説明

物質に係る無影響環境基準の評価・決定方法

【課題】
化学物質における無影響環境基準を評価又は決定するための客観的でかつ簡便で精度のよい適正な方法を提供する。
【解決手段】
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより、被験物質の標的臓器における最大存在濃度を計算する第1工程、(2)被験物質の変異原性試験結果から、被験物質の最大無作用濃度を求める第2工程、(3)第1工程の最大存在濃度と、第2工程で求めた最大無作用濃度とを比較する第3工程、及び(4)第3工程で得らた差異に基づき被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第4工程を有する方法、及び、前記方法により評価又は決定される、被験物質の無影響環境基準に基づき被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する工程を有する物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質に係る無影響環境基準の評価・決定方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
化学工場においては、工業的に製造された化学物質を大量に取り扱う機会が多く存在しており、当該化学工場内で業務に従事する作業者の安全を確保するために、その作業環境を適正に整備することが極めて重要なことである。
【0003】
【非特許文献1】OECD:Guidelines for Testing of Chemicals, (1992) : 406, 17.07. Skin Sensitization
【非特許文献2】Magnusson, B and Kligman, A. M. (1969): J. Invest. Derm. 52, 268-276
【非特許文献3】Andersen, M.E. and Clewell, H.J. ,(1996): 1996 Workshop on physiologically-based pharmacokinetic/pharmacodynamic modeling and risk assessment, Aug. 5-16 at Colorado state university, U.S.A
【非特許文献4】Nakayama, Y., Kishida, F., I. Nakatsuka and M. Matsuo, (2005): simulation of the toxicokinetics of trichloroethylene, methylene chloride, styrene and n-hexane by a ToxicoKinetics ToxicoDynamics model using experimental data Environmental Sciences
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような目的から、当該化学物質における無影響環境基準を評価又は決定するための客観的でかつ簡便で精度のよい適正な方法の開発が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、かかる状況のもと鋭意検討した結果、本発明に至った。
【0006】
即ち、本発明は、
1.物質に係る無影響環境基準を評価又は決定する方法であり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度を計算する第1工程、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から、前記被験物質の最大無作用濃度を求める第2工程、
(3)第1工程で計算された標的臓器における最大存在濃度と、第2工程で求められた最大無作用濃度とを比較する第3工程、及び
(4)第3工程で得られた差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第4工程、
を有することを特徴とする方法(以下、本発明方法と記すこともある。);
2.前項1記載の方法により評価又は決定される、被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する工程、
を有することを特徴とする物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する方法;
3.物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するシステムであり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、及び、
(5)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準を表示・出力する手段
を含むことを特徴とするシステム(以下、本発明システムと記すこともある。);
4.物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定するシステムであり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、
(5’)第四手段により評価又は決定される被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する第五手段、及び
(6’)第五手段により評価又は決定された前記被験物質の係る安全取り扱いの条件を表示・出力する手段、
を含むことを特徴とするシステム;
5.物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するプログラムであり、コンピュータを、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、及び、
(5)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準を表示・出力する手段
として機能させるためのプログラム(以下、本発明プログラムと記すこともある。);
6.物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定するプログラムであり、コンピュータを、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、
(5’)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する第五手段、及び
(6’)第五手段により評価又は決定された前記被験物質の係る安全取り扱いの条件を表示・出力する手段、
として機能させるためのプログラム;
等を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、化学物質における無影響環境基準を評価又は決定するための客観的でかつ簡便で精度のよい適正な方法等が提供可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、詳細に本発明を説明する。
本発明方法は、物質に係る無影響環境基準を評価又は決定する方法であり、(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度を計算する第1工程、(2)前記被験物質の変異原性試験結果から、前記被験物質の最大無作用濃度を求める第2工程、(3)第1工程で計算された標的臓器における最大存在濃度と、第2工程で求められた最大無作用濃度とを比較する第3工程、及び(4)第3工程で得られた差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第4工程、を有することを特徴とする。
本発明において対象となる「物質」(又は「被験物質」)は、いかなる物質であってもよいが、例えば、毒性学的影響(具体的には有害作用)等を認める化学物質等を好ましくあげることができる。尚、「毒性学的影響」とは、物質に接触すること、物質を吸入すること、物質を飲み込むこと等により曝露した結果、体内または体表面に現れる好ましくない影響を意味している。
【0009】
第1工程では、哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度を計算する。
ここで、「哺乳動物」とは、例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、サル、ヒト等の哺乳動物であり、特に雌雄の性別は問わない。また「感作性試験」とは、例えば、被験物質がアレルギー性を示すか否かを確認するための試験で、哺乳動物を用いて皮膚や皮下に被験物質を適用し、感作性を持たせた後、再度適用した際の皮膚での紅斑、浮腫などの症状による毒性学的影響を確認するものである。また「最大無誘発濃度」とは、哺乳動物に適用する被験物質の濃度を段階的に設けて毒性学的影響を確認した時の、影響が認められなかった最大の濃度のことである。また「体内濃度シミュレーションモデル」とは、PB/PK(PHYSIOLOGICALY BASED / PHARMACOKINETIC)、PK/PD(PHARMACODINAMIC / PHARMACOKINETIC)またはTKTD(TOXICOKINETIC / TOXICODINAMIC)モデルと一般的に称されるものを含み、経口、経皮、吸入曝露により被験物質を摂取した場合の体内濃度(例えば、標的臓器における濃度)を予測計算するためのシミュレーションモデルである。また「標的臓器」とは、摂取した被験物質の分布を求める際の臓器のことであり、被験物質の作用性に応じて適切な臓器は異なるが、代表的な臓器としては、例えば、肝臓、腎臓、肺、皮膚、心臓、胃、大腸、小腸、脂肪組織、静脈血、動脈血、高血流組織、低血流組織等をあげることができる。また「被験物質の標的臓器における最大存在濃度」とは、例えば、上記のようなシミュレーションモデルを用いて予測計算された標的臓器における被験物質の存在濃度のうち、最大の濃度のことである。
【0010】
第2工程では、前記被験物質の変異原性試験結果から、前記被験物質の最大無作用濃度を求める。ここで、「変異原性試験」とは、微生物、昆虫および哺乳動物等の細胞を用いて被験物質が突然変異性を示すか否かを確認する試験で、被験物質の濃度を段階的に設定し、微生物、昆虫および哺乳動物等の細胞への影響を観察し、確認するものである。また「最大無作用濃度」とは、微生物、昆虫および哺乳動物等の細胞に適用する被験物質の濃度を段階的に設けて影響を観察し確認した時の、影響が認められなかった最大の濃度のことである。
【0011】
第3工程では、第1工程で計算された標的臓器における最大存在濃度と、第2工程で求められた最大無作用濃度とを比較する。
【0012】
第4工程では、第3工程で得られた差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する。例えば、第1工程で計算された標的臓器における最大存在濃度(A)と、第2工程で求められた最大無作用濃度(B)との差異を求めて、例えば、A>Bであれば、感作性を示さない毒性学的に無影響である「無影響環境条件」として無影響環境基準を評価することができる。一方、A<Bであれば、毒性学的に有影響である「有影響環境条件」として無影響環境基準を評価することができる。
【0013】
さらに、本発明方法を利用すれば、容易に物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定することもできる。即ち、本発明方法により評価又は決定される、被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定すればよい。例えば、A>Bであれば、感作性を示さない毒性学的に無影響である「無影響環境条件」と評価することができる。そしてこの場合には、現在の前記被験物質の安全取り扱いは適正であると評価すればよい。一方、A<Bであれば、毒性学的に有影響である「有影響環境条件」と評価することができる。そしてこの場合には、より厳しい環境条件での前記被験物質の安全取り扱いを考える必要があり、その安全取り扱い条件を再検討すればよい。具体的には、環境中濃度の削減(例えば、固体を液化することによる蒸発量の削減、被験物質を密閉状態で取り扱う、強力なドラフトの下で取り扱う等)や、曝露しない措置(例えば、宇宙服を装着する等)等を実施する。
【0014】
本発明は、物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するシステム(本発明システム)および物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するプログラム(本発明プログラム)をも含むものである。
本発明システムは、(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段(以下、手段aと記すこともある。)、(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段(以下、手段bと記すこともある。)、(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段(以下、手段cと記すこともある。)、(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段(以下、手段dと記すこともある。)、及び、(5)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準を表示・出力する手段(以下、手段eと記すこともある。)を含むことを特徴とする。
また、物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定するシステムは、本発明システムが含む上記の手段a〜dを有するとともに、(5’)第四手段により評価又は決定される被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する第五手段(以下、手段fと記すこともある。)、及び(6’)第五手段により評価又は決定された前記被験物質の係る安全取り扱いの条件を表示・出力する手段(以下、手段gと記すこともある。)を含むことを特徴とする。
尚、当該システムに対応するプログラムは、コンピュータを本発明システムが含む各手段として機能させるためのプログラムであればよい。
【0015】
まず、手段aについて説明する。手段aは、前記のとおり、哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する手段である。かかる情報は、入力手段1等(尚、算出手段1により計算された結果を内部処理的に自動入力等により入力する入力手段も含む。)により入力され、通常記憶手段2に記憶される。因みに入力手段としては、例えばキーボード、マウス等の当該情報の入力可能なものや、プログラム等に基づき自動処理されるようなものが挙げられる。尚、当該情報の蓄積・管理には、コンピュータ等のハードウェアとOS及びデータベース管理等のソフトウエアとを用いて、データ構造を有する情報を入力し、適当な記憶装置、例えば、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、ハードディスク等のコンピュータ読取可能な記録媒体に蓄積することにより、大量のデータを効率良く蓄積し管理すればよい。
【0016】
手段bについて説明する。手段bは、前記のとおり、前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する手段である。かかる情報は、入力手段1等(尚、算出手段1により計算された結果を内部処理的に自動入力等により入力する入力手段も含む。)により入力され、通常記憶手段2に記憶される。入力手段としては、例えばキーボード、マウス等の当該情報の入力可能なものや、プログラム等に基づき自動処理されるようなものが挙げられる。尚、当該情報の蓄積・管理には、コンピュータ等のハードウェアとOS及びデータベース管理等のソフトウエアとを用いて、データ構造を有する情報を入力し、適当な記憶装置、例えば、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、ハードディスク等のコンピュータ読取可能な記録媒体に蓄積することにより、大量のデータを効率良く蓄積し管理すればよい。
【0017】
手段cについて説明する。手段cは、前記のとおり、手段aにより管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第b手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する手段である。かかる情報は、入力手段1等(尚、算出手段1により計算された結果を内部処理的に自動入力等により入力する入力手段も含む。)により入力され、通常記憶手段2に記憶される。入力手段としては、例えばキーボード、マウス等の当該情報の入力可能なものや、プログラム等に基づき自動処理されるようなものが挙げられる。当該情報の入力及び蓄積・管理が完了すれば、次の手段dに進む。尚、当該情報の蓄積・管理には、コンピュータ等のハードウェアとOS及びデータベース管理等のソフトウエアとを用いて、データ構造を有する情報を入力し、適当な記憶装置、例えば、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、ハードディスク等のコンピュータ読取可能な記録媒体に蓄積することにより、大量のデータを効率良く蓄積し管理すればよい。
【0018】
手段dまたは手段fについて説明する。手段dまたは手段fは、前記のとおり、第c手段または手段dにより管理・蓄積された差異に基づき「前記被験物質の無影響環境基準」または「前記被験物質に係る安全取り扱いの条件」を評価又は決定する手段である。手段cまたは手段dにより蓄積・管理された前記データ情報を所望の結果を得るための条件として評価又は決定の結果を照会・検索する手段である。かかる情報は、入力手段1等(尚、算出手段1により計算された結果を内部処理的に自動入力等により入力する入力手段も含む。)により照会・検索のための条件が入力され、通常記憶手段2に記憶された上記情報の中で当該条件に合致したものを選択すれば、次の手段eまたは手段gに進む。選択された結果は、通常、記憶手段2に記憶され、さらに表示・出力手段3により表示可能となっている。
【0019】
手段eまたは手段gについて説明する。手段eまたは手段gは、前記のとおり、第d手段または第f手段により評価又は決定された「前記被験物質の無影響環境基準」又は「前記被験物質に係る安全取り扱いの条件」を表示・出力する手段である。表示・出力手段3としては、例えばディスプレイ、プリンタ等が挙げられ、当該結果をコンピュータのディスプレイ装置に表示するか、印刷等により紙上に出力するか等すればよい。
【実施例】
【0020】
以下の実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの特定の実施例により限定されるものではない。
【0021】
実施例1(本発明方法における第1工程(その1):感作性試験における最大無誘発濃度)
被験物質には、極めて低濃度で感作性陽性を示すPVS(フェニルビニルスルフォン:CAS5535-48-8)を用いた。
感作性試験の方法としては、(1)一次感作、(2)二次感作、(3)誘発・再誘発、(4)観察の4段階からなるマキシマイゼーション法と一般的に呼ばれる方法を用いて、OECD:Guidelines for Testing of Chemicals, (1992) : 406, 17.07. Skin SensitizationおよびMagnusson, B and Kligman, A. M. (1969): J. Invest. Derm. 52, 268-276)記載の手順に準じ、当該感作性試験を実施した。
具体的には、モルモット(ハートレイ)雌15匹(体重300g)を2群に分け、5匹を無処置群(非感作群)、残る10匹を処置群(感作群)とした。
【0022】
(1)一次感作の段階
前記モルモットの背部肩甲骨上を約4 cm×6 cm程度の広さに電気バリカンを用いて刈毛し、投与部位とした。無処置群には、蒸留水と免役増強剤であるFCA(Freund's Complete Adjuvant)との1:1乳化液を刈毛した二箇所(0.1ml/箇所)に皮内投与した。一方、処置群には、0.1%被験物質のFCA溶液と蒸留水との1:1の乳化液および0.05%被験物質のコーンオイル溶液を刈毛した二箇所(0.1ml/箇所)に皮内投与した。
【0023】
(2)二次感作の段階
一次感作の一週間後に一次感作実施部位を刈毛した後、無処置群には、アセトン液をしみ込また0.4ml/2×4cm2リント布を皮膚に貼付し、2インチ幅のサージカルテープで固定することにより、48時間閉塞適用した。一方、処置群には、5%被験物質のアセトン溶液をしみ込ませた0.4ml/2×4cm2リント布を皮膚に貼付し、2インチ幅のサージカルテープで固定することにより、48時間閉塞適用した。
【0024】
(3)誘発・再誘発の段階
二次感作の2週間後に前記モルモットの右腹側部を電気バリカンで刈毛した後、無処置群には、蒸留水をしみ込ませた0.2ml/2×2cm2のリント布を皮膚2箇所に貼付し、二次感作時と同様、2インチ幅のサージカルテープで固定することにより、24時間閉塞適用した。一方、処置群には、被験物質の0.5%および0.1%アセトン溶液をしみ込ませた0.2ml/2×2cm2のリント布を皮膚2箇所に貼付し、二次感作時と同様、2インチ幅のサージカルテープで固定することにより、24時間閉塞適用した。
貼付・固定されたリント布を除去する時には、アセトン溶液を用いて適用部位に残存する被験物質を拭き取った。誘発の2週間後に、無処置群には、アセトン液を0.01ml/箇所で直径が1.5cm程度になるよう直接皮膚の9箇所に開放適用した。一方、処置群には、被験物質の0.1%、0.01%、0.001%、0.0001%、0.00001%アセトン溶液を0.01ml/箇所で直径が1.5cm程度になるよう直接皮膚の9箇所に開放適用した。
【0025】
(4)観察の段階
誘発の24時間、48時間、72時間後に、適用部位の皮膚反応(紅斑、浮腫)を目視観察した。観察結果は、Magnusson, B and Kligman, A. M. (1969)およびJ. Invest. Derm. 52, 268-276記載の判定基準に基づいた下記の評点(表1参照)を用いて、表2に示された。
【0026】
【表1】


判定結果は、誘発結果(表2参照)から明らかなように、被験物質には感作性が認められることを示した。
【0027】
【表2】


また、再誘発結果(表3参照)から明らかなように、被験物質には感作性が認められることを示した。そして感作性判定結果(表4参照)に示した通り、その最大無誘発濃度0.0001% (1ppm)が得られた。
【0028】
【表3】




【0029】
【表4】

【0030】
実施例2 (本発明方法における第1工程(その2):体内濃度シミュレーションモデルにより計算される標的臓器における被験物質の最大存在濃度)
体内濃度シミュレーションモデルは、図1に示したように、Andersenらの方法(Andersen, M.E. and Clewell, H.J. ,(1996): 1996 Workshop on physiologically-based pharmacokinetic/pharmacodynamic modeling and risk assessment, Aug. 5-16 at Colorado state university, U.S.A)に基づき本発明者らが開発したモデル(Nakayama, Y., Kishida, F., I. Nakatsuka and M. Matsuo, (2005): simulation of the toxicokinetics of trichloroethylene, methylene chloride, styrene and n-hexane by a ToxicoKinetics ToxicoDynamics model using experimental data Environmental Sciences )を利用した。
実施例1で得られた最大無誘発濃度における肝臓中の存在濃度および静脈内の存在濃度を、上記モデルを用いて算出した。尚、関連する数式は下記の通りである。使用された計算式および使用されたパラメータ値の詳細は下記(表5を含む)に示した。得られた算出結果を図2に示した。その結果から、体内濃度の最高値は、6時間後に得られ、前記被験物質の標的臓器である肝臓における最大存在濃度は0.351μg/Lであり、また静脈における最大存在濃度は0.538μg/L であった。
【0031】
<使用された計算式および使用されたパラメータ値の詳細>
(Liver Mass Balance)
dCL(liver)/dt=(QL(liver)×(CA(artery)
CL(liver)/PL(liver))/VL(liver)+(QG(G.I.tract)×(CG(G.I.tract)/PG(G.I.tract)
CL(liver)/PL(liver))/VL(liver)+K×CL(liver)/PL(liver)
+Vmax×CL(liver)/PL(liver)/(Km+CL(liver)/PL(liver))
【0032】
(Whole body mass balance)
CV(vein)=(QS(slow)×CS(slow)/PS(slow)+QR(rich)×CR(rich)/PR(rich)+QF(fat)×CF(fat)/PF(fat)+(QG(G.I.tract)+QL(liver))×CL(liver)/PL(liver))/QC(blood)+CDEM(dermal)
【0033】
The abbreviations are as follows:
CV(vein),CS(slow),CF(fat),CR(rich),CG(G.I.tract),CL(liver)
:concentration of a chemical in each tissue (mg/L)
CDEM(dermal): exposure concentration via dermal routes (mg/L)
QC(blood),QS(slow),QF(fat),QR(rich),QG(G.I.tract),QL(liver)
: blood flow in each tissue (L/h)
PS(slow),PF(fat),PR(rich),PG(G.I.tract),PL(liver)
: each tissue/blood partition coefficient
VL(liver): volume (weight) of each tissue (kg)
Vmax: maximum velocity value
m: Michaelis−Menten constant
K: clearance
t: time
【0034】
【表5】

【0035】
実施例3 (本発明方法における第2工程:変異原性試験における被験物質の最大無作用濃度)
前記被験物質の変異原性試験は、ネズミチフス菌(Salmonella typhimurium)4菌株(TA100、TA98、TA1535およびTA1537)並びに大腸菌(Escherichia coli)WP2uvrA(株)を用いて、薬物代謝酵素系(S9mix)存在下又は非存在下、プレインキュベーション法に基づき、前記被験物質の復帰突然変異試験を実施した。
具体的には、シャーレに軟寒天溶液2mlを入れた後、これにN−リン酸緩衝液0.5ml、S9mix0.5ml、前記微生物菌株の懸濁液0.1ml、前記被験物質のDMSO(ジメチルスルホキシド)溶液 4.88、9.77、19.5、39.1、78.1、156、313、625、1250μg/plateとなるよう各濃度0.1mlを加えた。得られた混合物を37℃で20分間プレインキュベーションした後、さらに37℃で48時間培養することにより、コロニーを形成させた。その後、形成されたコロニーを、コロニーカウンターを用いて計数した。
その結果を表6(復帰変異原性試験結果)に示した。最もよく反応した大腸菌株での結果(表7:表中の「−」は無試験を示す。)を用量反応曲線として図3に示した。当該結果から、変異原性を示さない濃度は、S9mix存在下で4.88μg/plate、一方、S9mix非存在下で1.22μg/plateであることが判明した。そしてこの場合における前記被験物質の最大無作用濃度は、S9mix存在下で1.53 mg/L、一方、S9mix非存在下で0.38 mg/Lであった。
【0036】
(被験物質の最大無作用濃度)
(1)S9mix存在下:4.88μg/plate=1.53 mg/L
(2)S9mix非存在下:1.22μg/plate=1.22 μg/(2ml+0.5ml+0.5ml+0.1ml+0.1ml)=0.38μg/ml=0.38 mg/L
【0037】
【表6】

【0038】
【表7】

【0039】
実施例4 (本発明方法における第3工程及び第4工程:評価のための比較及び評価)
実施例1で求められた最大無誘発濃度をヒトに適用した場合の経皮曝露量を計算し、その曝露量での標的臓器中における最大存在濃度を体内シミュレーションモデルで計算することにより得た値(即ち、被験物質の標的臓器における最大存在濃度)と、実施例3で求められた最大無作用濃度とを比較した。その結果、前記最大存在濃度は、前記最大存在濃度の1/4300〜1/700という極めて低い値であった。これにより、前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定すれば、曝露した体内濃度は、変異原性が懸念される濃度の数百から数千の倍率で低値を示し、問題となる作業環境では無いことが確認でき、安全に取り扱うことができる条件を評価又は決定することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明により、化学物質における無影響環境基準を評価又は決定するための客観的でかつ簡便で精度のよい適正な方法等が提供可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、体内濃度シミュレーションモデルを説明する図である。
【図2】ヒトにおける体内濃度シミュレーション計算値(静脈、肝臓)を示す図である。
【図3】復帰変異原性試験(大腸菌株)の用量反応曲線を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質に係る無影響環境基準を評価又は決定する方法であり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度を計算する第1工程、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から、前記被験物質の最大無作用濃度を求める第2工程、
(3)第1工程で計算された標的臓器における最大存在濃度と、第2工程で求められた最大無作用濃度とを比較する第3工程、及び
(4)第3工程で得られた差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第4工程、
を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法により評価又は決定される、被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する工程、
を有することを特徴とする物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する方法。
【請求項3】
物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するシステムであり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、及び、
(5)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準を表示・出力する手段
を含むことを特徴とするシステム。
【請求項4】
物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定するシステムであり、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、
(5’)第四手段により評価又は決定される被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する第五手段、及び
(6’)第五手段により評価又は決定された前記被験物質の係る安全取り扱いの条件を表示・出力する手段、
を含むことを特徴とするシステム。
【請求項5】
物質に係る無影響環境基準を評価又は決定するプログラムであり、コンピュータを、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、及び、
(5)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準を表示・出力する手段
として機能させるためのプログラム。
【請求項6】
物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定するプログラムであり、コンピュータを、
(1)哺乳動物を用いた被験物質の感作性試験から得た最大無誘発濃度を体内濃度シミュレーションモデルに適用することにより計算される、前記被験物質の標的臓器における最大存在濃度に係る情報を管理・蓄積する第一手段、
(2)前記被験物質の変異原性試験結果から求められる、前記被験物質の最大無作用濃度に係る情報を管理・蓄積する第二手段、
(3)第一手段により管理・蓄積された標的臓器における最大存在濃度と、第二手段により管理・蓄積された最大無作用濃度とを比較することにより得られた差異に係る情報を管理・蓄積する第三手段、
(4)第三手段により管理・蓄積された差異に基づき前記被験物質の無影響環境基準を評価又は決定する第四手段、
(5’)第四手段により評価又は決定された前記被験物質の無影響環境基準に基づき前記被験物質に係る安全取り扱いの条件を評価又は決定する第五手段、及び
(6’)第五手段により評価又は決定された前記被験物質の係る安全取り扱いの条件を表示・出力する手段、
として機能させるためのプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−250676(P2006−250676A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−66757(P2005−66757)
【出願日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】