説明

燃料電池用触媒電極

【課題】燃料電池が氷点下まで冷却されることによる発電性能の低下を抑制する。
【解決手段】燃料電池用の触媒電極は、0℃において実質的に最大含水量の水を含んだ触媒電極をから−1℃まで冷却する過程において触媒電極の含水量が不凍水量以下に維持されるような不凍水曲線および不飽和透水係数を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用触媒電極に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池、例えば、固体高分子型燃料電池は、電解質膜を挟んで配置される一対の触媒電極層(アノード側触媒電極層およびカソード側触媒電極層)のそれぞれに反応ガス(燃料ガスおよび酸化剤ガス)を供給して電気化学反応を引き起こすことにより、物質の持つ化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換する。電解質膜と一対の触媒電極層とを含む積層体は、膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly、MEA)と呼ばれる。
【0003】
燃料電池では、発電時の電気化学反応により、水(以下、「生成水」と呼ぶ)が生成される。燃料電池の内部に生成水が残存した状態で燃料電池が冷却されると、条件によっては生成水が凍結して氷となる。燃料電池の内部で氷が生成されると、氷によって触媒電極層の形態変化が引き起こされ、電解質膜から触媒電極層へのプロトン伝導性が低下し、燃料電池の常温時発電性能が低下する場合があった。従来、燃料電池の発電停止時に掃気処理を行うことにより、燃料電池の内部を乾燥させて、生成水の凍結による燃料電池の発電性能の低下を抑制する技術が知られている(例えば特許文献1ないし5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−283244号公報
【特許文献2】特開2005−285425号公報
【特許文献3】特開2007−141812号公報
【特許文献4】特開2009−259664号公報
【特許文献5】特開2010−108914号公報
【特許文献6】特開2010−129292号公報
【特許文献7】特開2005−019055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の技術では、生成水の凍結を抑制するために、掃気処理の実行や燃料電池の保温といった特別の対策を要していた。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、掃気処理の実行や燃料電池の保温等の特別の対策を行うことなく、燃料電池が氷点下まで冷却されることによる発電性能の低下を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本発明は、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]燃料電池用の触媒電極であって、
0℃において実質的に最大含水量の水を含んだ前記触媒電極を−1℃まで冷却する過程において前記触媒電極の含水量が不凍水量以下に維持されるような不凍水曲線および不飽和透水係数を有する、触媒電極。
【0009】
この燃料電池用触媒電極は、上述した不凍水曲線および不飽和透水係数を物性として有するため、最も凍結が発生しやすい状態である実質的に最大含水量の水を含んだ状態(すなわち、実質的な飽和状態)とされて0℃から−1℃まで冷却される過程において、液水の排出によって含水量が不凍水量以下に維持される。そのため、掃気処理の実行や燃料電池の保温等の特別の対策を行うことなく、触媒電極を用いた燃料電池が氷点下まで冷却されても、凍結による氷の発生を抑制することができ、発電性能の低下を抑制することができる。
【0010】
[適用例2]燃料電池用の触媒電極であって、
水分特性曲線の近似式(1)および不飽和透水係数の算出式(2)におけるパラメーターα1およびn1の値が、数式(3)ないし(5)により規定される範囲内である、触媒電極。
【数1】

【数2】

【数3】

【数4】

【数5】

【0011】
この燃料電池用触媒電極は、掃気処理の実行や燃料電池の保温等の特別の対策を行うことなく、当該触媒電極を用いた燃料電池が氷点下まで冷却されても、凍結による氷の発生を抑制することができ、発電性能の低下を抑制することができる。
【0012】
[適用例3]適用例2に記載の触媒電極であって、
前記触媒電極の厚さは20マイクロメートル未満であり、
前記パラメーターα1およびn1の値が、数式(6)ないし(8)により規定される範囲内である、触媒電極。
【数6】

【数7】

【数8】

【0013】
この燃料電池用触媒電極は、掃気処理の実行や燃料電池の保温等の特別の対策を行うことなく、厚さ20マイクロメートル未満の触媒電極において、当該触媒電極を用いた燃料電池が氷点下まで冷却されても、凍結による氷の発生をより確実に抑制することができ、発電性能の低下をより確実に抑制することができる。
【0014】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、燃料電池用触媒電極、この触媒電極を備える膜電極接合体、この膜電極接合体を備える燃料電池、この燃料電池を備える燃料電池システム、これらの装置やシステムの製造方法または設計方法等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施例における燃料電池システム10の概略構成を示す説明図である。
【図2】燃料電池システム10に含まれる燃料電池100の一部の断面構成を概略的に示す説明図である。
【図3】燃料電池100の発電体230の断面を拡大して示す説明図である。
【図4】凍上現象が発生するまでの状態遷移図である。
【図5】凍上現象発生メカニズムの検証のための実験結果の一例を示す説明図である。
【図6】凍上現象発生メカニズムの検証のための実験結果の他の一例を示す説明図である。
【図7】凍上非発生条件設定の流れを示すフローチャートである。
【図8】不凍水曲線の測定結果の一例を示す説明図である。
【図9】計算に用いた膜電極接合体の系を示す説明図である。
【図10】液水含有量および最大不凍水量の算出結果の一例を示す説明図である。
【図11】凍上非発生条件の設定結果を示す説明図である。
【図12】凍上非発生条件の設定結果を示す説明図である。
【図13】触媒層の細孔POの径の頻度分布の一例を示す説明図である。
【図14】パラメーターα1,n1と不飽和透水係数および不凍水曲線との関係を示す説明図である。
【図15】パラメーターα1,n1と不飽和透水係数および不凍水曲線との関係を示す説明図である。
【図16】パラメーターα1,n1と不飽和透水係数および不凍水曲線との関係を示す説明図である。
【図17】パラメーターα1,n1と不飽和透水係数および不凍水曲線との関係を示す説明図である。
【図18】本実施例における燃料電池100の製造方法の流れを示す説明図である。
【図19】水分特性曲線および不飽和透水係数の各モデルを比較して示す説明図である。
【図20】水分特性曲線および不飽和透水係数の各モデルを比較して示す説明図である。
【図21】水分特性曲線および不飽和透水係数の各モデルを比較して示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を実施例に基づいて以下の順序で説明する。
A.実施例:
A−1.構成:
A−2.凍上現象発生メカニズム:
A−3.凍上非発生条件設定:
A−4.燃料電池製造:
B.変形例:
【0017】
A.実施例:
A−1.構成:
図1は、本発明の実施例における燃料電池システム10の概略構成を示す説明図である。また、図2は、燃料電池システム10に含まれる燃料電池100の一部の断面構成を概略的に示す説明図である。燃料電池システム10は、燃料ガスとしての水素と酸化剤ガスとしての空気とを利用して発電を行うシステムであり、例えば車両に搭載されて車両の動力源として使用される。
【0018】
図1に示すように、燃料電池システム10は、燃料電池100を備えている。本実施例の燃料電池100は、比較的小型で発電効率に優れる固体高分子型燃料電池である。図2に示すように、燃料電池100は、複数の発電体230と複数のセパレータ240とが交互に積層されたスタック構造を有している。なお、図2には、燃料電池100の構成をわかりやすく示すために、燃料電池100を構成する一部の発電体230およびセパレータ240のみを抜き出して示し、他の図示を省略している。
【0019】
発電体230は、電解質膜210と、電解質膜210の一方の側に配置されたカソード側触媒層(カソード側触媒電極層)222と、電解質膜210の他方の側に配置されたアノード側触媒層(アノード側触媒電極層)224と、を含んでいる。以下の説明では、カソード側触媒層222およびアノード側触媒層224を、まとめて「触媒電極層」または「触媒層」とも呼ぶ。電解質膜210と触媒層222,224とで構成される積層体は、膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly、MEA)220と呼ばれる。
【0020】
発電体230は、また、カソード側触媒層222の電解質膜210と接する側とは反対側に配置されたカソード側拡散層232と、アノード側触媒層224の電解質膜210と接する側とは反対側に配置されたアノード側拡散層234と、を含んでいる。以下の説明では、カソード側拡散層232およびアノード側拡散層234を、まとめて「拡散層」とも呼ぶ。
【0021】
電解質膜210は、固体高分子材料としてのフッ素系スルホン酸ポリマーにより形成された高分子電解質膜(例えばナフィオン(登録商標)膜:NRE212)であり、湿潤状態において良好なプロトン伝導性を有する。なお、電解質膜210としては、ナフィオンに限定されず、例えば、アシプレックス(登録商標)やフレミオン(登録商標)等の他のフッ素系スルホン酸膜が用いられるとしてもよい。また、電解質膜210として、フッ素系ホスホン酸膜、フッ素系カルボン酸膜、フッ素炭化水素系グラフト膜、炭化水素系グラフト膜、芳香族膜等が用いられるとしてもよいし、PTFE、ポリイミド等の補強材を含む機械的特性を強化した複合高分子膜が用いられるとしてもよい。
【0022】
触媒層222,224は、電極反応を促進する触媒を提供する層であり、触媒を担持する導電性担体と電解質としてのアイオノマーとを含む材料により形成されている。なお、導電性担体としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバーなどの炭素材料のほか、炭化ケイ素などに代表される炭素化合物等を用いることができる。また、触媒としては、例えば、白金や白金合金、パラジウム、ロジウム、金、銀、オスミウム、イリジウム等を使用することができる。また、白金合金としては、例えば、白金と、アルミニウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、ガリウム、ジルコニウム、モリブデン、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、バナジウム、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、チタンおよび鉛のうちの少なくとも一種との合金を用いることができる。また、アイオノマーとしては、例えば、パーフルオロスルホン酸樹脂材料(例えばナフィオン)や、スルホン化ポリエーテルケトン、スルホン化ポリエーテルスルホン、スルホン化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホン化ポリスルホン、スルホン化ポリスルフィド、スルホン化ポリフェニレン等のスルホン化プラスチック系電解質、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルケトン、スルホアルキル化ポリエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリエーテルエーテルスルホン、スルホアルキル化ポリスルホン、スルホアルキル化ポリスルフィド、スルホアルキル化ポリフェニレンなどのスルホアルキル化プラスチック系電解質等を用いることができる。
【0023】
拡散層232,234は、電極反応に用いられる反応ガス(酸化剤ガスおよび燃料ガス)を膜電極接合体220の面方向に沿って拡散させる層であり、例えばカーボンクロスやカーボンペーパーにより形成されている。本実施例では、拡散層に、例えばPTFE樹脂によって撥水処理が施されている。
【0024】
セパレータ240は、ガスを透過しない緻密質であると共に導電性を有する材料、例えば圧縮成型された緻密質カーボン、金属、導電性樹脂により形成されている。セパレータ240のアノード側拡散層234と接する側の面には燃料ガス流路が形成されており、カソード側拡散層232と接する側の面には酸化剤ガス流路が形成されている。
【0025】
図1に示すように、燃料電池100における複数の発電体230およびセパレータ240の積層体(図2参照)の両端には、集電板130が配置され、その外側に絶縁板120が配置され、さらに外側にエンドプレート110が配置されている。これら燃料電池100の構成材料の積層体は、積層方向に沿った締結力を加えられた状態で固定されている。
【0026】
燃料電池100の内部には、燃料電池100の積層方向に伸びる流路として、燃料ガス供給マニホールドと、燃料ガス排出マニホールドと、酸化剤ガス供給マニホールドと、酸化剤ガス排出マニホールドと、冷却媒体供給マニホールドと、冷却媒体排出マニホールドと、が形成されている(いずれも図示せず)。
【0027】
燃料電池100には、高圧水素を貯蔵した水素タンク50から、シャットバルブ51、レギュレータ52、供給配管53を介して、燃料ガスとしての水素が供給される。燃料電池100に供給された水素は、燃料ガス供給マニホールドを介して各発電体230に分配され、各発電体230における発電に利用される。各発電体230において利用されなかった水素(アノードオフガス)は、燃料ガス排出マニホールドを介して集められ、排出配管63を介して燃料電池100の外部に排出される。なお、燃料電池システム10は、アノードオフガスを供給配管53側に再循環させる再循環機構を有するとしてもよい。
【0028】
燃料電池100には、また、エアポンプ60および供給配管61を介して、酸化剤ガスとしての空気が供給される。燃料電池100に供給された空気は、酸化剤ガス供給マニホールドを介して各発電体230に分配され、各発電体230における発電に利用される。各発電体230において利用されなかった空気(カソードオフガス)は、酸化剤ガス排出マニホールドを介して集められ、排出配管54を介して燃料電池100の外部に排出される。
【0029】
さらに、燃料電池100には、各発電体230を冷却するため、ウォーターポンプ71および配管72を介して、ラジエータ70により冷却された冷却媒体が供給される。燃料電池100に供給された冷却媒体は、冷却媒体供給マニホールドを介して各発電体230に分配され、各発電体230の冷却に用いられる。その後、冷却媒体は、冷却媒体排出マニホールドを介して集められ、配管73を介してラジエータ70に循環する。冷却媒体としては、例えば水、エチレングリコール等の不凍液、空気などが用いられる。
【0030】
A−2.凍上現象発生メカニズム:
燃料電池100では、発電時の電気化学反応により、カソード側において水(生成水)が生成される。燃料電池100の内部に生成水が残存した状態で、燃料電池が冷却されて温度が氷点下となると、生成水が凍結して氷ICとなる。さらに、条件によっては、ネットワーク結合された氷ICが断続的に発生、成長を繰り返す現象(いわゆる霜柱が発生する現象に類似する現象であり、本明細書では「凍上現象」と呼ぶ)が発生する場合がある。このような燃料電池100における凍上現象発生メカニズムは、従来知られていなかった。本願の発明者は、研究によって燃料電池100における凍上現象発生メカニズムを解明した。以下では、本願の発明者によって明らかにされた、燃料電池100における凍上現象発生メカニズムについて説明する。
【0031】
図3は、燃料電池100の発電体230(図2参照)の断面を拡大して示す説明図である。図3(a)には、図2のX1部を拡大して示しており、図3(b)には、図3(a)のX2部を拡大して示している。なお、図3(b)には、カソード側触媒層222の内部に存在する複数の細孔POを模式的に示している。図3(b)では、複数の細孔POの内、含水した細孔PO(PO(H))をハッチングを付した円で表し、含水していない細孔PO(PO(E))をハッチングを付さず白抜きの円で表している。
【0032】
拡散層は強撥水性であるため、電解質膜210やカソード側触媒層222内に存在する生成水は、一旦、カソード側触媒層222とカソード側拡散層232との界面に滞留し、その後排水される。また、燃料電池100が低温下におかれると、燃料電池スタック外側から内部に向かって徐々に温度が低下する。燃料電池100を構成する各発電体230においては、拡散層側から徐々に温度が低下することになる。そのため、図3(a)に示すように、燃料電池100が低温下におかれると、カソード側触媒層222とカソード側拡散層232との界面に滞留した生成水が氷点下で凍結し、氷ICが発生する。なお、カソード側触媒層222とカソード側拡散層232との界面に氷ICが発生することは、発電後の発電体230を氷点下で分解することにより確認した。
【0033】
図4は、凍上現象が発生するまでの状態遷移図である。図4(a)ないし図4(d)には、発電体230における図3(b)に対応する領域について、凍上現象が発生するまでの状態の遷移を順に示している。
【0034】
図4(a)には、燃料電池100が低温下におかれ、カソード側拡散層232とカソード側触媒層222との界面付近の温度が0℃以下となり、当該界面において生成水の凍結により氷ICが発生した状態を示している。温度が0℃以下で氷ICが存在すると、氷ICの周囲に存在する液状の生成水(以下、単に「液水」とも呼ぶ)は氷になった方が安定する。そのため、この状態では、氷ICの周囲の液水が凍結することによって氷ICが成長する。氷ICの成長は周囲の液水が氷ICに移動して凍結するため、氷ICに隣接するカソード側触媒層222の細孔PO内に存在する液水の圧力が低下する。従って、電解質膜210からカソード側触媒層222を経由して氷ICに至る液水のフラックス(流束)FLが生じる。このとき、氷ICの周辺では、液水の凍結に伴い放出される潜熱のために温度が低下しないため、0℃の位置は変化しない。
【0035】
カソード側触媒層222の物性としての不飽和透水係数(不飽和状態における液水の流れやすさを表す係数)が小さいと(すなわち、液水が流れにくいと)、電解質膜210やカソード側触媒層222から氷ICに供給される液水の量は、氷ICの成長により消費される液水の量より少なくなる。そのため、この場合には、図4(b)に示すように、カソード側触媒層222における氷ICに近い部分で氷ICの成長に伴い飽和度が低下し、不飽和透水係数がさらに低下する。不飽和透水係数は、一般に、飽和度の低下に伴い低下するからである。このようにして、氷ICに供給される液水量の低下によって氷ICの成長が停止し、液水の凍結に伴う潜熱の放出がなくなるため、0℃の位置が電解質膜210側に移動する。
【0036】
カソード側触媒層222の不飽和透水係数が小さいと、カソード側触媒層222内において液水が流れにくく、液水が移動しにくいため、液水が系外に排出されず、結果として、カソード側触媒層222における電解質膜210に近い部分の飽和度は高いままである。そのため、図4(c)に示すように、カソード側触媒層222における0℃以下となった位置では、カソード側触媒層222の物性としての不凍水曲線に従って、一部の細孔PO内の液水が凍結して氷ICとなる。ここで、不凍水曲線は、不凍水量(氷点下において多孔質体中に存在できる液水の量)と温度との関係を表す曲線である。カソード側触媒層222内において、不凍水曲線により定まる不凍水量を超える量の液水は、液水として存在できずに凍結する。このように、不凍水曲線は、多孔質体における凍結を支配する物性である。なお、図4(c)では、細孔PO内の液水が凍結してできた氷ICを六角形で表している。
【0037】
カソード側触媒層222における電解質膜210に近い部分の細孔POにおいて氷ICが発生すると、上述した理由と同様の理由により、発生した氷ICに向かってカソード側触媒層222や電解質膜210から液水が移動する。これにより、図4(d)に示すように、カソード側触媒層222における電解質膜210に近い部分において、氷ICが断続的に発生、成長を繰り返す凍上現象が発生する。凍上現象が発生すると、カソード側触媒層222が形態変化を起こし、これによって電解質膜210からカソード側触媒層222へのプロトン伝導性が低下する。そのため、凍上現象が発生すると、燃料電池100の常温時における発電性能が低下するおそれがある。
【0038】
このように、燃料電池100が低温下におかれた際に燃料電池100の温度は低下してくるが、本願発明者は、各温度においてカソード側触媒層222の含水量が不凍水量を超えるとカソード側触媒層222の内部で凍上現象が発生するおそれがあり、カソード側触媒層222の含水量が不凍水量以下に維持されれば凍上現象が発生することはないことを解明した。そのため、凍上現象の発生を回避するためには、電解質膜210やカソード側触媒層222内の液水をすばやくカソード側拡散層232側に排水することが好まく、そのためには、カソード側触媒層222の不飽和透水係数を大きくすることが好ましい。また、凍上現象の発生を回避するためには、カソード側触媒層222の細孔PO内の液水を氷点下においても凍結させずに液水のまま維持することが好ましく、そのためには、カソード側触媒層222の不凍水量が大きいことが好ましい。
【0039】
また、本願の発明者は、上述した凍上現象発生メカニズムを検証するための実験を行った。図5および図6は、凍上現象発生メカニズムの検証のための実験結果の一例を示す説明図である。実験では、膜電極接合体220(電解質膜210および触媒層222,224の接合体)を作成し、4℃の低温室においてシャーレの内径にあわせて切り取った膜電極接合体220を蒸留水に半日以上浸した後、シャーレ内の蒸留水に膜電極接合体220を浮かべ、膜電極接合体220の上面(すなわち、一方の触媒層(ここではカソード側触媒層222とする)の表面)に氷の種結晶を載せた。シャーレを低温観察台に設置し、2つの冷却機の一方によって蒸留水の温度を制御しつつ、他方の冷却機によって膜電極接合体220を上面より冷却し、膜電極接合体220の表面温度(すなわち、触媒層222の表面温度)を測定しつつ氷の成長過程を観察した。図5(a)ないし(c)には、膜電極接合体220の冷却過程の各段階(触媒層222の表面温度がそれぞれ0.4℃、−0.1℃、−0.5℃の各段階)における膜電極接合体220の上面の観察結果を模式的に示している。なお、試験に用いた膜電極接合体220では、電解質膜210が触媒層222の外縁からはみ出している。図5(a)ないし(c)に示すように、膜電極接合体220の冷却によって触媒層222の表面温度が低下するにつれ、膜電極接合体220の上面の氷ICが成長した。このような氷ICの成長は、図4(a)および(b)に示すように、電解質膜210から触媒層222を経由して氷ICに至る液水のフラックス(流束)が生じたために起こったものである。膜電極接合体220を常温に戻しても、氷ICがあった位置で触媒層222の剥離はなかった。このことから、本実験では、電解質膜210および触媒層222に含まれた水が、触媒層222の外部(燃料電池100においては触媒層222と拡散層232との界面)へ良好に排水されたことがわかる。
【0040】
図6に示した実験は、図5に示した実験と同様に行ったものである。図6(a)および(b)に示すように、膜電極接合体220の冷却によって触媒層222の表面温度が0℃から−1℃に低下すると、膜電極接合体220の上面の氷ICが成長した。また、氷ICが存在しない部分(例えば図6(b)のA2部分)を観察すると、当該部分を拡大して示す図6(c)のように、触媒層222の表面が盛り上がった部分が存在した。このような表面の盛り上がりは、図4(c)および(d)に示すように、触媒層222の内部で凍上現象が発生したために生成されたものである。膜電極接合体220を常温に戻すと、図6(d)に示すように、この部分で触媒層222の剥離が発生した。このことから、本実験では、氷ICが存在しない部分において、電解質膜210および触媒層222に含まれた水が良好に排水されなかったため、カソード側触媒層222内部で凍上現象が発生したことがわかる。このような実験により、上述の凍上現象発生メカニズムは実証された。
【0041】
以上説明したように、上述の凍上現象発生メカニズムに鑑みれば、氷点下の温度領域における触媒層222の含水量が不凍水量以下に維持されれば、凍上現象が発生することはない。従って、触媒層222の不凍水曲線および不飽和透水係数を、最も凍結が発生しやすい状態である実質的に最大含水量を含んだ状態(すなわち、実質的な飽和状態)の触媒層222を氷点下の温度領域に冷却する過程において触媒層222の含水量が不凍水量以下に維持されるような不凍水曲線および不飽和透水係数にすれば、触媒層222の内部で凍上現象が発生する前に触媒層222内の液水を排水することができ、凍上現象の発生を回避することができる。
【0042】
なお、後述するように、触媒層222の形態変化をもたらすような凍上現象はおおむね−0.05℃程度から−1.0℃程度までの温度範囲において発生する。そのため、凍上現象の発生を回避するためには、触媒層222の不凍水曲線および不飽和透水係数を、少なくとも0℃から−1℃まで冷却する過程において触媒層222の含水量が不凍水量以下に維持されるような不凍水曲線および不飽和透水係数にすればよい。
【0043】
また、触媒層の「実質的に最大含水量を含んだ状態」(実質的な飽和した状態)とは、触媒層が十分な水の供給を受け、ほぼすべての(例えば9割以上の)細孔POが含水している状態を意味し、触媒層がカーボンブラックにより構成されている場合には、例えば含水量が0.4cm3/cm3以上である状態を意味する。ここで、触媒層への十分な水の供給の方法としては、例えば触媒層を6時間以上(好ましくは12時間以上)液水中に浸す、または液水上に置くことが挙げられる。あるいは、触媒層を液水中に浸した状態で減圧することで、触媒層内の細孔中の気体を液水と置換することにより、触媒層の「実質的に最大含水量を含んだ状態」を形成するものとしてもよい。
【0044】
A−3.凍上非発生条件設定:
上述した凍上現象発生メカニズムを考慮し、カソード側触媒層222において凍上現象が発生しない条件(凍上非発生条件)を設定した。図7は、凍上非発生条件設定の流れを示すフローチャートである。
【0045】
まず、所定の材料および形成方法によってカソード側触媒層222を作成し(ステップS110)、作成したカソード側触媒層222の物性としての不凍水曲線(氷点下の各温度における不凍水量(単位体積当たり液水含有量))を測定した(ステップS120)。不凍水曲線の測定は、例えば、示差走査熱量測定(DSC)法(例えばJ. W. Paquette et al., in Proceedings of 2003 ASME International Mechanical Engineering Congress and Exposition, ASME, 205 (2003) 参照)や、核磁気共鳴(NMR)法(例えばT. Ishizaki et al., J. Cryst. Growth, 163, 455 (1996)およびK. Watanabe et al., Cold Reg. Sci. Technol., 59, 34 (2009)参照)、水ポテンシャル法(例えばE. C. Cambell et al., Agric. Meteor., 12, 113 (1973)およびG. W. Gee et al., Soil Sci. Soc. Am. J., 56, 1068 (1992)参照)、その他の測定方法(氷接触法、時間領域反射率測定(TDR)法、赤外線分光(FTIR)法、例えば渡辺晋生,土壌水分ワークショップ論文集, 21.8 (2009)参照)といった公知の方法により実施することができる。
【0046】
図8は、不凍水曲線の測定結果の一例を示す説明図である。図8には、触媒層の不凍水曲線を実線で示すと共に、参考のために、電解質膜および拡散層の不凍水曲線をそれぞれ破線および一点鎖線で示している。図8に示すように、氷点下における温度が比較的高い区間ST0(−0.05℃程度まで)では、凍結が発生しないので、触媒層の不凍水量は略一定である。区間ST0より温度の低い区間ST1(−0.05℃程度から−1.0℃程度まで)では、温度の低下に伴い液水が凍結して不凍水量が比較的急激に減少する。さらに温度の低い区間ST2(−1.0℃程度以下)では、温度の低下に伴い不凍水量が区間ST1と比べて緩やかに減少する。このような不凍水曲線を参照すると、カソード側触媒層222の形態変化をもたらすような凍上現象はおおむね区間ST1において発生するため、凍上現象の発生の有無を考慮するためには区間ST1における水分移動や氷の成長に着目すればよいと考えられる。
【0047】
次に、作成したカソード側触媒層222の物性としての飽和透水係数Ksの値を設定した(ステップS130)。本実施例では、飽和透水係数Ksの値として、氷の成長観察に対する逆解析に基づく推定値10-10cm/sを採用した。なお、飽和透水係数Ksの値として、例えば、定水位透水試験法や変水位透水試験法といった公知の測定方法による実測値を採用するとしてもよい。
【0048】
次に、測定された不凍水曲線を、下記の水分特性曲線の近似式(1)を用いてフィッティング(関数フィッティング、曲線回帰)し、パラメーターα,nの値を決定した(ステップS140)。パラメーターα,nは、水分特性曲線の傾きを与えるパラメーターである。パラメーターα,nの意義については、後に詳述する。なお、水分特性曲線は、下記の圧力hと温度Tとの関係式を用いて換算すれば、不凍水曲線と同義である。この近似式(1)の詳細は、後述する文献4,10,11,13,21等に記載されている。
【数1】

【0049】
次に、計算によって、凍上現象の発生の有無を判定した(ステップS150)。図9は、計算に用いた膜電極接合体の系を示す説明図である。計算に用いた系において、電解質膜の厚さは50マイクロメートルであり、各触媒層の厚さは10マイクロメートルである。また、電解質膜としてはNRE212を使用し、触媒層としては担持密度50%の白金担持ケッチェンブラックを使用した。触媒層における高分子電解質はDE2020を採用し、I/C値は0.75、触媒担持量は0.4mg/cm2とした。
【0050】
このような計算用の系において、図9に示すように、一方の端(カソード側触媒層222側の端、以下、「低温端」と呼ぶ)の温度を−0.1℃とし、他方の端(アノード側触媒層224側の端、以下、「高温端」と呼ぶ)の温度を0.9℃としたときの、各位置における液水含有量および最大不凍水量の経時変化を算出した。なお、液水含有量は、下記の不飽和透水係数K(Se)の算出式(2)と、上述した飽和透水係数Ksの値およびパラメーターα,nの値とを用いて算出した。計算は温度一定として実施し、計算の格子は0.5マイクロメートル間隔とした。式(2)中のlは、どのくらいの細孔POが直線的に連続しているかを表すパラメーターであり、本実施例では固定値−0.5とした。この算出式(2)は、上記近似式(1)を、後述する文献13に記載されたモデルに代入して整理することにより導いた。
【数2】

【0051】
なお、計算に用いる系の両端の温度に関し、上記した温度以外でも計算を行ったが、上記した温度より低温では感度がなく、上記した温度より高温では凍結自体が生じなかった。停止状態の燃料電池を−20℃環境においた場合の温度低下速度は0.15℃/分程度であるため、実際の燃料電池が図7に示す温度状態におかれる時間は10分程度である。従って、本計算は、安全側の計算(より厳しい条件での計算)であると言える。もちろん、現実に即した温度変化を模した計算を行ってもよい。
【0052】
図10は、液水含有量および最大不凍水量の算出結果の一例を示す説明図である。図10(a)および図10(b)には、低温端からの距離で特定する各位置における初期の液水含有量LW0と、0.2時間経過後の液水含有量LW1と、1.0時間経過後の液水含有量LW2と、0.2時間経過後の最大不凍水量MW1と、1.0時間経過後の最大不凍水量MW2とを示している。ある温度におかれた多孔質体中の水は、多孔質体の不凍水曲線によって特定される最大不凍水量以下であれば、氷として析出することはなく、最大不凍水量を超える量であれば、余剰分が氷として析出する。従って、各位置における液水含有量と最大不凍水量とを比較し、いずれかの位置において液水含有量が最大不凍水量を上回れば氷が析出すると判定することができ、いずれの位置においても液水含有量が最大不凍水量を下回れば氷は析出しないと判定することができる。図10(a)に示す例では、触媒層と電解質膜との境界付近において、液水含有量LW1が最大不凍水量MW1を上回っており、液水含有量LW2も最大不凍水量MW2を上回っている。従って、この例では、氷が析出して凍上が発生すると判定される。一方、図10(b)に示す例では、液水含有量LW1は常に最大不凍水量MW1を下回っており、液水含有量LW2は常に最大不凍水量MW2を下回っている。従って、この例では、氷が析出せず、凍上は発生しないと判定される。
【0053】
本実施例では、このような凍上現象の発生の有無の判定(ステップS150)を、パラメーターα1,n1の値を変更しつつ(ステップS180)所定回数繰り返し実行し、パラメーターα1,n1の値毎に凍上現象の発生の有無の判定結果を明らかにした。ここで、上記式(1)および(2)において、パラメーターα1,n1は高温側(−1℃より高温側)のパラメーターであり、パラメーターα2,n2は低温側(−1℃以下)のパラメーターである。上述したように、カソード側触媒層222の形態変化をもたらすような凍上現象は図8の区間ST1、すなわち高温側において発生するため、低温側のパラメーターであるα2,n2は、凍上現象発生の有無の判定に対する感度が小さい(このことは実際に計算して確認した)。そのため、本実施例では、低温側のパラメーターα2,n2は、ステップS140で最初に決定された値に固定し、高温側のパラメーターα1,n1の値のみを変更して計算を繰り返し行った。
【0054】
凍上現象の発生の有無の判定を所定回数実行した後(ステップS170:YES)、高温側のパラメーターα1,n1に関する凍上非発生条件を設定した(ステップS190)。図11および図12は、凍上非発生条件の設定結果を示す説明図である。図11および図12には、高温側のパラメーターα1,n1の各値の組み合わせについての凍上現象発生有無の判定結果を示している。具体的には、凍上現象が発生しないと判定されたパラメーター値の組み合わせを白抜きの丸印および白抜きの四角印で表し、凍上現象が発生すると判定されたパラメーター値の組み合わせを黒塗りの三角印で表している。なお、白抜きの四角印は、凍上現象は発生しないが氷点下で発電不能となる(詳細は後述する)と判定されたパラメーター値の組み合わせを表している。また、図12には、図9に示す系において触媒層厚さを20マイクロメートルに変更し、上述のステップS110からS180までの処理を実行したときの判定結果を示している。
【0055】
図11および図12に示すように、触媒層の厚さによって、凍上現象が発生しないと考えられるパラメーターα1,n1の値の組み合わせの範囲(以下、「凍上非発生範囲」と呼ぶ)は異なる。具体的には、触媒層が厚いほど、凍上非発生範囲は広い。これは、触媒層が厚いほど、温度勾配が緩やかになるためであると考えられる。図12に示すように、触媒層の厚さが20マイクロメートルの場合では、凍上非発生範囲は、以下の数式(3)ないし(5)により規定される範囲であった。また、図11に示すように、触媒層の厚さが10マイクロメートルの場合では、凍上非発生範囲は、以下の数式(6)ないし(8)により規定される範囲であった。
【数3】

【数4】

【数5】

【数6】

【数7】

【数8】

【0056】
ただし、上述したように、図11および図12における白抜きの四角印は、凍上現象は発生しないが氷点下で発電不能となると判定されたパラメーター値の組み合わせを表している。そのため、凍上現象が発生せず、かつ、氷点下でも発電可能な範囲は、触媒層の厚さが20マイクロメートルの場合では、上記数式(3)ないし(5)に加えて下記の式(9)により規定される範囲であり、触媒層の厚さが10マイクロメートルの場合では、上記数式(6)ないし(8)に加えて下記の式(10)により規定される範囲である。
【数9】

【数10】

【0057】
ここで、パラメーターα1,n1の意義について説明する。図13は、触媒層の細孔POの径の頻度分布の一例を示す説明図である。パラメーターn1は、触媒層の細孔POの径のばらつき度合に相関する。具体的には、パラメーターn1の値が大きいほど、触媒層の細孔POの径のばらつき度合が小さく、頻度分布のグラフがシャープな(急な)形状となり、パラメーターn1の値が小さいほど、触媒層の細孔POの径のばらつき度合が大きく、頻度分布のグラフが緩やかな形状となる。他方、パラメーターα1は、触媒層の細孔POの最大径に相関する。具体的には、パラメーターα1の値が大きいほど、触媒層の細孔POの最大径が大きく、パラメーターα1の値が小さいほど、触媒層の細孔POの最大径が小さい。
【0058】
このように、パラメーターα1およびn1は、それぞれ、触媒層の細孔POの径のばらつき度合および細孔POの最大径に相関するため、触媒層の不飽和透水係数および不凍水曲線に影響する。例えば、パラメーターα1がより大きいと、触媒層の細孔POの最大径がより大きいために、液水の凍結が発生し始める温度がより高い温度となり、不凍水曲線(図8参照)における不凍水量が低下し始める温度がより高い温度となる。また、パラメーターn1がより大きいと、触媒層の細孔POの径のばらつき度合がより小さいために、液水の凍結が狭い温度範囲に集中して発生し、不凍水曲線における不凍水量の低下の勾配が急激となる。また、触媒層の不飽和透水係数は、パラメーターα1およびn1の変化から不凍水曲線に準じた影響を受けるが、パラメーターα1およびn1の変化に対する感度が不凍水曲線とは異なる。ただし、触媒層の不飽和透水係数や不凍水曲線は、内部の細孔POの径の他に細孔POの表面性状の影響を受けるため、パラメーターα1,n1を直接、触媒層の不飽和透水係数や不凍水曲線に変換できる訳ではない。
【0059】
図14ないし図17は、パラメーターα1,n1と不飽和透水係数および不凍水曲線との関係を示す説明図である。図14には、パラメーターn1の値の違いによる不飽和透水係数および不凍水曲線への影響を示している。図14(a)には、パラメーターα1=0.0002、n1=2.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線(単位体積当たり液水含有量(不凍水量θ))の一例を示しており、図14(b)には、パラメーターα1=0.0002、n1=1.05の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示している。また、図14(c)には、図11に示すパラメーターα1,n1の散布図における図14(a)のパラメーター値の組み合わせの位置(「A」と示す)および図14(b)のパラメーター値の組み合わせの位置(「B」と示す)を示している。
【0060】
図14(a)に示す触媒層では、0℃から−0.1℃程度までの温度範囲において不飽和透水係数Kも不凍水量θも比較的大きいため、凍上現象が発生する温度に至る前に液水を排出することができ、図14(c)に示すように凍上現象は発生しない。一方、図14(b)に示す触媒層では、図14(a)の触媒層と比較して、パラメーターα1の値は同じであるがパラメーターn1の値が小さい。これは、図14(b)の触媒層では、細孔POの最大径は図14(a)の触媒層と同じであるが、細孔POの径のばらつき度合が図14(a)の触媒層より大きいことを意味し、換言すれば、径の小さい細孔POの割合が大きいことを意味する。そのため、図14(b)の触媒層では、温度に関わらず不飽和透水係数Kが小さく、液水を十分に排出することができず、図14(c)に示すように凍上現象が発生する。
【0061】
図15には、パラメーターn1の値の違いによる不飽和透水係数および不凍水曲線への影響を示している。図15(a)には、パラメーターα1=0.0004、n1=3.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示しており、図15(b)には、パラメーターα1=0.0004、n1=7.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示している。また、図15(c)には、パラメーターα1,n1の散布図における図15(a)のパラメーター値の組み合わせの位置(「A」と示す)および図15(b)のパラメーター値の組み合わせの位置(「B」と示す)を示している。
【0062】
図15(a)に示す触媒層では、0℃から−0.1℃程度までの温度範囲において不飽和透水係数Kも不凍水量θも比較的大きいため、凍上現象が発生する温度に至る前に液水を排出することができ、図15(c)に示すように凍上現象は発生しない。一方、図15(b)に示す触媒層では、図15(a)の触媒層と比較して、パラメーターα1の値は同じであるがパラメーターn1の値が大きい。これは、図15(b)の触媒層では、細孔POの最大径は図15(a)の触媒層と同じであるが、細孔POの径のばらつき度合が図15(a)の触媒層より小さいことを意味する。そのため、図15(b)の触媒層では、温度の低下に伴う不飽和透水係数Kおよび不凍水量θの低下が急激であり、一気に液水の凍結が進むため、図15(c)に示すように凍上現象が発生する。
【0063】
図16には、パラメーターα1の値の違いによる不飽和透水係数および不凍水曲線への影響を示している。図16(a)には、パラメーターα1=0.0002、n1=2.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示しており、図16(b)には、パラメーターα1=0.0005、n1=2.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示している。また、図16(c)には、パラメーターα1,n1の散布図における図16(a)のパラメーター値の組み合わせの位置(「A」と示す)および図16(b)のパラメーター値の組み合わせの位置(「B」と示す)を示している。
【0064】
図16(a)に示す触媒層は、図14(a)の触媒層と同じであり、図16(c)に示すように凍上現象は発生しない。一方、図16(b)に示す触媒層では、図16(a)の触媒層と比較して、パラメーターn1の値は同じであるがパラメーターα1の値が大きい。これは、図16(b)の触媒層では、細孔POの径のばらつき度合は図16(a)の触媒層と同じであるが、細孔POの最大径が図16(a)の触媒層より大きいことを意味し、換言すれば、全体的に細孔POの径が大きいことを意味する。そのため、図16(b)の触媒層では、比較的高温側で液水の凍結が発生し、この凍結によって不飽和透水係数Kが低下する。また、比較的高温側で不凍水量θも低下する。従って、図16(b)の触媒層では、図16(c)に示すように凍上現象が発生する。
【0065】
図17には、パラメーターα1の値の違いによる不飽和透水係数および不凍水曲線への影響を示している。図17(a)には、パラメーターα1=0.0002、n1=3.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示しており、図17(b)には、パラメーターα1=0.0001、n1=3.00の触媒層の不飽和透水係数Kおよび不凍水曲線の一例を示している。また、図17(c)には、パラメーターα1,n1の散布図における図17(a)のパラメーター値の組み合わせの位置(「A」と示す)および図17(b)のパラメーター値の組み合わせの位置(「B」と示す)を示している。
【0066】
図17(a)に示す触媒層では、0℃から−0.1℃程度までの温度範囲において不飽和透水係数Kも不凍水量θも比較的大きいため、凍上現象が発生する温度に至る前に液水を排出することができ、図17(c)に示すように凍上現象は発生しない。一方、図17(b)に示す触媒層では、図17(a)の触媒層と比較して、パラメーターn1の値は同じであるがパラメーターα1の値が小さい。これは、図17(b)の触媒層では、細孔POの径のばらつき度合は図17(a)の触媒層と同じであるが、細孔POの最大径が図17(a)の触媒層より小さいことを意味し、換言すれば、全体的に細孔POの径が小さいことを意味する。そのため、図17(b)の触媒層では、細孔POにおいて凍結が生じにくく、凍上現象は発生しない。ただし、図17(b)の触媒層では、不飽和透水係数Kが高いため、電解質膜から液水が供給されて触媒層が実質的な飽和状態(ほぼすべての細孔POが液水で満たされた状態)となり、氷点下で発電できない状態となる。このように、図11に示す式(10)のライン(および図12に示す式(9)のライン)は、凍上現象が発生するか否かの境界ではないが、これらのラインよりパラメーターα1が小さい側の領域では、触媒層が飽和状態となって氷点下で発電不能となる。
【0067】
以上説明したように、触媒層の厚さの現実的な範囲においては、上記近似式(1)および算出式(2)における触媒層に関するパラメーターα1,n1の値が上記数式(3)ないし(5)により規定される範囲内であれば、当該触媒層を用いた燃料電池100が氷点下まで冷却されても、凍上現象の発生を抑制することができる。そのため、燃料電池100の温度を氷点下にしないために断熱や加熱をしたり、発電停止後に生成水を除去する掃気処理を行ったりすることなく、発電性能の低下を抑制することができる。また、触媒層の厚さが20マイクロメートル未満の場合には、パラメーターα1,n1の値が上記数式(6)ないし(8)により規定される範囲内であれば、凍上現象の発生をより確実に防止することができ、発電性能の低下を有効に抑制することができる。
【0068】
なお、上記近似式(1)および算出式(2)中の他のパラメーター(w、θs,l等)についても、現実的な範囲(すなわち、測定された不凍水曲線を上記近似式(1)を用いてフィッティングできるような範囲)内で値を変更して計算を行ったが、凍上現象発生の有無の判定に対する感度は小さかった。そのため、上述のように、凍上非発生範囲をパラメーターα1,n1の値によって規定することが妥当であることが明らかとなった。換言すれば、パラメーターα1,n1の値によって規定される上記凍上非発生範囲は、上記他のパラメーターの値が現実的な範囲(測定された不凍水曲線をフィッティングできるような範囲)内あることを前提としている。
【0069】
なお、上述したように、不凍水曲線は、多孔質体における凍結を支配する物性である。しかしながら、不凍水曲線は連続した曲線であるため(図8参照)、凍上非発生範囲を不凍水曲線自体を用いて規定するのは容易ではない。そこで、本願の発明者は、モデルを用いて数値として扱いやすい上述のパラメーターα1,n1を抽出した。これによって、凍上非発生範囲をパラメーターα1,n1の値によって規定することが可能となり、例えば凍上非発生範囲内であるか否かの判定を容易かつ確実に実行することができることとなった。
【0070】
次に、上記近似式(1)および算出式(2)等について、下記の文献を参照しつつ、補足的に説明する。
・文献1:Black, P.B. and Tice, A.R., 1989: Comparison of soil freezing and soil water curve data for Windsorsandy loam., Water Resour. Res.,25, 2205-2210.
・文献2:Campbell, G.S.,1985: Soil physics with BASIC, Elsevier, 150p.
・文献3:Dash, J.G., Fu, H. and Wettlaufer, J.S., 1995: The premelting of ice and its environmental consequences, Rep. Prog. Phys., 58, 115-167.
・文献4:Durner, W., 1994: Hydraulic conductivity estimation for soils with heterogeneous pore structure. Water Resour. Res., 30, 211-223.
・文献5:Hansson, K., Simunek, J., Mizoguchi, M., Lundin, L. -C. and van Genuchten, M. T., 2004: Water flow and heat transport in frozen soil: Numerical solution and freeze-thaw applications, Vadose Zone J., 3, 693-704.
・文献6:He, S. and Mench, M.M. 2006: One-dimensional transient model for frost heave in polymer electrolyte fuel cells. I. Physical model. Journal of The Electrochemical Society, 153(9) A1724-A1731.
・文献7:Ishizaki, T., Maruyama, M., Furukawa, Y. and Dash, J. G., 1996: Premelting of ice in porous silica glass. J. Cryst. Growth, 163: 455-460.
・文献8:Jame, Y.W. and Norum, D.I., 1980: Heat and mass transfer in freezing unsaturated porous media. Water Resour. Res., 16, 811-819.
・文献9:Johansen, O., 1977: Thermal conductivity of soils. Hanover, U.S.CRREL, 177-223.
・文献10:Khandelwal, M., Lee, S. and Mencha, M.M., 2009: Model to predict temperature and capillary pressure driven water transport in PEFCs after shutdown. J. Electrochemical Soc., 156(6), B703-B715
・文献11:Koopmans, R.W.R. and Miller, R.D., 1966: Soil freezing and soil water characteristic curves, Soil Sci. Soc. Am. Proc., 30, 680-685.
・文献12:Miller, R.D., 1980: Freezing phenomena in soils. Application of soil physics, D. Hilllel (ed.), Academic Press, 1980, pp. 254-299.
・文献13:Mualem, Y., 1976: A new model for predicting the hydraulic conductivity of unsaturated porous media. Water Resour. Res., 12, 513-522.
・文献14:長野克則, 落藤澄, 1993: 凍結・融解による土壌の熱物性の変化と熱伝導率モデル, 空気調和・衛生工学会論文集, 52, 91-102.
・文献15:Noborio, K., McInners, K.J. and Heilman, J.L., 1996: Two-dimensional model for water, heat and solute transport in furrow-irrigated soil. I. Theory. Soil Sci. Soc. Am. J., 60, 1001-1009.
・文献16:Penner, E., 1970: Thermal conductivity of frozen soils. Can.J. Earth Sci., 7, 982-987.
・文献17:Philip, J.R. and de Vries, D.A., 1957: Moisture movement in porous materials under temperature gradients, Trans. AGU, 38(2), 222-232.
・文献18:Saito, H., Simunek, J., and Mohanty, B.P., 2006: Numerical analysis of coupled water, vapor, and heat transport in the vadose zone. Vadose Zone J., 5(2), 784-800.
・文献19:Shimizu, H., 1970: Air permeability of deposited snow. Contributions from the Instituteof LowTemperature Science, 22, 1-32
・文献20:取出伸夫, 井上光弘, 長裕幸, 西村拓, 諸泉俊嗣, 渡辺晋生訳, ウイリアムジュリー, ロバートホートン著,「土壌物理学 土中の水・熱・ガス・化学物質移動の基礎と応用」, 築地書館, 2006, 377p.
・文献21:van Genuchten, M.Th., 1980: A closed-form equation for predicting the hydraulic conductivity of unsaturated soils. Soil Sci. Soc. Am. J., 44, 892-898.
・文献22:Watanabe, K., 2002: Relationship between growth rate and supercooling in the formation of ice lenses in a glass powder. J. Cryst. Growth, 237-239, 2194-1298.
・文献23:Watanabe, K. and Flury, M., 2008: Capillary bundle model of hydraulic conductivity for frozen soil. Water Resour. Res., 44, W12402, doi:10.1029/2008WR007012.
・文献24:渡辺晋生, 大森陽介, 和気朋己, 坂井勝, 2010: サーモTDRによる凍土の不凍水分量・熱伝導率の同時測定. 雪氷,72(3), in press.
・文献25:渡辺晋生, 取出伸夫, 坂井勝, Jiri Simunek, 2007: 凍結を伴う土中の水分・熱・溶質移動モデル. 土壌の物理性, 106, 21-32.
・文献26:Watanabe, K. and Wake, T., 2009: Measurement of unfrozen water content and relative permittivity of frozen unsaturated soil using NMR and TDR. Cold Sci. Tech., 59, 34-41, doi:10.1016 / j.coldregions.2009.05.011.
・文献27:Williams, P. 1964: Unfrozen water content of frozen soil and soil moisture suction, Geotechnique, 14, 231-246.
・文献28:Williams, P.J. and Smith, M.W., 1991: The frozen earth. CambridgeUniversityPress, 322p.
・文献29:Brooks, R. H., and Corey, A. T. 1964: Properties of porous media affecting fluid flow. J. Irrig. Drainage Div., ASCE Proc. 72(IR2): 61-88.
【0071】
非等温下の水蒸気を含む不飽和多孔質体中の水分移動は、下記の式(11)で表される(文献17)。式(11)において、θとθaは液状水と水蒸気の体積率(m3m-3)、ρvは水蒸気の密度(kg m-3)、hは圧力水頭(m)、Tは温度(℃)、tは時間(s)、zは位置(m)である。Klh (m s-1)、KlT (m2s-1-1)、Kvh (m s-1)、KvT (m2s-1-1)はそれぞれ圧力勾配と温度勾配による液状水移動と水蒸気移動にかかる透水係数である。
【数11】

【0072】
ここで、温度変化をともなう多孔質体中の水分・熱・溶質の同時移動は、上記式(11)に加えて、次の熱移動式(12)を連立して計算する(文献20)。式(12)において、Cp、Cl、Cvは多孔質体、液状水、水蒸気の体積熱容量(J m-3K-1)、λは多孔質体の熱伝導率(W m-1K-1),ql、qvは液状水と水蒸気の流量(m s-1)、Lsは水の蒸発潜熱(J kg-1)である。また、不飽和多孔質体中の溶質移動や水蒸気以外のガス移動を考える場合は、式(11)および(12)に加えて溶質や気体の移流分散式を連立することで現象を表現できる。
【数12】

【0073】
ここで、燃料電池を構成する拡散層や触媒層中の水分・熱移動も式(11)で表されるとした。また、電解質膜中の水分移動は分子拡散によるものと考えられるが、水分特性曲線の傾きdθ/dhを用い、水分拡散係数Dw = Klhdh/dθとすれば、式(11)の右辺の液状水移動項を下記の式(13)のように拡散方程式と同一にみなすことができる。そこで、ここでは電解質膜中の水移動も式(11)に従うものとした。
【数13】

【0074】
多孔質体が凍結する過程も、非等温下の物質移動現象であるが、氷の相が現れる点が常温における移動と異なる。氷体の流動がない場合、凍結をともなう多孔質体中の水分移動は、式(11)の左辺に氷量の時間変化を加え、次式(14)で表される(文献25)。式(14)において、θiは氷の体積率(m3m-3)、ρiは氷の密度(931 kg m-3)である。
【数14】

【0075】
同様に、凍結を伴う多孔質体中の熱移動は、式(12)の左辺に固液相変化による潜熱項を加えて、次式(15)で表される。
【数15】

【0076】
式(15)の左辺は、微分の連鎖法則を用いて、次式(16)のように書き換えることができる。
【数16】

【0077】
ここで、Caを次式(17)のように定義すると、式(16)は、次式(18)となる。Caは潜熱項を含んだ多孔質体の見掛けの熱容量(J m-3K-1)である。また、式(17)の右辺第3項の水蒸気項は、十分に小さいので通常は無視できる。
【数17】

【数18】

【0078】
ところで、式(14)および(18)には4つの未知数(θ、θi、h、T)が存在するため、このままでは解を得ない。そこで、氷と共存する多孔質中の液状水(不凍水)の水分特性関数(θl-h関係)に加え、多孔質体中の氷量θiを温度の関数(θi-T関係)として与える必要がある。
【0079】
多孔質体の圧力水頭hと水分量θlの関係を水分特性関数と呼ぶ。この多孔質体の水分保持特性は、多孔質体間隙の毛管保水や多孔質体表面への吸着の形態に依存する。多孔質体が凍結するとき、多孔質体と氷の間の不凍水膜の厚さは、液状水と氷の界面の毛管力や多孔質体表面への液状水の吸着力に依存し(文献3)、温度Tが低下すると氷が成長して不凍水は減少する。この温度Tにおける不凍水量の関係は、不凍水曲線で与えられる。さらに凍結過程の水分移動を考えるとき、この不凍水の圧力の推定が不可欠である。
【0080】
いま、水分飽和状態の多孔質体が凍結、あるいは融解する過程を考える。ここで、不凍水と氷の分布が、常温における多孔質体の吸水や排水過程における水と空気の分布の形態と等しいと仮定する(文献11,27)。このとき、次式(19)のように、間隙水と空気界面の圧力差Palと不凍水と氷界面と圧力差Pilを等しいと見なせば、不凍水の圧力を温度Tの関数として常温における水分特性関数に基づき推定することが可能となる。文献11では、毛管保水が卓越する砂やシルト質土の場合、気液界面と気氷界面の表面自由エネルギーの比を用いて式(19)を補正し、文献1では、これを実験的に検証している。
【数19】

【0081】
ところで、水と氷の共存する系においては,相平衡の状態方程式であるクラウジウスクラペイロンの式(20)が成立する。ここで,PlとPiは水と氷の圧力(Pa)、vlは水の比容積(0.001 m3 kg-1)、viは氷の比容積(m3 kg-1)である。また、Tは温度(K)である。
【数20】

【0082】
系が溶質を含む場合は、濃度に比例した凝固点降下項が式(20)に加わる。不飽和多孔質体では通常凍上圧が0なので、式(20)の左辺第2項は無視できるため、次式(21)が成立する。
【数21】

【0083】
いま、凍結した多孔質体中の不凍水についてもクラウジウスクラペイロンの式が成り立つとし、ρlgh = Plとすると、式(21)より、温度T (K)における不凍水の圧力水頭 h が次式(22)のように得られる。ここで、Tmは氷の融点(273.15 K)である。式(22)に従えば、多孔質体が0℃以下に冷やされ間隙中に氷が発生すると、多孔質体中の不凍水には、T = -0.1℃でh = -1248 (cm)、T = -1℃でh = -12500 (cm)と大きな負圧が生じることがわかる。ここで、式(22)で得られた圧力に対する液状水量を水分特性曲線から読み取れば、対象とする多孔質体の不凍水量曲線(θl-T関係)を推定できる。また、全水量θt = θl + θiとすればθi-T関係が得られるので、式(14)および(18)を解くことが可能となる。
【数22】

【0084】
式(14)の圧力勾配による液状水移動にかかる透水係数Klh (m s-1)は、例えば次式(23)で与えられる(文献21)。ここで、Ksは飽和透水係数(m s-1)、lは間隙連結係数。一方、温度勾配による水の流れにかかる透水係数KlT (m2s_1K_1)は、次式(24)で与えられる(文献15)。ここで、GwTは促進係数、γは水の表面張力である。水蒸気項にかかる透水係数Kvh、KvTについては、文献18に詳しい。
【数23】

【数24】

【0085】
多孔質体が凍結した場合、透水係数は急激に減少する(文献23,28)。これは、不凍水量の急激な減少のみならず、間隙内に成長した氷による水みちの閉塞にもよると考えられる。そこで、文献8では、抵抗係数Ωを用いて、次式(25)のように透水係数を修正した。
【数25】

【0086】
式(18)の見掛けの熱容量は、多孔質体の体積熱容量Cpと水の凍結潜熱に不凍水量曲線の勾配を掛けた項からなる。Cpは、構成要素の熱容量とその体積率の積の総和で推定できる。すなわち、多孔質体固相(体積率θn)、気相、液状水、氷の熱容量をそれぞれCn、Ca、Cl、Ci (J m-3K-1)とし、不凍水の熱容量をバルクの水の熱容量と同様と仮定すれば、次式(26)が成立する。氷の比熱は温度とともに減少するが、多孔質体の凍結過程では、その影響を一般に無視できる。
【数26】

【0087】
文献2では、常温の多孔質体の熱伝導率λ (W m-1K-1)を次式(27)のように推定している。ここで、Ci (i = 1, …, 5)は実験、あるいは固相率など物性値から求められる定数である。
【数27】

【0088】
多孔質体が凍結した場合、熱伝導率は含氷率によって変化する。こうした熱伝導率の含氷率依存性には様々なモデルが提案されている(文献5,14,16,19)。例えば、文献5では、非線形な熱伝導率の変化を表すため、式(27)を次式(28)および(29)のように修正しており、文献24では、これが多くの土に対して有効であることを検証している。ここで、Fは水と氷の熱伝導率の違いを説明づける係数である。
【数28】

【数29】

【0089】
上述の水分特性曲線の近似式(1)は、文献4に記載されたモデルである。また、上述の不飽和透水係数の算出式(2)は、上記近似式(1)を文献13に記載されたモデルに代入して整理することにより導いた。
【0090】
A−4.燃料電池製造:
図18は、本実施例における燃料電池100の製造方法の流れを示す説明図である。本実施例の製造方法では、氷点下まで冷却されても凍上現象が発生しないような燃料電池100が製造される。
【0091】
まず、所定の材料および形成方法によってカソード側触媒層222を作成し(ステップS210)、作成したカソード側触媒層222の物性としての不凍水曲線を測定し(ステップS220)、測定された不凍水曲線を上記した水分特性曲線の近似式(1)を用いて関数フィッティングしてパラメーターα,nの値を決定する(ステップS230)。これらの工程は、上述した凍上非発生条件設定(図7)におけるステップS110,S120,S140と同様に実行されるため、ここでは説明を省略する。
【0092】
次に、決定されたパラメーターα,nの内の高温側のパラメーターα1,n1の値の組み合わせが、上述した凍上非発生条件設定(図7)のステップS190において設定された凍上非発生条件を満たすか否かを判定する(ステップS240)。具体的には、パラメーターα1,n1の値の組み合わせが、使用する電解質膜210の厚さに応じた凍上非発生範囲(凍上現象が発生しないと考えられるパラメーターα1,n1の値の組み合わせの範囲、図11および図12参照)内にあるか否かを判定する。
【0093】
パラメーターα1,n1の値の組み合わせが凍上非発生範囲内に含まれない場合には(ステップS240:NO)、ステップS210で作成されたカソード側触媒層222を用いて燃料電池100を製造すると、凍上現象が発生するおそれがあると考えられる。従って、このような場合には、カソード側触媒層222の不飽和透水係数や不凍水量が変わるように、カソード側触媒層222の仕様や形成方法を変更する(ステップS260)。上述したように、カソード側触媒層222の不飽和透水係数や不凍水量は、内部の細孔POの径や細孔POの表面性状の影響を受ける。そのため、カソード側触媒層222の仕様・形成方法の変更は、これらの性状が変化するような態様で行われる。例えば、細孔POの径を変化させるために、アイオノマーの量を変更してI/C値を変化させたり、触媒担体の種類を変更して表面積や表面形状を変化させたり、触媒層の形成方法を変更したり(例えば転写法とスプレー法との間の変更や塗工回数の変更)する。また、細孔POの表面性状を変化させるために、アイオノマーの量を変更してI/C値を変化させたり、イオン交換基(例えばスルホン酸基)の密度(EW値)を変更したり、触媒担体の種類を変更して表面形状を変化させたりする。
【0094】
カソード側触媒層222の仕様・形成方法を変更した後は、変更後の仕様・形成方法でカソード側触媒層222を再度作成し(ステップS210)、上述した不凍水曲線の測定(ステップS220)、パラメーターα,n値の決定(ステップS230)、凍上非発生条件を満たすか否かの判定(ステップS240)を同様に行う。
【0095】
一方、パラメーターα1,n1の値の組み合わせが凍上非発生範囲内に含まれる場合には(ステップS240:YES)、ステップS210で作成されたカソード側触媒層222を用いて燃料電池100を製造すると、製造された燃料電池100が氷点下まで冷却されても凍上現象の発生を抑制できると考えられる。従って、このような場合には、作成されたカソード側触媒層222を用いて燃料電池100を製造する(ステップS250)。
【0096】
以上説明したように、本実施例の燃料電池100の製造方法では、触媒層の形態変化をもたらす凍上現象の発生を抑制することにより発電性能の低下を抑制した燃料電池100を効率的に製造することができる。従来の製造方法では、膜電極接合体を作成して冷熱サイクル(例えば80℃,−30℃間の1000サイクル)にかけ、その後分解して触媒層の形態変化が起きたか否かを確認し、触媒層の形態変化が起きた場合には仕様や形成方法を変更して膜電極接合体を再作成し、冷熱サイクルにかけるといった工程がとられており、多くの工程数および時間を要していた。本実施例の燃料電池100の製造方法では、触媒層を作成して不凍水曲線を測定し、パラメーターα1,n1の値の組み合わせが凍上非発生範囲内にあるか否かを判定するだけで、当該触媒層を用いて燃料電池100を製造した場合に触媒層の形態変化をもたらす凍上現象が発生するか否かを判定することができるため、冷熱サイクル試験やセルの分解を行うことなく、発電性能の低下を抑制した燃料電池100を迅速かつ効率的に製造することができる。また、パラメーターα1,n1の値の組み合わせが凍上非発生範囲外であると判定された場合には、パラメーターα1,n1の値の組み合わせが凍上非発生範囲内であると判定されるまで、仕様・形成方法を変更した触媒層の再作成、不凍水曲線の測定およびパラメーターα1,n1値を用いた判定が行われるため、発電性能の低下を抑制した燃料電池100を確実に製造することができる。
【0097】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0098】
上記実施例では、凍上非発生条件設定(図7)の際に、触媒層を作成してその物性(不凍水曲線等)を測定するとしたが、電解質膜と触媒層とを含む膜電極接合体を作成してその物性(不凍水曲線等)を測定し、当該測定値を用いて凍上非発生条件を設定するものとしてもよい。同様に、燃料電池の製造(図18)の際に、触媒層を作成してその物性(不凍水曲線等)を測定するとしたが、電解質膜と触媒層とを含む膜電極接合体を作成してその物性(不凍水曲線等)を測定し、当該測定値を用いて凍上非発生条件の判定を行うものとしてもよい。
【0099】
また、上記実施例では、凍上非発生条件設定(図7)の際に、パラメーターα1,n1の値を変化させつつ計算を行うことによって凍上非発生範囲を設定しているが、仕様や形成方法を種々変更して複数の触媒層を形成し、形成した複数の触媒層のそれぞれについて、不凍水曲線を測定してパラメーターα1,n1の値を決定して計算を行うことにより、凍上非発生範囲を設定するものとしてもよい。
【0100】
また、上記実施例では、カソード側における凍上現象の発生を抑制するためのカソード側触媒層222の特性(パラメーターα1,n1の値の範囲)や製造方法について説明したが、本発明はアノード側における凍上現象の発生を抑制するためのアノード側触媒層224の特性や製造方法についても同様に適用することができる。
【0101】
また、上記実施例における燃料電池システム10の構成は、あくまで一例であり、種々変形可能である。例えば、上記実施例では、燃料ガスとしての水素が水素タンク50から供給されるとしているが、水素が他の供給手段(例えば化石エネルギーの改質器)から供給されるとしてもよい。また、上記実施例では、燃料電池100は固体高分子型燃料電池であるとしているが、本発明は他の種類の燃料電池(例えば、ダイレクトメタノール形燃料電池やリン酸形燃料電池)にも適用可能である。
【0102】
また、上述した水分特性曲線(不凍水曲線)および不飽和透水係数のモデル(数式)は、上述した式(1)および(2)に限られず、他のモデルを用いることもできる。例えば、文献21に記載された下記の式(30)および(31)を採用することもできる。このモデルは、上記式(1)および(2)を簡略化した(w2=0とした)モデルである。上述したように、低温側(−1℃以下)における触媒層の物性は凍上現象の発生にあまり影響を与えないため、w2=0として低温側の精度を無視した簡略化モデルの式(30)および(31)を採用してもよい。また、例えば、文献29に記載された下記の式(32)および(33)を採用することもできる。このモデルは、最も単純で、他の分野でも用いられているモデルである。さらに、「坂井勝, 取出伸夫, 2009: 水分特性曲線と不飽和透水係数の水分移動特性モデル. 土壌の物理性, 111」に記載された他のモデルを採用することもできる。
【数30】

【数31】

【数32】

【数33】

【0103】
図19ないし図21は、水分特性曲線および不飽和透水係数の各モデルを比較して示す説明図である。図19ないし図21には、同じデータを、それぞれ上述した式(1)および(2)を用いたモデル、式(30)および(31)を用いたモデル、式(32)および(33)を用いたモデルを用いて関数フィッティングを行った結果の一例を示している。それぞれのモデルを用いた関数フィッティングにより、結果はそれぞれ異なり得るが、パラメーターαおよびnの値を求めることができる。また、それぞれのモデルにおけるパラメーターαおよびnの値により、上述した実施例と同様に、凍上非発生範囲を規定することができる。
【0104】
また、この発明は、以下のような変形例にも適用可能である。
(変形例1)
水分特性曲線の上記近似式(1)および不飽和透水係数の上記算出式(2)により導かれるパラメーターα1およびn1の値が、上記数式(3)ないし(5)により規定される範囲内である燃料電池用の触媒電極の製造方法、または、そのような触媒電極であって、上記触媒電極の厚さは20マイクロメートル未満であり、上記パラメーターα1およびn1の値が、上記数式(6)ないし(8)により規定される範囲内である触媒電極の製造方法であって、
上記触媒電極を製造する工程と、
製造された上記触媒電極の不凍水曲線を測定する工程と、
測定された上記不凍水曲線を上記近似式(1)を用いてフィッティングすることにより上記パラメーターα1およびn1の値を決定する工程と、
上記パラメーターα1およびn1の値が上記範囲内であるか否かを判定する工程と、を備える、方法。
【0105】
この変形例の燃料電池用触媒電極の製造方法では、触媒電極を製造して不凍水曲線を測定し、決定したパラメーターα1,n1の値が上記範囲内であるか否かを判定するだけで、当該触媒電極を用いて製造した燃料電池が氷点下まで冷却されても、凍結による氷の発生を抑制して発電性能の低下を抑制することができるか否かを判定することができるため、燃料電池の発電性能の低下を抑制できる触媒電極を迅速かつ効率的に製造することができる。
【0106】
また、変形例1の触媒電極の製造方法において、さらに、
上記パラメーターα1およびn1の値が上記範囲外であると判定された場合に、触媒電極の仕様と形成方法との少なくとも一方を変更して上記触媒電極を再度製造する工程を備えるとしてもよい。
【0107】
この燃料電池用触媒電極の製造方法では、パラメーターα1およびn1の値が上記範囲外であると判定された場合に、触媒電極の仕様と形成方法との少なくとも一方を変更して触媒電極を再度製造し、製造された触媒電極の不凍水曲線を測定し、決定したパラメーターα1,n1の値が上記範囲内であるか否かを判定するだけで、当該触媒電極を用いて製造した燃料電池が氷点下まで冷却されても、凍結による氷の発生を抑制して発電性能の低下を抑制することができるか否かを判定することができるため、燃料電池の発電性能の低下を抑制できる触媒電極を迅速、効率的かつ確実に製造することができる。
【符号の説明】
【0108】
10…燃料電池システム
50…水素タンク
51…シャットバルブ
52…レギュレータ
53…供給配管
54…排出配管
60…エアポンプ
61…供給配管
63…排出配管
70…ラジエータ
71…ウォーターポンプ
72…配管
73…配管
100…燃料電池
110…エンドプレート
120…絶縁板
130…集電板
210…電解質膜
220…膜電極接合体
222…カソード側触媒層
224…アノード側触媒層
230…発電体
232…カソード側拡散層
234…アノード側拡散層
240…セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池用の触媒電極であって、
0℃において実質的に最大含水量の水を含んだ前記触媒電極を−1℃まで冷却する過程において前記触媒電極の含水量が不凍水量以下に維持されるような不凍水曲線および不飽和透水係数を有する、触媒電極。
【請求項2】
燃料電池用の触媒電極であって、
水分特性曲線の近似式(1)および不飽和透水係数の算出式(2)におけるパラメーターα1およびn1の値が、数式(3)ないし(5)により規定される範囲内である、触媒電極。
【数1】

【数2】

【数3】

【数4】

【数5】

【請求項3】
請求項2に記載の触媒電極であって、
前記触媒電極の厚さは20マイクロメートル未満であり、
前記パラメーターα1およびn1の値が、数式(6)ないし(8)により規定される範囲内である、触媒電極。
【数6】

【数7】

【数8】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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