剤が付着してなる炭素繊維束。
【化1】

[式(1)において、R1及びR2は、エポキシ基、脂環式エポキシ基より選ばれる官能基を具備する有機残基である。R1とR2は同一であってもよい。]
【請求項3】
前記サイジング剤には、エポキシ樹脂100質量部に対してエチレンオキサイド鎖を有するエーテル化合物を5〜30質量部含有する、請求項1または2に記載の炭素繊維束。

【公開番号】特開2008−150747(P2008−150747A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−340997(P2006−340997)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】