説明

球状中空細胞塊

【課題】球状の中空細胞塊を人為的に作る。
【解決手段】ES細胞の縣濁液にオイルを加え、攪拌する工程と、前記工程の液を培地に展開し、培養する工程、から形成される球状中空細胞塊および作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の維持、増殖、分化、脱分化、構造化、組織化、発生等において、新規な培養の場、環境を提供するための構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年細胞の培養は、シャーレの上での培養にとどまらず、ゼラチン、コラーゲン等のスキャホールドを用いた培養、マトリックスの上での培養、さらには細胞の上で培養する共培養など、様々な工夫がなされ、多様な細胞培養環境が提案されている。近年、ES細胞(Embryonic stem cells:胚性幹細胞)、iPS細胞(Induced pluripotent stem cells:誘導多能性幹細胞)、幹細胞の分化誘導によって、より高度な構造化、組織化を試みる培養が行われるようになり、三次元的な組織化のための培養環境も模索されている。
【0003】
一方、自然界に共通して見られる三次元的組織化のための培養環境として、受精卵やES細胞が増殖中に形成する中空状の構造体が挙げられる。これらの構造体はすべての組織を構築する能力があり、着床する過程を経て固体発生へと導く。なぜこれらの構造体がその内部で組織を構築し固体発生へと導くことができるのかは依然わからないことが多い。しかし発生学的には初期の頃にモルフォゲン(morphogen)と呼ばれる概念的因子が構造体内で濃度勾配を作り、細胞間の相互作用を促し、個々の細胞を運命づけ、やがて発生へと導くと説明される。モルフォゲンによる細胞間情報伝達は、細胞周囲への拡散による伝達や、細胞内を通過するトランスサイトーシス(transcytosis)によるものが挙げられる。これらの手段は隣接する細胞間の情報伝達において好都合であるが、その他最近ではサイトネメス(cytonemes)といった、細胞が仮足を伸ばすことで、離れた細胞間においても情報伝達が成立していることが明らかにされ、注目を浴びている。拡散、トランスサイトーシス、サイトネメスいずれにおいても、球状でかつ細胞の殻で包まれた中空の細胞構造体は、すべての哺乳類の発生過程に見られるように、物理的空間的要求からも細胞間の相互作用、情報伝達に好適で必須のものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、自然界に共通して見られる中空上の構造体を模した構造体およびその作製方法は知られていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、一層の細胞殻からなる球状中空細胞塊を提供する。さらに、ES細胞の懸濁液にオイルを加え、攪拌する工程と、前記工程の液を直ちに予め培地の入った容器に展開し、培養する工程、からなる球状中空細胞塊の作製方法を提供する。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、一層の細胞殻からなる球状中空細胞塊を、新規な培養の場として提供する。本発明によって今まで実施できなかった、新しい環境下、構造体内外での分化誘導、組織化、細胞間相互作用解析などの検討が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1のレーザー共焦点顕微鏡による、球状中空細胞塊の連続断層撮影図
【図2】図1の断層撮影図を3D合成した図
【図3】実施例1の光学顕微鏡像
【図4】実施例2の光学顕微鏡像
【図5】実施例3の光学顕微鏡像
【図6】実施例4のレーザー共焦点顕微鏡による、球状中空細胞塊のシングル断層撮影図
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は一層の細胞殻からなる球状中空細胞塊を提供する。
【0009】
一層の細胞殻とは、細胞ひとつ分の厚みによって形成される構造体をいう。ただし、小さな孔が生じること、あるいは、少しのずれが生じて細胞が重なりあうこと、さらには時間経過により細胞が分裂し複数層の殻となること等を妨げない。
【0010】
球状とは、全体に丸みを帯びた形状を指し、立方体等とは区別されるという意味合いである。本発明の球状中空細胞塊が正確な球状に限定されないことはいうまでもない。
【0011】
中空とは構造体の中身が細胞などの固形物で満たされておらず、細胞を培養する余地を残していることを指し、中空部が液体あるいは気体等で満たされていてもよい。
【0012】
細胞塊の細胞はどんな細胞でもよいが、好ましくはヒト、サル、マウスのES細胞、あるいはiPS細胞、幹細胞であり、特に好ましくはES細胞である。
【0013】
本発明の球状中空細胞塊において、細胞と細胞は、球面に沿ってジグザグを形成することなく、お互い細胞質と細胞質が伸展して細胞同士接着している。このために球状中空細胞塊の殻の厚みは細胞ひとつ分の厚みとなるのである。細胞に核が存在する場合は、細胞と細胞の接合部分が一般的に薄くなりやすく、まれに細胞一個分が入らないような孔を形成することがある。そうした場合に、球面の若干内側もしくは外側に、細胞が少しずれて孔をふさぐことがある。また球状中空細胞塊を長期に放置すると、細胞分裂によって複数層の殻となることがある。
【0014】
また、本発明はES細胞の懸濁液にオイルを加え、攪拌する工程と、前記工程の液を直ちに予め培地の入った容器に展開し、培養する工程、からなる球状中空細胞塊を作製する方法を提供する。
【0015】
本発明は、オイルの物理的作用が影響するものである。細胞懸濁液に添加するオイルの量は、細胞懸濁液に対して十分な量が望ましく、オイルと攪拌した際に、全体がオイル懸濁液となる量、例えば細胞懸濁液と同量もしくはそれ以上のオイルを添加することが望ましい。その際細胞懸濁液の細胞の濃度は、特に問題ではなく、10から10個/mlを用いることができるので、一般的な播種時の濃度を用いることができる。オイルは、一般に常温で液体のもの、いわゆる油であり、動物油、植物油、鉱物油の他にシリコーンオイルを用いることができる。またシリコーンオイルの中に少量、付加反応型のシリコーンゴム架橋体を形成するオルガノポリシロキサンを含めることができる。このようなオルガノポリシロキサンは付加型RTVゴムとして一般的に知られ、二液を予め決められた比率で混合して使用する。例えばダウコーニング社から「シルポット」の商標で入手できる。量的には架橋体が固体を形成しない程度(すなわちオイル状態)、例えばシリコーンオイルに対し1/10以下程度にして用いることができる。シリコーンオイルに対してシルポット等を加えた場合、オイルの見かけ上の粘度が上昇し、細胞表面に効率よくオイルが留まり、球状に整うのを促す。もともとのオイルの粘度を上げてしまうと、オイルと攪拌して懸濁させることが困難になり、むしろ球状中空細胞塊の収率に悪影響を及ぼす。このためオイルに添加物を入れないか、またはより粘度の高い油を少量添加して用いることができる。またES/iPS細胞の場合、用いる培地には未分化維持のためのLIF(ESGRO、商標)を入れないことが望ましい。逆にレチノイン酸、アクチビン等の分化誘導物質を含めることができるが、必ずしも必要でない。
【0016】
尚、オイルと攪拌する際の攪拌の方法は限定されず、一般的に用いられるあらゆる攪拌方法が用いられるが、攪拌はある程度激しいことが好ましい。攪拌の方法の1つとしてボルテックスミキサーを用いた攪拌を例示することができる。ボルテックスミキサーとは、試験管の底部を高速旋回して内容液を攪拌する実験器具であり、上向きの電動機に、駆動軸の中心からずれた位置にゴム製の椀がついている。試験管の底部を椀の中や縁に接触させて高速旋回することで、内容液に渦(vortex)が形成され、攪拌が行われる。
【0017】
また、本発明に使用される培地は、哺乳細胞を培養するためのあらゆる培地を用いることができ、使用する細胞に応じた培地を選択することができる。例として、以下の表2で示される組成をあげることができる。培地への展開する際は、培地をいれた、シャーレあるいはフラスコなどの容器に前記工程の液を流し込んで行うことができる。培養はそれぞれの細胞に応じた条件で行われる。一般的な条件の例として、5%のCOの存在下37℃での培養を挙げることができる。
以下実施例をあげて、本発明をより詳細に説明する。ただし、本発明は以下実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
液体窒素中で保存しておいたマウスES細胞129SvEvTacfBrを速やかに溶かし、凍結保存液を遠心除去した後、予めゼラチンコートした10cmシャーレに播種した。ゼラチンはESGRO Complete Gelatin 1%(商標、ESGRO社)を用いた。培地の組成は表1のとおりである。
【0019】
【表1】

【0020】
18時間後、浮遊細胞をPBSで洗い流し、トリプシン−EDTA(0.25% トリプシン、1mM EDTA・4Na)で細胞を剥離、シングルセルとし、[表2]の培地で反応を止め、1×10個/mlの細胞懸濁液を調製した。 −(A)
【0021】
【表2】

【0022】
シルポット184(商標、東レ・ダウコーニング社)を添付説明書どおり主剤と架橋剤を10対1に混合し、この混合液1重量に対しシリコーンオイルFK−96−20csを14倍量加え、調製シリコーンオイルとした。 −(B)
【0023】
この細胞懸濁液(A)250μlに対し、調製シリコーンオイル(B)を750μl加え、ボルテックスミキサーにて激しく攪拌した。1ml全量吸い取り、[表2]の培地を10ml入れたシャーレの水面に流し込んだ。細胞培養は5%CO存在下37℃で行った。2日乃至3日の培養後、シャーレ内にできる球状の中空細胞塊を確認し、必要であれば培地の入った別のシャーレに球状中空細胞塊をピックアップして培養した。得られた球状中空細胞塊の連続断層撮影図を図1に、それらを3D合成したものを図2に、光学顕微鏡増を図3に示す。なお、同じ条件で培養を続けたところ、球状中空細胞塊の一層の細胞殻の細胞は、細胞質が進展し、繊維芽様の細胞に変化した。
【実施例2】
【0024】
実施例1の操作に従って細胞懸濁液を調製した。 −(A)
この細胞懸濁液(A)250μlに対し、シリコーンオイルFK−96−20csを750μl加え、ボルテックスにて激しく攪拌した。1ml全量吸い取り、[表2]の培地を10ml入れたシャーレの水面に流し込んだ。細胞培養は5%CO存在下37℃で行った。2日乃至3日の培養後、シャーレ内にできる球状の中空細胞塊を確認し、必要であれば培地の入った別のシャーレに球状中空細胞塊をピックアップして培養した。得られた球状中空細胞塊の光学顕微鏡増を図4に示す。
【実施例3】
【0025】
実施例1の操作に従って細胞懸濁液を調製した。 −(A)
この細胞懸濁液(A)250μlにアクチビンA(R&Dシステムズ社、Recombinant Human/Mouse/Rat)を50ng/mlになるように加えた。さらにサラダ油(日清)を750μl加え、ボルテックスにて激しく攪拌した。1ml全量吸い取り、[表2]の培地を10ml入れたシャーレの水面に流し込んだ。細胞培養は5%CO存在下37℃で行った。数日後、シャーレ内にできる球状の中空細胞塊を確認し、必要であれば培地の入った別のシャーレに球状中空細胞塊をピックアップして培養した。得られた球状中空細胞塊の光学顕微鏡増を図5に示す。
【実施例4】
【0026】
実施例1の操作に従って細胞懸濁液を調製した。 −(A)
この細胞懸濁液(A)250μlにレチノイン酸(0.1mM in ethanol)を10μl加える。さらにミネラルオイル(Nujol mineral oil.、Applied Biosystems社、Code 0186−2302)を750μl加え、ボルテックスにて激しく攪拌した。1ml全量吸い取り、[表2]の培地を10ml入れたシャーレの水面に流し込んだ。細胞培養は5%CO存在下37℃で行った。数日後、シャーレ内にできる球状の中空細胞塊を確認し、必要であれば培地の入った別のシャーレに球状中空細胞塊をピックアップして培養した。得られた球状中空細胞塊のレーザー共焦点顕微鏡による、断層撮影図を図6に示す。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の構造体は、広く細胞間相互作用の解析に用いることができる。本発明は、モルフォゲン等の拡散、トランスサイトーシス、サイトネメス、即ち発生学的に必要な空間的形態を模倣するため、これらすべての細胞間相互作用解析のためのツールとして用いることができる。例えばiPSやES細胞を本発明の球状中空細胞塊にインジェクションし、子宮に移植して、実際に着床、発生に向かうかどうかの検討に用いることができる。もしも固体発生に向かう条件が確立できれば、完全な体細胞出発点とし、そこからiPS細胞あるいはES細胞を個体発生へと導くための重要な研究ツールとなる。こうしたことは、再生医療のみならず、畜産応用、絶滅危惧種の動物保護、マンモスの再生などのビジネス用途がある。また中空細胞塊単体でも、殻を形成する細胞がどういうスキャホールド/細胞/因子と相互作用するかなどの研究に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一層の細胞殻からなる球状中空細胞塊。
【請求項2】
ES細胞の縣濁液にオイルを加え、攪拌する工程と、前記工程の液を直ちに予め培地の入った容器に展開し、培養する工程、からなる請求項1の球状中空細胞塊を作製する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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