説明

物質間の結合検出方法及び目的物質を含む候補物質集合の同定方法

【課題】目的物質と標的物質との結合を、蛍光標識や放射線標識等の標識を行うことなく、高感度に検出するための方法の提供。
【解決手段】(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質と、の結合反応を行なうステップS1と、(2)未反応の前記標的物質を定量するステップS3と、(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップS4と、を少なくとも含む、物質間の結合検出方法を提供する。この結合検出方法では、前記差分が0よりも大きい場合、標的物質と目的物質が結合したと検出できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質間の結合検出方法及び目的物質を含む候補物質集合の同定補法に関する。より詳しくは、標的物質と目的物質との結合を、結合反応前の標的物質量と結合反応後の未反応標的物質量との差分に基づいて検出する結合検出方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
標的物質に対する結合能力を備えた目的物質を得るため、目的物質の候補となる候補物質を多数合成し、これらの候補物質からなる集合(以下、「初期プール」と称する)中から目的物質を選抜することが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、標的物質に対するアプタマーを得るための手法として用いられるSELEX(Systematic Evolution of Ligandsby EXponential enrichment)法が開示されている。SELEX法では、予めランダムな塩基配列を有する一本鎖核酸(アプタマー)を多数合成し、一本鎖核酸の初期プールを作成する。そして、この初期プールと標的物質とを反応させ、標的物質に対する結合活性を有する一群の一本鎖核酸を選別し、増幅、精製後、さらに選別の過程を繰り返す。これにより、初期プールの中から標的物質に対する高い結合能力を備えたアプタマーを選別し、目的とするアプタマーとして得る。
【0004】
多数の候補物質からなる初期プールから目的物質を選抜する手法は、汎用性の高い手法ではあるが、目的物質選抜の成否が作成された初期プールの良し悪しに大きく依存するという問題点がある。すなわち、この手法では、初期プールを構成する候補物質中に、標的物質に対する結合能力を備えた目的物質が含まれていることが前提となる。しかし、この目的物質がそもそも初期プールに含まれていない場合には、反応〜精製過程を繰り返しても最終的に目的物質を得られないことがある。この場合、再度初期プールの作成からやり直す必要があり、手間や費用がかかり、効率が悪い。
【0005】
例えば、上記のSELEX法において、特に塩基配列数が多く長いアプタマーを候補物質とするような場合には、核酸鎖の化学合成上の制約のため、ランダムな塩基配列のアプタマーを均一に含む初期プールを作成することが技術的に困難である。この制約を補償するためには、多数の初期プールを準備する必要がある。結果として、初期プール中に目的物質が含まれていることが保証されないまま、多数の初期プールについて目的物質の選抜を行わなければならない状況となっている。
【0006】
初期プールから目的物質を選抜する手法において、初期プール中に目的物質が含まれることが保証されれば、余計な手間や費用を要することなく、効率的に目的物質を選抜することが可能と考えられる。候補物質の選別〜精製過程を行う前に、初期プール中に目的物質が含まれているか否かを予め知るためには、初期プール中の目的物質と標的物質との結合を高感度に検出するための方法が必要である。
【0007】
従来、物質と物質との結合を検出するためには、物質に蛍光標識や放射線標識を行って、物質間の結合に伴う蛍光強度や放射線強度の変化に基づいて、結合を検出することが行われている。しかし、この従来方法は、物質の標識や放射能汚染対策のために大変な手間を必要とする。また、蛍光物質や放射性物質の種類数の制約から、一度に多数の物質間結合を検出することは困難である。
【0008】
【特許文献1】特許公報第2763958号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記に鑑み、本発明は、目的物質と標的物質との結合を、蛍光標識や放射線標識等の標識を行うことなく、高感度に検出するための方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題解決のため、本発明は、以下のステップを少なくとも含む、物質間の結合検出方法を提供する。
(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質と、の結合反応を行なうステップと、
(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、
(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップ。
この結合検出方法では、前記差分が0よりも大きい場合、標的物質と目的物質が結合したと検出できる。
この結合検出方法では、上記(2)のステップにおいて、液体クロマトグラフィーを用いて未反応の前記標的物質を定量する。
この結合検出方法では、前記標的物質の分子量が前記目的物質の分子量よりも小さい場合に、上記(2)のステップにおいて、未反応の前記標的物質を分子量に基づき分画して回収した後、液体クロマトグラフィーを用いて定量することが好適となる。
この結合検出方法においては、前記標的物質をコルチゾール、前記目的物質をアプタマーとすることができる。
【0011】
また、本発明は、(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質を含み得る候補物質集合と、の結合反応を行なうステップと、(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップと、を少なくとも含む、目的物質を含む候補物質集合の同定方法をも提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、目的物質と標的物質との結合を、蛍光標識や放射線標識等の標識を行うことなく、高感度に検出するための方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、発明を実施するための最良の形態(以下実施の形態とする)について説明する。なお、説明は以下の順序で行う。

<物質間の結合検出方法>
1.概要
2.結合反応
3.未反応の標的物質の定量
4.標的物質の初期量(A0)と定量値(A1)の差分(δ)の算出
5.結合検出
<目的物質を含む候補物質集合の同定方法>
1.概要
2.結合反応
3.未反応の標的物質の定量
4.標的物質の初期量(A0)と定量値(A1)の差分(δ)の算出
5.初期プールの同定
【0014】
<物質間の結合検出方法>
1.概要
本発明に係る物質間の結合検出方法は、(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質と、の結合反応を行なうステップと、(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップと、を少なくとも含むものである(図1参照)。
【0015】
この物質間の結合検出方法においては、標的物質の初期量(A0)と未反応の標的物質の定量値(A1)との差分(δ=A0−A1)に基づき、標的物質と目的物質との結合を検出する。具体的には、この差分(δ)が0よりも大きい場合、標的物質と目的物質が結合したと検出される。以下、本発明に係る物質間の結合検出方法の各ステップについて順に説明する。
【0016】
2.結合反応
まず、上記(1)の「所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質と、の結合反応を行なうステップ」(図1中、符号S1参照)では、標的物質と目的物質との結合反応を行なう。
【0017】
標的物質及び目的物質は、それぞれ核酸鎖やタンパク、化合物等であって、互いに結合し得る物質であれば特に限定されない。このうち、核酸鎖には、一本鎖又は二本鎖の核酸鎖が含まれる。核酸鎖には、DNA鎖やRNA鎖に加えて、DNAやRNAを人工的に改変して作成した人工核酸鎖が包含される。人工核酸鎖としては、例えば、リボース(糖)の2’位と4’位を「- O - CH2-」で架橋した人工核酸であるLNA(Locked Nucleic Acid)からなる核酸鎖が挙げられる。また、タンパクには、抗体、受容体(ホルモンレセプター、サイトカインレセプター等)や酵素、転写因子などが含まれる。さらに、化合物には、ペプチド、アミノ酸、核酸、有機化合物、無機化合物等の天然化合物や、分子インプリントポリマー、人工抗体、人工酵素、包摂化合物(ホスト−ゲスト分子認識)、合成ペプチド、合成アミノ酸、合成有機化合物、合成無機化合物等の合成化合物などが含まれる。
【0018】
標的物質及び目的物質の具体的な組み合わせとしては、例えば、共に核酸鎖であって、ハイブリダイズ反応(結合反応)によって二本鎖を形成し得る核酸鎖同士とすることができる。また、例えば、「抗原−抗体」や「レセプター−リガンド」等の組み合わせとできる。この抗原は、核酸鎖やタンパク、化合物等であって、抗体に対する抗原性を有する物質である。また、リガンドはレセプターに対する結合活性を有する物質であって、低分子タンパクや化合物等である。標的物質及び目的物質の組み合わせ例を、以下の「表1」に示す。なお、表に示す組み合わせは例示であって、標的物質及び目的物質はこれらに限定されない。
【0019】
【表1】

【0020】
目的物質及び標的物質の組み合わせは、特に、標的物質の分子量が目的物質の分子量よりも十分に小さくなるような組み合わせとすることが好ましい。後述するように、本発明に係る結合検出方法では、標的物質と目的物質との結合反応後、未反応の標的物質量の定量を行う。この際、標的物質の分子量を目的物質の分子量よりも十分に小さくすることで、分子量分画によって、目的物質及び標的物質の反応溶液中から未反応の標的物質のみを回収して、簡便に測定を行うことが可能となる(詳しくは後述する)。
【0021】
標的物質の分子量が目的物質の分子量よりも十分に小さい目的物質及び標的物質組み合わせとしては、「表1」中の(d)〜(f)に示す組み合わせが好適となる。組み合わせ(d)は、目的物質が高分子量である一本鎖核酸鎖(アプタマー)であって、標的物質がこのアプタマーが結合し得る低分子タンパク又は低分子量の化合物である組み合わせである。
【0022】
組み合わせ(e)は、目的物質が高分子タンパクである抗体であって、標的物質がこの抗体が結合し得る低分子量の抗原である組み合わせである。また、組み合わせ(f)は、目的物質がレセプターであって、標的物質がこのレセプターに結合し得るリガンドである組み合わせである。これらの組み合わせ(e)及び(f)において、抗原及びリガンドは、低分子タンパク又は低分子量の化合物とされる。
【0023】
このステップS1では、上記の目的物質及び標的物質を所定の反応溶液中で混合し、所定の条件下で結合反応を行なう。反応溶液及び反応条件は、対象とする目的物質及び標的物質の性状に応じて、両物質の結合を可能にする適当な塩濃度、pH、温度、反応時間等を設定すればよい。
【0024】
標的物質は、予め所定量を定量して、反応溶液中に添加することが望ましい。この結合反応時に反応溶液中に添加される標的物質の量を「初期量(A0)」と称するものとする。
【0025】
3.未反応の標的物質の定量
結合反応後、未反応の標的物質を定量する。このステップは、上記(2)の「未反応の前記標的物質を定量するステップ」(図1中、符号S3参照)に対応する。
【0026】
未反応の標的物質の定量は、目的物質及び標的物質の反応溶液を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析することにより行うことができる。結合反応後の反応溶液中には、(a)未反応の標的物質と、(b)標的物質/目的物質複合体と、(c)未反応の目的物質とが含まれている。これらをHPLCによって分子量サイズに基づき分離、検出し、得られたクロマトグラフの標的物質に対応するピーク強度から未反応の標的物質の量(A1)を算出する。クロマトグラフのピーク強度から未反応の標的物質の量(A1)を算出する際には、既知量の標的物質の分析により予め作製した基準線(検量線)を用いる。
【0027】
この際、結合反応時に反応溶液中に添加された標的物質の初期量(A0)が不明である場合には、目的物質のみを含み、標的物質を混合していない反応溶液(対照溶液)を調製する。そして、この対照溶液についても、上記結合反応と同条件の処理を行い、HPLC分析によって反応溶液中の標的物質の量を算出し、これを初期量(A0)とする。
【0028】
HPLC分析は、標的物質及び目的物質の性状に応じて適当な分離カラム、移動相、流速等を設定して行う。分離カラム、移動相、流速等は、(a)未反応の標的物質と、(b)標的物質/目的物質複合体と、(c)未反応の目的物質とを分子量サイズに基づき分離できるような条件下に設定される。未反応の標的物質等の検出は、HPLC分析に通常用いられる検出器によって行えばよい。具体的には、UV検出器(紫外吸光度計)や電気化学検出器等を、標的物質等の性状に応じて選択して用いる。この他、検出器には、蛍光や化学発光強度、示差屈折、蒸発光散乱、旋光度、レーザー光散乱、電気伝導度等に基づく公知の検出器を用いることができる。
【0029】
本発明に係る結合検出方法では、このステップS3に先立って、目的物質及び標的物質の反応溶液中から未反応の標的物質を分離、回収するステップ(図1中、符号S2参照)を行うことが好ましい。未反応の標的物質を回収し、HPLC分析によって定量することにより、分離カラム、移動相、流速等の設定を標的物質のみに最適化して設定すればよく、アイソクラティック法による簡便な分析が可能となる。さらに、標的物質の性状が既知である場合には、この設定はさらに容易となる。加えて、未反応の標的物質のみを分析するため、標的物質/目的物質複合体及び未反応の目的物質を併せて分析する場合に比べて、短時間に分析することが可能である。
【0030】
未反応の標的物質を回収は、目的物質及び標的物質の反応溶液中から未反応の標的物質のみを分子量に基づいて分画することにより行うことができる。分子量分画は、従来公知の手法によって行うことができ、例えば、限外ろ過により簡便に実施することができる。
【0031】
限外ろ過によれば、使用するろ過膜を適宜選択することによって、所定の分子量以下の物質を選択的に回収することができる。選択基準となる分子量は、例えば、所定のろ過膜では10,000以下に設定できる。従って、「2.結合反応」で述べたように、目的物質及び標的物質の組み合わせを、標的物質の分子量が目的物質の分子量よりも十分に小さくなるようにすることで、限外ろ過によって未反応の標的物質のみを選択的に回収することが可能となる。
【0032】
例えば、「表1」中の(d)に示した、目的物質が高分子量である一本鎖核酸鎖(アプタマー)であって、標的物質が低分子タンパク又は低分子量の化合物である場合では、高分子量の標的物質/アプタマー複合体と未反応のアプタマーは限外ろ過により除去される。そして、ろ液中には、低分子タンパク又は低分子量の化合物である未反応の標的物質のみが分離、回収されることとなる。
【0033】
4.標的物質の初期量(A0)と定量値(A1)の差分(δ)の算出
未反応の標的物質の定量値(A1)の算出後、標的物質の初期量(A0)とこの定量値(A1)との差分(δ=A0−A1)を算出する。このステップは、上記(3)の「前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップ」(図1中、符号S4参照)に対応する。
【0034】
結合反応により目的物質と結合した標的物質は、HPLC分析で得られるクロマトグラフにおいて、標的物質/目的物質複合体に対応するピークとして検出され、未反応の標的物質とはリテンションタイム(溶出時間)が異なるピークとして検出される。
【0035】
従って、標的物質の初期量(A0)から未反応の標的物質の定量値(A1)への標的物質量の減少量を示す差分(δ=A0−A1)は、目的物質と結合した標的物質の量とみなすことができる。すなわち、この差分(δ)が0よりも大きい場合には、標的物質と目的物質が結合したと検出できる。
【0036】
5.結合検出
本発明に係る物質間の結合検出方法は、以上のように、標的物質の初期量(A0)と未反応の標的物質の定量値(A1)との差分(δ)に基づき、標的物質と目的物質との結合を検出するものである(図1中、符号S5参照)。この結合検出方法では、HPLC分析によって未反応の標的物質の定量値(A1)を得ることで差分(δ)を算出し、結合を検出することができる。このため、従来の物質間の結合検出方法と異なり、物質に蛍光標識や放射線標識を行う必要がなく、HPLCに連設されたUV検出器や電気化学検出器等によって非標識のまま標的物質と目的物質との結合を検出することができる。
【0037】
さらに、この結合検出方法では、HPLC分析で得られるクロマトグラフにおいて、対応するピークから未反応の標的物質の定量値(A1)を算出する。そのため、標的物質及び目的物質の反応溶液中に複数の異なる標的物質が含まれる場合であっても、各標的物質に対応するピークからそれぞれの定量値(A1)を一度の分析で同時に測定することができる。特に、複数の標的物質について、所定のHPLC分析条件下でのリテンションタイムが既知である場合には、これらを同時測定することが一層容易となる。これにより、本発明に係る物質間の結合検出方法では、一度に多数の物質間結合を検出することが可能となる。
【0038】
<目的物質を含む候補物質集合の同定方法>
1.概要
既に述べたように、従来、標的物質に対する結合能力を備えた目的物質を得るため、目的物質の候補となる候補物質を多数合成し、これらの候補物質からなる集合(以下、「初期プール」と称する)中から目的物質を選抜することが行われている。本発明に係る目的物質を含む候補物質集合の同定方法(以下、「初期プール同定方法」と略称する)は、上述の物質間の結合検出方法を利用して、初期プール中に含まれる目的物質を検出する方法である。
【0039】
この初期プール同定方法は、(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質を含み得る候補物質集合と、の結合反応を行なうステップと、(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップと、を少なくとも含むものである(図2参照)。以下、本発明に係る初期プール同定方法の各ステップについて順に説明する。
【0040】
2.結合反応
まず、上記(1)の「所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質を含み得る候補物質集合と、の結合反応を行なうステップ」(図2中、符号S1参照)では、標的物質に対する結合能力を備えた目的物質が含まれる可能性がある初期プールと、標的物質と、の結合反応を行なう。
【0041】
標的物質及び目的物質は、本発明に係る物質間の結合検出方法と同様に、それぞれ核酸鎖やタンパク、化合物等であって、互いに結合し得る物質であれば特に限定されないが、特に目的物質は、候補物質を多数合成することが容易な核酸鎖や化合物が好適となる。これは、本発明に係る初期プール同定方法が、多数の候補物質中から目的物質を選別することを目的とするためである。この他、目的物質(及びその候補物質)としては、抗体やレセプターとすることができる。例えば、目的物質を抗体とする場合、Fab領域の可変領域のアミノ酸配列を変化させた多種類の抗体を初期プールとして調製する。また、目的物質をレセプターとする場合、リガンド結合部位のアミノ酸配列を変化させた多種類のレセプターを初期プールとする。
【0042】
この初期プール同定方法においても、目的物質及び標的物質の組み合わせは、標的物質の分子量が目的物質の分子量よりも十分に小さくなるような組み合わせとすることが好ましい。既に説明したように、標的物質の分子量を目的物質の分子量よりも十分に小さくすることで、分子量分画によって、目的物質及び標的物質の反応溶液中から未反応の標的物質のみを回収して、簡便に測定を行うことが可能となる。
【0043】
初期プールの調製が可能であり、標的物質の分子量が目的物質の分子量よりも十分に小さい、目的物質及び標的物質組み合わせとしては、「表1」中の(d)〜(f)に示す組み合わせが好適となる。組み合わせ(d)は、目的物質が高分子量である一本鎖核酸鎖(アプタマー)であって、標的物質がこのアプタマーが結合し得る低分子タンパク又は低分子量の化合物である組み合わせである。この場合、初期プールは、アプタマープールとして調製される。
【0044】
組み合わせ(e)は、目的物質が高分子タンパクである抗体であって、標的物質がこの抗体が結合し得る低分子量の抗原である組み合わせである。また、組み合わせ(f)は、目的物質がレセプターであって、標的物質がこのレセプターに結合し得るリガンドである組み合わせである。これらの組み合わせ(e)及び(f)において、抗原及びリガンドは、低分子タンパク又は低分子量の化合物とされる。また、初期プールは、抗体プール又はレセプタープールとされる。
【0045】
このステップS1では、標的物質に対する結合能力を備えた目的物質が含まれる可能性がある初期プール及び標的物質を所定の反応溶液中で混合し、所定の条件下で結合反応を行なう。反応溶液及び反応条件は、対象とする初期プール及び標的物質の性状に応じて、初期プール中に含まれ得る目的物質と標的物質との結合を可能にする適当な塩濃度、pH、温度、反応時間等を設定すればよい。
【0046】
標的物質は、予め所定量を定量して、反応溶液中に添加することが望ましい。この結合反応時に反応溶液中に添加される標的物質の量を「初期量(A0)」と称するものとする。
【0047】
3.未反応の標的物質の定量
結合反応後、未反応の標的物質を定量する。このステップは、上記(2)の「未反応の前記標的物質を定量するステップ」(図2中、符号S3参照)に対応する。このステップは、上述の結合検出方法と同様に、初期プール及び標的物質の反応溶液を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析することにより行うことができる。そのため、ここでは、説明を割愛する。
【0048】
4.標的物質の初期量(A0)と定量値(A1)の差分(δ)の算出
未反応の標的物質の定量値(A1)の算出後、標的物質の初期量(A0)とこの定量値(A1)との差分(δ=A0−A1)を算出する。このステップは、上記(3)の「前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップ」(図2中、符号S4参照)に対応する。
【0049】
ここでは、標的物質の初期量(A0)から未反応の標的物質の定量値(A1)への標的物質量の減少量を示す差分(δ=A0−A1)は、初期プール中に含まれる目的物質に結合した標的物質の量とみなすことができる。すなわち、この差分(δ)が0よりも大きい場合には、初期プール中に、標的物質に対する結合能力を備えた目的物質が含まれていたと検出できる。
【0050】
5.初期プールの同定
本発明に係る初期プール同定方法は、以上のように、標的物質の初期量(A0)と未反応の標的物質の定量値(A1)との差分(δ)に基づき、標的物質と目的物質との結合を検出し、初期プール中に目的物質が含まれるか否かを検出するものである。この初期プール同定方法では、未反応の標的物質の定量値(A1)をHPLC分析によって得ることで、標的物質及び候補物質を標識することなく、目的物質が含まれる初期プール中を同定できる(図2中、符号S5参照)。
【0051】
この初期プール同定方法によれば、多数の候補物質からなる初期プールから目的物質を選抜する手法において、初期プール中に目的物質が含まれているか否かを予め簡便に知ることが可能となる。これにより、目的物質がそもそも初期プールに含まれていなかったために反応〜精製過程を繰り返しても最終的に目的物質を得られないという事態を回避して、効率的に目的物質を選抜することが可能となる。
【0052】
また、複数の初期プールを調製して目的物質を選抜するような場合には、これらの中から目的物質が含まれているプールを予め知ることができ、目的物質を選抜するための手間や費用を大幅に削減することが可能となる。
【0053】
この初期プール同定方法では、HPLC分析で得られるクロマトグラフにおいて、対応するピークから未反応の標的物質の定量値(A1)を算出する。そのため、標的物質及び初期プールの反応溶液中に複数の異なる標的物質が含まれる場合であっても、各標的物質に対応するピークからそれぞれの定量値(A1)を一度の分析で同時に測定することができる。これにより、本発明に係る初期プール同定方法では、ひとつの初期プール中に複数種の標的物質に対する目的物質及びその候補物質が含まれているような場合にも、その初期プール中にどの標的物質に対する目的物質が含まれているのかを知ることができる。従って、複数の初期プールを調製して複数種の標的物質を選抜するような場合には、どの初期プールにどの標的物質に対する目的物質が含まれているかを同定することができ、目的物質の選抜を一層効率化することが可能である。
【実施例】
【0054】
<実施例1>
1.標的物質と目的物質との結合検出
本実施例では、コルチゾールを標的物質とし、DNAアプタマー(コール酸アプタマー)を目的物質として、標的物質と目的物質との間の結合検出を行った。
【0055】
(1)DNAアプタマー
本発明者らは、コール酸に対して高い結合能力を有する「コール酸アプタマー」(図3(A)にDNA配列及び構造を示す)が、コルチゾールに対しても高い結合能力を示すことを見出した。そこで、本実施例では、コルチゾールに対する結合能力を有するアプタマー(目的物質)にはこのコール酸アプタマーを使用した。
【0056】
また、比較のため、コルチゾールに対する結合能力が低いアプタマーとして、2種類のアプタマー1及び2を用いた。図3(B)(C)に、アプタマー1及び2のDNA配列及び構造を示す。アプタマー1及び2は、コール酸アプタマーのDNA配列を一部改変して、コルチゾールに対する結合活性を低下させたアプタマーである。
【0057】
(2)結合反応
アプタマーを熱変性によって直鎖化するため、バッファー(50mM Tris-HCl, 300mM NaCl, 30mM KCl, 5mM MgCl2, pH7.6)に溶解させて95℃で5分間加熱後、氷中で急冷した。コルチゾールを上記バッファーに溶解し、アプタマー溶液と等モル濃度(25μM)の溶液を調製した。コルチゾール溶液とアプタマー溶液とを混合し、25℃で5分間インキュベートして結合反応を行なった。
【0058】
(3)分子量分画による未反応コルチゾールの回収
結合反応後、遠心式限外ろ過ユニット(マイクロコン10:Millipore)を用いて、未反応のコルチゾールを分画、回収した。遠心式限外ろ過ユニット内に結合反応後の混合液を導入し、850×gで30分間遠心した。なお、マイクロコン10は、ろ過膜により分子量10,000以下のものをろ過する。この限外ろ過操作によって、アプタマーと結合していない未反応のコルチゾールのみをろ液に回収できる。また、対照として、上記混合液と同濃度のコルチゾールを含み、アプタマーを含まないコントロール溶液を限外ろ過し、ろ液を回収した。
【0059】
(4)未反応コルチゾールの定量
ろ液に回収された未反応のコルチゾールをHPLCにより定量した。HPLC分析は、移動相として30%メタノール水溶液を用いたアイソクラティック法により行った。分析カラムには、TSKgel ODS-100V(TOSOH、1.0mmi.d.×35mm、φ3μm)を用いた。流速は200μL/min、カラム温度は35℃、インジェクション量は1μLとした。検出は、UV検出器によって行った。
【0060】
得られたクロマトグラムを、図4に示す。図中、符号1は、コントロール溶液のろ液で得られたクロマトグラムを示す。また、符号2〜4は、それぞれアプタマー2、アプタマー1、コール酸アプタマーの溶液とコルチゾール溶液との混合液のろ液で得られたクロマトグラムを示す。
【0061】
5.5分付近にコルチゾールのピークが確認される。このピークは、コルチゾールに対する結合活性が高いコール酸アプタマーを用いた場合(符号4参照)、コントロール(符号1参照)に比べて、顕著に減少した。これは、コール酸アプタマーとコルチゾールとの結合によって、ろ液中に回収される未反応のコルチゾール量が減少したことを示している。
【0062】
一方、コルチゾールに対する結合活性の低いアプタマー1及び2を用いた場合(符号3、2参照)には、コルチゾールピークの減少幅は、コール酸アプタマーに比べて有意に小さくなった。
【0063】
この結果から、コルチゾールの初期量と未反応のコルチゾールの定量値との差分(コルチゾールピークの減少)に基づけば、標的物質であるコルチゾールと目的物質であるコール酸アプタマーとの結合の有無及びその結合活性を検出できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る物質間の結合検出方法によれば、目的物質と標的物質との結合を、蛍光標識や放射線標識等の標識を行うことなく、高感度に検出することが可能である。従って、本発明は、例えば、初期プールから目的物質を選抜する手法において、候補物質の選別〜精製過程を行う前に、初期プール中に目的物質が含まれているか否かを予め知るために利用でき、余計な手間や費用を要することなく、効率的に目的物質を選抜するために寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明に係る「物質間の結合検出方法」の手順を説明するフローチャートである。
【図2】本発明に係る「目的物質を含む候補物質集合の同定方法」の手順を説明するフローチャートである。
【図3】実施例1で使用したDNAアプタマーの塩基配列と構造を説明する図である。(A)はコール酸アプタマー、(B)はアプタマー1、(C)はアプタマー2を示す。
【図4】実施例1において未反応コルチゾールをHPLCにより定量した結果を示すクロマトグラムである。符号1はコントロール溶液、符号2はアプタマー2、符号3はアプタマー1、符号4はコール酸アプタマーの結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップを少なくとも含む、物質間の結合検出方法。
(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質と、の結合反応を行なうステップと、
(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、
(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップ。
【請求項2】
上記(2)のステップにおいて、液体クロマトグラフィーを用いて未反応の前記標的物質を定量する請求項1記載の結合検出方法。
【請求項3】
前記標的物質の分子量が前記目的物質の分子量よりも小さい場合に、上記(2)のステップにおいて、未反応の前記標的物質を分子量に基づき分画して回収した後、液体クロマトグラフィーを用いて定量する請求項2記載の結合検出方法。
【請求項4】
前記標的物質がコルチゾールであり、前記目的物質がアプタマーである請求項3記載の結合検出方法。
【請求項5】
(1)所定量の標的物質と、この標的物質に対する結合能力を有する目的物質を含み得る候補物質集合と、の結合反応を行なうステップと、
(2)未反応の前記標的物質を定量するステップと、
(3)前記標的物質の初期量と、未反応の標的物質の定量値と、の差分を算出するステップと、
を少なくとも含む、目的物質を含む候補物質集合の同定方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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