説明

無線多入力多出力(MIMO)ネットワークにおいて送信機と受信機との間のチャネルのためのチャネル行列を推定するための方法

【課題】多入力多出力(MIMO)無線通信ネットワークにおいて周波数及び時間選択性フェージングを受けるチャネルのチャネル行列を、SNRに応じて、高精度に推定する。
【解決手段】L−L正則化スパース回帰に基づいて、再帰的最小二乗(RLS)プロセス500及び期待値最大化(EM)プロセス600を使用する。高次行列拡張を用いて共分散行列を得ることによって、チャネル推定の精度を改善する。最終的なチャネル推定値を得るために、スパースEMによって、その共分散行列及び初期推定値が精緻化される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、包括的には通信ネットワークに関し、より詳細には、無線多入力多出力(MIMO)ネットワークにおいて送受信機間のチャネルを推定することに関する。
【背景技術】
【0002】
無線通信は、高速で移動する送受信機の場合に特に、非定常的な高速フェージングチャネル条件を受ける。このため、コヒーレント信号検出を可能にするためにチャネルを推定するのが難しくなる。
【0003】
周波数及び時間選択性フェージングに対する数多くのチャネル推定法が知られている。最も広く用いられている方法のうちの1つは再帰的最小二乗(RLS)プロセスを実行し、そのプロセスは、追跡能力は良好であり、かつあまり複雑ではない。追跡性能は、次数拡張RLSプロセスを用いて改善することができる。
【0004】
次数拡張RLSプロセスは、高い信号対雑音比(SNR)の状況(regime)において、非常に高速のフェージングチャネルの場合に良好な推定精度を提供するが、チャネルが、低速フェージングであり、周波数が疎であり、非常に雑音が多いときに、その推定能力は著しく劣化する。
【0005】
スパースチャネル推定の場合、Lノルム正則化に基づく圧縮センシングを用いるスパースRLSプロセスが知られている。圧縮センシングは、劣決定(under-determined)の線形システムの場合の疎な解を求める。しかしながら、その方法は送受信機において単一のアンテナを仮定する。さらに、その方法は従来の0次チャネル推定に基づくので、非常に高速のフェージングチャネルでは性能が劣化する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来技術のチャネル推定法の特徴を示す以下の3つの問題を解決する。高次推定が用いられるとき、低いSNRの状況の場合に推定精度が劣化する。低次推定は、時変チャネルにおいてSNRが高い状況の場合に、著しい性能劣化を受ける。スパースチャネル推定はコンピュータ上の計算が複雑である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施の形態は、周波数及び時間選択性多入力多出力(MIMO)ネットワークにおいてチャネルを推定するための方法を提供し、送受信機は複数のアンテナを有する。その方法は、時間領域においてチャネルが疎である高速時変チャネルを推定する。
【発明の効果】
【0008】
従来のチャネル推定法と比べて、本発明は以下の利点を有する。
【0009】
その方法は、非0のタップ位置を求めるために、事前推定を必要としない。
【0010】
その方法は、時変MIMOチャネルのための最適な次数、最適なタップ利得及び最適なタップを自動制御する。
【0011】
その方法は、全てのSNRの状況、任意の疎密(dense-or-sparse)チャネル、及びチャネル変更速度にわたる任意のチャネル条件の場合に最適に近い性能を与えるのに対して、従来の方法は、高いSNRの状況及び密チャネルの場合に特に性能が悪い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態による、多入力多出力(MIMO)無線通信ネットワークのブロック図である。
【図2】本発明の実施形態による、チャネル推定のための無線送信のタイミング図である。
【図3】本発明の実施形態による、次数拡張多項式を用いる周波数及び時間選択性フェージングMIMOチャネルの概略図である。
【図4】本発明の実施形態による、次数拡張再帰的最小二乗(RLS)手順、及び期待値最大化(EM)手順を用いる高次スパースMIMOチャネル推定法のブロック図である。
【図5】本発明の実施形態による、時変チャネルを推定するための次数拡張RLS手順のブロック図である。
【図6】本発明の実施形態による、スパースEM手順のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に示されるように、本発明の実施形態は、周波数及び時間選択性多入力多出力(MIMO)ネットワーク100においてチャネル130を推定するための方法400を提供する。そのネットワークは、少なくとも2つの送受信機を含む。第1の送受信機は、送信機141として動作することができ、一方、送受信機は受信機142として動作するが、逆にすることもできる。方法400の各ステップは、受信機のプロセッサにおいて実行される。プロセッサは、メモリ及び入力/出力インターフェースに接続される。
【0014】
送信機は1セットの送信アンテナ145を含み、受信機は1セットの受信アンテナ146を含む。M及びNを送信アンテナの数及び受信アンテナの数とし、例えば、2つがそれぞれM=N=2であるとする。送信機では、アンテナによって、M次元ベクトル信号x121が送信される。チャネル130を通った後の、受信機における対応する受信信号122はyであり、yはN次元ベクトルである。そのチャネルは行列Hによって表すことができる。受信機では、推定法400の複数のステップによって、チャネル行列の推定されたバージョンの行列H’131が得られる。
【0015】
図2は、チャネル推定のための、送信機から受信機までの信号送信x121の詳細なタイミング図を示す。送信機は、送信系列x(1)201〜x(k)202を送信する。ただし、kは、シンボル単位のパケット系列の長さを表す。受信機は、対応する系列y(1)211〜y(k)212を得る。周波数選択性フェージングチャネルは、シンボル間干渉(inter-symbol interference)を受けるメモリを有する。Pを最大チャネルメモリ長とする。第kのシンボルにおいて、受信信号y(k)213は、以下のように、周波数選択性フェージングチャネルH(k)221を通った先行するP+1個のシンボルの混合物によって表される。
【0016】
【数1】

【0017】
ただし、H(k)は大きさN×Mの第pの遅延タップチャネル行列であり、z(k)は大きさN×1の受信機雑音であり、H(k)は大きさN×M(P+1)の合成チャネル行列であり、x’(k)は合成送信信号であり、その信号は先行するP+1個のシンボルを重ね合わせる。そのチャネルは、時間222の経過とともに急速に変化する。それゆえ、そのチャネルは、周波数及び時間選択性チャネルと呼ばれる。
【0018】
図3は、シンボル時間インデックスkにおける、MIMOチャネル、H(k)221の時間変動を示す。大部分の通常の無線チャネルの場合、チャネル行列H(k)221内にわずかな数の非0のエントリと、多数の0又は概ね0の値が存在し、時間変動を引き起こすドップラー周波数は、最大ドップラー周波数によって制限される。これは、空間次元301、周波数(又は遅延領域)次元302及び時間次元303において広がるチャネルH(k)221が非常に疎になることを意味する。
【0019】
スパーシティ:数値解析の分野において、スパース行列は、数多くの0又は概ね0の値が主に存在する行列である。
【0020】
方法400は、そのようなスパースチャネル行列のための高次スパース回帰を用いて、最適な周波数及び時間選択性チャネル行列H(k)を推定する。
【0021】
テイラー級数展開を導入すると、時変チャネル行列は、以下のように、高次多項式311によって表すことができる。
【0022】
【数2】

【0023】
ただし、G(k)312は大きさN×M(P+1)のd次多項式項であり、Dは検討中の最大多項式次数であり、G(k)はN×M(P+1)(D+1)次元行列であり、その行列はG(k)、G(k)及びG(k)を重ね合わせており、D’(k)は大きさM(P+1)(D+1)×M(P+1)の次数拡張行列である。この次数拡張多項式は、元のチャネル行列H(k)ではなく、新たなチャネル行列G(k)を考えることによって、実効的なフェージング速度を低減する。なぜなら、主な時間変動が、次数拡張行列D’(k)によって吸収されるためである。さらに、新たなチャネル行列G(k)は、次数次元が追加されるので、チャネル行列H(k)よりも疎である。フーリエ級数展開のような、別の次数拡張を使用することによって、本発明の代替の実施形態が提供されることに留意されたい。
【0024】
図4は、高次スパースMIMOチャネル推定法400の詳細を示しており、その方法は、受信機142における低複雑度プロセスのために、次数拡張再帰的最小二乗(RLS)手順500及び期待値最大化(EM)手順600を利用する。その方法の複数のステップは、6つの主なブロック:初期化401、次数拡張402、RLS500、EM600、次数折りたたみ(order folding)403及びループ制御404を含む。
【0025】
初期化ステップ401では、RLS手順500及びEM手順600において用いられるいくつかのパラメーター(多項式次数D、忘却係数r、EM定数a及び疎性制御係数g)が初期化され、例えば、D=2、r=0.98である。a及びgの値はチャネルの信号対雑音比(SNR)によって調整され、より具体的には、aはSNRとともに指数関数的に減少し、gはSNRとともに線形に増加する。初期化ステップ401は、RLS手順及びEM手順のために必要とされるいくつかの行列も設定する(送信信号メモリx’(0)=0、次数拡張チャネルG’(0)=0、信号相関行列R、EM相関行列A=0及びB=0)。相関行列RはR=cIとして初期化される。ただし、cは大きな定数であり、Iは恒等行列であり、例えばR=100Iである。シンボルインデックスはk=1として初期化される。
【0026】
次数拡張ステップ402では、受信機が、受信信号y(k)及び送信信号x(k)を得る。送信信号x(k)は、トレーニング系列及びデータ系列を含むパケットである。トレーニング系列は、チャネルトレーニング期間中に受信機において認識され(通常は、パケットの最初のいくつかのシンボル(プリアンブル)内にある)、一方、x(k)は、データ送信期間中に、受信機において復号プロセスを通して決定することによって与えられる。送信信号x(k)は、M(P+1)次元メモリ内にx’(k)としてバッファリングされる。バッファリングされた信号x’(k)は、大きさM(P+1)(D+1)のD次多項式信号u=D’(k)x’(k)に拡張される。
【0027】
RLS手順500では、y(k)、u、R及びrが与えられると、高次チャネル行列G’(k)の最小二乗解が再帰的に得られる。RLS手順を用いて、後続のEM手順の収束速度を加速させる。G’(k)=G’(k−1)として繰り返すことによって、RLSステップを除外することが可能である。EMステップ手順では、y(k)、u、r、a、g、A及びBが与えられると、期待値最大化手順を通してチャネルの疎性を利用するために、推定値G’(k)が繰返し精緻化(refine)される。
【0028】
EM手順において収束した後に、次数折りたたみステップ403は、次数拡張チャネルG’(k)から、G’(k)D’(k)として、最適なチャネル推定行列H’(k)を得る。ループ制御ステップ404では、シンボルインデックスkがインクリメントされ、kが系列の最後kに達するまで、次数拡張402からのステップが繰り返される(405)。
【0029】
図5は、高次RLS手順500を示す。初期化されたパラメーター(r及びR)401並びに次数拡張信号u402が与えられると、最小二乗推定値は、以下の4つのステップ;順方向誤差ベクトルを求めるステップ501、更新ベクトルを求めるステップ502、相関行列Rを更新するステップ503及び次数拡張チャネル行列を更新するステップ504によって再帰的に得られる。
【0030】
最初に、以下のように、受信信号y(k)から、予想される受信レプリカG’(k−1)uを減算することによって、大きさNの順方向誤差ベクトルeが求められる。
【0031】
【数3】

【0032】
ただし、誤差ベクトルeは、平均二乗誤差を最小にするために勾配降下として用いられる。次に、大きさM(P+1)(D+1)の更新ベクトルqが以下のように求められ、そのベクトルは勾配降下のステップサイズとして用いられる。
【0033】
【数4】

【0034】
その後、相関行列Rが以下のように更新される。
【0035】
【数5】

【0036】
ただし、上付き文字[・]は、行列のエルミート転置を表す。この更新された相関行列は、次のシンボルにおいて、新たな更新ベクトルqを生成するために用いられる。最後に、先行する値G’(k−1)並びに勾配ベクトルe及びqから、以下のように、次数拡張チャネル行列G’(k)が得られる。
【0037】
【数6】

【0038】
この高次RLS法は最適な推定値を得て、その推定値は、高次多項式回帰を用いて、平均二乗誤差を最小にする。しかしながら、高次チャネル行列において根底にある疎性を考慮しない。チャネル行列は、スパースEM手順600によって更に精緻化される。
【0039】
図6は、スパースEM手順のステップを示す。第1のステップ601では、所定の定数a及びrとともにu及びy(k)が与えられるときに、以下のように、自己相関行列A及び相互相関行列Bが更新される。
【0040】
【数7】

【0041】
第2のステップ602では、以下のように、行列の疎性を考慮することによって、高次チャネル行列G(k)を予想して、期待値Sを得る。
【0042】
【数8】

【0043】
期待値Sが与えられると、最大化ステップ603では、以下のように、高次チャネル行列G(k)を精緻化して、スパース行列の尤度を最大にする。
【0044】
【数9】

【0045】
ただし、gは疎性制御因子であり、ステップ401において初期化され、Fth(・)は、以下のように定義されるソフトしきい値関数である。
【0046】
【数10】

【0047】
ただし、|・|は複素数の大きさである。高次チャネル行列G’(k)が十分に収束しない場合には(604)、収束するまで、予想ステップ602及び最大化ステップ603が繰り返される(605)。収束する場合には、EMステップは終了し、最適なスパースチャネル推定値G’(k)が得られる。
【0048】
発明の効果
従来のチャネル推定法と比べて、本発明は以下の利点を有する。
【0049】
その方法は、非0のタップ位置を求めるために、事前推定を必要としない。
【0050】
その方法は、時変MIMOチャネルのための最適な次数、最適なタップ利得及び最適なタップを自動制御する。
【0051】
その方法は、全てのSNRの状況、任意の疎密(dense-or-sparse)チャネル、及びチャネル変更速度にわたる任意のチャネル条件の場合に最適に近い性能を与えるのに対して、従来の方法は、高いSNRの状況及び密チャネルの場合に特に性能が悪い。
【0052】
その方法は、周波数及び時間選択性MIMOタップ付き遅延線によってモデル化することができる有線通信、光ファイバー通信及び制御ネットワークを含む他のネットワークにも適用することができる。ここで、MIMOは、任意のシングルアンテナシナリオ、及び複数アンテナの事例を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無線多入力多出力(MIMO)ネットワークにおいて送信機と受信機との間のチャネルのためのチャネル行列を推定するための方法であって、該送信機は1組のM個の送信アンテナを含み、該受信機は1組のN個の受信アンテナを含み、該方法は、
送信信号x(k)のk個のシンボルをバッファリングされた信号x’(k)としてバッファリングするステップと、
Dが最大多項式次数であり、D’(k)が次数拡張行列であり、Pがk個のシンボルのチャネルメモリの最大長としたとき、前記バッファリングされた信号を大きさM(P+1)(D+1)のD次多項式信号u=D’(k)x’(k)に拡張するステップと、
前記D次多項式信号u、前記送信信号x(k)に対応する受信信号y(k)及び信号相関行列Rに基づいて、次数拡張再帰的最小二乗(RLS)プロセスを用いて、次数拡張チャネル行列G’(k)の推定値を求めるステップと、
スパース期待値最大化(EM)を用いて前記推定値を精緻化するステップと、
G’(k)D’(k)としてチャネル行列の推定値H’(k)を得るために、前記次数拡張チャネル行列G’(k)を折りたたむステップと
を含み、前記ステップは前記受信機のプロセッサにおいて実行される、方法。
【請求項2】
前記チャネル行列H’(k)は、高速フェージング及びスパースチャネルの場合に最適である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記精緻化するステップは、
高次行列再帰を用いて前記EM手順のための相関行列A及びBを求めること、
Iを恒等行列としたとき、期待値S=G’(k)(I−A)+Bを求めること、及び
前記期待値Sを用いて、収束するまでG’(k)を更新すること
を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記推定値を求めるステップは、
順方向誤差ベクトルeを求めること、
更新ベクトルqを生成すること、及び
前記相関行列Rを更新して、次数拡張チャネル行列G’(k)の前記推定値を得ること、
を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記拡張再帰的最小二乗(RLS)プロセスは、高次多項式回帰を用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記送信信号はトレーニング系列及びデータ系列を含むパケットであり、前記受信機は、復号及び決定後に、該トレーニング系列及び該データ系列をチャネル推定信号として用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記次数拡張再帰的最小二乗(RLS)プロセスはテイラー級数展開を用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記次数拡張再帰的最小二乗(RLS)プロセスはフーリエ級数展開を用いる、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−165370(P2012−165370A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−8119(P2012−8119)
【出願日】平成24年1月18日(2012.1.18)
【出願人】(597067574)ミツビシ・エレクトリック・リサーチ・ラボラトリーズ・インコーポレイテッド (484)
【住所又は居所原語表記】201 BROADWAY, CAMBRIDGE, MASSACHUSETTS 02139, U.S.A.
【Fターム(参考)】